生首温泉殺人事件3-4 事件編
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【容疑者】
・右藤雅恵(45):生首荘女将
・右藤愛(17):生首荘従業員
・比留間宇美(36):フェミニスト作家
・高木憲太郎(38):フェミニスト。大学准教授。オカマ。
・徳田兵庫(57):医師
・西原回(34):エロ漫画家
・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。
・山垣甲(40):カメラマン
・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。
同時刻。海の見える温泉でさざ波を聞きながら
「だぁーーーー、日本人はやっぱり温泉ですねぇ」
と結城秋菜はタオルを頭に載せた。
「都。さっきまで散々泳いでいるんだから泳がなくてもいいの、あっ」
瑠奈が泳いでいる都を見ると、都の頭がお湯から半分出ている瑠奈の膨らみにぷよんと当たった。
「おお、瑠奈ちんの胸。柔らかいね」
都がしげしげと瑠奈の胸を見る。
「おおっ、瑠奈、高校生なのに胸大きい」
台湾女子大生の陳思麗(20)が胸の谷間を半分出しながら目を見開く。
「ほ、本当ですね…」秋菜がじーっと瑠奈の胸を見る。
「あ、あの瑠奈先輩。差し支えなければ、中学2年生の時はどれくらい膨らんでいましたか」
結構気にしているのだろう、秋菜は赤くなってもじもじと聞いた。
「瑠奈ちんは小6の時から、今の秋菜ちゃんくらいはあったよ。私なんて瑠奈ちんの5年生の時よりも小さいもん」
「えええっ」
秋菜が目を見開いて、瑠奈は「ちょっと都」と声を上げる。
「って事は私はずっと小さいままかな」
「秋菜って14歳でしょう。私はそのころは秋菜と同じくらいだったよ」
陳思麗が胸を持ち上げるように動かすと、秋菜は目をウルウルさせて「エミリーさん」と手を握る。
「そうだよ、秋菜ちゃん。秋菜ちゃんの今の胸は高校生の私より大きいから」
「ちょっと待ってください。師匠の胸、私の6年の時の胸と…あまり変わらないです」
Σ(・ω・ノ)ノ!という効果音が女湯から聞こえてくる。それを試される大地のような表情で勝馬と結城は聞いていた。勝馬はそわそわ女湯方面を見ている。
「全く…お約束のような会話しやがって」
堪え難きを耐える表情の結城に勝馬は「なぁ、女子って自分の成長とかを覚えているものなのか」と結城に耳打ちする。
「都は記憶力が良すぎるんだよ。秋菜は…あいつはあれで気にするタイプだしな…」
結城は赤い表情で顔をしかめる。勝馬がますます興奮する。必死で小声で…。
「って事は何か。都さんの頭には今までお風呂で見たクラスの女の子の体、全部記憶にあるって事か」
「かもしれん。エピソード記憶として結構残っているのかも」
結城は唸った。勝馬は「最強のインデックスじゃねえか」と目を見開いた。
「くううううう、ますます尊敬するぜ」
「お前なぁ」
結城が声を上げた時だった。
突然「きゃぁああああっ」と女の子たちの悲鳴が上がった。
「都さん、瑠奈さん、どうしました!」
勝馬が大声を上げて女湯を見た時だった。女湯の反対側の柵に茶髪ロン毛の男の頭があった。その顔は目をクワッと見開き、口に紙を咥えている。
「誰だお前は!」
勝馬が声を上げると、頭はそのまますっと垣根の向こうに消えた。
「い、今の西原さんだったよね」
瑠奈が胸を抱きしめて温泉に首まで沈めながら言った。
「この覗き野郎が」
勝馬が大声を上げているとき、秋菜がタオルで体を隠しながら「お前もだろうがぁ」と桶をぶん投げ、勝馬はクリーンヒットする。
