少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都5 電脳湖畔殺人事件 File❶

導入編

 

「さようなら、さようなら」親指姫は太陽に向かって言いました。モグラと結婚して地面の奥で暮らすことになれば、もう親指姫は太陽と会うことは出来ないのです。

 

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秋山優那(https://picrew.me/image_maker/185483


1

 その日は雨が降っていた。雨が降りしきる中雷鳴に映し出される一軒の豪邸。
 その豪邸の中で、一人の若い女性が廊下で俯きながら、彼女の夫に必死で訴えかけるように言った。
「ごめんなさい。私には本当に好きな人がいるんです。私はその人が大好きなんです」
17歳の秋山優那は声を震わせた。わかってほしいという気持ちを込めて、彼女は必死で夫の目を見ながら話した。
 夫はこの屋敷で働きもせずにニート生活を送っている紫藤敦彦と言った。年齢も優那より10歳以上年上で、どう見たってこんな人物に17歳のかわいらしい少女が結婚してくれるわけはないのだが、この男の父親が一族の名誉の為に金と権力で一人の少女の人生を息子に差し出したのだ。だが愚かにも敦彦の方は、本気で彼女が自分を好きになってくれていると信じていた。
 だからその現実を突きつけられて、敦彦は狼狽えていた。その様子を廊下の陰からそっと家政婦の米原桜子は見ていた。雷鳴が轟いた。

「凄かったねぇ。演劇って…本気の役者さんって、こんな迫力出せるんだ」
小柄な女子高校生島都が目をキラキラ輝かせて水戸市の裏路地でぴょんぴょん跳ねている。
「確かに、凄かったぜ。人間の表現力って侮れんな。これは実際に見ないとわからないわ。こりゃチケットくれた高野に感謝しねえとな」
都にぶんぶん振られる長身の男子高生結城竜も頭をポリポリかいている。
「だよね、だよね! おっと」
結城から離れてぴょんと走り出す都。県立南茨城高校1年生の腐れ縁の2人は、ふといろんな意味で縁がある別の人間を見つけた。30歳の抜群のスタイルを黒いパンツスーツで固めたお姉さま、茨城県警警部の長川朋美だった。
 長川警部は花束をもって都を見つけると
「ん、都じゃないか。何やってるんだこんな場所で」
とあっけにとられた表情で2人の高校生を見た。
「まさか、あ・そ・こに行ってたんじゃないだろうな」
「なわけねえだろ」
結城が奥のラブホを振り返って絶叫する。
「芝居を見ていたんだよ」
「警部こそ花束持ってこれから素敵な王子様と待ち合わせしてホテルに行くの?」
都がにっこりと聞く。
「だったらいいんだけどな」
長川は苦笑した。結城竜が都の頭を後ろから掴んで
「バカやろ、あれは弔いの花だぞ」
と突っ込んだ。
「ああ」
警部は少し寂し気に笑って、路地の上に花束をささげると手を合わせた。都と結城も慌てて手を合わせる。

「事件とかがあったのか」
ファミレスでパフェを奢ってもらって大満足の都の横で結城竜は長川警部に聞いた。
「あの劇団で演劇に参加していた17歳の女の子だよ。3年前に殺されたんだ」
珈琲を口にしながら、長川警部はため息をついた。
「あの事件か」
結城は声を上げた。「犯人が統失とかで不起訴になったっていう」
「ああ…それもあるんだがな…」
長川は遠い目で窓の外の水戸駅ロータリーを見つめた。

