少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

生首温泉殺人事件7-8 再推理編

生首温泉殺人事件7-8 再推理編

 

 

 

7

 

【容疑者】

・右藤雅恵(45):生首荘女将

・右藤愛(17):生首荘従業員

・比留間宇美(36):フェミニスト作家

高木憲太郎(38):フェミニスト。大学准教授。オカマ。

徳田兵庫(57):医師

西原回(34):エロ漫画家

・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。

・山垣甲(40):カメラマン

・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。

 

「徳田…」

夜中の林で首つり死体を見て結城が声を震わせると、都は大声で叫んだ。

「まだ助かるかもしれないよ。勝馬君、足を支えて、瑠奈ちんと千尋ちゃんは木に巻き付いたロープを!」

「うん!」

瑠奈は頷いた。

 徳田は目を見開いた状態で地面に下ろされた。

 結城がその口に息をふき入れ、必死で心臓マッサージをしていく。

「私、AEDがないか民宿に戻ってみる。勝馬君も来て」

瑠奈が大声で言いながら、勝馬の手を引っ張る。

 そんな中で秋菜は結城竜の心臓マッサージの様子を茫然と見ていた。

「死んじゃダメ。死ぬなんて許さない。貴方は人を殺した罪を生きて償わないといけないんだから」

都が大声で目を見開いた真っ青な徳田に喚いた。

 秋菜は思い出していた。都が犯人を自殺させてしまったとき、どれだけ苦しんでいたのかを。その苦しみを都はまた背負うことになる。しかも秋菜が尾行に気が付かれ、犯人を逃がしてしまったせいでだ。

「くそっ」

結城が喚いてさらにマッサージをしようとするのを、都は手で止めた。そして前髪で顔を隠した状態で首を振った。

 結城はそんな都を茫然と見て、そして目を見開いたまま前を向いた。都は前髪で表情を隠しつつ過呼吸に近い状態でぎりっと歯ぎしりしていたが、小さくため息をついて顔を上げた。千尋が真っ青になってこっちを見ているのを見てから、秋菜を見た。

(わ、私のせいだ…私がこの人を追い詰めたせいだ)

秋菜は放心状態でその場に立ち尽くしていた。都は立ち上がると、秋菜の頭に手をのせて、いい子いい子した。

「秋菜ちゃんが無事でよかった」

都はにっこり自分より10㎝長身の後輩に笑いかけた。

「師匠…」秋菜の目からは涙が零れ落ちていた。

「師匠おおおおおおおおっ」

秋菜は都に縋りついて崩れ落ちた。

 

「徳田さんまで」

朝日が昇った森の中で地面に下ろされ、結城の上着がかけられた死体を見て、黒森琢磨がへたり込んだ。その横で「残念、首が飛んでいないなんて」とうひうひ笑いながらカメラマンの山垣が写真を撮っている。

「本当なの。徳田先生が犯人だなんて」

右藤愛が薮原千尋に聞いた。

「うん、私たちが温泉で見た第一の被害者西原さんの生首はこの人がアリバイ工作の為に偽装したもので、それが早期に胴体が発見されたせいでアリバイ工作にならなくなった。第二の事件で高木憲太郎さんが殺された事件では、録音テープを使ったトリックで死亡推定時刻を錯覚させようとしたけど、私たちに全てのトリックを暴かれ森の中へ逃走して自殺って事らしい。後は証拠が出ればいいんだけど」

千尋が遺体の傍でごそごそする結城を見た。

「証拠はあったぞ」

結城は都に徳田のポケットから出てきた子機電話を翳した。

「決まりね。これで徳田先生が犯人だって事で。ああ、安心したわ」

比留間宇美が両手を広げて蔑むように笑った。

「どうせなら、あいつも殺してくれればよかったのに」

ぼそっと呟きながら、女将の右藤雅恵が醜悪な表情で比留間宇美の後姿を見た。比留間が「何よ」と凄い残虐な笑みを浮かべて右藤雅恵を見る。そしてリュックサックを置いて突然中にあったものを取り出した。

