劇場版少女探偵島都2 岩本承平の殺戮5(Last)


9

「言うとおりにしろ。助けてくれぇ」
朝川議員がかすれた声を出す。岩本は警察の動きを把握しながら、壁に背中を向けて廊下を動き、隣にある画廊に移ろうとする。
 と、直後彼の左手から何かが落ちた。それが発煙筒だとわかったとき物凄い煙が廊下に立ち込める。
「やばい、テレビ局と同じやり方を使うつもりだ」
長川警部が言った直後、朝川議員を楯に岩本は画廊の扉を閉めて鍵をかける。画廊の中に潜んでいた2人が岩本に飛びかかるが、1人が朝川議員という大物を楯にされて怯んだ隙に背後の眼鏡の制服警官は裏拳で殴り倒され、正面の一人の私服警官が拳銃を抜こうとしてそれを岩本に抑えられ、そのまま頭突きをされて倒れみ、はずみで拳銃が発射される。
「朝川議員」
たまたま画廊に来ていた小塚パウロが朝川議員を逃がそうとするが、パニックになった彼は「うわぁあああああ」と小塚を突き飛ばした。小塚はそれに手こずった一瞬のすきに岩本に後頭部を殴り倒されダウンした。
 画廊の扉が物凄い勢いでガンガン叩かれる。
「特殊部隊に突入させろ」
長川の怒声が響く。
「さて」
岩本は骸骨の不気味な表情のない顔でゆっくり標的を見下ろす。
「この3D拳銃はね、VⅩを塗った毒針を目から脳みそに打ち込むんです。こうなると手術をしても助かりようがない。1時間程度物凄い苦しみを暗闇で受けた後あの世に行くというわけです。被害者を殺すだけではなく確実に地獄に送る面白い銃なんですよ」
岩本承平はゆっくり朝川に銃を突きつける。
「た、助けて…金ならいくらでもやる…警察庁に忖度してお前を死亡した事にしてやる…だから…」
「僕はねぇ…お金をくれる人より、政治家や行政に忖度してもらえることより、なけなしのお金でコンビニのおにぎりくれたあの人の親切が嬉しかった…お前はその人を殺した。それも面白半分に…」
表情のない骸骨の声が憎しみに震えた。
「い、いやだ…助けて…殺さないで」
「あの人はそう訴える事さえ許してもらえなかった。自分が悪い…そう言って死んでいったんだ…死ね!」
岩本の声が震える。怒りに震えて目に一瞬血が入り、それをぬぐった刹那だった。
岩本と朝川議員の間に結城竜が立ちはだかっていた。

「ねぇ、結城君は?」
外で都が声を上げた。
「ええっ?」
長川が必死で鈴木刑事と扉を破ろうとする中で訝し気な声を上げるが、いつも少女探偵を守るため周囲にいるはずのナイトの姿が見えない。
「まさか!」
長川はドアの中を見つめた。

「結城君…どきなさい。これは君が命を懸けて守るような人間ではない」
岩本は静かに諭すような声で言った。
「人の命をゴキブリのようにもてあそんだ人間の命だ。そんなものの為に君に何かがあったら、都さんが悲しむ」
「そんなもの…ってか」
結城は岩本を睨みつけた。
「都が守りたいそんなものっていうのはな…そうやって死んでいい人間とよくない人間を分別する思想とは真逆のものだ。お前がそんなもの呼ばわりしているものの為に、あいつが今までどれだけ苦しんで傷ついて来たと思っているんだ。お前ごときがそれを踏みにじっていいものじゃねぇ」
結城は思い出していた。小学生時代結城の前で推理をした時の少女探偵のはりさけそうな悲しい笑顔、そして魔法少女と呼ばれた少女に縋りつき号泣する女子高生探偵の姿を…。
「結城…君」
都は扉の前で声を震わせた。
「お前がこいつを殺したところで、野畠和人さんの奪われた尊厳は戻りはしない。むしろ人の命を分別する正義を広めちまう事になるんだ。それは野畠さんを! お前を! もっと苦しめることになるんだ! 都はそれを知っててお前を助けようとしているんだ」
さっき推理に苦しんで震えていた都の顔を思い浮かべ、結城は絶叫する。
「お前それがわからねえのかよ!」
いつもの岩本だったらそんなへまはしなかった。だが、この時一瞬少年の叫びに耳を傾けてしまった。その為朝川が転がっていた拳銃を取り出し、結城の背中から発射して岩本の脇腹に命中するという結果に気が付いたのは銃声と鋭い激痛によってであった。岩本にとってはありえない大失態であった。
 結城の体が力なく倒れ込み、その向こうから現れた朝川の顔はこの上なく醜悪で外道だった。
「てめぇええええええええ」
岩本が獣のような声を上げて、朝川が発射した銃弾を体をひねって避けて、その顔面に拳を入れた。
「ぐへっ」
と倒れ込む朝川の首を締め上げようとするのを物凄い形相で結城が縋りついて止める。必死で起き上がり鬼気迫る表情で上半身を起こして縋りついた。その表情を見て、岩本の目が震える。
「結城君…」

特殊部隊のドアをぶち破る特殊ハンマーでドアが破壊され、SATが部屋になだれ込む。
「結城君! 結城君」
都は仰向けに倒れている結城を見つけ泣き叫んだ。
「しっかりして…」
「銃で撃たれているぞ」
「応急処置をしろ」
長川は特殊部隊に命じて、結城の傷を探り当てる。結城は都に窓の方向を見て指をさした。
「岩本を…早く」
「うん」
都は泣きながら頷いた。横では鼻血だらけの朝川議員が怯えた表情でガタガタ震えている。
「ありがとう」
都はとびっきりの笑顔で結城に笑いかけると、立ち上がって煙が渦舞く画廊の奥を見た。
「大丈夫ですか」
警官が小塚パウロを助け起こす。
「だ、大丈夫です…いてて、気絶していました」
覆面の聖職者は立ち上がる。
 その奥でネグリジェの骸骨の男が警官に取り押さえられている。
「あーーーー、あーーーーーーー」
岩本承平は喋れないらしく、ああ、ううと繰り返して必死で警官に何かを訴えようとしているのを警官が容赦なく拳銃を向ける。
「待ってください」
警官によって担架で運ばれる結城に続いて警官に肩を貸されて出ていこうとするパウロを呼び止める少女探偵。
「ここで決着を付けましょう…」
都は言った。
「長川警部…あの岩本君が本当に岩本君か確かめてみて」
長川は都に言われて、岩本の顔を触る。
「変装ではないみたいだが、岩本の顔は誰か別人のを傷つければ完成するからな。まさかこいつテレビ局の事件みたいに薬を飲まされて」
長川の声が震える。
「次にパウロさん…私は気づいていました。動画で見たパウロさんとあなた…一人称と利き手が全然違いますよね。あなたは本当にパウロさんですか?」
「違います」
パウロは落ち着いて言いながら覆面を取った。その顔に一同は驚く。覆面を取ってサングラスを付けた顔、実は長川はわかっていた。
福島県警の陳川警部」
陳川雅史警部はヤクザ顔で髭もじゃの怖そうな顔を緊張させて
茨城県警に研修に来ていましてね。お嬢に協力を要請されたのです」
と紹介した。
「岩本君」
都は岩本を見つめた。
「岩本君は長川警部が警視庁に出向していることを知っていてテレビ局で犯罪を犯して私を介入させた。だから逆の方法であなたにあらかじめ逃亡の手段を提供する事で、君を追い詰めさせてもらったよ」
「勿論本物のパウロさんには協力を依頼してしばらく身を隠してもらっている」
岩本はもう哀れな入れ替わりのマネなどしていなかった。ギラギラと都と長川と警官を見つめている。
「そうやって『顔の皮をはがされて自分に変装させられた可哀そうな被害者』に変装する事で逃げようとするなんて。護送車でいきなり苦しみだせば警察はあのテレビ局をフラッシュバックして病院に連れていく。後は病院の手術室でお医者さんを脅して白衣姿で逃げるって算段だったのかな? パウロさんは私に『あの時もしかしたら』って思わせるための心理的ダミー…あ」
いつの間にか手錠を外していた岩本は横にいた警官をいきなり楯にして突き飛ばし、窓をがしゃんと割って外に飛び出した。そのまま正面玄関の屋根から正門へ通じる砂利の広場を走り出す。
「岩本君!」
「大丈夫。外は警官で固めてある」
長川は冷静に自ら正面玄関の屋根に飛び降りると屋根の端から狂ったように広場を走る岩本を拳銃で狙う。
「岩本‼ 止まれ!」
岩本は息を切らせながら走っている。長川の拳銃が火を噴いた。岩本の左足に血煙が飛び、岩本は苦悶し絶叫しながら倒れ込む。
 周囲を特殊部隊と制服警官が拳銃を構えながら取り囲んでいた。岩本はふらふらと立ち上がり、上空から自分を照らすヘリ、周囲の警官を見回しながら必死で頭を振り回転させ、打開の方法を探っていた。だがもはや彼の頭ですらこの状況下ではこう結論付けた。
 敗北。
 拳銃を構える長川と並ぶ女子高生探偵島都がそれを物語っていた。これは彼の頭が遠い未来の状況として予測していた事。少女探偵島都こそが自分を終わらせることが出来る唯一の存在であるという事。

 夜の大洗の県道を爆走する救急車の中で鈴木刑事が結城に話しかけていた。
「結城君、君は死んではいけない! 死んじゃだめだ!」
「バイタル数値低下! 彼に話しかけてください!」
救急隊員が深刻な表情で喚いた。
 結城は呼吸器を付けながら目をぽっかり開けていた。

「岩本君」
都は岩本承平に語り掛けた。ヘリコプターの光の輪の中に2人だけがいた。
「もう終わりなのですか」
岩本は静かに言った。
「終わりだよ!」
都は笑顔で言った。そして岩本に手を伸ばす。
「戻ろう…人間に…」
都に差し出された優しい手。その手に憑き物が落ちた表情の岩本は手を伸ばす。
 その直後だった。物凄いローターの音がして巻き上げられた石と風に都の小柄な体は「うっ」と声を上げて吹き飛ばされる。
「どういうことだ」
長川が絶叫する。広場にヘリコプターが物凄い低空飛行をしており、ドアが開け放たれていたのだ。
「岩本さんこっちです!」
女性パイロットの青木が大声で岩本を呼ぶ。岩本は咄嗟に身を振りかぶってヘリコプターのコクピットに飛び込んだ。ヘリコプターが砂利を巻き上げながら離陸する。
「撃つな! 大事故になるぞ!」
長川は絶叫した。ヘリコプターは物凄い勢いで急上昇し、そのまま大洗の市街地が一望できる高度にまで上がる。
「なぜ」
岩本は女性パイロットの青木に聞いた。
「私は孤児院で生き別れた野畠和人の妹なんです」
青木は言った。
「警察は人の命よりもメンツを優先します。その様子を私は上空から見させられていました。私にとっては正義はあなたの方です」
「それは違いますよ」
岩本は言った。
「あなたを信用しましょう」
パトカーの列が市街地に伸びていくのを見ながら、岩本承平は言った。
「県北の山岳地帯に飛んでください。別のヘリに捕捉される前に物理的に警察の追跡網から逃れるんです」
「はい」
青木は興奮した声で言って、機首を展開させた。

「都…」
長川警部は砂利の地面に座り込む女子高生探偵に声をかけた。都は両手で砂利を掴んでいた。
「どうして…」
都は声を震わせていた。もう少しで岩本君は…もう少しで…。

10

―水戸赤十字病院
 瑠奈、千尋、秋菜の3人は手術室の前で肩を寄せ合って震えていた。そこに陳川警部に連れられてきた都が茫然とした表情で現れた。
 彼女は手術室のドアに頭をこつんとやると笑顔で涙をぽろぽろ流しながら言った。
「結城君…岩本君には逃げられちゃった…。私ダメだよね…でもね…結城君。結城君のおかげで岩本君は最後だけは人を殺さずに済んだよ。結城君のおかげなんだよ」
都は耐えられずに崩れ落ちた。
「結城君…帰ってきてよ…お願いだから帰ってきてよ」
背中を震わせる都を瑠奈が抱きしめた。
「お嬢」
陳川警部はサングラスから涙をボロボロ流していた。
「お兄ちゃん…」秋菜が顔を覆って千尋に支えられる。
「ふざけんじゃねえぞ」
パジャマ姿で包帯を腕に巻いた勝馬がふらふらと現れた。
勝馬君…なんで水戸まで」千尋が声を震わせる。多分脱走してきたのだろう。100㎞離れたつくばの病院からやってきた勝馬の顔は鬼気迫っていた。後ろで舎弟の板倉大樹がおろおろしている。
「結城の馬鹿が…お前を倒すのはこの俺だ。こんなところで死ぬんじゃねえ。生き返れ此畜生」
勝馬の最後の言葉は涙で震えていた。

「お前、帰るつもりかよ」
曽根議員の家の正面玄関で高級車に乗り込もうとする朝川議員に長川警部は言った。
「私には不逮捕特権があるのだよ。それにあの少年を撃ったのはパニックによる緊急避難だ。私に罪はあるまい。事情聴取にしたって、任意だろう。私は疲れた。ホテルに帰って休みたいのだよ」
朝川議員はそういうと車に乗り込んだ。増岡が含み笑いで運転席に乗り込む。その車を長川は歯ぎしりしながら見送った。

 結城は光の中にいた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん」
彼の実妹の有彩が笑顔で笑っている。
「有彩!」
それはクールなはずのぶっきら棒少年の感情を爆発させるのに十分であった。結城は大声で彼女を抱きしめた。
「お前…お前に俺は謝らなくちゃいけない。お前が苦しんでいるのに、お前に何もしてあげられなくて…苦しかったよな、苦しかったよな」
有彩を抱きしめる結城の声が震える。
「今はお前大丈夫か…苦しくないか…大丈夫なのか」
結城は彼女の肩を握りながら妹の顔を見た。
彼女は何もいなかった。笑顔で指さした。その方を見ると、あのバカで能天気でドジで暴走気味で気苦労の発信源となっている女子高生探偵が泣いていた。
 ふと顔を上げると有彩はいなくなっていた。
「結城君」
ふともう一人女性が結城を呼んだ。その女性は魔法少女だった。彼女は笑顔で言った。
「人が人を殺すのを止めてくれて…ありがとう…」

 結城の視界に天井が入って来る。周囲を見回すとこれはなんとも豪勢な個室だった。
「いい病室だろう。警察に協力させてこんなんにしちまったからな。私のポケットマネーで確保できる最大限の病室を確保させてもらった」
応接席でリンゴの皮をむきながら女警部長川朋美が私服姿で話しかける。
「今はいつだ」
「3日後だ。12月14日」
「なるほど…つ」
結城は腕に走る点滴に痛みを覚え、背中にも痛みを覚える。
「高野さんに感謝しろよ。お前にありったけを輸血してくれたんだから。探検部のほかの子たちはA型じゃないから、物凄くもどもどしていたけどな」
「探検部って…勝馬は入院中だろ」
「あの体でバイク2人乗りだからな。今頃看護師さんにたっぷり説教されているだろうぜ」
「ははは、馬鹿なやつ」
結城は笑った。
「私に言わせれば君の方が馬鹿だよ」
長川は笑顔でウサギリンゴを結城に咥えさせる。
「岩本の野郎は」
リンゴをモゴモゴしながら結城は言った。
「不条理な終わり方だったよ。ヘリコプターを操縦する警官が岩本に同調してな。あいつを連れて逃げやがった。県北の小学校校庭で機体は見つかって、女性パイロットは気絶した状態で発見された」
長川の返事に結城は頭をポリポリした。
勝馬の病院に来てくれた人か」
「ああ」
窓の外を見ながら長川は頷いた。そしていきなり結城のお腹をぱんと叩いた。
「あぐぎ」
「もっとかっこつけな。君は都を含め警察も誰も止めたこともない岩本承平の殺人を唯一止めた人間なんだから」
そこで長川の表情は曇った。
「もっとも君を裏切ったあの政治家は何のお咎めも受けていないけどね」
「そんなもんだろ」
結城はため息をついた。
「あの政治家から君と都には見舞金名目で一方的に大金が振り込まれている。都はそんなお金要らないって言っていたから私が預かっているけどね。母子家庭で生活は大変だろうし。私の家でマネーロンダリングして、都の家の生活費の足しにしてもらうつもりだ。嫌な話だろうが」
「いいさ」
結城は言った。
「別に何かが変わると思ってあの政治家を助けたわけじゃない」
「知ってるさ。結城君の大演説は聞かせてもらったからね。画廊のドアの向こうでね」
「な」
結城の顔が真っ赤になる。
「別に恥ずかしがることでもないじゃん。少なくとも彼女は凄く感動していたよ」
長川に指さされた先では、灯台下暗し毛布の中で抱きしめあっている島都と秋菜が涎を誑して寝ていた。
「そろそろ出席日数足りなくなるんじゃないかって心配していたんだ」
「学校サボって泊まり込んでいたのかよ」
結城は呆れたように2人を見下ろした。
「さて、眠り姫様を2人も前にリア充結城選手はどう反応するか」
「これが眠り姫?」
結城は「でへへへへ、もう食べられないよ。結城君」と寝ぼけている都の涎を拭く。
「それを舐めたら変態野郎の出来上がりだね」
長川に言われて結城が「んなことするか!」と大声を出す。その声に都がぼけーーーーっと目を開ける。
「あ、結城君。特大ジャンボパフェは?」
都が寝ぼけるのを見て、「お前は食い物の夢以外見ないのかよ」と結城は苦笑した。
 都の目が寝ぼけ眼から見開かれた驚愕の顔に…そしてその童顔が崩れて涙がぐしゃぐしゃになっていく。
「心配かけたな!」
結城が申し訳なさそうに言うと、都はその体にダイブした。
「ぐああああっ、いてて、怪我人だぞ」
結城が絶叫する。
「だって、結城君が特大ジャンボパフェなんだもんーーーーうわああああああん」
都が意味不明な号泣をしながら真っ赤になって結城に縋りつく。秋菜がその声にがばっと起き上がり、結城が痛がりながら「よ」と笑顔で言うのを真っ赤な顔になって受け止め、枕で殴りつける。
「ばかばかばかぁああああああ、お兄ちゃんのばかぁあああああああああ」
「ぐえっ、永眠する。だづげ」
その時病室のドアが開いて、瑠奈と千尋が入ってきた。光景を見るなり瑠奈が口を押えて目から涙を流す。そして大粒の涙を流したままびっくり箱を落とした。びっくり箱から阿部さんのやらないかスタイルが飛び出した。
千尋…何…何このびっくり箱…」
瑠奈が泣きながら千尋に縋りつく。
「結城君が起きたらこれ渡そうと思っていたのに落とさないでよ瑠奈」
そういう千尋も涙でぐしゃぐしゃになっている。
「全く、この子たちは」
長川は頭をぐしゃぐしゃかいた。

