イシマタクロウという呪い【5-6】【解答編】
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RV車に乗っていた人物がゆっくりと車を降りてきた。 勝馬はその人物を見て目を見開いた。 出てきたのは青野日葵だった。 おさげの少女が緊張した面持ちで出てくる。日葵は都と勝馬を怯えたようにじっと見つめた。都はにっこりと笑った。
3時間後、県警常総警察署の取調室に三浦全が座らされていた。
「おや」三浦はヘラヘラ笑いながらその人物を出迎えた。 小柄な女子高校生島都だった。きょとーんとした表情の都。 背後に長川警部が立っている。
「どうしたんだい。瑠奈のお友達が出てきて。 僕に罪を認めてってぴえんしながら説得にでも来たのかな。 でも僕はやっていないんだなぁ。 なぜなら僕の自家用車は使われていないんだからね」
「あ、それはおいておいて」
都はびしっと手を振って、三浦の笑顔を挫く。
「私はもう一つ別の事件を調べていたんです。そう」
都は三浦の前に座ると彼の顔を見つめて言った。
「貴方がイシマタクロウさんを殺害した事件ですよ」
都の笑顔に三浦の余裕の表情が消えた。長川は都の横で話を受け取る。
「 貴方は2年前に自分の店でアルバイトのイシマタクロウさんを木刀 で殴り、 その後車で運んで水戸のさらに北の国道を走って日立まで運んだ。 その後は岸からイシマさんを遺棄したんですよね。 イシマさんを水の底に沈めて、存在自体を隠滅するために。 イシマタクロウさんは日立で県警が発見確認しました。 そして2年前の貴方が遺棄現場近くの国道を走っているのをオービ スが記録しています。あと指紋も出ていますよ」
「はははは」
三浦は笑った。
「警部さん。嘘ですよね。 349号線にオービスなんてついていない。 嘘をついて僕に罪を認めさせるつもりだったのでしょう。 スーツケースにしろ、僕の指紋が本当についていたんですか。 川とかに流されて2年も沈んでいて、 本当に指紋がついていたんですか」
三浦はニチャァとゲス笑いを浮かべる。
「あっちゃー、バレちゃったね」と都は長川を見た。
「ああ、 確かに今の質問は貴方を自白させるためのフェイクでしたよ。 おかげで貴方は3回も罪を告白してくれましたから」
長川は三浦を見て不敵に笑った。三浦は突然目を見開いた。
「わかったみたいだね」都はガタガタ震える三浦に静かに言った。
「まず普通日立で水中に沈めたって言えば、 海を連想するはずだよね。だって日立は海沿いの街だし、 国道だって6号線だよ。349号も日立を通っているけど、 常陸太田市との境界線を数キロ走るだけ、 その間には山の中の小さな集落しかない。 しかも私たちは死体がスーツケースに入れられていたなんて一言も 言っていないのに。 どうしてスーツケースに入っていたとか言っていたのかな?」
長川は蔑むように笑った。
「そ、そんなの…そう思っただけだ…証拠なんてどこにもない」
と三浦は発狂したが、 その時取調室のドアが開いて鈴木刑事がやってきた。
「長川警部。証言が取れました。やっぱり犯人は三浦店長ですね。 はっきりと証言しました」
鈴木は長川に報告する。
「証言…証言って何だよ」と三浦全。都は言った。
「貴方が殺しそこねた、石間拓郎さん本人の証言だよ」
「石間さんは生きていたんです」
取調室で都は言った。三浦は顔面蒼白だった。
「 スーツケースが川岸に流れ着いたのを女の子が見つけて里親さんと 一緒にケースを開けたら、 石間さんは重傷でしたが生きていました。 ただ里親さんは警察には通報しなかったようですね。 理由は石間さんの記憶があいまいで、 体に明らかに虐待の痕跡があった。 下手に警察に通報すると彼が加害者に再度連れていかれてしまうと 考えたからだそうです」
都は説明した。長川も補足する。
「里子の女の子の家が親の上司に精神的支配を受けて崩壊し、 警察は何もしてくれなかったから、 あの一家は不信感を持っていた。 だから彼を自分で保護する事にしたそうだ。 押し入れの中にあった木刀とスーツケースは状況が何か変わった時 の保険だったらしい。さて」
