少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都3-平成末期の殺戮劇❹end


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 理子の家。
「どうしたのかしら。こんな時間に」
富吉ゆかりはてっぺん超えちゃいそうな時間に突然家にやってきた理子の親友の真剣な思いつめた表情に優しい笑顔で彼女を中に通した。理子の遺影が飾られた祭壇の前で、ふっと秋菜はそれを見てから、パジャマ姿のゆかりを真っ直ぐ見た。
「理子は本当はバクトルスタンの子なんですよね」
その言葉にゆかりは一瞬驚いた声を出した。しかし秋菜をじっと見つめ、そして目を閉じた。
「私の先輩が気が付いたんです。理子ちゃんの体は爆弾でバラバラにされ、霊安室には首だけしかなかったのに、お母さんは娘の冷たい手を握ったって言っていました。お母さんは前にもう一人娘さんを亡くしていますよね。ここに引っ越してくる直前に」
秋菜に言われて理子の母親はぽつりと言った。
「理子は5年生の時、お風呂で心臓発作を起こしてね…。直前まで健康だったのに、私は目の前が真っ白になったわ」

霊安室の前で娘の遺体を見て茫然とし、フラフラと廊下を歩いている時、その時知り合いのバクトルスタン出身のお母さんが、入管職員に腰縄で動物みたいに連れまわされているのを見た。
「助けて…リコを助けて…」

「難民申請をしているバクトルスタン人の母子家庭だった。私がマンションに行くと、あのお母さんの娘のリコ…同じ名前で理子と仲良しでいつも一緒に学校へ行っていた女の子が、一人誰もいない部屋で泣きじゃくっていた。私はこの時決意したの。きっと理子は、あの子は友達を私が助ける事を天国から望んでいるって…だから私はリコちゃんを、自分の娘理子として育てる事にしたの…あの子は優しい子で、必死で娘の代わりになろうとしてくれた。でも、私はそんな事どうでもよかった…。あの子の笑顔が…あの子の笑顔が私にとって一番大事だったのに…どうして…よりにもよってバクトルスタンのテロリストに…理子をもう一度抱きしめたい…抱きしめて怖かったねって抱きしめたい! あああああっ」
秋菜の前でお母さんは絶叫した。

 秋菜はマンションから顔を真っ赤にして勝馬のバイクに戻ってきた。勝馬は下を向いて震えている秋菜にヘルメットをかぶせた。
「結城の馬鹿は秋菜ちゃんを家まで送って行けって言ったけど…。なんで俺があんな野郎の言う事を聞かなきゃいけないんだ。お客さん…どっちに行きます? 家か、水戸か…」
「水戸に決まってるじゃん」
秋菜は涙を目にためながらも決意に満ちた目を勝馬に向けた。勝馬はニヤッと笑った。
「そう来なくっちゃな」

 同時刻-真夜中の茨城県警察本部。
 途中茨城県警によって捜査の指揮を長川が執っている間、結城と都は県警のロビーで爆睡していた。未明…長川がソファーで泥のように眠っている都の鼻をつまんで「ふがー」と目を覚ました都に報告した。
「バクトルスタン共和国のザイエフ大使が今日成田から出国したらしい」
都は目を見開いてガバッと目を覚ました。
「それから秋菜ちゃんが私に携帯で教えてくれたよ」
長川は頷いた。
「お前の推理で間違いはなかった」
「わかった」
都は頷いた。そして長川警部と結城君をじゅんじゅんに見回した。
「これで全部がつながったよ…この事件の犯人は」

 黒い影は水戸市街地が見えるビルの屋上で、屋上階段の建物に寄りかかりながら、でじっと拳銃を見つめていた。
「もうすぐだよ…お姉ちゃん…。もうすぐ敵を取ってお姉ちゃんみたいな人をみんな助けてあげるからね」
拳銃を持った殺人鬼は、自分そっくりの容姿の姉の写真を見て、優しく悲しい声で言った。月明かりが、犯人の少女の顔を照らし出す。

