イシマタクロウという呪い【1-2】
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-ちょっと雨が強いから、止むのを待ってから向かうね。
-お疲れ、了解、気を付けてー( ^^) _旦~~
都の返信を確認した瑠奈は駐車場に叩きつけられる雨をずっと見て いた。 凄まじい雨のせいで他のロードサイド店舗もかすんで見える。 その時一台の黒いセダンが瑠奈の前に停車した。 助手席越しに回転寿司店の店長が「送っていくよ。 こんな雨だし帰れないでしょう」
瑠奈は一瞬逡巡した。彼女はあまりこの店長、三浦全(33) が好きではなかった。アルバイトを理不尽に怒鳴りつけたり、 ちゃんと給料を振り込まないことがあるので、 このバイトもやめようと思っていたところだった。 ただやめる意思表示をすると暴力を振ったり家にまで乗り込んでき たという話もクラスのLINEで回っていたので、 やめる時には結城か勝馬に来てもらおうとも思っていたところだっ た。
「僕も早く帰りたいしさ。早く」
店長にせかされた。彼女は咄嗟に断る言い訳が思いつかなかった。 でも家はすぐそばだし、ここで断ったりすればトラブルになる。 彼女はそう考えて「お願いします」と車に乗り込んだ。
快速で2駅離れた産婦人科の先生は「妊娠はしていないよ」 と言った。
「ただ高校生の女の子がやるSEXじゃないねぇ。 発育はよく見えても10代の女の子はいろいろ未成熟だから、 あまり激しいSEXはしちゃだめだよ」
「ありがとうございます」
瑠奈はそうつぶやいた。
-瑠奈ちん。昨日から具合悪いって言っていてたけど大丈夫?(' ω')ノ
という都のメッセージを横になりながら見つめる。 都のメッセージにどう返信すればいいかわからなかった。
その時玄関のチャイムが鳴った。 そういえばお母さんが宅急便が来るって言っていたっけ。 瑠奈はフラフラと立ち上がって、玄関のドアを開けた。 そして恐怖に目を見開いた。
店長の三浦全が立っていた。 無精ひげに眼鏡をかけた貧相な顔がサディスティックに歪んで笑っ ていた。
「今日はバイトを休むって? 君みたいな真面目な女の子が珍しいからお見舞いに来ちゃった」
三浦は恐怖で動けない瑠奈を押すようにして家の中に入ってきた。 家の中に入ると三浦は瑠奈のタンクトップの上から胸を揉んだ。
「うっ」と瑠奈が悲鳴を上げる。 三浦店長は瑠奈のハーフの上から股間の辺りを撫で始める。
「お母さんが、お母さんがもうすぐ帰ってきます」 瑠奈は声を震わせた。
「帰ってきても大丈夫だよ。僕は中年でもイケるからさ」
とんでもない発言に真っ青になる瑠奈。
「ボタン一つで昨日撮った写真やビデオが世界中に、 君の個人情報と一緒にばら撒かれる事になるね。 そうしたら君のお父さんやお母さんのお仕事にも支障が出るんじゃ ないのかなぁ。 お父さんとか結構清廉さが求められるお仕事についているよね。 昨日のがばら撒かれたら大変なことになるね」
三浦は瑠奈を玄関に押し倒して胸を触りながら、「 僕は君に女の喜びを教えてあげたいんだ。 君は美人だけど真面目そうでそういうのを知らないだろう。 ヒヒヒッ」と奇声を上げた。
「さぁ、力を脱いで。この前は力んでいたから痛かったんだよ。 力を抜きさえすれば気持ちよくなるからさ」
瑠奈はぎゅっと目をつぶった。恐怖で思考が停止していた。
「こんにちは」
ふと声が聞こえた。都がにっこりと笑っていた。 三浦が顔を上げて驚愕した。瑠奈も目を見開く。
「でへへへへへ。全部撮影しちゃった。あ、 私をこのお家に引き入れてくれたのは瑠奈ちんのお父さんとお母さ ん。瑠奈ちんが昨日から様子があまりにも変だからって、 私に相談してくれて。それで私この家に隠れていたんだ」
都は瑠奈からガバッと離れる三浦店長をニコニコ見つめた。 三浦が都にとびかかるチャンスをうかがっているとすぐに察知した 都は「 この映像は既に私のお友達のスマホに同時転送されています」 とフンスして三浦はさらに真っ青になる。 そして脱兎のごとく外に飛び出した三浦は結城に足をかけられて玄 関先で転び、それを勝馬が押さえつける。
「瑠奈ちんがどこに行ったのかは結城君と勝馬君が尾行済み」
都はにっこりと三浦店長に笑いかける。 三浦は怖い高校生に抑え込まれ、口泡はいていた。
