少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

偕楽園殺人事件4 解決編

7.真相

 

「動かないで‼」

起爆スイッチを手にした殺人者「赤い目」もとい議員の伊藤ちなつはそう大声を張り上げて都と長川に手にしたものを見せた。

「江川さん、玉川さん…貴方達も動かないほうがいいわよ。この腕輪を装着した人間はこの起爆スイッチから2メートル離れたら腕輪爆発するから」

起爆スイッチには青いランプが無機質に点滅している。

「ひいいいいい」と声を上げて玉川重宗がへたり込んだ。江川はがたがた震えたまま硬直している。

「都…本当に伊藤ちなつ議員が5人の人間を殺した犯人なのか?」

息を切らしながら問いかける長川に都は首を振った。「5人じゃない…4人だよ…。この人は4人を殺害し、架空の殺人者の存在を死体トリックででっち上げた殺人犯だよ」

都はあっけにとられる藤見優子カメラマンの横に立って、伊藤議員を見た。

「あなたは、やはり全ての真相を暴ききったようね」

伊藤議員はつきものが落ちたような笑顔で都に微笑みかけた。どうやら彼女がいずれ真実にたどり着くのはわかっていたようだ。つまりこの犯人は標的を道ずれにここで死ぬつもりなのだ。

「一体どういうことですか」

扉を開けて入ってきた佐々木が言った。番田とパトカーをタクシーで追跡してきた小畑美奈もいる。

「第二の事件で千波湖のトイレで見つかった黒焦げ死体は、殺された山城議員のものだったんだよ」

振り返りながら都は言った。

「馬鹿な…山城議員は常陸太田で見つかった遺体だと鑑定されたんだ。そしてトイレで見つかった遺体は山城とは別の死体だと鑑定されている」

「それは本当かな」

都は長川を振り返った。

「警察が調べたのは、常陸太田の遺体=山城議員≠好文亭の指紋=トイレの黒焦げ死体の指紋だって事なんだよ。今私が言った式が成り立つから警察は山城議員と千波湖のトイレの死体が別人だと判断した。でも好文亭の指紋と山城議員のそれが同じだとしたら…」

「都…山城議員の死体は2週間前に見つかっているが、好文亭の指紋は昨日の犯行の時点で生きた指紋だった。2つが同一人物なわけないだろう」

「いや、生きていたんだよ。その指は伊藤議員の手袋がはめられた指の先端で‼」

伊藤議員の顔が震えた。そしてふっと笑って鑑定の手袋を外すと、プラスチックの青い義指がぽとりと落ちた。

「まさか、伊藤議員の手に山城議員の指を縫合したのか」

番田が呆然とした表情で伊藤を見る。

「伊藤議員はそうやって脅迫文の茶封筒に入れられていた山城議員の指と伊藤議員の薬指の指紋の死亡時期を全く違うものにして、警察に2つの死体が同じものであると考えさせないようにして、2つの指紋を別々の警察のデータに登録させ、これをもとに得体のしれない第三者赤い目の死体を作り出したんだよ。あの時、トイレに追いかけてきた君塚巡査を伊藤議員は殴って気絶されるかしてトイレに拉致して、トイレを爆発させ、現場に自分の中指に装着していた指を放り込んだんだよ。そうすれば好文亭で見つかった犯人の指紋と現場で見つかった指の指紋、そして黒焦げ死体のÐǸAが一致し、警察はトイレの黒焦げ死体が山城議員ではなく得体のしれない第三者の犯人と推測し、今日殺す予定の江川さん、玉川さんを自分と一緒に爆弾で殺しやすくなるんだよ。もっとも、そこにいる玉川重宗さん、あなたが秋菜ちゃんを殺そうとしたせいで、警備は厳重になっちゃったみたいだけどね」

都は激情に満ちた鋭い目で震えている玉川重宗を見た。玉川はがたがた震えておしっこを漏らしている。

「秋菜さんの事は本当に申し訳なかったと思っているわ。まさかこいつがこんな事するなんて全然思わなかった。都さん、本当にごめんなさい。私のせいで、あんな優しい子が…」

