密室の悪魔①
1
「さて皆さん」
薮原千尋は暗い部室に電気スタンドをつけて、顎の前で両手を組んでおもむろに正面にいる存在に声をかけた。
「これは私の友人高野瑠奈の身にあった恐怖体験です。彼女の運命を大きく変え、そしてあの女子高生探偵島都を事件にいざなったきっかけは、ほんの些細な出来事だったんです」
薮原千尋のジト目がギラリと光った。
「アルバイト先の」
閑静な住宅地の冬の路上を歩く島都という小柄な少女は目をぱちくりさせた。
「うん。一昨日から無断欠勤が続いていて、それで店長から様子を見てきてって」
高野瑠奈はため息をつく。
「勤務時間外に面倒なことを。しかもそのバイト先のサボり、30過ぎのおっさんだろう」
結城竜がため息をついた。
「でも、もしアパートとかで死んでいたりとかしたら」
瑠奈が心配そうに都を見る。
「そうだね。無事かどうか見てから、千尋ちゃんの家で鍋パーティーだよ。勝馬君も待ってるよ」
都はにっこり笑った。結城は「だがアパートって訳じゃなさそうだぜ」と見上げた。一戸建ての建物が立っている。
「電気もついているな。火村静子、隆一…お、間違いない」
結城はインターフォンを押した。
「はい」
女性の声が聞こえた。多分初老のおばさんだ。
「ええと、お宅に隆一さんって人いますよね。俺その方のバイト先の関係者です。店長に安否確かめて来いって言われました」
と結城はインターフォンに向かって喋る。
「少々お待ちください」
という声が聞こえて家のドアが開き、出てきたのは60くらいの初老のおばさんだった。
「貴方たち。ひょっとして高校生」
高校の制服を着用した都、結城、瑠奈を見て、火村静子(62)という眼鏡にシラガシニオンのおばさんが言った。
「ええ。まぁ、バイトで一緒だったのは彼女で、俺はその付き添いです」
結城は親指で瑠奈を指し示す。
「隆一さんは御在宅でしょうか」
「隆一は…家にいるわよ。でも一昨日急にバイト先に行きたくないって暴れだしてね。ものを投げたり大変だったのよ。あの…せっかく見つけたバイト先でしょう。出てくるように言ってやってくれないかしら」
「あ、これ給料出ないんで…」と結城が言いかけたところで、
「いいですよ」
と高野瑠奈は結城の横から言った。結城はマジかよと目を丸くする。
「私も出来ればまだ一緒に働きたいと思っていますから」
隆一の扉の前にはLOのポスターがでかでかと貼ってあった。
「見るもんじゃねえ」と都を背後から目隠しする結城。都は「むぎゃー」と声を上げる。
「隆一さん。いらっしゃいますか。高野です! アルバイト先でお世話になった」
瑠奈は声を上げた。中からは何も反応はない。
「私のGメール書いて置いておきますから。もし決まったら電話してください」
瑠奈はそういうとメモ帳を破って火村静子に渡した。
「申し訳ありませんが、息子さんにこれを渡していただけませんか」
薮原千尋は電気スタンドに照らされた机で腕組をして、ジト目でじっと正面を見る。
「この一枚のメモには瑠奈のメルアドが書かれていました。そしてこのメルアドこそが、彼女を恐怖に陥れるのです」
「あああああああ、ターナー中尉ィイイイイイ」
「チィッ、ピアソンとのガチホモ展開が見られると思っていたのに」
「あれ」
結城と将棋をしていた。瑠奈がスマホを開けた。
「結城君。何かメールが50以上来ているんだけど」
瑠奈がしなの鉄道169系の待ち受け画面とともにメール着信の赤数字を見せる。
「電気屋の宣伝じゃねえの? 俺も口車食らって登録したらメールがうぜーのなんの」
「うん、そう思って私はこう言うのは断っているんだけど」
瑠奈は結城にスマホを渡した。
「差出人は不明…か。多分即席で作ったGメールだな」
結城はメールをチェックした。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
「なんだこれ」
結城はげんなりした声を出す。
