吸血鬼復活事件 事件編
3
「羽鳥白子」
都はそう呟くと勝馬と板倉に「長川警部は忙しいから110して」と言ってドアの前できょとんとしている鈴木に言った。
「羽鳥白子さんのお家に行くよ。この岩倉って人に3週間前、瑠奈ちんの交友関係を調べるように依頼をしていたみたい」
都は鈴木に言うと金髪の青年刑事は「いや、羽鳥白子は話を聞けないぞ」と言った。
「ほえ」
都がドアから顔を出す勝馬と板倉を他所に目をぱちくりさせる。鈴木は車のキーを解除しながら言った。
「羽鳥白子の家は速攻で捜索入れたが、何も見つからなかったし、羽鳥白子は精神を病んでいるらしくて今はお薬で眠らされているそうだ」
「羽鳥さんの家には誰がいるの?」と都。
「メイドとあと養子で羽鳥白子が経営している会社の経営者の羽鳥卓也って男がいる。今警察と一緒に待機しているようだ」
鈴木刑事が説明すると都は「羽鳥さんの家に行けないかな」と聞いた。
「しかし、この状況を放っては置けない。岩倉は事件の重要参考人だしな。所轄が来るまで少し待機しないと」
鈴木に言われて都は「そうだよね」と言いつつも心は焦っているのか「うーーー」とショートヘアをくしゃくしゃする。
その時、一台のタクシーが通りかかった。
「あ」都の顔がぱっと輝く。「鈴木刑事、私タクシーに乗って一人で行くから。住所渡してくれない」
都はタクシーに手を振って鈴木に頼むと鈴木は警察手帳に書かれた住所を都に見せ、都はスマホで写真を撮った。
「おお、結構近いね」
都は笑顔でそういうと、タクシーの自動ドアから後方に乗り込んだ。
「都さん、バッグ忘れていますよ」
と板倉が後ろのトランクにバッグを放り込みながら言った。
「ありがとー、理衣ちゃんをお願いね。それと」
都は鈴木刑事に言った。「お金がないから、羽鳥さんの所の刑事さんに借りられるよう言っておいて」とけらけら笑顔で笑いながらタクシーに乗り込む都。そしてタクシーは発車した。
「やれやれ…」
鈴木刑事は頭をポリポリする。
その時だった。「鈴木刑事」と同僚の刑事が鈴木に声をかけた。
「何? 盗聴器?」
と長川は結城のマンションのリビングで声をかけた。
―ええ、押し入れの中に仕掛けられていました。
鈴木の声が聞こえる。
(まずいな。もしこれが犯人が仕掛けたものだったとしたら)
警察が動いている事を犯人が感づいた可能性がある。
「それで都は羽鳥の家に行ったんだな」長川が確認すると鈴木は「さっきタクシーに乗って向かいました」と報告する。だがその時だった。鈴木がいるアパートの前にもう一台パトカーが停車して制服警官が下車する。
「こんにちは。常総警察署の警邏ですが、何か事件でしょうか」
「本庁の事件だ。そちらは」と敬礼する制服警官に鈴木が応対する。
「タクシー強盗ですよ。運転手を殴って重症を負わせて、タクシーごと盗んで逃げたって事件です。それと似た車種がこの近辺に停車していたという情報があって」
制服警官は鈴木たちを見回して「ひょっとしてそれ関係の捜査ですか?」
「そのタクシーは…色は、車種は」
鈴木は質問に答えず制服警官に詰め寄る。
「し、白のセダンです。青いラインが入った」
制服警官の答えに「冗談だろう…」と鈴木は真っ青になった。すると制服警官はさらに恐ろしい事を言った。
「運転手の証言によると、犯人は白いワンピースの40前後の女です」
「あれ」
都は後ろの座席からタクシー運転手に声をかけた。
「運転手さん、料金のピコピコつけなくていいんですか」
小柄な女子高生は目をぱちくりさせた。
「いいんです。女子高校生探偵の為ならタダで運転してあげますよ」
運転手はぽつぽつとした声で喋った。
「その代わりに、あなたが行こうとしている場所には行けないですけど」
都の目が見開かれる。ルームミラー越しに長髪とその奥に赤くらんらんと輝く目があった。
「だって」
運転手の長髪の女は振り返った。
「貴方が会いたがっているのは私、羽鳥エリザベスでしょう?」
「ちょっと待て」
結城のマンションで結城はソファーを立ち上がった。
「岩倉の部屋から盗聴器が見つかって…その直後にタイミングよく現れたタクシーに都が乗って連れていかれたって…」
結城は呆然とした長川に迫った。
「これ完全に都を誘拐するつもりだったんじゃねえか」
「いや…そうと決まったわけじゃ」
長川は結城をなだめようとするが、結城は長川の肩を揺すった。
