きさらぎ駅にて【1-2話】
1
常総高校探検部-。
「それは今から20年前、 インターネットに投稿されていたスレが全ての始まりでした」
「ある日、 インターネット掲示板にはすみさんという女性がこのように投稿し てきました。 いつも乗っている電車がいつまで経っても停車する気配がなく、 やっと到着した駅は使い慣れているいつもの駅とは違って、 何もない暗闇の草原に駅だけある感じで、 駅には誰もいないのです。 改札を出ても誰もいない山道がひたすら続いている感じで、 明らかにいつも使っている鉄道沿線の風景ではありません。 はすみさんはインターネットに投稿を続けていました。 そこには白い服装を着用した手足が異様に細長い女の人がいて、 それがはすみさんをずっと付け回しているのです。 さらに見た事もないお堂や鳥居、朽ち果てた廃墟があり、 はすみさんはその中を謎の女に付きまとわれながらずっとさ迷って おり、それをネットで実況し続けます。その時、 一台の車が通りかかり、 それに何とか乗せてもらうはすみさんでしたが、 運転席にいたのは」
「きゃぁああああっ」
「ぎゃぁあああああああああっ」
小柄なショートヘアの女子高生島都と北谷勝馬が抱き合った。
「こ、こ、こんな怖い駅だったんだ、如月駅って」
都はガタガタ震えながらおずおずとロングヘアの美少女高野瑠奈を 見つめておよおよする。
「大丈夫だよ。インターネットの怪談なんて全部嘘。 多分秘境駅とかを訪問しているマニアの人が適当に作った話だよ。 それで私の親戚の庄司麻美って子が、 みんなにも会いたいみたいだからさ。 おじさん結婚式で東京に来るついでに茨城でみんなを載せて福島ま で乗せてくれるんだって」
「おおおお、麻美ちゃん、私も会いたい!」
都は目を輝かせた。
「俺も行きたいのですが、 妹とその友達が海に行くののボディーガードを頼まれていまして」
勝馬は残念そうだった。
「それじゃぁ決まりでいいよね。 麻美も都に合うのを楽しみにしてたよ」
瑠奈はそう言って手帳に予定を書き込もうとしてふと声を出した。
「あ、そういえば明日テストが帰ってくるけど、 都期末テスト大丈夫だよね」
瑠奈ににっこり微笑みかけられて、 都は目を丸にしてにっこりと笑って首を傾げた。 瑠奈はその表情に不安を感じた。
「酷いな」
翌日、 都が部室のテーブルで口から魂吐き出している横で結城はテスト答 案を見つめた。
「ギリギリ赤点は回避しているが、補講は決定か。 となると高野のおじさんの車には乗れそうにないな」
「都と結城君で2000円ずつ。 これで次の日に電車でくればいいよ」
「結局俺が保護者になるんだな」結城がため息をつくが、 瑠奈はふと何か考え付いたように手を挙げた。
「どうせだったら、秋菜ちゃんに一緒に行って貰ったらどうかな。 だって秋菜ちゃん部活の試合の日程が重なるって言って諦めていた じゃん」
「あ、そうか」
都はいつの間にか復活してポンと手を打った。
「それなら秋菜ちゃんも一緒に行けるね! ふふふふ、 私がテストで悪い点を取ったおかげで秋菜ちゃんも一緒に麻美ちゃ んの家に行けるね。わーい」
と万歳する都。 それを瑠奈が陰になった眼下に赤く目を光らせて黒髪ロングを逆立 てて見つめていて、瑠奈は「ごめんなさい、ちゃんと勉強します」 と言った。
「あひゃひゃひゃひゃ、それでさぁ。あいつカラオケでさぁ」
派手目な女子高生3人がタクシーの後部座席で品のない笑い声を挙 げながら笑っていた。その時、 タクシーが真っ暗な峠道の待避所に停車した。
「ちょっとおじさん」
女子高生のうち1人が怪訝な顔で運転手に声をかける。
「何ここで止まっているの?」
「ここがね、目的地だからですよ」 タクシーの運転手は低い声で言った。
「貴方たちのね」
「え」女子高生が異常を察知して窓の外を見ると、 ライトを片手にした少なくとも5人以上の人影がタクシーを取り囲 んでいた。
ミニバンが山間の段々畑の古民家に到着すると、「こんにちはー」 と瑠奈が車から降りて「来たよー」と玄関に呼びかけた。
