正月SP】少女探偵島都誘拐殺人事件❷
3
銃は発射された。少女の胸に赤い点がついて、 それがみるみる広がった。顔面蒼白になり、 顔から生気を失った多田明日美が、目から涙を流して、
「都…」
と言ってうつぶせに倒れた。都の目が見開かれた。
「あ、明日美ちゃん…明日美ちゃん!」
都は明日美に向かおうとして思いっきり床に倒れ込んだ。
「君は部外者だからね。殺すつもりはないよ」
と怪人は声を上げて笑った。太い声が不気味に狂ったように笑う。 そして懐からいきなりナイフを取り出すと怪人はつかつかと富田雪 (28)、富田かなえ(7)に近づいてくる。そして「 やめてぇええええ」と絶叫する母親から娘を取り上げると、 娘の首にナイフを突きつけた。
「ママ―――、怖いよ」
だが、次の瞬間、娘の縄がほどかれ、 かなえはガタガタ震えながら床に座り込んだ。失禁している。 怪人はやはり縄を切断しながら母親に命じた。
「死体の匂いは俺は苦手なんだ。 死体をバルコニーから川に捨てろ」
怪人に言われて、怖がる娘を抱きしめながら、 富田雪は震えるように頷いた。
「警察に告ぐ。お前らの安直な行動が、 17歳のまだ若い女子高生の命を奪ったんだ。 今度お前たちが行動すれば、 今度は7歳の少女とその母親を殺してやる」
怪人はそう言って電話機のスピーカーを切った。
「さぁ、お前たち、死体を運べ」
怪人はそう言って、ナイフを富田親子にちらつかせる。
「魔って」
都が枯れた声を出した。
「私が、やるから」
「ダメだ。逃げだそうとしている」怪人は拒否した。
「かなえ…頑張って…」
母親の雪はそう言って娘に言い聞かせた。 かなえは震える顔で頷いて、多田明日美の死体の脚を抱えた。 母親は死体の上半身を持ち、移動させる。 それを銃を突きつけた怪人が銃を右手に持って、 そして一度銃を左手に持ち直してドアを開ける。 ドアの外から水音が聞こえた。窓ガラス越しに、 室内に明かりがついているのでよく見えないが、 死体をバルコニーから川に捨てる富田親子の姿が見えた。
そして真っ青になった母子が怪人に連れられて戻ってきた。 怪人は再び母子の両手両足をロープで縛った。
「さて、お注射の時間でちゅよ」
ゴムマスクの不気味な怪人はマントの懐から注射器を取り出して、 都に近づいた。都の目は虚ろだった。 彼女に抵抗の気力は残っていなかった。
「さて、あれが事務所だが。電気はついているな」
長川は確認すると「あの中に都が」と結城は歯ぎしりした。 1月3日19時17分。
「どうする?」
「状況的に誘拐じゃないから応援は呼べないんだろう。 ならぶっつけ本番でいくしかねえ」
結城は拳で手をパンする。
「同感だな。結城君は私と来て、 高野さんはここで待っていてくれ」
長川はダッシュボードから拳銃を取り出す。
「え、警部非番だろ」
と結城。長川は「100均で買った対象年齢5歳のおもちゃだよ。 万が一の時に威嚇に使う」と、黒い上着のポケットに入れた。
結城と長川は車を降りると、 事務所の通用口のインターフォンを押した。
「はい」
応対したのは女性だった。 長川はカメラに向かって警察手帳を翳す。
「県警の長川です。実はちょっと事件の捜査をしているのですが、 お話をお聞かせ願えますか」
「わかりました」
女性はすぐにセキュリティードアを開けてくれた。 オフィスに入ると、深井真澄(31)と和田俊哉(34) という2人の社員が出迎える。
「あの、どういった捜査を」 深井が聞くと長川はじっと2人を見た。 後ろから結城がガンつける。
「ズバリ聞きますが、オタクの所に15歳の女子高校生、 島都という少女が来ているはずなのですが。 彼女がオタクんところの社用車に乗って行方不明になっているんで すよ。土浦神社で」
「ああ」意外にも和田が納得したような声を出した。
「彼女なら確かに、うちの臨時雇いのバイトとして、 今日は宿泊して貰っていますよ。うちの社長の清水の別荘で」
「臨時雇いのバイト?」
と結城が訝し気な声を出す。