 つくばの病院で舎弟の板倉大樹が病室の勝馬に走ってきた。
勝馬さん。結城の野郎が復活しました」
勝馬は思わず万歳したが左手がゴキっと言って苦しみに悶えて蹲った。
「畜生、畜生あの死にぞこないがぁあああああ」
「ナースコール、ナースコール」絶叫する板倉。だが勝馬はそれを手で制した。
「これ以上やらかしたのがバレたら看護婦さんに殺される」

 ポカポカした陽気の中で、病院休憩室に結城の車を押す島都。
「今日はスパゲッティが食べたいねぇ」
「お前、俺の病室に入り浸るつもりだろ」
「だって、私のおうちより大きいんだもん」
と島都。結城はやれやれと声を上げた。
 病院のテレビではワイドショーで事件の事が持ちきりだった。
「しかし最近は生放送のワイドショーもろくすぽ見なくなっちゃったぜ。だってまた殺人事件が起こるかもしれねぇし」
結城がため息をつく。
 その時だった。突然テレビの画面が乱れた。そしていきなり朝川議員の密室での様子が映し出される。
―つまり、私の政治的生命を守るために死ぬのが、本当の愛国者ではないのかね
―緊急避難だよ

「どうしたんだ」
テレビ局のモニタールームで騒ぎが発生する。
「放送に何者かが割り込んできました」
地上デジタル放送だぞ」
「デジタル送信機に何者かがウイルスを仕込んだ可能性があります」

 病院のテレビに残虐な殺人議員の狂気に満ちた映像が流れる。画面が切り替わる刹那にあの殺人鬼の髑髏のような顔が映し出され休憩室に悲鳴が上がる。
 都の表情が険しくなった。

おわり

 

劇場版少女探偵島都2 岩本承平の殺戮4


7

 まさに岩本を悪霊かなんかだと思っているのか。異様な部屋の中で曽根周子(衆議院議65)は神経質そうに都と結城を見た。
「あなたたちが茨城県で数多くの殺人事件を解決してきた高校生探偵?」
「はーい」
都は手を上げて暢気に答える。
「言っておくけど、私は日本の未来を救う政治家よ! もし私がここで死ぬようなことになれば、日本は特定アジア諸国に占領される憂き目にあうわ。日本人が日本人でいられるかは今夜全てがかかっているのよ」
「はーい」
都はまた暢気に返事をした。
「それでは曽根議員。お伺いをしますが、数か月前の愛知県で行われた脳性麻痺の障害者をパーティーの余興で暴行死させ、死に追いやった事件。あの時の参加者がもう一名いるはずなんです。ご存じありませんか?」
「無いわ」
曽根周子はそっぽを向いて「つん」と言った。だが一瞬目を泳がせたその様子からして本当は知っているのだろう。
「知っていたら教えてくれませんかね。あなたの命を守るうえで、もう一人の参加者を知っておくことこそが、あなたの命を守るうえで大きな武器になるんですよ」
「知らないって言っているでしょ!」
曽根は悲鳴を上げていた。
「面会時間は終わりよ。出て行ってください」

 洋館の廊下で結城はため息をついた。
「とりあえず、厳戒態勢は敷いているんだし。本人は大丈夫なんだろうと思っているんだろう」
「いや」
長川は首を振った。
「曽根議員からしてみれば本当は誰にも会いたくないはずだぜ。何故なら前の国際会議場の事件でもテレビ局の事件でも外部の人間に岩本は変装して出入りしているんだ。岩本が殺人を犯す手段としてついてくるとしたら外部のお客様と曽根議員が接触する事件だろう。悪い事に、今日曽根議員ですら断れない人間が4人も面会する事になっているんだ。一人が…曽根議員が所属する大日本会と呼ばれる政治団体の会長の高柳五百(いも)」
ダンブルドアみたいにひげを蓄えた男がセキュリティを超えて入って来る。高柳五百(69)は背広姿で警察官に敬礼してから堂々とした足取りで入ってきた。
 別の警官が高柳に紙を見せる。紙には
―もし毒を飲まされて脅されている場合、直ちに医師が解毒剤を用意して待機しています―
と書かれている。
「なんだね。私が岩本みたいな殺人鬼にあっさり脅されるとでも思うかね」
高柳は不快そうに歩き出した。
「さっきセキュリティも超えたし、この状況では毒を飲まされ脅されている可能性は低いだろうが」
結城は油断なく高柳を見つめる。
「あ、もう一人が来たぞ」
長川が言った。玄関ホールのセキュリティを超えてやってきた人物を見て、都が素っ頓狂な声を上げた。
「あ、岩本君だ!」
「馬鹿」
結城が口をふさいだ。
「この人は曽根議員の宗教指導者の小塚パウロ。あの袋で隠した顔は信者を火事から助け出した時の傷だ」
「僕はいかなる憎しみも甘んじて受ける覚悟があります」
毒のプレートを見せられても平然とした表情の小塚パウロ(宗教指導者、43)は結城と都に会釈して右手で十字を切って奥へと進んでいく。
「ん、今度はなんかみすぼらしい男が来たぞ」
髪の毛が白髪交じりで長髪で、歯がボロボロでへらへら笑っている男が、ルンペンみたいな恰好でセキュリティを超えていく。
「陽明正太郎。ネトウヨブログの管理人で議員を熱烈に支持している男だ。奴の背景にいるネトウヨが議員の支持母体だからな。合わないわけにはいかなかったんだろう」
長川はため息をついた。陽明は都を見ると厭らしく笑って
「君が少女探偵島都ちゃんだよねぇ。ひひひ。ちょっと僕と話そうよ。叔父さんがいろんなことを教えてあげるからさぁ」
「結構だ!」
結城がぎろりとにらみつけると陽明は「ひぃ」と声を上げて逃げ出した。
「4人目は」
結城が聞くと、長川は「4人目は大物だぞー」と唸った。

 黒塗の高級車がマスコミのフラッシュを受けながら坂道を上がっていく様子を瑠奈と千尋と秋菜は見つめる。
「つまんないなー」
千尋は言った。
「私たちだって、探検部のチームなのに」
「仕方ないよ。曽根議員が都と結城君だけって言っていたんだし」
「私なんて一番弟子ですよ」
秋菜はため息をつく。
「お兄ちゃんより役に立つと思うけどなぁ」
秋菜はため息をついてふと走っていく高級車を見つめていく。マスコミのフラッシュで窓が光った。
 その瞬間、秋菜は真っ青になった。
「る、瑠奈さん?」
秋菜の声が震える。
「岩本です…岩本が高級車に乗っているんです!」

「なんだって?」
結城が携帯電話に喚く。
「うん、一瞬見えただけなんだけど、確かに病院で秋菜ちゃんを脅した細目の人に似ているみたい」
瑠奈の幾分興奮した電話の声が、スピーカーモードで長川にも聞こえる。
「あいつか」
長川は慌てて秋菜からとったモンタージュ写真を、大物議員の秘書の細目の男と比べる。髪型は変わっているが確かに似ていた。
「あいつ、ひょっとして内閣副総理の朝川一郎じゃないか」
結城の声が震える。
「誰、それ」
目をぱちくりさせる都に結城は「日本政府の№2」と答えた。
「ほえーーーー」都はゴリラでも見るような目で朝川一郎(71)を見つめる。彼は白髪が剥げておでこのしわと口元がかなり眠そうだ。彼はセキュリティに素直に応じ荷物も預けて中に入ってきた。問題は秘書だった。長川は秘書を用心深く見つめるが、Ⅹ線セキュリティにも予め登録された網膜センサー、指紋センサーも彼は突破した。
「すいません。あなたは岩本承平に脅されているって事はありませんか? 例えば毒物を注入されるなどして」
「は? 何のことでしょう」
「それに対応した医師なども準備しております」
「ご心配なく。私は脅されてなどいません」
秘書の増岡嘉一(32)は呆気にとられた表情をした。そしてすぐに「失礼」と朝川に付き従う。
「人違いか?」
長川はじっとその秘書を見つめていた。

 ヘリコプターで上空を警備している女性パイロットの青山は、洋館周辺の森で不審な動きをする熱源はないか徹底的に監視していた。情報は県警本部にモニターされている。

 都と結城は大広間タブレット端末でYouTubeで面会人4人の過去の映像をチェックし、おかしい場所がないかチェックしている。
 小塚パウロは過去の教会内での説法の様子が見つかった。左手でマイクを持ち、熱心に説法している。真っ白な助清みたいな仮面の奥に熱い思いが見て取れた。
―私は神は平等に皆さんを祝福していると考えています。
陽明正太郎はマスコミに顔出しはせず、ほとんど映像はヒットしていない。高柳や朝川はニュース映像から嫌というほどヒットした。特に朝川は国会や予算審議でのふてぶてしい態度が嫌というほど。ただ秘書の増岡の動画は見つからなかった。
「ま、全員さっき徹底的にスキャンされて本人だと確認されているんだ。少なくとも岩本に成り代わっている人間はまずいないだろう」
結城は言った。

 とんでもない。実は既に岩本は洋館にいる人物に成りすまして、この洋館に入り込んでいた。
「あと1人だ…あと1人殺せば、和人さんの無念を晴らすことが出来ますね」
岩本は思い出していた。

数か月前。彼はコンビニ店長で高校生従業員に酷いパワハラを行い自作の拷問グッズで死に追いやりながら、死亡との因果関係が認められないと罰金刑で済まされた人間を殺害するプランを練るために、コンビニ前をうろついていた。その時声をかけてくれたのが野畠和人だった。
「あのー、すいません…おなかが空いているんですか」
痩せこけて年齢以上に老け込んだ男性は笑顔でおにぎりを差し出す。
「遠慮はしないでください。人生で困ったときに声をかけてくれる人がいたら、きっとそれがきっかけで乗り越えられるものですから」
その時の和人の優しい笑顔は忘れられない。

「僕もあなたが困っている時に声をかけられる人になりたかった」
彼は雨の中廃材置き場に放置され、死んでいった和人を思い出し、彼が華やかなパーティーの余興で障害者なのにボクシングを強要される残虐な映像を見た時の憎しみを思い出す。
「あなたはきっと復讐は望まないでしょう。ですが、あなたをこんな目に合わせた人間が生きている事こそが僕に死よりも苦し痛みを味合わせるのです」
岩本は和人の為に十字を切った。そして殺意に満ちた目を見上げる。

8


その気配を感じたのだろうか…。都は目を見開いてあたりを見回した。不気味な洋館の古びたレトロなロビー。この屋敷のどこかに岩本が潜んでいる。都の直感は…そう知らせていた。
「そろそろ4人の面会が始まるな」
腕時計を見ながら長川は言った。
「順番はどうなっているの?」
都は考えながら言った。
「最初が高柳会長、次が朝川議員。3番目が陽明だそうだ。4番目のパウロさんは曽根議員の部屋の横にある画廊を見てからだと」

 画廊の絵画を見て回る宗教指導者や大物議員、そして女子高生探偵の様子を監視モニターで見ながら曽根議員は緊張した表情で顔を震わせている。

 都は胸を押さえている。物凄い緊張しているようだ。
「大丈夫か? 都。顔が真っ青だぞ」
結城が声をかける。
「ごめん。何か嫌な予感がしているんだよ」
「嫌な予感って…あの議員秘書の事か?」
「うん」
都は言った。
「大丈夫だ」
長川は言った。
「あの議員は部屋には入れない。部屋に入れるのは朝川議員だけだ」
「うん」
都の体は震えてきている。
「私たちは万全の準備をした。常識的に考えて岩本承平がセキュリティを突破して誰かに変装して曽根議員を殺すなんてことが出来るはずはない」
「でも岩本君は私の想像では勝てない方法で人を殺してきたんだよ。何かあるはずなんだよ。セキュリティーを突破して曽根議員を殺す方法を岩本君は考えているはずなんだよ」
都の声が泣きそうになる。
「都‼」
結城は都の肩を掴んだ。真っ直ぐその目を見つめる。
「お前は推理するときこんな深刻な顔はしなかったはずだ。もっとこうほえーーーーとしてぽにょーーーんとして…そうやってお前は自然体でリラックスして物事をありのままに見つめてきたはずだ」
「結城君…」
都は目をぱちくりさせる。
「お前なら大丈夫だ…」
結城は頷いた。
「そうだよね…」
都は笑顔で笑った。
「さぁ、島都…のほほーんとした頭で」
結城に言われて、都はふにゃふにゃとしたシルエットになる。結城は「ふにゃふにゃになりすぎ」と突っ込みを入れた。
「『岩本承平が誰かに成りすましてセキュリティを突破して誰かに変装して曽根議員を殺す』方法を考えてみよう!」
「そんなの無理だよー」
都はげへげへ笑いながら言ったので、結城はすっころんだ。
 だが都の表情ははっきり変化した。
「そうなんだよ。無理なんだよ! 絶対に無理なトリックなんだよ。それなのになんで私はこんなことを考えていたんだろう!」
都は結城に大声で言った。そして長川警部を振り返った。
「長川警部。今は誰が面会しているの?」
「時間的に…」長川は腕時計を見た。
「朝川議員の時間だな!」
「いけないっ」
都は走り出した。
「都、どういう事だ!」
長川が後を追いかける。
「わかったんだよ! 岩本君が考え出した最後の殺人プランが!」
都は言った。
「今まで考えたこともなかった恐ろしいトリックのプランがね」

密室の中で朝川はネグリジェ姿のまま震えている曽根周子議員に近づいた。
「すまないが長い話が必要でね…少し電子ロックのリモコンを渡してくれないか?」
曽根議員は机の上のリモコンを指さした。
「ドアが閉まると自動的にロックがかけられますわ」
「さて、曽根君。君は私たちの党に多大な貢献をしてくれた。君の歯に衣着せぬ発言は与党の大物議員たちの本心を代わりに言ってくれる存在としてとても価値のあるものだった。批判の矢面に立ってくれて感謝するよ」
朝川議員はネクタイを首からむしり取って手に巻き付けた。
「だが、君は数か月前の愛知県でのパーティーであった余興について罪を告白してあの殺人鬼に命乞いをしたよねぇ。あれでは困るなぁ。この国を動かしている人間ではなく自分の命を優先して国を混乱させるような事を言うようでは、君の愛国心も所詮は似非的なものでしかなかったという事だ」
「何を言っているんですか…」
曽根議員の声が震える。
「つまり、私の政治的生命を守るために死ぬのが、本当の愛国者ではないのかね」
この時の朝川の顔は残虐だった。
「わ、私を殺すんですか」
ネクタイで首を絞める格好をする朝川に曽根は悲鳴を上げてベッドの布団から壁に飛びのく。
「そ、そんなことをここでしていいんですか?」
「緊急避難だよ」
朝川議員の顔は殺人鬼の顔だった。
「私はここに来るまでに遅効性の毒を自ら煽った。それを岩本に飲まされたと言えば、私はあの殺人鬼に狙われ脅された被害者だ。警察も個人情報や何があったかは配慮して隠してくれる」
「ま、まさか殺人予告を送ったのも」
「増岡君は良くやってくれたよ」
恐怖に目を見開く曽根議員を前に殺人議員はにやついた。
「あの女子高生探偵の友人に岩本に成りすまして病院で君を殺すと吹き込んでおいたんだ。下手に変装するより素顔のままで予告した方がよっぽど効果があったよ。放っておいても岩本が殺してくれるとも思ったんだがね。君が罪を認めた場合彼は君を殺さず生かしておく可能性もあった。警察庁から仕入れた資料にはそう書いてあったからね。だから自分で岩本の殺人劇を作り出すことにしたのだよ」
「開けろ。開けるんだ」
どんどんとドアを叩く音がする。
「斧だ。斧を持ってこい」
女警部の怒声が響き渡る。
「急がないといけないな」
殺人議員はネクタイを両手にゆっくり、ゆっくりと曽根に近づいていく。

「そうなんだよ」
都は結城が何度もドアを破ろうとするのを長川が押しとどめる中で冷や汗をかいて言った。
「この第三の事件、考えてみれば変だったんだよ。岩本君は今までの殺人を見ても罪を悔やんで償おうとしている人は例え悪い事をした人でも殺さなかった。だから怯えた曽根議員が必死で罪を告白して償うからと命乞いをした時、殺人予告を送って来るなんて変だと思うべきだったんだよ。そしてあなた」
都は廊下にいる増岡秘書をじっと睨みつけた。
「あなたは病院で秋菜ちゃんに曽根議員の殺害を予告していたよね。あなたが朝川議員の車で一緒にここに来るのを外にいた秋菜ちゃんが見ていて私に教えてくれたんだよ」
「証拠はないだろう?」
増岡は不敵に笑った。
「君の友人の勘違いかもしれない」
その時、屈強な刑事が斧を持ってきて、ドアを叩き壊そうとする。
「証拠なんて言ってられないかもしれないよ」
都は言う。
「だってこのままだと殺されちゃうのは朝川議員の方だから」
「え」
長川が驚愕の表情で都を見る。

「うわぁあああああああ」
朝川が悲鳴を上げて後ずさりする。
 立ち上がったのは男の足で仁王立ちし、上半身にネグリジェがあって顔は曽根周子という異様な姿だった。
「待っていましたよ。あなたが来るのを」
甲高い声は言った。

「岩本君がテレビ局と国際会議場であんな劇場殺人をやったり、私に殺人を予告したのも…全て朝川議員をおびき寄せるためだったんだよ。朝川議員は日本を動かす大物議員で人殺しだって平気でやる人。だからあのパーティーに参加していた人間を岩本君が殺す前に拷問したとしても、裏切ったとバレるのが怖くて被害者はみんな朝川議員の名前は出さなかった。だから岩本君自身、パーティーの“撮影者”が誰なのかわからなかったんだよ。だからこの洋館で殺害予告を出された女性議員に成り代わって、撮影者が何らかの動きをするように、YouTubeに動画を残した」
都は言った。
「じゃぁ、まさか…岩本承平は曽根周子に最初から成り代わっていたのか」