「これ確かあんたの離婚した相手よね! あんたが障害者の子供を産んで離婚して、そしておかまになっちゃった」

と中から比留間が嬉々として取り出したのは高木憲太郎の生首だった。

「きゃぁあああっ」女将が悲鳴を上げて飛びのいた。

「男好きでそのために自分の娘を捨てた糞外道女将ちゃん。これをどうぞ…黒瀬深ごっこ遊びに」

「あんた何やっているんだ!」

勝馬が大声で喚いた。

「別に大丈夫よ。洗面台にぷかぷか浮いているから血抜きはされているし。いひひひひ」

ジョジョ笑顔の比留間宇美は今度は都に近づいて首のあごを動かして話しかける。

「貴方が追い込んだせいで犯人自殺しちゃいました。あなたが自殺に追い込んだんでちゅ。僕死んじゃったから死んだ気持ちはよくわかりまちゅ。痛いよー。怖いよー、真っ暗だよー。苦しいよぉ」

 都は無反応だったが、結城の頭を沸騰させた。こいつ…と結城が都を助けようとしたとき、次の瞬間突然比留間宇美の体が吹っ飛び、首が林を転がった。

「この変態野郎が都さんに近づくな!」

右藤愛が肩で息をしながら喚いた。

「私は客よ。客を殴る従業員がいる民宿なんて、貴方のお母さんの教育がなっていないんじゃないの?」

比留間宇美が女将にからもうとするのを愛がもう一度張り倒した。

「あんたは死体侮辱犯罪者よ」

愛に言われて比留間宇美は「ち」と舌打ちして首を放置して民宿に歩き出した。女将が高木憲太郎の首を抱き上げて撫で上げるようにしながら旅館へ戻っていく。

「ははははは」へたり込んだ黒森が眼鏡のさわやか系表情を不気味にゆがめて笑った。

「僕は助かった。助かったんだ。こいつが自殺して助かったんだ」

「気持ち悪い…」

台湾オタク女子大生陳思麗が蔑むように黒森を見る。

「本当に前々から思っていたけど、こいつ本当に気色悪いです。それに比べて。本当に最高だよ君」

陳は都の手を取ってきゃいやいする。

「私、高校生探偵ってのに興味があってネットで調べていたんだけど…本当にマジで犯人もトリックも突き止めちゃうなんて」

「あ、ありがとう」

都がどんぐり眼をぱちくりさせる。

「私も台湾大学生探偵を名乗って、オタクとか社会の事呟いているけど。日本の男性にセクハラネットリンチ受けると怖くて何も出来なかったくらいだもん。でも都ちゃんは犯人もトリックも突き止めるなんて最高!」

「そのセクハラ日本男子って、黒森の事?」

黒森がとぼとぼ民宿に向かって歩いていくのを見て、陳は頷いた。

「それと徳田さん。あの人細目で優しそうな顔しているけど、凄くセクハラが好きでセカンドレイプが好き」

「それは私もそう思った」千尋はため息をついた。

「昨日の休憩時間に奴が姿見せなかったの。絶対瑠奈たちを覗きしていると思ったから」

陳は千尋に頷いてからため息をついた。

「腹が立つのはあいつのセクハラツイート訴えようと思ったのに、誰かが私の代理人名乗って勝手に慰謝料とかを詐欺ったみたいなんだよね。本当に闇が深いし、もうこういう話に関わらないで楽しくオタクだけやる事にしよっかな」

「それがいいですよ」げっそりした顔で千尋が陳に言った。

「じゃぁ、朝食までには戻るんだよ」

陳はそう手を振って民宿に戻っていった。

 死体が転がる林で、都は背中をみんなに向けて立ち尽くしていた。足元には死体が眠っている。立ち尽くして臍を噛む都に、瑠奈は「都、ちょっといいかな」と言葉を挟んだ。都が瑠奈を見上げる。

