殺戮湖畔殺人事件❺【解答編】
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【容疑者】
小柳慶喜(36)もみの木教会教祖
石橋祐輔(35)信者。会社員。
石橋秀子(33)信者。石橋の妻。
古市淑子(47)信者。
古市寛子(15)古市敏子の娘。
小沢智弘(58)少年自然の家管理人。
飯田由利(22)少年自然の家スタッフ
車崎誠太郎(31)少年自然の家スタッフ
女子高校生探偵は一同を見回して言った。
「この中で唯一踏み絵を踏んだのは飯田由利さん、あなただけです」
都に言われて飯田は目を見開き、そして「ちょっと待って、そんな踏み絵でなんで私が犯人に」と声を上げるが、都はきょとんとした表情で言った。
「落ち着いてください。私は別に飯田さんが犯人だなんて言っていません」
と言った。
「でも君は踏み絵の結果で犯人がわかると」小沢が聞くと、都は
「うん、でも私は誰が踏んだか踏んでないかでわかるとは一言も言ってないんですよ。飯田さん。ちょっと自分が踏んだ絵とそこに立っている教祖様を比べてくれませんか」
「う、うん」
飯田は足形のついた教祖の絵と目の前になっている小柳慶喜を見比べた。
「ちょっと待って! この人教祖じゃない」
「そう、私の友達の福島県警の刑事さんの顔に千尋ちゃんがペイント機能で法服と髭と眼鏡をつけてくれたんだよ」
都は言った。
「製作時間15分。でも寛子さんも石橋さんも見事騙された」
「な、何で」飯田が声を上げる。
「教祖だからですよ」結城は飯田を見た。
「信者にとって小柳教祖は絶対的存在。その存在を疑う事も否定する事も拒否する事も絶対に許されない存在だ。だから教祖という写真が出てきたとしても、それに違和感があってもそれを押し殺すように心理的な防御が働いたんだ。それは恥じ入るべきことで、子供だったら大人に鞭で打たれまくるような重罪だからな。だからこいつが知らないおっさんのコスプレだろうが、教祖として提示されたものを絶対に疑わないというルールに心が誘導されちまったんだな」結城は解説する。
「で、でも私は信者じゃない」
と飯田。
「それ、私は見せ方を工夫したんだよ」
都は言った。
「まず私は絶対に写真をスタッフの飯田さんや車崎さん、小沢さんには絶対に見せずに、寛子さんと石橋さんだけに見せたんだよ。信者の人たちが起こったりびっくりしたりするのをスタッフさんたちは目撃する。そうすると自分が写真を見せられる番になった時に『違和感があったとしてもあの人たちが怒るくらいなんだから本当なんだろう』って認知を誘導されちゃったんだよ」
「そういえば」車崎は言った。
「だから信者じゃない3人も写真を教祖様だと思い込んでしまった」
都は信者たちを見つめた。
「それで私は思ったんだよ。同じことが今まさに起こっているんじゃないかって。足の悪い教祖に、眼鏡と髭と髪型というアイテムだけで健康な人間が成り代わっているんじゃないかって」
都はじっと犯人だと目星をつけた人物を見つめた。
「じゃぁ、犯人は」
と小沢。
「この少年自然の家で2人の人間を殺害した犯人は、教祖の小柳慶喜さん…ううん、それに成りすました玉川安人さん、貴方だよ」
都は小柳を睨みつけた。小柳教祖は驚愕し、そして不敵に笑った。
「な、何を言っているんだ!」
掴みかかろうとする石橋を結城は抑えた。
「石橋君やめたまえ」教祖は立ち上がった。
「私が別人だって? 笑わせてくれる。君こそ私の何を知っているというのかね」
「それに玉川安人ってあのミイラの首だろう。歯の治療痕からそいつに間違いないと、長川警部は言っていたじゃないか」と結城。しかし都は目をぱちくりさせる。
「歯の治療痕なんて、別の人間の保険証を使えばでっち上げられるよ。玉川さん。あなたは親戚の真菜さんが輸血拒否で亡くなったとき、教祖様の側近になったみたいじゃん。教祖様は病気にならないという触れ込みだった。だから治療記録とかを隠すために、玉川さんの保険証を使っていたんじゃないかな」
