少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

殺戮湖畔殺人事件❸

 

5

 

【容疑者】

小柳慶喜(36)もみの木教会教祖

石橋祐輔(35)信者。会社員。

石橋秀子(33)信者。石橋の妻。

古市淑子(47)信者。

古市寛子(15)古市敏子の娘。

小沢智弘(58)少年自然の家管理人。

飯田由利(22)少年自然の家スタッフ

車崎誠太郎(31)少年自然の家スタッフ

 

 

 

 古市寛子は教祖小柳のリーダールームの前に立っていた。

「大丈夫。これは神様のため…前も頑張れたし、今度もきっと大丈夫…」

そう思うために下を見ると扉に何かレターが挟まっているのが見えた。それを開けると

―小柳さん。さっきは勝馬君が邪魔してしまいすいません。先生のお話を聞きたいので、湖畔の北側ベンチに来てくれますか―

いけない、教祖様への手紙だった。寛子はそれを手にしてドアをノックする。

「入れ」

そういわれて寛子はドアを開けた。部屋には小柳が立っていた。

「ひひひひ、あの高校生を見ているとムラムラしてしまってな。これは神様が命じた清めの儀式なんだ。わかるね」

小柳はでろでろっと笑って寛子に近づく。

「はい」

中学生の時に小柳に犯された時に感じた痛みと恐怖がフラッシュバックする。それが楽しいらしく、小柳は舌を出して寛子を舐めようとする。だが小柳はふと寛子が持っている手紙に気が付いた。

「なんだね。その手紙は」

麻原髭教祖に言われて、寛子は「廊下の扉に挟んでありました」と手紙を差し出す。その手紙を見た髭教祖は好色な笑みを浮かべる。

「寛子…部屋に戻っていいぞ。私は出かける」

廊下を歩いていく教祖。片足を引きずる後姿を見ながら、寛子はほっと胸をなでおろした。そしてすぐに自分の代わりに罪のない女の子が犯される事を思い出し、廊下に崩れ落ちる。

「きっと教祖様と交わるのが幸せなんだ。その方が幸せなんだ」と寛子は呪文のように言い続けるしかなかった。

 

「るんるるーん♪」

誰もいない暗いロビーで花柄のワンピースを身にまとった古市淑子は踊っていた。

「あの女が死んだ。あの女が死んだ♪ これで教祖様は私のもの♡」

黒い影が近づいていた。古市は「うふふーん」と振り返ると、目の前にはゴムマスクの怪人が立っていた。古市の目が見開かれる。

 

雨はますます本降りになっていた。

「うう」

女子部屋で秋菜はベッドの上でパジャマ姿でお腹を押さえていた。

「うへへへ、もう食べられないよ」

お腹出してよだれを垂らしている都。

「よく寝れるね。殺人事件を目撃したのに」

千尋は呆れたように言った。

「秋菜ちゃん大丈夫? 食堂の時から辛そうだったけど」

瑠奈が秋菜に話しかける。秋菜がふるふる首を振るので瑠奈は笑顔で言った。「トイレ…一緒に行こうか」

 

 非常口ランプの緑にぼーっと照らされただけの暗い廊下を秋菜はよろよろ歩くのを瑠奈が抱き止め、一緒にトイレに向かう。

「昨日くらいからおっぱいが張ってて、でもいつもは3日くらいは大丈夫だったから、帰るまでは来ないって思っていたんですけど…だって前からまだ23日しかたってないし」

「中学生の時くらいまでは結構あてにならないのよ。私も安定しだしたのはつい最近だよ。都に何度か助けてもらったんだから」

瑠奈は笑顔でそういう。

暗い廊下に覆面の男が立っていた。瑠奈と秋菜はその影を見た。

「車崎…さん」

 

