劇場版少女探偵島都3 平成末期の殺戮劇❸


3

「秋菜ちゃんの最近の様子はどうだ」
ファミレスで女警部長川朋美はパフェ越しに聞く。都は笑顔で「頑張ってるよ! 秋菜ちゃん今日は私たちの為に肉じゃが作ってくれたの!」
と笑顔でホクホクしている小柄な女子高校生探偵島都。その横で結城が深刻そうに長川を見る。
「で、用件は何だよ。あの事件はテロリストが犯した事件で全員警官に射殺されたはずだ」
「私もこれでこの事件は解決かと思ったが、警視庁と千葉県警で合同捜査本部が立ち上がる事になったんだ」
長川は捜査資料を簡単にメモした手帳を見る。
「東京武蔵野市で入国管理局収容所職員の片桐慶四郎がジョギング中に殺害されたんだ。犯人はサイレンサー付きの拳銃で片桐の後頭部を撃ち抜いていた。そしてその翌日には片桐慶四郎というやはり入国管理官で収容施設所長を務めた千川千雄55歳が自宅で殺害されているのが発見されたんだ」
長川は2人の写真がクリップされたメモを都と長川に見せる。
「都、クリームを垂らすなよ」
「犯人はまだ見つかっていないんだね」
都は長川を見て長川は頷いた。
「ああ、だが千川の方は一定程度目星はついているようだ」
長川は言った。
「まず、千川の家の正面玄関には監視カメラがあってな、出入りする人間は全て監視されているんだ。死体を発見して通報した野球少年は除外するとして、死体発見日当日に3人の訪問者がいるんだ。一人は石崎司、発電機などを製造するエイシアパワー社のバクトルスタン現地法人顧問でな」
都がダンディな中年の背広姿の日本人の写真を出す。
技能実習生が技術習得だろうが虐待されて使い物にならなくなって事業に影響を及ぼしているとして千川や政府の官僚にかなり怒っていたらしい。今回自宅で話し合いをしようという事で言ったらしいが、彼の証言ではこの時は被害者は生きていたようだ」
長川は警察の取調室での聴取を思い出す。現地の文化風習に馴染んだような石崎は煙草を曇らせながらまくしたてた。
「あいつにガツンと言ってやるはずだったんだよ。こっちは技能実習生を現地で雇って、その技術で中国の一帯一路とやり合おうって時に、虐待でPTSDで技術どころか体を壊された技能実習生しかいないと来たものだ。こういうことをされるとせっかくの親日国で日本の評判が悪くなる。金のバラマキが無駄になるって政府や入管に抗議したんだよ。そしたらあいつ自宅で腹を割って話そうだなんて言いだして…。家に行ったら、バクトルスタンでの技能実習制度の社会貢献の酷い現状についてレコーダーかけようとしやがった。多分一部だけ切り取って勝手に公表するつもりだったんだろう、頭にきて帰ったよ」
石崎は警察署でそう表現した。
「でもその人は犯人じゃないだろう。次に訪問した人間もいたはずだから」
結城の言葉に長川は頷いた。
「次の訪問者は入管にOB訪問に来た21歳の女子大生渡部唯だ。石崎の後にやってきたらしくてな…。でも」
長川はため息交じりに取調室を回想した。
「実はその…千崎所長ちょっとおかしな人で、私に対して外国人収容者をいじめる話ばかりしてきたり、私の彼氏とか恋愛とかそういうのを聞いてきたり…それで飲み物をしきりに勧めてくるのが気持ち悪くて、それで逃げるように帰りました。用事があると嘘をついて」
セミロングの清楚な女子大生は長川警部に話した。
「鑑識の調査じゃ、案の定散らばっていた飲み物から睡眠薬が出たらしい。それから被害者のネット検索記録からは、最近の性犯罪の無罪判決についての記事が…」
長川はファミレスで珈琲を飲みながら、「ひいいい」とドン引きする都の前でため息をついた。
「3人目は」
結城に言われて、長川はため息をついた。
