生首温泉殺人事件5-6 解決編❶
生首温泉殺人事件 転回編
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【容疑者】
・右藤雅恵(45):生首荘女将
・右藤愛(17):生首荘従業員
・比留間宇美(36):フェミニスト作家
・高木憲太郎(38):フェミニスト。大学准教授。オカマ。
・徳田兵庫(57):医師
・西原回(34):エロ漫画家
・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。
・山垣甲(40):カメラマン
・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。
首のない高木憲太郎の死体を医者の徳田兵庫(57)が検視した。
「死亡推定時刻は今から30分から1時間以内。頭が水につかっていなければもっと正確な推定時刻は出せるのですが…つまり皆さんが西原君の生首を発見した前後という事になります。死因は失血死。背後から背中を刺されたことによるものです。西原君の時と同じようにね…そして西原君の時と同じように両方の手に手錠のようなものがあり、さらに死体には切り付けた痕跡があります。恐らく拷問みたいな事を犯人はしたんでしょう。殺す前にね」
「なんて酷い事を」
廊下でおっかなびっくりその様子を見ていた台湾女子大生陳思麗(20)が口を押える。
「私はせいせいしているわ。あんな気持ち悪いトランスジェンダーのオトコモドキが死んでくれて。あいつは女のふりをして女子トイレに現れる似非女子だけど中身はジャップオス。本当に気持ち悪い、死んでくれてせいせいしたわ」
とフェミニスト作家比留間宇美(36)が大げさに肩を抱きしめて見せる。
「まぁ、この人表現の自由戦士がとか言って首が切られる少年漫画にケチをつけていましたけど、自分がこうなるとは、笑えますね」
と黒森琢磨(35)公務員、ネット論客が不敵に笑った。
「ちょっとやめていただけますか?」
民宿女将の右藤雅恵(41)が大声で部屋を撮影するカメラマンの山垣甲(40)に喚く。
「現場写真ですよ。後で警察に提出するね」不敵にくっくっくと笑うカメラマン。
「ネットに載せるつもりでしょう。そんなことをされたらこの民宿が」
と右藤雅恵がカメラマンに掴みかかるのを勝馬が「まぁまぁ」とおっかなびっくり収める。
「へっ、本性が見えたわね。客よりも自分の民宿を心配する自己中な本性が」
比留間宇美がせせら笑う。
「あんたは私にパワハラして、私のお腹の子供を殺した時から何も変わっていないのよ」
「何よ!」
右藤雅恵が比留間宇美に掴みかかる。
「私の子供を虐待していたくせにぃいいいいい」
「あんたが押し付けた子供をね」と比留間宇美は右藤雅恵を突き飛ばした。
「お母さん」
と仲居の右藤愛(17)と秋菜と瑠奈が女将を助け起こした。
「よくこんな俗物連中とコラボする気になったな」
結城が呆れたように千尋に言った。
「過激な連中ばっか集めるコラボだからね。その方が視聴率伸びるし。でも一番気持ち悪いのはあいつだよ」
千尋は黒森琢磨を見つめた。瑠奈や秋菜の方を見て眼鏡が好色に光っている。
「あいつ女子高生の振りした兄貴に物すげぇ気色悪いDM送ってきてさ。それに反応しないと兄貴がネカマっていう噂流しまくったんだよね。今日コラボの時普通に私に話しかけてきてドン引きしたもん。ま、セクハラが酷いのはあの徳田って先生も同じだけどね」
千尋はため息をついた。
「へぇ、あの細目の先生が。でもまぁ裏がありそうな顔はしているな」