それを横に結城はタオルを巻いて垣根を飛び越えて、女湯の外回りの松林を一周したが、人影はいなかった。
「くそっ…まぁいい。民宿でとっちめてやる」
「ええっ、西原さんがお風呂を覗いてたぁ」
露天風呂入り口にミニバンを乗り付けた民宿従業員右藤愛(17)が目を見開く。
「あいつ民宿に帰ったらとっちめてやらないとな」
浴衣姿でベンチに座って目を回している勝馬の前で、結城は腕を組んだ。
「でもあいつの顔、ちょっと変だったよね」
瑠奈が考え込むように言った。
「なんか目を見開いていて口に紙みたいなものを咥えていた気がする」
「私も思った」都は瑠奈を見上げる。
「そうですか。私はこいつの方が凄い顔していると思いましたけど」
秋菜は頭の周りにTwitterピヨピヨ回している勝馬を指で小突く。
「勝馬君は覗きとかをやる子じゃないよ」都は秋菜に言った。
「女の子が大好きだけど、そういう事はやる人じゃない」
「それは俺も保障する」結城は考え込んだ。
「あらかた女湯の外を回ってみたが、奴はいなかった。だがちょっと来てくれ」
結城は少し緊張した声で言った。
愛が照らす中で露天風呂の外の垣根を支える石を結城が指さす。そこには黒い液体がびっしりついていた。
「血じゃねえか」
勝馬が大声を上げる。都はそれに指をつけて転がしてみて頷いた。
「うん、多分人間の血だね。この量だとかなりの怪我だと思うけど」
「ここって、西原さんが覗いていた場所じゃない」
秋菜の声が震える。
「西原さんの顔は尋常じゃなかった…ちょっとタダの覗きとかじゃないのかもしれない」
その時海風が松林を激しく揺らした。
「民宿に戻った方が良くないですか」陳思麗が肩を抱いて震えた。
車が民宿前に戻ってきた時だった。
「大変、大変…」とフェミニスト作家比留間宇美(36)が血相を変えて玄関から出てきて、車のガラスをバンバン叩いた。
「どうしたの」
ドアを開けて外に出た都は比留間を見上げる。比留間は胸を押さえてぜいぜいと答えた。
「殺されているの…西原さんが首を切られて殺されているの」
「な、なんだって!」
結城が目を見開いた。
「ちょっと待って…」秋菜の声が震える。
「場所は」
結城が聞くと、民宿女将の右藤雅恵(41)がオロオロした表情で「こちらでございます」と都を連れていく。
「勝馬…お前は瑠奈と部屋に戻ってろ。すいませんが仲居さん、連れて行ってください」
「はい」結城に言われ右藤愛は頷いた。
「秋菜はどうする」
結城に言われて「私は師匠の第一助手よ」と車から飛び出す。
ゴミ焼却場の前には公務員の黒森琢磨(35)とカメラマンの山垣甲(40)がいた。山垣甲が「ひひひひ、いーひっひひ」と不気味に笑いながら写真を撮影している。
都はその前に駆け付けた。首のない死体が西原がいつも着ていた着物を着て仰向けになっていた。
「発見したのは、いつ、誰ですか」
都がその場にいた全員を振り返る。
「私が見つけました。ゴミを出しに行った5時ごろです」
右藤雅恵がおろおろと震えるが、その言葉に一同は驚愕した。
「5時。ちょっと待ってくださいよ」
勝馬は目を丸くした。
「5時って…俺らが風呂を覗いている西原を見た時間ですよ。その時間に首がない西原が風呂なんて…覗けるはずがない」
「う、嘘」瑠奈が声を震わせた。
考え込む都に「おいおい、まさか君たち幽霊を見たって言うんじゃ」と黒森が声を上げたが、都は首を振った。
「違いますよ。多分…私たちが見たのは…西原さんの首だけなんですよ」
都の声が震える。
「そ、そんな…誰が何の為に」
幽霊よりも恐ろしい底知れぬ猟奇殺人者の悪意に、秋菜の声が震える。
