白骨洞殺人事件❷
3
【容疑者】
・井上弥子(28):村の女性
・栗原三郎(47):村長
・作間智信(51):役場職員
・黒木勇(31):医師
・岩木成喜(49):農園社長
・佐藤守(28):農園幹部
・松本猛(29):農園幹部
・与野典子(19):役場職員
・本田鮎奈(21):役場職員
・不破一志(27):ルポライター
・坂本京(45):ハンター
・阿字伸介(36):ハンター
・大森回(39):ハンター
都は坂本を見てから、ゆっくりと洞窟の中にばらけている骸骨をライトで照らしだした。
「この骸骨、50くらいあるけど、大体2つの時期に別れているよね」
都は結城を振り返った。
「2つ?」
結城が訝しげに聞く。
「こっちの30体くらいは白くて結構最近骨になった感じがするけど、こっちの20体の骸骨は茶色くなっていて汚れている」
「確かに」長川は白骨を観察する。
「その中くらいの骸骨がない事を考えると、きっぱり2つの死亡時期に別れるって訳だ。洞窟の環境から見れば、こちらの骸骨は死後3年経過してない。一方でこっちの白骨は10年近く前だろう」
長川は坂本を見つめる。
「お前はこの2つの死亡時期に何があったのか知っているのか」
「警察は知らないだろうな。何せこの事件は一方は労働基準監督局、もう一つは法務省の管轄だ」
坂本は頭蓋骨を拾い上げる。
「不破さん。説明してやりなよ」
と坂本が促すと、不破一志は眼鏡を光らせて説明した。
「丁度その時期、つまり13年前には知的障碍者が、3年前には外国人技能実習生が20数人ずつ、この村の農場に雇用されたんだ。形態としては家畜飼育施設のある岩木って男が経営する農場が労働者を管理し、村のほぼすべての農家に派遣されていたらしい」
「家畜飼育施設って」
と秋菜が声を震わせると不破が「ご名答です。実質的な奴隷ですよ。そして13年前にこの村で雇用された知的障碍者は全員が3年以内に病死した」
「病死だって?」
と長川が不破を見つめた。
「死んだのは20代から30代。全員軽度だったし、いくら何でも3年で全員が病死なんてありえない。だが彼らの親も障害があったり孤児だったりしてどこかに訴える事も出来なくてね。結局死亡診断書も提出されていたし、行政もそれを問題にすることはなかった」
「その死亡診断書を書いたのが」
長川が不破一志を見ると、不破は眼鏡をくいっと上げた。
「刑事さんが役場で会ったあの黒木って医者とその父親ですよ」
「つまり実際は奴隷労働や暴力とかで次々死亡した障害者の死亡診断書をでっち上げ、役場がそれを受理したって事か」
結城が戦慄すると、瑠奈が「じゃぁ外国人実習生の人たちも」と声を震わせると、不破は「いや」と手を翳した。
「技能実習生は死亡届は出ていない。管轄が法務省だからな。だが全員失踪している。技能実習生の失踪は国内でも問題になっているからな。法務省と入管の管轄にはなっているが、奴らは逃げた実習生を施設にぶち込む事しか眼中になく、彼らがどういう扱いを受けているかは関係ない」
「だがここにいる骨が発見されれば」と長川は不破に言いかけて戦慄した。
「そういう事か」
「ああ」不破は骨をじっと見つめた。
「仮にこの白骨死体が見つかったとしても、死亡原因が骨になってわからない以上、虐待による殺人だとはわからない。日本では労使関係という関係だと使われる側を広範囲で拘束出来るし、そこで虐待があったとしてもハラスメントと言う事で労基による解決ということになる。職場の従業員を包丁で刺したとしても交通違反レベルの罰で済まされる事もあるくらいだしな。この事件だって、従業員が洞窟で白骨になっていたって事だけでは、警察が職場を捜査する事もないし、死亡との因果関係が証明されない以上、彼らを雇っていた農場が処罰される事はない。つまり、ここが見つかったとしても彼らを雇っていた村の農家が罰を受けるって事はないんだ」
不破は頭蓋骨を置いた。
「そういう事だ」
坂本京は「くっくっく」と笑った。
「つまり、この事実を俺たちが公表すればだ。そして栗原村長や岩木社長らが逮捕されないとすれば、岩本は確実に動く。そしてそれを俺たちが仕留めるって訳だ」
