イシマタクロウという呪い【3-4】
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「ここみたいですね」
「へー、こんなかわいい熊さんが出るんだ」目が輝く都。
「こんな堅気の熊とは戦えませんね」と勝馬。 都はじーっと熊を見つめてふと何かに気が付いたようだった。
「ここからどうやって探します?」 勝馬は熊みたいな体をキョロキョロさせる。
「勿論、これを使うんだよ」
都はイシマタクロウの顔写真と「この人知りませんか」 の文字がプリントされた紙をずいっと突き出す。
「これを村の人に見せて」
都はベンチに座っているばあさまにこれを見せる。
「おばあちゃん、この人知りませんか」
「おおお、知っておるよ」おばあちゃんがケラケラ笑う。
「早‼」勝馬が素っ頓狂な声をあげた。
「おおおおおお」
都は手をぱちぱちする。これは幸先いいと思った。 だがやってきたのはおじいちゃんだった」
「じいさまぁ」「ばあさまぁ」 2人は手を取り合ってキャッキャうふふする。
「あ、じい様。この子たちがじい様に用があるんじゃて」
おばあさんはじい様に言ってくれる。 だが勝馬も都も目を点にしたままだった。
ミニバンタイプのコミュニティバスが集落の真ん中の停留所から発 車していく。
勝馬はひっくり返った。
「勝馬君。前のオリンピックはそんな時代じゃないよ。 確か室町時…」
都はそこまで言ってからバスを降りた女子中学生、 2人ともラケットを持っている…にぴょんと駆け付けて、 手製の尋ね人ペーパーを見せる。
「この人を知りませんか?」
「この人?」ショートヘアの少女が「ああ」 と口を開きかけたとき、おさげの方の少女が「知りません!」 と慌てて声をあげて友人を遮った。
「そうそう、知らないです」
とショートヘアの少女は慌てておさげの少女に顔を合わせる。 おさげの少女はショートヘアの少女の手を引っ張って走り出した。
「やっぱり知らないみたいですね」
「待っていました」
おさげの少女は友人と別れて段々畑を歩いている時に、 ふと振り返った。 ヘルメットに黄色いベストをした変な人が赤い棒を振っている。 周りには段々畑しかない。少女は家の前で再び振り返った。 さっきの人がお地蔵さんに向かって誘導行動を取っている。 おさげの少女の頭の中で本当に怖いBGMが流れた。
「お父さん、お父さん!」
おさげの少女は大慌てで玄関に駆け込んで、 赤ら顔に毬栗頭の壮年のいかにも田舎な格好の男性、平信二( 55)を呼んだ。平が「どうした」と声をあげると、 おさげの少女、青野日葵(14)が「 工事現場の人形のコスプレをした変な人にストーカーされているの 」と大声で叫んだ。
平が外に出てみると、 何もない道路の真ん中で工事現場の誘導をしている変な青年が不細 工な顔をしかめて、 擬態行動を成立させているかのように棒をひたすら振っている。
「何しているの」
平がジト目で勝馬に声をかける。
そのころ都は平の自宅である日本家屋に入り込んだ。 縁側は全開であり、簡単に中に入ることが出来る。
「お邪魔します。 もし入っちゃダメなら入っちゃダメって言ってくださーい。 はーい、入っちゃいまーす」
そう言いながら都はちゃんと許可を取って縁側から中に入った。 室内には勉強机が2つ。 そして大勢の子供たちに囲まれている平信二の写真があった。 ふと押入れが見えたので開けてみると、 厳重にビニールコーティングされたスーツケースが出てきた。 かなり大きく大人でも頑張れば入る。 都はそのケースを軽く持ち上げてみて重さをチェックしてみた。 さらに押入れの奥にあるものを引っ張り出してみる。 それを手にして都は目を見開いた。 ビニールコーティングされたそれは血だらけの木刀だった。 木刀の柄の部分はアルミホイルで撒かれているが、 そこに一瞬邪悪な笑みを浮かべる顔が映り込んだ。