「犯人は、富吉理子ちゃんなんだよ」
都は結城と長川に言った。2人は今までのやり取りからそれを覚悟していたのだろう。じっと都を見つめる。
「最初に変だなと思ったのは、あの大使が言っていた事なんだよ。私は背が小さいし子供っぽいから、理子ママの家にいる時、何も知らない人から見れば理子ちゃんの友達だと思う。でもあの大使は私を理子ちゃんの友達のお兄さんの友達だとわかっていたんだよ。そんな細かい情報をお母さんが大使に言う理由はない。って事は、誰か別のルートでそれを教えたことになる。多分理子ちゃんが大使に、島都には気を付けろって言っていたんじゃないのかな」
「しかし、あの首だけになった少女の遺体は…確かに理子さんのお母さんが本人だと確認している。あの遺体は誰のものだったんだ」
「あの遺体は多分、あの工場で働いていたバクトルスタン人のお姉さんなんだよ」
都の言葉に長川の目が一瞬見開かれた。
「普通に考えればお母さんがバクトルスタン人の理子ちゃんを養子に向かえたなんて事実を嘘で隠せるわけがないって思うよね。彼女が正真正銘の日本生まれの日本民族の日本人だとみんな思っていた。だからまさかバクトルスタン人で理子ちゃんそっくりのお姉さんがいるなんて思うわけがないんだよ」
都は静まり返った警察本部ロビーで長川に言う。
「だから犯人は人質もろとも爆弾で吹っ飛ばし、理子の体がその中にあったように見せかけたわけか」
結城は戦慄した。
「凶器に使用した拳銃はザイエフ大使が用意したものだ」
長川は結城に言った。
「調べて分かったよ。ザイエフ大使は理子さんの生まれた同じ部族の出身で、向こうは部族を中心とする社会システムが現役だってね。だからザイエフは理子に協力したんだ。多分公安が調べを付けるだろうな、ザイエフが実はあのテロリストにも武器を提供していたと」
「長野さんがホテルで殺された事件も、理子ちゃんとザイエフ大使がグルだと考えればトリックは簡単なんだよ」
都は言う。
「あの時大使と奥さんと一緒にいた10歳くらいの男の子。コナン君みたいな恰好をしていたからわからなかったけど、あれは13歳の理子ちゃんだったんだよ。そしてザイエフ夫妻は自らセキュリティを受けたけど、警察も子供まではセキュリティを受けろって外交特権のある人の家族に言わなかった。だから理子ちゃんはホテルに拳銃を持ち込み、長野薫を殺害した」
都は一瞬目を鋭くした。
「確かに、あの時私は子供には硝煙反応を調べさせなかった」
長川は歯ぎしりしながら言った。
「その盲点を突いたってわけか」
「長川警部は、私の今の推理を警備の人に教えて。犯人は理子ちゃんなんだって」
「それはわかったが、このトリックだとザイエフ大使が帰国した以上、このトリックは江藤議員の桜を見る会には使えないぞ。それどころかあの桜を見る会ネトウヨ集会みたいなもので、招待客に子供はいないはずだ。実際にあのホテルにいた関係者は誰も参加しないしな。つまり彼女が誰かの子供に成りすまして侵入する事は出来ないはずだ」
長川が都に言った。
「でも理子ちゃんは必ず来る。最後の犠牲者江藤議員を殺しに…そしてその為の方法も考えているはずなんだよ」
都は冷や汗を流した。
「そしてきっとこの時、理子ちゃん自身も命を絶つつもりなのかもしれない」

