少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

偕楽園殺人事件3 転回編

5.静寂

 

 翌朝の千波湖は物々しかった。パトカーに乗せられてやってきた都、結城、秋菜は鈴木刑事に連れられて非常線の中で長川警部と合流した。

「くそっ」

長川警部はほぞを嚙んだまま憎しみの表情で爆発したトイレとその前にあるものを見下ろしていた。君塚巡査の生首がうつろな目で千波湖の秋の空を見ていた。

「なんてこった」

結城は戦慄の表情で都の目をふさぐ。だが、都はその手をどけてじっと君塚の頭部を見ていた。

「犯人を追ってトイレに追い詰めたところ、犯人が所持していた爆発物で自爆…それに巻き込まれたそうだ」

長川は若い警官の死に組み木で固定された植木を殴りつけた。

「という事は中にも死体が」

という都に長川は「ああ」と声を上げた。「黒焦げで上半身が吹っ飛んで判別は出来ないそうだがな。それと病院に搬送された津川館長も死んだそうだ」

 結城は昨日の夜何かポンと音がして、消防車が多く駆け付けたのを見た。だがその時3人もの人間が死んだなんて考えもしなかった。

「いや…中の人判別できるかもしれないよ」

加隈真理が声を上げた。

「爆発で飛んだんだね。指が残っていた。指紋も判別可能みたい」

「怪しいな」

結城は唸った。

常陸太田の山で山城議員の死体が出たんだろう。あれは下半身がなかったそうじゃないか」

「つまり結城君。君はあれが山城議員の死体だって言いたいのかい」不敵に笑う加隈。

「黒焦げなら死亡推定時刻くらいごまかせるだろう」

結城は言った。「指だけならそこに置けばいいじゃないか」

「大丈夫だよ。鑑識をなめてもらっちゃ困る。指と黒焦げ死体が同一人物かくらいわかるし、この見つかった指の指紋はまず早急に確かめなくちゃいけない相手がいるんだよ」

好文亭で見つかった第三の指紋ですね」

秋菜がメモを取り出して言った。概要はすでに今朝鈴木刑事に聞いていたのだ。

「そう…。まずトイレの死体が好文亭の殺人現場にあった犯人の指紋と一致するかどうかを確認しないとね。そうしないと凶悪殺人犯が野放しになっているのか死んだのかわからないからね」加隈はそういいながら、秋菜にニヤッと笑いかけた。

 

「な、なんだって!」

近代美術館のロビーで素っ頓狂な声を上げたのは結城だった。

 長川は冷静にワトソン役に報告する。

「ああ、好文亭の殺害現場で発見された犯人の血みどろの指紋と、トイレで見つかった黒焦げ死体の指紋は一致した。さらに見つかった指と黒焦げ死体のÐǸAも一致しているため、少なくとも犯行時生きていた犯人と山城議員は同一人物じゃないってことになる」

「そうかぁ」結城は頭をかきかきした。

「つまり、犯人は死んだんだな。もう我々が狙われることはないんだな」

鑑定士の玉川がおどおどしながら答える。

「ええ、おそらくは」と長川。

「それを聞いて安心しましたわ。卑劣なテロリストに私が屈するわけにもいかないのでして…今日は反日テロリストが死んだことをお祝いしましょう」伊藤議員がそう言いながらソファーから立ち上がると

「それがいいですねぇ」江川が藤見が撮影するカメラの前で笑った。

「仮にもここの館長も死んでるんだぞ」

別のソファーで勝馬はあきれ果てて呟いた。

 そんな中で島都だけは座り込みながらじっと前を見つめていた。

「山城議員の件、お悔やみ申し上げます」

長川は伊藤に頭を下げた。

「そうね。彼女は素晴らしい国士だったわ。県北の豪雨災害で外国人集団による略奪行為を防いだんですもの」

その言葉に、江川リポーターと玉川重宗がどきりと体を震わせた。その反応を結城は見逃さなかった。だが、都が注目したのは秋菜も何か思い出したように目を見開いたことだ。

「では私は延期となった鑑定会の開催について政府と相談してきますのでこれで」

伊藤議員は中座し、佐々木を伴って歩き出した。

 

「何か隠しているね」

千尋は誰もいなくなった美術館のホールで声を上げた。

「県北の豪雨災害で…あの人たち何かやらかしてるんだよ」

「私もそう思う。ちょい調べてくるから私は消えるわ。じゃぁ」

長川警部はそういって、みんなと別れた。

「ねぇ、秋菜ちゃん…」

都が秋菜を見上げながら目をぱちくりさせた。「秋菜ちゃんは確か小学校6年生の時の豪雨災害の時林間学校で県北にいたよね。道路が寸断されてなかなか帰れなくて」

「はい…町役場に避難していました…酷い災害でした。あの村の養護施設の子供たちが非難する途中土石流に巻き込まれて…」

「死者の9割がその子供たちだったんだよな」結城が落ち込む秋菜の代わりに言葉をつなげた。

「その子供たちと私たちは会っていたんです。ハイキングコースの途中で突然の豪雨に降られて、そしたら山のふもとにあった養護施設の子供たちと先生が私たちの班を中に入れてくれたんです。ああああっ」

秋菜がポンと手を打った。

「その時、玉川って人と殺された辻さん、そして津川館長もその養護施設にいました!」

「本当か! で、でもなんで」

結城が柄にもなく素っ頓狂な声を上げる。

「遺跡発掘でもしていたのだと思います。助けてもらったのに食事が冷たいだの、子供たちに外国人が多くて気持ち悪いだの、酷いことをいう人だなって思って、子供たちを悪く言われた保母さんが凄く怒っていたのを覚えています」

「そういえば、被災した養護施設は親が強制送還されたりして身寄りがなくなったハーフの子供とかを積極的に引き取っていたな」結城が顎に手を当てて思い出す。

「本当にみんな優しくて…私より年下だったのに先生に会えなくて泣いている私たちとおもちゃで遊んでくれて…なんでって思いました」

秋菜は少し涙で瞳を潤めながら言った。悲しい出来事を思い出して肩を震わせる秋菜に瑠奈が優しく手をかけた。

「秋菜ちゃん…少し散歩しようか。都行ってくるね」

「瑠奈ちんありがとぉ」都が笑顔で瑠奈と秋菜を見送った。

「今の話、長川警部に伝えといたほうがいいんじゃないか?」

結城が都に促した。都は「うん」と頷いた。

 

「すごくきれいね」

瑠奈は殺人現場のあった千波湖を避けて、線路北側の梅園を秋菜と歩いていた。

「みんな天国にいますよね」秋菜が呟くように言った。

「大丈夫。みんなこんな奇麗な世界で仲良く暮らしている…きっと大丈夫よ」

瑠奈は笑った。

 そんな女の子2人の様子を竹藪の中から何かがうかがっていた。すっと突き出されたのはギラリと光るボウガンの矢の先端だった。それはゆっくりと秋菜の胸を狙っている。

「これなんかすごく大きな花なんじゃないかな」

瑠奈が笑顔で秋菜を呼び止めてしまい、それが襲撃者に絶好のチャンスを与えてしまった。空気を切り裂くような音が聞こえた直後、秋菜は膨らみ始めたばかりの敏感な左胸に体を引き裂かれるような激痛を感じ、助けを求めるように瑠奈を見た。

「あ・・・あ。・・・・」

あまりの苦しさに中学2年の少女は声を上げられないままあおむけに倒れた。

「あ、秋菜ちゃん?」

瑠奈が倒れた秋菜の胸に矢が突き刺さり、深紅の血液が広がっていくのを見て、絶叫を上げた。

「いやぁああああああっ、秋菜ちゃん、秋菜ちゃん」

瑠奈の絶叫に周辺の散策客が集まってきた。

 

 その400メートル西、好文亭西側で都と結城は、勝馬千尋実況見分をしていた。

勝馬君。亡くなった君塚巡査の相棒さんは、千波湖の殺人現場で赤い目をした人を目撃しているんだよ。その赤い目をした巨人さんはどんな感じで立っていたのかな」

千尋が持ち歩いているデッサンの画板に固定した好文亭の絵に、勝馬が黒いマッキーで棒人間を描いている。どう見ても後ろの絵とあっていないいい加減な棒人間だが、物凄い長身の人物だという事がわかる。

勝馬君」

都は今度は赤いマッキーを出して

「今度はかがんだ時にはどんな感じでかがんだのか書いてくれないかな」

都に言われて勝馬は「こんな感じでした」とうんこ座りする棒人間の絵を描く。

「本当にこんなにデカい奴だったのか。遠近法間違えてるんじゃないか」

結城は唸った。

「俺の証言が信用できないというのか」勝馬が結城にガンつけるが都は

「遠近法で間違えたわけではないと思うよ。だって勝馬君は身長が凄く高いじゃん。勝馬君が遠近法で大きく見える人なんて、それ自体が身長2メートルとか超えてるんじゃないかな」

と目をぱちくりさせた。

「だが第二の事件で犯人を見た警官は、赤い目の存在は身長160か170って言っているんだ。巨人じゃないんだぜ」

都は千尋から画板をふんだくって本物の好文亭と見比べる。

勝馬君が見たものには間違いないよ。あの赤い目の正体が何なのかは大体わかった」

「‼」

ぽつりとつぶやくように言った都に一同は驚いたように都を見た。

「でも、そう考えるとおかしな点があるんだよ。犯人はどうやって」

「皆さん、お疲れ様です」

突然コンビニのサンドイッチを袋に入れた美奈が笑顔で4人の背後に現れた。

「ああああ、これはサンドイッチ…うまそおおおおおおおおお」

勝馬はビニールからサンドイッチを取り出して早速頬張りだした。だが、都は何かがひらめきかかっているらしく「うーーーー」と唸ったまま真っ先に飛びつくであろうおひるごはんにも反応しない。

「悪いね美奈さん中学生なのに…ちゃんとお金は払いますので」結城が申し訳なさそうに頭をかく。

「都さん、考え事ですか? 私のこと疑ってなければいいですけど」

笑顔で美奈は冗談を言った。

「大丈夫…美奈ちゃんは第二の事件でアリバイがあるから。第一の事件は本当に災難だったよね。殺人現場の第一発見者になっちゃうし、ヘイト連中ばかりアリバイがあるしさ」

千尋がカラカラと笑うのを都は聞きながら、何かが氷解していくように目を光らせた。

―悲鳴―ヘイト野郎―

 都の頭の中で何かが一本に繋がった…その時だった。

 救急車が公園内に入ってきた。観光客が話しているのが聞こえる。

「大変だ。向こうの竹林で女の子がボウガンで」

「うそ、この前ここで殺人事件があったばかりじゃない!」

その言葉に結城ははじかれたようにその観光客をかき分けて救急車の後を追いかける。救急隊に囲まれて応急処置を受けている少女の前で、高野瑠奈が血だらけになって涙目で呆然としている。

「結城君…ごめ」

「秋菜ぁあああああああああああ」

結城が絶叫した。

 

6.氷解

 

 手術中の赤いランプの前で、瑠奈は秋菜の血に染まったままうなだれている。

「瑠奈ちん…秋菜ちゃんを止血してくれたんだよね」

都は言った。瑠奈は震えが止まらないままだった。「ありがと」都は笑顔で瑠奈に笑った。

「都ぉおおおおおおお」

瑠奈が都に縋り付いて号泣した。都はそれを優しく受け止めた。

 隣では結城が座り込んだまま物凄い形相で前を向いていて、千尋勝馬、美奈も声をかけられない。

「結城君」

最初に声をかけたのは手術室の前に駆けつけた長川だった。それにはじかれたように結城は長川警部に掴みかかる。

「警部‼ 誰だ、秋菜にこんなことをしたのは‼ いや、犯人が分からなくてもいい。アリバイのない奴は誰だ。アリバイがない奴は‼」

「秋菜ちゃんが襲われた時間、伊藤議員と佐々木秘書は地元の支持者の集会に参加してアリバイがある。江川とカメラマンの藤見は殺人現場でテレビ局のリポートを生でやっててアリバイは完璧…アリバイがないのは、鑑定士の玉川重宗と管理人の番田、そしてここにいる小畑美奈さんだ」

美奈がおびえた表情で結城を見る。結城はその表情を見て力が抜けたように崩れ落ちた。

「お前らのにらんだとおりだった」

長川は沈痛な表情のまま警察手帳を取り出した。

「玉川重宗と死んだ文科省の辻、津川館長は県北の水郡市の発掘現場に豪雨災害の3日前から滞在していた。そして私も驚いたんだが、第二の事件で死んだ君塚は豪雨災害当時水郡警察署に勤務し、養護施設の警邏を管轄していた。同僚の話じゃ相当なネトウヨだったらしい。そして伊藤議員は水郡市の選挙区から立候補して小選挙区で敗れ比例で復活したらしい。もともとは大人しく当たり障りのないことを言っていたらしいが、山城議員の事があってから大丈夫だと思ったのかネトウヨ議員に走り出したんだ。そして驚いたことに」

長川は呆然としたままの結城と都を見回した。

「伊藤議員も水郡市に関係があった。議員生活を始める前に水郡市役所に勤めていてな。事故があった施設を担当していたらしいんだ。まぁ、当時の同僚や上司の話じゃ、すぐにヒステリーを起こす扱いづらい職員らしかったが」

長川は警察手帳を閉じた。結城は無言だった。長川は悲壮な顔で総括した。

「あの被災地に直接関係ないのは秘書の佐々木と管理人の番田、カメラマンの藤見、あとここにいる小畑美奈さんだけだがな」

結城は上の空だったが、都は瑠奈を抱きしめながらまっすぐ長川を見た。

「だが、番田には津川殺害の動機があるみたいなんだ。というのも実は彼は前の近代美術館館長だったんだよ」

「えっ」

小畑美奈が声を上げる。

「だが彼の歴史観を気に食わなかった辻や伊藤議員が追い落としに関わったといううわさがあってね。伊藤議員は少なくとも文科省の決定に賛同するツイートをしているんだ」

都はそれを真剣な表情で聞いていたが、やがて口を開いた。

「ねぇ、長川警部。金印の鑑定式はやっぱり行われるの?」

「ああ、もう間もなく行われるはずだ」

都の目が見開かれた。

「場所は‼」

茨城県文化ホール。近代美術館のすぐ傍だよ。秋菜ちゃんの事件があったんで急遽移動したんだ。JBCでテレビで中継されるはずだ」

都は立ち上がった。

「行かなくちゃ!」

「どういう事?」

「犯人はここで最後の殺人事件を引き起こすつもりなんだよ! 事件はまだ終わっていない!」

結城の顔が上がった。「まさか、都」

「うん! 結城君‼ この事件の謎は全部溶けた」

「な・・・・」

結城が声を震わせ、瑠奈も千尋勝馬もどよめいた。

「長川警部‼ 警察に連絡して‼ あの人をすぐに拘束するように‼」

「わかった」

長川はすぐにスマホにかけた。

 都はみんなを振り返った。

「結城君はここで秋菜ちゃんをお願い。瑠奈ちゃんも…勝馬君も千尋ちゃんも」

「都は、犯人を捕まえに行くんだね」

瑠奈に言われて都は頷いた。

「ダメだ…警備部の連中は動こうとしない。私と都で直接行って止めるしかない。都」

「うん」

都と長川は走り出した。瑠奈は都をまっすぐ見て言った。

「都…お願い…」

 

 茨城県立文化センターの展示室で金印が披露され、JBCの江川のレポートの下で鑑定式がはじめられた。テレビで全国中継される鑑定式。結果は日本の歴史観に大きな影響を与えるという事で社会の注目を浴びている。一方で警備にはじかれた番田は売店のテレビでそれを見ながら「けっ、こんな鑑定士が鑑定なんかできるか。結果は決まっているんだ」と捨て台詞を吐いた。

 

 殺人者は茶番劇をずっと見ていた。鑑定が進行して玉川重宗が「この金印は間違いなく本物と鑑定できます」と言って、伊藤議員が「これで日本の本当の姿が明らかになりましたわ」と嬉しそうに叫ぶ。JBCの江川が興奮しながら大げさに騒ぐ。だが殺人者は既に動き出していた。

 犯人の頭の中で豪雨によって増水した茶色い水が流れていた。この土石流に秘められた悍ましい真実が今日まで殺人者が生きてきた唯一の理由であり、この殺人計画を実行してきた唯一の糧であった。

 必ず、必ず最後の殺人を決行しなければならない。殺人者の目は真っ赤に光、チャンスを待ち構えていた。

 