それを瑠奈が呆然とした表情で見下ろしていた。
「茨城県警の長川です」
県警の女性警部が瑠奈の両親に警察手帳を見せた。
「娘さんからお話を聞きたいのですが宜しいでしょうか」
「はい、お願いします」
瑠奈のお母さんは憔悴しきっていた。 フラフラと立ち上がり二階の瑠奈の部屋の前に立つ。
「瑠奈… ちょっと長川警部がお話を聞きたいって言っているんだけど」
ドアが開いて顔を出したのは都だった。
「都。ちょっと高野さんを呼んでくれないか。話を聞きたいんだ」
「えー」
都は面倒くさそうな顔をする。
「今私と瑠奈ちんは忙しいんだよね。ゲームで」
都はしょんぼりした声を出した。
「これ、サンバの場面スキップ出来ないのか。 嫌なクソゲーだなぁ」
長川が唖然とするが「んな事はどうでもいいんだよ。 高野さんの記憶がはっきりしているうちに、 話を聞いておきたいんだ」と都に説明した。
「しょーがないなーーー」
都はため息をついて呆然とした表情の瑠奈を見た。
「瑠奈ちん。 私がいつもお世話になっている長川警部が一生懸命お願いしている からさ。お手伝いしてくれるかな」
両手を組んで神に祈るように瑠奈を見つめた。「お願い」 いつもテスト前に瑠奈に泣きつく仕草だった。
「わかった。長川警部。私は大丈夫ですよ」
瑠奈は苦笑した。都は「わーい」と言って外に出た。 その背後で瑠奈の両親が不安そうな表情で娘を見つめる。 瑠奈はそれを見て顔をそむけた。
「でも良かったね、おじさん。おばさん」
都は一人だけ能天気な笑顔で瑠奈の両親を笑顔で見上げる。
「瑠奈ちんが生きていてくれて。女子高生探偵の私のおかげで」
「都ちゃん」瑠奈の母親が呆気にとられる。
「そうだね」
ダンディな瑠奈のパパが都の頭を撫でた。ママが夫を見つめる。
「こんな事になって、 瑠奈が私たちのいるところからいなくなってもおかしくなかった。 だが都ちゃんのおかげで瑠奈は今も私たちの所にいてくれる。 とてもありがたい事だ」
「お父さん!」瑠奈が声を震わせて父親に抱き着いた。
「ごめんなさい」
「なぜ謝るんだ」父親は瑠奈を抱きしめて泣いた。「 お前は何も悪い事をしていないのに」
それから、 長川警部は瑠奈をキッチンのテーブルまで連れて行こうとしたが、 都は「こっち」とリビングに瑠奈を連れて行くように言うと、 呆気に取られて目をぱちくりさせる瑠奈を一番いいソファーに座ら せ、長川には座布団に座らせる。 そして傍若無人に瑠奈の家の食器棚からワイングラスを出してリン ゴジュースを入れて、 ソファーにちょこんと座っている瑠奈にワイングラスを渡して、「 瑠奈ちんは社長みたいにぶっへんと座っていていいんだよ」 と笑った。
「え、あ…でも警部が座布団じゃなくても」
という瑠奈に都は「 長川警部はこれから瑠奈ちんに辛い事を聞くんだよ。 それも瑠奈ちんの為じゃなく、世界平和の為に」と言った。
「世界平和?」と瑠奈が目を丸くする。
「そう。世界人類が平和に生きられる為に」と都。
「彼女の言っている事は一理はありますね」 と長川は2人がけソファーに座っている両親に言った。
「刑事事件の原告は瑠奈さんではなく検察になります。 この社会の安全の為に瑠奈さんは我々司法要因に全面協力していた だいているって事になりますね」
「そうそう。だから警部は瑠奈ちんを拝み奉るべきなんだよ」 都に言われて、長川は「き、恐悦至極」とハハーと土下座する。「 あ」瑠奈は困ってしまった。
「おじさんもおばさんも、 瑠奈ちんの立派な姿をちゃんと見るんだよ。 これから瑠奈ちゃんがやってくれることは勇気がないと出来ない。 政治家になるよりも凄い事なんだから」
「心得た」とおじさんがグッドサインを出す。
「そんじゃ私はマツケンゲームやってくるから、 みんな頑張ってねー」
と都は2階に上がっていった。
「自由だなー」
と長川はため息をつき、瑠奈はそれを見送っていたが、 やがてくすくすと笑いだした。そして長川に言った。「 どんと来いです」
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「都…ちょっといいか」
3時間後、2階から降りてきた都に、長川は言った。 リビングでは瑠奈が母親の胸で号泣していた。