 午前10時。
偕楽園の駐車場前のセキュリティで長川は警備の森下に止められた。
「なんだって…江藤議員が?」長川が珍しく激しい口調で森下に詰め寄る。
「ああ、お前らは入れたくないんだと」
森下は長川と後ろの少年少女、都と結城を一瞥した。
「中で捜査するよう根回しはしたんだ。捜査一課が掴んでいる情報も全て渡した。その対応はしているんだろうな」
「警備部部長は一笑に付していたよ。そのうえで君の根回しドタキャンするって嫌がらせだろ」森下は呆れたように会場の中で笑顔で挨拶している江藤議員を見つめる。
「くそっ」
忌々しそうに地団太を踏む女警部を他所に、都はふと懐かしい顔を見つけていた。
「龍彦君…こんな人たちのパーティーに参加するなんて嫌だよ」
「僕も不服だけど、秘書が行けって言うから」
「礼奈ちゃん! 龍彦君!」
青年実業家とその従妹が、元気いっぱいの小柄な少女の顔を見てパッと笑顔を明るくする。
「都ちゃん!」
「都…都…またどこかへ行って」とため息交じりの警部だったが、「おーーーい、警部‼」と都がにっこり笑って戻ってきた。
「ふふふふ、招待状ゲットしてきたのだ」
得意げに招待状を見せる都に長川はあんぐりと口を開ける。
「長川警部は誰か怪しい人がセキュリティに近づいたら私に教えて…私は中で頑張って推理して、理子ちゃんが江藤議員を殺す前に方法を見つけ出す」
都は決意に満ちた目で長川を見た。
「絶対、もう理子ちゃんに人殺しはさせない。招待客に小さい女の子がいない状態で中に侵入して江藤議員を殺す方法を絶対に見つけるから」
「小さい女の子なら目の前にいるぞ」
長川警部がジト目で都に拳を突き出した。
「酷い!」
都が頬を膨らませて長川の拳を突き返す。
「結城君…絶対都を守ってくれ」
「わかった」
警部に言われて結城君は頷く。
 その様子を離れたところからバイクに乗った勝馬と秋菜がじっと見つめる。ここに来れば、理子がどこかにいる。目の中に首だけにされた理子が目に浮かぶ。秋菜はそれを振り払うように会場を見た。

 セキュリティと突破して学校の制服姿でパーティー会場に入った都と結城。参加者が議員と握手をしている。市長や知事、大企業の社長や芸能人も来ている。華やかな桜吹雪と陽気の中で談笑する人々、大物ユーチューバーが政治家と握手しながら写真を撮っている。
「それでは江藤議員と桜を見る会に参加の皆様。これより国旗を掲揚いたします。皆さん不動の姿勢で君が代の斉唱をいたします」
演奏者たちは自衛隊儀礼服で演奏を始める。
「ほら、君たちも国旗に正対しないか」
ジジイが都と結城に怒鳴りつける。
「ウンコが漏れそうなんです。国旗掲揚の最中にウンコ漏らす方が不敬でしょう」
結城はそう言いつつきょろきょろトイレを探すふりをして辺りをうかがう。
「本当に昨日のパーティに参加した人たちは誰も来ないみたいだね」都は言った。
「ああ、根回し目的のパーティーだから同じ人間をそう何度も呼ばないさ」と結城。
「つまり都の推理だとここでは犯人は手も足も出せないはずだが」
そう言いながらも何か犯人が策を練っているのではないかという不安の中で国旗が掲揚され国歌が斉唱されていく。春の陽気の中でただびく日の丸。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

 君が代の演奏が終わった直後、設置されたステージで江藤議員が誇らしげに
「日の丸がたなびき、君が代を聞くたびに、日本人として、日本国民として、国家を守らなければいけない。国家に身を捧げる子供たちを茨城県から作っていく…そういう思いに身が引き締まります」
と恍惚とした顔で述べる。
「では次に、小学生たちに、教育勅語を斉唱してもらいましょう」
その時、壇上にエクソシストのようなブリッジ歩きをしながら、黒いシャツとズボンの子供たち10数人が出てきて、国旗の前に整列する。
 その時、全てに気が付いた都が大声を出した。
「江藤さん、だめぇっ」
大声で都が喚き、走り出した。だがすぐに小柄な体はネトウヨらしい下品な中年のおっさんに蹴り飛ばされ、背中を蹴り飛ばされ倒される。
「なんだてめぇは」
「左翼か…左翼がどうやって紛れ込んだんだ」
参加者が都に蹴りを入れるのを見て、結城が
「何しやがるんだ!」とそいつを投げ飛ばすが別の人間にドロップキックされ、大勢に殴られ蹴り飛ばされた。
「おやおや、左翼の人間を呼んだつもりはないんですがねぇ」
壇上から江藤議員がせせら笑う。

「何かあったのか」
勝馬がバイクにまたがりながらどよめくセキュリティの向こうを見ていた時、秋菜は携帯電話で都を呼び出した。
「師匠…師匠!」
返事がない。
勝馬君!」
秋菜がじっと勝馬を見た。
「へへへ、そう来なくっちゃな!」
勝馬がバイクのアクセルを思いっきり鳴らす。
「しっかり捕まっていろよ」

