少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都2 岩本承平の殺戮5(Last)


9

「言うとおりにしろ。助けてくれぇ」
朝川議員がかすれた声を出す。岩本は警察の動きを把握しながら、壁に背中を向けて廊下を動き、隣にある画廊に移ろうとする。
 と、直後彼の左手から何かが落ちた。それが発煙筒だとわかったとき物凄い煙が廊下に立ち込める。
「やばい、テレビ局と同じやり方を使うつもりだ」
長川警部が言った直後、朝川議員を楯に岩本は画廊の扉を閉めて鍵をかける。画廊の中に潜んでいた2人が岩本に飛びかかるが、1人が朝川議員という大物を楯にされて怯んだ隙に背後の眼鏡の制服警官は裏拳で殴り倒され、正面の一人の私服警官が拳銃を抜こうとしてそれを岩本に抑えられ、そのまま頭突きをされて倒れみ、はずみで拳銃が発射される。
「朝川議員」
たまたま画廊に来ていた小塚パウロが朝川議員を逃がそうとするが、パニックになった彼は「うわぁあああああ」と小塚を突き飛ばした。小塚はそれに手こずった一瞬のすきに岩本に後頭部を殴り倒されダウンした。
 画廊の扉が物凄い勢いでガンガン叩かれる。
「特殊部隊に突入させろ」
長川の怒声が響く。
「さて」
岩本は骸骨の不気味な表情のない顔でゆっくり標的を見下ろす。
「この3D拳銃はね、VⅩを塗った毒針を目から脳みそに打ち込むんです。こうなると手術をしても助かりようがない。1時間程度物凄い苦しみを暗闇で受けた後あの世に行くというわけです。被害者を殺すだけではなく確実に地獄に送る面白い銃なんですよ」
岩本承平はゆっくり朝川に銃を突きつける。
「た、助けて…金ならいくらでもやる…警察庁に忖度してお前を死亡した事にしてやる…だから…」
「僕はねぇ…お金をくれる人より、政治家や行政に忖度してもらえることより、なけなしのお金でコンビニのおにぎりくれたあの人の親切が嬉しかった…お前はその人を殺した。それも面白半分に…」
表情のない骸骨の声が憎しみに震えた。
「い、いやだ…助けて…殺さないで」
「あの人はそう訴える事さえ許してもらえなかった。自分が悪い…そう言って死んでいったんだ…死ね!」
岩本の声が震える。怒りに震えて目に一瞬血が入り、それをぬぐった刹那だった。
岩本と朝川議員の間に結城竜が立ちはだかっていた。

「ねぇ、結城君は?」
外で都が声を上げた。
「ええっ?」
長川が必死で鈴木刑事と扉を破ろうとする中で訝し気な声を上げるが、いつも少女探偵を守るため周囲にいるはずのナイトの姿が見えない。
「まさか!」
長川はドアの中を見つめた。

「結城君…どきなさい。これは君が命を懸けて守るような人間ではない」
岩本は静かに諭すような声で言った。
「人の命をゴキブリのようにもてあそんだ人間の命だ。そんなものの為に君に何かがあったら、都さんが悲しむ」
「そんなもの…ってか」
結城は岩本を睨みつけた。
「都が守りたいそんなものっていうのはな…そうやって死んでいい人間とよくない人間を分別する思想とは真逆のものだ。お前がそんなもの呼ばわりしているものの為に、あいつが今までどれだけ苦しんで傷ついて来たと思っているんだ。お前ごときがそれを踏みにじっていいものじゃねぇ」
結城は思い出していた。小学生時代結城の前で推理をした時の少女探偵のはりさけそうな悲しい笑顔、そして魔法少女と呼ばれた少女に縋りつき号泣する女子高生探偵の姿を…。
「結城…君」
都は扉の前で声を震わせた。
「お前がこいつを殺したところで、野畠和人さんの奪われた尊厳は戻りはしない。むしろ人の命を分別する正義を広めちまう事になるんだ。それは野畠さんを! お前を! もっと苦しめることになるんだ! 都はそれを知っててお前を助けようとしているんだ」
さっき推理に苦しんで震えていた都の顔を思い浮かべ、結城は絶叫する。
「お前それがわからねえのかよ!」
いつもの岩本だったらそんなへまはしなかった。だが、この時一瞬少年の叫びに耳を傾けてしまった。その為朝川が転がっていた拳銃を取り出し、結城の背中から発射して岩本の脇腹に命中するという結果に気が付いたのは銃声と鋭い激痛によってであった。岩本にとってはありえない大失態であった。
 結城の体が力なく倒れ込み、その向こうから現れた朝川の顔はこの上なく醜悪で外道だった。
「てめぇええええええええ」
岩本が獣のような声を上げて、朝川が発射した銃弾を体をひねって避けて、その顔面に拳を入れた。
「ぐへっ」
と倒れ込む朝川の首を締め上げようとするのを物凄い形相で結城が縋りついて止める。必死で起き上がり鬼気迫る表情で上半身を起こして縋りついた。その表情を見て、岩本の目が震える。
「結城君…」

