少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版3 少女探偵島都「平成末期の殺戮撃」❶


1

BBC放送
―The dictator, President Rajdakov, who had been in that position for 20 years in Bactorstan, Central Asia, died.
中央アジア、バクトルスタン共和国で20年間その地位にあった独裁者ラジコフ大統領が死去しました)
ⅭNN放送…。
―This led to a resurgence of the civil war between the Islamic fundamentalist organization and the government forces, and the Russian and Uzbek forces announced their support for the government forces.
(これをきっかけに、イスラム原理主義組織と政府軍との内戦が再燃し、ロシア軍とウズベキスタン軍が政府軍の支援を発表しました。)
NHK放送…。
―一方で東部では政府軍と原理主義勢力以外に民族紛争も発生しており、バクトルスタン共和国と国境を接するウズベキスタンキルギスタジキスタンには大勢の避難民が殺到しています。

「Katta opa(お姉ちゃん)」
震える下の兄弟を胸に抱きながら、一人の少女は安心させるように優しく背中をさすっていた。
「Yaxshi, yaxshi.(大丈夫、大丈夫だからね…)」
少女がそう話しかけている土手の向こうの村には火が放たれていた。焼き尽くされていく建物の前で、男たちが凶器に満ちた顔で大喜びしながら、農機具を空中に掲げている。その先端には女性や子供の生首が掲げられていた。彼らは原理主義集団なのか…いや、違うと16歳の少女にはわかっていた。彼らは昨日まで普通に付き合いがあった村人たち…隣人たちなのだ。

 5年後―――。
 東京の入国管理局収容センター。
「てめぇ! よくも本国に暗号を送りやがったな。ふざけやがって!」
蹲る中年女性を職員がひたすら蹴りを入れまくっていた。
「Iltimos, to'xtating, bu og'riqli」
「くそっ、このゴキブリいくら踏んでも喋るぞ! ゴキブリの癖に人間の言葉を喋りやがる」
女性が凄まじい悲鳴を上げるのを収容されている外国人が耳をふさぎ震え、あるものは神に祈り続けていた。
「ちぇ…」
職員の片桐慶四郎(38)は舌打ちをしながら宿直室に戻ってきた。
「アルマとかいうクソ…死にました…どんな暗号を手紙に託して本国に送ったのか…全然吐きませんでしたよ」
「まぁ、仕方がないでしょう」
分厚い唇の男が不敵な笑みを浮かべて片桐を見た。所長の千川千雄(55)は
「どうせこの施設には救急車も入ってこない。私たちのお医者さんが死亡診断書を穏便に書いてくれるでしょ…。これを役所に提出してください。あとは荼毘にふせば、全てはなかったことになります」
と平然としていた。
「あの国は独立維持の為に日本を必要としています。この問題で私たちの国との関係を潰したくはないはずです。ぬふふふ」
この傲慢な笑いと認識が、この後の全ての厄災の始まりだった。

―バクトルスタン共和国
 小さな村に2人の若者がカマズトラックを走らせて戻ってきた。カマズトラックは村のはずれの一軒の家の前に停車する。荒れ果てた大地の何もない村の小さな家の前だった。
「Onam」
「Mustafo, Dustam」
古い埃だらけのレンガの家で老婦人は2人の息子に泣きながら抱き着いた。
「Qizim Alma, Yaponiyada vafot etdi(私の娘のアルマが、日本で死んだわ…)」
ムスタファとダスタムの母親はそう言うと涙を流してテーブルに伏せた。
「Mustafo ... Dastam ... Hodiy(ムスタファ…ダスタム…来てくれ)」
父親のカブールが手紙を2人の息子に見せた。
「Bu qiz jumboqlarga yoqadi. Men jumlalarda g'aroyib grammatika mavjud bo'lgani uchun tekshirdim. Ushbu Baktor tili Morse kodiga aylandi(あの子はパズルが好きだったろう。文章に文法として変なところがあったから、私は調べた。このバクトル語は、モールス信号になっている。)」
「Iltimos, meni tushuntirib bering, Ota.(解読してくれ、父さん)」
息子にせがまれて父親は頷いた。
「Biz Baktorstaning ishchilarni haqorat qilyapmiz. Menga yordam bering.」
息子たちはその手紙に真っ青になって、そして次の瞬間凄まじい憎しみに真っ赤になった。
「Mening qabilalarimda qon bor. Oilani o'ldirganlarning barchasi uchun qasos. Ayollarga va bolalarga yordam bering.(我が部族には血のおきてがある。家族を殺した人間すべてに復讐する事。女性や子供を助ける事)」
カブールは鋭い眼光で2人を見た。
「Sen qasosning jangchisan(お前たちは復讐の戦士だ!)」