そう沈痛そうに肩を震わせる伊藤議員は傲慢なネトウヨ議員のそれではなかった。本当に秋菜を傷つけたことを悔やんでいた。

「待って…都さん。伊藤議員には第一の事件でアリバイがあるじゃありませんか。第一の事件で辻さんが殺されたとき、津川館長や江川さん、玉川さんと伊藤議員は2階に一緒にいました」

美奈が声を震わせる。都は彼女に頷いて見せた。

「この議員は津川館長に佐々木秘書を呼び出させるくらい権力があった。そうなると同じ思想を持って伊藤議員にいろいろお世話になっていた玉川さん、江川さん…貴方達は伊藤議員が席を外していたなんてそんな本当のことを言えましたか」

都に鋭く見つめられ、玉川は下を向いてしまった。

「まさかあの時」江川は声を震わせた。

「ええ、私は古いエレベーターを見てみたいといって中座し、屋根伝いに辻が休んでいる部屋に移動して、辻を殺害、帰りはカキの木から屋根に戻ってあなたたちの2階へと戻ったのよ」

伊藤は冷徹に笑いながら言った。

「凶器は…凶器はどうやったんだ」

長川が都を見ると

「ナイフ一本くらいパチンコか礫の要領で屋根に投げ込むことは出来るよ。好文亭の警備も、内部に入ろうとすると竹柵に囲まれて警備に見つかっちゃうけど、藪とか林とかは周辺にあるからものを投げ込むことは出来るからね。問題はその時間なんだよ。伊藤さんは警察が好文亭を警官やドローンで安全を確かめた後、早めに来て凶器を屋根に投げ込んでおき、殺害後は辻さんの死体に凶器を残した。血だらけの指紋を残したのもその時だよね。勝馬君が見た赤い目は暗視スコープの赤い目だよ。勝馬君が巨人のように見えたのは屋根に上ったから、赤い目の巨人かがんだように見えたのは縁側に飛び降りたからだよね。こうやって伊藤議員は私をミスリードしたんだよ。凶器を持ち込む方法も殺害現場へ行く方法もアリバイ工作も、2階監視の屋根の上っていう環境だと前提条件からして絶対無理なんだよ。でもあなたはトリックを使うのではなく、2階だけ真実をゆがめることで乗り切ったんだよ。結城君と長川警部が2階の津川館長に全員いるか聞いたとき、実は伊藤さんはその場にいなかった。でも2階にいた人間は伊藤さんが犯人だと今の地位を楽しめないから、伊藤さんと一緒にいたっていう真実を2階で勝手に作ったんだよ」

都は伊藤に語り掛けた。

「暗視スコープは鑑定に必要だからって持ち込んだのよ。あのⅩ線検査でね」

伊藤は鼻で笑った。「この玉川が女の子を盗撮するのに使っているそれを、議員権力でおねだりして貸して貰ったってわけ。全く、人間は自分の都合よく認知をゆがめるけれど、愛国ヘイトの歪んだ認知は扱いやすくて仕方がなかったわ。それをうまく使えば堂々とみんなの前で殺人現場へ行けるんですもの」

伊藤のぞっとするような笑顔を江川と玉川は呆然と見上げた。

「どうして、このトリックに気が付いたの、都さん」

伊藤は都に柔和な笑顔を向けて聞いた。「私の行動の何がいけなかった?」

「2つあるんだよ」

都はにっこり笑った。

「1つは好文亭に秘書の佐々木さんを連れてこなかったこと。殺人犯の襲撃があるかもしれない場所に佐々木さんを連れてこないで一人で来るのは変だなって思ったんだよ。あれは凶器を投げ込む時間を手に入れるためだよね」

佐々木は都の後ろで伊藤の方を呆然と見た。

「もう一つは、長川警部の聴取の時、小畑美奈さんの悲鳴が聞こえたって言ったよね。でも一度も2階から降りていない伊藤さんが美奈さんの悲鳴だとわかるのはおかしい。美奈ちゃんが悲鳴を上げたのは好文亭離れの北側の縁側。2階からだと死角になるからね。私や秋菜ちゃん、瑠奈ちんや千尋ちゃんもいたのに、美奈ちゃんの悲鳴だと確信するのは変だなって思ったんだよ」

