少女探偵失踪事件 解決編
【容疑者】
・栗川東(37):自立支援団体社長
・高川誠(35):自立支援団体重役
・庄司京太郎(31):迷惑系ユーチューバー
・田森慎吾(54):マンション管理会社
・由比貴斗(33):スーパー店長
・魚川聖也(35):大手ゼネコン社員
・魚川春名(22):専業主婦。
・新本舞(18):会社員
・相山輝幸(46):医療センター職員
5
―バン。
長川朋美警部と捜査員は拳銃をつけながら玄関をぶち破って突入した。
「警察だ!」
中には誰もいない。女警部はフェイスガードをつけて拳銃を突きつけながらゆっくり建物の中を確認する。
「警部…この中のようです」
捜査員が南京錠をかけられた物置を指さした。長川警部は頷くと、SITが特殊工具を持ってきて、南京錠がかかった鎖をデカいドアカッターで一気に切断した。そして中へ一気に突入した。
「都!」
長川警部が見たものは
「た、助かった…私は閉じ込められていたんです」
と長川に抱き着いてくる魚川聖也とベッドで仰向けになって、片足をアンクレットで固定された小柄な少女の姿。
「都!」
そう大声をかけて駆けつけようとする長川警部の声に目を覚ました島都は目をぱちっと開けてどんぐり眼をぱちくりさせた。
「うわぁああっ、長川警部。ダメだよ。近づいた。私はコロナに感染しているんだから…」
「そうだった…そうだった」
長川警部は慌てて手を振った。
「大丈夫か」
「全然大丈夫だよ!」
都は両手をぶんぶんと振った。
「心配させやがって」
長川警部は安堵のため息をついた。
「妻は…妻はどこなんですか」
魚川聖也が女警部の前であたふたして見せる。
「あなたの奥さんなら、さっき私の部下が保護しましたよ」
長川警部はそういいながら魚川聖也の手を取った。
「魚川聖也! 未成年者略取拉致監禁の現行犯で逮捕する」
警部の手錠が魚川の手にかかる。
「なんでだぁ。僕は僕は」
手錠でつながった両手首をぶんぶんして駄々をこねる魚川。
「警部…わかっていたんだ」
都が目をぱちくりさせる。
「まぁ、推理したのは結城君だけどな」
警部がそう言った時だった。都が激しくせき込んだ。
「いかん、すぐに関係機関に連絡するんだ」
警部は捜査員に命令した。
「神尾警部補」
自立支援団体の事務所に待機していた神尾警部補に鈴木刑事が敬礼した。
「なんですか。捜索礼状でも取れましたか」
栗川社長がせせら笑うような声を上げる。
「捜索令状は取れませんでしたよ」
鈴木刑事は言った。
「栗川東、高川誠、未成年者誘拐容疑で逮捕状。よく見とけ。お前には黙秘権がある」
鈴木はそういうと栗川の手を後ろに回して手錠をかけた。
「なんでだ…いったいどうして…いったいどうして逮捕状が出るんだ」
神尾に逮捕される高川の横で、栗川は大声で喚いた。
「下がって…」
捜査員にそういわれる中でドイツ製の大きな救急車が光っている。結城と秋菜と探検部のメンバーは捜査員の間から何とか都の姿を見ようとする。都はストレッチャーに載せられていて、人工呼吸器をつけていた。
「おい、まさかヤバい状態なのか」
結城が声を震わせ、勝馬と瑠奈、千尋が驚愕と不安に言葉を失くしている。秋菜が「師匠!」と思わず叫んだ。その時だった。
都がストレッチャーで運ばれながら、突然ターミネーターみたいに左手でいいねサインを作って、それを自分を心配してくれた連中に見せつけた。
「し、師匠…師匠…うわぁああああっ」
秋菜が瑠奈に抱き着いて大声で号泣しながらへたり込んだ。
「糞馬鹿野郎が」
結城は安堵のため息をつく。
茨城県警本部の取調室。
「お互いコロナネガティブおめでとう」
魚川聖也が座らされているテーブルに捜査資料をバンと叩きつけて、長川朋美警部はパイプ椅子に座った。