 2年前。茨城県小美玉市茨城空港
 紫藤グループの次男である紫藤敦彦が中国からの便で帰国するのを、長川警部はロビーで待ち構えていた。彼女は逮捕状を携えていた。容疑は殺人幇助である。
 数か月前、17歳の少女秋山優那が彼女が所属する水戸市の小劇団の劇場で刺殺される事件が発生した。犯人は既に逮捕されている。杉島進24歳。前々から優那へのストーキング行為を繰り返しており、彼女の出演する演劇会場の情報を仕入れて待ち伏せ、優那を刺殺した。だが、この男は不起訴になった。統合失調症心神喪失と認められたからだ。
 しかし長川警部補は捜査を続けていた。杉島進は元々は統合失調症の苦しみをツイートしていたのだが、そこに秋山優那に敵意を持つように仕向けて、個人情報や行動パターンなどの情報を教えて、優那を刺すように誘導した男がいるのだ。それが紫藤敦彦だったのである。実名でTwitterしていた紫藤のアカウントから杉島に殺害を教唆、幇助するDMが何度もなされていた。さらにこいつは殺害後に杉島の弁護士費用まで負担していた。
 統合失調症の当事者を操って自分から逃げた元妻を殺害させ、自分は手を汚さずに今まで通りの優雅な生活を送っている紫藤敦彦。入国審査を終えてロビーから出てくるのを長川は今か今かと待っていた。捜査には数か月かかった。Twitterに情報を開示してもらうまでに時間がかかり、さらに奴を殺人教唆、殺人幇助でパクれるように検察が納得するまでの証拠を集めるまで時間がかかった。だが、それも今日報われる。そうしないと、彼女の恋人が報われない。
 その時だった。警察無線が鳴った。

「なぜ…ですか」
アパートで工員の二見守は声を震わせた。
「どうして…奴を今日逮捕してくれるんじゃなかったんですか」
二見の前で女警部補は何も言えなかった。
「すいません…」
二見は声を震わせた。
「警部補さんは本当に優那の為によくしてくれました。僕と優那がTwitterでの誹謗中傷や殺害予告に苦しんで、警察署で門前払いされても…長川警部補は僕らのTwitterを知って非番なのに飛んできてくれました…上司を説得してくれて…。事件があったときも僕の話を聞いてくれました…」
「いえ」
長川警部補は電気もつかない夕日に照らされた部屋の中で静かに言った。
「結局何の結果も得られなかった」
「いえ、もう充分ですよ」
二見の声が震えた。
「もう充分です…もう警部補さんは十分やってくれました。もう司法がどうにかしてくれることは諦めます」
「二見君」女警部補は言った。
「絶対に、自分の手でなんて駄目だよ」
女警部補の声は強くなる。
「君はそんなことをしちゃだめだ。そんなことをしても優那さんは喜ばない」
彼女はテーブルの上の優那の幸せそうな笑顔の写真を見ながら言った。
「大丈夫ですよ」
二見は力なく笑った。
「僕にもうそんな気力さえありませんから」

長川警部補はうなだれながらアパート前の道路を歩いた。
 彼は本当に聡明で我慢強い青年だ。最初に警察がもたついている間に優那が殺された時も、杉島進が不起訴になったときも、えぐられるような苦しみに耐えながら警部補である自分に協力してくれた。大切な恋人が警察に見捨てられ司法も犯人の処罰を放置したのにだ。
「何が、そんなことしても彼女は喜ばない――だ」
女警部補は電柱を叩いた。
「今更そんなこと彼に言ったって、何もならないじゃないか」
空港での様子を思い出す。紫藤敦彦は客室乗務員の女性にナンパを仕掛けながら「僕のいう事を断らない方がいいよぉ。僕は本気で裏切った女の子を破滅させて地獄に送ってあげた事もあるんだから」とへらへら笑っていた。長川警部補は逮捕中止を命令する本庁の無線を片手に真っ青になってそれを見ていたのだ。
 多分原因は敦彦の背後で笑っている父親と兄である。出版社社長の紫藤公彦は今の総理大臣の熱心な支持者で、総理大臣を絶賛し、政権が推進する似非科学や反対派や社会的マイノリティへのヘイトスピーチをしまくる出版物を何度も出しているのだ。こいつらが警察に圧力をかけたのか、あるいは警察が何かしら忖度をしたのか…。
 長川警部補はため息をついて路地を歩き出した。

「うっうっ」
ファミレスで島都は泣いていた。
「長川警部…辛かったよね…そんなの…酷いよね」
「ああ、泣かなくていい、泣かなくていいから」
長川がハンカチを出すと都はお約束と言わんばかりにちーんした。
 その時長川の携帯がぴろぴろなった。女警部は黒スマホに耳を当てるとひそひそと「なんだって…わかった…」と言ってスマホを切った。
「事件だ。私は現場に向かうから…これ払っといて」と結城に5000円押し付けてあわただしく席を立った。
「大変だねー」
都がレモンソーダをちゅるちゅるやりながらきょとんと見送る。