「ちょっと…もしもし…もしもし…先生」
あのピエロみたいなけばい化粧をしたオカマの高木憲太郎(38)大学准教授が右手でドアを叩いているのを廊下で遠目に見ながら、勝馬と瑠奈が部屋に戻ると、
「薮原様、薮原様…」
と右藤愛が声を上げて薮原千尋がカギを開けた。
「ああ、瑠奈、勝馬君。大変よ! 西原さんが殺されて…って知っているか。都と結城君と秋菜ちゃんが一緒じゃないからね」
ポニテ少女がため息をついた。
「そればかりか私たち、犯人に西原さんの生首を見せられたのよ」
瑠奈がどっと疲れたというように旅館によくある背もたれに座り込んだ。
「えええっ、犯人はどんな奴だったの」
千尋が目を見開いた。
「垣根越しに私たちに首を見せつけている感じだったから姿は見てないかな。それより警察はまだ来ないの」
「そ、それが」
グロッキーな勝馬を背もたれに座らせてあげながら、右藤愛が申し訳なさそうに言った。
「携帯電話…圏外なんです。お母さんが固定電話で通報していると思うのですが」
「何だって? 電話が通じないっ?」
ロビーのカウンター越しに黒森が目を見開いた。右藤雅恵が困ったような声で狼狽える。
「さっきまでは通じていたんです。本土に発注とかしていましたから」
「まさか犯人が」と陳思麗が声を震わせる。
「ちょっと貴方!」比留間宇美が女将の首根っこを捕まえてふった。
「それじゃぁ私たちはこの島で殺人鬼と何日も閉じ込められるって言うの」
その権幕を都は背後から聞いて目を見開いた。探検部全員原始人の服着て獲物を探して槍を手に火山のある平野を走り回っている。
「んなアホな。なんで火山があるんだよ」
結城が突っ込みを入れた。
「大丈夫です。連絡船が明日の正午くらいには来ますから」
右藤愛が落ち着くように両手を翳した。
「って事は今から大体17時間か」結城はスマホを確認する。
「こんな事件がある以上。私は民宿代金は払いませんからね」
比留間宇美がパラスメントモードでロビーにのけぞると黒森が「他人にハラスメント謝罪文とか書かせたくせに自分は」と声を上げ、比留間は「何ですって!」と喚く。
「つまり我々はこの島に閉じ込められてしまった。これはまたまた死体が増えそうですな」
山垣カメラマンがふぇっふぇっふぇと笑った。「ここにいるお客さん、女将さん含めてみんないろいろやましい事があるみたいですし」
「何がいいたいのよ」比留間宇美が山垣を睨みつける。
その時だった。
「何かあったのかね」あくびをこきながら医師の徳田兵庫(57)が階段を下りてきた。
「あんた今まで何していたんだ」
山垣が疑いの目で徳田医師を見つめる。
「部屋で寝ていたよ。酒を飲んでな」細目の医師はへらへら笑った。
「殺されたんですよ、西原回さんがね」
結城が腕組をして徳田を見つめる。
「そうだ徳田さん…あなた医師よね。だったら検視してよ。出来るんでしょう」
と比留間宇美。
「また西原君のどっきりか」
徳田はため息交じりに吐き捨てた。
「こ、これは…」
都と結城に連れてこられた焼却炉前で徳田は首なし死体に戦慄した。
「俺たちはこれとは別に温泉で西原さんの首を何者かに見せつけられている。つまりこれは殺人事件だ。民宿の連中かそれとも別に第三者がこの島に潜んでいるかはわからんが」
結城は暗くなった藪や松林を見渡して、
「とにかく俺たちをここに閉じ込めた以上第二、第三の事件が起こる可能性だってあるんです。その前に犯人の目星をつけないと」
「わかった」
徳田は細目のまま言った。都が「お願いします」と言い、徳田医師により詳しく検視がなされる。