長川は資料を取調室の机にばらけて見せた。
「石間さんが失踪したのは台風の翌日。日立市山間部の里川もかなり増水していたそうだ。あの中にスーツケースごと投げ込めば、絶対に見つからないと思ったか。石間さんは全て話してくれたぜ。お前に6時間以上ひたすら殴られて、目が覚めたら、里親さんの家に寝かされて中学生の女の子が介抱してくれていたそうだ。肋骨4本骨折。腕の骨も折れて顔もボコボコだったらしいな。酷い事をしてくれるぜ」
長川は怒りをにじませる。
三浦は必死で言い訳を考えていた。 女様みたいなヒステリーな存在に俺が巻けるわけが。
ここで都が手のひらをバンと机に叩きつけ、三浦は「ひゃ」 と可愛い声を出した。 15歳の小さな女子高生が物凄い目で三浦を見ている。
「さて、今度は貴方が私の友達を傷つけた話をしましょうか」
「お前の仕掛けたトリック… と言ってもそんな大層なものじゃないがな」
と長川は鼻で笑った。
「レンタカーだろ。 それで自宅にある車と同じ車種のブツをレンタルしてそれを犯行に 使ったんだ。レンタカー店を足で探ったら、 2店舗目でお前を覚えていたスタッフがいて、 免許証もばっちり確認され記録も残っていたよ。 その車を鑑識に掛けたら、高野さんの指紋と、 お前の体液がばっちり。走行記録も犯行を裏付けていた」
「長川警部もこんなトリックすぐに想定して動いていたよ」
都は言った。
都は過呼吸になりそうな三浦全を見つめひひひーと笑った。「 これでもう言い逃れは出来ないよね」
「こんなトリックで警察騙せると思ったのか」 長川は呆れたようにため息をついた。
「何で」
三浦はうわごとの様に言った。
「何でこれをあいつが」
「殺されると思ったからに決まっているじゃん」
都の声が震えた。
「瑠奈ちんはね。貴方にレイプされるとき、 もうこれで殺されるんだって思ったんだよ。 もう自分は死ぬって本気で思ったんだよ。 だから私にイルカのキーホルダーを託した。 私が犯人をちゃんと見つけて、もう誰も被害者が出ないように。 そして犯人さえ分からない地獄の中で、 パパママや陸翔君が悲しまないように‼ たくさんお金を払って犯人探しとかしてずっと苦しまなくていいよ うに‼ お前は瑠奈ちんに負けたんだよ。瑠奈ちんのおかげでもうお前は刑務所に行く」
都の目が怒りで見開かれた。怒りでわなわなと震える都の顔。 長川はそれを横目で見つめた。 都はそこですとんと笑顔になって言った。
「良かったよ。 あの村まで言って石間拓郎さんの殺人未遂を立証出来て」
都の笑顔が冷たくなった。
「だって、 これで少しでも長く瑠奈ちんが生きている世界から三浦さんを消す 事が出来るもんね…」
「そのためにお前は日立の山の仲間で言っていたのか」
と長川が戦慄する。
「うん、部の皆にはちゃんと言ってあるし、 知ってて協力してもらった」
都は長川を見つめた。
「 だって行方不明の石間拓郎さんそっくりな人が県北の川にいました ってだけの話じゃん。 普通に三浦さんのお店で働くのが嫌になって逃げたとかそっちの方 がずっと可能性が高いよね。 だけどもしかしたら三浦さんは石間さんに暴力をやり過ぎて大怪我 をさせてしまって、 石間さんを山に捨てに行ったとかもしそういう事があれば、 この人をもっと長く刑務所に入れておけるかなって思ったんだよね 。 だから押し入れの中からスーツケースと血だらけの木刀が出て来た 時、私すっごく嬉しかったよ」
都の笑顔は、 あの時平の家で木刀にまかれたアルミホイルに映り込んだ邪悪な笑 顔そのままだった。そう、あれは都自身の顔だったのである。
「お、お前」 恐怖と怒りがごちゃ混ぜになったような声と表情で三浦全は喚いた 。
「お前そんな理由で、俺の犯罪を暴いたのか。 2年も前にあんな出来損ないのゴミを山に捨てだけの話を」
「ゴミを捨てただけ…だと」 長川が怒りで顔を歪ませるのを都は手で制すると、 三浦に顔を近づけた。
「いい事を教えてあげる」
都はぞっとするような目で三浦を見つめた。
「 何で石間拓郎さんとかかわった人がまるで呪いにかかったかのよう に、突然凶暴になったりおかしくなったりして、 次々逮捕されるようになったのか。 私はあの村の熊さんの絵を見たときにすぐにわかったよ。そう」
