少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

死刑島殺人事件7-8【解答編】

 

7

 

いわき市沖合に浮かぶ島、通称死刑島。この島には冤罪で磔にされた船乗りの伝説と、彼を祭る祠があった。そしてこの島のキャンプ場のモニターの一人が露天風呂の中で殺害され、さらに第二の犠牲者が出てしまう。

「でも全ての謎はわかった、この島で連続殺人を達成した犯人は、この中にいます」

都は宣告した。

 

【容疑者】

・天堂瞳(16)高校生YouTuber

・相原菖蒲(22)キャンプ場管理人

・渋田九朗(46)会社役員。

・荒川吉江(49)渋田家家政婦

犀川正(47)ジャーナリスト

・木田光秀(75)無職

・山本東湖(59)元刑事。死亡。

・喜久磨卯月(29)医師

 

「本当に犯人はこの人なのですか」

都の横で目を見開いて驚いているのは、喜久磨卯月だった。

「そう、私たちは喜久磨さんに協力して貰って貴方を追い詰める罠を張った。私は貴方が渋田九朗さんに完璧なアリバイがある状態で殺人を実行するためにあるものを用意していた」

都は黒い影が手にしている黒いパックを指さした。

「血液パック」喜久磨卯月が声をあげる。

「そう、それが犯人が仕込んだ殺人トリックのガジェットだったんだよ」

都が真っ直ぐ犯人を見据えたとき、都の後方に大勢の人影が集結した。

「みんな連れて来たよ」千尋は胸を押さえながら都に言った。

都は頷いてから犯人を睨みつけた。

「犯人は多分この事件で血液パックが使われること自体はバレるだろうとはわかっていた。でも仮に血液パックを使ったところで、祠と温泉を往復する時間が渋田九朗さんには足りない。だから彼には完璧なアリバイが成立する。だけどこのアリバイを突破する方法がたった1つだけあるんだよ」

「それは一体」都の後ろから犀川正が眼鏡を反射させて現れて言った。

「殺された山本東湖さんに祠で血液をぶちまけて貰う事だよ」

都の言葉に長川は「何」と目を見開いた。

「それっておかしいですよ」と犀川の横から高校生YouTuberの天堂瞳が混乱したようにライトに照らされる。

「何で山本さんは血液パックに入った自分の血を祠で撒いたんですか。そんなこと誰かに頼まれた時点で怪しむと思いますけど」

「確かに、自分の血液をばら撒くなんて誰かに言われても普通は怖すぎてやらないよね」

都はそこまで言ってから事件の核心を言った。

「だけどそれを山本さんではなくて渋田の血液だと思っていたとしたら」

都の言葉に黒い犯人の目が見開かれる。

「都、まさか」

長川の声に都は女警部を振り返った。

「そう、山本東湖は渋田九朗を殺すためのアリバイ作りの為に、血液をばら撒いた。あらかじめ血液を島の北側のキャンプ場から一番通り場所に渋田の血液をばら撒き、そして温泉で渋田を殺して急いでキャンプ場に戻れば、足が良くない自分には渋田九朗を殺して血液を吸い取り、その血をキャンプ場から一番離れた祠の奥まで行ってばら撒く事が出来ないという完璧なアリバイを手に入れる事が出来る。ところが、山本にとって2つの誤算があったんだよ」

都は2本指を立てて犯人に突き出して見せる。

「第一に自分が血液パックでばらまいた血液が渋田九朗ではなく山本東湖自身のものだった事。血なんて見た目じゃ誰の血なんて分かりっこないから、山本東湖は疑いもせず、自分の血液パックから祠の奥の遊歩道にばら撒いてしまった。そして第二の誤算は、露天風呂に来た時、自分が殺すはずだった渋田九朗が自分を殺してくる事。そう、山本は犯人によって血液パックを渋田と自分のをすり替えられてしまっていたので、結果的に自分を殺した渋田九朗のアリバイ作りをやらされていたって事なんだよ」

都はじっと犯人を見つめる。

「そして犯人は山本東湖が証拠となる血液パックを落としたのかもしれないと言って渋田九朗をこの場所に呼び出して絞殺。ここに吊るしたって訳だよ。その時の様子をラブドールで撮影してしまった木田光秀さんは、娘の敵を殺してくれた犯人を守るためにラブドールを処分しようとした…そうですよね」