「きゃぁああっ」

と悲鳴が聞こえて千尋と都は飛び上がった。

「瑠奈ちん?」

都と千尋が廊下に飛び出した時、廊下に黒い影が瑠奈を抱きかかえていた。雷光がそのゴムマスクの怪人の顔を照らし出す。

「み、や…こ」

怪人に抱きかかえられた瑠奈が恐怖の表情で涙を流して都たちの方を見た。足元にはお腹を押さえて秋菜が震えながら倒れている。

「ああああああああああ!」

都が廊下を走りだすと黒いマントの白い覆面の怪人はぱっと身をひるがえし、瑠奈を抱きかかえながら階段を下った。非常階段の扉がゆっくり閉まるが、都はその扉を蹴り飛ばした。ドアの取っ手が吹っ飛ぶ。マントが階段の踊り場に一瞬見えて、都は階段の踊り場にジャンプした。

誰もいないロビーのドアが開いていて、雨が都の視界を遮った。

「瑠奈…ちん…」

髪を濡らしたまま、都は立ち尽くした。そして雨の中を駆け出した。

 

「私のせいだ…私のせいだ」

と秋菜はベッドで顔を青ざめさせたまま泣いていた。

「大丈夫。今結城君と勝馬君と車崎さんが探しているから」

千尋は秋菜の背中をさすりながら言った。

「全員いましたか」

部屋の前の廊下で飯田由利(22)スタッフが所長の小沢智弘(58)に聞いた。

「それが教祖の小柳慶喜さんと教団の古市淑子さんと娘の寛子さんがいないんだ」

小沢所長がひきつった声で言う。

「子供たちの話だとなかなか帰ってこない淑子さんを探しに寛子ちゃんは出て行ったと」

と汗をフキフキきょどっているのは教団信者の石橋祐輔(35)だった。

 

 覆面の殺人鬼は雨の中湖畔のトレイルを高野瑠奈と言う少女を抱きかかえて歩いていた。そしてそれを野外炊事場に寝かせると、懐からナイフを取り出した。眠っている無防備な少女。第二の殺人をこれから楽しもうとする殺人者の不気味な笑顔が暗闇にあった。

 

「都―――――――」

少年自然の前で結城が雨の中、運動場に向かって大声で喚いた。

「こうなったら3つに分かれよう」と懐中電灯片手の勝馬

「馬鹿、危険だ!」結城が喚くと勝馬

「今危険なのは都さんと瑠奈さんだ!」と勝馬は結城を見た。車崎は覆面を取り、素顔を晒した。

「覆面をつけている人間は犯人と思ってください」

スタッフの車崎誠太郎(31)は緊張した声色で結城と勝馬を見た。

「気をつけろよ」

結城は勝馬を見た。

 

 大雨の中、勝馬は物音に「ひいいい」と声を上げつつも必死で探していた。その時、何か女の子のすすり泣く声が聞こえる。

「み、都さん…瑠奈さん…」

ライトをトレイルのベンチに向けると女の子がびしょぬれになって泣いていた。

「あ、あの」

勝馬がそう言ったときに、少女は振り返って自分の顔をライトで照らした。

「ひいいいいいいいいい―――」

勝馬は腰を抜かした。

「って、教団の」

小沢寛子(15)は号泣しながら震えていた。

「母が、母がいないんです。もうずっと帰っていないんです」

「あのババァ…じゃなくてお母さまが」

「は、はい、母は…何か気に入らないことがあると自殺をほのめかしてどこかに行ってしまう癖があって……本当に自殺する気はないと思うんですけど…でも帰ってこないから心配で」

勝馬は寛子に寄り添った。

「と、とにかく立ってください。一緒に探しましょう」

勝馬は寛子を立たせた。寛子は勝馬の顔を見て目を見開いてからふと言った。

「どうして、貴方がここに。瑠奈さんを探しに来たんですか」

「ええ」

勝馬は言ってから、

「あれ、何で寛子さんがそれを知っていらっしゃるんですか」

と目を丸くした。寛子はおどおどしながらも、

「瑠奈さん、今教祖様と一緒にいるはずですよ」

勝馬を見た。

「教祖様と?」勝馬が雨の中目をぱちくりさせる。

「いや、え…どうなっているんだ…」

勝馬は雨の中で混乱していた。

 

