薮原千尋の殺人 事件編

原千尋の殺人 事件編

【容疑者】
・椚零門(62):作家
・村部奏太朗(32):国民出版編集者

3

「絶対に許せない。許せないよ…。もし岩本承平みたいな殺人者がいるなら、真由奈をあんな目に合わせたあいつらが死ぬべきなんだ」
千尋の目が憎悪に血走る。
 その様子を、ベンチの隣に座っていた男のフードの間から窪んだ眼窩の奥の赤い光がじっと見つめていた。
 ふと千尋は我に返った。
 子供たちが砂場で遊んでいた。ジャングルジムでは男の子たちが「俺はパラダイスキングだ。フォォーッ」と奇声を上げている。
千尋ちゃーん」
都が息を切らしてだらけた声を上げながらよろよろとベンチに座っている千尋まで歩いてきて千尋に抱き着いた。
「心配したよー。いなくなっちゃうんだもーん」
「ごめんごめん」
抱き着く都の頭を千尋は優しくなでた。
「大丈夫。長川警部は一生懸命考えて真実をちゃんと明らかにしてくれる人だから。相手がゴリラだってゴジラだって関係ない。力におびえて逃げる人じゃないから」
「うーん、その力の意味にもいろいろ突っ込みたいんだけど」
千尋は笑顔で笑った。
「ありがと」
「でへへへ」都は笑った。そしてふと目をぱちくりさせて
「ねぇ、千尋ちゃん、さっきまで誰かと一緒だったの?」
とキョトンとした声を出した。
「え」
千尋は一瞬焦った声を上げた。
「ベンチのお尻が温かいからさ…ん、千尋ちゃん今隠したね。さては千尋ちゃんのBL相手」
「なんで私がBLの当事者なのよ。私は野郎じゃないし」
「いやぁ、千尋ちゃんの心の中にはスケベ親父が住んでいるからねぇ」
「どういう意味よ」
千尋が都を追いかけまわし始めた。

赤い月が出ている。
「醜い、醜いですねぇ」
地下室のような空間で、黒い影が悲鳴を上げながら首に縄をかけられてもがいているのを、皮膚が焼けただれた骸骨のような男が見上げていた。彼は煙草を片手に後ろ手に両手を縛られた黒い影が恐怖の中で首に縄をかけられ、足先に積まれた雑誌の上につま先を乗せて、必死にバランスを取りながら首にかけられた縄に全体重がかからないように頑張っていた。
「人間というものは概してみんなそうですが、他者…それも立場の弱い人間に残虐行為を働きながらいざ自分が同じ目に合うと理由をつけて助かろうとするんですから」
「ごめんなさい…許してください」
涙を流しながら黒い影は声を震わせていた。必死に骸骨のような風貌の男に助けを求めている。
「少し遅すぎたんじゃぁありませんかねぇ。もし心から自分の罪を悔やんでいるならば、全ての罪を明らかにして許されなくとも彼を愛した人たちに謝るべきだったのではありませんか? しかもあなたは自分のした罪の責任を被害者に転嫁し、まるで自分が良いことをしたかのように得意げだったじゃないですかぁ。そんなあなたが自分の命に危険が迫っているからと言って、自分の生きる権利を主張するのは滑稽なんじゃありませんか」
「お願いしますっ、助けてください。僕は本当に悪いと思っているんです。もう一度チャンスをください」
「チャンスは今まで何度もあったのですよ。彼と彼を愛した人たちに心から謝罪し自ら罪を償うチャンスは…。でも君はそれをしなかった。そればかりか君が遺族や被害者を侮辱したりさらには被害者家族に何の根拠もない損害賠償を請求しようとした。いくら君が命乞いをしたって、人間命が危ない時に命乞いをするなんて簡単なんですよ。命乞いはもっと前にやるべきでした。でも君は被害者と遺族を侮辱した…」
男は床に向かって手にしていた煙草を床にはじいた。床に導火線のような油の火が燃え広がる。雑誌に突然火がついて、黒い人物の足が燃え上がった。
「ぎゃぁああああああああああ」
耐えきれなくなった黒い人物が足を折り曲げると首にロープが掛かって首吊り状態になり、苦しみに燃え上がった雑誌に足を乗せると、火傷の激痛に人形のように面白おかしく黒い犯人が躍りだす。
「踊ってください…くくく、もっと踊ってください。あなたはたっぷりと苦しんで死んでいただきますよぉ」
凍傷のせいで骸骨のような容貌の男、岩本承平は目の前で人間が苦しんで死んでいく様子を、まるで芸能人のコントでも見ているかのように不気味な笑顔で楽しみながら、ハンバーガー片手に黒い人物が不可逆的な死を迎え、苦し気な表情で硬直したまま体を痙攣させるのを見つけてへらへらと笑い始めた。
「そしてあなたの首を切り落として3Dプリンターにかけて完璧にあなたになりきって見せますよ。僕は漫画の犯罪者のように誰これに完璧になりきる変装技術はないですからねぇ。喜んでください。あなたのような屑でも生首だけは僕の復讐計画に役に立つのですから」
殺人鬼岩本承平は目が飛び出した死に顔に向かってホクホクと笑いながら語り掛ける。

「椚零門動きますかね」
鈴木刑事が金髪の髪の毛を掻きながら上司の長川警部に聞く。車で茨城県常総市にある児童館の前に長川朋美は待機していた。
「江戸川成美、34歳。国民出版社員で母子家庭。その娘が優芽、11歳」
「顔も割かし真由奈ちゃんに似ている。椚って作家がロリコンならば、まず放ってはおかない。それに今は真由奈ちゃんが入院中だしな。あいつは間違いなく動く」
長川は児童館を望遠レンズで撮影する。
「警部。あの車は国民出版の村部の車です」
鈴木は双眼鏡片手に車種とナンバーを確認する。
 村部が赤いセダンから降りたって児童館へと歩いていく。長川はその様子をカメラで撮影、さらに江戸川優芽という少女が村部と一緒に出てきて車に乗せられる様子も撮影した。
「よし、鈴木…絶対に逃がすなよ」
鈴木刑事は赤いセダンが走り出すのを雨の中、黒いブルーバードで追跡する。

 車は人気のない利根川河川敷に停車した。
 長川は鈴木を車に残して望遠レンズを片手に土手を登って、土手の上から匍匐前進でカメラを構えた。
 最大限に拡大されたカメラの画面に、椚が少女のボタンを開けてインナーシャツを丸見えにして胸を撫でている様子が映り込んだ。村部は外で煙草を吸いながら周囲を見回している。
「よし、鈴木…西野…被害者を助けろ。わいせつ目的略取現行犯」
「了解‼」
鈴木刑事は車の運転席で返事をすると、屋根にサイレンを出して鳴らしながら水たまりをはねのけて河川敷に乱入。びっくりした村部が運転席に乗り込もうとしたときには、鈴木のドライブテクは赤いセダンの進行方向をふさいでいた。
「動くな」
長川は拳銃を引っこ抜いて自動車の方向に向けながら、ドアを開けた。
「椚零門だな。そして江戸川優芽ちゃんだね」
小柄な少女が半裸で涙を流しながら頷く。椚が真っ青になって長川を見た。
「さぁ、出てこい」
長川は椚を引っ張り出すと後ろ手に手錠をかけた。運転席からは村部が出てきて両手を車の屋根に乗せ、鈴木が後ろ手に手錠をかけた。
「お前私を誰だと思っているんだ!」
「未成年者略取の現行犯。おっと強制わいせつの現行犯でもあるな」
長川警部はすっとぼけた。
「現行犯だからお前らのお友達が警察に圧力をかけても逮捕命令を撤回する事は出来ないぜ。さぁ、歩けや」
「大丈夫」
涙を流す少女に部下の西野ゆかり刑事が毛布を掛けてあげた。
「もう大丈夫だからね」

「な、なんだって」
県警本部で刑事部長が口をあんぐりと開けた。
「はい、捜査一課の長川が事件の捜査中に偶然少女を拉致監禁した暴漢を逮捕してみれば、椚氏と村部氏だったそうで」
参事官が冷や汗をかきながら阿るように言う。
「現行犯で逮捕されたとなれば、いくらなんでも私の力で捜査を停止させることは出来ない」
「この状況では、前の少女自殺未遂事件の捜査も継続して行う必要があるな。もう捜査を停止することでメリットなどない」
刑事部長は苦みをつぶしたかのような表情で「長川めぇ」と呻いた。

 警察署の前には大勢のマスコミが駆け付けて、有名作家と出版社幹部が逮捕されたニュースを伝えていた。
 改めて事件の聴取を取るために呼ばれた都と結城と千尋は会議室前でVサインする長川警部に迎えられた。
「長川警部ぅうううううううう」
都は長川の手を叩いてぴょんぴょんジャンプした。
「ざっとこんなもんよ。捜査一課は真由奈ちゃんの事件も捜査対象とすることを決定した。これであの2人は法の裁きを受けることだろう」
「ありがとおお、長川警部」
都は長川警部に飛びついてしがみつく。
「しかし、別の女の子をおとり捜査に利用したんだろう。いいのか? そんな事して」
結城が訝し気に聞くと長川は「いや、私たちは偶然現場に遭遇したんだ」と答えた。
「まぁ、連中を逮捕しなければ今回の被害者の女の子はもっと酷い目にあわされていただろうし。やむを得ない決断だったのかもしれないなぁ」
結城は頭をかいた。
「ちゃんとカウンセリングは紹介してやれよ」
「もちろん、警察の義務だ」長川は頷いた。
「ち、千尋ちゃん」
真由奈の母親の石田英恵という30代そこそこの素朴な感じの女性が会議室の廊下で千尋を呼び止めた。
「お、おばさん」
「まさか、真由奈がこんなことになった原因が、椚先生と編集長だったなんて」
英恵は真っ青になって震えていた。
「真由奈が…こんな酷いことをされて…わ、私のせいだ…私が仕事ばかりして家にも帰らなかったから」
「おばさんのせいじゃないよ」千尋は英恵の肩を抱いて会議室のパイプ椅子に座らせた。
「悪いのはおばさんの上司という立場を利用した作家と編集者…。おばさん・・・もう大丈夫だから」
千尋はおばさんと抱き合った。緊張の糸がほつれたかのように涙を流しながら号泣するお母さんを抱きしめる千尋
 その時だった。会議室の扉が開いて真っ青になった鈴木刑事が部屋に入ってきた。彼は糸の切れた操り人形のように歩いている。
「どうしたんだ、鈴木刑事」
「残念ですが」
茫然とした表情で鈴木は声を上げた。
「椚と村部は…逮捕されません」
鈴木はゆっくりと会議室にあるテレビを指さす。結城が慌ててテレビのリモコンを入れるとまさにこの警察署前で、江戸川優芽という少女が体を震わせながら話をしていた。それを母親の江戸川成美が監視するように見下ろしている。
-私は江戸川優芽。11歳です。5年生です。私は本当は椚先生にエッチな事なんてされていません。私は車の中で先生に胸やけがすると訴えて、先生は逆流性食道炎かもしれないとおっしゃられて服を脱がせて診てくれようとしただけなんです。エッチな事なんて全然ないのに、警察は…先生を逮捕するために盗撮した動画をねつ造して先生を逮捕しようとしました。皆さん、どうか反日メディアや反日警察の発表なんて信じずに、正しい情報を入手して日本を悪者にしないでください…。-

4

 まるで教育勅語を言わされている子どものような喋り方だった。長川は呆気にとられた。後ろからは母親が
-娘の事でお騒がせしてすいません。先生には前から残業で家に帰れないとき娘を送り迎えしていただいて本当にお世話になっていたんです。
「そんな馬鹿な」
長川が茫然とした声を上げたが、やがて机に拳を叩きつけた。
「完全に私のミスだ。被害者の親と加害者との関係性を考えれば、こういう展開もあり得たんだ!」
「ど、どういう事? 警部」
千尋が声を震わせる。
「つまり、あの子の母親は娘が受けている性的虐待よりも自分の会社での立場や社会的立場を優先したということだ」
「そ、そんな。上司だからって娘に性的虐待をしている上司をかばうなんて」
そういった石田英恵は次の瞬間耳を疑った。
-娘さんの被害を訴えている石田英恵さんは嘘をついています。あの人は前々から左翼思想にハマっていて、会社内でも椚先生の本を出すことに何かしらケチを付けていました。いつも日本を貶めるような発言をしていて信用できないなと前々から思っていたのです。
 開けっ放しの会議室のドアから靴音がしたので都が外を見ると、後ろに村部と弁護士の細目の男を従えて歩いている椚零門と目が合った。
「くくく、君の事は知っているよ」
椚は下劣に笑った。
茨城県で名探偵をやっているんだってねぇ。ひひひ、君みたいに小さくてかわいくて頑張っている女の子が僕は大好きなんだよ」
椚が都に手を伸ばしてきたので
「その汚い手で都に触るな」
と結城が割って入った。
「誰かね君は…失礼な奴だ。私にかかれば君がどこのだれかなんてすぐに世間の衆目にさらすことが出来るんだけどな。ひひひひひひ」
醜悪な笑いに結城は何も言い返せなかった。もはや異次元の出来事にどうこの狂った男に怒りをぶつければいいのかわからなくさえなっていたのだ。
「石田。お前覚えておけよ。ガイジの娘ともども二度とこの国を歩けないようにしてやる」
村部が後ろからぞっとするような冷徹な声で石田英恵を睨んだ。やがて椚と村部は歩き去っていく。その様子を薮原千尋は蒼白な表情で見送っていた。頭の中でおしゃべりあいうえおの音声がリピートする。
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
「死んじゃえ」
千尋は下を向きながら体を震わせた。
「あいつら岩本承平に殺されてしまえ」
千尋…ちゃん」都が心配そうに千尋を見上げた。
 テレビには警察署前で釈放された椚が記者に質問に応じている。
-この度は左翼勢力の陰謀のせいでこのような事件に巻き込まれ大変遺憾に思っています。でも一人の少女の勇敢な証言が…。
ヒヒ爺の得意げな声。その時だった。背後で携帯電話に向かって話していた村部が突然、背広の内ポケットからナイフを取り出し、そのナイフを得意げに話している椚零門の首に突き刺した。椚が何が起きたかわからないという感じだったが、ナイフがめりめりと首にめり込んでいく中で「ぐふっ、ぐぼっ」と声を上げて、恐怖の表情苦悶の表情のまま血だらけの指で村部に掴みかかってそのまま崩れ落ちた。マスコミのカメラが大きく揺れて、テレビが突然カラーバーになりスタジオに切り替わり、キャスターとコメンテーターが興奮した状態で何かを伝えている。そんな中再びカメラが切り替わったとき、血だらけのシャツの村部が記者やカメラマンを見回している。そしておもむろに自分の手に指を食い込ませてめりめりめりっと皮をめくり上げると、むき出しの歯茎、窪んだ眼窩、皮膚が解けた骸骨のような顔が視聴者の前に突然現れた。
 その様子に恐怖にしたのは薮原千尋だった。
「嘘…嘘でしょ」
血だらけのシャツを着た男は都の宿敵…。
「い、岩本君」
都ははじかれたように走り出した。

 警察署の前で岩本は剥がれ落ちた皮を投げ捨ててむき出しの髑髏のような顔で逃げるマスコミと拳銃を構える警察官を見回した。
「お前はまさか」
「動かないでください」
岩本承平はひきつった声を上げながら、上着を広げるとその体に巻き付いていた防弾チョッキのようなものを警官に見せた。
「不用意に近づくと爆発させますよ」
「お前ら、距離をとれ」
警察署玄関に出ていた長川朋美は制服警官に下がるように命令すると、拳銃を岩本に突きつけた。
「岩本承平だな。お前を殺人の現行犯で逮捕する」
 しかし岩本は長川の声を無視して警察署前のメカニック倉庫に入ると、いきなりシャッターを閉めてしまった。
「岩本‼ もう逃げられないぞ…出てこい‼」
長川は喚きながら隣で拳銃を向ける婦警に
「あの倉庫の中に地下に通じるマンホールは」
「無かったと思います」
婦警が言うと、長川は警官10人で倉庫を包囲しながら、
「今すぐ出てこい‼ もう逃げられないぞ!」
そう喚きながらゆっくり建物の間を詰めようとした直後だった。目の前を光が走って次の瞬間プレハブのメカニック倉庫は大爆発した。凄まじい爆発とともに警官が爆風にあおられてひっくり返る。
-なんという事でしょう。岩本容疑者が、突然現れた岩本容疑者が立てこもっていた倉庫が…爆発しました。
 テレビに映される爆発の様子に会議室の結城は茫然とするばかりだった。その時背後で誰かが倒れる音がした。薮原千尋が会議室のカーペットの上に倒れ転がっていた。
「薮原‼」結城が慌てて駆け寄る。
「い、岩本君」
警察が張った規制線の前で都はマスコミに滅茶苦茶にされながら爆破された倉庫を見つめていた。
「どうします」鈴木が拳銃を構えながら爆破された倉庫を見つめていた。
「消防車が来たら離れたところから消火してもらって、私たちはその間倉庫を包囲して待機! あいつは化け物の殺人鬼だ。生きていると考えて絶対に油断するなよ」
「了解‼」
鈴木は声を上げた。
 消防車が来て消火が一通り終わった。
「これで大体大丈夫です」
「了解」
都は到着した特殊部隊のトラックから降りてきたSATとともに拳銃を構えながらにじり寄るようにゆっくりと包囲網を狭めていく。そして無茶苦茶に散らばったがれきを蹴りながら内部のぐしゃぐしゃになった工具や修理機械を見回す。
「くそ」
長川は転がっている黒焦げの生首、吹き飛んだ手足を見つけた。
「岩本でしょうか…」
鈴木が拳銃を下ろしながら長川に聞いた。
「状況的には間違いないだろうが、何とも言えん。とにかく加隈の出番だな」
長川はため息をついた。
 鑑識が到着して倉庫の鑑識活動が行われている間、都はあっと声を上げて都を捕まえようとする制服警官から規制線をくぐって、長川の背後に隠れながら
「長川警部。岩本君は?」
と聞いた。
「らしき遺体は確認できたんだが、奴の事だ。あれが奴のものと確認できるまでは安心できん」
制服警官に手を制しながら長川は言った。「全く…また衆人環視の殺人事件かよ」
長川が顎でしゃくった先に死体袋に入れられる椚零門が見えた。
「みんなの前で殺人を行った理由、正体を見せた事には何か理由があるんだよ。それも恐ろしい理由がね」
都は長川をじっと見た。