「秋菜ちゃんが私に昨日質問したことがあってさ。この事件都的には疑問点はないのかな」

「温泉に出た生首が紙を咥えていた事と、第一の事件で西原さんに拷問の痕跡があった事?」

都の返事に瑠奈は「気づいていたんだ」と声を上げた。

「温泉で首が紙を咥えていたのは、殺す時に声を出さないように咥えさせた紙が硬直で抜けなくなったとか、西原さんの声は第一の事件のトリックがうまくいっていたら、何かしら拷問で収録した声を使うトリック考えていたとか、それくらいに考えていた。でもそれとは別に何かもやもやしているんだよ。ほけんの窓口みたいに」

都は目を閉じた。そして秋菜と瑠奈ににっこり笑った。

「朝ごはん、食べに行こっか。多分今日の昼には連絡船も来るみたいだし」

 

「あと一人だ…。あと一人で、この復讐は完遂する」

黒い影は定期入れに入れた笑顔の少女比留間葉奈の写真を見た。

「もうすぐだよ…必ず敵を取ってあげるから」

 

「あー、腹減った。昨日結局晩飯の料理食いそびれちまったし。刺身くいてぇっす」

「よく食えるねーー」千尋に突っ込みを受けつつ勝馬が頭の後ろで手を組みながら間抜けた声を出して大あくびしながら、民宿玄関に帰ってきた都の後ろから声を出す。民宿玄関には相変わらず絵が飾られていた。

「この絵の女の子の方が葉奈って子なんでしょう」

千尋が言った。

「うん、男の子のほうは誰だかは愛さんも知らないみたい」と瑠奈。

都はこの絵をぼーっと見ていたが、その目が突然見開かれた。

「彼氏さんだったのかな。もうちょっとで夢がかなって、あんな親から別れて幸せになれたのに」

悲し気な表情の秋菜の肩を都は強く掴んだ。

「秋菜ちゃん、お手柄だよ。そうなんだよ。この事件の犯人は徳田じゃないし、徳田も自殺なんかしてない。殺されたんだよ」

「え、師匠…どういう事ですか」

強く揺さぶられて目が点になる秋菜。

「秋菜ちゃんが見つけた疑問点は正しかったんだよ。犯人はまだ生きていてこの民宿にいる」

都は確信を持った目つきで秋菜を見た。

「ちょっと待って…じゃぁ、都の今までの推理は」

瑠奈が声を震わせると都は目を閉じた。「犯人にそう推理するように誘導されたんだよ」

「師匠を…?」

秋菜の声が震える。

「瑠奈ちんが見た高木憲太郎のオカマピエロ。利き手が右利きだった事を見ても多分偽物だったことは間違いないよ。でもあの右手ノックはわざとだったんだよ。あれによって私は犯人に高木さんの死亡推定時刻が偽装されている可能性に誘導された。そしてその結果医師の徳田さんが本当の死亡推定時刻を割り出したのにそれが嘘じゃないかと疑うように誘導されたんだよ」

都はまっすぐにロビーの奥を見て、前髪で顔を隠すようにしたを向いて笑った。

「ははは、犯人を自殺させちゃったばかりか…冤罪だったなんてね。本当に私探偵失格だ」

都の様子に、結城と秋菜は言葉を失った。

「都…もしかして犯人が分かっているの」

瑠奈の言葉に都は悲しげな表情で言った。「うん、大体ね」

「ちょい待て。今生き残っている連中全員に第一の事件でアリバイがあるんだぞ」

結城が声を上げた。

「そう。犯人は第一の事件で完璧なアリバイがある。西山さんの首を温泉で私たちに見せびらかすことが出来ないという完璧なアリバイが。でも何かあるはずなんだよ。この鉄壁のアリバイを崩すとんでもないトリックが」

「じゃあそれを暴きましょう!」

秋菜が力強い笑顔で都を見た。

「真犯人を今度は絶対に生きて捕まえよ。そしてもうこの事件では誰も死なせない」

 

8

 