「さぁ、気にせずに未来の日本に奉仕する君たちは教育勅語を斉唱した前」
子供たちが言われるままに国旗に向かって暗唱する。
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ…」
少年少女たちがそう叫んでいる間、議員はそれが自分の成果であるように恍惚と天を仰いでいる。だがその時周りにいた人間が声を震わせ悲鳴を上げた。子供たちの斉唱が消え、怒号が飛び交う。それに気が付いて思わず正面を向いた江藤議員が、一人の教育勅語斉唱の少女が自分に拳銃を向けているのを見た。
「死ね」
逆光した黒い影の殺意。江藤議員は恐怖にあわっと口を開いた。

「どけぇええええええええ」
勝馬のバイクが芝生を爆走し、警察車両のセダンのボンネットを踏切に思いっきり高く舞い上がり、-この時傍にいた長川警部が「勝馬君」と絶句した-ウイリー状態で木柵を飛び越え、パーティーのテーブルを踏み台に着地すると驚いて芝生にダイブする参加者を尻目に舞台に特攻する。犯人の少女が思わずそっちを見た時には勝馬の背中から飛び上がった秋菜のシューズが江藤議員の顔面に命中し、江藤議員と秋菜はもみくちゃになってステージの幕に突っ込んだ。
 悲鳴が上がり、逃げ惑う中で、結城が傷だらけになりながら立ち上がって芝生に座り込んでいる都に駆け寄る。
「大丈夫か」
「うん」
都が人形のように頷く。そして徐に立ち上がった。ステージの前でバイクがひっくり返り、勝馬が目を渦巻きにして伸びている。そこから視界を上げると、少女が江藤議員の首に手を回し頭に拳銃を向けていた。周囲を見回すと、森下警部や数人の私服警官が拳銃を舞台に向けていた。
「銃を捨てないとこの議員の頭をぶち抜くよ」
少女は声を震わせた。
「な、なんで…」
舞台に座り込んだ秋菜が必死で立ち上がった。
「なんで、なんで」
わき腹を押さえながら秋菜は声を震わせる。
「なんで、理子が」
富吉理子は秋菜に微笑んだ。
「こっちの台詞だよ。びっくりしちゃったよ。秋菜ちゃんがいきなり突っ込んでくるんだもん」
「どけ」
警察手帳を片手にセキュリティを突破した長川警部は舞台を見上げた。
「都さん、あなたの推理?」
無表情の理子に都は答えた。「都は首を振った」
「秋菜ちゃんのおかげだよ」
「お母さん、話してくれたよ」
理子の背後から、秋菜は言った。
「理子がどんなにバクトルスタンの内戦で怖い目にあってきたか。そんな理子を守ってくれたのがお姉ちゃんだったんだよね。お姉ちゃんは理子を命がけで、難民キャンプへ連れて行ってくれたんだよね」
「私を隣国まで連れていく軍隊のトラックに乗せるためにお姉ちゃんはロシア軍の兵士に体を売ったの」
震える江藤に拳銃を突きつけながら理子は言った。

「Menga yoqmaydi. Men doim opam bilan bo'ldim(嫌だ。私ずっとお姉ちゃんと一緒にいる)」
トラックの荷台で泣きじゃくるリコにお姉ちゃんは優しく語りかけた。
「Men yaxshi. Keyingi trekka boraman. Chunki men bu rus qo'shinining odamlari bilan gaplashmoqchiman(私はこのロシア軍の男性と話したい事があるから)」