「奥さんが全部喋ってくれたよ。お前は確かに戸籍上は魚川春名さんの旦那さんだ。だが魚川春名さんの元旦那さんはお前の勤める大手ゼネコンの若手社員。お前はその上司だったようだな。お前は元旦那さんに酷いパワーハラスメントを繰り返し、勝手に奥さんとの離婚届けを作成して役所に出したうえで、ハラスメントで自宅に帰れない旦那さんの代わりに、お前がこの家に乗り込んだ。そして性的暴行を行って既成事実を作ったうえで婚姻届けを作って彼女の夫になり、妻は首輪や鎖で監禁した。奥さんは一度逃げ出したようだが、所轄の馬鹿な警官に『家庭問題に警察は介入できない』と言われて、お前が依頼した栗川社長らの自立支援団体が奥さんを拉致して連れ戻す行為を黙認されたといった。だから奥さんは警察を信用しないでひたすら逃げ出していたんだ」
長川は魚川聖也を睨みつけた。
「今日県警の私の部下ががお前の勤めるゼネコンのつくばテクノロジー工場ビルの44階で、鎖でつながれてドックフードで飼育されている春名さんの本当の旦那さんを発見したよ。つくばのテクノロジー工場の会社オフィスでこんな野蛮な事が行われているのかと、私の部下もビックらこいていたよ」
女警部は口調はフランクだったが、視線は物凄く厳しかった。
「お前はこうやって、もう1年以上部下の奥さんを監禁して部下の自宅に居座っていたわけだな。奥さんに対して使われた拷問道具。あれもお前が自作したようだな。この変態ゲス野郎が」
「ひひひひひひ」
魚川聖也はゲス顔で気色悪い声を上げていた。
「コロナが治ったら、あの女子高生にも使ってあげようと思ったのに。そうやれば女なんか従順になって、理想的な家族が出来上がったのに…。その飼育記録は結構みんながネットで愛読してくれてな。そこそこの小金持ちの連中なんかが俺に金をくれてもっと過激なのを頼むって言ってくるんだ。大手ゼネコンの収入と遜色ない金が手に入ったよ。きひひひひ」
気色悪い声を上げて挑発する魚川聖也に女警部は冷静に言葉をつづけた。
「そのネットの情報を見せてもらったよ。女子高生探偵島都を誘拐してほしいと金を出し合って500万円を20人以上の人間が工面したそうじゃないか。大人の男の犯罪をびしばし暴く生意気な女子高校生探偵を誘拐して調教してほしい。そういう連中がごまんといたわけだ。さらに都はお母さんがいなくなって捜索願を出したり誘拐として騒ぎ立てる権利が認められた家族もいない。引き出し屋の連中を介せば刑事ではなく民事の問題にすることが出来、ネット会員の中だけで楽しめば、合法的に彼女を性奴隷にする事が出来るって事か」
「まるで韓国の博士事件だな」
鈴木刑事が厳しい表情で魚川聖也に言葉を投げつける。
「どうして僕の犯行だってわかったんだい」
魚川聖也は言った。長川は答える。
「あの子の友達からの助言さ。この事件にはいくつか妙な点があったんだ。その一番の疑問点は保健所の人間しか知らない都のコロナ感染をマンションの人間が知っていた点。それも彼女の同居人2名は未感染だと知っていた点。その理由は簡単、お前があの迷惑ユーチューバーに都の個人情報と金を渡して、コロナに感染した状態で都に接触し、都を新型コロナに感染させるように言ったからだ。そのうえであの田森慎吾というマンション管理人にも金を渡し、都を追い出すように依頼した。それを受けてマンション管理人の田森はマンションの自治会を焚きつけて都を追い出すように仕向けた。その理由は2つあったんだ。一つは栗川と高川が都を物理的に誘拐しやすくするため。コロナ感染後自宅に引きこもっているときに誘拐するなんて芸当はさすがに自立支援団体も言い訳の出来ない誘拐犯になってしまうのを恐れて拒否するだろうとアンタは考えたわけだ。だからあんたはもう一つの理由として世論形成をしたわけだ。つまり『コロナと診断されたのにも関わらずキャンプなんかしている身勝手な高校生』と言う世論を作り上げ、その身勝手な高校生がどこかへ消えてしまう事で、社会から彼女に帰る場所を無くすことが目的だった。そのうえでコロナをバラまくJKの保護という社会への面目を立てて既成事実化し、この誘拐事件を無理やり合法にしてしまおうという意図もあったんだろうな。ところが連れ去られた都を友達が追いかけてきてしまい、現行犯で逮捕された場合本当に誘拐事件として処理されてしまう事を恐れた栗川社長は、無謀運転で結城君に大怪我をさせてしまう結果を招いた。だから連中はあんたとの関係が残っているデータを消去したんだ」
