少女探偵島都の殺人❶
1
病院の自販機がある誰もいない休憩室。その場所に一人小柄な女子高生島都が立っていた。ショートヘアの美少女だった。
彼女はその場で学生バッグを床に置くと休憩室の扉を閉め、それを背に胸を押さえた。その顔は真っ赤になって涙が大粒になってポロポロ落ちていく。
やがて彼女は「うわああああああん」と号泣した。
チャイムが鳴っている県立常総高校。
1年生の教室では高野瑠奈が英語で発表していた。
「We should discuss the burden of environmental problems while thinking about people in different positions.(私たちは環境問題の負担についてそれぞれ違う立場の人の事を考えながら話し合うべきです)」
「Thank you, Ms. Takano. Now everyone, let's talk with your classmates next to her about the good points and advice of her presentation.(ありがとうございます、高野女史。それでは皆さん、彼女のプレゼンの良い点とアドバイスについて、隣の席のクラスメイトと話し合ってみましょう)」
若い女性英語教師が手を合わせると、都は「津川君。よろしくー」と隣の席の津川周一(16)をくいくい引っ張った。大人しそうな長身の美少年だ。
「よろしく」と津川少年は応じる。
「で、さっき先生は何て言ったの?」と都は目をぱちくりさせる。
「ああ、さっきの高野さんの発表について、いいところとアドバイスを話し合いましょうって言ったんだよ」
と津川。都は考え込んだ。「いいところとアドバイス」
小柄なショートヘアの女子高生は津川少年の前で考え込むように思案していたが、目をぐるぐる回して頭を抱えた。
「何を言っていたのか聞き取れなかったよー」
「落ち着いて」と津川少年は優しく言った。
「何か聞けた単語はあった?」
「うーん。聞こえたのは、ウイ・シュッド・ザ・バーデン・オブ・エンバイオメンタル・プロブレム・ホワイル・シンキング・アバウト・ピープル・イン・ディファレント・ポジションって言っていたのは知っているんだけど、意味が分からないぃいいいい(´;ω;`)ウゥゥ」
と都が目を回して体を揺する。
「す、すげぇ」と勝馬。
「俺なんか『歪みねえな』しかわかんなかったですよ」と大柄な北谷勝馬が都の隣の席から声を上げた。
「私の発表にYou got me angry! なんて単語ないから」と黒髪美少女の高野瑠奈が突っ込みを入れた」
「…い、意味もわからずにここまで高野さんの発音を覚えるのも凄い才能ね」と英語教師は呆然とする。
「津川君!」
と学校の図書室のカウンターに漫画を返しに来た都。
「津川君ありがとう! サバイバルシリーズ凄く面白かった」
と都は韓国生まれの漫画シリーズを返す。
「あ、いや…僕の本じゃないから。僕は図書委員会だから仕事として貸しただけで」
と図書カードをチェックする津川。
都は目をぱちくりさせながら津川のタブレットを見つめる。
「津川君って何かいつもタブレットで難しい事をやっているね」
都は目をぱちくりさせる。
「ぐるぐる島殺人事件」と都が読み上げる。
「髑髏島殺人事件って読むんだ」と津川。
「なんか、お化けとかが出る話なの」都がΣ(゚д゚lll)ガーンという表情をする。
「あ、違うんだ。推理小説だよ。殺人事件とかを扱うんだ」
「へぇ。津川館長、推理小説書くんだ。てっきり作家じゃなくて犯人だと思ったよ。エレベーターの上に死体を隠す」
と薮原千尋がBL本片手に都の背後から顔を出す。津川周一は冷静に
「あ、薮原さん。委員会の方で却下されたから。薮原さんの購入要請」
と返した。
「ち」と千尋は天井を見る。
「やっぱり野獣さんが出てくるホラー小説はダメなんだよ」と都が千尋の頭をなでなでする。
「でも推理小説を書いているんならうちに遊びに来なよ。ここにプロがいるからさ」
と千尋は都を指さす。津川はきょとんとする都を見ていたが、「ううん、いいや」と笑った。
本棚を漁っている都と千尋の女子高生の都の方を、津川はカウンター越しにじーっと見ていた。
「おい、都…帰るぞー」と結城が図書室に入って来た。
