孤島殺人1

少女探偵島都「孤島殺人」

1

「多摩明子君から聞いているよ」
茨城県常総高校の校長先生は、校長室で入学希望者の結城竜に聞いた。
「君は非常に優秀な成績で入学試験を受けた。さらに少年院での受刑態度も非常に立派だった。3年前の事件は社会に大きな衝撃を与えたが、同時に教師による性犯罪も暴かれ、正当防衛に近い君には全国から多くの除名嘆願が送られた。よって君が犯した罪について誰にも口外しないことを条件に入学を認める事としよう」
「ありがとうございます」
結城竜は頭を下げた。
 校長室を出てから結城はため息をついた。
「まさか本当に多摩先生の忖度が通じるとはねぇ。一体どんなからくりだったんだ」
一方校長室では校長先生が多摩明子という児童相談所職員からの「推薦」を見てため息をついた。
―校長先生❤ もし結城君の過去を理由に入学を拒否なんかしたら、過去に校長先生がやらかしたあんなことやこんな事全部ばらしちゃうからねん。
彼が教諭だった時代に女子高生だったあの小娘のにかッと笑ってVサインが思い出される。シロクマ先生の名前で著書まで出していたこいつにとって、暴かれてはならない秘密を。

 県立高校の入学式はいたって簡単である。
 まず指定された教室に行って担任の先生の自己紹介やって自分の自己紹介をする。結城は案の定一番窓際後方の席だったため、緊張して自己紹介している生徒たちの内容を見極めて、どれくらいが平均なのか考える事にした。そして導き出した結果が、
「結城竜です。中学時代は県北の学院に通っていました。趣味はあー、ちょっと考えつかないです。好きな事はこれから見つけていこうと思っています。よろしくお願いします」
と頭を下げるというものだった。そりゃそうだろう…今まで少年院に入っていた浦島状態なんだから。
 その後全員で並んで牛の群れみたいに廊下を歩いて入学式に向かう。大勢の在校生や両親に祝福されて照れ臭い。校長の長い話の次に、新入生代表が式辞を読むはずだった。だが、その大役を担う小柄な女子高生の名前、島都が呼ばれて、結城は血流が逆立ち、びくっとなって、隣のパイプ椅子のポニーテールの少女に怪訝な顔をされた。
「し、し…しんにゅうせい…だ、だ…だいひょう…あ…あいさつ」
島都…忘れもしないあの少女…。あの少女が新入生代表挨拶を任されてかみまくっている。
「こ…こ…」
足元がふらついていて結城竜はやばいと予測して体が動いた。パイプ椅子から立ち上がるとびっくりした新入生をかき分けてスライディングで彼女の足元まで駆け寄った直後、彼の予想通り真っ青になった小柄な美少女が壇上から真っ逆さまに倒れ落ち、その頭が結城のみぞおちに思いっきり入って…結城がぐおおおおおおっと声を出した。そして次に結城が目を覚ましてみたものは、保健室の天井だった。
「俺、死んでんじゃね」
「生きてるよ」
結城の鞄を彼の視界に翳しながら、彼の前の席に座っていたポニーテール少女がため息をついた。
「びっくりしちゃったよ。ま、おかげで劇的なものを見せてもらったけどね。これ、何か物語始まる雰囲気じゃない」
「人生が終わるかと思ったよ」
ニカッと笑うポニーテール少女に結城はため息をついた。そして鞄を持ってきてもらったぎりに気が付いた。
「ありがとうよ」
「どうってことないよ。あ、私は薮原千尋。一応同じクラスだしよろしく」
「結城竜だ」
彼は頷いた。
「で、卒業式は終わったのか」
「あの小さい女の子の友達が代わりに式辞を読んでくれた。その友達何度も君の事を気にしていたみたいだよ」
千尋は保健室の扉を開けると、黒髪のスラリとした体格の美少女が入ってきた。
「本当にありがとうございます!」
自分の事のように彼女は頭を下げた。
「頭から落ちていたから、貴方が助けてくれなければ本当にどうなっていたか。本当に私パニックになってて、何も出来なくて…そんな私に運ばれる前に式辞を読むように言ってくれましたよね。ありがとうございます!」
「あの子は無事なのか」
泣きながら頭を下げる美少女に結城は言った。
「はい、今お母さんが迎えに来ました。なんか、昨日緊張して寝られなくて、栄養ドリンク10本くらい飲んだらしくて…」
「馬鹿だろ」
結城は呆れたように言った。
「まぁ、無事でよかった。俺はもう大丈夫だから」
結城はそう言うとベッドから起き上がろうとして、いたたとお腹を押さえた。
「あ」
少女が慌てて彼を支えようとすると、ふと彼に気が付いた。
「も、もしかして…結城君って、愛宕小学校の結城君?」
「…」
バレたかと結城は思った。彼女が高野瑠奈だとはとっくに気が付いていたが、いろいろあった島都という少女には顔を合わせたくなくて知らない振りで通そうとしていた。
「おおお、知り合いだったのか」
千尋スマホを構える。
「何撮影してるんだよ」
「いや、これはいろいろ始まるなって思ってさぁ…『悲しみの向こうへ』ってドラマ当たりのストーリーが」
けらけら笑う千尋
「最近のドラマは知らん」
結城はため息をついた。
「でもびっくりしちゃったよ。都が転校してきてから2日くらいで転校しちゃったんだもん」
「まぁな」
どうやら愛宕小学校の先生はうまく隠してくれたらしい。恐らく少年法が適応されるにしても学校に来なくなった子供がいればおのずとわかるだろうと思っていた結城には意外だった。
「大丈夫…帰れる?」
心配する瑠奈に「ああ、大丈夫だ。バスで来たし」と結城はため息をついた。
「無理はしないで、勝馬君って知っているよね。小学校時代の。忘れたかな。その子が結城君を送ってくれるって」
と瑠奈が保健室の扉を開けて、ガタイのいいガチムチのハゲの少年が物凄い表情で結城を見つめていた。
(北谷勝馬…こいつは忘れられねぇ。小学校の番長気取っていつも俺に挑んできたからな)
勝馬は牡牛のようにゴゴゴゴゴと闘志を燃やしていたが、案外天然な瑠奈は
勝馬君、結城君を家までおんぶしてあげてね」
「はい、瑠奈さん」
と女の子にでれーっとしている。
(変わってねぇ)
結城はため息をついた。

「馬鹿野郎、降ろせよクソ野郎」
通りで結城は勝馬の背中に背負われながら喚いた。
「うるせぇ…俺だってお前なんか背負いたくねえよ。でも瑠奈さんと都さんのたっての希望だったんだ。都さんは病院に連れていかれる時、ずっとお前を見ているって言っていたんだぞ。それを納得させる条件がお前をおんぶさせるって事だったんだ」
勝馬は真っ赤になって喚いた。
 結城はその時の都を想像して目を丸くした。
「だからお前は何が何でも運ばれてもらうぞ」
勝馬は赤くなりながら喚いた。
「変わってねえよ。タコ」結城は背中で悪態をつく。
「それからそこ、嬉しそうに撮影するな! お前は俺らと同じ学区じゃねえだろ」
瑠奈の横で●Recしているポニーテールの少女に結城は赤くなって喚いた。

「はぁ」
結城はため息をついた両親のいない自宅マンションで倒れ込んだ。
(疲れたぜ、初日から)
ふと暗い天井を見上げた。
(島都は当然俺が2年前の教師殺人事件の犯人だと知っているよな。生徒をレイプしたり殺そうとするような酷いセンコーだったが、実際に2人殺しちまった俺も許されないことをしたわけで。それをなかったことにして学園生活を送ろうだなんて…俺も酷い奴だよな。神様も許さないわけか)
ピーンポーン
「くそ、誰だよ。NHKか、宗教か」
結城はため息をつきながら玄関を開ける。
「ここはセキュリティ―付きの部屋だぞ」
結城は思いっきりガンつけモードの顔で扉を開けて、目を見開いた。
「ゆ、結城君!」
小柄なショートヘアの美少女がにっこり笑ってそしてしがみ付いてきた。
「ひいいいいいいいいいいいいいい」
結城が悲鳴を上げる。
「結城君、良かった。私石頭だから心配していたんだよね。無事でよかったよ」
思いっきりムギューされてわき腹の痛みに響いた。
「都! 脇腹の痛みに響く…」
結城が葬式Modeの声で言うと、都はパッと手放して玄関で倒れ込む結城に「ごめんごめん」と言った。
「結城君にまた会えるなんて…凄く神様に感謝だよ」
「俺はお前の頭突きで入学式途中退席なんて思いもしなかったぜ」
結城は笑った。
「結城君がお買い物行けてないと思って、カップラーメン買ってきたんだよ。私が作ってあげるね」
「待てよ‼」
当たり前に部屋に入ろうとする都を結城は鋭い剣幕で止めた。
「ほえ」
都は目をパチクリした。都の怪訝な顔を見る結城。結城には言いたい事がいっぱいあった。こいつは俺を殺人者として推理でその罪を暴いた。6年生の時に。そんな女の子が殺人者の家に当たり前に入って来ている。あの時彼女は物凄い傷ついたはずなのに…当たり前に入って来ている。しかし、少女の天然で怪訝な目にはそれらすべてに動じない迫力すら、結城には感じられた。やがて彼はため息をついた。
「お前、体調は大丈夫なのかよ」
「あ」
思い出したかのように都の顔が真っ青になる。結城は絶叫した。
「馬鹿野郎! お前…何やっているんだよ。お前のお母さんの電番教えろ。このクソがぁ」
結城は都をお姫様抱っこしてベッドに連れていく。

「必ず殺してやる! 必ず殺してやる!」
殺人者は激しい憎しみを暗い部屋に吐露していた。
「全ての準備は整った、必ず殺してやる!」

「結城君! 見てみて‼ タイタニックタイタニック…」
都が船の先頭で十字に手を広げてみせる。
「馬鹿野郎、船沈める気か」
結城は突っ込みを入れた。「あぶねえから座ってろ。ここ、暗礁多いんだぞ」
「ははは、この船もタイタニックみたいにデカけりゃなぁ」
北谷勝馬の叔父、北口亥治郎(38)が隙間だらけの歯で笑った。
「見えて来ましたぜ」
額にタオルを巻いた北谷勝馬が海の男を気取って瑠奈と千尋に島を指し示す。
「霧骨島…民宿ボーンがある島です」
春の濃霧の中に浮かび上がる不気味な島。この島で都と結城は恐ろしい事件に再び遭遇する事になる。

2

休み時間に教室で転寝している結城君。彼は目立たないポジションを確保しつつ静かに学園生活を送る算段だった。しかし彼の耳にかすかに女子の噂話が聞えてくる。
「ねぇ、あの結城君、新入生代表の子を受け止めたの凄くカッコよかったよね」
「すごい、顔も鮎川太陽君に似ているし。凄くイケメンだし、私もああやって助けられたい」
「でも彼には好きな人がいるんだって」
「え、だれだれ」
「ほら、6組に体が大きな怖そうな北谷勝馬君ていう」
「ちょいまてぇ」
結城は前で随分と腐って良そうな薄い本を堂々と読んでいるポニーテール少女に喚いた。
「変な噂流してるんじゃねえ」
「違うの」
ポッキー頬張りながら千尋が怪訝な顔で振り返った。
「やっほーーー、結城君!」
瑠奈を従えて小柄な美少女島都が隣のクラスから元気いっぱい入ってきた。
「結城君、ついに私たちの秘密基地が決定したのだよ。千尋ちゃんの根回しのおかげでね」
千尋がえっへんと胸を張った。
「さぁ、行くよ」
都は結城の疲れ目もお構いなしに手を引いていく。
 世間では部活勧誘真っ盛り。結城は背が高く体も強そうなので、バスケ部や柔道部からお声が掛かっていた。しかし彼自身スポーツに青春をかける柄ではない事と、あと実はすでに部活は決まっているという理由で断っていた。その部活とは。
「じゃーん!」
都は書道部の準備室にて両手を広げた。
「ここが私と瑠奈ちんと勝馬君と千尋ちゃんと結城君が加入する探検部の部室なのだ」
「探検部」
結城が呆然とした声で言った。
「何をする部活。廃墟探検」
「あ、それも面白そう」
千尋がメモを取る。
「一応面白そうなことがあればそれに参加して、なければここでお喋りする部活かな」
瑠奈が笑顔で結城に説明する。
「S〇S団みたいな奴か」結城はため息をついた。
「なんでお前がいるんだよ」
自分以外女の子オンリーになるはずを邪魔された勝馬が物凄い怒りのオーラで結城を見る。
「てかなんで俺が入っているんだよ!」
「いやー、部活5人集まらないと申請できないからさ。結城君の名前借りちゃったよ」
「お前、昨日俺に運動部とか入らないのって聞いていたのはそれだったのか」
結城は千尋をジトッと見た。
「結城君もきっと気に入る楽しい部活だよ。入ってくれるよね」
太陽のような都の笑顔、結城はそれを見て「部員になって良いです」と小さく返事をした。
「さて、探検部第一回会議を始めます。議題はズバリですね」
瑠奈が一同を見回した。
「予算です!」
瑠奈の声が急に埴輪みたいになったので、結城は見回した。
「やばいのか。予算そんなにやばいのか…」
しかし面々を見る限り、まぁそうだろうなぁとため息をついた。
「瑠奈さん、心配しないで下さい」
勝馬が息巻いて挙手した。
「はい、勝馬君!」都が発言を嬉しそうに促した。
「実は俺のオジキの地元が北茨城の海沿いにあるのですが、その小さな島霧骨島の民宿に5人アルバイトの募集がありました。是非学校の友達を連れてきて欲しいそうです」
「おおおおおおおおおお」
都が目を輝かせた。
「民宿のバイトって大変だぞ。このメンバーで務まるのか」
結城が懐疑的な声を出した。
「ああ、大丈夫です。去年俺の仲間を連れて言ったら、ほとんど客来ないで食って寝て食って寝てして金貰っていましたから」
「てか、それで民宿の経営成り立つのかよ!」
「うおおおおおおおおい、やったぁあああああああ、食べて寝てお金がもらえて海で遊べるんだぁ」
都は両手をパタパタさせて勝馬と踊りだした。
「もうなる様になってくれていいや」
結城はため息をついた。

 しかし漁船の上で霧骨島を見上げて、結城はその不気味な島影を見てため息をついた。東西南北2㎞もない小さな島。無人島ではなく数世帯が住んでいるらしく、小さな漁港もある。本土からの距離は2㎞くらいなので、そんな孤島というわけでもない。買いだした荷物を軽トラに積み込んでその荷台に5人が乗って、漁港から坂道を上がって見晴らしの良い場所にある民宿ボーンにたどり着いた。
「見事にさびれているなぁ。荷役を手伝いながら要領よく民宿に運び込みながら、結城はため息をついた」
「今日はお客さんが1組3人来るから、ちょっと忙しくなっちゃうけれど。花火やスイカも用意してあるから頑張ってください」
北口亥治郎は海の男って感じで非常に低姿勢な人物だった。
「ここの宿代っていくらくらいなんです」
結城がリネン室でリネンを受け取りながら北口オーナーに聞いた。
「4800ですね」
「俺らの時給800を考えると大赤字になりません?」
「いや、今日くるお客さんはちょっと特別な方でね。丁寧なおもてなしをするように秘書さんからお金をもらっているんですよ。県議会議員と県の教育委員会の上の方の人だそうです。本来だったらこんな民宿には宿泊しない人なのですが、この島には他に宿泊施設がなくて」
「なるほど」
食堂厨房では都と瑠奈と千尋が玉ねぎと格闘していた。
「うおおおおお、目が目がぁああああああ、って千尋ちゃん、ずるいよ。水中眼鏡なんかつけて」
「ふふふ、こういうのは準備が必要なのよ」
と笑顔の薮原千尋
「都、カムカム」
結城が外から呼んだ。
「オーナーが2人、近くの農園に行ってアスパラガスとトマトを貰ってきて欲しいんだと…こりゃ、酷い顔だなぁ」
結城は玉ねぎガスで涙声の都を見てため息をついた。

 島の木々に覆われた未舗装道路を歩いて5分の場所に「チャイルド・サイエンス農園」の看板があった。奥にはビニールハウスが見える。
「うわぁ、いかにも山岸さんって感じの」
結城は呆れたようにブザーを探して
「これ、勝手に入っていいのかな」
と聞くと、
「ダメって書いてないから良いんだよ」
と都は笑顔で手をブンブン振って農園の中に入っていく。
 その時、「誰だ!」と怒鳴る男の子がして都は脱兎のごとく戻ってきて結城の背中に隠れた。その後ろからステテコに何やら木刀を持った危なそうなおっさんが出てきた。
「言わんこっちゃない。あ、民宿ボーンのバイトです。アスパラガスとトマトを頂きに上がりました」
結城が出てきた
「あ、そうでしたか」
急にステテコ男はにっこりと笑って木刀を隠すように背中を回した。
「私はこの農園主の島崎豊と申します。野田君…すぐにアスパラガスとトマトを」
「はい」
優しそうな若い男性野田征爾(22)が頭を下げて農園の奥に走っていく。
「さっきは申し訳ない。最近泥棒が多くて」
「こんな島にも泥棒が出るんですね」
「中国人の仕業です。日本の農産物は高く売れるので。こんな場所にも泥棒しに来るんですよ」
島崎豊(51)はそう穏やかに言いつつも、農園の内部を見られないように油断なく結城や都の前に立ちふさがっていた。
「お持ちしました」
野田が帰ってくると島崎は「代金はもう北口オーナーから受け取っておりますので」と会釈して暗に2人に変えるように促した。

「ヤバそうな農園だったなぁ」
帰り道段ボールをいっぱい抱えた結城は都に言った。
「お前消されるような変なものは見てないよね、変なお花畑とか」
「お花畑はなかったよ。ビニールハウスとあと貨物列車に積まれている大きな箱があったかな」
都は段ボールをぎゅっと抱えた。
「コンテナか。まぁ、消されそうなものなんかなくて良かったぜ」

だがその時、コンテナの中では「暑い暑い」と少年少女の悲鳴が聞こえていた。
「うるせえぞ」
大柄で筋肉室で迷彩服の大男、岩本承平(20)が鉄パイプでコンテナを打ち叩く。
「お前ら逃げようとしたからな。罰を与えてやる」
その様子を島崎豊が残虐な目で見ながら監視していた。

結城と都が民宿に帰ると、
「もうお客様が来ているよ」
とオーナーが2人を振り返った。玄関には既にスーツでびっしり決めた中年女性と口ひげが立派な男性、それに付き従う女性秘書が来ていた。
「今年もよろしくお願いいたします」
女性秘書の内原友恵(23)がオーナーに頭を下げた。
「私疲れちゃった。早くお風呂に入りたいのだけどいいかしら」
と教育委員長の梅川優貴子(46)が手で顔を仰ぐ。
「その後は晩酌だな。今日はかわいい女の子がバイトしているようだし楽しみだ」
県議会議員の城崎総十郎(65)がもう飲んでいるのかニタニタと出迎えた瑠奈と千尋を見回した。
「お前ら」
結城が玄関先で都に言った。
「絶対晩酌には出るな。これは俺と勝馬がやる」

 民宿で晩酌に参加していたのは、梅川教育委員長と城崎県議、そして島崎豊チャイルド・サイエンス所長だった。
「島崎所長の理論を茨城県の教育方針に据えれば、美しい日本国民の育成に貢献した教育先進県として今の内閣からその功績を高く評価されるでしょう」
梅川が勝手な事を言って島崎に酒を注ぐ。
「全くです。島崎さんの著書は総理も読んでいらっしゃるようで、是非島崎さんには新しい子供科学を実践していただき、その効果を日本中に示して欲しいものです」
と城崎総十郎。
自閉症児を治療したって事でノーベル賞貰えるんじゃありませんかね」
そんな声を聞きながら布団を敷く作業をしつつ廊下の方を見て仲居姿の瑠奈はため息をついた。
「これ、佳奈ちゃんのお母さんが聞いたらどう思うだろう」
「酷いよね」
都も沈んだ声を出した。
「佳奈ちゃんって」
結城が部屋に布団を敷きながら聞くと、「中学の同じクラスの自閉症の子」と都が言った。
「よくある自閉症は教育やゲームやテレビのせいって奴か。あんな妄想に偉い政治家や教育委員会のトップが乗っかっているというのは割と絶望的な話だな」
結城はそう言ったとき、
「おい、大丈夫か!」
と下で声がした。勝馬の声だ。
 慌てて結城が勝馬の方へと階段を駆け下りる。
「俺、長岡歩夢っていうんだ。今、教育委員長と政治家がいるんだろう。助けてくれ。俺、あそこの農園から逃げ出してきたんだ。もうこの島から出たいんだ。助けてくれ」
泣きながら縋ってくるのは頭を丸めた結城とおなじくらいの少年だった。酷く殴られている。
「どうしたんだね」
北口オーナーが顔を出した。
「助けて…助けて…」
そう取りすがる長岡歩夢(16)の首をを背後から掴み上げた存在がいた。筋肉粒々でゾッとする冷たい目をした大男。
「うわぁああああ、岩本さん」
岩本承平は長岡を物凄い力で締め上げながら
「迷惑をかけたな」
と一言言って長岡の体ごと踵を返した。
「待てよ」
勝馬が岩本の肩を掴んだ。
「お前、誰の許可取って当たり前に彼を連れて帰ろうとしているんだ、お?」
「よせ」と北口が喚いたその直後だった。一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし「ぐおおおお」と声をあげて勝馬が倒れ込んだ。
勝馬君!」
都が大声で喚く。
 物凄い冷たい目が、少女探偵を貫いた。

