少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

薮原千尋の殺人 導入編

少女探偵島都(薮原千尋の殺人)

1

「薮原の家でお誕生会?」
結城は訝し気に聞いた。
「そうなんだよー。私の携帯に今日いきなりお誕生会開くから今すぐ結城君を連れてきてって」
「私のところにも」
都と瑠奈は携帯電話の受信メールをかざして見せた。
「俺にはな、直接千尋ちゃんから頼まれたんだ。一生のお願い、結城君を連れてきてって」
勝馬はふふんと鼻を鳴らした。
「女の子の一生の頼みだ。お前のバイト先の果樹園には俺の舎弟を派遣させてもらった」
どうだ俺の政治力と言わんばかりに蝶野的な悪の強さを誇示する勝馬を、結城は訝し気な目で見つめる。
「薮原の誕生日って11月じゃなかったっけ」
「あ、そういえば」
瑠奈がふと思い出す。
「推しの誕生日なんだよ、きっと」
都がにっこり笑う。結城はその笑顔に目の前にある住都公団の団地を見上げた。
「なんか、帰っていいか。あいつがどんな理由で俺を所望しているのかは知らんが、奴の部屋にはいってはいけないと俺の内なるアラームが警報を発しているんだ」
「なんだよ。臆病だな。千尋さんのような聡明な女性の家にお邪魔する機会だぞ。その素晴らしい機会を不意にするとは、お前いくら何でも失礼すぎるんじゃないか」
「そうか。それなら想像してみろや」
結城は勝馬の目をじーっと見て言った。
「あいつの部屋に入って一体どんな事態が待ち構えているかを…お前のその能天気な頭をほんの1分でも使って考えてみろ!」
眼窩を真っ黒にして目を真っ赤に光らせて勝馬を見る結城。勝馬の顔がジョジョのような絵柄になって歯茎を見せながら恐ろしい考えに戦慄する。
 家には確実に千尋の友人のホモが待っている。
-いやー、結城君。今日は私の友達のピスタチオ田所の誕生日で、誕生日に何を食べたいって聞いたら結城君を食べたいって言ったんだよね-
ポニーテールのかわいらしい少女がカラカラと笑った。そして結城はボンテージ姿のもっこりなガチムチマッチョに天井から吊るされて部屋には薔薇が敷き詰められ、その様子を千尋が嬉しそうにカメラで撮影する。
「いやぁああああああああああああああああああああああああ」
勝馬が真っ青になって絶叫する。
「結城、ご愁傷さまだ。俺の親戚にケツを治すお医者さんがいてな。俺も世話になったんだ。せめてもの慈悲でお前の骨を拾い集めてその病院にもっていってやる」
「結城君―――――――」
都が3階の階段から下の方に手を振った。
「あああああああ、都やめい」
結城が声を上げると
「お、さすがみんな。結城君を連れてきてくれたんだね」
と普段着姿の薮原千尋がにっと笑いながら探検部のメンバーを見下ろして手を振った。