「さっきから都電話に出ないんだよ。スマホの電源は切れちまっているし」
結城は絶叫に近い声を上げた。
「ねぇ」
千尋が声を震わせながら長川に聞いた。
「都って、お母さんの事件があって結城君の家に住んでいるんだよね」
「あ、ああ…」長川が頷く。千尋は呆然としたまま口だけ動かし震える。
「犯人が瑠奈の事件の時の関係者とかの住所を調べたとしても、都の住所だけはどうしてもわからなかったとしたら。それがわからないから、秋菜を誘拐して、都が瑠奈と秋菜と両方関係しているその岩倉って人のアパートに来るように仕向けていたとしたら」
結城と長川の目が見開かれる。
「まさか、犯人の狙いは最初から…4年前に自分を捕まえた都への復讐か!」
長川は真っ青になった。
「高野を連れて来いって言うのは完全なブラフ」と結城。
「冗談じゃねえ」
長川は無線に向かって喚いた。
「各員に告ぐ。白い青い車種のタクシーが守谷市南東部周辺を逃走中。守谷市愛宕の女子中学生誘拐事件の被疑者と思われる。所轄と提携し、直ちに守谷市南東部の道路を封鎖、該当タクシーを見つけたら直ちに確保せよ」
夜の田んぼや畑を通り抜ける県道をパトカーが赤色灯を光らせて走っていた。パトカーが県道をすれ違う青いタクシーを確認し、そしてそのドライブテクでターンして追跡した。
―守谷市小貝新田にて該当車両を発見。現在所轄PCが追跡中。
「了解」
長川は部下に待機を命じると結城と千尋に「私らも行くぞ」と声をかけた。
長川のセダンは爆走していた。外は雨が降り出している。ニュータウンを抜け新しい幹線道路を爆走する。
―こちら常総PS、該当タクシーを確保。また運転している女を確保しました。場所は…。
田圃を走るタクシーを3台のパトカーが停止させていた。そして運転手の女がボンネットに押さえつけられている。
「何ですか、私が何をしたって言うのですか」
と40くらいの女は叫んでいる。
長川は車を止めるとその女の所に駆け寄った。
「貴方が警部さんですか。とんでもない濡れ衣です。私が犯人ではない事は昨日、所轄の刑事さんに確認してもらいましたよ」
と女は後ろ手に手錠をされてタクシー会社の制服姿で喚いた。
「すいません。名前は」と長川警部は聞いた。
「御厨茉子ですよ。タクシーの運転手のプレートにもそう書いてあります。写真付きで」長川はそれをタクシーの車内で確認し、そして御厨の顔と免許証を確認すると、制服警官に「手錠を外して差し上げろ」と命じた。呆気にとられた警官が手錠を外すと、長川は御厨茉子(39歳 タクシー運転手)に対して土下座をした。雨の中。
「大変申し訳ありません。女子中学生誘拐事件が発生し、さらに関連してタクシーに騙されて乗せられた別の15歳の女の子の命が危機に晒されている状態だったんです」
「警部」と結城と千尋が唖然とする。
「事情は分かりましたよ」御厨はため息をついた。
「私も中2の娘がいますから」
「それで、もう少し捜査に協力願えませんでしょうか」長川はスーツを汚しながら立ち上がった。
「この時間、守谷市南愛宕町近辺を走行していたのは、客を乗せていたからなのでしょうか」
「いえ、変な依頼だったのですよ。最初に南愛宕町の普通の住宅に呼び出され、いつまでたっても住人が出てこないので待っていたら、今度は小貝新田に迎えに来てくれ予定が変わったって…女性の声で言われました」
御厨はため息をついて田んぼの中にある大きな一軒家を見つめた。
「あれが多分目的地ですよ」
「ちょっとあれって」
御厨が指さされた方を長川は警察手帳のメモと比較する。
「羽鳥母子の家だ。クソッ、彼女は羽鳥エリザベスに囮にされたんだ」
「クソッたれ」結城はパトカーのボンネットに拳を叩きこんだ。
4
羽鳥親子の邸宅の玄関。ずぶぬれの状態で長川警部は玄関に上がった。
「警部…」
待機していた刑事は長川を見つめた。
「やられたよ…最初から羽鳥エリザベスの目的は島都だった。奴は都を呼びだすために秋菜ちゃんを利用したんだ。とにかく、タクシーの捜索は続行してくれ」
長川は無線に向かって司令を送った。
その後ろをタクシー女性運転手の御厨茉子がきょろきょろ見回す。
「貴方が警部さんですか」
長身でブロッコリーみたいな頭の男性がスーツ姿で出迎えた。
「この方が羽鳥白子の養子の羽鳥隆司さんです」