坂本はぞっとするような笑顔で笑った。
「でもだとしたら変だよね」
都は目をぱちくりした。全員が都を見る。
「だって、この洞窟の秘密を知ったとしても、社長も村長も逮捕されないんでしょう」
都は坂本を見つめた。
「だとしたら何で典子さんは失踪しなくちゃいけなかったんだろう。典子さんはこの洞窟を見つけたから誘拐されたって事だよね」
「そのことなんだが」
不破は都に言った。
「この洞窟が誘拐された理由ではない可能性もあるんだ」
と不破は眼鏡をずり上げて都を見た。
「どういうことですか」と千尋。不破は続ける。
「実は典子さんの先輩の本田鮎奈さんという21歳の女性職員も失踪しているんですけどね。僕は彼女にも取材をしていたんです。今この農場施設で再び虐待が行われていると私に連絡してきたのは本田さんだったんですよ」
不破の言葉に長川は身を乗り出す。
「ですがそこで。本田さんは妙な事を言っていたんです。この村には爬虫類型人間がいるって」
「爬虫類型人間?」と結城が素っ頓狂な声を出す。
「反ワクチンのQ系陰謀論者がよく言っている奴ですよね」と千尋がため息交じりに聞く。
「でも本田さんはそれを実際に見たというんです」
と不破は千尋を見た。
「今の村長の栗原三郎は村の経済を奴隷状態の人間の派遣で立て直し、村で圧倒的な支持を得たのですが、コロナの後は反ワクチン陰謀論にハマっていて、無茶苦茶な陰謀論を公式で多数発表していました。でも村人は熱狂的に支持していたようですね。そんなある日、栗原村長は村議会の議事堂に村の有力者と職員を招待した。地方自治法には違反する行為ですが、村では誰も問題にしなかった。その中には本田さんもいて、そして議会で見たそうです。栗原村長が手錠で引き出した爬虫類型人間、レプテリアンを」
「爬虫類人間って」結城は訝しげに聞く。
「本田さんって人は自分の目で見たんですね」と秋菜。不破は頷いた。
「何なら写真もありますよ」と不破はスマホ画像を秋菜や千尋、結城に見せた。村議会の発言台の前で座り込んでいる手錠をかけられたスーツ姿の人間。かなり近くから撮影されている。その顔は…完全にグレイタイプの宇宙人で、眼窩はくぼみ、顎の咀嚼筋が丸見え、どう考えても着ぐるみではない。
「な、何これ」瑠奈が声を震わせる。
「こいつを映像専門家に見せたら、合成や着ぐるみではない事は数万ドットをチェックしても間違いないとの事でした」
と不破は説明した。
「御覧の通り、レプテリアンは男性のスーツ姿ですが、宇宙人みたいに骨にそのまま皮がついているような感じで、しかも灰色の体表だったそうです。顎の筋肉とかがリアルで、とても着ぐるみには見えなかったと。言葉は発せず、ケケケケという声を出していたとか」
「これを見た村議や村の有力者は、栗原村長が支持しているQを信奉するようになった。そしてそれから、村では行方不明事件が多発するようになったそうです」
不破の言葉に「まだ行方不明者が」と結城は呆然とする。
「ええ、行方不明になる人間にはいくつか傾向がある事は取材をしてわかりましたよ」
と不破。
「まず村に来て日の浅い夫婦。カメラマンの夫と妻という20代の若い夫婦が最初に失踪しました。それから村には当時2人の乳幼児がいましたが、この2人も失踪。村は子供を誘拐する闇の組織の存在だと考えて、警察に届けも出さなかったようです。そして村の子供たちの中でも、村のあり方、つまり奴隷を農場で働かせる事に疑問を口にしたり、村の子供たちの間で流行っている古タイヤを括り付けた奴隷労働者を追い掛け回して鉄パイプで殴る遊びを嫌がったり奴隷に優しくしようとしたりした子供が次々と消えました。そして外部に何かを告発しようとした本田さんや与野典子さんも」
「あの餓鬼3人、農場に行くって言ったが、あの遊びをしに行ったのか」
と結城は歯ぎしりした。「薮原の先輩のいう通り、この村は狂ってやがる」
「ちょっと待って下さい」
瑠奈は不破に質問する。
