死刑島殺人事件1-2
「死刑島殺人事件」
1
「この殺人は国家の命令だ」
黒い人物は暗い部屋の中で呟いた。
「必ず遂行しなければならない」
今から200年前の江戸時代。天保の飢饉があった時代、磐城国の沖合にある海鳴島に正直者で知られる船乗りがいました。彼は江戸から救援の為の米を運んでいましたが、その米は悪代官に全て横領され、その罪を船乗りが擦り付けられることになりました。
海鳴島で磔の処刑が行われ、米を横領されて身内が餓死した人々が処刑場で船乗りを呪いました。船乗りは人々の呪いを無実の体に全て背負わされ磔で殺されました。
その後悪代官の悪事が暴かれ、人々は自分たちの過ちに気づき、海鳴島にやってきて船乗りに謝りましたが、それでも船乗りの苦しみは止む事はなく、今でも船乗りの苦しみの声が島中から聞こえてくるというのです。
「っという伝説があるのだ」
「その伝説を暴きにこの糞熱い中、その無人島まで行くつもりじゃねえだろうな」
と結城がため息をついた。
「ああ、これは生徒会に出す方便」
「実は私のバイト先の先輩の親がキャンプ場の経営を始めたらしくってさぁ。高校生のモニターを募集しているんだよね。18切符2枚あるし。夏キャンプだから、部室にある1300円のテントがあればなんとかなるっしょ…」
「無人島キャンプ‼」都は両手を挙げて絶叫した。
「行きたい行きたい行きたい」ドルルルルルルと連打するようにアピールする都。
てな感じで勿来駅から発車するE501系を見送る探検部御一行。都はデニムハーパンにピンクのTシャツ、瑠奈はデニムのハーフパンツにブルーのノースリーブ、千尋は黒のタンクトップ。結城は半ズボンにアロハシャツ、勝馬も黒い半ズボンに白いTシャツだった。
「探検部って感じのファッションだね」瑠奈は苦笑する。
「おお、千尋ちゃん、来てくれたんだ」
グリーンのTシャツに金髪の軽そうなお姉さん、相原菖蒲(21)が手を振った。
「菖蒲さん、久しぶりっす」
と千尋が手を振った。
「ほう、君たちが探検部か。忖度のない意見を期待しているよ!」
と相原はニカニカ笑いながらふと後ろでリュックサックを背負っている茶髪のおさげの少女を指さした。
「彼女はYouTuberのソロキャン女子高生の天堂瞳ちゃん。君たちと同じ高校1年生だよ」
相原に紹介されて天堂瞳は「どうも」と会釈した。
「うひょーーーー。こんなところに美少女がいっぱい」
金髪ロン毛に無精ひげを生やした40は超えているおっさんが背後から声をかけた。
「俺ね。渋田九朗。この辺一帯の不動産業をしている会社の御曹司。君らも大学行く金がなかったら、いつでも相談してよ。僕が相談に乗るからさぁ」
渋田九朗(46)は少女たちに名刺を配る。だが結城と勝馬にはくれなかった。結城は(何だこいつ)と呆れたように見る。
「お坊ちゃま。女の子と遊ぶのは構いませんが。一線は超えないようにお願いします」
と後ろから恰幅の良いおばさん、荒川吉江(49)がじっと牽制するように渋田を見つめる。
「大丈夫だって…」
渋田は荒川に顔を近づけて「あの時だって俺は大丈夫だったんだから。余裕だろう」とゾッとする笑みを浮かべ、荒川は押し黙る。
「これで全員揃いましたね」
と相原菖蒲は笑顔で手を叩いた。
「ではここからは船で島に向かいます。皆さんこちらへ」
「わーーーい。船だぁ船だよ」と結城の腕を掴んで目をキラキラさせる都ちゃん。
「船だな…」結城の顔は険しかった。
「うえうおえええええええええええ」
揺れる漁船を改造した渡し船でダム放水する結城竜。
「ぶおうえええええええええぎょえええええええええええ」
と派手にダム放水というより決壊状態で平すら船のヘリから海に向かって仲良く出し続ける勝馬。
「勝馬君、結城君、大丈夫?」
と都が心配そうにバッグから納豆を出す。
「納豆食べたら元気が出るかもよ」
「出るわけないぶおえええええええええええ」
と結城は海に向かって全てをぶちまける。
「2人とも大丈夫かな」
操縦する相原菖蒲に千尋は「大丈夫、死なないから」と手を振った。
「それより何で渋田を呼んだんですか」
と天堂瞳がジト目で相原を見つめる。
「全国のあちこちのキャンプ場を出禁になった悪質なナンパ師じゃないですか。あいつのせいゆるキャン△に憧れてキャンプ始めた女子高生の1割がやめたって言う」
