少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

魔法少女殺人事件ファイル2

魔法少女殺人事件 事件編
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■容疑者
・早見桜(19):女優。都の憧れの存在。
・松原時穂(28):マネージャー
・向井慶太郎(21):俳優、アイドル。
・川沼梓(17):女優。
本郷匠(44):俳優。
・副島卓彌(61):映画監督
・下北岡正嗣(29):カメラマン
ウメコデカメロン(47):タレント
・清水想(23):AD
・甲本丈(46):芸能プロダクション社長
・山川仁:岩窟城オーナー
 
3
 
「ただいま!」
お風呂上がりにジャージを着た女優の早見桜が、都、結城、秋菜の部屋にひょこっと顔を出した。
「おおお、待ってたよ!」
都がピョンピョン手を振った。トランプ片手にピョンピョンである。
「あれ・・・・梓は?」
「今甲本社長からメールがあったみたいで出て行ったよ」と結城。
「そう・・・なんの用事だろう」
桜は怪訝な顔をする。
「そういえば、山川先生は見つかったんですか」
秋菜の声に、桜は首をすくめながら「全然! そればかりか電話も壊れちゃってるし、心当たりのある場所に電話もかけられないみたい」と言った。
「携帯電話があるじゃないですか」
秋菜が聞くと
「ここ、圏外だよ」と都がピンクのガラゲーをかざした。アンテナは見事にバッテンになっている。
「あらら。という事は今夜は殺人事件が起こるかもね」
と桜はいたずらっぽく笑った。
「だって、高校生探偵が電話も通じない外界から隔離された場所にいるんだよ? これで殺人事件が発生しなかったら、神様も怠惰だと思わない?」
「やめてくれ、冗談じゃなく(;´Д`)」
結城が勘弁してというように手を振った。
「やっぱり都ちゃんも、金田一君やコナン君みたいに死神タイプなんだ」
「死神とかじゃないと思うよ」
と都はポテトチップスをポリポリした。
「警察が来れない場所に閉じ込められて、そこで人が殺された事件・・・大体は私が呼び出した人が犯人か、犯人が私が来ることを知って敢えてその日に人を殺したかどっちかだったよ」
「つまり、今日殺人事件が起これば、私が犯人?」
桜が不敵な笑いを浮かべた。
「その可能性はあるねぇ」
都が目をぱちくりさせた。
「やだぁwwww」
「まあ、殺人事件の動機となる事件の解決のために、都が呼ばれることも多いから、必ずしもって事はねえよ」
と結城は唸った。
「ただ、都が死神だっていうのは、違うことは確かだな。都の奴が道を歩いてたら目の前で突然殺人事件ってケースはほとんどなかったぜ」
「ほうほう・・・・参考になるわ」
桜はメモを取った。
(メモを取るべきところではないんだけどなー)
結城が心の中で突っ込んだ時だった。
「きゃああああああああっ」
突然梓の絶叫が響き渡った。
「嘘でしょ」
底知れぬ不安に秋菜は声を上げた。都と結城が部屋を飛び出し、1階の廊下に飛び出すと、奥の部屋の前の廊下で梓が座り込んでいた。
「どうした?」
「本郷さんが! 本郷さんが!」
梓が駆けつけた結城にすがりついた。扉が閉まっている。
「本郷さんがどうしたって?」
結城が梓の肩を抱くと、梓は震える表情で床を指さした。扉の隙間から真っ赤な液体が流れ出している。結城はそれを触り、匂いを嗅いだ。
「血だ・・・」
結城は「本郷さん!」と扉を叩いたが返事がない。ノブを回すが、鍵が掛かっている。
「どうしたんです?」
向かい側の部屋から下北岡が顔を出す。
「本郷さんの様子がおかしいんです。床から血が流れていて、返事がないんだ」
「なんですって!」
下北岡がりゅうちぇるみたいな悲鳴を上げた。
「合鍵は?」
「そんなものあるわけ無いでしょう!」
「この部屋の鍵はデンマーク製の複製が不可能な鍵だ」
イケメンアイドルの向井慶太郎が部屋から出てくるなり、冷静に言った。
「一体何なんだ? 騒がしい・・・って、血か!」
「ああ、こりゃ、ドアをぶち破るしかねえ。手伝ってくれるか?」
「あ、ああ」
向井が言い、下北岡、結城の3人でドアに体当りした。4回目の当身でようやく中のネジがぶっ飛んで、結城たち3人は密室に放り出された
 開いた扉から見えた部屋の床には血が飛び散っている。部屋の中は巨大な刃物でズタズタにされていた。
「いやぁあああああ」
下北岡が悲鳴を上げ、部屋に駆け込もうとするのを結城は手で制した。
「今確かめますから」
そんな結城を他所に、都は血だらけの床を超えて、ゆっくりと窓の方に歩き出す。血が転々と窓のほうに向かっていたからだ。窓とベッドの間には都の恐れていた通りの光景が広がっていた。
「都ちゃん?」
「桜ちゃん・・・秋菜ちゃん・・・来ちゃダメ」
「私は師匠の助手です!」
秋菜がそう言って都の後ろに来たとき、それを見てしまった。
 ベッドと窓下の間にぐにゃりと押し込められていた全裸のマッチョ男の死体は、血と氷に埋められ、首がなかった。
「なにこれ・・・・ものすごくひんやりしている」秋菜が口を押さえて震えた。
「多分ドライアイスだな」
結城は秋菜を下がらせてから、都の後ろから覗き込んだ。
「どうしたんだ!」
大広間で一緒に酒を飲んでいたらしい副島監督とウメコ、清水、松原マネージャーが部屋に駆けつける。
「本郷先生がどうしたんだ!」
「殺されているんですよ!」
「なんですって!」
ウメコが絶叫した。
「清水・・・甲本社長を起こしてこい」
副島が清水に命じた。
「でもこの死体は本郷なのか」
結城が都に聞くと、
「間違いないよ」
と、都がベッドのすぐ脇に置かれていたゴミ箱を倒した。中からごろりと生首が見えた。苦悶に歪んで目を見開いた本郷匠の断末魔の表情がそのまま床を転がる。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
ウメコが恐怖で尻餅をついた。
「結城君・・・・この首。口に何か咥えてるよね」
「鍵じゃないですか?」
秋菜が言った。都が素手で生首の口を開き、死体の口から鍵を抜き取ると、それを両手で胸に抱きながら、壊れた扉の前に落っこちた錠前に差し込んだ。鍵穴ががちゃりと動き、錠が外れた。
「・・・・やっぱり・・・・・」
「おいおい、こりゃ」
結城がため息混じりに言った。
「窓はは固定されてるし・・・」秋菜が呪文のように言う。
「完璧な密室だな」と結城。
「密室・・・殺人なの?」
桜が言った。
「ああ」
結城は唸った。
「う、嘘」
松原マネージャーが息を呑む。
「まさか・・・・・自殺なの?」
ウメコの問いに結城は首を振った。
「人間が自分の首を切って、それをゴミ箱に入れてからベッドと窓の下の間に体を折り曲げ、ドライアイスの下にダイブなんて自殺が出来るわけないでしょう。それに見たところ脇腹にも刺したあとがあるし、ゴミ箱の中の血も少ない。こりゃ、どう考えても別の人間が本郷さんを刃物で刺して殺害したあと、首を切ってゴミ箱に放り投げたんだ。これは殺人事件だよ」
「くそっ、こんな時に電話が繋がれば」
「山川先生よ」
カメラマンの下北岡正嗣が笑った。
「どこかに潜んでいる『屍蝋鬼』になった山川先生が自分の小説の通りに、私たちを殺害して回っているのよ。電話線を切ったのも私たちをここから逃がさないため。そうじゃない?」
「冗談じゃないぞ」
副島が大声を出した。
「俺は帰る! 清水・・・バスを回してくれ!」
「え?」
「帰るんだよ。こんな館にいられるか!?」
「それは困る!」
突然大声が廊下に響いた。いつの間にか廊下に芸能プロの社長の甲本丈が立っていたのだ。
「番組制作会社とうちのプロで番組制作は決まっているんだ。ここで企画がおじゃんになったら、違約金は制作会社に払ってもらうぞ」
「殺人事件が起こってもか!?」
副島が大声を出す。
「そうですよね、監督」
松原マネージャーが宥めるように言った。
「それならば我が社が帰ることに賛成したらって事にすればよろしいですよね」
「どういうことだ・・・・」
松原の提案に甲本が絶句する。
ウメコデカメロンさんが帰りたいとさっきおっしゃっていました。ウメコさんを怒らせたら、業界でやっていくのは無理なんじゃないんですか?」
松原マネージャーの笑顔が能面に張り付いたかのように冷たくなる。
「それに・・・・」
「もういい」
甲本は扉を蹴飛ばして廊下を歩きだした。「好きにしろ!」
 その様子を副島が苦々しく見つめる。
「ねえ、あんたたち。殺人事件なら警察が来るまで現場を保存しておくべきじゃないの?」
ウメコデカメロンが訝しげに聞く。
「そうなんですけどね」
結城はため息をついた。
「電話線が切断され、外界と隔離されてるってことは、犯人はまた何かをやらかす可能性が高いんです。第二の殺人を防ぐためにも、ここは現場を荒らしてでも手がかりを見つけるしかないかと」
「でも、もうすぐバスが出るわよ」
ウメコが言うと
「確かにそうだね」
と都は言った。
「バスで帰れるんだったら、現場を保存して警察に任せたほうがいいかもね」
「なんか、都ちゃん、さすがだわ」
桜が言った。
「殺人現場に慣れてるっていうか、平気で本郷さんの首にも触っていたし・・・気持ち悪くないの?」
「気持ち悪いっていうより、可愛そうかな」
都は笑った。桜が感銘を受けたように都を見る。
「でも、あとは警察に任せるけどね!」
「あの!」
秋菜が急に大声を出した。そして真剣な目で都を射抜いた。
「私密室トリックの謎が分かっちゃったんです!」
 
