密室の岩本 事件編
1
都はふと目を覚ました。自宅のアパートの炬燵からのそのそ出ると、キッチンでお母さんが味噌汁を試飲している。
「お母さん」
都が目を見開くと、お母さんが振り返った。そこには窪んだ眼窩、むき出しの歯茎、殺人鬼の岩本承平がそこにいた。都は目を見開いた。
次の瞬間、都の周りには大勢の人間の全裸の死体が転がっていた。赤い光に包まれた背景で、エプロン姿の岩本の骸骨のように溶け堕ちた顔が都を見つめていた。
「都さん。人間の命の大切さなど空想なのです。人の命を弄んだ連中は、苦しみと死で贖わなければいけません。大量殺戮の始まりです」
「ぬあびやー」と都は学校の椅子から仰向けにひっくり返った。
「あ、帰還した。ちゃんと友達にノート見せてもらえよ」
眼鏡の教師はそう言って板書を続ける。
眼をぱちくりさせる都を高野瑠奈という黒髪ロングの少女は見つめた。
「なんか随分うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
と購買焼きそばパンを机で食べながら瑠奈がホットケーキパンを食べる都を瑠奈が見つめる。
「あ、うん。ちょっとお母さんと岩本君の夢を見ちゃって」
「そ、それは微妙な組み合わせね」と瑠奈は返答に困惑する。
「それで岩本君は私の前でたくさん人を殺し始めるんだけど、私は止められないんだよね。ふえー、一昨日はパフェで出来た山にトンネルを作るためにひたすらパフェを食べる夢だったのにー。ここ最近は岩本君の夢ばかり見るよー」
都は力なく机に顔をうずめる。瑠奈はよしよしと都の頭を撫でた。
「それで都はこんなことをしているのか」
結城竜は探検部の部室のベッドに座禅を組んで「パフェを食べるぞ、パフェを食べるぞ、パフェを食べるぞ…」と前衛的な念仏を唱えているのを見てため息をついた。
「こうやってマントラを唱えれば都は確実にパフェを食べる夢を見られるよ」
と薮原千尋が指導している。
「なんで勝馬もやっているんだ。あいつ甘いもの好きじゃねえだろ」と結城。
「一緒に頑張りましょうって熱く都と固い握手を交わしていた」
と瑠奈。
「馬鹿正直な奴だよ」と結城。
「でも最近岩本のニュースは聞かないね」と瑠奈。
「そりゃそうさ。あいつは基本的に劇場型犯罪なんて興味はないからな」
結城はパイプ椅子にどっと座る。
「前に都とやり合ったのは標的を特定するため。あいつが都や警察に殺人予告をするのは何かしらの目的がある時だけだ。あいつは多分社会が認識していない場所で殺人を続けているだろうな。あいつは殺したい奴を殺す事だけは我慢できない奴だ」
結城は真剣な表情で天井の蛍光灯を見た。
同時刻-。
「全く、何度見ても虫唾が走る」
暗い部屋でパワーポントの画面に映し出される、レイプされて苦しむ若い女性の姿を見ながら、髑髏のように溶け堕ちた顔面の殺人鬼は食べていたウインナーとサイコロステーキ肉のセットの最期の一切れを口に入れた。リモコンで画面を閉じると
「貴方の無念は確かに受け取りました。こいつらは一人残らず死罰を与えます。貴方のような人をこれ以上出さないために」
青いパワーポイント画面に不気味に照らし出される殺人鬼、岩本承平の顔。
「大量殺戮の始まりです」
1週間後。茨城県警本部-。
「ここが長川警部のアジトか」
都が県庁の横の立派な建物を見上げる。
「アジトって何だよ」
結城は突っ込みを入れる。「茨城県警の中枢だぞ」
「つまり非常時にはここの広場が左右に開いて、長川警部が発進するんだね」
都が県庁前の広場のタイルを靴でてしてししながら言った。
「師匠、ひょっとして長川警部は事件現場に現れる前に毎回こうやって発進していると思っています」
と結城秋菜がため息をつく。その時長川朋美という女警部が「よ」と2本指で挨拶する。
「悪いね。退院早々足労をかけちまって。高野さんたちにはもう聴取は終えたんだが、検察が都も県警に呼べってうるさいからな」
「まぁ、冤罪防ぐためだし、正しい裁判の為にも必要だからな」と結城。
「それに長川警部が4段重ねのアイスが乗ったパフェを奢ってくれるって言っているし」
都はでへへへへと幸せそうに笑う。
「そんな事、私言ったか」
長川は結城に耳打ちした。
「都、LINEで4段パフェの写真アップしたろ。キラキラを20個くらいつけた感じで」
結城は長川に言った。
「あれに警部はなんて返した」