勝馬が唸る。
秋菜がペンとメモ片手にコホンと咳をする。
「高木さんを最後に目撃した人は誰ですか」
秋菜がメモを片手に全員を見回す。
「私かな。ちょうど私たちが温泉から帰ってきたときに徳田先生の部屋をノックしているのが見えた」
瑠奈が声を上げる。
「その時徳田先生は?」
秋菜がペンを手に徳田に質問する。
「これは驚いた少女探偵の登場だ」
徳田がからかうような声を出したが秋菜が不機嫌な顔になるので「悪かった悪かった」と細目で手で制した。
「あの時は部屋でぐっすり寝ていてね。全く気が付かなかったよ」
「かなり強くドア叩いていたのに?」
勝馬がジト目で徳田を見ると、「失礼な、連日の診療で疲れていたんだよ」と声を出した。
「それに発見の直前まで高木君は生きていたんだろう。彼が手にした内線電話で高木君が喋って助けを求めて居たそうじゃないか。それに死亡推定時刻、私はみんなと一緒に1階にいたんだ。犯行は不可能だよ」
「ねぇ瑠奈ちん、勝馬君。その時に見た高木さんは、本当に高木さんだったのかな」
都が念を押すように聞いた。瑠奈は考え込んだ。
「保証は出来るかどうかは微妙ね。あのメイクはほとんどピエロみたいだったから。その気になれば変装出来るかもしれない。でも声は出していたから。それもラジカセか何かで偽装できるって言われればそうかもしれないけど」
「となると私が見たのが最後かもしれないわね」
比留間宇美が意地の悪い笑い方をする。
「4時過ぎくらいにトイレで会ったのよ。あの時は普通に鏡に向かって喋っていたし、左手で髭や髪の毛整えて居たりで…とても変装ではなかったのは至近距離から見て保証するわ」
「そのあと高木さんを見た人は」
秋菜が全員を見回すが、一同お互い見回すだけで首を振るばかりだった。
「まぁ徳田さんが死亡推定時刻を割り出していて、結城君が内線電話で声を聴いていて、さらに高野さんたちがあのオカマピエロ目撃していることを考えれば、犯行時刻は死体発見の数分前って事で間違いないでしょう」
黒森はふっと笑った。
「つまり僕や徳田先生、女将さんと仲居さん、高校生チーム、山垣カメラマンはアリバイが成立するが、比留間さん、陳さんにはアリバイは成立しないという事だ」
「何ですって」比留間は歯ぎしりしてヒステリー寸前になる。
「まぁ、僕には第一の事件で完璧なアリバイが成立しているんですけどね」
黒森琢磨はそういって階段を下りて行った。後の連中も階段を下りていく。都はその背後をずっと見つめていた。
「なぁ、都。答え合わせをしようか」
結城は声を上げた。
「俺が電話を受け取ってからこの部屋に来て秋菜が扉をぶち破るまで長くて1分だぜ。その間に人間の首をぶった切って洗面台に沈めてこの部屋から逃げるなんて出来るわけないだろう」
都は「おおおお」と拍手をした。
「俺が聞いた内線電話。高木の声に間違いないが、俺とは会話をしていない。ラジカセとかテープレコーダーでどうにでも偽装出来る」
「本当?」秋菜が結城を見つめる。
「となるとあのオカマピエロは本物だったのかって事も疑わしいですね」
勝馬が声を上げる。
「疑わしいんじゃなくて、間違いなく偽物なんだよ」
都は声を上げた。勝馬と瑠奈が「えっ」と目を丸くする。
「ほら、あの比留間宇美さんが言っていたじゃん。トイレで左手でヘアチェックしていたって」
「あっ」
瑠奈が声を上げた。
「私が見た高木憲太郎さんは右手でノックをしていた」
「つまり、第二の事件で高木さんが殺された時間は間違いなく偽装されているって事」
都が探検部の全員を見回した。