都はふっと顔を上げた。 誰かに見られているような気配がして振り返ったが、誰もいない。 都は木刀とスーツケースを押し入れにしまう。
都は庭に出てみると、
「うちの娘にストーカーするとはいい度胸じゃないか」
と平が勝馬を詰めていた。
都は黄色い帽子に赤いランドセルを着用する。説明しよう。 これは島都ちゃんが尾行の時、 いつどこでもJSに変装可能な特殊アイテムなのだ。
「今日も学校楽しかったな。早く帰って宿題しなきゃ」
わざとらしくスキップして現れる島都。
都はそう言って勝馬の腕に抱き着いてそのまま引っ張っていった。
「な、なんだ…あれ」平が呆気にとられた声を出す。
「あの人、イシマタクロウを探してた」
と日葵。それに平は「何だって!」 と青ざめた表情で娘を見つめる。 そんなやり取りを植込みの間から無表情なイシマタクロウのこの世 のものとは思えない青白い顔が見つめる。
「ああ、平さん」
公民館の和室で俳句を呼んでいるおばあちゃんAが、 俳句の紙を手にする都に言った。
「知っているわよ。だって、元県議だもの。 それでいて誠実で低姿勢で、 しかも大勢の子供たちの里親になっていて。とても立派な方よ。 ホラ、見せてみなさい」
おばあちゃんAは都の俳句を見た。
「-目玉焼き、たこさんつけて 食べたいな」
「うふふふふふふ、可愛いわね」とおばあちゃんB。
「今もあのおうちにはいっぱい子供がいるの?」と都。
「そのタクロウさんてどんな人なんすか」と勝馬君。
「-ケンシロウ、北斗残悔、積歩拳」
「ちなみに私はジューザ様推しよ」
ばあさまの告白にΣ(・ω・ノ)ノ!という表情の勝馬。
「イシマタクロウか」
「小学校の頃はどんな奴でしたか。 こいつに関わった人間が真人間だったのが突然凶暴になって、 犯罪者になって次々捕まっていると聞いているんですが」
「そうなの?」
女子大生加藤シャーロット(18)は怪訝な顔をした。
「どんな人間だったのか教えていただきたいのですが」と結城。「 例えば小学校時代、サイコな一面があったとか」
「あ?」 加藤シャーロットは途端に物凄く怖い目で勇気を睨みつけた。
「私たち、好奇心とかで聞きたいわけじゃないんです」 と千尋が横から声を出す。
(そういえば、 私ら何でイシマタクロウの事を調べているんだろう)
「わかった」加藤シャーロットは答えた。
「ただ君らの予想と違って、 イシマタクロウは真面目で大人しくて親切な奴だったよ。 ちょっと不器用で物の理解が遅いところはあったし、 サイコ呼ばわりもされていた。 だけどサイコ扱いしていたのはあの村田ってセンコーだよ」
「あのー」結城がおずおずと聞く。
「その村田照男っていう教師。 イシマタクロウに出会う前はいい先生だったって話は本当ですか」
「悪い噂は聞かなかったね。 ただあのセンコーがイシマに目を付けて虐めるようになってから、 周りも虐めるようになってさ。 だけどあいつ親にもあんまり愛して貰っていなかったから学校や住 む事が許されなくて、毎日学校に来ていたよ。 どんなに先生や生徒に酷いことされてもニコニコニコニコしてさ。 確かにクラスの雰囲気は悪くなっていったかもしれない。ああ、 村田が捕まったころにもう一人鹿背山アリスってうちのクラスメイ トが恐喝で捕まっているんだけど。 あしつも元々は優しいいい子だったんだけど… イシマと同じクラスになってから性格が歪んだんだよね」
「知っています」結城は言った。 加藤シャーロットはため息をついた。
「少なくともあれは性格が歪んだのはイシマのせいじゃないよ。 村田にエコひいきされていてさ。 エコひいきされるのって割と虐められ要素だから、 焦った鹿背山は咄嗟にイシマを虐めるようになったんだよ」
シャーロットはふと明後日の方向に言った。
