少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

駅前書店の難事件FILE1


1

 真夜中の教会の十字架に向かって黒い影が祈っていた。
「神よ。これから為される我が罪をお許しください。どうか迷える罪なき子羊を導きたまえ」

 茨城県常総高校探検部部室―。
「ういーっす」
結城竜は部室に顔を出した。今日もまったりしながら1日は過ぎていくって奴だ。だが入った途端異様な雰囲気にのまれた。
「ゆ、結城君」
都が涙を流してえぐえぐしている。結城はしばらく考えてから
「中間テストか」
とジト目で都を見た。
「赤点いくつだ」
「4つ」都が窒息しそうな声で言った。
「てめぇあれほど勉強しておけって言ったよなぁ」
結城は都の頭をグリグリしながら喚いた。
「だってぇ。誰かがYouTube魔法少女未来の2期をアップしていたんだもーん。消される前に見なきゃって思ったんだよぉ」
「それは著作権法違反。ファンとして間違っているうううううう」
さらにグリグリが強くなっている。
「やれやれ…」
結城は頭を抱えた。「本当にお前進級できなくなるぞ」
結城はそう言いながら都に帰された日本史の解答欄を見た。「よいではないか運動」とか書かれている。
「そういうわけで1週間後に追試があるんだよー。追試が…結城君助けてぇええええ」
都がどほほほほと涙を流しながら縋ってくる。
「離れろぉおお。ったく…しかし4つを赤点から脱出させるには効率を考えなきゃだめだな」
結城は思案した。
「お前も手伝ってくれるよな」
「無理だよ」
千尋が目をぱちくりさせた。
「薄情だな」
とジト目の結城に瑠奈は苦笑しながら
「多分…もうすぐラスボスがやって来るから」
「ら、ラスボス?」
結城は嫌な予感がした。その直後、扉がガラガラと開いて、北谷勝馬が顔を出した。
「おろろろろろろろ」
見るからに霊気が漂った巨大な図体が部室に入って来る。
「赤点の数は」
ジト目の千尋に聞かれて、勝馬は「7つ」と答えた。むきいいいとなった千尋が宇宙語で喚きながら勝馬を蹴り始める。床に散らばったテストを覗いてみると、「しのもりあおし」「さとうはじめ」「ししおまこと」といった幕末漫画のキャラクターが書かれていた。結城の眉毛がぴくぴくした。
「お前よくこれでこの学校に入れたなぁ」
「それはそれは大変だったんだから」
瑠奈が思い出すにも重すぎるというような顔で結城に言った。
「そういうわけだから、結城君は都をお願い。私たちはこのラスボスを何とかするから」
瑠奈に言われて結城はため息をついた。

「そういうわけでお邪魔しまーす」
一番入り浸りやすい場所と広さとご家族の理解がある瑠奈の家で、探検部5人は瑠奈の母親に頭を下げた。
「あらあら、またテストかしら。都ちゃんも勝馬君も相変わらずね」
瑠奈のお母さんがホホホホと笑う。
(なんだこのすっかりすべてを悟りきっていらっしゃるようなご反応は)
結城が玄関先で得体のしれない罪悪感に潰されそうになっていると、瑠奈のお母さんは
「ああ、今日はパパが出張先から帰ってきているから」
「え」
瑠奈があんまり嬉しくなさそうな声を上げると、
「瑠奈たーーーーーーーん」
とサラリーマンの服装をした親父が突っ込んできて、瑠奈はすっと無想転生のごとく避けた。
「瑠奈たんなんでだよーーーーー。都ちゃんはこうやってスキンシップをしてくれているのに」
瑠奈の父親は猫みたいになっている都の頭をなでなでしながら泣きそうになって瑠奈を見ている。
「お父さん! 瑠奈は高校生よ」
母親が父親を拳骨で沈めると「不潔野郎って軽蔑されたくなければ自重しなさい」とたしなめた。
「大丈夫大丈夫、おじさん。私が後で一緒にWILLやってあげるから」
「本当?」
涙目で千尋を見上げるパパ。母親は「ごめんねー」と千尋に謝った。
(何…このアットホームさ)
結城は千尋を見つめた。
「おーっす。陸翔! 元気しているか」
自分の部屋からこっそり見ている小学生くらいの少年を見て、千尋が声をかけると、陸翔はびっくりした様に隠れた。
「ははーん。思春期を迎えて女子高生を見ると恥ずかしくなったか」
千尋がうんうんと頷くと結城はジト目で
「まさかとは思うが、お前二次元の世界であの子に何かしてないだろうな」
と睨んだ。
「そんな変な事はしないって。私はショタはソフト表現にとどめる主義だから」
「‥‥」
カラカラ笑う腐女子に結城はこれ以上何も言えなかった。