「となると第二の事件でアリバイがある奴が却って怪しいな。だがそうなるとどうやってこの部屋から内線電話をしたのかが一番の疑問点になるが」
「それは簡単だよ」
都は言った。
「あれを見てみて」都は客室の内線電話の子機があるはずの器台を指さす。
「子機がこの部屋から消えているでしょう」
「そうか!」
結城が声を出した。
「子機をロビーに持ち込んでこっそりテープレコーダーと一緒にかければ。ロビーにいながら俺たちに内線電話をかけることが出来るってわけか」
「そ」
都はにっこり笑った。
「だがちょっと待て」
結城は部屋のドアを閉めて声を潜めた。秋菜は敢えて部屋の外に立って、誰かが聞き耳立てていないか廊下を見回す。
「犯人はなんで西原の死体を温泉の女湯に出現させる必要があったんだ。あれも何かのアリバイトリックだったんだろ」
「そう」
都は結城を見た。
「第一の事件は犯人の偽装工作だった。犯人は西原回さんを殺した後死亡推定時刻をでっち上げるためにわざと西原さんが生きて女湯を覗いているように見せかけたんだよ。当初の予定では犯人は西原さんの死亡推定時刻をもっと後に見せかけるつもりだった。西原さんが行方不明だった理由を女湯覗きだったように見せかけるため、温泉にやってきて私たちの首を垣根越しに見せた。その後で民宿に帰ってアリバイを作り、そのアリバイ時間に被害者が殺されたと死亡推定時刻をでっち上げることで、完璧なアリバイを自分に作るつもりだった。でも民宿に帰ってきたところで犯人にとって予想外の事が起こっていたんだよ」
「死体が早く見つけられちゃったって事だね」
千尋が言うと都は頷いた。
「そう。この民宿の女将さんが焼却炉に隠されていた西原さんの死体を、犯人の予定より早くに見つけてしまったんだよ。だから犯人はやむなく死亡推定時刻を嘘偽りなく私たちに申告するしかなかった。同時に私たちのいた温泉に現れた西原さんは、西原さんの生首と言うことになったために、犯人が期待したアリバイは成立しなかったんだよ。だから犯人は高木憲太郎さんの事件の時のアリバイにかけた。犯人はトイレに行ってそこで子機をトイレ個室で取り出し、内線電話で私たちにボイスレコーダーの音を聞かせた。高木さんの声は多分温泉に行く前にこの部屋で拉致った高木さんを拷問して収録したものだと思う」
都は高木の死体の手首についた手錠や腕の切り傷の痕跡を順々に見回した。
「そして高木さんの部屋に上がる結城君と一緒に合流して一緒に高木さんの部屋に行ってこの死体を発見して、そして死亡推定時刻は1時間以内だと嘘をつく」
「ちょっと待って。さっきから聞いていると」
千尋が声を震わせる。
「この事件の犯人は医師の徳田兵庫さんだよ」
都は言った。探検部のメンバーは信じられないというように都を見た。
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「ちょっと待ってくれ」
結城は少女探偵に声を震わせた。
「じゃぁなんで犯人は第一の事件と第二の事件で首を水に入れたんだ」
「犯人の痕跡が残っているからだよ」
都は言った。
「第一の事件で犯人は西原さんの死体を生きているように見せかける偽装工作をするつもりが、犯人が被害者の首を持ちまわしていた事がわかっちゃったんだよ。犯人は焦った。自分が首を保管したり持ち運んでいた証拠が残っているかもしれない。何より犯人が首を持ちまわした意味にみんなが気が付くことだけは避けたい。だから犯人は念入りに首を洗って、さらに口に犯行声明文を咥えさせることで、犯人が首を持ちまわした意味を猟奇的な趣味に見せかけようとした。第二の事件で首を切ったのもその理由だよ。第二の事件で同じように首を切って水に沈めれば、第一の事件で首を持ちまわした理由がアリバイ工作だとバレてしまう可能性が減るからね」