つづく

劇場版少女探偵島都3-平成末期の殺戮劇❹end


4

 理子の家。
「どうしたのかしら。こんな時間に」
富吉ゆかりはてっぺん超えちゃいそうな時間に突然家にやってきた理子の親友の真剣な思いつめた表情に優しい笑顔で彼女を中に通した。理子の遺影が飾られた祭壇の前で、ふっと秋菜はそれを見てから、パジャマ姿のゆかりを真っ直ぐ見た。
「理子は本当はバクトルスタンの子なんですよね」
その言葉にゆかりは一瞬驚いた声を出した。しかし秋菜をじっと見つめ、そして目を閉じた。
「私の先輩が気が付いたんです。理子ちゃんの体は爆弾でバラバラにされ、霊安室には首だけしかなかったのに、お母さんは娘の冷たい手を握ったって言っていました。お母さんは前にもう一人娘さんを亡くしていますよね。ここに引っ越してくる直前に」
秋菜に言われて理子の母親はぽつりと言った。
「理子は5年生の時、お風呂で心臓発作を起こしてね…。直前まで健康だったのに、私は目の前が真っ白になったわ」

霊安室の前で娘の遺体を見て茫然とし、フラフラと廊下を歩いている時、その時知り合いのバクトルスタン出身のお母さんが、入管職員に腰縄で動物みたいに連れまわされているのを見た。
「助けて…リコを助けて…」

「難民申請をしているバクトルスタン人の母子家庭だった。私がマンションに行くと、あのお母さんの娘のリコ…同じ名前で理子と仲良しでいつも一緒に学校へ行っていた女の子が、一人誰もいない部屋で泣きじゃくっていた。私はこの時決意したの。きっと理子は、あの子は友達を私が助ける事を天国から望んでいるって…だから私はリコちゃんを、自分の娘理子として育てる事にしたの…あの子は優しい子で、必死で娘の代わりになろうとしてくれた。でも、私はそんな事どうでもよかった…。あの子の笑顔が…あの子の笑顔が私にとって一番大事だったのに…どうして…よりにもよってバクトルスタンのテロリストに…理子をもう一度抱きしめたい…抱きしめて怖かったねって抱きしめたい! あああああっ」
秋菜の前でお母さんは絶叫した。

 秋菜はマンションから顔を真っ赤にして勝馬のバイクに戻ってきた。勝馬は下を向いて震えている秋菜にヘルメットをかぶせた。
「結城の馬鹿は秋菜ちゃんを家まで送って行けって言ったけど…。なんで俺があんな野郎の言う事を聞かなきゃいけないんだ。お客さん…どっちに行きます? 家か、水戸か…」
「水戸に決まってるじゃん」
秋菜は涙を目にためながらも決意に満ちた目を勝馬に向けた。勝馬はニヤッと笑った。
「そう来なくっちゃな」

 同時刻-真夜中の茨城県警察本部。
 途中茨城県警によって捜査の指揮を長川が執っている間、結城と都は県警のロビーで爆睡していた。未明…長川がソファーで泥のように眠っている都の鼻をつまんで「ふがー」と目を覚ました都に報告した。
「バクトルスタン共和国のザイエフ大使が今日成田から出国したらしい」
都は目を見開いてガバッと目を覚ました。
「それから秋菜ちゃんが私に携帯で教えてくれたよ」
長川は頷いた。
「お前の推理で間違いはなかった」
「わかった」
都は頷いた。そして長川警部と結城君をじゅんじゅんに見回した。
「これで全部がつながったよ…この事件の犯人は」

 黒い影は水戸市街地が見えるビルの屋上で、屋上階段の建物に寄りかかりながら、でじっと拳銃を見つめていた。
「もうすぐだよ…お姉ちゃん…。もうすぐ敵を取ってお姉ちゃんみたいな人をみんな助けてあげるからね」
拳銃を持った殺人鬼は、自分そっくりの容姿の姉の写真を見て、優しく悲しい声で言った。月明かりが、犯人の少女の顔を照らし出す。

「犯人は、富吉理子ちゃんなんだよ」
都は結城と長川に言った。2人は今までのやり取りからそれを覚悟していたのだろう。じっと都を見つめる。
「最初に変だなと思ったのは、あの大使が言っていた事なんだよ。私は背が小さいし子供っぽいから、理子ママの家にいる時、何も知らない人から見れば理子ちゃんの友達だと思う。でもあの大使は私を理子ちゃんの友達のお兄さんの友達だとわかっていたんだよ。そんな細かい情報をお母さんが大使に言う理由はない。って事は、誰か別のルートでそれを教えたことになる。多分理子ちゃんが大使に、島都には気を付けろって言っていたんじゃないのかな」
「しかし、あの首だけになった少女の遺体は…確かに理子さんのお母さんが本人だと確認している。あの遺体は誰のものだったんだ」
「あの遺体は多分、あの工場で働いていたバクトルスタン人のお姉さんなんだよ」
都の言葉に長川の目が一瞬見開かれた。
「普通に考えればお母さんがバクトルスタン人の理子ちゃんを養子に向かえたなんて事実を嘘で隠せるわけがないって思うよね。彼女が正真正銘の日本生まれの日本民族の日本人だとみんな思っていた。だからまさかバクトルスタン人で理子ちゃんそっくりのお姉さんがいるなんて思うわけがないんだよ」
都は静まり返った警察本部ロビーで長川に言う。
「だから犯人は人質もろとも爆弾で吹っ飛ばし、理子の体がその中にあったように見せかけたわけか」
結城は戦慄した。
「凶器に使用した拳銃はザイエフ大使が用意したものだ」
長川は結城に言った。
「調べて分かったよ。ザイエフ大使は理子さんの生まれた同じ部族の出身で、向こうは部族を中心とする社会システムが現役だってね。だからザイエフは理子に協力したんだ。多分公安が調べを付けるだろうな、ザイエフが実はあのテロリストにも武器を提供していたと」
「長野さんがホテルで殺された事件も、理子ちゃんとザイエフ大使がグルだと考えればトリックは簡単なんだよ」
都は言う。
「あの時大使と奥さんと一緒にいた10歳くらいの男の子。コナン君みたいな恰好をしていたからわからなかったけど、あれは13歳の理子ちゃんだったんだよ。そしてザイエフ夫妻は自らセキュリティを受けたけど、警察も子供まではセキュリティを受けろって外交特権のある人の家族に言わなかった。だから理子ちゃんはホテルに拳銃を持ち込み、長野薫を殺害した」
都は一瞬目を鋭くした。
「確かに、あの時私は子供には硝煙反応を調べさせなかった」
長川は歯ぎしりしながら言った。
「その盲点を突いたってわけか」
「長川警部は、私の今の推理を警備の人に教えて。犯人は理子ちゃんなんだって」
「それはわかったが、このトリックだとザイエフ大使が帰国した以上、このトリックは江藤議員の桜を見る会には使えないぞ。それどころかあの桜を見る会ネトウヨ集会みたいなもので、招待客に子供はいないはずだ。実際にあのホテルにいた関係者は誰も参加しないしな。つまり彼女が誰かの子供に成りすまして侵入する事は出来ないはずだ」
長川が都に言った。
「でも理子ちゃんは必ず来る。最後の犠牲者江藤議員を殺しに…そしてその為の方法も考えているはずなんだよ」
都は冷や汗を流した。
「そしてきっとこの時、理子ちゃん自身も命を絶つつもりなのかもしれない」

 午前10時。
偕楽園の駐車場前のセキュリティで長川は警備の森下に止められた。
「なんだって…江藤議員が?」長川が珍しく激しい口調で森下に詰め寄る。
「ああ、お前らは入れたくないんだと」
森下は長川と後ろの少年少女、都と結城を一瞥した。
「中で捜査するよう根回しはしたんだ。捜査一課が掴んでいる情報も全て渡した。その対応はしているんだろうな」
「警備部部長は一笑に付していたよ。そのうえで君の根回しドタキャンするって嫌がらせだろ」森下は呆れたように会場の中で笑顔で挨拶している江藤議員を見つめる。
「くそっ」
忌々しそうに地団太を踏む女警部を他所に、都はふと懐かしい顔を見つけていた。
「龍彦君…こんな人たちのパーティーに参加するなんて嫌だよ」
「僕も不服だけど、秘書が行けって言うから」
「礼奈ちゃん! 龍彦君!」
青年実業家とその従妹が、元気いっぱいの小柄な少女の顔を見てパッと笑顔を明るくする。
「都ちゃん!」
「都…都…またどこかへ行って」とため息交じりの警部だったが、「おーーーい、警部‼」と都がにっこり笑って戻ってきた。
「ふふふふ、招待状ゲットしてきたのだ」
得意げに招待状を見せる都に長川はあんぐりと口を開ける。
「長川警部は誰か怪しい人がセキュリティに近づいたら私に教えて…私は中で頑張って推理して、理子ちゃんが江藤議員を殺す前に方法を見つけ出す」
都は決意に満ちた目で長川を見た。
「絶対、もう理子ちゃんに人殺しはさせない。招待客に小さい女の子がいない状態で中に侵入して江藤議員を殺す方法を絶対に見つけるから」
「小さい女の子なら目の前にいるぞ」
長川警部がジト目で都に拳を突き出した。
「酷い!」
都が頬を膨らませて長川の拳を突き返す。
「結城君…絶対都を守ってくれ」
「わかった」
警部に言われて結城君は頷く。
 その様子を離れたところからバイクに乗った勝馬と秋菜がじっと見つめる。ここに来れば、理子がどこかにいる。目の中に首だけにされた理子が目に浮かぶ。秋菜はそれを振り払うように会場を見た。

 セキュリティと突破して学校の制服姿でパーティー会場に入った都と結城。参加者が議員と握手をしている。市長や知事、大企業の社長や芸能人も来ている。華やかな桜吹雪と陽気の中で談笑する人々、大物ユーチューバーが政治家と握手しながら写真を撮っている。
「それでは江藤議員と桜を見る会に参加の皆様。これより国旗を掲揚いたします。皆さん不動の姿勢で君が代の斉唱をいたします」
演奏者たちは自衛隊儀礼服で演奏を始める。
「ほら、君たちも国旗に正対しないか」
ジジイが都と結城に怒鳴りつける。
「ウンコが漏れそうなんです。国旗掲揚の最中にウンコ漏らす方が不敬でしょう」
結城はそう言いつつきょろきょろトイレを探すふりをして辺りをうかがう。
「本当に昨日のパーティに参加した人たちは誰も来ないみたいだね」都は言った。
「ああ、根回し目的のパーティーだから同じ人間をそう何度も呼ばないさ」と結城。
「つまり都の推理だとここでは犯人は手も足も出せないはずだが」
そう言いながらも何か犯人が策を練っているのではないかという不安の中で国旗が掲揚され国歌が斉唱されていく。春の陽気の中でただびく日の丸。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

 君が代の演奏が終わった直後、設置されたステージで江藤議員が誇らしげに
「日の丸がたなびき、君が代を聞くたびに、日本人として、日本国民として、国家を守らなければいけない。国家に身を捧げる子供たちを茨城県から作っていく…そういう思いに身が引き締まります」
と恍惚とした顔で述べる。
「では次に、小学生たちに、教育勅語を斉唱してもらいましょう」
その時、壇上にエクソシストのようなブリッジ歩きをしながら、黒いシャツとズボンの子供たち10数人が出てきて、国旗の前に整列する。
 その時、全てに気が付いた都が大声を出した。
「江藤さん、だめぇっ」
大声で都が喚き、走り出した。だがすぐに小柄な体はネトウヨらしい下品な中年のおっさんに蹴り飛ばされ、背中を蹴り飛ばされ倒される。
「なんだてめぇは」
「左翼か…左翼がどうやって紛れ込んだんだ」
参加者が都に蹴りを入れるのを見て、結城が
「何しやがるんだ!」とそいつを投げ飛ばすが別の人間にドロップキックされ、大勢に殴られ蹴り飛ばされた。
「おやおや、左翼の人間を呼んだつもりはないんですがねぇ」
壇上から江藤議員がせせら笑う。

「何かあったのか」
勝馬がバイクにまたがりながらどよめくセキュリティの向こうを見ていた時、秋菜は携帯電話で都を呼び出した。
「師匠…師匠!」
返事がない。
勝馬君!」
秋菜がじっと勝馬を見た。
「へへへ、そう来なくっちゃな!」
勝馬がバイクのアクセルを思いっきり鳴らす。
「しっかり捕まっていろよ」

「さぁ、気にせずに未来の日本に奉仕する君たちは教育勅語を斉唱した前」
子供たちが言われるままに国旗に向かって暗唱する。
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ…」
少年少女たちがそう叫んでいる間、議員はそれが自分の成果であるように恍惚と天を仰いでいる。だがその時周りにいた人間が声を震わせ悲鳴を上げた。子供たちの斉唱が消え、怒号が飛び交う。それに気が付いて思わず正面を向いた江藤議員が、一人の教育勅語斉唱の少女が自分に拳銃を向けているのを見た。
「死ね」
逆光した黒い影の殺意。江藤議員は恐怖にあわっと口を開いた。

「どけぇええええええええ」
勝馬のバイクが芝生を爆走し、警察車両のセダンのボンネットを踏切に思いっきり高く舞い上がり、-この時傍にいた長川警部が「勝馬君」と絶句した-ウイリー状態で木柵を飛び越え、パーティーのテーブルを踏み台に着地すると驚いて芝生にダイブする参加者を尻目に舞台に特攻する。犯人の少女が思わずそっちを見た時には勝馬の背中から飛び上がった秋菜のシューズが江藤議員の顔面に命中し、江藤議員と秋菜はもみくちゃになってステージの幕に突っ込んだ。
 悲鳴が上がり、逃げ惑う中で、結城が傷だらけになりながら立ち上がって芝生に座り込んでいる都に駆け寄る。
「大丈夫か」
「うん」
都が人形のように頷く。そして徐に立ち上がった。ステージの前でバイクがひっくり返り、勝馬が目を渦巻きにして伸びている。そこから視界を上げると、少女が江藤議員の首に手を回し頭に拳銃を向けていた。周囲を見回すと、森下警部や数人の私服警官が拳銃を舞台に向けていた。
「銃を捨てないとこの議員の頭をぶち抜くよ」
少女は声を震わせた。
「な、なんで…」
舞台に座り込んだ秋菜が必死で立ち上がった。
「なんで、なんで」
わき腹を押さえながら秋菜は声を震わせる。
「なんで、理子が」
富吉理子は秋菜に微笑んだ。
「こっちの台詞だよ。びっくりしちゃったよ。秋菜ちゃんがいきなり突っ込んでくるんだもん」
「どけ」
警察手帳を片手にセキュリティを突破した長川警部は舞台を見上げた。
「都さん、あなたの推理?」
無表情の理子に都は答えた。「都は首を振った」
「秋菜ちゃんのおかげだよ」
「お母さん、話してくれたよ」
理子の背後から、秋菜は言った。
「理子がどんなにバクトルスタンの内戦で怖い目にあってきたか。そんな理子を守ってくれたのがお姉ちゃんだったんだよね。お姉ちゃんは理子を命がけで、難民キャンプへ連れて行ってくれたんだよね」
「私を隣国まで連れていく軍隊のトラックに乗せるためにお姉ちゃんはロシア軍の兵士に体を売ったの」
震える江藤に拳銃を突きつけながら理子は言った。

「Menga yoqmaydi. Men doim opam bilan bo'ldim(嫌だ。私ずっとお姉ちゃんと一緒にいる)」
トラックの荷台で泣きじゃくるリコにお姉ちゃんは優しく語りかけた。
「Men yaxshi. Keyingi trekka boraman. Chunki men bu rus qo'shinining odamlari bilan gaplashmoqchiman(私はこのロシア軍の男性と話したい事があるから)」

「またすぐに会える…そう言ったお姉ちゃんは、難民キャンプに来ることはなかった。キャンプで再会したお母さんはもう生きていないと思って、私を日本に連れて行って難民申請をしたの…」
冷徹だった理子の声が震えた。
「お母さんが連れていかれたり、大切な日本の友達が亡くなったり…凄く辛かったけど…私は理子のお母さんに大切にされて幸せだった。でもこの日本でお母さんとお姉ちゃん…そして理子のお母さんと一緒に暮らせればいいなって思っていたの」
理子は油断なく拳銃を江藤に突きつけ、顔を激情させた。江藤が「ひいいっ」と情けない声を上げる。
「でもその夢が破られたのを、テロリストになった私の親戚が教えてくれたの」
「あの工場でテロリストが理子ちゃんを見つけたのは、偶然だったんだよね」
都は言った。
「びっくりしたよ。髭でわからなかったけど、親戚のお兄ちゃんだった。2人とも人質の中に私がいてびっくりしていたよ」
理子は冷静に笑った。だが次の瞬間影が差す。そして少女の透き通る声でダミのような憎しみを吐いた。そのギャップに都は戦慄した。
「そして私はもう一人家族と再会したの。そう首だけになったお姉ちゃんとね」
理子はぎろりと会場を睨みつけた。
「お姉ちゃんと一緒に働かされたベトナム人の人が話してくれた。あそこの工場長が技能実習生をリンチして、死んだ従業員の首を切って冷蔵庫に保管して、それを他の人に見せびらかして恐怖で反抗でき無くしていたって。この工場長の権藤って奴は笑っていたらしいわ。従業員がいなくなっても警察は行方不明者としてではなく犯罪者として扱う。例えどんなに虐待を受けていても、犯罪者になるのはお前たちだって…わかる?」
理子は憎しみを江藤にぶつけた。
「お姉ちゃんはね、私に会うために日本で技能実習生になろうとしたのよ。その気持ちに付け込んだあんたらは、バクトルスタンの人たちが奴隷になることを知って人材を斡旋した。そして、入管の連中は保護されないといけない虐待被害者を犯罪者として扱って、お母さんを4年も収容した挙句に虐待して殺したのよ! 私はお母さんはバクトルスタンにいると思っていて、それをテロリストになった兄弟から聞かされた時はショックだった。分かる? お母さんとお姉ちゃん、2人を失った私の気持ちが。ずっと会いたいと思っていたお姉ちゃんはすぐ近くにいたのに…あの村の虐殺がよりによって私の家のすぐ近くでお姉ちゃんに対して行われたのに、私知らなかった、知らなかったのよ!」

「いやぁあああああああ、opa(お姉ちゃん)‼」
工場で冷蔵庫で首だけで保管されていた姉に泣きすがる理子。その背後でテロリストになった親戚の若い男が激しい憎しみを理子に向かって発露した。
「Biz uchun umid yo'q. Riko ... Biz vafot etganimizdan keyin opam va onamning dushmanlarini mag'lub etding.(もう私たちに希望はない。理子…俺たちが死んだあと、お前が姉と母の敵を討つんだ)」

理子は江藤の頭に突きつけた拳銃を激しく震わせた。
「2人の兄弟は復讐を私に託したわ。そしてこれから何の補償も受けないで送還される工場の外国人も私に口裏を合わせてくれると言った。兄弟はお姉ちゃんの首を私に見せかけ、自分たちが警官と銃撃戦をしている間に逃げろって私に言った。私は髪の毛を切ってシャツを変えて、男の子のふりをして突入の時に逃げたわ。学年は100人位いるし、警察は秋菜ちゃんが持っていた首に気を取られていたからうまくその場から逃げ出せた」
「じゃぁ、千川所長殺害事件は」
拳銃を理子に突きつけながらも森下警部が声を震わせる中、都はじっと理子を見ながら答えた。
「遺体を発見した野球少年こそが殺人者だっただったんだよ」
都は言った。
「あの町はTXが出来てから開発されたニュータウンで、みんな3月に引っ越したばかりだったみたい。公園で野球していた子供たちもみんな顔見知りじゃない人が一緒に野球をしていて、理子ちゃんは野球少年としてわざとあの家にボールを叩き込んで、謝りに行くふりをして」

「野球を公園でしちゃいけないはずだ。親を呼んで来い、親を…土下座させてやる」
そう喚く千川は自分に拳銃が突きつけられているのに気が付いた。
「なんだ、エアガンか」
「生憎私の親はあなたに入管で殺されているのよ」
少女のゾッとする殺意に千川はこれが本物だと気が付いて腰を抜かした。
「死ね!」
千川の頭が飛び散るのを理子は冷徹に見下ろした。