「ちょっと待て、じゃぁあ、あの首って…教祖様の首」と寛子が目を見開く。
「バカな、そんな事あり得ない」
石橋祐輔がくわっと口を開いて壊れたように笑った。
「じゃぁ都、私を誘拐したのって、その教祖に成りすました玉川さんって人なの」
瑠奈は壊れたようにケタケタ笑う石橋を見ながら聞く。都は頷いた。
「そう。アリバイなんて関係ない。そもそも教祖の中の人は脚に何も問題なんてなかったんだから。だから犯人は瑠奈ちんを誘拐できたし、炊事場から逃げ出すことも出来たんだよ。そして森の中で変装を解き、襲われて湖に落ちたふりをして私たちの前に現れた。瑠奈ちんを誘拐したのも、私たちにわざと古市淑子さん殺害を目撃させたのも、犯人は足に問題を抱えていない人間だと私たちに認識させ、足が悪い教祖は犯人じゃないと容疑を逃れようとしたんだよ」
「じゃ、じゃぁあの手紙は」寛子が声を震わせる。
「あれはこの教祖様の自作自演だよ」都は教祖の前に進み出た。
「教祖様なら信者を呼び出すのは簡単だよね。だけどそれは逆を言えば2つの問題が出てくるって事なんだよ。1つは信者を殺人者が潜む森の中にホイホイ呼び出せる人間は誰かって事になって必然的に教祖様が怪しがられてしまうという事。2つ目は教祖様自身を森の中に呼び出せる人間が存在しなくなっちゃうって事なんだよ」
「た、確かにそうね」飯田由利は言った。
「教祖様を呼び出せる人間なんかいるはずがない…瞑想なんかどう見ても嘘っぱち。だから私は絶対怪しいと思ってた」
「ところが、この人はその問題をクリアする大胆な手段を取ったんだよ。それが寛子さんが見つけた手紙」
都は寛子を見る。
「教祖様。あなたは寛子さんが本当は宗教を信じていないってわかっていたんでしょう。だからわざとあの手紙を見つけさせた。そしてその内容を確認させ、瑠奈ちんに呼び出されて大喜びの変態教祖様になりきって、森の中に呼び出される理由を作ったんだよ。そしてその手紙の存在を寛子さんが私たちの誰かに教えると踏んでね」
都が不意に教祖を見ると、教祖は目を見開いて臍をかんでいた。
「そして教祖様はまんまと森の中に出歩く理由をつけ、呼び出しておいた古市淑子さんに接触して」
「ああー、教祖様―💛」
とウットリする古市淑子の前で突然髭と眼鏡を取る教祖。
「え、教祖様?」
「教祖様はもう死んだよ」
その黒い影は殺意に歪んだ笑顔を見せてナイフを見せた。古市の顔が恐怖し、絶望した。次の瞬間その腹部にナイフが突き刺さる。古市の目が見開かれた。
「お前も真菜の恐怖と苦しみを味わえ」黒い犯人が殺意に目を充血させる。
「その後あなたは瑠奈ちんの誘拐劇を演出する前に、お風呂の裏の休憩所のベンチにミイラの首を置き、そして自分の部屋で着替えてゴムマスクの怪人の衣装を着た後で、その衣装で瑠奈ちんの誘拐劇を演出したって訳だよ」
「じゃ、私が誘拐されたのって」瑠奈の声が震える。
「理由は2つ。1つは瑠奈ちんとそれを助けようとする人に健康で足の速い人間が犯人だと印象付けるため。そしてそれが瑠奈ちんでなければいけなかった2つ目は別の人間が用心深い教祖様を呼び出して殺すために利用する目的で瑠奈ちんを誘拐したと思わせるためだよ。つまり誰よりもえらい教祖様がホイホイ呼び出される理由を作るために瑠奈ちんは誘拐されたんだ」
都の推理に教祖は目を見開いた。
「この食堂で瑠奈ちんに言い寄ったの、あれわざとでしょう」
都は言った。
「教祖様の好みの女の子を知っていた玉川さんはそれに一番近いスタイルの瑠奈ちんを利用する事にした」
「じゃぁあそこにミイラの首を置いた理由も」
車崎が都に問うと、都は頷いた。
「大胆なトリックだよ。殺した教祖様の首をそこに置いたんだからね」
「教祖様の首なわけない!」と世界が終わりそうな声で石橋祐輔が頭を押さえる。
「ミイラ化して顔もわからなければ歯形で判別するしかない」都は言った。