「ん、画像が添付してある」結城はキッチンの椅子からリビングの勝馬に「よぉ、勝馬。この画像見てみろ」と勝馬にスマホを渡した。
「高野のスマホだからな。大事にしろよ」
「なんだ、食い物でも映っているのか」と勝馬が画像を開き、次の瞬間「うっ、ぐえええええええええ」ともどしそうになって絨毯の上に轟沈する。
「あんた! 何変なものを瑠奈に送信しているの! この変態」
千尋が絶叫し、ソファーで「もう食べられないよ」とよだれを垂らして爆睡していた都が「ほえ」と目を覚ます。
「つまりこういう画像だったんだ。正体不明の野郎がGmailでヤバい画像を高野に送信したって事か」
ぜいぜい息をする千尋の前で結城は戻るボタンを押した。
「え、嘘」瑠奈が声を震わせる。
「それ超やばくない。だって瑠奈のアドレスも知られているんでしょ」千尋が心配そうな顔をする。
「どこかから漏れているのか? 高野のメルアド」と結城は考察する。
「なぁ高野。高野のメルアド知っている男はどれくらいいる?」
結城は瑠奈に声をかける。
「ええと、クラスの男子は大体知っていると思うよ。あと部長会の先輩とかにも」
「ねぇ、どんな画像なの」
都が結城の背後からひょっこり顔を出す。
「都が見るもんじゃない」結城はジト目で都を見る。
「都さん。あれは見ちゃだめです。目が腐ります」勝馬が首をぶんぶん振った。
「でも瑠奈ちんの携帯に変態メールを送った犯人だよ」
都は真剣な目で結城を見た。
「犯人を特定するためにもお願い!」都は真っすぐ都を見た。
「…愚問だな」結城はため息をついた。
「考えてみればお前は凄惨な事件現場を何度も見て、事件の真実を解き明かしてきたわけだ。わかった。これだ」
結城は笑いながら都に画像を見せた。
―母なる大地の懐に…
都が笑顔のママ白目をむいてそのままゆっくりと倒れ込んだ。仰向けに倒れた都は目を渦巻に回して泡を吹いている。結城はそれを見て立ち尽くした。
「テメェ、都さんになんてものを見せているんだ!」勝馬が絶叫しながら結城の胸ぐらをつかんでブンブン振った。
「結城君、やっぱ最低だわ」と蔑む千尋の目。
「結城君。事件現場の見過ぎでちょっと倒錯しちゃった?」と瑠奈。あんまりなシチュに結城はブンブンされながら放心していた。
「うーん」
都は瑠奈のスマホのアドレス帳を見て考え込んだ。
「でもとにかくこのメルアドの中に犯人がいるなら数人に絞られるよ」
都は言った。
「5人?」瑠奈と千尋と結城がげっそりと都を見る。
「うん。だってこの画像の撮影日付、10年近く前だよ」都の指摘に「本当だ」と千尋は声を上げた。
「なるほどー。10年前ならクラスの男子とかは除外されるよね。だって10年前にこんなマンモスなわけないから」
「ゴホン。つまりこんなむさくるしいチンチンが10年前に撮影されているって事は、犯人は最低でも20代後半以上って事か」
結城は言った。都は頷いた。
「瑠奈ちん。このスマホの中でその人を教えてくれるかな」
都はスマホを見せた。
「この6人だよ」
瑠奈はメモ帳に6人の男の名前を書いた。
「1人目がバイト先のマックの店長。伊調学さん。私に火村さんの所に行くように頼んだのはこの人。2人目が同じバイトの先輩の矢口原牧人さん。3人目が調理部にお願いされて子供食堂を手伝ったときの代表の高瀬理人さん。時々今でも子供たちに会いに行くついでに手伝い行っているんだけどね」
「はーい。この前は私も一緒に行ったよ」と都が挙手する。
「4人目は前のバイト先の店長なんだけど」瑠奈の声が曇る。
「こいつは岩本に脅迫されて今マグロ漁船に載せられていると聞いたから除外していいだろう」
「5人目は…千尋の兄ちゃんかよ」
結城は薮原一郎の名前を見てため息をついた。
「兄貴は今日は聖地巡礼に行っているからね。瑠奈に変態メール送っている暇はないわ」と千尋。
「と言う事は主要な容疑者は店長の伊調、先輩の矢口原、子ども食堂の高瀬。そしてあの引きこもりの火村に絞られるって事か」