「あ、瑠奈‼ それにみんなも」
「結城君に、千尋ちゃんだよね。 後から都と秋菜ちゃんも来てくれることは聞いているよ」
と麻美は人懐っこそうに結城と千尋を見つめた。「お、 お世話になります」と結城はその距離感に緊張する。
「まぁまぁ、どうせこの家は広いし、好きに使ってくれたらいい。 あ、紹介しよう」
バーコードの野良姿の瑠奈の叔父、 庄司信男は玄関から出てきた一人の女性を紹介した。 メイド服を着用して「よろしくだにゃん」 と両手を猫の手にしていたのは村島音子(18)だった。
「あ、あんた早贄村にいた」
結城が素っ頓狂な声を出した。瑠奈も「あ、そういえば」 と思い出した。
「その節はお世話になりました。 今はここでお手伝いをさせてもらっているよ」
「そうか、都が解決した事件だものね」 と麻美は納得したように嬉しそうに笑う。
「まさかこいつ、この家の婿養子とかだったりします」
と結城に言われて麻美はきょとんと「全然知らないけど」 と言った。
「取材ですよ。取材。この近辺で発生している奇妙な事件のね」 ジャーナリストの犀川正(47)は「ケケケケ」と笑った。
「女子高生が3人行方不明になった事件ですか」
と庄司信男がため息交じりに答える。
「 ネットではこの集落に誘拐されて強制的に村の老人全員と結婚させ られているとか馬鹿な噂が流れていますがね。 貴方もそんなのを信じているんですか」
「僕はそんな低俗な再生数稼ぎみたいな事はしませんよ。寧ろ、 2年前の福島市の母娘心中事件との関係を調べているんですよ。 亡くなった娘の方と行方不明の高校生3人と同じ学校の生徒に何か 知らないか聞いて回っているんですけどね。 何か思い当たる節があればこちらにご連絡ください」
「な、なんか…きもーい」 村島音子はげんなりした声を出してUターンする車を見送る。
「でもあいつあれで結構いい賞とかを取っているらしいよ。 ウィキペにも出てたし」と千尋は麻美から名刺を受け取る。
「こんな場所まで着て名刺渡していくくらいだから、 相当ガチガチに調べているんじゃないかな」
「でも事件は私の入学前だよ」と麻美。
「もうやめましょう。せっかくみんな会えたんだから。 スイカ冷えてますよ」
と村島音子が手を叩いた。
結城のマンション。
「あ」空手の道着を背負って中学の制服姿で帰宅した秋菜。 脱ぎ散らかした運動靴を見て「師匠お帰りなさい」 とリビングに入ると、 都がリビングの絨毯の上でうつぶせになって倒れていた。
「ししょおおおおおおおおおおおおお」
と秋菜は悲鳴を上げる。
「マルクス・アントニヌス・アウレリウス」
都はソファーで仰向けになってうわごとみたいな言葉を出す。
「導関数はxxxxxのxxxxで」
「師匠ぉおおおお。もう補講は終わったんです。 明日からは瑠奈先輩の親戚の家でバカンスですよ」
「よぉ、秋菜。都はどんな調子だ」
古民家の縁側で花火で遊んでいる女子4人を見ながらスイカを食べ つつ電話する結城。
-死んでる。
「だろうな」
-あ、如月駅に行くって言ったら、部のみんなびっくりしてたよ。 異次元世界に迷い込まないようにって美菜ちゃんには凄く心配され た。
「まぁ、お前が一緒なら大丈夫だろ。 都ひとりだとあっちにフラフラこっちにフラフラ、 迷い込めない場所はあいつにはないからな」
-わかった。 お兄ちゃんも女の子と一緒に旅行だからって浮かれないようにね。
「何を言っているんだ」
全くと夕闇の古民家の縁側でスマホを切る結城。
「尊師、尊師、尊師尊師尊師、〇〇尊師ー♪」
と大声で列車の中で謳う小柄な女の子。 進行方向から見て後輩である結城秋菜の前のボックス席に座ってい るショートヘアの女の子、島都は上機嫌で微妙な歌を歌っている。
「何ですか、その歌」おさげの少女がため息交じりに都に言う。
「これ、千尋ちゃんが教えてくれたんだよ。 誰もいない電車の中で大声で歌う歌なんだって」
と都。秋菜は尊敬する師匠の馬鹿ぶりにため息をついた。「 また変な事を師匠に」