「つまりあの首が玉川安人の首だと鑑定されれば、犯人が森の中に生首の叔母の石橋秀子を呼び出した理由を私たちは勝手に錯覚するってころだよ」
「でもここでアンタはボロを出したな」
結城は教祖に言った。
「あんたにとって想定外だったのは車崎さんがトレイルの見回りをした事だ。それによって斧が発見されただけでなく、ベンチに骨壺がなかったことも覚えられてしまった。あんたは古市淑子を殺した時に裏山に回って骨壺も置いたものだから、最初の殺人から犯人が骨壺を置くまで数時間のタイムラグが生じたのがわかってしまった」
「それだけじゃないよ」都は言った。
「貴方はもう一つ大きなミスをしていた。炊事場であなたは私と結城君と瑠奈ちんがいるところに現れたけど。瑠奈ちんからの手紙で呼び出されて殺されかけたはずなのに、瑠奈ちんのいる場所に助けを求めて来た。しかも瑠奈ちんの足元には古市さんの死体があったのに。貴方は古市さんの死体、見えてたよね」
都は言った。教祖はじっと前を見る。
「人を信用しないはずのあなたにしては不自然だと思うんだけど」
ふいに教祖は笑った。
「そんなものは証拠にはならない。それに仮に私の足が健康であったとして、第一に石橋秀子が殺された事件はどう見るというのかね。私はあの時は結城君や勝馬君と同じ食堂にいたんだ。私にどうやって人殺しが出来る!」
「その証拠が凶器に斧が使われた理由ともう一つ。瑠奈ちんを誘拐した怪人の足に泥がついていなかった事だよ」
「何!」教祖の目が見開かれる。
「それがどういう意味を持つんですか」と小沢所長が都に問う。
「さっき私は瑠奈ちんを誘拐した犯人の足に泥がついていなかったって言ったよね。だけど、第一の事件で雨が降る中で犯人は秀子さんをお風呂の前で殺している。あの怪人と瑠奈ちんを誘拐した犯人が同じなら、瑠奈ちん誘拐犯の足は泥で汚れているはず」
「あ」と瑠奈と千尋。
「つまり」都は一呼吸した。
「秀子さんを殺した犯人は別にいたんだよ」
教祖の顔が驚愕する。
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「犯人は別にいて自分と共犯者が着用する衣装を教祖様、貴方は用意していたんだ」
「そんな…その共犯者はこの中に」
と小沢が全員を見回す。
「慌てないで、共犯者はこの中にはいないよ」
「え」と飯田由利が都を見る。都は続けた。
「犯人はその時点で凶器の斧がどんなものか見ていないにも関わらず『あんな斧』という言葉を使っていた。第二の犠牲者、古市淑子さんだよ」
都の言葉に古市寛子が「そんな!」と声を震わせた。
「教祖様…あなたは秀子さんに特別が話があると誰にも知られずに森に行くように言い、そして秀子さんに反感を持っていた淑子さんにこう言った。『秀子さんは悪魔だから殺せ』とかね。そして教祖命令で衣装や斧を渡し、殺し方まで指定したしたんだよ」
都は教祖様を真っすぐ見る。髭で見づらいが教祖は明らかに顔面蒼白になっていた。
「つまりカルト信仰と上下関係の諍いをうまく利用したわけか」
結城の言葉に都は頷いた。
「凶器に斧を利用したのは、おそらく首を切断させるため…教祖様の計画では淑子さんに秀子さんの首を切断させ、お風呂場の私たちに見せつけさせることでアリバイを確保しようと思ったんだろうけど、秀子さんは生きてお風呂場に助けを求めようとした。それを殺す淑子さんは、教祖様に認められ、憎い秀子さんを殺せるというトリップ状態で…」
都の脳裏に覆面の下に目を血走らせトランスしたババアの姿が目に浮かんだ。
「…脳の46野が飛んだ状態だったんだね。だから人の頭蓋骨を斧一発で真っ二つに出来た」
都の言葉に寛子は真っ青になっていた。
「でもこのままだと教祖様が誰かに命令して秀子さんを森に呼び出し、誰かに殺させることが出来る教祖様が怪しいと思われかねない。だから秀子さんが森に呼び出される理由、つまり甥に見せかけた本物の教祖の生首を置く必要があった。でもそれは車崎さんの見回りで却って矛盾を生んじゃったけど」