結城は思案する。
「でもこれ警察に持っていけばいいんじゃないのかな。誰が送ったのか解析すれば」
と瑠奈が提案する。
「まぁ、警察がGoogleの通信履歴やISPを追いかければ特定はたやすいと思うんだけど」千尋は考え込む。
「今岩本の事件でサイバー班が動員されているらしくって、ネット犯罪の対応が後回しにされているって話もあるんだよね。それよりも容疑者の全員のチンコと画像を紹介すれば早いと思うんだけれど」
「出来るか!」結城が千尋に突っ込みを入れる。
「まぁ、あとの手掛かりはこの赤さんの背景だな。汚い部屋にパソコン画面に…この壁紙は…」
結城はふと思い出したように言った。
汚く暗い部屋で髭面の太った男性が眼鏡を反射させている。長髪の男火村隆一(31)は頭を抱えて震えていた。目の前のPC画面には高野瑠奈に対して
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
と送った送信メール画面が光っていた。そのパソコン画面の背後にはあの壁紙が存在していた。
「高野瑠奈さん、高野瑠奈さん、高野瑠奈さん」
と火村隆一は興奮した声で譫言のように呟いた。
「そう、この事件は」
薮原千尋は部室でスタンドの光の中でじっと正面を向いて言った。
「ただの脅迫事件から凶悪な監禁事件に発展する事になるとは、私たちの誰も知る由がなかったのです」
2
「おお、都ちゃん」
翌日午前、団地の1部屋を利用して運営されている子ども食堂で「うえぇええ」と子供たちに埋まっている結城をよそにこの施設の責任者高瀬理人32歳がタオルをスキンヘッドに巻いたエプロン姿で都に挨拶した。
「そういえば今日は瑠奈ちゃんはいないのかい」
「瑠奈ちんは今日はマックでバイト。今日はちょっと聞きたいことがあってきたんだよ。火村隆一さんの事で」
都は聞いた。
「バイト、やめちゃったみたいだね」
高瀬は腰に手をやってため息をついた。
「一昨日こっちにも電話をしてきてさ。何か凄い怒っていたよ。東証一部上場企業に就職する俺を無料で働かせやがってって…。びっくりしたよ。ここでは熱心に働いてくれていたんだけどな」
「どんな仕事をしていたの」
「ご飯をお茶碗に盛り付けする仕事」
都の問いに高瀬は炊飯器を指さす。
「潔癖症って言うのかな。物凄く正確に300グラムをお茶碗に入れようとしてたのを覚えているよ。子供たちのノリとかは苦手であまりコミュニケーションは取っていなかったな。まぁ彼とは高校が一緒だったから、その時からあまり変わっていない感じだったけどな」
「って事は10年とか20年前の事とかを知っているんだよね」
都が身を乗り出す。
「あ、ああ…」
「どんな人だった」都がずいっと顔を近づける。
「ああ、とにかくプライドだけは高い奴だったよ。どう考えてもそんな実力もないのに東大を受験して就活もしなかった。俺は高卒の仕事なんて似合わない、東証一部上場がふさわしいとかそのころから言っていたな」
「いじめとかは受けていなかったですか」
結城が男の子と女の子をハイハイで背中に載せながら苦しげに言った。
「ないない」と高瀬は手を振った。
「あいつの親父。今は長期入院中みたいだが、警察のお偉いさんでさ。カツアゲした不良逮捕されていたもん」
高瀬はため息をついた。
「まぁ空気は読めなかったし、あまり友達は多くなかったが…」
「空気は今も読めていないわよ」とドアを開けて入って来た女性が言った。
「加門さん」と高瀬は声を上げた。
「都ちゃん。お久しぶり」30くらいの女性加門禮子(35)が声を上げた。
「あいつ私がレズビアンな事をアウティングしたのよ。普通にみんながいるところでぽろっとね。ま、ここの子もお母さんたちも理解してくれたけど」
加門は抱き着いてきた少女の頭を撫でた。
「もしそうじゃなかったら私ここの居場所をなくしていた。それでその事を注意したら、翌日に高瀬さんにあんな電話してきたでしょう」