「確かにそうね」
瑠奈は考え込んだ。
「今言ったことが本当なら、徳田さんは首を持ち運んで何時間もうろうろ出来た唯一の人物。犯人が外部の人間と言う可能性があれば疑いの目は免れるけど、首を持ち運んだ理由が何かのアリバイ工作の為だとバレれば、一番怪しいのはどう見ても徳田さんだからね」
「でも証拠はどうするの」
千尋が声を上げた。
「都の今までの推理は第二の事件で死亡推定時刻の偽装があったって事と、その偽装が出来た唯一の人間が徳田さんって事。徳田さんが犯人だって物的証拠がないと、あいつら訴訟とか大好きだよ」
心配そうなポニテ少女に都は大丈夫だよと強く笑った。
「証拠をゲットできる方法はあるよ。私の推理が正しければ犯人は絶対にもう一度この部屋にやってくる。物的証拠を戻しにね」
「子機か」
結城が目を見開いた。
「そう」都は頷いた。
「この部屋の子機がないことに警察が気が付けば子機を使ったトリックは簡単に暴かれる可能性があるだから犯人は絶対にここに子機を戻しに来ると思う」
「そこを現行犯で押さえれば」
結城が笑った。
「さすが都さん、天才っす」勝馬が手を叩いた。
「となると、役割分担した方がいいわね。ここは携帯通じないから連絡を取り合えないし」
瑠奈が考え込んだ。結城は頷いてから
「一応この部屋に隠れて奴の現場を押さえるチームと、奴本人を見張るチーム…これは奴が次の犠牲者を物色しないように見張る役目だ。それと奴の部屋を外から見るチームと2-2-2で分けた方がいい。各チームは俺と勝馬と秋菜は安全のために分かれて、それ以外の女子とバディを組む」
と全員を見回した。
「なんか秋菜ちゃんが女子扱いされてないのが気になるけど」瑠奈はため息をついた。
「ま、結城君と都はここで犯人を待ち構える役目は決定ね。私は秋菜ちゃんとロビーで徳田さんを張るよ。女の子同士だし油断するでしょ。勝馬君は千尋と外の徳田さんの窓で待機」
「イエッサーーー」
勝馬が都に敬礼した。
もうすっかり夜遅くになり、全員民宿の部屋に引きこもってしまった。
瑠奈と秋菜は暗い廊下で徳田兵庫を張っていた。徳田は部屋の中に入っていくのを瑠奈と秋菜は確認している。外には勝馬と千尋が張っており、徳田がどう動こうと監視できるはずであった。廊下の休憩スペースからそっと徳田の部屋を見張る瑠奈と秋菜。
「出てきませんね」秋菜がため息をついた。
「寝ちゃっているんじゃないですかね」
「だといいんだけど…でももしかしたら次の犠牲者を殺すために今夜動くかもしれない」
瑠奈は真剣に扉を見つめる。秋菜はロビーで買ってきたコーヒーを瑠奈に渡した。
「瑠奈先輩…本当に徳田さんが犯人なんでしょうか」
秋菜はふと瑠奈に聞いた。
「都の推理は筋が通っているし、状況証拠も徳田さんが犯人だって示していると思うけど。秋菜ちゃん、今回は師匠のいう事は信じられないのかな」
瑠奈が笑顔で聞くと秋菜は「信じられないってわけじゃないんですけど」と前置きして言った。
「なんでそれなら私たちが温泉で見た生首は紙を咥えていたんでしょう」
その言葉に瑠奈は目を見開いた。
「なんか…それ、意味なくないですか。だって犯人はあの生首を生きているように見せかけたかったんでしょう。それともう一つ。犯人が第二の事件で高木さんを拷問して悲鳴や助けを求める声を収録したのなら、第一の事件で西原さんを拷問した理由は何だったのでしょうか。西原さんも殺される前に手錠をかけられ、拷問されていたみたいですし…。といっても、まぁ、犯人の気まぐれかもしれないですけど。でも師匠だったらこういう点についてビシバシ理由を突き詰めるんじゃないかと思います」
