少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

生首温泉殺人事件9-10 解決編❷

 

生首温泉殺人事件 解答編❷

 

 

 

9

 

【容疑者】

・右藤雅恵(45):生首荘女将

・右藤愛(17):生首荘従業員

・比留間宇美(36):フェミニスト作家

高木憲太郎38):フェミニスト。大学准教授。オカマ。

徳田兵庫(57):医師

西原回(34):エロ漫画家

・陳思麗(20):オタク女子大生。台湾人。

・山垣甲(40):カメラマン

・黒森琢磨(35):公務員。ネット論客。

 

「そう、この事件で西原回さん、高木憲太郎さん、徳田兵庫さんを殺し、鉄壁のアリバイを作り上げて私に徳田さんが犯人だと推理をミスリードした犯人。そして最後にこのガレージで最後の標的である黒森琢磨さんを殺害しようと待ち伏せしていた犯人…それは貴方です!」

都はまっすぐガレージに隠れた犯人を指さした。

「比留間宇美さん!」

女流作家は目を見開き、驚愕していた。

「そ、そんな」黒森琢磨は絶句し、山垣カメラマンも驚愕し、右藤親子と陳思麗も信じられないという表情でガレージの車から出てきた女流作家を見つめた。

「フッ」上流作家は笑った。

「随分と自信を持っているじゃない。さっき犯人に自殺されてびえん状態だったのに。また推理するのかしら。でもそれなら説明してほしいわ。どうやって私が完璧なアリバイがある状態で、徒歩20分、往復40分かかるあの温泉に西原の生首を持っていくことが出来たのか」

余裕の笑みを見せる女流作家に、都は力強く笑った。

「簡単だよ。頼めばいいんだから。温泉に行って女湯を覗いてきてって」

女流作家の目が驚愕に見開かれた。

「何を言っているんだ。首が勝手にはいそうですかって温泉に飛んでいくなんて不可能に決まっているじゃないか」

と黒森が大声で喚く。

「確かに首が勝手に飛んでいくことは出来ないよね。だけど首に手と足が生えて胴体がくっついていたら。それくらい出来るんじゃないかな」

「な、何を言っているの」

右藤愛が声を震わせる。都は愛に向き直った。

「簡単なことだよ。あの時の温泉で私たちが見たのは西原さんの生首じゃない。生首に変装した生きている西原さんだったんだよ」

「な、なんだと!」結城と黒森、山垣が目を見開いた。

「犯人は第一の事件で、死んだ人間の首を生きている人間に見せかけようとしたんじゃない。まだ生きている人間を生首に見せかけたんだよ。犯人の比留間さんはこっそりと西原さんに接触して、余興として女湯に生首を出現させて、温泉に行った高校生の私たちに殺人事件が発生したように見せかけるドッキリを西原さんに提案したんだよ。多分女湯を覗くというイベントでスケベな西原さんがオッケイすると比留間さんにはわかっていたんだよ。西原さんは徒歩20分の温泉に行って、そこで私たちの前に生首のふりをして生垣の前にその頭を見せ、帰りには愛さんが運転したミニバンのトランクに隠れた。そしてミニバンが旅館に帰ってきたとき、貴方は私たちを出迎えたよね。その時貴方はミニバンのトランクからこっそり西原さんを連れ出して、ガレージで殺害した」

「馬鹿な」

山垣カメラマンが目をぎょろッとさせ言った。

「西原の首なし死体は貴方たちが温泉で西原さんの首を見た17時には見つかっているんですよ。どう考えてもあの時間西原は生きていない」

「確かに、西原さんは焼却炉の前で亡くなっているのを、私は17時に見ています」

と女将の右藤雅恵が声を震わせる。だが都は首を振った。

「あれ、本当に西原さんだったのかな。彼の着物はトレードマークでいつも同じだし、首はなかったんでしょう。別の死体を西原さんに見せかけることは出来たんじゃないのかな。例えば」

都はここで全員を見回した。

「二番目に殺された高木憲太郎さんの死体とか」

「なにぃ!」

結城と山垣が驚愕の声を上げる。勝馬が口をあんぐり開けた。

「私ね、さっき秋菜ちゃんが京都からのお土産のペンを持っていた時、秋菜ちゃんは京都に行ったんだと思っていたけど、本当は京都に家族旅行した友達と交換したペンだった。それを見て閃いたんだよ。西原さんの首が見つかったからって、胴体の方が西原さんとは限らないって」