「なんで13歳の女の子が…こんな大量殺人を」
森下が戦慄する。
「お母さんとお姉ちゃんの復讐か」結城は言った。
「それだけだったら、工場から逃げた後、大使館じゃなくて警察に言って踏みとどまっていたかもしれない」
理子は首を振って言った。
「だって、日本には私を育ててくれた大切なお母さんも秋菜もいるもん」
一瞬理子の顔が優しくなった。
「じゃあ、なんで」
秋菜が声を震わせた。秋菜を振り返らず理子は冷酷な目で長川、結城、都を眺めまわした。
「バクトルスタンでお姉ちゃんに抱っこされながら見た村の人たちの生首…。あの時私たちは理不尽に友達や先生や親戚がいかれたヘイト連中に殺されても、お父さんが殺されても無力だった…でもあの工場でお姉ちゃんの首を前に兄弟から復讐のチャンスを与えられたの。ううん、復讐だけじゃない」
理子の顔に狂気が浮かんだ。
「私がこいつらをぶっ殺す事で社会は変わるのよ。大勢の技能実習生が救われ、日本社会が私が流した血によって大きく変わるのよ。兄弟はそのために私に使命を与えてくれたの! 大勢の人々を救うための救世主となるための使命をね!」
「嘘‼」
悲鳴を上げて震える江藤の銃口をさらに強くこめかみに押し付けながらの理子の絶叫を秋菜の叫びが圧倒した。
「そんな事あるわけないじゃん」
理子は両手をぎゅっと握って下を向いて声を震わせた。
「私は大切な人を殺されても家族に復讐して欲しいなんて絶対に思わない。家族が殺人犯になっちゃうなんて…絶対嫌だよ」
秋菜の声が震え、結城が「秋菜…」と驚愕する。都は秋菜をじっと見つめた。
「理子に復讐しろなんて言ったテロリストは最低だよ。自分の憎しみを晴らすために理子に復讐するように…人殺しするように命令して…。あの大使だって理子に手を汚させて…。最低だよ…。殺された理子のお姉ちゃんが大切に思っていた妹に…酷すぎるよ!」
「秋菜ちゃん…」
理子の冷たかった声が動揺に震えた。
「ずっと思っていたお姉ちゃんが殺されて、お母さんも殺されて…怖かったよね、悲しかったよね…酷すぎるよね」
秋菜は歯ぎしりした。
「そんな女の子に復讐しろだなんて、人を殺せなんて…もっと酷すぎるよ」
秋菜は理子を真っ直ぐ見た。目からは涙がボロボロ出ているが激し怒りの表情だった。
「そうだな…」
長川警部は舞台の端で震えている子供たちや、彼らを誰も助けようとしない会参加者の偉い人たちを見つめる。
「子供が暴力とか怖い目に合わないようにするのが大人の役目なのにな」
会場が静まり返った。
「お母さん…理子を抱きしめたいって言ってたよ。怖かったねって抱きしめたいって」
ガタガタと理子は震えだした。秋菜の優しい声に麻痺していた恐怖が体を震わせた。
秋菜は理子の拳銃を包んだ。
「おかえり…理子」
拳銃が理子の手から離れた。江藤議員の体から力が抜け、失禁してあわあわ言っているのを警官が抱き起す。理子を取り押さえようとする警官を長川が手で制し、秋菜から拳銃を受け取った。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
秋菜の胸に縋りついたまま理子が絶叫し、そのまま崩れ落ちた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、うわぁああああああああああああああああ」
子供のように号泣する理子を秋菜は撫でてあげる。
「ふはは、この北谷勝馬様が来たからにはもう大丈夫だ…ってあれ、あれ…」
バイクの下から鼻血を出してむっくり起き上がった勝馬を結城はジト目で見る。
「俺、秋菜を家に送ってやれって言ったよな」
「なんでてめえのいう事を勝馬様が聞かなくちゃいけねえんだ」
勝馬。都は勝馬に笑顔で言った。
勝馬君…ありがとね」

 水戸児童センター。警察官が警備する中、秋菜はセンターの綺麗な廊下で、幾分信じられない表情で目を見開いている母、富吉ゆかりを振り返る。
「ここに理子がいます。おばさん、私はここで」
「秋菜ちゃん…」
ゆかりは少し声を震わせ、それでも優しい笑顔だった。
「本当に…ありがとう…」
「いえ」
秋菜は思わずはにかんでこの場を謝辞した。
穏やかな春空の下、待っていた都と結城、瑠奈と千尋は振り返った。
「おかえり…。秋菜ちゃん」
秋菜に気が付いた都が優しい笑顔で振り返った。
 心優しき探偵助手が目をグーで押さえて大声で号泣したのは、その直後だった。

おわり

劇場版少女探偵島都3 平成末期の殺戮劇❸


3

「秋菜ちゃんの最近の様子はどうだ」
ファミレスで女警部長川朋美はパフェ越しに聞く。都は笑顔で「頑張ってるよ! 秋菜ちゃん今日は私たちの為に肉じゃが作ってくれたの!」
と笑顔でホクホクしている小柄な女子高校生探偵島都。その横で結城が深刻そうに長川を見る。
「で、用件は何だよ。あの事件はテロリストが犯した事件で全員警官に射殺されたはずだ」
「私もこれでこの事件は解決かと思ったが、警視庁と千葉県警で合同捜査本部が立ち上がる事になったんだ」
長川は捜査資料を簡単にメモした手帳を見る。
「東京武蔵野市で入国管理局収容所職員の片桐慶四郎がジョギング中に殺害されたんだ。犯人はサイレンサー付きの拳銃で片桐の後頭部を撃ち抜いていた。そしてその翌日には片桐慶四郎というやはり入国管理官で収容施設所長を務めた千川千雄55歳が自宅で殺害されているのが発見されたんだ」
長川は2人の写真がクリップされたメモを都と長川に見せる。
「都、クリームを垂らすなよ」
「犯人はまだ見つかっていないんだね」
都は長川を見て長川は頷いた。
「ああ、だが千川の方は一定程度目星はついているようだ」
長川は言った。
「まず、千川の家の正面玄関には監視カメラがあってな、出入りする人間は全て監視されているんだ。死体を発見して通報した野球少年は除外するとして、死体発見日当日に3人の訪問者がいるんだ。一人は石崎司、発電機などを製造するエイシアパワー社のバクトルスタン現地法人顧問でな」
都がダンディな中年の背広姿の日本人の写真を出す。
技能実習生が技術習得だろうが虐待されて使い物にならなくなって事業に影響を及ぼしているとして千川や政府の官僚にかなり怒っていたらしい。今回自宅で話し合いをしようという事で言ったらしいが、彼の証言ではこの時は被害者は生きていたようだ」
長川は警察の取調室での聴取を思い出す。現地の文化風習に馴染んだような石崎は煙草を曇らせながらまくしたてた。
「あいつにガツンと言ってやるはずだったんだよ。こっちは技能実習生を現地で雇って、その技術で中国の一帯一路とやり合おうって時に、虐待でPTSDで技術どころか体を壊された技能実習生しかいないと来たものだ。こういうことをされるとせっかくの親日国で日本の評判が悪くなる。金のバラマキが無駄になるって政府や入管に抗議したんだよ。そしたらあいつ自宅で腹を割って話そうだなんて言いだして…。家に行ったら、バクトルスタンでの技能実習制度の社会貢献の酷い現状についてレコーダーかけようとしやがった。多分一部だけ切り取って勝手に公表するつもりだったんだろう、頭にきて帰ったよ」
石崎は警察署でそう表現した。
「でもその人は犯人じゃないだろう。次に訪問した人間もいたはずだから」
結城の言葉に長川は頷いた。
「次の訪問者は入管にOB訪問に来た21歳の女子大生渡部唯だ。石崎の後にやってきたらしくてな…。でも」
長川はため息交じりに取調室を回想した。
「実はその…千崎所長ちょっとおかしな人で、私に対して外国人収容者をいじめる話ばかりしてきたり、私の彼氏とか恋愛とかそういうのを聞いてきたり…それで飲み物をしきりに勧めてくるのが気持ち悪くて、それで逃げるように帰りました。用事があると嘘をついて」
セミロングの清楚な女子大生は長川警部に話した。
「鑑識の調査じゃ、案の定散らばっていた飲み物から睡眠薬が出たらしい。それから被害者のネット検索記録からは、最近の性犯罪の無罪判決についての記事が…」
長川はファミレスで珈琲を飲みながら、「ひいいい」とドン引きする都の前でため息をついた。
「3人目は」
結城に言われて、長川はため息をついた。
「3人目は…テロ事件で殺された富吉理子の母親、富吉ゆかりだ」
「うそ」
都が驚愕の声をあげた。「なんで理子ママが」
「聞いたよ」
取調室の回想を長川は思い出した。
「理子が殺されたのは、バクトルスタンの技能実習生への虐待が原因なのかって思うと、どうしてもいてもたってもいられなくて…所長の住所へ行ったんです。でも所長は会ってくれませんでしたけど」
「所長の住所をは何で知ったんですか」
長川が聞くと、ゆかりは言った。
「私、あの人と寝たことがあるんです。私は難民支援のボランティアをしていて、日本にいる難民の子供たちの教育を支援する仕事をしていました。その時、難民の子供を収容して欲しくなければって近づいてきたのが、入国管理局の不法滞在者捜索を担当していた千崎だったんです」
「うわぁあああああ」
都はドン引きして結城に縋りつく。
「つまり、以上をまとめると石崎はアリバイは成立しているな。だって彼が殺害していれば渡部は千崎に会う事は出来ない。となると所長に会ったと証言した渡部と会えなかったと証言した富吉さん。この2人のどっちかが犯人ってわけだ」
「それがそうとも言えないんだ」
長川はため息をついた。
「前に殺された所員の片桐慶四郎…武蔵野市の殺害現場に行くことは2人には絶対に出来ない。あの事件被害者が死ぬ瞬間を通行人が目撃しているからな。正確な死亡時刻がわかるんだ。その時富吉さんはパート、渡部さんは大学のゼミに出ていた。2人はいずれも茨城県内にいた。いずれも完璧なアリバイがあるんだ」
「こういうのはどうだ」
結城は長川に聞いた。
「実は石崎が犯人で、千崎を殺した後、変装して渡部唯を出迎えた。だが次の富吉さんの場合は被害者と深い付き合いでバレるだろうと考えシカト決め込んだ」
「その時石崎さんはどうやって被害者の家から脱出するんだ」
長川はため息をついた。「防犯カメラには石崎の出入りも映り込んでいた」
「まぁ、石崎さんに第一の事件ではアリバイはない事は間違いないがな」
都は考え込んだ。
「これって入国管理局の人たちが次々殺されているって事だよね」
「それも同一人物の可能性が高い」
長川は言った。
「2つの事件の弾丸の線状痕を確認したら見事に一致していた。さらに消音のオートマチックを使っていることからプロの可能性が考えられる。それとあの人質事件があった直後というタイミングからすると、犯人はバクトルスタンの技能実習生に虐待を加えていた入国管理官を次々に殺害している可能性が高い」
「って事は次の誰かが狙われるとしたら、入国管理局の人とは限らないよね」
都が考え込むように言った。
「ああ、県警はあと2人が次に狙われる可能性があると考えて警護している。一人は技能実習生の募集や斡旋を現地でしていた極東財団の現地事務所長長野薫…もう一人は国民自由党国会議員の江藤博人だ。こいつはバクトルスタンの情報部とも繋がりがあって、あれだけ自国民が日本で酷い目に遭って技能実習も出来ていないというのに向こうが抗議をしてこないのは、この議員が向こうの高官に賄賂握らせたんじゃないかって説があるらしい」
「おいおい、じゃぁ、つまり理子を殺したテロリストに生き残りがいて、そいつが復讐を実行しているって事か」
結城の顔が険しくなる。
「ああ、そしてそいつはスーパーセルみたいに日本社会に潜んでいて、またあの工場でのテロ事件を再現するかもしれないって事だ。その為にも、千崎千郎所長殺害事件のトリックを早急に暴かなければいけないという事だ」
長川は額に冷や汗を流していた。
 その時、長川警部の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし…長野さんどうしました」

 茨城県タワーマンションに住む長野薫という36歳の女性は声を震わせていた。
「ねぇ、私は本当に大丈夫かしら…まさか爆弾とかで攻撃されたりはしないわよね」
長野は声を震わせていた。
「荷物は全て警察の方でチェックしています。タワーマンションはセキュリティが万全ですし、外には警官も配備しています。それにタワーマンションなら周囲に高いビルがない以上狙撃される心配はありませんよ」
「で、でも…夜のホテルでのレセプションは…大丈夫かしら…」
「あそこもホテル会場には万全な手荷物検査が行われますし、警備部がちゃんと警備します。我々は目下テロリストの検挙に務めています」
長川は落ち着かせるように言った。
「心配だわ…そうだ…女子高校生探偵島都って知ってる? 私の友達が県警のキャリアで、ひそかに警察に知恵を出して難事件を解決している凄腕の女の子がいるって…」
「知ってるも何も。今目の前でパフェ食ってますよ」
「ほえ」
クリームだらけの美少女が目をぱちくりさせた。
「連れてきて、是非連れてきて。彼女がいれば安心だわ!」
キャッキャと声を出す長野。
「いいよ!」
都はにっこり笑った。そして決意に満ちた声で言った。
「秋菜ちゃんの為にも、絶対に犯人を捕まえないといけないんだから」

「えー、お兄ちゃんまたぁ」
秋菜が自室で寝っ転がりながら携帯に向かって不満そうな声をあげた。
「ああ、都が実力テストでヤバそうなんだ。そう言うわけでお前今日は1人で寝てくれ…大丈夫か」と結城の声。
「うん…」
秋菜はため息をついた。
「もし厳しそうだったら、高野でも薮原でも好きなのを呼べば一緒に寝てくれるから。ただし北谷勝馬、あいつはダメだ」
「はーい」
秋菜はそう言って電話を切るとスマホをタップして「勝馬君」に発信した。

「おう、どうしたぁ、秋菜ちゃん…まだ怖いのか」
バイクを唸らせながらマンション玄関先でたたずんでいた秋菜に北谷勝馬は声をかける。しかし秋菜は災害用ヘルメットをかぶって秋菜のバイクの後ろにまたがると。
「つくばに行って」
「つくば? うまいラーメン屋でもあるのか?」
きょとんとするごつい体の高校1年生に秋菜は喚いた。
「いいから!」

 つくばセンター地区の高層ビル群にホテルオーラはあった。ペデストリアンデッキに直通している未来都市みたいなホテルだ。そこに黒塗の高級車がパトカーに先導されてやってくる。周辺で警備部の背広警官が周囲を警戒する。
「あら、来てくれたのねー」
オホホホホと長野薫、極東財団人材派遣部門、36歳が笑顔で島都という女子高生探偵をぬいぐるみのように抱きしめる。真っ赤なドレスにケバイ化粧をしている。
「私は頭のいい子が大好きなの。今日は私を守ってね」
長野は笑顔でポカーンとしている都の手を握ると、意気揚々とセキュリティチェックを通過していく。
「なんだ、あのおばさん」
結城はジト目でその後ろ姿を見つめる。
「あれで相当やり手らしいぞ。全世界から技能実習生を集めて政府や企業にインターンって形で献上しているらしいから、それも奴隷みたいな契約内容をだまくらかして」と長川。
「つまり、奴隷商人ってわけだ」結城の言葉にはトゲが入っている。
「いや、日本の企業風土は経営者がだらしなさすぎるんだ。労働時間、給料、契約内容どころか法律も守らない。つまりいくら魅力的な条件を現地で取り付けても、日本の文化や伝統にかかればなかったことにされてしまう。結局構造的な問題なんだよ」
長川はため息をつく。
中央アジアのそれ以外の国では日本財団とかが学術や現地での技術向上や社会改革を地道にやっているが、バクトルスタンじゃ技能実習生の名目で利権が蠢く状態になっちまった」
「おーにーちゃーーーん」
突然不機嫌な声が聞えてきてジト目の視線を感じて振り返ると、結城秋菜が従兄をじーっと見つめている。
「なんでお前がいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ!」
背後で北谷勝馬が激昂する。
「なんでうまいラーメン屋じゃなくて、お前がいるんだよ。あ、都さーん」
勝馬くーーーーん」
都と勝馬がハイタッチする。
「なんでここに来たんだ」
結城は秋菜に喚いた。
「お兄ちゃん。理子の事件の関係でここにいるんでしょ」
秋菜がじっと結城を睨みつける。
「うん」
都はじっと秋菜を見つめた。
「理子を殺した連中がまだいるんですよね」
秋菜が師匠をじっと見つめる。
「うん」
「私も一緒に捜査します。絶対に理子の敵を討つんだから」
秋菜は都を押しのけて長川警部に近づいた。
「私も捜査に参加させてください! 絶対テロリストを捕まえて見せますから」
猛然と長川に縋りつく秋菜。
「駄目だ」
長川は言った。「気持ちは分かるが、君を捜査には参加させられない」
「なんで! 私だって師匠の一番弟子なんですよ。テロリストを‼」
次の瞬間、秋菜の頬が物凄い勢いでぶたれ、秋菜が左頬を赤く染めて、驚いたように目を見開く。
「お前、こんなところででかい声を出している時点で犯人が聞いていることを考えられもしねえ時点でダメだって言ってるんだよ」
結城は秋菜を冷徹に見下した。都が慌てて秋菜に駆け寄る。
「それに長川警部の事を考えてみろ。俺らに捜査状況をぺらぺら喋っていることがバレれば、警部の立場もヤバくなるんだ。そんな事も考えられねえで、探偵助手なんか名乗ってるんじゃねえ」
結城は長川に頭を下げた。
「別に私の立場なんて女の子殴って守るような事じゃねえぞ」
と長川はため息をつきながら警官に手帳を見せ、拳銃を渡してセキュリティをくぐる。
「この2人は捜査協力者だ。都‥‥」
「うん」
秋菜は下を向いて震えている秋菜の肩を心配そうに持っている。勝馬
「お、俺に任せてください」
バツが悪そうに頭をかいた。都は笑顔で「ありがと‼」と笑った。
「秋菜ちゃん…ラーメン食いに行くぜ…ラーメン」
秋菜は黙って下を向いたままトボトボ歩いて行く。
「秋菜ちゃん…何も殴る事はねえよなぁ…ああ…全くあいつは本当にクソ野郎だなぁ」

「俺は本当にクソ野郎だな」
ホテルのロビーで結城は立ち止まった。
「ううん、結城君が本当にそう思っていたわけじゃないくらい、勝馬君が話してくれるよ」
「いや…あいつは馬鹿だから無理」
都はその言葉にΣ(゚д゚lll)ガーンとなった。
「もう、あんな生きた心地しねぇ耐久タイムは御免だぜ」
「ま」
長川は笑顔で結城の肩を叩いた。
「ここまで派手にブッ叩いた以上、犯人捕まえて殺人の阻止をしないと、秋菜ちゃんに顔向けできないよ」
長川は二カッと笑った。
 その時、セキュリティシステムの前で黒メガネの男が身分証を警官に見せた。
「私はバクトルスタン大使館武官クシャーノフ…そしてこちらがバクトルスタン共和国大使アレクサンドル・ザイエフ閣下夫妻だ」
「はっ、失礼しました」
警官があわてて機械のスイッチをパソコンで切ろうとするが、ザイエフ大使はそれを手で制して
「いや、構わない。日本もバクトルスタンもテロへの憎しみを共有している。外交特権などと言わずここは日本のセキュリティに私も妻も協力しようじゃないか」
と流暢な日本語で言った。
「あの人」
都が素っ頓狂な声をあげた。
「おや」
向こうも気が付いた。
「君はテロ犠牲者の少女の親友のお兄さんとそのガールフレンド」
「が、がが、ガールフレンドじゃねえです。友達」
結城が思わずてんぱる横で
「薮原千尋ちゃんによれば私と結城君とはねっとりした関係なのです」と背後から結城に飛びつく都。
大使は妻と10歳くらいの恥ずかしがりな少年に先に行くように促すと、
「甘えん坊な息子でね。だからご遺族との対面は本当につらかったよ」
と言った。「しかし君たちは何故」
「実はこの2人は捜査協力者です。失礼しました」
長川は大使に不動で敬礼した。
茨城県警本部刑事部警部の長川です」
「バクトルスタン大使のザイエフです。日本の警察は非常に優秀だと聞いている。よろしく頼むよ」
ザイエフはそう言いながら都と結城と握手して会場へと消えた。
 長川は都と結城にこっそり顎でしゃくりながら言った。
「彼がエアストパワーの石崎だ…」
ダンディな背広姿のおじさんが長川に会釈して会場に入る。
「それから渡部唯さんもここにきているらしい。彼女はゼミでシルクロード研究しているからな。大使に花束を渡す仕事だそうだ」
暗がりの中で会場の中で緊張している渡部唯。赤いドレスの胸に緊張した様に両手を押し付けている。
「緊張してはいけませんよ。リラックスです」
日本大学のドドボノフ教授が助言する。安西先生みたいなバクトルスタン人の教授だった。スピーチ会場ではザイエフ大使の横で国会議員の江藤が清聴している。
「はい、こちらは異常なし…大使のスピーチは続いています」
ロビーを見下ろすガラス階段の上で、警備部の森下達也警部はイヤホンに喋っていた。だが彼はふと「長川警部」と声をあげた中東系の宗教指導者の姿を見て、ロビーにいる長川たちに気が付き、
「なんでいるんだ」
と驚愕した。
イマーム・ドストモフ‼」
長川が声をあげた。
「本当にあの時はご協力感謝します。しかし大変残念な結果になってしまって。都…この人は人質救出に力を貸してくれたモスクの導師ドストモフ先生だ」
「は、はじめまして」
都が緊張した様子でにこやかな宗教指導者に会釈をした。
「君は」
「実は亡くなった女子生徒の友人の兄の友人なんです」
長川がそう紹介すると、ドストモフは残念そうに「理子さんのお知り合いでしたか」と悲しげに言った。
「小さな女の子を殺すなんて…彼らはムスリムじゃない。本当に多くのムスリムがあの女の子の命を悼み、お母さんの為に祈っています」
そのドストモフの言葉に、都はふと目を見開いた。彼女はこの時、何か違和感を感じていた。あれ、なんだろう…この違和感…。