都にじっと見つめられ、木田は都に頭を下げた。「はい」

「なるほど。自分自身のアリバイを完璧に作ったうえで共犯者のアリバイも成立させ、共犯者も殺して二重のアリバイを手に入れるというわけですか」

犀川正がじっと都を見つめ、ボソボソと喋る。

「しかしそれなら犯人はなぜここに血相を変えて戻ってきたのですか」

犀川の質問に都は答える。

「犯人は長川警部と喜久磨さんのやり取りを見てこう思ったんだよ。医療従事者として呼ばれたという事は、渋田の死体のズボンから見つかったのは、山本の指紋がべったりついた血液パックなんじゃないかって」

「そんな証拠を犯人が改修し忘れますかね」

犀川正が意地悪く都を見つめる。

「勿論、山本の指紋がべったりついた山本の血を入れていた血液パックは、彼を殺した渋田が回収して共犯者に渡したんだと思う」

都はそこまで言ってから目を厳しくした。

「だからこそ、渋田九朗の死体から血液パックが出てくるという事は、渋田が共犯者に偽物を渡したって事になるんだよ。恐らく共犯者は渋田による万が一裏切られた時の保険だと思って、必死の形相でここまで証拠を持ってきたんだよ」

都はここまで言ってから、犯人に向かって正対した。

「私が犯人の正体に気が付いたのは、渋田が殺された時。渋田は祠方向の遊歩道に消えたはずなのに、その人は渋田を探しに行くと言って温泉方向へと私たちを誘導した。知っていたんだよね。渋田が吊るされているのは温泉の比較的近くの遊歩道。温泉経由の方がずっと近いってね」

都の言葉と一緒に白みだした空に太陽の光が入ってきて、犯人の顔を照らし出す。

「犯人の荒川吉江さん」

都の言葉に荒川吉江は目を血走らせ、口を結んで目をそらして震えていた。

「な」

「そんな」木田光秀と相原菖蒲が驚愕していた。全員が信じられないという目で荒川を見つめる。

「そして荒川さん。貴方が手にしているのは、渋田九朗の血液パックだよね」

都に目配せされた長川が荒川の腕を掴んで、血液パックの空、中に血がこびりついている使用済みの血液パックを取り上げる。

「この血液パックは」

と結城が聞くと都は「多分渋田九朗の血液が入っているんだと思うよ」と言った。

「ど、どういうこと」と相原菖蒲が声を震わせる。

「これは荒川さんの保険だよ」

都は言った。

「山本は渋田を殺す気で温泉にやってきた。勿論渋田は襲撃できるし、山本は体が不自由だから恐らく渋田が山本を殺せるとは思っていたんだろうけど、元刑事だし、万が一山本によって渋田が殺されでもしたら、祠の遊歩道の山本の血液が不自然な形で残ってしまい、トリックがバレて自分のアリバイもおじゃんになる可能性があるんだよ」

「でもそれと渋田の血液を持ち運ぶことに何の意味が」

と喜久磨卯月が都に問いかけると、都は

「渋田の血液を遊歩道にばら撒いたうえで、山本が自分でぶちまけた血液の上で山本本人を殺し、死体をその血液の上に放置する為だよ」

と説明した。

「そんなことして何の意味が?」瑠奈が聞くと都は説明を続けた。

「よく考えてみて。遊歩道で私たちは最初に遊歩道に飛び散っている血を見つけたよね。温泉で死体を見つける前に。それをAとするよ。そしてそのあと血が飛び散っているだけで何もない血だまりと、山本の死体が転がっている血だまりを見つけたとき、どっちをAだと認識するのかな」

考え込む結城の横で犀川は納得したように頷いた。

「なるほど、遊歩道は長いですし、祠と温泉の間であれば、最初に見た死体がない血だまりのイメージが頭にインプットされているから、みんな渋田の血液の方をAだと認識しますよ。山本の死体の下にあるのが山本の血液だとDNA鑑定されれば猶更。そしてこの方法なら、荒川さんのアリバイも維持される」