「3人目は…テロ事件で殺された富吉理子の母親、富吉ゆかりだ」
「うそ」
都が驚愕の声をあげた。「なんで理子ママが」
「聞いたよ」
取調室の回想を長川は思い出した。
「理子が殺されたのは、バクトルスタンの技能実習生への虐待が原因なのかって思うと、どうしてもいてもたってもいられなくて…所長の住所へ行ったんです。でも所長は会ってくれませんでしたけど」
「所長の住所をは何で知ったんですか」
長川が聞くと、ゆかりは言った。
「私、あの人と寝たことがあるんです。私は難民支援のボランティアをしていて、日本にいる難民の子供たちの教育を支援する仕事をしていました。その時、難民の子供を収容して欲しくなければって近づいてきたのが、入国管理局の不法滞在者捜索を担当していた千崎だったんです」
「うわぁあああああ」
都はドン引きして結城に縋りつく。
「つまり、以上をまとめると石崎はアリバイは成立しているな。だって彼が殺害していれば渡部は千崎に会う事は出来ない。となると所長に会ったと証言した渡部と会えなかったと証言した富吉さん。この2人のどっちかが犯人ってわけだ」
「それがそうとも言えないんだ」
長川はため息をついた。
「前に殺された所員の片桐慶四郎…武蔵野市の殺害現場に行くことは2人には絶対に出来ない。あの事件被害者が死ぬ瞬間を通行人が目撃しているからな。正確な死亡時刻がわかるんだ。その時富吉さんはパート、渡部さんは大学のゼミに出ていた。2人はいずれも茨城県内にいた。いずれも完璧なアリバイがあるんだ」
「こういうのはどうだ」
結城は長川に聞いた。
「実は石崎が犯人で、千崎を殺した後、変装して渡部唯を出迎えた。だが次の富吉さんの場合は被害者と深い付き合いでバレるだろうと考えシカト決め込んだ」
「その時石崎さんはどうやって被害者の家から脱出するんだ」
長川はため息をついた。「防犯カメラには石崎の出入りも映り込んでいた」
「まぁ、石崎さんに第一の事件ではアリバイはない事は間違いないがな」
都は考え込んだ。
「これって入国管理局の人たちが次々殺されているって事だよね」
「それも同一人物の可能性が高い」
長川は言った。
「2つの事件の弾丸の線状痕を確認したら見事に一致していた。さらに消音のオートマチックを使っていることからプロの可能性が考えられる。それとあの人質事件があった直後というタイミングからすると、犯人はバクトルスタンの技能実習生に虐待を加えていた入国管理官を次々に殺害している可能性が高い」
「って事は次の誰かが狙われるとしたら、入国管理局の人とは限らないよね」
都が考え込むように言った。
「ああ、県警はあと2人が次に狙われる可能性があると考えて警護している。一人は技能実習生の募集や斡旋を現地でしていた極東財団の現地事務所長長野薫…もう一人は国民自由党国会議員の江藤博人だ。こいつはバクトルスタンの情報部とも繋がりがあって、あれだけ自国民が日本で酷い目に遭って技能実習も出来ていないというのに向こうが抗議をしてこないのは、この議員が向こうの高官に賄賂握らせたんじゃないかって説があるらしい」
「おいおい、じゃぁ、つまり理子を殺したテロリストに生き残りがいて、そいつが復讐を実行しているって事か」
結城の顔が険しくなる。
「ああ、そしてそいつはスーパーセルみたいに日本社会に潜んでいて、またあの工場でのテロ事件を再現するかもしれないって事だ。その為にも、千崎千郎所長殺害事件のトリックを早急に暴かなければいけないという事だ」
長川は額に冷や汗を流していた。
 その時、長川警部の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし…長野さんどうしました」