「ええ、今日大事な商談を別荘でやる予定だったのですが、 アルバイトが来れなくなってしまって。 そんな中でうちの社員の多田の友人である島都さんが、 偶然神社で会って、 すぐにバイトに入ってくれることになったのです。 連れのご友人にはうちの富田が連絡していると思うのですが。 ひょっとして連絡ミスをしてしまいましたか。あの、大丈夫です。 アルバイトは明日の昼までには終わりますから、 その折にはうちの富田が自宅まで彼女を送っていくつもりです。 申し訳ありませんでした。うちのミスで御心配をおかけして」
と和田俊哉がぺこりと頭を下げる。
「なるほど」
長川は頷いてから、ふとカーペットを見つめながら座り込んで質問する。
「つかぬことを聞きますが、このカーペットの汚れ、血ですよね」
「従業員がペンナイフで手を切ってしまいまして」
和田は苦笑した。
「そんな出血量じゃないでしょう。私血は見慣れているんですけどね。これ指一本落とさないとこんな出血はしませんよ」
長川は抑揚のない声でカーペットの血痕を観察する。
「おいおいおい、まさか都の血なのか」
真っ青になって硬直する和田と深井を尻目に、結城が尋常じゃないというような声を出す。だが長川は冷静に結論を出した。
「いや、そんな新しい血じゃない。1週間前とかの血液だよ。途切れ方からして、まな板みたいなのがここに置かれていたんだな」
結城はじろりと和田と深井を睨みつける。
「そんな情報はなかったし、会社の業績を見てもヤクザのフロントとは思えないけどね。ただ相当なブラックだって事は間違いないだろうな」
長川は和田に顔を近づける。
「今すぐに島都に合わせて貰おうか。今すぐ彼女の顔を拝まないと、安心はできない」
「勘弁してください」
和田は声を震わせた。
「今の商談を失敗させたら、俺たち社長に殺されます」
「私らが守ってあげるよ。どんなに怖い社長か知らないけど」
長川が壁ドンしながら和田に話しかける。
その時、突然電話が鳴った。
「結城君、2人を見てて」
長川はそう言うと、オフィスの電話に出た。
「はい、株式会社シミズブックスの深井です」
くねくねと体を揺するように電話に出る長川。
-お前はシミズブックスの社員か。
急に機械声が聞こえてきて長川の表情が険しくなる。
「どちら様でしょうか」
長川が聞くと、機械の声が言った。
-お前たちの会社の別荘で社長の複数の部下を人質に取っている。警察には知らせるな。身代金は1億円だ。
電話が切れた。
「何だ。長川警部」
結城が警部に聞くと、女警部は頭を抱えた。そしてすぐにメールを送信した。
茨城県警本部-。
県警警備部長はシチュエーションルームで捜査員たちに訓示した。
「お待ちください」会議室のドアが開いて長川警部が入ってきた。
「刑事部を差し置いて警備部がこの事件の指揮を執るというのはどういうことですか」
長川の背後には、鈴木、西野、平田らいつものメンバーの部下がいきり立っていた。
「あの会社にはかなり裏があります。状況を的確に把握して対応しないと、人質に危害が加わる可能性があります」
長川の具申に警備部長は「君は長川君だったか。女がてらよくやっていると思うがね」と笑った。
「今回は犯人は警察を呼ぶなと脅迫してきた。事件の解決が遅れると犯人が警察の存在を察知する可能性がある。ここは短期決戦で行くぞ」
県警の特殊急襲部隊SATは森の中を進んで、闇に紛れる形で清水社長の別荘を包囲した。明かりがついている。SAT隊員は内部を確認する。
「誰もいません」
無線から連絡がある。ハンマーで別荘のドアを破壊して内部に突入するSAT隊員。しかしそこで見たものは、テーブルに置かれた電話機と「警察の方へ」という置手紙だった。突然電話機に着信が入った。
隊員が恐る恐る電話に出た。
-お前たちの会社に身代金要求をした時、警察に言うなって言ったのに、お前たちの部下は警察に通報した。だから人質を処刑する事にしたんだ。
そんな不気味な機械音声が聞こえてきた。隊員は天井の監視カメラを見て「しまった」と声を上げた。
「待ってくれ。悪かった。引き上げる。だから人質は殺すな」
隊長が必死に呼びかけたにも関わらず、受話器から銃声が聞こえた。
-お前たちのせいで17歳の少女が殺された。
不気味な機械音がケタケタという笑い声と「ママー」という少女の悲鳴とともに切れた。
「クソッ」
隊員は受話器を電話機に叩きつけた。