 捜査室のパソコンで長川警部はYouTubeに違法アップロードされた動画を見ていた。
「長川警部‼」
小柄な女子高生探偵がぴょこんと机に現れた。
「都か」
長川はため息をついた。
「何か難しい問題があるみたいだねぇ」
都が目をぱちくりさせる。
「今回、椚零門と村部は警察署で指紋を取られている。指紋押捺が16:54、マスコミの前で爆発したのが17:35。その間奴は大半の時間を警察署員に監視されていた。指紋押捺は生きている人間から素手で採取していることは確認されているんだ」
「つまり少なくともその時までは村部は本物の村部だったんだね」
「ああ。岩本はアニメの犯罪者と違って変装はそんなに得意じゃない。変装する対象を殺して皮をはぐなり生首を3Dスキャンするなどして変装を行っている。声に関しても奴は声真似が得意な方ではあるが、まぁ、アニメで声優がいろんな作品のいろんなキャラを出しているようなもので、マネできる声質にはどうしても限界がある。アニメみたいにばっと変装してばっと誰かに成り代われる器用さは持っていない。岩本はどうやって警察署で署員や監視カメラで最低1分に1度監視された中で村部を殺し、成り代わったんだ?」
長川はここで都を振り返った。
「都、お前はあの村部に会っているんだよな」
「うん。でも私の記憶では利き足とか仕草とかには変なところは見られなかったよ」
「だろうな。防犯カメラを解析しても、奴がいつすり替わったのか利き足、利き手、仕草なんかからは特定できなかった」
「でもそれで村部さんがいつ岩本君に成り代わったのか特定する事はかなり難しいと思う。岩本君は一度成り代わった人間の仕草や利き手、利き足、仕草までほとんど完璧に模写して行動してしまう犯罪者だよ」
都はじっと映像を見ていた。
「ああ、そうだろうな」
長川警部はじっと映像を見た。
「よ、仲良くやってるねぇ」
加隈鑑識が牛乳瓶眼鏡をぎらっとさせて部屋に入ってきた。
「何か新しいことが分かったのか?」
長川の問いに女性鑑識はため息をついて「謎は増えそうだよ」と呻いた。
「吹っ飛んだ建物の死体。あれ鑑定した結果村部の死体だったんだよ」
都は目を見開いたもののリアクションはなかった。どこか岩本が死ぬはずないという直感が彼女には既にあったのだ。
「多分村部に変装するとき彼を殺して、死体を倉庫に隠していたみたいだねぇ」
加隈の笑顔からは冷や汗が垣間見える。
「つまり岩本は警官が囲んでいた倉庫から煙のように消えてしまったと」
長川が立ち上がった。
「爆発の瞬間は防犯カメラにも映っているけど、建物の中から誰かが出てきた形跡もない。あの倉庫にマンホールという類もないから地下からの脱走は不可能。って事はそう言うことになるねぇ」
「くそっ、岩本はどうやって…どうやって消えたんだ!」
長川は驚いた表情で歯ぎしりした。

 

 

薮原千尋の殺人 導入編

少女探偵島都(薮原千尋の殺人)

1

「薮原の家でお誕生会?」
結城は訝し気に聞いた。
「そうなんだよー。私の携帯に今日いきなりお誕生会開くから今すぐ結城君を連れてきてって」
「私のところにも」
都と瑠奈は携帯電話の受信メールをかざして見せた。
「俺にはな、直接千尋ちゃんから頼まれたんだ。一生のお願い、結城君を連れてきてって」
勝馬はふふんと鼻を鳴らした。
「女の子の一生の頼みだ。お前のバイト先の果樹園には俺の舎弟を派遣させてもらった」
どうだ俺の政治力と言わんばかりに蝶野的な悪の強さを誇示する勝馬を、結城は訝し気な目で見つめる。
「薮原の誕生日って11月じゃなかったっけ」
「あ、そういえば」
瑠奈がふと思い出す。
「推しの誕生日なんだよ、きっと」
都がにっこり笑う。結城はその笑顔に目の前にある住都公団の団地を見上げた。
「なんか、帰っていいか。あいつがどんな理由で俺を所望しているのかは知らんが、奴の部屋にはいってはいけないと俺の内なるアラームが警報を発しているんだ」
「なんだよ。臆病だな。千尋さんのような聡明な女性の家にお邪魔する機会だぞ。その素晴らしい機会を不意にするとは、お前いくら何でも失礼すぎるんじゃないか」
「そうか。それなら想像してみろや」
結城は勝馬の目をじーっと見て言った。
「あいつの部屋に入って一体どんな事態が待ち構えているかを…お前のその能天気な頭をほんの1分でも使って考えてみろ!」
眼窩を真っ黒にして目を真っ赤に光らせて勝馬を見る結城。勝馬の顔がジョジョのような絵柄になって歯茎を見せながら恐ろしい考えに戦慄する。
 家には確実に千尋の友人のホモが待っている。
-いやー、結城君。今日は私の友達のピスタチオ田所の誕生日で、誕生日に何を食べたいって聞いたら結城君を食べたいって言ったんだよね-
ポニーテールのかわいらしい少女がカラカラと笑った。そして結城はボンテージ姿のもっこりなガチムチマッチョに天井から吊るされて部屋には薔薇が敷き詰められ、その様子を千尋が嬉しそうにカメラで撮影する。
「いやぁああああああああああああああああああああああああ」
勝馬が真っ青になって絶叫する。
「結城、ご愁傷さまだ。俺の親戚にケツを治すお医者さんがいてな。俺も世話になったんだ。せめてもの慈悲でお前の骨を拾い集めてその病院にもっていってやる」
「結城君―――――――」
都が3階の階段から下の方に手を振った。
「あああああああ、都やめい」
結城が声を上げると
「お、さすがみんな。結城君を連れてきてくれたんだね」
と普段着姿の薮原千尋がにっと笑いながら探検部のメンバーを見下ろして手を振った。

 千尋の家のキッチンにいたのは車いすに乗った11歳くらいの少女だった。少し緊張したようにドギマギしながら結城を見上げている。
「何がピスタチオ田所だ。全く心が汚れているからそういう幻聴を見るんだよ」
勝馬がへっと結城を馬鹿にする。
「ピスタチオ田所を脳内に登場させて名前まで付けていたのはお前だろうが」
「おお、ピスタチオ田所知ってるんだ」
千尋が感心したように勝馬を見た。
「今度私が出す同人『しょたともだち』に出てくるキャラクターなんだけど。なんで勝馬君知ってるの?」
「あれ・・・なんでだ・・・なんで俺は咄嗟に頭の中にそのキャラクターを思い浮かべたんだ?」
真っ青になる勝馬を他所に
「この子は石田真由奈ちゃん。今6年生なんだけど、交通事故の後遺症で言葉が喋れなくなって下半身も不随になってるの。で、12歳の誕生日に結城君の事を話したらぜひ会いたいって言っていたので、こうして連れてきてもらったわけ」
少女の前にはおしゃべりあいうえおが置かれていて、彼女はそれを押しながら結城と会話する。
「は・じ・め・ま・し・て・ゆ・う・き・さ・ん、い・し・だ・ま・ゆ・な・で・す」
「あ、は、初めまして、結城竜です」
結城は真由奈の目線に座り込んで挨拶をした。
「ち・ひ・ろ・さ・ん・か・ら・き・い・て・ま・す。か・つ・ま・さ・ん・と・ま・い・に・ち・ふ・う・ふ・ま・ん・ざ・い」
「ちっと待て、薮原。お前何を教えているんだ」
千尋に喚く結城に勝馬が逆に喚く。
「なんでお前なんかと夫婦漫才しなきゃいけねえんだ」
「あ・と・い・わ・も・と・を・ゆ・う・き・く・ん・は・た・お・し・た」
「岩本を倒したぁ」
結城は素っ頓狂な声を上げた。
「俺が岩本を? 何かの間違いだろ」
「でもあの大量殺人鬼の岩本から標的を守ったのは、日本全国で結城君だけじゃない」
瑠奈が笑顔で指摘する。
「よせやい。あの時はその守ってやった国会議員から刺されて死ぬかと思ったんだから」
結城はため息をつく。
「わ・た・し・は・ゆ・う・き・く・ん・に・ゆ・う・き・も・ら・い・ま・し・た」
少女は瞳を輝かせてにっこり笑った。その笑顔にどぎまぎしながら結城は鼻をかく。
「まぁ、なんつうーか。まぁ、当たり前のことをしただけだよ」
「格好いい。結城君イケメン」
都がきゅーんとなって瑠奈に倒れ掛かる。
「そんじゃ、私たちはケーキの準備をしますか」
千尋は腕まくりして台所のケーキを指さした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ケーキだぁ。千尋ちゃん。これひょっとして千尋ちゃんが作ったんじゃない?」
都が瞳を輝かせる。
「ふっふっふ、ざっとこんなもんよ」
エプロン姿の千尋は胸を張る。
千尋ちゃん、私にも教えてよ。結城君の誕生日に作ってあげたいんだよ」
「お前俺の誕生日今年終わっているよ。お前すっかり忘れているだろうがぁ」
「ほえ」
結城に突っ込まれて都は目をぱちくりさせた。
「お、やってるな」
オタクハチマキに無精ひげのガタイのいい兄ちゃん、千尋の兄の千代助が嬉しそうにビール片手に現れた。

「探検部が友人の誕生会で飲酒」
結城はジト目でワゴン車を運転する千代助を見つめる。
「うるへぇよ。結城君。お前、私の酒がのめたいというのかぁ」
高野瑠奈が涎を垂らしながら寝言を寝て言っている。
「まさかこの子が一番酒癖悪いとはなぁ」
千代助はへらへら笑った。
「そういう問題じゃねえよ。野球部だったら甲子園出場できないレベルでの不祥事だぞ」
結城はため息をついた。
「それは大問題だな」
全然大問題と感じていない千代助。華麗にウインカー出して右レーンから茨城県南の県道を曲がる。
「あの車いすの子な、5年生までは千尋と大の仲良しでよくぺらぺらぺらぺら喋る子供だったんだ。完全にリトル千尋でな。でも飲酒運転の車にはねられて」
路線バスがセンターラインの向こうをすれ違う。
「あいつがあの子の家に遊びに行ったときがさ入れしたらしいんだが」
「がさ入れ?」
「胸が順調に膨らんでいるか下着をチェックしていたんだと」
「・・・・」
「その時雑誌が見つかってな」
「あんまり年頃の女の子の秘密を俺に話してくれるなよ」
「その雑誌じゃねえよ。変態か」
大学院生の千代助はハンドル片手にため息をついた。
「あいつが何でこんなの読むんだろうって真面目な政治系の雑誌だった」
「まさか、国会議員の八百井御世ってのが書いた」
結城の表情が険しくなる。
「その雑誌だったんだなぁ。『障害者には生産性がない。親は自分のエゴで障害者の子供を生かしているんだから公的支援は一切受けないで代わりに税金払え』って書いてある奴」
SNSで炎上したんだよなぁ」
結城はため息をついた。「『障害者本人ではなく障害者の親を批判したものだ』って言い訳が通用するとでも思ったのかね」
「でも大手雑誌が八百井議員の記事を擁護する発言を載せて、さらに有名な文化人が『障害者という醜い存在を表に出すのならば、公然わいせつの権利も認めろ』『少子高齢化問題など障害者を支援する以外に、今の日本国家存続の上での優先順位の高い議題はまだある』って言いだしたんだ。今の世の中って親内閣か反内閣の二者択一だろ。障害者を公然とディする奴がうようよ現れてな。千尋の奴、SNSが嫌になるくらい落ち込んじゃったんだよ」
結城は思い出した。

「おるぁ。結城いいいい。早く都に告れよ。うだうだしてないでさぁ」
「ああ、わかったわかった」
酒飲んで結城に絡みまくる瑠奈を座席に乗せる結城に、千尋は苦笑した。
「ははは、瑠奈のおじさんおばさんなんて言うかな」
「大丈夫だろ。大分麦焼酎二階堂瑠奈に持たせたのは瑠奈の母親だし」
「結城君」
「あん?」
「ありがとね」
「ケーキ食わせてもらっただけだよ」
いつになくにかっと笑う千尋に、結城はジト目で返事をして車に乗り込んだ。

「お兄ちゃん、顔赤いよ」
「しょうがないねぇこの子は」
おばあさんと妹の彩楓に肩車されながら「俺は猛烈に感動しているんだぁ」と喚く勝馬を路上停車した車から見ながら、結城は千尋の笑顔を思い出してしまった。

 翌日の小学校。薮原千尋は原付バイクで夜6時の児童館の前に出没した。
「ああ、真由奈ちゃん…真由奈ちゃんは今日お母さんの同僚の方が迎えに来てくれたよ」
児童館職員が「先生さようなら」と黒人のお母さんに手を引っ張られて笑顔で挨拶する男の子に手を振りながら千尋に答えた。
「おばさんの同僚?」
千尋は怪訝な顔をした。
「同じ社員証を持っていて、真由奈ちゃんも見知っている感じだったし、お母さんの許可もいただいているから大丈夫よ」
職員はそういって顔なじみの女子高生に笑顔で笑った。

「これくらいいいよねぇ」
人気のない駐車場で、真由奈の母親の勤め先と仕事をしているエッセイストの椚零門がヒヒ顔をへらへらさせながら怯える真由奈の前で服を脱ぎ始めた。
 真由奈は声を出そうとするが声を出すことが出来ない。椚の横で編集長の村部奏太朗がひきつった笑みを浮かべる。ハンサムなこの男はゆっくりと優しく倒錯した論理を紡ぎだしていく。その顔は冷血動物のように無表情だった。
「君みたいな障害者がいるせいで君のお母さんは残業をどうしても断ることが多かったりして、わが会社に損害が出ているんだ。君が障害者であるせいで君のお母さんも君の会社も大きな迷惑をしているんだよ。でも君は今日その賠償をする事が出来る。君みたいな人として終わった存在が唯一することが出来る賠償をね」

2

 夕闇の住宅地。千尋はふと心配になって外国人労働者低所得者が多く住むエリアのアパートを覗き込む。インターホンを鳴らすが、誰も出ない。
「よー。千尋
ふと隣の家から黒人の少年が千尋を見上げる。
ロナウドぉ」
千尋がこぶし突き合わせて少年と挨拶すると
「真由奈、今日帰ってる?」
「さっき大人の男が車いすと一緒に家に帰してたぜ。真由奈のママの会社の人じゃね」
ロナウドは真由奈の母親から預かっている鍵を千尋に渡してにっと笑った。
「真由奈ぁ。入るよー」
千尋はドアをがちゃっと開けた。部屋は真っ暗だった。キッチンにも誰もおらず、母子の寝室も開けっ放しになっている。
千尋‼ 千尋‼」
ロナウドの声がした。彼が真っ青になった顔でベランダを指さしている。ベランダには無人車いすが向こうを向いてぽつんと置かれていた。
「う、嘘」
千尋の恐怖の表情が夕闇に浮かび上がる。はっとしてベランダに出て真下を見ると、2階のベランダの真下の家庭菜園の中に、真由奈が小さな体を横たえていた。
ロナウド、真由奈のそばにいてあげて。ただし絶対頭を動かしちゃダメ。頭を動かしたら真由奈死んじゃうかもしれないから」
千尋が震えるロナウドの肩を掴んでそういい含めてからスマホで119番をした。
 アパートにはパトカーが多数停車していた。
「加隈…どう」
茨城県警捜査一課の長川朋美警部は女性鑑識の加隈真理がベランダの手すりの写真を撮影している後ろから声をかけた。
「まぁ、指紋の状況や服の繊維なんかの痕跡から考えて、間違いなく自分で飛び降りたんだろうね」
「自殺か」
「状況的にはそうなんだけど、ちょっと見て欲しいものがあるんだよ、ともちゃん」
加隈は牛乳瓶みたいな眼鏡を光らせながら、机の上にある「おしゃべりあいうえお」を見せた。
「ここに妙な文字が録音されててさぁ」
「録音機能があるのかこれ」
長川が大したもんだと「さいせい」ボタンを押すと
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
と音声が出てきた。
「ともちゃんはどう受け取る?」
「状況的に考えて、『私はエッチが大好き』だろうな」
「このボードからは飛び降りた彼女とお母さん、彼女の友達の指紋しか出なかった。結構古い指紋も出てたし、拭き取られた痕跡はないね」
「つまりこのメッセージは彼女自身が」
「そういうことになるね」
加隈は目を光らせた。