「はー」
ペデストリアンデッキ広場で出店のケバブはぐはぐする秋菜。
「あれ、秋菜ちゃんじゃない」
スーツ姿の女性が声をかけてきた。元気なさそうな顔で見上げると、そこにいたのは富吉ゆかりだった。
「おばさん…」
秋菜の目から涙が流れる。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「あらあら」
ゆかりは何も言わないで秋菜を抱きしめてあげた。
「ふふふ、理子もそうやって悲しい事があるとそうしていたの…。ふふふ。秋菜ちゃんの体温かいわね。心も凄くポカポカ…良かった…秋菜ちゃんの手が温かくて…自分の子供の手が冷たいなんてもう嫌だから…秋菜ちゃん、生きてくれてありがとう…」
「おばさん…」ぎゅっと抱きしめる秋菜。
ゆかりは優しかった。通行人がなんだと笑っていたので勝馬が「こら、見せもんじゃないぞ」と退散させる。
「秋菜ちゃんのお友達?」
「ええ、まぁ」
笑顔のゆかりに聞かれて勝馬は頭をかく。
「見事にホテルから追い出された」
「私もよ。招待されていたはずなのに。なぜか大使の要請で私の参加は見合わせて欲しいと入口で言われたの」
ゆかりはため息をついた。
「遺族の人に是非日本とバクトルスタンの友好を見て欲しいと参加したのに」
「えー、酷すぎるじゃありませんか」
秋菜が目を赤くしながらも明るさを取り戻したかのように、素っ頓狂な声をあげた。
(ちょっと待って…まさか…これって何かの始まりなんじゃ)秋菜の直感がそう囁いていた。秋菜はあわてて携帯電話を取り出す。そしてスマホ越しに「師匠」に発信した。

「あ、秋菜ちゃんだ」
都がピンクのガラゲーを耳に当てる。
「あ、秋菜ちゃん、元気出た?」
「師匠、大変なんです」秋菜は言った。
「実はテロ事件の遺族代表として理子のお母さんが会場に呼ばれていたんですが、直前に大使の要請で招待をなしにされたようです」
秋菜の声は焦っていた。都の顔が険しくなる。
「わかった…ありがと」
都は長川警部に言った。
「長川警部。長野さんはどこにいる?」
「長野薫部長は…会場の中にいるはずだが…森下警部…そうだよな」
長川が上から聞き耳を立てている森下警備主任に聞いた。
「いや、会場は100人以上いるし暗いから、誰がトイレに出たのかはわからん」
「嘘‼」
都が目を丸くした。

 黒い影は自動拳銃にサイレンサーを装着すると、写真を見た。読者諸君ならこの写真を見た時、富吉理子の写真であると理解するであろう。
「リコ…頑張るからね…必ず敵を取ってあげるから」
死者に復讐を誓った黒い影はゆっくりと廊下を歩き出した。

 長野薫は喫煙室にいた。
「ああ、なんでこう大使の話は長いのかしら」
煙草を曇らせてイライラする真っ赤なドレスの女史。その時喫煙ルームの扉が開いた。
「なんで…」
長野の顔が引きつる。目の前にいたのは拳銃を向けて殺意を帯びた目で長野を見つめる殺人者の顔。この冷たい形相は長野に嫌が応にも運命を突きつけた。
「なんで…あなたが…」
長野の顔が死の恐怖に震え、哀願の言葉を発そうとしたが、その時には乾いたサイレンサーの銃声とともに長野薫の後頭部で脳みそがポップコーンのようにはじけ飛んだ。殺人者は拳銃を床に投げ捨てると喫煙室から消えた。

 都は弾かれたように走り出した。
「どうした都!」
結城が声をあげた。
「あの人、凄いヘビースモーカーだよね。あの人から煙草の匂いがいっぱいしていたもん。もしかしたら喫煙ルームにいるのかも」
都はホテルの看板を頼りに喫煙ルームに走り出す。
「つまりサボりって奴か」
結城が都の後ろから走りながら声を上げる。
「そして長野さんがヘビースモーカーだって事を犯人が知っていたとしたら」
「バカ言え…ここの警備は万全だ。犯人がここで犯行を行うとは思えないぜ」
長川は喚く。
「それじゃぁ、犯人はどうやって千崎さんの家の密室から消える事が出来たの?」
都は喫煙室の扉を開けた。そして凄惨な殺人現場を目撃した。うつ伏せになった長野薫の死体の頭を中心に血の海が広がり、床にも血が飛び散っていた。
「うっ」
長川が仰天する。
「な、何故だ」
森下が声を震わせた。
「なんで拳銃を持ち込めないこのトイレで人が撃ち殺されるんだ」
「とにかく」
長川は森下に命令した。
「今すぐ出入り口を封鎖して、子供以外全ての人間の硝煙反応を調べるんだ!」
「…」茫然とする森下に
「殺人の捜査は刑事部の仕事だ。今から私が指揮を執る…これは命令だ…わかったな」
長川警部の気迫に押されて、森下は慌てて廊下を走っていく。
サイレンサー付きか」
長川は床に落ちていた拳銃を見る。
「でも一体どうやって…どうやって犯人は拳銃をこのホテルのセキュリティくぐって持ち込んだんだ。こいつは金属探知機をくぐれる3Dプリンターの樹脂製の奴じゃねえ、本物の拳銃だぞ」
結城の声もさすがに震えていた。完璧な最新鋭の警備の中で犯人はどうやって拳銃を持ち込んだのか。
「どうしたんだ」
石崎が喫煙ルームの前のトイレから出てきた。煙草の匂いがする。
「お前、この喫煙ルームでタバコ吸ったか…」
「喫煙って…うわっ」
死体を見て石崎が悲鳴を上げる。そして意味を察したらしく声を震わせて、
「俺は犯人じゃねえ。確かに煙草は吸っていたが、トイレの個室で吸っていたんだよ!」
と結城に喚いた。
「まぁいい。警察が全員の硝煙反応を調べるそうだ。そうすれば誰が犯人か一発でわかるだろう」

「一体何があったんだ」
「ここから出してくれ」
参加者がセキュリティの入り口に押し寄せるのを警備部の警官が不動の姿勢で阻止する。
「先ほど、トイレで殺人事件が発生しました。犯人は拳銃を捨てて参加者の肩の中に紛れ込んでいる可能性が高い。子供以外の全員の硝煙反応を取らせてもらいます。例外はありません」
「なんだと」
「私を誰だと思っているんだ」
怒号が響く中長川警部は「待ってろと私は言っている!」と大声で威圧した。県警の車両がホテルの前に多数到着する。
「硝煙反応…出ると思うか」
その様子を遠くで見ながら、柱に寄りかかる様にして結城は腕組をしながら大人の醜態を見つめる。
「出ないと思うよ」
都は言った。
「どんな方法を使ったかはわからないけど、犯人はホテルの金属探知機をくぐって拳銃を持ち込んだんだよ。そんな人間が硝煙反応つけたままうろついているはずない。絶対に出てこないよ」
都は言った。そして歯ぎしりする。
(止められなかった。理子ちゃんを殺した犯人、止められなかった…)
そしてじっと慌てた表情で警察に食って掛かる江崎議員を見つめる。
「でも犯人は魔法なんか使っていない…何かトリックがあるんだよ。そのトリックを絶対に暴いて…次の殺人は絶対に止める」
都の目が闘志に燃え上がる。
「理子ちゃんと秋菜ちゃんの為に‼」

「全く…何も誰からも出なかったじゃないか。明日の江藤議員と桜を見る会に影響が出たらどうするんだ。お前は国政に影響を及ぼすところだったんだぞ」
江藤議員は頭を下げる長川に悪態をついてセキュリティからホテルの外に出ていった。
「やはりか」
結城は長川警部に言った。ホテルのロビーで2時間待って、全てのパーティ参加者を検査した結果、硝煙反応は誰からも出なかったようだ。
「まるで神出鬼没の犯人だ。千崎所長殺害の時は監視カメラで監視された家を出入りし、この事件では金属探知機含めたセキュリティを突破して硝煙反応も残さずにこのホテルから消えやがった」
「警部…長野さんを殺した拳銃の弾丸…あれは」
「線状痕から見て、千川所長と片桐を殺した銃で間違いないそうだ。つまりこれでこの3つの事件の犯人が同一人物って事は判明したって事だ」
長川はため息をついた。
「あの大使夫妻も硝煙反応は検査したのか。外交特権はあったんだろう」
結城が聞く。
「むしろあの夫妻は進んで硝煙反応の検査に応じてくれたよ。結果はシロ。それ以外会場にいた人間は全員検査したが、硝煙反応は出なかった。そして長野の死亡時刻にセキュリティを出入りした奴はいない」
「あれだ」
結城は言った。
「ビニール傘か何かに穴をあけてそこから手術用手袋をした手で握った銃をむき出しにして射殺」
「そういうのも考えたが、ホテル内でそんなビニールがさも手袋も雨合羽も見つかっていない。つまり犯人はむき出しの状態で拳銃を発射したって事だ。硝煙反応は必ずついているはずなんだ」
長川は警察官が一礼する中帰っていく参加者を見つめた。
「でも誰からも硝煙反応は出なかった」
都は必死で考え込んだ。
「煙草は…石崎が吸っていた煙草はどうなんだ。あれに硝煙反応が紛れたって事はないか」
と結城。だが長川は首を振った。
「ニコチンの煙と火薬は全然違うよ」
「重要容疑者のアリバイはどうなっている」
結城は長川に聞いた。
「一応ホテル従業員が赤いドレスで喫煙ルームに向かった被害者を目撃しているから、この時間まで生きていたと考えて間違いないだろう。それからのアリバイだが、まず石崎にはアリバイはない。ずっとトイレでタバコを吸っていたと言っているが時間的には可能だ。ザイエフ大使夫妻はずっと舞台で講演していたから犯行は不可能。渡部唯は教授のドドボノフ氏と一緒にいたと教授が証言している。つまりアリバイが成立している」
長川は警察手帳を見つめて言った。
「森下警部は?」
結城は長川に聞いた。
「警察なら当然拳銃を持ち込むだろう。硝煙反応が残らない疑問は分からんが、どうやって拳銃を持ち込んだか…その疑問は解決できる」
「なるほど」
長川は結城に不敵な笑みを浮かべた。
「森下警部はこのロビーで指示を出していたそうだ。だがそれを証明する人間はいないな。ただ無線で部下とずっとつながっていて、銃撃や悲鳴と言った類は聞こえていないようだ」
「ねぇ、警部」
都は目をぱちくりさせて警部を見上げた。
「なんで理子ママは直前で招待状をなかったことにされちゃったの?」
「やはりテロ事件の関係者を呼ぶのはイメージ的に良くないと、ザイエフ大使が言ったそうだ」
と長川。
「でもそしたらドストモフ先生も呼ばれないはずだよね」
都が目をぱちくりさせる。
「宗教指導者だからな。呼ばないわけにはいかなかったのかもしれない」
長川は頭をかいた。都はその警部をじっと見上げた。
「明日、江藤議員はお花見をするんだってね」
「ああ、水戸の偕楽園で…実際はネトウヨの集会みたいなものらしいが、技能実習生で潤っている起業家も参加するらしい。一応厳重なセキュリティは敷かれる予定だが…」
長川に続いて結城が喋る。
「今回の事件でセキュリティと硝煙反応の2つの壁を突破した犯人なら…」
「お花見の会で犯人は江藤議員を殺すかもしれないって事だよね」
都はじっと考え込んだ。この完全無欠とも言える不可能トリック…これを解かなければ犯人は確実に次の標的を殺すだろう。都は考え込んだ。ホテルの外はすっかり真っ暗になっている。
「明日のお花見会は明日の朝か…」
結城はスマホを見た。

 ホテルの前で警察車両に乗り込もうとする都と結城。そこへ秋菜が下を向いて顔を赤くして近づいてきた。
「お兄ちゃん、さっきはごめん」
「いや、俺の方こそ…」
「また犯人を捜しに行くの?」
「ああ、もうこれ以上人を殺させるわけにはいかねぇ」
「わかった」
秋菜は下を向いた。
「家で待ってる」
「頼む」結城は優しく言ってから車に乗り込んだ。
「またね、秋菜ちゃん」
都の笑顔…。
「師匠…絶対犯人を捕まえてくださいよ。理子のお母さんが言っていました。もう自分の子供の冷たい手は握りたくない。誰の子供も死んでほしくないって言っていましたから! 次に殺される人がどんなにひどい人でもその人だって誰かの子供なんですから!」
そんな秋菜の必死の思いに、都の目が見開かれた。秋菜の言葉が全てを氷解させたのだ。完全犯罪の謎を解く全てを…。
「秋菜ちゃん…今から秋菜ちゃんに重大な頼みごとをするんだけど、いいかな」
都の目は真剣だった。
「師匠…」
都の目がじっと真っ直ぐに秋菜を見るので、秋菜もぎゅっと拳を握って都を見返した。
「はい、何でも言ってください」
「実はね…」
都の推理に長川も結城も後ろにいる勝馬もそして何より秋菜が驚愕した。
「本当ですか! それ本当なんですか」
秋菜がガタガタと震える体を両手で抱きしめながら都に言った。
「それが本当か確かめる事が出来るのは秋菜ちゃんしかいないんだよ…あの時理子ちゃんの首を必死で守ろうとした秋菜ちゃんにしか…それは出来ない」
都は真っ直ぐ秋菜を見た。秋菜は大きく頷いた。
勝馬君、秋菜ちゃんを連れて行って」
「わかりました」
勝馬は頷いた。

 

劇場版少女探偵島都3 平成末期の殺戮劇❷


2

-15時から相棒再放送を放送する予定でしたが、引き続き茨城県南茨城市の農業加工プラント人質事件についての中継を、番組放送予定を延長しまして放送いたします。今回犯人グループは外国人とみられており、銃器で武装していると思われます。工場内部には工場従業員や実習生26人、茨城県つくばみなみ市立愛宕中学校2年生の校外学習で訪れていた生徒30人がいましたが、そのうち20人の生徒が解放されたという事です。報道フロアからは以上です。
テレビで放送される様子を見て、高野瑠奈の弟陸翔は大声を出した。
「今、中学生は解放されたって」
「全員が解放されたわけじゃない」
結城の声は重かった。
「犯人はまだ何人か手元に残しているはずなんだ」
ここで結城は陸翔の表情に気が付いてほほ笑んだ。
「ありがとな」
「長川警部は…」
瑠奈が心配そうに結城竜に聞いた。
「いや、全然返信が来ねぇ…あ」
突然電話がつながって結城の表情が動いた。
「結城君か。分かっている。秋菜ちゃんの事だな」
「ああ、中学生は解放されたって聞いたが」
結城が声をかけると女刑事は少し黙った。
「秋菜ちゃんはまだ中だ。犯人はおそらく2人組。だから人質を最小限にして管理しやすくしているんだろう。秋菜ちゃんは本来解放されるはずだったが、喘息の同級生の身代わりに自ら残ることを名乗り出たらしい」
「あいつ…」
結城は呆れたような感心したような複雑なため息を漏らした。まだ秋菜は人質として中にいる事は結城の中では確定していた。
「現地に行きたいのだが…」
「今は無理だ」
長川は言った。
「犯人は武装して警備員を一人殺している凶悪な奴だ。県警の決定で刑事部ではなく警備部が事件を担当する事になった」
「警備部…ってSAT…か」
「ああ、彼らは突入だけではなく交渉のスペシャリストだ。だから刑事部の私よりも警備部の発表の方が確実だが、秋菜ちゃんについて何かが分かったら連絡する。だが、人質について安否を気にしているのは君らだけじゃない。常総警察署で人質の家族の待機場所が設置されている。もうすぐ連絡がいくと思うが、そこで待機していてくれ…大丈夫、県警は必ず秋菜ちゃんを助ける」
長川はそう言って電話を切った。
「くそ」
結城はコメンテーターが適当な事を言っているのにイライラしながらチャンネルを回す。
-…現在説得を続けています。
-…次の元号発表日を選んだことに犯人の強いメッセー…
-…事について、菅官房長官はテロを厳し…
-…見てください大きなカニ…―
「結城君、イライラしてもしょうがないよ」
千尋スマホを見た。
「今はネットの時代。犯人が何かメッセージをTwitterに上げているかもしれないよ」
千尋は「立てこもり」「テロリスト」「バクトルスタン」「人質」「中学生」「IS」といったトレンドを片っ端からチェックする。
「ISってイスラム国かよ」
メディアを騒がせた残虐なテロリストを思い出し、結城の声に焦りが混じり始める。
「勝手に馬鹿なネット民が関連付けているだけだよ」
千尋は言った。
「本当にイスイス団だったらとっくにスクープになっているよ」
千尋が真剣な目で結城を見たので、結城は黙って座り込んだ。その時北海道のタラバガニについて実はヤドカリの仲間なのだと流しているテレビ局に速報が出た。
-ニュース速報。茨城県立てこもり事件。犯人はバクトルスタン人と名乗る。技能実習生の賃金支払いを要求―
結城は慌てて他のチャンネルを見ると、東日本大学の教授が電話で取材に応じていた。
中央アジア諸国は基本的に安定した国家が多く、最近は日本人観光客もシルクロードブームに乗る形で増えているのですが、バクトルスタンだけは2000年代に入ってからイスラム過激派による反政府活動が活発になっていて、2年前には民族同士の衝突も発生して大勢の難民も発生しているのです。ただ近年は日本や韓国、中国の支援や投資で経済成長を進めていて、中央アジアでは最も日本語学習者が多い国としても知られています。技能実習生の受け入れも人口比では旧ソ連に属する中央アジアで最も多いのではないでしょうか。
「宗教とかが原因じゃないのかな」
瑠奈が呟いた。
技能実習生が日本で酷い目にあっているから何とかしてって話しだったら、処刑とかそういう事にはならないよね」
瑠奈はそう言いながら、祈る様に目を閉じて胸の前で手を組んだ。
 都は国際学とか宗教とかそういうのは分からない。彼女はこれでも多くの事件に死神並みの遭遇率で関り、見事解決してきた。でも外国人の銃器を持ったテロ人質事件に友達が巻き込まれた事は初めてだ。自爆テロとか処刑とかそういう残虐な行為をする人間の気持ちを考えたこともなかった。こういう事件に大切な友達が巻き込まれるなんて考えたこともなかった。
 だから目の前で必死で情報を求める結城に「大丈夫だよ」って声をかけてあげられない。都はそれが物凄く悔しかった。

 しかし現場は必死で事件解決の道が模索されていた。
 ムスリム含めて外国人が多い科学都市の方から、警察のワゴン車でモスクの指導者、イマームが呼ばれた。
イマームのアブドゥル・ドストモフ氏です。ウズベキスタン国籍ですがバクトルスタン人が多く住む地域出身でバクトル語も喋れるそうです」
「ほとんど同じ。ウズベク語もバクトル語も」
ドストモフ師は憔悴しきった声で言った。
イスラムは女性や子供を一番大事にする宗教。彼らがムスリムであることを思い出すならば、子供たちを全員解放してくれるはずです」
「お願いします」
長川朋美警部は尊敬される宗教指導者に最大限の敬意をもって一礼し、メガホンを渡した。ドストモフは機動隊のジュラルミンを分けて、テロリストの説得に当たった。
「Birodar. Nima uchun bunday shafqatsiz harakatlar qilasiz? Payg'ambarimiz (s.a.v) barcha mo'minlarga sabr-toqat va sabr-toqatni va'z qildilar. Musulmonlar birinchi navbatda farzandlarini himoya qilishi kerak. Hozir kech emas. Qurollaringizni tashlang va chiqing.(兄弟よ。なぜこのような非道な行為をするのですか。預言者ムハンマドは全ての信徒に寛容と忍耐を説かれた。ムスリムは子供たちを一番に保護しなければいけません。今からでも遅くはありません。武器を捨てて出てきなさい)」
「出てきますかね」
山下警部補に言われて長川はため息をついた。
「師の言う通り彼らが本当のイスラム教徒なら出てくるだろう。だがシリアとかイラクで国もどきを作っていたヒャッハーな連中だったら」
「ISですか」
「警備員を躊躇なく殺すような連中だからな」
長川警部は汗を流しながらじっと交渉の行方を見守った。

 タクシーが常総警察署に向かって県道を走っている。
「結城君…」
必死で何かを祈る様に目を閉じている同級生に、都は言葉をかけられなかった。
「都…どう思う?」
結城は唸った。
「犯人は人質を殺すような奴だと思うか。中学生でも簡単に殺すような連中だと」
「わからない」
都は正直に言った。
「でも喘息の子と秋菜ちゃんの身代わりを認めるくらいには良心はあると思う」
「それは俺も考えた…でも警備員を殺しているしな」
「ねぇ」
その時スマホの人質事件のトレンドTwitterを見ていた千尋がタクシーの結城の隣で声を上げた。
「これって犯行声明じゃない。Twitterにアップされてるよ」
「なんだって」
結城が驚いてそのTwitterの動画を見た。
 タクシー運転手も気になる表情をしたが運転に集中する。
 再生された動画では肩にマシンガンをひっさげた髭の男が、おそらく人質だろう、デブ男の権藤を座らせて、樹脂製のプリンター銃を頭に突きつけている。
―Our purpose is the liberation of the Bactorstan people who are forced to work in slavery in Japan. They are forgiven in their home countries, heavily in debt, and treated like slaves at Japanese labor sites. Those who managed to escape have been imprisoned as criminals without protection by the Japanese government, and continue to be abused at the immigration bureau and even die.(我々の目的は日本で奴隷的な労働をさせられているバクトルスタン国民の解放である。彼らは祖国で騙されて多額の借金を負わされ、日本の労働現場で奴隷のような待遇を受けている。なんとか逃げ出した人々も、日本政府は保護することなく犯罪者として投獄し、入国管理局で虐待を続けて死者まで出ている。)―
「こ、この人」
都が目を丸くする。
「ああ、花見の席で勝馬と揉めていた野郎だ」
このデブ男は怯えた表情で助けを求めるように画面ごしに千尋を見ていた。
―Our request is the liberation of all Bactorstanians. The Japanese government should have 5 million yen for each Baktorstan technical interns and let them return home immediately. Kill hostages if not run within 24 hours.( 我々の要求は全てのバクトルスタン人の解放である。日本政府はバクトルスタン人技能実習生1人当たり500万円を持たせて、直ちに祖国に帰還させろ。24時間以内に実行されなければ人質を殺す。)―
犯人がジェネレーター銃を突きつけた。
―This is a warning-
「お前ら見るな」結城が大声で叫んだ直後、デブ男の頭から何かが飛び出し、彼は崩れ落ちた。その時には「もう一度再生」「次の動画」の選択肢が出ていた。絶対選択しない。
「これでわかったよ」
都は少し震える声で言った。
「この人たちは素人さんだよ。肩に下げているマシンガンは多分偽物。あの白い拳銃だけが本物なんだよ」

