生首島殺人事件❶
1
(証明々様より)
笑顔の少年少女の絵がかけられている。その絵に描かれた2人は10代後半。凄く優しい笑顔の絵だった。
その絵はこの島のわずか一軒の民宿のロビーにかけられていた。その絵をこの民宿で働く一人の少女が見上げていた。彼女は絵に描かれた少女の親友だった。彼女は絵の中の少女の最期を思い出していた。2年前、少女は全裸の状態で、本土中心市街地のマンション前の道路にうつぶせに倒れていた。
生首島の岸壁に波しぶきが上がった。
【容疑者】
・右藤雅恵(45):生首荘女将
・右藤愛(17):生首荘従業員
・比留間宇美(36):フェミニスト作家
・高木憲太郎(38):フェミニスト。大学准教授。オカマ。
・徳田兵庫(57):医師
・西原回(34):エロ漫画家
・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。
・山垣甲(40):カメラマン
・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。
「みんな! タイタニックしようよ」
「都さん、ぜひ僕にデカプリをの役を」
島都が漁船の先頭に立って両手を広げようとするのを北谷勝馬が支えようとする。
「お前ら、ハメ外していると海に落っこちるぞ」
結城竜が甲板の上で日差しにばてながら声を上げた。
「うぇええええ、気持ち悪い」
探検部名誉隊員の中学生結城秋菜が船の横で海面に向かってゲロゲロしている。
「大丈夫、秋菜ちゃん」部長の高野瑠奈が背中をさすっている。
「秋菜ちゃん、遠くを見ればだいぶましになるよ。ほら、私たちが出向してきた港。そして海の向こうにあるのがこれから行く…なんて島だっけ」
都が薮原千尋を振り返る。
「生首島…平将門の首をここに埋めたって伝説から来ているんだって」
とポニーテールの少女は答えた。
「もうちょっと別の名前はないのかよ。第一将門の首塚なんて東京の大手町含めて関東中にあるじゃないか」
結城がジト目を向ける。
「でも今怪談面でホットな話題を提供しているのが、この生首島なんだよ」
茶髪のロン毛のおっさんが浴衣姿という奇妙ないでたちで、高校生チームを見て笑う。
「あれ、貴方はエロ漫画家の西原回さんじゃないですか」
千尋が目をぱちくりさせる。
「『女子高生純愛ハーレム』とか矛盾したタイトルでで有名な…最近はバラエティでも見る…髪型変わっていたんで気が付きませんでしたよ」
「なんで知ってるんだよ。18禁だろ」
結城がジト目で千尋を見る。
「よく知っているね。君、さては腐っているな」
西原回(34)が千尋に「ひひひひ」と笑うと、
「あら…彼女はワラワラ動画主催の『表現規制と男女平等』という論争に参加するのよ」
と黒いワンピースに見下すような視線の女性が西原に声をかける。
「これはこれは、比留間先生。フェミ作家が参加しているって事は、貴方が表現規制側の大将ってわけですか」
と西原が意味深な笑いを浮かべる。
「私も…ラブ子さんがネカマじゃない事に驚いてますわ。あなたが髪形をロン毛にしていることもね」
比留間宇美(36)が見下すように高校生チームを見回した。ギクッと千尋が冷や汗をかく。
「ばれてるんじゃねえのか。お前の兄貴がネカマ論客だって事」
結城が千尋に耳打ちする。
「あの女はデマや推測で人を中傷するのが好きなのよ」千尋はジト目で比留間を見返す。
「今回、兄貴がみんなの分のお金を出したのも、私一人だと絶対代役だとあの女がうるさいから」
「つまり、面倒くさいネットのおばさんってわけね」
瑠奈が苦笑する。その時「おおおお、やっぱり女の子だったんだ」と片言に近い日本語の女の子が髪の毛を中華団子にして「ニーハオ」とこっちに挨拶する。白いシャツにホットパンツの女の子がスマホカメラで写真を撮った。
「おおお、美人」勝馬が嬉しそうだが、瑠奈は怪しげな中華キャラにドン引きしながら「ええ、貴方は」と声をかける。
「私は台湾オタク少女、陳思麗…エミリーって呼んでね」
とチャーミングさを人差し指と笑顔で表現するのがあざとい陳思麗(20)。
「僕は日本の高校生。名前はジョン・キタダニ…です。よろしく」
勝馬がエミリーのシャツのボインボインに釣られて格好つけているのを「勝馬君、今英語名を考えた」と秋菜がジト目でため息をつく。