「もうこの事件で絶対誰も死なせない」

都が物凄い視線を食堂の方に向けた時、仲居の右藤愛が「あ、あの、どうかされました?」と小首をかしげた。

「あ、いや、お腹がすいたなぁ。朝ごはんは何かなって話をしていたの、ねぇ」

都があせあせ勝馬に話を振ると勝馬は「そうですよ。朝ごはんが生首…じゃなくてナマコとかだったらいいなぁって」と目が泳いでいる。

だが愛はくすくすと笑った。

「私もですよ。私も何となくではですけど、犯人は別にいると思っています。頑張って栄養補給して推理頑張ってください」

愛はにっこり笑って一行を食堂に案内した。

 

 焼き魚と昨日の刺身とみそ汁とご飯をがつがつ食べてデザートをぺろりする都。

「ふえええええ、食べた食べたぁ」

都はげっぷしながら椅子にもたれかかった。秋菜がメモ帳とペンをカチカチして全員を見回す。

「さて、あんまり食事向けの話じゃないですけど、ちょっと事件を整理してみましょうか。まず第一の事件で西原回さんが殺された事件。あの事件の死亡推定時刻は昨日の14時から15時。この時間アリバイがあるのは今生きている人たちでは千尋先輩と一緒にいた仲居の右藤愛さんと私たちと一緒にいた陳思麗さんだけです。ただ17時にこの民宿から徒歩20分かかる温泉まで首を持って往復できた人間は一人もいません。愛さんなら私たちを迎えに来た車を使って首を運べたかもしれませんが、彼女には殺害時間に千尋さんと一緒にいた完璧なアリバイが」

「都の推理が正しければ、徳田兵庫さんが導き出した死亡推定時刻は逆説的に信頼できるって事よね」

瑠奈が考え込む。秋菜は続けた。

「オカマ…じゃなくて高木さんが殺された第二の事件では黒森さんと愛さん、女将さんとカメラマンはアリバイがありますが、比留間と陳さんにはアリバイはありません。ただ死亡推定時刻が死体発見の1時間以内だとしても、比留間さんと陳さんが2階に上がったのは数分ですからね。その間に高木さんの部屋で高木さんを殺害して首を切断、洗面台につけるって事は女性の力で可能かどうかは微妙ですよ。しかもその間に高木さんの声を内線電話で流すって芸当もしているんですから」

「多分犯人は徳田さんがトイレに行く時間を把握したうえで内線電話をかけている。それ自体は徳田さんの飲み物におしっこしたくなるクスリとか混ぜて、トイレに盗聴器をつければ可能だよ。それに西原さんの首が見つかる前はみんな自由行動だったし、子機のトリックを使えば誰でも犯行は可能じゃないかな」

都は食堂を見回す。

「つまり第一の事件の鉄壁のアリバイを崩さない事にはどうしようもないって事か」

結城は頭をぐしゃぐしゃした。

「ねぇ、実は首はあらかじめ置かれていたって可能性はないかな。それがお湯と湯煙の反射作用で隠されていて何かのきっかけでそれが浮かび上がるとか。そんでもって蝋燭で自動的に切れるロープと海へ落っこちる崖に仕掛けられた錘で自動的に首は温泉の垣根から回収される…とか」