 茨城県タワーマンションに住む長野薫という36歳の女性は声を震わせていた。
「ねぇ、私は本当に大丈夫かしら…まさか爆弾とかで攻撃されたりはしないわよね」
長野は声を震わせていた。
「荷物は全て警察の方でチェックしています。タワーマンションはセキュリティが万全ですし、外には警官も配備しています。それにタワーマンションなら周囲に高いビルがない以上狙撃される心配はありませんよ」
「で、でも…夜のホテルでのレセプションは…大丈夫かしら…」
「あそこもホテル会場には万全な手荷物検査が行われますし、警備部がちゃんと警備します。我々は目下テロリストの検挙に務めています」
長川は落ち着かせるように言った。
「心配だわ…そうだ…女子高校生探偵島都って知ってる? 私の友達が県警のキャリアで、ひそかに警察に知恵を出して難事件を解決している凄腕の女の子がいるって…」
「知ってるも何も。今目の前でパフェ食ってますよ」
「ほえ」
クリームだらけの美少女が目をぱちくりさせた。
「連れてきて、是非連れてきて。彼女がいれば安心だわ!」
キャッキャと声を出す長野。
「いいよ!」
都はにっこり笑った。そして決意に満ちた声で言った。
「秋菜ちゃんの為にも、絶対に犯人を捕まえないといけないんだから」