―劇場版少女探偵島都3~元号末の殺戮~

―ピンポーン…
マンションの玄関のチャイムが鳴る。高校1年生の結城竜はシャツにパジャマ姿で頭をぼりぼりしながら…。
「ういーっす…誰ですか? 宗教の勧誘ですか」
と玄関を開けようとする。と、直後、彼の従妹の中学2年生結城秋菜が後ろから蹴りを入れて
「お兄ちゃんの馬鹿―――。出なくていい…部屋にすっこんでて」
と蹴りを入れて結城の部屋に彼を叩きこんでからドアを開けた。
「こんにちはー」
と温厚そうな里佳と、ショートヘアで利発そうな理子が「よっ」と部屋に入って来る。
「うう、ありがとう。本当適当でいいじゃんね工場見学の計画提出なんて」
秋菜がうーーーっと声を上げた。
「ま、おかげで私としては秋菜ちゃんの部屋をがさ入れするきっかけができてうれしいけどね」
絶対東山奈央が声優やっていそうな声で理子はそう言うと、結城の部屋を開けようとする。
「ちょおおおっと待って」
秋菜がスラリディングして部屋の前に立ちはだかる。
「この部屋には誰もいないから」
(俺存在消されているのか)結城は自分の部屋で頭をポリポリした。
「そうなの。私秋菜ちゃんのお兄ちゃんに会いに来たのに。面白そうなお兄ちゃんだったし」
「全然面白くない――」
秋菜が部屋から理子の背中を押して遠ざけようとしている。
 だがその前に、
「ちょりーーーす。遊びに来たよ結城君!」
チャイムも押さないでショートヘアの小柄な美少女が玄関にやってきて秋菜は面食らった。
「し、し、し、師匠!」
高校1年生の少女島都は自分を師匠と呼び慕う、でも今は明らかに呼んでいない表情の秋菜に空気も読まずに、
「理子ちゃんとさとかちゃんだよね! こんにちはー」と挨拶してから、
「秋菜ちゃん、結城君借りてくね」と言った。
 結城の方は面食らった。今日一日はのんびりしようと思ったのに…と慌ててクローゼットに隠れる。
「都さん…今日は秋菜ちゃんのお兄様はいないようですよ」
と理子は言った。
「出かけているみたいです」
「あ、靴もないみたいだね」
都は玄関の小さなタイルの靴置き場を見た。
(見っともないぐーたらお兄ちゃんの存在を消すために、あらかじめ靴を隠しておいてよかった…)秋菜はホッとした。だが、それで騙せるほど都は甘くはなかった。
「でも変だなー。今日はこれから雨が降るって天気予報でやっていたのに、結城君は傘を持って行かないで出かけるかなぁ」
(‥‥‥)秋菜は笑顔のママ真っ青になる。
「コンビニとかに買い物とかじゃないんですかね」
理子がのんびりと言うが
「もしそうなら、今日はいないって秋菜ちゃん理子ちゃんに言ったりしないよね」
都は思案してから、秋菜に聞いた。
「秋菜ちゃん、結城君はどこに行くって言ってた?」
秋菜の目が泳いでいる。
「近くのお店じゃないでしょうか…」
「近くのお店か」
都は目をぱちくりさせた。
「雨にぬれても傘を貸してくれそうな近くのお店…で、1日長居をして楽しんでいそうな店…散髪屋さんは結城君髪の毛切ったばかりだし、BOOKOFFは開店時間50分以上前だし…あ」
都は思いついた。
「あそこだ。『2丁目の花園』というゲイバー」
「誰がそんなところ行くかぁあああああ」
結城が寝間着姿で思わず出てきて都を一括した。シャツで筋肉が浮き上がって髪の毛はぼさぼさだった。
「おおお、結城君…こんなところから出てきた」
都は嬉しそうに抱き着くが、直後にそんな部屋着姿の結城の顔面に、秋菜が
「お兄ちゃんのヴァカーーーーーーーー」
と回し蹴りを食らわせ、お兄ちゃんは都ごと吹っ飛んでいった。
「たばぶっ」
その様子を理子は嬉しそうにスマホカメラに収めた。
「また兄妹漫才撮影しました…ごちそうさま」
「理子ちゃん!」
秋菜は顔を真っ赤にして叫んだ。