秋菜は遠い目をしながら言った。
「確かに言われてみれば変ね。ちょっと都に伝えて…シッ」
瑠奈は秋菜にサインを送った。徳田兵庫が扉から現れた。目をカッと見開いて、用心深く廊下を見回している。そしてゆっくり廊下を歩いて階段を下ってロビーに向かう。
「ど、どこへ行くつもりなんでしょう」
階段の手すりから身を低くして徳田の動きを目で追う秋菜と瑠奈。
「もしかしたら、フロントからキーを盗むつもりなのかもしれない」
瑠奈はそういったものの、徳田が歩いて消えたのはトイレの中だった。
「トイレ? わざわざロビーの?」
瑠奈が言ったとき、秋菜ははっとした。
「もしかしたら、トイレの窓から外に出るつもりなのかも」
秋菜はそういうと「瑠奈先輩はここで待っててください」と小声で言って、身を低くしながら秋菜は勝手口から出た。
「秋菜ちゃん」
瑠奈が小声で呼びかけるが、秋菜は静かに勝手口を閉めて見えなくなった。
「大丈夫かな」
そういう瑠奈を赤い目をした影がそっと廊下の陰から見て、ふっと消えた。
勝手口から出た秋菜はトイレの窓の前に来た時だった。トイレの窓の外にいて背を向けていた徳田兵庫が物凄い驚愕した目を見開いた顔でこっちを見たかと思うと、凄い勢いで森の中へ走り去っていった。
「まてぇつ」
秋菜は大声を上げて徳田が消えた森の中を追いかける。だがそれがまずかった。真っ暗な森で秋菜はスマホの光を翳すが、そこにあるのは真っ暗な骸骨のように生い茂ったヤドリギの森だった。
秋菜は不安に駆られた。あのしげみの上から今にも生首がぬっと顔を出しそうな、そんな恐怖にブラウスの胸を押さえる。だがその時、恐ろしいものを秋菜は見た。
呼吸を必死で整えようとする秋菜の目の前に、身長2メートルを超える手足が異様に長い怪物が現れたのだ。それは木の枝などに擬態しているようだが、その概要を秋菜の目は捉え、秋菜は呼吸が止まりそうなほどの恐怖を感じた。必死で呼吸して顔を振って前を見て、沸き上がりそうな幻覚を振り払う。もう一度目の前を見ると、あるのは木の枝だけ。
その時背後に人の気配がした。振り返った秋菜が見たものは赤い目をした黒い影だった。
静かな夜。死体がある部屋の押し入れに結城と都は隠れていた。
「結城君…」
都は結城に囁く。誰かが部屋に入ってきた。やはり犯人はこの部屋に戻ってきたのだ。
「都…都ぉおお」
ふいに黒い影が震えるような女の子の声で助けを求めてきた。
「助けて…」
「瑠奈ちん」
都は押し入れから飛び出した。
「何やっているんだ…」結城が泣いている瑠奈に困惑する。
「ごめん。廊下に出た徳田さんを尾行していて、秋菜ちゃん徳田さんを追いかけて外に…10分経っても戻ってこない」
「何だって!」
結城が目を見開いた。
民宿の徳田の部屋を焼却炉の前から勝馬と千尋はじっと見ていた。
「ねぇ、千尋さん。この匂い…なんの匂いですかね」
勝馬が震え声を出す。真っ暗な中で千尋はジト目でぽつりと言った。「何って…西原さんの胴体」
「や、やっぱり」
勝馬がガタガタ震えた時だった。千尋が隠れている後ろ20メートルの森の中でガサガサと音がした。
「ひいいっ」勝馬がその方を見るが、何もない。
「どうしたの勝馬君。お化けでも」
千尋が笑ったが次の瞬間その目は青ざめた。勝馬の後ろ20メートルに棒立ちになっている長い手足の顔のない何かが。
