白骨洞殺人事件❶
1
役場の廊下には反ワクチンのポスターが貼られている。ワクチンを打てば死ぬだの、子供に打たせるなだのディープ・ステートだの、爬虫類エイリアンだの、子供の臓器を抜き取る闇の組織だの、そういうポスターがいっぱい貼られているのだ。
「千尋…私もうダメ」
19歳の役場職員与野典子はテーブルの椅子空間でガタガタ震えながら電話をしていた。
「私…このまま消される」
-落ち着いてください。先輩。今どこですか。
「DO逆…」と典子はスマホに向かって声を震わせた。
「この村は全部が狂っている。警察に言ってもダメ。私はもう殺されるから」
その時、与野典子は自分のいる椅子空間にしゃがんで目を血走らせて笑っている黒い影が三日月のような赤い口で笑っているのを見た。
「いやぁあああああああああああっ」
携帯が典子の悲鳴とともに床に落ちた。
「かなり心配だな」
長川警部はオンボロ軽自動車を運転しながら山間部の道路のカーブでハンドルを切る。
「警察に通報したんですけど、でも警察が役場に確認したら本人は出勤しているって答えたみたいで。でも先輩のスマホは着信拒否になっていて」
千尋は助手席で携帯を握った。
「すいません。何か休日に。長川警部」
「何。久しぶりにキャンプに行こうと思っていたところだ」
長川警部は笑った。
「役場で与野さんの姿を確認したら、この奥の渓谷でキャンプして久しぶりにカレーパーティーだ」と長川朋美が振り返ると、リアシートに都が「いえーい」している。
その横で結城秋菜は何かメモを確認する。
「南阿武隈村。人口は220人で人口密度は日本では最も少ない部類に入るそうです。林業と農業が盛んで高齢化率は高いみたいですね」
「うちの学年の1年生とかよりちょっと多いくらいだ」
と高野瑠奈は呆気にとられた。そして瑠奈は千尋が心配そうにしているのを見つめる。
「大丈夫だよ。役場の電話係さんも本人は出勤しているって言っているんだよね」
「でも」千尋はいつものあっけらかんとした表情はなく思いつめた表情だった。
「先輩、私に言ったんだよね。この村は全部が狂っているって」
都が目をぱちくりさせた。
「とにかく、役場まではすぐだ。あの橋を渡ればな」
長川は渓谷にかかる鉄骨橋梁を慎重に走っていく。
「凄い渓谷」
と瑠奈が窓の外から下を見る。
「この鉄橋が村に通じる唯一の道路だって」と長川。
「勝馬君。ドジだから落っこちたりしてないよね」と都。長川はブレーキを踏んだ。そして車から降りると真下を見つめた。20メートルはあるだろうか。
「うん、落ちていない」と長川がそーっと見下ろして頷くが、ふと背後を見ると車の前の橋の上に白いワンピースを着用した長身の女性が立っていた。
「あー」長川は黒髪長髪の無表情な女性に呆然と声をかけた。
「ええと、花子さんでしょうか、貞子さんでしょうか」
「井上弥子…」長身の女性、井上弥子(28)は無表情のままボソボソと声を上げた。
「花を手向けに来たの…」
井上は橋に置かれた花束を指さした。
「ああ…村まで乗っていきますか」と長川が聞くと、井上は「いい。迎えが来る」と言った。
南阿武隈村役場前-。
「よぉ」と長川の車に原付横の結城竜が手を挙げた。
「結城君!」都が車からぴょんと降りてトコトコ結城のいる役場の玄関近くの駐輪場に走り寄る。
「勝馬君は?」
と瑠奈が幾分心配そうに聞く。
「あの橋か」結城はため息をついた。
「あのバカ、あの図体で高所恐怖症でな。目をつぶったまま渡ろうとしやがったから大変だったぜ」
結城はベンチで「きゅー」としている勝馬を顎でしゃくった。都は勝馬の顔面に手をひらひらさせている。
「それで典子先輩はいたの?」千尋が結城に声をかけた。
「それがな」結城は少し深刻な表情になった。
「ええっ、風邪で欠勤?」
と千尋が役場の窓口で声を上げる。
「ええ」
典子の上司の作間智信(51)というバーコード眼鏡がおでこの汗をぬぐう。
「それもコロナかもしれないとの事で、自宅待機するように言っておきました」