「ふふっ、なるほど」

伊藤は感心したように頷いた。

「あなたはいずれ私のトリックを暴くだろうってわかっていたわ。あなたは国益という抽象的なものよりも真実を重んじる高校生探偵だってわかったから」

「でも真実は人の命を助けるための方法とも言ったよ」

都の顔は謎を暴いた爽快感を全く見せていなかった。

「…もうちょっと早く気が付けば、君塚さんと津川館長を殺させなかったんだけどね」

連続殺人を許してしまったことを悔やむ都に伊藤は語り掛けた。

「大丈夫よ。あんな屑どもを救えなかったことなど気に病むことはないわ。何故なら、あいつらは…こいつらは」

伊藤は下を向いて歯ぎしりした。

 伊藤の憎しみに目を血走らせ歯ぎしりする鬼のような形相の向こうで、彼女が守りたかった子供たちの笑い声が響いていた。

―伊藤先生、伊藤先生…

「あの施設の子供たちを文字通り殺した屑だからよ!」

伊藤ちなつ議員は怒りに体を震わせ、憎しみのダミを吐き出すようにして動機を語りだした。

 

8.動機

 

 伊藤は水郡市市役所の福祉課に勤務していた3年前、市役所で大声で喚いていた。

「何故、何故あの施設の移転をしなければいけないんですか‼」

「住民から苦情があったんだ。あの施設は親に捨てられた外国人の血を持つ子供たちが数多く引き取られているそうじゃないか。彼らが成長した後、外国人犯罪者として村に危害を加えるんじゃないかと不安に思っている住民が多くいるんだ。君の方からさり気なく出て行ってくれるように働きかけてくれないか。直接言葉にしちゃったら問題だから…さり気なく」

福祉課長は地元有志の娘の大声に困り果てながらも、そう伊藤に命じた。

「君のお父さんも、移民には反対だろう」

「あの子たちは移民じゃありません。難民の子供であり日本国籍を持っています」

「でも肌や目の色は外国人だろう」

そう言ってのけた福祉課長に伊藤は呆然とした。

 

 市役所の業務車両で施設にやってきた伊藤。

「入るよ」と施設のロビーにやってくると、泥だらけで泣いているランドセルの女の子とそれを子供たちが一緒に慰めている現場に出くわした。

「どうしたの? 絵美里‼」

いつもは笑顔がはじけるような絵美里が泣いているのを見て、伊藤は駆け寄って頭を撫でた。

「絵美里ちゃんね、玲愛ちゃんが学校で男の子たちに『テロリストの国に帰れ』って言われているのを助けようとして取っ組み合いの喧嘩になって…」

「それで先生に絵美里ちゃんだけが叩かれて怒られたの。お前たちは本当は日本にいちゃいけない子供なのに、日本の子供を傷つけるなんて…出ていけって言われたの」

「そ、そんな」

伊藤は声を一瞬震わせた。

「私、もう学校になんか行きたくない!」絵美里は泣いていたが、伊藤は彼女を高々と抱っこして

「そうだね。あんな学校へ行かなくてもいいよ。もし勉強が必要だったら私が教えてあげよう。私が日本の歴史や社会や、色んなことを教えてあげるよ。絵美里はシリア人の血が混じっているけど、シリア人がどれだけ素晴らしい遺跡や文化を持っているのかもちゃんと私は知っている。まずこのぐしゃぐしゃで汚れちゃった体をお風呂で洗おう。今から私がお風呂沸かすからね」

伊藤は優しくにかっと笑った。

「伊藤先生…」絵美里は涙でぬれた瞳で伊藤をまっすぐ見た。

「いいなぁ。俺も学校さぼって伊藤先生に勉強を教わりたい」男の子が声を上げると、伊藤は困ったように顔を見合わせた。すると玄関の扉が開いて、施設の園長の尼僧の白蓮院が戻ってきた。

