密室の悪魔③
5
【容疑者】
火村隆一(31):無職
火村静子(62):無職。隆一の母親。
高瀬理人(32):子ども食堂責任者
加門禮子(35):子ども食堂スタッフ。
伊調学(41):マック店長
矢口原牧人(32):マック従業員
病室のベッドで狂気に笑う黒い影を月明かりが照らし出した。その人物は火村静子だった。そして彼女はナイフを取り出すと、何度も何度もベッドで眠っている人物に突き刺した。だが違和感に気が付いた火村静子は目を見開き、布団を引っぺがす。かつらをかぶったへのへのもへじと丸められたマットがそこにあった。
次の瞬間「瑠奈ちんはそこにいないよ」と少女の声がした。小柄なショートの女子高校生探偵島都がそこに立っていた。
「火村静子さん。そもそも瑠奈ちん、じゃなくて高野瑠奈さんは行方不明にもなっていません。バイトから帰った後速攻で勝馬君の家に来たんです。静子さんに結城君が見せたあの動画は、実際は私たちが勝馬君の汚い部屋で撮影したものだったんだよ。息子さんを監禁していた火村静子さん、あなたをこの病室におびき寄せて、瑠奈ちんを殺しに来るように仕向けるためにね」
火村は目を見開いた。火村静子は目を見開いて肩で息をしながら、都を血走った目で見ていた。
「まぁいろいろアクシデントはあったがな」結城が都の後ろから顔を出した。
「マックで高野を見張っていた勝馬の馬鹿が転寝中にお前が送った大量のチンチンに追いかけられる夢を見たらしく、グロッキーになって高野に声をかけようとしたら高野がそのゾンビみたいな表情に気絶したり、さらに高野が勝馬の部屋で目覚めて自分が拉致されたものと勘違いして、毛布を掛けようとした勝馬をコテンパンに殴っちゃって、手を痛めて休んでいる間に勝馬の部屋『北斗の拳』にハマって千尋からのメールに『今サザンクロス』とか言っていたりとかな」
結城は頭をポリポリ掻いた。
「息子さんはもうすでに私の部下が保護しているよ」
長川警部が結城を手で制して火村静子の前に立った。火村静子の表情が変わり、いきなり長川警部に向かって包丁翳して突進しようとしたが、長川はすぐに身をひるがえして、包丁を持った手を掴んで相手の体を回す形で捻り上げ、激痛に火村静子は悲鳴を上げて包丁を取り落とし、それを都が拾うと同時に押さえつけられ、後ろ手に手錠をかけられた。
「返せぇえええええ。私の隆一ちゃんを返せぇえええええええ」火村静子は絶叫した。
「何で…こんなことを」
所轄警察署の取調室で花びらワンピースの火村静子は両手を手錠で拘束された状態で呆然としていた。
「最初からだよ」都は言った。その横で長川が見張っている。
「引きこもっている隆一さんの部屋の外側にロリコンポスターが貼ってあった。引きこもっているはずの隆一さんが部屋の外にポスターを貼るはずがない。あれは貴方が貼ったものだよね」
都はじっと静子を見つめる。静子は答えないが顔をそむけた。
「貴方は彼を心配して見に来る人全てにこの部屋のこのポスターを見せて、息子さんの趣味、というか、多分こういう趣味が本当はなかった可能性が高いと思うけど…を暴露して、彼から人を遠ざけようとした。それと同時に部屋の中に監禁している息子さんを苦しめる事も行っていた」
都が話を続ける中、マジックミラー越しに瑠奈が取調室を千尋と一緒に見る。
「それから」都は静子に言った。
「マックのドライブスルー…ポルシェは外国の車で日本の車とは逆にハンドルがついているんだよね。つまり瑠奈ちんにオチンチンを見せた隆一さんは助手席に座っていて、別に運転していた人間がいたんだよ。隆一さんは自分の意志で瑠奈ちんにそれを見せたのではなく、誰かに強要された可能性が高いって、すぐわかったよ」
都は静子を見た。
「長川警部が全面協力してくれる合図になったのは、私があなたの家の前で貴方から犯人しか知らないはずの秘密を暴露させた時です」
「私は何も言っていないわ!」静子は悲鳴を上げた。