4
 
「おおおおお」
都が感心したように目をキラキラさせた。
「秋菜ちゃんもうわかったんだ!」
「はい!」
秋菜は頷いた。結城も「ほう」と関心を引いたようだった。
「この密室・・・窓は固定されていますが、上窓は開いています」
「確かに・・・だが、これは頭が入るくらいの大きさだ。犯人が出入りできる大きさはないぞ」
「ですから、頭が通ったんだよ」
秋菜は頷いた。
「犯人があの上窓から頭を投げてゴミ箱に入れたってことか? 距離と角度的に無理だ」
「ヒントは、このゴミ箱が窓の正面にあること。そこにスキー板みたいに滑り台になるようなものがあれば、鍵を加えた生首をゴミ箱に入れることが出来ると思いませんか?」
と秋菜は都に言った。都は「うんうん」と頷いた。
「でもその滑り台を犯人はどうやって回収したんだ」
「滑り台は、あれだよ! お兄ちゃん!」
秋菜はベッドの下に折りたたまれた死体を指さした。
「あの死体、小説に見立てられてドライアイスを詰められていました。でもあれは犯人のトリックの痕跡を隠滅するためのものだったとしたら?」
「まさかお前」
結城は唸った。
「そうです! 犯人は死体をガチガチに凍らせて、その死体をベッドから窓に立てかけ、滑り台にして死体の首を窓から転がし、下のゴミ箱に落としたんです。その後凍った死体が溶けてベッドの下にぐにゃりと収まる・・・そうする事でトリックの痕跡は隠蔽されるんです!」
「おおおおおおお」
都が感心したように拍手した。
「すごい、秋菜ちゃん! 眠りの小○郎みたい!」
桜も目を輝かせる。
「師匠どうですか!? 合ってますか!?」
「合ってる・・・・かも・・・・」
都はぴょこんと首をかしげた。
「私の推理・・・・何か穴があるんですか?」
秋菜が聞く。
「お前なぁ」
結城が呆れたように言った。
「本郷さんと飯を食ったのが2時間前、発見されるまでの2時間でどうやって死体をガチガチに凍らせるんだよ」
「え、液体窒素とか使ったのかも」
「そんなものをこんなところにどうやって持ち込んだかというツッコミは置いておいて、それで凍らせた死体を運んだり動かしたらバラバラになっちまうよ。それにだ」
結城は一度廊下に出た。
「この廊下はラウンジに繋がっている。周りにも人の出入りがある部屋はあるし、死体なんか持ち運ぶにはリスクが高すぎるだろう・・・なぁ都」
結城はしゅんとする秋菜を傍目に都に同意を求めるが、都は
「ううううん、それは逆に言えばその2つをクリアできればこの秋菜ちゃんの推理は完璧なんだよね」
と考え込んで、秋菜はちょっと元気を取り戻した。
 結城はため息をついた。
「ただ、このトリックが使われたとしても、他の方法が使われたにしても・・・」都は思案した。
「犯人はなんで密室まで作っておいて、自殺に見せかけたりしなかったんだろう」
「『屍蝋鬼』の仕業に見せかけたかったからとか」
秋菜が言う。だが都は首を振った。
「ーーーそう見せかけて、犯人には何のメリットがあるんだろう。事件はややこしくなるかもしれないけど、アリバイとか警察の捜査をそらすとかそういう面で、犯人には何のメリットもないんだよ? それに犯人は私がここに来ることを知ってて敢えてこのトリックを使ってきた」
「『死神のスパイラル』ね」
桜が真剣な表情で声を上げた。
「なにそれ」
都がハテナマークで首をかしげる
「日本の女子中学生推理作家のYUKOさんが、2017年に提唱した概念よ。それによれば、漫画に出てくる高校生探偵が事件に巻き込まれるパターンには3つの可能性があるみたいなの。一つ目が『単なる偶然、通りすがり』、二つ目が『探偵がその場所に来るきっかけとなった出来事に関連して犯人が犯行を行った』、三つ目が『犯人がトリックに利用するために探偵を呼んだ』。この事件は少なくともスタッフ、俳優、関係者全員が女子高生探偵島都が来ると知っていたから、一つ目はまず考えられない。二つ目はあり得るけど、その場合犯人は犯行を延期するはず。延期しないのはこの日に犯行をしなくちゃいけない何かのっぴきならない理由があるから。そして三つ目は・・・」
「犯人が私を犯行に利用するために呼んだってことだよね」
都は答えた。
「三つ目だとはあまり考えたくないな」
結城は底知れぬ不気味さを考えた。都は大川隆法に守護霊下ろされたり、ウィキペディアに乗るほど知られているわけではないが、業界人ならその推理力は知られている。その都を逆に犯罪に利用しようだなんて考える犯人は、結城が思いつく限り、一人しかいない。あのドクロのように顔が焼けただれた、あの殺人鬼・・・・。
都は考え、そして「うううううううううううううううううううん」と声を上げた。
「私、死神なんだぁ」
「そこかよ」
涙目になる結城に都が突っ込んだ。
「でも大丈夫ですよ・・・・」
梓が努めて笑顔で言った。
「もうすぐバスで帰れますから」
 その直後だった。
-ドカアアアアアアアアアアアン
 凄まじい爆発音が響いた。
「結城君!」
「外!」
「まさかバスが!」梓が悲鳴を上げた。
 とにかく結城兄妹と都は「なんだなんだ」と騒ぐロビーの連中を尻目に、外に駆け出した。
 駐車場に停車していたバスの窓ガラスが吹っ飛び、運転席からクラクションが鳴っている。炎の中で悶え苦しんでいる、若い女性の顔が無残に爛れた松原マネージャーがかすかに見えた。
「マネージャー!」
桜が絶叫した。
 都が脱兎のごとく走り出すと、セーターを脱いで(当然ブラジャー一枚になって)両手に巻いて運転席のドアに手をかけようとする。しかしドアが開かない。都はガラスが吹っ飛んだドアから、ロックを解除しようと取っ手に手を伸ばした。
 その時、炎の中から焼けただれた腕が伸びてきて都の肩を掴んだ。炎の中から松原マネージャーの焼け崩れた顔が凄まじい表情で都を窓の中に引きずり込もうとする。
 その都を結城の二の腕が捕まえた。
「離れろ!」
都を松原から引き離した結城は、彼女の体を抱いて、近くの雪に飛び込んだ。
「お姉ちゃん!」
梓が悲鳴を上げた。桜がドアを開けようと危険も顧みずにドアにしがみついたのだ。
「ダメです!」
梓がそう叫んで桜をバスから引き離す。
「離して、マネージャーが! マネージャーが!」
桜の絶叫が響いた。
 だがけたたましいクラクションを鳴らしながら、もはや松原の体は炎の中に崩れ落ちていた。そしてガソリンに引火し、バスの輪郭は光の中へと消えた。
 