特殊部隊のドアをぶち破る特殊ハンマーでドアが破壊され、SATが部屋になだれ込む。
「結城君! 結城君」
都は仰向けに倒れている結城を見つけ泣き叫んだ。
「しっかりして…」
「銃で撃たれているぞ」
「応急処置をしろ」
長川は特殊部隊に命じて、結城の傷を探り当てる。結城は都に窓の方向を見て指をさした。
「岩本を…早く」
「うん」
都は泣きながら頷いた。横では鼻血だらけの朝川議員が怯えた表情でガタガタ震えている。
「ありがとう」
都はとびっきりの笑顔で結城に笑いかけると、立ち上がって煙が渦舞く画廊の奥を見た。
「大丈夫ですか」
警官が小塚パウロを助け起こす。
「だ、大丈夫です…いてて、気絶していました」
覆面の聖職者は立ち上がる。
 その奥でネグリジェの骸骨の男が警官に取り押さえられている。
「あーーーー、あーーーーーーー」
岩本承平は喋れないらしく、ああ、ううと繰り返して必死で警官に何かを訴えようとしているのを警官が容赦なく拳銃を向ける。
「待ってください」
警官によって担架で運ばれる結城に続いて警官に肩を貸されて出ていこうとするパウロを呼び止める少女探偵。
「ここで決着を付けましょう…」
都は言った。
「長川警部…あの岩本君が本当に岩本君か確かめてみて」
長川は都に言われて、岩本の顔を触る。
「変装ではないみたいだが、岩本の顔は誰か別人のを傷つければ完成するからな。まさかこいつテレビ局の事件みたいに薬を飲まされて」
長川の声が震える。
「次にパウロさん…私は気づいていました。動画で見たパウロさんとあなた…一人称と利き手が全然違いますよね。あなたは本当にパウロさんですか?」
「違います」
パウロは落ち着いて言いながら覆面を取った。その顔に一同は驚く。覆面を取ってサングラスを付けた顔、実は長川はわかっていた。
福島県警の陳川警部」
陳川雅史警部はヤクザ顔で髭もじゃの怖そうな顔を緊張させて
茨城県警に研修に来ていましてね。お嬢に協力を要請されたのです」
と紹介した。
「岩本君」
都は岩本を見つめた。
「岩本君は長川警部が警視庁に出向していることを知っていてテレビ局で犯罪を犯して私を介入させた。だから逆の方法であなたにあらかじめ逃亡の手段を提供する事で、君を追い詰めさせてもらったよ」
「勿論本物のパウロさんには協力を依頼してしばらく身を隠してもらっている」
岩本はもう哀れな入れ替わりのマネなどしていなかった。ギラギラと都と長川と警官を見つめている。
「そうやって『顔の皮をはがされて自分に変装させられた可哀そうな被害者』に変装する事で逃げようとするなんて。護送車でいきなり苦しみだせば警察はあのテレビ局をフラッシュバックして病院に連れていく。後は病院の手術室でお医者さんを脅して白衣姿で逃げるって算段だったのかな? パウロさんは私に『あの時もしかしたら』って思わせるための心理的ダミー…あ」
いつの間にか手錠を外していた岩本は横にいた警官をいきなり楯にして突き飛ばし、窓をがしゃんと割って外に飛び出した。そのまま正面玄関の屋根から正門へ通じる砂利の広場を走り出す。
「岩本君!」
「大丈夫。外は警官で固めてある」
長川は冷静に自ら正面玄関の屋根に飛び降りると屋根の端から狂ったように広場を走る岩本を拳銃で狙う。
「岩本‼ 止まれ!」
岩本は息を切らせながら走っている。長川の拳銃が火を噴いた。岩本の左足に血煙が飛び、岩本は苦悶し絶叫しながら倒れ込む。
 周囲を特殊部隊と制服警官が拳銃を構えながら取り囲んでいた。岩本はふらふらと立ち上がり、上空から自分を照らすヘリ、周囲の警官を見回しながら必死で頭を振り回転させ、打開の方法を探っていた。だがもはや彼の頭ですらこの状況下ではこう結論付けた。
 敗北。
 拳銃を構える長川と並ぶ女子高生探偵島都がそれを物語っていた。これは彼の頭が遠い未来の状況として予測していた事。少女探偵島都こそが自分を終わらせることが出来る唯一の存在であるという事。