岩本は曽根周子の顔を引きちぎって髑髏の悍ましい顔を朝川議員の前にさらけ出した。同時に曽根議員の足の部分がぼとぼと床に落ちる。
「うわぁあああああああああああ」
そのエバーミング処理された切り口を見て朝川は絶叫する。切り口には骨もしっかり見えていた。
「で、でも曽根議員の足は…あの女の足に岩本が変装できるわけないだろう」と結城。
「あの足は本物の曽根議員の足だよ。多分岩本君の下半身はソファーの中に隠してあったんだよ」
「じゃぁ、曽根議員は」
と長川が声を震わせる。
「もう殺されているよ」
都は言うと増岡は恐怖におののいてへたり込む。
「岩本君の殺人の目的はあくまで殺す事。そんな岩本君が世間を騒がせたり私に予告を出したのは、テレビ局の事件と国際会議場の事件で私に『どうやってセキュリティを超えて中にいる標的を殺し外に脱出するか』って問題を考えるようにインプットするためのものだった。だから第三の事件でも私はその問題に対する解答をひたすら考えていたんだよ。でも岩本君は既に最初からセキュリティに守られていたんだよ。曽根議員を国際会議場の事件より前に既に殺した上で。彼にとって予告殺人は愉快犯でも何でもなく、野畠和人さんを殺したもう一人の人間を暴き出してこの密室で殺害するためだったんだよ」
都は言った。
「駄目です。斧でも扉は壊れません」
「内部に金属が埋め込まれているようです」
「くそ、どうすればいいんだ! このままだと岩本に最後の殺人を実行されちまう」
長川が苦渋の声を出すが、都は「警部、落ち着いて」と言った。
「多分岩本君はこの部屋で朝川議員を殺した後、朝川議員の顔面を手に入れて、それで変装してこの部屋を脱出するつもりなんだと思う。でも私たちが気が付いている事はあのカメラで知っているはず。そうだよね! 岩本君!」
都は天井のカメラを射抜いた。そう、こんな状況で都が延々と推理を聞かせていたのは、そういうわけだったのだ。

部屋の中で岩本はその様子を手にしたスマホアプリから見ていた。
「さすがは都さんだ」

「窓も防弾ガラスだし、この状況で私たちを強行突破するには人質をとるしかない。だからこの部屋の中で朝川議員を殺すなんて事はないはずだよ」
「つまり、人質を取って脱出を図るわけか」
長川が冷や汗をかきながら笑った。長川も別の2人も拳銃を取り出す。
「その時が最後のチャンス…」
都は言う。
 と、その時…扉が開かれた。
「さすがは都さんだ」
3D拳銃を朝川の首に突きつけた上半身ネグリジェの不気味な骸骨の男が姿を見せる。
「全員廊下に下がってください」
岩本はそう命令した。

少女探偵島都劇場版2 岩本承平の殺戮3


5

 パトカーはトンネルを出た。原付バイクはパトカーが追跡するのを認めると突然トンネルを出た県道大通りとの交差地点の中央分離帯を右に入って再び逆走する。
「くそっ…」
パトカーが中央分離帯を逆走できず左に入るが、突然のバイクに驚いた対向車のワゴン車がポールをなぎ倒して急停車し、さらに無理やり右に曲がった原付を避けようとして中型エルフトラックが中央分離帯に激突。その後ろにバスが追突して停車する。
「嘘だろ!」
勝馬が車が多重衝突したトンネル出口を茫然と見る。
アッラー・アクバル」
ワゴン車のアラブ系の運転手が外に出て、エルフの運転手がふらふらと路上に出てくるのを介助しようとする。アラブ系の娘と思われる髪を布で隠した少女がそれを手伝おうとする。
 その直後だった。
 エルフのトラックの荷台の幌を突き破って大量のビール瓶をまき散らしながら赤いスポーツカーがこっちに向かって突っ込んできた。
「危ない」
勝馬は咄嗟に3人を突き飛ばした。この時の時間の流れは勝馬にとって走馬燈みたいにゆっくりだった。彼の体はスポーツカーの流線型の屋根の上に乗り上げて飛び上がり、アスファルトに転がった。スポーツカーはワゴン車に追突し、その拍子に防犯ブザーが鳴り響いた。「ダイジョウブデスカ!」
娘さんが泣きそうになりながら路上で倒れ込む勝馬に駆け寄る。
「シッカリシテクダサイ!」

その様子を警察ヘリが見ている。
「至急至急、交通事故発生。男性が一人車にはねられました。大至急救護を」
女性パイロットが無線で知らせた。
「その必要はない」
警備部警部は声を上げた。
「今は岩本を捕まえることが大事だ!」

「そんな」
ヘリの女性パイロットは戦慄した。しかし命令には逆らえない。女性パイロットは犯人が逃走した方向に機首を展開させる。

「いいのか、都…岩本を追いかけないで」
都、結城をリアシートに乗せた長川警部は大急ぎでパトランプを出して急行していた。
「栗原さんは岩本君じゃない。あの人に岩本君は変装する事は体格上は出来ないからね」
都は言った。
「栗原さんは脅されていたんだよ。毒を飲まされて、国際会議場の内部で三橋社長を殺すように言われて」
「だが栗原は我々が警護をしていた。彼女が岩本に脅される機会なんてあるはずがない」
と長川。
「一度だけあったんだよ。栗原さんが佐々木さんの家に行って仕事の書類を渡された時。あの時刑事さんたちは同行した?」
「いや、プライベートな話だからって部屋の中までは…」
「その時、佐々木さんに化けていた岩本君は、部屋の中で栗原さんに毒を飲ませたうえで解毒剤が欲しければ三橋社長を殺すように言ったんだよ。岩本君は佐々木さんに成り代わり、今回の殺人トリックを変更させるために拳銃の部品と同じ形をした工場モデルを設計したんだよ。だから警備員が栗原さんが持ってきた工場のジオラマを見て、それを実際の工場と照会しても問題はなかったってわけ」
「それにあのジオラマは拳銃の部品になる部分にさらに建物が追加されててわからなくなっていたな」
長川は唸った。岩本の想像しえないほどの壮大なトリックに戦慄していた。だが女警部はふと思い出した。
「しかし、待ってくれ…佐々木には妻子がいたはずだ。岩本が佐々木に成り代わったところで、妻子までは騙せるわけじゃない。みどりちゃんは学校に行っているから、脅して黙らせているわけでもない…お前そう言っていたじゃないか」
「それが今回のトリックの味噌なんだよ」
都は言った。

 佐々木の家を前に、長川は拳銃を取り出して玄関の中に入った。リビングには一人、佐々木の妻が一人で立っていた。
「あの人は、もういません」
やつれた表情で佐々木の妻が女警部に振り返った。
「あの人というのは、岩本君だよね」
都は妻に言った。
「ええ、岩本さんです」
妻は力なくソファーに座っていた。
「どういう事だ都」
長川が都に聞くと、都は言った。
「岩本君は警察を騙すために、この人に自分の奥さんのふりをさせていたんだよ。警察は妻子までは騙せないし、当日国際会議場にはいかない事から、自分を岩本君だとは思わないと踏んで」
「なんだって」
結城が戦慄する。
「私がこの家に来て写真とかを漁ったとしてもおかしなものは見つからなかった。岩本君はわかっていたんだよ。どんなに気を付けていたとしても他人が住んでいたおうちに自分が成り代わって住んでいたら絶対にばれるって。だからあなたとみどりちゃんを連れてきて、一から思い出を作って、この家に新しい家族の空間を一から作り直した」
「本当の佐々木さんの妻子は、DVシェルターに入っているそうです」
と女はため息をついた。
「なるほど。秘密基地並みに場所を秘匿されているDVシェルターなら佐々木と本当の妻子が絶対に連絡を取ったりはしないからな。だがあなたは一体どうして岩本に協力したんですか」
長川は言った。

 原付バイクを降りた栗原安美はふらふらになりながらひきつった表情で児童公園の誰でもトイレに向かった。トイレの自動ドアを閉めて、トイレの便器の真後ろに置かれた瓶薬を見つけてそれを飲み込んだ。その瞬間彼女ののどに焼けつくような激痛が走り、それが体中に広がり目から涙がボロボロ出てきた。
「が、ぎゃ・・・ぐが」
栗原が涙を流しながら苦悶に歪んだ表情で天井を見て戦慄した。そこには落書きで「死ね」と書かれていた。

「私、生活が苦しくて上司からセクハラされて生活保護も打ち切られて児相からも担当が保守的な人で相手にされなくて、精神的におかしくなって娘のみどりを連れて入水自殺しようとしていたのを佐々木さんに変装した岩本さんに助けられたんです。彼は私にこの家に住んでいいと言ってくれました。そしてある日私に正体を明かして協力してほしいと頼んできたんです。勿論殺人の手伝いとまではわかりませんでした。あの人は私に協力を拒んだら殺すと言っていましたから」
「それは嘘ですよね」
都は言った。
「そういうように岩本君に言われたんですよね。あなたを犯人をかくまった罪に問えないようにするために」
妻はしばらく黙っていたが、曖昧にこういった。
「私を助けてくれたのが岩本さんだけだったというのも…また事実ですから」
彼女はマンションの鍵と通帳を取り出した。おそらく岩本が置いていったものであろう。
「どうします? 没収しますか?」
「犯罪に加担した報酬というのであれば没収します。ただし無理やり犯罪に巻き込んだ事による一方的な迷惑料であるならば没収は難しいでしょうね」
長川はため息をついた。
 その時だった。彼女の携帯が鳴った。
「もしもし…ああ…うん、そうか‥栗原の死体が見つかったか…」
長川はある程度覚悟していたのだろう。特に驚かなかった。都も長川の携帯の会話をじっと聞いた。だが突然長川が「なんだって! ああ、わかった。命は大丈夫なんだな。ああ、うん。わかった」と言って小さく息を吐いた。
 都も結城も栗原の死以上に何かあったのではないかと不安になる。長川は言った。
「2つ悪いニュースがある」
「栗原さんが死んだんだね」都は言った。「長川は頷いた」
「もう一つは」結城がイラついた声で聞く。
「北谷君が栗原を追いかけている最中に交通事故に遭った。命には別状ないが筑波大学病院に搬送された」
都を不安にさせないように長川は命に別条のない所まで一気に言った。都は「どうしよう、勝馬君が…勝馬君が」と半泣き状態になって結城のシャツを掴む。
「お前らを病院に連れて行ってやる。その足で私は栗原安美殺害現場に行くから、君らは勝馬君と一緒にいてあげるんだ。いいね」
「うん」
都は頷いて一刻も早くというように廊下を走った。そこで…都はみどりに遭遇した。
「お父さん…死んじゃったの?」
都の半泣きになった表情を見て、赤いランドセルのみどりの声が震える。都はみどりの前で膝をついて言った。
「うん…ごめんね」
「いやだぁああああああああああああああああああああああああ」
みどりは泣き叫んだ。そして都に掴みかかって何度も何度も幼い拳で叩いた。
「お父さん絶対死なないって言ったじゃん。お父さん絶対死なないって…いやだ、いやだぁあああああ。馬鹿、ばかばか、都ちゃんのうそつき。お父さん、お父さんいやだぁあああああ」
さっきまでは勝馬の所に一刻も早く行こうとしていた都は、ただ黙って幼い怒りと悲しみを受け止めていた。お母さんがみどりを抱きしめる。お父さんが岩本だったといえば、都は約束を破ったことにならなかったのに…。幼い少女の絶叫の中で、結城はこの都の姿にまるで岩本の犯した罪を都が背負い込んでいるように見えた。

「ほんとゴキブリみたいな生命力なんだから」
原千尋が半分泣きながら病室のベッドの勝馬のベッドで左手を叩き、勝馬は「あぎゃーーーー」と声を上げて秋菜が「勝馬君ここ病院」と叱る。
勝馬君!」
都が病室をがらっと開けて入ってきた。そして小柄な女子高生探偵はそのまま勝馬のベッドにダイビングする。
「うわああああん、勝馬君が生きててよかった」
「俺も生きててよかったです」
都に抱きしめられて勝馬がげへげへ笑っている。と、結城がクレーンみたいに都を吊り上げる。
「何やってるんだ都」
「ああっ、このあほ野郎。俺の至福の時間に嫉妬してやがるな! 都さんを返せ!」
「うるせぇよ、死にぞこない」
結城は勝馬をジト目する。
「ああん、じゃぁ、てめえが死んでみるか」
「はい、みんなここは病室だからね」
探検部部長の瑠奈が怒りのオーラを放ちながら笑っているので、都も結城も勝馬も「はい」とこわごわ返事をする。
「都」
瑠奈が打って変わって優しく笑う。
「お疲れ様」
「うん」
都は沈んだ声で言った。
「私ジュース買ってきますね」秋菜は立ち上がって、結城を引っ張った。
「お兄ちゃん行くよ」

「師匠がここまで追い詰められるなんて岩本って殺人鬼は相当な手練れだよね」
廊下で秋菜は考え込んでいた。
「ああ、ここまで凄まじいトリックをぶち込んでくるとはな。あいつは都みたいな高校生探偵の思考方法、推理方法を完全に熟知してその先をいってやがる。今回都が『何で岩本が予告殺人、劇場殺人なんてやるんだろう』って疑問に思っていたが、それもわかったぜ…あいつがどうやって都を心理的にミスリードしたのかもな」
結城は秋菜に言った。

6

「師匠をミスリードって…そんな方法があるの」
秋菜が病院廊下で驚いたように言った。
「テレビ局の殺人で種は仕込まれていたんだ」
結城は言った。
「テレビ局の事件での推理の設問は『どうやって殺人鬼岩本はテレビ局に侵入して殺人を犯し、テレビ局から脱出するか』だった。だから国際会議場の事件でも『岩本は誰に変装して国際会議場に侵入するか』という設問を都は自動的に頭に設定してしまった。だから体格的に絶対に変装不可能な栗原秘書を疑うという事をしなかったんだ」
「そんな…師匠の頭をここまで予測するなんて」
秋菜が戦慄する。結城も冷や汗をかきながら
「ああ、岩本承平…とんでもない野郎だぜ」
と笑った。
「あいつは変装はアニメの怪盗みたいに得意ではないし、声も山寺なみのレパートリーはあるが、マネできる人間は限定される。それを逆手にとってこういう不可能犯罪を行っているってわけだ」
 その時だった。
「あの、すいません。北谷勝馬さんの病室はご存知でしょうか」
長身のすらっとした女性が花束を持って結城に聞く。
「あなたは?」
「事故現場にいた【青山幸奈(26)】です」
読者諸君に知らせておくと、この女性はあのヘリコプターの女性パイロットだった。
「ああ、連れていきますよ」
結城は言った。そして秋菜に「ジュース頼むわ」と財布を秋菜に投げてよこした。
「師匠はいちごミルクね」
秋菜は休憩室の誰もいない部屋の自販機でジュースを購入している。
 その時だった。彼女の背後に背広服を来た細目の男がにこやかに笑って立っていた。そして無表情のまま彼女の背中に刃物のようなものを突きつける。秋菜の硬貨を持つ手が震えた。
「声を立てないで…岩本です。あなた島都さんの友人ですね」
(う・・・嘘)
恐怖で声がかすれて出ない。細目の男は無表情で笑顔を能面みたいに張り付け喋る。
「都さんにお伝えください。今度は12月11日。衆議院議員の曽根周子を大洗の自宅で殺します。必ず伝えてくださいね」
男はそれだけ言うとその雰囲気をふわっと消した。
「秋菜―――。どうした。いちごミルクまだ探しているのか」
結城が休憩室に戻ってきたとき、秋菜は自動販売機の前でぺたんと座り込んで震えていた。
「どうした、秋菜!」
真っ青な秋菜を抱きかかえて、結城は声をかける。
「お、お兄ちゃん」
秋菜はガタガタ震えていた。
「12月11日、衆議院議員の曽根周子を…大洗の自宅で殺すって…い、い、岩本が」

 病院のロビーに長川警部と鈴木刑事が駆け付けた。
「鈴木君、君は監視カメラを病院から提出してもらってくれ」
「は」
鈴木は敬礼する。
「警部。すまんな。何度も」結城は言った。
「いや、岩本がまた動き出したとあれば、また君らに協力を頼むことになる」
長川は頷いた。

 休憩室で都は秋菜をテーブルに座らせ背中をなでなでする。
「わかった。ありがとう」一通り秋菜から証言を手帳にまとめ、長川警部は頷いた。
「イタズラって事はないのか」
結城が聞くと、長川は首を振った。
「それはない。何故ならテレビ局の殺人事件と国際会議場の殺人事件、その被害者の大半が一同に会したパーティーが愛知県で開かれたんだ。そのパーティーは地元の政財界と燃料精製業界の関係者のパーティーがあって、そこでとんでもない余興が行われたんだ」
「それが野畠和人さんに無理やりボクシングさせて殺した事件だよね」
都が聞くと長川は頷いた。
「野畠和人は孤児院出身で小児麻痺の影響で障害者枠で殺された三橋の会社に入社した従業員だった。あの会社は表向きは障害者を積極的に雇っているベンチャーだったが、三橋がガテン系でな、障害がある従業員をサンドバックにボクシングをする癖があったらしい。今回のパーティーでもそれが行われて…警察は因果関係なしと判断したんだがその従業員は亡くなっている。それを撮影したビデオが三橋の会社から出てきたんだが、酷いビデオだったよ」
長川はため息をついた。

「みなさーーーん」
栗原が嬉しそうにマイク片手に叫びだす。
障碍者雇用促進法で会社にダメージを受けている人――――。障害者は生産性がないから切り捨てるのは当然なのに、人権福祉の名のもとに政権にイチャモンつけているパヨクの勢力にイラついている議員の皆さん。今日は障害者を思いっきりボコボコにして憂さ晴らしをしましょう」
障害で体が動かない野畠和人がふらふらとパーティー会場の真ん中に突き出される。上半身裸でグローブを装着されている。
「俺はやれるぞ」自分を強く見せたいマッチョな連中が集まっているパーティーである。自分の強さをアピールしたい経営者や議員が次々とボクシングに参加し始めた。