「静子さん、あなたは瑠奈ちんが隆一さんのオチンチンを1人で見たって言いましたよね」
静子を睨む都。
「どうしてそれがわかったんですか。私たちはあの時店にいた事は話しましたよね。なら私たちも一緒に目撃していてもおかしくはない」
「ドライブスルーなら1人で見ていてもおかしくはないわ!」
静子が声を上げた。
「いいえ」都は醜悪なババァをじっと見つめる。
「私たちは一言も事件について、犯人がドライブスルーから見せつけたなんて言いませんでした。私たちがドライブスルーの事を口にしたのは長川警部が合流した後の事です」
じっと都は静子を見つめる。
「高野さんのスマホのGメールを解析したらあんたの家のパソから送信された事もわかった」
長川警部が解析票をテーブルにばらけた。
「つまり高野さんにあれを送りつけたのは母親のあんただって事だ。息子さんが監禁されていた部屋のPCには高野さんの画像があったが、あれはあんたが嫌がらせの為にアップしたものだろう。そして息子さんの部屋のPCはネットに繋がっていなかった。それと部屋の扉もチェックしたが、あれは外部から施錠可能な構造になっていたよ。つまりあんたは20代前半の息子の下腹部を撮影し、それを他人にばらまいたって事だ…。認めるな?」
静子は頷いた。「あれは息子の為なのよ。息子にいい人生を送ってもらうための」
「違うよね」
都は厳しい声で言った。長川が都を見る。都は立ち上がって部屋を歩き回りながら説明する。
「子供食堂とアルバイト先のマック…2つの火村隆一さんの話を聞いてみると、見えてきたものがあったんだよ」
都は天井を見つめる。
「うまく不特定多数の人とお喋りをするのが苦手、一人自分の作業をずっと続けていく方が得意、普通なら暗黙に秘密にしてほしい事を理解できずに悪気なく喋ってしまう。ご飯の分量とか特定の事に物凄く拘りがある…それで私はパッと閃いて、同じような事で中学時代に私に悩みを打ち明けてくれた友達のおうちに行って、いろいろ話を聞いて来たんだよ。それで長川警部に調べてもらったら、新坂東病院のお医者さんが覚えてくれたよ。火村隆一さん、10年前に診断を受けていたんだよね。ASDって」
「違うわ!」
静子が都に手錠のまま掴みかかろうとするのを長川警部は押し戻す。
マジックミラーの向こうで「ASD?」と勝馬がぽかんとする。「アスペって事」千尋が瑠奈と顔を見合わせる。
「火村静子さん。貴方は息子さんがASDだと受け入れなかったんじゃないかな」
都はじっと静子を見つめた。
「隆一はアスペルガーじゃない!」と静子は絶叫する。
「隆一を幼い時から育ててきた私ならわかる。隆一は個性的で頭の良い子だって。それをアスペルガーだっていう医者も友人もバイト先の人間も、宗教か何かの手先なのよ」
火村静子は駄々をこねるようにむちゃぶくれる。
「そうやって…息子さんを支配したんだよね」都はじっと静子に言った。
「そうやって赤ちゃんみたいに泣きわめいて、隆一さんをフォローする人に駄々っ子をした。そうすると隆一さんは言う事を聞くようになった。多分隆一さんは人の迷惑になることを極端に嫌がる人だったんじゃないかな。だからお母さんが暴れると、自分のせいで誰かに迷惑をかけるのを恐れて、お母さんの言う事を聞くしかなかった。それにお母さんは味を占めた」
都はスマホを取り出す。
「このオチンチンの写真は、お母さんが息子に言う事を聞かせる目的で無理やり撮影させたものだよね。お母さんのいう事を聞かないと、これをばらまくって脅した」
静子が目を見開いてガタガタと震えだす。
「火村隆一さんは自分がどういう特性があるのか、ある程度正しく理解していたんだと思うよ」
都は言った。
「だけどお母さんが許さなかったから、お母さんの考える最高の子供として、無理な仕事探しとかをし続けた。高瀬さんは隆一さんがプライドだけは高いって言っていたけど、本当は逆だったんだよ。お母さんのいう通りにしないと自分のプライド…ううん、人として生きていく上での名誉が奪われる。周りの人にもお母さんが不快な思いをさせる。火村隆一さんは苦しみ続けたんだと思うよ」