「おおおおお、この近くに来た美味しいラーメン屋さんの味を確かめに行くんだね」
と都が結城の所にダッシュで向かうのを見て、津川はため息をついた。
駅前のスーパーでお弁当に割引シールを張っているアルバイト中の津川少年。彼は見てしまった。結城竜がスーパーの野菜売り場で結城竜がおさげの少女と仲良く歩いているのを。
「あれ…確かこの子は」
津川少年は図書室のポスターを見た。そこには秋菜が空手中学生の部地区大会で優勝した壁新聞が貼ってあった。
「空手の子…」
だが津川に見られているとも知らずに結城竜と少女は人参を買いながら会話を続ける。
「都には今のところバレていないからな。今何も知らずにラーメン食っているよ」
結城は声を上げた。「だが気をつけろよ。女子高生探偵なだけあって、頭の回転は速いからな。とにかく都を眠らせるまでが勝負だ」
「師匠の最高のクリスマスプレゼントになるといいんだけどね。師匠って小さくてかわいい子が好きだから誘拐対象にこの子を選んだんだけど」
と少女。
「まぁ、都なら大丈夫だろう」と結城はため息をついた。
「目が覚めた時には、ジ・エンドだ」
と結城が悪そうな笑顔を見せる。
「師匠がずっと狙っていたあの子をベッドの中で思いっきり抱くことが出来たら、きっと次の予選でも私が勝てるよ」
と少女も「ふっふっふっふ」と笑った。
津川は呆然とした。彼は一計を案じた。そしてしばらく考え込んだ後、わざと眩暈のふりをして床に座り込んだ。
「大丈夫かい」と客のサラリーマンが声をかけた。
「申し訳ありません。頭痛が」と津川。
「ぐへへ、美味しかった」
と都がでへでへ笑う。
「結城君も一緒だったら良かったのに。何なんだろう急な用事って」
と都。
「いろいろあるんだよ」と瑠奈がそう言ったとき、突然全力でこっちに走ってくる少年がいた。
「津川君?」
と都が目をぱちくりさせると、津川は都の手をいきなり取って、有無を言わさずに目の前の公園に連れ込んだ。
「わわ、ちょっと」と都。
「津川君どうしたの?」
都が「いたた」と言いながら津川に引っ張られて公園の真ん中に来た。
「津川君? いきなりびっくりだよ」と追いかけて来た瑠奈も少し抗議するように彼に問う。
「島さん。結城って奴と付き合っているんだよね」
と津川は彼女の手を掴んだままブランコの方を見る。「ほえ?」という都。
「あいつは滅茶苦茶悪い奴だ。あいつ別の女、それも中学生の女と裏で付き合っている」
「Σ(゚д゚lll)ガーン」と目を真っ白にして驚愕する都。
「しかもあいつ、島さんを本命の女の空手の師匠に差し出そうとしている。あいつは島さんをロリコンの男の相手をさせるために、島さんの純粋な心を利用して彼氏のふりをしているんだ!」
と津川は真剣な表情で都を見た。都は「津川君?」と心配そうに見る。そして一瞬で察して笑顔で「大丈夫だよ」と笑った。面食らう津川周一。
「まずあの2人は、私が今もサンタさんを信じているとわかっているから、その夢を壊さないように計画を立てていたんだよ。だから瑠奈ちんと一緒に私にラーメンを食べさせた」
と都は瑠奈を振り返った。
「都、知ってたの?」
と瑠奈が声を上げる。
「ふふふ、さっき私が結城君の用事はなんだろと言ったとき、瑠奈ちんは『いろいろあるんだよ』って言ったよね。あれは瑠奈ちんは答えを知っているって事なんだよ。瑠奈ちんなら普通は『バイトじゃないの?』って逆に聞き返すと思うんだよね」
と都は瑠奈に笑った。
「そして、結城君が一緒にいた女の子。そってこの子じゃないかな」
都は結城秋菜とのツーショット写真を見せた。背景には牛久大仏。
「あ」と津川が目を見開く。
「結城君の従妹だよ。秋菜ちゃんって言うんだけど。この子は私の事を師匠って呼んでくれているんだよね。多分私が欲しがっていたぬいぐるみを買ってくれたんだよ。うへへへ」
と都がでへでへ笑う。津川はポカンとした。
「いい子じゃのう秋菜ちゃんは。きっと目が覚めたら靴下の中にプレゼントが入っているんだよ。あと津川君。スーパーで結城君たち人参を買っていなかった?」
「そ、そういえば」津川は目をくらくらさせていた。
「あれに多分かじった痕跡をつけて、トナカイが食べたように見せかける計画なんだよ。今年はクリスマスの日にごたごたしてプレゼントが来なくて私が落ち込んでいたから、徹底した計画を結城君と秋菜ちゃんは立てていたんだよ」