 アパートの外廊下の規制線の外の奥で薮原千尋は制服姿のまま体育すわりをして顔をうずめていた。
「おい、君たちは誰なんだ」
普通に規制線を越えようとする高校生に警官が怒鳴りつける。千尋が声を上げると都と結城が警官と悶着していた。
「あ、私が呼んだんだよ」
加隈が鑑識姿でドアからひょこっと声を上げた。
「指紋の称号の為にね」
千尋ちゃん」
都が心配そうに千尋の前で座り込む。
「都」
千尋は…当たり前だが泣いていた。
「大丈夫、真由奈ちゃんは命に関わる怪我じゃない。千尋ちゃんが救急車呼んでくれたおかげで助かりそうだよ。勿論ロナウド君のおかげでもあるけどね」
都はにっこり笑って千尋を抱っこぎゅーなでなでしてあげた。
「違う…違うの…あの子」
「結城君から全部聞いた」
千尋は涙目できょとんと結城を見た。結城は「お前の兄貴から聞いた」と挙手した。
「でも、この事件はそんなものじゃないかもしれない」
都は長川警部にもらった白い手袋をしながら、おしゃべりあいうえおの「さいせい」ボタンを押した。
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
生気の感じられない無機質な声が流れた。
「大体の事は加隈さんから聞いているんだけど、この音声の謎は大体解けてるよ」
「え」
千尋が都の顔を覗き込んだ時思わず後ずさった。
 都は怒り狂っていた。物凄い目つきで明後日の方向を見つめている。
「昨日私たちがやった遊びと同じだよ。私たちはこのボートに『この世の中を変えたいわーん』とか『結城君と勝馬君のビイエル』とか打ち込んで遊んでいたよね」
「うん」
「それと同じ余興だったんだよ」
「待って、誰もこんなメッセージ誕生パーティーで打ち込んだ人はいないよ」
千尋は声を上げた。
「ああ、指紋の付き方から考えてこのメッセージは彼女本人が入力したんだよ」
「彼女本人が打ち込んだからって彼女の意志とは限らないんじゃないかな」
「?」
結城が腕組をやめて都のそばに駆け付ける。
「私の記憶だと、真由奈ちゃんは自己紹介の時、『わたし“は”』って打ち込んでいた。音声だとハになっちゃうんだけど、真由奈ちゃんは正しい日本語で結城君と話そうとしたんだね。でもこのメッセージは『は』が『わ』になってる」
「本当だ」
長川が再度メッセージを再生すると
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
と音声が出た。
「で、でもメッセージを打ち込んだのは真由奈本人なんでしょ」
千尋は声を上げた。
「隣で別に声をかけた人がいるんだよ」
都は結城君を見上げて「結城君ちょっと携帯に打ち込んでくれないかな、全部ひらがなで」と声を上げた。
「ゆ」「次は、う」「次は、き」「次は、く」「次は、ん」「次は、わ」「次は、えっち」
「あ」
結城は目を丸くした。
「一瞬『w』って打ち込んじまったぞ」
「人は自分の文章を書いている時は、次に来る文字を頭で考えているけど、人に言われた文字をただ打ち込んでいくだけだと、ついつい言われた言葉を音声通りに打ち込んじゃうんだよ。ましてやその隣にいた人間が怖い人ならなおさらね」
「まさかその人物って」
「迎えに来たっていう真由奈ちゃんのお母さんの同僚…」
都はドングリ眼からは信じられない物凄い目つきで結城を見上げる。
「そいつが真由奈にこの文字を無理やり打たせたっていうの」
千尋の声が震えだす。
「真由奈ちゃんは声を出せない。だからこの言葉を何度も再生させられて自分がそれを本当にうれしそうに言っているように思わされたんじゃないかな」
都は声を上げた。
「まずいな」
長川は臍をかんだ。
「警部、真由奈ちゃんの体を検査して何かされていないか見ないと」
と都。
「彼女は集中治療室で絶対安静だ。少なくとも1週間。女の子の体は自浄作用があって特にデリケートな場所は体が自動的にきれいにする働きはあるから、どんなにひどいことをされても犯人の痕跡は72時間で消えてしまうんだ」
「そんな…」
千尋は顔を震わせた。
「それに現時点でこのボードだけでは見送りをした同僚の家宅捜索や逮捕状なんて取れない。それに、あの同僚は調べたんだがかなりの有名人だ。児童館の聞き込みで出たお母さんの同僚で彼女を迎えに来たヒヒ爺、椚零門は保守系の有名作家だしハンサムな編集者の村部奏太朗はネトウヨ関連の書籍を大量に扱っている。そんな連中の逮捕状を不完全な状況で請求してみろ。真由奈さんとそのお母さんが日本中から誹謗中傷されるぞ」
「そんな…それじゃぁ真由奈に酷いことをした人たちは裁かれないの?」
「私らもプロだ。そのあたりはうまく証拠を集めて起訴に持ち込む大人の術は心得ている」
詰め寄る千尋に落ち着くように手で制する長川。
「その大人の術が全然通用しなかったのが詩織さんの事件じゃないですか」
千尋がそういうと長川の顔色が明らかに変わった。
「政府が働きかけて性犯罪の被害者の訴えを封じたって噂がありますよね」
千尋は下を向いたまま外へ出た。
「ちょっと家に帰ります」

千尋は公園のベンチに座っていた。両手で顔を押さえて体が震えている。彼女は今激しい憎しみに満ちていた。
 本当に自分が嫌だった。長川警部は泥臭い方法で何度も都たちの危険を助けてくれたし、真由奈やお母さんを守るために冷静に考えているのに…私は真由奈の傍にいながら何もしてあげられなかった。涙がボロボロ流れ出ている。
「お嬢さん…大丈夫ですか」
いつの間にか隣に座った帽子にフードの男がしゃがれた声で聞いてきた。
「大丈夫です…ちょっとしたら元に戻りますから」
千尋は顔を覆ったまま言った。
「今の警察には、真由奈さんに性的暴力を働いたあの男たちを捕まえることは出来ません」
千尋が顔を覆った手を放す。手の中から涙を流しながらも見開かれた目が驚愕に見開かれている。
「警察は内閣の下部組織ですからねぇ。内閣の圧力があれば捜査方針を変えることはいくらでもあります。詩織さんの事件がいい例じゃありませんか。あいつらは永久につかまりませんよ。例えどんな酷いヘイト本を出そうとも罪のない女の子をレイプしようとも内閣がバックについているんですから。そして社会もそれを容認し続ける。糾弾されるのは真由奈さんとそのお母さんだ」
「許せない…」
千尋の声が震えた。
「絶対に許せない。許せないよ…。もし岩本承平みたいな殺人者がいるなら、真由奈をあんな目に合わせたあいつらが死ぬべきなんだ」
千尋の目が憎悪に血走る。
 その様子を、ベンチの隣に座っていた男のフードの間から窪んだ眼窩の奥の赤い光がじっと見つめていた。

 

つづく

エピソードONE その3

エピソードワン(③)

【容疑者】
諸橋優一(32):愛宕小学校教諭
佐久間銀次(55):愛宕小学校教諭
・広川然子(35):給食センター職員
角田真喜男(58):愛宕小学校校長
・緑山ゆり(23):愛宕小学校教諭。
・田中一平(24):愛宕小学校教諭
・国山道子(49):愛宕小学校教頭
・棚倉利江子(33):パート従業員
・与野啓太(35):警備員

5

 愛宕小学校校舎に雨が降り始めた。
 黒い犯人は結城竜が倒れ込んでいる視聴覚室を密室にして、にやりと笑った。
「君がいけないんだから。君がいけないんだよー。トリックに気が付くからぁ」
そして金属バッドの鈍器を取り出そうとしたとき、視聴覚室の扉がドンドンと叩かれた。
「異常があるとすりゃここだ‼」
長川警部補は扉が開かないと見るなりすぐに体をぶつけ始めた。
「ここだけ職員室に鍵がなくて、扉の鍵が閉まっているんだ」
「結城君、結城君!」
都は泣きそうになりながら力いっぱい叫んだ。
「どけ」
Tシャツに半ズボンの体のでかい少年がいきなり声を上げた。
「か、勝馬君」
「結城って野郎は気に食わねえけどな。あいつに何かあったらあいつの勝ち逃げになっちまうだろうが」
165㎝はある筋肉質が猛烈な勢いで扉に突進し、扉が外れた。そのまま扉が内側に倒れ、部屋の中に扉を好きな子よろしく勝馬は間抜けに転がった。
勝馬君伏せたままで」
長川警部補が拳銃を取り出し、部屋の中を見回した。そのうえで驚愕に目を見開いた。
「見ちゃだめだ、都」
「結城君が中にいるんだよ!」
温厚な少女にしては物凄い剣幕で現役刑事を圧倒した小柄な小学生の少女は部屋の中を確認した。
 死体があった。血だらけの死体があって、その後ろに血だらけのバッドを手にした結城竜が立っていた。赤く光る眼でこっちを見ている。
「お前が…やったのか」
勝馬が信じられないというように立ち上がる。
「そんなわけねえだろ」
結城は呆れたように言った。
「目が覚めたらこんな状況だったんだよ。ビビッて咄嗟にバッド掴んじゃってさぁ」
死体の顔はぼこぼこだった。おかげで特徴的な背広をしても死体が角田校長である事に気が付くのにプロの長川警部補でもしばらくかかった。
「ゆ、結城君」都の声が震える。
「長川警部補…きっとこれは何かの間違いなんだよ…」
長川の袖を引っ張りながらパニック状態の都が言うと、長川はそんな都の手を制した。
 重苦しい殺人現場。
「状況的には結城君、君が限りなく犯人に見える」
「そ、そんな」
目を見開く都の前で、長川警部補は宣告を下すように都の前で言った。

「それで、結城君は…」
里奈が不安そうな顔で都を見た。
「今長川警部補に事情聴取受けてる。パトカーに乗せられたのは私の方。長川警部補は、私にこう言ってくれたんだよ」

 小学校正門でパトカーで都が「私は無実だぁ。出してくれぇ」と喚いて規制線の向こうのマスコミの注目を浴びて焦る長川は、都に
「いいかい、都。私も彼が犯人だとは考えていない。彼には第一、第二の事件で完璧なアリバイがあるんだ」
と叫んだ。都は涙を目にためながらパトカーの後部座席からガラス越しに長川を見る。
「だがここからは捜査を慎重にしないといけない所だ。都…お前は家で待機しろ。必ず彼の無実を証明し、真実を明らかにする。それに」
長川は笑った。
「あの名探偵はもう推理を始めているぞ」

「結城君…大変なことになっちゃったんだ」
瑠奈は不安そうにアイスのカップを手で包んだ。
-「先生の頭を二度金属バットで殴るなんて許せません」
-諸橋教諭の事件の後全校集会でそう言っていた角田校長が今日遺体で発見された。平和な小学校での連続殺人、いったい何が起きているのだろうか。
栄養補給の為にアイス屋さんでアイスを食べながら液晶テレビに映っているワイドショーを見て、都は決意に満ちた顔をしていた。
 その時ワイドショーの画面が切り替わった。
-今速報が流れました。今小学校から一人の少女が警察車両に連行されたそうです。
 報道には正門にあふれかえるマスコミ陣の前で
「皆さん聞いてください。私は無実なのに逮捕されようとしています。離してよ警部補ぁああああああ」
と足をじたばたさせる何かが報道されている。
「あれ、もしかして」
瑠奈の目が点になる。
「ああ、あれは私じゃないよぉ」
都は笑顔で笑った。
「私はあんなモザイク変化する能力ないし、声ももっとかわいいもん」
「いや、それはね。都」
里奈が言った直後だった。都はアイスのカスをゴミ箱に捨てながら走り出した。
「都‼」
瑠奈が叫んだとき、都はもう雨の中夜の道路に走り出した。商店街を抜けて住宅地を走り、小学校の高い塀の前に置かれたごみ袋に飛び乗ってそのまま塀につかまって体を使ってなんとか乗り越え、泥水の中に着地した。

 機動捜査班が駆け付け、密室の事件が検証された。結城は鑑識に身体検査を受け、服を着替えさせられた後、長川警部補に生物室で事情聴取を受けていた。
 国山教諭と緑山教諭がその様子を監視している。学校内で起こったことに関して児童を簡単に警察に委ねるわけにはいかないのだ。
「なるほど、君は勝馬君が叫ぶ声で目が覚めて、目の前に死体がある事に驚愕し、咄嗟に手にバッドを掴んでしまった。そういうことだね」
「ああ、現場は密室だったんだろう。って事は俺の言っていることは信じちゃくれないだろうが」
「その点は安心していいよ」
女刑事は笑った。
「君には第一の事件、第二の事件で完璧なアリバイがある。この事件は連続殺人だ。第三の事件でアリバイがなくてもすなわち犯人とは断定できんよ」
「長川警部補はこの事件がトリックだと考えているのか」
結城は言った。
「ああ、誰かがこの事件を使って結城君に罪を擦り付けようとした密室殺人。おそらくそのトリックもどこかにあるはずなんだ。だが、そう考えたとき1つ疑問が出てくる…犯人は何故こんな密室トリックを仕掛けたのにもかかわらず、罪を着せる相手として君を選んだのか…さっきも言ったように第一の事件、第二の事件で君にはアリバイがある。そんな君に第三の事件の犯人役をさせようと真犯人が考えた意図がわからん」
「可能性は2つあるぞ」
結城は言った。長川は言ってみという感じで結城を見る。
「一つは犯人が俺にアリバイがあるという事実が分からなかった。だからアリバイがある俺を犯人役に選んでしまった」
「難しい密室トリックを考えた犯人だぞ」長川はため息をついた。
「少なくとも頭は切れる人物だ。罪を着せる人間のアリバイが成立しているかどうかぐらい調べるはずだ」
「2つ目…」
結城は構わずに進めた。
「たまたま俺が視聴覚室でぶっ倒れていたため、犯人は罪を擦り付けることを考えた」
「つまり君が倒れていたことは犯人にとって想定外って事か」
「まぁな」
結城は頭をポリポリ書いた。
「だが、君が襲われた時、君は廊下を歩いていたんだろう。そんな君をわざわざ殴って視聴覚室に拉致したのは犯人じゃないか。その時点で計画性が感じられるが」
「俺を拉致した犯人と人を殺した犯人が別人だとしたら」
結城は鋭い目で長川警部補を見つめた。
「どういうことだ」
「俺は一瞬見ちまったんだよ。殴られる前窓に映り込んでいた。俺を殴ったのは間違いなく角田校長だった…今思い出したんだ」
結城が包帯を巻かれた後頭部を抑えた。
「長川警部補…」
結城は提案した。
「俺も捜査に参加させてくれ。密室殺人の真相を暴きたいんだ。頼む…」
「小学生とは思えないオーラだな」
長川警部補はため息をついた。
「よかろう。だが一つ条件があるぞ」
「条件?」
訝し気な結城君に長川警部は扉の向こうでもじもじしている泥だらけの少女を呼んだ。長川は
「家にパトカーで送ってやったのに戻ってきやがった」と頭を押さえた。
「げへへへ、結城君。私も結城君の無実を証明したいんだよ」
小柄な少女が髪の毛からしずくを垂らしながら部屋に入ってきて笑顔で結城を見上げた。
「島さん、濡れているじゃない。保健室へきて。下着は変えがあるし体操服に着替えないと」
緑山先生がおろおろした声を出す。しかし都の目は結城を見たままだった。
「結城君、もし本当に困っていることがあるんだったら、頼られるのがお友達なんだよ。結城君は私がこの学校で作るお友達の第一号だからねぇ。結城君が凄く困っているんだったら、私はどーんと受け止めてあげるから心配ないんだよ」
都は笑顔を崩すことはなかったがその目は真剣そのものだった。
「だから、一人で抱え込まないでよ」
都がその目でじっと結城を見ると、結城はそのオーラに押されて小さくため息をついた。
「わかった。それじゃぁ、お前も俺の助手として密室の捜査に加わってもらおうか」
「うん」
結城が示した選択に、都はうんと目に涙をためながら精いっぱいの笑顔で頷いた。
 長川には分っていた。この友達思いな少女は殺人現場を前に大切な人の役に立とうとしていたということ。

 都が体操服に着替えて視聴覚室に戻ってきたとき、鑑識の捜査は終わり、時間は夜になっていた。
「まず密室の状況だが、部屋のドアにはかぎが掛かってて、偽装工作やサムターン回しなどの痕跡はなかった」
長川警部は頷いた。
「そんでもって、あの廊下側の天窓。この天窓は鍵はかかっていなかったが、当然人間が出入りするにはあまりにも小さい大きさだ」
「私くらい小さかったらどうにかなるんじゃない?」
都が目をぱちくりさせる。
「都…身長は」
「ええとーーー、137㎝」
都が恥ずかしそうに向こうを向く。
「そんな女の子が脚立や椅子を置かずにあの天窓を出入りできると思うか?」
長川はため息をついた。
「じゃぁ、鍵を投げ込んだとか」
都は指を立ててピンポーンと声を上げるが、長川はため息をついた。
「鍵は視聴覚室の窓のすぐ前の床に落ちてた。ちなみに窓のカギはかかっておらず、数センチ隙間が開いていたけどな」
「じゃぁ、密室じゃないじゃん」
「窓の向こうはベランダもない3階。これといった足場もないし、当時体育の授業が行われていた運動場に面しているから、ロッククライミングの技術がある犯人がいたとしても確実に目撃されているだろうよ先生」
長川は小さくため息をつく。
「ほうほう…」
都はドングリ眼で頷いた。
「なぁ、警部補。ちょっと一人で考えていいか」
「お、名探偵…何か思いつきそうなのか…」
長川警部補はにっと笑った。
「ああ、今考えをまとめているんだ」
結城は必死で何かを考えていた。
「わかった。外で待っている」
警部補はそういって心配そうな都の肩をもって電車ごっこみたいに外に出た。
 結城は必死で考えていた。この密室で自分に罪を着せてまんまと脱出する密室トリックを…。そして彼は廊下への天窓と鍵が落ちていた南側の窓のカーペットの上を見つめた。その向こうのアルミサッシは数ミリ開いていたという。
 結城ははじかれたように天窓を見た。天窓のレールはぴかぴかに磨かれている。きっと掃除係さんが熱心なのだろう。次に彼は視聴覚室の用具箱を漁った。そして見つけた。このトリックに使用可能なあるものを…。彼の頭は冴え渡り、恐るべき密室トリックにたどり着いたのだ。
 視聴覚室から出てきた結城は、長川と都を見回した。都が顔を上げると結城は強い笑みで言った。
「この密室トリックの謎が分かったぜ」
「本当か」
長川は少し驚愕して言った。
「確かめたい事があるんだ」
結城は言った。

 彼は視聴覚室の真下の雑草が生い茂る荒廃した花壇の中に分け入って、雑草をごちゃごちゃやっていた。
「結城君、何か落とし物? お財布でも落としたのー。一緒に探そうか?」
「いい、あった‼」
結城は高々と見つけた代物をハンカチで包んで掲げた。
「警部補。こいつを鑑識に」
結城はメジャーを長川警部補に渡した。
「都は職員室から適当にメジャーを借りるなりパクるなりしてきてくれ」
「っということは」
都の顔がぱーっと明るくなった。
「ああ、密室トリックの真実はわかった」
結城は力強く頷いた。