「えー、お兄ちゃんまたぁ」
秋菜が自室で寝っ転がりながら携帯に向かって不満そうな声をあげた。
「ああ、都が実力テストでヤバそうなんだ。そう言うわけでお前今日は1人で寝てくれ…大丈夫か」と結城の声。
「うん…」
秋菜はため息をついた。
「もし厳しそうだったら、高野でも薮原でも好きなのを呼べば一緒に寝てくれるから。ただし北谷勝馬、あいつはダメだ」
「はーい」
秋菜はそう言って電話を切るとスマホをタップして「勝馬君」に発信した。

「おう、どうしたぁ、秋菜ちゃん…まだ怖いのか」
バイクを唸らせながらマンション玄関先でたたずんでいた秋菜に北谷勝馬は声をかける。しかし秋菜は災害用ヘルメットをかぶって秋菜のバイクの後ろにまたがると。
「つくばに行って」
「つくば? うまいラーメン屋でもあるのか?」
きょとんとするごつい体の高校1年生に秋菜は喚いた。
「いいから!」

 つくばセンター地区の高層ビル群にホテルオーラはあった。ペデストリアンデッキに直通している未来都市みたいなホテルだ。そこに黒塗の高級車がパトカーに先導されてやってくる。周辺で警備部の背広警官が周囲を警戒する。
「あら、来てくれたのねー」
オホホホホと長野薫、極東財団人材派遣部門、36歳が笑顔で島都という女子高生探偵をぬいぐるみのように抱きしめる。真っ赤なドレスにケバイ化粧をしている。
「私は頭のいい子が大好きなの。今日は私を守ってね」
長野は笑顔でポカーンとしている都の手を握ると、意気揚々とセキュリティチェックを通過していく。
「なんだ、あのおばさん」
結城はジト目でその後ろ姿を見つめる。
「あれで相当やり手らしいぞ。全世界から技能実習生を集めて政府や企業にインターンって形で献上しているらしいから、それも奴隷みたいな契約内容をだまくらかして」と長川。
「つまり、奴隷商人ってわけだ」結城の言葉にはトゲが入っている。
「いや、日本の企業風土は経営者がだらしなさすぎるんだ。労働時間、給料、契約内容どころか法律も守らない。つまりいくら魅力的な条件を現地で取り付けても、日本の文化や伝統にかかればなかったことにされてしまう。結局構造的な問題なんだよ」
長川はため息をつく。
中央アジアのそれ以外の国では日本財団とかが学術や現地での技術向上や社会改革を地道にやっているが、バクトルスタンじゃ技能実習生の名目で利権が蠢く状態になっちまった」
「おーにーちゃーーーん」
突然不機嫌な声が聞えてきてジト目の視線を感じて振り返ると、結城秋菜が従兄をじーっと見つめている。
「なんでお前がいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ!」
背後で北谷勝馬が激昂する。
「なんでうまいラーメン屋じゃなくて、お前がいるんだよ。あ、都さーん」
勝馬くーーーーん」
都と勝馬がハイタッチする。
「なんでここに来たんだ」
結城は秋菜に喚いた。
「お兄ちゃん。理子の事件の関係でここにいるんでしょ」
秋菜がじっと結城を睨みつける。
「うん」
都はじっと秋菜を見つめた。
「理子を殺した連中がまだいるんですよね」
秋菜が師匠をじっと見つめる。
「うん」
「私も一緒に捜査します。絶対に理子の敵を討つんだから」
秋菜は都を押しのけて長川警部に近づいた。
「私も捜査に参加させてください! 絶対テロリストを捕まえて見せますから」
猛然と長川に縋りつく秋菜。
「駄目だ」
長川は言った。「気持ちは分かるが、君を捜査には参加させられない」
「なんで! 私だって師匠の一番弟子なんですよ。テロリストを‼」
次の瞬間、秋菜の頬が物凄い勢いでぶたれ、秋菜が左頬を赤く染めて、驚いたように目を見開く。
「お前、こんなところででかい声を出している時点で犯人が聞いていることを考えられもしねえ時点でダメだって言ってるんだよ」
結城は秋菜を冷徹に見下した。都が慌てて秋菜に駆け寄る。
「それに長川警部の事を考えてみろ。俺らに捜査状況をぺらぺら喋っていることがバレれば、警部の立場もヤバくなるんだ。そんな事も考えられねえで、探偵助手なんか名乗ってるんじゃねえ」
結城は長川に頭を下げた。
「別に私の立場なんて女の子殴って守るような事じゃねえぞ」
と長川はため息をつきながら警官に手帳を見せ、拳銃を渡してセキュリティをくぐる。
「この2人は捜査協力者だ。都‥‥」
「うん」
秋菜は下を向いて震えている秋菜の肩を心配そうに持っている。勝馬
「お、俺に任せてください」
バツが悪そうに頭をかいた。都は笑顔で「ありがと‼」と笑った。
「秋菜ちゃん…ラーメン食いに行くぜ…ラーメン」
秋菜は黙って下を向いたままトボトボ歩いて行く。
「秋菜ちゃん…何も殴る事はねえよなぁ…ああ…全くあいつは本当にクソ野郎だなぁ」