「瑠奈ちん。全部、話せたんだね」と都。
「ああ…素晴らしかった」と長川。
「だが一つ我々の方に大きな問題があってな。 今部下から連絡があったんだが。 どうも当日三浦の車は動いていないようなんだ」
「どういうこと?」都が目をぱちくりさせる。
「奴の車のドラレコが当日、 奴の自宅駐車場から全然動いていない。 まぁこれだけなら細工の可能性もあるんだが、 どうも奴の運転していた黒いセダンがマンションの駐車場から動い ていないというのは防犯カメラから見ても間違いなさそうなんだ。 車内も鑑識が回ったが、高野さんがいた痕跡が発見されなかった。 しかも状況から考えて結構長い間掃除をしていなかったらしく、 痕跡を犯行後に消したって事はちょっと考えられなさそうなんだ」
警察署では三浦店長が取調室で邪悪に嗤っていた。
「女様はな、 昔からレイプされたっていうとチヤホヤして貰えるから嘘をついて でっち上げるんだ。 俺の車から科学的な証拠が見つからなかったんだろう」
その腐った笑顔にフラストレーションを貯める西野ゆかり刑事。
「じゃぁ、被害者の友人が撮影したあのビデオは何だ」 と鈴木刑事がにらみを利かせる。
「明らかに被害者の胸を触っていたし、脅しも言っていたよな」
「あれは瑠奈さんが胸を押し付けてきたんです。 そういうレイププレイをあの子は好んでいるんです。 こっちがノッてあげないとあの子はヒステリーを引き起こすんです から。私の車から証拠が出てこないのなら、 それはあの子が嘘をついている証拠になりますよね」
と三浦はケラケラ笑った。
「私にはあの子が嘘をついていないという確信があるんだが。 まぁ、先入観を捨てて捜査をしなければいけないからな」
と長川はため息をついた。
「それでいいよ」と都は言った。「 瑠奈ちんだからって裏付けはきちんとやって他の人と同じように捜 査をしてくれればいい」
「それもそうなんだが…事態はかなり逼迫している面もあってな」
長川は少し焦って言った。
「高野さんがすぐに都に相談できなかった理由だが、 奴は迷惑系YouTuberのピーメント山田と知り合いらしいん だ」
「誰?」都は目を白く口を三角にしてほげーと首をかしげる。
「はいはい、 都ちゃんはトレンドには興味ない我が道を行く子でしたね」 と長川。話を続ける。
「そのピーメント山田ってのが厄介な奴でな。 レイプや痴漢被害者に突撃するスタイルなんだ。 今の日本ではレイプ被害者は命がある限りは実名は報道されないん だが、奴は懸賞金をかけて被害者を割り出し、 顔や個人情報がわかる状態で付きまとってそれをYouTubeに アップする手法を取っている。 三浦はピーメントの熱心なファンでな。 釈放されてスマホ触った瞬間に間違いなく高野さんの情報をネット に流すだろう」
「そのピーマンマン山田ってお金持ちなのかな」
「いや、 世の中には性犯罪自体が女が作ったでっち上げてこの世には存在し ないとか、女の子が苦しむのを見たいとか、あと政治家で『 性犯罪の実態を国民が知るために被害者がどのような人間なのかき ちんと公開されるべきだ』とかいうアホとかがいっぱいいてな。 そいつらの中には金持っている奴が多くてクラファンで金を落とし ているんだよ」
長川はため息をついた。「 女性の性犯罪被害者者を苦しめる事がインターネットでは金になる んだ」
都はふと子供のように母親に泣きついている親友を見つめた。
「こいつに情報を送ると言われて、 高野さんは誰にも言わないと決めたらしい。家族とか、 下手すれば都や薮原さん、 秋菜ちゃんとかも巻き込まれるかもしれないからな」
「それともう一つ…妙な点があるんだ」
長川は自分を見上げる都を見つめた。
「あいつの母親が警察署訪れたとき部下が話を聞いたんだが。 この事件もどうやら我々がイシマタクロウ案件と呼んでいる事件ら しいんだ」
「イシマタクロウ案件?」
都がポカンとする。
「この街じゃいろんな事件が発生しているがな」長川は頭をかく。
「いろんな事件の犯人が、 どうもイシイマタクロウという人物と関りがあるらしいんだ」
「どういうこと」都が目をぱちくりさせる。