6

「密室トリックの真相がわかったって?」
長川警部補が視聴覚室に戻った結城に問いかけると、結城は頷いた。
「ああ、第一の事件のアリバイトリックと第二の事件の密室トリックが分かったんだよ」
結城は強くうなずいた。真相解明の時間が来たようだ。
「まず、第一の事件のアリバイトリックだが、あれはそもそも、犯人は何のトリックも仕掛けちゃいなかったんだ。むしろトリックを仕掛けたのは、第一の事件で殺害されたPCクラブ教諭の佐久間の方だよ」
「どういうことだい」
長川警部補はじっと結城少年を見つめた。
「警部補…簡単なトリックなんです。PCクラブの生徒たちはみんな先生が職員室のメンバー全員にアリバイがある時間帯まで佐久間は生きていたと証言した。しかしそれは嘘だったんです。本当は佐久間はPC倶楽部の生徒が証言している時間の1時間前には視聴覚室からいなくなっていたはずなんだ」
結城は視聴覚室の床を踏んで見せた。
「ならなんでなんでPC倶楽部の女子生徒たちは警察にうそをついたんだ」
長川警部補が聞くと、結城少年は答えた。
「PC倶楽部がセンコー以外男子禁制になっていること、倶楽部の女子部員の自殺未遂事件。棚倉春奈のお母さんがその真相究明をしようとしていたのに学校が協力を拒んだことから見ても、大体の察しはつくだろう」
「大体の察しって…小学生のお前がそんな事を言うなよ」
長川警部補はため息をついた。
「PC倶楽部で性的虐待が行われて居たことについては警察も把握はしていたよ。勿論あの佐久間ってゲス教師が撮影したDVDなんかも回収済みだ。何人かのクラブの子は話してくれたよ。泣きながら…。一方で警察が警察が来た時自分を捕まえに来たと思い込んでパニックになった女の子もいたな。聞いてみれば佐久間の野郎は被害者の女の子に『教師と生徒がお互い合意の上でエッチなことをすれば、被害者の女の子は少年院に行かなくちゃいけない』『親が国に物凄い罰金を支払わなくちゃいけない』って脅しをかけていたそうだ」
「そ、そんな」
都が目を丸くする。
「なんで大人は私たちに教えてくれなかったの?」
都の声に長川はため息をついた。
「小学生に教えられる内容じゃねえだろう。学校の先生は不審者に気を付けるように教えるけどな、セクハラ教師に何かされた時にその対処法を教える先生はいない。そんなことをしてしまったら学校における自分たちの威厳が滅茶苦茶になると思っているからだ。それにこの事件は容疑者死亡案件だ。被害者…それも小学生がこれからマスコミにさらされて性的被害者として生きていかなければいけないくらいなら、事件に関しては内密にして心のケアについて児相や医療機関と連携して対応した方がいいと考えるのは間違っちゃいない。小学生がお友達が性的虐待をされましたなんて真実突きつけられて、適切な対応をとれるわけないだろう」
長川は喋りながら結城を見た。
「取れるもん」
都は椅子に座り込んだ。
「友達の為に私は何でもできるもん」
結城少年はそんな都をじっと見ていたが
「続けていいか」と長川警部補に聞いた。
「ああ」
「つまり、この事件で佐久間はPC教室の生徒に嘘を言うように命じておいてアリバイを作り音楽室で誰か別の女の子に性行為を強要していたんだろう。だが女の子が来る前に誰かに殺害された。犯人はPC教室の秘密を知っていた人物だろう。そのトリックを使ってアリバイを確保したうえで犯人は佐久間先生を音楽室で殺した。その犯人は」
結城はまっすぐ天井を見て、長川を見た。
「角田校長だよ」
「こ、校長が…」
長川は鋭いまなざしを結城に見せた。
「ああ、第二の事件で諸橋を殺したのもおそらくは校長だよ。全校集会で言っていただろう。-二回も金属バッドで殴るなんて許せません-って。でも長川警部、あんたはあの時諸橋が2回殴られているとわかっていたか?」
「いや、本格的な検視はまだだからな」
結城の質問に長川は答えた。
「つまり警察が知らないことをあの校長は知っていたんだよ。そして第一の事件のトリックに俺が近づいている事に気が付いて、咄嗟に俺を殺害しようとした。そして別の第三者に殺されたんだ」
「じゃぁ、第一の事件と第二の事件は同一犯だが、第三の事件は別の犯人」
驚愕する長川に結城少年は小さく頷いた。
「そういうことだ」
「その第三者が誰なのかはわからないが、奴が仕掛けたトリックを今から説明してやるよ」
そういいながら結城は体操服姿の都からメジャーをもらって、その本体を一度窓の外に出すと扉を数ミリ開けて閉めた。そしてメジャーを引っ張って伸ばして教室の中を横断する。そのたびに「これをこうして」「そしてこうして」と結城君は言わないので
「結城君、わくわくさんを見習った方がいいよ」
と頬を膨らませた。
「見てればわかるよ」
結城はメジャーを廊下側換気窓にかけると、扉をメジャーを挟むように閉める。
「あとはこの鍵を使って扉を閉めて」
結城は部屋のドアを閉める真似をして廊下に出ると、換気窓に固定されたメジャーを引っ張りメジャーの先端の金具をハサミでちょきんと切った。
「うわぁあああ、先生に怒られちゃうよ」
都がおっかなびっくりすると「後で警部補と一緒に謝りに行けば大丈夫」と笑って、この鍵のゴムのわっかをメジャーに通して、そのまま滑り落ちるように流す」
「なるほど。そうすれば鍵はメジャーは窓の前まで流れていき、結城君が手を離せば、メジャーが巻き取られて証拠となるメジャーも窓の外の植え込みの中に落っこちるわけか」
「証拠となるメジャーはさっき見つかったこれって事なんだね」
都は目をぱちくりさせた。
「お見事…こんなトリックを短時間で考えたものだ」
長川はため息交じりに言った。その時長川の携帯電話が鳴った。

 茨城県警本部で鑑識の牛乳瓶眼鏡、加隈真理が「へへへ」と不気味に笑いながら
「今鑑識の結果が出たよ。角田校長の衣服から諸橋の血痕が見つかったってさ。微量だけど・・・つまり、諸橋先生を殺したのは校長だったって事さ」


「君の推理が正しかったぞ」
長川は結城を見ながら電話を切った。「そういう連絡が鑑識から来た」
「結城君」
都は結城少年を見た。結城少年は都が瞳を輝かせてその素晴らしいトリックを暴いた結城君を褒めたたえてくれるものだと思っていた。
 しかし都の表情は厳しいままで、そして心から失望しているように結城を見上げていた。
-なんだ-結城は違和感を感じた。今までのほわほわした少女とは全く違う別のオーラが都から出ている。
「結城君ごめんね。このトリックは真犯人が仕掛けた私たちに対する罠なんだよ。そして結城君は罠にかかっちゃったんだよ」
結城の目がこのドングリ眼の少女の不思議な雰囲気に見開かれた。

 

つづく

 

ーーーーーーーーーーーーーーー


さぁ、ヒントはそろった。
この事件の真実、真犯人が仕掛けた罠、そして連続殺人鬼の正体をぜひ暴いてくださいませ。
犯人はこの中の誰でしょう。

【容疑者】
諸橋優一(32)愛宕小学校教諭
佐久間銀次(55):愛宕小学校教諭
・広川然子(35):給食センター職員
角田真喜男(58):愛宕小学校校長
・緑山ゆり(23):愛宕小学校教諭。
・田中一平(24):愛宕小学校教諭
・国山道子(49):愛宕小学校教頭
・棚倉利江子(33):パート従業員
・与野啓太(35):警備員
・その他

業火の亡霊3

業火の亡霊【解決編】
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 2年前の少女陵辱拉致事件は、その少女を自殺に追いやった。
 そして、被害者家族にも加害者家族にも被害者の職場の関係者にも、人生をめちゃくちゃにするほどの十字架を背負わせた。
 だが、加害者本人は2年で出所し、全く反省などしていなかった。
 そんな加害者、鬼頭空弥が自宅で殺害され、彼の部屋は放火された。
 その捜査を行うことになった長川警部。だけど私が導き出した推理は、長川警部に取って残酷な真実だった。

■容疑者
佐藤祐市(49):会社員。自殺した佐藤加奈恵の父親。
・佐藤登美子(47):パート。加奈恵の母親。
・鬼頭伸郎(53):会社役員。空也の父親。
・鬼頭静子(51):専業主婦。空弥の母親。
・鬼頭空弥(27):無職。
・鬼頭麻純(17):空弥の妹。JKビジネス。
・花祭淳二(50):知的障害者雇用工場社長。
・花祭冬弥(26):淳二の長男。人事担当。

「全ての謎は解けた」
長川警部は言った。
「2年前に強姦され、自殺に追い込まれた佐藤加奈恵さんの復讐のために、今回の殺人を犯した犯人は・・・お前だ!」

5

「犯人はお前だ!」
倉庫の電気がつけられ、犯人の正体が明らかになった。だがその正体はその場にいた事件関係者全員を驚愕されるものだった。
「鬼頭空弥! お前がこの殺人事件の犯人だよ!」
長川に指摘され、鬼頭空弥はタラコ唇を驚愕に噛み締め、真っ青になって長川を見た。
「く、、空弥・・・」
鬼頭静子が絶叫をあげる。
「なんで空弥が・・・・・」
「ゆ、夢なのか・・・」
鬼頭伸郎が目を見開いて、声をかすれさせる。
「いいえ、この人は正真正銘の空弥さんです。火をつけた時間とかそういうアリバイなんて関係ない・・・彼が自分の部屋で殺人を行い、それを自分に見せかけるために火をつけたんです」
島都は空弥に近づいた。
「待ってくれ・・・・」
佐藤祐市は都に震える声で言った。
「あの死体はじゃぁ・・・・誰だったんだ・・・」
「行方不明になっていた花祭冬弥さんだよ」
都は言った。
「待って!」
鬼頭麻純が信じられないという表情で言った。
「警部さん言っていたわ。DNA鑑定の結果、あの遺体はお兄ちゃんで間違いないって・・・・警察が保有するサンプルだし間違いはないって言ってた。なのになんであの遺体が花祭さんのものなのよ!」
「簡単なことなんだよ。警察がDNAサンプルを取り違えていた・・・・それだけなんだよ」
都は長川警部を見た。長川警部は頷いた。
「私がその可能性に気がついたのは、佐藤さんのお父さんの発言だったんだよ。お父さんはこういうことを言っていたよね。空弥さんは加奈恵さんを強姦するとき、服を着ればわからないように加奈恵さんを陵辱していたって・・・でも考えてみれば変だったんだよ。だって加奈恵さんを拉致監禁して何日も一緒にいれば、服を着て隠す必要もないし、監禁がバレた時点で何の意味もない工作なんだよ。現に空弥さんは拉致監禁で逮捕されて2年間の実刑を受けている。知的障害者という理由で強姦は無罪になるという自信があるとすれば、尚更陵辱の痕跡を服で隠せるようにするわけがない。つまり、こう考えることもできたんだよ。監禁した人間は確かに空弥さんだとしても、陵辱した犯人は別人じゃないかって。その人物について確信を持ったのは工場の花祭社長の発言。あの時社長は私の前で、空弥さんが軽い罪でしか裁かれていないって話のはずなのに『また冤罪』って言葉を使ったんだよ」

―加奈恵の尊厳を傷つける形であの鬼頭を軽い罪にした警察が真実だと!? その言葉なんて信じられるか・・・・今回だって冬弥を冤罪にするつもりなんだ・・・・もう警察なんて信じられるか・・・・散々理解者のフリしやがって・・・お前も知的障害者を助けるやつなんて、碌でもない犯罪者だと思っているんだろう!

「社長が何気なく言ってしまった言葉から、私は確信したんだよ。前に冤罪事件ってあったんじゃないかって・・・そう、空弥さんが加奈恵さんをレイプした事実・・・・あれは冤罪じゃないかって事なんだよ・・・そしてそれを冤罪だと社長が知っていたのは、他でもない・・・・・犯人が息子の花祭冬弥だからだよ!」
「その事実は証明されているよ」
長川は言った。
「結城君のハンカチの花祭社長の涙からDNAを抽出、それを前の事件で警察に保管されていた、加奈恵さんの体内のDNAと照合したら、親子関係であることを証明した。その事実をもとに花祭淳二を任意で追求したら、全てゲロったよ。知的障害者従業員の女性を強姦していたこと、男の従業員は暴力で支配し、賃金を一切払わずに強制労働させていたこと、拷問に等しい虐待と長時間労働で死者も出していたこと・・・・。監禁されていた被害者もさっき救出したし、花祭親子が女性従業員の障害者を陵辱している動画ファイルも押収、お前が殺そうとしていた花祭淳二は逮捕されたよ!」
鬼頭空弥は長川を青ざめた顔で見ていた。
「鬼頭・・・・本当にお前はやってないのか? 私の娘に何もしていないのか?」
佐藤祐市は震える声で聞いた。
 鬼頭空弥はそれに答えることなく、ガクガク震えながら下を見た。
「でもなんでだ・・・なんで花祭の息子さんのDNAが息子と取り違えられていたんだ」
鬼頭伸郎が聞く。
「杜撰だったからだよ」
都は言った。
「2年前の事件で被害者だった加奈恵さんが知的障害だったという理由で、警察は強姦での立件は無意味だと思っていた。だから加奈恵さんの体から供出されたDNAを空弥さん本人のものと照合することをめんどくさがって、そのまま空弥さんのものとして保管しちゃったんだよ。それが今回の事件でサンプルとして利用したものだから、警察は真犯人の冬弥さんの死体を空弥さんのものだと鑑定してしまったんだよ!」
「そ、そんな・・・」
鬼頭登美子が悲鳴に近い声を上げる。
「空弥さんはそれを自分が受けた裁判の論点などから確信し、今回のトリックに利用したんだよ」
都は空弥に近づいた。
「私のストーカーさんになったのも、計画の一部だったんだよね」
空弥は俯いたままだった。
「あのストーカーには2つの意味があったんだよ。第一にこの事件に長川警部を介入させること。これがこの復讐計画の一部だったんだよ。長川警部に知り合いの女の子が撮影された写真がいっぱい貼ってある部屋を見せつければ、加奈恵さんを知っている長川警部は怒りを感じて、『この人は絶対反省していない』と思うよね。そうすれば花祭冬弥が自分を殺して火をつけたって思わせることが出来る。そしてもう一つ、これが最大の理由なんだろうけど」
都は空弥に言った。
「空弥さんは自分と家族と長川警部を対面させたかったんだよ。空弥さんの家族は息子を持て余し、憎み、疲れきっていた。その様子を見せることで、長川警部はこう考えたんだよ。『鬼頭空弥の家族も殺人の容疑者だ』って。だから長川警部は家族から空弥さんのDNAを供出させずに、警察署のサンプルを利用する選択をしたんだよ。空弥さんの読み通りにね・・・・」
「全ては花祭淳二を殺すためだったんだな」
長川は言った。
「花祭は従業員を暴力で制圧するためにチンピラを雇っていたようだし、そいつが取り巻いている状態では返り討ちにされる可能性は高い。だが息子の冬弥が空弥を殺してしまったのならば話は別だ。冬弥が警察に捕まってしまえばすべての悪行が白日にさらされる。それを防ぐためには何としてでも冬弥を警察より前に始末しなくちゃいけない。冬弥から呼び出しのメールが届けば、花祭淳二は絶対に一人で来るっていう確信が、空弥・・・お前にはあったわけだ・・・」
「そうやって、加奈恵ちゃんの友達をこの工場から助けてあげたかったんだよね」
都は笑顔で言った。
「でも、もう社長も逮捕されたし、警察の間違いも含めて全部が証拠として揃っているんだよ・・・・だから・・・・空弥さんの勝ちだよ」
「違う・・・・」
空弥は言った。
「僕は勝ってなんかいない・・・・加奈恵を・・・加奈恵を助けてあげられなかったんだ!」
空弥が目から涙を流しながら絶叫した。2年間の全ての思いを吐き出すように・・・。
「空弥さん」
都は言った。
「空弥さんは、加奈恵さんを助けようとしていたんだよね・・・」

