殺戮湖畔殺人事件❷
3
【容疑者】
小柳慶喜(36)もみの木教会教祖
石橋祐輔(35)信者。会社員。
石橋秀子(33)信者。石橋の妻。
古市淑子(47)信者。
古市寛子(15)古市敏子の娘。
小沢智弘(58)少年自然の家管理人。
飯田由利(22)少年自然の家スタッフ
車崎誠太郎(31)少年自然の家スタッフ
「きゃぁアアアッ」
と悲鳴を上げた少女たち。その直後に怪人はさっとマントを翻して闇の中に消えた。
「一体どうしたんですか。今の悲鳴」
タオルを手にした覆面姿のスタッフ車崎誠太郎(31)が結城に話しかける。
「おい、都! 秋菜!」
結城が脱衣所前のドアで叫ぶと、
「待って、私が入る」と結城竜の後ろからついてきたスタッフの飯田由利(22)が声を上げたが、その直後扉が開いてバスタオルを撒いた都が出てきた。
「都!」
結城が声を上げると、都は声を震わせた。
「お風呂の前の森で、石橋秀子さんが斧で何者かに殺された」
「誰に…」
と結城が言うと都は首を振った。
「わからない。ゴムマスクしていたから…でももしかしたら生きているかもしれないから、助けないと」
「わかった。お前はすっぽんぽんに服を着てから来い。女の子を脱衣所に移動させろ。俺に裸を見られたくなければな」
結城は都に言う。
結城と勝馬は雨の中懐中電灯を手に風呂場の前に到着した。森の中をライトで照らす。すぐに誰かが倒れているところがライトの中に確認できた。
「ど、どんな感じだ」
後ろから勝馬がおっかなびっくり結城を見る。
「脳みそが完全に真っ二つになって出ちまっている。脈も止まっているし、もう駄目だ」
「マジかよ」
と勝馬は声を震わせた。
「結城君」
都がTシャツにハーフパンツ姿でタオルを被って雨の中を走って来た。
「どう」
都が結城に聞く。
「もう死んでいる。完全に頭蓋骨を真っ二つだ。即死だろうな」
「やっぱり…」
都は声を落とした。
「秀子さんは私たちに怪我をした状態でお風呂場に助けを求めに来た。その時背後から誰かがやってきて、斧を頭に振り下ろしたのを見たよ」
都は頭をざっくりとやられた死体を見る。死体は目を見開いていたが瞳孔が血の海に浮かんでいる状態だった。
「その誰かって言うのは・・・・」という結城に都は答えた。
「顔にゴムマスクみたいな白い何かを被っていた。服装は黒でマントみたいなものを着用していたよ」
「まさか…それって」
勝馬が声を震わせる。
「いや、お前も知っているとは思うが、車崎さんは都の悲鳴が聞こえて20秒くらいで廊下で俺たちに遭遇している。髪の毛も濡れていなかったし、あの雨の中さっきまで外にいた人間ではない」
結城は言った。
「それに背の高さが車崎さんよりだいぶ低かったよ」
都が補足する。結城は冷静に、
「多分彼に罪を擦り付けようとしたか単に顔を隠したかったか、いずれにせよ、別の誰かだろう」
と言った。その横で都は死体の背中を見た。
「背中にもかなりひどい傷があるな」
都がチェックしている背中のグロい切創をライトで照らし結城は声を上げた。
「多分その傷でフラフラになった状態で私たちに助けを求めて来たんだよ」
都は冷静な声で無念さを噛みしめる。
「襲われた場所は森の奥。ひょっとしたらトレイルのあたりか」
結城はおっかなびっくり突っ立っている勝馬の横で森に向けてライトを走らせる。
「でもだとしたら秀子さんはなんでこの雨の中真っ暗な森の中に入っていったんだろう」
都は考え込んだ。その横で結城は呟くように言った。
「誰かが呼びだしたか。あるいは拉致されたか」
「拉致って」
と勝馬がガクブルする。
「気絶させたのをわざと起こして、斧でいたぶりながら獲物を追いかけるのを楽しんでいたか」
「冗談だろう」
勝馬は絶句する。
その時背後から「秀子、秀子ぉおおお」と声がして彼女の夫、石橋祐輔が秀子に抱き着いて号泣した。
「なんでだ。なんでなんだ! 秀子ぉおおおお」
それを都と結城と勝馬はやりきれない表情で見つめた。
少年自然の家に所長小柳智弘(58)がみんなを集めた。
「ええ、皆さんももう知っていらっしゃると思いますが、聖歌隊のメンバーの石橋秀子さんが何者かに殺害されました。謹んでお悔やみを申し上げます。今警察と消防を呼んでおりますので、どうか子供たちを動揺させないようお願いいたします」