 手術室のランプが消えた。やがて医者が出てくる。医者は少年少女たちに取り囲まれながら言った。

「重体は脱しました。ただし重傷であることには変わらないので、当病院の集中治療室に」

「命は…大丈夫なんですね」

結城が縋り付く様に言った。

「ええ、意識自体は戻るでしょう」

「わかりました」

やがて手術室からストレッチャーに乗せられ呼吸器をつけた秋菜が出てきた。結城は顔を真っ赤にして泣きながら秋菜のストレッチャー―に縋り付き、弱弱しい手を握った。

「おに・・・い・・・ちゃん・・」

ふいに呼吸器越しに目を攀じたまま秋菜が苦し気に言った。

「俺はここだ…秋菜…俺はここだ」

結城が泣きながらうなずき、瑠奈、千尋勝馬も真っ赤な顔で秋菜を覗いた。

 秋菜は結城の手を握った。

 その様子を見届けた小畑美奈は真剣な表情で何か覚悟を決めたように踵を返してその場から消えた。

 

 都と長川は文化センターに車を横付けし、警察官に封鎖された展示室へ向かおうとして警官に止められたが長川警部の警察手帳で黙った。その時テレビでは金印が本物であると鑑定され、作家の千田直之が「これで志賀島の金印が偽物である事がわかったのですねぇ」とのたまった。

「これで天照大神が作った日本という前提で歴史教科書が作られるのかね」

テレビを見ていた学芸員が鼻で笑いながら言った。

「これで日本は世界の笑いものだ」

 

 犯人は調印式の瞬間を待っていた。ヘイト議員の伊藤、トンデモ鑑定士の玉川、そしてヘイトリポーターの江川が金印の上で手を伸ばす。

「それでは、新しい教科書と真の日本の歴史観の正しさが証明された事を祝って、赤い腕輪を巻きましょう」

この赤い腕輪は日の丸を表しており、政権与党のシンボルとして、新保守思想の連帯を表すものとして、何かの祝い事に同志たちがつける習わしになっていた。伊藤議員、江川リポーター、玉川重宗鑑定士がそれを装着した。それをカメラマンの藤見が撮影していく。

 殺人者はグロテスクに笑った。とうとう死ぬべき3人に腕輪が装着された。その腕輪には無数の鉄球と起爆装置が内蔵され、着用した人間の腕から腸をえぐる。爆薬の量が少ないのは死の苦しみと恐怖を味合わせるためだ。そう、一瞬での死など許さない。苦しみぬいて死んでもらう。あの子たちが味わった同じ苦しみを確実に味合わせるために…。

 黒い影が高々と爆薬の起爆スイッチを掲げ、異変に気が付いた周囲の人間が呆気に取られてそれを見る。

 その直後だった。展示室のドアが開き、長川と都が乱入した。

「そこまでだ!」

長川は大声で叫んだ。

 

【挑戦状】

さぁ、全てのヒントは示された。殺人事件を引き起こした「赤い目」の正体とその殺人トリック、その証拠を当てて下さい。

 

犯人はこの中にいる!

 

小畑美奈

伊藤ちなつ

佐々木アツムネ

玉川重宗

江川豊

藤見優子

番田新

 

偕楽園殺人事件2 事件編

 

3.第一の犠牲者

 

「なんだって❓」

長川が声を張り上げる。

「今我々が取り押さえています。年齢は30代の大男‼」

「わかった。すぐ行く」

長川は大急ぎで階段を上がり、2階の部屋から階段を何事かと見下ろす津川に喚いた。「小畑さんとカメラマンの藤見さん、それに辻さん、それ以外の人は全員無事ですか」

「ええ、全員一緒にいます」

津川は頷いた。

「結城君ここに待機しておいてくれ」

長川はそういうと警官に連れられ玄関を走り出し、好文亭を時計逆回りに走って東側の庭園にやってきた。そこで取り押さえられていたのは…。

「なんだ…君かよ」

警官に3人がかりで押さえつけられ芋虫ばりに体をくねらせている勝馬。その奥で呆気にとられて見ている瑠奈と千尋だった。

「おいおいおいおい、どうしたんだぁ」

長川は警官3人にどく様に支持してから、胡坐をかく勝馬に問いかけた。

「君がこんな無茶をするには何か事情があったんだろう」

「赤い目をした巨人がいたんだよ。真っ暗な好文亭に」

「赤い目をした巨人❓」

都が勝馬の隣に腰を下ろす。

「そいつを捕まえようとして柵を超えてここに駆けつけたら、警官に捕まってしまったんだよ」

「その赤い目の巨人は、どれくらいの身長だった❓」

「あの屋根に届くくらいだ。こっちに気が付いたみたいで腰をすっと下ろすところまで見えた」

勝馬がガクブル状態で声を震わせる。

「あの屋根って言ったら、2メートル50はあるぞ。ギネス記録の世界でいなくはないが…日本人でこんなでかいやつは…」

長川がため息をつきながら屋根を見上げた。

「とにかく、私は全員の所在を確認してくる…都はここに」

その直後「きゃぁあああっ」という絶叫が聞こえた。その声は小畑美奈の声だ。声のした方の離れの縁側に長川と都は飛び乗って、手当たり次第に障子を開けていく。その中の一つ行燈のついた部屋に喉を小刀で貫かれた辻蓮介の死体があおむけになっていた。眼鏡の奥の飛び出した目玉と開ききった口は苦悶を示している。その奥の縁側で小畑美奈が体を震わせていた。

「くそっ」

長川は声を震わせた。

「で、でもこの好文亭には警察の捜査で凶器がないかもチェックされ、ここに入った人もみんなⅩ線チェック受けているんですよね」

秋菜が声を震わせた。

「つまり犯人は凶器を持ち込めないはずなんだ」

長川は辻の死を確認しながら、口に両手を当てて震えている秋菜に言った。

「ま、まさか勝馬君の見た赤い目の巨人がこの真っ暗な偕楽園のどこかに」

千尋が声を震わせ、瑠奈が真っ暗になった偕楽園の森を振り返った。近くを走る常磐線ジョイント音が恐怖の時間を示す。

―パシャ―

突然カメラのシャッター音が光る。藤見優子が無表情で死体の写真を撮り続けていた。

 

 鑑識が電気で部屋を照らしながら辻の死体の周りで実況見分を行う。

「死亡推定時刻は発見のわずか数分前。凶器はこののどに刺さったナイフ…か」

長川は警察手帳を閉じた。

「その時間、2階には津川館長、伊藤議員、鑑定士の玉川さん、キャスターの江川さんがいる一方で、小畑さんとカメラマンの藤見さんにはアリバイがない…」

秋菜も横でメモを取る。結城は不安そうに現場をうかがう小畑美沙を見た。彼女は瑠奈に抱きかかえられながら体を震わせている。

「その小畑さんなんですが」

長川の部下の鈴木刑事が警察手帳を見ながら言った。

「実は出口の管理人が彼女を目撃していました」

 

「ああ、確かにこの子は来ていたよ」

好文亭管理室の番田新という40くらいの眼鏡のひげは言った。

「彼女は急いでトイレを借りに来て、5分くらいして戻っていったなぁ」

「それは本当ですか」

秋菜がぐいっと管理人室で番田に向かって身を乗り出す。

「警察にも話したし間違いないよ。第一彼女はもう一度再入場の時警察の金属探知機でちゃんと検査を受けて戻っていったんだ。犯行は不可能だろう」番田は秋菜の勢いに押されながら唸った。

「5分だとすれば、美奈さんが下に降りてきて死体を見つけて悲鳴を上げるまでが大体6分くらいですから犯行時間は限りなく小さくなりますね」

「ああ、第一発見者を装うためじゃなければね」

長川は言った。秋菜はむっと長川を見る。結城はふと長川に聞いた。

「大体彼女はいったいなんで辻の休んでいる部屋にいったんだ」

 

「辻さんから話があるって言われたんです」

近くの休憩所でコーラおごってもらいながら美奈は答えた。

スマホで『金印が本物と認められた。譲渡について君とも話しておきたい』って」

美奈はスマホを長川に見せる。確かにそういうメッセージは来ていた。送信時間は6時14分。殺人現場が発見される2分前だ。

「このメール」

都はのぞき込む。

「ああ、犯人が打ち込んだものかもしれないな」長川はスマホの液晶をじっと見ながら思案した。

「じゃぁ犯人は美奈さんを犯行現場に呼び出し、罪を擦り付けようとしたってわけか」

結城が都を覗き込む。

「少なくとも美奈さんは辻さんを殺した犯人じゃないと思うよ」

都が目をぱちくりさせるので、長川は「何故に?」と声を上げた。美奈も都の顔を見る。

「私たちが南側の障子をあけて部屋に入ったとき、辻さんの死体は足をこっちに向けて向こうを向いて倒れていたよね。でも美奈さんは北側の障子を開けて殺人現場を目撃して悲鳴を上げた」

「そうか」

結城は思いついたように手をポンと打った。

「となると犯人は南側の障子を開けて辻さんが寝ている部屋に入って辻さんを北側の壁に追い詰めて」

秋菜がはじかれたようにメモを取り始める。

「そういうことになるんだけど、でもそう考えると一つ変なんだよねぇ」

都はレモンかき氷をすすりながら声を上げた。

「何が変なんだ❓」

結城と長川は訝し気に聞く。美奈も不安そうに都を見た。

「犯人が南側から侵入したとして、そこは2階の鑑定会が行われている場所から丸見えなんだよ。犯人はどうして南側の縁側から犯行現場に侵入したんだろう。北側の方が絶対見つからないはずなんだけど」

都は少し考えてから

「もしかしたらそのヒントになるのが、勝馬君の見た赤い目の巨人なのかもしれないね」

都が呟くように言うと、長川は土産物店前で巡回している、勝馬という不審者を長川に知らせるために走ってきた君塚凌士巡査に話を聞いた。

「君塚君だったね。君は勝馬君を目撃した時、南側から建物の周りを回って入り口にいる私に知らせに来た。その時不審な人物、あるいは別の人物とすれ違わなかったか❓」

「いいえ、自分は誰にも会いませんでした」

若い君塚巡査は敬礼しながらそう言った。

「そうか」

長川は頷いてから「となると、犯人は外部から侵入したということになるのか❓ しかし好文亭の柵の周囲は警官がしっかり警備していた」と考え込む。

「つまりこれは不可能殺人ということか?」

結城は鋭い目で長川を見る。

「犯人は外部から侵入することは不可能。内部の人間の犯行だったとしても南側の縁側から侵入しているから北側にいた小畑美奈とカメラマンの藤見には犯行は不可能ということになる」

「いや」

長川は首を振った。

「離れの部屋には東側に縁側がある。そこはちょうど植え込みに隠れて見えないから、小畑さんと藤見さんはそこを回って南側から侵入する事は可能だ。ただし、そうなると母屋二階の津川、伊藤、江川、玉川の4人に見られる可能性がある。ちなみに巡査の君塚君は悲鳴が聞こえた直後に母屋の南側を回っていたから、犯人は南側に隠れることは出来ない。管理人の番田さんは管理事務所にいてⅩ線検査を通った痕跡はないし警官が見張っているから犯行は不可能…」

長川はため息をついた。

「だがどこかに突破口があるんだ」

 

 現場に戻った都、結城、秋菜、長川は鑑識が蠢く中で現場を取材しようとして鈴木刑事に止められている伊藤議員と江川レポーターに話を聞いた。

「伊藤議員…貴方達は犯行時間、上の階で4人一緒にいたんですよね。藤見さんと小畑さん、殺された辻さん以外で、出入りした人間はいましたか」

「いいえ、私たちは辻さんが出てから小畑さんの悲鳴が上がるまでずっと4人でここにいました。トイレを含め誰も出ていません」

「議員のおっしゃる通りです。2階の同じ部屋に私たちはずっといました」

江川も頷いた。

(トイレに出ているとしたら、あの古式エレベーターを使って降りられるんだけどなぁ)

結城は腕組をしながら長川警部の聴取を聞いてみた。

「加ぁ隈さーーーーーん」

都がエレベーターの上から1階でエレベーターの中を捜査している眼鏡の女性鑑識に声をかけた。

「おおお、都ちゃん。相変わらず殺人現場に遭遇するね」

「加隈さんだって」

「私は鑑識だからよ」

「加隈さん、エレベーターの木とか壁とかで指紋とかは出た❓」

「出たよー」

加隈真理はプラスチックの板に挟んだ紙をめくる。

「誰かの指紋があったのか」

結城が背後から声をかける。

「ええと、ああ、都ちゃん君の指紋だねぇ」

加隈はへらへら眼鏡の奥で笑った。「指紋から推測するに、またいたずらか探検したんでしょう」

「でへへへ、面目ない」

都は頭をかきかきした。

「でも都ちゃんの指紋は擦り切れていないから、君のいたずらの後誰かがここを通ったなんて事は考えられないね」

「ここもダメか」

結城はため息をついた。

「とにかく殺人事件が起こった以上、鑑定会は延期ね」

伊藤議員はため息をついて立ち上がった。

「私は殺人事件が発生した場所になんかいたくはないわ。ホテルに帰って休むから、佐々木を呼んで頂戴」

「わかりました」

伊藤議員に言われて津川館長が携帯電話を取り出す。都はその様子をきょとんと見ていた。

「私もそうさせて貰おうか」

鑑定士の玉川重宗も立ち上がる。と、彼は必死でメモ帳とにらめっこしている結城秋菜と目が合った。ふと玉川の視線に気が付いて秋菜が目を上げるとヒヒ爺は慌てて目線を外して伊藤議員の後に付き従った。秋菜はかわいいハート付きのペン片手にそれを見送っていたが、結城に「どうした?」と言われて呟いた。

「あの人、私どこかで見たことがあるんだよね」

 

 やがて偕楽園東口の門に停車した追突したらやばそうな黒塗りの高級車から、佐々木アツムネが自分を雇っている議員の到着を扉を開けて待っていた。

「早くホテルに行ってちょうだい」

伊藤ちなつはそう言って、佐々木が閉める後部座席のドアに消えた。

「佐々木さん、佐々木さんはどこにいたの?」

都が目をぱちくりさせながら佐々木を呼び止める。

「私はずっとここで車をいつでも動かせるようにしていましたよ」

佐々木はそういうと運転席に乗り込んだ。

「未成年お前らもそろそろ帰るか」

長川が結城にカギを投げて渡した。「私は今日は徹夜だ。私の家に適当にくつろいでくれ。水戸駅南口すぐのタワーマンションだ」

「小畑さんはどうする?」瑠奈は不安そうにしている美奈に聞いた。

奈良県の中学生だよね。今日宿泊するホテルは決まっているのかな?」

「いえ…鉾田市の親戚に泊めてもらえっておじいちゃんが」

「鉾田…ちょっと遠くないか」

結城がため息をついた。

水戸駅から臨海鉄道で40分か…水戸駅から徒歩5分か」

「ぐふふふ、お持ち帰りしちゃってもいいよね」

千尋が嬉しそうに美奈を抱きしめた。

 その様子を同じく休憩中の番田がじっと見つめていた。

 

4.第二の殺人

 

「なるほど」

長川警部は夢中で死体袋に入れられた辻の死体が運ばれていくのをカメラで撮影している藤見優子に質問した。

「つまりあなたは犯行時刻に北側の庭園で撮影していたと」

「テレビのスチール用にね」

藤見は猫みたいな目をぱちくりさせた。

「こういうのって大体アリバイのあるほうが却って怪しいでしょうに」

「不審人物とかは見ませんでしたか」長川が質問すると藤見は

「特には見当たりませんでしたね。まぁ、写真に夢中になって気が付かなかっただけかもしれませんが」

「なるほど…」

長川は若い女性なのにアリバイがないのにもかかわらず我関せずという態度を取り続ける藤見に呆れた風に肩をすくめた。

 その時「ともちゃん、ともちゃん」と長川の同期で鑑識の加隈真理が眼鏡を光らせながらやってきた。

「随分と危ない結果が出たよ」

加隈はため息をついた。

「辻殺害現場の部屋からね、第三者の指紋が出たんだ。辻さんの血液が付いていたからほぼ間違いない。ちなみにその人物の指紋からは体液も確認されているから、第三者が指紋を引っ付けた可能性は考えられない。つまり、この事件は第三者の犯行の可能性が極めて高いってことだよ」

「そんな」

長川はかなり驚いていた。

「あれだけ警備が厳重な中で犯人はどうやって好文亭に侵入したんだ」

長川は思案した。

「事件当時建物の東側にはともちゃん、北側には小畑さんと番田さん、南側を君塚巡査がぐるっと回って、西側には勝馬君が騒ぎを起こしていた。それ以外にも所轄の巡査諸君がぐるっと囲っていたってことは」

「ほとんど密室殺人ということになるんじゃないか」

長川は厳しい表情で前を向いた。

「ひょひょ、これは面白そうですね」

藤見は警部と鑑識を撮影しながら言った。

 