「糞」

結城は雨の中必死にライトを走らせるが、雨で何も見えない。

「糞、糞、糞!」

その時背後からがさっと音がした。結城は気が付いていたが、敢えて振り返らない。その足音がゆっくり自分に近づいたそのタイミングで振り返ってライトを相手の顔面に当てる。

「都!」

光に照らされたのは目を見開いた少女、島都の姿だった。

「結城君!」

「心配かけやがって!」結城はため息をついた。都は泥だらけになって、ほっぺたも草とかが擦り傷だらけだった。

「結城君…秋菜ちゃんは。重いけがだったの」

「いや、腹痛らしい。それで犯人に抵抗できなかったそうだ」

「そう!」都は安心したように目を閉じると立ち上がった。

「瑠奈ちんを…瑠奈ちんを助けに行くよ!」

「そうだな」結城はデジタル時計を見た。

「11時17分…もう10分は経ってやがる」

焦る結城。その時だった。

―クチャッ、クチャッ、クチャッ…

という聞きなれない音が都と結城の耳に聞こえて来た。

「なんだ、この音」

結城の声が思わず震える。

「これ…人の肉を刺す音だよ」都の表情も青ざめていた。

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Iroiro女の子メーカー様、りぬみメーカー様

 

―クチャッ、クチャッ、クチャッ…

都のライトは昼間にカレーを作った炊事場を照らし出した。一心不乱に刃物を振り下ろしていた人影が都のライトに照らし出されて、そのナイフの動きを止め、そして返り血にまみれた不気味なゴムマスクを向けた。

「瑠奈ちん!」

都が顔面蒼白で駆け出した。怪物はパッと身をひるがえして夜の闇へと走り出した。結城が追いかけようとしたが「結城君!」と都の一喝で、彼は立ち止った。

「瑠奈ちん…瑠奈ちん」

都は炊事場をライトで照らしだす。すると炊事場に一人の少女が倒れているのが見えた。両手をロープで拘束されて転がっている。

「瑠奈ちん!」

都は瑠奈の体を揺すり、ライトで体を照らして刺されている場所がないか必死で探すが、ライトに照らされたブラやスタイルを浮かばせたシャツとミニスカートに血とかは全く見えなかった。

「瑠奈ちん! 目を開けて」

都がもう一度揺すると、瑠奈はうっすら目を開けた。そしてどんぐり眼に涙を浮かべた都の笑顔を見た瞬間、瞬間親友に抱き着いた。

「都!」

物凄く強く抱きしめられ声も出せずに号泣する瑠奈。その震える背中を都はなでなでする。

「良かった」

肩を震わせ瑠奈をぎゅーする都。

 結城はそれを見てホッとしつつ、炊事場に充満する血の匂いのもとを探し出した。

「都…」

結城が都を呼ぶ。都は瑠奈に肩を貸して結城の後ろから結城が指し示すものを見た。瑠奈が思わず顔をそむける。

 その肉塊はぐちゃぐちゃになった臓物と混ざり合ったワンピースと目を見開いて虚空を見る死に顔で、かろうじて古市淑子だと特定できた。

「古市…」

結城は臍をかんだ。そして死体の周りにしゃがむ。

「手錠で手足を拘束し、身動きが出来ない状況でめった刺しか。ひでぇことを」

「わ、私ももう少しで…」

瑠奈が都に抱き着いた。

「ああ、偶然ここに来ることになった高野まで狙われたとなれば…これは無差別殺人なのかもしれねぇ」

結城は言った。

 

6

 