「そう」都は頷いた。

「そして荒川さん。私が山本の指紋が付いた血液パックを手に入れる前に、貴方は血液パックをすり替えようとした。その時に第二案として持っていた渋田の血液パックを使う事を考えた。咄嗟にね。そして私たちの罠にむざむざ証拠を持ってやってきたんだよ」

都は荒川ににっこり笑いかけた。荒川はため息をついた。

「どうしてわかったの」

俯く荒川が観念したのを確認し、都は話を続けた。

「温泉の血だよ」

都の言葉に荒川は怪訝な顔をした。

「山本の死体が出たとき、血でお湯は真っ赤だった。でもそれがさっき見たら綺麗になっていた。菖蒲さん。この温泉ってお湯が取り換えられているんだよね」

「変なアメーバを繁殖させないように。1時間で大体温泉は入れ替わるよ」

相原菖蒲は言った。

「それでわかったんだよ」都はにっこり笑った。

「渋田が山本を殺したのは発見のすぐ前。そして渋田が温泉に死体を放置したのは、死体の死亡推定時刻とかじゃない。自分の返り血や殺人の痕跡をごまかすために、お湯の中に自分が服を着たまま入ることを不自然にさせない為。あの時お湯でどうにかしたかったのは、渋田自身だったんだよ」

都の言葉に全員が感心していた。

「一つ納得いかないことがある」

結城が都に言った。

「都の話だと荒川さんは山本と渋田と2人相手にそれぞれ他害を殺すようにけしかけていたんだよな。都の話を聞く限りだと2人とも全く荒川さんを疑っていなかったようだが、そんな血液パックを扱うとか、あらかじめ致死量の血液をストックしておくとか、そこまで2人に疑われないように思い通りに疑われないようにする事が、家政婦さんに出来るのか?」

「これは私の想像だけど」

都は荒川吉江を見つめた。そして言った。

「思いつく限りたった一つだけ、それを可能にする恐ろしいトリックがある」

 

8

 

「そんな、家政婦が雇用主と元刑事を思うがまま心理的に操るトリックだと?」

と結城。都は犯人荒川吉江を見つめながら言った。

「隠し撮りビデオだよね」

「呆れた」荒川は不敵に、不気味に笑った。「ここまで暴いちゃうなんて」

「ビデオ?」都を見つめる犀川。都は犀川に言った。

「隠し撮りのビデオだよ。荒川さんは山本と渋田を殺す計画を、渋田とは山本を殺す計画を相談して、それをそれぞれ盗撮した。そして渋田さんを殺す計画の映像を渋田さんに、山本さんを殺す計画の映像は山本さんにそれぞれ見せた」

「そんなことをしたら」と天堂瞳が信じられないという声を出すが、「寧ろそのビデオで荒川さんは2人から絶対の信頼を得たんだよ」と都は言った。

「普通殺そうとする相手に殺害計画の映像なんか見せないよね。つまりこの映像を見る事で、自分は策を弄して相手を殺す側なんだと頭に刷り込まれてしまうって事だよ。そして普通に考えれば危険すぎる荒川さんの提案に乗り、2人はまんまと操り人形のように殺し合いをさせられた」

「あんた何者だ」と犀川は狼狽を隠せずに荒川に言った。

「あんたの事はいくら調べてもわからなかった。一体あんたは」

都はそんな犀川を手で制してその疑問に答える。

「この人は逮捕術を習得している。そして一番厳重に情報が秘密にされている職業。東京拘置所の職員さんじゃないかな」

犀川、そして木田、喜久磨らの目が見開かれた。

「な…」呆然とする犀川に都は質問する。

「それから、犀川さんの質問なんだけど、白髪の骸骨みたいな女性。話にちょくちょく出てくるのだけど、その人って…天堂瞳さんのもう一人のお姉さんだよね」

「え…」天堂瞳の目が見開かれる。

「その可能性が高いと見ています」犀川はため息をついた。

「そして当時の彼女のバイト先の店長が渋田九朗。あいつは相当彼女に執着して、彼女に愛人関係を強要。そして彼女が友人宅などに逃げ回っているのを知らずに自宅に押しかけ、親とトラブルになって2人の妹ともに殺害した可能性を僕は疑っているのですよ。何せ葬儀会場から無理やり社員と一緒に天堂さんの長女を連れて行くところが目撃されているのですから。しかしなぜ君はそうだと分かったのですか」