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「17歳の女の子を殺しただと」
県警本部の前の公園で、結城は長川の前で呆然とした声を出した。瑠奈がその後ろで口を押えている。
「犯人から、突入した警察にそう連絡があったそうだ」
「おいっ」結城が長川の肩を掴む。
「都の事ではないはずだ」長川は結城を見つめた。「恐らく、多田明日美の事だろう」
瑠奈は顔を覆って寒い県庁前の広場に座り込んだ。広場には人はおらず、不気味なほどの静寂だった。
「問題はだ」
長川は結城をじっと見つめた。
「なぜ清水比呂史の別荘に、都もその他人質も犯人もいなかったのかっていう事だ。それから、なぜ都は多田明日美と富田雪によって、清水の会社の車で連れて行かれたのかって事。清水の会社の闇は相当深い。こいつを暴かないと都は救い出せない」
長川は呻くように言った。その時、高野瑠奈がゆっくり立ち上がった。
「長川警部…私の話をちょっとだけ聞いていただけますか」
瑠奈の顔は決意に満ちていた。
「私、その答えを一つ推測できるかもしれません。都の連れ去られた理由と別荘に誰もいなかった理由。それは、レイプです」
「どういう事かな」長川はじっと瑠奈を見つめた。瑠奈は話しだした。
「私はレイプ被害を受けたとき、警察の人にいろいろ質問されて、裁判所でも証言しました。その中で加害者を訴える為に必要な事は、被害者が被害を受けた場所と日時を正確に宇うことが出来、それを物的証拠が証明する事です」
「つまり、都はレイプ目的で清水社長の所に連れて行かれたって事か」
と結城。瑠奈は頷いた。
「商談があるって事だったから、清水の商談相手もそうだったのかも。そしてもし犯行現場を都に清水の別荘だと誤認させる事が出来たら? 都が清水の別荘で被害を受けたと証言して、清水の別荘から痕跡が何も出なかったら。都は噓つきって事になりませんか?」
「おいおい、何を言っているんだよ」
結城が声を震わせる。その直後「長川警部‼」と鈴木刑事が走ってきた。息を切らして鈴木は長川に近づくと「人質のムッシュ・カトーに前がありました。未成年の少女への不同意性交等です」と報告した。
「畜生」
結城は小さく呟いた。
9月4日-。午前9時。
清水社長の自宅で黒いワゴン車を洗車している眼鏡の男性を結城は見つけた。
「あ、この車は」
結城が素っ頓狂な声を上げ、眼鏡の江曽島豊(22)がこちらをきょとんと見つめる。長川は警察手帳を取り出して江曽島に翳した。
午前11時―。
警察の白いワゴン車は明るい森の中の森の中の道を走る。
江曽島はワゴン車の中で長川に地図を使って指示した。
「島都という少女かどうかはわかりませんが、小柄のショートヘアの少女なら、この別荘を出ていくときに見ました。何かパフェを40個食べるとか言っていましたが」
「間違いなく都です」
と瑠奈が前の席の長川を見る。江曽島はワゴンさの中で全員を見回しながらさらに決定的な事を言った。
「多田明日美といううちの社員と、富田雪といううちの社員。そしてその娘さんもいました」
「よし、間違いない」
と結城。
「多田明日美さんって社員だったんですか」
と瑠奈が聞くと、江曽島は「ええ、彼女は高校に行かずにうちで働いていました」と冷静に言った。
「凄くいい子だったんですよ。頑張り屋で、真面目で、生活の全てを犠牲にして仕事に打ち込んでいました。撃ち殺されたって本当ですか」
「恐らくは」長川は言った。
「何でこんな」と江曽島はため息をついた。
「あの、一つ聞いていいですか」長川が前の席から振り返る。
「シミズブックスのオフィス。基本的に綺麗なのですがカーペットが血まみれだったんですよね。誰かが指詰めされていたんじゃないかって思うのですが、何か知りませんか?」
長川の言葉に、江曽島は突然黒い靴下を脱ぎ始めた。そして見せられたのは指を3本詰められた左足だった。都が目を背ける。
「清水社長に言われて。ただ僕がミスしたのがいけないのですが」
「給料の為に指詰めって、どんなブラックな会社なんですか」と結城が呆れたように言った。
「島都さんは幸福ですよね。人質にされても、こんなに他人に思ってもらって、走り回ってくれるんですから」