「俺は本当にクソ野郎だな」
ホテルのロビーで結城は立ち止まった。
「ううん、結城君が本当にそう思っていたわけじゃないくらい、勝馬君が話してくれるよ」
「いや…あいつは馬鹿だから無理」
都はその言葉にΣ(゚д゚lll)ガーンとなった。
「もう、あんな生きた心地しねぇ耐久タイムは御免だぜ」
「ま」
長川は笑顔で結城の肩を叩いた。
「ここまで派手にブッ叩いた以上、犯人捕まえて殺人の阻止をしないと、秋菜ちゃんに顔向けできないよ」
長川は二カッと笑った。
 その時、セキュリティシステムの前で黒メガネの男が身分証を警官に見せた。
「私はバクトルスタン大使館武官クシャーノフ…そしてこちらがバクトルスタン共和国大使アレクサンドル・ザイエフ閣下夫妻だ」
「はっ、失礼しました」
警官があわてて機械のスイッチをパソコンで切ろうとするが、ザイエフ大使はそれを手で制して
「いや、構わない。日本もバクトルスタンもテロへの憎しみを共有している。外交特権などと言わずここは日本のセキュリティに私も妻も協力しようじゃないか」
と流暢な日本語で言った。
「あの人」
都が素っ頓狂な声をあげた。
「おや」
向こうも気が付いた。
「君はテロ犠牲者の少女の親友のお兄さんとそのガールフレンド」
「が、がが、ガールフレンドじゃねえです。友達」
結城が思わずてんぱる横で
「薮原千尋ちゃんによれば私と結城君とはねっとりした関係なのです」と背後から結城に飛びつく都。
大使は妻と10歳くらいの恥ずかしがりな少年に先に行くように促すと、
「甘えん坊な息子でね。だからご遺族との対面は本当につらかったよ」
と言った。「しかし君たちは何故」
「実はこの2人は捜査協力者です。失礼しました」
長川は大使に不動で敬礼した。
茨城県警本部刑事部警部の長川です」
「バクトルスタン大使のザイエフです。日本の警察は非常に優秀だと聞いている。よろしく頼むよ」
ザイエフはそう言いながら都と結城と握手して会場へと消えた。
 長川は都と結城にこっそり顎でしゃくりながら言った。
「彼がエアストパワーの石崎だ…」
ダンディな背広姿のおじさんが長川に会釈して会場に入る。
「それから渡部唯さんもここにきているらしい。彼女はゼミでシルクロード研究しているからな。大使に花束を渡す仕事だそうだ」
暗がりの中で会場の中で緊張している渡部唯。赤いドレスの胸に緊張した様に両手を押し付けている。
「緊張してはいけませんよ。リラックスです」
日本大学のドドボノフ教授が助言する。安西先生みたいなバクトルスタン人の教授だった。スピーチ会場ではザイエフ大使の横で国会議員の江藤が清聴している。
「はい、こちらは異常なし…大使のスピーチは続いています」
ロビーを見下ろすガラス階段の上で、警備部の森下達也警部はイヤホンに喋っていた。だが彼はふと「長川警部」と声をあげた中東系の宗教指導者の姿を見て、ロビーにいる長川たちに気が付き、
「なんでいるんだ」
と驚愕した。
イマーム・ドストモフ‼」
長川が声をあげた。
「本当にあの時はご協力感謝します。しかし大変残念な結果になってしまって。都…この人は人質救出に力を貸してくれたモスクの導師ドストモフ先生だ」
「は、はじめまして」
都が緊張した様子でにこやかな宗教指導者に会釈をした。
「君は」
「実は亡くなった女子生徒の友人の兄の友人なんです」
長川がそう紹介すると、ドストモフは残念そうに「理子さんのお知り合いでしたか」と悲しげに言った。
「小さな女の子を殺すなんて…彼らはムスリムじゃない。本当に多くのムスリムがあの女の子の命を悼み、お母さんの為に祈っています」
そのドストモフの言葉に、都はふと目を見開いた。彼女はこの時、何か違和感を感じていた。あれ、なんだろう…この違和感…。

「はー」
ペデストリアンデッキ広場で出店のケバブはぐはぐする秋菜。
「あれ、秋菜ちゃんじゃない」
スーツ姿の女性が声をかけてきた。元気なさそうな顔で見上げると、そこにいたのは富吉ゆかりだった。
「おばさん…」
秋菜の目から涙が流れる。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「あらあら」
ゆかりは何も言わないで秋菜を抱きしめてあげた。
「ふふふ、理子もそうやって悲しい事があるとそうしていたの…。ふふふ。秋菜ちゃんの体温かいわね。心も凄くポカポカ…良かった…秋菜ちゃんの手が温かくて…自分の子供の手が冷たいなんてもう嫌だから…秋菜ちゃん、生きてくれてありがとう…」
「おばさん…」ぎゅっと抱きしめる秋菜。
ゆかりは優しかった。通行人がなんだと笑っていたので勝馬が「こら、見せもんじゃないぞ」と退散させる。
「秋菜ちゃんのお友達?」
「ええ、まぁ」
笑顔のゆかりに聞かれて勝馬は頭をかく。
「見事にホテルから追い出された」
「私もよ。招待されていたはずなのに。なぜか大使の要請で私の参加は見合わせて欲しいと入口で言われたの」
ゆかりはため息をついた。
「遺族の人に是非日本とバクトルスタンの友好を見て欲しいと参加したのに」
「えー、酷すぎるじゃありませんか」
秋菜が目を赤くしながらも明るさを取り戻したかのように、素っ頓狂な声をあげた。
(ちょっと待って…まさか…これって何かの始まりなんじゃ)秋菜の直感がそう囁いていた。秋菜はあわてて携帯電話を取り出す。そしてスマホ越しに「師匠」に発信した。