「本当にひどい先生だわ。子供たちを嘘つき呼ばわりしかしなかった」

白蓮院は唇を噛んでいた。どうやら学校に抗議に言っていたらしい。

「あ、ちなつちゃん」白蓮院は笑顔で彼女を見た。

 

「お父さんが厳しすぎてしょっちゅうここに家出してきたちなつちゃんが政治家になるんだって」

白蓮院は寝相が滅茶苦茶な子供たちに布団をかぶせてから、リビングに戻ってきて伊藤にコーヒーを渡した。

「課長さんに、何か言われたんでしょう」

伊藤は何も言わずに頷いた。白蓮院は何も言わずに笑顔で言った。

「私たち、ここを出て別の土地に引っ越そうと思うの」

伊藤が顔を上げた。

「ここの人たちはこの子たちをよく思っていないからね。この子たちが健やかに自分に自信を持つためにも、この村での生活は…」

「酷すぎます…子供たちは何も悪くないじゃないですか」伊藤は涙を流した。

「なんで何も悪くない子供たちが追い出されなければいけないんですか。そんな事になるのなら、私自分のこの故郷が永久に好きにはなれないっ」

伊藤はとうとう顔を覆って泣き出した。

「伊藤先生?」

白蓮院がびっくりして声のした方を見ると、半分寝ぼけてアホ毛が立った絵美里がパジャマ姿で伊藤先生に抱き着いた。

「絵美里…」

「伊藤先生。私ね、将来は日本のために何かしたいなって思っているの。だって、伊藤先生みたいな偉い人たちが、私たちを育ててくれたんだもんね。だから私は伊藤先生もこの国も大好きだから、心配ないよ」

絵美里は笑顔で伊藤という大人の頭をよしよししてあげた。

 

「こんな優しい子供たちに、お前らが何をしたのか、私が気が付かないとでも思ったのか」

燃え上がるような目で震えあがる玉川と江川を伊藤は見下ろした。

「玉川…お前と辻と津川は、避難先となったあの施設の待遇に無理難題をつけて逆恨みし、施設の子供たちが避難した家々から窃盗をして戦利品を見せ合いっこしていたってデマをツイッターで流したよなぁ。そして江川…お前は報道に携わるものでありながらそのデマを鵜吞みにして、玉川が撮影した一人暮らしのおばあさんの為に大切なおじいさんの位牌を持ち出した子供たちの写真を、窃盗の瞬間だと報道に流したんだ。そしてそれに山城が影響を受けて、住民に自警団を結成するように煽り立てたんだ」

「まさか…貴方が議員になったのって」

番田が声を震わせた。伊藤は憎しみで狂ったように叫び、それが水戸駅南口のテレビ画面に大きく映し出され、大勢の市民が足を止めてそれを見ていた。

「ああ、この事件の真実を知るためだったんだ。おかしいと思ったんだ。週刊誌の報道を見て…あの施設の子供たちが避難勧告が出た地区で窃盗をしていて逃げ遅れたって報道を見たとき、あんな子たちじゃないってすぐに思った。私はネトウヨ議員として当選して、お前たちの情報配信と新しい歴史づくりを評価した。内閣は私をそのプロジェクトの中心に据えてくれたよ。ネトウヨ若手議員として何かあったときに切り捨てられるようにって事だったんだろうが好都合だった。お前らは私を勝手に自分と同類だと思い込んで、自分たちがやらかしたことを得意げに私たちに語ってくれたよ。お前ら知っていたんだよなぁ。みんなは土石流に流されて死んだんじゃないって事を…お前らのデマに惑わされたネトウヨ警官の君塚と自警団の連中が施設を襲って、白蓮先生と子供たちを一人残らずナタや猟銃で殺すのをなぁ。そして玉川ぁ。お前はそれをビデオに録画して得意げに私に見せてくれたじゃないか。日本を守るために行動する保守界隈でも成しえなかった愛国行動の最先端を見せるつもりで得意げに‼」

伊藤がスイッチを押すと背後のスクリーンに映像が再生された。そこでは子供たち、11歳くらいの女の子が「怖いよー」と叫ぶ小さな女の子を抱きしめて命乞いをしていた。

―ごめんなさい、ごめんなさい。外国人辞めますから、完全に日本人になりますから殺さないでぇ

―お母さん、お母さん!

