逃亡者北谷勝馬3-4
3
1時間後、少年自然の家にパトカーが到着した。2人の警察官がパトカーから降りてきた。
「通報をくれたのはそちらですか」
警察官が警察手帳を取り出す。
「そうです。とにかく事態は急を要するので」結城は玄関前の車スペースで警官を出迎える。
「まぁ立ち話もなんですから、中の方でゆっくりと」
若い方の警察官で長身の魚津成太巡査(26)が結城を促す。
「いや、森の中に怪しい男が4人もいて、俺にスタンガン翳して追いかけてきたんですよ。俺の知り合いがまだ森の中にいるんです。案内しますから」
「まぁまぁ」魚津は結城の肩を叩いて建物の中に誘導する。
ロビーで話を聞く警察官。
「それじゃぁ、まず君の友人の特徴を話してもらおうかな」
年配の方の警察官田沼一郎巡査部長(46)が結城に話すように促した。
「ええと」結城の横で都が身を乗り出した。
「背は結城君に似ていて、顔はイケメンで韓国の俳優のペロペロ・チョンチョンに似ています。名前は山田花太郎っていうんです」
「ん」結城が呆気にとられた顔をした。一緒にいた内郷智子が何かを言おうとしたが、瑠奈はそれを手で制した。
「ああ」あ、察しした千尋が手をあげる。「ペ・ヨンジュンの事です。私の学校では人気者で」
「なるほど。韓国人俳優に似ている…」
警察官は手帳にメモをしてから都と結城に服装の事を聞いたが、都は「メイド服を着ている」と答え、結城は「肝試しイベントのコスプレ」と咄嗟にフォローした。田沼警官は一通りメモしてから
「了解しました。では君らはもう寝なさい。森の中で幻覚でも見たのだろう。背広姿のサングラスの男だなんて、幻覚でも見たのだろう」
と結城を抑えた。
「ちょっと。俺の友達は」
「迷子はちゃんと捜すから」
警官はそういうと自然の家に勝馬を押しとどめ「では先生方、今後は気を付けてくださいね」と内郷に注意してロビーを出て行った。
「幻覚ではない事ははっきりしたよな」
結城は走り去るパトカーをじっと見つめた。
「うん、だって結城君は怪しい男とは言ったけどサングラスをかけている背広の男とは言っていない」
都は思案した。
「結城君に対する対応も変だったから、咄嗟に勝馬君の特徴については出まかせを言ったんだけど。とにかく勝馬君に連絡しないと」
「でも電源切られているって」
瑠奈が都に言ったとき、突然都のスマホに「勝馬君」から着信があった。
-都さん。大変なんです。
都がスピーカーにしたスマホで勝馬のぶったまげた声が聞こえてきた。
-森の中に怪しい人影がいて、そいつに追われている女の子を背負って、森の中をひたすらかけて…今、麓のなんか、納屋みたいなところに隠れているんですが。
「大丈夫。その黒メガネは悪い人なのは確認済み。女の子はそこにいるのかな」
-ええ。
勝馬は息を整えるように言った。
-でもそれがちょっと変なのですよ。何か、自分の名前を憶えていないみたいなんです。それと足。なんかロープみたいなもので酷く縛られていたのか黒いあざが出来ていて、凄く痛そうなんです。
「了解」
都は返事後に少し考えてから電話をした。
「勝馬君。大事な事を3つ言うからね。絶対覚えておいて。その子を助けるためにも」
都は言った。
「まず第一に警察には連絡しないで。どういう理由なのかは知らないけれど、警察と黒メガネの男たちはグルらしい。2つ目、この黒メガネは7年前私を誘拐した犯人と同一犯だよ」
その言葉に、結城、瑠奈、千尋の3人は驚愕の表情で都を見つめた。
「3つ目なんだけど、その女の子、名前はわからないけど、苗字は佐久間さんって言うの。そう教えてあげて。とにかく勝馬君を迎えに行く方法を考えるから…」
-ちょっと待ってください。
勝馬の声が震えた。
-奴が来ます…。
納屋がある農家の駐車スペースに骸骨のように痩せた黒眼鏡の男が立っていた。勝馬が納屋の木戸の隙間からそれを見つめる。男はゆっくりと納屋に近づいてきた。
その時だった。突然農家の玄関の灯りがついて、中からじいさんとばあさんが出てきた。
「何をしているんだ。お前は」
じいさんがそういうと、黒メガネの男は「怪しい若者2人組を見なかったか」と問うた。
「知らんな」爺さんは訝し気に聞く。
「そうか。もし見かけたら連絡してくれ。相応の謝礼をする」
と黒いメガネの男は名刺のようなものを渡した。
「他の世帯にも配っている。早い者勝ちだからな」
黒メガネの言葉にじいさんとばあさんは「ヒヒヒヒ」と欲にまみれた声を出した。
「今度こそ、うちが謝礼を貰いたいものじゃな」
勝馬はその言葉を呆然と聞いていた。
「こりゃまずいぞ」
自然の家の高校生の部屋でベッドに置かれたタブレットに示された集落のGoogle地図を見ながら、結城竜はため息をついた。