「そ、そんな」愛と女将さんが声を震わせる中、「師匠…なんかその例え方」と秋菜がぐぬぬする。

都は「ごめん」と笑顔でなだめながら話を続けた。

「まず比留間さんは休憩時間が始まった時、2時から3時の間に高木憲太郎さんを待たせていた自室に行き、スタンガンで気絶させて手錠をかけて包丁で拷問して悲鳴をテープに収録し、そのうえでナイフで刺した後に首を切断して殺害。首を洗面所に放置して死体に西原さんが着用しているのと同じ着物を着せて、部屋の窓から一度死体を放り投げ、焼却炉に死体を移動させた。高木さんの部屋は焼却炉のすぐ前にあったからね」

「ちょっと待ってください…それじゃぁ西原さんの死亡推定時刻は」

山垣カメラマンがはっとしたように都に言った。

「そう。これがこのトリックの巧妙なところなんだよ」

都は頷いた。

「徳田先生が検視をして死亡推定時刻を割り出すことは出来るけど、それが西原さんの死体なのかは判別する事は出来ない。年齢もあまり変わらないし性別も同じだしね。そして徳田先生が西原さんに見せかけた高木さんの死体を検視する事で、死亡推定時刻が2時から3時と推定され、5時くらいに温泉で生首が見えた時には西原さんは確実に死んでいる…。そういう風にして、風呂覗きの時にはもう死んでいたという究極のアリバイを西原さんに与えて自分のアリバイも確保する…。巧妙な手口で比留間さんは自分のアリバイを確保したんだよ」

都は比留間宇美を見つめた。比留間はほぞをかんで視線を逸らす。

「旅館に帰ってきた車の前での比留間さんの発言は計算されたものだった。『比留間さんが首を切られて殺された』って話だよね。あれだと胴体が見つかったのか首が目撃されたのか聞いただけでは分かりっこない。つまり、車から降りた私たちとトランクの中に隠れている西原さんにドッキリの続きとか言ってガレージに誘い出し…」

 

 ガレージに誘い出された西原は「ひひひ、美人JKのおっぱいも見れたし最高だぜ」と笑う西原は突然背中に凄まじい激痛を感じ、振り向くと比留間宇美が鬼の形相で西原回を刺していた。

「ぐほっ…な、なぜだ」

 

「西原さんを殺した比留間さんは彼の首を切断すると、首をガレージの洗い場に入れて放置し、西原さんの胴体を脚立と一緒に高木憲太郎の部屋の真下に持っていき、高木さんの部屋に置いたんだよ。高木さんの衣服を着用させてね」

「そうか読めたぞ」

結城は唸った。

「高木の部屋の窓から見えた脚立と血の跡は、犯人が逃げ去った後ではなく死体をこの部屋に持ってきた跡だったんだな」

都は頷いた。

「そう。ついでに言えばガレージの血の痕跡が森に向かっていったのも、犯人はわざと森を経由して死体を移動させたからなんだよ。こうする事で犯行現場は森で、森の方からガレージに西原さんの首が運ばれた様に見せかけるためにね。高木さんの部屋から血痕が窓の外に通じていたのも、犯人が返り血を垂らしながら森の中に逃げたように見せる。このトリックは死体を運ぶときに血痕が垂れたりしたら一発でバレるトリックだ。ましてや女性が首がないとはいえ男性の死体を運ぶわけだからね。でも犯人は死体の搬送経路に森を経由する事で、血を垂らした物体の移動方向を錯覚させるという大胆なトリックを使ったんだよ」

都は言った。「なるほど」秋菜が考え込む。

「高木さんだけではなく西原さんの死体にも拷問の痕跡が出たのは、実は西原さんではなく高木さんの死体だったから。トリックがばれないように高木さんの部屋の死体にも拷問の痕跡をつけたんですね」

秋菜は声を上げた。都は笑顔で「うん」と頷いた。

「って事は高木さんの部屋での徳田さんの検視結果は」

陳思麗が震えるように言うと、

「殺されたのが1時間以内だったのは西原さんの方だったんだよ。その死亡推定時刻を高木さんの首と一緒に割り出すことで、高木さんの死亡推定時刻を錯覚させ、西原さんより後に殺された様に見せかけたんだよ。つまり第二の事件のトリックは第一の事件の不可能犯罪を成立させる、それ自体がガジェットだったんだよ。2つの事件で首が水に浮かんでいた理由もそこにある。血を洗い流して血液の乾き具合から首と胴体で死亡推定時刻が違う事をわからないようにするためだよ」