6

「お父さんから聞いたよ。会社を辞めるとき300万円払わされたって。会社を辞めるだけでお金を請求されるなんてよっぽどのことがないとありえないし、ましてや300万円なんてありえないって長川警部から聞いたよ。空弥さんはワガママで辞めたんじゃなかった。酷い会社で全部壊されてしまったんじゃないかな」
都の声に、空弥は頷いた。
「僕は何をやってもダメな男なんだ。だから中学高校、働いてからもいじめられて・・・・父さんや母さんは『病気だから』って僕を守ってくれたし、麻純だって庇ってくれた・・・。でも本当は家族を助けたかった・・・。でも外に出るたびに怖くて動けなくて、悪口が周囲から聞こえてきて、殴る蹴るの痛みが蘇ってきて・・・・体が動かなくて・・・・公園で倒れ込んでいた僕を助けてくれたのが加奈恵だった」
空弥は目を抑えて笑った。
「おかしいよね・・・加奈恵が僕を引き起こしてくれて抱っこしてくれただけなのに、僕を取り巻いていた悪口が消えたんだ。それ以来僕は加奈恵と公園で出会うようになった。加奈恵は言葉をうまくしゃべれなかったが、それでも笑顔が素敵で、本当に何をするわけでもなかったのに、公園で2人でボーッとしているだけだったのに、とても楽しかったんだ。おかげで僕は少しでも外に出られるようになった。アルバイトを探す努力も出来るようにはなっていたんだ。面接でいつも落とされてしまうんだけどね・・・・。でも4月になって、あの子は公園に来なくなった。多分就職とかしたんだろう・・・。寂しかったけど、僕も少しずつ努力をしようって思っていた」
「空弥」
鬼頭静子が口元を押さえて涙を流した。
「それが6月になって、梅雨の季節だった。僕は公園の遊具の下で泥だらけになっている加奈恵を見つけたんだ。あの子は体を震わせていた。すぐに留守だった僕の家に連れて行ってシャワーを浴びせた。でも風呂場の水も怖がって悲鳴を上げて、裸で浴室から飛び出してきてすがりついてきたんだ。その時の体を見て、彼女が何をされたかすぐにわかったよ。僕は自分の離れに加奈恵を連れて行った。あの子は言葉を喋れなかったけど、僕にはわかった。あの子は職場で虐待されていた。そして連れ戻しを異常に恐れていたんだ」
「その時にどうして警察に届けなかったんだ」
長川が信じられないという声で聞くと、
「そんな事お兄ちゃんが出来るわけないでしょう!」
と鬼頭麻純が絶叫した。
「お兄ちゃんは職場で同じように虐待されたのよ。殴られたり蹴られたり給料なし休みなしで働かされ、上司の家の家政婦みたいな仕事までさせられた上に、上司に殴る蹴るお風呂に沈められる被害に遭っていたんだから・・・。お兄ちゃん交番に助けを求めても、連れ戻しに来た上司たちに警察官はお兄ちゃんを引き渡したわ! 『職場内での事は弁護士に相談の上で労働基準監督局に』って言ってね! 結局お父さんは大金を払って会社をやめさせるしかなかった」
「鬼頭・・・・さん・・・・あなたは・・・・」
頭を抱える空弥に佐藤登美子が語りかけた。
「加奈恵さんを助けようとしたんだよね」
都に言われ、空弥は頷いた。
「誰にも言わないで僕の部屋に匿うしかなかったんだ! 誰かに加奈恵がここにいる事がバレたら、加奈恵は強大な暴力によって連れて行かれてしまう・・・でも、結局僕は愚かだった。結局近所の人に通報されて、長川警部・・・あんたに僕は逮捕されたんだ!」
空弥は長川を睨みつけた。
「僕が監禁で逮捕されるのは仕方が無かった。でも僕は強姦罪でちゃんと捜査して欲しかった。加奈恵を酷い目に合わせた人間がいるって・・・・。でも刑事は信じてくれなかった。俺の言い訳だって言って、DNAサンプルも調べようともしなかった・・・・。そのせいで加奈恵はあの花祭の地獄に連れ戻されて、殺されてしまったんだよ!」
空弥は絶叫した。

「僕はやっていない!」
刑務所の面会室で空弥は家族に喚いた。
「加奈恵は別の人間に虐待されたんだ。あの子を助けてくれ!」
「うるさいぞ!」
伸郎は喚いた。
「あなたのせいで、麻純は高校を辞めさせられたわ・・・。。もう・・・限界なの・・・・お父さんもお母さんも・・・・」
静子が憎しみに満ちた目で空弥を見た。
 そして両親は空弥から目を背け、面会室から立ち去った。

「出所した僕は加奈恵を助けなければいけないって思って、片っ端から知的障害者を雇っている工場を探した・・・。すぐには見つからないと思っていたら、『かなえ 知的障害者 工場』で検索しただけで流出したファイルが引っかかったよ。そこで花祭親子が加奈恵を陵辱する動画、加奈恵の泣き顔が写りこんでいた・・・・。僕はそれを見て体が震えたよ・・・。でも必死で冷静になって、そういう趣味の愛好家のふりをして、金を払うから他に動画を見せて欲しいって頼んだんだ。そうやって住所を解析するつもりだった。でも、あの親子はメールでこう言ってきやがったんだ!」
空弥は血を吐くようにして喚いた。

―いや、すいません。実はあの子死んじゃったんですよ・・・。逃げようとしてベランダから飛び降りちゃって・・・。
でも前のならあるから見ていってくださいよ。

 VTRの加奈恵の泣き顔・・・。言葉はなくともその恐怖と苦しみが空弥にはわかった。
 空弥は頭の中が真っ白になった。彼女を自分が死なせてしまったという後悔・・・そしてその時に味わった加奈恵の苦しみ・・・・そしてこいつらが同じように加奈恵の同僚の少女たちを苦しめている現実・・・。
―コロシテヤル…アイツラニカナエトオナジクルシミトイタミヲアジアワセテ…コロシテヤル
 鬼頭空弥の顔がディスプレイの光に照らされ、醜く歪んだ。

「動画のカネを払うと言って冬弥を呼び出し、スタンガンで拉致して僕の部屋に連れて行った。そこで舌とアキレス、声帯を切って拷問し、無理やり加奈恵の両親に送ったあの手紙を書かせてから、ゆっくり解体してやったよ。あの外道を・・・殺されたのが僕だと思わせるために、大声で叫びながら・・・・」
「そしてここでその父親を殺して、そして自分も死ぬつもりだったんだよね」
都は空弥に言った。
「そうすればもう、父さんにも母さんにも麻純にも迷惑をかけずに済んだと思ったんだけどな」
「そんな事ないと思うよ・・・」
都は言った。「絶対ない」
長川は空也の両手に手錠をかけた。
「空弥・・・空弥ぁああああああああああああ」
母親の静子が絶叫する。
 だが空弥の両親も加奈恵の両親も声をかけられないまま、空弥は連行されていった。

 数日後、取調室で、長川はやせ衰えた鬼頭空弥と向かい合った。
「食事をとっていないようだな」
空弥は何も答えない。長川は小さく頷いてから話を進めた。
「君の両親と加奈恵さんの両親に警察関係者として謝罪をしてきた」
「あなたは職務を遂行しただけです。略取誘拐に関しては僕は本当にやっていたわけだから冤罪とも違う・・・」
ここで空弥は初めて喋った。長川は空弥を見た。
「でも、法を執行するうえで許されない怠慢を犯した。そのせいで警察は君の親友と君の家族の人生をめちゃくちゃにした」
長川はため息をついた。
「一番怒っていたのは、加奈恵のお母さんだった。あの子に直接話していながら、あの子を強姦魔に差し出して死なせてしまったんだからな。『どうして鬼頭空弥・・・いいえ、鬼頭さんの話を聞いてあげなかったんですか』『もう二度と来ないでください』って言われたよ」
空弥は無表情のままだったが、長川警部は続けた。
「でも一番来たのは、君の妹さんの言葉だった。『警察は一生許せないけど、私もお兄ちゃんを裏切った一人です。だから怒りません』。警察は17歳の女の子にあんなことを言わせたんだ・・・」
長川警部は空弥をもう一度見た。
「君が死んでしまっても、君の家族を救えないことはわかっているだろう・・・・」
「それでも・・・・食べることはできないんです・・・・」
空弥は呟くように言った。
「わかった・・・・。でも加奈恵さんの事でどうしても伝えたいことがあるんだ。聞くだけ聞いてくれないか・・・?」
長川は言葉を紡いだ。
「あの子、辛いはずなのに警察の為に検査を受けてくれたんだ。あの時私は『これで本当のことがわかる』って言ったら、あの子笑ったんだよ。あの時私は、自分の被害を誰かに分かってもらえて笑ったと思ったが、今は違うとわかる。あの子はあの時、君の無実をわかってもらえると思って安心したんだ。あの時の笑顔は、君が救われたのもわかる・・・素晴らしい笑顔だった」
空弥は下を向いた。
「空弥君・・・・あの子は君のためにならどんなに苦しくても笑顔になれる子だ。そんな彼女がお前が自分を傷つけ続けるのを見て、笑顔でいられると思うか?」
空弥は何も答えなかった。
「あの子のあの時の気持ちを君がもし考えるとするならば、きっともう死んでもいいなんてヤケは起こさない。私はそれを信じている」
長川はそれだけ言うと、席を立って取調室を出ていこうとした。
「長川警部・・・・」
空也は顔を両手で押さえて肩を震わせていた。
「ありがとう・・・・ございます・・・・・」

 警察署前の道路を歩きながら、長川警部は考えていた。
 警察組織は冤罪とも不祥事とも考えていないようだった。鬼頭空弥について略取誘拐罪自体は成立していたからだった。それに加えて強姦では起訴されていないわけだから記録上は冤罪にはなりえない。とにかく警察署に数週間泊まり込んでいた長川は上司から帰宅を命じられた。
 今回の不祥事は長川が主導したものではない。しかし組織の一員として長川も責任の一端をになっているのは確かだ。
 いや、それ以上自分には責任はあったのではないだろうか。長川は考える。あの時、加奈恵の気持ちを理解してあげたら・・・・彼女を陵辱したのが本当は別人かも知れないという可能性を考慮していれば・・・。あの時上司がDNAサンプルを本人と照合するという当たり前のことを上司がしているか気にかけていたら・・・。
 加奈恵は死なずに済み、空也の家族の人生も崩壊せずに済み、そして空也も重い罪で処断されることも、復讐殺人に走ることもなかった。そして加奈恵のような被害者もずっと少なく出来たはずだ。そう、警察が法の執行者として当たり前のことをしていれば・・・・。、
「長川警部」
ふと顔を見上げると、都と結城が出迎えている。
「大丈夫?」
都は聞いてきた。
「あ、大丈夫だ。まあ、鬼頭空弥に言うことは言ってきたさ。あれで生きて罪を償ってくれればいいんだが」
「大丈夫だよ」
都は笑顔で言った。
「空弥さんは、もう加奈恵さんを悲しませることはしないから・・・」
ふと長川警部は都の小さな方を両手で掴んだ。
「警部?」
都はきょとんとした顔で言った。
 長川は声を上げることはなかった。しかし都の肩を掴んだまま崩れ落ちた。
 体を震わせる長川の頭を撫でながら、都はこの女警部が教えてくれたことを絶対に忘れないと心に誓った。

おわり

 

 

業火の亡霊2


業火の亡霊 事件編
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2年前の少女自殺事件は、被害者が知的障害という理由で、自殺の原因を作った強姦魔鬼頭空弥は軽い罰で済まされた。
しかしその鬼頭空弥は全く反省なんてしていなかった。
そして犯人によって彼の部屋が放火され、空弥の焼死体が発見された。

■容疑者
佐藤祐市(49):会社員。自殺した佐藤加奈恵の父親。
・佐藤登美子(47):パート。加奈恵の母親。
・鬼頭伸郎(53):会社役員。空也の父親。
・鬼頭静子(51):専業主婦。空弥の母親。
・鬼頭空弥(27):無職。
・鬼頭麻純(17):空弥の妹。JKビジネス。
・花祭淳二(50):知的障害者雇用工場社長。
・花祭冬弥(26):淳二の長男。人事担当。

3

「長川警部うううう」
常総警察署にやってきた女子高生島都は元気よく手を振った。その笑顔を見て長川警部は癒された。
「呼び出して悪かったな。今日はちょっと証人として来てもらったんだ」
「大丈夫だよ、長川警部。警部と私はネットリとした関係じゃない!」
都は手を伸ばして警部の背中を堂々と叩いた。
「でもまさかストーカー野郎が殺されるとはな」
結城竜が都の後ろから感慨深げに言った。
「ああ、でも大体犯人はわかっている」
長川は会議室に都を案内しながら少し辛そうに言った。
「殺された鬼頭空弥は2年前、15歳の少女を強姦して逮捕されている。でも被害者は知的障害もあって後半で証言を信用してもらえる可能性が低いことから、結局強姦では立証できず、被害者は自殺。空弥は監禁容疑のみ適用されて2年で出所したんだ」
「それを恨んでいるそのその少女の遺族あたりが犯人だと警察は睨んでいるのか?」
結城は言った。
「いや、警察は既に1人指名手配している」
長川は努めて冷静だった。
「花祭冬弥っていう、2年前の被害者の少女が勤めていた会社の社長子息で、彼女と親しかった青年だ」
「どうして?」
都が目をぱちくりした。
「鬼頭空弥は逮捕前も出所後も引きこもり生活を続けていて、交友があるのは両親と妹くらいだ。だが、奴が性的虐待を加えた少女佐藤加奈恵の両親や親しい知人には基本的に全員にアリバイがあったんだ。その中で唯一アリバイがなく、そして昨日工場に出社していないのが、この花祭冬弥なんだ」
長川は都に写真の好青年の姿を見せた。
「事件後に姿を消したとなれば、確かに怪しいが」
結城は写真を都と覗き込んだ。
「物的証拠もある」
長川は別の紙を取り出した。
「これは鬼頭空弥がレイプした少女の両親あてに届いた手紙だ」
長川はビニールに入った手紙を見せた。そこにはこう書かれていた。

―加奈恵のお父さん、お母さん
鬼頭は僕が殺しました。この手紙を警察に持って行ってください。

「鑑定の結果、間違いなく花祭冬弥が書いたものだった」
都はしげしげと眺めてから、長川警部に聞いた。
「警部は花祭って人が犯人だって思っているの?」
「警察官としてはその可能性は高いと思っている。でも長川朋美としてはちょっと信じられないね」
長川はここで厳しい目をした。
「彼には前の事件で何度かあったことはあるが、少なくとも復讐なんて考えているようには見えなかった。この前に会った時に一緒に花を手向けたんだが、自殺した加奈恵が教えてくれたのは優しさで、その優しさで少しでも人のためになることが彼女への供養になると言っていた。その言葉を信じたいという気持ちはある。それにだ・・・・」
長川は都をじっと見た。
「もし、この手紙が脅されて書かされたものだとしたら、犯人は冬弥に罪をなすりつけるつもりじゃないか。その犯人が冬弥を生かしておくと思うか? 事態は切迫している可能性だって十分ある」
「そっか」
都は言った。
「長川警部は冬弥さんを助けたいんだね」
「全く私的な理由でな」
「ううん、警部の人を助けたいって気持ちは大好きだよ」
都はニッコリと笑った。
「別にあらゆる可能性を考えるってのは悪いことではないだろう」
結城も頷いた。
「すまないな」
長川は頭を掻いた。
「それじゃあ、私たちを連れてってくれるかな」
都は笑った。
「加奈恵さんのお父さんお母さんと、ストーカーさんの家と、冬弥さんの家に」

「長川警部は本当にいい刑事さんでした」
遺影の中の加奈恵の見守る部屋で、加奈恵の母親、佐藤登美子は都に話しかけた。
「他の刑事さんが加奈恵の証言能力に問題があると早々に捜査を打ち切ったのに、長川警部は親告罪ではない強姦致傷罪で鬼頭を裁こうとしてくれたんです。上司を説得して、娘を病院に連れていって、傷がないか一生懸命探してくれました」
「でも鬼頭は狡猾でしたよ」
佐藤祐市は顔を震わせた。
「あいつは、加奈恵が服を着たらわからないように狡猾に考えて、あの子を陵辱していた・・・」
父親は顔を怒りで充血させていた。
「あの子は命を絶たなければいけないくらいに苦しみ続けたのに、あの男は2年間、たった2年間で全て終わりですよ。たった2年で許さなければならないんですよ、私たちは!」
「せめて民事で訴えられなかったんですか?」
結城は言った。
「弁護士に言われました。知的障害者はもともと家族に負担になる。それがいなくなったという理由で裁判を起こしても被害認定はされないって・・・・誰も弁護を引き受けてくれませんでした。あの子は私たちの宝物だったのに・・・。確かにあの子は言葉をしゃべることは出来ませんでした。でも人の言葉はわかった・・・。そして思いやりの気持ちを持った、とても純粋で・・・・あの子の笑顔や優しさは、私たちにとってかけがえのないものだったのに・・・・」
父親は怒りで肩を震わせた。
「こんな事を言ってはそしりは免れませんが・・・冬弥さんには感謝をしています・・・あの小汚い鬼畜を虫けらのように殺してくれたんですから・・・・」

「ふー」
結城はため息をついた。
「なんで障害があるだけでこんなに差をつけられなければならないんだ」
「私が答えられると思うかい」
長川はぽつりと答えた。
「あの夫婦のアリバイはどうなんだ?」
「これから行く鬼頭空弥の家の離れが出火したとき、夫婦はそろってカウンセリングを受けに50km離れた千葉県内の病院にいた。証言も取れている」
「ストーカーさんの家族にはアリバイはないんだね」
「全員家にいたそうだ。空弥のいた離れの出火に気がついて最初に通報したのは、空弥の両親だからな」

「あのう・・・・この人たちは・・・・」
鬼頭静子は訝しげな顔で結城と都を見た。
「息子さんがストーカーをしていた別の被害者です。少し捜査協力をしてもらっています」と長川。
「息子が大変ご迷惑をおかけしました」
「わわわ、大丈夫ですよ」
都はきょとんとした顔で頭を下げる鬼頭伸郎にあわあわしながら言った。
「失礼ですが、空弥さん・・・ずっと引きこもっていたのですか」
結城は伸郎に聞いた。
「ええ、中学高校と不登校で、一度就職しましたが、甲斐性がなくたった3ヶ月で無断欠勤するようになり・・・結局三百万近く賠償して会社を退職させました。それからずっと離れに引きこもりですよ。時々出かけていたようですが、まさか女性を物色していたとは・・・・。部屋に入ろうとすると暴れるようになったのは、ちょうど加奈恵さんがあいつに誘拐されてからです・・・・。無理やり追い出すべきでした。あるいは親として殺すべきでした・・・。加奈恵さんの両親、それから花祭さんの御子息には大変申し訳ない・・・・」
伸郎は肩を震わせた。こっちも地獄だ・・・結城は思った。自分の息子が殺されたのに、息子を殺した犯人に謝らなければならないなんて・・・。
「出所後もずっと引きこもっていたんですか?」
長川は聞いた。
「ええ、部屋に入ろうとすると暴れられました。それから真夜中に奇声を上げるようにもなって・・・・あいつが殺される時、その悲鳴も聞こえていました。でも本当に殺されているとは」
「私も聞きたかったな。お兄ちゃんの悲鳴」
父親の横で空弥の妹、麻純がハイライトのない目で不敵に笑った。
「私もあいつをぶっ殺してやりたかったもん」
「あの」
都が目をぱちくりさせた。
「空弥さんの部屋、見たいんですけど」