「ぬふふふふ。ぐふふふふふ。ぬおおおおおおおおおお」
気色悪い声を上げて勝馬が机に向かっている。瑠奈がマンツーマンで勝馬に向かっていろいろ教えてあげている。
「出来ました」
瑠奈が提示した問題文の解答を勝馬は彼女に渡した。
(高野の野郎も大変だなぁ)
結城は思った。勝馬は授業中の居眠り王で1時間目から6時間目まで全て眠り続けていたという伝説を持っていると、隣のクラスから聞いていた。まぁ都も居眠り大魔神らしいが。しかしこの馬鹿に勉強を教えるなんて、よっぽど忍耐がないと…。
勝馬君、やれば出来るじゃない。これで英語は完璧ね」
「!!!!」瑠奈の発言に結城は赤青鉛筆を取り落とした。
「高野…本当か」
「へへへ、結城め。俺が真の実力を出せばこんな問題朝飯前よ」
勝馬が得意げに声を上げる。
「何せ千尋さん瑠奈さんが優しく丁寧に教えてくれるからな。この前なんて瑠奈さんが直々に音声を入れてくれた長文問題で単語は完璧にマスターしたんだ。ひゃひゃひゃひゃ」
結城はさすがに口を開けるしかなかった。
勝馬君は女の子に教えられると成績が格段に上がるのよ。集中力とやる気がね」
千尋が歯ぎしりする結城に言うと、都が目を輝かせて千尋に迫った。
「いいないいなぁ。千尋ちゃん…私も一発で集中できる魔法のCD頂戴よぉ」
「いいよ」
千尋が鞄をごそごそし始める。
「ふふふふ。じゃーん。私が聞いている、早覚え英文記憶CD。これを毎日寝る時に聞いているおかげで学校のテストはバッチリ!! 魔法の英語リスニングCDなんだよ」
千尋の翳したCDがキラキラ輝き、都と結城は「おーーーーー」と声を上げた。

「You got me mad now」
CDからはむさくるしそうな男の声が歪みなく聞こえてくる。
「ああ、確かに一発で英単語が頭に入ってきそうだよ。お前の中ではな!」
結城が千尋に声を上げる。
「ゆ、結城君…」都が苦し気に言った。
「結城君…なんだか…知識が…知識が…」
「おいいいいいいいいいい。どうしてくれるんじゃぁ」
都をガクガクゆすりながら、結城は千尋に喚いた。
「結城君、最後の手段があるわ」
瑠奈がぐっと結城を見つめた。
「さ、最後の手段?」
結城がごくっと生唾を飲む。
「都」
瑠奈は真面目な顔で都を見て言った。
「4つの追試で全教科100点取ったらケーキバイキング結城君が奢ってくれるって!」
「それから結城君の声で収録されたBLアンソロジーボイスドラマも作ってあげるから!」
「本当!」
都は目を輝かせた。
「ちょっとまてぇえええええええ。なんでそう言うことになるんだ」
結城が喚くと瑠奈がじっと結城を見た。
「都がやる気を出すにはこの方法しかないのよ。いいの? 都が進級出来なくなっても」
結城は都を見た。都が硬い覚悟を決めた目で結城を見る。
「あああ、わかったわかった! ケーキでもホモ漫画でも何でも来いや」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
都は絶叫した。
(まぁ、さすがに全教科100点なんて一夜漬けて無理だろうな)
結城は物凄い勢いで教科書をめくりまわす都を見つめた。
(全教科100点なんて)
だが結城の余裕は早くも崩れ去った。
「都―」
千尋が日本史の教科書を開いて言った。
「359頁の上から3行目10文字目の文字は?」
―けーきばいきんぐ―とハチマキをした都は英単語の本をぴたりと投じて言った。
「幕府の幕って言う字だよね」
「正解!」
―結城君のBL―とハチマキを下千尋が言うのも聞いていないようにひたすら単語を覚え続ける都。
「‥‥」
結城は…だんだん不安になっていた。そうだ…。この都という女の子の頭脳はただの頭脳ではないのだ。