「ひええええ」

そびえたつタワーマンションの真下で探検部と中学生2人が声を上げた。

「こりゃぁ、中もさぞかし」

美人女警部の自宅訪問とあって嬉しそうな勝馬とワクワク気分な千尋

「お前ら、一切の希望を捨てろよ」

と結城は認証ゲートにキーをかざしてエレベーターのボタンを押した。そして15階の部屋の鍵を開けて

「いざ、ジャングルへようこそ」

と扉を開けた。つんと何かがにおう。明かりをつけるとコンビニ弁当のカスや缶ビールが散らばり、下着が無造作に散らばっている。

「おお、長川警部これまた素晴らしい汚しっぷりだねぇ」

都がキノコが生えたブラジャーを手に取る。このままだと本当に腐海に沈みそうな兆候が出ている。

「この前一緒にゴミ出ししたばかりなのに」

結城は頭を押さえた。勝馬はロシア語のБみたいな発音を出しながら後ずさりした。

「とにかく、みんなが寝る場所を確保しないとね」

瑠奈が覚悟を決めたように腕まくりした。今日は幸いにして家庭的な瑠奈、千尋、秋菜がいたし、美奈も積極的に手伝ってくれたので思いのほか片づけは早く進んだ。むしろ結城と勝馬はレディのプライバシーに触れるということでゴミ出しを主にやらされた。

「結城君、ごみは全部ベランダから下に放り投げちゃおうよ。後で拾ってまとめてゴミ捨て場に捨てれば」

都が結城に言うと結城はため息をついた。

「袋が破裂していろいろなものがマンション前にまき散らされるだろうが。とにかくお前はこれでも食って事件について推理でもしてろ」

彼はそういうと長川の冷蔵庫からヨーグルトを出して都に食べさせた。

「疲れちゃった?」

ゴミ袋を片手にボーっとしている美奈に「手伝わせちゃってごめんね」と瑠奈は謝った。

「いえ、ちょっと懐かしいなって思って…みんなで部屋を片付けるの。おじいちゃん、片づけどころか部屋を汚すことさえ許さないですから」

「厳しいおじいちゃんだね。オニジジだね」

都が目を丸くするので、瑠奈は「こら、そういうことを言わないの」と言った。

「いいんです。それに私は家の掃除や洗濯、ご飯みんなやっていますから」

「大変だねーーー。お父さんとお母さんは?」と千尋

「お父さんは死にました。お母さんは仕事が忙しいから。おじいちゃんは大和なでしこになるには勉強は不要って言って、今登校拒否させられているんです…。もし学校に行きたいって私が言ったら、おじいちゃんは学校にクレームをつけるから。反日教育をするなって」

「虐待だな」

結城は吐き捨てるように言った。

「子供が思い通りにならないと暴れたり他人に迷惑をかける行為をわざとやって、子供に罪悪感を持たせるやり口だ」

「そんな…酷い」

秋菜が口に手をやった。

「そんなおじいちゃんが…金印の鑑定会に出かけるって言ったら、喜んで私を行かせてくれたんです。だから今日はみんなとお話ができて嬉しいんです」

「やめだやめだ。後片付けは」

結城は言った。

「下でポテチ買って来ようぜ。あと虫歯の原因になるコーラやファンタを買ってきて、宴会するぞ」

「結城君、素晴らしい」と拍手する都に千尋が「それな」と続けた。

「そうと決まれば買い出しだぁ」

と立ち上がる勝馬

「で、でも大丈夫かな、長川警部の家だし」

秋菜が心配そうにすると

「大丈夫…こんだけ汚れていればちょっとぐらい汚くても平気よ」

と瑠奈は笑顔で言った。

 

 県警本部で長川はコンピューターに向き合っていた。発見された「第三者」の指紋データと警察庁のデータと照合する。指紋データは「生存・生死不明」の指紋と「死亡者の指紋」に分けられてデータが記載されている。分けられている理由は「死亡者のデータ」で検索すると身元不明遺体の指紋が大量にヒットし、検索時間が長くなるためだ。しかし長川が「生存・生死不明」のデータで照合しても対象となるものはなかった。つまり前科者や重要参考人に対象となる指紋はないという事だ。

「ともちゃーん」

突然サイバールームにいた長川の背後から加隈が声をかけた。

「真理…どうした」眠そうな長川。

「殺人予告と一緒に送り付けられた指の身元が判明した。常陸太田市の山で見つかった腐乱死体とÐǸAが一致したんだよ」

真理が鑑定結果を長川警部に見せた。長川は驚いてその鑑定結果を見る。

「山城千賀子…42歳。茨城県議会議員で先月から行方不明になっていたらしいね。ツイッターのトレンドに上がるくらい問題発言が多かった議員で、この前県北の豪雨災害の時、外国人略奪組織が暗躍しているから自警団作れって扇動したのがこの議員だよ。そしてこの議員を災害後に全面的に正しいと応援したのが」

「伊藤ちなつ議員だろ」長川はため息をついた。

「どんぴしゃ」と加隈。

「死因は? 山城議員の」

「それはわからないね。体の半分。首と胴体の骨しか出てないから。後の部分は人為的に切断されて持っていかれたか、あるいはハクビシンとかが持って行っちゃったか」

「前者だろうな。指が送り付けられている点からして」

長川はため息をついた。

 

 君塚巡査と相棒の警官は千波湖周辺を巡回していた。昼間は美しい湖も夜は真っ暗になっており、わずかな街灯とビル街の明かりがかすかに湖を照らし出している。

 突然、君塚巡査は何かに気が付いた。赤い光が2つ森の中に蠢いているのだ。君塚は大声で誰何しながらライトの光をそのほうに向けた。

「誰だ。そこで何をしている!」

君塚がそう喚いたとき、真っ赤な目と黒い影が突然走り出し、街灯にそのシルエットが照らし出された。

「待て!」

君塚は後を追いかける。さっきまで赤い目の影がいた茂みの近くまで走っていた時、2人は凄惨な現場を見た。津川館長…近代美術館館長が物凄い形相で腹を押さえて立っている。抑えきれない血だまりとともに内臓がぼとりと落ちて、館長は前のめりに倒れた。

「木村君は救急車を」

君塚は相勤の巡査にそう命じると、黒い影を追跡する。黒い影はSL静態展示の奥にある蔵造をイメージしたトイレの中へ逃げ込む。トイレには故障中のロープが流してあった。君塚はそれを追いかけて男子トイレの中へ…その直後だった。トイレの中で光が走ったかと思うと、屋根が炎で持ち上がり、入り口からも炎が飛び出した。

偕楽園殺人事件1 導入編

 

1.新たな金印

 

 茨城県県庁所在地は水戸市である。常磐線E531系で水戸駅に降り立った小柄な少女はショートカットに子供のような笑顔でにっこりと同行者を振り返った。

「ついたー、結城君」

「ああ」

長身の高校1年生の結城竜はホームに降りたとたんに感じた熱気に押されそうになりながらも、県下随一のターミナル駅を感心したように見回した。特急列車や県北へ向かうローカル列車、それに今熱狂的なマニアに愛されている戦車アニメのキャラクターが入った臨海鉄道まで、様々な列車が行き来している。

「これからどうする❓」

竜の後ろで薮原千尋が白のハーフパンツに青いTシャツというコンビニでも行くような姿で前を行く2人に聞く。

「大体1㎞くらい。候補はバスと徒歩って選択肢があるけど」

「このくそ熱い時期にか」

結城はため息をついた。

「だらしがねえなぁ。結城。俺様は5㎞だって歩いて行けるぜ」

ひときわ体のでかい少年北谷勝馬がごつい二の腕でボディビルを気取って見せる。

「ごめん、勝馬君。私は…バスかな」

黒髪ロングの美少女、常総高校探検部高野瑠奈が苦笑する。

「だそうだ、となるとバスの乗り口を探しに行かないと」

さっきまでと発言が打って変わって、エスカレーターを蟹股で駆け上がっていく勝馬を、一番最後に列車から降りた結城秋菜…このメンツで唯一の中学生がため息交じりに見上げる。と、勝馬が大声をあげながらエスカレーターを逆走してきたが、慌てていたためすっころんだ。

「何やってるんだあのバカは」

結城がエスカレーターを上がって勝馬を助け起こすと、勝馬が声を上げた。

「長川警部だ…。長川警部が改札口にいる」

 

「ふはははは、どうだ、クーラー効いてて気持ちいだろう」

助手席の長川朋美警部は相変わらずのパンツスーツ姿で豪快に笑った。

「クーラーは聞いているんですけど」

秋菜はジト目で長川を見る。

「ちょっと恥ずかしいかな」

探検部のメンバーは護送車に乗っていたのである。金網付きのワゴン車に押し込まれて、全員が必死で外から見えないようにうずくまっている。

「とんでもない。重要参考人の安全な移送にも使われるんだよ。いいじゃない。探検部7人運んであげられる警察の車はこれしかないんだからさ」

信号待ちをしている最中、道行く小学生が護送車を指さしているのに気が付いた都が、金網越しに鉄格子を手にしながら大声で喚いた。

「私は無実だぁ。出してくれぇ」

「やめんか、都」

竜が慌てて制する。

「ええ、護送されているみたいで楽しいのに」

「だから護送車なんだよ‼」

結城は突っ込みを入れた。

 車は駅前のビル街をすっと抜けて、公園沿いの文教地区に入った。巨大な噴水と広大な湖が見える。都市公園とは思えないほどの広さだ。

「列車の窓からも見えましたよ。千波湖ですよね」

原千尋が格子窓の間からカシャカシャ携帯で写真を撮影する。

「春には4500発の花火が打ちあがるんだぜ。それはそれは奇麗なんだ。ちなみに向こうの駐車場は県下で有名な発展場だぜ」

「うるせえよ」竜が喚いた。

「この作品を見ている読者に変な情報教えるな」

「おっとついたようだ」

公園横の通りからバスは敷地内の並木道に入っていく、そこ突き当りの駐車場の向こうに目的地があった。茨城県立近代美術館である。

 護送車から降り立った7人の探検部ブラスその妹はその前衛的なデザインの建物の入り口にデカデカと掲げられた巨大な横断幕を見上げた。

「金王印展…か」

竜は巨大な金印の写真が掲げられた垂れ幕を見上げた。

「知ってるぞ、卑弥呼が中国から貰ったやつだろ」

竜の耳元で勝馬が大声を上げた。

「ちげえよ」

結城はため息をついた。「そんなものが博物館に収められているんなら、邪馬台国がどこにあったかなんて学説、とっくの昔に決着ついてるだろうが」

「そうだよ、勝馬君」

都がしょんぼりする勝馬に言った。

「この金印は小野妹子が中国からもらってきた奴だよ」

結城竜はずるっとなった。

「この金印は大体紀元57年、奴(な)国という九州にあった国が、中国の漢帝国朝貢した見返りに、奴国の王様を日本国の国王として認めるという証明として貰ったとされているの」

瑠奈が代わりに説明する。

邪馬台国時代はたぶんその200年後と言われているから、2つの国は全く別の国っていう説が一般的だけど」

「へぇ、弥生時代って長いんだね」

美術館の階段をのぼりながら、千尋が声を上げる。

「紀元前10世紀から、1300年くらい続いたみてぇだからな」と竜。

デーモン閣下の10分の1か。大したことねえな」

勝馬が先頭を切って美術館のエントランスホールに乗り込む。

「警部」

警官が一同に敬礼する。長川は返礼した。

「異常はないかね」「ご苦労」勝馬がえらそばって堂々と歩く。

「館長…こちらが館長のおっしゃられていた女子高校生探偵島都、他です」

「他…」

千尋がジト目をする。

「おおお、これはこれは…私は当館館長津川修二郎と申します。今日は遠路はるばるお越しくださって…」

津川修二郎という男は長身で穏やかそうな50代末か60代の背広姿の長身の男性だ。たぶんコナンとかで犯人として豹変するとしたからこのタイプだろう。穏やかそうにしているが時折都を値踏みするように見ているのが結城には分った。

「それからこちらは文部科学省学術女性課参事の辻蓮介さん」

「ほう、あなたが館長が押していた女子高生探偵」

七三わけの髪形に眼鏡をキラーンとさせた陰湿そうな役人が、眼鏡をずり挙げて都を見た。

「杓死しそうな感じ」

千尋が某海賊漫画用語を発した。

「そうかなぁ」秋菜は小声で言った。「どっちかというと人をゴミだと思ってそうな気がするけど」

「そして、こちらが政府が外部委託した鑑定士の玉川重宗(えそう)さん。今回美術品の再鑑定事業に携わっています」

「げっへっへっへ、こんにちは島都ちゃん」

分厚い唇に下劣な笑いを浮かべた着物姿の男が、好色丸出しの表情で都や瑠奈を見回す。

「政府に委託されて正しい歴史認識に基づく美術品の再鑑定を行っております。都ちゃん、あなたのナイスバディも鑑定しちゃえるぐらい、様々な分野の鑑定に秀でているんですよ。ぐふふふふふ」

調子の乗った玉川を結城が物凄い目つきでにらみつけ、玉川はひっと声を上げて肩身を狭くした。

「正しい歴史認識に基づく再鑑定❓」

結城竜は訝し気に長川と津川を見回す。

「この博物館に収蔵されているブツに偽物でも混じっているというのですか」

「でも、この博物館に収蔵されているものはちゃんと専門家が鑑定した作品のはずじゃ」

と秋菜。すると後ろから高い女性の声が聞こえてきた。

「その官邸と基準となっている歴史そのものが自虐史観に浸食された学会によってゆがめられたものだとしたらどうなると思う❓」

長身で熱い唇と分厚い化粧が幼稚に見える50代の女性議員が笑みを浮かべて近づいてきた。

「だ、誰あなた」

結城竜が言うと、長川は結城に知らせるように「これはこれは、伊藤ちなつ議員」とその議員を迎えた。

「長川警部もごきげんよう。この子たちは例のちびっ子女子高生探偵かしら」

「まぁ、アポトーシスしたわけじゃないですが」

長川は苦笑した。

「私は伊藤ちなつ。日本総合党に所属する衆議院議員よ。こっちは秘書の佐々木アツムネ君」

「よろしく」

ハンサムで無口な背広姿の若者が会釈した。

「それでさっきの話の続きだけど、日本の学術研究はね、日本の国益のために行われるからこそ国家が資金を提供すべきだと思うの。でも今までの学術分野においては自虐史観に基づいた近隣諸国の国益にしかならない研究が行われていたわ。私たちは日本国民と納税者のために、日本人による日本のための学術研究を支援する…その為に日本のあらゆる博物収蔵品が本当に正しい日本の国益を反映しているかどうかを再鑑定する事にしているの」

「ってことは、まさかあの金印が偽造とでも」と結城竜。

「ええ、日本のあけぼのが中国への朝貢国として始まったという偽歴史ではなく、本物の歴史に沿った展示をしていただくよう、この博物館に要請する事が、政府から仰せつかった派遣議員としての私の使命…」

伊藤議員はうっとりと自分に酔いしれるように言って、結城をげんなりさせた。

(うわぁーーーー、トンデモ議員)

「結城君、金印が偽物っていう学説はあるのよ」

と瑠奈。

「金印は志賀島で江戸時代に畑を耕していたお百姓さんが偶然発見したって言われているんだけど、学術的な証拠が全然ないし、考古学的にもとても曖昧で資料としては本来なら使えないんだって…でも中国の歴史書にそう書いてあってそれが一致するからこそ、志賀島の金印は本物だって認識されてきたの」

「でも中国は捏造大国ですからね」と伊藤。

「この金印だって、『日本がかつて中国の属国だった』って認識を広めたい反日勢力が作り出した偽物の歴史に基づいて作り出された贋作という可能性だってあるわけよ。そして私たちは、今回本物の歴史に基づく新しい金印を発見する事が出来たの」

「新しい金印❓」

「ええええっ」瑠奈と千尋が素っ頓狂な声を上げた。

「今からそれを見せてあげるわ」

伊藤ちなつ議員は無茶苦茶なウインクを結城に投げかけた。

 

 厳重に警備された博物館の奥に「新しく発見されたもう一つの金印」という形で轟轟しい特別展展示室が存在した。

「うーむ」

都は声を上げた。「なんか緊張するね」

「都は結構博物館とか好きじゃない」

千尋が意外な声を上げると

「都はどっちかというと安い常設展を見て、そのあと子供体験コーナーで楽しく遊んでいることが多いかな」

と瑠奈は笑った。

「確かに…高い特別展には行かないですね」

と秋菜が言った。

「まぁ、でも…この特別展はやばいだろう」

結城は「日本の歴史年表(神武天皇がいた設定)」や「他の近隣国と比べていかに日本が優れているかを知らせる展示パネル」を見回してため息をついた。そして特別展の中央にあった金印を目にした。