「村人全員があの連中の手下と考えた方がいい。どうやったら集落から勝馬を目立たせずに脱出させられるかだな」
結城は考えた。
「でも田舎の情報網はCIA並みだよ。並大抵の方法では難しいんじゃないかな」
と千尋。
「目立たずに脱出するのは難しいなら」
都はにっこり笑った。「思いっきり目立ってあげればいいんだよ」
「大丈夫ですか」
勝馬は納屋のかつては干し草が詰まれていたであろう埃しかないスペースに蹲っている少女を見つめた。
「大丈夫だよ。それに記憶喪失で良かったと思っている」
少女はボーイッシュな表情で笑って見せた。「君凄いね。僕を背負ってこんなに早く走れるんだから」
(ぼ、ボクッ娘‼)勝馬はきゅんとした。
「あ、俺は北谷勝馬と言います。ええと、貴方の名前は、苗字は佐久間というみたいです」
勝馬は真っ赤になってテレテレした。
「佐久間…?」
「俺の心の師匠からの情報です。黒メガネの連中がそう口にしているのを目撃したそうです。でも、大丈夫…俺は貴方を絶対に守ります」
勝馬はぎこちなく不器用な言葉で話した。佐久間はくすっと笑った。
「じゃぁ、君は僕を守る騎士って訳か」
少女は白いワンピースを着用していた。ボク少女の割にはフェミニンでナイロンが体にフィットして胸や腰の膨らみが分かる。勝馬は慌てて目をそらした。
「でもこの状態は相当ヤバいみたいだね。この村の村人も僕らをあの人たちに引き渡すつもりだとか」
佐久間が真剣な表情で勝馬を見た。
「君を巻き込む形になっているのかもしれない。だって僕はなぜ自分が追われているのかさえ分からないんだ。もしかしたら僕はお金持ちの令嬢で、彼らは僕を助けに来ただけなのかもしれない」
「お嬢様のSPが足首にこんな痣を作りませんよ」勝馬は言った。
「それにあいつらは俺の心の師匠を7年前に誘拐しているんです。酷い奴らなのは間違いありません」
北谷勝馬は決意に満ちた表情で言った。
「絶対に貴方をあいつらから守ります」
翌朝。集落に2台のバイク集団がやって来ていた。そのバイク集団は納屋の前の道路でやってくる。棟髪刈りの糸目の青年、板倉大樹がバイクを降りると、いきなりラジカセをかけ始めた。
突如として流れ出すヘビメタバンド。直後にそれに合わせて踊り狂いながらメイド服を着用した少年と白いワンピースの少女がバイクに向かって言った。その奇妙な光景を玄関先で見ていた老夫婦。そして、「謝礼が逃げる‼」と叫んだ時には、ヘルメットをかぶった少女はバイクの板倉の背中にまたがり、メイド服の少年は後ろのバイクに乗っていた。バイクが発車する。
黒服の眼鏡の男はスマホで情報を聞くと、黒いワゴン車に乗り込んだ。別の場所の黒いセダンも発車する。
集落を抜ける道路をふさごうとする黒いセダンだが、いきなり側道から出てきた軽トラックに阻まれ立往生。その横をバイクが2台すり抜けていった。その後ろをワゴン車が追跡する。
セダンの黒い服の男たちは冷静に車をバックさせる。
勝馬の舎弟たちは巧みなバイクさばきで追跡を撒こうと2手に別れるが、黒いワゴン車はすぐに白い服の少女を追跡する選択をした。
「しっかり捕まってください」
板倉は少女に言って、少女はぎゅっと板倉にしがみつく。胸が板倉に押し付けられ、板倉のボルテージが上がる。田んぼと果樹園に挟まれた狭い起伏ある道を少女を載せたバイクは走った。
だが視界が開けた田んぼ道に出たとき、前方の左側から十字路をふさごうと県道を黒いセダンが走ってくる。板倉はバイクのブレーキを切って県道手前のあぜ道に走る。田んぼのあぜ道を切り返して追いかけてくるワゴン車。だが果樹園に設置された車止めのポールに阻まれ、さらに板倉のバイクは右に右折してあぜ道から徐行して農家の敷地を通ってまこうとする。だが、直後にバイクが通り抜けた横のビニールハウスがぶち破られ、ワゴン車がミニトマトの柱をまき散らしながら、強引に突破して板倉のバイクに襲い掛かってきた。
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バイクはミニトマトハウスを突き破り、バイクに襲いかかる。そしてその行き先のT字路をパトカーがふさいだ。バイクも仕方がなく停車する。停車したワゴン車から男が3人降りてくる。
「バイク、停止して」田沼巡査部長がパトカーから降りて命令した。
「エンジンきって、バイクから降りて、ヘルメット外して」
田沼と魚津に命令され、板倉と少女はバイクから降りて、ヘルメットを外した。ヘルメットから現れた少女は高野瑠奈だった。明らかに探している佐久間と言う少女と違う事に、黒メガネの男は自分たちが騙されたと気が付いた。
「あー、怖かった」
そういう瑠奈はちょっと楽しそうに白いワンピース姿であぜ道に降り立った。