 翌日―探検部の部室…。
「ふっふっふっふっふ」
都が得意げに結城の前で笑っていた。
「‥‥」
結城はそんな都を前にしてもはや蛇に睨まれたこうろぎみたいな気分だった。
 都がすっと4枚のテスト解答用紙を見せる。100、100、100、100‥‥。結城は崩れ落ちた。
「実は都ってこの学校始まって以来の好成績で入学したらしいんだよねー」
千尋がそれはそれは嬉しそうに結城を見つめた。
「さて」

「結城君…もっと心から快感を覚えて喘ぐように…背徳感を楽しむように」
千尋の演技指導が探検部部室である書道室の準備室の扉から聞こえてくる。
「どうしたの」
探検部の都、瑠奈、勝馬が外で待っているのを見た書道部の益田愛が3人に声をかける。
「今収録中なんだ」
勝馬がひっひっひと楽し気に愛に答える。書道部のみんなも音を立てないように興味津々と集まってきてしーっと人差し指を立てる。
 その時扉が開いた。
「みんな、普通に日常的な音を立てていてくれるかなぁ」
「あ、いや…せっかく千尋ちゃんが芸術作品を作っているんだから静かにしなきゃだめだよ」
と都。
「ああ、その芸術なんだけどさぁ。これはあくまで隣の部屋で他の生徒が日常を送っている隣の密室で背徳的なBLが展開されているところが味噌だからさ。みんな出来れば気にしないで音を立てて欲しいんだよね」
「さすが、千尋さん。素晴らしい表現精神です。さぁ、みんな日常的に音を立ててくれ」
勝馬が書道部に号令をかけると、みんな頷いて席に戻っていった。
「さぁ、結城君。収録…収録…」
「もう…殺してくれ…」
結城の悲鳴が千尋に閉められた扉の向こうに消えた。

「結城君食べないの?」
ケーキバイキングの座席で美味しいケーキをもぐもぐしながら幸せそうな都に、結城は「ちーん」とテーブルに崩れていた。
「今日、俺の大事なものがなくなった気がする…」
「ケーキを食べれば治るよ」
都は笑顔で言った。

2

「困ったなぁ」
翌日、部長会議から戻ってきた高野瑠奈が浮かない顔で戻ってきた。
「冬合宿の予算申請するのに活動実績が足りないから、何か実績作れっって言われちゃった」
瑠奈は実績報告をテーブルの上に置いた。
「えええ、私のボイスドラマ制作を書けばいいじゃん」
千尋が瑠奈に聞くと、瑠奈は
「これバレたら猥褻物を部活で制作していた事になっちゃって、いろいろ問題が発生しちゃう気がするんだけどね」
「猥褻物とは失礼ね」
千尋は声を上げた。
「これは芸術作品よ」
「15歳の女の子が作っていい芸術じゃないような」
瑠奈は苦笑した。
「はぁ。私の芸術を理解してくれないなんて。あ、私たちの芸術作品か。ねぇ、結城君」
「…」
結城は『罪と罰』を読みながら何も答えなかった。
「何か活動すればいいんだよね」と都。
「BL以外でね」と瑠奈。
「みんなで麻雀やりますか。それとも暴走族1日体験」
「却下」と勝馬の意見を瑠奈が封じた。
勝馬君。そんな活動実績書いて提出したら廃部になっちゃうよ」
「実績報告書再提出は」
結城が瑠奈に聞くと、結城は素っ頓狂な声を上げた。
「明日?」
「うん、明日までに提出できる実績がどうしても必要なの…」
瑠奈が周りを見回す。
「ん」
結城がテーブルに散らばったプリントの中に「生徒諸君へ」という紙を見つけた。
「なんじゃこれ」
「駅前書店で万引きが流行っている事に関して、高校に書店から苦情が来たの」
瑠奈が説明する。
「そういえば俺らの学年で一人万引きで退学になっていたなぁ」
結城がふと声を上げる。
「でもその後も万引きが続いているんだって。それもほとんど毎日」瑠奈が言う。
「本当にうちらの学校のが犯人なのかよ。今万引きするのって若い人間よりも年配者の方が圧倒的に多いらしいからなぁ」
結城が言ったとき、勝馬が声を上げた。
「じゃぁよ。俺らで万引き犯捕まえようぜ。万引き犯を捕まえれば活動実績になるだろう」
「そうね。地域の防犯に協力するボランティアって事にすれば活動実績になるわね」
瑠奈は言った。
「実態と結果があれば活動日は水増ししてもばれないだろうし…ね」
「瑠奈ちん、さらりと悪だね」
にっこり笑う瑠奈に都は感心した様に目を見開いた。

