密室の悪魔②
3
火村隆一(31):無職
火村静子(62):無職。隆一の母親。
高瀬理人(32):子ども食堂責任者
加門禮子(35):子ども食堂スタッフ。
伊調学(41):マック店長
矢口原牧人(32):マック従業員
「瑠奈ちん! 瑠奈ちん! しっかりして!」
都は絶叫した。
「都…私バイトしていただけ…バイトしていただけなんだよ」
瑠奈は都に縋り付いて号泣した。
「助けて、助けて都」
「大丈夫! 大丈夫だよ! 瑠奈ちん、私はここにいるから!」
都は瑠奈の背中を撫でた。
「従業員用の更衣室に横になれる長椅子があるから!」
伊調が声を上げた。その間に結城は道路に飛び出し、猛スピードで走り去っていく車を見た。
「ポルシェか…」
結城は声を震わせる。
「都、ありがと」
パック牛乳を飲んで、瑠奈はホッとしたようだった。都は笑顔で「大丈夫だよ」と言った。
「私に見せてきたのは火村さんだった」
瑠奈は小さく声を震わせた。「うん」都は頷いた。
「信じていたのに…同僚として信じていたのに…なんで私は馬鹿なんだろう。あの人に本物のメルアド渡しちゃったんだろ」
瑠奈は「ははは」と悲痛に泣き笑った。
「あの時あの人のお母さんに渡したメルアドは本物だったんだね」
都は言った。瑠奈は頷いた。
「ハンバーガーの包装を凄く集中してやっていたのに。仕事にここまで集中できる事、尊敬していたのに」
瑠奈の声が震える。
「都すまねぇ」
結城が息を切らして部屋に入って来た。
「ポルシェってのはわかったんだが、ナンバーまでは見られなかった」
「ばるちぇ?」都がきょとんとするのを結城は「ポルシェ」と言い直した。
「イタリアかどっかの高級ブランド。つまり外国の車だ」
結城はため息をついた。「こんな高級車を買って本当に何をしているんだこいつ」
「駄目だよ」
更衣室に入って来た伊調が結城に声をかけた。
「運転席は防犯カメラの死角になっていた。彼がそれを出している様子は記憶されていない」
「逮捕起訴はかなり難しいって事ですか」
結城は声を上げた。
「私と矢内原君で店を回すから。君は休んでいてくれ」
伊調はそう言って更衣室を出て行った。
「お前の推理するまでもなかったな」結城は声を上げた。
「昨日瑠奈にあの写真を送りつけたのは火村だ。そして高野がろくに反応をしなかったから今度はポルシェをレンタルしてわざわざ高野に見せつけた」
「ちょっと待って」
都が目をぱちくりさせた。
「何でレンタカーだってわかるの。結城君」
「あいつの家の車庫、暇なんでチェックしてたら、普通に国産車だったんだよ。あれもそこそこいい車だったが、いちいち露出狂行為をするためにポルシェを借りるなんておかしいだろ」
「やっぱりそうだったんだ」
都は何かに納得したような声を出した。
「なんだ…都…何か納得したような口ぶりだな」
結城が都の顔を見る。
「うん、どうしても確かめないことがあるんだよ。だけど」
都が瑠奈を見る。
「都!」瑠奈は更衣室の長椅子から言った。都が振り返る。瑠奈が笑顔で笑った。
「何か調べたいことがあるんだよね。私は大丈夫だから。思いったら一直線。それが都でしょ」
都はきょとんとした表情だったが、「うん」と頷いた。「結城君行くよ」と手を引っ張った。それを伊調の能面笑顔が見つめる。
夜の住宅街。高野瑠奈は歩いていた。いつもなら平気な夜道も、あのメールの文章を思い出すとなんだか怖さを感じる。あの送り主は自分の名前とアドレスを知っている。つまりその悪意がバイト先の帰り道に実態となって現れるかもしれない。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
―高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。
はっと黒髪でスタイルのいい少女は夜道を振り返る。誰もいない。瑠奈は小さくため息をついて再び歩き出す。だがその少女の歩みとは別に何者かが瑠奈の後ろを早足でつけていた。そしてそれを感じた瑠奈は早鐘のように高鳴る胸を押さえるのが精いっぱいで、足が思うように動かなかった。
―都…。
瑠奈がそう心の中で悲鳴を上げたときに、彼女の肩を黒い影の手が捕まえた。血走った目が瑠奈を見る。