「俺、何もしていませんよね。2人乗りオッケーの車種ですし。速度超過は勘弁してください。こんな怖そうな車に追いかけられていたんですから」
板倉はヘルメットを脱いでヘラヘラ笑った。それを突然黒服の痩せた長身の男が殴りつけ、顔を殴られた板倉は未舗装の路肩に倒れ込む。
「板倉君!」瑠奈が板倉に駆け寄ってそれからキッと黒服の男を睨みつける。
「上岡さん。ヤバいです」と魚津巡査がてんぱった声を出す。
「この女。確か昨日自然の家にいた娘だ」
上岡と呼ばれた骸骨のような痩せた黒メガネは言った。
「こいつと一緒に連れて行って、いろいろ吐かせてやる。何なら人質にしてもいい」
「本気ですか」
上岡の冷徹な判断に真っ青になる田沼。だが上岡は瑠奈の腕を既に掴みあげていた。その時だった。
「Ngôi nhà vinyl đã bị phá hủy(ビニールハウスが破壊されているぞ).」と外国人がワラワラ農家のプレハブから出てきた。「警察さん。助けてください」と片言の日本語。
「ち」と上岡は瑠奈を突き飛ばし、瑠奈は板倉に受け止められる。そして黒いワゴン車は猛スピードでバックして、砂煙をあげて転回して行った。
「落ち着いて、落ち着きなさい」とベトナム人に対応する警官。それを他所に板倉は瑠奈の手を取り、バイクにまたがってその場を脱出した。
「ま、待ちなさい」魚津は喚いたが、彼本人もどうすればいいのかわかっていなかった。
そのころ、反対側の6号線をホロ付きの軽トラックが南下していた。
「みんなは大丈夫かな」佐久間と言う少女は荷台に座りながら勝馬に聞いた。
「勿論ですよ。プロですから」と勝馬はキリッとする。
「青春だねぇ」と運転席から勝馬の母親が笑う。かなり若々しくてスタイルもいい茶髪の女性だ。
「でも本格的だったよね。あいつらの攻め方」
と勝馬の母親はミラー越しに真剣な顔で2人の顔を見る。
「ちょっと尋常ではないよ。奴らの佐久間ちゃんの探し方。何か都ちゃんの時みたいだ」
「そうだ母ちゃん、都さんが誘拐された時、何があったんだ?」
窓越しに喚く勝馬。
「あ、ああ…それなんだけど…。ち」
勝馬ママは舌打ちした。前方で警察が検問を張っていた。
「まさか、俺たちを捕まえるために?」勝馬が唖然とする。
「いや、飲酒運転の検問だろう。だが荷台に人載せているのがバレたらそのまま連中に引き渡されかねないからな。ここで降りてくれ。横道通って、1㎞先のコンビニで合流しよう」
「お、おう」
と勝馬。
「ありがとうございます」佐久間が頭を下げると勝馬ママは「またコンビニで会うんだろ」と笑った。勝馬は渋滞中の軽トラの荷台から飛び降り、佐久間を受け止めると、そのまま中古車販売店横の横道を走った。
「大丈夫か」
つくば市にある公園でメイド服姿の結城がバイクの後ろから降りて、ベンチに座り込んでいる瑠奈と板倉に駆け寄った。もう一人の勝馬の舎弟の毬栗は彼女に自分のバイクテクをスマホで自慢している。瑠奈は結城のメイド服を見て、くすっと笑った。
「ごめん、安心した」
その目には少し涙が光っていた。
「相当ヤバい話じゃねえか」結城は驚愕の声を出した。
「警察の前で堂々と拉致をしようとしていただと」
「うん。それから7年前に都を誘拐したっていう長身で痩せた骸骨みたいな男は上岡っていうみたいで、田沼と魚津っていう巡査とは知り合いみたい」
と瑠奈は缶コーヒーを飲みながら結城を見上げる。結城は頭を抱えた。
「一体奴らはあそこまでして何であの佐久間って子を連れ戻そうとしているんだ」
「世界を破滅させる何か重要なキーアイテムとか」
と板倉が素っ頓狂な声を出した。「それに気が付いた真っ黒の組織がアホトキシンを作るために‼」
「アホトキシンって何だよ。世界をアホにする薬か?」
と結城はツッコミを入れつつベンチに座ってため息をついた。
「そりゃねえだろ。だってこの世界の指導者は十分アホだぜ」
「でも何か壮大な陰謀が関わっているかもしれないってのは間違いないよね」
高野瑠奈が考え込んだ。
「だって警官の前で目的の為に私たちを誘拐までしようとしたんだよ」
と瑠奈は結城を見つめた。その顔は切羽詰まっていた。
「今まであった事、全て都に話してみよう」結城は静かに言った。瑠奈は結城を見つめていたが、小さくうなずいてスマホを手に取った。
「瑠奈ちん‼ ごめん」と都が帰りのマイクロバスの中でスマホに向かって叫んだ。その横には薮原千尋が心配そうな表情で都を見る。
「私のせいだ。私の見通しが甘かった。あの時森の中で結城君にスタンガン見せたときに気が付くべきだった。例え偽物だとしてもあいつらは誘拐とか平気でする人たちだって。私のミスだよ。そのせいで板倉君まで。ごめん!」
都はスマホで話しながら頭を下げた。
-大丈夫!
