夕闇の密室事件1-2
1
「なんか妙な夕焼けだな」
補修帰りの糸目モヒカン板倉大樹と毬栗が校門で空を見上げる。
「そうだね」
偶然校門でばったり出会った書道部の帰りのポニテ清楚少女益田愛
18時30分、ニュータウンと自然が入り組んだ茨城県県南の街並
「なんかホラー映画であったよね。夕闇がいつまでも続く世界で次
愛が言うと「俺はウルトラマンダイナで見たぜ」と板倉。
「でもなんか、今日は物凄い色をしていませんか」と毬栗がおっか
「このまま、夕闇がいつまでも続いて、夜にならなかったらどうし
毬栗はスマホの時計を示した。18時32分である。
「今の季節だと7時くらいまで明るいよ」
と愛。「だから後30分は明るくても心配しなくていいよ」と笑顔
「滅茶苦茶キレイなんだけど」という夕闇の写真。
「メトロン出そう」と優愛が返信している。
「そういえば直、今どこにいるか知らない?」
と涼のメッセージ。
「返信来ない。遊ぼうと思ったんだけど」と追加される。
「そういえば今日勝馬さんもいないですね。部室行ったら探検部丸
と毬栗が不安そうに板倉を見る。
「あ、でも千尋ちゃんは用事があるって言ってたし、都ちゃんはバ
と愛が板倉を見つめた。
「ほら、夕闇に消された訳ではないんじゃねぇか」
と板倉がアセアセしながら毬栗に喚く。
しかし、夕闇に巣食うおぞましい存在自体は実在していた。過呼吸
夕暮れの国道沿いのコンビニ店内。
「どういうつもりだ」
結城竜は漫画を読みながら背中越しに小柄なコンビニ店員の少女に話しかけた。
「でへへ」コンビニ店員の服を着た島都という小柄な少女は笑顔で振り返った。
「コンビニのバイトなんてお前の苦手な職種だろ」
漫画を読みながら結城はため息をついた。
「大丈夫だよ、お釣りとかレジは機械とかがやってくれるし、店長さんが優しく教えてくれるし」
ケラケラ笑いながら漫画本を積み上げる都。
「大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だよ」
都は笑った。
「島ちゃん。あがりの時間だけど、これからチェーン店のイベントについて役回りを説明するから、来てくれるかな」
店長の長身でイケメンの後藤貴士(35)が声をかけた。
「6時30分か」結城は時計を見る。
夕暮れの公園。
「千尋ちゃんごめん、遅れて」
中性的な顔立ちの男子の制服を着用した少年、佐久間直は声を上げた。
「ううん、私も実は時間通りに来てない。悪いね、呼び出しちゃって」
藪原千尋は少し息をあげながら女子高生の制服でスマホ片手に出迎える。そんな千尋を優しく見ながら「いいよ、大切な相談なんだろ」と佐久間直は言った。
「うん、実は」
千尋はここで頭を抑えしばらく「うぬぬー」と悩んだあと、佐久間
「佐久間くん、これは恋バナでも噂でもなく真剣な悩みだから!」
「わ、わかってる」
佐久間は笑った。
「じゃあ、話すから」
千尋は胸に手を当てて深呼吸した。そして意を決した。
「実はさっきスーパーで偶然瑠奈を見たんだけど、様子がおかしく
千尋はベンチに座り、滑り台を見ながら言った。
「あの子、薬局で店員にわめいていたんだよ。何でピルを売ってく
「ピルを」
佐久間は少し驚いた声を出した。
「もう64時間経っているんです、早くしないとって、凄く焦って
千尋は頭をくしゃくしゃした。佐久間直は遠い夕闇を見つめながら静かに言った。
「日本では医師の処方箋が必要で値段も保険が聞かないから2万円
「何それ意味わかんないんだけど」と千尋が激怒すると佐久間直は長いため息をついた。
「瑠奈、凄く辛そうな顔して店を出ていって、私声かけづらくて。