「さぁて、帰るとしますか」
結城が水戸駅の改札口へ向かおうとした時だった。橋上駅舎の中央改札口で何か見覚えのある顏を見た。ポニーテールで南茨城高校の制服を着た結城竜の後ろの席の少女。
「あれ、千尋ちゃんじゃない。うおおおおい」
都が声をかけようとするのを結城は口ふさいで柱に咄嗟に隠れた。
「おい、都…あれ」
千尋が嬉しそうにある人物と手を組んで歩いていた。手を組まれている背広姿の男は30歳くらいの眼鏡で陰気そうだが、女子高生に腕を掴まれて顔が緩んでいる。
「あれ、あれ」
「おおお、お父さんかな」
「にしては若いだろ」
結城は都にひそひそ声をかけた。
「結城君…まさか」
「ああ、そのまさかだ…」
結城は頷いた。
 結城は指で「尾行するぞ」とサインして都は「ラジャー」と合図をしていた。脳内でミッション・インポッシブルをリフレインさせながら、2人はロータリーでタクシーの列に並ぶのを確認した。都はここで結城のポケットにあったサングラスを借りるとその辺に置かれていたエッチな写真集を読むふりをしながら、さりげなく千尋に近づく。
「でも本当に敦彦さんってお金持ちなんですね。さすが紫藤出版の御曹司…常陸太田市の山の中竜神湖ってここから結構遠いですよ。タクシーだと何万円とかかると思います」
「何、僕の力はこれくらい簡単だよ。僕は強いからね。はははは。君に素晴らしい湖が一望できる景色を見せてあげよう…」
都が戻ってくるのを結城は待ってから、こっそり聞くと、
常陸太田市竜神湖、湖が一望できる場所だって…」
と都は結城に報告した。
「こんな遠いところに行くのか。タクシーで追いかける金ないぞ」
「行き先はわかっているから…どうにかなるよ」
都は結城をぱんぱんとなだめて、悠々と薮原千尋とそのデート相手がタクシーに乗るのを見送ってから、ガラゲーをぴこぴこした。
「あ、もしもし、勝馬君? ええとね、千尋ちゃんが山の中でBL晩餐会と言ういかがわしい儀式に出るからね。水戸駅から竜神湖まで行きたいんだけど、バイクで連れて行ってくれない? 結城君も一緒に」
都は携帯電話をぽちっと切った。
「dsbtんgむおgsべrtbんgひ、ういおうんtdbdだって!」
都が結城ににっこり笑いかけた。結城はジト目で笑うしかなかった。

 

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原千尋https://picrew.me/image_maker/3913

 

2

 長川警部が車で到着した時、寺には非常線が貼られていた。階段を上がると喪服の親戚一同がくわばらくわばらという感じで集まっている。
「あ、長川警部」
その中の長髪の美少女が女警部に声をかけた。
「高野さんじゃないか。そうか、わざわざ私にと110番したのは高野さんだったのか」
知り合いの女子高校生に長川は笑った。
「今日は探検部によく会う」
「え、都や結城君にも会ったんですか」
「高野さんがチケットくれたっていう劇団。あそこの近くで偶然。これで勝馬君がいれば完璧だったんだけど」
勝馬君なら携帯電話に向かってdsbtんgむおgsべrtbんgひ、ういおうんtdbdって大声でわめいてバイクで板倉君と行っちゃいましたよ」
「dsbtんgむおgsべrtbんgひ、ういおうんtdbd? なんだそりゃ」
長川警部は怪訝な顔をした。
「さぁ…勝馬君と板倉君は、私が土砂崩れで滅茶苦茶になった親戚のお墓から遺骨とか救出するのを手伝いに来てくれていたんです。でもスマホで突然電話があって。でも話し相手は都だと思いますよ。都の名前を嬉しそうに言ってましたし。結城君の名前は嫌そうに呼んでましたけど」
「どういうこっちゃ」
長川警部はため息をついた。