そこまでいったとき食堂にスタッフの飯田由利が駆け込んで息を切らした。
「駄目です所長! 警察は大雨による川の増水で当分来られないって」
「なんだって!」と小沢。
「この雨ですからね」と車崎が天井の雨音を見上げる。
「お前だろう殺人鬼は!」
と泣きながら石橋祐輔が車崎の首を掴む。
「女の子たちが言っていたよな。犯人は覆面をつけて斧を持っていたって」
「待ってくださいよ。そんな覆面を着用しているからって」
と車崎。後ろで古市淑子が金切り声で援護した。
「そうよ。あんたは人間じゃないわ。悪魔よ。私の顔面認識細胞があなたを人の顔だと認識できないのよ。あなたのような悪魔の子だからこそ、あんな斧でこういうことが出来るのよ」
古市が掴みかかろうとするのを小沢所長が手で制する。
「いや、車崎さんは犯人じゃない」と結城はきっぱり言った。
「都たちが悲鳴を上げて20秒後には僕は廊下で車崎さんと遭遇しているんです。20秒で雨の中びしょびしょで返り血だって半端じゃない服や体を洗って俺たちの前に現れるのは不可能ですよ」
結城の発言に石橋は押し黙る。
「石橋さん」
教祖で麻原みたいな髭の小柳慶喜は言った。
「落ち着きなさい。秀子さんは正しく生きたのですから。今頃真菜さんと再会出来ていますよ」
「教祖様」
と石橋は教祖に頭を向けて崩れ落ち、教祖は石橋に手を翳す。
「教祖様と夫の石橋さん、それにスタッフの飯田さんは食堂にいたのでアリバイは完璧でしょう」
結城は言った。
「当り前ですわよ」
と古市淑子は金切り声を上げる。
「教祖様は幼いころに怪我をされて走る事は出来ないの。ましてや斧を使って大勢の目の前で人を殺すなんて」
「では、古市さんと娘の寛子さんはどこにいましたか」
と秋菜がメモ片手に質問する。
「あら、この子私たちを疑っているの」
古市淑子(47)は蔑んだ声を出すが「協力してあげなさい」と教祖の小柳に一喝されて教祖に一礼して答えた。
「私はずっと部屋にいたわ。何度かトイレに行ったけど」
「私は子供たちがちゃんと寝ているか見に行きました」と娘の古市寛子は頷いた。
「一応子供たちは教団の方が見張っています」
「お兄ちゃん。この食堂にいない教団関係者の大人は2人いるけど、事件当時は子供たち相手に宗教の勉強をさせていたみたいだからアリバイはあると言えるみたい」
と秋菜がメモを読み上げる。
「となると古市さん母子ともう一人、小沢所長にもアリバイはない事になりますね」
「ええ」小沢が驚愕する。
「私はずっと事務作業をしていましたよ。アリバイと言えば教育委員会の方と電話したぐらいですが。かなり長く電話をしていたので、飯田君が呼びに来る10分前まで」
「ちょっと確認させていただいていいですか」
と結城。
「ええ、でも」
「別に疑っているわけじゃないんですが、証言の記憶が鮮明なうちにいろいろとっておいた方がいいですから」
と結城は頭をかく。
「では事務室に」小沢が結城を連れていく。
「ふー」
少し立ち上がる前におでこに手を当てる秋菜。
「大丈夫?」瑠奈が声をかけると、その肩に誰かが手をかけた。
「君、高野瑠奈さんって言うんだよねぇ」
小柳慶喜という髭教祖がねっとりと瑠奈を見つめる。
「はい」
「君は魂が高位にあるのを感じるよ。うちの教会に入らないかね」
「あら、あなた教祖様に選ばれたの。これってとても幸せな事よ」
と古市淑子がうっとりと言う。
「教祖様は素晴らしいのよ。教祖様は神に足が悪くなる試練を与えられてからは病気に一切ならない神通力もあるし、排泄もしないのよ」
「私が尊敬している人はみんな排泄しているので結構です」瑠奈はにっこり儀礼的に笑った。
「そういわないで話だけ聞いてみてくれないかね」
小柳の目線があからさまに瑠奈の胸を見ている。
「きっと君の人生を特別なものにしてあげるからさぁ」
と瑠奈の肩をなでなでする小柳。
(久しぶりに切れちゃおうかな)と瑠奈が思った直後だった。
「俺が入信しますよ」
勝馬がデカい図体で小柳教祖を見た。
「僕はね。結城も好きなんですがね。教祖様のような人もタイプなんですよ」