都が言うと長川が言葉を続けた。
「世の中には子供の名誉を汚す目的で意図的に逸脱行為を学校や友人や地域でやらかしたり、酷いのになると子ども自身に強要したりして、子供が学校とかで孤立するのを見て楽しむ親がいるんだよな。もうそろそろ何かしらの症候群の名前が偉い学者さんによってつくんだろうが。こういう毒親から子供は逃げられればいいが、誰かのフォローや理解が必要な発達障害だとそれが難しくなる」
「それでも何とかして火村隆一さんは逃げようとしたんだよ。だから多分大企業に採用されたとかウソをついてマックで働きだした。障碍者枠で。そして友達の子供食堂を手伝って、何とか誰かの役に立とうとしたんだよ。でもそれが、子供食堂のスタッフからの通報であなたにバレた」
都はじっと見つめた。静子は壊れたように「違う…違う…」と言っていた。
「あれはね。結論から言えば冤罪だったんだ」長川は言った。
「あの少女は誰彼構わず衣服を脱いで裸になって、自分の体を触らせようという癖があったんだ。子供食堂のスタッフの高瀬も加門も同じようにあの子に裸を見せられ、触るように言われたそうだ。2人とも彼女に凄く怒ったようだが…火村隆一だけは怒ったりはしなかったそうだ」
「あの子に性的暴行をしていたのは、あの子のお父さんの上司だったらしいよ」
都は震える静子に言った。
「さっきその子が警察に証言してね。もうその上司とそいつにあの子を差し出した両親は逮捕されてるよ」
都の声は少し震えた。
「児相に聞くところだと、虐待被害児童にたまに見られるらしい。お父さんたちにされた事が悪い事じゃない。それを証明したいという心理が原因だそうだ」
長川はため息をついた。
「子供食堂のスタッフの加門もそれを知っていたが、火村にアウティングされた事が許せず、敢えて黙ってその画像を警察の告発に使って、火村に復讐しようとしたらしい。もう本人が白状したよ」
長川の言葉に静子は「違う…あの子はアスペじゃない!」とつながりのない返事をした。だが都は物凄い剣幕で喚いた。
「しらばっくれないで!」都の顔が怒りで震えていた。
「隆一さんがアスペかどうかなんてどうでもよかったんでしょう!」
静子の顔が驚愕にひきつった。
6
「貴方は隆一さんが発達障害かなんてどうでもよかった。隆一さんが、自分の指示とは別の形で幸せになるのが許せなかったんだよ!」
都は声を上げた。
「だから隆一さんを監禁して、隆一さんと関係のあった人たちに喧嘩電話をかけさせた!」
都は静子に憤怒の表情を向ける。静子は必死で目をそらした。
「それでも瑠奈ちんが伊調さんに言われて家に来た。そして寄りにもよって電話番号を渡してきた。そしてあなたは瑠奈ちんにあの画像を送信。そして隆一さんに強要して、わざわざ左ハンドルの車をレンタルして、隆一さんに瑠奈ちんにあれを見せることを強要した」
マジックミラーの向こうで瑠奈は手で口を押えて体を震わせた。
「ま、まさか…あの動画は」静子が都を見ると、「勿論、瑠奈ちんの演技だよ」
都はじっと静子を見た。
「貴方の家のあのやり取りは、瑠奈ちんが隆一さんの家に監禁されているかもしれないって話をしているように見せかけて、瑠奈ちんが隆一さんを愛していると、貴方に思わせるためのお芝居だったんですよ」
都は無表情で静子を見つめた。
「だって隆一さんが本当は監禁されていたわけですからね。つまり隆一さんが瑠奈ちんを監禁したわけではないとすると、貴方はこう考えるはずだよ。『高野瑠奈は本当に火村隆一を愛している』」
都の目がギラっと光った。
「だから絶対に瑠奈ちんを殺しに来ると私は思ってた。だって最初に瑠奈ちんと私たちがあなたの家に来た時、貴方が後ろ手に刃物か何かを持っていたことくらい、私は気が付いていたから。だからバイト中瑠奈ちんには長川警部がくれた防刃ベストを着てもらったし、こっそり勝馬君に監視して貰っていたんだよ…もう…あなたの負けだよ」