「死体の硬直具合はかなり始まっている。大体死後3,4時間だ。死因は背中の刺し傷だね。これが致命傷だ。軍用ナイフか、包丁か…。いずれにせよ首は死後切断されたものだ。さらに両手には手錠か何かをかけられた痕跡があるね」
徳田は都を振り返って言葉をつづける。
「つまり死亡推定時刻は2時から3時の間。収録の休憩時間が始まった時間だねぇ。西原君はそのすぐ後に殺されたことになる」
「って事はやっぱり温泉で私たちが見た西原さんは首だけだったって事だね」
都は考え込んだ。
ガレージに車を停止させ、ため息をついた右藤愛は、車から降りて勝手口から外に出ようとして、ふと異様な光景を目にした。それは彼女を硬直させる。ガレージに大量の血のついたタイヤの跡があったのだ。そしてガレージには水が流れる異様な音が聞こえている。
ガレージには水場があったが、なぜかその水道が出しっぱなしで、水があふれ出てコンクリートに水たまりを作っている。あふれている水が、なぜか赤い。それを見た愛は何なのと近づき、そして満タンの真っ赤な水に浮かんでいる何かを目撃した。それは西原回の茶髪ロン毛だった。それが首だけになって、紙を咥えて目をかッと見開いてぷかぷか浮いていた。愛の目が見開かれ体がガタガタ震え、やっとのことで悲鳴を絞り出す。
「きゃぁあああああっ」
その悲鳴は都と結城にも届いた。
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「愛ちゃん! どうしたの!」
悲鳴が聞こえたガレージの勝手口を開けた都は、ガレージにへたり込んだ愛を助け起こした。愛はガタガタ震えながら都に縋りついた。
「に、に、西原さんの首が…」
目をかッと見開いて白い紙を咥えた西原回の生首が水場にぷかぷか浮いているのが、都の視界に入ってきた。
「う、うわっ」
徳田医師が駆けつけて顔を戦慄させる。
「温泉で見た時と同じ表情だ…」
都は声を震わせる。そしてゆっくりと蛇口を閉めて首を持ち上げた。
「ちょっと、現場を保存した方が…」
右藤愛が声を上げるが、都は首を振った。
「警察が来るまでに犯人は第二第三の殺人を行うはず。その前に何か手掛かりがないと…」
都は口にくわえた紙を取り出して広げた。血がにじんだ紙には赤い文字で
-最初の生首、頂き候-
と書かれていた。
「犯行声明か」
結城竜は歯ぎしりした。
「これではっきりしたね。『最初に』と書いてあるって事は、犯人はこの殺人劇を繰り返すつもりだよ」
都は結城を振り返った。その時「師匠!」と声がして振り返ると、ガレージの入り口から秋菜とその他大勢が駆けつけてきた。
「師匠! なんですかガレージから森に血が垂れた後が」
秋菜の声に都はガレージの血の海からぼたぼたと垂れた血痕の道を通ってガレージの入り口にいる秋菜の所にやってきた。
「師匠…」
「西原さんの首が見つかった。ガレージで…多分犯人は森の中で西原さんの首を切断して、ガレージまで運んだんだよ」
都は森を見た。
「まさか犯人は外部の人間なんじゃ。西原さんを殺して首を私たちに見せつけているんじゃ」
秋菜の声が震える。結城はゾッとした。森の中に底知れぬ悪意を秘めた残虐な殺人鬼が潜んでいるというのか。
「なんという事だ」
旅館のロビーで黒森琢磨はため息をついた。
「犯人がこれからまだ殺人を続けようとしているなんて」
右藤雅恵はオロオロしている。
「まぁ、間違いないでしょうね。犯人はそのために電話線を切断していたんですから」
山垣甲カメラマンはふひひひひと嬉しそうに笑った。
「冗談じゃないわ!」
比留間宇美がテーブルをバンと叩いて立ち上がる。
「殺人鬼がこの中にいるんでしょう。そんな奴らと一緒になんかいられないわ!」
「何か狙われる理由でもあるんですかね」