 死体は大雨で崩れた寺裏の墓地に会った。両手両足をぐるぐる巻きにされ腐乱していた。眼窩とむき出しの歯茎が墓石の間で泥水に浸かってこっちを見ている。
「埋葬されたわけじゃないな」
長川が言うと、鑑識の加隈万梨阿はぐるぐる牛乳瓶眼鏡を光らせた。
「裏山に埋められていたのが昨日の大雨の土砂崩れで流れたんだよ。死体は検視してみないとわからないけど、今のところ外傷はない。わざわざ手足を縛っているところを見ると、多分生きたまま埋めたんだよ。じわじわ死ぬようにね」
「死亡した時期は?」
「検視よりも炭素測定やった方がいいレベルだね」
加隈は言った。
「この死体は土の中に埋められたとすると腐敗速度は大体8分の1。いろいろ勘案すると多分死後2-3年くらいだろうけど、正確なレベルは炭素測定やってもらわないとわからない。土砂に流される過程でかなり損傷しているしね」
「身元を割り出すのも一苦労か」
長川がため息をついた時、ふいに瑠奈が声を震わせて言った。
「あの、身元なら私わかるかもしれません」
「…どういうことだい高野さん」
「私、2年前に中学生の時、この墓地の裏山で悲鳴を聞いているんですから」
「なんだって」
長川が真剣な表情で瑠奈に詰め寄る。
「本当かい」
「はい、親戚の月命日の201●年7月26日でした。時間は午後10時くらい…中学生の時お寺に泊まったことがあって、あれはその日にその時トイレに行こうと思ってふとお墓の方を見たら青い光が見えて…その当時は都や陸人とオカルトとか怖い本にハマってて、もしかしたら介良事件みたいにUFО捕まえられるかなって思って、虫取り網をもって夏の森に出かけたんです」
「これまたクレージーな」
「そしたら、森の中で『助けてくれ、君が優那を愛していたことは知らなかった。殺さないで』って悲鳴と『秋山優那の苦しみを思い知れ』って声が聞こえて、何かを埋める音が聞こえて…私すっごく怖くて…お寺に帰ってお父さんを起こして森の中に行ってみたけど、誰もいなかったから、私が寝ぼけていたんだろうって事になって…長川警部?」
長川警部の表情が物凄く恐ろし気に目を光らせているのを見て、瑠奈が目をぱちくりさせる。
「あの時警察にも電話したのにやってきたお巡りさんはちょっと調べただけで姉貴を寝坊助呼ばわりしてさ。警察がちゃんとしていればさぁ」
瑠奈の弟の陸人がそうぶっきらぼうに言った時、長川警部が柱をこぶしで叩いた。
「ちょっと! 弟の前でそんなことしないでくれます?」
瑠奈が本気で怒ったので大人は驚いてその剣幕に振り返った。
「違うんだ。高野さん。弟君。今のは私自身に怒ったんだ」
長川警部は悲痛そうに頭を押さえて、呆気にとられる瑠奈を見た。
「すまない…びっくりさせたね」そう謝る女警部の後ろで加隈鑑識はじっと親友の警部を見つめた。
「本当に貴重な証言だ。高野さん。確かに森の中の人物は『秋山優那さんの恨み』って言ったんだね」
「はい。私の親戚に同姓同名の女の子がいてびっくりして生きているのを確認しに電話しましたから」
瑠奈が真剣に頷いた。
「姉貴は記憶力良いんだぞ」陸人が援護する。長川は頷いた。
「鈴木」
長川は鈴木刑事を読んだ。金髪刑事が長川に近づく。
「二見守の所在を大至急確認してくれ。2年前の7月26日夜に何をしていたか聞き出すんだ」
「了解」金髪刑事は頷いた。
「それと!」
瑠奈が声を上げた。
「あと、犯人はこういう事を言っていました…『お前に成り代わって優那さんを死に追いやった奴を皆殺しにしてやる』って…」
「なんだって!」
長川警部は目を剥いた。