「全く…妹って奴は」
結城はタワーマンションの下でため息をついた。
「理不尽だ」
「秋菜ちゃんもお年頃なんだよ」
都は「どーどー」と結城の背中をなでなでする。
「都もあの時期はそんな感じだったのか」
「うん」
都は頷いた。
「そうだよ。魔法少女未来ちゃんが尊くてたまらなかったり、ケーキバイキングに毎日行きたくなったり、ファミレスのパフェが食べたくて食べたくて仕方がなかったり。あー、思い出すだけで恥ずかしいよ。幼かった私」
「お前、素で言っていそうだから一応突っ込んでおく…今でもそうだろうが!」
結城が突っ込んだ先には桜並木が続く公園が広がっていた。
「みーやーこーさーーーーーーーーん」
でかい図体の高校の同級生が上半身裸で割りばし鼻に挟んでお盆を片手に手を振っている。
「おおおおおおお、勝馬君。前衛的なファッションだねぇ」
都がぴょんぴょんしながら北谷勝馬の方へ走っていく。周りには彼の舎弟の不細工な男子高校生が小躍りしていた。
「どうした…ここで」
一団からやや離れたところにかわいいブルーシートを敷いておにぎりを食べているのは黒髪ロングのおしとやか美人の高野瑠奈と、快活なポニーテールの薮原千尋だった。
「他人のふりをしているの」
千尋がビニールシートに結城を引きずり込んだ。
「15の身空でSNSに生き恥をさらしたくない」
「確かにな」
結城はため息をついた。
「一応ビールとか日本酒は取り上げたんだけど」
瑠奈が苦笑しながらリュックサックを指さした。
「本当すいません!」
結城が馬鹿な連中に代わって謝った。
「大丈夫よ結城君。私男の子ってなんでこんなに頭が空っぽで脳みそ湧いているんだろう、部が通報されて活動停止になったらどうしてくれるんだワルェだなんて、ちょっと思っただけで、怒ってなんかいなかったから」
瑠奈は笑顔だったが、その声に普段の御淑やかさに隠れた底知れぬ何かが混じっていた。多分勝馬たちも震えあがったに違いない。
「本当にすんません!」結城は再度謝った。
「あのーーー」
突然外から声がかかった。苦情かと思って見上げると黒髪ポニテだが大人しそうな女の子が学校とは違う普段着で結城君に声をかけてきた。
「私たちの書道部、あっちでお花見やっているんです。よろしかったら一緒にお花見しませんか」
モジモジしている女の子。
「なるほど、静かにお花見したいメンバーね。俺もそっち派。お邪魔させてもらうぜ」
結城に言われて、少女益田愛の顔がパーッと明るくなった。