都は教祖の前に正対した。呆然と目を見開く教祖の横で「そんな、そんな」と石橋祐輔が震える中、都は最後の一押しをぶつけた。
「つまりわざわざあそこに生首を置く動機があるのは教祖様あなたしかいない! 私の推理が違うというのなら! 生首をDNA鑑定で調べてもらえばいいよね!」
教祖は何も言わなかった。真っ青になって下を向いていた。
「そこまでか」
教祖は静かにそういうと顔から髭と眼鏡をはずした。
「安人君!」寛子は声を上げた。
「君は、去年教祖に付き従っていた」と飯田由利が声を震わせる。
「去年も今年も不快な思いをさせてすいません。真菜を…あんな優しい子を…自分たちが天国に行くために殺したこいつらに罰を与えなくちゃいけなかったんです」
冷徹に歪んだ青年、玉川安人の顔が「そ、そんな」と呆然自失する石橋祐輔を見つめる。
「でもなんで…なんで真菜ちゃんのお母さんまで」と寛子。玉川はぎろりと石橋を見た。
「こいつらねぇ…真菜の親って言っているんだけど、何年もほったらかしていたんだよ。真菜は俺の親の家で暮らしていた。俺の家は母親と俺だけでいろいろ大変だったけど…あいつはそれ吹き飛ばすくらい太陽みたいな明るい子で、あいつと一緒にご飯食べるときの俺たち家族の笑いが昨日のように思い出されますよ」
玉川はじっと石橋を見つめる。
「あんたら真菜が6年生の時に突然やってきて真菜を引き取りたいとか言い出したよな。宗教をやめて真菜にちゃんと向き合うとか言って。俺も両親も反対したんだが、真菜はお前らを許したんだよ。パパとママと本当の家族になりたいって言って…お前らはそれを裏切った!」
玉川の声に怒気が籠る。飯田と車崎はそれをやりきれない目で見つめた。
「俺の母親が例のパンデミックで死んだとき、葬儀も開けずに骨だけで戻って来たお袋に、あいつはお前らの目を盗んでお線香を上げに来てくれた。あの時もあいつは実の両親が宗教をやめて大切にしてくれるって嘘をついた。本当は些細な事で鞭を振るわれ、宗教活動に苦しめられていたのに、あいつは俺を思いやって何も言わなかったんだ。それが真菜と会った最後だったよ」
玉川の目が血走る。
「あの子が死んだとわかったのは、死んでから半年もたった後だった。お前ら夫婦が俺をあの変態教祖の側近として宗教に入ることを薦めてきたときが初めてだったよな。お前の奥さんがペラペラ喋ってくれたよ。事故で大けがをした真菜が苦しみながら生きたいと言ったのを叱りつけたとか、真菜が宗教の為に死んで教祖様が祝福したとか…その場に古市淑子もいて悔しがっていたとか…ええ、その時に僕の心は死にました…そして幸せそうな笑顔であの毒親夫婦に良い返事をしたんです」
玉川の目が見開かれた。
「こいつらに真菜と同じ苦しみと恐怖を味わってもらうためにね」
軍用ナイフがギラリと玉川の手に握られていた。石橋が「ああ、そんな…」と声を上げる。
都は石橋の前に立ちふさがった。
「そこをどけ」喚く石橋に「絶対だめ!」都は返した。
「俺にはもう復讐しかないんだよ!」玉川は悲痛に絶叫した。
「ああ、そうさ! 真菜は復讐を望むような子じゃない。知ってるさ。でもダメなんだ…あの子があんな死に方してから、俺はアルバイトも出来なくなった。日常の簡単な事も出来なくなった。人として生きていくことが出来なくなったんだ! 復讐のためにしか、何も出来なくなったんだ!」
玉川はナイフを石橋に向けて泣き叫んだ。
「俺はもう人間じゃないんだ!」
その時だった。都の背中に鈍い音がした。都は目をぱちくりさせて後ろを見た。都の背中らナイフが抜け、血だらけのナイフを手にした石橋祐輔がひきつった笑顔を見せていた。
「こいつは悪魔だ。教祖様を陥れる悪魔だ」
都は膝をついて倒れた。
「こいつの言っている事が本当なわけない! 私の娘の真菜は、神に奉仕するために死んだんだ!」
狂った石橋の笑顔の見開かれた目から涙がぼろぼろ流れた。