「なんでこの船にこんなジャップオスが乗っているのよ」
突然低いおっさんの声が女言葉で話しているので、都と結城は目をぱちくりさせて声のした方向を見る。長身のピエロみたいにけばい化粧をした男性が左手人差し指を西原に突きつけて喚いている。
「ああっ、汚らわしい。女性消費が人格を持って物体化したみたい。こんな奴が強制収容所に入っていないことが本当に許せないわ」
物凄い分厚い化粧のお化けみたいな髭のオカマが体をくねくねさせている。
「本当に許せない。気持ち悪い…」
そこでオカマは結城に目を付けた。
「私はフェミニスト大学教授の高木憲太郎よ。貴方は随分いい男じゃない。私の所に来て。後で男女平等を講義してあげるから」
高木憲太郎(38)はそういうと、嫌らしくぶっとい唇を嘗め回す。(お前こそ俺を消費しているだろおおおお)サァッとなる結城。だがその時だった。
「結城君が嫌がっているじゃん。あっちへ行って」
都が両手を広げて結城の前に立ちはだかるが、船が揺れてひっくり返り、結城ともどもひっくり返った。その様子を無口で骸骨のように痩せたカメラマン、山垣甲(40)が撮影している。
「全く、ひどい目に遭ったぜ」
結城はげんなりする。
「相当個性的なメンバーが集まっているみたいね」
瑠奈が苦笑すると「個性的なメンバーを集めて動画で面白がりたいんだろう」と結城はため息をついた。
「見えてきたぞ。あれが生首島。今回の舞台地だ」
西原回が船の全員を見回した。
岸壁には一人の和服姿の少女が手を振っているのが見えた。ショートヘアの少女だ。
「皆さん、ようこそいらっしゃいましたぁ。私はこの島の民宿のスタッフの右藤愛と言います」
「へへへへ、君かわいいね。高校生?」
チャラ男の漫画家西原回がへらへら笑う。でも右藤愛は華麗に無視した。
「比留間さん。私たちの民宿を使ってくれて本当に助かりました。黒森さんはもう来ていますよ」
「そう…じゃぁ荷物を持って頂戴」
比留間宇美は乱暴に右藤愛(17)に荷物を押し付けると、「ああ、私が案内しますよ」という言葉も聞かずに一本道の未舗装の坂道を登り始めた。
「僕が持ちますよ」
勝馬が歯が命と言う笑顔でキラーんと笑った。
「ええと」戸惑う愛に、勝馬はさらにかっこつける。
「ジョンです。よろしく」
「馬鹿」秋菜がジト目で勝馬を見た。
「へぇ、愛さんって高校では美術部なんですか」
瑠奈が感心したように言った。
「でも探検部ってどういう活動をしているんですか」
と愛が興味津々と言う形で瑠奈に聞く。
「そうね。大体は部室でお喋りしたり、みんなでゲームしたりキャンプしたり殺人事件を解決したり…手広くやっていますね」
「BLも忘れないで、BLも」
と千尋が突っ込みを入れる中で、愛は「いや、そこじゃなくて、今さりげなく物騒なのがまじっていたような」と苦笑した。
「夏休みが終わったら本土の学校に帰って、美術展覧会に出品する予定です。私はこの島の風景を描くのが好きかな」
「この島、今民宿が一軒あるだけだと聞いたけどな」
西原回が声を上げる。
「ええ、他の家はみんな本土に引っ越して、私たちの民宿しか残っていません。でも海が見える露天風呂がありますから。コロナがなければお客さんはいっぱい来ますよ。釣りスポットでも知られていますし」
と愛は笑った。
「あ、これが民宿です」
民宿生首荘はその姿を探検部メンバーらに見せていた。ごく普通の民宿ではあったが、くたびれ具合がこの民宿に渦巻く何やら異様な悪意を醸し出しているように見えた。
「お客様がお見えになったよ。お母さん」
そう玄関の引き戸を開けた愛の前で、
「何なのよ。この絵は、気持ち悪い。とっとと片づけてって言ったでしょう」
と鬼のように比留間宇美が女将さんの恰幅の良い和服姿の女性に怒鳴り込んでいた。
「でも、これは貴方が育てた」
「あんたが私の子供を殺して押し付けた子供でしょう。あんたは私に障害者押し付けて、自分は娘を出産していい気なものよね。それで今更こんな絵を飾って…ふざけないでよ」
ヒステリーに喚く比留間宇美に、眼鏡の色黒で長身の男性が「やめなさいよ。比留間さん」と諫めようとする。だが比留間は不意に笑いだした。
「そうね。今夜はこいつの娘をあの世に送ってくれた人たちを招いて。こいつの娘が死んだお祝いをしなくちゃ。おっほっほっほ」と歯ぎしりする女将の前で比留間宇美は笑った。