都は言った。

「なるほど」

カメラマンの山垣は感心したように言った。

「確かに死亡推定時刻は基本的に手足の硬直具合を確認し、頭部の状態は顎の硬直を見るくらいだ。首が水に浮かんでいれば死亡推定時刻は正確にはわからないから、胴体がある以上敢えて頭部の検視をする事もない。全て計算済みだったんですね」

「な、なんて犯人だ。こんな完璧で巧妙なトリックを仕掛けたなんて」

勝馬

「ううん」

都は首を振った。

「犯人の計画には2つミスがあったんだよ。一つは秋菜ちゃんが言ったように、映画の猟奇殺人をまねして西原さんが口に紙を咥えるという演出をして私たちが入っている温泉に現れた事。これは徳田さんが西原さんを生きているように見せかける…という犯人がやりたい演出からすればかなり不自然だった。もう一つが、私たちに高木さんを4時ごろに目撃したという話…」

「あれは何か間違っているかしら? 私はちゃんと高木さんが左手で化粧しているのを見たわよ」

比留間が余裕の声を出すが、都には通用しなかった。

「確かに、貴方が喋った脳内高木さんは矛盾点はなかったよ。あなたはちゃんと考えて、私に高木さんの聞き手に注目させ、かつ高木さんが4時までは生きていて西原さんより前には死んでないことを印象付けようとしたわけで、だからちゃんと考えていたんだと思う。でも」

都は比留間を鋭い視線で見た。

「高木憲太郎さんは男子トイレを使っていたんだよ。結城君と勝馬君が証言している」

比留間の目が驚愕に見開かれた。

「つまり貴方のその証言は矛盾しているんじゃないかな」

都はじっと比留間宇美を見たが、比留間は再びふっと笑った。

「だったら見せてみてよ。もっと確実な物的証拠を。あなた証拠もないのに私を犯人呼ばわりする気? 今まで全部あなたの推測じゃない」

「死体が入れ替わっていればDNA鑑定をすれば一発でわかりますよね」秋菜が鋭い声で言うが都の言葉は意外なものだった。

「それは不可能だよ」

都は深刻な表情で言った。「え」と目を丸くする千尋に都は続ける。

「よく考えてみて。今の推理を聞いてわかると思うけど、2人の人間の殺害場所は首が見つかった方に一致させてあるんだよ。血液は首が切れたときに一気にどばって出るからね。つまりガレージには西原さんの大量の血が、高木さんの部屋には高木さんの大量の血があるんだよ」

「まさか」

結城が不敵に不気味に笑う比留間宇美を見ている。

「そしてこの人は高木さんの部屋で首を持ち出して悪戯に使っている。つまり今朝のごたごたの中であの部屋に入っているんだ。私たちは森で秋菜ちゃんを探しに行って、高木さんの部屋の監視をしていない。高木さんの部屋のすぐ下には焼却炉がある。つまり西原さんの死体が近くにあるんだ」

「じゃ、じゃぁ」

秋菜の声が震える。

「もうとっくの昔に再度死体は服を交換されて場所も交換されているよ。勿論死体があった部屋からは両方の人間の血が出るだろうけど、比留間さんは2人の殺害を同じ凶器を使う事でそれを当然の状態にしている。お風呂の垣根にあった血痕も多分西原さん自身が注射器であらかじめ出しておいたものだよ。つまりもう証拠は残っていない」

都は厳しい表情だ。

「つまり言い訳じゃない。貴方がデマで私を陥れようとしたのに証拠がないという」

馬鹿にしたように笑う比留間宇美に都は「笑っていていいのかな」と目をぱちくりさせた。

「比留間さんは物的証拠を今も上着のポケットに持っているのに」

比留間の顔が電撃が走ったように引きつり、青ざめた。探検部の全員が顔を見合わせたが、当の比留間には見覚えがあるようだった。都は陳思麗に向き直った。

「陳さんは黒森さんと徳田さんに性的嫌がらせをDMでされていたんだよね。そして誰かが勝手に陳さんの代理人を名乗り出て、勝手に慰謝料を手に入れたって。黒森さんにさっき結城君が脅…じゃなかったお願いして聞いたら、実際は慰謝料じゃなくて謝罪文を直筆で書かされたって、それも一言一句雛形まで作らされて、黒森さんと徳田さんが罪を犯したという内容を…ね」