 千尋の家のキッチンにいたのは車いすに乗った11歳くらいの少女だった。少し緊張したようにドギマギしながら結城を見上げている。
「何がピスタチオ田所だ。全く心が汚れているからそういう幻聴を見るんだよ」
勝馬がへっと結城を馬鹿にする。
「ピスタチオ田所を脳内に登場させて名前まで付けていたのはお前だろうが」
「おお、ピスタチオ田所知ってるんだ」
千尋が感心したように勝馬を見た。
「今度私が出す同人『しょたともだち』に出てくるキャラクターなんだけど。なんで勝馬君知ってるの?」
「あれ・・・なんでだ・・・なんで俺は咄嗟に頭の中にそのキャラクターを思い浮かべたんだ?」
真っ青になる勝馬を他所に
「この子は石田真由奈ちゃん。今6年生なんだけど、交通事故の後遺症で言葉が喋れなくなって下半身も不随になってるの。で、12歳の誕生日に結城君の事を話したらぜひ会いたいって言っていたので、こうして連れてきてもらったわけ」
少女の前にはおしゃべりあいうえおが置かれていて、彼女はそれを押しながら結城と会話する。
「は・じ・め・ま・し・て・ゆ・う・き・さ・ん、い・し・だ・ま・ゆ・な・で・す」
「あ、は、初めまして、結城竜です」
結城は真由奈の目線に座り込んで挨拶をした。
「ち・ひ・ろ・さ・ん・か・ら・き・い・て・ま・す。か・つ・ま・さ・ん・と・ま・い・に・ち・ふ・う・ふ・ま・ん・ざ・い」
「ちっと待て、薮原。お前何を教えているんだ」
千尋に喚く結城に勝馬が逆に喚く。
「なんでお前なんかと夫婦漫才しなきゃいけねえんだ」
「あ・と・い・わ・も・と・を・ゆ・う・き・く・ん・は・た・お・し・た」
「岩本を倒したぁ」
結城は素っ頓狂な声を上げた。
「俺が岩本を? 何かの間違いだろ」
「でもあの大量殺人鬼の岩本から標的を守ったのは、日本全国で結城君だけじゃない」
瑠奈が笑顔で指摘する。
「よせやい。あの時はその守ってやった国会議員から刺されて死ぬかと思ったんだから」
結城はため息をつく。
「わ・た・し・は・ゆ・う・き・く・ん・に・ゆ・う・き・も・ら・い・ま・し・た」
少女は瞳を輝かせてにっこり笑った。その笑顔にどぎまぎしながら結城は鼻をかく。
「まぁ、なんつうーか。まぁ、当たり前のことをしただけだよ」
「格好いい。結城君イケメン」
都がきゅーんとなって瑠奈に倒れ掛かる。
「そんじゃ、私たちはケーキの準備をしますか」
千尋は腕まくりして台所のケーキを指さした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ケーキだぁ。千尋ちゃん。これひょっとして千尋ちゃんが作ったんじゃない?」
都が瞳を輝かせる。
「ふっふっふ、ざっとこんなもんよ」
エプロン姿の千尋は胸を張る。
千尋ちゃん、私にも教えてよ。結城君の誕生日に作ってあげたいんだよ」
「お前俺の誕生日今年終わっているよ。お前すっかり忘れているだろうがぁ」
「ほえ」
結城に突っ込まれて都は目をぱちくりさせた。
「お、やってるな」
オタクハチマキに無精ひげのガタイのいい兄ちゃん、千尋の兄の千代助が嬉しそうにビール片手に現れた。

「探検部が友人の誕生会で飲酒」
結城はジト目でワゴン車を運転する千代助を見つめる。
「うるへぇよ。結城君。お前、私の酒がのめたいというのかぁ」
高野瑠奈が涎を垂らしながら寝言を寝て言っている。
「まさかこの子が一番酒癖悪いとはなぁ」
千代助はへらへら笑った。
「そういう問題じゃねえよ。野球部だったら甲子園出場できないレベルでの不祥事だぞ」
結城はため息をついた。
「それは大問題だな」
全然大問題と感じていない千代助。華麗にウインカー出して右レーンから茨城県南の県道を曲がる。
「あの車いすの子な、5年生までは千尋と大の仲良しでよくぺらぺらぺらぺら喋る子供だったんだ。完全にリトル千尋でな。でも飲酒運転の車にはねられて」
路線バスがセンターラインの向こうをすれ違う。
「あいつがあの子の家に遊びに行ったときがさ入れしたらしいんだが」
「がさ入れ?」
「胸が順調に膨らんでいるか下着をチェックしていたんだと」
「・・・・」
「その時雑誌が見つかってな」
「あんまり年頃の女の子の秘密を俺に話してくれるなよ」
「その雑誌じゃねえよ。変態か」
大学院生の千代助はハンドル片手にため息をついた。
「あいつが何でこんなの読むんだろうって真面目な政治系の雑誌だった」
「まさか、国会議員の八百井御世ってのが書いた」
結城の表情が険しくなる。
「その雑誌だったんだなぁ。『障害者には生産性がない。親は自分のエゴで障害者の子供を生かしているんだから公的支援は一切受けないで代わりに税金払え』って書いてある奴」
SNSで炎上したんだよなぁ」
結城はため息をついた。「『障害者本人ではなく障害者の親を批判したものだ』って言い訳が通用するとでも思ったのかね」
「でも大手雑誌が八百井議員の記事を擁護する発言を載せて、さらに有名な文化人が『障害者という醜い存在を表に出すのならば、公然わいせつの権利も認めろ』『少子高齢化問題など障害者を支援する以外に、今の日本国家存続の上での優先順位の高い議題はまだある』って言いだしたんだ。今の世の中って親内閣か反内閣の二者択一だろ。障害者を公然とディする奴がうようよ現れてな。千尋の奴、SNSが嫌になるくらい落ち込んじゃったんだよ」
結城は思い出した。