「このパーティーに参加していたのは、立場上止められる状況になかった弱い従業員を除けば、テレビ局で殺された渡辺喜美社長、杉山澪議員、文化人の冨塚弘、作家の伊原崎、芸能人の平成孝也、そして今回殺された三橋社長と栗原秘書、佐々木専務…それ以外に今予告された曽根周子議員ともう一人、ビデオを撮影した人間なんだが…まだ顔がわかっていない…。こいつらがパーティーに参加していた。このビデオは捜査資料だ。外部には出ていない」
「つまりイタズラではないと…」
結城は言った。
「ああ…岩本本人の可能性が高いな」
長川は言った。
「でも酷い…障害者を相手に無理やりボクシングさせて死なせてしまうなんて。どうして警察は」
秋菜が声を震わせると長川は「県警は違うからわからんが、上からの圧力だろうな」と言ってのけた。
検察審査会への不服申し立ても、彼には遺族がいなかったからな。なされなかった」
長川はため息をついた。
「岩本がこの事件に関わっている人間を殺していると考えれば次に狙われるのは曽根周子議員ってわけだ」
「この人かな」
千尋タブレット端末でYouTube出して見せる。
「今ちょうどライブ配信をやっている」
 そこには貧相な白髪のオバサンがネグリジェ姿で震えながら訴えている。

―助けてください。岩本さん私を殺さないでください。私は罪を償います。警察で全てを話し、議員を辞職し、全てを話して法の裁きを受けます。お願いですから命ばかりは助けてください―

「あ、ワイドショーでやっている」
瑠奈が休憩室のテレビをつけると、「次に狙われるのは曽根議員か」という字幕とともにYouTubeのライブ映像が流れている。
「よっぽど助かりたいんだな」
結城は唸った。都はじっと前を見て真面目な顔で言った。
「うん、今度は絶対に死なせない。岩本君にこれ以上誰も殺させない」
「そのための会議になるのはもう一人のパーティー参加者。撮影者Aの特定だ。岩本にとってこいつも標的の一人のはず。そいつに成り代わって殺しに来るか、こいつを脅して殺させに来るか…。もう一人の撮影者の保護の為にも早急に割り出す必要があるな」
長川は立ち上がった。

 千尋の家に入院中の勝馬以外の探検部は集まって大洗にある曽根周子議員の邸宅を調べていた。
「大洗市街地の北側の丘の上にあるわけね。周囲は森でうわ。岩本さんが潜むには絶好の場所っぽい」
「それは大丈夫だそうだ」
結城は言った。
「上空からヘリコプターで森中を熱探知して、その映像を県警本部で分析して、岩本が潜んでいた李警官に成り代わろうとすればわかる仕組みだ。洋館内部には例によって最新式のセキュリティチェックがなされ、国際会議場と同等のチェックが行われる。さらに曽根議員は怯えて引きこもっているみたいで洋館の密室でガードされている形になる。ガスとかを送り込まれないように通気システムにもセンサーが走っているらしいぜ」
「すごい警備ね」
瑠奈が感心したように言った。
「県警はこのヤマで岩本に決着をつけるつもりだろうな」
結城は言った。
「それに曽根議員は安全の為にYouTubeでこまめにライブ配信しているみたいだしね。映像に部屋のテレビまで映して、ライブ映像だとアピールしているし」瑠奈はYouTubeを見る。
「つまり、部屋で何かあれば一発でわかるってわけか」
「ネットでは岩本が議員を殺すところを見ようって言っている人もいるけど」
千尋は人間のグロテスクさにため息をつく。
「だが、岩本もこれを突破する算段はつけているんだろうな。恐ろしいとんでもないトリックで」
結城は歯ぎしりする。
「うん…曽根議員の命を守るためには何か発想の転換が必要なんだよ」
都は声を上げた。

12月11日―。
 大洗は快晴に恵まれた。警邏パトカーに先導され、長川が運転するセダンは大洗を走る。都と結城は後部座席に乗っていた。
―さて、いよいよ殺人鬼岩本承平の予告した曽根周子議員殺害の11日となりました。大洗には厳戒態勢が敷かれ、多くの装甲車や機動隊員が出入りしています。果たして県警は今度こそ岩本容疑者から被害者の命を守り通すことが出来るのでしょうか。
 大洗観光ホテルの集まる場所から陸に上がる坂道で警察によるトランクチェックや車体の下のチェックが行われる、第一関門。坂道を上がって洋館の前に車が停車し、靴まで脱がされて徹底的に調べられ、荷物は有無を言わさず預けられ、衣服だけで手ぶらで中に通される第二関門。そして今回殺人予告された曽根周子議員が引きこもっている部屋のドアのベルギー製の電子ロックが厳重な最終関門。
「お嬢様、茨城県の女子高生探偵島都さんと助手の結城竜さん、県警の長川警部を連れてまいりました」
執事の沢辺倉之助(61)がインターホン越しに声をかける。ドアのロックが外れる音がした。
「入って」
物凄いお香の匂いとお札が張り巡らされた異様な部屋がそこにあった。ソファーに座り布団の下から綺麗な足を延ばしながら、65のオバサン議員はやつれた顔と白髪でこっちを見た。両手はタオルの下に隠され、何かを握っている。結城は「拳銃だ」と直感した。扉が締められる。

少女探偵島都劇場版2 岩本承平の殺戮 2


3

「実はもうすぐつくば市で国際燃料資源会議が行われるのですが、その会議に出席する電経グループ社長三橋信一を私は殺そうと思っているのですよ。この男は女性社員を4人も過労死させた過労死規則、厳十戒を作っていた確信的殺人者でありながら、刑事罰は受けていないですからねぇ」
岩本は淡々と発言する。都は彼を睨みつけた。
「ですが、都さん、あなたはテレビ局の殺人事件を阻止できなかった悔しさにさいなまれているでしょうからリベンジの機会を与えたいと思ったのですよ。だってあなたはいつかこの僕を捕まえて終わりにしてくれるであろう唯一の存在なのですから」
平成孝也の顔が不敵に笑う。都はじっと殺人鬼を見つめて言った。
「一つ聞いていいかな。岩本君、今まで大勢の人を殺してきたけど、それは岩本君なりの理由があったからだった。今回の事件みたいにゲームのように殺人事件を起こして、私にわざわざ殺人を予告するなんて事をした理由絶対あるはずだよね」
「ふふふ」
岩本は曖昧に笑うだけだった。
「僕があなたに伝えたかったことはこれだけです。12月8日土曜日。つくば市国際会議場で開かれる国際燃料会議の会議場で、電経グループ会長三橋信一を殺害する。その予告です。あと、今から1時間は通報を控えていただきたい。1時間経てば長川警部に通報して、この殺人予告に対処するための対応をしてください。瑠奈さんのバイト先の店長の命はその担保にさせていただきます」
岩本はポケットからイヤホンを取り出して喋りだした。
「良かったですね。あなたがハラスメントをしていた女の子の友人が慈悲深い人で。警察に助けられたらあなたが今まで従業員の女性にしていたハラスメントを全て告白し、全財産を被害者に均等に振り込んでください。もし罪や償いから逃れようとしたり被害者の尊厳を踏みにじるようなことをしたら…僕にはすぐにわかりますからね」
岩本はイヤホンを公園の土の上に落とすと靴で踏みつけて壊した。そして顔を上げると都と目を合わせ、ふっと笑った。
「都さん…期待していますよ」
岩本はそういうと暗くなりつつある公園の闇に向かって走り出した。
「岩本君!」
都は声をかけたが結城に止められた。
「この調子だと奴を暗闇で見つけ出すのは不可能だ。それに俺たちは今人質を取られているしな」
高圧線鉄塔には影になった不気味なテルテル坊主が見える。

 1時間30分後、警察のパトカーのサイレンが響いた。電力会社の職員と消防が吊り下げられたままの店長を励ましている。
「被害者は命には別状はありません」
鈴木刑事が長川に伝える。
「これだけの事をして都を呼び出すんだから、間違いなく悪戯とかの類ではない…本物の岩本承平だな」
女警部は険しい顔のままだった。
「奴はまた殺人を犯すつもりか」
長川は都に聞いた。
「うん、間違いない。岩本君は三橋社長を土曜日の重要な国際会議の場所で殺害するつもりだよ」
「日本が議長国の重要な会議だぞ。今度は世界中に生の殺人を配信するつもりか」
長川はため息をついた。
「そんなことは絶対にさせない…」
都は鉄塔を見上げながら言った。
「そうだな。今度は絶対阻止しないとな」

 茨城県警本部は水戸市の南にある県庁のすぐ横の新しい建物にある。
「岩本承平、現在23歳。幼いときに母親から育児放棄され、虐待事件で近年有名になった恩顧園という孤児院で幼少期を迎えています。小学校中学校といじめに遭っていたようで、中学卒業後、栃木県の株式会社「世界商事」に入社しますがここでも虐待を受けていたようです。今年の初めにこの会社の社長夫妻や幹部が取引先とのトラブルで会社員の19歳の女性を殺害。彼女の復讐を動機として岩本は社長夫妻他1人の幹部と栃木県警警部鷺沼敦を殺害しています。4人を殺害した容疑で死刑判決を受けていますが、別のカルト教団の東京拘置所襲撃事件の混乱状況下で脱獄。以来殺人を繰り返し、被害者は既に100人以上。我が国の戦後史上最悪の殺人被害者を出しています」
捜査一課本部で長川朋美警部が説明をした。
「岩本承平の容姿ですが、冬山で少女を救ったことによる凍傷で顔が崩れて骸骨と形容されるほど特徴的な表情をしています。一見すると目立つように見えますが厄介な点は、この男は別の人間の顔を酸で焼いたり皮と肉をそぎ落とすなどの残虐な方法で自分の見せかける、つまり他人を無理やり変装させるのに適した顔だという事です。さらに彼自身別の人間に成りすます変装の名人であるという非常に厄介な特技を持っています」
「非常に厄介だな」
参事官がため息をついた。
「まるで神出鬼没のアニメの世界の怪盗じゃないか」
「いいえ。この男はアニメのように誰にでも変装できるわけではありません。まず身長が182㎝と大柄でこの体格の人間が変装できる人間は日本人でも限られます。さらに最大の難解としてこの男にメイキャップの技術があるとは確認されず、変装相手を殺害し、その頭部を3Dスキャンしたゴムマスクを着用し変装しており、つまりその場で次々別の人間に成り代わるのが難しいという事です。つまりこの傾向を知っていれば十分対処は可能だという事です。さらに岩本は過去にハラスメントや暴力によって人を死に追いやったり性暴力をふるいながら罪を償っていない人間のみを殺害するという傾向があり、そういう事をしていない人間に成り代わることは現実的に有り得ません。つまり、我々はこのような反社会的な人間を事前に抑えておき、奴の変装を不可能にすることが、殺人を阻止し奴の動きを封じる重要な切り札になると考えられます」
「警備は主に警務部の仕事だ」刑事部長は言った。
「我々の仕事は岩本が変装しそうな人間を奴の先手を打って保護し、奴の動きを封じ、しっぽを出したところを確実に逮捕するのだ」
「はいっ」
県警の刑事たちは立ち上がった。

 12月7日金曜日早朝。
 警察車両のリアシートに都と結城を乗せ、長川と鈴木は茨城県ニュータウンの道路に車を走らせていた。
「岩本君が殺害して変装しそうな人間で三橋社長と当日国際会議に出る人が2人いるんだね」
都は言った。
「その人物にこれから会って、なんか怪しい点があれば指摘してもらおうと思ってな」
長川は言った。
「学校に直接頼んだから公欠扱いだ。いいだろう」
「でも眠いよー」
都はうつらうつらしている。その家は文化住宅で家の前には警察官が2人待機している。

「あなたが佐々木穣一専務ですね」
「ええ」
リビングのソファーで眼鏡をかけたデブの男、佐々木穣一(51)はパジャマ姿で冷や汗をかいている。
「ええと、今日は会社に行かないんですか?」
「冗談じゃない。もう社長のそばになんか行きませんよ。あの社長のしでかしたことに巻き込まれて殺されたんじゃたまったもんじゃない」
「社長のしでかしたことって、下儲け会社の施設で行われたパーティー会場で、障害がある従業員を一方的に殴るボクシング大会やって、その従業員を死亡させた事件ですか」
「あれは従業員の死亡と因果関係はないでしょう? 警察もそう考えて不起訴処分にした。私は死んだ従業員に『いやならやめていい』って言ったら、『僕はボクシングはうまいんですよ』と言ったんです。彼は楽しそうに社長たちと戯れていました」
「刑事さん、この人の言っている事は本当です」
妻がお茶を出しながら言った。
「この人は私にも娘にもとても優しくて、虫も殺せないような人なんですから」
「奥さん、私たちは別に旦那さんを糾弾しに来たんじゃない。その命を守るために来たんです」
女刑事は理解を求める。「ですから、可能な限り協力していただかないと」
「お姉ちゃん…」
小学生のランドセルを背負った女の子が都の手を取る。
「パパ殺されちゃうの?」
都が目をぱちくりさせる。
「みどりが学校に行っている間にパパは殺されちゃうの?」
凄く心配そうにしている。都は優しくみどりの頭をなでなでした。
「大丈夫だよ。お父さんは絶対殺させはしないから…約束する」
「うん」
都はみどりと指切りげんまんをした。
「指切りげんまん、嘘ついたら、ハリセンボン飲ます、指切った♪」
結城はその様子を微笑ましく見ていた。奥さんが娘の手を取って玄関に向かう。
「娘は私がいなくなったら悲しむ。会社は俺がいなくなったところで悲しみはしない」
「確かにそうですね」
結城は言った。
「でもあなた方に殺された従業員の野畠和人さんだってそう…」
「彼は天涯孤独だった」
佐々木はぴしゃりと言った。
「悲しむ人間はいなかった。だからあの件は終わったことだ」
都は振り返った。彼女はさっきまでリビングのピアノの上の写真立てを見た。楽しそうにみどりと滑り台で遊んでいる写真を見ていいお父さんだと思っていたのに、こんな言葉を聞いてとても悲しくなった。

「奴は大柄だし、十分岩本が変装できる人間ではあるな」
結城は車に乗り込みながら都に言った。
「でも当日佐々木さんは会場にはいかないつもりみたいだし、それに奥さんとみどりちゃんを騙すなんていくら岩本君でも無理なんじゃないかな」
「確かに」
結城はため息をついた。
「佐々木の仕草や声を外部から観察する事は可能かもしれないが、家族まで騙すなんてことは出来ないはずだしな…でもよ…脅されているって可能性はないか?」
結城は都に言った。
「みどりちゃんは今日も学校へ行くんだよ」
都は目の前を取っていく集団登校の黄色い帽子の列を見て言った。
「安全な学校でなら、先生に助けを求める可能性だって十分あるはずだし」
「違うか…警部。もう一人は」結城が聞く。
「すぐ近くだよ」
長川は運転席に座った。「もう一人は栗原安美。三橋社長の個人秘書だ。今日安全のため送って行く事になっている」
「安美って…」

車が駅前の高級マンションの前に停車すると警官2人に囲まれて若い女性、【栗原安美 社長秘書 27】がスーツでびしっと決めて車に向かって歩いてきた。
ごきげんよう
栗原は余裕の表情だった。多分自分が狙われている本人ではないから警官が護衛すれば岩本も他の方法を探るだろうと思っているのだろう。
「ふふふ、良いわねぇ。警察官に護衛してもらって楽に会社に行けるんですもの」
結城がさっき聞いたところによればこの女もパーティーの余興のボクシングで栄養不良でやせ衰えた野畠和人にボクシングをするように強要した一人らしい。それなのに他人事と来たものだ。
「あら、あなたたちは? どう見ても高校生とかにしか見えないけど」
「いろいろ捜査に協力してもらっているんです。一応仲良くしてあげてください。あなたの命を守ってくれる高校生ですから」
長川は苦笑した。
「そう、でも降りて頂戴ね。私、もうすぐ社長夫人になるんだから優雅に行きたいの。あ、会社行く前に引きこもりの馬鹿専務の所へ。仕事書類を貰いに行きたいの」
「すまんな都、結城君。一応警護対象者だから」
長川はそう言って2人にタクシー代と食事代に5000円を渡した。その間鈴木と警官が油断なく周囲を見張る。
 走り去っていく車を見送りながら、5000円札でパフェ食べようとはしゃいでいる都を他所に結城はため息をついた。
「あの華奢な体形に岩本が変装するのは無理だな」

4

 12月8日土曜日。
 テレビのニュースでは世界燃料会議の様子が生中継され、最新鋭のセキュリティー機械によって武器の持ち込みが厳しく制限され、さらに顔認証システム、指紋認証システム、網膜認証システムで変装した上での入場は不可能な最新技術の説明がなされていた。
「なるほどな」
結城は会場の前でため息をついた。エントランスホールの前に作られたセキュリティーゲートに招待客が厳重さのあまり戸惑っているのが見える。
「Ⅹ線検査では招待客の持ち物が全部スケスケに透過されてチェックされているし、警官は3D拳銃やその分解した部品を頭に叩き込まれた人間がチェック、顔認証や指紋認証、網膜認証で徹底チェックとくれば岩本の変装がうまくいったとしても入れないわけだ」
「おかげで私も入れないんだけどね」
都はぶーと顔を膨らませる。
「私は社長夫人よ!」
栗原安美が傲慢でつんつんした態度で警備の警官に迫るが、警官に持ち物のバッグを見せるように言われて、しぶしぶ見せた。
「ほら、専務が設計した新しいハイドレート燃料精製工場のジオラマ模型よ」
栗原は模型を見せると警察官はスマホで何やら確認し、画面とジオラマを見比べてこれを通した。
「私も言ってこようかな」
都はずかずか警官に「私は社長令嬢よ、入れてくれないなんてあなたたちを首にしちゃうわ」と精いっぱいガブリエルのママみたいな声を作ったが、警察官は「ハイハイ」と言って無視した。さらにむくれる都ちゃん。
「パッチワークだらけのこの服で社長令嬢は無理だべ。大体社長は独身。さっきの秘書は愛人って噂だ。それにしても…さっきの秘書がジオラマ持ってきたって事は…やっぱり専務はこないんだな」
結城はため息をついた。
「あ、長川警部」
都は手を振った。知り合いの女警部がにこやかに都の手を握る。
「悪いな。協力させちまって」
「大丈夫だよ。私と長川警部の関係はねっとりした関係だし、岩本君にこれ以上人殺しをさせたくないしね」
都は言った。
「こいつ、まだ謎が残っているって考えているんだ」
結城はため息をついた。
「岩本が都に殺人を予告した理由か」
長川はため息をついた。
「テレビ局の時からも思っていたんだけど、岩本君はこんな愉快犯的な殺人ゲームなんてする人間じゃない。人を殺すときには本当に人目につかない方法であっという間に殺しちゃう」
「それじゃぁ飽き足らなくなったんだよ」
長川は言った。
「人を大量に殺し過ぎてただ殺すだけじゃつまらなくなった。だから都と警察に挑戦しようだなんて思い立った」
「そうかな」
都は思い出していた。初めて岩本君の犯罪を暴いたときだった。彼は泣きながら都に言った。
―おかしいですよね。自分がどんなに虐待されても悲しくなかったのに、理沙さんを殺された時、よくわからない心がずたずたにされるような何かが湧いてきて、止められないんです―
「岩本君は絶対に殺人を楽しんだりする人じゃない。そう見せかける事には何か恐ろしい理由が隠されているんだよ」
都は必死で考えていたが思い浮かばないようだ。彼女が焦って思案するなんて珍しい。完璧な警備のはずなのに、そんな彼女の仕草が結城を不安にさせた。

