少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

白骨洞殺人事件❹解答編

 

7

 

【容疑者】

・井上弥子(28):村の女性。

栗原三郎(47):村長

作間智信(51):役場職員

黒木勇(31):医師

岩木成喜(49):農園社長

佐藤守(28):農園幹部

・松本猛(29):農園幹部

・与野典子(19):役場職員

・本田鮎奈(21):役場職員

・不破一志(27):ルポライター

・坂本京(45):ハンター

・阿字伸介(36):ハンター

・大森回(39):ハンター

 

 南阿武隈村議会議事堂。

 女子高生探偵島都はゆっくりと演説台の前の赤いじゅうたんを歩いた。

「まずこの事件で注目したいのは今私が歩き回っているここ」都はスニーカーで赤いじゅうたんをとんとんした。「この場所で村民に見せられたレプテリアンとされる人間。顔面をそぎ落とされる事で爬虫類に見せかけられた人間だったんだけど。その人があの家畜飼育場の檻の中でひたすら村長の栗原三郎、今村長席で死んでいる人の名前を書いていた。不破さんが見せてくれたビデオの内容から、このレプにされた人は自分を議場で連れまわした村長を告発するために名前を書いたんだと思ったんだけど、考えてみればそれは変なんだよ」

都は議場で結城、長川、坂本を見つめた。

「被害者のレプが誰も農場からいなくなったあとにこのメッセージをこの農場に来る警察とかに残したという可能性は、レプの人の死体が匂っていた事から死亡推定時刻的に考えられない。仮に死亡推定時刻が私が見つける直前だったとしても、村長の名前を何度も書く体力があるなら、俺をこういう風にしたのは村長だーとでも書けばわかりやすいんじゃないかな。となると、このダイイングメッセージは家畜施設に見張りがいた時に書かれていた事になる。でも村人はみんな議会で村長にこれを見せられたわけだから、書くなら『俺は人間だ』とかじゃないかな」

都は長川警部を見た。そして言った。「つまりこの村長の名前は、告発の為にかかれたものではない」

都の言葉に長川は「どういうことだ」と都を見た。都は頷いた。

「そして、みんな村長の味方なのに、敢えてレプにされた人が村長の名前を書いた理由。多分レプにされた人は衰弱していく中で、こう言いたかったんだよ。自分は村長の栗原三郎だって」

結城と長川、坂本の目が見開かれた。結城は驚愕の表情で議会の村長席に座る首のない死体を見た。

「ちょっと待て。それじゃぁ、役場で俺たちが見たのは」

結城は声を戦慄させたまま都に視線を戻した。都は頷いた。

「私たちが見たあの栗原三郎村長こそが、岩本承平だったんだよ」

都は言った。彼女はゆっくり農園であったであろうことを回想する。

「村長は本物の岩本にレプにされていた。そしてあの飼育施設で必死で自分は栗原だと訴えたんだと思う。でも声帯も潰されて出せず、いくら栗原というこの村の絶対権力者だと見張りの人間に訴えても、見張りの人間もそれを本気にしないで笑っている。そういう絶望の中で栗原村長は死んだんだと思うよ」

「ちょっと待て。それじゃぁあのレプビデオが撮影された時点で、岩本は村長と入れ替わっていたのか」

長川警部が素っ頓狂な声を上げる。都は「うん」と頷いた。

「ちょっと待て」坂本京は声を低くする。

「つまり最近次々発生した行方不明事件は、村人や村長によるものではなく…」

「岩本君がやった事なんだよ」都は坂本を見つめた。

「これこそがこの事件で岩本君がやろうとしているトリックの一番なんだよ。もし栗原村長が入れ替わってなかったとしたら、村の奴隷にされている人の存在や洞窟の中の白骨の事を告発しようとしたり、村のあり方に疑問を持ったり、村長はおかしいと思う村の人たちには消えて欲しいと思うよね。そしてその入れ替わっていなかった場合の村長の考えと、入れ替わった後の岩本君のニーズが一致している事を、岩本君は最大限に利用した」

都は両手の人差し指を立てて、それを顔の前で並べた。

「多分栗原村長は村の農作業を外部から連れて来た人を奴隷にしてさせることで村を豊かにして、村人から支持を得た。そして反ワクチンとQ陰謀論で村人を洗脳していったんだよ。そしてそれを岩本君は利用した。岩本君は村長を襲って顔の皮膚をはぎ取って自分が村長に変装し、村長の顔を爬虫類みたく肉をそぎ取り、レプテリアンに仕立て上げた。そして実際のレプテリアンを見せる事で村人にQの陰謀論を信じさせるように仕向けたんだよ」