「ま、まさか」

黒森が比留間を見た。比留間が真っ青になって下を向く。

「その紙を遺書っぽく仕立てた奴を、今比留間さんは持っているはずだよ。黒森さんの死体に添えるためにね」

都はじっと比留間宇美を見つめる。比留間は目を見開いたまま何も言い返せなかった。

「ちっと改めさせてもらっていいっすか」

結城が近づくと、比留間宇美は観念したようにポケットをごそごそやった。

「その必要はないわ。私が犯人なんだから」

比留間はそれだけ言うと、突然懐からナイフを取り出した。それも大きなアーミーナイフだ。

「比留間さん!」都が大声で喚く。

「葉奈の敵よ!!!! 死ねぇ。黒森!」

比留間がナイフを持って突っ込み、黒森琢磨は「うわぁあああああ」と絶叫した。

 

10

 

「死ねぇ、黒森!!!」

般若の形相で黒森に突っ込む比留間宇美に、黒森は「うわぁああああああああ」と絶叫した。だがその時、比留間宇美の脳裏に悲し気な目の愛する娘の顔が浮かんだ。その一瞬の躊躇の瞬間、結城と勝馬が彼女のナイフを持つ手を掴み、ガレージの床に押し倒した。ナイフが床に転がる。

「比留間宇美さん! ダメです。宇美さんを大切に思っていた葉奈さんが悲しみます」

都は狂ったように抵抗する比留間に叫んだ。その時比留間の抵抗がやんだ。

「都さん…一体どういう」

愛が声を上げると、都は悲し気に前髪に顔を隠したまま結城に引き起こされる比留間宇美を見つめた。

「この事件は比留間葉奈さんの復讐だったんですよ」

「でも、こいつは葉奈を虐待していたって」と女将が声を震わせるが、都は首を振った。

「それを直接目撃していたわけじゃないでしょ。葉奈さんを死に追いやった人たちへの復讐の為に、わざとそういう演技をしていたんだよ」

「な」と腰を抜かして震える黒森琢磨を尻目に、都は結城に茶封筒を回収された比留間宇美に言った。

「もう、全て話してくれませんか」

「そうね。もう何も隠し立てる意味はないわ」

比留間宇美が悲しげな声で言った。「西原も高木も徳田も…あいつらを殺したのはこの私よ」

「そんな、あなた言っていたじゃない。私に葉奈をガイジだの押し付けられたのって」

女将が悲鳴に近い声を上げるのを、比留間は力なく下を向いていった。

「そんなことはないわ。貴方が私の家に突き飛ばすように連れてきたあの子、葉奈は、最初はすごく私に怯えていて、私にも怯えていた。でも自閉症の事を調べて一緒に寝たり、焦らずちゃんと向かい合えば、あの子は私に心を開いてくれた。人よりも成長がゆっくりでこだわりが強くてすぐにパニックになっちゃう子だけど、きちんと向かい合ってくれる大人が必要だっただけ。本当はとても優しい女の子だった。あの子が私を必要としてくれる…あの子を守るという覚悟のおかげで私はあのブラック企業を辞めてライターとして生きていくことが出来た」

比留間はここで優しい表情で涙を流しながらガレージの天井を見た。今までの下劣なハラスメンターの姿はそこにはなかった。

「あの子は絵を書くのが好きで、動物園や公園に連れて行くと、いつまでも長い時間、キリンや象やライオンや、公園で遊んでいる子供たちをとても優しいタッチで描くの。小学校から中学校…他の子よりもゆっくり成長しているところはあったけど、愛ちゃんみたいな親友がいつもいて、優しいところは変わらなかった」

比留間宇美は愛を優しい表情で見つめた。

 

 2年前。中学校最後の文化祭で、比留間宇美は娘の作品を一緒に美術室に見に行った。

「あら、葉奈…この絵、葉奈ともう一人の男の子…ひょっとして葉奈の好きな男の子かな」

宇美が振り返ると、葉奈は「あ、あ、あ」と顔を真っ赤にして目をバッテンにして手を振って「あっーーー」と焦っていた。宇美はその頭を優しくなでる。

「はいはいわかりました。また伝えたくなったら私に教えてね」

「うん、お母さん」

恥ずかしそうな葉奈。

 