「お姉ちゃん」
梓が綿棒で火傷した両手に薬を塗る。桜は崩れ落ちたままだ。
「ごめんね、マネージャーさんを助けてあげられなくて」
都はつぶやくように言った。
 
「くそっ」
無念の表情で空の消火器を結城は投げ捨てた。焼け落ちたコースターバスの運転席では、松原時穂マネージャーがボクシングスタイルで熱硬直していた。
「事故・・・じゃないよね」
秋菜がすすで汚れた顔を手で覆いながら震えつつ死体を見る。
「事故であんな吹っ飛び方するかよ。多分爆弾だ。大型車吹っ飛ばすくらいの爆弾、ネット知識と秋葉原一周する時間と金があれば余裕なのが今の時代だぜ」
「マジかよ・・・これじゃああ、家に帰れないよ」
向井慶太郎が頭を抱えてへたり込む。
「メソメソ泣くんじゃないわよ、男が」
そう喚くウメコが一番余裕がなさそうに見える。
「おい、清水!」
副島が喚いた。
「お前、ちょっと下の集落に行って、電話借りて来い」
「嫌ですよ。防寒着もないのに・・・。麓の集落までは道なりで20km近くあるんです! こんな冬山で普通の装備じゃ、死んでしまいますよ」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねええ。監督の言うことが聞けないのか!」
副島の怒号がいきなり止まった。清水が副島を殴り飛ばしたのだ。
「貴様」
「監督だかなんなのか知りませんがね。殺人事件になった以上、こんな業界の関係なんてどうでもいい・・・・生き残るのが先決なんです。僕は僕の判断でそうさせていただきます」
清水はそういうと館の中へ戻っていった。
「ふふふふふふ、いい感じだわ」
その様子を下北岡が恍惚の表情でカメラに収める。
「なんか大変なことになっちゃっいましたね、師匠」
秋菜は言った。
「でも清水さんの言うとおりだよ」
都は言った。
「犯人は、まだまだ人を殺す気だよ!」
 
つづく

魔法少女殺人事件ファイル3

魔法少女殺人事件③(事件編2)
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■容疑者
・早見桜(19):女優。都の憧れの存在。
松原時穂(28):マネージャー
・向井慶太郎(21):俳優、アイドル。
・川沼梓(17):女優。
本郷匠(44):俳優。
・副島卓彌(61):映画監督
・下北岡正嗣(29):カメラマン
ウメコデカメロン(47):タレント
・清水想(23):AD
・甲本丈(46):芸能プロダクション社長
・山川仁:岩窟城オーナー
 
5
 
「まだ犯人は人を殺すのね」
桜は都の部屋で、都に言った。
「うん、次の殺人事件を止めるためにも、ちょっとこの館にいる人たちの整理をしておきたいんだよ」
「都ちゃんは、私たちの中に犯人が居ると思ってるの?」
梓が小首をかしげる
「それはわかんない、でも気になるのはウメコさんが言っていた3年前、甲本社長のプロダクションが本郷さんたちとおねんねするように言われて、桜ちゃんの妹が自殺した事件。この事件がひょっとしたらこの2つの殺人事件に関わってくるかも知れないんだよ」
都はジッと桜を見つめた。桜は驚いたように口を開けてから、すぐにニッコリと笑った。
「わかった。本当の事を言うと、私も言うべきだと思ったんだ。だって3年前私の妹が自殺した事件で、関わっていた人間のうち2人が殺されたんだから」
「本郷と松原マネージャーですね」
秋菜が言った。
「うん」
梓が返事をした。
「松原マネージャーと甲本社長が、桜ちゃんの妹の穂乃果ちゃんに、本郷さんと山川先生と・・・・そのエッチな事をするように強要したんです」
梓がはっきりとした口調で喋った。多分辛い話を桜に喋らせまいとしたのだろう。結城はおどおどした大人しそうに見える梓の内面に、強い意志を感じた。
「その事実はもちろん桜お姉ちゃんは知りませんでした。芸能界には枕営業というものがあって、ゆすりたかりの暴力団や取引先と友好関係を保つために、事務所には外に売り出す女の子と、裏で枕営業に使われている女の子の2種類がストックされているんです」
「なんだ、それ」
結城が心底胸糞悪そうな声を出した。
「人間を酪農の家畜みたいに・・・・」
「これも、芸能界の真実の一つなの」
桜は辛そうに言った。
「私と梓、そして穂乃果は、孤児院の経営を円滑にするように事務所にいいこまれて、孤児院からアイドルデビューしたわ。当時10歳になったばかりだった私は穂乃果と引き離されて、ずっと『魔法少女未来』の主人公として活躍していた。多分都ちゃんがテレビで見ていた私は、穂乃果が裏であいつらにひどい目にあっていることも知らずに、子役として純粋に夢を追い求めていた。穂乃果も私と違う空の下で同じように頑張っている・・・。そう無邪気に信じながらね」
桜はふっと思い出した。
 