「だが岩本は漫画みたいに変装がうまいわけじゃない。それにQ陰謀論の連中はゴム人間とか信じているんだろ。岩本が成りすました村長なんて、誰かが気づくだろ」

と長川。

「そうじゃない確信が岩本君にはあったんだよ」都は言った。

「Q陰謀論アメリカとかイギリスでも信じている人はいるけど、実際に爬虫類人間を見た人は誰もいない。でも岩本君は栗原村長に成り代わる形で、村議会と言う場所でレプテリアンの存在を村人に見せつけた。そのインパクトによって栗原村長は自分の容姿を村人に上書きしたんだよ。まず村人はレプテリアンに注意が向く。そしてそのあと村長がちょっとくらい変わっていたとしても、二段階の認識で気が付かない。そして村人はQの陰謀論が事実だと確信し、岩本君が変装した栗原村長を崇拝するようになるって事だよ」

そこまで言って都は下を向いて言った。

「本当に大胆不敵だよ。日頃からゴム人間ゴム人間と言っている人たちの前に自分が変装した状態で現れるんだから。そして奴隷とか村全体がQになるとかそういう事に反対した人は例え子どもでも消えていく。そんなことになっても、村人は自分たちの秘密を告発させないように栗原村長が邪魔な人間を消していると思い込んだ」

「しかし赤ちゃんが消える事件はどう説明するんだ。いくら何でも自分の赤ちゃんが消えたら騒ぎ出す村人も」結城が信じられないという表情で都に聞くが、代わりに答えたのは長川警部だった。

「いや、そうとは限らない」

「どういうことだ」と長川を見る結城。長川は話を続けた。

「子供が消えるって親にとっては普通は世界が終わるくらいの出来事だが、自分の陰謀世界が大事な人間は、自分の子供が死んだり消える事でさえ、自分の考える世界が正しかったと、受け入れちまうケースもあるんだ。輸血拒否とか教祖の性暴力を受けている子供を助けない親とか、カルトとかはそういう事例は結構あるぜ」

長川の言葉に都も話を続ける。

「そして村人は赤ちゃんが消えている事も、ディープ・ステートだっけ? 子供を誘拐する組織が暗躍しているという陰謀論の根拠として受け入れるようになってしまった。でも、岩本君が典子さんや他の人たち、子供たちを誘拐した本当の理由は別にあったんだよ」

「なんだその理由って。岩本が典子さんを誘拐した理由は何なんだ」と結城。都は村長席に座っている死体を指さした。

「ヒントはあの死体だよ」

「あれ、君の話だと栗原村長の死体じゃないんだろ」と坂本が都を振り返る。都は頷いた。

「そう…多分体格が似ている別の村人の死体だよ。それに村長の服を着せてあるだけ。そして首がないのは何か私にミスリードをさせるためのものだと思ったんだけど」

都は結城をじっと見た。そして言った。

「そもそも岩本君の計画ではこの死体を私が見つける事は想定していなかったんだよ」

「何だって」と結城が口をあんぐり開ける。

「だってそうだよね。私たちがここにいるのは勝馬君が岩本君と闘って、洞窟を閉鎖する事が出来なかったからだよ。本当なら私たちは今でも骸骨がいっぱいの洞窟にいたはずなんだよ。この首のない死体は私の為に用意されたものでも、警察のためのものでもない。村人のためのものだよ」

都は結城に言った。

「別に私を騙す必要なんてない。ここに村長の死体があることは、『あの爬虫類型人間は村長ではない』って議会にやって来た村人に錯覚させるものなんだよ。思えば爬虫類型人間をこの議会で村人に見せたタイミングも考えつくされていた。誰一人行方不明者が出ていない段階でレプテリアンを見せつける事で、これを人間を利用した作りものだと思わせないようにした。だから自分が入れ替わった村長を岩本君は利用したんだよ。そしてその後の行方不明事件。何でこの村の良心的な人が誘拐されたのか。その本当の答えはただ一つ」

都は深刻な表情で結城と長川を見つめた。

「死なせないためだよ。そして岩本君がこの村で誰を殺そうとしているか」

都の言葉に結城と長川は全てを察し、目を見開き戦慄した。

 

 崩れ落ちた橋の向こうで、全身に火がついた人間が5人6人と崩れ落ちた橋から落下していくのを西野刑事は驚愕しながら見つめた。

 