加門はぬいぐるみに埋められている結城を見ながら言った。子供たちが結城をぬいぐるみで埋めている。
「救いようがないのよ。世の中を舐めてプライドだけが肥大しているクズ。ここに来る子は母子家庭で本当に毎日の食事もギリギリの中頑張っているのに。プライドがデカいだけの奴が来るところじゃないのよ」
加門は声を荒げた。
「加門さん!」と高瀬が制する。
見ると眼鏡のぬいぐるみを手にした女の子が泣いていた。
「火村先生もう来ないの?」
「あっ、ごめんね」と加門がその子をいい子いい子する。
「正直、彼にはもうここに来てほしくはないね」高瀬は小声で都に言った。
「彼を説得するために彼の家に行ったんだが、その部屋のドアに…」
「あのポスターだよね」都は考え込む。
「正直、ここに来たのもそれ目当てだと思うと…」高瀬はため息をついた。
「火村って引きこもり…いよいよヤバい奴確定してきたな」
結城は県営団地の駐車場を歩きながら都に言った。その時だった。
「そこの奥さん。アンケートに答えてくれませんか」と声が聞こえて振り返ると、セダンから黒スーツの茨城県警女警部長川朋美が降りて来た。横には警部補の糸目のおっさん平田警部補がいる。
「おおお、長川警部だ」都がぴょんと警部に走り寄る。
「ひょっとしてお前らも性暴力事件に関係があって来たのか」
長川が都と結城を見回す。
「性犯罪って言ったらまぁそうだな」結城はスマホを長川警部に見せた。
「長川警部。これは呪いの写真だよ。目が腐るかと思った。必ずAEDを準備してから見た方がいいよ」
都が注意する。長川は「キタねえ粗チンだな」と一蹴してから「これがどうした。しゃぶったのか」と聞いた。
「長川警部。私が生きている時点で違うってわかる質問を何でするの?」都が怒りのオーラを出すと「冗談だよ」と長川は手を翳して苦笑した。
「でも長川警部が調べているのはこれじゃないだろ」
結城は声を上げた。
「こんなものの為に本庁の刑事が出張ってくるわけないしな」
「ああ、この地区の小学校の校医が通報したんだ。性的虐待を受けている子がいるかもしれないってな。それで今日はその子とその子が性的暴行を受けている現場を目撃したって言う女性に話しを聞きに来たんだ」
「ちょっとこの子って」
スマホの写真を見せられ、都は絶句した。少女が泣いたまま団地の公園で立っていて、その前でほくほく笑顔のデブメガネの無精ひげの男がいる。
「知っているのか」
長川は結城を見た。
「ああ、あの子供食堂にいた子だ。眼鏡にぬいぐるみを持っている」
「この写真以外に少女がズボンを降ろしてパンツを降ろす写真も撮影されていた」
長川はため息をついた。
「この男の人は」
「火村隆一って無職の引きこもりだ」長川は言った。
都の目が長川を見た。「クソッ」結城は歯ぎしりした。
「火村の野郎」
「撮影したのは子供食堂のスタッフの加門禮子。こいつを持って警察署に行ったが、所轄が嫌疑不十分と見なしたんだ」
「こんな写真があるのにか」結城は当惑する。
「まさかこの火村って奴の父親が警察のお偉いさんだから」
「そういう匿名の告発が本庁に上がってな。私たち県警本部の捜査一課が再調査に上がったって訳だ」長川はあたりを見回して小声で言った。
「都はどういうルートで火村とこの子ども食堂にたどり着いたんだ。そしてあのチンコ画像は何の関係があるんだ」
長川は2人の顔を交互に見る。
「警部」平田警部補が促す。
「とにかく、後で電話してくれや。場合によっちゃお前らにもまた協力を仰ぐからな」
「うん、わかった」
都は頷いた。長川と平田が歩き去るのを結城は見ながら
「これは高野のバイト先にも話を聞きに行くしかないな」
と振り返りざまに呟いた。
「ここが子ども食堂か」
長川警部はドアをノックしようとした。その時「おい、お前ら警察かよー」と男の子2人が声をかけて来た。
「火村を捕まえに来たのか。変態容疑で」
「でも火村ばっかり捕まえても意味ないぜ」