都は言った。
「うばうばうばぁあああ」突然静子はそう言って指をしゃぶり始めた。
「うばばばー。おうちに帰る。お家に帰ってうさぎさんと遊んでもらう…」
「貴方に現実逃避の権利なんかないよ!」
都は大声で叫んだ。その迫力は結城や勝馬もビビるほどだった。都は顔を充血させ小さな声で言った。
「貴方は人を殺したわけじゃないけど、一人の人を何年も地獄みたいな場所に閉じ込めて人生を滅茶苦茶にした。そしてそれで隆一さんが苦しむのを見て喜んでいた。その挙句に私の友達も巻き込んだ」
息を詰まらせるような声で都は言った。
「人殺しと同じくらい、重い罪だよ!」
都は呆然とする静子を見た。そして最初はささやくように言う。
「これからあなたは閉じ込められて暴露される、絶対に耐えられない苦しみを味わうことになります。だけど…あなたがこれから味わう苦しみなんて、隆一さんの今までの苦しみを考えれば、何でもありませんよ!」
都の形相に我に返って現実を見た火村静子は「うわぁああああああああああ」と絶叫して頭を押さえた。
「どうだ。火村隆一は…落ち着いたか」
廊下で長川は部下の鈴木に聞いた。
「いや、まだ怯えていて、全く事情聴取になりません」
「あの」高野瑠奈が声をかけた。
「私、火村さんと話をさせてもらっていいですか」
「瑠奈ちん」都は瑠奈を見た。
「そんな事瑠奈ちんはしなくていいんだよ。だって瑠奈ちんは被害者なんだから」
「都だってただの高校生じゃん」瑠奈は都に笑いかけた。
「でも山形の事件とか岩本の事件とかで戦ったよね」瑠奈の笑顔は力強かった。
「だから私にあの人と話をさせて」
瑠奈は言った。都はじっと瑠奈を見つめていたが、笑顔で頷いた。
取調室で呆然としている火村隆一。デブの眼鏡の無精ひげの男は都と瑠奈を見て、怯えた声を出した。
「あ、あ…。ごめんなさい…」
「大丈夫だよ」都は笑顔でパイプ椅子に瑠奈と座った。
「お母さんが全てを白状した。無理やりやらされていた事はわかっているよ」
都は火村を見る。
「だから辛いかもしれないけど。あのマックのドライブスルー。なんでこんな事になっちゃうのか、話して欲しいんだよ」
「で、でも言い訳になっちゃいますし」火村隆一は顔を振った。
「あなたの言う事を言い訳って言う人をこれからは信用しなくていいよ」都は言った。
「やっとあなたに会えたから。貴方の話を聞きたいんだよ。本当の話を」
火村は瑠奈を見て、都を見た。繊細で温厚そうな顔が無精ひげの向こうに見えていた。火村隆一は話始めた。
「あの女に強要されたんです」火村は頭を抱えた。
「あの女。僕に選ばせたんだ。僕が瑠奈さんに露出をするか。あの女が瑠奈さんの個人情報をインターネット上に流して、世の中にいる変態性欲を持った人間をN番部屋みたいにけしかけるか…。どちらも…瑠奈さんを傷つけることになるのはわかっていました。だから僕は露出の方を選んだんです。だってそうするしかないじゃないですか。瑠奈さんの安全を守るには…。あの女が運転する車で瑠奈さんに露出をしたとき…瑠奈さんが怖がっているのが見えました」
火村静子が運転するポルシェの中で、火村隆一は頭を抱えてもだえ苦しんでいた。それを火村静子は笑顔で見つめていた。嬉しそうなホクホク笑顔で。
「本当にごめんなさい」
火村隆一は頭を下げた。「許してください。本当に許してください! 瑠奈さんを傷つけてしまった…本当にごめんなさい」
「そう…だったんですね」瑠奈は声を震わせて自分の肩を抱いた。
「あれを見たとき、本当は怖かった…でもそれは火村さんもそうだったんですね。他人に性的な行為を強要される…それを見せるように強要される…。ずっとそういう目にあってきたんですね…」
瑠奈は下を向いていたがふと顔を上げた。
「火村さん」
瑠奈はじっと火村を見つめた。
「貴方も私も火村静子の被害者です」
瑠奈ははっきり言った。「だから火村隆一さんは謝らないでください」