長川は吐き捨てるように言った。
「ちょっと待て…」
魚川は長川警部を見た。
「まさかアンタらがこんなに短時間で僕が犯人だと割り出したのは」
「ああ、栗川の会社からのルートがつぶされたとしても、都の友人が別のルートの可能性を2つも提示してくれたんだ。一つがあの迷惑ユーチューバー庄司京太郎の銀行の預金通帳。あいつがコロナで重態だと聞いてあいつのご両親の許可をもらってあいつに金を振り込んだ口座を調べたらあんたの名前が出たよ。20万円の振り込みが確認された。そしてもう一つのルートが都のマンションの管理人の田森慎吾だ。あいつを県警本部に呼んで締め上げたらあんたの名前を吐いたよ。お前が20万円を渡してコロナに感染した都を追い出すように依頼していたという事をな。2つの証拠が挙がったんでお前をまず逮捕し、お前が都を拉致していた事、お前のPCのデータに栗川とのやり取りが保存されている証拠が出てくれば、裁判所から栗川の逮捕状が出るのも早かった。後は同時期に逮捕したスーパーの虐待店長の由比貴斗の被害者の証言も併せて、いったい何が起こったのかは、すぐに明らかになるさ」
長川警部はじっと魚川を見つめる。
「そしてお前は金を集めて金をバラまいてコロナと言う生物兵器を使って誘拐事件を引き起こした全ての主犯だ。お前はもう終わりだよ」
「終わりじゃない」
魚川は言った。
「なんだって」訝し気な長川警部に魚川は声を上げた。
「僕は神だぞ。大勢の人間を好きなように操って下僕にする特別な人間だ。特別な人間なんだよ」
そう喚く魚川聖也の顔はまさにひぐらしスマイルに変化していった。
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「お前が…特別な人間だって?」
長川警部は言った。
「ああ、そうだ…俺は人間に狂った行動を取らせることが出来るんだ。俺の操り人形になって、今まで何人の人間がその人生を壊して屈辱的で壊れた行動を取るようになったと思っているんだ」
魚川は笑い声をひくつかせる。
「あの迷惑系ユーチューバーも俺が金をくれると言ったら、おもねるように俺にゴマをすってきたよ。あいつはコロナに感染していたからな。ちょっとプライドをくすぐってあの女子高生探偵にコロナを移すように言ったら、すぐに爆笑物の気持ち悪い動画をYouTubeにアップしてくれたよ。それからあのバカな田森とかいうマンションの管理人だっけ? あいつも滅茶苦茶おかしかったなぁ。ちょっと金をやると言ったらへいこらしてきてよぉ。自分が正義の味方の顔をしてマンションの住民焚きつけて、コロナ感染者の少女をマンションから追い出すなんて笑えるアクトやってやがんの。あいつらの正義に狂った目、滅茶苦茶笑えたぜ、本当は金の為なのによぉ」
「ふーん」
長川警部は魚川に好きなだけ喋らせてやることにした。
「僕の妻だって俺の部下と夫婦で固い絆で結ばれているはずなのに、1年ちょっとで普通に俺と夫婦生活になじんで従順にふるまっているの。俺の部下の存在なんて忘れたように! やっぱり一定以下の存在は結婚なんかしちゃいけないんだな。俺にはネットで俺の為に何十万と金を貢いでくれる連中がうようよいるんだ。俺はな。他人を思い通りに出来る存在なんだよ」
そこまで言い切った魚川聖也。だが女警部は呆れたように言った。
「なるほど…だからお前は都を標的にしたわけだ」
「何を?」
魚川が女警部を見る。
「お前に客観的事実を伝えてやるよ。お前が立ち上げたネットのポルノ同好会。今お前への罵詈雑言であふれているぜ。せっかくお前をおだててバカしかできない醜態をやらせて楽しんでいたのに、逮捕されて興覚めだって、みんなお前を馬鹿にしていたよ」