ともう一人の男の子が声を上げる。
「だって女の裸を見ていたロリコンは火村だけじゃないからな」
長川の顔が険しくなった。
「高瀬も加門も裸を見ていたんだぜ」男の子は言う。
ハンバーガー店で接客する瑠奈を見ながら、都と結城はテーブル席に座って「何であんたたちがいるの」と小言を言う西野遥刑事とにらめっこする。
「チンコの導きですよ」結城はため息交じりに言う。西野の後ろで鈴木刑事が店長の伊調学(41)に聴取をしている。
「ああ、火村って奴でしょ。不器用だしトロいし空気読めないし、マジで死んでくれないかなってくらいイラつく奴でしたね」
茶髪のロン毛の矢口原牧人(32)はへらへら笑った。
「君こそこんなところでチンタラしてないで高野さんを手伝う。それくらい言われなくても機転を利かせたらどうだい」
能面のような無表情な笑顔で伊調に一喝されて矢口原はヤバいと迫力に押されカウンターに引っ込んだ。
「それで火村さんの勤務態度はどうでしたか」
「接客とかマルチタスクは苦手のようでしたからね。包装や流れ作業、あと掃除とかをやって貰っていました。勤務態度はさっきの馬鹿よりはよかったですよ。適切に指導しましたからね。と言っても無断欠勤なんて社会人失格。まだまだ僕の指導が甘かったようですね」
伊調は能面のような笑顔でにっこりと笑った。
(なるほど逆らったらヤバそうな奴を理解する能力は火村も持っていたのか)
結城は伊調を見ながらハンバーガーをかじる。
「あの、店長」結城が不意に質問をした。
「火村は高野瑠奈さんに何か言い寄ったりはしていましたか」
「いえ、彼はコミュ障でしたから」伊調は細目笑顔で言った。
「大人しく仕事をしていましたよ。むしろナンパをしかけていたのはこの矢口原君ですけどね」
見るとカウンターの奥で「瑠奈ちゃん。俺と付き合おうよ。彼氏いないんだろう」と迫っている。
「わかりました。これ渡しておきますから仕事が終わってから連絡ください」
瑠奈は笑顔でメモを渡す。
(おいおい、渡しちゃうのかよ)
「大丈夫。あれ勝馬君の連絡先だから」と都。
(勝馬君も体がなまっているし、そろそろ新しい木偶を提供しないとね)瑠奈はとびっきりの笑顔を矢口原に向ける。
結城は唖然としていた。
その時だった。突然鈴木刑事のスマホが鳴った。金髪の若手刑事の鈴木は「失礼」と伊調に断ってから応対する。
「はい…もしもし…はい…え、これはどういう」
鈴木は驚いた声を出した。そして電話を切った後西野に言った。
「撤収命令が出た」
「え、おい」
結城が立ち上がった。「どういうことだ」
「事件の重要参考人とされていたここの元従業員の嫌疑がなくなったんだ」
鈴木はそういうと伊調に「ご協力感謝します」と言って慌ただしく店を出て行った。都はきょとんとして目をぱちくりさせながら駐車場を出ていくセダンを見つめた。
「おいおい、何で火村の嫌疑がなくなるんだよ」
結城はため息をついた。
その時一台のポルシェがマックのドライブスルーサービスに入って来た。それに防犯カメラごしに気が付いた高野瑠奈はご注文を受けるためのマイクの前に立とうとするが、その時ポルシェは注文停止線を越えて受け渡し窓口に停車した。
「ご注文を承りますが」
瑠奈が顔を出した時だった。その瑠奈と向かい立った座席に見覚えのある男が着席していた。その人物はズボンをはいていなかった。下半身が全裸だった。そして戦慄する瑠奈とその人物の目が会った。その男は火村隆一だった。高野瑠奈は恐怖のあまり座り込んだ。その直後にポルシェは急発進していく。瑠奈はカウンター内で震えていた。胸を押さえて恐怖に震えている。そして次の瞬間スマホにメールが来ていた。
―僕の気持ちは受け取っていただけましたか。これをいつか瑠奈さんの体に挿入れたいです。
あのアドレスから送られてきた文章だった。瑠奈の目からボロボロ涙が流れた。
「瑠奈ちん。大丈夫? 瑠奈ちん!」
都が慌てて駆け付けて瑠奈を揺り起こす。