「瑠奈ちん?」
都はふと住宅地を見回した。
「済まねえな。いきなり押しかけちまって」
中学校時代の都の友人の家の前で別の高校の同級生の眼鏡の少年は笑った。
「また一緒に遊ぼうね」都は笑顔で少年にバイバイすると住宅地を歩き出した。
「そういえば瑠奈ちんはバイト終わったかな」都はスマホを点火する。
「あれ…LINE来てない。おかしいな…バイト終わったらメッセージを送るって来ているのに」
都は目をぱちくりさせた。
黒い影は気絶している瑠奈を抱えて暗い中を歩いている。力なくぐったりとした瑠奈。
「ひひひひ、かわいいなぁ、かわいいなぁ…このかわいい顔が俺の部屋に…」黒い影は呟いた。目が血走っている。
「ひょっとしてもう帰っているのかな」都は携帯をポチポチすると電話する。
「あ、陸翔君? 瑠奈ちん家にいる?」
―あ、都ちゃん。姉貴いねえよ。バイトは終わっている時間なんだけどな。俺とゲームする約束だったのに。
「わかった。何かわかったら電話するね」
都は電話を切った。ちょっと顔に焦りの色が見える。
「高野から返信はないのか?」
結城が腕を組んだ。
「うん」都が頷いた。
その時だった。都の携帯が着信をした。
―あ、都…。
薮原千尋の声が聞こえた。
「今勝馬君の家なんだけどさ」
千尋はキッチンで勝馬の妹の彩香に「ねぇ、動物の森のタランチュラの捕まえ方―」とせがまれながら電話をかけた。都は千尋に一番聞きたいことを聞いた。
―瑠奈ちんとお話ししたいんだけど。
「それが迎えには行ったんだけどランデブーに失敗しちゃってさ。まぁ、降臨したら電話するよ」
と千尋は努めて笑顔で言った。
「お兄ちゃん。ご飯! お茶碗を2つ段ボールから出してきて!」
「おう」と彩香に言われて勝馬は雑貨店の店に通じる階段の段ボールをごそごそする。
「今日は瑠奈さんと千尋さんと都さんと同じ屋根の下。ひょっとして3人とも俺の家のお風呂に入るのかな。た、たまらん。はううううううう」勝馬は一人段ボールの前で悶えていた。
高野瑠奈は目を覚ました。暗い部屋にはビニールでコーティングされた布団と一面に散らばるカップラーメンの食べかす。そしてエロ漫画にアダルト雑誌が乱雑に散らばっている。ゴキブリがカサカサタンスに隠れた。
「ここは」
瑠奈はあたりをきょろきょろ見回した。そして記憶を反芻する。そして恐怖した。自分を路上で襲った黒い影を思い出して、そしてそれと同じ輪郭が目の前に立っていた。不気味な赤い口が邪悪に笑った。瑠奈の顔が恐怖にひきつった。
―ピンポーン
都はチャイムを鳴らした。勝馬の家には電気がついているのだが、誰も出ない。誰かが風呂に入っているのか温泉のもとが混じった湯気の香りが風呂窓から流れてくる。
「勝馬君。チャイムなってるよ」
お風呂場らしい反響した千尋ののんびりとした声が聞こえる。突然すりガラスの向こうに輪郭が動き、スライドドアが開いてぼこぼこになった勝馬の顔が出てきた。
「どうしたの…」
都が目をぱちくりさせた。
「あ、いえ…こっちの事」勝馬は都たちを招き入れる。
「厭らしいねぇ。お前!」結城が揶揄う。「このスケベ野郎!」
「勝馬君のエッチ」
(´;ω;`)ウゥゥな表情の勝馬。
「おじさんとおばさんは」都が聞く。
「2人でラブラブ温泉旅行です」勝馬はそう言いながらキッチンの流し台で鼻血をティッシュで拭く。
「いてて」
「おおおおお、鮭ご飯とキムチと味噌汁だぁ」
と都がテーブルにある3人分の食事を見て興奮する。
「都さんたちが来るという事で彩香が頑張ったんですよ」
勝馬が味噌汁3人前を入れる。
「あれ」
都は目をぱちくりさせる。
「この分って瑠奈ちんの」都は味噌汁とご飯が入ったご飯を見ながら言った。
「ええ。実はまだなんですよ。結構待っているんですが」
「心配だな」結城が箸をおく。
「ちっと様子を見に行った方がいいんじゃないか」
「はぁ、いいお湯だった。お、都来てたんだ。瑠奈は」
千尋がジャージ姿で彩香と登場する。
「まだなんだよ」都がテーブルのご飯を見てぐーする。「早く来ないかな」
「ええ、マジ!?」千尋は急にそわそわしはじめる。
その時だった。「お、LINE来ているぞ」結城がスマホを見た。
―ごめん、みんな…
「瑠奈からだ」千尋は声を上げた。
―今どこらへん?