津川は目を回した。瑠奈はため息をついて苦笑した。
「やっぱ都を私たちが騙せるわけないか。それに津川君、都と結城君は付き合ってないよ」
「え」と津川。瑠奈はぷっと笑う。
「凄く仲良しだからそう見えるのも無理もないと思うけど。そういうのではないから」
「うん、付き合ってないよ」
都は笑った。「でへへへ、なんかごめんね。バイト抜け出したりとかさせちゃって」
「好きです」
津川は不意に都を真っすぐ見て言った。
「ずっと好きでした。島さんの事」津川が目をきょとんとさせる都に真剣な表情で、真っすぐに都を見た。
「だから付き合ってください」
都はきょとんとした表情で津川周一を見た。瑠奈はそんな津川を驚いた表情で見てから都を見た。都はきょとんとした表情で人形のように硬直して真っ赤になったまま仰向けに倒れた。
「み、都! しっかりして」
と瑠奈が叫んだ。
2
「な、何で師匠…こうなっているんですか」
鼻血を出してパジャマ姿でベッドで仰向けに寝ている都を見て、結城のマンションで秋菜が瑠奈に聞いた。
「い、いろいろあったのよ」と瑠奈。
「ひょっとして今都さんを送り届けた津川の野郎が何かやったんですかい。骨のある男だとは思っていたんですが、畜生めぇえええええええ」
と勝馬が総統閣下みたいに怒り狂い、「都さんを汚した罪を挽肉になって償わせてやるううううううう」と燃え上がった。
「そういうことはないんだよな」と結城は瑠奈に確認した。
「俺には本当のことを言ってくれ」
「そうね」瑠奈は考え込んだ。「結城君には話しておくべきね。津川君が都に告白したの」
結城はジャケットを着こむと顔にマジックペンで迷彩模様を入れ、ハンマーをジャケットにセットして、トイレットペーパーの束売りを肩に担いで木刀を頭の後ろに持って立ち上がった。
「結城君、何を始めてるの?」と瑠奈。
「第三次世界大戦だ」と結城。瑠奈はため息をついた。
「津川君も悪気があったわけじゃないと思うんだよね」瑠奈は秋菜に言った。
「だから今回の事は私たちの中で秘密にしておこう。津川君にも後で私からメールしておくから」
と瑠奈がリビングの床に折り重なるように倒れている結城と勝馬を見下ろしながら言った。
「わかった?」と瑠奈の迫力のある笑顔。
「は、はい(震え声)」とたんこぶから煙上げながら結城が答える。
「師匠…こういうの全然慣れていないからなー」と秋菜が口から煙上げてベッドで寝ているのを見て心配げに言った。
「あ、千尋先輩からの話。OKしておきましたよ」と秋菜。
「師匠もチジミや焼き肉を食べて元気になってもらいましょう」
中高等学校のブラスバンド部の曲に合わせて踊っているのは朝鮮の民族衣装を着用した少年少女たちだ。
「これなかなかいいなぁ」
と北谷勝馬は朝鮮学校の校庭の観客席で、舎弟の板倉大樹と一緒に踊る少年少女を見つめた。
「女の子が着用しているのはチマ・チョゴリ、男性が着用しているのはパジ・チョゴリと言うんですよ」
と眼鏡の民族制服を着用した千尋の友人の少女、崔麗花(チェ・リョファ。15)が説明した。
「そして男性が頭にかぶっている帽子はカといいます」
「これでバイクで爆走したらいかしているぞ」と勝馬が声を上げた。
「いろいろ取り入れたいですね」と板倉。
「네, 이 녀석 바보입니다.(ネ、イネソ・パブイミダ。ね、こいつら馬鹿でしょう)」と千尋がソフトクリーム舐めながら麗花に声をかけた。
「치히로가 말했듯이, 독특한 캐릭터입니다.(チヒロガマレプシ、トッテカン・ケリトイミダ、千尋が言っていた通り、凄くユニークなキャラだよね)」
と眼鏡を反射させる麗花。
「네, 카츠마 군은 받는 것이 어울릴 것이다.(ネ、カツマクヌン、バンネン、ゲオシ・エオイリ・ゲオシダ、ね、勝馬君は受けが似合うでしょう)」
と千尋が悪い笑顔を浮かべる。
「なんだろうな」結城はツッコミを入れた。「言葉わからんのに、何言っているのか大体わかる」
「でも千尋韓国語喋れたんだ」と瑠奈。
「韓流ブームに伊達に乗っかってないよ」と千尋。
「この麗花ちんに特訓儲けたしね」
「教材に韓国のBLを使ったらスラスラ覚えてくれました」と眼鏡を反射させる麗花。
「おいしいいいいいいい」と都は屋外の出店前のテーブルと椅子で大喜びしていた。