 大きさはスマホの短辺を正方形にした感じだろうか。黄金色に輝くそれは掘られた文字が見えるように倒されておかれ、横の赤い朱肉の押印紙にはこう書かれていた。

神武天皇之印―

(うそくせぇ…)

結城は思った。

「これが私たちの国日本の本当のあけぼのよ」

伊藤議員は嬉しそうにホクホクと笑った。

 

2.虚構の鑑定式

 

「さ、さすがにこれはねえだろ」

結城は議員に聞こえないように呟いた。

「そう思う❓」

秋菜が目をぱちくり横から結城を見る。

「だって、神武天皇が仮にいたとして自分を神武天皇って名乗るか❓ 今の陛下が自分を平成天皇っていうもんだぜ」

「まるで幸福の科学で霊を呼ばれた人の金印よね」マニアックな会話を千尋が成立させる。

「何々❓」

瑠奈がじっと説明プレートを読む。

「この金印は奈良県宇陀市で中学生の女の子が実家の神社の祭壇に収められていたのを偶然発見ですって。木箱には神武天皇二十六年に作られたものって書かれていたみたい」

「…」結城は何も言えなかった。

「これ、考古学的にはありなのかね」

結城。「紀元前584年だろ」

弥生時代が始まって半分くらい。漢字だって伝わっていないんじゃないかな」

と瑠奈。一方都は展示コーナーに発見者の少女が金印を手に笑顔で笑っている写真が撮影され、自虐史観ではなく正しい歴史を追及して日本国のためになる研究をすべきという企画展示を見ていた。

「島都さんでしたっけ? すごいいい顔をしているでしょう彼女。日本国の本当の歴史を知って、ご先祖様や日本国を好きになってこその笑顔よ」

と伊藤は笑った。

「さて、島さん」

「ほえ」

伊藤は地図模型に神武天皇の遠征を示した光の流れを出すボタンをカチカチやる都に語り掛けた。

「あなたはこれでも女子高生探偵なんですってね」

「本当は推理よりもパフェとリラックマ君が大好きだけど」と都。

「パフェおごってくれるの❓」

「なんでおごらないといけないのよ」

伊藤はあっけにとられた声を出す。

「島さん、あなたが推理をする時に一番重視していることって何かしら」

都は「うーん」と考えてから「命」と言った。「命あっての物種っていうじゃない。まずは安全第一だよ‼」

「その割には殺人事件に巻き込まれているみたいじゃない」

「それでもだよ」

都はにっこり笑った。「どんなに怖くても悲しくても誰かの命を助ける。それが一番大事なことなんだよ」

「意外ね、真実っていうと思ってたわ」

伊藤は言った。

「真実は命を大事にする方法なんだよ」都は言った。「嘘をついて誰かを助けることなんて出来ない」

「そうよね…でも私としては、真実を追求するうえで一番忘れないでほしいのは国益よ」

国益❓」

都は目をぱちくりさせる。「それっておいしいの」

「人が人として生きる上で一番大切なことよ。あなたは真実を見つけるとき、国益に沿うような形でそれを見つけなければいけないの」

伊藤は少しずつ力説して言った。

「うーーーん」

都はまるでテストの難問に遭遇したように難しい顔をした。

「それは難しいよ。だって真実は私にとっていいものであっても悪いものであっても、最初からそこにあるんだから。私にとって凄くうれしい真実に変えられる魔法があればうれしいけど、魔法少女未来ちゃんだってそんな魔法は使えなかったんだし…。それとも議員になればそんな魔法を使えるようになるのかな」

都は純粋に目をぱちくりさせた。その時だった。

「おーい、都。長川警部がレストランでスパゲッティおごってくれるって‼」

「本当❓」

都はジャンプして飛び上がった。

 

「これが例の脅迫文なんです」

津川館長(いやだなぁこの表記)がミートソースまみれの都と長川警部に、脅迫文を見せた。

 

明日の鑑定会に注意しろ。必ず人が死ぬ

 

という文句が恐怖新聞の字幕みたいなワープロ文字で、つまりHG行書体で書かれていた。

「これが今朝、近代美術館の事務室と伊藤ちなつ議員の事務所。そして鑑定士の玉川氏の自宅に届いたのです」

「いたずらじゃないの。あんたがたの言う反日左翼の」

結城が後ろから背中を向けてカレーを頬張りながら言う。一方の長川は事件のあらましはすでに把握しているのか紅茶片手に警察手帳すら出さない。むしろ熱心にメモを取っているのは都の横に座っている結城秋菜だった。

「いたずらじゃないからわざわざ当方が都を呼んでるんだ」長川は結城に言った。

「同封されていたのが人間の指だった」

「えっ」

アイスを掬うスプーンを千尋が落とす。

「合計3本。各自1本ずつ。同一人物の指で死後切り取られたことが判明した」

「つまり、本体は死んでいると」

結城は唸った。

「ああ、警察は殺人事件であることを視野に捜査を進めている。今のところ行方不明者で指紋に該当する人間は把握されていないがな」

長川は言った。

 ちょうどウインナーをナイフで切ったところだった勝馬がそれをおっかなびっくり見ているので、都が「頂戴‼」と後ろの席に要請していた。

「都―」長川が都をこっちに連れ戻す。

「そこで警察も我々もただ事ではなく、明日の金印の鑑定会を水戸偕楽園好文亭で行うことになったのですが、私はそれを中止すべきだと進言したんです…でも伊藤議員が何が何でも行うと言っていて。マスコミなども呼んでしまっているので、もう辞めることは出来ないと」

「それで師匠も連れて万事の体制で当日の鑑定会に臨むことになったわけですか」

秋菜は頷いた。

「そういうわけなので、どうか、どうか都さん、高名な女子高生探偵であるあなたにも当日好文亭にいていただけないかと」

「都、このおじさんの言うこと聞いてくれたら、パフェおごってくれるよ」

長川に言われて都は目を輝かせた。

「勿論だよ」

「でも当然明日の会場の警備は警察も行うんですよね」と秋菜。

「まぁ、好文亭をあらかじめ金属探知機で徹底検査。そのあと周辺を警官で固めて、入り口には金属探知機とⅩ線を置く。鑑定会を主宰しているJBCテレビが専用機材を運んでくれるんだと。つまり都に出番があるとすれば、鑑定会に許可を得て参加した人間の中に犯人がいるってパターンだ」

「その日会場に出入りすることを許可されている人は❓」

秋菜が津川館長に聞いた。

「私と伊藤議員、文科省の辻参事、鑑定士の玉川さん、発見者の小畑美奈さんと、JBCリポーターの江川豊さん、カメラマンの藤見優子さん、そして、都さんと結城君、それと秋菜ちゃん…長川警部」

「お兄ちゃんまで❓」

秋菜は兄をジト目で見た。

「お前こそなんでいるんだよ」結城はじっと見つめた。

「都に選ばせたんだよ」長川が兄妹の頭をくしゃくしゃなでながら言った。

「2人まで同行させられる。誰がいいかって」

「都ぉおおお、私が仲間はずれなんだぁ」千尋がお化けみたいに手を垂らしながらスパゲッティにかぶりつく都に襲い掛かる。

「都さん、結城なんて全然役に立ちませんぜ。ぜひこの北谷勝馬を殴り込みに参加させてください」

「ふふふっ、都はやっぱり結城君なんだね」瑠奈が少し寂しそうに勝馬に迫られて、スパゲッティを必死で守る都を見て笑った。

「結構合理的な選択だと思うよ」

長川警部がフォローを入れる。

「都、結城君、秋菜ちゃんは言わば切り込み隊長だ。そして高野さん、薮原さんは外での監視役。そして2人をボディーガードするのは」

「この北谷勝馬‼」

勝馬が目を輝かせて俄然やる気を出す。

「まぁ、外でやることなんてないと思うけど」

千尋はジト目で言った。

「結城君と勝馬君は一緒にしようよ。古風な日本庭園で繰り広げられる衆道…。新しい題材なんだけどな」

「…」

 

―同日午後5時。

 好文亭に到着したJBCの江川豊は長身ではきはきした暑苦しいレポートを今日も繰り広げている。

好文亭水戸藩藩主徳川斉昭が、家臣の労をねぎらい、芸術や文芸を披露する場所として1842年に偕楽園に作ったいわば御休所で、この2階からは千波湖と梅園が一望できます。普段は観光客も入れるのですが、今日は入り口にJBCが導入した移動金属探知機とⅩ線が導入され、内部への立ち合いが制限されます。今日の鑑定式を取り扱うのは多くの金細工国宝や重要文化財を鑑定しました玉川重宗氏です。立会人には茨城県立近代美術館館長の津川修二郎氏、与党衆議院議員伊藤ちなつ氏、そして文科省参事の辻蓮介氏、そしてこの金印を奈良県宇陀市で発掘した小畑美奈さんが選ばれましたぁ。重要文化財の鑑定式なのでみんなこんな感じで白い手袋をしないと入場出来ません」

興奮した様子で恍惚の表情を浮かべてレポートする江川をカメラマンの藤見優子が無表情で撮影している。猫のような目と黒髪がクールな印象を与える若い女性カメラマンだ。

「しかし」

結城はレポートの様子を階段踊り場で下から覗きながら、

「レポーターがよりによって人工透析患者は生産性がないとか言ってたあいつかよ」

とため息をついた。

「この鑑定会がどういう連中の茶番か一発でわかるなぁ」

「でも金印はちゃんと年代測定とかしたんじゃないの❓」

秋菜が結城に耳打ちする。

「放射性年代測定技術か」

結城は唸った。

「あれは生物の遺骸や化石、岩石、隕石、土器などの焼き物の測定には使われるが金属加工の年代測定は出来ないんだよ」

結城はため息をつく。

「じゃぁ、どうやって本物と鑑定するの?」

秋菜が兄をつつく。

「比較対象となる出土品である志賀島の金印をあいつらが偽物扱いしているんだろう。じゃぁ、あいつらの脳内次第だろう」

結城は面白くなさそうに腕組をしながらあたりを見回した。

「それで都はいったいどこにいるんだ」

「結城君、結城君‼」

都の大声が下からくぐもった形で聞こえる。

「結城君来て来て‼」

階段を下りて下の畳の小部屋に降りてきた結城と秋菜は狭い縦の穴に上半身を突っ込んでいる都を目撃した。

「馬鹿野郎、何やってるんだ」

結城が都を引っ張りだすと、都はぷはーと大きく息を吐いた。

「この空間、2階に通じる穴になっているよ」

「これ、配膳を上に運ぶための手動のエレベーターだそうです」

秋菜がピンクのハートの手帳を見ながら言った。

「へぇ、昔もエレベーターはあったんだねぇ」

都が考え深げに言う。その時トタトタと階段を下りてくる音がして、秋菜は誰かとぶつかった。「きゃっ」

「ごめんなさい」

黒髪をセミにしたセーラー服姿の美少女が慌てて秋菜の手を取った。

「あ、こっちこそ…あ、あなたは」

「はい。上の金印を発見した小畑美奈です」

きっとおとなしい真面目な性格なのだろう。素朴な感じの少女は緊張したように声を上げた。

「すごい発見でしたね」

「はい、で、でも偶然だったんです。祖父が畑で田起こししている最中にトラクターが盛り上げた土に何か光っているのを私が見つけて」

「それがあの博物館の」と秋菜。

「はい」

「美奈ちゃん…」都が真面目な表情で口に手を当てて小声で聞く。

「いくら貰えた❓」

「馬鹿野郎」結城が不躾な質問をする少女探偵の頭を押さえる。

「いえ、祖父は『日本国民として当然の義務』って言って、無償で文科省の辻さんに寄付したものですから」

「もったいないなぁ。きっとパフェを何百回と食べられただろうに」

都はしゅんとする。

「なんでも鑑定団にかければ、番組史上最高値が付いたと思います」

秋菜が美奈に言うと、美奈は笑って「すいません、トイレに行きたいので」

「あ、ごめんなさい」

秋菜が慌ててどいた。

「美奈ちゃん、トイレはあそこだよ」

都が小さな木の扉を指す。

「馬鹿、あそこは江戸時代のボットン。今は使えないよ。外の売店にトイレがあるからよ。そこに行ってきな」

結城は手で指示した。

「どうしたんですか、師匠。真っ青になって」

秋菜が都を見ると、都は涙目で「結城君、私あのトイレ使っちゃった」

「‼」

結城が大いに焦って都の口をつぐんだ。

「何も言うな都。きっと大地に帰る。大丈夫だ」

秋菜も「うんうんうんうん」と目を点にしたまま高速でうなずいた。

「君たち…」

突然眼鏡の辻が目を光らせて背後にいたので、一同はびくっとなった。

「な、なんですか❓」

結城が振り返る。

「ちょっと横になる部屋はないか。少し横になりたいんだ」

「あ、ああ、それならあそこの棟の和室をお好きなように」

「すまないね」辻はそういうと渡り廊下を歩いて奥の棟へと歩いて行った。

「あそこの部屋、天皇陛下が休んだ部屋とかいろいろあるけど大丈夫なの」

秋菜が結城を見上げる。

文科省の参事官だぜ。うまくやるだろう」

結城は辻を見送って言った。その時上から長川警部とカメラマンの藤見が下りてきた。

「藤見さん、撮影は?」

結城が聞くと藤見は「江川さんから周辺の庭の風景を撮影するように言われたわ」と表情を変えずに答えて出入り口の方に歩いて行った。

「私は本部に連絡だ」

と長川はスマホに指を走らせる。

「上の方はどうなっているんです❓」

秋菜が聞くと、長川は「私らには来ないで欲しそうな空気だったよ」とため息をついた。

「偉い人同士で何か話すんだろ」

と、その直後だった。突然外を守っていた警官が大声をあげながら走ってきた。

「長川警部‼ 不審者です‼」

少女探偵島都エピソード1 ④解答編

エピソードワン④解答編
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【容疑者】
諸橋優一(32):愛宕小学校教諭
佐久間銀次(55):愛宕小学校教諭
・広川然子(35):給食センター職員
角田真喜男(58):愛宕小学校校長
・緑山ゆり(23):愛宕小学校教諭。
・田中一平(24):愛宕小学校教諭
・国山道子(49):愛宕小学校教頭
・棚倉利江子(33):パート従業員
・与野啓太(35):警備員
 