「か、か、か、勝馬君。後ろ」
勝馬が後ろを振り返ったが、何も見えない。千尋の視界からもいつの間にか消えていた。
「どうしたんですか」勝馬が苦笑する。千尋は目をシパシパさせて、さっきのは幻覚という結論を出した。
その時「おーい」という声が聞こえて2人が「ひいいいい」と抱き合っている中で、都と結城と泣いている瑠奈が走ってきた。
「ど、ど、ど、ど、どうした。飯の時間か」
テンパった勝馬が声を上げると「そんなんじゃねえよ」と結城は深刻な表情で唸った。
「秋菜が徳田を追いかけて一人でどこか外に行っちまいやがった」
「何だって!」
勝馬が素っ頓狂な声を上げた。
「そのまま戻ってこないんだ。冗談じゃねえ」
「民宿の周りは一通り探した。ひょっとしたら森の中に入ったのかも…」
都が切羽詰まった状態で話す。
「わかった。じゃぁみんなで探しに行こう」
「待て。バラバラになって探すのは危険だ。互いの位置をスマホのライトで確認し合って、声を出し合おう」
結城は言った。
「秋菜ぁ」「秋菜ちゃーん」「秋菜ちゃああああん」
探検部の声が森の中に響く。結城は懐中電灯で地面を照らしまくった。
「秋菜ちゃーーーん」
千尋のペンライトの光が、倒れている人影を照らし出す。スカートにブラウスの姿は間違いなく結城秋菜だった。
「秋菜ちゃんいたーーーーーーーー。倒れてる」
千尋の声に「なんだとぉ」という男の声が響いて藪をガサガサする音が一か所に集中していく。そんな中で高野瑠奈はふと何やら気配を感じて振り返った。人影が見えるのだ。その人影は普通の人間の2倍くらいの高さでこっちを見ていた。
「秋菜ちゃん、秋菜ちゃん…」
都が慌てて秋菜を揺り動かして泣きわめく。
「ん…う…師匠?」
秋菜の目がゆっくりと開かれる。
「良かった。ごめんね。秋菜ちゃんにこんな危ない真似させちゃって…」
都は秋菜に抱き着いて泣きわめいた。
「一体何があった」
結城が真剣な声で秋菜の肩を持つ。秋菜はぼんやりとした表情で言った。
「森の中で徳田を見失って。それで森の中を探していたら…誰かが私の背後にいて。その後はよく覚えて…」
秋菜はここで目を見開いてはっとなった。
「私、手刀受けました。私の背後に黒い人影が立っていたんです」
「何だって!」勝馬が声を上げた。
「徳田の野郎、秋菜ちゃんになんてことを」
「徳田かどうかはわからない…暗くて見えなかったし。でも徳田は私たちがマークしていた事には気が付いてる。だって男子トイレの窓からわざわざ脱出するなんてそうとしか考えられないもん」
と秋菜はみんなを見回した。
「くそ、逃げられたか」結城が声を上げたが、勝馬は
「どうせ島のどこかにいるんだろ。馬鹿め。俺らを島に閉じ込めたのが仇になったな」
と自分のこぶしを手のひらで受け止めたまさにその時だった。
「きゃぁあああっ」
突然響き渡る瑠奈の悲鳴。一同は悲鳴のした方向を見てハッとなった。
「くそっ」
都と結城と勝馬が悲鳴のした方向に藪をかき分けると、ライトの光に腰を抜かして震えている高野瑠奈が映し出された。
「高野! 大丈夫か」
「あ、あれ」
瑠奈が震えながら指さす。それは誰かがいる…にしてはあり得ない高さを指さしていた。しかしそこに視線を動かしてみれば、確かにいた。
一人の人間が首吊り状態でぶら下がっていた。目を見開き口を開けた凄まじい形相で。その人物はいつも細目だったので、誰だか把握するのに結城ですら一瞬間が必要だった。
「と、徳田」
徳田の首つり死体の前に結城は呻き、都は目を見開いて戦慄していた。
「自殺…」
秋菜の顔が強張った。