恐ろしい残虐な映像…子供たちが狂った大人たちに、愛国心に取りつかれた大人たちに次々と殺されていく映像に、美奈は口を押えて息をのみ、番田は呆然としていた。「いいぞいいぞ」「反日外国人は皆殺しだ」津川や辻が煽る声も聞こえる。

「こいつらは子供たちの死体を土石流に流した。遺体は腐乱していたせいでろくに検視もされず災害死って事にされたのさ」

伊藤議員はぎりぎりと歯ぎしりして、喚いた。

「まさか・・・こんなことが・・・関東大震災朝鮮人虐殺のような悲劇が繰り返されていたなんて」

長川も戦慄を隠せなかった。文化センター前にはSATのトラックが駆け付け、避難する職員を尻目に建物に突入していく。

「お前らみたいな屑のナルシストを喜ばせることがどれだけ苦痛だったかわかるか。こんなくずを評価するネトウヨ議員を演じた私の苦しみがお前らにわかるか? 頭の中で子供たちの悲鳴が再生されるんだ。お前らが殺したあの子たちのな。そしてお前らは南京虐殺関東大震災の虐殺も無かったっていうんだ。志賀島の金印も偽物扱いして日本の歴史をゆがめるんだ。人殺しの分際でなぁ」

伊藤は涙を壊れたように流しながら、顔を般若のようにゆがめて、死の恐怖に震える餓鬼畜生を見下ろす。

「伊藤さん。伊藤さん・・・本当につらかったよね。大切な子供たちが殺されて、その死までもてあそばれて辛かったよね」

都はゆっくり伊藤に向かって歩き出した。

「でももう終わりにしよう。この人たちのした事はみんな分かった。伊藤さんの目的は達せられたんだよ」

「まだよ!」

伊藤は絶叫して起爆スイッチをかざした。

「こいつらを地獄に送るの。あの子たちの恐怖と苦しみを味合わせるまでは復讐は終わらないわ!」

そう叫ぶ伊藤議員の額を、特殊部隊狙撃手の狙撃銃の照準が、2階の音響の窓から捉えられた。

 

 同時刻、茨城県警本部長は首相官邸に電話をかけていた。首相はため息をつくと、その口で「殺してしまえ」と言った。SATに無線で射殺命令が出るまでに2分とかからなかった。照準の中で伊藤は「さぁ、みんなこの部屋から出て行って‼ 罪のないあなたたちまで巻き込むわけにはいかないわ」

「いやだ!」都は喚いた。

「真実は人の命を守るために必要なんだよ。伊藤さんたちを見殺しなんかしたら推理なんてする意味がない!」

「お願いだから出てって! 絵美里‼」伊藤は半狂乱になって絶叫した。

「私は復讐を果たしてみんなのところに行きたいだけなのよ‼」

「伊藤…さん…」支離滅裂な伊藤の絶叫に都は目を見開いた。

その瞬間ホールの扉が開いて、息を切らして入って来た人物がいた。結城竜だ。彼が弾道に入ったため、狙撃手は狙撃を取りやめた。

「結城君‼」都が声を上げた。

「こいつが秋菜が襲われる原因を作った犯人か」

結城はギロリと伊藤議員を見た。

「結城君・・・・」

唯一気がかりだった秋菜の兄の登場に、伊藤は冷や水を浴びせられるように結城を見た。結城は拳銃を片手にした長川の前を通り、くしゃくしゃになった紙を、伊藤の前に掲げた。

「これ…わかるよな」

伊藤の目が見開かれた。それは絵美里が画いたへたくそな、それでも優しい伊藤先生の絵だった。

「な、なんでこれをあなたが…」

「秋菜が絵美里さんから渡されたそうだ。誰にも見せちゃダメだって…そうしないとその人が殺されてしまうって…秋菜は、助けられなかった友達が託したそれを、探偵助手として忘れないようずっと持ち歩いていたそうだ。それがあんただと気が付いたのはボウガンで襲われてからだったみたいだがな」