「そんな葉奈に絵本作家の話が出版社の方から来たのは数週間後だった。葉奈も私も手を取り合って喜んでいた。でもそれが葉奈と永遠に分かれる前兆だったなんて」

宇美の目に闇が差した。

「愛ちゃん。貴方が教えてくれたのよね。下校中の葉奈に突然ワゴン車が止まって。眼鏡をかけたおじさんたちが葉奈を連れて行ったって」

宇美がゾッとするような目で黒森を見た。「ひっ」眼鏡の黒森が悲鳴を上げる。

「葉奈は予定が急に変わるとパニックになって泣いちゃうから、私心配になって出版社まで向かったの。でもそこで見たものは、救急隊員と警察に囲まれた、裸の葉奈の遺体だった」

 

「え、何かの冗談ですよね」

搬送される葉奈の目を閉じた血だらけの顔に縋りながら、宇美は救急隊員に言った。

「だって、葉奈は今日も行ってきますって笑顔で玄関出たんですよ。嘘ですよね…」

その現実が信じられなかった。顔が真っ青になり涙さえ麻痺している。足腰が抜けた。

(あなたも私もずっとつらい経験をしてきたけど…でももうすぐ夢がかなうはずだったのに…なんで)

「いやぁあああああああああっ」

宇美は大切な娘の亡骸に縋りついて絶叫した。

 

「私は後日、出版社の人たち、当日葉奈が転落した部屋にいた人間に会いに行った。あいつらは葉奈が突然裸になって飛び降りたって言っていて、警察官も葉奈が自閉症だという理由でそれを信じていた。でも葉奈は毎日同じ服を着ることを望むくらいこだわりが強くて恥ずかしがりで、いきなり服を脱ぐなんてパニックになってもあり得なかった。私はあんたたち4人とテーブルにて話し合った。絶対こいつら娘の死の真相に口をつぐむと思ったけど、実際のアンタらは私が思っていた以上に狂っていたわ」

宇美は黒森を見た。

 

「あ、あれ…? 漫画家の西原先生が絵の題材にしたいって事で裸になるように僕と徳田先生が彼女に言いましたよ。そしたらあいついきなり泣き叫んで、モデルの役に立たないから、高木先生が思いっきり張り倒しましたよ」

黒森は「何だそんな事か」とばかりに言った。宇美は目を見開いて驚愕した。

「聞けばあの子、貴方の上司に無理やり押し付けられた子だったんですよね。こんなガイジを育てさせられて、貴方の才能が発揮できないなんてお辛かったでしょう。でもあのバカは勝手にパニックになって飛び降りちゃいましたから。これであなたも解放されたってわけです」

黒森は良い事をしたとでもいうように立ち上がり振り返った。

「どうでしょう。この雑誌で働いてみませんか。僕が口利きしますよ。貴方の失われた15年を文章にするんです。これは世の中の偽善者どもをあっと言わせられますよ」

宇美は真っ青になった。

(こいつ、何を言っているの。葉奈を裸にして…って)葉奈と初めて会った時、右藤雅恵の虐待のトラウマに怯えた葉奈の姿を思い出した。

―君はどれだけ怖かったのかな…どれだけ私に助けを求めたのかな…でも私は君をタスケテアゲラレナカッタ…キミガナイテタスケヲモトメタノニ―

「お願いしてよろしいですか」宇美はにっこり笑った。能面のように。

「私も障害者の子育てという拷問から解放してくれた皆さんに感謝しているので、少しでも恩返しさせていただきます」

宇美は笑顔でそういったが、その笑顔の奥に凄まじい憎しみの炎を燃やした。

(殺してやる! お前ら全員に葉奈の最期の恐怖を思い知らせてやる)

 

「そ、そんな」

ガレージの中で雅恵が声を震わせる中、愛が憎悪に満ちた目で怯え切った黒森を見た。

「この出版社で成功するのは簡単だった。過激で極端な奴がテラスハウスやっているようなものだったし。内容も取材も調査も必要ない過激なフェミ作家やっていればよかった。そうやって復讐の機会をうかがっていたんだけど」

宇美は自嘲的な笑いを浮かべた。都は悲し気に殺人者を見た。

「結局私は、あの子の敵を取ってあげられなかった」

宇美は座り込んだまま壊れたように笑った。都も探検部のメンバーも愛も雅恵も、陳思麗も山垣カメラマンも言葉が出ずに、その壊れた笑顔を見つめた。

 