と作間は言った。それを遠目に見ながら結城は「子供の臓器がDSに奪われている」「ワクチンは人間を5Gに接続させる」というポスターが貼られた柱を見つめた。
「休んでいるのは典子先輩だけですか」と千尋が聞くと、
「いや、同僚の本田鮎奈も風邪で休んでいますね。与野の先輩です」
「ち」と待ち席で舌打ちをする眼鏡の男性がいた。
結城はその男性のワイシャツの胸ポケットに何かが光っているのを目ざとく見つけた。
(このおっさん、薮原たちのやり取りを盗撮してやがる)
「それじゃぁ与野典子さんの住所を教えていただけませんか」
と千尋が聞くと作間は「君らは与野とどういう関係だね。個人情報をそう簡単に教える訳にはいかないな」と不信感を露にする。
「同人サークルの先輩と後輩です」と千尋。
「本当ですか」と作間は訝し気だ。すると長川警部が千尋の背後から警察手帳を翳す。
「これがこの子たちが怪しいものではないという証明です」
「け、警察…」作間が狼狽える。
「警察の方がどうしたんですか」
と突然背後から声がかかった。見るとスーツ姿で長身のハンサムだが何か邪悪なイチモツを抱えたような紳士が立ってる。
「そ、村長」
と作間の声が震えた。村長の栗原三郎(47)はふっと都たちに上から目線で笑いかけた。
「彼女は風邪で休んでいるだけです。ですがコロナかもしれないのでご自宅を訪ねる事は出来ません。この村は高齢化も進んでいて医療機関も遠い。軽率な行動が村全体を危機に晒すんですよ。ですからお引き取りください」
「わかりました。しょうがないですね」
都はにっこり笑った。
「それじゃぁ、BBQしにいこー」と都は両手を挙げてルンルン気分で役場のロビーを出て行こうとする。
「ちょ、都」「師匠」
と千尋と秋菜が言うと瑠奈は「大丈夫」と肩を掴んで笑った。
都が出て行こうとすると突然役場のロビーのドアが開いた。
「坂本さん。まだいたのですか」
村長が呆れたように来訪者に言う。カーボーイハットに肩に猟銃をひっさげたおっさん、坂本京(45)が村長に「へ」と挨拶した。その背後には神経質そうな眼鏡の阿字伸介(36)がアーミースタイルで立っている。その後ろには髭もじゃの大男、大森回(39)が猟銃を引っ提げていた。
「俺は奴が現れるまではこの村に居座るつもりだぜ」
坂本は栗原村長の前に立つ。
「奴って…あの殺人鬼の岩本承平の事ですか」
と栗原はため息をついた。その言葉に都はじっと坂本を見つめる。
「ああ、そこの阿字のデータ分析から奴はこの場所に現れると踏んでいるんだ」
と坂本は笑った。
「この村はいろいろヤバい裏があるんだろう。だからそこのお嬢ちゃんの友達や、そこにいるジャーナリストの不破一志さんの情報提供者の女の子もみんな消えちゃっているわけだ。この村のヤバさに気が付いてな」
坂本は「ヒッヒッヒ」と笑った。
「こういう場所に岩本はきっと現れる。そして現れたら」
坂本は銃を手に取るとレバーを引いて見せた。
「これで狩るんだよ」
「銃で撃ち殺すっていうのか」
と結城。「あいつは人間だぞ」
「いいや、野獣だよ」坂本は不敵に笑った。
「俺には聞こえるんだ。あいつの殺してくれーって声がな。俺は北海道で5人を食い殺したヒグマを仕留めた事がある。もう羆じゃ満足できないんだ。500人近い人間を殺した、あの化け物を仕留めてやる」
と坂本は恍惚と猟銃に頬ずりした。その様子を眼鏡のジャーナリスト、不破一志(27)はじっと盗撮する。
「不破さん。あんたもこの村で消されたくなければ、俺たちと行動を共にした方がいいぜ」
と坂本はそう言って阿字、大森を従えてロビーを出て行った。
「な、何なんだあいつ」勝馬はドン引きしていた。
「お兄さんたち、誤解しちゃだめだよ」
役場にいた老婆たちが声を上げる。
「この村長は村を立て直したんだよ。その手腕で、この村を豊かにした素晴らしい村長だよ」
「全くその通りですよ」
と役場のロビーで長川警部の後ろからやってきたのは眼鏡をかけた若い医者だった。
「ああ、黒木先生」
黒木勇(31)という医師は老婆たちのアイドルなのだろう。「きゃー」と老婦人たちは黄色い声を上げる。