「あ、秋菜ちゃんだ」
都がピンクのガラゲーを耳に当てる。
「あ、秋菜ちゃん、元気出た?」
「師匠、大変なんです」秋菜は言った。
「実はテロ事件の遺族代表として理子のお母さんが会場に呼ばれていたんですが、直前に大使の要請で招待をなしにされたようです」
秋菜の声は焦っていた。都の顔が険しくなる。
「わかった…ありがと」
都は長川警部に言った。
「長川警部。長野さんはどこにいる?」
「長野薫部長は…会場の中にいるはずだが…森下警部…そうだよな」
長川が上から聞き耳を立てている森下警備主任に聞いた。
「いや、会場は100人以上いるし暗いから、誰がトイレに出たのかはわからん」
「嘘‼」
都が目を丸くした。

 黒い影は自動拳銃にサイレンサーを装着すると、写真を見た。読者諸君ならこの写真を見た時、富吉理子の写真であると理解するであろう。
「リコ…頑張るからね…必ず敵を取ってあげるから」
死者に復讐を誓った黒い影はゆっくりと廊下を歩き出した。

 長野薫は喫煙室にいた。
「ああ、なんでこう大使の話は長いのかしら」
煙草を曇らせてイライラする真っ赤なドレスの女史。その時喫煙ルームの扉が開いた。
「なんで…」
長野の顔が引きつる。目の前にいたのは拳銃を向けて殺意を帯びた目で長野を見つめる殺人者の顔。この冷たい形相は長野に嫌が応にも運命を突きつけた。
「なんで…あなたが…」
長野の顔が死の恐怖に震え、哀願の言葉を発そうとしたが、その時には乾いたサイレンサーの銃声とともに長野薫の後頭部で脳みそがポップコーンのようにはじけ飛んだ。殺人者は拳銃を床に投げ捨てると喫煙室から消えた。

 都は弾かれたように走り出した。
「どうした都!」
結城が声をあげた。
「あの人、凄いヘビースモーカーだよね。あの人から煙草の匂いがいっぱいしていたもん。もしかしたら喫煙ルームにいるのかも」
都はホテルの看板を頼りに喫煙ルームに走り出す。
「つまりサボりって奴か」
結城が都の後ろから走りながら声を上げる。
「そして長野さんがヘビースモーカーだって事を犯人が知っていたとしたら」
「バカ言え…ここの警備は万全だ。犯人がここで犯行を行うとは思えないぜ」
長川は喚く。
「それじゃぁ、犯人はどうやって千崎さんの家の密室から消える事が出来たの?」
都は喫煙室の扉を開けた。そして凄惨な殺人現場を目撃した。うつ伏せになった長野薫の死体の頭を中心に血の海が広がり、床にも血が飛び散っていた。
「うっ」
長川が仰天する。
「な、何故だ」
森下が声を震わせた。
「なんで拳銃を持ち込めないこのトイレで人が撃ち殺されるんだ」
「とにかく」
長川は森下に命令した。
「今すぐ出入り口を封鎖して、子供以外全ての人間の硝煙反応を調べるんだ!」
「…」茫然とする森下に
「殺人の捜査は刑事部の仕事だ。今から私が指揮を執る…これは命令だ…わかったな」
長川警部の気迫に押されて、森下は慌てて廊下を走っていく。
サイレンサー付きか」
長川は床に落ちていた拳銃を見る。
「でも一体どうやって…どうやって犯人は拳銃をこのホテルのセキュリティくぐって持ち込んだんだ。こいつは金属探知機をくぐれる3Dプリンターの樹脂製の奴じゃねえ、本物の拳銃だぞ」
結城の声もさすがに震えていた。完璧な最新鋭の警備の中で犯人はどうやって拳銃を持ち込んだのか。
「どうしたんだ」
石崎が喫煙ルームの前のトイレから出てきた。煙草の匂いがする。
「お前、この喫煙ルームでタバコ吸ったか…」
「喫煙って…うわっ」
死体を見て石崎が悲鳴を上げる。そして意味を察したらしく声を震わせて、
「俺は犯人じゃねえ。確かに煙草は吸っていたが、トイレの個室で吸っていたんだよ!」
と結城に喚いた。
「まぁいい。警察が全員の硝煙反応を調べるそうだ。そうすれば誰が犯人か一発でわかるだろう」