江曽島はワゴン車の中でため息をついた。結城はちょっと不機嫌な顔になる。しかし江曽島は構わずに話を続けた。
「でもこの世界には誰にも愛されず、心配もされない存在がいるんですよ。そういう人たちは、黙って指を詰めるしかないんです」
特殊部隊は山荘から500メートルの距離を取り、藪の中から監視をしていた。
「こちら先遣、別荘を確認。カーテンが下りていますが、電気はついており、人がいる模様」
「ええ、人はいますよ」
清水の弟である清水岳史(45)は自宅の農家の板の間で山荘の見取り図を前に説明する。
「弟の比呂史とムッシュ・カトーが商談しているはずです」
「間違いない」長川は唸った。
「でもこれからどうするんだ。犯人は人質を殺すような奴だろう」
と結城が農家でため息をつく。
「ああ、上層部も失敗を恐れて強硬手段は取らないようだ」
長川はそう言った。清水岳史の農家の前で、山荘の方向を見ながらため息をつく。
「ムッシュ・カトーって、何をやっていたんだ」
結城は長川の横に立つ。
「未成年者に対する不同意性交等。被害者は中学生の少女だった。それも従業員の娘。父親の職を材料に性的関係を強要したらしいんだが、被害者の抵抗の度合いが足りなかったとして、裁判では無罪判決が出ている。今だと同意年齢が引き上げられているから確実に豚箱に入っているんだろうが」
「とんでもない野郎だ」
結城は吐き捨てるように言った。
「恐らく高野さんの推理通りだな」長川は言った。
「清水って社長はチャイルドマレスターの変態である富豪のムッシュ・カトーに都を捧げるつもりだった。脅されて協力させられたのが多田明日美と富田雪の2人。今回犯人に殺されたのはそのうちの多田明日美の方らしいが」
「立てこもりの犯人は一体どんな奴なんだ」
結城は長川を見つめた。
「全く手掛かりはない。急に現れた存在だからな」と長川。
「だが多田明日香の年齢と富田かなえの年齢を正確に把握している事から、行き当たりばったりの存在じゃねえことは確かだ」
昼の結城の家のリビングで結城秋菜が千尋に手を握ってもらいながら、両手を組んで額を押さえながら体を震わせていた。
「だ、大丈夫だよ。高野さんや長川警部もいるし、まぁ、結城も、やる時ぐらいはやる奴だ」
「でも犯人は女の子を一人殺しているんだよね」
秋菜に言われて、勝馬は「う…」と言葉に詰まっていた。
「ごめん、勝馬君」と秋菜は下を向いて言った。
「秋菜ちゃん。テルテル坊主作ろうか」
「都が無事に帰ってくるようにさ」
「てるてる坊主って、明日が晴れになるように頼むものだと思うんですけれど」
「バレンタインにサンタクロースが来るんですか?」
秋菜は呆れたように「あちゃー」な顔をする。
「お正月に浴衣来て盆踊りとかしそうですね」
「そういえば、去年の正月。都さん、初詣という事で浴衣を着てきたんです。凄く寒そうで、受験だから風邪を引いちゃダメだって、瑠奈さんが慌てて都さんを連れて帰って」
と勝馬。
「初詣にwwww浴衣wwww」千尋がケラケラ笑いだした。
「やってました。クリスマスの前の日に」
と秋菜が素っ頓狂な声を出した。
「え、でももう5年も前に天皇誕生日クリスマスじゃなくなっているじゃん。私それで小学校時代もだえ苦しんだんだから」
と千尋がケラケラ笑った。。
1月4日、16時20分。
突然県警本部に犯人から電話があった。
-お前たち、この別荘を監視しているだろう。
不気味な機械の声が聞こえてくる。
-今すぐ別荘の見えない場所に消えろ。そうしないと人質を殺す。
「何だって」
長川はスマホに向かって喚いたのち、何度か頷いて電話を切った。
「何かあったのか」
ワゴン車の中で結城が声を上げる。
「犯人が特殊部隊の存在を察知した」
長川は呆然とした声を出した。
「んな馬鹿な、500メートルは離れていたんだろう」
結城が唖然とすると長川は「ドローンとかを持っていたのかもしれない。手乗りサイズのブツならこっちから観測するのは非常に難しいからな」と臍をかんだ。
「上層部は特殊部隊を撤収させるらしい」
「ふー」状況の厳しさに結城竜はため息をついた。瑠奈は必死で両手を組んで祈っている。
その時だった。2発の銃声が聞こえた。