「あ、いや…」
「ぜひこの手の定番、教祖ハーレムに俺も混ぜてくれますか」
と勝馬が教祖の肩をさすって「ちゅ💛」と唇でキスマークを作る。
「行こうか」
教祖はそう言って踵を返した。瑠奈が「ぷ」と笑う。一方勝馬は「うげー」と舌を出して見せた。それを秋菜が「どんまい」する。
「教祖様は両刀使いよ」寛子がぼそぼそ言う。
「何!」と勝馬と秋菜と瑠奈が目を見開く。
「どっちかと言うともう一人の結城君と言う男の子がタイプだと思うけど…」
事務室の電話を結城は置いた。
「どうやら間違いないようだ」と結城は都を振り返った。
「教育委員会さんと話は出来たよ。かなりガチガチな話をしていたみたいだし、録音機ででっち上げる事はほぼ不可能だろうな。どうもお手数取らせました」
結城は所長に一礼する。
「となるとやっぱりあの古市って親子のどっちかが」
と部屋着の千尋が考え込む。
「いや、その可能性はちょっと低いな」
結城は呻いた。
「薮原、犯人の斧はどんな斧だった」
「ジェイソンが使っているくらいの斧だったよ」
千尋が答える。瑠奈が「暗くてよく見えないけど、多分車崎さんが持っていた斧くらいの大きさだったと思う」と補足する。
「斧で撲殺するだけなら女でもできると思うが…」結城は言葉を続けた。
「そのデカい斧を振り回して人間の頭蓋骨を完全に真っ二つなんて、物凄い馬鹿力じゃないと不可能だ。多分この中でそれが出来るのは俺かお前か車崎さんぐらいだろう」
「おいおい、それじゃぁ俺たちの誰もがアリバイがあるって事じゃねえか」
と勝馬が言った。
「ああ、もしかしたら得体のしれない殺人鬼は今も森の中にいて、俺たちを今でも狙っているのかもしれねえ」
アルミサッシを叩く雨音が強くなってきた。
「とにかく、戸締りを確認しましたが。相手は斧を持っていますし、窓を破って中に入り込むことはたやすいでしょう。子供たちの部屋に通じる部屋は車崎君に見張って貰って、君たちも部屋に戻りなさい。今日は男女相部屋を許可しますから」
と小沢は言った。
「大丈夫ですよ!」
廊下を歩く少女たちに勝馬は胸をどんと叩いた。
「どんな殺人鬼が森の中に潜んでいようとも、俺が結城以外の全員を命に代えても守って見せますから」
「勝馬君、結城君だけ仲間外れにしちゃだめだよ」と都がぶーする。
「あっそっか」都が納得したように手を打った。
「違うわ! 都も納得すんな!」と結城が喚く。
「本当に森の中に殺人鬼っているんでしょうか」
秋菜はふと声を出した。
「秋菜ちゃん」都が目をぱちくりさせた。
「私、内部の人間な犯行が可能な方法がわかっちゃったのかもしれないんです! それを仕掛けられる人間がたった1人いるんです!」
「どんなトリックを考えたの?」都が知りたい知りたいと目を輝かせる。
「教えてくれるかな」と瑠奈。秋菜は小さく咳ばらいをした。
「簡単なトリックですよ。犯人はずばり、車崎さんだったんです」
「な、なんだってぇーーーーー」
結城と千尋がMMRな驚きを見せる。秋菜はジト目で「信じてないよね」と不満そうな声を上げた。
「いや、だって車崎はお前らの悲鳴があった直後に俺と勝馬が廊下で会っているんだぜ」
という結城に秋菜はじっと真剣な表情で見た。
「あれは本当に車崎さんだったのかな」
その言葉に結城ははっと目を見開いた。
「お前何を」
その時だった。秋菜の背後から斧を持った黒い影が近づいてきた。血だらけの斧を手にしたその人物に気が付いた勝馬が「あ、あ、あ、あ、秋菜ちゃん、後ろ」と声を上げた。
車崎誠太郎が血まみれの斧を持って立っていた。
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血まみれの斧を持った覆面の男に結城と勝馬がさっとその他全員の前に立った。
「結城君!」と都。
「お前やっぱり!」
と唸り声を上げる勝馬に車崎は斧をひょいと渡し、勝馬はぽかんとした表情でそれを受け取った。
「さっき正面玄関を点検していたらあったんです。この血まみれの斧がね」
と車崎は言った。
「だから護身用に持っていたのですが、皆さんの方が持っていた方がいいかもしれない。事件の捜査の為にね」
「ど、どうも」と結城。