「お姉ちゃんと一緒にいたかったな。離れたくないな」
11歳の穂乃果はそう言って、事務所の休憩室で窓の外を見た。
「私だって離れたくないよ。でも、私たちはこれからみんなに夢を与えられるようにレッスンするの! そして一人前の役者さんになれたら、また会えるよ! 私その時まで頑張るから!」
「うん、私も頑張る! だから一人前になったらまた一緒に頑張ろう! 約束だからね!」
穂乃果は半泣きしながらも精一杯笑って、指切りをした。
 
「泣き虫で、さみしがり屋だったあの子が、あの時だけは無理やり笑顔を見せてた。そうしなかったら私のほうが泣いちゃっていたかもしれない」
桜は遠い目をした。
「でも、あいつらは『お姉ちゃんが魔法少女でいられるためには』って理由で、まだ小学生だったあの子に枕営業を強制していたのよ」
「う、嘘」
秋菜が口を押さえた。
「あの子が自殺を図ったって聞いたのは、それから5年後・・・今から2年前ね。私は病院に駆けつけた。首をつったらしくてね・・・・昏睡状態で病院に運ばれたの。医者は脳死状態って言ったわ。回復の可能性はないって・・・。お医者さんはあの子が肌身離さず持っていた日記帳を私に渡してくれたわ。そこには、枕営業の記録と、私を魔法少女で居させるために苦しい日々を送っている様子が書かれていたの。私はその時に知ったのよ。私の魔法少女は、愛でも正義でもみんなの応援でもなく・・・穂乃果の苦しみによって維持されていたってね」
 
「ああああああああああああああああ」
病室の前で、桜は頭を押さえて絶叫した。
 
「この事件で、あの2人を殺す動機があるのは私ね!」
桜は悲しく笑った。
「でも桜ちゃんは犯人じゃないと思う」
都は真剣な表情でぎゅっと手を握って言った。
「だって手にこんなやけどをしてまでマネージャーさんを助けようとしていたじゃん。それが出来る人が人殺しなんて出来ないと思う」
「別に私は憎しみを乗り越えたわけじゃない・・・トラウマ的にできないのよ。私はあれから医者に言われたの・・・。妹さんの生命維持装置を外すサインをして欲しいって・・・。私はもう妹を頑張らせたくはなかったからサインした。脳死だから妹の魂は死んでいたはずなんだけど、そ、それでも・・・・妹の体が冷たくなるのを見ると・・・・・・・だから私どんなにあいつらが憎くても・・・・人が死ぬとか・・・・だめなの・・・・」
「わかった・・・ありがとね」
都は桜を優しく抱きしめた。
 その様子を秋菜はじっと見ていた。
「さて、行きますかね」
結城は立ち上がった。
「トイレにでも行くの?」と秋菜。
「次に狙われるのは多分甲本だ。奴が殺されないように見張っておく必要があるだろ」
と結城は言った。
「私はトイレに行きたい。シチュー食べ過ぎた・・・・秋菜ちゃああああん」
「はいはい、連れションしますから!」
秋菜が恥ずかしそうに怒る。そして2人は廊下に出た。
「師匠」
廊下を歩きながら、秋菜は言った。
「師匠は桜ちゃんが復讐のために人を殺した犯人だと思いますか?」
「全然思ってないよ」
都がきょとんとして言った。
「私はその可能性が高いと思います。桜さん2つの事件にアリバイがないですし、一番動機を持っています」
「桜ちゃんがそんなことするわけないよ」
都は笑った。
魔法少女として愛のために戦ってきたんだよ。誰よりも命の大切さを分かっているし、今日だって手を火傷しながら松原マネージャーを必死で助けようとしていた。桜ちゃんは復讐のために人を殺せる人じゃないのは、私が保証するよ!」
「女優のプロの演技に騙されているだけじゃないですか?」
秋菜はジトーっとした目で都を見た。
「秋菜ちゃん?」
「師匠を呼んだのは、師匠が自分のファンなのを見越して、その演技で騙すのが目的かもしれません」
「そうかなぁ」
「あらゆる可能性を想定しておくのが、名探偵の条件じゃないですか! 今日の師匠・・・変ですよ!」
「ほえ」
「いいでしょう。師匠が彼女の人格を信頼して容疑者から除外したとしましょう・・・・。それだったら・・・」
秋菜が涙目になって問うた。
「なんでお兄ちゃんの時は、犯人として告発したんですか!」
「秋菜ちゃん・・・・」
都が心配層に見るのを、秋菜は涙で目を濡らしながらきっと見つめた。
「もう一度聞きます。師匠は、桜さんが復讐のためにあの2人を殺したのだと、全く思っていませんか?」
「うん、100%ないと思う」
都もはっきりと言った。
「分かりました・・・じゃあ私は単独捜査をします。先入観で捜査したら犯人なんて見つかりませんから・・・失礼します」
秋菜は一礼して都に背を向けた。
「秋菜ちゃん」
都は涙目になった。
「トイレだけでも一緒に・・・・」
 
「甲本社長?」
向井慶太郎と清水想がドアを叩いている。
「どうしました?」
甲本の部屋の前で、結城は向井に聞いた。
「どうもこうも、社長さんが部屋から出てこないんだよ。どうしました? 社長」
「うるさい! ほうっておいてくれ。人殺しと一緒になんていられるか!」
甲本の怯え切った絶叫が響いた。
(自分が次の犠牲者だと悟ったか)
結城は思った。
 
 甲本丈は部屋の中でガタガタ震えていた。
これで間違いない。2年前穂乃果をなぶり殺しにしたメンバーがこの事件で標的として殺されている。
(殺される・・・殺される・・・)
甲本の部屋のテーブルの上には、さっきドアに挟まっていた紙が置かれていた。
 新聞紙の文字を貼り付けた脅迫状で「松原ノ次ハオ前の番ダ」と書かれていた。
 
「入れてくれそうもないよね」
桜は言った。
「ああ、まぁ引きこもってくれている分には犯人も手出しできないとは思うが、第一の事件のこともあるし、楽観は出来ないだろうな」
結城は頭をカキカキした。
「じゃぁ、私が朝まで甲本さんの部屋を見張ってるよ」
梓が不意に提案した。
「ええっ?」
結城が声を出す。
「次に殺されるのが甲本社長だとわかっているんだし、明日の撮影なんてなさそうだから、甲本社長の部屋で見張っていれば、犯人が社長を殺すことなんて出来ないんじゃない?」
梓がじっと結城を見た。
「確かにそうだが」
結城は梓をじっと見上げた。
「まさかお前・・・・」
結城は察した。この抑揚・・・・こいつは桜が犯人なんじゃないかと心の中で思っている。そして彼女が次の犯行に及ぼうとするのを物理的に止めようとしているのだ。
「お願いだから」
梓に粘られて、結城は決心した。
「わかった・・・・よろしく頼む」
 