「その首をどうやって民宿に運ぶんだよ」

結城はため息をついた。千尋は指を立ててびしっと言った。

「だからあれは精巧な作り物だったんだよ。ラバー樹脂みたいな」

「露天風呂の垣根の血液はまだ滴り落ちて数分の新しい血液だったよ」

都は言った。

「それに西原回さんは最近髪形を変えたんだよ。ラバー樹脂でそれを再現できるわけない。それに私が見る限り、あれは本当に人間の首だった」

都は言ったので千尋はため息をついて、ふと熱心にメモを取っている秋菜を見た。

「あ、秋菜ちゃんのこのペン。京都のお土産でしょ。私も中学の修学旅行で買ったんだ」

千尋がにかっと笑って秋菜を見た。

「どこで買ったの。清水寺?」

「ああ、わかんないんです」

秋菜は言った。

「これくれたのは京都で家族旅行してきた友達が交換でくれたものですから」

「あらー。てっきり秋菜ちゃんが京都で同じものを買ったと思っちゃったよ」

千尋は頭をかいた。都の目が光を帯びた。目が見開かれていく。

「そうか…そうだったんだよ」

都は下を向いた。そして横に座っている結城と瑠奈、秋菜に喋りかけた。

「みんな、よく聞いて。犯人が第一の事件で仕組んだアリバイトリックが分かった。犯人が鉄壁のアリバイの中で温泉にいる私たちに生首を見せたトリックが分かったんだよ」

都は食事を終えて食堂を出ていく面々を見つめた。

「ほ、本当ですか都さん」

勝馬がひそーひそーと目を丸くする。

「そして私の推理が正しければ」都は言った。

「犯人はまだあと一人殺すつもりだよ」

ロビーの絵の前で、黒い影が殺意に目を光らせていた。

「な、なんだと…まだ犯人はこの殺人劇を続けると」

結城は食堂にいる都に向かって呻いた。都は「うん」と頷いた。

「せっかく師匠を完全に利用しての犯人の自殺劇を演出したのに?」

秋菜が目をぱちくりする。

「うん、この自殺劇も犯人が作り出した殺人劇の終章じゃない。犯人はさらに第二段階のトリックを仕掛けているんだよ。でも、もうこれ以上犯人に誰も殺させない」

都はそう言ってから、結城と勝馬を見た。

「ちょっと2人にお願いがあるんだよ。重要な確認を結城君と勝馬君にお願いしたいんだよね」

「確認?」

勝馬がきょとんとする。

「そうそう…その確認が出来れば、多分犯人は私たちの前に決定的な証拠を自分で持ってくる」

「あんなに頭のいい犯人がですか」

秋菜が声を震わせる。

「この犯人は探偵の出方を完全に見切っている。これからいう事の確認を絶対に犯人にばれないようにして」

都は念を押した。

 

 都はたった一人、民宿ロビーの絵の前で待っていた。結城竜が階段から降りてきて、都の傍で目を合わさず小声で言った。

「あいつが吐いた。お前の言う通りだったぜ。あいつは犯人の言いなりになって、とんでもない文章を書いていた。これが自分の最期の殺人で使われることになると知らずに」

「ありがとう。結城君。この事件、全部つながった」

都はある少女が描いた絵を見上げながら悲し気に呟いた。

 

-ただ君の笑顔を守りたかったんだ…。君の笑顔が私に勇気をくれた…優しさをくれた。だから君が最後に感じた恐怖を忘れられない。君の幸せを奪ったあいつらが許せない。あと一人…あと一人…。あと一人…。

 

 ガレージに人影が入ってきた。殺人者はナイフを握りしめ、人影の様子を車の陰からうかがう。だが影はゆっくりと冷静に、最後の標的とは違う声で言った。

「いくら待っても、お前が殺したがっている奴は来ないぜ」

結城竜はガレージの中を見回した。犯人がナイフを握りしめる。その気配を感じて

「逃げようとしても無駄だ!」

と結城はすごんだ。勝手口が開いて、秋菜と都と勝馬が入ってくる。結城はおもむろに子機に電話をした。

「高野、薮原…みんなを連れて来てくれ」

結城は子機を車のボンネットに置く。都は千尋と瑠奈がガレージの入り口に全員を連れてくるのを確認すると声を出した。

「本当にあなたの計画は見事だったよ。凄く頭がいい犯人だって事はわかった。最初から私に徳田兵庫さんが犯人だと思わせ、推理をミスリードするつもりだったんだから。そしてそれは見事成功した。まず犯人は昨日2時の休憩前に徳田さんに遅効性の睡眠薬を飲ませて、彼が部屋に戻りアリバイがあやふやになるように仕向けた。そのうえで第二の事件前にわざと高木憲太郎さんの変装の時に利き腕を右にして、あれが変装だと私に推理させた。そう、貴方はあの時高木憲太郎さんの演技をしていたわけじゃない。高木憲太郎さんの偽物の演技をしていたんだよ」