「千尋ちゃんありがとう。天国に導いてくれて」
「いやいや。でも体重が増えても私のせいにしないでね」とポニーテールの少女薮原千尋は私服で笑った。
「茨城にこういう場所があるとは」結城は学校の校庭周辺を見回した。チマ・チョゴリなど朝鮮民族の服を制服にした学生が出店で受け付け対応をしている。
「大体都道府県ごとにいくつかはあるらしいよ」
と千尋が声を上げた。
「私のツイ友の麗花が誘ってくれてさ。美味しい韓国料理が食べられるって事で都を誘ってみたけど。大正解だったみたいね」
と千尋がトッポギをハミハミする都を見つめた。
「昨日はこの世の終わりを見たような表情だったのに。ゲンキンな女だぜ…あ」
結城はふと見上げると、そこでチマ・チョゴリの女子高生と会話している津川周一を見つけた。
(な、何でこんなところに…)結城は唖然としていたが、すぐに首を振った。
「ちょっとトイレに行ってくる」
結城はそう言って立ち上がると、津川の所に向かった。
「よ、お前都のクラスの津川って言うんだろ」
「あ…」津川は結城の顔を見てビックらこいたように硬直する。
「大丈夫。瑠奈から話は聞いているよ。別に怒ったりはしてない」
と結城は手で制する。
「この人、津川君の友達?」と少女が聞く。
「同じ学校の友達なんだ」と結城は言った。
「そうなんだ。私は朴愛子(パク・アエジャ)。津川君とは両親が再婚して義理の兄妹になっているんだ」
と活動的なボーイッシュヘアの少女は笑った。
「ひょっとして、君が結城君?」
と朝鮮民族学校高等部1年、朴愛子(16)が結城を見て悪戯っぽく笑う。
「君が都ちゃんって女の子を守る騎士なのか」
「ちょ」と津川は声を上げる。
「当たって砕けろって告白するようにアドバイスをしたのも私」と愛子はニカっと笑った。
「まぁ、そんなところだ。別に俺と都は付き合っているわけじゃないし。こう言うのは都が決める事だ。ただ」
結城は頭をポリポリ掻いた。ばつが悪そうに。
「何でお前あいつを好きになったんだ。その探偵小説とかに関係あるのか」
「ううん」と津川。
「島さんの真っすぐで優しくて…そういうところが好きになったんだ」
と津川。結城は「なるほど」と頷いた。
「もう一つ聞いていいか。薮原が探偵に興味があるなら遊びに来いと言ったよな」
「うん」と津川。
「都と仲良くなれるチャンスだろう。なのに何で一回も来なかったんだ」
「それは」
津川は言った。「島さんは、探偵を好きでやっているわけじゃないから」
津川は結城を見た。
「図書室での島さんは、探偵とかよりも美味しいものとか、かわいいものとか、格好いいものとか、わくわくするものが好きな人なんだと思う。でも探偵はそうじゃない。人の命に関わるような事件や島さんが傷つくような事件であっても、島さんは立ち向かうしかなかった。そんな島さんに、探偵小説が好きなだけでチャンスと関わるのは、よくない事だと思う」
と津川。結城は目を見開いた。そしてため息をついた。
「全ては都が決める事だ。俺からは何も言う事はない。だがお前の真剣さはわかったよ」
結城は津川に背中を向けた。
「返事は長くなると思うぞ」
「うん」津川は笑って頷いた。
(糞、いい奴過ぎるだろ)結城は歩きながら呻いた。
結城は瑠奈、千尋、勝馬、秋菜がトッポギにがっついているところに戻って来た。
「お前ら、何俺を監視しているんだよ」と結城。瑠奈と千尋と勝馬、秋菜はトッポギをモグモグし続けている。
「ったく」結城はため息をついてからふと気が付いた。「そういえば都はどこに行ったんだ」
「あれ」と瑠奈。
「いけない」と瑠奈。
そのころ、職員室では校長の全一(チョ・イル、55)というハゲが女性教員の白星蘭(ペク・ソラン、23)から報告を受けていた。
「교장, 또 전화입니다. 薮原치히로씨라는 사람을 살해한다는 내용의.(校長、また電話です。薮原千尋さんという人を殺害するという内容の)」
と白は全校長に不安そうに言う。
「조선학교에 대한 무차별 살인 예고는 대량으로 오는데, 薮原치히로라고 하는 것은 도대체 누구네.(朝鮮学校への無差別殺人予告は大量に来るが、薮原千尋というのはいったい誰だね)」
校長はため息をついた。
都は誰もいない校舎の玄関先で座り込んだり、うろうろしたり、しゃがんだり、もじもじしたりと一人落ち着かなかった。そして胸を押さえて深呼吸したりしていた。