 焼けただれた離れは規制線が張られていた。ただし発見が早く、倒壊は免れている。長川は見張りの警官に警察手帳をかざし、都、結城、麻純と一緒に中に入った。中ではパソコンやベッド、本棚が焼けただれ、CDケースが溶けでてめちゃくちゃになっている。
「ここにお兄ちゃんの死体はあったよ」
麻純は言った。
「ボクシングみたいに手を伸ばして黒焦げになってね」
妹は笑いながら言った。
「熱硬直って奴か」
結城は唸った。
「うーん」
都は考えた。
「犯人は空弥さんをナイフでメッタ刺しにしてから火をつけたんだよね。でもなんで火をつけたんだろう」
「証拠を残したくなかったんだろう」
「だったら死体にだけじゃなくって、部屋中に灯油をかけるんじゃないかな」
都は結城を見た。
「確かに・・・死体が蝋人形みたいに燃えていたせいで、全焼は避けられているからな」
長川はある程度どんな部屋だったか、燃え残りで確認できる部屋を見回した。
「ううううう、私の写真が黒焦げだよぉ」
都が残念そうに言った。
「そこかよ」
結城は唸る。
「なあ、都・・・都ならどう考える? 死体が燃やされた理由」
「2つ考えられるな」
結城は言った。
「まず第一に死体の身元が本当は空弥じゃない可能性」
「それはない。死体のDNA鑑定で身元は特定されているんだ」
「そのDNAサンプルが家族が供出したものだったら、何か偽装されている可能性はあるんじゃないか」
結城はきっと睨みつける麻純を見ながら言った。
「それはないよ」
長川は言った。
「前の佐藤加奈恵強姦事件の時の、彼女の体に付着していた体液から照合サンプルが取れているんだ。警察の保有するサンプルだからトリックのしようがない」
「となると」
結城は言った。
「死体を燃やした理由は死亡推定時刻をごまかすため・・・つまり時限発火トリックか何かを使えば、殺人の時間を偽装できるわけだ」
「だがそんな類の痕跡は発見されていないぞ」
長川は言った。
「例えば蝋燭を死体の上に設置すれば確かに時間が経てば死体燃やせるし、証拠も残らないだろうが、それで作れるタイムラグはせいぜい30分、佐藤夫婦や事件当時商工会議所にいた花祭社長のアリバイを崩す事は出来ない」
「そっか」
都は頷いた。

「くそっ」
鬼頭家を辞退した都、結城、長川が次の花祭工場まで行く途中の道で、結城は頭を掻いた。
「絶対に犯人が死体を燃やした理由があるはずなんだ。しかし身元を騙すためでもない、死亡推定時刻を偽装する為でもない・・・だとしたら目的は何なんだ?」
「目的は大体わかってるよ」
都は結城を見た。
「佐藤さんの家と鬼頭さんの家で、おかしなことを言っている人が一人ずついたんだもん」

4

「なんだって?」
午後の街角の路地で結城が声を上げる。
「うん」都は言った。
「でも私の考えが本当かどうかはまだわからないんだよ。だからこれから花祭冬弥さんのお父さんの話を聞きたいんだ」
「わかった」
長川は都の表情にただならぬものを感じ、頷いた。

 当然だが、工場の事務室で花祭淳二は頭を抱えていた。
「どうして・・・どうして息子が・・・・・加奈恵の為に頑張るって言っていた冬弥が・・・・復讐なんて愚かなことを」
「あの・・・・」
結城が泣きはらす淳二にハンカチを差し出した。
「す・・・すいません・・・・」
淳二はハンカチを受け取った。
「こんな・・・・こんな事をすれば・・・みんなのこの工場がなくなって・・・・この工場のみんなは行き場所をなくしてしまうと言うのに・・・・どうして・・・うううっ・・・・・」
淳二はここで長川の肩を掴んだ。
「刑事さん・・・なにかの間違いなんですよ・・・冬弥がそんなことをするはずがない・・・あの子はもっと聡明で優しい子なんです・・・・何かの間違いなんです・・・・お願いします・・・お願いしますよ」
「こちらは真実を究明するために全力で捜査しています」
「何が真実だ!」
淳二は喚いた。
「加奈恵の尊厳を傷つける形であの鬼頭を軽い罪にした警察が真実だと!? その言葉なんて信じられるか・・・・今回だって冬弥を冤罪にするつもりなんだ・・・・もう警察なんて信じられるか・・・・散々理解者のフリしやがって・・・お前も知的障害者を助けるやつなんて、碌でもない犯罪者だと思っているんだろう!」
淳二は長川に書類を投げつけた。
「出て行ってくれ!」
長川は小さくため息をつくと、床に散らばった書類をまとめて机の上に起き、一礼して退出した。

「ふー」
「お疲れさんだったな」
工場の外で結城が長川に言った。
「別に・・・刑事の仕事をしていれば、こういう事は往々にしてあるさ。そんな中でも粛々と公務を執行するだけ・・・。そんなにお疲れさんでもねえよ」
長川はため息混じりに言う。
「でも都の聞きたいことは聞き出せなかったな」
「そうでもないよ・・・」
都は考え込みながら言った。
「これでわかった・・・・残念だけど冬弥さんは冤罪なんかじゃない・・・この事件を引き起こした犯人の一人だよ」
都は長川警部の顔を見た。
「そうか・・・・」
長川はそれだけつぶやいた。
「それが淳二のあの発言からわかったんだな」
結城は聞く。
「うん・・・・それを証明するために、長川警部にちょっと調べてほしいことがあるんだよ」
都はひと呼吸おいてから頼みごとを長川にした。だが、その都の頼みごとを聞いて、長川は思わず叫んだ。
「都! それに何の意味があるんだ!」
いつも都の頼みならすんなり聞いている理想的な推理漫画の警部が、今回は違う反応をした。だがそうせざるを得ない頼みごとだったと結城竜は納得した。
 都は落ち着いて、警部をまっすぐ見ながら喋り始めた。
「私の推理はね・・・・」
納得していた結城も目の色が変わり、驚愕のあまり顔が震えた。そんな事があるのか・・・・。この真実はこの陰惨な事件をさらに何倍も陰惨な物にする内容だった。
 結城は長川を見た。長川は真剣な表情で都を見ていた。だが結城はその事実に長川が耐えられるか不安だった。いくら冷静な女警部でも、突然崩壊するのではないか・・・都の推理はそんな内容だったからだ。
 だが杞憂だった。長川は都の話を聞いて、小さく息を吐いた。
「わかった。都がそういうんなら、それを確かめなきゃダメだろう」
長川はそれだけ言った。
「長川警部・・・ありがとね」
都はにっこり笑った。長川はそれに答えず、都に背中を向けた。
「ふーーーーーーー」
都は結城に笑いかけた。
「私の推理、外れてたらいいね」
「ああ」
正直その可能性は低いと結城は思った。

 かなり無理な願いであったが、長川は警察組織を動かした。そしてその結果を警察署の事務机で待ちながら、思い出していた。
 加奈恵の笑顔を・・・・。

 言葉が喋れず、「あーーーー」「ううううう」としか言えなかった加奈恵。でも必死にトラウマに耐えながら裸になって長川警部と科捜研によって体中を調べさせてくれた。
 全ての検査が終わったあと、長川は言った。
「ありがとう・・・・」
「あ・・・・・あ・・・・・・」
加奈恵は涙に濡れながら声を上げた。
「だいじょうぶ・・・・・」
長川は言った。
「かなえが・・・・しゃべれなくても・・・・・だいじょうぶ・・・・・」
「だ・・・・・・い・・・・・・・」
「ほんとうのことが・・・・・わかる・・・・・・・・」
「ほ・・・・・と・・・・う・・・・・・」
その言葉に加奈恵は安心したようにニッコリと笑った。
「かなえの・・・・・おかげ・・・・・・ありがとう・・・・・・」
長川は加奈恵の手を取ってゆっくりと振った。

 そこまで思い出して、長川は頭を抱えた。
―どうか嘘であってくれ・・・・。
「長川警部・・・」
鈴木が事務室に戻ってきた。長川が憔悴した顔をあげる。
「都ちゃんの言うとおりでした」
残酷な宣告だった。しかし長川は悲しむことはなかった。
「もしそれが本当なら、犯人はあと一人殺すつもりだ。警察としてその殺人は絶対に阻止しなければならない」
長川は部下を見回した。
「直ちに出発だ」
長川はそう言うと「はい」と返事をする部下の先頭に立って、捜査本部を飛び出した。だが一瞬廊下に立ち止まり、力いっぱい壁を殴りつけた。
「くそったれ・・・・」
長川はそれだけ言うと、再び廊下を歩きだした。

 殺人者は闇の中で最後の標的が来るのを待っていた。
「加奈恵・・・もう大丈夫だよ。あと一人殺せば、加奈恵の願いは叶う・・・・必ず助けてあげるからね・・・・」
殺人鬼はそうつぶやきながら、その時を待った。
 人の気配がした。時間通りに標的はやってきたのだ。殺人者は標的が近づいてくるのを、両手にロープを結わえたまま息を殺して待った。
「無駄だ」
あの女刑事の凛とした声がして、殺人鬼はうろたえた。
 同時に数人の警官と事件関係者・・・そしてあの女子高生探偵とその友人の青年が次々と真っ暗な倉庫に入ってくる。
「お前が殺そうとしている奴はもうやってこない・・・・もう全て分かっている。佐藤加奈恵の復讐の為に彼女を陵辱した男を殺害した犯人は・・・・お前だ!」
電気がついて、復讐殺人の犯人の姿が関係者によって白日のもとにさらされた。

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さあ、全てのヒントは提示された。
今回の設問は簡単。ズバリ、佐藤加奈恵の復讐の為に今回の殺人を引き起こした殺人事件の犯人は誰か!
下の登場人物の中にいる!

■容疑者
佐藤祐市(49):会社員。自殺した佐藤加奈恵の父親。
・佐藤登美子(47):パート。加奈恵の母親。
・鬼頭伸郎(53):会社役員。空也の父親。
・鬼頭静子(51):専業主婦。空弥の母親。
・鬼頭空弥(27):無職。
・鬼頭麻純(17):空弥の妹。JKビジネス。
・花祭淳二(50):知的障害者雇用工場社長。
・花祭冬弥(26):淳二の長男。人事担当。

業火の亡霊1

少女探偵島都
【業火の亡霊】導入編
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1

 1年前―。ある少女が自ら命を絶った。
 その少女の死が、今回の連続殺人の引き金になった。

―こちら、アルファ・・・・現在異常なし。
「こちら、シータ。こちらも現在異状なし・・・オーバ」
夕方の住宅地で携帯電話で男達が連絡を取り合っている。
「よーし、まもなくコードネームエンジェルがそっちに到着する。散開して安全地帯を確保しろ」
黒服に黒メガネの長身の男はそう舎弟に命令すると、隣にいる小柄なショートカットの下校途中の高校1年生の美少女に得意げに笑いかけた。
「現在都さんのご自宅に不審人物は確認されていません」
「おおおおお」
島都は感動に瞳を輝かせた。
「結城君! しーくれっとさーびすだよ、しーくれっと! まとりっくすだよー」
「何がシークレットサービスだよ」
結城は皮肉交じりに、長身の男子高生北谷勝馬を見た。
「どう見たって『明後日!男塾』じゃねえか。脳みそだけが民明書房な」
「へっへっへ、さては己の役立たずさ故に嫉妬しているな」
勝馬は完全に有頂天になっている。暖簾に腕押し状態な現状に、さすがの結城竜も突っ込みあぐねていた。
「瑠奈ちん、千尋ちゃん。2人ともストーカーに狙われた時には勝馬君に頼めばいいよ」
「ぜひぜひ是非そうしてください!」
勝馬は鼻息を荒く、横に居る黒髪ロング美少女で都の幼馴染、高野瑠奈の手を握った。
「え、えええ・・・考えとく」
その横で結城の同級生の藪原千尋は一歩引いた状態で、勝馬と結城のやり取りを俯瞰していた。
「どうしたの? 千尋ちゃん・・・・」
都がどんぐり眼で千尋を覗き込む。千尋は呟くように言った。
「これ、結城君がストーカーされたら、勝馬君は結城君のシークレットサービスになるって事だよね。24時間一緒。お風呂も一緒、寝るときも・・・・・クケケケケケケケケ」
千尋の猟奇的な妄想に都は「ひぃいいいいいいいい、コワイヨォオオオオオオオオオオ」と絶叫し、瑠奈は「千尋、あなた自身がストーカーにならないでよ」と突っ込んだ。
 やがて、都のアパートに到着した。都がドアを開けようとすると、勝馬
「待ってください・・・僕が先に行って爆発物がないか確かめます」
「ねぇよ」
結城は突っ込んだ。だが、突然ドアが自動的に開き、その勢いでドアが勝馬の顔面に激突した。
「女の子の部屋に勝手に入らないでくれます?」
中学生で結城の従妹の結城秋菜がじとっとした目で勝馬と結城を見る。
「家の中では私が師匠を守りますから・・・」
空手を習っている格闘少女は男連中を威嚇するように見回してから、「師匠、瑠奈さん、千尋さん・・・どうぞ、デリカシーのない兄貴でごめんなさい」と女性陣を招き入れた。そして「フンス」と結城と廊下に伸びている勝馬に鼻息を荒く見回すと、そのままバタンとドアを閉めた。
「俺は何もしてねえよ」
結城は鼻を押さえる勝馬の横で不満げだ。アパートの階段を下りたとき、警官が2人、勝馬と結城を出迎えた。
「ご苦労、不審人物はいないよ」
「いや、いっぱい不審人物の通報があった」
「なんだって!」
勝馬が怒号をあげる。
「どこだ、ふてえやつは」
「あんたらだよ」
警官の片割れが突っ込んだ。その背後の道をバイクに乗った勝馬の舎弟4人、内一人は板倉大樹という男だ・・・・が「ひいいいいいいい」と言いながらパトカーに追われていた。
―そこのバイク止まりなさい!
「ちょっと署まで同行してくれるかな」
それを見送ったあとで警察が結城の肩に手を置いた。
「俺は何もしてねぇえええええええ」
結城は嘆き声を上げた。

「それで」
常総警察署で金髪の若手、鈴木巡査部長が結城に声をかけた。隣の取調室では
「腑抜け警察がぁあああ、俺よりもストーカー野郎を捕まえろって言うんだァああああ」
勝馬が喚いている。
「隣でわめいているのは、都ちゃんがストーカーされていて、それを守るために住宅地でウロウロしていたと」
「それは俺が証人になるよ」
殺人事件でかち合って顔なじみになった鈴木刑事に、結城はため息をついた。
「でも、都ちゃんにストーカーとはね。確かに可愛い子だとは思うが、警察は彼女が推理で事件を解決していることは基本伏せている。女子高生探偵として狙われているってことはないとは思うが、結構高校生探偵みたいなことしている全国の少年少女の情報のまとめサイトが林立するくらいには情報は流れているからな」
確かに、警察が守秘義務を守っても事件関係者はそうはいかないだろう。
「警察として、相談には乗るぞ」
鈴木は手帳にメモを取りながら言った。
「最初に都のアパートの新聞受けに手紙が入っていたんだ。『あなたが好きです』『付き合ってください』とか。そして都が通学するとき、通学路で待ち伏せして一眼レフカメラでパシャパシャやる小太りの20代の男が何度か。まあ、都はストーカーだとは思わずに、純情な気持ちで告白されたと思って、ものすごく悩んでいたみたいで、高野に相談したらしい。ホラ、あいつってそういうのって免疫無いだろう」
「確かに」
鈴木は頷いた。
「で、高野はこれはストーカーだと判断して俺に相談したってわけだ。手紙の内容も卑猥になってきていて、俺もヤバイとは思っているんだが」
「卑猥って・・・どんな」
「ブラのサイズとかオ〇ニーいつ始めたとか・・・手紙実物は後で持ってくるよ」
結城は言った。
「そりゃ、都ちゃん、怖がっているだろう」
鈴木は都に同情した。
「いや、どうも都はオ〇ニーって言葉を知らんらしい。藪原の影響で腐女子用語か何かと思っているようだ」
見た目も思考も小学生な都の「きゃはっ」という笑顔を鈴木は思い出した。結城はここまで言ってから周囲を見回した。
「こういうことは長川警部に相談したいんだが、長川警部はいないのか?」
「あの人は本庁の人だからな。いつもは水戸にいる。それに今日は非番だ」

 ある団地の一室の仏壇の中で、ひとりの少女の写真が微笑んでいた。茨城県警の長川朋美警部は静かに手を合わせた。
「あなただけですよ」
少女の父親の佐藤祐市が小さくため息をついた。
「毎日娘の様子を見に来てくれるのは」
「他の警察関係者は、娘の気持ちを全然汲み取ってくれなくて・・・」
少女の母親、佐藤登美子も無念の表情で下を向く。
「本当に月命日の度にありがとうございます・・・」
「いえ」
長川は沈痛な表情で両親を見回した。
「加奈恵ちゃんの事件・・・強姦罪で起訴できなかったわけですから、本当に無力で申し訳ありません」
そういうと長川は両親に深々と頭を下げた。
「あの男が・・・出所したんですか」
登美子が小さく呟くように言った。
「ええ、本来であれば最低6年は実刑を受けるはずだったのですが」
「なんで、強姦じゃないんです? あの男が娘を誘拐して・・・体中を傷だらけにしたのは本当なんですよ。それに体内にはDNAも残っていたのに・・・なんで警察は強姦で起訴してくれなかったんですか?」
「登美子・・・」
祐市が妻をたしなめる。
「だって・・・・あの子がかわいそうじゃない。あんな男のせいで・・・加奈恵は心に傷を負わされて・・・あんな男のせいで・・・。なのにあの男はたった2年で出所なの? ねえ」
登美子が泣き乱しながら、祐市の肩を揺り動かす。
「すいません、警部さん。妻を落ち着かせたいので帰っていただけませんか?」
祐市の声には警察への不信感がにじみ出ていた。
 長川は両親に一礼して、部屋を辞退した。