 駅前書店伊賀屋書店は大きなチェーン店だった。
「うわぁああああ」
千尋は声を上げた。感嘆ではない、呆れていた。
 白いカバーに黒い書道体で「日本印刷記」と書かれている本が大量に並べられていた。
「こりゃ凄いな。こんなに沢山売れるのかな」
都は本を一つ取ってぺらぺらめくってみた。
「売れない売れない」
千尋は手を振った。
ウィキペディアを家で見れば大体内容が乗っているから。ほとんどがウィキのパクりだからね」
「ウィキって…ウィキペディアか?」
結城が千尋に聞くと
「アニヲタウィキの方」と呆れたように手を振った。
「まじかよ。結構有名な作家さんじゃないのかこれ」
「『台湾併合の奇跡』とか『関東大震災の奇跡』といった奇跡シリーズが有名だよ。まぁ、『関東大震災の奇跡』の方では朝鮮人から女の子たちを守った主人公として書かれた元軍大佐の遺族から訴訟を起こされたけれど」
「き、君!」
突然ハンサムなワイシャツをエプロンでまとめた精悍な店長が千尋に声をかけた。
「全く君は分かっていないな。朝鮮人虐殺は捏造だったという証拠はいくらでも出てきているんだ。だが左翼に蹂躙されたこの国ではどの出版社や研究者もこの事実に蓋をしてきた。この本を書いた高山回先生は日本の名誉の為に勇気を出してこの本を書かれたんだ」
いきなり書店の店長に説教される事態に薮原千尋は目をぱちくりさせる。そして
「わーーーっ、すっごーーーい!」
とわざとらしくきゃぴッとして、
「この文章のもとになったアニヲタウィキの投稿者の方って、すっごーーーく勇気があったんですね」
とわざとらしく言った。
「かわいそうに…」
後ろの方で眼鏡をかけた少年がピキピキと声を震わせた。千尋が振り返るとふと目を見開いた。
「ひょ、ひょっとして市倉君?」
千尋が声を上げると市倉一はフンと鼻を鳴らした。千尋がぴょんと彼の所に駆け寄る。
「元気だった?ああ、みんな、この子私と同じ中学の…」
「かわいそうに」
市倉が千尋の紹介をぶった切る。
「薮原さんは日教組の思想に染められて、こんなことを言うようになってしまったとは」
「へ」
千尋は目を丸くする。
「あんな元気で明るかった千尋さんまで日教組によって汚染されてしまったなんて。今からでも遅くはないですから、千尋さんもこの本を読んでください」
と市倉は千尋に「日本印刷記」を渡すが千尋は「あああ、ありがとう…」と本をさりげなく戻した。
 結城は(また変なのが出た)と思った。確かに千尋は汚染されている。しかし汚染源は日教組ではなく「び」のつくものだ。
「で、市倉君は高校生活はどう? 楽しんでるの?」と話題を変える千尋
「高校はやめました」
市倉は眼鏡をくいっとあげた。
「えええっ」
日教組に染まった教師が許せなくてね」
「何を言っているの?」
本を並べていた女性店員が冷たい声で言った。
「本を万引きして捕まった張本人のくせに」
山坂桜というネームプレートを下げた女性店員がじっと市倉少年を見た。市倉は恐怖に目を見開いた。
「それで高校を退学になったのよねぇ」
冷たい山坂の声に市倉は真っ青になって向こうの棚に移動した。
「そういう山坂さんも、相当この店に損害を与えていますよね。バカッター映像で…。アダルト雑誌コーナーで裸になって、雑誌の表紙の水着モデルと同じ格好をして…店の損害賠償代わりにここでタダ働きしているんですよねー」
(え、あの6月のTwitter炎上画像ここだったの)千尋は真っ青になった山坂桜を見て茫然とした。あの写真は酷かった。常夏ビーチ特集という雑誌の水着の美女と同じ格好で全裸で本棚に横たわっていたという奴だ。そう言えばその笑顔のバカッター、目の前にいる気がする。山坂は笑いながら去っていく小坂兵太郎を見て般若の顔で歯ぎしりする。
「ごめんね。…ゆっくり本を選んでね?」
山坂桜は打って変わって魅力的な笑顔で探検部のメンバーに言った。