「やめんか。愛ちゃんが見ているぞ!」細目の白衣の男性が大声で喚いた。
勝馬が茫然と愛を見る。愛はうつむいて震えると、突然玄関から外へ走り出した。
「愛、お客さんの前で」
女将さんが大声で叱る。おろおろする勝馬に代わって瑠奈が「私たちは大丈夫です」と手で制した。
「鍵とか渡していただければ、私たち適当に部屋に行きますから」
瑠奈が両手を振った。
「本当に申し訳ありません」女将の右藤雅恵(41)は頭を下げた。
「何撮っているのよ」比留間宇美はカメラマンの山垣に悪態をつくと踵を返して歩き去った。
「本当に萎えるわね」
オカマの高木憲太郎がため息をつくと、陳思麗は顎に手をやって、
「これは本当にこの高校生部活の殺人事件解決の歴史に新たな一ページって感じですね」
と鍵を女将から受け取って階段を上がって言った。
砂浜の見える岩の上で右藤愛は座り込んでいた。小さくため息をつく。
「愛ちゃーーん」
ふと小柄なショートヘアの少女があわあわしながら追いかけてきた。
「あ、お客様…本当にごめんなさい。せっかく来ていただいたのにお見苦しいところをお見せして」
島都の前で愛は頭を下げた。
「まさか、私を心配して…本当にごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。何か大変そうだけど…何かあったのかな。なんか女将さんが比留間さんの子供殺したとか…あ、勿論言いたくなかったら言わなくてもいいけど」
心配そうな少女に愛は少し考えてから
「宿の女将…私のお母さんがさっき黒い服を着ていた女性、比留間さんと同じ会社で働いていて上司だったんです。私のお母さんは当時比留間さんにパワハラをしていたらしくて…比留間さんが当時結婚していた人の間に子供が出来て、産休とりたいって言ったら、うちのお母さん凄く反対して…会社が大変になるって理由で、比留間さんに」
愛は声を震わせた。波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
「毒が入った紅茶を飲ませて、流産させたんです」
都の目が見開かれる。
2
「そんな…」都がショックで言葉を失う。
「うちのお母さんに赤ちゃん殺されて、比留間さんは旦那さんとも離婚することになりました。パワハラ上司だったお母さんは比留間さんから幸せも全て奪った挙句、自分の家の障害者だった女の子を無理やり比留間さんに押し付けたんです。勝手に養子縁組して『これで育休取らなくてもいいでしょう』とか言ったみたいです」
「酷いなぁ。お母さんがこんなひどい事をしていたなんて…」
都が愛の背中を撫でる。
「比留間さんはそれから会社を辞めて、外資系の理解のある会社で編集者として、作家として成功しました。それだけじゃなく、自閉症を持っていた女の子を育てていたんです。その女の子が私の中学の時の友達…比留間葉奈…」
愛は声を震わせた。
「私たちはそんなことも知らずに双子の姉妹だとも知らずに、友達やっていたんです。葉奈は凄いいい子だった。ちょっとしたことでパニックになったり泣いちゃうこともあるけど、優しくて私の事を大切にしてくれて、本当に素敵な絵を書く子でした」
愛は旅館に戻ると、ロビーにかかっている絵を見つめた。
「あれが葉奈が書いた絵ですよ」
都は愛が指さした方を見た。ロビーにかかっている絵。そこには優しい笑顔で笑っている男の子と女の子がいる。2人とも中学生くらいだろう。
「ひょっとして葉奈ちゃん、高校生の今頃は凄い絵師になっているんじゃないかな」
都が感心したように言うと、愛は首を振った。
「葉奈は死にました」
「え」
都が目を見開いた。
「中学卒業前、最後の文化祭の日に。絵本出版の話をしに行った出版社のあるマンションから、全裸で飛び降りて…事務所の人は話し合っている最中にパニックになって急に服を脱いで飛び降りたって…自閉症だったし予期しない行動を取るからって警察は事故死と決めつけていました…」
愛はため息をついた。