その時、電車のチャイムが鳴った。「-間もなく、如月駅、 如月駅…お出口は左側です」
「左側って事は」
都はボックスシートに座ってお茶碗を持つ手を確認して「 こっちのドアだ」とドアの前に立つ。 列車が停車して2つの線路の間に1面ポツンとある島式ホームに都 は降り立った。よく晴れた真夏の熱気がじりじりこみ上げる。 山間にポツンとある小さな駅だった。
「瑠奈先輩の叔父さんが迎えに来てくれているはずですから、 行きますよ」
秋菜は都を引っ張って構内踏切を渡る。この時、 2人は既に迷い込んでいた。恐怖の空間に。
2
15分後。高野瑠奈の叔父である庄司信男(48、農業) が駅前に到着した。
「ごめんよ。車のカギがどこか行っちゃって、探していたんだ」
庄司が如月駅の駅舎の改札にやってきた。 改札と言っても無人駅で普通に素通り可能だ。
「あれ」庄司は誰もいないホームを見て目をぱちくりさせた。 おせんべいみたいな顔で小首を傾げる。
「都、秋菜ちゃん?」
高野瑠奈がきょろきょろ駅を見回す。 2人の姿は駅のホームのどこにもいない。
「ひょっとして歩いていっちゃったのかな」
米沢駅-。
「おーい、戸田」
駅員の川部武志(36)が乗務員ドアから出てきた戸田正男( 27)を捕まえた。戸田はイケメンで長身の運転手だ。 車内でぼーっと座っているサラリーマンに「米沢駅ですよ」 と知らせると、サラリーマンは「え、もう着いたの」 と言って慌ててホームに出て行った。 それを見送っている戸田に川部は声をかけた。
「今駅に電話がかかってきたんだ。 高校生と中学生の女の子が寝過ごしたりしてないか確認して欲しい んだそうだ」
「あー、元気に歌を歌っていた女の子ですか」
戸田運転士は苦笑した。「如月駅で降りて行きましたけどね」
「え、駅を降りて行った?」
と庄司がバーコード頭をかきかきしながら聞く。
「うん」瑠奈が不安そうな声をあげる。
「駅で待っているようにはいってあったんだけどなぁ」
「あのー」 突然座敷童みたいな顔をした女性が弁当を首から下げながら2人に 話しかけてきた。
「あーーーー。弁当はいらないですよ」
と庄司が手を振ると、弁当販売員の女性賣間千子(27)は「 そうではなくて」と糸目顔を焦らせる。
「さっきの電車。誰もこの駅から降りてこなかったですよ」
それから2時間後、庄司家の前に2台のセダンが停車した。 中から出てきたのは陳川警部だった。 ヤクザみたいな姿にサングラスでありながら、 臆病で都を尊敬している警部である。
「陳川警部」
結城は少し安心しつつ、 彼が速攻で出張ってくる事態には不安も感じた。 陳川は困惑する結城を宥めるように「結城君。 我々が来たからにはもう大丈夫。必ず都さんを見つけ出します」 と言った。
「だが3人のJKは1週間たっても見つかっていないんだろう」
結城は言った。 その結城の両肘を掴んで落ち着かせるように瑠奈が抑えると「 よろしくお願いします」と頭を下げた。
「都と秋菜ちゃんはやっぱり誘拐されたんですか」と千尋。
「現状では何とも。 ただ米沢駅で電車の防犯カメラを確認したところ。 電板に如月駅と出た駅で2人は降りているのを確認しています。 如月駅は福島駅から3駅先で、2人の乗った列車は、 2駅目でミニ新幹線を待避待ちするために長い時間停車しています 。 その次の駅で2人は下車しているので如月駅で下車した事は間違い ないのです」
「って事は、あの弁当屋嘘をついていたって事か」
結城は足で地面をトントン叩いた。
陳川はため息をついた。
「 実は同時に如月駅の駅舎の防犯カメラの映像をチェックしたところ 、2人の姿は全く映っていなかったんです」
「な、なんだって」
結城が驚愕する。
「まぁ、柵とかを乗り越えれば外に出れなくもありません。 そんな高い柵でもないので、 駅舎を通らなくても外へ出られなくもないのですが、 あのお2人がわざわざそんな事をするとは」
陳川警部も困惑を隠せない。
「 って事は都と秋菜ちゃんは私たちが駅に来るまでの15分とかの間 に駅から消えちゃったって事?」