「あいつ生きているかな」
ふとその目に涙が浮かんだ。
「バイト先の回転ずしでも酷い目に遭っていたらしいよ。 給料を全部取り上げられて、店長の家のバラックに住まわされて、 奴隷みたいな扱いを受けていたって話は聞いていた。 一応警察には言ったんだけどさ。何もしてくれなかった。 両親もあいつの弟にばかり愛情を注いでさ、 あいつが酷い目に遭っても無関心。そして2年前に行方不明…」
「2年前から」
と都がおばあちゃんの前で目をぱちくりさせる。
「ええ、あの子は里子じゃないわ。 2年前から平先生の家に住んでいて。働き者で大人しい子だよ」
おばあちゃんBはそう言った。
「2年前って」勝馬が都を見つめる。
「うん、あのタクロウって人はやっぱりイシマタクロウ… 2年前に失踪したあの人だったんだよ」
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「って事は、やっぱりこの村に周囲を悪魔にする謎の人物、 イシマタクロウは存在したって事ですよね」
と勝馬が都に耳打ちする。
「あのー」
勝馬がふと老婦人たちにシツモーンする。
「 イシマタクロウって人に関わった人でいい人だったのに急に凶暴に なって犯罪者になっちゃった人っていますか?」
都の言葉におばあちゃんたちは顔を見合わせた。
「そんな人はいないと思うけど」
「ただ」おばあちゃんAが思い出したかのように声をあげる。
「平先生、 あまりタクロウ君を誰かに関わらせないようにしていたかな。 彼が誰かと喋るたびに怖い顔をしてじっと見ているのよ」
「あー、そういえば」おばあちゃんBも合点する。
「 何か悪い事が起こるんじゃないかという感じでいつも監視している のよね」
「監視…」と勝馬が呆然とする。
「勝馬君」
都は公民館の前で勝馬に言った。
「エッチな本ですか」
「ひいっ」と勝馬が目を見開く。
「これって殺人の凶器。そしてスーツケースにはまさか死体が」
だが都は首を振った。
「重さを確かめてみたけど、 あのスーツケースには何も入っていないみたいだった。勿論、 前には入っていたのかもしれないけど」
「ただそう考えたとき、ちょっと変なんだよね」 女子高生探偵は考え込む。
「 あの凶器の木刀やスーツケースをコーティングして保管する理由が わからないんだよ。 だって殺した凶器や死体を運んだスーツケース。 捨てちゃった方がよっぽど安全じゃん」
「確かに」勝馬が唖然とする。都はさらに考え込む。
「それにこの凶器を使って人を殺すか傷つけた人間が、 隠れているかもしれないイシマタクロウって人なのか平さんなのか … だとしてもこれをビニールコーティングしてまで持ち続ける理由は …やっぱり」
都は何か考えが浮かんだようだった。
「ちょっと待てよ」
結城はファミレスで考え込んだ。
「じゃぁ、 イシマタクロウって男を酷い目に合わせた人間が何人も罪を犯して 今警察署の同じ留置場にいるって事かよ。 しかもイシマタクロウとは別の案件で」
「ただ、イシマタクロウがこいつらを洗脳したのか、 DQNになるように焚きつけたなんて事はないから。 アリスの場合は村田のエコひいきから自分を守るためにいじめっ子 になってしまった。他の連中にも何か別の理由があるんじゃない? 」
加藤シャーロットはメロンソーダをちゅーする。
「何か知っていませんか?」
結城が聞くと、加藤は「 村田とイシマの親については何も聞いていないなぁ」 と首を振った。
「ただイシマの親は結構変なスピ団体にハマっていて、 イシマタクロウに変な教育をしていたって中学生の時本人から聞い たことある」
「何だこの団体。何々? -LGBTと発達障害を受容しない子育て。 子供が健全に成長しようとする自己免疫を最近のリベラルが提唱す る『受容』という概念が妨げています。 子供のありのままを受容せず健康な子供になるために一切甘えさせ ない子育て。これが『ドント・アクセプト』の考えです―って?」