瑠奈の笑い声がスマホから聞こえた。
-バイク凄く楽しかったもん。私一回バイクで走って見たかったんだよね。男の子の背中で。結構癖になると思う。
「瑠奈ちん」
都が声を震わせる。子供たちが心配そうにのぞき込んでいた。
-それにね、都。実は私、都に謝らなければいけないことがあるの。実は7年前に都が誘拐された事件。あれ、もしかしたら。
瑠奈の声が電話越しに震えた。
-あれは、私の…私のせいかもしれない…。
「瑠奈ちん?」都は目を見開いた。
国道横の田んぼを歩く勝馬と佐久間。勝馬は「いい天気ですねーーー」と空を見上げ、「そうだね」と笑う中性的なボク少女を見つめた。かわいらしい笑顔を初めて明るい場所で見た気がする。
「ねぇ、君は受け入れてくれるかな。僕の秘密」
と少女は俯いて言った。
「わかっています。追われるには何か理由があってのこと。例え世界を破滅させるコードが埋め込まれて組織に狙われているとか、そういう理由があったとしても、僕は貴方を絶対に嫌ったりはしません。最後まで僕は貴方の味方です」
と勝馬は少女に向き直って行った。佐久間は少し勝馬を見上げてから、少し目をそらした。
「僕は…本当は…」
さぁ、勝馬はこれから世界がひっくり返るような秘密を覚悟していた。謎の組織が警察権力と癒着して総力戦を挑んでくるだけの秘密だ。未来予測遺伝子なのか、それともこの世界がマトリックスなのか、全部受け止めてやる、来いよ、世界の秘密! 野郎受け止めてやる!
「男の子なんだ」
佐久間の告白を聞いて、勝馬は田んぼの真ん中で呆然と立っていた。
「あれ?」
勝馬はぽかんとした表情で言った。「え、でも」
さすがにおんぶして走った時、ワンピース越しに胸の感触が伝わってきたなんて事は言えなかった。
「体は女の子なんだ。でも記憶にある時から何か自分の体に違和感があって。入れ替わる時に瑠奈さんが着替えるのを見て、それで僕確信したんだ。僕は女の子の体だけど、心は男の子なんだと分かった。ごめん、わざとじゃなかったんだけど」
顔を赤くして下を向く佐久間。
「なるほど。となると組織の目的は魂の入れ替わりの実験を外部に漏らさないことが目的と言うわけか」
勝馬が妙な事をいい出したので、佐久間はきょとんとした。
「え」
「だってそうだろう」勝馬は大げさに手を振って説明する。
「何ていうんだ。とら、トラ…なんかそういう人なんて別にその辺に普通にいるだろ。捕まえて実験動物みたい扱う意味が分からない。連中が国家権力を使って俺たちを襲ってくる理由は」
勝馬は頭の中でもやもやと想像する。
「恐らく筑波山の地下には人間の魂を入れ替える国家的陰謀を完成させるための地下秘密基地が存在し…」
勝馬の頭の中で魔王みたいなシルエットが両手を広げて地下モニタールームで意味不明なエネルギーを放射していた。
「そこで人格の入れ替えの研究を行っていたんだ。だが問題はない。お前が男だろうと何だろうと、太陽の下で走り回る権利がある」
勝馬はびしっと言った。「そうできるように俺が最後まで守ってやる」
「馬鹿だ」と佐久間は笑った。笑いながら泣いた。「馬鹿過ぎてカッコよすぎる」