千尋がLINE越しに聞く。
次のみんなのスマホに着信されたメールを見て、結城と都は呆然とした。
高野瑠奈がゴミだらけの部屋で無表情のままカメラを見ているのだ。まるで人形のような目で。そして彼女はカメラに向かってこう言った。
―私は、火村隆一さんが好きです…。私は火村隆一さんと結婚したいです。私は火村隆一さんと一緒のバイトの時から結婚したいと思っていました。
高野瑠奈は汚い部屋の中で呆然とした表情で何度も何度もお経のように繰り返している。
―私は、火村隆一さんが好きです…。私は火村隆一さんと結婚したいです。私は火村隆一さんと一緒のバイトの時から結婚したいと思っていました。
それを言っている時、カメラを回している黒い影が邪悪な笑みを浮かべている。平積みされた漫画の間でぺたんと座りながら、声を震わせる高野瑠奈。
―私は、火村隆一さんが好きです…。私は火村隆一さんと結婚したいです。私は火村隆一さんと一緒のバイトの時から結婚したいと思っていました。
そして映像は終わった。
「都…」結城は島都を見つめた。島都は勝馬の家のキッチンでじっと映像を見つめていた。そして都の周りにいる探検部5人を見た。
「これは拉致監禁事件だよ」
都は呟いた。
「誰かを支配したい。そんな身勝手な理由で瑠奈ちんをこんなに苦しめて…絶対許せない」
「監禁されている場所は明らか何だろ」
結城は都を見た。
「うん」
都は結城を見た。
「結城君と勝馬君…一緒に来てくれるかな。千尋ちゃんたちはここで待ってて。あと長川警部に連絡して」
「わかった」
千尋は頷いた。
4
ピンポン―。
結城竜と北谷勝馬は火村隆一の自宅を訪れた。
「はい」
「ちょっと聞きたいことがあるのですが…お宅に息子さんのバイト先の同僚の高野瑠奈が来ているはずなんですよ」
結城はどすの効いた声で言った。
「知りません。瑠奈さんは来ていませんよ」
「いや、来ているはずなんですよ」
結城は低い声で唸る。「こっちはその証拠を持っています。それを見せますので出て来てくれませんか」
結城は有無を言わさない口調で言った。家のドアが開いて火村静子が出てきた。
「貴方たちは高野さんの友達の」
静子は当惑したような表情だった。
「これがこの証拠なんですよ。俺ら全員のメールに回ってきたんですよ」
結城はスマホの動画を見せた。
―私は、火村隆一さんが好きです…。私は火村隆一さんと結婚したいです。私は火村隆一さんと一緒のバイトの時から結婚したいと思っていました。
瑠奈が汚い部屋で虚ろな表情でそんなことを言っている。
「でも高野はこいつ」結城は勝馬を顎でしゃくった。「こいつの家でみんなが待っているのに約束の時間になっても家に来なかったんですよ。俺たちはあんたの息子に拉致されて、奴が引きこもっている部屋に監禁されていると思っているんです」
結城は母親をじっと見た。
「そんな…そんなわけないですよ。だってうちの隆一は外に出る事も出来ない子なんですよ。部屋の外にも出てこないし、私ともほとんど喋ってくれないんです」
火村静子は首を振った。
「じゃぁなんで高野はこんなことを言っているんですか。あいつが監禁したんじゃないなら、なんで高野はこんなことを言っているんですか。拉致でもされていない限りこんなことを本心からいうわけないだろう!」
結城が大きな剣幕で喚く。
「まさかうちの息子があなたの友達を拉致監禁したと。そのことの方が信じられません!」
静子も黙っていられずに叫ぶように言った。