「おかしくありませんか。やっぱり。外部に何かを訴えようとしているのならまだしも、村の虐待みたいな遊びを嫌ったり、奴隷にされている人たちに優しくしようとした子、赤ちゃんまで行方不明だなんて」
「おそらく、何かしらの被害妄想か陰謀論を自己成就させようという動きがあるんでしょう」
と不破は眼鏡をずり上げる。「長年カルトを追いかけてきましたが、こういう傾向は他のカルトにもありましたよ」
「ちょっと待て」長川警部は声を上げた。
「今の話聞く限りだと、その岩木って奴の所には今も奴隷にされている人がいるって事か」
「ええ、今度は貧困層の若者がいますよ」
と不破一志は言った。「自分の幸福を人生の目標としない。他者に搾取される事を人生の目標にすることで、どんな理不尽な目に遭っても問題にしない解離世代を呼ばれる若者が働かされているようです。まるでイナゴですよこの村の連中は」
その言葉は吐き捨てるようだった。長川はにやりと笑った。
「つまり非人道的な形で監禁されている現場を押さえれば、少なくとも岩木って社長は抑えられるって訳か。そしてそいつのメールのやり取りを押さえれば、黒木医師や栗原村長も」
「ち、そう来たか」と坂本はため息をついた。
都は坂本を振り返って笑顔で笑った。
「岩本君に人は殺させないし、坂本さんたちにも殺させない。それに、岩木って社長を押さえればきっと典子さんの居場所もわかる」
都はそう言って洞窟の出口に向かって一歩を踏み出した。そしてふと立ち止まった。
「どうした都」
結城はふと都を見た。都は瑠奈に支えられながら胸を押さえている千尋を見た。その目がポカンを見開かれる。
「何だろう」都は胸を押さえて下を見た。そして結城だけに聞こえるような小さな声で言った。
「なんか凄く悲しい…」
同時刻。洞窟の出口。切り株に座っている勝馬。その前で大森が阿字に「ちょっと小便してくる」と言って勝馬に銃をいきなり渡した。勝馬は「のおおおっ」とビビる。
「レバーは危ないから引くなよ」
大森はそう言って暗くなり始めた森の中に入っていく。
大森は鼻歌うたいながら森の中で用を足していた。だがその背後から近づいてきた存在にいきなり首を掴まれ、声もなく闇に引きずり込まれた。
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「持ってろって」
勝馬はため息交じりに銃を見ていた。だが周囲に花をくるくるさせるように「格好いい」とご満悦していた。その時だった。
「う」といううめき声が聞こえ、勝馬は銃を手にしたまま正面を見ると、阿字が背中を向けて立ち尽くしていた。その手から銃が落ちてどさりと体が崩れ落ちる。倒れた阿字のすぐ前に立っていたのは、黒いタイツを着用し、不気味に眼窩を夕闇に躍らせる、あの殺人鬼だった。それが歯茎をむき出しにして目を赤く光らせている。
「な」
と勝馬は震える手で咄嗟に銃を構えた。だがその殺人鬼、岩本承平は不動の体型となる。勝馬は恐怖に震えていたが、それを見たとき、気でも触れたようににやりと笑い、銃を捨てガンをつける。この無防備な不良のガンつけに、髑髏の殺人鬼は一瞬驚いた表情を見せる。
「来いよ、岩本。不良の喧嘩ってのを教えてやるぜ」
完全に来いよベネット状態の勝馬に、岩本は殺人鬼そのままの冷たく不気味な雰囲気を出しながら、右手をタイツのポケットに入れて何かを取り出す仕草をした直後に反対側から手刀を叩きこんだ。だが勝馬はその手刀に身をよろけさせるも、次の瞬間、勝馬の腹部に渾身のパンチを叩き込み、そして次の瞬間左手で顔を岩本の右側から渾身のパンチを叩きこんだ。
「ぐ」
岩本が呻き、そのまま倒れそうになるのを足で踏みとどまる。そして勝馬を見た。そして口に手をやると赤い血をその掌に感じる。
(この少年、僕の攻撃を最初から受けるつもりだった)
岩本は驚いていた。勝馬は岩本の打撃を受けてフラフラしていた。岩本は再び構えを見せて今度は正面から勝馬に打撃を当てると勝馬はあっという間に仰向けに倒れた。
(な、なんだ。顔を自分で焼いても自分で刃物を入れても痛くないのに…なぜ痛いんだ)