「探検部は春休みどんな予定があるの」
書道部の部長で眼鏡をかけた饗庭尚子が瑠奈に声をかけた。
「今日はお花見で明日は私の家で新しい元号発表を見ながら新入生勧誘の作戦を考えて、明日は神社にお参りに行って、合宿で殺人事件に巻き込まれないように私の友達で巫女をやっている子にお祓いしてもらってついでにお花見して…」
「やる事目白押しね」
瑠奈の説明に部長はため息をついた。
「ああ、丁度いい機会だった」
結城が少し頭をかきかきしながら瑠奈たちに聞いた。向こうでは都が勝馬に肩車されてセンス踊りをしているが、こっちは赤の他人なので関係ない。
「実は最近中2の妹がやたら俺の存在を友達とかになかった事にしたいらしくってな。やたら俺の事を蹴るんだ。俺、日常で悪いことをしているのか」
「結城君、秋菜ちゃんの部屋に勝手に入ったりしてる?」
瑠奈が即答で聞いた。
「ああ、普通に」
「その時点でアウトね」
千尋が頷いた。
「馬鹿野郎。秋菜が着替えたりしている可能性考えてあいつがいるときはノックしているよ」
「ノックしてから許可出る前に普通に開けているでしょ」
瑠奈が聞くと結城はドキッとした。
「しかもシャツパンで」
「…」
「あとお風呂入るときちゃんと体洗ってから入っている?」
「…」
「トイレから出た時にちゃんと手を洗ってる?」
「エロ本とかバレたことない? エロ本じゃなくてもかわいい女の子のグラビア切ってどこかに保存していたりとか」
「PCの検索履歴に危ない項目が残っていたとか」
「サニタリーの中身を勝手に捨てたりとか」
「ベランダの洗濯物の下着とかを勝手に取り込んだりしたりとか」
「雨が降っていたんだから仕方がないだろうが!」
結城が顔を真っ赤にして喚いた。
「完全にアウトね」
千尋はため息をついた。
「駄目なのか、俺は別に全然変な邪心を心には持ってないぞ」
「結城君。秋菜ちゃんくらいの年齢は女の子が自分の秘密の世界を作り出す年齢なの。ほんの小さな事でも凄く気になる年頃なの」
「都もそうだったのか」
結城が瑠奈に聞くと、瑠奈は明後日の方向を見た。
「まぁ、私は兄貴いるけど、中坊の時はそういうの全然気にしない達だったけど、友達は気にしていたよ。男の子含めた友達と宿題やっていた時、お母さんがふつうに下着とか部屋に取り込もうとしてて泣いちゃっていたもん」
「ああ、ブラのサイズとかお父さんにも絶対知られたくないよね。弟がやんちゃで私のブラ眼鏡みたいにして走り回るから、家に都も呼べなかったし」
「都だったら一緒に遊びそうだけどな」
「そういう問題にしている時点でダメなんだよ」
千尋に突っ込みを入れられて結城は「すいません」としおらしく謝った。
 だがその時だった。
「かわいい外国人をレ〇プしてぇええええええええええええええええええ」
突然猿のような奇声が耳に入ってきた。
 見ると背広姿のデブ眼鏡が嬉しそうに大声を上げて、周りで酒で出来上がった連中が嬉しそうにはやし立てているのが見えた。
「なんだ、あいつ」
結城がゲロでも見るような目でそいつらを見た。
「うわっ、キモ。同じ人類なのが恥ずかしいレベルだわ」
千尋が顔をゆがめる。その時その親父に上半身勝馬が絡んで胸倉をつかんできた。
「てめぇ、ちょっと来い」
「何するんだ」
「誰だ君は」
話しぶりからして相当いい会社の連中だろうが、勝馬が目を血走らせてさっきのデブ男に掴みかかって人形みたいにガクガク振るので、結城は走り出した。
勝馬、馬鹿、やめろ! 落ち着け」
勝馬君やめて」瑠奈も大声をあげた。
結城だったら徹底的に振りほどいて暴れようとしただろうが、瑠奈という美少女の呼びかけに勝馬は鼻息を牛みたいに上げながらも大人しくなった。
「なんだ君は、頭がおかしいのか」
「どう見ても頭がおかしいのは貴方たちだと思うよ」
都がキッと一団を睨みつけた。
「なんだと、子供の分際で。私たちがいるからこの地域の福祉が回っているのに。お前たちが子供を作らないやわな人間のせいで回っていかない全部を俺たちが回しているんだぞ」
デブ男は明らかに悪酔いしている。
「すまん、日本語で話してくれ。高校生の授業科目に猿語はないんでな」
「ウキーーーーーー、ウキイイイイイイイイイイイイ」
勝馬がさらにデブ男につかみかかろうとするのを「お前が猿語話してどうするんだよ」と結城は突っ込んでビニールシートに座らせた。
「ほら、これ飲んで落ち着いて」
千尋午後の紅茶を紙コップに注ぐ。勝馬バツが悪そうに両手でそれを受け取ってくぴくぴ上品に飲んだ。
「お見苦しい所を」
「ううん」
借りてきたクマのような勝馬に瑠奈が笑顔で首を振った。
「あの…本当は私、在日コリアンなの」
愛の隣に座っていたショートヘアの女の子で髪が茶髪の利沢南美が少し声を震わせて言った。
「本当はイ・ナムミって言うんだけど、あの人たち私の事言っているんじゃないかって怖かった」
「同じ日本人として切腹したくなります」
勝馬は恐縮しきっていた。
「ううん、北谷君が怒ってくれたこと、嬉しかった」
勝馬君のおかげで、お花見がまた楽しくなったんだよ」
都がにっこり笑う。と、その背後から
勝馬さん、何勝馬さんだけ女の子に囲まれているんですか」
「ずるいですよぉおおおお」
勝馬の舎弟たちがハンカチを咥えて涙を流していた。