 女子高生探偵島都はじっと結城を見つめて、村議会議事堂で事件の核心を言った。

「この村の村人、全員を岩本君は殺すつもりなんだよ」

「ちょっと待ってくれ」長川警部は息を整えながら言った。

「いくら岩本でも200人の村人を全員殺すなんて」

「そう」都は言った。

「いくら岩本君でも村人全員を短時間で殺すことは出来ない。だからこそ岩本君は村人同士で殺し合いをさせる計画を立てたんだよ」

 

 集落の道路で家が燃えている。斧や刃物で人間が殺し合っている中で、岩本は「ハハハハ」と楽しみながら歩いている。

 役場で黒木医師に黄色い声をあげていた老婆は生首になって目を見開いて地面に並んでいた。都たちの前に現れた男の子は「うわぁあああ、お母さん!」と泣き叫びながら隣人の男によって燃える家の中に投げ込まれた。別の男の子2人はトラックの荷台のシートに隠れていたところを、もう一人の男の子に包丁で刺され、その直後その男の子も斧で首が飛んだ。悲鳴をあげながら火だるまになって苦しむ人間、命乞いをする中、マチェーテで打ち殺される女性。死体、首のない死体、断末魔の悲鳴。炎に照らされた死体が散らばる道路を「はははは」と岩本は笑いながら歩く。

「楽しいなぁ」と岩本。

「特に自分の手を下さず、狂ったように殺し合いをさせるのが一番楽しい」

 

「どんなことを村人に吹き込んだのかはわからない」

議事堂で都は言った。

「でも闇の勢力とかレプテリアンとか子供を誘拐とかそういうことを本気で信じるようになった人間に殺し合いをさせる事は、岩本君にとっては簡単な事だと思う。だけどここで岩本君にとって予定外だったのは、不破さんの存在と坂本さんたちの存在だった。岩本君にとって坂本さんたちは無関係な存在。だから村にいて殺し合いに巻き込むことを岩本君は避けようと思った。そこで岩本君は典子さんが千尋ちゃんと友達だった事を利用した。典子さんが千尋ちゃんに電話をする時間を与えたのは、多分わざとだったんだよ。そして私にこの村に来るように仕向けた。私ならあの白骨の洞窟を見つけるし、それを坂本さんたちや不破さんも知ってついてくると岩本君は考えた。そして全員まとめて洞窟に監禁し、大量殺人に巻き込まれないようにした。多分長川警部が警察手帳を見せた事を口実に役場から電話をかけ、農場の岩木社長に罪のない奴隷にされた人たちを村の外に移動させ、橋を爆破した。レプにされた村長の死体を放置した理由は簡単。その死体がどうなろうがどうでもいいからだよ。」

都は声を震わせた。

 

 鈴木刑事がチェーンソーで壊れたドアを開けると、そこには大勢の奴隷にされた若者たちが檻の中から目をぎょろりとさせてこっちを見ていた。

「な、なんだこれは」

鈴木は顔を戦慄させる。

 

「そう」村の議場で都は深刻な表情で結城を見た。

「岩木社長、黒木医師が同時に別々の場所で殺された理由。そこにトリックなんてものはないよ。村人同士で殺し合った結果なんだから」

都はそこまで言って目を閉じた。

「都」

長川警部は都を見つめた。

「どうすればいい。私には何が出来る」

警部の声は震えていた。都はにっこり笑った。

「一つだけ、出来る事があるよ」

 

8

 

「一つだけ?」

長川警部が都を見つめる。

「そう」都は長川を見つめて笑った。

「洞窟に帰ろう。そして秋菜ちゃんや勝馬君、千尋ちゃんや瑠奈ちんを守ろう。岩本君なら典子さんたちは丁重に扱っているはずだから、大丈夫だよ、典子さんは生きているよって言ってあげよ!」

都は笑顔で笑った。

「それってこの村での大量殺人を静観しろって事か」

長川は信じられないという声で言った。

「私たちに今の状況を止める事は出来ない。それに考えてみて」

都は天井を見ながら言った。

「岩本君にとって、私たちがここにいる事は想定外。いつ私たちが大量殺人に巻き込まれてもおかしくはないんだよ。それにあの洞窟は今封鎖されていない。もし殺人者になった村人に襲われたら? それでも長川警部と坂本さんが力を合わせれば、洞窟の入口を守る事は出来る」