次の瞬間、岩本は一瞬撃鉄の音を聞いて体をねじった。銃声とともに岩本の肩が散弾で飛ぶ。岩本は血みどろの肩を手で押さえると洞窟の中で銃を構える長川を見た。
「貸せ」
坂本が長川から銃を奪い取り、銃口を向けた時には森の中に岩本の姿はなかった。
「岩本。奴は手負いだ。仕留めてやる!」
と坂本は森の中に銃を向けるが、その時目の前で阿字が倒れているのを見た。
「阿字」坂本は倒れている仲間を一瞬見てから、敵を討つべく森の中に銃を向けたが、「ち」と舌打ちして銃を降ろした。
「坂本さん…」
突然背後から声がした。大森が呆然と立っていた。
「な、何があったんですか。俺小便中に落ちてて」熊男が混乱している。瑠奈が抱き起した阿字を、長川警部が揺するとため息をついた。
「大丈夫。生きている」
「勝馬君! しっかりいいい」都が勝馬を揺すり、千尋が「起きろよ。馬鹿」と喚くと、勝馬は「いてててて」と間抜け面を千尋に見せた。
「お前、岩本とやり合ったのか」結城が唖然とした顔で言った。
「無茶しやがって」と長川がため息をついた。
「だが奴の顔面に入れてやりましたぜ」勝馬が拳を見せる。
「お前の方がやられているじゃないかよ」と結城は呆れたように言う。
「ううん。勝馬君の大勝利だよ」と都はそう言いながらライトで祠の裏に置かれた鎖を照らした。
「さっきまであった錆びた鎖じゃなくて新しい鎖だよね。これ岩本君が置いていったものだよ」
都は鎖の前に立つ。
「多分岩本君は阿字さんと大森さん、それに勝馬君を倒した後、これで観音扉を封鎖して私たちを洞窟に閉じ込めるつもりだったんだよ。だけど勝馬君が戦ってくれたおかげでそれが出来なくなった。これはチャンスだよ」
都は長川と結城を見た。
「岩本君は多分村長と岩木って社長、そしてクリニックの黒木さんを殺しに来る。だけど岩本君は森の中で怪我をしている。見たところ車とかもない。私たちは車を持っている。それでターゲットの所に行けば」
「でも私らだけでどうやって止める」と長川警部。
「私たちの車は私と坂本の2台。標的は恐らく3人はいるぞ」
「ううん」都は長川を見た。
「物理的に止める必要はないよ。まず岩木社長を奴隷にされている人たちへの監禁の現行犯で抑える。その後で坂本さん。私たちがスマホで合図をしたら、黒木さんの身柄を押さえてくれるかな。この銃で脅していいから」
「いいぜ」坂本は銃を手にした。
「岩本が黒木を殺しに来たら俺が狩ってやる」
都は長川を見た。
「多分黒木さんに偽の診断書書かせたメールとかの証拠があるはず。それで黒木を押さえれば、栗原社長にも生きたまま罪を償わせることが出来る。つまり岩本君があの3人を殺す必要がなくなるんだよ。岩本君は頭がいい。先に私たちが行動が出来ればその意図を察して無理に事を起こすことはないと思う」
「奴の行動パターンから考えれば、それが最善だろう」
長川は言った。
「秋菜と高野、薮原は勝馬たちを頼む」結城はそういうと長川の自動車に乗り込んだ。坂本は「JKとメール交換なんて嬉しいね」と都とスマホでアドレスを交換する。
「千尋ちゃん」
都は不安げな千尋を車のドア越しに見た。
「大丈夫。私は」千尋は頷いた。都は頷いて車に乗り込んだ。
「岩本が乗り込んでいたら大変ですからね」秋菜が長川の軽と坂本のRVのトランクをチェックする。
そして2台の車は走り出した。
長川の軽自動車は田舎道を走る。
「やけに静かだな」結城は真っ暗な車窓を見た。
「電気がついている家が一つもねぇ」
「高齢化が進んで空き家が増えているからな」長川は運転をしていく。
「警部。急がなくていいから。いくら岩本君でも自動車を追い越せるはずがない」
助手席で都はそう言いながら胸を押さえる。真っ暗な狭い田圃道を車は走っていく。その時だった。ライトに突然白いワンピースの女性が現れた。
「あ、あいつ」結城がそう言った直後長川がブレーキを踏んだ。井上弥子は車に向かって軽く会釈すると、そのまま車の脇を通って行った。
「結城君も橋の所で見たの」と都。
「いや、俺が見たのは役場の近くの道路だよ。いきなりふっと出て来てな。勝馬の奴が『貞子だーーーー』とガチブルしていたから覚えているんだ」