 夕方。
「ええと、まずちゃんと風呂は体を洗ってから入って、洗濯物はちゃんと分けて…PC検索で女の子の検索があっても無視して、それから部屋にはノックして秋菜が出てから入る…と」
結城は自宅に帰りながら復唱する…。
「別にそんな気にする必要あるか? 従妹だぞ」
結城はため息をつきながら、自室の携帯の充電器を探すが
「秋菜が持って行ったのかな」
と向かいの秋菜の部屋のドアを開けると、ブラジャーを付けている最中の秋菜が真っ赤になって振り返った。
「きゃぁあああああああっ」
「ばくぁあああ、お前、理子ちゃんとサイゼ行くって」
「お兄ちゃんの変態ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
秋菜の強烈な蹴りに回転しながら、結城竜は自室に吹っ飛んで扉が棺桶みたいに閉じた。

 翌朝。結城が目を覚ますと、台所に500円が置いてあった。
「ファミマ池」という殴り書きと一緒に。

「本当にお兄ちゃん最低なんだから」
校外学習のバスの中で中学校の制服姿の結城秋菜はため息をついた。
「あり得ない。勝手に私の部屋を開けるなんて、最低最悪、こんなクソみたいなお兄ちゃん絶対いないでしょ」
「でも私は羨ましいよ」
富吉理子は小首をかしげて言った。
「私お兄ちゃんはいないから。こういう喧嘩、憧れる」
「えええ?」秋菜は隣のリクライニングシートであり得ないというような声を上げる。
 バスは茨城県県南の田んぼのど真ん中にある食品加工会社へとやってきた。