「あんたの息子は昼間、高野に自分の陰茎を見せびらかしにバイト先のマックに現れたんですよ。俺らが高野を張っているまさにその時にね」
結城はじっと火村静子を見つめた。都も憤怒の表情で静子を見ている。
「信じられません」
静子は首を振った。
「だってそんなの見たのは高野さんだけでしょう。貴方たちが同時に目撃したんですか」
「あいつが嘘をついているとでも」結城が歯ぎしりする。
「私は隆一ちゃんを信じます。あの子は自分からそういうことをするとは思えません。この動画だってこの子がお金目当てか何かであの子を陥れようとしているんじゃないですか」
火村静子は必死の表情で結城から戸口を庇う。
「早く帰ってください。さもなくば警察を呼びますよ」
「心配しなくていい。すぐに警察は来るからよ」
結城が言った。その時だった。一台のセダンが近づいてきた。
「来たぜ」
結城は声を上げた。セダンの運転席から女警部が出てきた。
「茨城県警の長川朋美です」
長川は警察手帳を翳した。
「長川警部。送った動画の通りだ。警察権限でこの家の中を家探し」
「その必要はない」長川は声を上げた。
「高野さんは見つかったよ。自宅近くの公園で」険しい表情の長川。
「見つかったって…まさか」勝馬の声が震える。
「生きてはいる。だが呆然自失状態でな…病院に搬送されたよ。新坂東病院だ。ほら最近移転した新しい」
「よ、良かった…良かった」勝馬がへなへなと地面に座り込んだ。
「そ、そうとわかったらこんな引きこもり野郎なんか放っておいて病院にお見舞いに」
勝馬がおいおい鼻水たらしながらフラフラ立ち上がって歩こうとするのを長川は止めた。
「勝馬君…残念ながら高野さんは面会謝絶状態だ」長川は言った。
「どんな状態だったの」都が長川朋美に聞く。真剣な表情で。
「ベンチに人形のように座っていたようだ。着衣に乱れはないし、体にも傷はないが、あまりにも異様な雰囲気だったんで近所の住民が通報したんだ。譫言のように火村隆一を愛しているとかそういうことを言っていたようだ」
長川はため息をついた。
「まだだ」結城はじっと火村静子を見た。
「まだ火村隆一が高野に何かしたっていう疑いがなくなったわけじゃねえ」
「今回の高野さんの件と火村隆一は無関係だ」長川警部はきっぱりと言った。
「結城君。君らがここに何で来た」長川は質問する。
「タクシー」ふてぶてしく回答した結城だったが、突然何かに気が付いたかのように喚いた。「車で30分くらいだ」
「ああ」長川は言った。
「高野さんが行方不明になったと推計される時間、そしてこの動画が作成された時間。そして公園で高野さんが発見された時間を総括すると、火村隆一がこの家に一時的に高野さんを拉致する事は不可能だ。それでお母さん。一応息子さんの所在を確認だけさせていただけませんか。いるかどうかだけでいいんです」
長川は言った。
「いいですよ。火村静子は頷いた」
「でもその前にポスターだけはがさせてくれますか。この前うっかりこの子たちに見せてしまって、息子に酷く責められて…」
「家庭内暴力とかあるんですか」長川は聞いた。火村静子は頷いた。
「でも所在確認くらいなら」静子はそういうとドアを閉めた。
それを待つ都と結城と勝馬、それを別の黒い影が見ていた。それは子供食堂オーナーの高瀬理人だった。
「どうぞ」火村隆一の自室の扉の前で火村静子は緊張した表情でドアをノックした。