「確かグッドを返したな」と女警部。
「つまりあれは腹をすかした都が本能的に送る『これ食べたいから誰かご馳走して』の意味なんだよ。それに警部はグッしちゃったから」
との男子高校生の指摘に長川は「マジかよ」と都を見ると、都はお花畑で踊っていた。
「あー、都…」
「何、警部」幸せそうな小柄なショートヘアの美少女。
「…何でもない。美味しく食べてくれ」長川警部はがっくり項垂れた。
首から入館証を下げて清潔な廊下を歩く都と結城と秋菜。その時だった。
「長川」
突然髭の小男がスーツ姿で廊下から走って声をかけた。
「どうしたんだ。山喜」
警備部警部の山喜連(35)に長川が声をかけて来た。
「岩本が、岩本が殺人予告を送ってきたんだよ」
「何!」長川の目が見開かれる。都は表情を硬直させた。心臓の鼓動だけが流れていく。
「この件は警備部の仕事ではあるが、刑事部でも岩本とやり合ったお前とかに出て欲しいって事だ。すぐに出張るぞ」
「標的は」長川の問いに山喜は振り返りざまに言った。
「ベンチャー企業社長、黒瀬哲也の自宅だ」
山喜が走り去るのを見て、「悪戯とかじゃねえのか」と長川が呟いたが、都は真剣な表情で長川を見た。
「警部行こう」
「まさかびっくりだよ」
県警の鑑識課の部屋で鑑識の加隈茉莉也という牛乳瓶眼鏡の女性が言った。
「私もどうせ悪戯だと思ったけど、まぁ有名人100人に岩本の名前で殺害予告を出しているアホがいたものだから、徹底的にDNAを調べた。そしたら今日科捜研から間違いなく岩本本人のDNA検出って出てさ。今県警はてんやわんや・・・・そうそう…。予告ではこう書かれていた、今日の20時…つまりあと40分後きっかりに岩本は黒瀬って社長を殺すと予告しているって事」
「ありがとう」
と長川はエレベーターの中で電話を切った。
「岩本のDNAが殺人予告の紙面から検出されたそうだ」
長川は都と結城を見た。
「岩本が出した奴で間違いないという事か」
結城がそう言ったときにエレベーターのドアが開いた。廊下に出ると
「我々は査察の許可を得ている。いかなる妨害も許されない」
と怒号が飛んできた。大勢のスーツの人物が段ボールを持って喚いている。
「事情が変わったんだ。今我々は殺人鬼の岩本承平から対象を警護している」
ガスマスクをつけた警察官の富岡省吾(38)が機動隊のシールドを査察官に向けている。
「おい、どうしたんだ」
長川警部が怒号の中に割って入る。
「私は県警捜査一課の長川だ。オタクはどこの人間」
と長川は警察手帳を査察官のリーダーの男に翳した。
と大村正和(44)が細目でいかつい顔で長川に強制査察の強制調査差押令状を見せる。
「なるほど。マルサって奴ですか」
長川が令状をしげしげと眺める。
「この紙が有効なのは1日だけなんですよ。ですから我々は徹底的に捜査し、黒瀬氏の脱税の証拠をあげなければいけない」
大村はかなりイライラしていた。
「どうしてこの黒瀬って人が脱税しているってわかったの?」
都は大村を目をぱちくりさせて見上げる。
「なぜ君みたいな子供に話さなくてはいけないんだ。大体君は誰だね」
「捜査協力者です」
と長川は言った。
「ですが、私も聞きたいですね。刑事として」
と令状にずいっと警察手帳を押し付ける。
「情報提供があったんですよ。匿名の。ですがかなり手堅い証拠資料だったのですぐに裁判所に令状を出してもらいました」
「その匿名情報提供者って」
結城がじっと大村を見る。
(岩本がこの国税局査察官の中にいるのか)
長川はスーツ姿の男たちをじっと見つめた。その時だった。大村の部下が携帯電話を取り出して電話に出た。何か話しているようだったが、「え」と驚いた様子で大村にスマホを渡す。
「チーフ…」
大村が電話で何か敬語ながらも強い口調で確認している。その時マンションのドアが開いて山喜が出てきた。
と長川を見た。
大村は電話を切ると苦々しく長川と山喜を見つめた。
「人命優先って事だ」と山喜。
「拘置所の方がまだ安全だろう」と大村は言うと廊下を部下とともに歩き出した。
「霞が関が動いちゃったか」
長川はため息をつくとマンションの中に入った。
リビングで青年実業家のロン毛眼鏡。黒瀬哲也(28)がソファーに座って震えていた。
「殺される。岩本に殺される…」