-クックック
 黒い殺人者は笑った。
-本郷も松原も殺して・・・・次は甲本・・・・。
 
6
 
「ううう・・・・・」
トイレが見つからない都は、ふと鍵の空いていた地下室に入り込んだ。中にはワインセラーが並んでいたが、便座がなかった。
「うううう、ここも違う」
都は番町皿屋敷並みの無念な声を出して部屋を出ようとした。
「ここで何をしている」
不意に厳しい大人の声が聞こえた。見上げると地下に通じる階段で、監督の副島卓彌がものすごい表情でこっちを見下ろしている。
「ちょっとトイレに」
「トイレだと」
副島が言った。
「便器がない・・・」
都の間抜けな声に副島はそれでも疑いを払拭できないという目で都を見た。
「トイレはむこうだ」
副島は顎で廊下をしゃくった。
「休憩室って書いてある」
「おおおおおお」
都の顔がパッと輝いた。
「ありがとう、監督さん」
そういう言ってトイレに走り出す都を、副島はものすごい目で見つめた。
 
「ふええええええええええええええ」
トイレでようやく一服していると、
「あんた何考えてるのよ!」
とカメラマンの下北岡の絶叫が響き渡った。そしてトイレのドアが開かれ、清水が倒れ込んできた。
 都は個室によじ登ってその様子を見た。
「あんたって人は・・・・これは警察に本郷様の無念を晴らしてもらう為に撮影した現場写真よ」
「嘘をつくな」
顔に打撲痕を作りながら、アムロの「お父さんにも殴られたことがないのに」って姿勢で清水が声を上げた。
「あんた撮影するときに、『これで本郷ちゃんは私のものよ』って言いながら撮影してたじゃないか。これをコレクションするつもりだたんだろう」
「だからって人の写真を盗んで言い訳にはならないでしょう。とにかく、返してもらうわよ」
下北岡はそう言って、トイレを出ていった。
「くそ」
清水ADは鏡で自分の傷を確かめた。
「あいつが次の犠牲者になればいいのに・・・・」
都は自分の存在を消したほうがいいなと、顔を個室に引っ込めた。
 
「あー、いた」
結城がようやくトイレの前で都に遭遇した。横には桜が控えている。
「どうしたの?」
「ロビーで、生き残っている副島、ウメコ、清水AD、向井慶太郎、カメラマン下北岡の4人が壮絶な犯人疑い合い大会を始めてな。ウメコが向井に掴みかかって←イマここってところだが、いろいろわかったぜ」
と結城がメモ帳を覗き込んだ。
「まず下北岡が殺人現場撮影した写真が盗まれてな。あのオカマカメラマンが物凄く絶叫していた。盗まれたのは、第二の事件の撮影を終えて部屋に帰った時らしい」
「その犯人は清水さんみたいだよ」
都が目をぱちくりさせた。
「さっきトイレで喧嘩してた」
「清水のここの痣はカメラマンのものか」
「うん」
都は頷いた。
「向井慶太郎は今はジャニーズ事務所にいるが、昔は甲本社長のプロダクションに行って、ウメコデカメロン相手に枕営業をしていたらしい。だがウメコが向井を気に入っちまって、甲本とジャニーズ事務所に圧力をかけて、ジャニーズ事務所に移籍させたって話だ。そこで向井は才能を発揮していたが、正直ウメコと甲本社長に弱みを握られていた状況で、自由になりたがっている感じだったな。監督の副島もその煽りを食らって、甲本の事務所の連中にいろいろ口出しされて、かなりイラついていたらしい。最も、連中の共通認識としては、最近甲本事務所の実権を握っていたのは、甲本社長ではなくマネージャーの松原だったらしい」
「うん、その通りだった」
桜は頷いた。
「その松原の下で映画会社への二重スパイとして働いていたのが、清水だった。さっきのあいつ物凄くロビーじゃ物凄く偉そうな態度でな。あいつ松原に命じられていろんな人間の弱みを収集していたらしいんだ。早見の妹、穂乃果さんについても暴露してくれたよ」
「暴露?」
都が首をかしげた。
「2年前の穂乃果さんの死が、自殺じゃなくて本郷による致死事件だってことだ」
「どういう事?」
都が珍しく真剣な表情で聞いた。
「本郷の趣味が首絞めプレイでな。それによる事故が原因で穂乃果さんは脳死状態になったんだ。だが現場にいた甲本、本郷、松原、作家の山川仁が医者に圧力をかけて、死亡診断書に圧力をかけていたらしい」
「桜ちゃん・・・それ知ってたの」
「なんとなくはね」
桜は幾分真っ青になって言った。
「だって穂乃果の日記には首絞めプレイの事も書いてあった。それに穂乃果のあの状況は、私のことを考えたら”死ぬ自由”さえなかったはずだし」
と桜ははっきりと言った。
「私が魔法少女で居続けるためには穂乃果が生贄になり続けることが必要だった。それに事務所の契約では途中で逃げたり自殺したりしたら、孤児院に億単位の違約金が請求される事になっていた。孤児院のみんなを守るためにも、穂乃果は死ぬことは出来なかったはずよ」
桜のその瞳に、結城は頭を掻いた。
「俺、もうバラエティ番組とか見れねえわ」
「確かに、それを知って私は魔法少女を続けることをやめようと思った。でも、私は続けるしかなかったの。理由はよくわからないんだけど、私の体は魔法少女を続ける決心をしたの」
桜は自分の胸を抑えて、心に問いかけるように言った。
「私は今の話を聞いて、もっと魔法少女未来が大好きになったよ」
都は笑った。
「どんなに世界が闇に支配されても愛を失わない、未来ちゃんそのものだから」
「部屋に戻って、事件について考えるか」
結城は唸った。
「だがその前に秋菜の奴はどこに行ったんだ」
 