「野郎!」直後石橋は勝馬に殴り倒され、車崎に取り押さえられた。血だらけのナイフが床に転がる中「あああああああああ」と石橋祐輔は勝馬と車崎に抑えられながら絶叫した。
「都…都!!!」「師匠!」
結城と秋菜、瑠奈が都に駆け寄り、結城は「傷口を押さえろ! 薮原! 119だ。ドクターヘリを要請しろ!」
「わかった」千尋がうなずくよりも前に飯田由利が携帯を取り出す。
「いやぁあああっ」寛子がトラウマに絶叫し、座り込む。
「ああ…そんな…そんなつもりじゃ…」
玉川が血まみれで苦しむ都の姿に石橋真菜の姿をシンクロさせ、都のそばに座り込んだ。その玉川の服を都の血まみれの手がぎゅっと掴む。
「玉川さんは…人間だよ…」都は笑った。
「だって私の為に復讐なんか今忘れちゃっているよね」
「み、都…」結城が都を見る。都は一瞬呻いてから言葉を続けた。
「玉川さんは悪い人じゃない。わかるよ…瑠奈ちんを傷つけるつもりはなかったことも…教祖に成り代わって、寛子さんみたいな子供たちを救おうとしていた事も…多分それが終わったら死ぬつもりだって事も…」
「都、喋るな」と結城が声を震わせるが、都は言葉を続けた。
「私もね…大切な人が命の大切さの例外にされて殺されて、大切な友達がそのせいで人を殺して…何も信じられなくなった…でもね」
都は力強く玉川を見た。
「それでもちゃんと生きて償って! もうそれしか真菜さんに報いる方法はないから…」
都はにっこり笑った。
「最後の殺人は止められてよかった…。少しでも罪を軽くできて…」
玉川は呆然とした。そしてその目からボロボロと涙を流した。
「うわぁあああああああああ」
頭を抱えて慟哭する玉川安人を寛子と飯田由利、小沢智弘が呆然と見つめた。
その10分後に警察のヘリコプターが運動場に降り立った。
「警部!」と秋菜が長川警部の手を引っ張った。
「医者と輸血器具を持ってきた。都は」
ヘリを降りながら長川警部は担架を組み立てる救急隊員を指揮する。
「いい天気じゃのー。結城君」
車椅子の都は病院の緑地を秋菜に押されて散歩していた。
「ここは老人ホームじゃありませんよ、師匠」
と秋菜。
「で、テレビに石橋の野郎の名前が出てこないんだが。どうなっているんだ」
結城がその後ろで長川警部に聞いた。
「壊れているんだよ。あいつ」
長川はため息をついた。
「教祖が普通に殺されて入れ替わっているような宗教の嘘っぱち教義で自分の娘を殺しちまったって話だからな。どうも娘が生きたいって言いながら死んでいくのを見ていたらしいし…精神鑑定次第では刑事罰は受けない可能性もあるな」
「酷い! 師匠はもう少しで死ぬところだったのに。玉川さんが輸血してくれなかったら、どうなっていたか」
と秋菜は憤る。
「あいつは、素直に取り調べを受けている。罪を償って人間として生きる決意を固めたんだろうな。あの教団は古市寛子ら子供たちが集団で虐待を訴え、今捜査が入っている。宗教法人の認可も取り消されたし、教団としてももう終わりだろう。だがカルト宗教に囲い込まれ、子供の時間を奪われた子供たちを助ける法律も組織も日本にはまだ存在しない。カルトによって『命の大切さ』の例外にされている子供はまだ大勢いるんだ」
長川は病院の中庭で元気に遊ぶ子供たちを見つめた。秋菜も結城も都も見つめる。
「玉川さんに伝えてくれるかな」
都は長川を見つめた。
「血をいっぱいくれてありあとうって」
都の笑顔に長川は頷く。
「あ、陳川警部からメールが来ている」
と都がガラゲーを開ける。秋菜が読み上げる。
「拝啓お嬢。推理のお役に立てて光栄です。そして千尋さんが送ってくれたコラ映像。なかなか素敵だったのでイメチェンしてみました。これで奥さんにもっとSMでいじめてもらえると期待しています。ぜひ評価のほどを」
添付ファイルには麻原髭の陳川警部がヤクザ組事務所でふんじばっている写真がアップされていた。都は目をぱちくりさせる。
「何考えているんだあの福島県警!」
と結城は喚いた。
おわり