「おるぁ。結城いいいい。早く都に告れよ。うだうだしてないでさぁ」
「ああ、わかったわかった」
酒飲んで結城に絡みまくる瑠奈を座席に乗せる結城に、千尋は苦笑した。
「ははは、瑠奈のおじさんおばさんなんて言うかな」
「大丈夫だろ。大分麦焼酎二階堂瑠奈に持たせたのは瑠奈の母親だし」
「結城君」
「あん?」
「ありがとね」
「ケーキ食わせてもらっただけだよ」
いつになくにかっと笑う千尋に、結城はジト目で返事をして車に乗り込んだ。

「お兄ちゃん、顔赤いよ」
「しょうがないねぇこの子は」
おばあさんと妹の彩楓に肩車されながら「俺は猛烈に感動しているんだぁ」と喚く勝馬を路上停車した車から見ながら、結城は千尋の笑顔を思い出してしまった。

 翌日の小学校。薮原千尋は原付バイクで夜6時の児童館の前に出没した。
「ああ、真由奈ちゃん…真由奈ちゃんは今日お母さんの同僚の方が迎えに来てくれたよ」
児童館職員が「先生さようなら」と黒人のお母さんに手を引っ張られて笑顔で挨拶する男の子に手を振りながら千尋に答えた。
「おばさんの同僚?」
千尋は怪訝な顔をした。
「同じ社員証を持っていて、真由奈ちゃんも見知っている感じだったし、お母さんの許可もいただいているから大丈夫よ」
職員はそういって顔なじみの女子高生に笑顔で笑った。

「これくらいいいよねぇ」
人気のない駐車場で、真由奈の母親の勤め先と仕事をしているエッセイストの椚零門がヒヒ顔をへらへらさせながら怯える真由奈の前で服を脱ぎ始めた。
 真由奈は声を出そうとするが声を出すことが出来ない。椚の横で編集長の村部奏太朗がひきつった笑みを浮かべる。ハンサムなこの男はゆっくりと優しく倒錯した論理を紡ぎだしていく。その顔は冷血動物のように無表情だった。
「君みたいな障害者がいるせいで君のお母さんは残業をどうしても断ることが多かったりして、わが会社に損害が出ているんだ。君が障害者であるせいで君のお母さんも君の会社も大きな迷惑をしているんだよ。でも君は今日その賠償をする事が出来る。君みたいな人として終わった存在が唯一することが出来る賠償をね」