山垣カメラマンがうつろな笑みを浮かべて骸骨みたいなくぼんだ顔で比留間宇美と黒森琢磨、徳田兵庫が一瞬怯えた表情を見せるのを楽しんだ。都の背後でお盆を女将の右藤雅恵が取り落とす。
「狙われる原因? それって比留間葉奈の事かしら」
比留間が物凄く醜悪に歪んだ笑みで山垣を見る。
「私は自分の人生を犠牲にしてあの子を、あのガイジを引き取ったのよ。あの子も私に奉仕する事を喜んでいた。私みたいな自閉症のガイジを引き取ってくれてありがとうって…犬みたいに私にひれ伏してた。あの子がパニックになって出版社から転落死するきっかけになったあんたらとは違って、私はあのガイジに感謝される方よ。殺されるほど恨まれる筋合いはないわ」
歯ぎしりする黒森を尻目におーっほっほっほと笑って比留間が立ち上がって部屋に戻るのを「こういう時にはみんなで部屋に一緒にいた方が安全なのに」と徳田医師が細目でため息をついた。
「でもそうとは限らないよ。いきなり電気が消えてぎゃぁああっって悲鳴が上がって電気が付いたら、一人死んでいるとか。あるいは水の中に毒が入っているかもしれません」
陳思麗の言葉に徳田が飲んでいたコップをちゃぽんとさせる。
「私も部屋に戻らせていただきます」
陳思麗はそういうと立ち上がって階段を上がった。
「ねぇ、千尋ちゃん。千尋ちゃんはずっと会議室で収録やっていたよね。西原さんの死亡推定時刻の2時から3時、みんながどこで何をやっていたかわかるかな」
「アリバイ証言ですか」
オープンキッチンで洗い物をしながら右藤愛が声を上げた。
「この時間は休憩でしょう。ほとんどみんな出歩いていてアリバイなんてないよ」
千尋が声を上げるが、黒森は「いいや、確かに西原君殺害自体は出来たとしても、あの首を持って徒歩20分の温泉に持っていく芸当なんて出来ない。その時間のアリバイも考慮すべきではないのか」と主張した。
「確かにそうだね」
都は言ってから、千尋を見た。千尋は顎に手をやって天井を見た。
「休憩が3時に終わった時にはみんな大体戻っていたよ。黒森さん、比留間さん、会議室で手伝いしてくれてた愛さん、カメラマンの山垣さんは休憩時間が終わってからずっと一緒にいた。愛さんは都たちを迎えに車に乗って迎えに行ったけどね。女将さんは仕事で10分くらいいなくなることはあったけど、30分姿を見ていない事はなかったと思う」
「収録映像を見ましたが」
カメラの液晶を見ながら山垣カメラマンが言った。
「薮原さんの言っていることはほぼ間違いありません。まぁ、愛さんは車で温泉に高校生らを迎えに行ったのでしょう。あの時首を一緒に持って行ってこの子たちに見せびらかした可能性はありますね。その首をこの子供たちを迎えに行ったミニバンのどこかに載せて一緒に持って帰った可能性もある。西原の首の第一発見者だという事も何か作為的なものを感じますねぇ。あなたが首を置いたんじゃないんですか」
とふふふふと気持ち悪い笑いで愛を見つめる。愛が顔を真っ青にする。千尋が思わず立ち上がった。
「待ってください。愛さんは休憩時間もずっと私と一緒に会議室にいました。愛さんは確かに首を持って温泉で都たちに見せつけることが出来たかもしれませんが、そもそも西原さんを殺せないんです」
「まぁ、そもそも最初の事件では徳田先生。貴方は怒って部屋に帰られてずっと姿を見せませんでしたよねぇ」
と黒森が眼鏡を反射させる。
「何を馬鹿な…私は休憩時間に外出はしていない。休憩が終わって西原君がいつまでも帰ってこないから怒って部屋に戻ったんだ。死亡推定時刻には皆と一緒にいたさ」
「でもその死亡推定時刻は貴方が導き出したものだ」