「僕の父が代表を務める診療所にも多額の資金を注入してくれましてね。おかげで最新機材が入り、村の医療水準は格段に向上しましたよ」
「そうとも」とガテン系の村民のおっさんも加わった。
「村長を悪く言うと許さねえぞ」
長川警部と探検部の面々は村民の圧に呆然としていた。
「さて、どうする」
役場の駐車場。助手席で呆然とする千尋の窓から、バイクに乗った結城が都に問いかける。
「大丈夫だよ」
「私と瑠奈ちんでFacebookの典子さんの写真とGoogleマップで自宅の場所は特定してあるから」
「え」と千尋が瑠奈を見つめる。
「そんなに大変でもなかったよ」と瑠奈は得意げだ。
「背後の地形とかそういうのを都が観察していて、30分くらいでもう家の場所は特定できた」
「じゃあ、何であの作間っておっちゃんにわざわざ住所を私に聞かせたの」
と千尋。
「おかげで、役場の人が嘘をついている事が分かったんだよ」
都はじっと前を見た。
「もし職場でコロナが2人も出たのなら、それもうクラスターじゃん。となると普通にお仕事が出来るわけない。多分マニュアル化されているんだろうね。もし誰かが典子さんを訪ねてきたら追い返せって。多分本多さんって典子さんの先輩もコロナで休んでいるとわざわざ千尋ちゃんに言っているのは、ジャーナリストの不破さんが言動を監視していたから嘘をつけなかったんだよ」
都は真剣な表情で言った。
「どうやら村役場ぐるみで典子さんに何かした事は間違いないね。千尋ちゃん、典子さんが殺されている事も覚悟して」
都はじっと千尋を見つけた。千尋は「うん」と沈んだ声で言った。
「おいおい、村ぐるみでって」
と長川が呆然とした声で言う。
「それどころか、村ぐるみなのかも」
瑠奈はじっと役場の出口から自分たちの車を見つめる村民を見つめた。
「とにかく、典子さんの家に行こう」
と都は言った。「結城君、勝馬君にもついてくるように言って」
その様子を役場の窓からじっと見つめる栗原村長はスマートフォンで電話をした。電話の先は農場だった。
「岩木さん。警察が典子の動きを探っているよ。念のためにさ、証拠をトラックで移動させてよ」
「わかった」
サングラスにやくざシャツの男、岩木成喜(49)は釘バット片手にスマホを切った。そして農場事務室の内線ベルを押して2人の半グレのヤバそうな若者を呼び出した。
「社長、お呼びでしょうか」
リーゼントの金髪の佐藤守(28)とスキンヘッドの松本猛(29)は直立不動で言った。
「警察が動いた。奴隷を運び出せ」
農場でボロボロになった若者数十人が死んだような表情で家畜輸送用のトラックに乗せられていく。そしてドアが閉められ、2台のトラックは走り出した。
2
都、結城、瑠奈、勝馬、千尋、秋菜、長川警部の7人は典子の家と考えられる古い日本家屋の前に立った。
「与野典子。間違いないな」
結城は表札をチェックする。
「特に変わった所もなさそうですね」と秋菜。しかし都は首を振った。
「ううん、滅茶苦茶変だよ」
「確かに変だな」長川は言った。
「役場からここまで車で30分。当然車かバイクで通勤していたはずだが、それらしきものがない。となると当然車かバイクがあるはずなんだ。今家で寝ているとすれば」
長川が垣根越しにチェックすると「こりゃ、役場で典子さんは拉致されたのかもな」と唇をかんだ。
「とにかく一応コロナって事になっているから、私と都だけでチェックする。みんなはここで待っていてくれ」
と長川は言って都を連れて玄関をチェックする。鍵がかかっていた。インターホンを鳴らすが誰もいない。
「警部。鍵あったよ」と都が植木鉢の下から鍵を取り出す。そして鍵を開けてスライドドアの中に。
「ごめんくださーい。誰かいますか。いませんねー。入りますー」
と都はズカズカ部屋の中に入る。
「おい。ちょ」
長川は後に続いた。家の中はごく普通の女の子一人暮らしな感じ。ベッドルームにはBLのなんとも凄まじい趣味のポスターが貼られている。
「いないね」