「一体何があったんだ」
「ここから出してくれ」
参加者がセキュリティの入り口に押し寄せるのを警備部の警官が不動の姿勢で阻止する。
「先ほど、トイレで殺人事件が発生しました。犯人は拳銃を捨てて参加者の肩の中に紛れ込んでいる可能性が高い。子供以外の全員の硝煙反応を取らせてもらいます。例外はありません」
「なんだと」
「私を誰だと思っているんだ」
怒号が響く中長川警部は「待ってろと私は言っている!」と大声で威圧した。県警の車両がホテルの前に多数到着する。
「硝煙反応…出ると思うか」
その様子を遠くで見ながら、柱に寄りかかる様にして結城は腕組をしながら大人の醜態を見つめる。
「出ないと思うよ」
都は言った。
「どんな方法を使ったかはわからないけど、犯人はホテルの金属探知機をくぐって拳銃を持ち込んだんだよ。そんな人間が硝煙反応つけたままうろついているはずない。絶対に出てこないよ」
都は言った。そして歯ぎしりする。
(止められなかった。理子ちゃんを殺した犯人、止められなかった…)
そしてじっと慌てた表情で警察に食って掛かる江崎議員を見つめる。
「でも犯人は魔法なんか使っていない…何かトリックがあるんだよ。そのトリックを絶対に暴いて…次の殺人は絶対に止める」
都の目が闘志に燃え上がる。
「理子ちゃんと秋菜ちゃんの為に‼」

「全く…何も誰からも出なかったじゃないか。明日の江藤議員と桜を見る会に影響が出たらどうするんだ。お前は国政に影響を及ぼすところだったんだぞ」
江藤議員は頭を下げる長川に悪態をついてセキュリティからホテルの外に出ていった。
「やはりか」
結城は長川警部に言った。ホテルのロビーで2時間待って、全てのパーティ参加者を検査した結果、硝煙反応は誰からも出なかったようだ。
「まるで神出鬼没の犯人だ。千崎所長殺害の時は監視カメラで監視された家を出入りし、この事件では金属探知機含めたセキュリティを突破して硝煙反応も残さずにこのホテルから消えやがった」
「警部…長野さんを殺した拳銃の弾丸…あれは」
「線状痕から見て、千川所長と片桐を殺した銃で間違いないそうだ。つまりこれでこの3つの事件の犯人が同一人物って事は判明したって事だ」
長川はため息をついた。
「あの大使夫妻も硝煙反応は検査したのか。外交特権はあったんだろう」
結城が聞く。
「むしろあの夫妻は進んで硝煙反応の検査に応じてくれたよ。結果はシロ。それ以外会場にいた人間は全員検査したが、硝煙反応は出なかった。そして長野の死亡時刻にセキュリティを出入りした奴はいない」
「あれだ」
結城は言った。
「ビニール傘か何かに穴をあけてそこから手術用手袋をした手で握った銃をむき出しにして射殺」
「そういうのも考えたが、ホテル内でそんなビニールがさも手袋も雨合羽も見つかっていない。つまり犯人はむき出しの状態で拳銃を発射したって事だ。硝煙反応は必ずついているはずなんだ」
長川は警察官が一礼する中帰っていく参加者を見つめた。
「でも誰からも硝煙反応は出なかった」
都は必死で考え込んだ。
「煙草は…石崎が吸っていた煙草はどうなんだ。あれに硝煙反応が紛れたって事はないか」
と結城。だが長川は首を振った。
「ニコチンの煙と火薬は全然違うよ」
「重要容疑者のアリバイはどうなっている」
結城は長川に聞いた。
「一応ホテル従業員が赤いドレスで喫煙ルームに向かった被害者を目撃しているから、この時間まで生きていたと考えて間違いないだろう。それからのアリバイだが、まず石崎にはアリバイはない。ずっとトイレでタバコを吸っていたと言っているが時間的には可能だ。ザイエフ大使夫妻はずっと舞台で講演していたから犯行は不可能。渡部唯は教授のドドボノフ氏と一緒にいたと教授が証言している。つまりアリバイが成立している」
長川は警察手帳を見つめて言った。
「森下警部は?」
結城は長川に聞いた。
「警察なら当然拳銃を持ち込むだろう。硝煙反応が残らない疑問は分からんが、どうやって拳銃を持ち込んだか…その疑問は解決できる」
「なるほど」
長川は結城に不敵な笑みを浮かべた。
「森下警部はこのロビーで指示を出していたそうだ。だがそれを証明する人間はいないな。ただ無線で部下とずっとつながっていて、銃撃や悲鳴と言った類は聞こえていないようだ」
「ねぇ、警部」
都は目をぱちくりさせて警部を見上げた。
「なんで理子ママは直前で招待状をなかったことにされちゃったの?」
「やはりテロ事件の関係者を呼ぶのはイメージ的に良くないと、ザイエフ大使が言ったそうだ」
と長川。
「でもそしたらドストモフ先生も呼ばれないはずだよね」
都が目をぱちくりさせる。
「宗教指導者だからな。呼ばないわけにはいかなかったのかもしれない」
長川は頭をかいた。都はその警部をじっと見上げた。
「明日、江藤議員はお花見をするんだってね」
「ああ、水戸の偕楽園で…実際はネトウヨの集会みたいなものらしいが、技能実習生で潤っている起業家も参加するらしい。一応厳重なセキュリティは敷かれる予定だが…」
長川に続いて結城が喋る。
「今回の事件でセキュリティと硝煙反応の2つの壁を突破した犯人なら…」
「お花見の会で犯人は江藤議員を殺すかもしれないって事だよね」
都はじっと考え込んだ。この完全無欠とも言える不可能トリック…これを解かなければ犯人は確実に次の標的を殺すだろう。都は考え込んだ。ホテルの外はすっかり真っ暗になっている。
「明日のお花見会は明日の朝か…」
結城はスマホを見た。