都は長川をじっと見つめる。

「それが今私たちが出来る事」

「しかし」長川は都の前に詰め寄り、すがるように都を見下ろした。都は優しく悲し気に笑いながら、議会の村長の席に座っている首のない死体を見上げた。

「あれがここに座っている事が村人のトリガーになったんだよ。首のない死体があそこに座っている時点で」

都は長川に悲しげに笑った。「私たちの負けだったんだよ」

長川は都を見てから結城と坂本を見た。

「すぐに洞窟に戻る。坂本さん、協力してくれ」

「わかった」坂本は頷いた。そして小さくため息をついた。

「俺は奴の温情の対象だったのか…」そして歯ぎしりした。「クソッ」

議事堂を出るときに、都はもう一度議会の席に座っている首のない死体を見つめた。

 長川と坂本の車は山道を走った。土砂降りの中、途中村の鳥居に人間の首つりシルエットが数体あるのが見え、さらに石段にカラスがたかりまくっていた。だが殺人集団となった村人に遭遇する事はなく、4人は白骨洞窟に戻る事が出来た。

「みんな無事か」車から降りた長川は雨の中洞窟に呼び掛けた。

「あああ、都さん、長川警部。待っていました」と勝馬が半べそ状態で出迎え、瑠奈が都に飛びつく。

「警部。村人が殺し合いをしてるって」

と秋菜が青ざめた表情で言う。だが彼女は都を認めると、岩本の置いていった鎖を手にして都に向かって頷いた。

「これで内側から鉄扉をふさぎましょう。そうすれば安全なはずです」

都は目をぱちくりさせたが「おおおお、秋菜ちゃん頭がいい」と感心していた。

「さぁ中に入るぞ」

結城は祠の前で燃え上がる遠くの村を坂道から見つめる勝馬を手招きした。

「ちょっと行っていいですかね」

勝馬は言った。

「駄目だよ」都は勝馬の服をぎゅっとした。

「殺し合いに巻き込まれて命が危険だとわかったから、私たちは戻ってきたんだよ。もし勝馬君がどこかに行っちゃったら、私も結城君も長川警部も危険な所に探しに行かなくちゃいけない」

都は勝馬を見た。

「俺と殴り合った奴が、人を殺すかもしれないんです」

勝馬はぽつりと言った。

「うん」都は優しく頷いた。「ありがとう、勝馬君」

そして都は勝馬の背中を押して洞窟の観音扉の中へと連れ込んだ。

全員が洞窟の中に入ると鉄扉の内側の取っ手を結城と坂本で鎖で固定する。銃を留め金代わりに差し込んだ。

「ふええええ」

都は洞窟の中で座り込んだ。そして千尋を見つめて優しく笑った。

「良かったね。典子さん、生きているよ。さっき県警に匿名の連絡が入って、鈴木刑事が近くにある建物に監禁されている典子さんたちを無事保護したって」

そこまで言って都は洞窟の天井を切なげに見上げた。そんな都を千尋は抱きしめ、それに支えられるように少女探偵は目を閉じ、脱力した。

 

 翌朝、日が高く上った晴れの下。

 警察のヘリコプターが役場の近くの田んぼに着陸し、大勢の機動隊員が田んぼを進んでいく。役場はサブマシンガンを装備した重装備の警官に警備されていた。その役場の駐車場で千尋は泣きながらスマホで典子にメールをしていた。それをなでなでする瑠奈の横で秋菜が丸くなって爆睡していた。それを役場の窓越しに見ているのは白いワンピースに黒髪の女だった。彼女は「ケケケケ」と笑った。

 

 北谷勝馬は集落の焼け落ちた家と道路に散らばる死体、電線にぶら下がる首吊り死体を呆然と見つめていた。都はその横に立った。勝馬はその適当な髪の毛に目を隠しつつ、涙が頬を伝っていた。

「雨が降って来たね」都は勝馬の横に立った。

「晴れですよ」と勝馬。都はまっすぐ前を向きながら言った。

 

地獄絵図が日の光に照らされる中、鈴木と西野が警官隊と長川警部の所に走ってくる。

「長川警部。本庁が英雄として警部を賞賛しています。非番の機転を使って高校生を守った英雄として」

と鈴木が敬礼した。

「それはありがたいね」長川は村の惨状を見てため息をついた。

「何人死んだ」

「171人が確認されています。おそらくまだいるかと。あの洞窟以外に村の中で生存者は確認されていません」

鈴木の返事に長川は上空の報道のヘリを見つめた。

「私を英雄にしないと、こいつを止められなかったと批判されるからな」

長川はそれから、村の道路に立ち尽くす小柄な少女の背中を見つめた。

 