 夜の大洗の県道を爆走する救急車の中で鈴木刑事が結城に話しかけていた。
「結城君、君は死んではいけない! 死んじゃだめだ!」
「バイタル数値低下! 彼に話しかけてください!」
救急隊員が深刻な表情で喚いた。
 結城は呼吸器を付けながら目をぽっかり開けていた。

「岩本君」
都は岩本承平に語り掛けた。ヘリコプターの光の輪の中に2人だけがいた。
「もう終わりなのですか」
岩本は静かに言った。
「終わりだよ!」
都は笑顔で言った。そして岩本に手を伸ばす。
「戻ろう…人間に…」
都に差し出された優しい手。その手に憑き物が落ちた表情の岩本は手を伸ばす。
 その直後だった。物凄いローターの音がして巻き上げられた石と風に都の小柄な体は「うっ」と声を上げて吹き飛ばされる。
「どういうことだ」
長川が絶叫する。広場にヘリコプターが物凄い低空飛行をしており、ドアが開け放たれていたのだ。
「岩本さんこっちです!」
女性パイロットの青木が大声で岩本を呼ぶ。岩本は咄嗟に身を振りかぶってヘリコプターのコクピットに飛び込んだ。ヘリコプターが砂利を巻き上げながら離陸する。
「撃つな! 大事故になるぞ!」
長川は絶叫した。ヘリコプターは物凄い勢いで急上昇し、そのまま大洗の市街地が一望できる高度にまで上がる。
「なぜ」
岩本は女性パイロットの青木に聞いた。
「私は孤児院で生き別れた野畠和人の妹なんです」
青木は言った。
「警察は人の命よりもメンツを優先します。その様子を私は上空から見させられていました。私にとっては正義はあなたの方です」
「それは違いますよ」
岩本は言った。
「あなたを信用しましょう」
パトカーの列が市街地に伸びていくのを見ながら、岩本承平は言った。
「県北の山岳地帯に飛んでください。別のヘリに捕捉される前に物理的に警察の追跡網から逃れるんです」
「はい」
青木は興奮した声で言って、機首を展開させた。

「都…」
長川警部は砂利の地面に座り込む女子高生探偵に声をかけた。都は両手で砂利を掴んでいた。
「どうして…」
都は声を震わせていた。もう少しで岩本君は…もう少しで…。

10

―水戸赤十字病院
 瑠奈、千尋、秋菜の3人は手術室の前で肩を寄せ合って震えていた。そこに陳川警部に連れられてきた都が茫然とした表情で現れた。
 彼女は手術室のドアに頭をこつんとやると笑顔で涙をぽろぽろ流しながら言った。
「結城君…岩本君には逃げられちゃった…。私ダメだよね…でもね…結城君。結城君のおかげで岩本君は最後だけは人を殺さずに済んだよ。結城君のおかげなんだよ」
都は耐えられずに崩れ落ちた。
「結城君…帰ってきてよ…お願いだから帰ってきてよ」
背中を震わせる都を瑠奈が抱きしめた。
「お嬢」
陳川警部はサングラスから涙をボロボロ流していた。
「お兄ちゃん…」秋菜が顔を覆って千尋に支えられる。
「ふざけんじゃねえぞ」
パジャマ姿で包帯を腕に巻いた勝馬がふらふらと現れた。
勝馬君…なんで水戸まで」千尋が声を震わせる。多分脱走してきたのだろう。100㎞離れたつくばの病院からやってきた勝馬の顔は鬼気迫っていた。後ろで舎弟の板倉大樹がおろおろしている。
「結城の馬鹿が…お前を倒すのはこの俺だ。こんなところで死ぬんじゃねえ。生き返れ此畜生」
勝馬の最後の言葉は涙で震えていた。