黒瀬は頭を抱えてガタガタ震えていた。その横で若くてスタイルのいいセーターの女性黒瀬杏南(21)が「大丈夫よ、あなた…」と肩を支えようとするが、黒瀬は「触るなぁ」と喚いた。
「カーテンでも開けたらどうです」と山喜がカーテンを開けようとするが、黒瀬は「開けるなぁ」と声をあげて頭を抱えた。
「大丈夫ですよ」
山喜は外を見た。
「ここは水戸駅前のタワーマンションの最上階。駅前では一番高い建物ですし、狙撃は不可能ですよ」
「それに岩本なら狙撃と言う手段は使わない。奴は殺す人間に一瞬の死なんて与えませんからね」
と長川はソファーに座って黒瀬に正対する。
「あんた、何をやったんですか。岩本に狙われるって事は何か相当やらかしているはずなのですが」
「Twitterでの発言が原因でしょう」
と黒瀬はガタガタ震えながら長川を見つめた。
「まぁ、随分とパリピアピールをした挙句、知的障碍者はいらないから家族が殺処分すべきとか、LGBTは動物園に入れとかいろいろ言っていたみたいですが…それくらいじゃ岩本は人を殺しません。ともすればあなたと同じ動機でまた別の誰かが殺されるかもしれないんですよ」
黒瀬はすっぽを向く。長川は話を続ける。
「奴が予告殺人をするのは珍しい事です。何かわけがあるんです。貴方が何も話してくれないと私たちは貴方を守れない」
しかし黒瀬は長川を見た。
「大丈夫ですよ。このマンションにはガスマスクの警察官が2人見張っているんです。私を殺すなんて出来はしない。ましてやあと1時間で」
「1時間…」
長川の後ろで結城が呆然と言った。
「確かに、完璧な警備だよ」
都はじっと前を見た。
「だけど岩本君はこの警備を突破して黒瀬社長を殺す手はずを整えているんだよ」
「師匠もお兄ちゃんもずるい」
結城秋菜は夜のマンション前で地団太踏んでいた。
「岩本が来るなら、なおさら私の空手が役に立つのに。こうなったら絶対外から侵入する怪しいやつを見つけてやるんだから」
「お嬢さん」
突然秋菜は大柄のコートの男に声をかけられた。秋菜は知らなかったが大村大和査察官だった。
「君中学生だろう。早く帰りなさい」
と大村はそういうと再びマンションを見上げて携帯電話を耳に当てた。
「刑事さんかな。もしかして岩本…」
秋菜がそう思ったとき、ふと空手少女は殺意を感じて振り返った。そこに立っていたのはフードの男。そのコートの間で一瞬ナイフが光った。
2
「黒瀬を殺す手はず…だと」
結城が都を見る。
「山喜警部。間違いなく予告状から岩本君のDNAが出たんだよね」
都は山喜連警部を見つめる。
「ああ」山喜は都を見る。都は考え込む。
「岩本君は殺すと予告した人間は必ず殺す。でもここで気になるのは」
「なぜ奴が今回殺人予告を出したかだな」結城は言った。
「ど、どういうことだ」
恐怖で頭を抱えながら黒瀬社長は都を見る。
「世間一般のイメージとは違って、奴は本来殺人予告は出しませんよ。むしろ標的をいきなり誘拐し、いたぶりぬいて殺すのが奴の趣味ですからね」
と長川は代わりに言った。
「殺人予告を出したのには何かしらの理由があるんですよ。あんたを人知れず誘拐して拷問にかけて殺す事よりも優先する何かが」
「何のことだ…」
と黒瀬は首を振る。だが長川はここで切り札を出してきた。
「今部下に調べさせたんだが、あんたの部下が1人、岩本に殺されているよな。1か月前に」
「な、何のことだか」
と黒瀬がキョドる。
「それ、本当か」
結城が長川に聞く。
「ああ、その事件では犯行予告は存在しなかったが、殺されたこいつの部下の死体に封筒が添えられていて、岩本からのメッセージが存在したんだ。命を頂きましたってメッセージが、被害者の血で書かれた状態でな。そしてその封筒の唾液からも岩本のDNAが検出された」
長川は返事をした。
「前の事件と今回あんたが狙われた事件。無関係じゃないはずだ」
長川に詰め寄られても、黒瀬は頭を抱えたままだった。沈黙が流れる。
「警部…それだけじゃないよ」
しばしの沈黙の後に都は言った。
「岩本君が殺害予告を出した事自体は前にもあったよ。でも何時何分きっかりに誰かを殺すなんて予告を出したのは多分初めてじゃないかな」
「そういえば…」
長川は都を見て目を見開いた。
「なんで岩本君は今回では殺害の時間まで予告してきたんだろう」
都は考え込む。
その時だった。女警部のイヤホンががなった。
-警部。今マンションの下でナイフを持った男を確保!