瑠奈は笑顔で言った。
「伊調店長は事情を私から聞いたら、戻ってきてほしい…そう言っていたよ」
都は言ったが、火村は首を振った。
「僕は瑠奈さんを怖い目に合わせた…それにもう僕は、この世界で生きていく自信がありません。生きていくのが怖い!」
「長川警部から聞いているよ」都は言った。
「実名でネトウヨや気持ち悪いストーカーを演じさせられたりしていたんだよね。インターネットでお母さんに」
「もう僕はあの女が作った存在として生きていくしかない。外に出て…そんな存在として生きていくのが怖い…」
火村隆一はガタガタと震えていた。
(当然だな)マジックミラー越しに結城はため息をついた。
「本当にそうかな」
都は目をぱちくりさせた。「火村さんは火村隆一さんとして生きていく土台を作っていると思うよ。火村さん自身の手で」
火村が顔を上げた。
「子供食堂のあの女の子ね。火村さん以外にも服を脱いで裸を見せようとして、高瀬さんと加門さんは厳しく怒ったみたいだよ。加門さんは『こんなおかしなことをしないで!』って言ったらしい。だけど、火村さんだけは怒らなかったんだよね。あの子に火村さんだけは間違っているとかおかしくなったとか、そういうことを言わなかった。その子がどうしてそんなことをしなきゃいけないのかを一緒に考えようとした」
都は火村を見つめる。
「どうして、あの子が長川警部に今まで庇っていた両親の事を言おうとしたのか。あんな女の子が思い出すのも恐ろしい事を警察に言おうと思ったのか」
都は火村を見た。火村の目が見開かれる。
「火村隆一さんが自分のせいで逮捕されないか、心配だったからだよ。あの子にとってあなたは守らなければいけない存在だった」
「そして私も助けようとしたんですよね」
瑠奈は火村を見た。
「また一緒に働ける日を待っています」瑠奈は笑った。
火村の目から涙が出てきた。そして下を向いて見開かれた目から涙がボロボロ出ていた。
「本当の火村隆一さんを待っている人が何人もいるんだね」都の言葉に火村隆一は慟哭した。
「ああああああああああああああああ」
号泣する火村隆一を島都と高野瑠奈はじっと見つめた。目の前の男は狂人の牢獄のような呪縛から解放されて、子供のように取調室で泣きじゃくった。
「しかし胸糞悪い事件だったな」
翌日高校の廊下を歩きながら都、千尋の横で結城が言った。
「ああ、長川警部から聞いて来たぜ。加門については火村が罰を望まなかったこともあって、起訴猶予になるそうだ。どうも加門は火村に自分のセクシャリティを秘密にするよう具体的に頼んでなかったようでな。そのことを深く反省しているようだ」
「それで、火村母は何の罪に問われそうなの。強要とか」
千尋が聞くと結城は「いや」と声を上げた。
「あのババアは高野の身の安全を脅迫材料にしているが、強要罪は自分や親族に害悪を与えることを通知しないと成立しないそうなんだ。火村と高野は親族じゃないから強要罪は成立しない。3か月以上7年の逮捕監禁と3年以下のリベンジポルノ防止法や高野への脅迫罪、あと高野に対する殺人予備や長川警部に対する殺人未遂、これらを全部ひっくるめればまず実刑は免れないそうだ」
結城はため息をついた。「あんなの絶対娑婆にいちゃいけない人種だぜ。下手に執行猶予が付きでもしたら、高野の安全がヤバいからな」」
「そっか!」千尋は素っ頓狂な声を上げた。
「それで都はあんな手の込んだ罠を」
「ほえ」都は目をぱちくり千尋に向かってさせた。千尋は「いや、何でもない」と首を振る。
「それで、高野と勝馬は部室にいるのか」結城が問うと千尋は「うん」とため息をついた。
「ちょーっと新しい展開が合ってさ」
と探検部部室で北斗の拳単行本片手に問題を出す高野瑠奈。
「え、ええと『あべし』でしたっけ」と勝馬。
「違うよ。『おろら』だよ」と瑠奈。
「北斗の拳に完全にハマっちゃったね」と千尋がため息をつく。都と結城は目をぱちくりさせ、お互いに顔を見合わせた。
おわり