「寧ろそこ」
相原は前を見ながら真剣な表情になる。
「あいつに対して決然と対向して利用者を守る練習台として呼んだの。モニターであるうちにきちんと対応しておけるようになっておきたいし。それに元警察官も呼んであるから大丈夫だよ」
と相原は操舵をしながら言う。
一行は島の波止場に上陸し、斜面に作られた階段を上っていくと、一面に海が見える芝生サイトが広がっていた。
「おおおおおおおお」
都が目を見開いて両手を広げる。
「これはなかなか」結城も感心した声を出す。
「いいでしょう」と得意げな相原。
「テントは適当に設置しておいて。それと下の海は潮流が激しいから遊泳禁止ね」
「なぬーーーー」
勝馬が素っ頓狂な声をあげた。
「まぁ、太平洋の真ん中で海流もヤバそうだしな」
結城はテントサイトから斜面の下の磯の荒波を見つめた。
「勝馬君、そんなに海が好きだったの」都が呆然としている勝馬の頭をなでなでする。
「というより水着の女の子が見たかったんだろ」
千尋が突っ込みを入れる。
「大丈夫。そんな煩悩まみれの男子諸君の為に」
相原菖蒲は探検部の面々を連れて、島の反対側に通じる砂利と木枠で整備された道を歩き、その突き当りにある露天風呂を指さした。
「うおおおおおおおおおおお」都の目が感動できらきら光る。
「水着着用で入ってね。更衣室はあそこを使って」
木造の更衣室とバイオマストイレを指さす相原菖蒲。
「す、素晴らしい! 神様仏様」
勝馬が湯煙に向かって祈りを捧げていると、「おお、勝馬君じゃないか」と妙齢の女性が全裸ですくっとたった。
「一緒に入るかい」
御猪口を手に全裸で立ち上がったのは長川警部だった。
「警部‼」
慌てて瑠奈が結城と勝馬の目を塞ぐ。
「長川さん。ここは水着着用って言いましたよね!」
菖蒲が激怒すると長川は相当出来上がった感じで「あれ、そうだっけ」と笑う。
「いやぁ、すまん君たち」
Tシャツに黒い長ズボンを着用した状態で頭をかいててへぺろする長川警部。
「あんた県警本部の警部だろ」と結城が突っ込みを入れる。
「今日は県警本部の営業は休業。休暇だよ」とけらけら笑う長川。
「警部もモニターに応募したんですか」
と瑠奈が聞くと、長川は「うんにゃ」と首をかしげて「応募したのはあの大先輩。山口東湖大先輩です!」と毬栗頭のゴマって感じの初老の男、山口東湖(59)を指さす。
「やっぱり酔っぱらっていたか」
と山口は「かー」と頭を押さえて呆れる。
「俺はこいつに断酒させられているってのにいい気なもんだぜ」
「当然です」吊眼の美人の女医、喜久磨卯月(29)が目を閉じたまま宣告した。
「長川さんも、先輩は断酒が必要なのですから、それに準じた行動を取って下さいね」
「はーい」
喜久磨に頭をかきかきする長川警部。
「この人、私の先輩で伝説と呼ばれた刑事なんだよ。先輩。この子はね、茨城県警に何度も協力して殺人事件を解決した伝説の女子高校生探偵」
ときょとんとした都をけらけら指さす長川。
「へぇ、この子がねぇ」
と山口東湖はしげしげ眺める。「こんにちはー」と緊張した表情の都。
「伝説の刑事か」
煙草をすいながらできものだらけの顔に眼鏡の太っちょの男が、性格の悪そうな目で一同を見回す。
「そりゃ伝説ですよね。冤罪で大勢の人間の人生を狂わせた悪霊伝説と言ったところでしょうか」
「あんた誰」
結城が聞くと男は結城に「ジャーナリストですよ」と犀川正と書かれた名刺を渡した。
「12年前の一家殺人事件を追っているんです」
犀川正(47)はニチャと笑うと、背後で薪をガラガラと落とす声が聞こえて、振り返った先で天堂瞳が呆然と立ち尽くしていた。そして足早に走り去った。
「まぁ、仲良くやりましょうや」
「何だ。この微妙な空気」
結城は訝し気に呻いた。
キャンプチェアに10代前半の女の子のラブドールを座らせ
「星がきれいだね、ハルコ」
と言っている上品そうな老人、木田光秀(75)。それを遠目に見ながら、結城は相原菖蒲に「もうちょっと平均的な人間をモニターに呼んだ方が良かったんじゃないですか」と耳打ちすると、相原は「この人、私の御近所さんで、娘さんを亡くしてからこんな感じで自分の世界に入っていて、何か頼まれごとをしないと外出してくれないのよ」とため息をついた。
それを見つめていた山本東湖はどうも落ち着かない様子だった。