 事件は2年前に発生した。当時15歳の包装工場職員の少女佐藤加奈恵が、近隣に住む25歳のニートの男に誘拐された。自宅に拉致された加奈恵はそこで陵辱を受け続けた。職場の通報で警察が男のアパートを訪問し、加奈恵は保護された。しかし検察も警察も強姦での立件には消極的だった。
 それは被害者が知的障害者だったからだ。法廷での証言は得られない、得られても認められにくい。そういうこともあって警察も検察も強姦に関しては不起訴とした。結局加害者の男は未成年者略取の罪のみに問われ、懲役2年の実刑判決を受けた。一方で強姦被害を受けたであろう加奈恵は、その被害のフラッシュバックに悩まされ続け、1年前に職場の屋根から飛び降り自殺をした。
 警察が性的虐待を立証できていれば、その罪で加害者の男を裁けていれば、きっとそれで加奈恵は救われただろう。しかし警察は、15歳の少女はエッチ目当てで近所のニートの家に入り込み、その男と寝たと認定した。もちろんそれでも未成年者略取罪にはなるが、これによって裁判所も社会も「被害者が愚かだったからそうなった」という論調で話を進めた。
 それが、15歳の少女をどれほど苦しめたのか。
 長川は当時警部補として捜査に携わったが、加奈恵に話を聞いた長川は、加奈恵が必死で何かを伝えようとしていたのを感じた。だが、当時の班長は言った。
「長川、こいつの証言なんて誰も採用しない・・・時間の無駄だ」
よりにもよってそれを加奈恵の前で言ったのだ。加奈恵は長川に物凄く悲しげな目を向けていた。
 その後加奈恵は目立って痩せていき、無表情になり、何も興味を持たなくなった。被害に遭う前は言葉を喋れなくても好奇心でいつも目を輝かせているような女の子だったという。
 しかし、警察の不誠実な対応が、少女の全てを壊した。そして少女は死ぬしかなくなった。
 団地の階段を下りながら、長川は毎回のように同じことを考えていた。この事件を忘れてはいけないと。

 長川はその足で、今度は2年前の加害者の実家へ向かった。加害者の実家は一戸建てだった。
 チャイムを押す。やがて父親の鬼頭伸郎の声で「はい」と誰何が帰ってきた。
「あの、茨城県警の長川です」
「あなたですか」
虚ろな声が帰ってきた。
「息子の空弥はもう罪を償って出てきましたが」
「その空弥君から、話があると呼び出されておりまして」
インターフォンの向こうが少し黙った。やがてドアが開き、母親の鬼頭静子が出てきた。目の下に熊が出ている。

「どうぞ」
母親はリビングに通した長川にお茶を出しながら言った。
「刑事さんにはご迷惑をおかけしました」
父親の鬼頭伸郎が禿げた頭を下げながら謝罪した。
「いや、仕事ですから」
長川は努めて冷静に言った。
「息子の部屋は、前と同じです」
伸郎がそういった時、長川は思わず驚いてしまった。
「あの離れ、まだあるんですか?」
「申し訳ない」
父親は察して長川に頭を下げた。
「いや・・・・」
長川は手をかざして謝ろうとする伸郎を止める。
「息子は、あの中ではないと落ち着かないらしくて」
「今、息子さんはあの離れに?」
長川が聞くと、静子は頷いた。

 母屋の離れ。プレハブのこの空間がまだあったとは・・・。
 長川は重苦しかった。なぜなら佐藤加奈恵はこの部屋に監禁され、陵辱されていたのだから。そしてこの部屋の中で恐怖に震えていた加奈恵を発見したのは、長川本人だったのだ。
「鬼頭・・・来たぞ!」
長川が声を上げると、プレハブの扉が開き、2年前の拉致強姦事件の犯人鬼頭空弥が顔を出した。でっぷりした不潔な男。2年前と全く変わっていない。
「よく来てくれたねぇ・・・」
鬼頭は不敵な笑みで長川の胸あたりを凝視した。
「さぁ、入って入って」
部屋の中は前と違ってものすごくグチャグチャになっていた。前に来た時は加奈恵に掃除をさせていたのだろう。そして・・・・長川は驚愕した。
 部屋一面に貼られ、引き伸ばされていたのは隠撮したに違いない、知り合いの女子高校生探偵島都の写真だった。
 そう、ストーカーの犯人はこいつだったのである。

2

「デュフフフフフフー、かわいいでしょーーーー。島都ちゃんの写真。こんな子が女子高校生探偵としていくつもの事件解決しているなんて・・・凄いよねぇ。でも、そんな子が逆に犯人に捕まったら、どんなことになるんだろうねぇ。こんな可愛い子だから、きっと拉致監禁されて、いっぱいエッチな事をされるんだろうね」
強姦前科者鬼頭空弥はヘラヘラ笑った。
長川は直感した。こいつは反省していない。そして高確率でまた加奈恵みたいな被害者を出すだろう。
 コイツの部屋で写真とは言え都の顔を見るとは・・・長川の声が震えた。
「お前なんのつもりだ・・・これを見せるために私をここに呼んだのか?」
歯ぎしりしながら叫ぶ。だが鬼頭は馬鹿にするように言った。
「違うよ違うよ・・・僕はこの手紙を受け取ったから、これについて長川警部に相談したかったんだよぉ」
「何ぃ」
空弥は長川に一枚の紙切れを渡した。新聞の文字を切り取って作った脅迫文だった。

―お前を地獄の炎で焼ク

 それだけ書かれていた。
「僕すごく怖くってさぁ。夜も眠れないんだよ。僕を守ってくれるのは島都ちゃんしかいないと思ってさぁ・・・・知り合いの長川警部にお願いしたいんだよ。都ちゃんをここに呼んで・・・そして僕のこの部屋に泊まって欲しいんだって伝えて欲しいんだよ」
長川は空弥の胸ぐらを掴んだ。
「お前のような奴のこんな部屋に、私が都をやると思っているのか!!!?」
「でも善良な市民に助けを求められて、それで黙っているなんて、女子高生探偵がしていいと思っているの?」
空弥は舌なめずりをしながら、あきらかに性的快楽に身をゆだねていた。長川は突き飛ばすように空弥から手を離した。
「とにかく、所轄警察に巡回するように伝えておいてやる。だが都はお前に近づけさせない!」
長川はそれだけ言い放つと、離れから出た。憤りを隠せない。やり場がない・・・・。
「お兄ちゃん・・・反省していなかったでしょ」
毳毳しい、あきらかにお水をやっている若い女性と鉢合わせをした。だがその面影は2年前そのままだった。
「麻純ちゃん・・・だね・・・」
長川は言った。
「警部さん・・・なんで高校に行っていないの? って一瞬聞こうとしたでしょう」
平日の昼、高校3年生になっているはずの鬼頭麻純は肩を震わせた。
「高校なんてとっくにいられなくなったわよ。そしてバイト先の上司からは『兄の罪を考えれば社会は君が訴えるなんて許さない』って私を犯した。だから私はそっちの仕事をしているの。JKビジネスしか私を受け入れてくれるところなんてないしね・・・・お兄ちゃんなんて死ねばいいんだ!!!!!!!!!!!!」
麻純はそういうっと母屋の縁側に消えた。長川警部はやりきれない思いで見ていたが、自分の携帯電話番号と「次に誰かにひどいことをされた時には私が相談に乗る」とペン書きしたメモを、縁側のサッシに挟んでおいた。

 長川は次に、加奈恵が働いていた包装関係の町工場を訪れた。
「警部さん、毎月ありがとうございます」
出迎えた花祭淳二は40代の温厚そうな社長で、知的障害を持つ15歳の子供たちを積極的に雇い入れていた。
「あの子は両親思いの一生懸命な子で・・・本当に彼女の笑顔が職場に元気をくれていました」
事務所の応接室で花祭はため息をついた。
「警部さん。鬼頭が出所するということでみんな怯えていますよ。あいつはまたここに来るんじゃないかって。あの子達はわかっているんですよ。自分が障害を持っているって・・・そしてねぇ・・・社会がそれを理由に加害者の刑期を短縮することをしたせいで、あの子達は自分が何をされても仕方がないって思ってしまっている・・・・。あいつが大した罰を受けないで出所するってどういうことだかわかりますか?・・・・・って警部さんに言っても仕方はありませんが」
「いえ、その通りだと思います」
長川は無念この上ない沈痛な面持ちで頭を下げた。
「加奈恵さんが自殺してしまった責任の一端は、警察にもあると思っています」
「いえ・・・私も職親として加奈恵を助けてあげられなかった一人です。あの子は自分が被害を受けてからも、ご両親と私と同僚を気遣っていました。辛い気持ちを見せなかった。あの子の強さに私は教えられた気でいた。でもそれじゃぁダメだったんです」
花祭の声は血を吐くようだった。
「長川警部・・・・一緒に加奈恵の為に花を手向けてくれませんか」
社長の息子の花祭冬弥が花束を持って現れた。スペックの高いその秀才は、加奈恵を本気で愛していた。知的障害を持つ加奈恵と二人三脚で家庭を築いていきたい・・・そう考えていたと聞いている。葬儀の時の号泣ぶりからして、長川はその言葉に嘘はないだろうと思った。
「加奈恵は警部を許しているはずです」
冬弥はは長川をまっすぐ見た。
「一緒に花を手向けてくれますよね」

 長川と冬弥は加奈恵が飛び降りてしまったプレハブ社員寮の2階ベランダに花を手向け、手を合わせた。
「加奈恵は弱かったから自殺したんじゃない・・・強すぎて・・・死んでしまった・・・。僕は彼女に教わった優しさを忘れずに、この工場(居場所)を守っていくつもりです」
冬弥は長川に言った。

 長川が帰ったあと、その人物は一人激しい憎しみをぶつけていた。
「絶対に許さない。許せるわけがない! 加奈恵と家族をめちゃくちゃにしたあの強姦魔を必ず殺してやる!」
その人物は長川の訪問は、復讐殺人計画を指導させる合図だった。犯人は知的障害の少女の笑顔とそれを玩具にして命まで奪った、そしてそれに関しては裁かれることのなかった標的の醜く醜悪な顔を交互に思い出した。目を開けても鬼頭空弥の醜悪な顔が醜く歪んでいる・・・。
―やめて・・・・・。
不意に加奈恵の声が聞こえたような気がした。心優しい加奈恵の幻聴に心が動きそうになる。その人物は加奈恵が復讐殺人なんて事を望んでいないことくらい知っていた。しかしもう引き返すことは出来なかった。警察が全く機能しないこの状況では、加奈恵のような人間をもう二度と出さないためには、この方法しか・・・・。
「加奈恵・・・・許して・・・・」
その人物は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 翌日、結城竜は高校の職員室に呼ばれた。
「絶対昨日のことだよな」
結城はまいったなって感じで職員室の前に来ると、
「呼び出して悪い」
と結城に向かって手を挙げた人物がいた。長川朋美警部だった。

「なんだよ。学校まで来て」
結城は屋上でまた都に厄介な事件を持ち込む気か?と訝しげな表情で言った。
「だったらサイゼリアでパフェ注文して待ってるよ」
長川は言った。
「今日はちょっと結城君に用があってな」
結城は察した。
「ストーカーか?」
「ああ、犯人がわかった。ただ現行法では接近禁止命令と厳重注意しか出来なくてな。犯人もどうも反省していないみたいなのよ」
長川はため息をついた。
「職務上どこのどいつかを教えるわけには行かないんだけど、20代後半、デブ、不潔でタラコ唇。ガマガエルみたいな野郎よ」
「一眼レフで都を撮影していた野郎だな」
結城はため息をついた。
「ああ、そいつが逆ギレして都になにかしてくるかもしれん。勿論警察も巡回警備対象とするが、結城君・・・都を守ってやってくれない?」
「わかったよ。教えてくれてありがとう」
結城は言った。
「それと」
長川はニカッと笑った。
「都にはこのことは知らせないで。あの子眠れなくなっちゃいそうだし」
「確かに、あいつは・・・うん」
結城はため息をついた。
「よろしく頼むよ」
長川は嬉しそうに結城の肩をバーンと叩いた。

 だが、このガマガエル男が都にストーカーすることは二度となかった。何故なら・・・その日の夜・・・・。

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
プレハブの離れで鬼頭空弥の絶叫が響き渡った。殺人者は加奈恵を強姦した強姦魔の体に何度もナイフを差し込んだ。
「ぐふっ、ごおっ」
空弥の悲鳴が漏れる。口からは血液が吹き出し、まるで鹿や猪を屠殺するかのごとく事務的にしめられて行く。殺人者にとって、この男は人間ではないから当然の扱いだ。
 殺人者は死体を俯瞰した。タラコ唇がだらりと垂れ下がる。やがて殺人者は用意していた灯油をまんべんなく死体にかけ、紙に火をつけて着火すると、灯油が染み込んだ死体に向かって投げた。

 離れの小屋は全焼し、駆けつけた消防車によって消火された。そして焼け跡から焼死体が発見された。そして警察のDNAサンプルで照合した結果、鬼頭空弥の死体と証明された。

偕楽園殺人事件4 解決編

7.真相

 

「動かないで‼」

起爆スイッチを手にした殺人者「赤い目」もとい議員の伊藤ちなつはそう大声を張り上げて都と長川に手にしたものを見せた。

「江川さん、玉川さん…貴方達も動かないほうがいいわよ。この腕輪を装着した人間はこの起爆スイッチから2メートル離れたら腕輪爆発するから」

起爆スイッチには青いランプが無機質に点滅している。

「ひいいいいい」と声を上げて玉川重宗がへたり込んだ。江川はがたがた震えたまま硬直している。

「都…本当に伊藤ちなつ議員が5人の人間を殺した犯人なのか?」

息を切らしながら問いかける長川に都は首を振った。「5人じゃない…4人だよ…。この人は4人を殺害し、架空の殺人者の存在を死体トリックででっち上げた殺人犯だよ」

都はあっけにとられる藤見優子カメラマンの横に立って、伊藤議員を見た。

「あなたは、やはり全ての真相を暴ききったようね」

伊藤議員はつきものが落ちたような笑顔で都に微笑みかけた。どうやら彼女がいずれ真実にたどり着くのはわかっていたようだ。つまりこの犯人は標的を道ずれにここで死ぬつもりなのだ。

「一体どういうことですか」

扉を開けて入ってきた佐々木が言った。番田とパトカーをタクシーで追跡してきた小畑美奈もいる。

「第二の事件で千波湖のトイレで見つかった黒焦げ死体は、殺された山城議員のものだったんだよ」

振り返りながら都は言った。

「馬鹿な…山城議員は常陸太田で見つかった遺体だと鑑定されたんだ。そしてトイレで見つかった遺体は山城とは別の死体だと鑑定されている」

「それは本当かな」

都は長川を振り返った。

「警察が調べたのは、常陸太田の遺体=山城議員≠好文亭の指紋=トイレの黒焦げ死体の指紋だって事なんだよ。今私が言った式が成り立つから警察は山城議員と千波湖のトイレの死体が別人だと判断した。でも好文亭の指紋と山城議員のそれが同じだとしたら…」

「都…山城議員の死体は2週間前に見つかっているが、好文亭の指紋は昨日の犯行の時点で生きた指紋だった。2つが同一人物なわけないだろう」

「いや、生きていたんだよ。その指は伊藤議員の手袋がはめられた指の先端で‼」

伊藤議員の顔が震えた。そしてふっと笑って鑑定の手袋を外すと、プラスチックの青い義指がぽとりと落ちた。

「まさか、伊藤議員の手に山城議員の指を縫合したのか」

番田が呆然とした表情で伊藤を見る。

「伊藤議員はそうやって脅迫文の茶封筒に入れられていた山城議員の指と伊藤議員の薬指の指紋の死亡時期を全く違うものにして、警察に2つの死体が同じものであると考えさせないようにして、2つの指紋を別々の警察のデータに登録させ、これをもとに得体のしれない第三者赤い目の死体を作り出したんだよ。あの時、トイレに追いかけてきた君塚巡査を伊藤議員は殴って気絶されるかしてトイレに拉致して、トイレを爆発させ、現場に自分の中指に装着していた指を放り込んだんだよ。そうすれば好文亭で見つかった犯人の指紋と現場で見つかった指の指紋、そして黒焦げ死体のÐǸAが一致し、警察はトイレの黒焦げ死体が山城議員ではなく得体のしれない第三者の犯人と推測し、今日殺す予定の江川さん、玉川さんを自分と一緒に爆弾で殺しやすくなるんだよ。もっとも、そこにいる玉川重宗さん、あなたが秋菜ちゃんを殺そうとしたせいで、警備は厳重になっちゃったみたいだけどね」

都は激情に満ちた鋭い目で震えている玉川重宗を見た。玉川はがたがた震えておしっこを漏らしている。

「秋菜さんの事は本当に申し訳なかったと思っているわ。まさかこいつがこんな事するなんて全然思わなかった。都さん、本当にごめんなさい。私のせいで、あんな優しい子が…」

そう沈痛そうに肩を震わせる伊藤議員は傲慢なネトウヨ議員のそれではなかった。本当に秋菜を傷つけたことを悔やんでいた。

「待って…都さん。伊藤議員には第一の事件でアリバイがあるじゃありませんか。第一の事件で辻さんが殺されたとき、津川館長や江川さん、玉川さんと伊藤議員は2階に一緒にいました」

美奈が声を震わせる。都は彼女に頷いて見せた。

「この議員は津川館長に佐々木秘書を呼び出させるくらい権力があった。そうなると同じ思想を持って伊藤議員にいろいろお世話になっていた玉川さん、江川さん…貴方達は伊藤議員が席を外していたなんてそんな本当のことを言えましたか」

都に鋭く見つめられ、玉川は下を向いてしまった。

「まさかあの時」江川は声を震わせた。

「ええ、私は古いエレベーターを見てみたいといって中座し、屋根伝いに辻が休んでいる部屋に移動して、辻を殺害、帰りはカキの木から屋根に戻ってあなたたちの2階へと戻ったのよ」