 結城秋菜は思案していた。
 事件の動機となっているのは、早見穂乃果の事件に間違いない。それに関与していた甲本、松原、本郷、山川のうち、いま生存が確認されているのは甲本だけだ。行方不明の山川は既に殺されている可能性がある。そして早見穂乃果の?、早見桜が犯人だとすれば、第一の密室トリックはどのように行われたのか・・・それをもう一度考え直さないといけない。
 そこまで考えて秋菜は自己嫌悪でこの先に進めなくなっていた。
 もし本当に桜が犯人じゃなければ、私は憎しみと戦いながら頑張っている素敵な女性を私的な理由で彼女を犯人と決めつけた最低な女の子じゃないか。師匠にもものすごく失礼な事を言って・・・。
「ホント、最低だ」
秋菜は目に涙を浮かべて一人震えていた。
 そんな秋菜の前に地下室の扉がぽっかり空いているのが見えた。
「なんだろ・・・こんな部屋あったかな」
秋菜はこの地下室の扉に邪悪なものを感じたが、同時に「調べなくちゃ」と思った。
 この地下室を調べて師匠に報告するんだ・・・そしてその時に謝ろう・・・。
 秋菜は階段を下りて地下室に入る。地下にあるもうひとつの扉が開いたとき、秋菜はその薄暗く照らされたものを見て悲鳴を上げた。
 人間の死体だった。それもばらばらにされた・・・。顔は見えないが手足や胴体が祭壇に備えられるように置かれている。
 さらに秋菜を恐怖に戦慄させたのはその前に一人の影が立っていたことだった。影は秋菜に気が付くと、殺意に満ちた視線をぎらりと向けた。
 秋菜は空手を使おうとした。だが恐怖で体が動かない。
「う・・・嘘・・・怖い・・・・」
秋菜の目から涙がこぼれた。その時には影が手にした刃物が、秋菜の胸に突き刺さっていたのだ。
「う、お兄ちゃん・・・」
激痛の中で、秋菜は助けを求めた。
 
「くそ」
廊下で結城はイラついていた。
「秋菜どこに消えたんだ?」
「手分けして探したほうがいいかな」
都が提案すると、桜も頷いた。
「バカ野郎・・・それで犯人に遭遇したら」
「でも秋菜ちゃんが姿を見せないなんておかしいよ」
桜は主張した。
「一刻の猶予もないかもしれない」
「わかった」
苦渋の声を上げた。
「じゃあ、俺は外を探すわ」
結城は言った。
「まさかとは思うが、外に連れ出されていたりしたら厄介だからな」
結城はそれだけ言うと玄関に向かって走り出した。
「私は上に行って、梓ちゃんにも手伝ってもらってくる」
「ありがと・・・・」
桜の提案に都は言った。
 
 桜は本気で焦っていた。あのしっかりもので心の優しい女の子・・・そうひと目でわかる子が、こんな時にみんなを心配させるはずがない。きっとすぐに戻ってきてくれるはずだ。それなのにどうして姿を見せないのか・・・・。
 脳死状態になった穂乃果の姿が浮かぶ・・・。秋菜はなんとなく穂乃果に似ていた。気の強い感じだけど本当はさみしがり屋で優しい子。秋菜の姿が穂乃果とダブった。
 一刻も早く秋菜の無事な姿を見たい・・・それだけが、今の桜を動かしていた。
 梓の部屋の前に来た桜は梓の部屋をノックした。
「お姉ちゃん」
梓はすぐに出てきた。
「お願いがあるの」
桜は荒い息を抑えた。
「秋菜ちゃんの姿が見えないの・・・お願いだから探すのを手伝って」
梓は少し考えたようだったが、やがて答えた。
「ダメ・・・私は社長をずっと見張っている。社長を誰にも殺させないように」
梓は真剣な目で桜を見た。桜は直感した。
 この子は、自分を犯人だと思っている。だからテコでも動かず、桜に社長を殺させないつもりなのだ。
「わかった!」
桜は笑った。
「ありがとう。梓・・・社長をお願いね」
桜はそう言って廊下を戻っていった。
 階段を下りながら、桜は自分の心が凍ってくるのを感じた。どうしてこんなに怖いんだろう。妹の死んでいく様子が頭の中でフラッシュバックしていく。
 気が付けば桜は、ぽっかり空いたあの地下室の前にいた。桜はまるで機械仕掛けのように地下室へと進んでいく。
 目の前に、人間のばらばら死体が飾り付けられた祭壇が見えた。その真ん中には人間の首ーーーADの清水想の生首が置かれていた。
 だが、彼女をさらに恐怖に陥れたのは、その前に結城秋菜が血だらけで倒れていたという事だった。
「秋菜ちゃん!」
桜は梓に取りすがった。必死で真っ青な彼女の顔を見る。苦しそうな呼吸音が聞こえた。生きてはいた。
 今にもその命の炎は消えそうになっている。
 桜は秋菜の傷口を押さえて絶叫した。
「誰かぁああああああああ」
桜は声の限り叫んだ。
「誰かお願い来て! 秋菜ちゃんを助けて・・・お願い、お願い!」
死んでいく妹の姿がフラッシュバックした。
「お願い、誰か、助けてぇ、秋菜ちゃんを助けてぇえええええええ」
永遠に近い時間を叫んだだろうか。
「どうしたぁ、早見!」
結城の返事が上からかすかに聞こえてきた。
 
つづく
 
 

魔法少女殺人事件ファイル4

魔法少女殺人事件【③転回編7.8】
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■容疑者
・早見桜(19):女優。都の憧れの存在。
松原時穂(28):マネージャー
・向井慶太郎(21):俳優、アイドル。
・川沼梓(17):女優。
本郷匠(44):俳優。
・副島卓彌(61):映画監督
・下北岡正嗣(29):カメラマン
ウメコデカメロン(47):タレント
清水想(23):AD
・甲本丈(46):芸能プロダクション社長
・山川仁:岩窟城オーナー
 