「無差別殺人…」

 瑠奈が不安そうな声で結城と都を見る。

「ああ、やはり、この森の中に殺人鬼が潜んでやがるのか」

 結城はライトで森の中を見回す。

「とにかく勝馬や車崎さんにも伝えないと…こんな殺人鬼がいるかもしれねえ森の中で探し回らせるなんて危険だ」

結城はスマホ勝馬に電話しようとして「あー、あいつ携帯持ってないんだった」と舌打ちした。

「大丈夫…」

突然背後から声がして振り返ると、トリーチャー症候群の顔立ちの車崎が声を出した。

勝馬君は今ここで亡くなっている方の娘、寛子さんと一緒にいると寛子さんが携帯で知らせてくれました。居場所もわかっているので連れて帰りますよ」

「お願いします」

結城は一礼した。

「都、高野…帰るぞ」

結城は都と瑠奈を立たせようとした。だがその時都は「痛い」と足を抑えた。靴下で靴を履いていない足はダミ色に倦んでいた。

「お前この脚…」結城はハンカチを出して応急処置をしようとする。

「あ、階段のドアを蹴っ飛ばしちゃって…」都はけらけら笑ってから、ふと何かに気づいたようにどんぐり眼を見開いた。

その時だった。

「た、高野さん…助けて…あそこに倒れている女みたいに私は殺される…」

と震えるような声が犯人が消えたトレイルの方から聞こえて来た。

「誰だ」

結城がライトを向けると、髭の法服の眼鏡の男が頭を抱えて、古市の死体を指さして震えていた。教祖の小柳慶喜だ。

「ナイフを持った白い覆面の男が…助けて…助けて…」

 

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「ええっ…母が!」

と少年自然の家の食堂で寛子が崩れ落ちた。

「ええ、殺されていましたよ。炊事場で」

結城が説明した。

「なんてことだ」と頭を抱える石橋祐輔。その横で教祖の小柳慶喜は風呂に入ってさっぱりし、新しい法服で瞑想するように目を閉じている。号泣する寛子を飯田由利が抱き止めて椅子に座らせた。

「警察はあと数時間で到着するようですが、犯人は森の中でまだ我々を狙っている殺人鬼だという事が判明しました。故に常に複数行動を心掛けるしかありません。得体のしれない殺人鬼の犠牲者をこれ以上出さないためにもね」

小沢智弘所長が全員を見回す。その時だった。ドアが開いて結城秋菜と北谷勝馬が入ってきた。

「師匠、瑠奈先輩だいぶ落ち着きました。千尋先輩が見てくれています」

と秋菜。結城は従妹に声を荒げる。

「おい、秋菜、寝てろって」

「大丈夫。千尋先輩からロシア製のかなり効く薬をもらったし」

と秋菜はつんと椅子に座ってメモを開いた。

(なんでそんなの持っているんだ、あいつ)と結城が突っ込みを入れる。

「まず飯田さんと車崎さんの携帯電話の通話時刻から犯人が炊事場から逃亡した時間帯に私たちと一緒にいた飯田さんと小沢さん、それに石橋さんのアリバイは確定したと言ってもいいでしょう」

秋菜は冷静にメモを読み上げる。

「探偵ごっこはもうやめたらどうかね」

と小沢が強い口調で秋菜に言う。

「確かに辞められるものならやめたいですけど」

結城は強い口調で言った。

「とある情報筋で、殺された2人には殺される動機があることがわかりました。同じ動機で殺されそうな人があと2人いるんですよ」

結城が食堂の全員を見回した時、「うわぁあああっ」と石橋祐輔が頭を抱えた。

「落ち着きなさい」

麻原髭の小柳慶喜教祖は悠然としていた。

「それは石橋真菜さんの事かね」小柳は落ち着いて返す。寛子は呆然と結城を見た。

「多分犯人は警察が来るまでに残り2人を仕留めるつもりでしょう。その前に犯人が外部か内部なのか、はっきりとさせておかないといけないんです」

「この子たちの推理力は本物ですよ」

と飯田由利が小沢所長に言った。所長はため息をついた。そして施設の見取り図を出した。

「各自どのような行動をしていたのか教えてくれますか」

「感謝します」

結城が所長に一礼する。

「でも結城君。今回の事件も前の事件と一緒でここにいる全員にアリバイが成立しちゃっているよ」

と都は目をぱちくりさせながら結城に指摘した。

「アリバイが成立しちゃってる?」

結城が目を見開いた。

「ちょっと位置を確認して見せて」

都が結城に頼んだ。結城は「お、おう」と応じる。

「まず俺と都だが、湖を反時計回りに探してこの炊事場で高野と殺されている古市母とそれから逃げる殺人鬼を目撃。その直前に俺は時計をチェックしていて、車崎さんがそれを所長に知らせた通話時間を換算すると、外に出ていない人間のアリバイは確定という事だ」