伊藤は冷徹に笑いながら言った。

「凶器は…凶器はどうやったんだ」

長川が都を見ると

「ナイフ一本くらいパチンコか礫の要領で屋根に投げ込むことは出来るよ。好文亭の警備も、内部に入ろうとすると竹柵に囲まれて警備に見つかっちゃうけど、藪とか林とかは周辺にあるからものを投げ込むことは出来るからね。問題はその時間なんだよ。伊藤さんは警察が好文亭を警官やドローンで安全を確かめた後、早めに来て凶器を屋根に投げ込んでおき、殺害後は辻さんの死体に凶器を残した。血だらけの指紋を残したのもその時だよね。勝馬君が見た赤い目は暗視スコープの赤い目だよ。勝馬君が巨人のように見えたのは屋根に上ったから、赤い目の巨人かがんだように見えたのは縁側に飛び降りたからだよね。こうやって伊藤議員は私をミスリードしたんだよ。凶器を持ち込む方法も殺害現場へ行く方法もアリバイ工作も、2階監視の屋根の上っていう環境だと前提条件からして絶対無理なんだよ。でもあなたはトリックを使うのではなく、2階だけ真実をゆがめることで乗り切ったんだよ。結城君と長川警部が2階の津川館長に全員いるか聞いたとき、実は伊藤さんはその場にいなかった。でも2階にいた人間は伊藤さんが犯人だと今の地位を楽しめないから、伊藤さんと一緒にいたっていう真実を2階で勝手に作ったんだよ」

都は伊藤に語り掛けた。

「暗視スコープは鑑定に必要だからって持ち込んだのよ。あのⅩ線検査でね」

伊藤は鼻で笑った。「この玉川が女の子を盗撮するのに使っているそれを、議員権力でおねだりして貸して貰ったってわけ。全く、人間は自分の都合よく認知をゆがめるけれど、愛国ヘイトの歪んだ認知は扱いやすくて仕方がなかったわ。それをうまく使えば堂々とみんなの前で殺人現場へ行けるんですもの」

伊藤のぞっとするような笑顔を江川と玉川は呆然と見上げた。

「どうして、このトリックに気が付いたの、都さん」

伊藤は都に柔和な笑顔を向けて聞いた。「私の行動の何がいけなかった?」

「2つあるんだよ」

都はにっこり笑った。

「1つは好文亭に秘書の佐々木さんを連れてこなかったこと。殺人犯の襲撃があるかもしれない場所に佐々木さんを連れてこないで一人で来るのは変だなって思ったんだよ。あれは凶器を投げ込む時間を手に入れるためだよね」

佐々木は都の後ろで伊藤の方を呆然と見た。

「もう一つは、長川警部の聴取の時、小畑美奈さんの悲鳴が聞こえたって言ったよね。でも一度も2階から降りていない伊藤さんが美奈さんの悲鳴だとわかるのはおかしい。美奈ちゃんが悲鳴を上げたのは好文亭離れの北側の縁側。2階からだと死角になるからね。私や秋菜ちゃん、瑠奈ちんや千尋ちゃんもいたのに、美奈ちゃんの悲鳴だと確信するのは変だなって思ったんだよ」

「ふふっ、なるほど」

伊藤は感心したように頷いた。

「あなたはいずれ私のトリックを暴くだろうってわかっていたわ。あなたは国益という抽象的なものよりも真実を重んじる高校生探偵だってわかったから」

「でも真実は人の命を助けるための方法とも言ったよ」

都の顔は謎を暴いた爽快感を全く見せていなかった。

「…もうちょっと早く気が付けば、君塚さんと津川館長を殺させなかったんだけどね」

連続殺人を許してしまったことを悔やむ都に伊藤は語り掛けた。

「大丈夫よ。あんな屑どもを救えなかったことなど気に病むことはないわ。何故なら、あいつらは…こいつらは」

伊藤は下を向いて歯ぎしりした。

 伊藤の憎しみに目を血走らせ歯ぎしりする鬼のような形相の向こうで、彼女が守りたかった子供たちの笑い声が響いていた。

―伊藤先生、伊藤先生…

「あの施設の子供たちを文字通り殺した屑だからよ!」

伊藤ちなつ議員は怒りに体を震わせ、憎しみのダミを吐き出すようにして動機を語りだした。

 

8.動機

 

 伊藤は水郡市市役所の福祉課に勤務していた3年前、市役所で大声で喚いていた。

「何故、何故あの施設の移転をしなければいけないんですか‼」

「住民から苦情があったんだ。あの施設は親に捨てられた外国人の血を持つ子供たちが数多く引き取られているそうじゃないか。彼らが成長した後、外国人犯罪者として村に危害を加えるんじゃないかと不安に思っている住民が多くいるんだ。君の方からさり気なく出て行ってくれるように働きかけてくれないか。直接言葉にしちゃったら問題だから…さり気なく」

福祉課長は地元有志の娘の大声に困り果てながらも、そう伊藤に命じた。

「君のお父さんも、移民には反対だろう」

「あの子たちは移民じゃありません。難民の子供であり日本国籍を持っています」

「でも肌や目の色は外国人だろう」

そう言ってのけた福祉課長に伊藤は呆然とした。

 

 市役所の業務車両で施設にやってきた伊藤。

「入るよ」と施設のロビーにやってくると、泥だらけで泣いているランドセルの女の子とそれを子供たちが一緒に慰めている現場に出くわした。

「どうしたの? 絵美里‼」

いつもは笑顔がはじけるような絵美里が泣いているのを見て、伊藤は駆け寄って頭を撫でた。

「絵美里ちゃんね、玲愛ちゃんが学校で男の子たちに『テロリストの国に帰れ』って言われているのを助けようとして取っ組み合いの喧嘩になって…」

「それで先生に絵美里ちゃんだけが叩かれて怒られたの。お前たちは本当は日本にいちゃいけない子供なのに、日本の子供を傷つけるなんて…出ていけって言われたの」

「そ、そんな」

伊藤は声を一瞬震わせた。

「私、もう学校になんか行きたくない!」絵美里は泣いていたが、伊藤は彼女を高々と抱っこして

「そうだね。あんな学校へ行かなくてもいいよ。もし勉強が必要だったら私が教えてあげよう。私が日本の歴史や社会や、色んなことを教えてあげるよ。絵美里はシリア人の血が混じっているけど、シリア人がどれだけ素晴らしい遺跡や文化を持っているのかもちゃんと私は知っている。まずこのぐしゃぐしゃで汚れちゃった体をお風呂で洗おう。今から私がお風呂沸かすからね」

伊藤は優しくにかっと笑った。

「伊藤先生…」絵美里は涙でぬれた瞳で伊藤をまっすぐ見た。

「いいなぁ。俺も学校さぼって伊藤先生に勉強を教わりたい」男の子が声を上げると、伊藤は困ったように顔を見合わせた。すると玄関の扉が開いて、施設の園長の尼僧の白蓮院が戻ってきた。

「本当にひどい先生だわ。子供たちを嘘つき呼ばわりしかしなかった」

白蓮院は唇を噛んでいた。どうやら学校に抗議に言っていたらしい。

「あ、ちなつちゃん」白蓮院は笑顔で彼女を見た。

 

「お父さんが厳しすぎてしょっちゅうここに家出してきたちなつちゃんが政治家になるんだって」

白蓮院は寝相が滅茶苦茶な子供たちに布団をかぶせてから、リビングに戻ってきて伊藤にコーヒーを渡した。

「課長さんに、何か言われたんでしょう」

伊藤は何も言わずに頷いた。白蓮院は何も言わずに笑顔で言った。

「私たち、ここを出て別の土地に引っ越そうと思うの」

伊藤が顔を上げた。

「ここの人たちはこの子たちをよく思っていないからね。この子たちが健やかに自分に自信を持つためにも、この村での生活は…」

「酷すぎます…子供たちは何も悪くないじゃないですか」伊藤は涙を流した。

「なんで何も悪くない子供たちが追い出されなければいけないんですか。そんな事になるのなら、私自分のこの故郷が永久に好きにはなれないっ」

伊藤はとうとう顔を覆って泣き出した。

「伊藤先生?」

白蓮院がびっくりして声のした方を見ると、半分寝ぼけてアホ毛が立った絵美里がパジャマ姿で伊藤先生に抱き着いた。

「絵美里…」

「伊藤先生。私ね、将来は日本のために何かしたいなって思っているの。だって、伊藤先生みたいな偉い人たちが、私たちを育ててくれたんだもんね。だから私は伊藤先生もこの国も大好きだから、心配ないよ」

絵美里は笑顔で伊藤という大人の頭をよしよししてあげた。

 

「こんな優しい子供たちに、お前らが何をしたのか、私が気が付かないとでも思ったのか」

燃え上がるような目で震えあがる玉川と江川を伊藤は見下ろした。

「玉川…お前と辻と津川は、避難先となったあの施設の待遇に無理難題をつけて逆恨みし、施設の子供たちが避難した家々から窃盗をして戦利品を見せ合いっこしていたってデマをツイッターで流したよなぁ。そして江川…お前は報道に携わるものでありながらそのデマを鵜吞みにして、玉川が撮影した一人暮らしのおばあさんの為に大切なおじいさんの位牌を持ち出した子供たちの写真を、窃盗の瞬間だと報道に流したんだ。そしてそれに山城が影響を受けて、住民に自警団を結成するように煽り立てたんだ」

「まさか…貴方が議員になったのって」

番田が声を震わせた。伊藤は憎しみで狂ったように叫び、それが水戸駅南口のテレビ画面に大きく映し出され、大勢の市民が足を止めてそれを見ていた。

「ああ、この事件の真実を知るためだったんだ。おかしいと思ったんだ。週刊誌の報道を見て…あの施設の子供たちが避難勧告が出た地区で窃盗をしていて逃げ遅れたって報道を見たとき、あんな子たちじゃないってすぐに思った。私はネトウヨ議員として当選して、お前たちの情報配信と新しい歴史づくりを評価した。内閣は私をそのプロジェクトの中心に据えてくれたよ。ネトウヨ若手議員として何かあったときに切り捨てられるようにって事だったんだろうが好都合だった。お前らは私を勝手に自分と同類だと思い込んで、自分たちがやらかしたことを得意げに私たちに語ってくれたよ。お前ら知っていたんだよなぁ。みんなは土石流に流されて死んだんじゃないって事を…お前らのデマに惑わされたネトウヨ警官の君塚と自警団の連中が施設を襲って、白蓮先生と子供たちを一人残らずナタや猟銃で殺すのをなぁ。そして玉川ぁ。お前はそれをビデオに録画して得意げに私に見せてくれたじゃないか。日本を守るために行動する保守界隈でも成しえなかった愛国行動の最先端を見せるつもりで得意げに‼」

伊藤がスイッチを押すと背後のスクリーンに映像が再生された。そこでは子供たち、11歳くらいの女の子が「怖いよー」と叫ぶ小さな女の子を抱きしめて命乞いをしていた。

―ごめんなさい、ごめんなさい。外国人辞めますから、完全に日本人になりますから殺さないでぇ

―お母さん、お母さん!

恐ろしい残虐な映像…子供たちが狂った大人たちに、愛国心に取りつかれた大人たちに次々と殺されていく映像に、美奈は口を押えて息をのみ、番田は呆然としていた。「いいぞいいぞ」「反日外国人は皆殺しだ」津川や辻が煽る声も聞こえる。

「こいつらは子供たちの死体を土石流に流した。遺体は腐乱していたせいでろくに検視もされず災害死って事にされたのさ」

伊藤議員はぎりぎりと歯ぎしりして、喚いた。

「まさか・・・こんなことが・・・関東大震災朝鮮人虐殺のような悲劇が繰り返されていたなんて」

長川も戦慄を隠せなかった。文化センター前にはSATのトラックが駆け付け、避難する職員を尻目に建物に突入していく。

「お前らみたいな屑のナルシストを喜ばせることがどれだけ苦痛だったかわかるか。こんなくずを評価するネトウヨ議員を演じた私の苦しみがお前らにわかるか? 頭の中で子供たちの悲鳴が再生されるんだ。お前らが殺したあの子たちのな。そしてお前らは南京虐殺関東大震災の虐殺も無かったっていうんだ。志賀島の金印も偽物扱いして日本の歴史をゆがめるんだ。人殺しの分際でなぁ」

伊藤は涙を壊れたように流しながら、顔を般若のようにゆがめて、死の恐怖に震える餓鬼畜生を見下ろす。

「伊藤さん。伊藤さん・・・本当につらかったよね。大切な子供たちが殺されて、その死までもてあそばれて辛かったよね」

都はゆっくり伊藤に向かって歩き出した。

「でももう終わりにしよう。この人たちのした事はみんな分かった。伊藤さんの目的は達せられたんだよ」

「まだよ!」

伊藤は絶叫して起爆スイッチをかざした。

「こいつらを地獄に送るの。あの子たちの恐怖と苦しみを味合わせるまでは復讐は終わらないわ!」

そう叫ぶ伊藤議員の額を、特殊部隊狙撃手の狙撃銃の照準が、2階の音響の窓から捉えられた。

 

 同時刻、茨城県警本部長は首相官邸に電話をかけていた。首相はため息をつくと、その口で「殺してしまえ」と言った。SATに無線で射殺命令が出るまでに2分とかからなかった。照準の中で伊藤は「さぁ、みんなこの部屋から出て行って‼ 罪のないあなたたちまで巻き込むわけにはいかないわ」

「いやだ!」都は喚いた。

「真実は人の命を守るために必要なんだよ。伊藤さんたちを見殺しなんかしたら推理なんてする意味がない!」

「お願いだから出てって! 絵美里‼」伊藤は半狂乱になって絶叫した。

「私は復讐を果たしてみんなのところに行きたいだけなのよ‼」

「伊藤…さん…」支離滅裂な伊藤の絶叫に都は目を見開いた。

その瞬間ホールの扉が開いて、息を切らして入って来た人物がいた。結城竜だ。彼が弾道に入ったため、狙撃手は狙撃を取りやめた。

「結城君‼」都が声を上げた。

「こいつが秋菜が襲われる原因を作った犯人か」

結城はギロリと伊藤議員を見た。

「結城君・・・・」

唯一気がかりだった秋菜の兄の登場に、伊藤は冷や水を浴びせられるように結城を見た。結城は拳銃を片手にした長川の前を通り、くしゃくしゃになった紙を、伊藤の前に掲げた。

「これ…わかるよな」

伊藤の目が見開かれた。それは絵美里が画いたへたくそな、それでも優しい伊藤先生の絵だった。

「な、なんでこれをあなたが…」

「秋菜が絵美里さんから渡されたそうだ。誰にも見せちゃダメだって…そうしないとその人が殺されてしまうって…秋菜は、助けられなかった友達が託したそれを、探偵助手として忘れないようずっと持ち歩いていたそうだ。それがあんただと気が付いたのはボウガンで襲われてからだったみたいだがな」

「あ…そんな…」

伊藤の顔が何か氷解したように震えだし、涙がボロボロ流れ続けた。

「秋菜の奴、お前が死んじゃうんじゃないかって心配してたぜ。あいつですらそうなんだから、子供たちもそうだったはずだ。だから自分によくないことが起こると察した絵美里さんは、この絵を秋菜に託した」

伊藤ちなつの起爆装置を持つ手が震えだした。

「伊藤さん…絵美里ちゃんは、伊藤さんを助けたいって思うくらい優しい子なんだよね。絵美里ちゃんにとって最後の大切な人の命…」

都は優しい声で笑った。

「奪わないで上げてください」

伊藤議員の手から起爆装置が落ちた。狙撃手はため息をつい銃を上げた。

「伊藤議員」

長川は震えて小便を漏らし身動きもできない江川と玉川に一瞥をしてから、伊藤議員に静かに言った。

「国会議員であるあなたには不逮捕特権があります。あなたを逮捕するためには議長の許可が必要です」

「それには及ばないわ」伊藤は涙を流しながら下を見つつ、つきものが落ちたような小さな声で言った。

「私はもう議員ではないはずよ」

「そうですか」

長川は小さくうなずくと伊藤議員に立つように促して手錠をかけた。伊藤議員は静かに歩き出して部屋を出て行った。

「ふぇええええええええええ」

都は結城にもたれかかった。

「全く…」結城はため息をついた。都はにっこり結城を見上げて笑った。

「結城君。ナイスだったよ…。伊藤さんの命を助けてくれて…ありがとね」

とびっきりの笑顔に結城は顔を赤くドギマギしていた。爆弾処理班が駆け付けたのはその直後だった。

 

 翌日警察の装甲車両が多数養護施設のあった水郡市の集落に向かった。その様子を病院の食堂のテレビで見ながら、

「良かった。ビデオに写っていた人たちも逮捕されるのね」

千尋は安心したように言った。

「村の成人男性の15人が殺人に関与していたんだろう? 施設の子供たちや尼僧さん7人の殺害。おそらく死刑判決を受ける奴も出てくるだろうな」

結城はたいして感慨も抱かずにため息をついた。

「多分、この事件で伊藤が殺したかったのは全てが明らかになっても法の裁きを受けないであろう連中だったんだ。人殺しの片棒担ぎながら都合よく自分のやったことを歴史修正するような連中。殺害を実行した奴は警察がもみ消すかもしれない警官以外は法に裁かせるつもりだったんだろう」

「伊藤議員も死刑なのかな」

瑠奈は少し暗い顔をする。

「4人も殺してしまったからな」結城はため息をついた。

「おそらく免れないだろう」

「それでも、最後まで生きてちゃんと罪を償うべきなんだよね」

千尋は小さく言うと、ふと思い出したように

「そういえば美奈ちゃん、勝馬君は無事送り届けたかな」

と目をぱちくりさせた。

 

 勝馬のバイクに美奈は2人乗りしながら大洗海岸の国道「やっほーーーーーーーーー」と声を出して叫んでいた。

 

「まさか今回の報道で爺が寝込んで親戚に引き取られ、学校に行けるようになるなんてな」

結城はははははと笑った。

 

「秋菜ちゃん! ありがと」

ベッドで上半身起こしている秋菜に都は絵美里が画いた絵を渡した。

「伊藤さんが、秋菜ちゃんに持っていてほしいって」

「そうですか」秋菜は少し沈んだ声で絵を受け取ってから、ふと思い出したように言った。

「あの金印結局どうなったんでしょう」

秋菜はため息をついた。

「なんか偽物ってワイドショーでやってた。ウルトラマン見てたからよく知らないけど。でもそんなのはどうでもいいよ」

都は両手をグーにして大きく伸ばした。

「秋菜ちゃんが持っていた絵が、人の命を助けることが出来た真実なんだから」

 

(おわり)