「とととと」
封鎖された道路の前で婦警に止められ薮原千尋はキムコの原付を止めた。
「この先は立ち入り禁止なのよって、千尋ちゃんじゃない」
中村桃子巡査が笑顔で前の事件で知り合った女子高生に挨拶した。
「中村巡査…愛奈ちゃんは元気ですか」
「ええ、今日は林間学校に行ってるわ」
「でもすごいですねぇ。20歳なのに愛奈ちゃんを引き取るなんて…。あ、この先に私の友達の島都ちゃんがいるんだけど」
「だーめ」
中村はきっぱり言った。「携帯電話で呼び出したら?」
「それしかないわね」
千尋は遊歩道に原付を転がして携帯電話で都を呼び出した。
「都…どう、腹は減っては戦は出来ぬ。カレー弁当買ってきたよ」
「うおおおおおおお、お昼ご飯だぁぁああああああ」
都が規制線の中から飛び出してきた。結城がはほはほと追いかける。
「お疲れーーーー」
千尋が手を振った。

燃料会議が盛大に始まり、各国の担当官がスピーチをしている。その際中、【三橋信一 電経グループ社長 44】は警官が守り固める控室で落ち着かない感じで座り込んでいる。その時ドアががちゃりと開いた。
「信一さん、私よ」
艶っぽい声で栗原が言った。
「良かった。君か」
「会いに来ちゃったわ」
うふんと栗原は目配せすると三橋は後ろの警護の警察官に
「君たちは外で待っていてくれたまえ」
と促した。

勝馬君、急いで急いで」
結城の従妹の結城秋菜が国道を走るバイクの後ろで北谷勝馬を叱咤する。
「秋菜ちゃん。中学午前授業サボっていいのかよ」
勝馬君だって補習授業サボっていいの?」
2人でハモった。
「「いいに決まっている。都さん/師匠が俺/私の力を必要としている!」」

「なるほどねー。燃料会議ってこういう会議なんだぁ」
都が遊歩道のベンチで千尋スマホを覗き込んで感心したように言った。
「石油が枯渇したら癌の薬やプラスチックもなくなってたくさん死んじゃうから、車動かす燃料はメタンハイドレードに変えていこうっていう会議見たい。メタンハイドレードっていうのは海の底にある新しい燃料で、日本はその埋蔵量は凄いんだって。そして掘り出したメタンハイドレードを燃料に精製する工場が今度つくばに完成するこの工場ってわけ」
都はタップされたスマホの液晶画面に書かれた工場の想像図を見た。都はその工場の完成予想図を見ていて、何かを思い出していた。それは…」
「結城君!」
都は走り出した。物凄い形相の都に結城は大慌て。千尋に食べかけのカレー弁当を渡して都の後を追いかける。規制線を飛び越えた都は携帯電話で長川警部に
「長川警部! 今すぐ栗原秘書を捕まえて!」
「どうしたんだ都」
長川警部がエントランスで携帯電話に出た。都は絶叫に近い声で
「栗原秘書が三橋社長を殺すんだよ!」
「なんだって?」
唐突な都の発言の直後、エントランスのセキュリティから出てきた栗原秘書を見かけた。
「栗原さん! ちょっと待ってください」
長川が呼び止めた直後、栗原は手にした銀色の3D拳銃を長川に向けた。長川は咄嗟に柱に隠れるが、そのすきに栗原は走り出し、エントランスから入ってきた都を突き飛ばした。
「待て」
都を突き飛ばされた怒りで結城が追いかけようとするが、栗原は銃を結城に向け、都は咄嗟に結城の足を掴んですっころばせた。
「ぐあっ」
栗原は規制線から飛び出すと、キムコにまたがろうとしていた千尋を突き飛ばし、原付バイクを奪って走り出した。
「きゃっ」
千尋が突き飛ばされるのを見た勝馬と後部席の秋菜。
千尋さん」
秋菜が飛び出して倒れている千尋を助け起こす。
「おのれーーーーー。よくも千尋さんをおおおおおおおおお」
勝馬がバイクをふかして追跡する。
 長川は千尋に駆け寄りながら無線で指示を出していた。
「都! 大丈夫か、都! 都!」
結城が都を助け起こすと都は結城の袖をつかみ上げてかすれた声で叫んだ。
千尋ちゃんが見せてくれた新しい工場。あの工場の建物がいつかテレビで見た3D拳銃の分解図に…そっくりなんだよ!」

 千尋のバイクをパクった栗原は遊歩道を爆走していた。大勢の休日の歩行者が慌てて避けていく。
「待て待て待て!」
勝馬がバイクでそのあとを追いかける。出力なら勝馬が圧倒的優位だが、栗原は原付の小回りを生かして人の間をすり抜ける。周りの人にぶつけない為に勝馬は見失わない程度に追跡するのがやっとだった。センターの歩行者天国から階段を無理やりガタガタ下って、バスターミナルの所に出た時、バスターミナルのサークル内にパトカーが入り込んで包囲しようとする。栗原は悲鳴を上げながら歩道を突っ走り、いきなりサークル北側の3車線の道路に飛び出した。
「うわぁああっ」
赤いミニバントラックの運転手が悲鳴を上げ、車が横転する。それを尻目に原付バイクはさらに道路を逆走し、ミニバントラックを避けようとした路線バスが中央分離帯に、さらにバスを避けようとした白いセダンが飛び出した原付に驚いてスピンし、セダンのトランクに乗り上げてピンクのミニが横転する。
「無茶しやがる、死ぬ気かよ」
勝馬は路側を走って信号が赤なのを確認して、原付と一緒に本来の車線に入り込み、そのまま都市トンネルに入った。赤いライトが灯るトンネルを爆走する勝馬
「そこのバイク、路肩に避けて止まってください」
後ろからパトカーがサイレンを鳴らしていく。
「逃げられんなよ、アブねぇぞ」
勝馬はパトカーに道を譲った。

 控室の前で長川警部は警備部の警官に警察手帳を見せた。
「長川。ここは警備部の管轄だ。捜査一課は引っ込んでいろ」
「社長の無事を確認したい。いいから早くしろ!」
長川の剣幕に押されて警備部の警部は「社長、失礼します」とドアを開けると、そこでは脳みそを撃たれて目玉が飛び出した社長の射殺体が転がっているのが見えた。
「何」
警備部の連中がうろたえ震える声で電話する中で、女警部は歯ぎしりした。
「遅かった」

劇場版少女探偵島都2 岩本承平の殺戮1

少女探偵島都劇場版②
「岩本承平の殺戮」導入編

1

 雨が降っている。土砂降りの雨のせいで水たまりがあちこちに出来ていて、空気が氷のように寒い。
 そんな中で一人の大柄な男が茫然と立ち尽くしていた。彼の目の前には一人の小柄な男が倒れている。顔はぼこぼこで口から流れた血が水たまりに流れている。
「和人さん」
大男は彼の手を握った。和人は弱弱しく握り返す。
「どうして…」
「僕のせいなんです」
和人はひゅーひゅーと息を荒げながら言った。
「僕がダメな人間だからこうなった…今度、今度生まれてくるときには…もっと人の役に立てる人になって…まともになって生まれてきます…だから許してください…」
「いいえ」
大男は首を振った。
「和人さんは和人さんのままで尊重される世界に生まれてください」
和人の口が力なく開き、握る手から力が抜ける。半開きになった目からは涙が零れ落ちる。
「誰ですか…こんな優しい人にこんな事をしたのは」
大男は上着を和人の遺体にかぶせて立ち上がった。雨に濡れたその顔は異様だった。頬が溶け落ち、鼻も崩れ、眼窩がむき出しになり、唇も削げ落ちている。その風貌はまるで骸骨であった。その骸骨の表面に流れる水滴は熱を帯び、眼窩の奥の目が赤く光って、憎しみに燃えている。
「誰であってもいいでしょう。誰であっても…私は必ず全員を殺しますから」
大柄な風貌とは反比例する幼い子供のような童声が憎しみに震えた。

 数か月後、東京都心の高層ビル街にあるテレビ局。
 スタジオでは大勢の批評家が討論していたが、所謂良識派と呼ばれる人間は押されていた。スタジオでは数々の自閉症の子供を独自のスパルタ教育で緩解させてきたとする【冨塚弘 フリースクール校長 64】が独自の教育論を展開している。
「つまり、自閉症ASDも同性愛も簡単に治るんですよ。それはもうドイツの研究でも表明されているんです。でも当事者と言われる人間も親も直そうとしない。支援ばかり貰おうと甘えている。これはですね、もう国家への反逆ですね。健康な国民への詐欺行為ですよ。この前の神奈川県での障碍者施設殺人。これを犯した青年の気持ち自体は私も理解したい」
「ちょっと酷いですね」
スタジオで女性スタッフの【青木実美 28】がディレクターで髭の【前波祐介 35】を振り返る。
「いいじゃねえか。国会議員だって似たような暴言を言いまくっても平気なんだ。それにこの番組は本音トークだぜ。ここでやめると却って偽善者呼ばわりされちまうじゃないか」
「ちょっと今の発言は酷すぎませんか」
【深田さゆき コラムニスト 46】が苦言を呈すると、日本の広告販売業に革新をもたらしながらも大勢の社員を過労死させてそれを自慢している事で有名な【渡部喜美 43】が
「ほら、またまたそういうことを言う。あなたは左翼だからそうやって出来損ないの人間を庇おうとするけれど、死んだうちの社員も本当に出来が悪くて傲慢なクズだったんです。そいつが人権の美名で権利を主張してこっちが決然と言ったら、すぐ自殺しちゃう。そういう弱い人間を甘やかすのが左翼なんです。日本を弱くするんです」
「誰にも振り向いてもらえない行き遅れの女性だからって上げ足を取らないでくださいよ」
【杉山澪 与党議員 47】がへらへら笑いながら馬鹿にする。
「それはセクハラじゃないですか?」
女性声優【春風風子 16】が抗議すると
「セクハラされたくなければね、セクハラされないくらいの品格を身につけなさいって話よ。あなたは子供だからわからないでしょうけど」
と杉山は取り付く島もない。
「いいぞ、いいぞ。良識派って言われている連中が論破されている」
前波は嬉しそうに笑った。
「これ論破って言うより論理が無茶苦茶なだけじゃないですか」
青木はため息をついた。
「伊原崎先生、あなたはどう思います?」
司会のタレント【小沢高次 59】が若手作家の【伊原崎悠馬 31】に話を振る。彼はこの番組でも右的発言で知られ、サングラス姿で上から目線で出演した科学者や弁護士を滅茶滅茶に叩き潰すのだが、なぜか今回は俯いたまま何も言わない。
「伊原崎先生?」
とどめを期待する小沢に伊原崎は「んー」と立ち上がって、徐にこういった。
「お前ら人類の敵だ。死ね」
いきなり懐から取り出したのは3Dプリンターで作った白い拳銃だった。伊原崎はそれを呆気に取られている杉山議員に近づけていきなり発射した。
「ぎゃぁあああああああ」
左目に白く鋭い針が突き刺さりのたうち回る杉山。直後会場からは悲鳴が上がる。カメラが切り替わる直前に今度は冨塚が針を顔面に食らってのけぞった。

 茨城県県立常総高校の食堂から悲鳴が聞こえてきて、探検部部室がある書道室準備室でクリームパンにかじりつこうとしていたショートヘアの女子高校生島都はびっくらこいて声のした方向を見た。
「食堂の方からよね」
黒髪の美少女でおっとりした性格の高野瑠奈が目をぱちくりさせる。
「でっかいゴキブリが出たんじゃない?」
ポニーテールの薮原千尋がケタケタ笑う。「こーんな大きなクロゴキブリ」
「ちょっと行ってくる」
都はパンをくわえたまま廊下を走り出した。
 食堂の前で北谷勝馬が「ううう」と口を押えて座り込んでいた。この学校のイロモノ番長で体がでかい不良少年が舎弟にナデナデされながら鼻からラーメン出している。
勝馬君? どうしたの?」
都が勝馬を覗き込む。
「都さん…殺人事件です…」
「え」都の顔が驚愕に見開かれるが、彼女の次の行動は早かった。
慌てて食堂に入ろうとする都を止めた人間がいた。長身の青年結城竜だった。イケメンでぶっきら棒な結城は、天真爛漫で思い込んだら一直線の小柄な美少女を押しとどめる。
「結城君、殺人事件が学校で」涙目になる都に結城は「大丈夫だ」と言った。
「殺人事件が起こったのはテレビの中」
「なんだ、テレビドラマかぁ」都は胸をなでおろすが、結城は険しい表情で食堂の有るテレビの方を見た。
「いや、相棒の再放送とかで事件が起こったんじゃねぇ。殺人事件が発生したのは、ワイドショーの番組内だ」
結城は唸った。
「どういうこと」
「つまりテレビの収録中に本当に殺人事件が起こったんだよ」
結城は明後日の方向を見ながら深刻な声で言った。
「本当だ」
追いかけてきた薮原千尋が携帯でTwitterのトレンドをチェックすると「昼倶楽部」「ひるくらぶで殺人」「人殺し」「生放送」「3D拳銃」「伊原崎」と出ている。

「やめろぉ。やめてくれぇええええ」
毒針を撃たれて麻痺した足を引きずりながら逃げる渡邊喜美。
「あなたはさっき無能で足手まといは死ぬべきだといった」
原崎はサングラスの向こうから氷のような目で見降ろした。
「今まさに貴方じゃないか」
毒針が発射され、渡辺が「ぎゃぁああああああ」と絶叫して顔面を押さえてのたうち回るのを一瞥し、伊原崎は机の下に潜り込む一同を見回して威風堂々とその場から歩き出す。スタジオで鉢合わせした前波が「ひっ」と腰を抜かす顔面に3D拳銃を突きつけ
「ああいうのをのさばらせる番組もほどほどにしておけ」
と言って踵を返した。伊原崎は近くの男子トイレに入ると、ポケットから発煙筒を拭いてそれをトイレに投げ捨てる。シュパアアアアという音とともに煙がトイレから廊下に漏れ出し、スタッフが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 警視庁のパトカーが玄関前に到着し、警察のバスから特殊急襲部隊SATが素早く建物に重装備で入り込む。
 警察は煙で周囲が見えない廊下を拳銃とアクリルの楯をかざしながら慎重に進む。
 ふと人影が揺らめいた。
「誰だ」
「お、俺だ。俺を知っているだろう」
情けない声で震えているのはイケメン俳優の【平成孝也 27】だった。
「この人は俳優です」
隊員が隊長に知らせる。「よし、彼を保護して後方に」
 隊長は命じた。隊員が平成を庇うように廊下を歩かせる。
「何? いないだと」
テレビ局の前で警務部の【高川仁 警視庁警部 39】は無線片手に訝し気な声を上げる。
「煙に巻かれていないエリアの防犯カメラから見て、被疑者の伊原崎がトイレ及び周辺の廊下から脱出したとは考えられません」
突入部隊隊長は無線で報告する。
「どういうことだ」
高川は思案していたが、その横で研修で警視庁に来ていた茨城県警の女警部長川朋美は携帯電話を使ってある場所に電話をかけた。

「あ、長川警部だ」食堂の前で勝馬をなでなでしながら、都は魔法少女アニメの着メロとともに電話に出た。
「あ、長川警部

「都、テレビ見たか?」
警視庁のパトカーの屋根に手を乗せながら長川は都に電話した。
「ん、そうか。今テレビ局生放送中に殺人事件が起こって、犯人は殺害後、トイレにこもって発煙筒を焚いて周囲は煙だらけだそうだ。そして特殊部隊が突入したがもぬけの殻だったそうだ…ん…ん」
長川は電話から顔を話して高川に聞いた。
「高川ちゃん。特殊部隊が被疑者以外の別の人間に出会わなかったか?」
「長川、お前は誰と電話」
「いいから!」
長川の剣幕に押され、高川は「あ、ああ」と無線で確認して
「イケメン俳優の平成孝也を保護したそうだ」
「イケメン俳優平成孝也」
長川が電話の相手に大声で伝えると顔を上げて、
「そいつが犯人だ。捕まえろ!」と高川を指さした。
「なぬぃ?」高川が素っ頓狂な声を上げる。

「あ、はい」
テレビ局の廊下でイケメン俳優を誘導する特殊部隊の隊員が無線に応答する。
「平成孝也? え、しかし」
その反応に平成は素早く反応し、素早く腕で隊員の顔面を強打し、倒れ掛かった隊員の
鼻先には既に奪われた拳銃が突きつけられていた。
「随分と気づくのは早い。ここは東京都だから彼女は介入してこないと踏んでいたのですが」
「だ、誰だお前は」
隊員の声が震えあがる。明らかに平成孝也というイケメン俳優ではない。
「俺か…俺は」
男は自分の顔に爪を食い込ませると、顔全体の皮膚を引き裂くように引っかきあげた。
「死神ですよ」
隊員の目が恐怖に見開かれる。この男に見覚えがあった。溶け落ちた骸骨のような顔。日本戦後史上最悪の大量殺人鬼として警察が行方を追っている大量殺人鬼、岩本承平。