結城は言った。

「お、俺はこのボート乗り場の方の道を歩いて、ボート乗り場近くの休憩ベンチで寛子さんと出会ったんだ」

勝馬は号泣する寛子を無念そうに見て言った。

「その直後に寛子さんが車崎さんに電話をしてそれが22時18分よ」と飯田由利が補完する。

「なるほど。寛子さんがボート乗り場から炊事場まで1分で移動できるわけないから、犯行は不可能って事か」

机で号泣する寛子を見て結城は言った。

「その車崎さんだが…10分以上姿を見せていないから、炊事場で古市母を刺しまくって逃亡する事自体は可能という事になるな」

結城は考え込んだ。

「ええ、一応運動場を探していたのですが証明する人はいません」

と車崎。

「でも車崎さんにも犯行は不可能だよ」

都は言った。

「だって車崎さんは瑠奈ちんを誘拐してそれを炊事場まで連れていく事は不可能だもん」

「確かにそうだ。少年自然の家から炊事場までは往復10分はかかる。高野が誘拐されてから5分は絶対に経たないうちに、車崎さんは俺たちと高野たちを探しに出た」

結城は考え込んだ。

「全員のアリバイが成立してしまいますね」

と小柳教祖が静かに言う。

「あんたのアリバイは成立していないんだが」

結城はじっと小柳を見た。

「失礼な! 教祖様が犯人なわけが」

と激怒する石橋。しかし結城はそれを無視して質問した。

「あんたは炊事場の近くにいたみたいだし、こんな雨の中外で何をしていたんだ」

「瞑想ですよ」

と小柳は言う。

「瞑想? こんな雨の中でか」

「雨の中だと法力が上がるんです」小柳は目を泳がせる。

「そしたら、トレイルの方から白いゴムマスクの人物がやってきていきなり僕に切りかかってきたんです。僕は驚いて湖に飛び込みました。必死で痛む足に耐えながら泳いで皆さんの前に現れたというわけですよ」

「本当ですか」結城は訝しげだ。

「私には歩行障害があるのですよ」小柳教祖はにやりと笑う。

「私に女の子を誘拐する事なんて出来ますか。映画の怪人のように」

「確かに、物凄く怪しいけど無理じゃないかな」

と都。

「脚に怪我をした状態で瑠奈ちんを誘拐したり、私から逃げたり、そんなことはできないと思うよ」

「でも都さんは足をパンパンに腫れた状態で走り回ってたじゃないですか。びっくりしましたよ。千尋さんから聞いて」

勝馬は言った。

「非常用のドアをこのような小さな体で蹴り破ったって」

「あー、あれは」

都は目をぱちくりした。

「脳の46野の現象」

と車崎が声を出す。

「よく言う火事場の馬鹿力って奴ですよ。人間は本来女性でも大の男を片手で持ち上げる筋力はあるんです。でもそれを全力で出した場合、筋肉の腱が切れてしまう…だから脳の46野が制限をかけているんです。ですが何かしら命の危険などを感じて脳が極限の心理状態になると、そのストッパーが外れることがあります」

 車崎が淡々と説明したとき、秋菜が立ち上がって都に言った。

「ちょっと待ってください。もしかしたら第一の殺人で犯人の腕力が斧で頭蓋骨を割るほどの勢いだったって言うのも、もしかしたら46野と関係があるのかもしれませんよね」

しかし都は否定した。

「こういう火事場の馬鹿力って、自分で意図してスイッチを入れることが出来るものなのかな」

「無理でしょうね」

車崎は言った。

「犯人がなんだかのアリバイトリックを仕掛けてそれに基づいて計画殺人をやっていたら、精神的ストッパーが外れるとはちょっと考えられません」

「この教祖様の場合、そもそも足が物理的に障害を負っているわけだから、あんな誘拐劇を披露する事は不可能って訳か」

結城は思案する。

(だが待てよ。誰か足が健康な人間がこいつに入れ替わっているって事は考えられないか。例えばあの大量殺人鬼とか)