「うちのお母さんが比留間さんと言い争っているのを聞いてしまった事があります。比留間さんは葉奈を愛してなんかいませんでした。私のお母さんに葉奈を虐待していたことを面白そうに笑っていました。それはそうですよね。自分の子供を殺した相手に押し付けられた子供なんですから。葉奈はそんなそぶりは全然見せなかったし、私の前では仲のいい母子を演じていたけど、でも本当は葉奈は私にうまく助けを求められなくて、私は気づいてあげられなかったんです。でもきっと事務所でこんなことになったのは、比留間が葉奈を虐待していたせいなんだ。だからせっかく絵本作家の夢がかないそうだったのに葉奈はフラッシュバックとかでパニックになって」
「何を話しているんだい」
突然男の声がして都と葉奈ははっとした。
「お客さんの個人情報をペラペラ喋るのはよくないな」
眼鏡の色黒長身男が厳しい目でこっちを見ていた。
「失礼しました」
愛が台所の方に走って言った。
「とは言ったものの」眼鏡の男性は頭をかいて都を見た。
「あの比留間宇美って女は相当な異常者だよ。実は僕らは事件があった出版社で本を出していてね。事件があった現場にもいたんだ。僕が背中から肩を叩いたのがきっかけだった」
眼鏡の男性はため息をついた。
「葉奈さんは突然悲鳴を上げてベランダに出ると衣服を脱ぎだし、僕らが止めようとしたときには飛び降りてしまったんだ」
「だが、後日僕らの所に来た母親は異常者だったよ」
後ろから細目の白衣の初老男性が声を上げた。
「私らに金ばかり要求する一方で、あんな障害を持つ娘が死んでせいせいしただの、障害を持っていて手間がかかったんだから金をもっと寄越せだの、金の事ばかりだったよ。最もあの娘を引き取る過程が過程だから…そうなるのも仕方がないな」
「貴方も出版社の人なんですか」
と聞く都に、細目の初老男性は「うんにゃ」と声を上げた。
「私は普段医者をしている徳田兵庫だよ。こちらは黒森琢磨さん。公務員だ。ただあの出版社で本を出しているんで、その日は出版社にいたんだが」
徳田兵庫(57)医師はため息をつきながら黒森琢磨(35)公務員を見つめる。
その時だった。「師匠! 海に行きますよ。海」と結城秋菜がパーカー姿で浮き輪を腰に回しながら元気いっぱいに階段を下りてきた。
「あれ、結城君は」
都が目をぱちくりさせると「トイレじゃないんですか」と秋菜は言った。
「なんでお前とつれしょんしなきゃいけねえんだよ」
勝馬が男子便器を向かいにふる。
「馬鹿野郎。海水浴場の横には海の見える露天風呂があるんだ。俺とお前はこれから裸の付き合いをするんだぜ」
「あらぁ、裸の付き合い、いいわね」
背後からがっちりしたマッチョオカマの声がする。
「ひいいいい」振り返ると厚化粧のオカマの高木憲太郎が不敵な笑みを浮かべている。
「気長に、気長に」
「ひいいいいい」
結城と勝馬が慌ててトイレから飛び出す。
「どうしたの。花子さんでもいたの」
ロビーでぜえぜえしている結城と勝馬に、都が目をぱちくりさせる。
「お待たせぇ。ごめんごめん」
パーカーを着た高野瑠奈が野球帽をかぶって降りてきた。
「薮原は」結城が聞くと、瑠奈の後ろから千尋が
「あ、私は一応収録に立ち会わなきゃいけないからパス。みんなで楽しく泳いできて」
とTシャツ姿で声をかけた。
「大丈夫か。あいつらと討論なんて」
「大丈夫大丈夫」千尋は馬の被り物を被りながら言った。
「他の連中は自己顕示欲の強いのばっかじゃん。適当に頷いたりしていれば終わるよ」
「このお馬さんで出るの。YouTubeに」
都が瞳を輝かせる。「おおおお」
「身バレは怖いからね」
「はぁ、千尋さんの水着を見たかったのに」
勝馬は都にどうどうされながら玄関を出た。
「って、ちょっと…」
結城が目を見開いた。旅館の前にミニバンが停車している。運転しているのは愛で、運転席から…「皆さん、浜辺まで案内します」と手を振っていた。
「ちょっとあんた高校生だろ。いいんかい、運転なんかして」
結城が素っ頓狂な声を上げた。
「大丈夫ですよ。私たちだけしかいませんし。私道みたいなもんですから」
「いや、法律上は立派な公道だと思うけど」
瑠奈が苦笑した。
さぁ、読者諸君…お待たせしました女の子の水着回だ。秋菜は浮き輪で浮いているが赤いスクール水着、都はピンク色のワンピース、そして高野瑠奈は白いビキニであり、胸の膨らみがぷるっと水しぶきとともに揺れている。
「それじゃぁ私は5時にあそこ」
砂浜から見える露天風呂の柵を愛は指さした。
「あそこの露天風呂の前に17時に車で迎えに行きますね」
「ありがとうございます」結城が言うと、愛はひそひそと結城に耳打ちした。