2

殺人鬼岩本承平、この男はテレビ局の生放送殺人事件に関与していたのだ。
「申し訳ない」
岩本は隊員を銃で殴って気絶させると、そのまま廊下から部屋に引きずり込んだ。そして警察官の服を着用した男が出てきた。
 男はテレビ局のロビーを歩いて正面玄関エントランスホールの前に歩いてきた。
「あ、ちょっと待って」
隊員服を着た男が別の警官に呼び止められる。
「君は隊員番号061、SAT隊員の五十嵐君だね」
警官を割って高川警部が声をかける。五十嵐と呼ばれた警察官はびくっと震えて何も答えない。
「返事は出来ないか」
彼は別の隊員に合図をすると別の隊員がいきなり彼の両手を掴み上げて五十嵐の両手に手錠をはめた。
「ぐっ」
その間に長川がヘルメットを脱がせると、そこには別の人間の顔があった。そう、そこにあったのはイケメン俳優平成孝也の顔だったのである。
「!!」
平成孝也の顔が恐怖に見開かれる。長川はその顔に手を伸ばすとべりべりと容赦なくそれを引きちぎった。中から出てきたのは骸骨のような悍ましいあの殺人者の表情であった。
「やはり警官に変装して脱出しようとしたな」
長川は殺人者岩本を睨みつける。岩本は脱出計画が失敗した恐怖からか目を血走らせて声を出すことも出来ていない。
「五十嵐君が君の正体に気が付いた後、彼を倒して装備を奪ったってわけか。だが私がこの警視庁に研修に来ていたのが運の尽きだったな。岩本。私に少女探偵島都が推理を授けてくれたおかげで、迅速に対応が出来た。お前の大量殺人もこれで終わりだ」
長川は宣告を下した。高川は
「この手錠は電子ロックだ。外すことは出来ない。警視庁で身柄は預かっていいな」
「ああ、でも気を付けろよ。こいつは恐ろしい犯罪者だ。一瞬も気を抜いちゃだめだぞ」
「わかってる」
高川は緊張した表情で頷いて部下に命じて岩本を連行していく。
 女警部は都に電話をした。
「都、落ち着いてよく聞け。岩本を逮捕した」

「本当!?」
都は学校の授業をサボって屋上で結城と長川の報告を聞く。

「ああ・・・危なかったよ。あいついち早く自分の推理がバレると察知して連行していた特殊部隊隊員を気絶させ、装備を奪って逃げようとしやがった」
長川はグロッキー状態で仲間に抱えられてパンツとシャツ姿で担架に乗せられる本物の五十嵐を見守りながら言った。

「長川警部」
屋上で携帯電話に電話する都の声は震えていた。
「今の話変だよ!」
「え」長川のにわかに緊張が伝わった返事が電話から洩れる。
「あの岩本君だよ! トリックがバレた以上、警察官の服を奪って脱出なんて方法を予測されるなんて、岩本君ならわかっているはずだよ!」

都に言われた長川が慌てて電話を切って、テレビ局のフロアで高川に声をかけようとしたとき、携帯電話で別の人間に電話をしていた高川警部が茫然とした表情で長川警部を見た。
「今部下から報告があった」
高川の声が震える。
「連行中の岩本が血を吐いて苦しみだし、死んだそうだ」
長川は知人の警視庁警部の絶望的な表情に戦慄を感じざるを得なかった。

―劇場版少女探偵島都2 岩本承平の殺戮

 テレビのアナウンサーが駅前ビルのモニターで大々的に生放送の殺人事件を伝えている。
「3人とも亡くなったらしいね。死因は針に埋め込まれた毒針。何時間も苦しんでいたみたい」
瑠奈がため息をつく。
マクドナルドの中でカウンターに並びながら、都、結城、瑠奈、千尋はアンニュイな雰囲気を漂わせていた。
「3人だけじゃない。少なくとも6人を殺しているよ」
都は言った。
「岩本君は解答キッドみたいに誰でも変装できるわけじゃない。実在の人物になりきるにはその人を殺して首を切断し、3Dにかけて作り上げた顔を使い、体格や声色もある程度似ている人じゃないと成りきることは出来ないんだよ」
「つまり、変装された人は殺されているってわけね」
瑠奈は都に言った。都は頷く。
「岩本君は伊原崎さんに変装してテレビ局に乗り込み、3人を殺害した後トイレにこもってよく知られている芸能人の平成孝也さんに変装して特殊部隊さんに助けられて脱出した。多分テレビで知られた顔なら警察も伊原崎さんと別人だと知っているからすんなり保護してくれると考えていたんだろうけど」
「お前がそのトリックを暴いたってわけか」
結城はため息をついた。
「でも岩本君の方は万が一という事も考えて、テレビ局で別の人を拉致しておき、その人の顔の皮をはいで骸骨にして、さらに平成さんの3Dプリンターで作ったゴムマスクをかぶせて、気絶させた五十嵐さんの装備を付けさせて歩かせたんだ。喉を潰したうえで、警察官に捕まらないで外に出たら助けてやるって言ってね」
都は窓の外の通りの路線バスを見る。
「長川警部に聞いたんだけど、その人遅く効くタイプ毒を飲まされていたみたい」
「なんて奴だ。トリックを確実に成功させるために、予備のトリックの為に、罪のない人の命をゴミみたいに扱いやがって」
結城は歯ぎしりする。
「結城君、岩本君は罪のない人を無差別に利用して殺す人ではないよ。指紋や歯型からわかったんだけど、岩本君のふりをさせられ死んだ人は芸能事務所の社長で所属タレントさんへのDVとか従業員の顔を鍋に突っ込んだりした動画で問題になっていた人みたい」
都に言われて千尋もうなずいた。
「平成孝也は女の子を襲って写真撮影して脅していて、被害者の子がネットで個人情報暴かれて自殺しちゃったみたいだし、伊原崎インターンの女子大生に似たようなことをしてなぜか警視庁は捜査をやめちゃっていたよね」
「勿論、どんな理由であっても岩本君のしたことは絶対許せないけどね。殺していい人とそうじゃない人を決めるって、殺された人たちと結局同じだよ」
都はそういうと、スマホ見て「天罰だよねー」と笑っていた隣の女子高生集団がキョトンとした顔になる。
 瑠奈は都の頭をなでる。都は今回の事件がよっぽど悔しいのだ。その時瑠奈の携帯電話が鳴りだす。
「あ、ごめんね」
瑠奈が緊張した笑顔を3人に振りまいてトイレに入ると電話に出た。
「て、店長」
瑠奈が声を震わせると、
―僕は店長ではありません。岩本承平と言います。高野さん、君の親友の島都さんとお話がしたいのですが。その場にいますよね。
「え…」
―大丈夫です、都さんに代わってください。
瑠奈は幾分青い顔でカウンター席に戻ってきた。
「どうしたの? 瑠奈ちん」
都が怪訝な顔をすると、瑠奈は
「都、落ち着いて聞いて…岩本さんから」
と声を震わせた。都は弾かれた様に瑠奈から携帯電話を取り上げる。
「もしもし、岩本君?」
―都さん、お久しぶりです。
女性と見まごうような高い地声で殺人鬼は挨拶した。
「なんで、瑠奈ちんの携帯電話に。瑠奈ちん怖がっちゃっているじゃん」
―申し訳ない。彼女のバイト先の店長の携帯電話からかけているものですから。さて、都さん、今日はあなたにお願いがあって電話しました。これから店を出るとコンビニ前にいっていただきたい。そこにタクシーが待たせてあるので、ここに君と結城君だけで来ていただきたいのです。
「来なかったら?」
―店長を殺します。
都は目を怒らせた。
「わかった。でも瑠奈ちんと千尋ちゃんも連れてきていいかな」
都は言った。
「岩本君は何の罪もない人を殺したりはしない人。この店長が何をしたのかも知りたいし。でも瑠奈珍のいない所で話を進めちゃだめだよね」
―いいでしょう。4人ならギリギリ大丈夫なはずですから。
 電話が切れた。瑠奈が不安そうに都を見る。都は笑顔で
「大丈夫だよ!」
と言った。

 コンビニ前にタクシーが停車している。運転手が4人を出迎えた。
「ええと、島都様でしょうか」
初老の運転手が丁寧にお辞儀をする。
「お待ちしております。お代は既に岩本様からいただいておりますので、どうぞ」

タクシーの中で都は瑠奈を見た。
「着替えているところの写真が昨日送信されてきたんだ」
瑠奈は涙ぐんでいた。「都に相談しようとは思ってたの。でも言い出せなくて」
「友達を心配させるのって勇気いるもんね」
都は瑠奈の頭をなでなでした。
「お前が言うなや。いつも心配ばっかさせている分際で」
結城がため息をついた。
「大丈夫だよ。瑠奈ちん。瑠奈ちんは友達に頼る方法がわからなかっただけ。プロの私が教えてあげるから大丈夫だよ」
都は瑠奈を抱きしめた。瑠奈は「うん」と言って都に顔をうずめた。
「岩本君にどんだけあのクソ店長がボコボコにされてるか楽しみだわ」
千尋が言った。
 タクシーが停車したのは公園だった。高圧線鉄塔の真下にありあたりは田んぼで農家が遠くに点在している。遠くにTⅩの高架が見えた。タクシーの運転手はここで待ってくれるとの事。誰もいない公園の遊具の前に一人の男が立っていた。その顔はあのイケメン俳優平成孝也だった。死者が蘇った形相に4人は戦慄を覚える。
「う、う、うそ…岩本だよ」
千尋の声が上ずる。都はすたすたと歩いて岩本に歩み寄った。
「お、おい、都」
結城が止めるのも聞かず、都はずかずか岩本の前に立ちふさがると下を向いたまま拳を岩本に叩きつけた。彼はびくともしなかったが、都の憤怒が寒い12月の茨城県の空の下に立ち上る。
「岩本君。店長さんはどこにいるのかな」
都は上を見て岩本を睨みつける。
「あそこです」岩本は高圧線鉄塔を指さした。小さな小さなテルテル坊主が、高さ100メートルの鉄骨からぶら下がっている。瑠奈がショックを受けて口をふさぐ。
「大丈夫。まだ生きています。ボタン一つで落っことすことは出来ますけどね」
「私を呼んだのには目的があるんだよね」
都は言った。
「はい。目的は殺人予告です」
岩本が残虐に笑った。

地獄時間殺人事件3 解答編

地獄時間殺人事件(解答編)

5

【容疑者】
・島野里美(16):常総高校1年6組
・遠藤楓(15):常総高校1年6組
・篠原愛奈(11):小学6年生
・篠原玲(32):大島医療器具事務員
・大島光義(51):大島医療器具社長
・岡橋優三(44):岡橋産婦人科医院医師
・渡邊尚子(24):看護師
・貝原直人(32):無職
・草薙純也(48):交番勤務警察官。警部補。
・中村桃子(20):交番勤務警察官。巡査。
・佐々木和彦(30):無職

 警察署取調室。貝原直人は訪問者を見て驚いた。小柄でショートカット、かつて自分が卑猥な言葉をかけた15歳の少女が目の前にいたのだ。後ろには大柄な男子高校生…そして中村桃子巡査と長川朋美警部が入ってきた。
「ひひひひ、どうしたんですか皆さんお揃いで」
貝原直人は不敵な笑みを浮かべた。そしてねっとりとした視線で都を見つめる。だが都は臆することなく貝原の前に座って真っ直ぐ貝原を見据えた。
「この事件であなたが仕掛けた恐ろしいトリック…全部わかりました」
「まさかあのパチンコ中毒がこんなに早く全てげろってしまうなんて。本当についてないよぉ。でもどうせ俺は死刑だし、最後にかわいい女の子とエッチな事を出来て…」
「いいえ」
都の声があまりにも済んでいたため、貝原は押し黙る。
「さっき佐々木さんが話してくれたことはそんなんじゃない。おかしいと思ったんです。どこの誰かもしれない人にお金を渡されて身代わりなんて危ない事を引き受けるわけがない。それに佐々木さんはパチンコ中毒で治療を受けるように草薙警部補に言われるような人です。そんな人があなたに言われて何日もあなたのふりをして街をうろついていられるはずがない」
「どういうことですか」
中村桃子巡査が身を乗り出す。
「中村巡査がずっと監視していた人物は間違いなくこの貝原さんだったんです。貝原さん、あなたは佐々木さんにこう依頼したんじゃないですか? 『この格好で私たちの前に現れてわざと捕まって…捕まったら――貝原に言われて事件前後にアリバイ工作を手伝った――と嘘を言え』って」
貝原の顔から笑顔が消えた。
「このトリックは貝原さん、あなたが犯罪を犯したことを隠すアリバイ作りのためのものではなかった。その逆…貝原さんが自分が岡橋医師を殺害した犯人になるために、自分が本当に持っていたアリバイをなかったことにする為のトリックだったんだよ」
「え」中村巡査は困惑したように都を見る。
「そして貝原さん、あなたがそのトリックを利用して殺人の罪から助けようとしていた謎の指紋の持ち主の存在で岡橋医師を殺害した真犯人は…篠原愛奈ちゃんだよ」
都の指摘に貝原は目を見開いた。口元が歯ぎしりし今まで見せたことがないほど狼狽している。
「待ってよ、都ちゃん。愛奈ちゃんはまだ小学生だよ!」
中村が震える声で都に迫る。
「勿論愛奈ちゃんは最初から岡橋医師を殺害しようと思っていたわけじゃない。何故なら彼女を事件現場に誘ったのは岡橋医師だから」
「岡橋医院と大島医療機器に取引関係があったのは調べがついている。岡橋医師のパソコンのデータを復元したら、大島医療機器の社長が自分の権力を使ってシングルマザー従業員の篠原玲に命じて娘をチャイルドマレスターだった岡橋に差し出させた事を白状したよ」
長川は震える貝原に言った。
「さっき大島社長を強制性交等罪で、母親の篠原玲を監護者性交等罪で逮捕した。2人とも愛奈ちゃんにこのままだとお母さんが会社を辞めさせられ路頭に迷うことになると脅したことを認めたよ。この罪は例え本人ではなく第三者、この場合岡橋医師が性暴力の実行犯だとしても、彼に性的虐待を加えさせるために脅迫行為を行った場合も適用されるからな」
「多分、事件の真相はこうだよ」
都は説明した。
「おとといの15時に学校帰りに岡橋医師の家にやってきた愛奈ちゃんは、岡橋に言われてワインをコップに次いだ。多分無理やり飲まさせられたんだね。そして岡橋に襲われたんだよ。私の考えだと多分ハサミを持ち出したのは岡橋だよ。これで愛奈ちゃんの衣服を切ろうとしたんだ。ところが愛奈ちゃんはあまりにも怖くてパニックになって、咄嗟に床に転がったアイスピックを手にして、思わず襲ってくる岡橋医師を」
都はここで唇をかんだ。
「大の男に無理やりエッチな事をさせられた事。そしてその人を殺しちゃったことにショックを受けた愛奈ちゃんは気絶しちゃった。3時間後、この家に私のカルテを盗みにやってきた貝原さん、あなたは、リビングで岡橋さんの死体と気絶している愛奈ちゃんを見つけて何があったのかを察知したのでしょう。あなたは愛奈ちゃんを殺人の罪から助けるために行動を起こした。愛奈ちゃんの体を縛ってボストンバッグに入れ、凶器から愛奈ちゃんの指紋を拭き取った。ただここであなたはミスをしました。現場に落ちていた血まみれのハサミを見て、あなたはそれが凶器だと勘違いした。だからハサミの指紋を拭き取ったんです。本当の凶器は岡橋の死体の下にあったんですから」
貝原は下を向いたままガタガタ震えている。
「貝原さん、あなたはそのことを新聞で知ってびっくりしたでしょう。それに報道された死亡推定時刻…自分には完璧なアリバイがある事も知ってしまったんです。犯行時刻、あなたは中村巡査に見張られていたことをずっと知っていたんですから。だから、あなたは犯行を免れるトリックではなく完璧なアリバイを持つ自分が犯行が可能なように見せかけるトリックを仕掛けたんです。本当によく考えましたよ。このトリックの巧妙なところは、普通トリックてのはその存在がバレてはいけない。でもあなたのトリックは存在がバレる事が前提で、バレた後で勝手にそのトリックの意味を誤解させる二段階のトリックなんですから。さらにあのレシートで私たちを廃屋におびき寄せて、彼女を監禁させている現場を押さえさせればいい」
「じゃぁ、まさか小屋を燃やしたのは」
「指紋を取らせないためだよ」
都は言った。
「謎の指紋の人物が出入りしていたか、警察は当然鑑識を回す。この時謎の指紋と貝原さんと愛奈ちゃんの指紋を分別する作業で愛奈ちゃんと謎の人物の指紋が一致すれば愛奈ちゃんが岡橋さんを殺してしまったって事がバレちゃうから」
「嘘よ!」中村が絶叫した。
「こいつは愛奈ちゃんの前で自分は岡橋医師を殺した。見られたからエッチな事をして殺すって何度も言っていたんだから。こいつは性犯罪者なのよ!」
「それが貝原さんが愛奈ちゃんを監禁したもう一つの理由だよ。恐怖で極限状態の女の子に何度もそういう事を言って怖がらせて暗示をかけるように記憶を操作したんだよ。性犯罪被害者は記憶が飛んだり解離したり恐ろしい現実から逃避したり心が耐えられなくてそういう事が起こるみたいだね」
都は中村を見た。
「不完全ではあるんだけど、貝原さんには過去に“成功例”があった。中村巡査…」
中村巡査の目が硬直した。その時貝原が突然絶叫する。
「やめろぉおおおおおお。彼女は関係ない!」
立ち上がって都と中村の間に割って入ろうとするのを長川と結城が押さえつける。
「わ、私…」
中村の目から涙が流れてきた。彼女の記憶が戻ったのだ。あの時自分に酷い事をしたのは、お母さんが務める会社の社長…お母さんは泣きながらそれを見ているだけだった。中村は自分にされた事よりもお母さんに見捨てられたことの方が辛かった。だから記憶を封じ、周りの大人の言う通り犯人が貝原であると記憶を改修した。
「いやぁあああああああああああああああああああああっ」
中村桃子は絶叫し耳をふさいで崩れ落ちた。
「岡橋医師のパソコンからデータを復元してゲスいメールを入手してとっくに判明しているんだ。お前は9年前何もしていない…冤罪だと…」
「ど、どうして」
貝原は顔面蒼白になった。
「あなたのトリックはご都合主義の推理小説みたいなんです」
都は言った。
「あの時中村巡査が尾行をやめたのは自殺騒ぎがあって応援要請があったから、あの事件がなければ尾行を続けていたはずなんです。推理小説だとすればご都合主義だけど、あなたが今まで自分に降りかかった偶然を吟味して必死で考えた末の“犯人になるためのトリック”だと考えればすべてつじつまが合います。それに瑠奈ちゃんの言葉もヒントになりました」
「アリバイがある奴が犯人って奴か」
結城が言った。
「アリバイがある容疑者がアリバイトリックを仕掛けていれば、私たちは無条件にその人を犯人だと思う。このトリックにはそうやって私たちに貝原直人が犯人だと絶対的に思わせることが必要だったんだよ。だって、指紋と言い証拠はいくらでも残っているから。でも私たちは貝原さんを疑っていたために、拉致された小学生の愛奈ちゃんはその指紋を照合されることもない…あなたはそうやって自分が貝原を殺害して愛奈ちゃんを誘拐、性的暴行を加えた犯人だと見せかけ、愛奈ちゃんの魂を救おうとした」
都は震えている中村巡査を助け起こして壁に寄せたパイプ椅子に座らせた。
「既に謎の人物の指紋と篠原愛奈の指紋は照合され一致したよ」
長川警部は貝原直人に言った。
「でもなんでだよ」
結城が貝原に聞く。
「愛奈ちゃんはまだ12歳だぞ。それに状況を考えれば正当防衛だ。彼女が罪に問われる可能性はない。だがお前の場合そうはいかない。場合によっては死刑の可能性だってある。なんで…なんでここまでして」
「俺のせいだからだよ」
貝原は顔を覆って吐き出すように答えた。
「俺があの時、犯人になろうなんて思ったせいで、あの子がこんな目にあってしまったんだ!」