千尋がげんなりとした声を出した。
「おいおい」 結城が幾分呆然とした表情でスマホの液晶を見つめる。
「ここに出ているこいつ。ピーメント山田じゃねえか。ホラ、 この前都が言っていた迷惑系YouTuberの」
団体代表と握手しているのは確かにデブの迷惑系YouTuber 、ピーメント山田だった。
「こんな奴が広告塔で、子育て親とかが集まるのか?」
結城はため息交じりに言った。だが千尋は冷静に答えた。
「ピーメント山田みたいなキャラって、 一部の大人にはかなり受けているらしいよ。 倫理とか法律とかで制御できないひたすら弱い人を苦しめて暴れま わる。それでいて親に対しては無償の愛を見せつける感じの? ピーメントだって親に家宅捜索が入った時にYouTubeで泣い て親の愛を叫んでいたよね」
「てかそんな乱暴な奴に自分の息子がなったら、 普通は親として恥ずかしくないのかな」と千尋。
「うちの母親が言っていたけど、先生を交えた保護者会で、 石間の母親が、自分の子供のダメなところをバンバン言って、 それでどんどん虐めてください。 そうすればうちの子は子供は鍛えられますって言っていたらしいよ 。あとその団体への勧誘もしてきたみたい」
と加藤シャーロットがため息をついた。
「キチママ案件だこりゃ」千尋はため息をついた。
「 ひょっとすると村田って先生がおかしくなったのはこの衝撃体験が 原因なんじゃ」結城はため息をついた。
そのバイクのミラーに一台の黒いRVが映り込んでいる。 後方をゆっくりとつけてくる。
「勝馬君。ちょっと横道に入ってくれるかな」
都は大声で言うと、勝馬は「おトイレですか」と聞いてきた。
「後ろの車につけられているのかもしれない」都は大声を出した。
「へへへへ、面白れぇ。俺のバイクテクニックを見せてやるぜ」
勝馬が大喜びだが、都は「ううん、止まって」と声をあげた。
「え」
「平信二さん。貴方は包囲されています。 すぐに出てきてください」
車のドアが開いて、平信二が出てきた。 じっと都と勝馬を見つめている。
「ふふふふ」都は笑った。
「やっぱり、尾行をするなら小学生になりきるのが一番ですね」
都はあわあわする勝馬を背中に言った。
「君も悪い子供だ。 私の家に勝手に入って押し入れの中を見るなんて」
平が怖い顔で言う。勝馬はあわあわしながら背後から、 都に心の中で具申した。
( やはりこの男は見てはいけないものを見てしまった都さんを消すた めに‥‥。都さん、すっとぼけてください)
「ああ、血だらけの木刀とスーツケースですね」
「あの木刀についている大量の血液は、 私が探していたイシマタクロウさんの血液。 そしてあのスーツケースはイシマタクロウさんの死体を入れて運ぶ ためのもの」
平信二はぎろりと都を見つめるが、都は構わず真実を話す。
「そう、あの押し入れにあったスーツケースと木刀は、 イシマタクロウさん殺害事件の証拠なのです」
都はゆっくりと話しだす。
「私は友達が巻き込まれた事件を調べていくうちに、 その犯人を含めてイシマタクロウさんに出会った大勢の人間が、 元々の性格から一転して悪い事や人を傷つける事をする残酷な人間 に変わって、みんな逮捕されているという事実を知って、 そしてイシマタクロウ殺害事件が存在した事を証明するためにこの 村に来たんです。 なぜイシマタクロウさんに出会った大勢が悪い人にみんななってし まうのか。 平信二さんが殺人に使われた凶器とスーツケースをビニールにコー ティングして持っていた理由は何なのか。 今全てお話ししようと思います」
都は言った。
「車の中にいる、貴方に」
都に言われ、 RV車の後部座席に乗っている人物がびくっと震えた。