彼の脳裏に骸骨顔の殺人鬼が浮かんだが、結城はすぐにそれを打ち消した。

(いや、いくらあいつでも大勢の信者に崇拝されて注目されているんだ。別の人間が入れ替わったとしたら、いくら何でもバレるだろう)

「って事は師匠の言う通り、第一の事件同様に第二の事件でも全員に何かしらのアリバイトリックがあるって事ですよね」

と秋菜。

「やはり我々とは別の殺人鬼がいるんですよ」

小沢は言う。

「だって君たちの団体の高野さんも襲われているんだ。恐らく犯人は女性に対して変態性欲を持っている人間でしょうね」

と小沢は立ち上がる。

「君たちも部屋に戻りなさい。明日の朝には警察が来るだろうから」

 

「大丈夫?」千尋は寛子の部屋の前で号泣する寛子を見た。

「もしつらくなったら、いつでもうちらの部屋来ていいから」

「ありがとう…ございます」手で顔を覆って肩を震わせる寛子。

「でも…一人にさせてくれますか」

寛子は部屋に入ると身をベッドに投げ出した。そして泣きながらにやりと笑った。

「やった。あの女が死んだ! ざまぁみろ」

ケタケタ笑う寛子。そしてふっと天井を見て呟いた。「真菜…」

 

「あー、凄いねー、都ちゃんの46野」

飯田由利が都が破壊した非常階段のドアノブをチェックする。

「やっぱ弁償かな」と都。

「いいよ。友達を助けるためにやったんでしょう」

飯田は笑ってから不意に都に同行していた振り返る。

「で、名探偵たちは犯人を誰だと思っているの? やっぱり殺人鬼が森に潜んでいると思っているの?」

「いや、まぁ、そんな雰囲気になっていますが」

「私は絶対あの教祖が犯人だと思う」と飯田。

「どうして」

「だってあの教祖他人を絶対信頼しない用心深い人なんだから。それがフラフラ森の中に一人で行くなんておかしくない? 実は足とかは全然平気なんだよ! 君たちの前から高野さんを誘拐して見せたのも、足が健全だと見せかけるつもりだったからじゃないのかな」

飯田の推測に結城は首を振った。

「いや、あいつの足がダメなのは子供の時かららしいです。知り合いの警部が教えてくれましたよ。それにもし奴が自分の足が悪いと印象付けるために秋菜や高野の前に現れたとしても、なぜ誘拐の必要があったんです。別にただ普通に逃げればいいだけでしょう…。多分高野が誘拐されたのは別に理由がったんですよ」

結城がふと目線を下にすると都が寝転んで非常階段の床をチェックしている。

「何やってるんだ」

結城が訝しげに聞く。

「何でもない」

少女探偵は呪文のように声を上げる。

 

 廊下を歩く都。彼女の脳裏に石橋秀子と古市淑子のそれぞれの死体がフラッシュバックする。

「都、早く部屋に戻れってさ。消灯だとよ」

結城が都の背後から声をかけた。都はぼそっと答える。

「結城君…この事件は森の中にいる怪人の犯行じゃない。少年自然の家にいる誰かの犯行だよ」

「何…」

結城は声を震わせる。

「でも生き残っている6人の容疑者全員にアリバイがあるんだぞ」

「うん…でもそれを成立させる何かトリックが存在するんだよ。でも瑠奈ちんや秋菜ちゃんを巻き込んで2人も人を殺した犯人、絶対に許さない。そのトリック、私が絶対に暴くから」

都はゆっくり廊下から少年自然の家内部を見回す。

 

(まだ残っている。まだ残っている…警察が来る前に…あの子の敵を必ず)

黒い影は憎しみに表情を歪ませていた。