「またすぐに会える…そう言ったお姉ちゃんは、難民キャンプに来ることはなかった。キャンプで再会したお母さんはもう生きていないと思って、私を日本に連れて行って難民申請をしたの…」
冷徹だった理子の声が震えた。
「お母さんが連れていかれたり、大切な日本の友達が亡くなったり…凄く辛かったけど…私は理子のお母さんに大切にされて幸せだった。でもこの日本でお母さんとお姉ちゃん…そして理子のお母さんと一緒に暮らせればいいなって思っていたの」
理子は油断なく拳銃を江藤に突きつけ、顔を激情させた。江藤が「ひいいっ」と情けない声を上げる。
「でもその夢が破られたのを、テロリストになった私の親戚が教えてくれたの」
「あの工場でテロリストが理子ちゃんを見つけたのは、偶然だったんだよね」
都は言った。
「びっくりしたよ。髭でわからなかったけど、親戚のお兄ちゃんだった。2人とも人質の中に私がいてびっくりしていたよ」
理子は冷静に笑った。だが次の瞬間影が差す。そして少女の透き通る声でダミのような憎しみを吐いた。そのギャップに都は戦慄した。
「そして私はもう一人家族と再会したの。そう首だけになったお姉ちゃんとね」
理子はぎろりと会場を睨みつけた。
「お姉ちゃんと一緒に働かされたベトナム人の人が話してくれた。あそこの工場長が技能実習生をリンチして、死んだ従業員の首を切って冷蔵庫に保管して、それを他の人に見せびらかして恐怖で反抗でき無くしていたって。この工場長の権藤って奴は笑っていたらしいわ。従業員がいなくなっても警察は行方不明者としてではなく犯罪者として扱う。例えどんなに虐待を受けていても、犯罪者になるのはお前たちだって…わかる?」
理子は憎しみを江藤にぶつけた。
「お姉ちゃんはね、私に会うために日本で技能実習生になろうとしたのよ。その気持ちに付け込んだあんたらは、バクトルスタンの人たちが奴隷になることを知って人材を斡旋した。そして、入管の連中は保護されないといけない虐待被害者を犯罪者として扱って、お母さんを4年も収容した挙句に虐待して殺したのよ! 私はお母さんはバクトルスタンにいると思っていて、それをテロリストになった兄弟から聞かされた時はショックだった。分かる? お母さんとお姉ちゃん、2人を失った私の気持ちが。ずっと会いたいと思っていたお姉ちゃんはすぐ近くにいたのに…あの村の虐殺がよりによって私の家のすぐ近くでお姉ちゃんに対して行われたのに、私知らなかった、知らなかったのよ!」

「いやぁあああああああ、opa(お姉ちゃん)‼」
工場で冷蔵庫で首だけで保管されていた姉に泣きすがる理子。その背後でテロリストになった親戚の若い男が激しい憎しみを理子に向かって発露した。
「Biz uchun umid yo'q. Riko ... Biz vafot etganimizdan keyin opam va onamning dushmanlarini mag'lub etding.(もう私たちに希望はない。理子…俺たちが死んだあと、お前が姉と母の敵を討つんだ)」

理子は江藤の頭に突きつけた拳銃を激しく震わせた。
「2人の兄弟は復讐を私に託したわ。そしてこれから何の補償も受けないで送還される工場の外国人も私に口裏を合わせてくれると言った。兄弟はお姉ちゃんの首を私に見せかけ、自分たちが警官と銃撃戦をしている間に逃げろって私に言った。私は髪の毛を切ってシャツを変えて、男の子のふりをして突入の時に逃げたわ。学年は100人位いるし、警察は秋菜ちゃんが持っていた首に気を取られていたからうまくその場から逃げ出せた」
「じゃぁ、千川所長殺害事件は」
拳銃を理子に突きつけながらも森下警部が声を震わせる中、都はじっと理子を見ながら答えた。
「遺体を発見した野球少年こそが殺人者だっただったんだよ」
都は言った。
「あの町はTXが出来てから開発されたニュータウンで、みんな3月に引っ越したばかりだったみたい。公園で野球していた子供たちもみんな顔見知りじゃない人が一緒に野球をしていて、理子ちゃんは野球少年としてわざとあの家にボールを叩き込んで、謝りに行くふりをして」

「野球を公園でしちゃいけないはずだ。親を呼んで来い、親を…土下座させてやる」
そう喚く千川は自分に拳銃が突きつけられているのに気が付いた。
「なんだ、エアガンか」
「生憎私の親はあなたに入管で殺されているのよ」
少女のゾッとする殺意に千川はこれが本物だと気が付いて腰を抜かした。
「死ね!」
千川の頭が飛び散るのを理子は冷徹に見下ろした。