「ふええええ、英語よりもわかんないよおおおお」
頭を押さえて目を回す都。
「どーしよーーーー」
そしてまた座りこんだり、うろうろしたり、もじもじしたり、頭をぐしゃぐしゃカキカキしたりしている。
その時構内に一台のミニバンが入ってこようとしてきた。
「止まって止まって」と警備員が声を出す。都が顔を上げると警備員は運転席の窓ガラスを開けるように言った。
「ここは駐車場じゃないよ。搬入関係は向こうに回ってくれ」
と警備員の内藤亮介(59)は声を上げた。
「あれーーー?」要領を得ない返事の眼の可愛いスキンヘッドの男性が声を上げる。
「僕は校庭に直接車を入れて欲しいって校長先生から連絡を受けて来たんだけどな―」
と鼻水を垂らした運転手の檜森倫(30)。
「しょうがないな―。じゃぁ、クライアントに確認してみるよ」
と檜森運転手はスマホを取り出した。
「ちょっと待って」
小柄な少女が警備員の背後から声をかけた。
「運転手さん。このお荷物は何なのかな」
「朝鮮の酒が入っているって言ってたよ。ドラム缶に」と警備員。
「だ、誰だね君は」そういう内藤警備員の横で都は少し思案していたが、
「ドラム缶って何本」と都が聞いた。
「3つだよ」と檜森運転手が言った。
「3つだとここに来ている人が高校生含めて、みんながべろんべろんになるまで飲まないといけない量だよね。ひょっとしてこの学校に到着したらどこかにメールするように言われてない?」
と都。檜森は「あ、ああ」と目を見開いた。
「そのメールはGmailだったりする?」
「何でわかるんだい」と檜森は声を上げた。
「運転手さん。このお酒を運転手さんに届けるように言ったのは誰かな」
と都。運転手は「それがわからないんだ」と答えた。
「わ、わからない?」と内藤が答える。
「ああ、そもそもこのバンは僕のバンじゃない。僕は知的障害で運転免許を取っている事がニュースで取り上げてもらって。それでTwitterにこのバンを朝鮮学校まで運転してくれたら50万円くれるって言われたんだ。言われた住所に行ったら、道路にこのバンが止まっていて、僕のアカウントと置手紙が置かれていたんだ」
と運転手。都が手紙を受け取ると
-必ず朝鮮学校の校庭の前に届けてください。届けたらこちらにメールしてください。
という文句が書かれていて、メールアドレスが記載されていた。
「運転手さん。これは爆弾だよ」
と都は言った。
「運転手さんは逃げて! 警備員さんは校庭と校舎の人を避難させて。私は門のところにいる人を避難させるから」
「え、でも荷台を確かめた方が」
「確かめようと開けた瞬間に爆発しちゃう仕掛けかもしれない!」
と都。
「早く!」
都はそう言って門のところに走った。
警備員の内藤が「皆さん、不審物です。校舎の玄関から離れて。裏門の方に行ってください」と校庭に向かって叫んだ。
「ふ、不審物だと」と結城が立ち上がる。
都はテントの受付や周辺の人に「みんな敷地から出て。大きな爆弾があるから」と大声を上げた。
校庭の200人前後の人々が一斉に野球場の方に走り出す。
「都!」瑠奈が逆方向に走りだそうとするが、結城は止めた。
「大丈夫だあいつは。こういう時は適切な行動をとる。お前が助けに入ると彼女に余計な心配が増える。俺たちは」
結城はここで敷地内の木に仕掛けられたカメラを見つめた。
「なんだ、あのカメラ」
結城の目が見開かれた。「まさか」
黒い影はスマホ画面を見ていた。そしてスマホのボタンを押した。ミニバンが内側から破裂し、爆発音とともにテントや椅子がぐちゃぐちゃになって吹っ飛んできた。それが都の目に映った瞬間、何かが都にぶつかった。爆発は学校のガラスを全て粉砕し、破片とともに逃げようとしていた生徒らが吹き飛ばされた。爆風は近隣の住宅の窓枠や屋根瓦を吹き飛ばし、学校の向かい側のコンビニもガラスが本棚とともに吹き飛ばされた。学校の前の県道で車がコントロールを失って電柱に激突する。
土埃の中で都は耳をキーンとさせながら立ち上がった。誰かが自分に覆いかぶさっている。都は立ち上がろうとしてその人物の背中に触れた。大量の血が手についた。都を間一髪で庇った津川周一は力なく倒れ、足は妙な方向に折れ曲がって、少年は力なく倒れていた。都は目を見開き、真っ赤な血に染まった両手を見て戦慄していた。