「ううううううう」
都はビニールに包まれた『魔法少女未来』シリーズの少女漫画を見てぐぬぬぬという顔をした。
「あきらめろ。漫画は立ち読みできないんだ」
結城はため息をついた。
「私の家の近くの本屋さんは出来るよ。それに安いし」
「それはBOOKOFFだからだよ」
結城はため息をついた。
「でも本屋には新しい参考書とか新しい雑誌とかBOOKOFFシリーズにはないものがあるぞ」
「あ、そうだ…青い鳥子供文庫版に新しい小説版が出ていたんだ」
都はポンと思い出して児童書コーナーに向かった。
「あとKZシリーズと夢水清志郎シリーズもチェックしないと。おおおお、新しい作品がいっぱい出ているうううう」
「うるせえなぁ」
結城は頭をポリポリ書いた。
「さーて、今日のBL雑誌はっと」
千尋は雑誌を探している。
千尋…私たちこの書店に来た動機忘れていない?」
「万引き犯を捕まえる…だったよね」
「たははは」と千尋は笑った。
勝馬君も」
瑠奈は勝馬に厳命した。
「絶対に間違いで誰かを捕まえちゃだめだよ。声もかけちゃダメ。名誉棄損になるし、お店に迷惑をかけてしまうから。そんなことをするくらいなら、誰も捕まえない方がいいんだからね」
瑠奈はリュックからメモを取り出す。
「店の見取り図と防犯カメラの位置はチェックした。多分万引き犯が現れるとしたら、カメラの視覚になってレジから見えにくいここと・・・ここ」
「なるほど」
千尋は感心した様に言った。
「瑠奈仕事早いねー」
「ここらへんで万引きしている人がいないか見てみましょう。じっと見ている私たちがいれば万引き犯は本には手を出せない。防犯に貢献した事になるから」
「ラジャー」
千尋が指を食いっと挙げた。

 北谷勝馬は瑠奈に指定された場所にやってきた。その時だった。ふと市倉一という眼鏡のいけ好かない野郎と遭遇した。勝馬がびっくりしたのは、彼はあたりを見回し本を手にするとすっと何かを抜き出し、鞄に入れた。勝馬は目を向いた。だが彼は本を戻した。勝馬は市倉に声をかけようとしたが、瑠奈の言葉が蘇り、言葉をかけるのを待った。