「長川…少し散歩をしてくるわ」
山本東湖は長川にそう笑ってから一人で島の遊歩道を歩いていた。それを黒い影はじっと見つめていた。
「さぁ、始まるのだ。この島で惨劇が。処刑が」
2
夜18時30分。
「へー、手慣れていますね」
とYouTuberの天堂瞳が感心したように言った。
「ま、まぁ、いろいろ忘れられない冒険をしてきましたから」と苦笑する瑠奈。
「でもテント一つだけですよね。男子はどうするんですか」
と瞳が首をかしげると、千尋は「芝生の上がベッドだそうです」と勝馬が「ぐがああああああ」と大いびきをかいている。
「こいつ喧嘩やってそのまま野郎10人と一緒に公園で朝まで伸びていたとかいろんな伝説がありまして」
結城はやれやれと言った表情。
「勝馬君! 起きてぇーーー。今日の晩御飯がなくなっちゃうよ」
と都がむにゃむにゃする勝馬に釣り具を渡す。
「ひょっとしてご飯は現地調達?」
相原菖蒲が唖然とすると、瑠奈は苦笑した。
「い、いろいろ冒険をしてきたんです。100人くらい人が死ぬ冒険を生き残ってきました」
「やだー、瑠奈ちゃん意外とジョークがブラックだねぇ」
と相原は瑠奈の肩をテシテシした。
「ねぇねぇ。君たち、男の子が釣り行っている間、俺と一緒に風呂に入らないかい。俺がさぁ、いろいろ教えてあげるよぉ」
とサングラスに金髪の「かしこまりー」とか言いそうな面の渋田九朗が下品な笑いを浮かべて誘ってくる。
「ああ、あのお風呂は基本的に男女で使用時間が別れているんですよ」
と相原が瑠奈との間に割って入る。
「大丈夫だって…。水着を着ているんだろ。別に厭らしい真似なんかしないからさ」
「キャンプ場では‼」
と相原菖蒲が声をあげた。
「相手にしつこくすることはマナー違反です。わかりましたか」
毅然とした態度の相原。渋田の顔が「ちっ」と歪む。
「お前、書くぞ。俺の発信力はこんなキャンプ場すぐに潰してやるくらいあるんだからな」
「どうぞ、ご自由に」
と相原に言われ、渋田は不機嫌に踵を返して歩き去っていった。横にいた付き人の荒川吉江が申し訳なさそうに一礼する。
「大丈夫っすか」と千尋が聞くと相原はため息をついた。
「今更あいつに何を書かれたってどーってことないよ。それよりもこういう迷惑な客に対して毅然とした対応を取るって事をちゃんと君らに書いてもらった方が、こっちの株が上がるって話だよ」
相原の笑顔に「なるほど、その手があったんですね」と千尋が感心した声を出す。
「あー、都」
不意に頭をポリポリかく長川が都に声をかける。
「山本先輩見てないか。1時間前に散歩に出るとか言いながら帰ってこないんだ」
長川は暗くなった空を見上げた。
「あの人かなり肝硬変が進んでいて、体調もあまりよくないんです」
と女医の喜久磨卯月が声を出す。
「それで今は警察もやめているんだが、どこかで倒れて居たりしてたらまずいからな」
長川の声に「わかった。俺も一緒に行こう」と名乗り出た。
「勝馬は、俺がいない間、あいつを注意深く見て居ろ」
と結城は勝馬にテントの前のテーブルとチェアでビールを飲んでいる渋田を見つめた。
「何でお前に指示されなきゃいけねえんだよ」
と不満げな勝馬だったが、「勝馬君がいてくれたら瑠奈ちんたちも安心だよ」と都に言われると「はい、喜んで」と敬礼した。
「ゲンキンな野郎だな、勝馬の奴」
結城はライト片手に遊歩道を歩く。
「でもここって温泉とは別の道だよね」と都。
「何でも祠があるらしいぜ。この島で冤罪で磔になった江戸時代の船乗りの霊を慰める為にな」
と長川は言った。「最も全然慰められるなんて事はねえだろうがな」
「絶対苦しいままだよね」
と都が長川警部に同調した。
「しかし随分長い遊歩道だな」
と結城が言うと女医の喜久磨卯月が小さな声で答えを出す。
「祠は島の反対側にあるんです。島は直径1㎞四方はありますから、歩くと大体20分。さらに20分歩くと先ほど相原さんが案内してくれた温泉に出ます。さらに20分歩くと皆さんが宿泊するキャンプサイトがある形になります」
「つまり島を一周できるって事っすか」
とライト片手に歩きつつ、脳内地図に一番南側にキャンプサイトと波止場、反時計回りに島の北側に祠、西側に温泉と言う位置関係を作り上げ、キャンプサイトから祠に向かっているのが現在地だと理解する結城に「そうです」と喜久磨は答えた。