「マジか。雪が降ってやがるのか」
竜神湖に向かう狭い山道が雪でぬかるみ始め、気温もどんどん下がって暗くなり始めている。
勝馬君…無理しちゃだめだよ。バイクで遭難しちゃうかもしれない。まだそんな山道には入っていないから、安全に帰れるよ」
「でも千尋さんがいかがわしいおっさんとBLパーティーするかもしれないんでしょう」
勝馬はそういいながらバイクを降りた都の横で雪にタイヤを突っ込ませてすってんころりんする。
「あわわ、大丈夫? 勝馬君」
都は慌ててバイクを支えようとしてすっころぶ。
「大丈夫です! こんな雪道」
勝馬は都をバイクから助け起こしながら気炎を上げる。強情な奴だ。
 その時だった。一台のタクシーがライトを光らせてこっちに向かっている。都は「おーい」と手を振っている。セダンのタクシーは停車した。
「あんたら、高校生? こんなバイクでこれ以上山に入ったら死んでしまうべ」
年配のタクシーの運転手が都を見た。
「あの竜神湖へ行くんですよね。すいません。運賃ちょっとは負担しますから連れて行ってください」
と都が合唱して南無南無しながら目をウルウルさせる。
「セダンだから、あと2人は乗れるが」
後部座席の細目のおじいさんが声を出した。横には無口そうな若者が座っている。
「この先には紫藤社長の別荘しかないぞ」
「どうしてもそこに行きたいんです。私の友達の人生がかかっています」
「何か訳アリのようだね。お金はいいからのりたまえ」
老紳士はそういいながら後部の自動ドアを開けてくれるように運転手を促した。結城が勝馬を振り返る。
「おい、勝馬、お前らはここまでだ。すまないな、ここまで送ってくれて」
と結城は財布から晩御飯代金を出そうとする。
「いらねえよ。都さん、大丈夫ですか、千尋さん」
「大丈夫!」
都はぐっとこぶしを握った。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。絶対電話するから…気を付けて風邪ひかないようにね」
「俺もバイクで御供を」
「これ以上雪が強くなると大雪の中で大事なバイクを捨てる事になるぞ」
結城は勝馬と板倉に言った。
「お前には聞いてねえよ」
勝馬が結城に喚いた。そして都を不安そうに見たが、都は「ちー」と言ったので「うーです」と納得した。
 タクシーは発車した。
勝馬君寒くないかな」
着ぶくれした老紳士の後ろで都は不安そうだ。
「ヒグマみたいな奴だから大丈夫だろ」
結城はため息をついた。そして老紳士を振り返った。
「この先には別荘は他にはないんですか」
「ええ、紫藤さんの別荘以外は廃墟になっておるよ。ああ、私は江崎幾司。弁護士をやっております」
「弁護士…ですか」
江崎幾司(70)を見て結城は関心を持ったので江崎は察して「今回は私用じゃ。紫藤出版が晩餐会に招いてくれて…」と付け加えた。
江崎の横で若者は無関心を装いながらちらちら見てくる。
「私は島都です。この人は結城竜君。高校生です。で、そちらの方は」
都が聞くと江崎は「杉島進君だよ」と紹介した。
「先生!」杉島は焦ったように声を出すが、江崎は大丈夫とばかり杉島青年ににウインクした。
「杉島進です。無職です」
杉島は罰の悪そうな声を出した。
(どこかで見たな…この顔)結城は杉島をルームミラーごしに見ながら思った。
「で、その君たちの友達の人生がどうなるってのは」
「ああ…実はですね。この竜神湖の屋敷に行く30くらいのおっさんと俺のクラスメイトが腕くんでタクシーに乗り込むところを目撃しましてね。竜神湖に行くところまでは聞き取れたんですが」
「敦彦君か」
江崎はため息をついた。
「彼は好色で相変わらず懲りずに女の子といかがわしいことをしているんだ。どうも女の子を連れて歩かないと自分の価値を認めてもらえないと考えている節があってな」
「それが紫藤家の教育方針なんですよ」
杉島進が皮肉たっぷりに言う。
「そういうわけなんで、道に迷った俺らを安全のために連れてきたって事にしてもらえませんか」結城が図々しく頼むと「よかろう。そういう事なら協力しよう」と江崎は茶目っ気タップリに笑った。

「結城君寒い」
1時間後タクシーを降りた都は結城にくっついた。
「我慢しろ、都。このダム湖にかかるつり橋を歩き終えたら、あそこに見えるのが紫藤なんちゃらって奴の別荘らしい」
結城はUターンするタクシーを見送ってから暗闇に浮かび上がるつり橋とその奥に見える朧気がかったザ・別荘を見上げた。
「ほっ」都はおっかなびっくりつり橋を渡し始める中、結城の背後から江崎弁護士は言った。
「関係者からはこうひそかに呼ばれているんじゃ…生贄の館ってね」
「生贄の館…人柱伝説でもあるんですか」
結城が聞くのを江崎は振り返りもせずにつり橋を渡り始める。
「そんなものより恐ろしい…若い娘を生贄にする館だよ」
ふと江崎弁護士はそういった。

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屋敷構造図。覚えなくても大丈夫

 

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紫藤恒彦(一癖おじさん|Picrew