鈴木の声だった。
「岩本か?」
-いいえ、岩本ではないようです。何やら喚いていて。
長川の耳に「俺は岩本を殺す、娘の敵を取るんだぁ」と泣き叫ぶような悲鳴が入ってくる。
「了解。男を逃がすなよ。すぐ行く」
長川警部はそういうと立ち上がりながら、都と結城に「お前らはここに」と言って部屋を出て行った。ドアを開けたとき、長川は特殊部隊の富岡に「異常はないか」と敬礼しながら聞く。
「異常はありません」富岡は不動の姿勢で答えた。
「大人しくしろ!」
マンション近くの美術館前の公園で長川警部の部下の鈴木刑事と西野刑事が中年のバーコードの男性を取り押さえていた。その顔面には秋菜の空手技が見事に決まって鼻血が噴き出、秋菜は深呼吸をしている。
「離せぇ! 俺は岩本を殺すんだ!」
とバーコードヘアの男性は泣き叫ぶ。
「おう、大丈夫か」
長川が走ってくると鈴木は長川にナイフを見せる。
「秋菜ちゃんの顔面蹴りで確保に危険はありませんでしたよ。秋菜ちゃんがこれを懐に隠しているのを見たって」
「秋菜ちゃん、お兄ちゃん言ってたよな。家に帰れって」
長川は秋菜の頭をポンポンすると鈴木の西野に抑え込まれた藻掻くバーコード頭の後ろ手に手錠をかける。
「殺人予備で現行犯逮捕って事でいいよな」長川は手錠をかけたバーコードを座らせると、上着のポケットから財布を取りだして免許証を確認する。
「輪島尊人さん。今日はどういった理由で岩本を殺そうと思ったのですか」
長川は輪島尊人(49)を見る。
「娘の敵だ。岩本が娘を殺したんだ!」
「岩本が娘さんを殺した」
と長川。
「娘は社長の上司にレイプされた…それを訴える決心をした矢先に…岩本が娘を殺したんだ」
輪島は号泣した。
「ひょっとしてあんた、埼玉県で3か月前に26歳の女性が殺された事件の遺族か」
長川は輪島の肩に手をやった。
「ああ、そうだよ」
輪島はガタガタ震えるように言った。
「娘はダウン症で顔が膨らんでいて、美人とは言えない顔だったのかもしれない。だが決して岩本に殺されるような事はしていない…」
輪島は頭を抱えて号泣した。
「岩本に…岩本に殺されてから、インターネットで娘の事を書かれた。あの顔でレイプされるはずがない。きっとハニートラップに違いない。岩本が罰を下したのがその証拠だって…」
「わかった…。もう一つ聞かせてくれ」
長川は言った。
「なんでここに岩本がいるって知っている」
「匿名のメールが来たんだ」輪島は頭を抱えながら言った。
「多分警察の関係者だと思う…私を憐れんで教えてくれたんだ。ここで待っていれば岩本が現れるって」
(どういうことだ…)
号泣する輪島を見ながら長川は思案した。そして
「西野、お前は秋菜ちゃんを送って行ってくれ。私と鈴木はこいつに所轄でいろいろ聞くことがあるようだ」
マンションでは富岡警部補が目の前に白衣の老人と大柄な背広姿の男がやってくるのを見とがめた。
「申し訳ありませんが、今重大事件につき、このマンションの部屋は封鎖されています」
「黒瀬社長が岩本っていう殺人鬼に狙われているんじゃろう。わしは社長の主治医の安藤じゃ」
医師の安藤春彦(73)が「それでこちらは」と振り返ると、2メートル近い大男が黙って警察手帳を見せた。
「佐渡島…」
マンションの中から出てきた山喜が憎々し気に警備部警部補佐渡島照弘(45)を見上げる。
「何をしていたんだ」
「岩本が安藤医師に接触して何かやらかさないか心配だったので、ずっと安藤医師の警護をしていたんですよ」
と佐渡島はどんよりとした暗く不気味な目つきでじっと山喜を見つめた。
「貴方。先生がいらっしゃったわよ」
と黒瀬杏南が安藤医師を連れてくると、安藤は黒木の腕を消毒して注射をした。
「だ、大丈夫なのか」と結城が声を出すと、山喜警部は「大丈夫だ。佐渡島刑事が岩本が接触しないよう警護していたからな」
「それにこの鎮静剤は私が肌身離さずに所持していたものだ。すり替えたりなど出来んよ」