都の目は怒りで瞳孔が広がりきっていた。 それが彼女の無表情さを際立たせていた。
「石間拓郎さんには本当に悪魔がまとわりついていたんだよ」
都は恐怖に震える三浦に言った。
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「石間拓郎さんには本当に悪魔がまとわりついていた。そう、お前らみたいな悪魔が」
都の表情がさらに冷たくなる。
「熊ってね。基本的に人間を怖い生き物だと思っているんだって」
都は突然話を飛ばす。三浦は硬直したままだった。
「私たちが小さな灰色宇宙人に夜道で出会うとびっくりするように、熊も人間を恐ろしい存在だと思っている。だから出合頭でびっくりしちゃったりしない限り熊さんは人間を襲わない。熊鈴をつけるのがいいのは、人間の存在を熊に知らせる事で出合い頭にならないようにするのが目的なんだって。だけど」
都はここで冷たい表情で三浦を見た。
「一度人間を襲った経験のある熊は、人間を餌だと学習しちゃっているんだよね。そういう熊の前では熊鈴をつけると人間によってきて逆に襲われちゃうし、もう人間の方から対策する事は出来ない。ハンターが撃ち殺さない限りは人間は何人も食べられ続けるって事なんだよ」
都は小さくため息をついた。誰も何も言わず、都は話を進める。
「そして私思うんだけど、これって人間も同じだと思うんだよね。人間を同じ尊重しなきゃいけない存在だと思わずに、いじめで苦しめて言い、傷つけて奪っていい、奴隷みたいに扱っていい。そういう風に学習してしまった人間は、もうそれを動物として学習しちゃうんだよ。石間拓郎さんは子供の時から親に呪いをかけられて、いじめに抵抗したり、理不尽なことをされた時に自分を守ることを禁止された。そして誰に何をされてもされるがままの状態になっちゃったんだよ。それを見て、お前も、村田も、鹿背山も学習しちゃったんだよ。人間は傷つけて苦しめて奪っていい存在なんだって…そして逮捕された。こうなったら熊みたいに殺されてもいいんだろうけど、人としての形をしているせいで、これから人として裁判を受けて罪を償う事になる。だからさ」
都は震える三浦に顔を近づけた。
「誰もお前に人としての反省や後悔なんて望まないから、動物として学習しろ。お前がやったことがどれだけの事なのか、少しでも長く」
「この野郎。女のくせに」
三浦は喚いてパイプ椅子を振り上げ都を攻撃しようとした。だがすぐに長川に軽く手でバランスを崩され、パイプ椅子と一緒に無様にひっくり返った。都はにっこり笑った。
「これから行くところにはお前を弁護してくれる人はいるけど、お前を理解して賛同してくれる人は誰もいない」
三浦はガタガタ震えだした。そして「うわぁあああああああ」と絶叫しながら頭を押さえ、取調室の床に蹲った。
ピーメント山田はDMで受け取った高野瑠奈の履歴書の写真を瑠奈のメールに送った。
―こんばんは。私はピーメント山田と申します。高野瑠奈さんは今回の意見の被害者なのですよね。是非取材をお願いしたいのですが。
瑠奈は自室のベットでパジャマ姿のまま天井を見つめていた。ベッドで仰向けになった時、いつもの仕草でパジャマの胸に手をやった時だった。あの時の痛みが蘇り、うううっと苦しそうに両手で口を押え、洗面器に吐いてしまう。瑠奈は真っ青になっていた。自分の女の子の体そのものがあの時の記憶を想起させるスイッチとなってしまっていた。自分の体が自分のものでない感触。そんな瑠奈をさらに恐怖させるメールが、スマホに届いた。
その文面を見たとき、瑠奈は胸と首を押さえた。恐怖で肺が広がらないのだ。心臓が狂いそうな鼓動を立て、「あ、あ、あ」と壊れたような声をあげて苦しむ瑠奈。何とか真っ青になった顔で瑠奈は呼吸をするアイテムを部屋の中で探した。何とか呼吸を体にさせるアイテム。その時、部屋の中のカッターナイフが彼女の目に入った。
「本当にありがとうございました」
「良かった。お兄ちゃん、友達いたんだ」と青野日葵が笑顔で笑った。
「あの」と石間拓郎は都の前に歩み出た。