ベッドを引っぺがしても典子はいない。
「こっちもだ」と長川は風呂場から出てきた。都は押し入れでスーツケースを確認した。
「やはりこの家にはいないのか」
「どうだった」と千尋が玄関から出てきた都に聞くが、都は首を振った。
「誰もいなかったよ」と長川警部。その時だった。
「典子ならいないぜー」
突然道端から歩いてきた村の少年3人に話しかけられる千尋。
「だってこの前スーツケースを持って、この家を出て行ったもんな」
と男の子は顔を見合わせた。
「もうこの村ではやっていけない。消えるって泣いていたぜ」
「それって、もうこの村には帰ってこないって事?」
と瑠奈。しかし子供たちは走り出した。
「それじゃー、行こうぜえええ」
「またあの農場で岩木のおっちゃんにあの遊びをさせてもらおうぜ」
「でも今日は別のところにいるって」
「やべええ。俺たちも八重子みたいに消されるじゃん」
「おいちょっと待て」結城が声を上げた。
「八重子って、お前らの同級生も消えたのか」
と結城が聞きとがめると、少年3人は「やべえ」と走り去っていった。
「あの子たちが怪しいのは間違いないよ」
と都はみんなを家の中を手招きした。
「まずこの玄関。仕事で使うような靴は見当たらないけど、履きなれたスニーカーは残されているよね。それから」
都は寝室にみんなを誘導して押し入れを開けた。
「スーツケース…」
秋菜が押し入れの赤いスーツケースを見て呆然とする。
「多分あの子たちは私たちがこの家にやってきたら、家出するところを見たって言うように役場にいた誰かから頼まれたんだよ」
都は結城たちを見回した。
「とにかく問題はあの餓鬼の同級生八重子って子が本当に失踪したのかって事だな」
結城は考え込んだ。
「それも含めて、この部屋に手がかりがあるんだよ」
都は結城を見つめた。結城はきょとんとした。都は千尋を見た。
「千尋ちゃん。典子さんはDO逆って言ったんだよね」
「う、うん」と千尋。
都は本棚の薄い本の一つを取り出した。表紙にDOと書かれている。そしてバラを咥えた男の裸。勝馬が真っ白になる。
「DOってこれの事だったんだ」と千尋は素っ頓狂な声を出した。
「そしてこの同人誌シリーズの中で唯一逆向きにしまわれているのが。これだ」
都は手に取ると、男同士がアッーしているページに紙が挟まれているのを見つけた。それを開いてみると、
-八重子ちゃん、弘平君、真喜ちゃん。祠の裏の洞窟。鉄の扉。
の文字があった。そして地図が書かれている。
「ここに典子さんが失踪する事になった理由があるんだよ」
都は長川警部に言った。
「もしかしたら、典子さんがここにいるのかもしれない」
山奥の祠の前で結城と勝馬は原付を停車させた。その背後から長川の車が停車する。車を降りた千尋の手を瑠奈はつないだ。そして不安そうな千尋に頷いた。
結城と勝馬は鉄の観音扉の前に立つ。
「祠の後ろ…こいつだな」
結城は巨大な鉄扉で封鎖された洞窟の入口を見つけた。
「うわー、鍵がかかってやがる」
勝馬は南京錠を手にした。鉄の扉は観音開きになっているが、鎖で固定されている。
「どうする、これ」結城が勝馬を見つめた。
「簡単だよ」不意に背後で男の声がした。不敵な笑みで猟銃を片手にした坂本京が立っていた。横には眼鏡のジャーナリスト不破一志、背後には猟銃を手にした阿字伸介と大森回が立っている。
長川は咄嗟に高校生たちの前に立った。
「どうやら秘密を知ってしまったようだな。君たちは」
坂本は猟銃を手にして言った。
「秘密を知ってしまった以上は生かして返す訳にはいかないなぁ」
邪悪な表情で坂本は長川を見た。
「撃つなら俺を撃て。みんな逃げろ!」と勝馬が長川の前に立ちふさがるが、その大の字のわきの下を都が潜り抜けたので「えええーーー」と呆気にとられる勝馬。
「こういう冗談はやめてくれるかな」と都がじっと坂本を見つめた。
「今私の友達が大切な人の命を凄く心配しているんだよ」
都の怒りに坂本は苦笑した。「やはり君は騙せなかったか。なんとなく只者ではない気はしていたんだが」と坂本は猟銃の弾倉に弾が入っていないのを長川に見せる。