 高野瑠奈は店に入ってきた黒メガネの男を見ていた。この男は挙動不審でいかにも怪しかった。黒メガネではあったが動きからすると相当若い。彼はふと本棚からこっそりと店員の山坂桜が働いているのを見て、にやっと笑い、ひたすら彼女を見つめている。そして棚の整理をしている桜の先に回って、例の『日本印刷記』のコーナーの前にちゃってくると、いきなりズボンに手を入れて股間をごそごそし始め、何かを本に塗りたくり始めた。
(え、え・・・)
余りにも気持ち悪いものを目撃して瑠奈はショックを受けた。黒メガネがコーナーから立ち去ると山坂桜は明らかに汚くて変な匂いがする本を手に取った。訝し気にそれを見ていたが、こんなもの店頭に置いておけないと判断したのか、それを手に取って事務所の方に持って行った。黒メガネはきっと桜に自分の汚いエキスが付いた本を触ってもらって嬉しいのだろう。ひょこひょこ踊っている。瑠奈はもう何も見たくなくなって目を離した。

「お嬢ちゃんは何年生?」
主婦の沖鮎子が娘が欲しがっている本を一緒に選んであげている都に笑顔で言った。
「1年生」
「あら、1年生にしては大きいね。6年生くらいかと思った」
「おばさん、この『魔法少女未来―時空の石と悪魔の涙―』がりんなちゃんが欲しがっていたものだと思うよー」
「ありがとう」
都はお礼を言われて子供のように嬉しがっていた。

 薮原千尋はBL本を読んでいた。一般の客のふりをして万引き犯を捕まえる作戦だったが、彼女はBL雑誌の事しか頭になかった。
「ふふふふ、BL┌(┌^o^)┐猫ちゃんカフェ…か。ふふふ、ショタが獣フレンズみたいに美形のオスのお客さんにぺろぺろご挨拶。ふふふ、たまりませんなぁ」
千尋は涎を誑していった。
 そんな千尋の背後に誰かが立っていた。背後の気配に千尋は気が付いて悲鳴を上げた。
「きゃぁああっ」
千尋の声を聞いて、結城と勝馬が大急ぎで千尋のいる方向を見た。大柄な男が腰を抜かす千尋の前に立っていた。
「おい、てめぇ」
結城が声を上げた。シルクハットの男は結城を見て
「俺は何もしていない!」
と『日本印刷記』の本を手にして言った。
「先生! どうかなさいましたか!」
店長の青木大和が大慌てで駆け付ける。
「どうもこうもない。この女子高生が私を痴漢呼ばわりしただけだ」
「してませんよ!」と千尋
「わざとらしく悲鳴を上げていたじゃないか」
「あれは‼」
「こら、先生に失礼じゃないか」
青木店長が千尋をしかりつける。
「いや、薮原が悲鳴を上げた気持ちは分かるぜ」
結城は大柄な男を睨みつけた。
「お前、不自然に千尋に密着していたよな。痴漢か? 盗撮か?」
「でっち上げだ」
帽子の男は絶叫した。
「もういいよ」
千尋は瑠奈と都に支えられた。
「前にバスで痴漢に遭ったのがフラバしただけだし」
千尋は髪の毛で目を隠して言った。
「あんた。どうもこの先生って人>客って感じで営業しているよな」
結城が青木店長を睨みつける。
「そんなに偉い先生なのか」
「ああ、偉…」
ここまで言って店長は帽子の男に物凄い勢いで睨みつけられた。
「もう帰ろっか」
瑠奈は疲れたように言った。
「そうですよねー。なんか雰囲気悪い店だし」
勝馬もそう言って千尋を助け起こした。結城は千尋
「一応鞄をチェックしてくれ」と促した。千尋は鞄をごそごそしたが、「取られたものはない。大丈夫」と結城に言った。
店を出ようとした時だった。千尋は「会計をすませるから待ってて!」と声を上げた。
「BLは買うのか」
結城は呆れたように千尋が会計に向かうのを待つ。会計している店員はがりがりに痩せた小坂平太郎という男だった。時々、黙っていれば美少女な千尋を見てにやついている。
「お待たせ!」
会計を終えた千尋が探検部のメンバーの所へ戻ろうと店の前のセンサーに触れた時だった。
 突然「ビー――」という音が耳に響いた。
「君!」
店長の青木がやってきて千尋の腕を掴んだ。
「君、ちゃんと会計しないで店を出たよね!」

 

(つづく)