7
 
 春の嵐だろうか、稲光が走り、学校の視聴覚室を照らし出す。
「本当にそうなのかな」
都が結城を見つめてゆっくり歩き出した。
「さっきの結城君の密室トリックは一見すると完璧に見えるけど、ありえないトリックなんだよ」
都は視聴覚室の扉を開いた。
「このトリックは、成立するのに3つ条件があるんだよ。1つが部屋の上窓が雑巾で掃除されていてホコリが付いていないこと、2つ目が鍵が視聴覚室の窓の前に落ちている事・・・3つ目が金具のないメジャーが窓の下に落ちているということ」
「ああ・・・・」
結城は都を見た。
「でもそれはありえないんだよ」
都は結城から鍵を取り上げた。
「ごめんね。結城君。実は私と長川警部補は嘘をついたんだ。鍵は実は床の上ではなくて先生の机の引き出しの中に・・・。そしてあそこの廊下の上窓のホコリ・・・鑑識さんが調べたんだけど、掃除なんて全然されていなかったんだよ」
都は結城の目をじっと見た。
「そしてホコリがついた窓にはトリックの痕跡なんて全然なかった。私がこの窓を拭き付記したんだよ。雑巾で。って事は結城君の今のトリックは実行不可能ってことになるよね」
「なんの真似だ」
結城は都を睨みつけた。「なんでこんな事をして俺をハメたんだ」
「勿論、事件の真実を明らかにするためだよ」
都はにっこり笑った。
「事件の真実を明らかにする?」
「今の2つ、鍵の場所とドアのホコリ・・・・この2つは私の嘘なんだよ。だけど」
都は結城をじっと見た。
「窓の下から見つかった金具のないメジャー・・・あれはどうなのかな」
都は結城のメジャーを掴んだ手を指さした。
「このメジャーが犯行に使われたものでは無いことは間違いないよ。だってこのメジャーは学校の備品じゃなくて私の家から持ってきたものだからね。でも私はこのメジャーを金具を切って窓の下に置いたりはしていない。長川警部補に立ち会ってもらって、準備室に金具もそのままに置いておいたものなんだよ。それがなんで金具を切られて学校の下で泥まみれになっているのかな」
都は結城を見上げた。真っ直ぐに。結城はその目を見返した。
「都・・・・お前・・・・」
「この事実が、このトリックの証拠を結城君が捏造した証拠になるんだよ」都は悲しげに言った。
「いつから俺を疑っていた」
結城は都に聞いた。
「最初に変だと思ったのが、結城君が第一の事件で犯人はアリバイ工作を使って死亡推定時刻を誤魔化したと断言した事。でもその為の根拠が全然なかったんだよ。勿論、名探偵になりきってそう推理しちゃったのかもしれないとも思ったんだけど、一緒に事件を追いかけて結城君はそんなタイプじゃないってわかった。なのになんで結城君が当たり前にそう思ったのか・・・。そして第三の事件が起こって、殺された佐久間先生自身がアリバイを工作していたことが分かって、アリバイの謎はわかった。結城君が第一の事件の真相を追いかけたのは2つ理由があるんじゃないかな。1つ目は自分にあるはずがないアリバイが存在していることが不気味で仕方が無かったから・・・そして第二の理由は警備員の与野さんと春奈ちゃんのお母さんに容疑がかかったから・・・自分のせいで無関係な人に容疑がかかるのはなんとしても避けたかったんだよね」
「都ちゃん」長川が共学を隠せない感じで都と結城を交互に見た。
「まさか本当に」
「うん、結城君、私は全部わかっちゃったんだよ。この事件の犯人、放課後の撲殺魔の正体は、結城竜君だって
都はまっすぐ結城を見た。結城は目を見開いたまま驚愕に震えている。
「待ってくれ」長川警部補が声を上げた。
「結城君は第一のアリバイトリックの謎を解いたから犯人に狙われて殺されそうになったんだ。どうしてその結城君が犯人ってことになるんだ!」
「第一の事件のトリックを暴かれたくない人は、犯人とは限らないんだよ」
都は結城の横に立った。
「例えば第二の事件の犯人とか」
「都・・・ちょっと待ってくれ」結城は言った。
「まさか第二の事件の犯人って」結城が振り返ると都は「うん」と振り返った。
「第二の事件の犯人は前々から諸橋先生を殺害してやろうって思っていたんだと思う。そんな時に佐久間先生が殺害され、第二の犯人には完璧なアリバイが出来た。多分その時に第二の犯人の頭に悪魔の声が聞こえたんだと思うよ。今諸橋先生を佐久間先生殺害の同一犯に見せかけて殺せば、アリバイがある自分が疑われることはないって・・・。そして第二の諸橋先生殺害は実行された。でもここで犯人に誤算が生じたんだよ。結城君が第一の事件のアリバイトリックを暴いちゃったことなんだよ。犯人は焦った。だって自分にアリバイがなくなればもうやってしまった犯罪の罪に問われることになるかも知れないわけだし・・・。だから第二の犯人は結城君を襲って、この部屋に閉じ込め、殺害しようとして逆に結城君に殺害された」
結城は下を向いた。
「じゃぁ、第二の犯人って」
長川は都を見た。
「うん、第二の犯人は角田校長先生なんだよね」
都は結城を見て笑った。
「結城君は校長先生を殺してしまったあとで、金属バットの指紋だけは拭ったんだけど、そのあとで密室を勝馬君に破られて、密室の中で死体と2人きりって状況をみんなに見られちゃった。と言っても、第二の事件で結城君には完璧なアリバイがあったし、第一の事件のトリックを見つけたのは結城君自身だから、私も警察も結城君ははめられたんだと思っていた。だって結城君は小学生だし」
都は結城にほほ笑みかけながらホワホワした声で推理を続けた。結城はもはや都を見ておらず、天井を眺めて目を閉じていた。
「でも結城君にとっては、大きな問題を抱えることになっちゃった。それは自分が密室に死体と閉じ込められたありもしない密室トリックを暴くことだったんだよ。そして結城君は私と長川警部補の罠にかかって・・・このメジャーをトリックの証拠として見つけた。あの時結城君は証拠を探すふりをしてメジャーを盗み出し、トイレに行くふりをしてメジャーの先端をトイレで切断、そして草むらをかき分けるふりをしてメジャーを手の裏に隠して、今見つけたようにわざわざ手に持って私に見せつけたんだよ。自分の指紋が残っていてもいいようにね」
「いつから気がついた」
結城は澄んだ声で遠くを見つめながら言った。
「俺が根拠があるわけではなく第一の事件をトリックと言いはったことか」
「あれは違和感あったけど、普通犯人さんが自分が仕掛けたトリックをトリックなんて言わないよ。第一の事件と第二の事件が別人だと思ったのは、第一の事件で金属バッドはそのままだったのに、第二の事件では金属バッドは持ち去られてて第三の事件で使われていたこと・・・。そして校長先生が全校集会で言ったあの言葉」
 
ー倒れた先生を2回も殴りつけるなんて、許せません。
 
「でも長川警部補が犯人が先生を二度殴っていることは全校集会の後で教えてくれたことだからね。この時点で校長先生が犯人だと思った。そして校長先生が犯人だと考えたとき、私は校長先生の第一の事件のアリバイと、結城君の第二の事件のアリバイを考えてもしかしたらって思ったんだよ。ああ、殺人鬼が潜んでいるかもしれない夜の校舎に私を一人でメジャーを取らせに行ったこともおかしかったかな。結城君なら私一人で自分が襲われた危ない学校の夜の廊下を歩かせない。今日のメジャーは、賭けだった。出来れば、私の推理は間違って欲しかったよ」
都の悲しげな笑顔が結城を射抜く。
「結城君・・・君がまさか・・・」
「ええ」
結城はため息をついた。
「この子がこんなすごいやつだったなんて、思いもしませんでした」結城は都の頭をわしゃわしゃした。
「佐久間先生をどうして・・・・」
「それは」結城は少し考えた。
「角田校長と同じですよ。俺はもともとセンコーが嫌いでいつかぶっ殺してやろうと思っていた。そしたらあいつが自分でアリバイ工作をしてて、今殺せば自分にはアリバイがある・・・だからちょうどいいチャンスだと思ってぶっ殺してやったんですよ!」
結城のその時の顔は今までの精悍な顔とは程遠かった。まさに悪魔のような顔だった。
 
8
 
「都を探している時に、あいつがアリバイを作るようPCクラブの女の子に命じて音楽室のほうに向かっていったから、ちょうどいいチャンスだと思って、音楽準備室にあった金属バットであいつの頭をぐちゃぐちゃになるまでボコボコにしてやったんだ」
11歳の少年とは思えないサイコパスのように病んだ顔。結城は笑顔さえ浮かべながら恍惚しつつ自分の犯行を話した。
「全く大人はみんな馬鹿だぜ。俺の心の闇を分からないでよぉ。親が死んだり精神病になって、妹まで死んじまった俺がまともな神経を持っているわけねえだろう。全く最高に面白い3日間だったぜ。センコー一人殺したら勝手に殺し合いが始まっちまってよぉ。そんでもってまた俺にバッドで殴りかかってきたから返り討ちにしてやったんだ。人間の頭カチ割る感触は忘れられねえぜ。本当に俺が強くなったような気がしてよぉ、病みつきになっちまった」
結城はひひひひと笑ってうれしそうに都に語りだした。
「まぁ、上手く騙せると思ったんだけどよぉ。都、お前みたいな人間が出てきてしまったせいで、結局バレちまった。でもまぁどうでもいいぜ。俺は12歳・・・子供だからな。お前ら俺を罰する事なんか出来やしねぇよ。俺は児童相談所に保護されて家庭裁判所で審判を受けるんだ。少年院にも刑務所にもいかなくていい」
凶悪な顔で長川警部補にガンをつけながら、「人を2人殺したのに楽勝で助かったぜ」と馬鹿にするように笑いだした。
 都はその様子をじっと見ていたが、結城の前にやってくると笑いながら言った。
「そっか・・・結城君・・・・そういう人なんだね」
「そういうやつなんだよ。俺は・・・お前の友達でも親友でもコンビでもねえ。凶悪な少年殺人鬼(サイコパス)なんだよ」
「ううん」
都は首を振った。
「結城君はそうやって凶悪なサイコパスとして私の前からいなくなろうとしてる・・・でもそんな事はさせないよ」
都は口元は笑っていたが、目は真剣でまっすぐ慈愛に満ちた目で結城を見つめた。
「事件にはまだ一つ謎が残っているよね、長川警部補。佐久間先生はなんでアリバイを作って音楽室に行ったのかな・・・そして里奈ちゃん・・・。怖い夢をいっぱい見ていた里奈ちゃんは・・・何を見たのかな」
結城の顔色が変わった。
「都・・・お前・・・・」
「大丈夫だよ、結城君」都は笑った。
「結城君は何も言わなくていい。里奈ちゃんがちゃんと思い出してくれるから・・・。私だって・・・里奈ちゃんを助けたいから・・・」
結城の顔が真っ赤になって震えだし、そして頭を抱えて崩れ落ちた。
「・・・・都・・・・・お前は本当に凄いやつだよ・・・・俺の負けだ・・・・・」
結城は声を震わせた。
「私は勝ってなんかいないよ」都は膝をついて結城の頭をなでなでした。
「結城君が人を殺して傷ついていたのに・・・こんな事になってすごく怖かったのに・・・・私は今まで気づいてあげられなかった・・・・お友達失格だよ」
「なんだよ…お前を裏切ったのは俺の方じゃねえか。さっきお前は俺にチャンスをくれたんだろう。何もかも名乗り出るチャンスを…でも俺はこの期に及んでお前を騙せると思った。お前…どれだけ失望したんだよ。お前を失望させた俺に、お前はなんで…こんな笑顔なんだよ」
結城が都にすがって嗚咽するのを、都は背中をさすってあげてそのままの姿でいてあげた。
「殺すつもりはなかったんだ・・・。俺は双子の妹がいてな・・・・お前みたいに人懐っこくてお転婆で・・・・・誰かの為に一生懸命になれる奴で甘えん坊で・・・・おふくろが精神病院に入ったあとは2人でおやじの保険金で助け合って生活していたんだ」
「うん」都は頷いた。
「そんな俺の妹が、5年生になった時だった。ある日突然笑わなくなったんだ。そして飯も食べられなくなったんだ。いくら頑張ってご飯を食べても吐いてしまう・・・・やせ衰えて・・・俺がいくらご飯を食べさせても吐いてしまってな。その度に俺に謝るんだ。変だったのは・・・妹は学校を休みたがらなかったことだ・・・。もともと元気で人懐っこい性格で、妹の楽しみを奪いたくなかったから・・・俺は担任の佐久間に妹をお願いしますと言って、学校に行かせたんだ。でも、ご飯は食べられない。食べてもやっぱり吐いてしまう。涙をポロポロ流してな・・・俺は病院へ連れていった・・・。妹は拒食症だったんだ。すぐに点滴が打たれて・・・妹は病院のベッドの上で・・・ごめんって謝った・・・医者は妹の命は大丈夫と言って、俺も安心したんだが・・・・・それが妹を見た最後だった・・・」
 
 結城は1年前、自宅で電話を受けた。
「え・・・・なんで・・・・」
 
「妹は点滴を引きちぎって病院を抜け出して、学校の前に倒れていた・・・。雨に打たれて、その体は冷たくなって・・・・パジャマ姿のままで・・・・妹がなんでそんなに学校に行きたがっていたのか。ひょっとして点滴とか空腹で幻覚でも見たのか・・・妹が死んだあと、医者からはストレスや空腹による幻覚が原因と言われた。妹のいない部屋はガラーンとしててよ・・・俺が小学生の頃の笑いが絶えなかった家とは思えなかった」
「結城君・・・妹ちゃんが学校に行こうとした理由って・・・・」都が聞いた。
「ああ、お前を探しに音楽室に行った時だ。俺は見ちまったんだよ・・・。泣いている里奈を・・・裸にした佐久間が言っていたんだ・・・・。もし学校に来なかったら他の子を酷い目に合わせると・・・・。大人は誰も助けに来てくれないと・・・。俺の妹が・・・双子の妹の有紗が死んだ時も・・・先生も校長も真実を隠蔽して・・・・だからお前は受け入れるしかないって・・・あいつ・・・里奈に」
「じゃぁ、君の妹が病院を抜け出して雨の中学校に行ったのって・・・自分のせいで他の女の子が被害を受けることを防ぐため」
長川警部補は驚愕して真っ青になった。
「あああ、それをあの佐久間は笑いながら言っていたんだ!」結城の声は憎しみに裏返っていた。目がカッと見開かれる。
「それを聞いたとたん、目の前が真っ白になって・・・俺は気がついたらその場にあった金属バッドであいつの頭をくだいていた。それを里奈に見られたんだ。俺はショックで気絶した里奈の脱がされた服を戻して放送室で寝かせた。もう自分が犯人ですって名乗り出るしかなかったって思ったよ・・・。でも里奈はショックであれが夢だと思って・・・俺ひょっとしてバレないか持って思ったんだ。だって俺勝手にアリバイができちまったし」
結城の声は震えていた。
「でも俺、名乗り出なきゃいけなかった。そうすれば諸橋も角田も死なないですんで・・・俺、もう一回人を殺さずに住んだのに・・・・。俺・・・・俺・・・・」
顔を抑えて涙を流す結城を長川はやりきれないという思いで見つめた。
「わかった」都はにっこり笑ってやさしく結城を受け止めた。「わかったよ、結城君」
「畜生、ちくしょおおおおおおお」嗚咽する結城を都は黙って受け止めた。
 
 児童相談所の車が学校に駆けつけた。
「土浦児童相談所の多摩明子です」
若い背広姿の女性が校長室で待機している結城のもとへやってきた。
「大丈夫だよ。私は君を保護しに来たから」
「事情聴取は警察の方で行いますが、原則児相職員の方の指示に従う形でさせていただきます」
「問題はありません。警察署への移動は私たちの車でさせていただきます」多摩がそう言うと、長川は頷いた。
「さぁ、行こう」多摩が結城を連れて行こうとするが、結城は立ち止まって
「都・・・すまない・・・親友になれなくて」
と向こうを向きながら結城は言った。
「大丈夫だよ」都はにっこり笑った。
「結城君と私はお友達・・・大丈夫・・・また会えるよ」
結城は向こうを向きながら頷いた。やがて結城は児相の車に乗せられ、雨の中の学校へ消えた。
「う・・・う・・・・」
都の肩が急に震えだす。
「う、う・・・・うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああん」
都は顔を両手で抑えて号泣した。長川警部補は小さな名探偵の背中をひたすらさすってあげた。
 
「結城君はご両親の都合で転校することになりました」
緑山先生に言われてクラスは「ええええええ」と声を上げた。学校には大勢の新聞記者が訪れ、連続教師撲殺事件の犯人が12歳の小学6年生というニュースはセンセーショナルに伝えられた。
 
 桜の季節が来た。
「一年生になったら、一年生になったら、友達100人出来るかな・・・100人になれたら・・・」
セーラー服に身を包んで歩くショートヘアの小柄な美少女。入学式の看板の高校校門に飛び込む。
「100人友達ができたら・・・」
うれしそうにスキップする少女を黒髪の少女が追いかける。その姿を見たのは・・・。長身の15歳の少年。
 
(おわり)

少女探偵島都episode2

エピソードワン(②)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【容疑者】
・諸橋優一(32):愛宕小学校教諭
佐久間銀次(55):愛宕小学校教諭
・広川然子(35):給食センター職員
・角田真喜男(58):愛宕小学校校長
・緑山ゆり(23):愛宕小学校教諭。
・田中一平(24):愛宕小学校教諭
・国山道子(49):愛宕小学校教頭
・棚倉利江子(33):パート従業員
・与野啓太(35):警備員
 
3
 
 音楽室にあったのは頭を勝ち割られて教壇の上に足を投げ出してこっちに無残な死に顔を向けている佐久間銀次の死体だった。
「うわぁあああっ」
結城が警備員の前で大声でわめく。
「どうした」
勝馬が結城の横に立って「ひぃえええええええええええええええええ」と悲鳴をあげて結城にしがみついた。
「結城君! 待ってよーーーーー」
都が胸を押さえてふらつきながら階段を登ってくるのを見て、結城は
「来るな!」と喚いた。
「絶対来るんじゃない」
結城はため息をついた。
 