「まず1か月前担当していた児童への暴力行為で逮捕された教師、 それから職場内で恐喝容疑で逮捕された女、 強要罪で逮捕された夫婦、 そのすべてがイシマタウロウという人物に関わっていて、 関係者の話によればどうも逮捕された全員イシマタクロウという人 物に関わる前はまともな人間だったらしいんだ」
長川はため息をついた。
「今回も奴の母親が、 息子はイシマタクロウをバイトで雇ってから優しい性格が凶暴な性 格になってしまったと泣いていたよ。これで4件目だ。 イシマタクロウという人物が出てきたのは」
長川は頭をゴシゴシする。
「何か、気味が悪くてな」
警察署では余裕こいて横に寝ながら、 いかに女様のハニトラ被害者をネットで演じようかと考えている三 浦全(33)、「クソッ、何で私が捕まっているんだよ」 と不貞腐れている鹿背山アリス(18)、「ふじこふじこふじこ」 と叫んでいる山姥みたいな女、石間織江(44)、 号泣している石間岳人(42)、「 呪ってやる呪ってやる呪ってやる」「俺は悪くない悪くない」 と爪を噛んで目を見開いている眼鏡の男性村田照男の姿があった。
「っていう事は、イシマタクロウという人物が関わった人間が、 元来まともな人間だったのに凶暴な性格へと変化して事件を次々と 起こしたって言うのか」
と結城が自宅のリビングで都に言った。
「うん。まず第一の事件。小学校の先生の村田照男、37歳。 10年前にイシマタクロウって人の担任になるまでは優しくて熱心 な先生なんだけど、 その人が卒業する前後から子供や信任の先生に対して裏でいじめと か暴力とか陰湿な事をするようになって、 1か月前に女の子に性的な体罰を与えた容疑で逮捕されたんだって 。 警察の調べたと先生はみんな10年前にイシマタクロウの担任にな った時から変わったって言っていたみたい」
都はポテチをぽりぽり食べながら言った。
「嫌な先生ですね」と結城秋菜が都の隣で言った。
「 2人目は最近職場の後輩とそのお母さんから200万円を恐喝して 逮捕された18歳の鹿背山アリス。 村田が担任だった頃にイシマタクロウと同じ小学校のクラスメイト だったそうだ」
「DQNっぽい名前だなー」と結城。しかし都は首を振った。
「全然そんなことなくて、 瑠奈ちんとちょっと似ている感じの人だったよ。 警部に写真を見せてもらったけど。 そういえば村田照男って先生も眼鏡をかけた写真だけ見たら優しそ うな先生だったな」
「で、もう一件は」と結城。
「お隣さんをセーシンテキシハイして、 お金を取ったり家事をさせたりしていた夫婦。 石間岳人42歳と妻織江44歳」
都は脳内に金髪でいかにもDQNな夫婦の顔を思い出しながら言う 。
「あ、ひょっとして」勝馬があ、察しな顔をする。都は「うん」 と頷いた。
「イシマタクロウのお父さんとお母さん。 一軒家に引っ越してきた時にはいい会社で働く旦那さんと専業主婦 のお母さんだったんだけど。 息子のイシマタクロウが生まれてから人が変わったようになったら しい。キチキチママとキチキチパパで有名になったらしいよ」
「これ偶然じゃないよな、なんかあるよな」 と結城は少し戸惑った声を出した。
「犯罪の種類もバラバラだし、 イシマタクロウってい人とは繋がっているけど、 逮捕された本人同士で何か深い関係がない事は警察もとっくに調べ ているらしいよ」
と都はポッキーをポリポリする。
「そいつは今どこにいるんです」と勝馬。 荒馬のように鼻息を荒くしている。
「行方不明みたい」と都。
「三浦の回転ずしのお店で働いていたけど、 瑠奈ちんが入ってくる前にいなくなっちゃったみたい」
「どんな顔なんですか」と秋菜が聞くと「 長川警部が写真見せてくれたんだけど。 何か目がフオオオオとして口がフイイインな感じの」 と都が顔芸を見せる
「あ、この人だ」都の「ああああああ」 という声に一同はテレビを見た。
「間違いないのか」と結城に都は頷いた。 みんなが見た顔は週刊誌の少年Aみたいに端正だが無表情で目が淀 んだ青年だった。
「クソッ。テレビ局にはモザイクかけてくれって言ったのに」
県北の村の日本家屋の中で赤ら顔の初老の男が頭を抱えた。
「大丈夫だよ。一瞬だったし…。それにみんな逮捕されているし」
と初老の男の中学生の娘が赤いチョッキを着て必死で父親を宥める 。 それを彼らがいる床の間の前の廊下からじっと無表情で見つめる青 白い顔。イシマタクロウだった。