6

「俺は子供のころ母さんと2人暮らしだった。僕は小さい時からずっと学校でもいじめられて、中学を卒業した勤め先でもそうだった。俺、本当に人が当たり前にできることが出来ないから、いじめられるのは仕方ないんだけどな」
彼は口には出さなかったが思い出していた。小学校のオバサン教師から目を付けられ、ほんのどうでもいい事で病弱で仕事で忙しいお母さんが呼び出された。彼はそのたびにお母さんが住み込み先で怒られているのを見て必死で教師やいじめっ子のいう事を聞いて、なすがままになった。同じようにいじめられている男の子とクラスで担任も見ている前で殴り合いをさせられ、相手の男の子がかわいそうで一方的に殴られて居たらその男の子はいじめの標的から外された。中学校の修学旅行ではテレビ局の行楽中継の前で名前の書かれた紙を持たされて全裸で踊らされ、それがYouTubeに現在も残っている。
「大島医療器具の事務員で、俺は凄まじいいじめを受けていた。倉庫でロープで吊り上げられて鉄パイプで尻を叩かれたり、電流を流されたり、労働時間は20時間以上、給料も払ってもらえなくて社長の残飯を1食1万円で買わされていた」
「なんでやめなかった」
長川が言うと、貝原は小さく笑った。
「職場では全裸だったからね。一度逃げた時は警官に公然わいせつで逮捕され、引き取りに来た社長に会社に連れ戻された後背中をバーナーであぶられ、無理やりエッチな入れ墨を入れられたよ。逮捕した警官に僕は必死で訴えた。助けてって…。でもお母さんのことを聞かれてこれ以上は何も言えなかった」
彼は喋りだした。多分生まれて初めて自分の苦しみを聞いてくれる人に出会えたからかもしれない。彼の告白に長川は俯きため息をついた。時期的に彼女の入庁前とはいえ、警官の怠慢のせいで正義から零れ落ちた市民の告白に辛いものがあるのだろう。
「そんなあるとき、社長も他の社員も急に優しくなったんだ。社長の取引先の医師が社員の娘に性的暴行を加えたそうだ」
「私の事ね」中村が顔を覆いながら声を震わせる。
「あの時だけは君の友人の渡邊さんが児相に相談したせいで隠し通すことは出来なかったそうだ。あの人たちはこういった。―君だけがこの会社を助けられる。社長も医師も十分に反省しているし、君が罪をかぶればみんなが貧困から助かる。母さんは会社が守るからお願いだ助けて-って。僕は母さんの苦労をしていたから…いや、違う。拒否してまたリンチされるのが怖かっただけだ。俺はあの時最悪な選択をしちまった。警察は社長や社員の話を信じて、俺も自分がやったと刑事に認めた。刑務所生活でも無理やり掘られた入れ墨のせいでいじめられたけど、でもリンチもされなかったし食事も出たし、作業はやりがいを感じたし、苦しくはなかった。これでみんなが助かるならって俺は思っていたんだ。でもそのせいで母さんが自殺して…それを知ったのは母さんの住んでいた家に帰ってきたときだった。近所の人が教えてくれたんだ」

「会社から損害賠償を起こされてわずかな財産も全て賠償に回して残りを払うために必死で働いて体を崩して…」
近所のオバサンにその事を初めて知らされ、団地の前で残虐な現実を知った彼は自分の過ちに気が付いて泣き崩れた。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああ」

都も結城も彼の苦しみに満ちた告白に感情がざわつき、目を見開いた。
「あいつらも医師も反省なんかしていなかったんだ。俺はこの時母さんを殺してしまった事に気が付いた。俺は死のうと思ったんだよ。そして街の近くの高校に侵入して屋上で飛び降りようと思った。そしたらこの高校の女の子が飛び降りようとしていた。俺は必死で止めたよ。彼女は泣きじゃくりながら言ってたよ。岡橋医師に体を撮影され性的虐待を受けているって、そして友達をあそこに連れて行かなければ写真をばらまくって言われたって…。彼女の震える顔を見ていた時、俺が彼女を強姦したんだとわかったんだ。俺があの時やってもいない罪を認めたせいで、母さんは自殺し、その女の子みたいな被害者が生まれてしまうって…」

震える少女に貝原は言った。
「俺がどうにかする…大丈夫だ。君は何も悪くない」

「だから、あの時岡橋医師の部屋に侵入したんだね」
都は言った。「女の子の体をコレクションするためじゃなく、女の子を縛り付ける鎖を消滅させるために」
「これを持って警察に行くつもりだった。そうなれば岡橋医師も大島社長も終わりにさせられるはずだった。でも俺は見ちゃったんだよ。あの時岡橋医院に向かっていたあの子が、愛奈さんが奴の死体とともに倒れているところを…。何が起こったのかすぐにわかったよ。あの子は俺のせいで、性暴力どころか人を殺す経験までしてしまった。さっき刑務所は楽だったって言ったね。訂正するよ。本当はつらかったんだ」
貝原は泣き叫んだ。
「背中の幼女の裸の入れ墨が罪の証となって押しつぶした。女の子を苦しめる罪を背負う事の苦しみ、まるで自分がしてしまったみたいに自分自身を押しつぶすみたいで、夜が来るたびに発狂しそうになるんだ。まるで自分が悍ましい怪物になってしまったみたいに。正当防衛とかそんな問題じゃない。その苦しみを自分のせいであの子に背負わせられるか? 俺はあの時決めたんだ。この子の罪を引き受けることが償いだと」
貝原は立ち上がって都に縋りついた。
「あの子の前でひたすらあの子をレイプした殺人犯の演技をしている時、俺が刑務所で感じた苦しみに整合性が取れていく感じがしたんだ。頼むよ、都さん。このまま僕が岡橋医師を殺したことにしてくれ。俺は天涯孤独だしどのみちこの社会で生きていてはいけない人間だ。でも愛奈さんはそうじゃない。大島も岡橋もいなくなった今、今度こそ俺が全てを背負えば全て解決するんだよ!」
「そんなことないよ」
都はまっすぐ貝原を見据えた。
「貝原さんが優しい人だって事はよくわかったよ。初めて会ったときもわざとそんなことを言って岡橋医院に通わなくさせようとしたんだよね。でも貝原さん、中村巡査を見てください」
中村巡査は口を押えて震えながら涙を流していた。貝原は呆然と立ち尽くす。
「あなたがそんなことをしたら中村巡査みたいな女の子をもう一人増やすことになっちゃうよ。中村巡査は今全てを思い出したって言ったけれど、本当は記憶を喪失したわけじゃない。必死でそう思い込もうとしただけ。それがどれだけ中村巡査を、優しい女の子を苦しめ罪悪感で傷つけたかわかりますか」
都は貝原を見つめた。
「彼女は何も悪くはないっ」
貝原は絶叫した。
「自分でやってもいない罪を引き受けたあなたがそう言って、中村さんは自分を許せるのかな」
貝原は言葉に詰まった。中村は泣きながら震えている。
「今愛奈ちゃんは自分の本当の記憶と作られた記憶の中で混乱して怯えているんだ。今愛奈ちゃんを助けるには本当に記憶をみんなが受け入れて愛奈ちゃんを一緒に支えてあげる事。それがあの子を助けることになるんだよ。貝原さん、愛奈ちゃんを助けてあげてくれないかな」
「あ、あ・・・ああああ」
都がにっこりと笑うと、貝原は椅子に崩れ落ちそのまま机に顔をうずめて号泣した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ああああああああああああああ」
貝原の憑き物が落ちたような号泣を結城も長川も黙ってみていた。中村巡査は口を覆って目から涙をぽろぽろさせながら貝原という男の真実の姿を見ている。
 女子高生は貝原の手をそっと取った。
「私も岡橋医師に脅されて居たら、きっと何もできなかったと思う。怖くて。貝原さん、ありがとね」

「貝原さん、どれくらいの罪に問われるのかな」
 鈴木と西野刑事に促され廊下を歩いていく貝原直人を見送りながら、都は長川警部に聞いた。
「非現住建造物放火、未成年者略取、窃盗、住居侵入。罪自体はかなり重いだろうが、上層部がごちゃごちゃ言う前にさくっと冤罪を明らかにして大島社長を送検すれば、情状酌量がついて執行猶予に出来るかもしれない。彼のやろうとしたことは性犯罪被害者を助けようとしたことだからな」
長川がそういうと中村巡査は
「私も協力します! 都さん。とても辛かったけど、今回の事で少しは楽になったわ。ありがとう」
と都と握手して歩いて行った。
「あいつがいなければ、お前が性犯罪被害者になって、俺は何もできなかったのかもしれないって事か」
結城はため息をついた。
「いや、都なら結城君を信じて相談すると思うよ」
長川は言った。
「君はそういう奴だ」
長川は結城にウインクすると歩き去った。

 病室で目を覚ました愛奈に中村巡査は寄り添っていた。
「お巡りさん…私、私、ごめんなさい…ごめんなさい」
愛奈は涙をぽろぽろ流していた。中村桃子は優しく愛奈を抱きしめた。
「何も心配しないで愛奈ちゃん、あなたは悪くない。何も悪くないから」

「お前のやったことは全てネットにアップされている。従業員への暴行、冤罪を作って無実の人間を陥れた偽証。未成年者複数に対して親の上司と言う権力を使って性交を強要した罪」
長川警部は取調べで真っ青になった大島社長に宣告した。
「必ず全部有罪にする。貝原氏の味わった苦しみを今度はお前がたっぷりと味わってもらう。いいか。あんたの罪は懲役20年くらいにはなるからね!」
「ああああああああ」
大島は悲鳴を上げた。

「どうしてあなたは社長がコレクションしていた画像をネットに流出させたのですか?」
隣の取調室で西野舞刑事が篠原玲に聞いた。
「それが、愛奈に対する償いだからよ」
篠原はやつれた声で答えた。

 高校の屋上-。都は一人少女が来るのを待っていた。
「都! 来たよ、どうしたの?」
遠藤楓が笑顔で屋上に現れた。
「ふふふ、事件解決の報告をしに来たんだよ」
都の笑顔に楓は全てを悟った。
「警察が教えたの?」
「ううん、個人情報だし警察は教えてくれなかったよ。でもあの時楓ちゃんは私に岡橋医院を薦めた。千尋ちゃんを介して。貝原さんが『友達を連れて来ないと写真ばらまくって脅されていた女の子の自殺を止めた』って言ったの、楓ちゃんだったんじゃないかな」
楓は何も言わずに手すりにつかまって校庭を見た。
「ごめんね」
「謝る事なんてないんだよ。だって瑠奈ちゃんと千尋ちゃんが一緒に行くように言ってくれたの楓ちゃんじゃん。私が行けばきっと貝原さんを助けてくれると思ったんだよね」
「あの人がいなかったら、私死んじゃってた」
楓は笑顔だったが目は涙でにじんでいた。
「あの人が岡橋医師を殺してしまうんじゃないかって思っていたんだもん。私あの医者にされたことが怖くて親にも言えなくて、お風呂の鏡に映る自分の体が汚くて目が変わっちゃっていたんだ。あの時の私の目とあの人の目が同じだった」
「優しい所もね」
都は言った。
「私があの人の本当の姿に気が付いたのは、警察に捕まるときに優しく地面において、危険がないように体を離したこと、そしてレシートにホームレスで大変なのにちゃんとしたご飯を食べさせていた事…それが女の子を虐待する変態のイメージと全然合わなかったんだよ」
「私は優しくないよ」
遠藤楓は笑った。でも都は背中を向けて言った。
「私が言いたかったのはね。楓ちゃんが私をあの病院に連れてきてくれたから、貝原さんの冤罪がわかって、2人の女の子が助けられたって事なんだよ」
楓の頬に涙が伝った。
「ねえ都。里美や千尋や瑠奈も誘ってさ、駅前のケーキバイキングに行こうよ。学生女子限定800円」
「どぴゃぁあああああああ、これは行かなくちゃいけない」
都は目を輝かせた。そして楓と肩を組んでルンルン気分で屋上を降りて行った。

おわり

地獄時間殺人事件 事件編


3

「くひひひひ」
その日産婦人科医岡橋優三の自宅リビングで死体を前にして両手を血に染めながら興奮した状態で凶器を手にしている眼鏡の優男貝原直人。彼は市街落ちから離れた畑にある廃屋で、事件現場を下校していた小学生篠崎愛奈を拉致監禁していた。
「へへへ、見られちゃったねぇ。僕が人を殺しているところを見ちゃったねぇ」
血走ったタガの外れた笑顔を少女に向ける貝原青年。
「大丈夫だよ。いっぱいいっぱいこれからエッチな事をしてあげるから、君がこのまま殺されても後悔しないよう、一生分のエッチな事をしてあげるからね」
涎を誑しながら迫ってくる貝原。怯え必死でさるぐつわの下からお母さんに助けを求める愛奈。

「一刻も早く愛奈ちゃんを助けなければ、彼女は殺されてしまう」
常総高校の来賓室で長川警部は女子高生探偵島都にそう断言した。

【容疑者】
・島野里美(16):常総高校1年6組
・遠藤楓(15):常総高校1年6組
・篠原愛奈(11):小学6年生
・篠原玲(32):大島医療器具事務員
・大島光義(51):大島医療器具社長
岡橋優三(44):岡橋産婦人科医院医師
・渡邊尚子(24):看護師
・貝原直人(32):無職
・草薙純也(48):交番勤務警察官。警部補。
・中村桃子(20):交番勤務警察官。巡査。

「ここが殺人現場だね」
都が結城竜、瑠奈と一緒に長川に通されて、事件現場の岡橋優三の自宅のリビングにやってきた。現場にはテープで死体の状態が記録され、いくつか鑑識の目印が存在している。絨毯には血の海が出来上がっていて茶色く変色している。
「わっ」瑠奈が口を押えた。
「最初に遺体を見つけたのは看護師さんだったよね」
と都。長川朋美警部は頷いた。
「ああ、岡崎医師を最初に見つけたのは渡邊という彼の開業医医院に勤める看護師だった。カルテの整理に行くと自宅に戻ったのち帰ってこないので不審に思ったらしい。もちろん、この自宅は裏口からも入れるし、裏口は人目につかないアパートの駐輪場だから侵入自体は簡単なんだが」
「侵入経路はわかっているの」と都。
「ああ」
長川は事件現場の裏にある物置に都を誘導した。
「そこの換気窓だけ鍵がかかっていなくてな。そんでもってそこから誰かが侵入した形跡もありかすかに血痕も発見された。さらにそこから貝原直人の指紋が発見されたんだ」
「貝原の指紋が?」
と結城が素っ頓狂な声を上げた。
「どう見たって貝原は黒じゃねえか」
「いや」
長川はため息をついた。
「貝原はさっきも言ったように18時までは中村巡査に監視されていてアリバイは完璧なんだ。死亡推定時刻は15時から16時。そして遺体発見は19時。そして被害者岡橋は15時までは渡邊看護師と一緒に患者の治療に当たっている。警察は死亡推定時刻は発見から3‐4時間前と推定したが、仮に18時以降に貝原が殺した場合発見された死体の死亡推定時刻は30分から1時間前になってしまう。鑑識が間違えるわけがない。奴に貝原に岡橋を殺害するのは物理的に不可能ってわけだ。それに」
長川は頭をかいた。
「貝原がこの場所に侵入した正確な時間はわかっているんだ。それと動機も」
長川は換気窓を開けて駐輪場を指さした。
「あそこに監視カメラがあってな、貝原が18時30分に侵入し18時50分に出ていくのがはっきり映っているんだ。しかも出ていくときには侵入時になかったリュックサックを背負っていた。このリュックは被害者のものだとわかっているが、同時に2階のパソコンルームに保管されていた患者…お前も含まれるがな…それの患部を撮影したものが盗まれていた」
「ひぃいいいいいいいいい」
悍ましい現実に都が素っ頓狂な声を上げる。
「冗談じゃねえぞ。早く捕まえろよ」
結城が女警部に詰め寄る。
「おそらく殺人事件が発生した後、貝原はそれを知らずにこの家に侵入して女性患者のカルテを盗んでいったんだろうな」
「最低」瑠奈が声を震わせる。
「だが、貝原は岡橋医師を殺害した犯人ではない」
長川はリビングに結城、都、瑠奈を連れて戻った。
「実はこの殺人現場で凶器などから血染めの指紋が見つかって。おそらく凶器はアイスピックで腹を一突きされて、そのまま引き裂かれたようなものだとわかった。凶器は死体の下にあって、犯人の指紋が出てきた」
「その指紋は貝原のものなのか」
結城の質問に長川は首を振った。
「別人のもので警察署にもデータはなかった。ただ、鑑識結果からするに犯人はかなり異常な奴だぞ」
長川はリビングに面したキッチンカウンターを指さした。
「冷蔵庫からワインを取り出してついで飲んだ形跡がある。それに指紋の付き方から考えて犯人は堂々と玄関から出入りしているんだ」
「でも表通りって通学路になっているわけだし、死亡推定時刻の15時に誰かに見られる可能性は高いだろ」
結城は声を上げた。
「現に通学途中だった愛奈ちゃんに見つかっちゃった可能性が高いんですよね」
瑠奈は声を上げた。
「だからもしかしたら顔見知りの可能性があるが、岡橋医師はカルテを保管しているという理由で誰も家に入れない性格で彼の親戚や知人も彼の家に入っていた人物はいないそうなんだ。現に家の中には彼と犯人と貝原の指紋以外は検出されていない。そして貝原の指紋はカルテ保管室と侵入口の物置しか発見されていないんだ」
「つまり貝原は無関係って事だよね」
「でも手袋をしていた可能性はあるんですよね」
瑠奈が声を上げた。
「確かに犯人がゴム手袋を使って指紋をふいた形跡はあるんだ。今は署に保管されているが台所にあったハサミ…あれが現場に落ちていて犯人がそれをゴム手袋で持ってぬぐった形跡はあるんだ。現場からもゴム手袋が触った痕跡がいくつか存在している。ただだとするとおかしいんだよなぁ」
長川はため息をついた。
「犯人はゴム手袋をして指紋が付かないようにしていた割には凶器にも玄関にもあっちこっちに犯人の指紋が残っていて、本気で指紋を隠そうとしていたのかわからないって事だよね」
都が指摘すると長川は「ああ」と頷いた。
「でも見方を変えればこういう事も言えるんじゃないかな」
都は長川の目をじっと見た。
「確かに現場は指紋をゴム手袋で隠した痕跡と指紋を押し付けた形跡が見られるんだけど…もし真犯人がゴム手袋をした人間でその人物が現場を偽装するために別の人の指紋を押し付けたとしたら」
「なるほど」長川も考え込んだ。
「やはり怪しいのは貝原さんだね」
都は言った。
「何かしらアリバイトリックや指紋の偽装を使ったのかもしれないって事?」
瑠奈が聞くが、長川は「いや、無理だ」と断じた。
「凶器のアイスピックにあった正体不明の指紋は間違いなく生きている人間が直接触ったものだ。分泌物の状況から死体の指や保存された押捺物が触ったものではないと鑑識が報告している。それに血液との付き方からして死亡推定時刻に触った指紋だという事は間違いない。死体には動かした痕跡はなかったし、体の下にあるアイスピックを偽装する事は不可能だ」
「そっか」
都は頷いた。彼女はしばらく思案してから、
「ねぇ、長川警部。中村巡査はなんで途中で貝原さんの尾行をやめちゃったの?」
「応援要請が来たからだそうだ」長川は言った。
利根川の大きな橋で自殺志願の女性がいるって通報があってな。女性は保護されたんだが、その対処の為に中村巡査は貝原の尾行を切り上げたそうだ」
「都、お前貝原を疑っているのか」
結城は考え込む都を覗き込んだ。
「まぁ、この上なく怪しいうえにアリバイだけが完璧ならこれは犯人プラグ立ちまくりだろうが」
「だとするとこれは出来の悪い推理小説みたいね」
瑠奈は言った。
「どういうこと?」考え込んでいた都が目をぱちくりさせる。
「だって、女性が自殺未遂をしたっていうのは偶然じゃない。貝原さんにどんな凄いアリバイ工作があったとしてもそれを成功させる背景が偶然だらけって、下手な推理小説みたいだよ」
瑠奈は都に言った。
「警部、その女性と貝原がつながっているって事はないか」
結城は言った。
「貝原とその女性が示し合わせたか…。それはないな。彼女はアフリカのブルキナファソから来たバスケ留学生で、日本の天候に馴染めずホームシックになって錯乱したのが原因だ。入国時期などを見ても貝原と接触する機会があったとは考えられない」
長川は言った。