刑事が長川に紹介すると羽鳥隆司(40 会社経営)はぶっきらぼうに頭を下げた。
「そしてメイドの本田愛さん」物静かなメイドの本田愛(26)が髪の毛をシニヨンでまとめて会釈した。
「今家にいるのはこの2人と、もう一人羽鳥白子さんだけです」刑事は状況を説明する。
「母親の方は」長川が聞くと、本田が「奥様はまだ寝ておいでです」と本田は言った。
「彼女は元精神病院の看護師なんですよ」
町田は言った。
「だから奥様のお薬も管理して貰っているんです。それにしても、エリザベスお嬢様がまた誘拐事件などと俄かには信じられないのですが」
と養子の隆司は嫌味たっぷりにため息をつく。
「前みたいに冤罪じゃないんですか」
「冤罪って。前は普通に有罪判決出ているだろ」と結城が凄む。
「誰だね。君は」と羽鳥隆司は結城を見つめた。
「事件協力者ですよ」と長川は少し疲労の混じった声で言った。
「なるほど」羽鳥隆司は鼻を鳴らしながら説明する。
「前の事件、私は別の人間が誘拐を主導して、エリザベスお嬢様は被害者の女の子を助けようとして刑事さんに誤認逮捕された。私たちはそう主張していました。そしてあの時の被害者の女の子もそう証言してくれるはずだった。ですが、あの時記憶喪失とか何とかで、結局あの子は証言しなかった。おかしいでしょう。裁判で被害者に証言させないなんて。今回だって冤罪をやらかしているんじゃないですか」
と隆司は長川と御厨茉子を見回してせせら笑った。
「とにかく今羽鳥白子さんの所在を確認したい」
と長川はリビングに上がり込んだ。
「それから御厨さんにちょっとだけ話を聞いて、少しでも犯人の手掛かりを」
そんな長川の背中を結城は見つめた。
「信じるしかねえ」結城は御厨に土下座した長川を思い出した。
「あそこまで全力で都や秋菜を探してくれているんだ」
そんな結城を千尋は見つめた。
「白子奥様はこちらの部屋です」
本田が部屋の扉を開けるとなんともお姫様みたいなカーテンベッドにこれまたメルヘンな寝間着を着た明らかに犯人と血縁関係のある女性が眠っていた。時々「ううう」と呻いている。すぐ横の化粧台には高級美肌商品が大量に乗っている。
(娘は老婆みたいになって吸血鬼やっているのに、若作りしやがって)
結城はため息をついた。
「1時間前からずっと本田さんと羽鳥隆司さんはこの家から出ていません」
と刑事が長川に説明する。長川はタオルで頭を拭いてから御厨をリビングの応接ソファーに案内した。その時結城のスマホが鳴る。瑠奈からだった。
「高野か」
―今都いるかな。
瑠奈の声がした。
「今都は事件の捜査で単独行動中だ」結城は言った。
「そっちは変わりないか」
―びっくりしちゃった。
瑠奈が苦笑するのが聞こえる。
―いきなり刑事さんがうちに来て私の警護とかするんだもん。
「まぁ、念のためだ。念のため」
結城は言った。そして「おう、わかった」と言ってから電話を切った。
自宅の寝室で、セーター姿の高野瑠奈はスマホの画像を見つめた。気を失って十字架にかけられている都の画像と「警察に気づかれずに家を抜け出せ。さもないと彼女を殺す」というメッセージが都のスマホから着信されていた。瑠奈はぐっとスマホをセーターの胸に押し当てた。そして思い出していた。
小学生の瑠奈は狂った表情の女に着用していたTシャツをナイフで切られ、スポブラの上からナイフで胸を舐られた。自分にそんなことをする女の顔が怖かった。
「助けて…怖い…怖い…」
「瑠奈ちん‼」突然真っ暗な廃墟のドアが開いて、小さな少女都が瑠奈に向かって叫んだ。背後から長川警部補が現れ、ナイフで襲い掛かって奇声を上げる女を逮捕術で取り押さえる。
瑠奈はスマホを押し付けた胸を上下させた。
「いかなきゃ…」
「長川警部」
結城竜は長川に声をかけた。長川は御厨に話しを聞こうとしている所だった。
「このおっさん」結城は応接ソファーで腕組をしている羽鳥隆司を親指で指さした。
「…が言っているように、4年前の事件が実は冤罪だったって事はないんだな」
「それはあり得ない…」長川は静かに言った。
「それは羽鳥エリザベス本人が一番よく知っている。あれは冤罪ではない。指紋、物的証拠は全部出ている」
「だがそれはあくまで奴がそこにいたって証拠だろう。あの時は都だって小6。だから本当に奴が高野を助けようと」
「それはないよ、結城君」
長川ははっきり言った。結城はため息をついて長川に言った。