「性暴力かもしれない、と考えているんだね」
と佐久間。千尋は頷いた。
「瑠奈はそこはきっちりするタイプだし、瑠奈を大切にしてくれる
「確かにね」
佐久間は考えた。
「つけてないって事は、大切にされていないんだよ。何か辛い事に巻き込まれているんじゃ」
千尋はそこまで言ってため息をついた。佐久間はそれをじっと見つめる。
「迷惑とかではないんだけど、何でそれを僕に相談したんだい?」
と佐久間は千尋に聞いた。千尋が佐久間をぼーっと見る。
「だって瑠奈さんは都さんとか結城くんの方がよく知っているだろ
「この二人は電話に出ない」
千尋はメッセージを見せる。「都、大至急相談したい事が」という
「なんかコンビニでバイトはじめたらしくて」
千尋がため息をついた。
「でも6時にはあがるって話だったんだけどな」
コンビニ前隣のバーガー店でコンビニを監視しながら結城がジュースをチューする。マイルドヤンキーだのファスト風土だの経済学者はウダウダ言っているが、ロードサイドのコンビニは平常だった。そして競馬新聞を広げ、イヤホンを耳につけた。
「お兄さん」
競馬新聞の向こうからダミ声が聞こえる。
「どうしてもこの席が必要なんです。バーガーおごるかあっちの席に」
と競馬新聞の上から北谷勝馬のデカイ顔が覗いた。結城と目が合うと勝馬の顔がびっくり箱みたいになった。
「ダアああああああ、結城」
勝馬がすっとんきょうな声を上げた。結城はジト目で「面倒くさい奴が来やがった」という視線を送った。
「何でお前がここにいるんだ。さてはあそこでバイトしている都さんをストーカーしていたな」
「お前こそ都を何監視しようとしているんだよ」
と結城。
「俺はたまたま通りすがりをしただけだ」
勝馬が怪しい日本語でキョドる。
バーガー店の前のドライブスルーを車が通り抜ける。リアシートの子供が二人の怖いお兄さんの顔に号泣する。あわてて二人が変顔で子供をあやすが、号泣しながら子供は車と流れていった。二人は仲良く都のストーカーをしていた。「お前、少しは落ち着けよ」
と結城は何やら手でコンビニを呪っている勝馬を見た。
「何でバイト終わりに店長と二人きりになるんだ? やっぱりあの店長、都さんを襲うつもりなんじゃねぇだろうな」
結城は答えなかったが、コーラを吸い付くしたあともストローを吸
「瑠奈さんを傷つけるような人間に心当たりはあるのかい?」
佐久間は公園のベンチで千尋に聞いた。
「3人ほど」
藪原千尋は三本指を佐久間に見せた。
「一人目は数学教師の伊藤。やたら威張り腐るいやな教師でさ」
千尋はデブで長身でやたら恫喝口調で話してくる伊藤肇(34)を
「まあ、結城君勝馬君にビビってうちらのクラスではおとなしいん
「うっ」佐久間がドン引きしていた。千尋は頭をかいた。
「都や勝馬君にその話をしたら、数学の教材運びに伊藤が何の脈絡
「二人目行こうか」
と佐久間はため息混じりに千尋を促す。千尋は話を続ける。
「二人目は高口豊。イケメンで有名な2年生。うちのクラスにもフ
「三人目は?」佐久間の問いに
「こいつが一番ヤバイんだよ」
千尋はため息をついた。
「瑠奈が前にバイト面接したファミレス店長。谷村和。アルバイト
「瑠奈さん、苦労しているんだね」
佐久間は頭を抑えた。
「最低なやつらだよ。この三人なら瑠奈に酷いことをしてもおかし
千尋は小石を蹴飛ばした。
「だけど僕はこの3人ではないと思うよ」と佐久間は言った。
「何で?」と千尋。
「だって60時間以上経っているんだよね。60時間、つまり3日
佐久間直は立ち上がった。
「君たち探検部は特別な存在だと思うんだ。僕らを助けてくれた、