と黒森が意地悪く笑うと、徳田は「なんだと」と立ち上がってくそっと細目で声を上げ、そのままロビーのトイレに向かった。
「黒森さん…アリバイがないのは高木憲太郎さんも同じでしょ。あの人も西原さんを探しに行ってから姿を見せていない。けっけっけ」
山垣はヒニヒニ笑った。
「そういえばあのオカマピエロ姿見せてないな」
結城が都とメモを取っている秋菜に耳打ちした。
「ああ、あのオカマなら見たぜ。検視の為にあの徳田ってお医者さんを部屋の前で呼んでた」
「右手で結構しつこくノックしていたなぁ」
瑠奈が思い出したように声を出すと、都の目が見開かれた。
その時だった。ロビーの電話が鳴った。
「おい、電話死んでいるんじゃないのか」
結城が電話の前に立つと瑠奈が「内線電話みたいだよ」とフォローする。
「もしもしもし」結城が受話器を取ると、突然くぐもった声が聞こえてきた。
-殺さないで…。
高木憲太郎の声だった。
-殺さないで…助けて…
電話が切れた。
「くそっ」
結城が電話をガチャンと切った。
「どうしたんだね」
細目の徳田医師がトイレから出てきた。
「高木さんの声が聞こえてきたんですよ。何か助けを求める様な」
結城はそういうと階段駆け上がり際に「愛さん、高木さんの部屋は何番ですか」と叫んだ。
「207です」
愛が叫んだ。結城と勝馬と徳田医師、黒森が上がってくる。
「何よ、騒々しい」
別の部屋から比留間宇美が顔を出すのを無視して、結城と勝馬と徳田、黒森が扉の前に立つ。
「どいて」
結城秋菜が4人の男をどかせると、空手の足刀蹴りで旅館の扉をぶち破った。
「すげぇええ」
結城が目をむいて、勝馬のあごが外れる。結城は壊れた扉を開けて
「神妙にしろ!」
と声を上げた。だが次の瞬間目を見開いた。部屋の中は血の海だった。首のない死体が布団に大の字に浴衣姿で倒れている。
「きゃぁあああああっ」
秋菜は絶叫して仰向けに倒れそうになるのを、勝馬が慌てて支える。
「くそっ…犯人め。逃げやがったか」
あけ放たれた窓から、西原の死体の匂いが漂う焼却炉と松林と海を結城は見た。脚立と森に通じる血の跡が見えたが、真っ黒な光景に犯人らしき影はない。
「こ、この人…あの女装男性の高木さんなの」
秋菜がふらふらと質問する。
「そいつはわからないが…さっきの内線電話の声は間違いなく高木憲太郎だった」
結城はため息をつきながら部屋を見回す。その時、都は洗面室から何か水が流れる音がするのを聞いて、足元を見た。真っ赤な水が扉の隙間からカーペットに漏れている。
都はゆっくり扉を開けた。
「し、師匠」
秋菜の声が震える。
「結城君。死体が高木さんなのは間違いないよ」
洗面台に貼られた水に首が突っ込まれていた。目を見開き、化粧がドロドロに崩れ落ちた悲惨な状態で血の海に沈んでいた。口にくわえられた紙を口から取り出して調べる都。
「なんて書いてあるんだ。まさか2人目の首頂きに候とか書いてあるんじゃないだろうな」
「うん、書いてある」
都は言った。
「じゃぁこれはやっぱり、連続殺人…」
黒森が声を震わせた。
「ひひひひひ、いいぞ、いいぞ。こっちの方がワラワラ動画の視聴者数も増えそうだ」
と不気味な笑いを浮かべて撮影する山垣。そのカメラを背後に都は目を見開いて戦慄していた。
「結城君…今回の事件もだよ。今回の事件も、犯人は被害者の首を切断して洗面台の水につけるようなことをしている」
「一体なんでこんな殺し方をしているんだろうな」
結城が都の背後でため息をついたが、少女探偵は小さく前を向いてため息をついた。
「その理由、わかっちゃったかもしれない」
目を見開いて血の海に沈んだ生首の前で、少女探偵島都は目を見開いた。