 中学生たちは会議室に座っている。10人の子はみんな座り込んだり横になったりしていた。ふいに泣きだした女の子を磯崎先生が優しく頭を撫でる。
「なんでお前残ったんだよ」
野球部の坊主頭の滝沢淳平が秋菜の隣で呆れたように突っかかってきた。
「バカだろ。平気なのかよ」
「平気じゃないに決まってるじゃん」
秋菜は必死の表情で笑った。
「でもしょうがないじゃん」
隣の席からいつも聞こえてくる鋭い突っ込みが鈍りまくっている。
「俺から離れんじゃねえぞ。お前はドジだからな。俺が見てねえと変なところに突っ込んでいくかもしれないからな」
「それ、俺が私を守るって奴」
「は! んなわけねえだろ」
淳平が真っ赤になって反応した。秋菜が涙を浮かべながら笑う。
「あははは、そうだよね。あんたにそんなキモイ台詞似合わないよ…でもありがと」
秋菜のいろいろぐちゃぐちゃになった笑い声に淳平は赤くなった。秋菜は涙をぬぐった。
「私に対しては何かないの」
理子がじーっと淳平を見る。
「お、お前は生き残りそうだから…特に何もない」
「失礼だね。私だってか弱い乙女なのよ。怖くて仕方がなくて、イケメンなヒロインに助けを求めているのですよ」
「ヒーローの間違いだろ」と淳平。
「あ、でも」秋菜は考え込む仕草。「理子の場合、あながち間違っていないかも」
「失礼ね」理子が赤くなって両手を漫画みたいに振る。
 その時だった。突然ドアが開いて犯人の髭面の男が入ってきた。奴は入ってくると理子に目を付け、彼女に手を伸ばした。
「てめぇ、何する気だ」
淳平が飛び出すが、この男は彼をマシンガンで殴りつけた。
「淳平!」
鼻血出して吹っ飛んだ淳平を見て咄嗟に空手の構えを見せる秋菜だったが、男が「きゃっ」と悲鳴を上げる理子の頭に拳銃を突きつける方が早かった。
「秋菜…だめ」
「待て、私が人質になろう…ノット・シー・バッド・ミー」
磯崎先生が両手を挙げてテロリストに呼びかけるが、テロリストは先生に拳銃を突きつけた。
「I just ask her to be a messenger. If you resist, the other students will be harmed.(彼女にはメッセンジャーになってもらうだけだ。もし抵抗すれば、他の生徒に危害が及ぶ。)」
犯人の言葉に、理子が解放されるという意味だと捉えた先生は座った。
「大丈夫だ、結城…富吉は解放されるようだ。富吉…彼らのいう事を聞きなさい」
理子は怯えながらもうなずいて、部屋から連れ出されていった。そんな彼女に秋菜は不安を覚えた。
「本当に解放されるんですか。理子は」
倒れて唸り声をあげる淳平の鼻血をハンカチで拭いてあげながら秋菜は声を震わせた。
「絶対に解放されるんですよね…先生…」
「ああ、信じよう。全員を危険な目に合わせない為にも、今はテロリストを信じるしかない」
磯崎先生は淳平を助け起こしながら涙をボロボロ流す秋菜に頷いた。

 同時刻-。東京千代田区永田町。
「犯人の要求は技能実習生の解放と彼らに金銭を持たせて帰国させるという事だそうです」
次長がそう進言するのを逆光する窓の前で官房長官は厳かに言った。
「日本国内に虐待されているバクトルスタン国民はいません。いるのは高給を狙って日本国内に不法滞在している連中と、勤務態度が怠惰な連中だけです」
そう言い切った官房長官は事務机の電話をとった。
「あ、本部長…実はですね」

 警察署の会議室には人質のお父さんお母さんらしい人たちがパイプ椅子に肩を寄せ合っていた。あるお母さんはさっきの処刑映像に取り乱し、いやーと叫んで女性警官に宥められている。
「秋菜ちゃんのお兄さんね」
突然30後半くらいの美人の女性が笑顔で結城を呼び止めた。
「あ、あなたは…」
「富吉理子の母です。夫は今スイスにいるから、ここには私だけ」
その笑顔は必死で作ったものだった。
「理子が秋菜ちゃんにとてもお世話になっているわ。理子が中学校に入った時、隣の席で声をかけてくれたのが秋菜ちゃんだったの。理子は本当に秋菜ちゃんの事が大好きだったんだから。私も秋菜ちゃんと家で何度もあっているけど、優しくて強い子だなって思った…だからきっと無事だって信じてるの」
「感謝します」
結城は青ざめながらも礼を言った。
「信じて待ちましょう、ね」
富吉理子の母親、富吉ゆかりは笑顔で結城の手を握った。

「はい…え、なんですって…」
前線部隊の特殊車両の中で、森下警部は信じられないという表情で無線機に向かってしゃべった。
「しかし犯人は交渉用の無線機に応じています。まだ交渉の余地があります」
緊迫した声に長川は森下の方を振り返った。
「失礼しました。直ちに命令を遂行します」
「森下警部…。何を」
突入用のヘルメットを手に取った警部に長川が突っかかった。
「本部から命令が下った。直ちに突入する」
「本気ですか。まだ内部の状況も把握していないのでしょう。人質に危険が」
「上層部の決定だ」
森下が苦渋の表情のまま重い声で返事をする。
「賢明な判断とは思えませんね」
長川は森下の前に立ちふさがる。
「長川は、お前人質の中学生に知り合いがいるんだってな…。それがお前の判断を鈍らせている。上層部の判断は絶対という」
森下が目くばせした直後、山下ともう一人の警備部が長川を羽交い絞めにした。
「森下君考え直せ」
暴れる長川に森下は
「我々だって前線で命を張るプロだ。人質は必ず救出する」
森下警部はそう言って踵を返した。

 突然、会議室の扉が開いた。テロリストが入ってきた。
「The Japanese government is foolish(日本政府は愚かだ)」
テロリストが何かを秋菜に向かって放り投げた。それは床に座り込んだ秋菜の前でゴロゴロ転がり、秋菜の前でその断末魔の表情を向けた。
 理子だった。首だけになった少女は秋菜の前で目を閉じ苦し気に口元をゆがめていた。秋菜の目が見開かれた。彼女の頭が真っ白になった。
 人質の少年少女に悲鳴がほとばしる。その直後閃光が走り、煙が流れ込んだ。
「ふせろーーーーーーー」
磯崎先生が大声で喚く中、秋菜はぼーっと座り込んでいた。

 テロリストはすぐに応戦しようと廊下に出るが、SATの一斉射撃に血しぶきをあげてのけ反り倒れた。
 もう一人のテロリストは銃撃を逃れてプラントの奥の倉庫にいる縛られて動けない人質たちの部屋に入った。人質の工場幹部たちは悲鳴を上げている。SATが巨大なハンマーでドアを破ろうとした直後、突然大爆発が発生して隊員2人が吹っ飛んでいった。夕闇の中で煙にせき込み、顔を抑えた子供たちが次々に出てくる。それを撮影しようと記者が群がり、機動隊がそれを抑えようとする中で爆発が発生し、あたりは大混乱となった。

-今突入しました。今突入しました!
ニュースのアナウンサーが緊迫の表情で喋る。
「もう突入なのか」
結城がびっくりしたようにLIVE中継を見る。緊迫の突入劇がテレビで繰り広げられていた。建物の中で何か光が炸裂し、窓ガラスが割れる。屋上から隊員がロープであっという間に降りてガラスをけ破り、入り口からも機動隊が次々と入っていく中、建物の奥の方で爆発が起こる。LIVEという文字だけがそのまま映っている。
 結城竜は固唾をのんで見守り、富吉ゆかりは両手を握って何か祈っている。やがて人質と思しき人たちが警官の誘導で工場の入り口から次々と出てくるのが見えた。
-ああ、今、人質の方でしょうか。おそらく人質の中学生と思われる方々が、建物から走り出してきて、警察に保護されているのが見えます。ええと、警察の発表では中に中学生、愛宕中学校生徒10人が取り残されていると思われますが、そのうち少なくとも6,7人の子供たちが警察に保護されたようです-
人質が出てくる工場入り口から、一人の少女が虚ろな表情で出てくるのがアップされた。その少女は結城秋菜だった。彼女はセーラー服に何かを抱えていた。その直後カメラがスタジオに切り替わり、スタジオの女性アナウンサーが悲鳴を上げて口を押えている。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」
結城の横で理子の母親が絶叫した。
「これは夢よこれは夢よ、これは夢よ」
理子のお母さんは狂ったように床に頭を打ち付け、結城が慌ててそれを止めた。
「今日はエイプリルフールよ。そうよね、そうよね、結城君」
真っ青になって無茶苦茶な顔になったゆかりの指が腕に食い込み、結城は辛くてどうすればいいのかわからなかった。

 長川警部は操り人形のように光を失った瞳のままはだしで歩いてくる知人の少女と、彼女が抱えている親友の生首を見て絶句した。
「秋菜ちゃん、秋菜ちゃん!」
長川は混乱の中で秋菜の肩を揺らすが、その直後、秋菜は悍ましい現実に帰ってきた。彼女は理子の首を抱きしめて、「いやぁあああああああああああああああああああああ」と壊れたように絶叫して意識を失った。

「秋菜!」
病室の前で従妹の名前を呼ぶ結城。そして後ろには都が控えていた。
「今薬を飲んで眠っているわ」
長川の部下の若い女性刑事、西野雅巡査が結城に頷いた。
「大丈夫。大きなけがはしていないわ」
「そうか…」
結城はため息をついた。
「それならいい…」
結城は病室前の椅子に座って、一息ついた。
「結城君…」
都は結城の横に座る。
「酷い兄貴だよな。あいつがどれだけ心をえぐられるような目にあったっていうのに、俺、あいつが生きてさえいてくれれば後はオーライだと思っていやがる」
結城は顔を半分抑えながら自嘲気味に笑う。
「あいつ、これからPTSDとか記憶喪失とか、鬱とか、トラウマとか、週刊誌とか…酷い目に合うんだろ…でも…俺は安心しているんだ。生きててくれてよかったって…。生きててくれさえすればよかったって…花見の時、俺、散々ダメな兄貴だって言われたけど…まさにその通りだよな。本当にあいつの事なんか何も考えちゃいないんだ」
結城がそういう中で、病室のベッドでは秋菜は深い眠りについていた。
「良かったね!」
都はとびっきりの結城君に抱き着いた。結城の目が見開かれる。都は結城の背中に抱き着いてにっこり笑った。
「秋菜ちゃんが生きて戻ってきてくれて…よかった」
「お、おう」
都の優しい声が背中越しに聞こえて、結城の声がかすかに震えた。

「り、理子…」
首だけになった愛娘が警察署の遺体安置所に保管されていた。それを能面のような表情で見つめていた母親の富吉ゆかりは、そのまま崩れ落ちて、次の瞬間呼吸困難のような喘ぎ声をあげて涙を流していた。それをやりきれない表情で見つめる長川警部。しかしお母さんはかろうじて声を上げた。
「む、娘の…理子である事は間違いありません」
足元をふらつかせながら部下の西野に送られるゆかりを背後から見ながら、長川朋美は歯ぎしりをしていた。
「警部…いいですか」
金髪刑事の鈴木巡査部長が敬礼をしながら書類を見せた。
実況見分は大体鑑識が終えました」
「わかった。話しを聞きに行こう」
長川は頷いた。

 鑑識課では新人隊員が奥でげーげーやっていた。それを別の隊員がさすっている。
「相当酷い現場だったからな」
それを見ながら長川は言った。
「鑑定結果は」
「とりあえず、犯人の一人が自爆したプラントの奥の部屋。あそこのぐちゃぐちゃに混じり合った肉片から4人分の組織は断定したけど、状況からどう見てもその倍の人間の死体はあったね。一応骨のかけらとか肉片とかから、動画で処刑された権藤企画部長と首の主である富吉理子さんの体の部分があの中にあったのは間違いない」
鑑識の牛乳瓶眼鏡、加隈真理は眼鏡を光らせる。
「つまり死体をあの部屋に放り込んで人質をビビらせていたって事か」
長川は信じられないというようなため息をついた。
「相当イカレタ犯人だね」
加隈はため息をついた。
「あの突入どう思う?」
加隈に聞かれ長川は「真理ちゃんが思っている通りだよ」とだけ答える。
「所在が確認されているのは受付嬢や技能実習生、新米の警備員…中学生と引率の教師…それ以外の所在不明者は死体が確認された2人以外に5人…全員死んでいると考えるべきだろうな」
長川はため息をついた。
「本部は警備部と公安部に今回の事件を任せる気なんでしょう」
加隈が言った。
「ああ、犯人が2人も死んでいるし、警察庁と合わせてテロリストの背景を洗い出すそうだ。刑事部は手を引けって言われたよ」
長川はやりきれなそうに言った。

 あれから1週間が経った。
 富吉ゆかりの家で、私服姿の島都と結城竜は仏壇で笑顔の富吉理子に手を合わせた。
「ありがとう、結城君。警察署では見苦しい所を見せてしまったわね」
「いえ」
結城は出してもらった紅茶をいただいてから、お母さんを見た。
「在日バクトルスタンの人たちが、お手紙やお金を送ってくれるの。子供たちもね、なけなしのお小遣い送ってくれたり、手紙をくれたり…全部理子に備えているのよ」
お母さんは笑顔で仏壇を指さした。
「あの絵はね、理子が天国で幸せになっている絵ですって」
子供がクレヨンで書いた絵を都は見た。その時、玄関のチャイムが鳴った。あわててお母さんが出ると、「あ、た、大使の方?」と声が震えた。
「あ、僕らはこれで、また来ますので」
結城は辞退を申し出てゆかりは「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに」と申し訳なさそうに言った。
「都ちゃんもまた来てね、理子、都ちゃんの事も話していたんだから」
と優しく言った。
「はい! 失礼します!」
都は笑顔でお辞儀をした。マンションの玄関を出ると大使の人だろうか、長身のハンサムな男性が立っていた。
「お待たせしましたーーー、どーぞー」
都が会釈すると、大使が「理子さんの先輩ですか?」と聞いた。
「はい。島都といいます」
都がビシッと敬礼した。
「この度は本当に残念な事でした。国民を代表して哀悼します」
流暢な日本語で大使は言った。
「お母様に大統領からのメッセージを持ってきました。お母さんは中にいらっしゃいますか」
「はい、今出ます」
結城がドアからお母さんを連れ出した。
「では失礼します」
結城は一礼すると廊下を歩き出した。

 結城のマンションに帰ってきた2人がドアを開けると、お昼ご飯の匂いがした。
「あ、お兄ちゃんお昼ご飯出来てるよ、師匠も食べてってください!」
結城秋菜がフライパン片手にキッチンから顔を出した。
「本当! うわぁああああ、お味噌汁の匂いだぁ」
都がご飯の時間の子猫のようにダッシュする。
「お兄ちゃん、ちゃんと手を洗ってよ」
スクランブルエッグに手を出そうとする結城を窘める秋菜。だが結城はその卵焼きに血が混じっているのを見た。
「秋菜!」
結城が怖い顔でキッチンに入ってくると、お皿を手にしていた秋菜の手が血だらけになっていた。
「お前…」
きょとんとする秋菜を前に都は結城君を手で制して、
「秋菜ちゃん…ちょっと手が汚しているね…手当ししよっか」
と何でもないように笑顔で言った。
「え、あ、おかしいな‥‥全然気が付かなかった」
秋菜はあせあせするのを都は笑顔で「大丈夫だよ!」と秋菜を部屋に連れて行った。
「本当にごめんなさい」
部屋で半分ポロポロ涙を流す秋菜に都はびしっと指を突きつけた。
「秋菜ちゃん、ごめんなさいはなしだよ。秋菜ちゃんにスクランブル作ってもらって嬉しいんだから」
都は笑顔で下手糞に包帯を巻いていく。
「ね」と笑顔で見上げた都。だがそれが短いショートヘアと角度的に理子の生首を思い出させてしまった。
「いやぁああああああっ、理子、理子…誰か理子を助けて」
絶叫する秋菜を都はぎゅっと抱きしめた。
「秋菜ちゃん、なでなで」
「いやぁああああっ、理子ぉおおおおおおお」
秋菜は絶叫し続けた。結城はそれを廊下で聞いて立ち尽くしていた。

「お前がいてくれて本当に助かるわ。でもいいのかよ、もう1週間も泊まり込んでいるぞ」
お薬を飲んで眠った秋菜に布団をかけてあげながら結城は都に言った。
「いいんだよ。結城君の家は広いし、同じ部活の仲間。ねっとりとした深い関係になろうじゃないの。ご飯代もタダだし」
「‥‥」
「あと結城君。悲しそうな顔はしなくていいんだよ」
都は笑顔で言った。
「秋菜ちゃんは頑張っているんだから、偉いんだから」
「そうだな」
結城は言った。

 2日後。東京都国分寺市
 朝の住宅地をランナーが走っている。
「こんにちはー」
女性ランナーが別のランナーに挨拶したが、ランナーは無言で走っていた。
(挨拶を無視するなんてマナー違反ねー)
女性ランナーが思った直後、背後で何かが倒れる音がした。振り返った時倒れていた男性ランナーは毒を注射され痙攣し、目から涙を流して口からアスファルトに吐瀉物をぶちまけていた。女性が悲鳴を上げた直後、この男は死んだ。

 さらに2日後。千葉県柏市
 公園沿いの住宅地。少年たちがある一軒家を覗き込んでいた。ボールを庭に入れてしまった事を派手にホームラン決めた本人が謝りに言っているのだ。この家の主はとにかく子供嫌いで、やたら怒鳴り散らす事で有名なおっさんだった。やがて家の中から悲鳴が上がり、ドアが開いて野球帽をかぶった少年が悲鳴を上げながら出てきた。
「た、大変だ…人が…人が…」
家の中での書斎では眉間を銃弾でぶち抜かれた男の死体が転がっていた。

つづく

劇場版3 少女探偵島都「平成末期の殺戮撃」❶


1

BBC放送
―The dictator, President Rajdakov, who had been in that position for 20 years in Bactorstan, Central Asia, died.
中央アジア、バクトルスタン共和国で20年間その地位にあった独裁者ラジコフ大統領が死去しました)
ⅭNN放送…。
―This led to a resurgence of the civil war between the Islamic fundamentalist organization and the government forces, and the Russian and Uzbek forces announced their support for the government forces.
(これをきっかけに、イスラム原理主義組織と政府軍との内戦が再燃し、ロシア軍とウズベキスタン軍が政府軍の支援を発表しました。)
NHK放送…。
―一方で東部では政府軍と原理主義勢力以外に民族紛争も発生しており、バクトルスタン共和国と国境を接するウズベキスタンキルギスタジキスタンには大勢の避難民が殺到しています。

「Katta opa(お姉ちゃん)」
震える下の兄弟を胸に抱きながら、一人の少女は安心させるように優しく背中をさすっていた。
「Yaxshi, yaxshi.(大丈夫、大丈夫だからね…)」
少女がそう話しかけている土手の向こうの村には火が放たれていた。焼き尽くされていく建物の前で、男たちが凶器に満ちた顔で大喜びしながら、農機具を空中に掲げている。その先端には女性や子供の生首が掲げられていた。彼らは原理主義集団なのか…いや、違うと16歳の少女にはわかっていた。彼らは昨日まで普通に付き合いがあった村人たち…隣人たちなのだ。

 5年後―――。
 東京の入国管理局収容センター。
「てめぇ! よくも本国に暗号を送りやがったな。ふざけやがって!」
蹲る中年女性を職員がひたすら蹴りを入れまくっていた。
「Iltimos, to'xtating, bu og'riqli」
「くそっ、このゴキブリいくら踏んでも喋るぞ! ゴキブリの癖に人間の言葉を喋りやがる」
女性が凄まじい悲鳴を上げるのを収容されている外国人が耳をふさぎ震え、あるものは神に祈り続けていた。
「ちぇ…」
職員の片桐慶四郎(38)は舌打ちをしながら宿直室に戻ってきた。
「アルマとかいうクソ…死にました…どんな暗号を手紙に託して本国に送ったのか…全然吐きませんでしたよ」
「まぁ、仕方がないでしょう」
分厚い唇の男が不敵な笑みを浮かべて片桐を見た。所長の千川千雄(55)は
「どうせこの施設には救急車も入ってこない。私たちのお医者さんが死亡診断書を穏便に書いてくれるでしょ…。これを役所に提出してください。あとは荼毘にふせば、全てはなかったことになります」
と平然としていた。
「あの国は独立維持の為に日本を必要としています。この問題で私たちの国との関係を潰したくはないはずです。ぬふふふ」
この傲慢な笑いと認識が、この後の全ての厄災の始まりだった。