「わかった。だがエリザベスの奴が自分を逮捕した奴を恨んでいたとしたら…高野はまだ危険じゃないのか」
結城がそう言ったとき、今度は結城のスマホが鳴った。今度は勝馬からだった。
「ああ、糞…なんだあいつ」
結城はいらいらしながら電話に出た。「もしもし!」
―ゆ、結城…
勝馬の声が震えていた。呆然自失と言った感じで…。
―瑠奈さんが、瑠奈さんが…犯人のアジトに…。スマホに…犯人から…。
「何だと」
結城は叫んだ。
瑠奈の家で瑠奈の部屋のドアを陸翔が「姉貴」と開くと、部屋の窓は開いていて雨音が聞こえていた。陸翔の後ろで刑事が「そんなバカな…」と声を震わせていた。
真っ暗な廃墟の前に高野瑠奈は立っていた。やっぱり一人で来たのは間違いだったのかもしれない。廃墟の住所を刑事に知らせた方が良かったかもしれない。でも犯人は刑事に仲間がいると言っていた。都になら相談できたと思うが、その都は今、犯人に拉致されている。
瑠奈は肩を震わせて、蹲りそうになった。あの恐怖の記憶がよみがえった。吸血鬼にこういう廃墟で襲われた記憶が…。
(助けて…助けて…)
瑠奈は体を震わせていたが、それでも身を奮い起こした。今あの恐怖を親友が味わっている。助けなくちゃ…。
真っ暗な部屋で蝋燭の灯りだけが辺りを照らしている。都はふっと目を覚ました。
「し、師匠…」
キャミ姿の中学生の秋菜が十字架に拘束され、泣きながら都を見た。都も十字架に拘束されていた。
「師匠まで…こんな…酷い」と秋菜が声をあげると「酷いのは誰よぉ!!」と女は絶叫した。
目の前に瑠奈が被害者となった事件の裁判で見たあの女が髪を振りかざして喚いていた。
「あんたにはわからないわよね。冤罪になった私の気持ちが。そのせいで老婆みたいになってしまった私、羽鳥エリザベスの気持ちが…」
羽鳥エリザベスは喚いた。
「そう、私は無実の罪で逮捕されたの…。本当は私は高野瑠奈という少女を助けようとあの廃墟に行ったの…」
羽鳥は舞台女優みたいな語り口で語り続ける。
「瑠奈という女の子を助けるつもりだった。だけど彼女の十字架の縄を解こうとしたとき、あの女警部補とあなたが入ってきて、そして私が犯人にされた」
都は十字架に掛けられたままじっと羽鳥エリザベスを見つめる。羽鳥は悲壮な表情で都を見た。
「あの瑠奈って子が、記憶喪失になった時に、それを思い出させようとしてくれれば、あの子は私の無罪を証言してくれた…だけど、貴方と女刑事はそれを拒否した。そのせいで私は無実の罪で逮捕されたのよぉおおお」
羽鳥エリザベスは狂ったようにナイフで廃墟のテーブルを何度も刺した。
「だから、私はここで瑠奈って子に思い出させるの…」
エリザベスは口裂け女みたいな笑顔で目をぎょろりとさせる。
「瑠奈をあなたを人質に呼び出したわ。そして瑠奈に全てを思い出させて、私の無罪を証明させたら…お前らの前であの子をたっぷり苦しめて殺してやる…復讐よ」
「し、師匠…」秋菜が声を震わせる。
「大丈夫だよ、秋菜ちゃん、瑠奈ちんは絶対来ない」
都はじっとエリザベスを見て言った。
「瑠奈ちんをここまで来させるメッセージを、この人が送信するわけない。だって万が一それを瑠奈ちんが警察に見せたら終わりだから」
「いいえ、あの子は絶対に来るわ」
エリザベスはにっこり笑った。
「たった一人で。だってあの子に貴方、4年前の事件も…何も話していないんでしょう」
エリザベスの言葉に都は目を見開いた。
「だから警察に感づかれたら貴方を殺すって言ったら、あの子はきっと一人で来るしかない…。そのために貴方の十字架の画像を送りつけたのですもの」
エリザベスがくわっと目を見開て笑った。
「…最低」
都の表情が怒りに歪み、目に憎しみが宿った。その時だった。廃墟のドアがぎいっと開いた。
瑠奈が廃墟の入口に立っていた。胸に右手を押し付けて十字架に掛けられた都と秋菜を見つめる。
「都、秋菜ちゃん…」瑠奈が激しい動悸の中で声を震わせる。その前には目を赤く光らせ、にたりと笑う悪魔のような女を見て、瑠奈はすさまじい恐怖を感じた。
「ほら、来たじゃない」
エリザベスはナイフを片手に立ったまま硬直する瑠奈に一歩一歩近づいていった。
「な、何で…」
都は驚愕し、絶望した。
「瑠奈さん逃げてぇ」秋菜が絶叫した時には、もう硬直したまま立っている瑠奈に、羽鳥エリザベスの手が延ばされていた。