 都と結城、瑠奈は聞き込みに行くという長川を見送って現場前の道路に立ち尽くした
「早く犯人を捕まえないと…愛奈ちゃんが危ないのに」
瑠奈は昨日貝原に襲われて怯えていた小さな少女を思い出した。結城もイライラしたように貧乏ゆすりをし始める。
「これからどうする」
都に聞くが都は上の空だった。彼女はだぶだぶのズボンに汚れたTシャツの眼鏡の男を見つめていた。そいつは都を見つけると慌てて目をそらして電柱に隠れた。
「まてぇつ」
都は再び走り出した。
「都、誰だ」結城が走って都を追いかける。
「あのTシャツ眼鏡」
瑠奈は言われてはっと思い出した。そいつは都を襲った貝原と同じ服装をしている。
「俺に任せろ」
結城は物凄い脚力で都を追い抜かした。男はパイクールのような動きで駐輪場の金網を飛び越えるが結城も驚異的な脚力で金網を飛び越える。昼間の児童公園を走り抜け、住宅地の道路をひたすら走って小学校と団地に挟まれた植え込みに逃げようとして結城に襟元を捕まれて引き倒された。
「ふざけやがって」
結城は男を押さえつけた。貧相な眼鏡の男は「痛い痛い痛い」と泣き声を上げた。
「お前は貝原か」
騒ぎを見た体育の先生と子供たちが金網越しにこっちを見ている。
「お前は貝原か?」
「違う。俺は貝原って奴に貝原と同じ格好でこの町をおとといからうろつく様に言われていただけだ」
「何ぃ」
「ほ、本当だよ」
追いかけてきた都が苦しそうに胸を抑えた。「この人じゃない」

 交番で結城が捕まえた佐々木和彦という30歳の無職を中村桃子巡査は確認した。
「中村さん。この人と間違えていたって事はないかな」
中村桃子は顔面蒼白になったが、都の質問に頷いた。
「そうかもしれない。衣服は特徴的ですし、体格も顔つきも眼鏡も同じです。貝原はホームレスでしたから衣服はこれだけだと思っていました」
「その心理的盲点を突いたのか」
結城はパイプ椅子に佐々木を座らせながら言った。
「つまりあんたは5万円もらってこの格好で2日前からこの街でふらふらしていたと」
「お金がなくてパチンコ出来なくて困っている俺に、5万円やるから2日前からこの服装で街をふらついてくれって頼まれたよ。眼鏡をかけた貧相なお兄ちゃんだったなぁ」
佐々木はへらへら笑った。
「貝原、ホームレスですよ。どうやって5万円持っているんですか」と中村巡査。
「金持っているホームレスもいなくもないが、奴の場合刑務所の作業報奨金として10万近くはもらっているはずだ」
と長川。中村はぐっと唇をかんで
「あいつが刑務所で作業して金貰っていたんですか」
と吐き捨てるように言った。その様子を結城はじっと見つめた。
「中村巡査。俺ネット記事で調べたんだが」
中村は一瞬結城を見てからため息をついた。
「ええ、貝原に8年前に性的暴行を受けた女の子は私よ。私がこの男に騙されなければ、あの子は、愛奈ちゃんは…」
悔しそうに涙を流して拳を叩きつける中村巡査。
「なんか、俺悪い事をした?」
佐々木はきょろきょろ一同を見回す。
「お前生活保護受けているんだろ。ギャンブルやめるように治療うけろ」
草薙は呆れたように言う。その時長川警部が交番にやってきた。
「ちっと指紋を取らせてもらうぞ。それから警察で事情聴取。いい?」
かつ丼食わせてくれるならいいよ」
へらへら笑いながら佐々木は鈴木刑事が用意したキットで素直に指紋押捺に協力した。
「佐々木さん。あんた今貝原がどこにいるか知らないか」
「わからねぇ。俺も貝原も携帯電話持っていないし。現金も先払いだったし…あ、でも」
彼はふと手にしたリュックからレシートを取り出した。
「リュックの中にこんなレシートが入っていたぜ」
長川はレシートを手に取るとそこには産婦人科近くのコンビニのレシートがあり、パンやジュース、コンビニ弁当、アイス、トイレットペーパー、氷枕などが書かれたものが大量に出てきた。
「おい、これってもしかして監禁している誰かに食事を与えているって感じじゃねえか」
と結城。
「そういえば犯行の有った岡橋医師の部屋からは、現金が数万円消えていたぞ」
長川は草薙から無線機を奪い取った。
「至急至急…本部より連絡」

 覆面パトカーが国道を爆走した。住宅地に入り込み、畑に通じるあぜ道を通ってコンビニ付近の廃屋に近づく。もはや事態は一刻を争う。長川は電撃戦を決断した。
「愛奈ちゃん、無事でいて」
パトカーのリアシートで必死で祈る瑠奈。そんな瑠奈の背中を都は何度もさすった。

「ふふふふ、もう終わりだ。でも大丈夫だよ。僕のおかげでたっぷりエッチの味を覚えたんだから、もういいでしょう」
貝原は「ひひひひひ」と笑いながら部屋中に灯油を撒いて、怯える愛奈の前でライターを発火して見せる。

「この近辺で廃屋はここだけか」
「ええ、空き家はここだけです」
鈴木に報告され、長川と刑事たちが突入準備を始めた時だった。突然小屋が爆発し、燃え上がった。
「な、何ッ!」

4

 炎上する廃屋を前に長川警部は真っ青になった。
「ま、まさかあの中に愛奈ちゃんが」
その時だった。鈴木が「警部。廃屋の裏側に不審な男が」と叫んだ。長川警部ははじかれたように走り出す。
廃屋裏側の草むらにボストンバッグを手にした男が警察官に包囲されていた。男は何やら大きなブツが入ったボストンバッグをゆっくり地面に置くと木の枝を拾って振り回し始めた。
「うわぁああああ、畜生、畜生! 来るなぁ」
眼鏡をした青年。その青年の顔は警官の包囲の後ろ側から現れた都、結城、瑠奈…そのうち都と瑠奈ははっきり覚えていた。
 間違いなかった。この男が貝原直人だった。
「野郎―――――」
長川は枝を振り回す男のディスプレイの動きを読み、確実に表れる隙をついてタックルをかまして貝原はひっくり返り、多くの刑事が折り重なって確保した。
「愛奈ちゃん!」
都は必死でボストンバッグのチャックを開けて中身を見た。手足を縛られ口をふさがれた少女、篠原愛奈の体がそこにあった。
「あ、愛奈ちゃん」
都が目を閉じたままの愛奈に震える声で話しかける。後ろにいた瑠奈が恐怖に口を押えた。
 愛奈の目が痙攣するような瞼の動きとともにゆっくり開かれた。
「良かった。もう大丈夫だ。よく頑張ったなぁ」
結城が彼女のロープを外そうとするが、突然愛奈はさるぐつわのまま「んんんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と絶叫を上げて目の瞳孔が極端に小さくなるくらい凄まじい恐怖の声を上げると再び気絶した。
「愛奈ちゃん? 愛奈ちゃん?」都が必死で語り掛ける。
「てめぇえええ」
結城が未成年者拉致監禁容疑で手錠をかけられ引き立てられた貝原直人に掴みかかった。
「あの子に何しやがった?」
「愛してあげただけだよ。うひひひ」左右で焦点の合わない目でへらへら笑いながら貝原は笑った。
「あの子は気持ちいいです。嬉しいですって、泣いて喜んでいたよぉ。ふひ」
「ふざけんな!」結城が貝原の首を締めようとするのを長川は手で制して、
「愛奈ちゃんの容態確認と保護を! 救急車を呼べ」
と応援の為にこの場所にいた中村桃子巡査に命じた。

 救急車が市民病院に入った。
「大丈夫ですよ」
優しそうな医師が胸を押さえて駆け付けた篠原玲に笑いかけた。
「多少精神的ショックで衰弱していますが、命には全く別状はありません。ただ…」
医師はため息をついた。
「お子さんはかなり酷い性的虐待を受けています」
体を震わせショックを受けていた玲だったが、
「いえ、愛奈が無事なら。愛奈の命が助かっただけでも神様に感謝します。私が全力で愛奈を支えます」
と涙を流し崩れ落ちた。
 診察室の外で待っていた大島社長は
「愛奈ちゃんはいつ退院出来るのかな?」
と玲に聞いた。
「お医者様は1週間は様子を見て欲しいと」
「あのホームレスがレイプしたんだろう。くそっ、もう愛奈は終わりだな。とっとと孤児院にでも捨ててこいや」
大島社長の目は冷徹だった。
「最初からそうしておけば良かったのです」玲は歯ぎしりして言った。
「どんなに愛奈が望んだとしても私みたいな人間に愛奈と一緒に暮らす権利などなかったという事です」
反抗的な部下の口調に社長は歯ぎしりする。
「てめぇ。俺から逃げられると思ってねえだろうな」
「思っていませんわ。あなたの下で一生搾取され続けるのが、私の償いですから」
「帰ったらたっぷりお仕置きをしてやるよ」
低い低い声で言いながら大島社長の顔が残虐に崩れた。

 警察署の取調室-。長川警部と貝原直人は向かい合っていた。貝原はふてぶてしい態度でそれでも全てを認めた。
「ああ、佐々木って生ぽ受給者に金を払ってあの婦警が監視している中でアリバイ工作を頼んだんだ。あの医院にかわいい女の子があそこを見せに来たからねぇ。その写真がないか確かめに来たんだよ」
「ち」マジックミラー越しに結城は歯ぎしりしたが、都は表情を崩さなかった。
「そしたら、あの岡橋医師に見つかって。グサッとやってやったんだよアイスピックで。俺が侵入した事がばれてもアリバイになる様に、わざとお18時に裏口からもう一度侵入した。そうすれば万が一室内から俺の痕跡が出てきても言い訳出来るだろう?」
「もう一つ聞かせてもらおう」
長川はじっと貝原を見つめた。
「お前以外に犯行現場に誰かいただろう。そいつは血みどろの凶器のアイスピックを手に持ち、リビングでワインを盗み飲みしていた。お前の共犯者だよ!」
「イタチ人間だよ」
「は?」
「僕の意識の中から現れて僕の代わりに忌々しい医師を殺してくれた僕の影の存在だ。ひひひひひ。彼は僕を導いてくれたんだ。甘い愛奈ちゃんとの結婚生活にね。ひひひひひ」

「怪しいな」
長川警部は廊下を歩きながら都に語り掛けた。
「何か隠してやがる。あいつ」
「警部もそう思う?」都も考え込んでいた。
「都、お前もあの取り調べがおかしいと思っていたのか」
「ううん、もっと前だよ」
都はきょとんとする長川を振り返った。
「佐々木さんがお金をもらって中村巡査を騙すためにアリバイ演技をしていた件、普通に考えておかしいんだよ。結城君だったら知らない人から5万円もらって自分の格好で公園を2日うろついてって言われてその通りにする? なんかその人を追いかけている悪い組織の人間に対する身代わりみたいな感じがして気持ち悪いじゃん。代わりに殺されてしまいそうで」
「それだけ金に困っていたんだろう」
結城はため息をついた。
「だったらお金だけもらって逃げれば良かったんだから。佐々木さんはパチンコ依存症でしょ。その人が2日ホームレスのふりしてずーっと貝原さんの演技を続けるって無理なんじゃない?」
「確かに」長川は頷いた。そしてしばらく考えていたが
「お前らにも教えておくか」と小さな声で話し始めた。
「実は今回の誘拐被害者の母親の篠原玲さん。彼女は実は貝原直人の元同僚なんだ」
「なんだって! って事は」
結城が言うと長川は声のトーンを落とすように言って、
「ああ、貝原は大島医療器具の元従業員。大島社長によれば仕事のできない達だったらしいが、22歳の時同じ職場の同僚の娘、つまり少女時代の中村巡査に性的暴行を加えていたらしい。その時余罪が出てきて懲役8年食らっているんだが、その時彼女の性暴力の診断書を出したのが殺された岡橋医師だったんだ」
「貝原が犯人とすれば動機はそのあたりに隠されているってか」
結城は考え込んだ。
「貝原さんはあの時犯行を認めたの?」
都の問いに長川は
「一応当時刑事課にいた草薙警部補に聞いたんだが、会社の従業員が何度も少女時代の中村巡査を連れまわしている証言が社長や篠原さんから出ていたし、貝原本人も容疑を認めていたんだ」
「もう一人、第一発見者の渡邊看護師について何かある?」と都。
「大ありだよ。彼女は中学校時代小6だった中村巡査とは家が近所で親友。情緒がおかしくなってきた中村を心配して児相に通報したのが彼女だった。児相職員の立会いの下で岡橋医師によって中村さんから性暴力の痕跡が発見され、これによって警察が捜査されて貝原が逮捕されたんだ。親友を助けてくれたことが渡邊さんが看護師を目指すきっかけだったみたいだよ」
長川は考え込む都を見た。
「都はこの中に犯人がいると考えているのか? だが草薙、中村、渡邊、大島、篠原、佐々木、この中にイタチ人間の指紋と一致する人間はいなかった。勿論犯人の片割れと考えられる貝原もな」
都は答えなかった。
 彼女の頭の中で記憶が蘇ってきた。炎上する小屋、指紋を拭き取られたハサミ、盗まれた都のカルテ、そしてリュックサックのレシート…。都の頭の中で何かがつながった。
「長川警部…私イタチ人間の正体が分かったかもしれない」
「なんだって?」
長川が目を丸くする。
「確実な証拠をつかむために2つお願いしたい事があるんだけど、1つ目が」
都にお願いされた頼まれごとに長川と結城の目が驚愕に見開かれた。
「な、なんで…なんでこんなことを調べる必要があるんだよ」
結城が都を説き伏せる様に言うが、都は力強く結城を見た。
「この結果が分かれば、この事件のおかしな点が全てつながって、イタチ人間の正体がわかるんだよ!」
都は結城と長川を見た。

 イタチ人間が少女を襲っている。恐怖に混乱し必死で助けを求める少女が無慈悲で冷酷なイタチ人間に搾取されていく。少女は声を出すことも許されず、ずっとずっと。

 警察署のロビーの長椅子でずっと爆睡していた都と結城。結城に膝枕をしてもらって毛布にくるまっている都の頭に長川は捜査資料を乗せて起こした。
「ん、長川警部?」
都が目をしぱしぱさせる。長川は真面目な顔で都を見下ろした。
「お前の言うとおりだった」
それだけで全てを察した都はゆっくり立ち上がった。
「それじゃぁ、貝原さんの所に行こっか。存在しない殺人鬼を作り出した貝原さんの恐ろしいトリックを暴きに」

 

さぁ、全ての手掛かりは示された。岡橋医師を殺害した犯人は。現場に残っていた通称イタチ人間の指紋の正体は!

【容疑者】
・島野里美(16):常総高校1年6組
・遠藤楓(15):常総高校1年6組
・篠原愛奈(11):小学6年生
・篠原玲(32):大島医療器具事務員
・大島光義(51):大島医療器具社長
岡橋優三(44):岡橋産婦人科医院医師
・渡邊尚子(24):看護師
・貝原直人(32):無職
・草薙純也(48):交番勤務警察官。警部補。
・中村桃子(20):交番勤務警察官。巡査。
・佐々木和彦(30):無職