「あ…そんな…」

伊藤の顔が何か氷解したように震えだし、涙がボロボロ流れ続けた。

「秋菜の奴、お前が死んじゃうんじゃないかって心配してたぜ。あいつですらそうなんだから、子供たちもそうだったはずだ。だから自分によくないことが起こると察した絵美里さんは、この絵を秋菜に託した」

伊藤ちなつの起爆装置を持つ手が震えだした。

「伊藤さん…絵美里ちゃんは、伊藤さんを助けたいって思うくらい優しい子なんだよね。絵美里ちゃんにとって最後の大切な人の命…」

都は優しい声で笑った。

「奪わないで上げてください」

伊藤議員の手から起爆装置が落ちた。狙撃手はため息をつい銃を上げた。

「伊藤議員」

長川は震えて小便を漏らし身動きもできない江川と玉川に一瞥をしてから、伊藤議員に静かに言った。

「国会議員であるあなたには不逮捕特権があります。あなたを逮捕するためには議長の許可が必要です」

「それには及ばないわ」伊藤は涙を流しながら下を見つつ、つきものが落ちたような小さな声で言った。

「私はもう議員ではないはずよ」

「そうですか」

長川は小さくうなずくと伊藤議員に立つように促して手錠をかけた。伊藤議員は静かに歩き出して部屋を出て行った。

「ふぇええええええええええ」

都は結城にもたれかかった。

「全く…」結城はため息をついた。都はにっこり結城を見上げて笑った。

「結城君。ナイスだったよ…。伊藤さんの命を助けてくれて…ありがとね」

とびっきりの笑顔に結城は顔を赤くドギマギしていた。爆弾処理班が駆け付けたのはその直後だった。

 

 翌日警察の装甲車両が多数養護施設のあった水郡市の集落に向かった。その様子を病院の食堂のテレビで見ながら、

「良かった。ビデオに写っていた人たちも逮捕されるのね」

千尋は安心したように言った。

「村の成人男性の15人が殺人に関与していたんだろう? 施設の子供たちや尼僧さん7人の殺害。おそらく死刑判決を受ける奴も出てくるだろうな」

結城はたいして感慨も抱かずにため息をついた。

「多分、この事件で伊藤が殺したかったのは全てが明らかになっても法の裁きを受けないであろう連中だったんだ。人殺しの片棒担ぎながら都合よく自分のやったことを歴史修正するような連中。殺害を実行した奴は警察がもみ消すかもしれない警官以外は法に裁かせるつもりだったんだろう」

「伊藤議員も死刑なのかな」

瑠奈は少し暗い顔をする。

「4人も殺してしまったからな」結城はため息をついた。

「おそらく免れないだろう」

「それでも、最後まで生きてちゃんと罪を償うべきなんだよね」

千尋は小さく言うと、ふと思い出したように

「そういえば美奈ちゃん、勝馬君は無事送り届けたかな」

と目をぱちくりさせた。

 

 勝馬のバイクに美奈は2人乗りしながら大洗海岸の国道「やっほーーーーーーーーー」と声を出して叫んでいた。

 

「まさか今回の報道で爺が寝込んで親戚に引き取られ、学校に行けるようになるなんてな」

結城はははははと笑った。

 

「秋菜ちゃん! ありがと」

ベッドで上半身起こしている秋菜に都は絵美里が画いた絵を渡した。

「伊藤さんが、秋菜ちゃんに持っていてほしいって」

「そうですか」秋菜は少し沈んだ声で絵を受け取ってから、ふと思い出したように言った。

「あの金印結局どうなったんでしょう」

秋菜はため息をついた。

「なんか偽物ってワイドショーでやってた。ウルトラマン見てたからよく知らないけど。でもそんなのはどうでもいいよ」

都は両手をグーにして大きく伸ばした。

「秋菜ちゃんが持っていた絵が、人の命を助けることが出来た真実なんだから」

 

(おわり)