佐久間は夕闇の公園を見つめた。ブランコに座り込み、頭を抱えて
「うばー((( ;゚Д゚)))((( ;゚Д゚)))北京原人だぞ((( ;゚Д゚)))((( ;゚Д゚)))((( ;゚Д゚)))((( ;゚Д゚)))((( ;゚Д゚)))」
「何これ」
高野瑠奈はぷっと吹き出した。その目には涙が浮かんでいた。そして瑠奈は制服の胸を抑えて呼吸を整える。
「大丈夫、きっと大丈夫」瑠奈はそう言った。
タクシーは目的地に着いた。
「ありがとうございました」
瑠奈がお金を渡そうとすると、タクシーの運転手はにやりと笑った。
「嫌らしい女の子だな」
ヘラヘラ笑う運転手。
「ここ、最近有名だよ。女子中学生や女子高生がいっぱい来ているって。みんなやりまくっているんだね。どうだい、タクシーただにしてあげるから、おじさんに胸を揉ませてよ」
ケタケタ笑うヒヒ顔の運転手。瑠奈はニッコリ笑った。
「今の発言、全て録音させていただきました。後でタクシー会社に送らせて貰いますね」
「ふー」
瑠奈はタクシーを降りた。そして目の前の施設を見つめた。指定された場所はここだった。白いドアが瑠奈の目に止まった。
2
「もう15分だぜ」
勝馬は貧乏ゆすりをしていた。
「うるせぇよ。都は店長からイベントのアルバイトの話を聞いているだけだ」
結城が競馬新聞片手にイヤホンで何かを聞きながら呻いていた。
「お前馬にはまっていたのかよ」
と勝馬。
「ギャンブルなんていいことないぞ」
「うるせぇよ」
結城は勝馬にわめく。勝馬は「ヘイヘイ」とコンビニを見た。
(けっ、都さんよりも当たり馬券の方を心配しやがって。見損なったぜ。こいつには都さんをやれねぇな。馬にはまって都さんを泣かせるタイプだ)
勝馬は窓からコンビニを見ながら、貧乏ゆすりをしつつ、頭の中で妄想をバプロスさせる。
(やはり都さんを幸せに出来るのは俺しかいない。俺は毎日真面目にプロの暴走族として働き、定時に帰って毎日エプロンつけて待ってくれる都さんに薔薇を一輪買って帰るんだ)
勝馬の妄想の中で都がとびっきりの笑顔で「勝馬君、ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」と天真爛漫に聞いてきた。
「たっはっはー(^∇^)」と勝馬が大喜びして顔をテーブルに打ち込む、直後に結城の頭突きが勝馬の頭に炸裂し、勝馬は静かになった。
「落ち着きましたか」
千尋は仕事帰りの中年女性の背中を撫でた。
「ありがとうございます」
と中年女性。
「何か尋常ではない様子でしたが」
佐久間に話しかけられ、中年女性は肩を震わせながら「人に話せることでは」と言ってから少し考え込み、「私はどうしようもない、生きる価値のない人間なんです」と言って再び号泣しはじめた。
「仕事で何億円か損害を出しましたか、それとも旦那様が浮気とか?」
と千尋は頭をなでなでする。
「大丈夫ですって、日本の政治家とか芸能人とか、何やらかしても普通にテレビでふんぞり返っていますって。大丈夫ですよ」
千尋が女性の頭を撫でる。
「不倫です」
女性、岩田桐子(39)は話はじめた。
「夫が不倫して、離婚することになりました」
「…辛いですね」
と千尋。だが女性が「3年前に」と言ったので「へ」と間抜けな声を出す千尋。
「で、ですが夫が養育費を払ってくれず。やっと私は就職して一生懸命に働いて、頑張って何ヵ月も職場に泊まり込んで…そして仕事を覚えました。娘のためなら命を捧げる覚悟でした。契約が更新されて、職場に認められた、価値があるんだと思えました。でも、違ったんです」
岩田は号泣しながら肩を震わせた。
(不倫の話かと思ったら職場の話?)