都の強い言葉に千尋や瑠奈と一緒にいる民宿の人間たちがどよめきを上げる。都はまだ言葉を続けた。

「偽物が存在する事で死亡推定時刻を錯覚させるトリックの存在を私に印象付けさせ、そして徳田さんがトイレに行くように薬で誘導し、徳田さんがトイレに入った瞬間にそれをトイレの盗聴器で聞いて、旅館の子機から高木さんの声を流して内線電話で結城君に聞かせ、犯行時間が高木さんの部屋での死体発見直前だと錯覚させるトリックが使われたと、私に推理させた」

車の陰に隠れた犯人は息を押し殺していた。都は車の向こうに見える殺人鬼の陰に向かって言葉を続けた。

「それは逆を言えば第三の被害者になる予定の医師徳田さんの死亡推定時刻算出が嘘っぱちだと私に思わせ、徳田さんを私に疑わせるミスリードでもあったんだよ。私はあの偽物の高木憲太郎さんの存在が、死亡推定時刻の偽装とばかり考えて死亡推定時刻が偽装されたことを偽装するためのガジェットだとはこれっぽっちも思わなかった。犯人の作り出した錯覚にまんまとのせられたんだよ。そのせいで私はみすみす徳田さんが貴方に呼び出されるのを見逃し、貴方に3人目の殺人をさせちゃった」

都は悔しそうにほぞをかんだ。

「貴方は私たちが徳田さんを疑っている事を知っていた。こうなることは貴方にはわかっていたからね。だからそのことを徳田さんに伝えて私たちを巻く指示を出して森に呼び出し、まず追いかけてきた秋菜ちゃんを気絶させてから、徳田さんを絞殺して吊るしたんだよ」

都はため息をついて一呼吸してからガレージの中で言葉を続ける。

「私は犯人にこうやって踊らされた。第一の事件だって私は死体が早く見つかったせいで犯人のアリバイは不成立だったと推理したけど、女将さんが焼却炉にゴミを出す時間が決まっていればごく自然に17時に死体を発見させる事だって出来る」

「じゃぁ、あれは」

瑠奈は声を震わせた。都は頷いた。

「死体が見つかった時間は決して早すぎではなく、犯人の予想通りだった。死体が早く発見される事で犯人は生首を温泉に持っていくことが出来ないというアリバイをさらに完璧にしたんだよ」

「犯人は一体どんなアリバイを作ったんですか」

勝馬の目が見開かれる。「だって徒歩20分の温泉まで生首を持っていくことなんて、旅館にいた人間には誰にも出来ないんですよ」

勝馬の質問に都は力強く笑った。

「そのアリバイトリックを崩すためのヒントは、秋菜ちゃんが私に教えてくれた」

都は結城秋菜を見た。秋菜がびっくりしたように都を見る。

「なぜ私たちが温泉で目撃された西原さんの首が紙を咥えていたのか。犯人が高木さんだけではなく西原さんにも拷問を加えていたのはなぜなのか。そして犯人が第一の事件や第二の事件で被害者の首を切断し、それを洗面台や水場に浮かべていた理由は何なのか、全ての謎は貴方が犯人だという事を指示しているんだよ」

少女探偵島都はガレージの中にいた影に向かって指をさした。

「犯人は貴方です!」

 

【挑戦状】

さぁ、謎のヒントはすべて開示されました。今回の容疑者は6人。犯人はこの中でたった1人。共犯はいません。生首を民宿から温泉に持っていくことが出来ないはずのアリバイを崩して、犯人の正体を突き止めてください。

 

【容疑者】

・右藤雅恵(45):生首荘女将

・右藤愛(17):生首荘従業員

・比留間宇美(36):フェミニスト作家

・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。

・山垣甲(40):カメラマン

・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。