と考え込む瑠奈。
「もう少し短いと思います」と陳川。
「って事は5分くらいって事だよね」瑠奈は考え込んだ。
「歩いて私たちの家に向かったら、絶対車ですれ違っているよ」
瑠奈が叔父を見るが、庄司信男は「いや」 と頭を抱えて首を振った。
と千尋。「それが電波が切れたままって変だよ」
「まぁどっちにしろ、あの弁当売りが全てを見ているって訳だろ」
と結城が陳川に言うと、陳川は「 彼女は2人を見ていないの一点張りです。それに小柄な彼女が、 空手をやっている秋菜さんに何か出来るとは思えないのですが」 と陳川も困惑を隠せない。
「しかし」結城はそこまで言ってから少し固まった。 彼は深呼吸すると自嘲気味に笑った。
(何怒っているんだ俺。怒れば事態は解決するのか。 あいつはいつもこういう不可解な事件が起こった時にどうしていた )
少年は小さく息をする。
「陳川警部。防犯カメラの映像、見せて貰えますか」
結城は意を決したように言った。
話は2時間ほど前に戻る。 島都と結城秋菜は真っ暗な山道を歩いていた。 未舗装のわだちも不確かな道である。
「あれ、 駅から歩いて一番近い横道を左に曲がれば10分でつくって言われ たんだけどな」
都はどんどん暗くなっている山道でポカンとした顔になる。
「私たち、迷子になったのでしょうか」
と秋菜。少し緊張している。
「大丈夫だよ」都はゲンキンに笑った。「 だって道は一本しかないし、 いざとなったら駅に戻ればいいんだから」
「そうですけど」秋菜はスマホを見てみる。
「まだ圏外みたいです。本当にここは如月駅なんですか」
「如月駅だと思うよ」と都は目をぱちくりさせた。
「福島駅から3駅目だって車内の路線図に書いてあったし、 車内でも如月駅って言っていたしね」
「 って事は電車のアナウンスが間違えていたって事もないって事です よね。って事は」
秋菜は都を真剣に見つめた。
「あの噂って本当だったって事でしょうか。 如月駅で下車すると謎の空間に迷い込むって」
山道には霧が出て来ていた。「師匠」
秋菜がじっと霧の方を見つめる。
「何かあっちの方、カラスが多いですよね」
都は秋菜に言われてじーっと見つめた。「家がある」
「庄司さんの家ですか」
と秋菜。都は「電車で来たことないからわからないけど、 多分違うと思う」と言いながら秋菜の手を引っ張って歩き出した。
「師匠…」
秋菜が都の顔を見ると、都は真っ青になって焦っていた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない…漏れそう」
「急ぎましょう」と秋菜は都を引っ張っていった。 都の言った通り、家の輪郭ははっきりしてきたが、 それにつれて廃墟である事がはっきりしてきた。 都はライトを取り出し、家を照らし出す。
「何か、凄い匂いがしますね」秋菜が鼻を手で押さえた。都は「 秋菜ちゃん、ちょっと待ってて、おしっこしてくるから」 と言って秋菜を一人残して、廃墟の中に入っていく。
秋菜は廃墟の前の庭のようなところで待っていた。 日本家屋らしく数棟が一つの集落を構成していたようだった。 雨戸も壊れており、屋根には穴が開いているようだ。 窓ガラスも割れており、だいぶ前に廃墟になったようだ。その時、 不意にガサガサという音が聞こえ、「きゃっ」 とライトを向けると、 四足のごわごわした影がが何かを咥えてこっちを見ていた。
「た、タヌキ?」秋菜はライトを照らす。 その生き物が咥えているのは何かの骨だった。 動物はさっと闇に消えたが、秋菜は硬直したままだった。
(い、今の人の手の骨だったような)
秋菜はライトを片手に廃墟となった日本家屋の玄関らしき場所から 家に入る。秋菜は土間から土足で廊下を歩いた。 和室は天井の穴でぐしゃぐしゃになっている。 秋菜はトイレらしいドアを開けた。
その時、 白い歯をむき出しにして凄まじい形相をした黒いエイリアンみたい な顔が秋菜の前に現れ倒れかかってきた。
「ああああああああああああっ」
秋菜は悲鳴を上げた。