結城はバックガラス越しにもう一度見ようとしたが、井上弥子はその姿を見せなかった。
岩木の農場の前に来た。家畜収容施設の横にある事務所に電気がついている。長川は車を止め、阿字の猟銃に弾を込めた。
「岩木社長は反社にいたことが県警の照会でわかっている。一応ここで待っていてくれ」
長川は車の外に出てふと生暖かい空気を感じる。空を目にやると雲が闇にかすかに見える。
「ヤバい、降ってくるぞ」
長川警部は猟銃を手にプレハブの事務所に近づき、窓からそっと覗き込む。そしてその目は見開かれた。
事務所の椅子に社長が頭に斧をめり込ませた状態で目と口を開いて死んでいた。ドアを開けて死体を見つめる。椅子から床に血がしたたり落ちていた。長川は結城と都のいる車に手を振って2人を呼び寄せた。2人もグロ死体に呆然とした。
「岩木社長に間違いない」と長川は不破が送って来た岩木社長の画像と死体を見比べた。
「死後30分以内ってところか」長川が死体をチェックしながら言った。
「遅かったか。岩本の野郎が先手だった」と結城。
「でもそれって変だよね」都は目をぱちくりさせる。
「岩本君は私たちと洞窟でやり合ったんだよ。だけど洞窟からここまで車で30分。と言う事は岩本君に殺人は不可能なんだよ。あらかじめ殺して洞窟に来ることも、洞窟でやり合った後でここにきて殺すことも出来ない」
「って事は奴の犯行ではないって事か」
と長川警部。都は考え込んだ。そしてすぐに「とにかく、PCチェックしないと」と都。
「駄目だ」と結城はガラステーブルを突き破ったノートPCを見た。
「社長が犯人めがけて投げたんだろう。壊れてやがる」結城は割れた基盤を指さした。
「とにかく監禁された被害者だ」
長川警部は走り出し、家畜飼育施設の中に入った。明らかに人間が入っていたと思われる檻がずらっと屋根の下に設置されている。
「何だこれは」長川が呆然とした。
「今の時代にアウシュヴィッツ作ったらこうなるんだろうぜ」結城は呆然としながら言った。しかし檻は空っぽだった。
「長川警部が役場に来ている事を知って、あの村長が社長に移動させたのかもしれないね」
都が長川の横でライトに檻の鉄格子を照らしながら言った。
「この中に与野典子や本田鮎奈も監禁されていたのか。あと八重子って子も」
結城は檻の中をじっとライトで照らしだす。その時、突然空間を覆う屋根にトタトタ雨が落ちる音が聞こえた。
「その可能性はあると思う」
都は施設の中央の台を見つめた。テーブルがT字に折り重なるように逆さにされ足に4つの手錠が引っ付けられている。そのテーブルの台の前にパイプ椅子が置かれていた。
「これ」都の声が震えた。小柄な女子高生はじっとそれを照らし出す。
「拷問をするためのものか」結城は戦慄する。
「違うよ」
都は言った。
「この拷問は大人の男の人が使うには小さすぎるよね。それにこれ、足を広げるように固定されている」
都の声が震えた。声が上ずっている。雷が鳴って拷問器具が浮かび上がった。
「多分、これに女の子の体を固定して、大勢で犯したんだよ」
都の体が震え、結城の腕に顔をうずめる。テーブルの股間の部分には血がしみ込んだ痕跡があった。
「薮原を連れてこなくてよかったな」
結城はため息をついた。
その時だった。
「都…こっちに来てみろ」
長川警部が呆然とした表情で都を見た。
「とんでもないものがあったぞ」
都と結城は長川に連れられて一番奥の檻へと向かう。そこには唯一誰かがいるようだった。だが近づくにつれ死臭が結城の鼻腔に届いた。中にいる人間は死んでいる。
しかし雷が鳴って檻の中が照らし出された時、結城竜と島都は目を見開いた。信じられないものがあった。
不破一志にスマホで見せられたレプテリアンの死体がそこにあった。檻の中で壁にもたれかかっている。目はくぼみ、口を開き、そこから液体が垂れている。おそらく衰弱死だろう。背後の壁には血文字で「栗原三郎」と文字が4か所、滅茶苦茶な字体で書かれている。
「な、なんだこれ」結城は譫言のように言った。
「何でこんなのが本当にいるんだよ」