 ホテルの前で警察車両に乗り込もうとする都と結城。そこへ秋菜が下を向いて顔を赤くして近づいてきた。
「お兄ちゃん、さっきはごめん」
「いや、俺の方こそ…」
「また犯人を捜しに行くの?」
「ああ、もうこれ以上人を殺させるわけにはいかねぇ」
「わかった」
秋菜は下を向いた。
「家で待ってる」
「頼む」結城は優しく言ってから車に乗り込んだ。
「またね、秋菜ちゃん」
都の笑顔…。
「師匠…絶対犯人を捕まえてくださいよ。理子のお母さんが言っていました。もう自分の子供の冷たい手は握りたくない。誰の子供も死んでほしくないって言っていましたから! 次に殺される人がどんなにひどい人でもその人だって誰かの子供なんですから!」
そんな秋菜の必死の思いに、都の目が見開かれた。秋菜の言葉が全てを氷解させたのだ。完全犯罪の謎を解く全てを…。
「秋菜ちゃん…今から秋菜ちゃんに重大な頼みごとをするんだけど、いいかな」
都の目は真剣だった。
「師匠…」
都の目がじっと真っ直ぐに秋菜を見るので、秋菜もぎゅっと拳を握って都を見返した。
「はい、何でも言ってください」
「実はね…」
都の推理に長川も結城も後ろにいる勝馬もそして何より秋菜が驚愕した。
「本当ですか! それ本当なんですか」
秋菜がガタガタと震える体を両手で抱きしめながら都に言った。
「それが本当か確かめる事が出来るのは秋菜ちゃんしかいないんだよ…あの時理子ちゃんの首を必死で守ろうとした秋菜ちゃんにしか…それは出来ない」
都は真っ直ぐ秋菜を見た。秋菜は大きく頷いた。
勝馬君、秋菜ちゃんを連れて行って」
「わかりました」
勝馬は頷いた。