「なんで13歳の女の子が…こんな大量殺人を」
森下が戦慄する。
「お母さんとお姉ちゃんの復讐か」結城は言った。
「それだけだったら、工場から逃げた後、大使館じゃなくて警察に言って踏みとどまっていたかもしれない」
理子は首を振って言った。
「だって、日本には私を育ててくれた大切なお母さんも秋菜もいるもん」
一瞬理子の顔が優しくなった。
「じゃあ、なんで」
秋菜が声を震わせた。秋菜を振り返らず理子は冷酷な目で長川、結城、都を眺めまわした。
「バクトルスタンでお姉ちゃんに抱っこされながら見た村の人たちの生首…。あの時私たちは理不尽に友達や先生や親戚がいかれたヘイト連中に殺されても、お父さんが殺されても無力だった…でもあの工場でお姉ちゃんの首を前に兄弟から復讐のチャンスを与えられたの。ううん、復讐だけじゃない」
理子の顔に狂気が浮かんだ。
「私がこいつらをぶっ殺す事で社会は変わるのよ。大勢の技能実習生が救われ、日本社会が私が流した血によって大きく変わるのよ。兄弟はそのために私に使命を与えてくれたの! 大勢の人々を救うための救世主となるための使命をね!」
「嘘‼」
悲鳴を上げて震える江藤の銃口をさらに強くこめかみに押し付けながらの理子の絶叫を秋菜の叫びが圧倒した。
「そんな事あるわけないじゃん」
理子は両手をぎゅっと握って下を向いて声を震わせた。
「私は大切な人を殺されても家族に復讐して欲しいなんて絶対に思わない。家族が殺人犯になっちゃうなんて…絶対嫌だよ」
秋菜の声が震え、結城が「秋菜…」と驚愕する。都は秋菜をじっと見つめた。
「理子に復讐しろなんて言ったテロリストは最低だよ。自分の憎しみを晴らすために理子に復讐するように…人殺しするように命令して…。あの大使だって理子に手を汚させて…。最低だよ…。殺された理子のお姉ちゃんが大切に思っていた妹に…酷すぎるよ!」
「秋菜ちゃん…」
理子の冷たかった声が動揺に震えた。
「ずっと思っていたお姉ちゃんが殺されて、お母さんも殺されて…怖かったよね、悲しかったよね…酷すぎるよね」
秋菜は歯ぎしりした。
「そんな女の子に復讐しろだなんて、人を殺せなんて…もっと酷すぎるよ」
秋菜は理子を真っ直ぐ見た。目からは涙がボロボロ出ているが激し怒りの表情だった。
「そうだな…」
長川警部は舞台の端で震えている子供たちや、彼らを誰も助けようとしない会参加者の偉い人たちを見つめる。
「子供が暴力とか怖い目に合わないようにするのが大人の役目なのにな」
会場が静まり返った。
「お母さん…理子を抱きしめたいって言ってたよ。怖かったねって抱きしめたいって」
ガタガタと理子は震えだした。秋菜の優しい声に麻痺していた恐怖が体を震わせた。
秋菜は理子の拳銃を包んだ。
「おかえり…理子」
拳銃が理子の手から離れた。江藤議員の体から力が抜け、失禁してあわあわ言っているのを警官が抱き起す。理子を取り押さえようとする警官を長川が手で制し、秋菜から拳銃を受け取った。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
秋菜の胸に縋りついたまま理子が絶叫し、そのまま崩れ落ちた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、うわぁああああああああああああああああ」
子供のように号泣する理子を秋菜は撫でてあげる。
「ふはは、この北谷勝馬様が来たからにはもう大丈夫だ…ってあれ、あれ…」
バイクの下から鼻血を出してむっくり起き上がった勝馬を結城はジト目で見る。
「俺、秋菜を家に送ってやれって言ったよな」
「なんでてめえのいう事を勝馬様が聞かなくちゃいけねえんだ」
勝馬。都は勝馬に笑顔で言った。
勝馬君…ありがとね」

 水戸児童センター。警察官が警備する中、秋菜はセンターの綺麗な廊下で、幾分信じられない表情で目を見開いている母、富吉ゆかりを振り返る。
「ここに理子がいます。おばさん、私はここで」
「秋菜ちゃん…」
ゆかりは少し声を震わせ、それでも優しい笑顔だった。
「本当に…ありがとう…」
「いえ」
秋菜は思わずはにかんでこの場を謝辞した。
穏やかな春空の下、待っていた都と結城、瑠奈と千尋は振り返った。
「おかえり…。秋菜ちゃん」
秋菜に気が付いた都が優しい笑顔で振り返った。
 心優しき探偵助手が目をグーで押さえて大声で号泣したのは、その直後だった。

おわり