「入れ…」男の声がした。中を見ると太めの眼鏡の男が真っ黒でゴミだめのような空間の中で座り込んでいた。PCの光が無精ひげの男の顔をぼーっと浮かび上がらせている。結城はそれを目で追った。
「貴方が火村隆一さん」長川警部は火村を見つめた。火村隆一は胡坐をかいて下を向きながらぶつぶつと虚ろな表情で何かを呟いている。結城は耳を澄ました。
「高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください。高野瑠奈さん。貴方が好きです。僕の気持ちを受け取ってください」
引きこもりの男はひたすらこのような言葉を口にしていた。
「もうよろしいですか」
火村静子はあまり息子を刺激したくないように扉を閉めた。
「結城君…」
都は廊下で呟いた。
「あの動画の部屋と火村さんのあの部屋、壁紙も板張りの形も窓の位置も全然違っていた。やっぱりこの部屋であの動画が撮影されたわけじゃないよ」
「となると誰がこんな動画を撮影したんだよ。なんでこいつを愛していますなんて動画を高野に強制させて撮影したんだよ」結城が声を上げる。
「ううん、まだ火村隆一さんが犯人だって可能性は残っているよ」
都はじっと火村静子を見た。
「瑠奈ちんが目撃したマックのドライブスルーの露出狂は間違いなく火村隆一さんだったんだよ。つまり彼はポルシェをレンタルして外出する事が出来た。って事は瑠奈ちんの家の近くに別の家を用意して…」
「都、落ち着け」と長川警部は言った。
「だって…こんな動画、誰か別の第三者が撮影するわけないじゃん」
「所轄もそう思っているよ」長川警部はため息をついた。
「だから所轄は高野さんが本当に火村隆一を愛していて、それに悩んだ結果こんな動画を撮ったんだと思っている。まぁバイトや子供食堂で一緒に働いていたわけだしな。理論的には高野さんが火村隆一を愛している事も考えられる…と所轄は考えているようだな」
「何であんな露出狂引きこもりを瑠奈さんが愛しているんだよ」勝馬が凄い剣幕で喚く。
「お母さんの前で息子をそんな風に言うなや」
結城は勝馬を手で制した。火村静子は焦ったように引きこもっている息子がいる部屋のドアを見つめた。
「とにかく、高野さんが入院している新坂東病院の面会謝絶が取れたら、事情聴取をするしかねぇ。帰るぞ」
長川は結城竜と北谷勝馬の背中を押した。
「夜分申し訳ありませんでした」長川は苦笑しながら火村静子に挨拶をした。だが都はふと廊下で足を止めた。
「ねぇ、長川警部」
都は呟くように言った。
「瑠奈ちんはバイト先の矢口原さんには勝馬君のアドレスを送ってきたんだよね」
「ええ、キモいメールがいっぱい来ました。千尋さんは爆笑してましたが」と勝馬。
「もし火村隆一さんに瑠奈ちんがお母さんを通じて渡したメールが本当に瑠奈ちんに通じるメールだったら?」
都は結城を見た。
「んなアホな」結城はため息をついた。
「でも!」都は結城を真剣な表情で見た。結城はじっと都を見た。長川は都と結城の肩を叩いた。
「行くぞ」
そして火村家の扉が閉まった。
真っ暗な部屋の中で、廊下の外での会話を聞いていた火村隆一という引きこもりは頭を抱えていた。
「やばい、ヤバい。このままじゃ、このままじゃ」
物凄い呼吸をしてパニックになる火村隆一。
―新坂東病院。
黒い影が「面会謝絶―高野瑠奈様」というネームの前に立った。真っ暗な病棟の中、ゆっくりと病室のスライドドアが開いていく。黒髪の少女が眠っていた。黒い影は目を血走らせて物凄い形相で笑っていた。それはまさに悪魔の笑顔だった。