7
 
「清水・・・」
副島監督が真っ青な表情で惨劇を見つめる中、
「あ、秋菜!」
結城が絶叫を上げて秋菜に駆け寄る。彼女の胸から溢れ出る血を、桜は懸命に抑えていた。
「胸を刺されてるの! いま血を抑えている」
「じょ、冗談だろう・・・・」
結城は怯えた表情で頭を抑えた。
「こ、こんなところでこんな怪我をしちまったら・・・救急車も来れないで・・・どうすりゃいいんだよ」
「落ち着いて」
都は結城の手を掴んだ。
「秋菜ちゃんは大丈夫」
「大丈夫なわけねえだろうが、こんなに血を流して」
秋菜は苦しげに息をしながら顔を歪める。
「結城君がそんなに怯えていたら、秋菜ちゃんが心配しちゃうよ」
都がまっすぐ結城を見た。
「お兄ちゃん・・・・」
苦しそうに息をしながら秋菜がうっすら目を開けた。
「ごめん」
「なんで謝るんだよ」
結城は真っ青になりながら秋菜を覗き込んだ。
「我が儘言って・・・・勝手に行動して・・・・・」
秋菜の目から涙がこぼれた。
「痛い・・・痛いよ・・・・お兄ちゃん・・・・助けて・・・・」
「俺はここにいる・・・ここにいるから」
秋菜の手を握って結城は言った。
「お兄ちゃん・・・・お兄ちゃん・・・・」
秋菜はうわ言のように声を上げた。
「凶器はこのナイフだね」
鮮血の飛び散った肉切り用のブッチャーナイフを見つめながら都は言った。
「大丈夫。こんな太くて先が丸いナイフ・・・肋骨の中にまでは入らないよ」
桜は傷口を押さえながら汗だくのまま笑った。
 しかし、彼女の胸の傷は広範囲で、おそらく犯人は倒れた秋菜の胸に何度もブッチャーナイフを突き立てようとしたようだ。小さな乳房から、彼女が呼吸するたびに血が泉のように流れているのが服の上から感じられる。その呼吸はとても苦しそうで、彼女は激痛と恐怖でガタガタ震えていた。
「あ、えっ」
突然秋菜が悲鳴に近い咳をした。口から血が幕を張って飛び出す。
「嘘」
「肺か!」
結城が思わず声を上げた。
「息が・・・・」秋菜が声を上げた。「息が出来ない・・・・怖い」
このまま肺に血がたまったらどうなるんだ・・・。結城は真っ青になった。
(おい、頼む・・・・神様助けてくれ)
「師匠を呼んで・・・・」
秋菜が苦しげに声を上げた。
「喋るな・・・・馬鹿・・・・・」
結城が秋菜に言った。
「喋れなくなる前に・・・師匠に・・・さ、刺した犯人を・・・・うっ・・・・」
「秋菜ちゃんは喋れなくならない!」
都が涙目で声を出した。
「しゃべれるようになったら聞くから!」
「いいや、言え! 誰が犯人なんだ!」
向井慶太郎が気色ばんだ。
「山川か? 山川先生だったのか?」
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
秋菜は虚ろな表情で、その場にいる人間を見回した。ウメコデカメロン、桜、梓、副島、向井、下北岡・・・。
「この中には・・・・いません・・・・」
梓は声を上げた。苦痛の中で記憶があやふやになっているのだろう。それでも、ここにいる一同を見回してから、秋菜はゆっくりと頷いた。
そして、苦しげに息を吐きながら目を閉じた。
「やっぱり山川か・・・」
副島が苦々しげに言った。
「奴はこの娘と面識がないからな・・・・こいつは楽しんでいるんだ。人を殺してこんな祭壇に乗せて!」
「秋菜ちゃんの為にも、山川さんを早く見つけたほうがいいよね」
梓は声を上げた。
「梓ちゃん?」
都が聞く。
「あの人はアマチュア無線家で登山の最中によく電波を飛ばしているって言ってた。その無線機を山川さんが持っているかもしれない」
「ほんと!!!!!!!」
都の目がパァっと輝いた。
「それがあれば助けを呼べるわよねーーーー」
下北岡が我関せずというように鼻歌を歌いながら、清水の無残な献祭を写真に撮影している。
「私は嫌よ」
ウメコが声を上げた。
「あんな殺人鬼を捕まえない限り無線機が手に入らないなんて・・・あなたたちで山川を捕まえなさいよね」
「俺は勘弁だぜ」
向井は言った。
「俺は生きて帰ってこの事件で世間の女の子にチヤホヤされるんだ。生きて帰れなかったら楽しめないじゃないか」
「お前らに助けて欲しいなんて思わねえよ」
結城は唸った。「それからそこのカメラマン・・・」
彼の目は殺意に満ちていた。
「俺の妹にカメラを向けるな。殺すぞ」
ぞっとするような結城の視線に、下北岡は初めて見せる怯えようで写真のレンズを下ろした。
「結城君は秋菜ちゃんを守ってあげて」
桜は両手を血に染めたまま立ち上がった。
「私は、都ちゃんと山川さんを探してくる」
「女の子2人でか・・・・」
「私も一緒だよ」
梓も頷いた。結城は不安だった。しかし都にまっすぐ見つめられ、頷いた。
 
 廊下で都は考えていた。
「犯人は本当に山川さんだったのかな」
そう都が呟いて、桜は
「え、違うの?」
と大して驚きもせずに都に聞いた。
「でも、秋菜ちゃんは犯人はこの中にいないって・・・・」と梓。都は「うーん」とうなってから
「秋菜ちゃんはすごく苦しそうな思いをして、なんとか言った言葉だよ。多分記憶とかも混乱してたと思う。でもあの地下室にいた人たちの顔を順々に見ていたから、犯人が地下室にいた人たちじゃないってことは間違いないと思う。でも地下室にいない人だったら?」
と言った。
「甲本社長・・・・」
梓はつぶやくように答える。そして思い出したように言った。
「そういえば、清水さん、殺される前に誰かに殴られて目を腫らしていたよね。殴った人が甲本社長だったらそうかもしれない」
「あれは、カメラマンさんが犯人だよ」
都は梓に向かって目をぱちくりさせた。
「え、犯人じゃなかったんだ」
桜は言った。
「うん・・・だからそれは甲本さんじゃないんだよ。とにかく・・・私は甲本さんにこれから会おうと思う・・・そして甲本がもし秋菜ちゃんを刺した犯人なら・・・絶対に許さない」
都はそう言って前を見た。
 
 甲本の部屋の前で、都は扉をノックした。
「甲本社長・・・島です! すいません、事件について聞きたいことがあるんです」
「島都か・・・・」
扉が少し開いて、中から甲本の声が聞こえた。
「島都一人だけで入ってこい」
都は扉を少し開いて小柄な体を「うんしょ」と中に入れようとする。
「都ちゃん・・・」
桜は心配そうな顔で都を見た。都は「大丈夫だよ!」と言った。
 部屋の中で甲本は安楽椅子に腰掛けていた。
「鍵をかけろ」
彼に言われて都は鍵をかけた。
「甲本社長・・・・ADの清水さんが地下倉庫でバラバラにされて殺されました」
「清水が?」
甲本が驚いた表情で言った。
「驚いたでしょうね。あなたはこの事件が2年前の早見穂乃果さん殺害に関わった人への復讐だと思っていたはずですから。清水さんは2年前の事件とはなんの関係もない。つまり、この事件の動機は穂乃果さんの事件とは無関係かも知れないんですよ」
「お前、なんでそれを」
甲本が鬼の形相で都を見る。
「私に喋りそうな人ばかりじゃないですか、この館の人は・・・・だけど、妙なんですよ。清水さんが最後に目撃されてから、死体が見つかるまで1時間しか経っていないんです。人を殺してバラバラにして死体を飾り付けするには30分じゃ無理だと思います。犯人は清水さんが最後に目撃されてから、30分以上アリバイがない事になります。さっき桜ちゃんが聞いてくれました。ウメコさん、下北岡さん、副島監督、向井さんの4人は10分以上下のロビーから離れていません。多分こういう殺人事件が起こる場所で一人になったらやばいと、ドラマを見て勉強していたんだね。そして桜ちゃんはずっと私と一緒にいました。彼女も10分以上、私と離れていません。つまり、甲本さんと梓ちゃんだけが、この第三の殺人事件でアリバイがないんですよ」
「フフフフフフ」
甲本は不敵に笑った。
「ドアを開けてくれ、都ちゃん・・・梓を入れてくれ」
甲本に言われ、都はじっと甲本を見つめながらドアを開けた。
 梓は、自分が呼ばれるのを予測していたのだろう。ドアが開かれると、すぐに部屋に入ってきた。
「梓・・・僕はこの1時間、どこで何をしていた?」
甲本は尊大な口調で聞いた。梓は従順なロボットみたいに答えた。
「私はこの部屋で、1時間以上一緒にベッドで寝ていました」
都は驚いた。そして自分の敗北に歯ぎしりした。梓を女の子として辱めてしまった。
「そういう事だよ。私と梓のアリバイは完璧なんだ」
甲本はぞっとする笑みを浮かべた。
「さて」
甲本は外に歩み出た。
「清水が殺されたってことは必ずしも私が標的とは限らない。という事は皆と一緒にいたほうがいいだろう」
得意げに歩く甲本。だが階段に出たところでその歩みが止まった。
 階段の真正面に人間の体が横倒しになっていた。納棺の時みたいにまっすぐ手を上に組んで・・・。しかし首だけは定位置にはなかった。胸の上に乗せられ、初老男性の苦悶に満ちた表情を浮かび上がらせていたのだ。
「山川先生!」
甲本が絶叫した。
 都は一瞬真っ青になった。山川が殺されているとなれば、秋菜を助ける無線機の行方は・・・。
 倒れそうになる都を桜が抱える。
「大丈夫。都ちゃんは犯人を見つけて秋菜ちゃんを助けられる・・・大丈夫!」
桜はそう都に叫んだ。
 