「ここではバイオテクノロジーを投入した大規模農業をモデルとし、安価で効率的な農業によって低下し続ける日本の食料自給率を高め、人手不足でなり手がいない農村を活性化するためのモデル工場として、我々バイオグリーン社と日本の経済産業省、外務省が共同で建設しました。ここまでで何か質問はありませんか」
工場の会議室で企画部長の権藤高登(49)が周囲を見回す。
「結城…」
担任の磯崎雄介(35)先生が質問頼むとサインを送る。秋菜は困った顔をしてバッテンをした。
「本当に何かありませんか」
権藤が少し不機嫌になって周りを見回す。でもこれは仕方がない面もある。この人の質問タイムの切り方は下手すぎる。彼の説明の中には「ま、そういうもんだろ」って情報しかない。逆に良い説明をする人こそ物事には無限の不思議があるので、中学生であってもこちらも質問を考えやすくなるのだ。それとも何か。この前ニュースでやってて結城竜って兄貴が怒っていた工場労働者の救急車を工場が追い出した事件、あれは何でやったんですかって聞いてあげようか? 空気的にまずいよね。
「ほい」
秋菜の横にいた富吉理子が手を挙げた。
「救世主!」
秋菜が小声で拍手した。理子は徐に眠そうな声で
「この工場の協力に外務省ってあるのは何で」
「いいことを聞いてくれました」
権藤はジャム叔父さんみたいなホクホク笑顔で頷いた。
「実はこの工場、働いている人の大半が外国人技能実習生でしてね。世間では技能実習生って聞くと虐待とかそういうイメージがあるんですが、あれは本当にわずかな事例をマスコミが面白おかしく報道しているだけで、多くの勤労意欲のある外国人からは祖国に日本の技術を伝える事ができて、それでアジアの未開の貧しいどうしようもない村が日本の技術で豊かになったと、そうやって感謝しているんです」

 中型エルフトラックが工場の広大な敷地を走って管理棟の建物に入ってきた。バイオテクノロジーを扱っているだけで未来的な建物だ。そのトラック搬入口の中にトラックが停止し、警備員が確認の為に近づく。若口という名前のいかつい警備員がトラックの運転手に確認の為の社員証の提示を求めようとした直後、サイレンサーが付いた合成樹脂の3D銃の銃弾が警備員の胸を貫いた。若口警備員が心臓を貫かれて崩れ落ち、血の海が広がる様子に気が付いたもう一人の警備員を荷台から出てきた男がテーザー銃で痺れさせて大人しくさせた。
「Siz yapon tiliga o'xshashsiz(お前は日本人に似ているな)」
荷台から出てきた男、ダスタムが兄のムスタファに言った。そして抱擁しあった。
「Barcha birodarlarning qadr-qimmati uchun(全ては兄弟の尊厳の為に)」

権藤の喋り方は自分に酔っていた。秋菜も周りのクラスメイトもそのあたり敏感に感じ取るのでうんざりしていた。
(あー、次の元号なんなんだろ、もうすぐ発表かな)
秋菜はため息をついた。
 その時だった。
 ズガーーーーーーーン
 物凄い鼓膜をぶち破るような音ともに外で炎が炸裂するのが見えて、警報装置があっちこっちで鳴りまくった。窓ガラスが吹っ飛んでくることはなかったが、何枚かのガラスがゆっくりと落っこちていく。
 その時我に返ったクラスメイトが悲鳴を上げ、秋菜も思わず理子に飛びつく。
「落ち着いて、落ち着いてその場に座ってて」
磯崎が生徒を落ち着かせる。
「一体…何が…」
磯崎教諭に聞かれた権藤部長は首をかしげながら呆気に取られていた。埒が明かないと生徒に待つようにジェスチャーして廊下に出た磯崎教諭は、その場で突然現れた髭面の男に殴り倒された。そいつはサブマシンガンを下げていて、手にしたプラスチック樹脂の拳銃を天井に向けて発砲し、蛍光灯が粉々になった。
「きゃぁああっ」
秋菜は悲鳴を上げた。生徒たちも同じで頭を抱えたり机の下に避難訓練の時みたいに隠れた。
防災頭巾防災頭巾
理子があわあわ声を出している。
「理子、落ち着いて…」
秋菜は理子を抱きしめた。