「お前、帰るつもりかよ」
曽根議員の家の正面玄関で高級車に乗り込もうとする朝川議員に長川警部は言った。
「私には不逮捕特権があるのだよ。それにあの少年を撃ったのはパニックによる緊急避難だ。私に罪はあるまい。事情聴取にしたって、任意だろう。私は疲れた。ホテルに帰って休みたいのだよ」
朝川議員はそういうと車に乗り込んだ。増岡が含み笑いで運転席に乗り込む。その車を長川は歯ぎしりしながら見送った。

 結城は光の中にいた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん」
彼の実妹の有彩が笑顔で笑っている。
「有彩!」
それはクールなはずのぶっきら棒少年の感情を爆発させるのに十分であった。結城は大声で彼女を抱きしめた。
「お前…お前に俺は謝らなくちゃいけない。お前が苦しんでいるのに、お前に何もしてあげられなくて…苦しかったよな、苦しかったよな」
有彩を抱きしめる結城の声が震える。
「今はお前大丈夫か…苦しくないか…大丈夫なのか」
結城は彼女の肩を握りながら妹の顔を見た。
彼女は何もいなかった。笑顔で指さした。その方を見ると、あのバカで能天気でドジで暴走気味で気苦労の発信源となっている女子高生探偵が泣いていた。
 ふと顔を上げると有彩はいなくなっていた。
「結城君」
ふともう一人女性が結城を呼んだ。その女性は魔法少女だった。彼女は笑顔で言った。
「人が人を殺すのを止めてくれて…ありがとう…」