「それで、秋菜さん。僕が犯人だとして、どんなトリックでアリバイを成立させたって言うのでしょう」
「あ、ええと」
口ごもりながらお腹をさする秋菜に変わって都が答えた。
「秋菜ちゃんが言いたいことは多分こういうことだと思います。この事件は車崎さんとアリバイがない古市さん親子のどちらかが共犯で、まず車崎さんの格好をした共犯者が私たちが悲鳴を上げた直後に廊下で結城君、勝馬君に遭遇。その間に車崎さんが斧で石橋秀子さんを私たちのお風呂の前で斧で殺害。この時男性にしかできないような残虐な殺し方をすることによって共犯者の女性のアリバイを確保した…」
「なるほど…ありえなくはないですねぇ」
と車崎は冷静に感心して見せるが、都は秋菜を振り返って「でもそれは違うと思うよ」と笑った。
「え、どうしてですか」
と秋菜。
「まず第一に身長が違いすぎるよね」
都は結城を振り返る。
「結城君、勝馬君…あの時階段で遭遇した車崎さんの身長はどれくらいだった」
「え、ええと」
話を振られて口ごもる勝馬の横で結城は「確か俺らと同じくらいだった。女性の古市の身長じゃなかった」と言った。
「私がお風呂場で見た殺人鬼も私が覚えている限りでは車崎さんの身長より低かったと思うよ」
と都。
「はー、よく覚えていたね。私怖くて何も覚えてないわ」
と千尋。都はここで手を叩いた。
「あ、身長とかは記憶違いがあるかもしれないからもう一つの証拠。まずこのトリックで車崎さんが共犯者とアリバイを確保するなら、廊下で結城君と遭遇するんじゃなくてずっと食堂にいなくちゃいけないはずなんだよ」
「どうして」と瑠奈。都は答える。
「だってあの石橋秀子さんの死体の背中にはもう一つ斧による大きな傷があった。犯人は森の中で石橋さんを殺すつもりだったんだよ。つまり石橋秀子さんがフラフラ歩いて私たちに助けを求めたのは偶然だって事。私たちに殺人の瞬間を見られたことは犯人にとっても予定外だったって事だよ」
「そっか、その偶然がなければ車崎さんのアリバイ自体が成立しないもんね」瑠奈はぽんと手を打った。
秋菜はかーっと顔を赤くして「すいませんでした」と車崎に頭を下げた。
「あ、気にしないでください。皆さんの内輪の話に勝手に入ったのは僕ですから」
と車崎は言った。勝馬は斧を車崎に返した。
「これ持って行ってください」
「私を信用してくれるんですね。ありがとうございます」
車崎は一礼すると廊下を歩いて行った。
「びっくりしたー」
瑠奈は声を上げた。秋菜はため息をつくのを都は「どんまい」と笑顔で背中をたたいた。
「となるとやっぱり森の中に今でも殺人鬼が潜んでいるのか」
と結城は雨脚の強い窓の外を見る。
「それはわからないよ。ただ確かめなきゃいけない事は一つあるね」
都がそう指を立てるはるか背後で、物陰からどんよりとした表情で石橋祐輔が都を見ていた。
「出歩いちゃだめじゃない」
スタッフ仮眠室の前で飯田由利が注意する。
「ちょっと飯田さんに聞きたいことがありまして。このどんぐり眼が」
と結城が都を前に持っていく。
「飯田さん、昼間に教団の人の事を『人殺し』とか言っていましたよね」
飯田の目が一瞬驚愕に見開かれる。
「そして教団の人が昼ドラみたいな喧嘩をしている時にちょくちょく出てくる、真菜ちゃん。多分殺された秀子さんと石橋祐輔さんの娘みたいですけど、それと何か関係があるんですか」
都がじっと見るので、飯田は「入って」と全員を招き入れた。
「はー」
飯田は吸いかけの煙草を灰皿ににじり潰してから、みんなを畳台に座るよう促した。
「その子についてどれくらい掴んでいる?」
「生きていないという事くらいは」都が飯田を見る。
「そう、石橋真菜ちゃんは12歳で死んだの。たった12歳でよ。去年ここで私を手伝ってくれたり、学校で好きな人がいることをこっそり話してくれたり…でも宗教活動でドン引きされるだろうから付き合えないって、私に悩みを告白してくれたり…そういういい子だったのに…死んだの」
と飯田は教団のパンフレットに掲載された笑顔の少女の肖像画を見せた。
「なんでこの子があのカルトのパンフレットの表紙になっていると思う? あの子は自分の命よりも教団の教えを優先させたからよ。いいえ、そう大人たちに強要されたの。そしてその大人にこうやって英雄に祭り上げられたのよ」