千尋はびっくらこいた。
ふと勝馬は眼を覚ました。バーガー店のテーブルに結城の姿はなかった。
「あの野郎」
勝馬は大慌てで食べかすをゴミ箱にぶちこみ、脱兎の如く店を飛び出した。
「まさか都さんをほったらかして競馬いったんじゃないだろうな」
勝馬はコンビニの店内に入った。コンビニの店内には誰もいない。
勝馬はジト目で店内を見回していたが、そのままずかずか店舗の内部へと入っていく。
コンビニのスタッフルームのドアを開けると、都、都と結城が大声をあげていた。スタッフルームの長椅子で、島都が制服のブラウスを開いてシャツ姿で倒れていた。
「このケダモノ野郎がああああ」
と勝馬が噴火するが、結城は「馬鹿野郎、あれを見ろ」
と顎でスタッフルームの床をしゃくった。
店長の後藤が顔面を血まみれにして仰向けに倒れていた。そばには金属バットが落っこちていた。
「し、死んでる」
勝馬が絶叫した。結城が何か言おうとしていたが勝馬は真っ白になり、椅子に倒れている都を見つめた。都はシャツを赤茶けた液体で染め上げ、眼を閉じていた。
「あ、あ、そんな…そんな」
勝馬は都の前に崩れ落ちた。
「都さあああああああ」
「ぐあー、くあー、もひゅー」
都を抱き上げ絶叫する勝馬。その前で幸せな夢を見る都。勝馬は(゜ρ゜)な表情をしていた。
テーブルには倒れたマグカップ。コーヒーが溢れていた。
「ひょっとして睡眠薬か」
勝馬は呆然とした。
「ちょいまち、それじゃあまさか」
勝馬の頭の中で野獣の眼光で都を見つめる後藤店長の姿、コーヒーに白い粉をザーしてから「コーヒーしかないけど、いいかな」とスタッフルームで都に出す後藤店長。都が眠ったところで、狼人間になり、赤ずきんちゃん相手にくじらっくすふじこぶあ。
勝馬の思考はそこで飛んだ。
「まあ、もう警察には通報したよ」
結城はため息をついてうつ伏せに倒れている後藤店長を一瞥した。
「ちょい待て」
勝馬が結城を見つめた。
「コンビニって監視カメラあるよな。このスタッフルームに怪しい奴が出入りしてたりはしないか?」
「怪しい奴?」
結城は頭をかきかきしながら、「いや、カメラはチェックしたが俺ら以外誰も出入りしていないな」と答えた。
「何のんびりしているんだよ。つまりこれは完璧な密室殺人じゃないか」
勝馬は真っ青になりながら、震える手でスマホを手に取る。
夕闇の公園で藪原千尋はふいにかかってきたスマホを手にした。
「どうしたー?」千尋がスマホに出る。気のおけない友人の深刻そうな相談。千尋は「うん、うん」と電話に出た。
パトカーが国道をサイレンを鳴らしながら走ってきた。パトカーはコンビニの前に停車する。
「ありのままの状況をきちんと伝えるべきだと思う」
公園で千尋はスマホに向かってはっきりと言った。
「大丈夫、私がついているから」
千尋はそういうと佐久間直に「すぐ戻ってくるから」と言って公園から走り出した。
コンビニのスタッフルームで都はぼーっと前を見ていた。婦人警察官2名が「貴方を逮捕します」と言って手に手錠がかかる。
結城がその様子を物凄い形相で見つめ、勝馬は呆然とそれを見つめる。頭から布を被せられた状態で容疑者となった存在がパトカーに押し込められていくのを見送る結城と勝馬。
「本当にこれで良かったのかよ」
勝馬は唸った。
「ああ」結城は言った。
「俺らがここで嘘を言っても彼女を助けることはできん。不都合な嘘を隠したんじゃ意味がないんだ」
結城はそう言うとスマホを手にした。
「何、都さんが逮捕されただとぉ」
夕闇の住宅地の道路で毬栗に対して板倉大樹が絶叫した。
「勝馬さんからの報告です。なんでも密室殺人が発生して都さんが
「な、何だってぇえ」キバヤシよしのりの漫画みたいな顔をする板
「え、ええ、逮捕された?」
都を師匠と呼び慕う13歳の結城秋菜はスマホに向かって叫んだ。
「師匠」
彼女の声が震える。秋菜が混乱していた時だった。秋菜がいる施設の扉が開かれた。白いドアが開かれた、息を切らして駆けつけた瑠奈が声を上げた。
「秋菜ちゃん!」
瑠奈が秋菜に向かって叫んだ。
公園の時計の針が19時前を示した。
3-4に続く