「!」魚川の目が驚愕に見開かれる。
「こいつら『囲い』もこれから聴取して、悪質な人間を何人か逮捕する予定だがな。つまり自分がやっている事が犯罪だとすら思っていないバカにお前は騙され、煽られていたわけだ」
「そ、ん、な…」
「それからお前が逮捕された時の情報を思い出してみろ。お前は普通にノコノコ今まで春名さんを監禁していた部屋に都を監禁して、春名さんは従順になったとして放し飼いにしていた。だがな…春名さんはいつか本当の夫に再会して生活を取り戻すために、お前に従順になったふりをしていただけなんだよ。その証拠にお前はあっさり春名さんに閉じ込められ、春名さんは脱出に成功した。そう、お前は誰一人洗脳も出来ていなければ支配も出来ていないんだ。お前が今まで逮捕されていなかったのは私ら警察がとんまだったから。これから助けを求めた市民を自立支援団体に引き渡した警察はしっかり監査されることになる…。わかっているんだろう」
長川朋美警部は物凄い目で魚川聖也を見た。火遊びしていた只のガキは百戦錬磨の刑事に睨まれ、ガタガタと震えだした。
「だからお前は都を狙ったんだ。あいつの真実を言い当てる力で全自分を肯定してほしかったから…そんな幼稚な発想でお前はあの子の誘拐を思いつきに近い感じで画策した」
魚川聖也はがばっと立ち上がった。
「あいつが今呼吸器をつけて集中治療を受けているのも、ネットで全国的にバッシングされているのも俺に逆らった報いだ。俺はあいつに大人を怒らせたらどうなる事か教えてやっているんだ」
魚川聖也は必死だった。自分の強さと正しさを打ち壊されたら、何もかも失った状態でこれから生きていくことすら出来ない。
だが女警部に一切の慈悲はなかった。
「パンピーがお前みたいなことを他者にしない理由って知っている? 必要がないからさ。他者を支配したり踏みつけたりしなくても、自分を律する事が出来るからこそ、そんなことをしないのさ。だがお前はそれが出来ない幼稚なクズ。だから他人様を支配したがるんだ。そんでもってな、他者に暴力をふるう事を拒否した人間、支配されるのを拒否して必死で逃げた人たち、そういう人間が私らアホ警察にくれたヒントがお前を追い詰めた。警察がとんまなせいで人権も何もなかったのに…彼女たちは大きな役割を果たしたんだ。これからのお前に残っているのはこういう人たちからお前が奪ってきた権利だけだ。殴られない権利、裁判を受けずに罰を与えられない権利、人道的に扱われる権利…」
長川は声を一段と低めた。
「お前自身には…何もない…お前はこれから仰天ニュースやアンビリバボーでネタにされる程度で、誰も一人の人間として顧みられることはない…そんなクズ野郎が何の罪もない大勢の人間を傷つけた…その罪をたっぷり償ってもらうぞ」
「‥‥ひっ、ひいいいい」
魚川聖也は頭を抱え奇声を上げた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
そんな幼稚な男を、長川警部は鬼のような形相で見下ろした。
結城竜のマンションのリビングソファーに座って、結城竜と秋菜はPCメールビデオレターを再生して、都の姿を今か今かと待っていた。
「ちょっと遅い…お兄ちゃん」
秋菜が声を上げた。
「お前がtiktokにあげる動画をファイルしまくっているからだろ」
そう兄妹げんかしているとき、都の顔が映った。鼻にチューブ入れて物凄く苦し気に咳をしている。
―結城君。ごほっ、ごほっ…元気にしているーーー。私は元気だよー。
「全然元気そうに見えないんですが、師匠」
秋菜は呆気に取られていた。
―病院のご飯は凄くおいしいし、病院の看護師さんと患者さんにお友達が出来て、ドッチボールとか鬼ごっこしたりして凄く楽しいよ。
「こんな状態でドッチボールやったら死ぬだろ!」
結城が喚いた。
-秋菜ちゃんが送ってくれたポップティーンやニコラ見ているよ。ありがとう。