 結城の視界に天井が入って来る。周囲を見回すとこれはなんとも豪勢な個室だった。
「いい病室だろう。警察に協力させてこんなんにしちまったからな。私のポケットマネーで確保できる最大限の病室を確保させてもらった」
応接席でリンゴの皮をむきながら女警部長川朋美が私服姿で話しかける。
「今はいつだ」
「3日後だ。12月14日」
「なるほど…つ」
結城は腕に走る点滴に痛みを覚え、背中にも痛みを覚える。
「高野さんに感謝しろよ。お前にありったけを輸血してくれたんだから。探検部のほかの子たちはA型じゃないから、物凄くもどもどしていたけどな」
「探検部って…勝馬は入院中だろ」
「あの体でバイク2人乗りだからな。今頃看護師さんにたっぷり説教されているだろうぜ」
「ははは、馬鹿なやつ」
結城は笑った。
「私に言わせれば君の方が馬鹿だよ」
長川は笑顔でウサギリンゴを結城に咥えさせる。
「岩本の野郎は」
リンゴをモゴモゴしながら結城は言った。
「不条理な終わり方だったよ。ヘリコプターを操縦する警官が岩本に同調してな。あいつを連れて逃げやがった。県北の小学校校庭で機体は見つかって、女性パイロットは気絶した状態で発見された」
長川の返事に結城は頭をポリポリした。
勝馬の病院に来てくれた人か」
「ああ」
窓の外を見ながら長川は頷いた。そしていきなり結城のお腹をぱんと叩いた。
「あぐぎ」
「もっとかっこつけな。君は都を含め警察も誰も止めたこともない岩本承平の殺人を唯一止めた人間なんだから」
そこで長川の表情は曇った。
「もっとも君を裏切ったあの政治家は何のお咎めも受けていないけどね」
「そんなもんだろ」
結城はため息をついた。
「あの政治家から君と都には見舞金名目で一方的に大金が振り込まれている。都はそんなお金要らないって言っていたから私が預かっているけどね。母子家庭で生活は大変だろうし。私の家でマネーロンダリングして、都の家の生活費の足しにしてもらうつもりだ。嫌な話だろうが」
「いいさ」
結城は言った。
「別に何かが変わると思ってあの政治家を助けたわけじゃない」
「知ってるさ。結城君の大演説は聞かせてもらったからね。画廊のドアの向こうでね」
「な」
結城の顔が真っ赤になる。
「別に恥ずかしがることでもないじゃん。少なくとも彼女は凄く感動していたよ」
長川に指さされた先では、灯台下暗し毛布の中で抱きしめあっている島都と秋菜が涎を誑して寝ていた。
「そろそろ出席日数足りなくなるんじゃないかって心配していたんだ」
「学校サボって泊まり込んでいたのかよ」
結城は呆れたように2人を見下ろした。
「さて、眠り姫様を2人も前にリア充結城選手はどう反応するか」
「これが眠り姫?」
結城は「でへへへへ、もう食べられないよ。結城君」と寝ぼけている都の涎を拭く。
「それを舐めたら変態野郎の出来上がりだね」
長川に言われて結城が「んなことするか!」と大声を出す。その声に都がぼけーーーーっと目を開ける。
「あ、結城君。特大ジャンボパフェは?」
都が寝ぼけるのを見て、「お前は食い物の夢以外見ないのかよ」と結城は苦笑した。
 都の目が寝ぼけ眼から見開かれた驚愕の顔に…そしてその童顔が崩れて涙がぐしゃぐしゃになっていく。
「心配かけたな!」
結城が申し訳なさそうに言うと、都はその体にダイブした。
「ぐああああっ、いてて、怪我人だぞ」
結城が絶叫する。
「だって、結城君が特大ジャンボパフェなんだもんーーーーうわああああああん」
都が意味不明な号泣をしながら真っ赤になって結城に縋りつく。秋菜がその声にがばっと起き上がり、結城が痛がりながら「よ」と笑顔で言うのを真っ赤な顔になって受け止め、枕で殴りつける。
「ばかばかばかぁああああああ、お兄ちゃんのばかぁあああああああああ」
「ぐえっ、永眠する。だづげ」
その時病室のドアが開いて、瑠奈と千尋が入ってきた。光景を見るなり瑠奈が口を押えて目から涙を流す。そして大粒の涙を流したままびっくり箱を落とした。びっくり箱から阿部さんのやらないかスタイルが飛び出した。
千尋…何…何このびっくり箱…」
瑠奈が泣きながら千尋に縋りつく。
「結城君が起きたらこれ渡そうと思っていたのに落とさないでよ瑠奈」
そういう千尋も涙でぐしゃぐしゃになっている。
「全く、この子たちは」
長川は頭をぐしゃぐしゃかいた。

 つくばの病院で舎弟の板倉大樹が病室の勝馬に走ってきた。
勝馬さん。結城の野郎が復活しました」
勝馬は思わず万歳したが左手がゴキっと言って苦しみに悶えて蹲った。
「畜生、畜生あの死にぞこないがぁあああああ」
「ナースコール、ナースコール」絶叫する板倉。だが勝馬はそれを手で制した。
「これ以上やらかしたのがバレたら看護婦さんに殺される」

 ポカポカした陽気の中で、病院休憩室に結城の車を押す島都。
「今日はスパゲッティが食べたいねぇ」
「お前、俺の病室に入り浸るつもりだろ」
「だって、私のおうちより大きいんだもん」
と島都。結城はやれやれと声を上げた。
 病院のテレビではワイドショーで事件の事が持ちきりだった。
「しかし最近は生放送のワイドショーもろくすぽ見なくなっちゃったぜ。だってまた殺人事件が起こるかもしれねぇし」
結城がため息をつく。
 その時だった。突然テレビの画面が乱れた。そしていきなり朝川議員の密室での様子が映し出される。
―つまり、私の政治的生命を守るために死ぬのが、本当の愛国者ではないのかね
―緊急避難だよ

「どうしたんだ」
テレビ局のモニタールームで騒ぎが発生する。
「放送に何者かが割り込んできました」
地上デジタル放送だぞ」
「デジタル送信機に何者かがウイルスを仕込んだ可能性があります」

 病院のテレビに残虐な殺人議員の狂気に満ちた映像が流れる。画面が切り替わる刹那にあの殺人鬼の髑髏のような顔が映し出され休憩室に悲鳴が上がる。
 都の表情が険しくなった。

おわり