 NHKの報道は村の上空からの映像を放送している。テロップには「死者183人。南阿武隈村大量殺人」「岩本承平容疑者・死刑囚が関与か」と出ている。それが夜の温泉施設の休憩室のテレビで流されていた。事情聴取が長引き、国道沿いのこの施設に朝までいる羽目になった。温泉施設は未明になり、休憩室の電気も最小限になっている。都は「おトイレ―」とトコトコフラットチェアから起き上がった。結城はスマホをチェックした。Twitterのトレンドには「南阿武隈村」「183人」「大量の人骨」「岩本承平」「爬虫類」という文字が躍る。

 トイレが終わって自動販売機の前に立った時だ。都の背後からふっと骸骨が浮かび上がった。髑髏のような殺人鬼が都の背中にいる。

「どうでしたか。僕にとっても一世一代の仕事でしたが」

岩本は都に囁いた。「私があれを喜ぶとでも思うのかな」

都は言った。

「思っていますよ」岩本は囁く。

「だって都さん。君は嬉しいはずだ。千尋さんの大切な友達が犠牲にならなくてよかったって。大勢の弱者を奴隷にし、虐殺してきた村人190人の死よりも、君はそのことを喜んだはずだ。そうでしょう」

「そうだよ」都はあっさりと言った。

「あんなひどい事をした人たちよりも、私は友達が助かって嬉しかった。多分千尋ちゃんたちに何かあれば、あの村の死体を見るよりも、私は悲しかったと思う」

都はじっと自販機のイチゴミルクを見つめる。

「でもね」都は言葉を紡いだ。

「だからこそ私は岩本君を許さない」

自販機の光に岩本の髑髏のような顔が浮かび上がる。

「誰だって誰かに死んでいい人間だと決めつけられて殺されたり傷つけられたくない。私だってそうだよ。私の推理で大切な人が逮捕されて、人生が変わっちゃった人だってたくさんいるし、私の推理のせいで傷ついている人はいっぱいいる。私がいくら自分の考えだって言っても、私のせいで傷ついている人はいるんだよ」

都はまっすぐ前を向いて言った。

「岩本君だってそうだよね。坂本さんから教えてもらったよ。岩本君の小学生の時の同級生に、いたんだよね」

都はじっと前を見ながら言った。

「私が推理で自殺させてしまった人」

岩本は何の反応もしなかった。

「私を許せない人はいっぱいいる。私は大勢の人を助けた正義の名探偵なんかじゃない」

都は言葉を続けた。

「そして私の大切な友達の中にも、勝手に他人から死んでいい人間と言われ、殺された子もいる。私のお母さんも。私は何もできなかった。だから私は許せないんだよ。他人の命を勝手に決めて、殺す人と殺さない人を勝手に決めてしまう人は…」

「都さん」

岩本は言った。

「僕は別に君のせいで彼女が死んだとは思っていない。僕を逮捕させたのも、あの人を推理で追い詰めたのも、君は君の立場でやることをやったに過ぎない。ただ」

岩本は声を低くした。

「僕が君に逮捕されていなければ、僕はあの人を死なせなかった。あの人を殺人鬼にしなかった」

「岩本君」都はふっと振り返った。岩本の姿はなかった。

(これで、あいつらに殺される人間はいなくなる。あいつらの為に殺人者になる人間はいなくなる)

岩本の思念を都は感じるように辺りを見回した。そして胸をぎゅっと抑えた。

「わかった、それなら私も岩本君への責任を取らなくちゃいけないね」

都はじっと暗闇を見つめた。

「岩本君が誰かに人を殺させないようにするために、人を殺し続けるなら。私だって岩本君に人殺しをさせないために、岩本君を絶対に捕まえる」

都の目はキッと温泉施設の誰もいないロビーの暗闇を見つめた。

 

「大丈夫だよ。執行猶予、執行猶予。ちょろかったぜ。本当は俺ら10人近く殺しているんだけどな。ベトナム人とか」

と都市部を走るタクシーの後部座席で佐藤守スマホで笑った。

「で、あいつ貸してくれるかな。金」と松本猛はため息をついた。

「あいつが俺たちの授業員だったの。10年も前だろ」

「大丈夫だって。貸してくれなければ殺しちまえばいいんだから」と佐藤は笑った。

「それで岩本のせいにでもすればいいさ」邪悪に笑う佐藤と松本。

 その時、人気のない公園の前でタクシーは急停止した。

「10人近くですか…大したことありませんね」

と運転手は小さな声で言った。

「なんだおっさん」松本がガンつける。だが運転手は動じなかった。

「僕が殺したのは859人ですよ。最も」

運転手が振り向く。そこには焼けただれ髑髏になった顔があった。

「もうすぐ861人になるのですが」

佐藤と松本は驚愕し、恐怖した。

 

おわり