2

 夕闇の住宅地。千尋はふと心配になって外国人労働者低所得者が多く住むエリアのアパートを覗き込む。インターホンを鳴らすが、誰も出ない。
「よー。千尋
ふと隣の家から黒人の少年が千尋を見上げる。
ロナウドぉ」
千尋がこぶし突き合わせて少年と挨拶すると
「真由奈、今日帰ってる?」
「さっき大人の男が車いすと一緒に家に帰してたぜ。真由奈のママの会社の人じゃね」
ロナウドは真由奈の母親から預かっている鍵を千尋に渡してにっと笑った。
「真由奈ぁ。入るよー」
千尋はドアをがちゃっと開けた。部屋は真っ暗だった。キッチンにも誰もおらず、母子の寝室も開けっ放しになっている。
千尋‼ 千尋‼」
ロナウドの声がした。彼が真っ青になった顔でベランダを指さしている。ベランダには無人車いすが向こうを向いてぽつんと置かれていた。
「う、嘘」
千尋の恐怖の表情が夕闇に浮かび上がる。はっとしてベランダに出て真下を見ると、2階のベランダの真下の家庭菜園の中に、真由奈が小さな体を横たえていた。
ロナウド、真由奈のそばにいてあげて。ただし絶対頭を動かしちゃダメ。頭を動かしたら真由奈死んじゃうかもしれないから」
千尋が震えるロナウドの肩を掴んでそういい含めてからスマホで119番をした。
 アパートにはパトカーが多数停車していた。
「加隈…どう」
茨城県警捜査一課の長川朋美警部は女性鑑識の加隈真理がベランダの手すりの写真を撮影している後ろから声をかけた。
「まぁ、指紋の状況や服の繊維なんかの痕跡から考えて、間違いなく自分で飛び降りたんだろうね」
「自殺か」
「状況的にはそうなんだけど、ちょっと見て欲しいものがあるんだよ、ともちゃん」
加隈は牛乳瓶みたいな眼鏡を光らせながら、机の上にある「おしゃべりあいうえお」を見せた。
「ここに妙な文字が録音されててさぁ」
「録音機能があるのかこれ」
長川が大したもんだと「さいせい」ボタンを押すと
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
と音声が出てきた。
「ともちゃんはどう受け取る?」
「状況的に考えて、『私はエッチが大好き』だろうな」
「このボードからは飛び降りた彼女とお母さん、彼女の友達の指紋しか出なかった。結構古い指紋も出てたし、拭き取られた痕跡はないね」
「つまりこのメッセージは彼女自身が」
「そういうことになるね」
加隈は目を光らせた。

 アパートの外廊下の規制線の外の奥で薮原千尋は制服姿のまま体育すわりをして顔をうずめていた。
「おい、君たちは誰なんだ」
普通に規制線を越えようとする高校生に警官が怒鳴りつける。千尋が声を上げると都と結城が警官と悶着していた。
「あ、私が呼んだんだよ」
加隈が鑑識姿でドアからひょこっと声を上げた。
「指紋の称号の為にね」
千尋ちゃん」
都が心配そうに千尋の前で座り込む。
「都」
千尋は…当たり前だが泣いていた。
「大丈夫、真由奈ちゃんは命に関わる怪我じゃない。千尋ちゃんが救急車呼んでくれたおかげで助かりそうだよ。勿論ロナウド君のおかげでもあるけどね」
都はにっこり笑って千尋を抱っこぎゅーなでなでしてあげた。
「違う…違うの…あの子」
「結城君から全部聞いた」
千尋は涙目できょとんと結城を見た。結城は「お前の兄貴から聞いた」と挙手した。
「でも、この事件はそんなものじゃないかもしれない」
都は長川警部にもらった白い手袋をしながら、おしゃべりあいうえおの「さいせい」ボタンを押した。
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
生気の感じられない無機質な声が流れた。
「大体の事は加隈さんから聞いているんだけど、この音声の謎は大体解けてるよ」
「え」
千尋が都の顔を覗き込んだ時思わず後ずさった。
 都は怒り狂っていた。物凄い目つきで明後日の方向を見つめている。
「昨日私たちがやった遊びと同じだよ。私たちはこのボートに『この世の中を変えたいわーん』とか『結城君と勝馬君のビイエル』とか打ち込んで遊んでいたよね」
「うん」
「それと同じ余興だったんだよ」
「待って、誰もこんなメッセージ誕生パーティーで打ち込んだ人はいないよ」
千尋は声を上げた。
「ああ、指紋の付き方から考えてこのメッセージは彼女本人が入力したんだよ」
「彼女本人が打ち込んだからって彼女の意志とは限らないんじゃないかな」
「?」
結城が腕組をやめて都のそばに駆け付ける。
「私の記憶だと、真由奈ちゃんは自己紹介の時、『わたし“は”』って打ち込んでいた。音声だとハになっちゃうんだけど、真由奈ちゃんは正しい日本語で結城君と話そうとしたんだね。でもこのメッセージは『は』が『わ』になってる」
「本当だ」
長川が再度メッセージを再生すると
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
と音声が出た。
「で、でもメッセージを打ち込んだのは真由奈本人なんでしょ」
千尋は声を上げた。
「隣で別に声をかけた人がいるんだよ」
都は結城君を見上げて「結城君ちょっと携帯に打ち込んでくれないかな、全部ひらがなで」と声を上げた。
「ゆ」「次は、う」「次は、き」「次は、く」「次は、ん」「次は、わ」「次は、えっち」
「あ」
結城は目を丸くした。
「一瞬『w』って打ち込んじまったぞ」
「人は自分の文章を書いている時は、次に来る文字を頭で考えているけど、人に言われた文字をただ打ち込んでいくだけだと、ついつい言われた言葉を音声通りに打ち込んじゃうんだよ。ましてやその隣にいた人間が怖い人ならなおさらね」
「まさかその人物って」
「迎えに来たっていう真由奈ちゃんのお母さんの同僚…」
都はドングリ眼からは信じられない物凄い目つきで結城を見上げる。
「そいつが真由奈にこの文字を無理やり打たせたっていうの」
千尋の声が震えだす。
「真由奈ちゃんは声を出せない。だからこの言葉を何度も再生させられて自分がそれを本当にうれしそうに言っているように思わされたんじゃないかな」
都は声を上げた。
「まずいな」
長川は臍をかんだ。
「警部、真由奈ちゃんの体を検査して何かされていないか見ないと」
と都。
「彼女は集中治療室で絶対安静だ。少なくとも1週間。女の子の体は自浄作用があって特にデリケートな場所は体が自動的にきれいにする働きはあるから、どんなにひどいことをされても犯人の痕跡は72時間で消えてしまうんだ」
「そんな…」
千尋は顔を震わせた。
「それに現時点でこのボードだけでは見送りをした同僚の家宅捜索や逮捕状なんて取れない。それに、あの同僚は調べたんだがかなりの有名人だ。児童館の聞き込みで出たお母さんの同僚で彼女を迎えに来たヒヒ爺、椚零門は保守系の有名作家だしハンサムな編集者の村部奏太朗はネトウヨ関連の書籍を大量に扱っている。そんな連中の逮捕状を不完全な状況で請求してみろ。真由奈さんとそのお母さんが日本中から誹謗中傷されるぞ」
「そんな…それじゃぁ真由奈に酷いことをした人たちは裁かれないの?」
「私らもプロだ。そのあたりはうまく証拠を集めて起訴に持ち込む大人の術は心得ている」
詰め寄る千尋に落ち着くように手で制する長川。
「その大人の術が全然通用しなかったのが詩織さんの事件じゃないですか」
千尋がそういうと長川の顔色が明らかに変わった。
「政府が働きかけて性犯罪の被害者の訴えを封じたって噂がありますよね」
千尋は下を向いたまま外へ出た。
「ちょっと家に帰ります」