 数週間後。水戸拘置所-。

 今日はカジュアルな服の右藤愛と島都が拘置所の面会室で待っていると、扉が開いてアクリルの向こうにやせ衰えた比留間宇美が姿を見せた。

「都さん…それに愛ちゃんも」

「お久しぶりです」愛は緊張したように言った。

「ご飯、食べていないみたいだね」

心配そうに都が言った。宇美は質問には答えず、ふと都に声をかける。

「犯人の自殺を見せれば、都ちゃんには黒森の死体の遺書トリックなんて暴く力は残っていないと思っていた。どうして私が犯人だと推理をやり直せたのかしら。あの時点で貴方の闘志を完全に折ることが出来たと思っていたのに」

宇美が悲しく笑うと都は冷静な表情でこう言った。

「私が探偵として終わったとしても、犯人を推理しないと人が死ぬからだよ」

「そう」

比留間宇美は弱弱しく笑った。

「貴方を見くびっていたのが、私の敗因ね」

しかし都は首を振った。

「私に真実を教えてくれたのはね。葉奈さんの絵だよ」

都はそういうと、布に包まれた絵を紐をほどいて宇美に見せた。ロビーに飾ってあった絵だ。

「この絵にある葉奈さんの横の男の子。誰だと思う?」

「さぁ、葉奈は恥ずかしがって教えてくれなかったから」と宇美。都はそんな宇美に促した。

「耳と鼻をよく見てみて」

宇美はうつろな目で絵の男の子を見ていたが、やがてすべてに気が付き、口を両手で押さえて涙を浮かべた。

「そう。この男の子の年齢、あなたの血のつながった顔立ち。この絵は貴方が右藤雅恵に流産させられた赤ちゃんですよ」

都は震えるように泣く宇美を見つめた。右藤愛が何かをにじませるように言葉を続ける。

「私が私のお母さんの罪に悩んでいるのを、葉奈が私の話を聞いて、思いっきり泣く私を抱きとめてくれたんです」

愛が感極まって言葉が止まると、都は絵を号泣する比留間宇美に見せて優しい笑顔で言った。

「葉奈さんはお母さんの苦しみを知った。だからお母さんを自分も支えたいと、必死で自分に出来ることをしたんです。渾身の力で最後の作品を作ったんです。宇美さんが憎しみや絶望に心を閉ざして復讐にぎらついていたとしても、この2人は見守っているだね」

「あ、あぁあああああああ」

耐えられなくなった宇美はアクリル板に縋りつくように号泣した。

「宇美さん。この絵は旅館のロビーにかけておきます。私のお母さんの罪を忘れないためと、この絵を書いた優しい女の子を大勢の人に知って欲しいから」

愛は泣きながら言った。

「だから死なないで。ちゃんと罪を償ってまた葉奈が好きだった優しいお母さんに…お願いだから戻って」

愛は両手で顔を覆って泣き出した。宇美は涙にぬれながらも優しく愛を見た。

「ありがとう」

宇美は交互に愛と都を見た。涙にぬれた優しい笑顔で。

「ありがとうね」

「うん」都は笑顔で頷いた。

 

「良かった。比留間宇美さん、少しでも生きようって気になってくれて」

秋菜が都と愛、結城と市民会館でのリバイバル展示を見ながら言った。

「比留間葉奈って本当にすごい絵を書くよな。事件があったからってのはあるけど、それでも小さい個展が開かれるだけのことはあるわ。人間や動物の優しさってのをここまで絵で表現できる画家もそうそういないぜ」

結城はキリンや象や親友の愛、そして比留間宇美の絵を見ながらため息をついた。

「小さい個展だけど…夢がかなってよかったね。葉奈ちゃん」

都は優しい笑顔で絵に呼び掛けた。

「あれ」

秋菜は一枚の絵を見つめた。そこには恐らく葉奈自身と思われる女の子と手をつないでいる手足が異様に長い長身の人影がいた。

「あの、し、師匠…これ」

「ああ、この絵はなんか葉奈だけが見えている友達みたいな事を言っていたよ」

愛がそういうと、秋菜の顔がさーっと青ざめる。

「どうした秋菜。腹でも減ったのか」

結城が目をぱちくりするが、秋菜は独り言のように喚いた。

「なんでもないよ。きっと木の枝とかと見間違えたのよ。だって見たの私だけだし」

今の台詞。お分かり頂けただろうか。

 

おわり

 

 

終わり