都、結城、里奈、瑠奈、勝馬の5人は教室で待機させられる事になった。
「あー、母ちゃんのシチュー食べたいなー」
勝馬はため息をついた。
「すごい、パトカーがいっぱい」
都は校庭に光り輝くパトランプを見て感嘆の声を上げた。まさに大雨とあっていい感じの構図になっている。
「今鑑識の人が上がっていったぜ」
勝馬もすごく興奮していた。
「そんな事どうでもいいよ!」
瑠奈が突然大声で喚いた。温厚な彼女が声を震わせたので勝馬が口をあんぐり黙る。
「先生が殺されちゃったんだよ。そして誰か私の知っている人が犯人かも知れないんだよ」
瑠奈は声を震わせてガタガタ震えている。その時、扉が開いた。
「お前たち、刑事さんが話を聞きたいそうだ」
無表情の諸橋が冷徹な声でそう言ってから、廊下に引っ込んだ。
「どうもどうも」
変わって笑顔で入ってきたのは長身でスラリとした体をパンツスーツでバッチリ決めた大人のお姉さんだった。
「えええっ」
想像していた刑事と違うその凛とした姿に勝馬は口をあんぐり開ける。だが次の瞬間、もっと凄いことが起こった。
「お、結城君じゃないか。君はかなりの割合で事件に巻き込まれるねぇ」人懐っこく結城に駆け寄る刑事。
「なんだ、あんたか」
結城は嬉しくもないといった表情でそっぽを向いた。
「知り合いなんですか?」
瑠奈が聞くと、女刑事は「まぁね。この子はこの前駅前の銀行で発生した拳銃強盗事件で世話になったのよ。この子かなりの名探偵よ」と笑った。
「名探偵!」
都が目をキラキラさせる。
「ええ、あの銀行強盗事件では犯人はカタコトの日本語で話していたんだけど、結城君はこう証言したの」
 
ゆうぎん銀行の現場で結城は椅子に座りながら、ジト目で推理をした。
「あの銀行強盗、『カネカネ、カネ出セ』って外国人ぽく見せてたけどな支店長が『鍵を持ってくる』というと即座にその場にいた女性を人質にして金を持ってくるように促していた。それにカラーボール対策のために女性を人質に逃げる直前まで出入り口を塞ぎ、さらに後ろの行員の非常ボタンの動きまで気にしていた・・・。相当ゆうぎん銀行の強盗対策を知っている人間の仕業だ」
 
「で、逮捕してみれば彼の言うとおりこの銀行の元行員だったってわけよ」
長川はジト目の結城の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ほええええ、結城君完全に名探偵じゃん。すごいすごい」都がぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ち」結城は顔を赤くしながらすっぽを向いた。
「で、長川警部補・・・。佐久間先生の死亡推定時刻は」
「出血が多すぎるから何とも言えないが、発見時から大体30分から2時間前。ただし被害者はどうも直前に何か激しい運動をしていたらしくって思ったよりちゃんと割り出せなかった。ただしあの先生は放課後PCクラブの顧問をしていてな。その児童によればこの教師はクラブが終わる4時までは視聴覚室には確実に居たらしい」
「里奈が下校放送するまではあいつは生きていたって事か?」
結城は目を上げた。
「ああ、それで持って、その時間佐久間先生以外の教諭は全て職員室にいたしアリバイは完璧だ。給食のおばちゃんの広川さんも子供たち数人と同僚と一緒にいたからアリバイがある」
「そう言えば警部補さん」
瑠奈が緊張したような声を上げた。
「棚倉さんって私のクラスの子のお母さんが、4時くらいに学校の裏口から走って出てくるのを見ました」
「本当かい」
長川警部補は警察手帳を片手に身を乗り出した。「それはいつ」
「4時30分くらいだったかな。ちょうど里奈が仕事を終えて玄関で待っていた私たち・・・見ました。私たちは里奈が放送してから佐久間先生の死体が見つかるまでずっと昇降口にいました。怪しい人は出入りしていません。だよね。結城君」
瑠奈に力強く言われ、結城は「お、おう」と声を上げた。
「って事は俺は犯人じゃねえってことだよな」
勝馬がビビってみんなを見回した。
「はい、勝馬君、結城君、私、都さんは昇降口に4時から4時30分までずっといました」
瑠奈が真剣な顔で証言した。
「わ、私はアリバイない・・・」里奈が泣き出しそうな顔をした。
「里奈ちゃんは人を殺せる人じゃねえぞ」勝馬が証言して瑠奈も頷いた。
「小学生がそんな心配しなくていいよ。犯人は正面から金属バッドでボコボコにしている。そうとう体力があるやつだ。間違いなく大人だろうな・・・・ありがとう、君たちは帰っていいよ。ご両親にも電話したから」
「あ、俺両親がいないんです」結城が手を挙げた。
「オヤジは死んじゃって母親は精神病院で」
「あ、私も迎えに来れない。お母さんがお仕事で夜まで帰ってこないの」
都は目をぱちくりさせた。
「わかった。パトカーで送らせる」
「やったーーーーー」
都は大はしゃぎだった。その横で里奈が震えている。結城はそれに気がついて気にしていた。
 
「おおおお、これが結城君のマンション」
パトカーを降りた都は結城と一緒にそこそこレベルの高いデザインのマンションの玄関に立った。
「なんでお前がついてくるんだよ」
「だって、結城君の部屋みたいんだもーん」
都の周りをお花が泳いでいる。
「ちぇ、風邪引く前にとっとと来いや」
 
「ほら」
結城にカレーを差し出されて都はうれしそうに「いただきまーす」と広いリビングのコタツに入りながら声を上げた。そしてガツガツ食べてからおかわりーと満面の笑み。
はえぇよ」
結城はため息をついてからやれやれとカレーを入れてくる。
「はぁ、今日はすごくいろいろあったよぉ。転校して、殺人事件があって、結城君の家に遊びに来て」
「確かにな」
結城はカレーを盛り付けながらため息をついた。
「いろいろありすぎて正直体の震えが止まらん」
「見たくないものを見ちゃったからだよね」都は心配そうに言うと、結城は頷いた。
「都・・・お前は事件をどう思う」
結城が聞くと、都は「ほぇ」という顔をした。
「警察は俺らや先生たちにアリバイがあると言っているが、俺は何かアリバイトリックがあるんじゃないかと思っている。だがそのトリックがわからないんだよ」
結城はカレーを都の前に起きながら頭をポリポリ掻いた。
「大丈夫だよ、結城君、私は名探偵の助手だから、一緒に考えよう」
都は真剣な表情で言った。
「そうか、それじゃぁ第一の事件のアリバイトリックだが・・・」
「結城君、アリバイってなぁに」
都が「ほえ」と首をかしげた。
「アリバイも知らんのか。都、お前コナンとかも見てないのか?」
「あ、探偵アニメなら見てるよ」
都は立ち上がってランドセルから折りたたみ式のステッキを取り出した。
「魔法探偵少女ミライ! 私の人生のバイブルだよーーーー」
それを見て結城は頭を抱えた。
「ちぇ、女の子にとって探偵はそっちなのか・・・。それじゃぁ、あれか・・・・愛の正義のチカラで最後は魂を浄化すのか」
「うん」
都はうれしそうに頷いた。結城はさらに沈んだ。
 
「第一の殺人のアリバイは完璧だ」
黒い影は金属バッドを手にしながら笑った。
「第二の事件は・・・・」
 
「ち、警察のせいで帰る時間が遅くなっちまった」
諸橋は赤い自家用車の鍵をキーボタンで開けながらため息をついた。その時ミラーに人影が写った。
「何か」
諸橋が不機嫌そうにドアに手をかけて振り返った直後、突然その顔面に金属バッドがクリーンヒットし、メガネが吹っ飛んだ。駐車場に倒れ込んだ諸橋は血だらけでひしゃげた鼻から血をドバドバと流し、歯が折れた口で
「ま、まさか・・・佐久間もお前が・・・・・」
襲撃者は無言で金属バッドを振り上げた。
「や、やめてくれ・・・」
諸橋が悲鳴を上げようとしたが、その前に彼の頭はその人格ごとバッドに砕かれた。
 
「遅いなぁ、諸橋の奴」
翌日学校の教室で勝馬が両手を後ろに伸ばしながら声を上げると、ドアが開いて緑山ゆり先生が沈痛な面持ちで発言した。
「みんな・・・席に座って・・・諸橋先生が・・・亡くなりました」
教室はざわめいた。
 
4
 
「長川警部補」
結城は現場となった駐車場に走ってきた。鑑識が歩き回ってて、人型が駐車場に書かれている。人型の頭の部分には血の跡が広がっていた。
「おう、結城君。今全校集会だろう」
「校長先生が命の大切さの話をするだけだ。諸橋が殺されたのって本当か」
「ああ」
長川は規制線の外まで出てきて言った。
「死亡推定時刻は昨夜の18時から19時、第一発見者は前と同じ与野警備員・・・。死因はやはり金属バッドだ。おそらく同一人物だろう」
(つまり殺害時間は俺が都とカレー食っていた時間)
結城は思案する。
「ねぇ、長川警部補・・・・ア・リ・バ・イはどうなの」
と都。
「ア・リ・バ・イ?」長川は都の方を見てきょとんとした。
「今回の事件では教職員たちには誰もアリバイがなかった。ああ、一人アリバイがある人がいたな」
「誰」結城が聞く。
「棚倉利江子だよ。君らが目撃した棚倉って子のお母さん。あれから任意で引っ張って警察署で話を聞いていたが、その間に第二の殺人が起こってな、彼女は嫌疑なしで返したよ」
「でもおばちゃんはなんで学校に来たんだろう。忘れ物でも届けに来たのかな」
都が結城の背中に飛びつきながら背中越しに長川に聞いた。
「そりゃねえよ」
結城はため息をついた。
「棚倉春奈・・・あいつは俺らのクラスメイトだが自殺未遂をしちまったんだ」
「自殺未遂?」都がびっくりした結城の首を絞める。
「車に飛び込んだらしい。今入院しているよ。意識は戻っているらしいが呼びかけても反応しないらしい」結城は沈んだ声で言った。
「棚倉のお母さんがこの学校に来たのも、担任だった諸橋を追い詰めるつもりだったらしい。あの教師がいじめを誘発したんじゃないかって盗聴器を仕掛けて、それを回収していたそうだ。実際盗聴器も押収したよ」
長川警部補はため息をついた。
「あいつ、棚倉のおばさんの目の前で春奈の事をクズ呼ばわりしていたからな・・・。だが、おかしい話があるんだ。少なくとも春奈が自殺するようないじめは5年の時はなかった。だから俺はセンコーと何かあったんじゃないかと思ってたんだよ」
「問題ありすぎだろ、この学校」
長川は突っ込んだ。
「それともう一つ気になることがあるんだ」
「なんだ」長川が結城に聞く。
「なんでお前がここにいるんだよ」結城が都に突っ込んで、都が「ぴゃーーーーー」と声を上げる。
「お前もだよ!」
長川は都と結城を現場から押し出した。
「これは警察の仕事だ。少年探偵団は帰った帰った」
「なんで少年探偵団なんだよ」
結城は自分と都を見比べた。そして「はぁ」と大きくため息をついた。
「どうしたの?」都が目をぱちくりさせる。
「いや、棚倉のお母さんが犯人じゃなくて良かったと思ったんだ」
「ゆーーーきーーくーーーん」「みーーーーやーーーこーーーーーー」
地獄から聴こえてくるような憎しみの声。結城と都が振り返ると、黒髪ロングを逆立てて怒りのオーラの瑠奈がいた。
「どーこーへーいってたのーーーーーー」
「ぴえええええええええええええ」
都が恐怖に絶叫した。
 
「全く・・・全校集会ほっぽり出すなんて」
瑠奈は教室で結城と都にガミガミ説教をしていた。
「いいじゃねえか。全校集会には他に何百人と子供がいるんだ。一人くらい消えたって」
「冗談じゃないよ。クラス今日は11人も休んでるんだから」
「11人? 殺人事件が発生したからだろう」
結城はため息をついた。
「俺が親だったら子供を殺人犯が捕まらない学校に通わせたくねぇよ」
「でもおかしいんだよ」
足立君が言った。
「PCクラブ全員が休んでるんだよ。2組だけじゃなくて6年も5年も」
「え」結城が声を上げた。
「お前はPC倶楽部じゃないんだろ。なんで知ってるんだ」
結城が足立君に聞く。
「僕もPC倶楽部に入りたかったのに、佐久間先生がダメって言ったんだ」
足立君は消え入る声で聞いた。
「男の子はダメって理由でもあるのかな。クラブの子はみんな女の子だったし」
結城はPC室の無表情の女の子たちを思い出した。そして何かが氷解した。(そうか、そうだったんだ!)
 そして教室から走り出した。
 
 結城は階段の横で足を止めていた。
「クソッ」
彼の足は震えていた。
「なんでこんな時に・・・・」
階段で震えている結城の背後から黒い影が近づいて、いきなり彼にスタンガンを押し当てた。
 結城の頭に火花が走り、目の前が真っ暗になった。崩れ落ちる結城の背後に黒い影が立っている。
「トリックに気がついたか。第一の事件のトリックに」
殺人者は冷徹な目で結城を見下ろした。
「やはりこいつには・・・死んでもらう必要がありそうだ」
 
「今度は結城君を探す羽目になるなんて」
瑠奈はため息をつきながら都に言った。
 都は何か考えていた。
「結城君は、PCクラブの子が全員女の子だって足立君に聞いて、あとPCクラブの子が今日全員休んでいることに気がついたんだよね」
「うん」瑠奈が頷く。
「ねぇ・・・先生たちに全員にアリバイがあるのってさ、PC倶楽部の子たちが佐久間先生は4時までは部屋にいたって言ったからだよね」
「うん」
瑠奈が声を上げた。
「あれが嘘だったら?」
「都・・・・」
「私、長川警部補に知らせてくる!」
都は駐車場に走り出した。
 
「なんだって・・・」
長川警部補は校長室の前で声を上げた。
「うん」
都は苦しげに胸を押さえながら言った。
「PCクラブの子が今日全員休んでいることに・・・結城君気がついて・・・そのままいなくなっちゃって」
都は長川を真剣な目で見上げた。
「お願い、結城君を助けて!」
「わかった!」
長川は頷き、制服警官に命じた。
「すぐに学校を大捜索しろ!」
 
(つづく)
 
 
 

少女探偵島都episode1 ①

エピソード・ONE
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
1
 
「1年生になったら♫ 1年生になったら」
桜並木の下、ランドセルを背負った小柄な少女がショートヘアをたなびかせて歩いていく。
「みー、みーは小学校6年生だよ」
「でも友達100人は作れるよね」
島都は母親に向かって目を輝かせた。
「出来るといいね」
母親は島都という少女を連れて小学校校門に入っていく。
 桜が咲く季節。茨城県守谷市愛宕小学校6年2組に転校生がやってきた。
 