犀川の質問に都は「瞳さんの話。三人姉妹じゃなくて姉が三人いるような記憶だったから」と口を押えて震えている瞳を見つめた。

「荒川吉江さん」都は辛そうに質問した。

「貴方は木田桃子さんの死刑を執行しましたね」

「ええ」荒川は額を押さえて苦悩の表情をした。

「あの子は、とても純粋で優しい子だった。絵を描くのが好きで、いつも私たちの似顔絵を描いてくれて…どう見ても一家を殺害しているようには思えなかった。私の母が死んだとき悲しんでいる私にあの子は寄り添ってくれた。何かの間違いなんじゃないかって、私は思った」

荒川は自分の両肩を掴んで震えた。

「そんな時、法務大臣から執行命令が来たの。私は私情を挟む事は許されない。犯した罪は法の下に裁かれなければいけない。私は、あの子を刑場の前室に連れて行った。神父さんの前で、あの子はね。笑いながら天堂さんの亡くなった4人が天使になっている絵を描いていた。自分が死ぬってわからなかった。でもあの子、感づいたのよ。手錠をかけられ、目隠しされて、頸に縄をかけられて、あの子怖い怖いって声を出していた。執行合図があっても、3人いる刑務官の誰もが涙を流してボタンを押す事は出来なかった。だから私は予備のレバーで」

その時のバタンと作動する音は、荒川の耳に残っていた。木田光秀は呆然と荒川を見ていた。

亡霊のような表情で、荒川吉江は話を続けた。

「私は、それからすぐに、拘置所職員の仕事をやめた。そして渋田の家で家政婦として働くことになった。そこからだとあの子の供養もしてあげられるでしょう。でも最初にこの家に来た時、どうも離れの部屋に女性が拉致されている事がわかってきた。きっかけは彼女を助けるための証拠をつかむために、盗聴器とかであの家を調べていたんだけど、その過程で私は渋田と山本が話しているのを聞いてしまったのよ」

荒川の目が憎しみに見開かれる。

 

渋田の家の応接室で、渋田は山本に言った。

「あんたのギャンブルの借金。返してくれませんかね」

「何を言っているんだ。お前誰のおかげで吊るし首にならずに済んでいると思っているんだ」

山本は言った。盗聴器越しにその言葉が目に入り、顔面蒼白の荒川吉江が聞き耳を立てているのも知らずに、山本はテーブルに拳を叩きつけた。

「俺が、隣近所のガイジが犯人になるように捏造して本人を自白させてやったおかげだろう」

「でもね。あんたはもう警察官じゃねえ」

と渋田は吐き捨てるようにソファーに座って酒を片手に唸る。

「もうお前のギャンブル依存のケツ拭いはこりごりなんだよ。マッポじゃねえお前が何言ったって、俺があの両親ムカついて殺して、帰ってきた中学生と小学生の女の子を咄嗟に包丁で殺したなんて言ったって誰も聞く耳持たねえんだよ」

「お前が児童買春している事をばらすぞ」と山本は凄むが、渋田はニチャっと笑った。

「そうしたら家宅捜索で出てくるだろうな。俺がスマホで撮影した、JSの愛未ちゃんが膨らみかけを血に染めてお姉ちゃん、お姉ちゃんって苦しんでいる動画。あれで俺は1000回は抜いたんだぜ」

その時の悪魔のような形相の渋田。荒川の顔が蒼白になった。

 

 その直後、荒川はフラフラと誰もいない海岸に座り込んだ。

「神よ! 私になぜこんな試練を」木田桃子の恐怖の声が頭に鳴り響き、レバーを引いた手がわなわなと震える。

「神よ!」

 その直後、荒川はすとんと崩れ落ちた。

「そうだ。私は国家から命令を受けた。殺人者を処刑せよと。私はそれを執行しなければならない」

狂気に満ちた笑顔がそこにあった。

 