「銃口を人間には向けない…そう訓練しているんだね」
都はじっと坂本を見つめる。長川は「おい、冗談が過ぎるぞ」と激怒するが、坂本はそんな長川に猟銃を投げてよこした。そして弾丸を渡す。
「島都。茨城県を中心に警察に協力し、多くの殺人事件を解決してきた女子高生探偵」
と阿字が物静かに言う。
「君なら俺たちが探しているものを見つけ出してくれるんじゃないかと思ってな」
「おっさん、トレジャーハンターかよ」
結城がジト目で聞くと、阿字が瑠奈と千尋、勝馬をジェスチャーで下がらせた。
「君、ここにいると跳弾に当たるぞ」と坂本は結城を下がらせると、大森が猟銃を離れた場所から南京錠に狙いをつける。デカい銃声とともに鎖ははじけ飛んでだらりと垂れ下がった。
「荒っぽい手口だ」
腰を抜かした秋菜の横で不破が皮肉を言う。
「阿字、大森、お前らは村の連中がここに来ないか見張ってろ。長川警部だったよな。あんたは俺の後からこいつを持ってついてきな。俺が妙な真似したらぶち殺していい」
坂本はそう言って観音扉を不破一志と一緒に開ける。
「不破先生力ないな」
そう皮肉る坂本を長川は舌打ちしながら猟銃に弾を込めた。
「勝馬…大丈夫か」
結城が呆然としている勝馬の前で手をひらひらさせる。勝馬は「お、おう」と正気に戻った。
「お前はここで待ってろ」
と結城。
「何でだ」
「アンモニアの匂いが密閉された空間で漂うんだよ」と勝馬のズボンを指さす結城。
「それに、一応この2人を監視しておいてくれ」
と真っ赤になる勝馬の前で結城は大森と阿字を顎でしゃくった。
「お前気づいてやがったな。あいつのジョークを」と勝馬が歯ぎしりする。
「まぁ、都と一緒だと殺意のある奴ぐらいはわかっちまうんだよな」と結城。
「俺はとんだピエロだ」勝馬は唸った。
「勝馬の奴が自分の事をピエロって言ってたぜ」
と結城が洞窟の中でライト片手に唸った。
「馬鹿でしょ」千尋はかすれた声で言った。
「もっと自分を客観的に見つめるべきだよね」と瑠奈。
「勝馬君がブラット・ピットになったら、牛乳戻すと思う」と秋菜。
「結城君」
一番前を先先進んだ都が、ライトで洞窟奥の神殿のように広い空間に出た。そのライトの光に髑髏の眼窩が陰陽はっきり照らされる。
「きゃっ」と秋菜が目を背けた。
「ひょっとして、典子先輩…」と千尋。
「いや」長川は白骨死体をじっと見つめる。
「こいつは死後数年程度は立っている。典子さんが失踪したのは2日前。3月に2日でこうなるわけがない」
「い、遺跡みたいなものですか」と瑠奈が恐る恐る聞く。
「違うな」と坂本は言った。下あごを開いた髑髏が別の場所にあり、その歯をライトでチェックする。
「歯の治療痕がある。材質からして平成末期ぐらいだろう。それに骨の状態からすると、3年、あるいは5年くらいか」
坂本のライトが洞窟を照らし出すと大量の白骨死体が転がっている。
「何だこれは」と結城は戦慄する。
「30、いや、50以上はあるぞ」と長川はライトで無造作に転がる頭蓋骨を見つめる。
「しかも死んでから時効が過ぎてないとなると、これは下手をすれば大量殺人の痕跡だ」
長川が戦慄する横で不破はライトを片手にスマホで髑髏を撮影し始めた。
「第一目標達成だ」
坂本は不敵に笑った。
「第一目標?」
長川が訝し気に聞いた。
「ああ」坂本は振り返った。
「岩本がこの村にいるかどうかはわからん。だがこいつを世に広めれば、この大量殺人をしでかした人間を奴は絶対に裁きに現れる」
「それを裁くのは裁判所だ」
長川警部が坂本に言った。「我々が捜査をして必ずこの大量死体遺棄事件の犯人を確保し、法により刑罰が言い渡される」
「わかっていないな」
坂本は笑った。
「この被害者を殺したとしても、加害者は絶対に裁かれないんだ。それにはある理由があるんだよ」
「ある理由?」
と長川がじっと坂本を見つめると、坂本はふと都を見た。
「女子高生探偵、謎かけだ」
坂本は洞窟の白骨を照らし出した。
「俺が言った意味が分かるかな」