「はぁ」
高野瑠奈の部屋で結城はため息をついた…。落ち込んだ彼の周りには何かがクルクル回っている。
「やっちゃったねぇ」
ポッキーをつまみながら薮原千尋はため息をついた。
「これは3日は話しかけてもらえないわ」
「大丈夫だよ」
都はにっこり笑った。
「ホラホラ、新しい時代の名前が発表されるよ」
官房長官がテレビの中で記者に対していよいよ発表する。彼は色紙のようなものを持っていた。きっと布で覆われたそれに新しい時代の文字が書いてあるのだろう。ぴこぴこと聞きなれないチャイムが流れ、探検部は固唾をのんで見守る。
「ただいま終了しました閣議決定により…」
官房長官が緊張した面持ちで記者会見で喋っていく。
「…本日中に公布される事となりました。新しい元号は…安〇…」
ここまで言ったとき、突然秘書が官房長官に耳打ちする。官房長官は「えっ」と声を上げ、慌てて「こ、これで閣議を終わります」と布を色紙から取らないで退出し、動揺した記者がざわめいた。同時にニュース速報のテロップが出たが、これは新しい元号の知らせではなかった。
―ニュース速報…茨城県食品工場を武装外国人が襲撃。中学生数十人が人質―
「ちょっと待て」
結城が真っ青になってテレビにかじりついた。
「結城君?」
ぽかんとする千尋の前で結城が喚いた。
「秋菜の奴、今日は校外学習で食品プラントに見学に行ってるんだよ」
結城の声は悲鳴に近かった。
「う‥‥うそ‥‥」
都の目が恐怖に見開かれる。

 ただっぴろい田んぼの中を猛スピードで警察のパトカーが走り抜けていく。先頭にセダンのパンダサイレンの警邏パトカーだったが、後方には特殊車両が多数連なっていて、消防車や救急車も待機している。警察のヘリコプターが周辺を旋回していた。
「長川警部」
警備部の隊員が刑事部の長川警部に連絡した。
「犠牲者が出たって言うのは本当か」
特殊車両の中に通された長川朋美警部はパンツスーツ姿で警備部の連絡語りで若い眼鏡の青年の山下警部補に聞いた。
「ええ、警備員が1人射殺されたようです」
「殺人事件か」
「長川」
警備部警部の森下純也といういかつい警部が長川を見た。
「とりあえず今回は犯人は武装しているし人質は中学生数十人だ。今回はSATが指揮を任せてもらう」
「もとい、刑事部長から受けている任務はあくまで殺人事件の捜査だ。それに」
長川は歯ぎしりした。
(今秋菜ちゃんも中にいるって事じゃないか)
「人質が解放されたようです」
「な」
長川は隊員の報告に身を乗り出す。
 建物の入り口から数
十人の子供たちが重い表情で人間の体を力を合わせて持ち上げて震えながら歩いてくる。盾を持った機動隊員がすぐに転回して彼らを保護する。
「もう大丈夫だ。頑張ったな」
山下が足を震わせている少年たちから警備員の死体を受け取った。
「子供に死体を運ばせるなんて…なんて奴らだ」
「ごほっごほっごほっ」
一人のショートヘアの女の子が苦し気に咳をしながら地面に座り込む。
「大丈夫かい?」
長川は慌てて駆け寄って彼女を助け起こす。一緒にいた少女が「この子喘息なんです」と叫んだ。喘息の少女は苦し気にCDを手に、長川に渡す。
「犯人が…警察にって‥‥」
少女からCDを受け取った長川。救急車に連れて行こうとする警官に逆らい、長川の腕のスーツを握って少女は声を振り絞った。
「私の身代わりになってくれた子がいるの。秋菜ちゃん、秋菜ちゃんを助けて…お願い」
長川は少女の声を聞いて身を震わせた。
「わかった。必ず…必ず助ける…だから心配しないで」
長川は力強く頷いた。

つづく