「その、僕のせい…ですよね…」
石間が体を震わせて顔を赤くしている。都は目をぱちくりさせた。石間は言葉を続ける。
「僕はやっぱり人を悪魔にしてしまう。壊してしまう。それで大勢の人を不幸にしてしまった。君の友達も僕のせいで…ごめんなさい」
石間は号泣しながら頭を下げた。
「あんた馬鹿じゃないの。そんなのあいつらが悪いに決まっているじゃん」と加藤シャーロットが泣きながら激怒する。
「石間さん」都は目をぱちくりさせて石間拓郎を見上げた。
「今のは、日葵ちゃんを傷つける事だと思うよ」
石間は目を見開いて都と悲し気な表情の日葵を見た。
「だって石間さんに責任があるんだとしたら、何で2年も一緒にいた日葵ちゃんは、石間さんの為にこんなに悲しまなくちゃいけないのかな」
石間は目を充血させ怒っている日葵を見つめた。
「平さんも。石間さんの周りで人が壊れていく理由には気づいていたんだよね」
都は平信二を見つめた。「だったらもう石間さんを信じてあげていいんじゃないかな」
平は目を閉じて頷いた。「君には学ばされたよ。しかし、どうしてここまで拓郎の事をわかってあげられるんだね。それも熊のイラストなのか」
と平の質問に都は「うーん」と小首を傾げていった。
「熊さんは私が説明するヒントをくれた感じかな。だって」
都は笑った。「私なんて何十人も知り合った人が殺人犯になっているんだよ」
「じゃぁ、私瑠奈ちんの家いってくるから」
「ふぇええ」都はため息をついた。
「私何やっているんだろう。友達を傷つけられた憎しみにずっと動かされていたよね」
都は暗い路地を見つめる。「石間さんが殺されかけていてくれてよかったーなんてサイテーだよ」
「別にいいんじゃね。だって石間さんが殺されかけた事件も証明したわけだし、別に誰も傷つけていたわけじゃないじゃん。石間さんと加藤先輩も再会できたんだし。石間さんだってこれからはもっと前向きに生きていけるって!」
千尋は都の肩をポンポンした。
「あ、瑠奈ちんメールくるのが怖いらしくって、私スマホ切ってくれていいよって言ってある」
と都はチャイムを押した。弟の陸翔と秋菜が出てきた。
「師匠‼」
秋菜が嬉しそうに都と千尋を出迎える。
「秋菜ちゃん。瑠奈ちんは」と都が聞くと「上で休んでいます」と秋菜は言った。
「そ。じゃー。寝顔にいたずら書きしますか」と千尋はそう言って都と階段を上がっていく。そしてそーっと瑠奈の部屋のドアを開けた。
瑠奈がベッドの上で蹲っていた。パジャマの背中が震えている。
「姉ちゃん」と陸翔。都は瑠奈の蹲った体から血糊が白いシーツに広がっているのを見つめた。そして小さな声で言った。
「千尋ちゃん。救急車」
都は震える瑠奈を抱き起した。ベッドの上にはカッターナイフ。大量の血液が手首から出ていた。瑠奈は顔面蒼白になっていて都を見つめると怯えたように都に言った。
「違うの…都…自殺とかじゃない。ごめんなさい。ごめんなさい」
しかし都はすました顔で目をぱちくりさせると、ハンカチで瑠奈の腕をぎゅっと縛って止血した。
「わかってるよ」都は笑った。瑠奈は堰を切ったように話す。
「ベッドの中で怖くて…息が出来なくて…気が付いたら、手首を切っていて。痛くなったら息が出来るようになって…。血が見えていたら安心できて。私オカシイ…オカシイよ」
「おかしくないよ」
呆然とする陸翔、秋菜、千尋の前で都はにっこり笑った。
「息が出来ないくらい怖くて、息が出来るようになれるのなら、手首くらい私だって切っちゃうよ」
自分も血まみれになりながら、縛った瑠奈の右手を上にあげた。
「うわあああああああああ」安心したのか瑠奈は都に縋り付いて号泣した。都は頭をなでなでしてあげた。
「大丈夫、瑠奈ちんは絶対大丈夫だから。瑠奈ちんが生きようとしているのはちゃんとわかっているから」
「そうだ…」
通報を終えた薮原千尋は子供の様になく瑠奈を抱きしめる都を見て思った。島都は完璧な探偵じゃない。今回の行動も高校生探偵としては失格なのかもしれない。でもだからこそ、だからこそ都は血だらけになって怯える瑠奈にこんな事を言ってあげられるのだ。
瑠奈はそれから頑張って探検部の部室に帰ってきた。
おわり