飯田の声に憎しみが混じる。
「ひょっとして輸血拒否事件か」
と結城の目が見開かれた。
「そう。よく知ってるね」冷静な声で飯田は頷いた。
「あ、そういえばTwitterでトレンドになっていたわ」
と千尋。
「どんな事件だったんですか」
と秋菜。千尋は頭をかきながら「小学校の下校中に暴走者に突っ込まれて足を負傷した女の子がいたのよ。かなりの重傷だったんだけど、意識とかは普通にあってちゃんと治療すれば助かる怪我だった」
そこで千尋は表情を沈ませる。
「でもその子の親が輸血を絶対に許さない宗教の信者でさ。お医者さんも輸血を薦めたし、その子も生きたいって言っていたらしいんだけど、病院に押し掛けた親と教祖と教団の人間が輸血をした場合病院を訴えるって言いだして、結局その子は医療を受けられないまま何時間も苦しんで亡くなったって話」
「そんな」
秋菜が立ち上がる。
「なんで子供の命より宗教の教えを優先させるんですか! 親に命より宗教を優先されたばかりに死ななくちゃいけなかったなんて」
秋菜の怒りの目には涙が浮かんでいる。
「屑親だ!」と勝馬が怒りで唸りまくる。
「その屑親ってのが殺された石橋秀子とその夫の石橋祐輔って事ですよね」
結城の質問に飯田は黙ってうなずく。
「ちょっと待って」
瑠奈が全員を振り返った。
「その真菜さんって子が運ばれた病院に教祖が押しかけているって事は小柳って教祖も真菜さんの死に関わっているって事になるよね」
「それだけじゃないわ」飯田は沈んだ声で呟くように言った。
「あの不細工なワンピース女の古市淑子。あいつも病院に押し掛けた人間の一人だって本人が自慢話みたいに言っているのを聞いた事があるわ」
「つまり石橋真菜さんの死に関与した人間が今全員この施設にいるって事になるのか」
結城の声が緊張する。
「だったらいいんだけどね」飯田はそう言い切った。
「命の大切さって言うけど、あの子はその例外にされたのよ。親が宗教を信じているってだけの理由で」
飯田は歯ぎしりする。
「そしてあの子の感じた恐怖と苦しみと死を、あいつらは今も利用している。全員ここで殺されればいいのよ」
飯田が見つめる窓の外で雷光が鳴った。
その時都のスマホがブーブーした。
「あ、長川警部!」
都はスマホに出た。
「なんで毎回毎回お前は殺人事件に巻き込まれているんだ。探検部の全員無事か」
警察署で長川は携帯をかける。
「朝になって雨がマシになればヘリを出してくれることになった。それと一応いくつかお前の質問に調べがついたぞ。まずあの小柳慶喜って教祖は小学生のころ足に大けがをしている。おかげで軽度の歩行障害があって一生走ったりジェイソンみたいに人を殺すのは無理だそうだ。担当医と思いのほか早く連絡がついてな。まず歩行障害は事実と言っていいだろう。それともう一つこれは偶然わかった事なんだが、飯田由利ってスタッフはスポーツクライミングの五輪候補だ。所轄の刑事が彼女の飲み仲間で、そのことを教えてくれたよ」
「ええーーーー」
スタッフルームで都が飯田を見る。そして目をぱちくりさせた。
「スポーツクライミングって何?」
―壁をよじ登る競技だよ。ほら、都の家の近くにあるモールにもあるだろ。壁にいろんな色の突起がついている奴。
長川が喋る。
「凄い、飯田さんってオリンピック選手だったんだ」
「候補だけどね」
両手を振って感激する都に飯田は「候補だけどね」と苦笑した。
―てか本人目の前にいるのかよ。
スマホの向こうで長川は頭を抱えた。
―あと多分お前らの事だからアリバイ調査しているんだろうと思うので言っておくぞ。今この施設にいる人間で双子はいない。つまり双子を使ったアリバイトリックとかは不可能だからな。
「お邪魔しましたー」と都が片手をあげて飯田由利にバイバイする。
「今日はもう出歩かないで、部屋に鍵をかけておくのよ」
「はーい」
都たちの後ろ姿を由利は見ながら一瞬その表情が冷徹になった。
暗闇からおしゃべりしながら廊下を歩く少年少女を見ている存在がいた。その存在は高野瑠奈を見ていた。
―教祖様の一番好みそうな高野瑠奈。次の生贄はお前だ…。