「となると1時間くらいかかるのは別におかしな話ではないと思うが」
と結城が長川を振り返るが、「あの人病気が進行していて足も痛いって言っているから、3㎞とか歩けるとはちょっと思えないんだよ。前は私よりもずっと足が早くて、犯人をしつこく追いかけたりしていたんだがな」と頭をかきかきする長川。
「そんな大事な先輩なんだね」と都。
「冤罪なんかしないと信じたいんだが」
長川がそういうのを喜久磨卯月が一瞬物凄い冷たい目つきで見つめるのを結城は見逃さなかった。だが喜久磨はすぐ目を閉じて「早く見つけましょう」と一同を促した。
喜久磨の言われるままに一同は先に進むと海岸沿いの見晴らしの良い木の杭とロープで安全が確保された高台に、小さな祠があった。
「なむー」
と都が手を合わせると結城は「祠は仏教じゃねえぞ」と突っ込みを入れた。だが都はそれを聞きもしないで祠に近づき、しげしげと眺める。
「開けっ放しだね」
都は目をぱちくりさせた。「誰かが開けたのかな」
「そのせいで封印されていたものが外に解き放たれたりはしてねえだろうな」結城はジト目で祠をしげしげと眺める。
「そんなルールはないと思いますけど」
と喜久磨がしげしげと祠を見つめる。
と長川警部は目を凝らした。祠のさらに先の前方をじっと見て「誰かいるぞ」とライトを向ける。そこにいたはニタニタ笑ったできものだらけの顔のデブメガネ、犀川正だった。
「これはこれは皆さん千客万来ですね」
犀川はニチャっと笑って見せた。
「こんなところで何をしているんですか」
長川が訝し気に聞くと犀川は「貴方の先輩刑事の山本さんが散歩に出たまま帰ってこないから心配になって探していたんですよ」と全然心配していなさそうな表情で長川を見つめる。
「僕はあの刑事が冤罪で無実の人間を死刑台に送ったと考えていますからね。ひひひ、そんな刑事が冤罪で死んだ江戸時代の人間の祠なんか見に行くもんだから、どんな呪われ方をするのか見逃すのが心配で、奴が通った遊歩道を歩いていったら、ひひひひ。面白いものを見つけましたよ」
「面白いもの?」
海岸沿いに降りた遊歩道の木の板の上を犀川はライトで照らし出す。そこにあったものを見て、結城は絶句した。大量の血痕が広がっていたのだ。
「お、おい嘘だろ」
長川は赤い液体に指を付けて匂いを嗅ぐ。
「本物の血ですよ」
犀川が「ひひひひ」と笑ったので、長川は「お前ぇ、先輩に何かしたのか」と犀川の胸倉をつかんだ。
「冗談じゃない。僕はこれを見つめてわざわざ皆さんに伝えようとして、祠までやってきたんですから」
犀川は眼鏡を反射させて笑う。
「嘘、嘘…そんな事って」
結城の横にいた喜久磨がその場にしゃがみこんだ。
「畜生」
長川はその場から前方に走り出した。
「警部、待って」
都は走り出した。20分以上さらに走ると、遊歩道が急に開けた。温かい温泉の匂いがする。そこには長川の背中があった。
「ここって、長川警部がすっぽんぽんで入っていた温泉だよね」
と都が言った。
「ああ、さっきの遊歩道で祠経由で島を一周してきたって訳だ」
長川警部がそこまで言ったときだった。不意に木造の更衣室の扉が開いて、中から誰かが転がり出てきた。
「あ、あ、あ‥‥」
恐怖に震えている渋田九朗に駆け寄る長川。
「あんた何やっているんだ」
長川が渋田を助け起こすと、渋田はうわごとのように声を震わせながら、温泉の湯けむりの方を指さしていた。
「警部…血の匂いがする」
都はライトをゆっくりと湯船に走らせた。露天風呂の石造りの湯船に、うつぶせになった人間が真っ赤な血の中で浮かんでいた。
「先輩!」
長川は絶叫しながら山本東湖を助け出す。だが山本は首を深く切られて苦悶に目を見開いて明らかに死亡していた。
「糞」
脈を取った長川は山本の死体をゆっくりと湯の中に沈めた。
「何があったのかな」
都がガタガタ震える渋田九朗に聞くと、渋田は「島に誰だかよくわからない奴がいたんだよ」と絶叫した。
「誰だかよくわからないって…誰?」
と都。
「昔の白装束を着た、刃物を手にした江戸時代っぽい男が、俺とすれ違ったんだ。それで温泉に行ったら…こいつが浮かんでいたんだよ」
渋田は「ひいいい」と言いながら絶叫した。都と長川は顔を見合わせた。
「まさか、あの祠に祭られていた…」