「みんなかわいいしスタイルもいいじゃない。羨ましい」
と笑って、ミニバンに乗り込んだ。
「高校生のピチピチもいいけど、私のナイスバディはどう」
と同行していた陳思麗が黒いビキニでセクシーポーズをとって見せる。
「おぶっ」
そのボインな女子大生のピチピチに勝馬が鼻血を出す。
「ははははっ、かわいい。おーい、私も混ぜて」
都と瑠奈と秋菜に交じる陳思麗。水をかけあう女の子に交じる北谷勝馬。
(これか、これがキャッキャウフフなのか)
顔が緩んでいる。
都が勝馬を呼び止め、手にした40㎝のオニイソメを見せつけた。
「モンゴリアン・デスワーム!」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ」
勝馬の目が飛び出た。
「ええ、勝馬君こういうの好きでしょ。プレゼントしようと思ったのに」
都が追いかけるのを勝馬は「ぎゃぁああああああ」と逃げ回った。
「都…お前何を捕まえているんだ」
結城はため息をついた。
「あー、海で遊びてぇ」
民宿の会議室での休憩時間、収録の途中休憩で千尋は机に突っ伏してため息をついた。
「全く…本当に表現の自由戦士は差別の再生産に無頓着なんだから」
と高木憲太郎が呆れたように、同じ陣営の比留間宇美と立ち上がった。
「ふん…お前らみたいな女性差別ガーがファシズムみたいに気に入らない女の子を差別しているのがよくわかったよ」
と西原回が声を上げ、悪態をつきながら部屋を出た。
(全く、こんな自己顕示欲の強い連中が集まったって結論は出るわけないんだよ)
千尋がため息をついたとき、「ジュースはいかがですか。疲れが取れますよ」と愛がジュースのコップを机に置いてくれた。
「ラブ子さん。ちょっとよろしいですか」
突然山垣カメラマンが千尋にぎょとりとした目で抑揚のない声を出しながら睨みつける。
「さっきから全然発言してないですね。もう少し参加者を煽ってくれませんか」
「こんなレベルの低い議論をしている人たちにですか」
千尋がため息をついた。
「貴方も参加者なんですよ。ワラワラ動画盛り上げるために喧嘩してくれないと。わかるでしょう、あなたの役割」
「どんな役割ですか」
「つまり出演者に何も知らずに生意気に議論を挑んで自分の勉強不足にびえんする役割ですよ」
と山垣は抑揚のない声でぼそぼそ言った。
「まぁ、努力します」
千尋はそうにっこり笑ってポニテの頭をポリポリした。そしてこっそりと「知るかボケ」とぼやく。
「なかなか大変そうね」
愛は同情の声を上げた。
休憩時間中、西原回は外の玄関先で煙草をふかしていた。
(ああ、女子高生は今頃海で遊んでいるのだろうか。水着姿を見たいなぁ。いっそのこと風呂でも覗こうか)そう破廉恥な事を考えている和服姿のチャラ男は、背後から殺意を帯びた存在がゆっくりと近づいているのに気が付かなかった。
(殺してやる…殺してやる…西原…殺してやる)
西原は不意に気配を感じて振り返った。
「ねぇ、今高木さんと私で西原探しているんだけど」
比留間は会議室に戻ってきて声を上げた。
「おいおい、もう予定の時間を5分すぎていますよ」
黒森琢磨が腕時計を見ながら憮然とした声で言った。
「全く、わしを遅刻で待たせるなど」
医者の徳田兵庫はイラついたように声を上げた。
「私は部屋で休ませてもらうぞ」
「ちょっと…困ります」
黒森が止めようとするが徳田医師は突き飛ばすように部屋に上がっていった。
「探すしかないですね」
山垣カメラマンがため息交じりに言うと、女将の右藤雅恵は「ではゴミを裏に捨てるついでに民宿の裏側を探してみます。愛は高校生の皆さんと陳さんを温泉にお迎えに」と愛に命じてから、愛が民宿から出て車のエンジンをかけるのと同時にゴミを捨てに民宿の勝手口から焼却炉のある外に出た。
「きゃぁああああああっ」
突然女将の絶叫が聞こえてきた。千尋ははっとして立ち上がる。黒森が「裏口の方だ」と声を上げて、千尋は「愛さん」と周りを見たが、彼女は温泉に迎えに行った後だった。千尋は咄嗟に会議室から外に出て、会議室の前にあった勝手口から外に飛び出す。
「あっ」
腰を抜かしている女将。
「大丈夫ですか」
震えながら顔を背けて焼却炉の前を指さす女将。目の前に広がる凄惨な光景に千尋の目が見開かれ、次の瞬間絶叫した。
「きゃぁあああっ」
千尋の目の前にあったものは…。