「どう見ても点滴でページが動かせていないように見えるのですが」
と結城。
「まさか師匠、カメラじゃなくて録音だと思っているんじゃ」
と秋菜が茫然とした声を上げた。
―だから結城君も秋菜ちゃんも心配しな…ごほほっ、げははっ、ごほっ…しないでね。あ、今のは花粉症だよ。病院で花粉症が流行っているから…それじゃぁねーーー。
映像が切れた。
「し、師匠…」
秋菜の声が震える。結城も頭をぐしゃっとやった。
「嘘だろ。あいつ基礎疾患なんてねえはずじゃねえか。何でこんなに苦しそうなんだ」
結城の顔が顔面蒼白になる。
その時にチャイムが鳴った。結城がふらふらと立ち上がり玄関から出る。玄関に立っていたのは田森慎吾管理人だった。
「あ、あの…すいません…先日は本当に申し訳ない事をしました。まさかあのような事情があったのは全く気が付かず」
田森はへこへこ笑顔で謝ってきた。
「謝り方が違うだろ。20万貰ってあいつをこのマンションから追い出してごめんなさいだろう」
田森が顔をひきつらせた。
「全部こっちは知っているんだ。それに誰に感染させられたにせよ、あんたらは感染した事を理由にマンション価格が下がるという理由で都を追い出しやがったんだ。コロナでやばい状態にある都をな。そしてあいつがコロナに感染してキャンプにいった事をマスコミにリークしたのはお前だ」
「そ、その事なのですが」
田森は声を震わせた。
「実はこのマンションの資産価値が凄く下がっているんです。コロナになったことを理由に住人の少女にキャンプ一式渡して公園に放り出すような管理人や住人がいるマンションに住みたくないって…」
「そりゃそうだろうな」
「だからお願いです。その、私たちがおたくの娘さんをコロナを理由に追い出したって事実はなかった。そうマスコミの方々に話していただけませんか。これはそのお気持ち」
震える手で封筒が渡された。中を確認すると5万円が入っていた。
「つまりなんだ…お前は5万円で都にやっと晴らされた汚名をまた被れっていうのか? あん? 今コロナでやばい状態の都に対して…」
「本当にマンションの資産価値が下がって合わせて何千万の損害が」
「消えろ」
結城が物凄い力で田森の胸ぐらをつかんで廊下の手すりに押し当てた。
「お前は前の時と何も変わってねえ。消えろ」
「ひいいいいいいい」
凄まじい形相の結城少年に絶叫しながら田森は走り去っていった。
「糞が…」
結城はため息をついた。
(全く…とんだクズ野郎だぜ。全く俺もなんであの時秋菜みたいにブチ切れてあいつら押しのけてでも都を部屋で休ませてやらなかったんだろうな)
結城はマンション廊下の手すりに背中を向けた。
(俺がそんなんだからあいつも俺を気遣って)
結城は手すりからずり落ちて廊下に座り込んだ。悔しさと情けなさに顔が物凄く歪んでいた。結城はそのままこぶしを床に叩きつけて背中を丸めた。
秋菜は玄関の中からその様子を見ていた。
「なるほど、そんなことがあったんだ」
マクドナルドのJKと化した瑠奈と千尋が秋菜にポテト押しやりながらテーブル席でため息をついた。
「あ、私が言いふらしたなんて内緒ですよ」
秋菜が手を振ると大丈夫と千尋はサイン送った。
「その事なんだけど、私も実はそのことで悩んでてさ。あの人たちにライター点火した状態でゴキジェット顔面噴射してでも都を中に入れてあげればよかったって勝馬君に言ったことがあるんだよね」
瑠奈の不穏な発言に千尋が「こわ」と声を上げた。
「だけど勝馬君、自分が結城君の立場でもやっぱり公園に連れて行ったって。だってあのマンション都のお母さんの事件で加害者側だった人とかが住んでいるわけでしょう。結城君もきっとそう考えたんだよ。都が安全でいられるように…きっと都もそれはわかっているよ」
瑠奈は笑った。
「師匠…帰ってきますよね」
「大丈夫。だって都には帰る場所があるから…」
瑠奈はそういって秋菜の頭を撫でた。
おわり