「貴方が、島都さんのお母さんですか」
会議室でメガネの担任の諸橋優一はメガネをずりあげてため息をついた。
「はい、島杏です。年齢は28歳で」
「年齢は聞いていません」
諸橋はぴしゃりと言い放った。
「私も忙しいのでね。お母様としては娘さんが学校で面倒事を引き起こさないように指導していただきたい。28歳で11歳の母親をやるなんてよっぽど何かあったんでしょうが、その面倒事を学校に持ち込まないようによろしくお願いします」
「大丈夫ですよー」
杏はにっこり笑った。
「この子は先生よりも面倒くさい子にはなりませんから」
「何か?」
「いいえー」
杏は口笛を吹いた。
「みー。もし学校でいじめられたらお母さんにすぐ相談だよ。殴りに行くから」
「そんな事になったらお母さんは大学の仕事をクビになって、また私は施設に逆戻りだよ」
都は「もー」っと頬を膨らませた。その時扉がガラガラと開いて、長身の黒髪ボサボサな男の子が学級日誌片手に入ってきた。
「失礼しマース。先生、朝の会終わりました。学級日誌はこれでーす」
気だるそうな男の子は都を見た。
「諸橋先生。こいつがうちのクラスの新入生ですか」
男の子はジト目で都を見た。都はにっこり笑って、「私は島都・・・都でいいよ」と笑った。その笑顔に結城は慌てて顔を背けて「結城竜だ」と言った。
「結城竜君・・・・。格好いい名前だねぇ。キタダニリュウとかカツヤマリュウとかフタバスズキリュウとか」
「俺は恐竜じゃねえよ」
結城は都に言った。
「結城・・・こいつを1組に連れて行ってやれ」
諸橋は命じた。「はーい」結城は都がランドセルと手提げ袋を慌てて手にするのを待って、彼女を連れて扉に消える直前に、都の母親、島杏を振り返った。
「おばさん、心配しないで。こいつがいじめられたら俺がいじめた奴殴りますから。俺はまだ11歳で刑法犯罪に問われないし」
「結城!」
諸橋が叫ぶのを結城は無視して歩き出した。
 真新しい平成デザインの学校で都は結城の後をトコトコついていった。
「ふふふ、結城君ありがとね」
「別に」彼は前を向いたまま言った。
「結城君は私がこの学校で作る友達の第一号だよ」
「友達100人?」結城は訝しげに都を振り返った。
「無理だよ。100人だって。今は少子化な時代だぜ。友達100人よりも親友を2,3人作ったほうがいい」
結城は言った。
「じゃぁ、私と結城君は親友だね」
「いい加減なことを抜かすなや」
結城はぶっきらぼうに教室のドアを開けた。
「6年2組だ」
結城は都を連れて入ってきた。
「結城君、諸橋先生は?」
黒髪で長身の少女、小山里奈が怪訝な顔で聞いてくる。
「校長にぐちぐち文句を垂れたら来るよ」
結城はため息をついた。
「お前はここ」
結城は自分の横の空席に座らせた。
「ここが私の席か」都が目を輝かせると「担任の諸橋はおっかないからな。あんまりフラフラするなよ」と結城は注意する。
「よく言うぜ。結城この前諸橋ぶん殴っただろう。おかげで諸橋、結城には何も言ってこないんだぜ」
後ろからTシャツ姿の北谷勝馬が面白くなさそうに言った。
「ほぇーーー」結城君強いんだね。
「俺だって、あんな奴ボコボコにしてやろうと思ったんだ」勝馬がボクシングの真似事をしながら言った。
「それなのにお前が余計な手出ししやがって・・・」
「へいへい。悪かったよ」結城はため息をついた。
「でも勝馬君。勝馬君が思いっきり諸橋先生に蹴り入れたり頭黒板にゴンゴンされていたから、結城君が止めに入ったんだよ」黒髪セミロングの利発そうな高野瑠奈が声を上げた。
「いいいっ」勝馬が罰の悪そうに顔を赤くする。
「でもそれは私が先生に叩かれていたのを勝馬君が助けようとしただけで、勝馬君は悪くないよ」
小山里奈はおどおどしながら、みんなをなだめる。
「もう私暴力は嫌だから」
「大丈夫だよ。先生結城君にぶっ叩かれて、怖がって何もしてこない」
「先生が来たぞ」
出席番号1番がみんなに知らせ、全員が席について背筋を伸ばした。
「都、背筋を伸ばして座って」
「わわっと」結城に指摘されて、都が直立不動の姿勢で座る。諸橋は不機嫌そうに教室に入ってきた。
「ちっ、校長の野郎めんどくせぇ生徒を押し付けやがって・・・・。ああ、お前ら転校生が来たから名前を覚えておけ・・・。今俺は機嫌が悪いからな。予習とか忘れてみろ。リンチ学級会を開いてやるからな。足立。昨日の続き・・・」
「はい!」
足立が声を上げたが、その声が吃音だったので諸橋の教科書が彼の顔に飛んだ。
「こういう声を直してこいって先生言ったよなぁ」
足立君は真っ赤になって震えながら下を向いた。
「何黙ってるんだよ。教科書拾えよ」
諸橋が声を上げた時だった。結城は「てめえが投げたんだからてめえが拾えよ」と頬ずえ付きながら眠そうに言った。
「何?」冷酷な声で諸橋が言った。
「なんならもう一度リンチ大会開くか」
結城は足を机の上に乗せて諸橋を見上げた。諸橋は「ち」と舌打ちして教科書を拾うと、「大人の世界で通用すると思うなよ」と結城を睨みつけたが、結城は「お前みたいな糞が教師やれるくらいだからどうにかなれるだろ」と一歩も引かない。諸橋は黙ってしまった。
 休み時間になると、結城はクラスのみんなが「結城君すげーーー」「めちゃめちゃかっこよかったー」と賞賛するのを手で制して、「俺はちょっとトイレ」と言って、廊下をトボトボ歩く足立君の横について歩いた。
「結城君、さっきはありがとう」
小太りの足立君は小さな声で言った。
「いや、むしろすまねえ」
結城は上履きを半分脱いで大股で歩きながらため息をついた。「諸橋がお前に八つ当たりしないか心配だ」
案の定男子トイレでは、諸橋が腕組をして待っていたが、足立の横に結城がいるところを見るとすごすごといなくなった。
「お前はトイレに行きたくなる体質なのを狙ってネチネチやるつもりだったんだ。あのサイコパス野郎」
結城はちっと舌打ちした。
「トイレに行ってきな。大でも小でも」
結城は手を振りながら、トイレの前で腕組して仁王立ちになった。
「さすが結城君」
都は結城の横で目をぱちくりさせて座り込んだ。
「なんだお前かよ」
結城はトイレの前でうんこ座りしながらため息をついた。
「結城君すごいな。正義の味方みたい。足立君すごく嬉しかったと思うよ」
「そういうお前もな」
結城は都の手から算数セットのおはじきが大量に入った靴下を取り上げた。
「お前俺が凄んでいる後ろでこれ振り回していただろう!」結城が真顔で大声を上げた。
「高野が死に物狂いで止めてたぞ」
「お母さんが変質者に襲われた時のために教えてくれたおはじきデストロイヤーだよ。えんしんりょくを使ってパワーを高めるんだよ」
都は結城が取り上げたブツに手を伸ばす。
「こんなもので大人を退治できるか! おはじきなんかで」
結城はため息をついた。目頭を押さえて「全く無茶しやがる」と息をする。
「まぁまぁ、結城君。正義の味方も一人では戦えないよ。強い悪者にはみんなで力を合わせて戦うのが一番。そういうわけで、私がコンビになってあげるよ」
「いらねえよ!」結城は喚いた。
「お前みたいなアホが俺のパートナーなんて死んでもゴメンだ」
結城は正面を見た。
「俺は不良になっていくんだぞ。センコーと喧嘩して危ない奴って大人に思われている。それって結構辛いことなんだぞ」
「大丈夫だよ」都は笑った。
「結城君は不良にはならない。大丈夫」
その笑顔を見て、結城は顔を背けた。
「お前の言うことなんて信用できるか」
結城はため息をついた。
 
 空き教室で黒い影は笑っていた。邪悪な笑みだった。
「完璧だ・・・完璧な計画だ・・・私は完璧なアリバイ計画を手に入れて・・・あいつを・・・・」
その時、凄惨な小学校連続殺人事件の幕は切って落とされていたのだが、結城も都も知る由もなかったのである。
 
2
 
 下校時、学校は雨が降り始めていた。バケツをひっくり返したような雨が降っていた。
「起立、礼・・・・先生さようなら、みなさんさようなら」
諸橋が挨拶もせずに出ていくのを横目で見ながら「あー、終わった終わった」と勝馬がため息をついた。
「クソッ。降ってるぜ」
「お前はバカだから傘なしでも風邪ひかねえだろ」
結城は窓の外を見てため息をついた。
「あれ、里奈ちゃんは何処へ行くの」
都がランドセルを背負う里奈に声をかけると里奈はにっこり笑って
「私は放送委員会だから」
と笑った。
「それじゃぁ、私はこの学校を探検してきます」
都は瑠奈と結城にビシッと敬礼して教室を出て行った。
「おいおいおい」結城が後を追いかけたが、都はびゅんといなくなった。
「センコーに目をつけられたらどうなるんだ」結城はため息をついた。
 
「全く、都の奴どこに行きやがったんだ」
結城はため息をつきながら視聴覚室の前にやってきた。
「パソコンルームか・・・あいつ紛れ込んでいそうだなぁ」
結城が扉をガラリと開けると、無表情な女の子が一斉にこっちを向いた。
「!」
宇宙人の会合にでも出くわしたかのような衝撃に結城は「いいっ」となった。暗い教室に浮かび上がる液晶の光に照らされた無表情な少女たち・・・。その奥で長身で白髪でメガネをかけた教師佐久間銀次がこれまた無表情で結城に向かって「何か用か?」
「い、いいえ・・・失礼しますた」
と結城はすごすごと扉を閉めた。
「な、なんだ? PCクラブか」
結城は頭を掻きながら、ふと上を見上げた。階段の上・・・・。
 
「全く」
「うひゃーーーー」
食堂のおばちゃんの広川然子に猫のようにつままれて都はにゃーと泣いていた。
「つまみ食いは禁止」
「すいません」
瑠奈が都を受け取って胸に抱きすくめた。
「家庭の事情があるんなら、忍び込むんじゃなくて正式に要請して頂戴」おばちゃんは入口に並ぶ10人くらいの子供を指さした。彼らに共通していることはみんなガリガリだということだ。
「親が貧しくて家でご飯が食べられない子供よ。最近急速に増えているの。この子達は学校か子供食堂でしかご飯が食べられていないの」
「そんな」
瑠奈がショックを受けたように口を押さえた。
「もしあなたたちも食事に困っているのなら、子供食堂のチラシあげるから、お母さんとちゃんと話して来て頂戴」
「わかりました。行こう、都ちゃん」
「都でいいよ、瑠奈ちん」
都は元気一杯笑った。そして子供たちに「ごめんね、ズル込みしちゃって」と手を振った。
「いいよーーー」2年生くらいの女の子がハイタッチしてきた。
 
「おい」
結城が小山里奈を起こす。
「結城君」里奈が目をこすりながら言った。
「あ、ごめん。私寝てた?」
「思いっきりぐっすりとな」
結城は放送室を見回した。
「全く、寝過ごしたら諸橋の馬鹿にどやされるぞーーー」
結城は頭をカキカキしながら立ち上がり「下で待ってるわ」と言った。
 
「すごい雨ですねぇ」
角田真喜男校長が眼鏡の奥をぎらりと光らせて、窓の外のバケツをひっくり返したような雨を見つめた。
「通り雨だからすぐにやみますよ」
諸橋は冷徹に雑誌を読みながら言った。
 その時、放送が聞こえた。
ー4時になりました。まだ校内に残っている人は早く下校しましょう。
「小山さん偉いわね。小山さんの担当日は毎日下校放送しっかりしているわ」
若い女性教諭の緑山ゆりは感心したように言う。
「そんなの、社会に出て何の役にも立ちませんよ。あんな容量の悪い」と諸橋。
「諸橋教諭」
若い田中一平教諭が目を怒らせて諸橋に立ちふさがる。
「前々から思っていたんですけどね、学校の教諭がこういう態度を取る乗って問題あると思いませんか?」
「ち」
諸橋はいきなり立ち上がると田中の首を締め上げた。田中がぐっと苦しげにもがく。
「あんまり眠たいことを言っていると殺すぞこるぁ」冷たい諸橋の声。眼鏡の奥で目が瞳孔が開きまくって完全に危険人物になっている。
「やめてください、諸橋先生!」緑山が悲鳴に近い声を上げる。
「まぁまぁ、諸橋先生。このくらいでこのくらいで」
太めの教頭の国山道子がオロオロしたように声を震わせる。諸橋は田中を離した。
「クズのくせに理想を語るな。餓鬼っていうのは牧場の家畜と一緒だ」
冷酷な表情で顔だけ引きつらせて、諸橋は田中を見下ろした。
 田中は何も言い返せず、周囲を見回したが味方が誰もいないと知ると、フラッと教室を出て行った。
 
「おまたせー」
昇降口を小山里奈が走ってきた。
「大丈夫だ。ちょうどこいつも見つかったことだし」結城は片手に「にゅあー」と猫みたいに暴れている都を吊り下げてみせた。
結城は昇降口の外で逃げるようにして校庭を走っていく影を見つめた。
「あれはうちのクラスの春奈のおばちゃん」瑠奈が指差す方向にレインコートを着た人物が走り去っていった。
 棚倉利江子は、校舎の裏門から外に出ると信じられないものを見たというように体を震わせて再び走り去っていった。
 
 同時刻、警備員与野啓太は懐中電灯を手に階段を上った。音楽室にライトを向けた時だった。その内部の照らし出された光景に与野は息を飲んだ。
「うわぁあああああああああああああ」
絶叫が校舎中に響き渡った。
「な、何なんだ?」
勝馬が素っ頓狂な声を上げるのを尻目に、結城は
「お前らはここに居ろ」と喚いて階段を駆け上がった。声のした方向にまっすぐ走ると、教室の中から警備員が飛び出してきた。
「大丈夫か警備員さん」
結城は震える警備員さんの肩を掴んで彼が指差す方向を見ると、外の雷に照らし出された死体があった。頭を滅多打ちにされて血だらけになり、眼窩から片方の目玉が飛び出た佐久間銀次の死体があったのだ。
 
(つづく)

魔法少女殺人事件ファイル1

魔法少女殺人事件 導入編
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1
 
「ェェエエッハアアアァアーー!! ウワッハッハーーン!! ッハアーーーー!」
小柄でショートカットの高校1年生の美少女は、テレビの前で絶叫していた。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ」
「師匠・・・喜び方が野々村になっていますよ」
中学2年生の結城秋菜が、彼女が師匠と呼び慕う島都にツッコミを入れた。
「だってれええええええええええ、愛の力だよ、愛の力でかわいそうなデーモンデビル2世45度ツンツン君を闇の力から救い出したんだよ! 未来ちゃんの愛の力は間違っていなかったんだよぉ」
都は鼻紙でチーンした。
「師匠は本当に『魔法少女未来』が好きなんですね」
秋菜はクスリと笑った。
「私の師匠だよ。私もいつかこういう魔法使いになれたらいいなって思ったんだよぉおおおおお」
「30代で処女を貫けば魔法使えるようになるよ」
横で千尋がポリポリポテチを食べながら言った。
「おおおおおお、そうか。なら私ずっと処女でいる。だってエッチって痛そうだし、私絶対やらないもん」
「ちょっと・・・・・」
千尋に秋菜が噛み付いた。
「そんな事言って・・・師匠が一生独り身になったらどうするつもりですか!」
「大丈夫、大丈夫! 結城君、痛くないようにしてくれると思うし」
「ぎょほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
都が発作でも起こしたのごとく鼻血を出してぶっ倒れた。
「ち、ち、ち、ち、ち、千尋さん!」
秋菜が顔を真っ赤にして絶叫する。
「都とヤル時の為に、一応実技研修として『迫真バスケ部』『迫真柔道部』『青梅線-真夜中の実技』のDVDを貸しといたから」
千尋のことだ。絶対┌(┌^o^)┐に違いない。
「愛の力だよ」
千尋がグッと親指を立てるのを秋菜はどう突っ込めばいいかもわからずリアル既読無視した。
「さてさて、Twitterをチェックしないと」
都は千尋の家のMacで自分のTwitterアカウントを開く。
「師匠、Twitterやってるんですか!」
「うん、未来ちゃんの大ファンの中学の友達から作り方教えてもらった」
「ミラクラってわけですか」
「そうそう!」
都がパスワードを入れてアカウントを開くと、
-島都-という垢名前と未来ちゃんステッキを構えてドヤ顔の本人のヘッダーが躍り出た。
「ししょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
秋菜が都を突き飛ばしてアカウントを勝手に弄られた。あっという間にアカウント名が「アイランドシティ@魔法少女未来」、ヘッダーは魔法少女未来のポスターになった。
「師匠・・・・Twitterに個人情報を流しちゃダメじゃないですか。顔とかもダメです! 変なストーカーみたいなのに目をつけられたらどうするんですか?」
「長川警部に言うから大丈夫だよ」
「長川警部に説教されると思います。1時間くらい」
秋菜はフォロワー351人をざっと見回してみた。見たところ大体は純粋な未来ファンのようだった。ひとつだけ秋菜も知っている人物がいた。福島県警の陳川警部だった。
 都にかなりリプを送っているらしい。
-@miyakokuma123456 都さん、僕の衣装を評価していただきありがとうございます(੭ु ´ω` )੭ु⁾⁾ 今回も創造性を追求して見ました。是非都さんの意見を聞きたいです。
 添付されていた画像には網タイツにミツバチのコスプレをしたガチムチマッチョの男が、ドヤ顔でポーズを決めていた。また、それを都がいいね登録していて、
ー@tinkawabidanshi47 かわいいいいいい\(//∇//)\。これにくまのプーさんの帽子かぶってみたらどうだろ(=ΦエΦ=)
と返信までしている。秋菜はそっとパソコンの画面から目を離した。
-私、女子高生探偵島都を尊敬してますから。
「おおおおお」通知画面を見た都は、嬉しそうに目を見開いた。
「秋菜ちゃん、未来ちゃんからメールが来てるよ!」
「ボットじゃないですか?」
秋菜と千尋が覗いてみるが、どうもボットにしてはちゃんと会話が成立している。
-@miyakokuma123456 DM送ったよ
とあって、DMには
-私、未来を演じている早見桜っていうの。実は今回ドラマで『魔法少女未来青春編-憎しみのツボ』って映画のロケ中なんだけど、役作りで女子高生探偵として事件を解決している都ちゃんにロケ現場に来てもらって、いろいろ教えてもらいたいの。交通費と宿泊費は出すから、今度の連休に来てくれないかな。
「あれ、ガチだったんだ」
千尋は慌ててメールを見た。
JBCからもちゃんとお願いするメールが来てる」
千尋は目を丸くした。
「これ、嘘臭くないですか? だって、この『魔法少女未来BOT』って、演じている早見さん本人って事じゃないですか」
秋菜は半信半疑だ。だが、もう遅い。
「未来ちゃんが、私のことを必要としているんだよ」
決意に満ちた表情で都は言った。
「未来ちゃんの魔法の力にはみんなの愛が必要なんだよ。私も今度は地上世界の住人として、未来ちゃんを助けてあげたい」
都は学生鞄から魔法ステッキを取り出した。いつも持ち歩いているのは千尋と秋菜は知っていることなので、あえて突っ込まない。ドヤ顔でそれを自由の女神みたいに構えても日常風景になっている。
 もう行くしかなくなったようだ。
 