―バクトルスタン共和国
 小さな村に2人の若者がカマズトラックを走らせて戻ってきた。カマズトラックは村のはずれの一軒の家の前に停車する。荒れ果てた大地の何もない村の小さな家の前だった。
「Onam」
「Mustafo, Dustam」
古い埃だらけのレンガの家で老婦人は2人の息子に泣きながら抱き着いた。
「Qizim Alma, Yaponiyada vafot etdi(私の娘のアルマが、日本で死んだわ…)」
ムスタファとダスタムの母親はそう言うと涙を流してテーブルに伏せた。
「Mustafo ... Dastam ... Hodiy(ムスタファ…ダスタム…来てくれ)」
父親のカブールが手紙を2人の息子に見せた。
「Bu qiz jumboqlarga yoqadi. Men jumlalarda g'aroyib grammatika mavjud bo'lgani uchun tekshirdim. Ushbu Baktor tili Morse kodiga aylandi(あの子はパズルが好きだったろう。文章に文法として変なところがあったから、私は調べた。このバクトル語は、モールス信号になっている。)」
「Iltimos, meni tushuntirib bering, Ota.(解読してくれ、父さん)」
息子にせがまれて父親は頷いた。
「Biz Baktorstaning ishchilarni haqorat qilyapmiz. Menga yordam bering.」
息子たちはその手紙に真っ青になって、そして次の瞬間凄まじい憎しみに真っ赤になった。
「Mening qabilalarimda qon bor. Oilani o'ldirganlarning barchasi uchun qasos. Ayollarga va bolalarga yordam bering.(我が部族には血のおきてがある。家族を殺した人間すべてに復讐する事。女性や子供を助ける事)」
カブールは鋭い眼光で2人を見た。
「Sen qasosning jangchisan(お前たちは復讐の戦士だ!)」

―劇場版少女探偵島都3~元号末の殺戮~

―ピンポーン…
マンションの玄関のチャイムが鳴る。高校1年生の結城竜はシャツにパジャマ姿で頭をぼりぼりしながら…。
「ういーっす…誰ですか? 宗教の勧誘ですか」
と玄関を開けようとする。と、直後、彼の従妹の中学2年生結城秋菜が後ろから蹴りを入れて
「お兄ちゃんの馬鹿―――。出なくていい…部屋にすっこんでて」
と蹴りを入れて結城の部屋に彼を叩きこんでからドアを開けた。
「こんにちはー」
と温厚そうな里佳と、ショートヘアで利発そうな理子が「よっ」と部屋に入って来る。
「うう、ありがとう。本当適当でいいじゃんね工場見学の計画提出なんて」
秋菜がうーーーっと声を上げた。
「ま、おかげで私としては秋菜ちゃんの部屋をがさ入れするきっかけができてうれしいけどね」
絶対東山奈央が声優やっていそうな声で理子はそう言うと、結城の部屋を開けようとする。
「ちょおおおっと待って」
秋菜がスラリディングして部屋の前に立ちはだかる。
「この部屋には誰もいないから」
(俺存在消されているのか)結城は自分の部屋で頭をポリポリした。
「そうなの。私秋菜ちゃんのお兄ちゃんに会いに来たのに。面白そうなお兄ちゃんだったし」
「全然面白くない――」
秋菜が部屋から理子の背中を押して遠ざけようとしている。
 だがその前に、
「ちょりーーーす。遊びに来たよ結城君!」
チャイムも押さないでショートヘアの小柄な美少女が玄関にやってきて秋菜は面食らった。
「し、し、し、師匠!」
高校1年生の少女島都は自分を師匠と呼び慕う、でも今は明らかに呼んでいない表情の秋菜に空気も読まずに、
「理子ちゃんとさとかちゃんだよね! こんにちはー」と挨拶してから、
「秋菜ちゃん、結城君借りてくね」と言った。
 結城の方は面食らった。今日一日はのんびりしようと思ったのに…と慌ててクローゼットに隠れる。
「都さん…今日は秋菜ちゃんのお兄様はいないようですよ」
と理子は言った。
「出かけているみたいです」
「あ、靴もないみたいだね」
都は玄関の小さなタイルの靴置き場を見た。
(見っともないぐーたらお兄ちゃんの存在を消すために、あらかじめ靴を隠しておいてよかった…)秋菜はホッとした。だが、それで騙せるほど都は甘くはなかった。
「でも変だなー。今日はこれから雨が降るって天気予報でやっていたのに、結城君は傘を持って行かないで出かけるかなぁ」
(‥‥‥)秋菜は笑顔のママ真っ青になる。
「コンビニとかに買い物とかじゃないんですかね」
理子がのんびりと言うが
「もしそうなら、今日はいないって秋菜ちゃん理子ちゃんに言ったりしないよね」
都は思案してから、秋菜に聞いた。
「秋菜ちゃん、結城君はどこに行くって言ってた?」
秋菜の目が泳いでいる。
「近くのお店じゃないでしょうか…」
「近くのお店か」
都は目をぱちくりさせた。
「雨にぬれても傘を貸してくれそうな近くのお店…で、1日長居をして楽しんでいそうな店…散髪屋さんは結城君髪の毛切ったばかりだし、BOOKOFFは開店時間50分以上前だし…あ」
都は思いついた。
「あそこだ。『2丁目の花園』というゲイバー」
「誰がそんなところ行くかぁあああああ」
結城が寝間着姿で思わず出てきて都を一括した。シャツで筋肉が浮き上がって髪の毛はぼさぼさだった。
「おおお、結城君…こんなところから出てきた」
都は嬉しそうに抱き着くが、直後にそんな部屋着姿の結城の顔面に、秋菜が
「お兄ちゃんのヴァカーーーーーーーー」
と回し蹴りを食らわせ、お兄ちゃんは都ごと吹っ飛んでいった。
「たばぶっ」
その様子を理子は嬉しそうにスマホカメラに収めた。
「また兄妹漫才撮影しました…ごちそうさま」
「理子ちゃん!」
秋菜は顔を真っ赤にして叫んだ。

「全く…妹って奴は」
結城はタワーマンションの下でため息をついた。
「理不尽だ」
「秋菜ちゃんもお年頃なんだよ」
都は「どーどー」と結城の背中をなでなでする。
「都もあの時期はそんな感じだったのか」
「うん」
都は頷いた。
「そうだよ。魔法少女未来ちゃんが尊くてたまらなかったり、ケーキバイキングに毎日行きたくなったり、ファミレスのパフェが食べたくて食べたくて仕方がなかったり。あー、思い出すだけで恥ずかしいよ。幼かった私」
「お前、素で言っていそうだから一応突っ込んでおく…今でもそうだろうが!」
結城が突っ込んだ先には桜並木が続く公園が広がっていた。
「みーやーこーさーーーーーーーーん」
でかい図体の高校の同級生が上半身裸で割りばし鼻に挟んでお盆を片手に手を振っている。
「おおおおおおお、勝馬君。前衛的なファッションだねぇ」
都がぴょんぴょんしながら北谷勝馬の方へ走っていく。周りには彼の舎弟の不細工な男子高校生が小躍りしていた。
「どうした…ここで」
一団からやや離れたところにかわいいブルーシートを敷いておにぎりを食べているのは黒髪ロングのおしとやか美人の高野瑠奈と、快活なポニーテールの薮原千尋だった。
「他人のふりをしているの」
千尋がビニールシートに結城を引きずり込んだ。
「15の身空でSNSに生き恥をさらしたくない」
「確かにな」
結城はため息をついた。
「一応ビールとか日本酒は取り上げたんだけど」
瑠奈が苦笑しながらリュックサックを指さした。
「本当すいません!」
結城が馬鹿な連中に代わって謝った。
「大丈夫よ結城君。私男の子ってなんでこんなに頭が空っぽで脳みそ湧いているんだろう、部が通報されて活動停止になったらどうしてくれるんだワルェだなんて、ちょっと思っただけで、怒ってなんかいなかったから」
瑠奈は笑顔だったが、その声に普段の御淑やかさに隠れた底知れぬ何かが混じっていた。多分勝馬たちも震えあがったに違いない。
「本当にすんません!」結城は再度謝った。
「あのーーー」
突然外から声がかかった。苦情かと思って見上げると黒髪ポニテだが大人しそうな女の子が学校とは違う普段着で結城君に声をかけてきた。
「私たちの書道部、あっちでお花見やっているんです。よろしかったら一緒にお花見しませんか」
モジモジしている女の子。
「なるほど、静かにお花見したいメンバーね。俺もそっち派。お邪魔させてもらうぜ」
結城に言われて、少女益田愛の顔がパーッと明るくなった。

「探検部は春休みどんな予定があるの」
書道部の部長で眼鏡をかけた饗庭尚子が瑠奈に声をかけた。
「今日はお花見で明日は私の家で新しい元号発表を見ながら新入生勧誘の作戦を考えて、明日は神社にお参りに行って、合宿で殺人事件に巻き込まれないように私の友達で巫女をやっている子にお祓いしてもらってついでにお花見して…」
「やる事目白押しね」
瑠奈の説明に部長はため息をついた。
「ああ、丁度いい機会だった」
結城が少し頭をかきかきしながら瑠奈たちに聞いた。向こうでは都が勝馬に肩車されてセンス踊りをしているが、こっちは赤の他人なので関係ない。
「実は最近中2の妹がやたら俺の存在を友達とかになかった事にしたいらしくってな。やたら俺の事を蹴るんだ。俺、日常で悪いことをしているのか」
「結城君、秋菜ちゃんの部屋に勝手に入ったりしてる?」
瑠奈が即答で聞いた。
「ああ、普通に」
「その時点でアウトね」
千尋が頷いた。
「馬鹿野郎。秋菜が着替えたりしている可能性考えてあいつがいるときはノックしているよ」
「ノックしてから許可出る前に普通に開けているでしょ」
瑠奈が聞くと結城はドキッとした。
「しかもシャツパンで」
「…」
「あとお風呂入るときちゃんと体洗ってから入っている?」
「…」
「トイレから出た時にちゃんと手を洗ってる?」
「エロ本とかバレたことない? エロ本じゃなくてもかわいい女の子のグラビア切ってどこかに保存していたりとか」
「PCの検索履歴に危ない項目が残っていたとか」
「サニタリーの中身を勝手に捨てたりとか」
「ベランダの洗濯物の下着とかを勝手に取り込んだりしたりとか」
「雨が降っていたんだから仕方がないだろうが!」
結城が顔を真っ赤にして喚いた。
「完全にアウトね」
千尋はため息をついた。
「駄目なのか、俺は別に全然変な邪心を心には持ってないぞ」
「結城君。秋菜ちゃんくらいの年齢は女の子が自分の秘密の世界を作り出す年齢なの。ほんの小さな事でも凄く気になる年頃なの」
「都もそうだったのか」
結城が瑠奈に聞くと、瑠奈は明後日の方向を見た。
「まぁ、私は兄貴いるけど、中坊の時はそういうの全然気にしない達だったけど、友達は気にしていたよ。男の子含めた友達と宿題やっていた時、お母さんがふつうに下着とか部屋に取り込もうとしてて泣いちゃっていたもん」
「ああ、ブラのサイズとかお父さんにも絶対知られたくないよね。弟がやんちゃで私のブラ眼鏡みたいにして走り回るから、家に都も呼べなかったし」
「都だったら一緒に遊びそうだけどな」
「そういう問題にしている時点でダメなんだよ」
千尋に突っ込みを入れられて結城は「すいません」としおらしく謝った。
 だがその時だった。
「かわいい外国人をレ〇プしてぇええええええええええええええええええ」
突然猿のような奇声が耳に入ってきた。
 見ると背広姿のデブ眼鏡が嬉しそうに大声を上げて、周りで酒で出来上がった連中が嬉しそうにはやし立てているのが見えた。
「なんだ、あいつ」
結城がゲロでも見るような目でそいつらを見た。
「うわっ、キモ。同じ人類なのが恥ずかしいレベルだわ」
千尋が顔をゆがめる。その時その親父に上半身勝馬が絡んで胸倉をつかんできた。
「てめぇ、ちょっと来い」
「何するんだ」
「誰だ君は」
話しぶりからして相当いい会社の連中だろうが、勝馬が目を血走らせてさっきのデブ男に掴みかかって人形みたいにガクガク振るので、結城は走り出した。
勝馬、馬鹿、やめろ! 落ち着け」
勝馬君やめて」瑠奈も大声をあげた。
結城だったら徹底的に振りほどいて暴れようとしただろうが、瑠奈という美少女の呼びかけに勝馬は鼻息を牛みたいに上げながらも大人しくなった。
「なんだ君は、頭がおかしいのか」
「どう見ても頭がおかしいのは貴方たちだと思うよ」
都がキッと一団を睨みつけた。
「なんだと、子供の分際で。私たちがいるからこの地域の福祉が回っているのに。お前たちが子供を作らないやわな人間のせいで回っていかない全部を俺たちが回しているんだぞ」
デブ男は明らかに悪酔いしている。
「すまん、日本語で話してくれ。高校生の授業科目に猿語はないんでな」
「ウキーーーーーー、ウキイイイイイイイイイイイイ」
勝馬がさらにデブ男につかみかかろうとするのを「お前が猿語話してどうするんだよ」と結城は突っ込んでビニールシートに座らせた。
「ほら、これ飲んで落ち着いて」
千尋午後の紅茶を紙コップに注ぐ。勝馬バツが悪そうに両手でそれを受け取ってくぴくぴ上品に飲んだ。
「お見苦しい所を」
「ううん」
借りてきたクマのような勝馬に瑠奈が笑顔で首を振った。
「あの…本当は私、在日コリアンなの」
愛の隣に座っていたショートヘアの女の子で髪が茶髪の利沢南美が少し声を震わせて言った。
「本当はイ・ナムミって言うんだけど、あの人たち私の事言っているんじゃないかって怖かった」
「同じ日本人として切腹したくなります」
勝馬は恐縮しきっていた。
「ううん、北谷君が怒ってくれたこと、嬉しかった」
勝馬君のおかげで、お花見がまた楽しくなったんだよ」
都がにっこり笑う。と、その背後から
勝馬さん、何勝馬さんだけ女の子に囲まれているんですか」
「ずるいですよぉおおおお」
勝馬の舎弟たちがハンカチを咥えて涙を流していた。

 夕方。
「ええと、まずちゃんと風呂は体を洗ってから入って、洗濯物はちゃんと分けて…PC検索で女の子の検索があっても無視して、それから部屋にはノックして秋菜が出てから入る…と」
結城は自宅に帰りながら復唱する…。
「別にそんな気にする必要あるか? 従妹だぞ」
結城はため息をつきながら、自室の携帯の充電器を探すが
「秋菜が持って行ったのかな」
と向かいの秋菜の部屋のドアを開けると、ブラジャーを付けている最中の秋菜が真っ赤になって振り返った。
「きゃぁあああああああっ」
「ばくぁあああ、お前、理子ちゃんとサイゼ行くって」
「お兄ちゃんの変態ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
秋菜の強烈な蹴りに回転しながら、結城竜は自室に吹っ飛んで扉が棺桶みたいに閉じた。

 翌朝。結城が目を覚ますと、台所に500円が置いてあった。
「ファミマ池」という殴り書きと一緒に。

「本当にお兄ちゃん最低なんだから」
校外学習のバスの中で中学校の制服姿の結城秋菜はため息をついた。
「あり得ない。勝手に私の部屋を開けるなんて、最低最悪、こんなクソみたいなお兄ちゃん絶対いないでしょ」
「でも私は羨ましいよ」
富吉理子は小首をかしげて言った。
「私お兄ちゃんはいないから。こういう喧嘩、憧れる」
「えええ?」秋菜は隣のリクライニングシートであり得ないというような声を上げる。
 バスは茨城県県南の田んぼのど真ん中にある食品加工会社へとやってきた。

「ここではバイオテクノロジーを投入した大規模農業をモデルとし、安価で効率的な農業によって低下し続ける日本の食料自給率を高め、人手不足でなり手がいない農村を活性化するためのモデル工場として、我々バイオグリーン社と日本の経済産業省、外務省が共同で建設しました。ここまでで何か質問はありませんか」
工場の会議室で企画部長の権藤高登(49)が周囲を見回す。
「結城…」
担任の磯崎雄介(35)先生が質問頼むとサインを送る。秋菜は困った顔をしてバッテンをした。
「本当に何かありませんか」
権藤が少し不機嫌になって周りを見回す。でもこれは仕方がない面もある。この人の質問タイムの切り方は下手すぎる。彼の説明の中には「ま、そういうもんだろ」って情報しかない。逆に良い説明をする人こそ物事には無限の不思議があるので、中学生であってもこちらも質問を考えやすくなるのだ。それとも何か。この前ニュースでやってて結城竜って兄貴が怒っていた工場労働者の救急車を工場が追い出した事件、あれは何でやったんですかって聞いてあげようか? 空気的にまずいよね。
「ほい」
秋菜の横にいた富吉理子が手を挙げた。
「救世主!」
秋菜が小声で拍手した。理子は徐に眠そうな声で
「この工場の協力に外務省ってあるのは何で」
「いいことを聞いてくれました」
権藤はジャム叔父さんみたいなホクホク笑顔で頷いた。
「実はこの工場、働いている人の大半が外国人技能実習生でしてね。世間では技能実習生って聞くと虐待とかそういうイメージがあるんですが、あれは本当にわずかな事例をマスコミが面白おかしく報道しているだけで、多くの勤労意欲のある外国人からは祖国に日本の技術を伝える事ができて、それでアジアの未開の貧しいどうしようもない村が日本の技術で豊かになったと、そうやって感謝しているんです」

 中型エルフトラックが工場の広大な敷地を走って管理棟の建物に入ってきた。バイオテクノロジーを扱っているだけで未来的な建物だ。そのトラック搬入口の中にトラックが停止し、警備員が確認の為に近づく。若口という名前のいかつい警備員がトラックの運転手に確認の為の社員証の提示を求めようとした直後、サイレンサーが付いた合成樹脂の3D銃の銃弾が警備員の胸を貫いた。若口警備員が心臓を貫かれて崩れ落ち、血の海が広がる様子に気が付いたもう一人の警備員を荷台から出てきた男がテーザー銃で痺れさせて大人しくさせた。
「Siz yapon tiliga o'xshashsiz(お前は日本人に似ているな)」
荷台から出てきた男、ダスタムが兄のムスタファに言った。そして抱擁しあった。
「Barcha birodarlarning qadr-qimmati uchun(全ては兄弟の尊厳の為に)」

権藤の喋り方は自分に酔っていた。秋菜も周りのクラスメイトもそのあたり敏感に感じ取るのでうんざりしていた。
(あー、次の元号なんなんだろ、もうすぐ発表かな)
秋菜はため息をついた。
 その時だった。
 ズガーーーーーーーン
 物凄い鼓膜をぶち破るような音ともに外で炎が炸裂するのが見えて、警報装置があっちこっちで鳴りまくった。窓ガラスが吹っ飛んでくることはなかったが、何枚かのガラスがゆっくりと落っこちていく。
 その時我に返ったクラスメイトが悲鳴を上げ、秋菜も思わず理子に飛びつく。
「落ち着いて、落ち着いてその場に座ってて」
磯崎が生徒を落ち着かせる。
「一体…何が…」
磯崎教諭に聞かれた権藤部長は首をかしげながら呆気に取られていた。埒が明かないと生徒に待つようにジェスチャーして廊下に出た磯崎教諭は、その場で突然現れた髭面の男に殴り倒された。そいつはサブマシンガンを下げていて、手にしたプラスチック樹脂の拳銃を天井に向けて発砲し、蛍光灯が粉々になった。
「きゃぁああっ」
秋菜は悲鳴を上げた。生徒たちも同じで頭を抱えたり机の下に避難訓練の時みたいに隠れた。
防災頭巾防災頭巾
理子があわあわ声を出している。
「理子、落ち着いて…」
秋菜は理子を抱きしめた。

「はぁ」
高野瑠奈の部屋で結城はため息をついた…。落ち込んだ彼の周りには何かがクルクル回っている。
「やっちゃったねぇ」
ポッキーをつまみながら薮原千尋はため息をついた。
「これは3日は話しかけてもらえないわ」
「大丈夫だよ」
都はにっこり笑った。
「ホラホラ、新しい時代の名前が発表されるよ」
官房長官がテレビの中で記者に対していよいよ発表する。彼は色紙のようなものを持っていた。きっと布で覆われたそれに新しい時代の文字が書いてあるのだろう。ぴこぴこと聞きなれないチャイムが流れ、探検部は固唾をのんで見守る。
「ただいま終了しました閣議決定により…」
官房長官が緊張した面持ちで記者会見で喋っていく。
「…本日中に公布される事となりました。新しい元号は…安〇…」
ここまで言ったとき、突然秘書が官房長官に耳打ちする。官房長官は「えっ」と声を上げ、慌てて「こ、これで閣議を終わります」と布を色紙から取らないで退出し、動揺した記者がざわめいた。同時にニュース速報のテロップが出たが、これは新しい元号の知らせではなかった。
―ニュース速報…茨城県食品工場を武装外国人が襲撃。中学生数十人が人質―
「ちょっと待て」
結城が真っ青になってテレビにかじりついた。
「結城君?」
ぽかんとする千尋の前で結城が喚いた。
「秋菜の奴、今日は校外学習で食品プラントに見学に行ってるんだよ」
結城の声は悲鳴に近かった。
「う‥‥うそ‥‥」
都の目が恐怖に見開かれる。