と安藤が注射針を抜くと、黒瀬哲也は「ふー」とため息をついた。
「少し奥の部屋で休ませてくれ」
「では私が部屋の安全を確認しましょう」
と佐渡島警部補が立ち上がる。
「あ、じゃぁ俺らも」と結城が立ち上がろうとするのを佐渡島警部補は静止した。
「君らはリビングで待っていたまえ」
佐渡島が言う。
「君らのような部外者を入れて部屋の中に何かを仕掛けられでもしたら洒落にならない」
まるでフランケンシュタインのような雰囲気で佐渡島は結城をじっと見た。
「その前に」
都は佐渡島の前に立った。
「君は確か前の岩本承平事件の際に奔走してくれたという女子高生探偵」
佐渡島が無表情で見下ろした。
「一応、岩本君じゃないことを確かめさせて貰えますか」と都。
「いいですよ」佐渡島はそう言って都に顔を近づける。都はみにっとほっぺたを引っ張った。
「違う…」
「それは何よりです」佐渡島は無表情で言うと立ち上がり「さぁ、行きましょう」と黒瀬杏南に支えられる黒瀬哲也を誘導するように奥の部屋へと消えた。
「どうだった」
結城は都の後ろから声をかけた。
「中の人はいなかったよ。今この部屋にいる人で岩本君に成りすませる体格の持ち主は佐渡島さんだけ。黒瀬杏南さんは女性だし、安藤先生はおじいちゃん、山喜警部は背が低いから」
と都は結城を振り返る。
「ただ前の事件では岩本に利用される形で殺人をやらかした奴もいるからな。殺害の実行犯が岩本とは限らない」
結城は都の後ろから閉じられた廊下の扉を見る。リビングでは山喜がイライラしたように歩き回る。
黒い影がにやりと笑った。
-殺人の準備は整った-
やがてリビングに佐渡島と黒瀬杏南が戻って来た。
「少し座ってもよろしいですか」
黒瀬杏南はソファーに座り込んだ。
「あと、3分ですね」と杏南がため息をつく。
「ご安心ください」山喜警部は声を出す。
「外には2人の特殊部隊の警官、そして部屋には我々2人の警察官が見ているんです」
「しかも、先ほど部屋にご主人がカギをかけた」と佐渡島警部補が言う。
「この部屋は鉄壁の密室で守られているんです」
「ええ」と黒瀬杏南が声を震わせる。医者の安藤も不安そうに部屋を見回した。
都は壁の前に立ってじっと考え込んでいる。
(考えてやがる)結城は都の緊張した表情を見つめた。
(奴がなぜ今回殺人予告を出そうと考えたのか、そしてなぜ時間まで示したのか、その答えがまだ出ていないんだ)
結城は都の緊張した表情をじっと見つめる。
(おそらく岩本はこの密室を突破し黒瀬を殺す方法を既に考えてやがる。そして都は岩本を阻止するためにはこの理由を解き明かす必要があると考えているんだ。この状況、完璧な警護のはずなのに、むしろ奴の計画通りの舞台なんじゃないか)
そんな緊張下のマンションをじっと見上げるマルサの大村正和。
マンションの部屋では時計の針が進んでいく。19:59、45秒、50秒、55秒、58秒、59秒…。
突然耳をつんざく音が聞こえて来た。全員が立ち上がる。
「銃声!」
結城が声を上げた。
「佐渡島!」山喜警部が拳銃を手に廊下のドアを開けて黒瀬社長の部屋のドアをノックした。
「黒瀬社長、黒瀬社長!」
山喜はドアを叩くが内部は無反応だった。山喜はドアに体当たりしてぶち破り、そして拳銃を構えて部屋の中に岩本がいないか確認する。
床にはペルシャじゅうたんに血が飛び散り、その中心を頭に黒瀬社長がうつぶせで倒れていた。
「黒瀬…」
結城が驚愕する。
「駄目だ。頭に銃弾を食らっている。即死だ」
山喜が髪の毛の中などをチェックする。その直後だった。
(馬鹿な…いったいどうやって)
結城は驚愕する。
「そんな…そんな…」と黒瀬杏南が口に手を当てると「フハハハハ、フハハハハ」と笑い出した。
「やっと死んだ。岩本様信じてた」
結城はそれを見ながらあっけに取られていたが、直後に突然佐渡島が「全員動くな。手をあげろ」と廊下にいた全員に拳銃を向けた。