呆然とする菖蒲と瞳。その前で荒川吉江は目を閉じて話を続けた。

「あとは都ちゃんの言うとおりよ。互いに邪魔で危険な存在になって言った渋田と山本に殺意を焚きつけ、この島で死刑を執行したの」

荒川吉江は吊るされもがき苦しむ渋田を思い出しながら、悍ましい笑顔で長川を見た。

「貴方を逮捕します」

長川はため息をついた。「手錠はいつでも持っておけと、先輩の言葉だったのですよ」

 手錠を持って荒川吉江に近づく長川。だが荒川は笑いながら首を振った。

「私は捕まらないわよ。だって私は国家の命令を執行しただけだもの」

往生際が悪いわけではなかった。荒川は涙を流しながら長川を悲痛な表情で見た。

「もし私が殺人者になるなら。何で何もしていないあの子を殺した時に、逮捕してくれなかったの?」

長川は手錠を下げた。そして荒川吉江と木田光秀に頭を下げた。県警の女警部が殺人者に頭を下げる様子に、都は「警部…」と声を震わせた。

 荒川吉江はそんな長川を見て一度目を閉じ、そして彼女をもう一度見た。

「公務員は私情にとらわれず、法に基づいて職務を執行しなさい」

荒川吉江は両手を揃えて、はっきりとした視線でそれを長川警部に突き出した。

 島は日の出に照らされていた。

 

 いわき市拘置所。都が一人で面会室で待っていると、囚人服の痩せた荒川吉江が自失した表情で入ってきて、アクリル板の向こうの椅子に座った。

「ご飯、食べていないみたいだね」

都は言った。

「もう私がこの世でやる事は何もないわ」

視線も合わせずに荒川吉江は呟いた。

「あのクズどもの為に罪を償いたくはないわ」

「本当に何もすることはないのかな」

都は目をぱちくりさせる。「だって木田桃子さんの無罪を認めさせることが出来るのは、荒川さんだけなのに」

荒川は顔を上げた。

「木田光秀さんも逮捕されているし、彼女の再審請求なんて」

「桃子さんの裁判じゃないよ」都は言った。

「貴方の裁判で、桃子さんの無罪を証明する事が出来るんだよ」

都はにっこり笑った。荒川吉江は呆然と都を見つめる。都は構わず話を続けた。

「荒川さんは2人を殺した。それは重い罪だけど、誰くらいの刑になるかは、本当に桃子さんが無罪かどうかで大きく変わるらしいんだよね。今長川警部と陳川警部が、その証拠を見つけてくれているんだよ」

都のへへーんという笑顔に荒川吉江の目が見開かれる。既に渋田の屋敷は捜索され、渋田の父親は福島県警の陳川警部に逮捕、離れからは救急隊の担架に乗せられ、衰弱した白髪の長髪の女性が救出された。目は虚ろだったが、天堂瞳の「お姉ちゃん、お姉ちゃん」の呼びかけに涙を流していたようだ。その時の長川警部の「証拠は必ずある」と指揮する信念を持った表情を、都は忘れられない。

「荒川さんは拘置所で死刑になるまでの桃子さんの事を話してくれればいい。冤罪で殺されてしまった桃子さんがどんな人なのかを」

荒川吉江の顔が生気を取り戻した。目から涙がボロボロ流れてくる。

「あの子の為に…私が」

「そう…」都は笑った。そしてにっこり笑った。「だから死ぬなんて…勿体ないよ」

 

 福島地裁いわき支部で裁判長が「主文、被告人を懲役20年とする」と判決を言い渡した。2人殺したにしては軽い量刑である。裁判長は動機の元となった木田桃子が無罪である事を認め、それを量刑理由とした。

「大丈夫かな」

高野瑠奈は常総高校探検部部室でスマホのニュースを見ながら言った。

「大丈夫だよ」都は笑顔で言った。

「木田桃子さんは優しいんだ。こんだけ苦しんで泣いていた荒川吉江さんを放ってはおかないよ」

 

 裁判所の被告人席で号泣する荒川吉江の頭をなでている木田桃子の姿は、誰かが一瞬見た幻想だったのだろうか。

 

おわり