「それで俺までか」
秋菜の従兄で都の同級生、結城竜は憮然とした表情で通り過ぎる常磐線の列車を眺めた。
 茨城県日立市のローカル駅前。ここでロケバスと待ち合わせって事になっている。
「そりゃ、そうよ。もし変な奴が呼び出していたらぶっ飛ばす役目が必要だもん」
と秋菜。
「誰も来なかったら」
「師匠と一緒に海を見て、海鮮料理を食べる。兄貴のおごりで」
「なんで俺のおごりなんだよ」
「だってあれを見てよ」
秋菜が顎をしゃくった先でロータリー前で都は心が(੭ु ´ω` )੭ु⁾⁾体もピョンピョンしている。
「結城君・・・まだかなまだかなーーーー」
目がキラキラしている。
「あれで来なかったら、師匠撃沈しちゃうよ」
「確かに」
結城は唸りながらロータリーを見回した。悪質な野郎が待ちぼうけを食らっている都をYouTubeかニコニコで配信していないか確認しているのだ。
 だがその時一台のマイクロバスがロータリーに入ってきた。そして都の前で停車した。もうこのまま都をハイエース出来るくらいのどんぴしゃりな位置で、
「都ちゃん、来てくれたんだ!」
そこから出てきたのは正真正銘の早見桜魔法少女未来だった。
「うそおおおおおおおおおおおおおおおおお」
秋菜が大声を上げた。
「未来ちゃんだ。本当に」
だが都は訝しげな表情で桜を見つめた。
「本当に未来ちゃん?」
都はジッと見つめる。
「雰囲気は未来ちゃんそっくりだけど、未来ちゃんよりずっと背が高いしおっぱいも大きい。きっとパンドーラ女王が変装しているんじゃないかな」
「バカ野郎。魔法少女未来は今やってるのは再放送だろ。彼女は大人になったんだよ」
「え、もう中学生じゃないの?」
都は目をぱちくりさせた。
「来月で二十歳・・・もう6年は経ってるわね」
「うおああああああああああああああああああああああああああああああがあああああああああああわあああああああああああああああああ」
都は絶叫してジャンプすると桜の体に四肢全てを使って抱きついた。
「会いたかったよぉ。もう大丈夫だよ。どんな困難があっても愛の力で力を合わせれば乗り換えられないものはないから」
真剣な表情の都に、桜も抱きついた。
「私も、都ちゃんが来てくれて嬉しい。ありがとね」
と言った。
「感動の再会のところ悪いんだけどね」
スーツをビシッと決めた若い女性が紙を片手に現れた。
「予定押しているから、早くバスに乗ってくれないかな? ええと、あなたたちは?」
桜のマネージャー松原時穂が、結城と秋菜を見回す。
「都のマネージャーみたいなものです」
「助手です」2人はそれぞれ答える…と、
「知ってますよ」
バスからクスクス笑いながら顔を出したのは、都と同じくらいの少女だった。
「ひょっとして、川沼梓ちゃん?」
秋菜が素っ頓狂な声を上げた。
「有名人ですよ。お2人とも、桜お姉ちゃんがいつも探検部や秋菜ちゃんの事を話しているから。そのやりとりが面白くて」
「わーっわーっ、私名前を覚えられてる」
秋菜が顔を真っ赤にした。中学生には驚愕の事実だ。
「僕も楽しませてもらったよ。結城君、君はなかなか面白い子だね。夫婦漫才真っ盛りだ」
クールな二枚目の俳優がナルシストに自分の髪を撫でながら言う。
「この人、向井慶太郎だよ! 嘘! ジャニーズの! あの私今度出る映画『ラブパラドックス』見ましたよ!」
「嬉しいね。君みたいな可愛い子が見てくれるなら、出たかいがあったよ。今日はよろしくね」
(なんだ・・・このチャラオ。中学生に・・・)
結城が憮然とした表情をする。
「車出しちゃっていいですか?」
運転席からADの若くて整った顔立ちの青年、清水想が声を上げる。
「ああ、構わん、出してくれ」
長身で坂上忍を連想させる芸能プロダクション社長、甲本丈が頷いた。
「急いで頼むよ。少なくとも本郷さんとウメコさんより前には到着していないと、機嫌を損ねるようなことがあったらマズイからね」
「それにしても、甲本さん。あの子達大丈夫ですかね。現場の雰囲気を乱しやしないかと不安なんですが」
メガネに無精ひげの男が不信感たっぷりにこっちを見てきた。
「副島さん。役作りのために桜ちゃんがやったことだ。協力してあげてもいいじゃないか」
甲本が言うと、副島は「こういう勝手なことは困るんだよ」と声を上げた。
「副島さん。分かっていないようだな・・・・。日活ロマンポルノの成り上がりのあんたが、ウメコさんや本郷匠さんと仕事が出来るのは、私らのプロダクションが頑張ったからだよ」
「ち。現場には連れてくるなよ?」
監督の副島卓彌は憮然とした表情で前を見た。
(なんだあの親父・・・こちとら頼まれてきてやっているのに)
結城は唸った。
「ねえ、兄貴。本郷匠とウメコデカメロンも来るって事だよね」
「ああ、かなり大物だぞ。俺はそんなに興味ないけど」
「兄貴は芸能人に興味ないもんね」
秋菜が言うと、「うるせぇ」と結城は唸った。
「あら、本郷さんに興味がないなんて、枯れた人生してるわね」
横からカメラマンの男が声を上げた。長髪の男である。
「あの眩しい肉体とフェロモンを私は撮影班としてこのカメラで捉えるの。ああん、考えるだけでワクワクしちゃうわ」
カメラマンの下北岡正嗣はそう言って体をくねくねさせる。
「くだらねえこと言ってないで、山川さんとは連絡ついたのか?」
と甲本が怒鳴る。
「つかないわよ。松原さん、そうよね」
「ええ、おかしいですね。昨日電話するって言ってあったのですが」
「どうせ、あのわがまま直木賞作家のことだから、キャバクラにでもいってるんでしょう。女の子大好きだし」
下北岡はふて寝の態勢に入った。
直木賞作家がさりげなく出てるよ」
「その作家さんの家なんですよ。今回のロケ地、岩窟は・・・・」
 
斜面に作られた石造りの城は、日立市の山奥にあった。まだ4月でも雪が残っているくらい高い場所にある。
 テラス状の駐車場に降り立ったとき、この館が惨劇の舞台になるとは、都も結城も秋菜も思いもよらなかった。
 
2
 
「山川さん、山川さんいないのかい?」
副島が呼びかけるが、荘厳なホールの中に人の気配はない。
「しょうがいないな。清水君、一緒に探してくれるか」
「はい」
荷物を降ろしながら清水が答えた。
「お買いものにでも行っているのかな」
都が目をぱちくりさせた。
「でもさっき行ってみたらガレージに山川さんの車はあったし・・・」
桜が不安そうに言う。
「ちょっと俺も探ってみますか」
結城は城の中に踏み込んだ。
「いいの?」
秋菜が聞くが、結城は「だって都はとっくに探検に出かけたぜ」と呆れたように言った。
「ぷっ」
早見が吹き出した。
「都ちゃん想像通りだわ」
「私たちも探そう」
梓も苦笑しながら、一同についていった。
 
「広いお屋敷ですね」
秋菜が声を上げた。
「ヨーロッパから移築されたものらしいよ。今直木賞作家の山川仁さんが買い取って、家として使っているみたいだけど」
「さすが、直木賞作家・・・書斎も本がいっぱいだわ」
桜が開けっ放しのドアから部屋を覗き込む。
「ん、都ちゃん」
「どうしたの、桜ちゃん」
桜に指を指されて、都が書斎の部屋の机の奇妙な状態に気がついた。
 書斎の上に開かれたタウンページの半分位の厚さの本の真ん中にナイフが刺さっている。
「誰かが本の中に宿っている悪い魔法使いの呪いを倒したのかな」
都が考え込む。
「それならバジリズクの牙が使われているんじゃないかな」桜も考え込んでいた。
「そうじゃないなら、これは山川さんが残した暗号・・・」
都がナイフが刺さった本のページを見ている。
「これは先生が書いている『屍蝋鬼』って小説のページね」
梓が都の横から覗き込んだ。
「なにそれ」
都がぽかんと声を上げる。
「人間が水中で腐らずに蝋と化す屍蝋現象。それに生きた状態でなってしまった老人が、次々と人を殺していくって話です。首を切ったあと、胴体をドライアイスで保存して自分の肉体を取り戻そうとするんです」
「グロ」
と秋菜。
「なんだよ、そのこれから見立て連続殺人が始まりそうなフラグは」
結城が唸る。
「ちょっと、君たち、勝手に先生の部屋に入らないでくれるかな!」
清水ADが大声で廊下から怒鳴ってきた。
「先生にへそを曲げられでもしたら、この城を使わせてもらえなくなるかもしれないんだぞ!」
「いませんよ。この屋敷には。それにADさん・・・これどう思います?」
「え?」
結城はADにナイフが刺さった本を見せた。
「どうせ先生の悪戯だろう。あの先生は人をいたぶるのが好きだからな。さぁ、ウメコさんや本郷さんも到着した。桜さんも梓さんも出番ですよ!」
「はい!」
桜と梓はすっかりプロの役者の顔になっていた。
 
 1日目の撮影は滞りなく終了し、その日は予定通り夕食の時間となった。
 秋菜は都の横でそわそわしていた。
「兄貴、目の前にウメコデカメロンがいるよ」
秋菜は小声で結城に言った。目の前には確かに「ブッチャケ言っちゃうわよ」で有名なコラムニストでタレントのウメコデカメロンがいた。容姿は読者諸君の想像通りである。
「見りゃわかるよ、それに横に居るのは反町が卒業したあとの次期相棒、本郷匠だっけ?」
やたらとマッチョで渋みのある40すぎの俳優がステーキをほおばっていた。
「ハリウッドでは渡辺謙と双璧となす存在らしいぜ」
「知ってる。『トランプ・ゴジラ』でツブラヤ博士の役をしてた人でしょ」
「俺たちとんでもねえところに来ちまったな」
結城はシチューをほおばりながら唸った。
「なんか悪いっすね、俺たちの分まで作らせちゃって・・・ええと、早見さん」
「桜でいいよ! シチューだしたくさん作ったからね」
「このシチュー本当に美味しいよ、桜ちゃん・・・・これ実は魔法を使って作ったでしょ」
都は幸せそうな表情だ。
「梓ちゃんのレシピよ。梓ちゃんは昔からすごく料理が美味しくて、孤児院の時からみんなを楽しませてたんだから」
「孤児院って、一緒の孤児院なのか」
結城があっけにとられた顔をしてからすぐに、「いや」と答えなくていいとジェスチャーした。
「大丈夫、ウィキペにも乗ってるし。そもそも私や梓が芸能活動をしたのは、孤児院出身の子供たちを積極的に雇っている甲本社長のプロダクションに入ったからなんだ」
桜は笑った。
「甲本社長と孤児院の寮母さんと一緒に喜んだな。魔法少女未来の役を射止めた時には、社長から『こんな時代に子供たちに夢を与えられるのは桜しかいない』って言われてさ」
「甲本社長は恩人です」
梓は言った。桜と比べて黒髪で大人しそうな少女だが、どこかに芯が通っているように見えた。
「まあ、みんなが頑張ったおかげだよ。桜を大手に売り込んで、大物俳優や作家が参加する作品に出演させたのは、マネージャーの松原君だから」
と甲本。
「おだてたって何も出ませんよ」
と松原マネージャーは可愛く微笑んだ。
「でも、その順風雨満帆の裏にはいろいろあったわよね」
ウメコデカメロンが食物から顔すら外さずに辛辣な声で言った。
「妹さんが自殺したっていうのに、それは会話から削除ですか」
「おいおい、今それについて言及する必要はないだろう」
本郷が諌めるように言った。
「私は知ってるのよ」
ウメコがじろりと本郷を見つめた。
「あんたが日本のアイドルと寝させてくれるように、そこの社長さんに圧力かけていたって噂」
「そうそう、困ってるんだよ。そこのデブのオカマみたいなメディアリテラシーのない連中が騒ぎ立てて。まあアメリカで活躍すればこういうゴシップは話題作りの景気づけになるから、僕としては別にいいんですが」
「なんですてぇ」
ウメコがガルルルルル唸り声を上げた。
「まあまあ、2人とも、中学生の子が見てますよ。その辺にしてはどうですか?」
とイケメン俳優の向井慶太郎がウメコをたしなめるが、
「別にかまわないわよ。10代や20代のアイドルなんて、私が本気で潰そうとすれば簡単なんだし」
ウメコはワイン片手にくだを巻いた。
「別に俺はアイドルじゃないんですけどね」
結城が呟く。
「まあ、ウメコさんのその体型からすれば、アイドル関係なく物理的に潰せそうな気がしますが」
「プッ」
桜が思わず吹き出した。
「あんた、何笑っているのよ」
ウメコが絡むように桜に近づくのを、松原マネージャーが牽制した。
ウメコさん。一応この子はハリー・ポッターのスピンオフに出演することが決まっています。何かやらかしたらあなたが世界中から叩かれますよ」
「不愉快よ、部屋に戻るわ」
ウメコがドスンと立ち上がり、そのまま部屋に戻っていった。その様子を見て、秋菜はスターウォーズのあれを連想した。一方都はウメコのスープの残りを拝借にかかる。
「みんなウメコを前にして肝が据わってるなぁ」
本郷が感心したように言った。
「本郷さん、みんな前に殺人事件とかに遭遇したことがあって、度胸は座っているんです」
と結城は残り物を平気で食っている都の頭をなでなでした。
「全く・・・・あのババアは会うたびに空気をぶち壊す」
副島監督がため息をついた。
若い女性に嫉妬しているのよ」
カメラマンの下北岡が蔑むように言った。
「本郷さんに女性ファンが多いからって・・・最低よ」
「正直ああいうのにファンだって公言されたくない」
本郷も苦笑いした。
「あっちゃーーーーー」秋菜はため息をついた。
(芸能界ってこんなんなんだ・・・でもそんな中でブレない桜さんは素敵だな)
そう羨望の眼差しで桜を見る秋菜を、本郷はまじまじと見つめた。
 
 早見穂乃果はあの結城秋菜という少女に似ていたな・・・・。
 本郷は自分の部屋でそう思った。あの少女はとにかく純粋だった。小さな出来事に目をキラキラさせて感動し、思春期の中でいろんなものを見てドキドキできる感性を持っていた。そして家族・友達思いで優しく、笑顔が素敵な子だった。
 そんな少女が、マッチョな男によって裸にされ、性的暴力を受けながら首絞めプレイを受けるときの、死の恐怖、自分の体の反応に対する困惑、絶望の表情。その素晴らしさはもはや止め用がなかった。本郷にとって、結城秋菜という少女はまさに自分がプレイの最中に死なせた穂乃果に仕草がよく似ていた。
 全裸になり、姿見に自分の筋肉を移しながら、結城秋菜という少女をいかに支配下に落とすか考える。いたいけな少女に筋肉の魅力と性の喜びを教えてあげたい。その欲求が体を戦慄させ、眠ることができない。
 明日の撮影の体力を温存させる為には、一発やるしかなかった。さっき甲本に命じて少女を一人、この部屋に送ってもらう手はずになっている。あいつがこの業界で活躍できるのは、この俺がいるからなのだ。
 時計は10時を示している。ドアがノックされた。
 本郷はドアを開けた。全裸のまま訪問者を招き入れ、自分の陰茎を見せつけるような位置に立つ。
 だが、次の瞬間起こった出来事は、本郷には理解できなかった。小太刀というべきだろうか、その刃物が自分の脇腹を走ったのだ。脇腹に大きな切り傷が一直線に出来、そこから大量の出血と一緒に腸がこぼれ落ちる。凄まじい激痛に悲鳴を上げた瞬間、小太刀が喉を突き破り、声帯を破壊した。
 断末魔に痙攣する本郷を、黒い犯人が冷徹な表情で見下ろしていた。
 
つづく