 ただっぴろい田んぼの中を猛スピードで警察のパトカーが走り抜けていく。先頭にセダンのパンダサイレンの警邏パトカーだったが、後方には特殊車両が多数連なっていて、消防車や救急車も待機している。警察のヘリコプターが周辺を旋回していた。
「長川警部」
警備部の隊員が刑事部の長川警部に連絡した。
「犠牲者が出たって言うのは本当か」
特殊車両の中に通された長川朋美警部はパンツスーツ姿で警備部の連絡語りで若い眼鏡の青年の山下警部補に聞いた。
「ええ、警備員が1人射殺されたようです」
「殺人事件か」
「長川」
警備部警部の森下純也といういかつい警部が長川を見た。
「とりあえず今回は犯人は武装しているし人質は中学生数十人だ。今回はSATが指揮を任せてもらう」
「もとい、刑事部長から受けている任務はあくまで殺人事件の捜査だ。それに」
長川は歯ぎしりした。
(今秋菜ちゃんも中にいるって事じゃないか)
「人質が解放されたようです」
「な」
長川は隊員の報告に身を乗り出す。
 建物の入り口から数
十人の子供たちが重い表情で人間の体を力を合わせて持ち上げて震えながら歩いてくる。盾を持った機動隊員がすぐに転回して彼らを保護する。
「もう大丈夫だ。頑張ったな」
山下が足を震わせている少年たちから警備員の死体を受け取った。
「子供に死体を運ばせるなんて…なんて奴らだ」
「ごほっごほっごほっ」
一人のショートヘアの女の子が苦し気に咳をしながら地面に座り込む。
「大丈夫かい?」
長川は慌てて駆け寄って彼女を助け起こす。一緒にいた少女が「この子喘息なんです」と叫んだ。喘息の少女は苦し気にCDを手に、長川に渡す。
「犯人が…警察にって‥‥」
少女からCDを受け取った長川。救急車に連れて行こうとする警官に逆らい、長川の腕のスーツを握って少女は声を振り絞った。
「私の身代わりになってくれた子がいるの。秋菜ちゃん、秋菜ちゃんを助けて…お願い」
長川は少女の声を聞いて身を震わせた。
「わかった。必ず…必ず助ける…だから心配しないで」
長川は力強く頷いた。

つづく

 

 

T4-悪魔の空間 FILE1

T4-悪魔の空間⁻

1

 一人の女性が街の中で苦しんでいた。
 彼女は今監視されていた。イタリアレストランの店員がじっとこちらを監視している。最初は彼女も気のせいだと思っていた。しかし隣の理髪店の店主もなぜか自分の方をじっと見てくるのだ。おかしいな…変だな…そんな違和感を女性は感じていた。だが家の近くで突然工事が始まった時、彼女が恐怖を感じる出来事があった。回転鋸が木材を切断する音が聞こえてきたのだ。彼女は子供の時からこの音が嫌いなのだが、彼女が建設現場を通り過ぎるたびに、なぜか回転鋸の音が聞こえるのだ。
 さらに救急車の音も最近やたらと聞こえるようになった。彼女が道を歩いている時、まるで威嚇するようにサイレンを鳴らしながら通り過ぎたり、角を曲がってくる。
すれ違ったサラリーマンが、その女性に誰にも聞こえないようにそっと囁いた時だった。
「お前は真実に気が付いてしまった、だから必ず殺してやる」
恐ろしい冷徹な声だった。
 すれ違うたびに街の人間が、子供たちも女子高生も主婦も老人もみんな彼女に恐ろしい視線を投げかけてくるようになり、さらにすれ違うたびに
「死ね」
と囁いてくるようになった。
 彼女にとって恐ろしいのはそれだけではなかった。彼女が自宅の寝室に寝ているとびりっと何かが体に弾けるような気色悪い感触が体を走るようになった。それはやがて毎晩のように彼女の体を襲うようになり、得体のしれない痺れるような倦怠感に、彼女は眠れなくなっていった。

 茨城県常総高校―。
「こんにちはーーーーーーー」
結城秋菜が元気いっぱいに探検部の教室のドアを開けた。
「お前…中学校の制服だろ。なんで高校の部室に来るんだよ」
秋菜の従兄の結城竜が呆気に取られて秋菜を指さした。
「ふふふ、今日は師匠の為に極秘アイテムを完成させたのです」
秋菜はそう言うと、部室で寝ぼけている小柄なショートヘアの美少女の横に座った。
「都師匠! これ見てください!」
秋菜が声を上げて、ショートヘアの島都の横に座った。そしてスマホ画面を見せる。
「じゃじゃーーーーん」
「なんじゃこれ‼」
結城は背後から覗き込み、HPに書かれた文句を見て唖然とした。
―美少女探偵島都電子探偵事務所 依頼募集ダイレクトメール―
「ほ、ほえ」
都は目をぱちくりした。
「美少女探偵島都をもっとみんなに知ってもらいたくて作ってみました。これさえあれば多くの人が師匠に難事件を依頼するようになって、師匠は有名な高校生探偵となるのです!」
「ふざけんな!」
目を回している都の横で結城が怒鳴った。
「都の高校生活を名探偵コナン並みに殺人事件だらけの日常にする気か」
結城は頭をポリポリ掻いた。
「大体探偵業を営むには免許が必要なんだぞ」
結城が呆れたようにメールをチェックすると、既に2件メールが来ていた。
「あら、もう依頼が来ているのね」
黒髪美少女の高野瑠奈がメールを覗き込んだ。そこには
―私は今、近所住民から集団ストーカー思考盗聴に会っています。主犯は近所に住んでいる丸山敦というS学会員で茨城県西相馬市とちのき台3丁目3-4に住んでいる人物で、彼らはS学会の工作員として真実に近づいた私を自殺に追い込もうと電波攻撃を仕掛けてきています…―
と書かれていた。
「あ、ダメな奴だこれ」
瑠奈は目が点になって言った。
「典型的な統合失調症だな。病院に行って適切な治療を受ければ完解するよ」
結城はそう言いながら「精神科に通院してください。貴方は統合失調症です。最近は治療薬や治療法も進歩していますから、あなたの苦しみは楽になるはずです」と返信した。
「これで病院行ってくれるかしら」
瑠奈が聞くと結城は
「多分ダメだろうな」
とため息をついた。
「現実の患者にとっては電波攻撃も思考盗聴も実際にやられていると脳が認識しているんだ。その妄想を否定したところで患者本人は『わかってくれない』と思ってしまうんだ…それに」
結城はノートPCをポチポチやった。
「集団ストーカーで検索すれば山のように当事者やそれを利用しようとしている連中のサイトが上がっていて、集団ストーカーの目的方法黒幕…それが全部提示されている。つまり1人の人間が精神分裂状態で陥ってしまった妄想がネットの世界で集約されて、一つの集団ストーカー・思考盗聴という一つの妄想に集約されていくんだ」
結城はため息をついた。
「都…お前の出る幕じゃねえよ」
HPには統合失調症の妄想に苦しむ人間から近所に住む集団ストーカー元締めの正体を挙げてくれという依頼がいくつも来ていた。
「な、なんだか怖い」
都が真っ青になって漫画的にアセアセしながらPC画面を見た。
「そういうわけだから、直ちにPCを閉じるんだ。分かったな」
秋菜に結城はそう諭し、秋菜は「はーい」としょんぼりしながらPCをいじりだした。

 栗原理子という中学2年生の少女は実家のクリーニング店の2階の自室で漫画を読んでいた。すると目の前にあの灰色のマイクロバスが停車するのが見えた。マイクロバスからはたくさんの人が降りてくる。50人以上入るだろうか。若い人もいれば初老の人もいる。みんな私服姿でどこか安心した様にバスを降りて、クリーニング店の向かい側にある昔銭湯で今はどこかのよくわかんない団体が所属している建物の中に入っていくのが見えた。
 このバスが大勢の人をここに連れてくるのはもう10回目くらいになる。それなのに…。理子が凄く不思議だったのはこれだけ大勢の人がこの建物の中に入っていくのに、出ていく人の姿が全く見たことがないのだ。

 アパートで震えている女性。その時扉が開いて、女性の村越田江(54)の一人娘、村越晴美(32)がアパートの部屋に入ってきた。
「ママ、ごめんなさい勝手に病気呼ばわりして」
晴美が泣きながら田江に謝った。
「お母さんの言うとおりだった。この家にいると何か電気がバチバチするし、やっぱり街のみんながストーカー私たちにしている理由はわからないけど、絶対私たちそんな目に遭ってるよ」
田江はその姿を見て晴美に縋りついた。
「お母さんごめんなさい」
「いいのよ。貴方が真実に気が付いてくれただけで私は凄く嬉しいの」
その顔はやっぱり優しいお母さんだった。
「お母さんそれでね。遅いと思ったんだけど、私集団ストーカーの事いろいろ調べたんだけどね」
晴美はそう言って母を見上げた。
「お母さんを助けてくれそうな団体を見つけたの」

 翌日。茨城県新関東市立愛宕中学校。
 登校日下駄箱に運動靴をぶち込んでいた結城秋菜に、ショートヘア黒髪の親友栗原理子が「結城‼ おはよ」とぴょんと肩を叩いた。
「理子!」
「どうしたの。アンニュイしちゃって」
「お兄ちゃんに怒られちゃったよ。師匠のHPやっぱりダメだって」
秋菜は理子に抱き着かんばかりにため息をついた。
「あらあら。私せっかく依頼第一号になろうと思ったのに」
「残念…今依頼は30番目くらい」
秋菜はため息をついた。
「30番目! いっぱい依頼者来てるじゃない! 島先輩やる!」
「それが全員頭のおかしな人たちでさぁ。自分が電波攻撃食らっているとか、集団ストーカーの犯人とかを見つけてくれって…そういうのが30人位ずっと依頼DM送り続けているの」
秋菜はため息をついた。
「こういうのは師匠じゃなくてお医者さんに相談して欲しい」
「こういう妄想って本人にとってはマジらしいからね。私のお姉ちゃんが一時期統合失調症だったの。でもちゃんと家族で適切な治療を受けさせて、今は完解している。私の誕生日プレゼント買うためにアルバイトを始めてくれたし」
理子はにかっと笑い、秋菜は
「ごめん、頭がおかしい人たちって」
と謝った。
「大丈夫。誰だってびっくりしちゃうから」
カラッと笑う理子は、残念そうに頭をかいた。
「そっか。探偵事務所は1日で廃業か」
「待って。私師匠に頼んでみる。放課後、理子の家に行けばいいんだね」
秋菜は理子の手を握って言った。

「そっかーーー。それで都を呼んだわけか」
結城は住宅地を歩きながら従妹に声をかけた。
「本当に師匠、ごめんなさい」
秋菜が都にナムナムすると、都は「いいよ。だって秋菜ちゃんの為だもん。どどどーんと頼っちゃってよ」と小さい胸を制服の上から叩いた。
「で、ここがその栗原理子さんのおうちで」
結城はクリーニング屋の窓を見上げた。
「そしてあれが人間が200人とか300人とかが消えた元温泉施設か」
結城はその建物を見つめた。
「別に高い塀があるわけでもなく、300人の人間を監禁出来る建物じゃなさそうだな」
結城は見上げた。
「はい。でもこの建物の中に灰色のマイクロバスに乗った300人の人間が入っていって、出るところを見た人は一人もいないんです。文字通り300人の人間が消えてしまった建物なんですよ」
秋菜は都に説明した。

「本当に来てくれたんだ!」
栗原理子がクリーニング店の中で都を見て目を輝かせた。
「島先輩、あなたの活躍ぶり、秋菜からたくさん聞かせてもらっています。ぜひぜひ今日は名推理を聞かせてください」
理子は都の手を握る。
「ふふふ、是非ゆっくりしていってくださいね。秋菜ちゃんも」
とカウンターから理子の母親栗原雅が優しく声をかける。
「おばさん、お邪魔します」
都は手を前に汲んで丁寧にお辞儀をした。
「ふふふ、後でお菓子を持っていくね」

「なるほど」
結城は理子の部屋の窓から謎の施設が一望できる状況に気が付いた。
「バスは敷地に入って、建物の敷地に入ると中から一度に50人位が降りてきて、建物の中へと入っていくのが見えました」
理子が説明する。
「理子。バスが来たのはいつくらいかな」
秋菜が聞いた。
「ええと、大体1週間ごとに木曜日か金曜日くらいから来てる。私は少なくとも5,6回は見ているし、多分もっとバスは来ているんじゃないかな。時間は毎回15時くらい。一番最近は昨日だったよ」
「なるほど」
秋菜がメモを取る。
「って事はやっぱり200人、300人がこの謎の施設にやってきているって事は間違いない訳か」
「それで問題はバスは施設で人を下ろすと、すぐにどこかにいなくなっちゃうの。で、次の木曜日か金曜日になると、またバスが来るんだけど、今まで施設にいた人が乗って来る事はなくて、また次のバスが50人位人を下ろしたままどこかに行っちゃう」
理子はこの時深刻そうな顔で結城に言った。

2

「なるほど…」
結城は言った。
「確かに奇妙だな。どう考えてもあの建物に200人位の人間を収容するスペースはない。50人の人間が宿泊するのだって相応の設備が必要なはずだぞ」
結城は声を上げた。
「じゃぁ、やっぱり消えちゃったのかな」
秋菜は声を上げた。
「待て待て、結論を出すには早いだろ。別に理子さんだって、24時間人の出入りを監視していたわけじゃない。多分夜とか学校行っている時間に帰りのバスが来ていたんだろ」
「それはないと思います」
理子が結城を見上げた。
「私のお母さんは下のクリーニング屋のカウンターでずっと仕事をしていました。でも私が見た木曜日や金曜日の人を下ろすマイクロバス以外は一回も見ていません」
「それは変だね」
都が考え込むように言った。
「だってお客さんが来ていたりして1回2回見逃しても、5,6回迎えのバスを見逃すって言うのは確率的にちょっとあり得ないよ」
「それで私」
理子はカメラを取り出した。
「お父さんの定点カメラで窓から毎日撮影してみたんです。24時間。それを1週間続けてチェックしました」
「24時間の画像を‼」
秋菜が素っ頓狂な声を上げた。
「48倍速にすれば30分で見れるよ」
「なるほど」結城は声を上げた。
「バスがあのクソ狭い敷地に入って、転回して50人の人間をバスから乗降させ、敷地から出るには5分はかかるからな。48倍で再生しても6秒。30分集中してみれば見逃すことはない」
「凄い」都が手を叩いて感嘆する。
「よくやるねぇ」
秋菜が呆れたように言った。
「理子昔っから実験とか自由研究とか好きだったし」
「目がしぱしぱしたけど」
理子は苦笑した。
「でもお迎えのバスはやっぱり来ていなかったです。1週間前に50人降ろしてから昨日50人降ろすまでお迎えのバスは来ていません」
「そうなると、もしかしたらくしゃみとかして見逃したとしてもその時に丁度バスが来る可能性は少ない訳だから、やっぱりお迎えのバスは来ていないんだ」
都は唸った。
「でもワゴン車とかで迎えが来ているのかもしれないぜ。少人数で小分けされるように連れ出されているのか…あるいは50人が徒歩で建物を出ているとか。人の出入り自体はあるんだろ」
「はい」
結城の問いに理子は言った。
「ワゴン車が出入りしています。ハイエースとかかな。でも私が見た時にワゴン車とかに人が乗っているなんて事はなかったです。ドラム缶みたいなものが積まれているだけで」
「ドラム缶の数は?」
都が聞いた。
「4くらいだと思います」
と理子は即答した。
「ドラム缶は4つトラックで運び込まれて下ろされて、4つ下ろされている感じでした。でも持ち込むときは結構重そうでしたよ。機械で上げ下ろししてターレっていうんでしょうか。あれで運んでましたし」
「最後にあの建物にここ以外出入り口はあるのかな」
都が聞いた。
「多分ないと思います」理子は言った。
「周りはアパートとか住宅地ですし、高い塀はないですけど、50人の人間が人の家の庭を出入りしたら住んでいる人が気が付きますし、そんな意味もないと思います」
「なるほど」
結城は唸った。
「これは銀行の金庫泥棒ですよ」
秋菜が都に推理を披露した。
「きっと200人の人間は地下に通じる穴を掘っているんです。そしてその穴を掘り進めて近くにある銀行の地下金庫を」
「一番近い銀行って駅前だろ」
結城は突っ込みを入れた。
「800メートルは離れている。それに田舎の銀行だぜ。200人で徒党を組んで800メートル掘り進んで金庫破りをやるなんて割に合わねえよ」
結城は頭をかきかきした。
「私も違う思う」理子は言った。
「だって、バスで連れて来られた人、若い人もいたけど、おじいさんとか女の人とかもいたよ。でも中学生より若い子供とかはいなかったかな。強盗団だったらもっと怖そうな男の人たちがトンネル掘るんじゃない」
理子に言われ秋菜は「うーーーー」と悔し気に唸ってから結城を見た。
「じゃぁ、お兄ちゃんはどんな推理を信じるの?」
秋菜の問いに結城はため息をついた。
「そもそも、200人の人間は消えちゃいなかったんだよ。バスや車じゃなくて徒歩で帰ったのさ。それも少人数ずつ」
「そう思うのなら」
都はにっこり結城に笑った。
「確かめてみればいいよ。理子ちゃん。一週間分のファイルまだ残っているよね」

 翌日。常総高校探検部。
「というわけで」
教室に集まった探検部チーム、書道部チーム、美術部チーム、オカルト研チーム、北谷勝馬君とゆかいな仲間たちチームの前で都が宣言した。
「消えてしまった200人はどこに消えちゃったのか調べてみよう大会を始めます! いえええええい」
「いえええええええええええい」
とノリノリなのは勝馬君チームの舎弟の皆さん。不良チームだったが、全員勝馬の舎弟であり、北谷勝馬が尊敬する島都とあればたとえ火の中水の中な不細工少年探偵団(結城談)である。
「ま、いっか」書道部チームはノリノリではないが「探検部には文化祭で手伝ってもらったし」と協力はしてくれる事になった。
「ねぇ、千尋
探検部部員の薮原千尋に、美術部の女子たちは眼鏡を反射させてげへげへ笑っている。
「協力すれば結城君のデッサン取らせてくれるのよね」
「勿論」
千尋はぐっと指を突き出した。
「言っておくが下は脱がないからな。屈辱的なポーズも取らないからな」
結城が真っ赤になって突っ込みを入れた。
「ひひひひ、これはミステリーですね」
オカルト研の眼鏡女子は「ケケケケ」とちびまる子ちゃんキャラみたいな笑い声をあげる。
「そういうわけで、各チームは4時間かけて6倍速の24時間動画を見てもらいます。書道部は部員が多いから2チームに分かれてもらいます。書道部が土曜日、日曜日、勝馬君チームは月曜日、オカルト研チームは火曜日、美術部チームは水曜日、探検部は木曜日、金曜日は学外で秋菜ちゃん、理子ちゃんと秋菜ちゃんの友達の覚君。勝馬君の妹の彩楓ちゃん、私の弟の陸翔、あと都のお母さんチームで見てもらっています」
瑠奈が説明する。
「各チーム、その日建物から出た人数と入った人数を集計してください。4時間画面を見続けるので交代制をとってくれても構いません。ポテトチップとかは用意させてもらいました。おしゃべりしながら適当に数えてください」
 短縮授業で授業がない事もあって、13時から各教室でカーテンが閉められ、プロジェクターにセットされた動画が流れ出し、各チームはお菓子をポリポリしながらお喋りしながら動画を見て出入りする人間を集計していく。

 美術部の部屋では
「結城君の肉体美…ふふふふふふ」と部長の島村さやかが危ない笑顔を浮かべて、
「是非美術部特性のアイスティを飲ませてアドニスのような体をさらけ出してもらいましょう」
と後輩が危ない計画を共謀しながら、集計を取っていく。

「ほら起きないか…」
勝馬の舎弟チームでは中村れあがだらしのないつんつん頭の板倉大樹の頭を叩きながら、涎を誑した顔を叩き起こす。
「は、そうだ。薮原さんが合コンの場所をセッティングしてくれるんだ」
板倉は慌てて涎をふきふき画面を凝視する。
「チョリーッス」
千尋の親友の遠藤楓と友人の島野里美が顔を出した。
「なんか面白そうなイベントやっているっていうんで来ちゃいました」
「うおおおおおお、女の子さんだ」
勝馬の舎弟どもが一番いい椅子を少女たちに向けてお菓子も用意する。
「どうぞどうぞ。こちらへ」

「ケケケケケケケ」
「ケケケケケ」
「ケケケケケケケ」
オカルト研の連中は謎のコミュニケーションを成立させながら、集計を取っていく。

 書道部の益田愛は真剣な表情で画面を見て集計していく。そこへガラガラと千尋が現れた。
「えええ、おホン。せっかくなので他の部活との交流もかねて、ローテーションしてみましょう…」
「ええええっ、ホント。じゃぁ私結城君のいる部屋がいい」
「俺は高野さんがいる部屋」
黄色い声を上げる思春期の方々を千尋は宥めた。
「あ、ごめん。結城君は今美術部の部屋にいるの」

「ほら、勝馬君も都も起きて」
高野瑠奈が都と勝馬をゆさゆさしながら画面を見つめる。が、2人とも涎を誑して気持ちよさそうな夢を見ている。
「もう」
瑠奈はため息をついた直後、「あああああああああ」と結城の悲鳴が美術室の方から聞こえてきた。
「ふにゃ」
「なんだ不細工な声だなぁ」
勝馬は目をグシグシやりながら来た。
 瑠奈はその後やってきたクラスの男子たちと会話をしてポテチをつまみながらひたすら画面を見続けた。意外と楽しいものだ。こうやって会話するとクラスの人たちとの知らない面も見えてくる。
 空が夕方になり、やがて真っ暗になった。
「終わった」
千尋は疲れたようにキンキンになった目をぬれタオルでグシグシやる。
「どうだった。最終結果は」
随分げっそりとした声で結城は千尋に聞いた。
「うん。今陸翔君が電話くれた」
千尋はじっと結城を見た。
「木曜日が敷地入場50人くらい、出場7人、金曜日が敷地入場5人、出場4人、土曜日が敷地入場8人、出場6人、日曜日が敷地入場6人、出場7人、月曜日が敷地入場5人、出場3人、火曜日が敷地入場5人、出場3人、水曜日が敷地入場50人くらい、出場7人」
「ちょっと待ってくれ」
結城は声を上げた。
「つまり、1週間で出入りした人間は30人前後って事か。しかも入退場しているスタッフを換算すると、50人の人間は次の50人が来るまでの間、やっぱり出入りしていないって事か」
「うん」
千尋は頷いた。結城は戦慄した。
「うん」
都はじっと結城を見上げた。
「200人以上の人間が、この小さな施設の中に入って消えちゃった事は間違いないんだよ!」