千尋は公園のベンチに座っていた。両手で顔を押さえて体が震えている。彼女は今激しい憎しみに満ちていた。
 本当に自分が嫌だった。長川警部は泥臭い方法で何度も都たちの危険を助けてくれたし、真由奈やお母さんを守るために冷静に考えているのに…私は真由奈の傍にいながら何もしてあげられなかった。涙がボロボロ流れ出ている。
「お嬢さん…大丈夫ですか」
いつの間にか隣に座った帽子にフードの男がしゃがれた声で聞いてきた。
「大丈夫です…ちょっとしたら元に戻りますから」
千尋は顔を覆ったまま言った。
「今の警察には、真由奈さんに性的暴力を働いたあの男たちを捕まえることは出来ません」
千尋が顔を覆った手を放す。手の中から涙を流しながらも見開かれた目が驚愕に見開かれている。
「警察は内閣の下部組織ですからねぇ。内閣の圧力があれば捜査方針を変えることはいくらでもあります。詩織さんの事件がいい例じゃありませんか。あいつらは永久につかまりませんよ。例えどんな酷いヘイト本を出そうとも罪のない女の子をレイプしようとも内閣がバックについているんですから。そして社会もそれを容認し続ける。糾弾されるのは真由奈さんとそのお母さんだ」
「許せない…」
千尋の声が震えた。
「絶対に許せない。許せないよ…。もし岩本承平みたいな殺人者がいるなら、真由奈をあんな目に合わせたあいつらが死ぬべきなんだ」
千尋の目が憎悪に血走る。
 その様子を、ベンチの隣に座っていた男のフードの間から窪んだ眼窩の奥の赤い光がじっと見つめていた。

 

つづく