(つづく)

駅前書店の難事件FILE3(解答編)


駅前伊賀の国書店で発生した万引き事件。店を出ようとした千尋ちゃんのバッグから有名作家が作った「日本印刷記」がでてきて、千尋ちゃんは万引き犯として警察を呼ばれてしまった。千尋ちゃんは万引きなんてしていない。この店の中にいた誰かが千尋ちゃんのリュックに本を入れたんだよ。防犯カメラの映像のトリック…今、全部分かった。

・青木大和(25):店長
・小坂兵太郎(27):アルバイト店員
・山坂桜(21):アルバイト店員
・市倉一(17):高校生
黒野藤吾(25):ニート
・高山回(45):作家
・沖鮎子(30):主婦

5

「この事件…全ての謎が解けたよ」
都は目の前に事件関係者7人を見据えて言った。
「まず高山さん。貴方は千尋ちゃんに自分が書いた本を馬鹿にされて、千尋ちゃんを万引き犯に仕立て上げようと千尋ちゃんの背後に立ったよね」
都は高山を見つめた。
「冗談じゃない。あの子は僕が背後に立っただけですぐに振り返った。防犯カメラにも映っていただろう。僕に彼女のバッグに本を入れる暇はなかった」
「確かに」
都は千尋を見た。
千尋ちゃんは痴漢に遭った経験から知らない男の人が背後に立つと警戒しちゃう。それにその時リュックの中身を直後に結城君が確認している。もし高山さんが本を入れたとしたらすぐに気が付くはず。そして千尋ちゃんに高山さんが近づく気配はなかった。高山さんは犯人じゃないよ。千尋ちゃんのバッグに入っていた本にはあなたの指紋は出なかった。つまりあなたが持っていた本と千尋ちゃんのリュックに入っていた本は別物だったって事だよ」
都は言った。高山はそうだろうというように鼻を鳴らす。
「って事はあの本の指紋鑑定は出たの?」
沖鮎子が都に聞くと、都は頷いた。
「とっくの昔に出ているよ。長川警部お願い」
「おほん」
女警部は咳払いをする。
「当該本の指紋を検出したところ、青山さん、小坂さん、山坂さんの3人の指紋が出た」
「当然でしょう」
青山店長が唸る。
「僕らは店員なんだから本を並べる仕事をしているわけだし」
「知ってるよ」
都は言った。
「長川警部…それ以外の指紋は出たの?」
都が答えを知っている質問を敢えてみんなにする。
「ああ、薮原さんの指紋と黒野さんの指紋が出た。あと言いにくいんだが」
長川はじろっと黒野を見た。
黒野さん、あなた汚い所いじった手で本を触ったでしょう。多分あんたのものと思われる体液が検出された」
「ひひひひ、愛だよ」
黒野は笑った。
「桜ちゃんへの僕の愛。本が汚れていたら回収されて桜ちゃんの手が僕の体液に触れるでしょう」
彼のひきつった笑いを都はじっと見た。
「本当にそれが理由なのかな」
都は黒野を見た。
「桜さん。貴方は本当は黒野さんの事をストーカーじゃなくて仲間だと思っていたんじゃないかな」
都はじっと桜を見た。
「な、なに言ってるの」
桜の声が少し震える。
「だって桜さん、黒野さんをストーカーって言っていたけど、黒野さんが飲んでいる薬を精神病の薬だって知っていたよね」
桜がかすかに臍をかんだ。
「どうして一目ぼれされたストーカーが飲んでいる薬を精神安定剤だと知っていたのかな」
「ちょっと待てよ」
結城が桜を睨みつけた。
「山坂さん。あんた薮原の背後で本の出し入れをしてたよな。あんたは薮原に接触する前には『日本印刷記』のコーナーには拠っていないが、黒野とグルだったとしたらどうだ。黒野から本を渡されてそれを薮原のリュックに入れたとしたら」
「薮原さんは背後に女の子がたっても反応はしないからリュックに本を入れられるってわけか」
と桜を見る長川警部に対して
「違う…私はそんなことしてない」
と、桜は声を上げた。
「そう」
都は人差し指をぴんとさせ桜の訴えを肯定した。
「山坂さんと黒野さんがグルだったと仮定すると変な事があるんだよ。黒野さんが日本印刷記に触ったのは千尋ちゃんと山坂さんが接触するまさにその最中。そして山坂さんが黒野さんが触った本を店頭から回収したのはその直後。千尋ちゃんのバッグに入れる事は2人がグルだったとしても無理だよ」
「でしょでしょ」
黒野はへらへら笑った。
「となると、女性で薮原さんに接触した客は沖鮎子さんだけだが」
長川はびくっとする沖を見たが、
「でも彼女は『日本印刷記』のコーナーに一切近づいていない。それとも彼女も別の誰かと」
「ううん。この事件の裏側で山坂さんと黒野さんともう一人がグルで動いていたんだよ」
都は市倉一の前に来た。
「市倉さん。貴方は屑籠の中にタグを捨てていたよね」
都はくしゃくしゃになったタグを市倉の前で翳した。市倉はヒッと声を鳴らして後ずさる。
「このタグは未精算の商品に取り付けられていて、店の前のセンサーを通ればブザーが鳴る仕組みなんだけど」
都は目をぱちくりさせる。
「どうしてこれをあなたが捨てたのかな」
「まさか、商品からタグを取り外して万引きしようとしたか」
長川が市倉を見るが、都は首を振った。
「違うよ。市倉さんは商品を万引きするためにそんな事をしたんじゃない」
都は核心をついた。
「市倉さんは自分を万引きで捕まえさせるために、敢えてこのタグを手に店を出ようとしたんだよ」
都はちらりと驚愕する青山店長を見た。
「どういうことだ」
長川警部が都を見る。
「簡単な事だよ。市倉さんは敢えて防犯カメラに映る場所で立ち読みして、その間に黒野さんが本を汚し、桜さんがそれを書店の事務室に持っていく。その後で市倉さんがわざとセンサーで引っかかって店員に呼び止められ、万引きの疑いで身体検査を受ける事で、ある事が明らかになるはずだったんだよ。ある恐ろしい犯罪をね」
都は黒野と桜と市倉を順々に見回した。
「前にこの店で万引きで捕まったことがある市倉さん、あなたはセンサーが鳴ったときに絶対に店員さんに捕まる自信があった。だからリュックサックの中にある仕掛けをしておいたんだよ」
「あの右翼っぽいバッグの中身か」
結城が声を上げると都は「うん」と頷いた。
「これは、青木大和店長、あなたに事務所にあった本を市倉さんのリュックにねじ込むようにする心理的誘導だったんだよ。でも3人にとって予想外だったのは千尋ちゃんが店のセンサーを拾っちゃったこと…」
都の話に青木大和はガタガタ震えだした。
「原因は多分小坂さんのタグの外し忘れだと思う。でも青木店長は千尋ちゃんが万引きをしたと強く疑って事務所に連れて行った。そして千尋ちゃんを部屋に待たせてバッグの中身を見て万引きしたはずの商品がなく、タグの取り外しを店側が忘れていたことに気が付いちゃったんだよ」
都は青木を睨みつけた。小坂がおろおろ青木と都を交互に見る。
「万引き冤罪で事務所まで連れて行って荷物検査をしたうえで間違いでしたなんて大きな不祥事だよね。万引きGメンとかが土下座しても訴えられる様子がテレビでやっているのを見たことがあるし…。青木店長あなたは凄く焦ったと思う。そして」
都は言葉を切った。ほわほわした口調に怒りが混じった。
「そんな青木さんに悪魔が囁いた。もう引き返せない。こうなったらこの女の子を本当に万引き犯に仕立て上げちゃえって」
「な‼」
都の言葉に勝馬が憤りの声を上げる。
千尋ちゃんのバッグには駅前の宗教団体が配っていた本、右翼グッズがあった。この子もそっち系の女の子なのだと思った青木店長の目に棚から回収された『日本印刷記』という本が目に飛び込んだ」
「お前」
結城が青木を睨みつけた。
「この事件で万引きなんて誰もやっていなかった。ありもしない万引き事件をでっち上げて千尋ちゃんを犯罪者に仕立て上げようとした犯人は」
都は大きく息を吐いた。
「青木店長あなたです!」
「全部推測だ!」
青木店長は絶叫した。
「この子は私を陥れようとしている。万引き犯の友達を庇うために」
「そういうのなら聞くけどさ」
都は言った。
「防犯カメラを見る限り、『日本印刷記』に黒野さんが触ったのは1回だけ。そして黒野さんの体液が引っ付いた本を桜さんが事務室に持って行っている。千尋ちゃんが『日本印刷記』に触ったときにはまだ黒野さんは店にも来ていなかった。そして千尋ちゃんはこの時から一度も『日本印刷記』のコーナーには立ち寄っていないんだよ」
都は桜を振り返った。
「桜さん…あなたはあの時確かに黒野さんの体液で汚れた『日本印刷記』って本を、事務室に持っていきましたよね」
「はい」
桜が目に怒りを湛えて青木店長を見ながら言った。
「そうなんだよ。これが証拠なんだよ。私も千尋ちゃんがセンサーに引っかかった時点であの本が千尋ちゃんのリュックに入っていたと思っていた。だから最初は誰かが千尋ちゃんを陥れるために千尋ちゃんが立ち読みしている最中にリュックに本を入れたのだと思ってその方法を考えた。でも違ったんだよ」
都は言った。
「本は千尋ちゃんのリュックとは別ルートで事務室へと入っていった。そしてその本がなぜか千尋ちゃんのリュックに入っていた。それは千尋ちゃんのリュックを別室にもっていってチェックした青木店長…あなたしか出来ない」
青木店長が真っ青になって下を向く。
「じ、じゃぁ、店長が私にあの本を無理やり触らさせたのも」
千尋が都に聞く。
「うん。千尋ちゃんの指紋を付ける事によって万引きされたはずの本に千尋ちゃんの指紋がない矛盾点を誤魔化すためだよ」
都は青木店長を睨みつけた。
「ちょっと待ってくれ」
結城が都に向かって挙手する。
「なんで山坂さん、黒野さん、それから市倉さんは、こんな店長の犯罪を暴くようなことをしたんだ」
「それは」
都は市倉たちの方を見た。
「市倉さんも千尋ちゃんのように万引きをでっち上げられたからじゃないかな」
都に指摘されて市倉少年は押し黙ってしまった。
「そうよ」
桜は彼の代わりに進み出て都に言った。
「市倉君も私もこの店長に陥れられて、人生を滅茶苦茶にされた被害者だった。だから私たちは店長の悪事を白日のものに晒すために、このトリックを仕掛けたのよ」
桜の痛恨そうな顔が全てを物語っていた。

6

「僕が話しますよ」
黒野がサングラスを外し穏やかな口調で言った。
「桜さんは僕にとって救い主みたいな存在なんです。僕は極端な人見知りで外に出る事も恐怖でできない引きこもりだった。そんな僕を連れ出してくれたのが桜さんだったんです。桜さんは親が全然聞いてくれなかった僕の苦しみを黙って聞いてくれました。僕の悩みなんて人からすれば大したことはない…そう言って馬鹿にせずに聞いてくれて…そして僕が外に出て働けるように教会での簡単なボランティアに導いてくれました。ミサの準備や食事の準備…本当にお邪魔虫だったと思うけど、みんな僕に感謝してくれた。人から感謝される悦びを感じる僕を、桜さんは一緒に祝福してくれたんです」
涙ぐむ桜を見て黒野はため息をついた。
「でもそんな桜さんが教会に来なくなりました。僕は心配になったのですが牧師は彼女は卒業論文で忙しいのだろうと僕を安心させました。でも違った…僕が続けていた夜のランニング。その途中で公園で泣いている桜さんを見かけたんです」

「どうしたんですか。桜さん」
黒野が声をかけると、公園のベンチで桜は声を震わせた。
黒野君…死ぬって…どういうことなのかな。自殺したらやっぱり天国には行けないよね」
「桜さん…ダメですよ。死ぬなんて…何があったのか教えてください」

「桜さんがあの店長に何をされたのか…僕はこの時知りましたよ」
黒野は憎しみのこもった目で青木店長を睨みつけた。
「まさか…あのバカッター事件も」
結城が桜に聞くと、桜は涙をボロボロ流しながら告白した。
「ええそうよ! あいつは無理やり暴力で私を下着姿にして、あの写真を撮影させたのよ。そしてその写真を手にこう言ったわ。『バイトをやめようなんて思うなよ。やめようとすればこの写真をネットに挙げてお前を社会的に破滅させてやる。だから無休で毎日開店準備から閉店準備まで大学もやめて働くんだ』って」
「なんて人」
瑠奈がショックを受ける。
「嘘だ…俺はそんなことをしていない」
青木が絶叫すると結城も疑問点を明らかにする。
「確かにこんな写真を撮ったら店にとっても自殺行為だ。なんでそれを青木店長は挙げたんだ」
「実はこの店営業成績が悪くてな。チェーン解消を本社から通告される寸前だったらしい。売り上げを確保できないなら従業員をタダ働きさせればいい。そんな発想だったんだろう。だがそれでも売り上げは落ち込む一方…だから彼女のバッカッター画像をアップしたんだ。そうすれば自分の店長としての経営ではなく彼女のバイトテロのせいに出来るからな」
「信じられない…これで山坂さんは大学を辞めさせられているんでしょう。この店長は悪魔よ!」
千尋は憤った。
「桜さんはアパートも追い出され生活基盤も奪われ、何もかもを失っていました」
黒野は言った。
「だから僕は桜さんを教会に連れて行って落ち着かせました。そんな時に、市倉君…君が来たんだ」
黒野は市倉を見た。

「桜さん…僕が応対します」
教会の中で桜にそう言って立ち上がる黒野。桜がココアを両手に引き留めようと手を制して
「大丈夫。桜さんが僕にしてくれたことをするだけです」
と言った。そして市倉の前に立った。
「牧師は今いませんが僕でよければ話を聞かせてください」
「憎しみで…壊れそうなんです」
市倉は涙を流した。
「僕は今学校を辞めさせられてアルバイトをしていますが、職場でいじめられています。本当は僕は高校で吹奏楽部を頑張るはずだったんです」
市倉は手を胸で組んで声を震わせた。
「でも、僕は万引きの冤罪を受けて…学校を退学になりました。駅前の書店の店員が僕の本のタグを外し忘れて万引きの疑いをかけて、それが間違いだとわかった時、僕のカバンに本をねじ込んで警察に通報したんです。誰も僕を信じてくれませんでした。僕は、吹奏楽部の夢を奪われて地獄みたいな16歳を過ごしています。もう死んでしまいたい。職場の上司にもそうしろって言われていますし…もう僕は神様にしか助けを求められないんです」
市倉は涙を流した。
「自殺したら人は地獄へ行くって言いますよね。お願いです。神様…僕を地獄には連れて行かないでください」
「神様はあなたを許します」
黒野は怒りで震えていた。
「でもあなたは死ぬべきではない。戦いましょう。貴方を地獄に落としたあの店長に神の裁きを与え、君やそこの女性の尊厳を取り戻すのです! 僕はその為にならなんだってやります! なんだって!」

「その言葉は本当でした」
書店の中で市倉は都に言った。
黒野さんは僕たちの為に変質的なストーカーになりきってくれました。僕は職場をやめて教会に保護され、そして桜さんと黒野さんと連絡を取りながら、店長を裁く計画を練っていたんです」
「じゃぁ、千尋さんが無実だとあんたらは知っていたのか」
勝馬が大声をあげた。
「申し訳ありません」
桜が千尋に頭を下げた。「巻き込むつもりはなかったんです」
「だから警察に通報すべきだって言ったんだね」
都は桜に言った。「千尋ちゃんを助ける為に…。そして黒野さんや市倉さんも千尋ちゃんの無実を証明するために演技を続けた。黒野さんは変態ストーカー、市倉さんはそっち系の人の演技を」
黒野も市倉も千尋に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうか許してください」
「いいよ」
千尋は目頭を濡らしながらも気丈に頷いた。
「私も貴方たちの仲間になっていたかもしれないし」
「ふふふ、俺はこいつらに嵌められたんだ」
店長は狂ったように笑った。
「嵌められたんだろう。でっち上げ何だろう。じゃあ俺は無罪だ」
「何を言っているの」
都の声はいつものほんわかした雰囲気とは全く違う想像を絶する冷たさだった。
「多くの人の人生を滅茶苦茶にするでっち上げをした犯人はあなたですよ。この人たちがこんな計画を立てていたとしても、実際にでっち上げて私の友達を犯罪者にして人生を滅茶苦茶にしようとしたのはあなた…無罪なわけないじゃん」
都は冷たい声で冷たい表情で店長を見下ろす。
千尋ちゃんがどれだけ怖かったか…あなたの罪は凄く重いよ。そしてこれからあなたには重い罰が下るから。裁判所と社会の両方から」
「お前がやったことは逮捕監禁罪と偽証罪に問われる。さらにお前の家のPC調べれば山坂桜さんへの強制わいせつ罪の証拠も出るだろうな。確実に実刑判決を受けるだろう」
長川の宣告に店長は「うわぁあああああああ」と頭を抱えて座り込んだ。それをその場にいた全員が軽蔑の目で見降ろしていた。

「警部さん。あの人3人は何か罪に問われるの?」
千尋が事情聴取の為警察のワゴン車に乗せられるのを書店店頭で見送りながら聞いた。
「いや。あの3人のやったことは店の商品からタグをブチっとやった事だけだ。器物損壊だとしても起訴猶予確実だろう。厳重注意処分だけして帰る事になるさ」
「良かった」
千尋はため息をついた。
「今回の事は多分大きく取り上げられるだろうし、退学処分下した学校も謝罪して取り消しをしてくれるだろうな。あれ…都は」
長川が都を見つけた時、彼女は車に誘導される黒野藤吾に駆け寄っていた。
黒野さん」
「はい」
黒野が都を振り返った。
「今回の事はやり方は良くなかったのかもしれないけど、桜さんと市倉君を救ったのも黒野さんなんだよ。ううん、千尋ちゃんも」
都はにっこり笑った。
黒野さんが計画を立てなければ私は千尋ちゃんを助けられなかったかもしれない。ありがとう。また私たちのいる社会に戻ってきて! 黒野さんは他の人を助ける力を持っているんだから」
黒野は都の笑顔を前に顔を震わせ涙を流した。そして言葉を返す事も出来ず一礼して車に乗り込んだ。
 走り出す車を見送る都に結城は聞いた。
「お前、いつからあの3人に気が付いていた。山坂さんが精神病の薬を持ち出す前から気が付いていたよな」
「ほえ」
都が目をぱちくりさせた。
「とぼけんなよ。だから長川警部を呼んだんだろ。県警本部の人間が地方の万引き事件に顔を出すなんてあり得ないからな。お前最初から警察を介入させるつもりだっただろう。だからあの店長を必死にレジに止めておいたんだ。証拠隠滅させないように」
「店長が犯人だってわかってたのは」
都は言った。
「この事件で千尋ちゃんのバッグにはウヨクっぽいアイテムと参考書と日本印刷記が中に入っていたことになるよね。じゃぁ、なんでこれが元々の千尋ちゃんの持ち物だと疑わなかったんだろう」
「あ‼」
結城が声を上げた。「電子タグか」
「でも出てきた日本印刷記には電子タグが付いていなかった。多分この本から市倉君は電子タグを抜いて持っていたんだよ。という事は千尋ちゃんは日本印刷記でセンサーに引っかかったんじゃない。参考書のタグの抜き忘れなんじゃないかって思ったんだよ」
「つまり、あの店長は千尋がちゃんと参考書を買っていたことを知って陥れたってわけだな」
「うん、日本印刷記にタグがない以上、参考書の方が万引きされたものかもしれない。でも店長はレジの小坂さんに確かめもせずに参考書を万引きされたものという疑いから外した」
「最初からわかっていたわけか」
結城はため息をついた。
「うん、黒野さんたち3人の計画に気が付いて、そこから千尋ちゃんを助けられるかもって思って、黙っていたんだよ。だから勝馬君が土下座しちゃった時には焦っちゃったよ」
都は苦笑した。
「あいつの土下座無駄だったのか」
結城は少し残念そうな声を出した。店頭で勝馬は風邪ひいたらしくくしゃみを連発させている。
「ううん」
都は首を振った。千尋勝馬ティッシュを渡そうとしている。
勝馬君が千尋ちゃんの為に一生懸命になった事は、千尋ちゃんを安心させたと思う。だって千尋ちゃん凄く怖かったはずだもん。私なんかよりも何倍も千尋ちゃんを安心させたと思う」
都はくしゃみをし続けて千尋から「汚いーー」と言われる勝馬を見た。瑠奈がその横でホットコーヒーを勝馬に奢っている。両手に花状態。
「そうだな」
結城は言った。
「さて、その格好いい英雄には追試を受かってもらわないとな。勿論お前もだ。本も手に入ったし、さぁ追試頑張るぞ」
「ぶえええええええ」
この書店の最後の客の美少女は半泣き状態で結城に連行されてみんなの所へ向かった。

おわり