8
 
 山川仁の死体の周囲に、結城兄妹以外の全員が集まっていた。
 空はすっかり白み始めている。
「死体にはドライアイスが詰められているわね」
下北岡が撮影しながら言った。
「この分だと、私たちがここに来た時には殺されていて、どこかに隠されていたみたいね」
ウメコデカメロンが恐る恐る向井の背中越しに覗き込む。
「嫌よ・・・私、バラバラになんかなりたくない」
「犯人がばらばらにしているのは男だけです。松原マネージャーは焼かれただけですから大丈夫ですよ。まあ、豚肉のバーベキューなんて見たくありませんが」
向井が「けっ」とせせら笑う。
「最低」
都をさすりながら、桜が小声でぼそっとつぶやいたが喧嘩するエネルギーは残っていないみたいだった。
 しかし都は向井の発言に、何かを感じた・・・気がした。
「しかし、まいったな。みんな部屋に戻ろうってことになったから、この事件、死体を運んだアリバイなんてないぞ?」
副島が頭を押さえた。
「残念だな。私にはアリバイがある」
甲本は笑った。
「なぜならこの女子高生探偵が階段を上がってきたとき、死体なんてなかっただろう。そして、彼女は一直線の廊下を歩いて私の部屋に来たんだ。私に死体を運ぶなんて無理だよ」
「そうとは限りませんよ」
向井がせせら笑った。
「あなたの隣の部屋は空き部屋だった。鍵もかかっていないようですね」
向井は隣の部屋のドアを開けた。
「さらに部屋の外はバルコニーを飛び移れば行き来できる。つまり彼女が階段を通り過ぎるのを待って、どこかに隠してあった死体を出現させ、彼女があなたの部屋へ向かうため階段に背中を向けている間に素早く隣の空き部屋に入り、バルコニーから自分の部屋に戻ったというわけですよ。あなたたち、待っている間、階段の方を見ました?」
向井に聞かれ、梓は「い、いいえ」と答えた。
「つまり甲本社長・・・あなたにも犯行は可能だった」
向井は宣告した。
「冗談じゃない!」
甲本は喚いた。
「貴様何様だ? 俺は清水が殺された時間帯、ほとんど川沼と同じ部屋にいた。奴が自分の死体をバラバラにして飾らない限り、俺には犯行は不可能だよ!」
その言葉に、都は目を見開いた。
-奴が自分の死体をバラバラにして飾らない限り・・・・
 都は一人空き部屋に入った。桜が後ろから付いてくる。
「都ちゃん、どうしたの?」
桜が小首をかしげる
「本当に甲本さんが犯人だったら、バルコニーに足跡が残っていると思うんだよ」
と都はバルコニーに出た。
 そこにはくっきりと、凍った雪の上に足跡が残っていた。それはバルコニーの手すり、そして甲本の部屋のバルコニーにもくっきり残っていた。誰かが飛び移った証拠だ。
「足跡・・・じゃぁまさか本当に、甲本社長が・・・」
桜は声を震わせた。
「ううん、そうじゃない・・・。甲本さんは犯人じゃないよ」
「え」
桜が驚きの声を上げた。
「この雪、凍りついているよね。もし犯人が死体が出てきたさっき飛び移ったとしたら、氷が割れちゃうはずなんだよ。だけど凍った雪にはヒビひとつ入っていない。犯人は雪が凍る数時間前にこの足跡をつけたことになる。今日は雪が降らないと踏んで、あらかじめ甲本社長に罪を着せる偽の証拠を残しておくために・・・・」
「都ちゃん・・・・もしかしてその人が誰だかわかってるの?」
「うん、大体」
都は言った。
「だけどこの館で生き残っている人10人には全員アリバイがあるはずだよ」
桜は言った。
「そのトリックも大体わかっているよ」
都は言った。
「だけど、そうなるとひとつだけ疑問が有るんだよ。私が犯人だと思っている人は、さっき向井さんが言ったトリックを仕掛けられる立場にない。第4の事件には唯一絶対のアリバイがあるんだよ。それに完璧なトリックを仕掛けた犯人がわざわざこんな見られればお陀仏なトリックを仕掛けるってことは、何か大きな意味があるんだよ・・・桜ちゃん・・・・」
都は桜を見た。
「桜ちゃん、何か知らない? 廊下で私と梓ちゃん待っていた桜ちゃんなら、何か見ているかもしれないんだけど」
「知らないなぁ。私ボケーっと待ってたからなぁ」
「そっか」
都は笑った。
「でも良かったよ」
桜は言った。
「都ちゃんが捜査ができる感じになってよかった」
「本当はおしっこ漏れちゃいそうなくらい怖いんだけど、秋菜ちゃんの為だもん。桜ちゃんが励ましてくれたおかげだよ」
都はにっこり笑った。
 その時、梓が落ち込んだ状態で「はぁ」とため息をついて現れた。
「男の人の前で、私と甲本社長が同じ部屋にいたって知られちゃった」
「梓ちゃん・・・もし嫌だったんなら警察に行ったら?」
桜は言った。
「ダメだよ。有名な芸能事務所だよ。穂乃果ちゃんの時だって、所轄のおまわりさんが動いてくれたけど、本庁の偉い人が止めちゃったじゃん。同じことになったら、大人だよ・・・私どんな目に遭うかわからないよ」
そういう梓の背中をさすりながら、桜は部屋を出た。
 一人残された都は、それを黙って見送った。彼女は確信していた。この事件の犯人が誰なのかを・・・そしてその人物がどんなトリックを仕掛けたかも。
 そして、桜がその犯人をかばおうとして、最後の事件でしてしまった事も・・・。
「桜ちゃん!」
都は廊下に出て桜と梓の背中に叫んだ。
「私! 犯人がわかった! みんなを呼んでくれないかな。下のロビーに」
桜は怪訝な顔で都を見たが、大きく頷いた。
「わかった!」
 
 都は、結城と秋菜が休んでいる1階の部屋にやってきた。
「秋菜ちゃんは?」
「意識が朦朧としてきてるな」
都に聞かれて、結城はため息をついた。秋菜は「はぁはぁ」と苦しげに息をしている。
「結城君。謎は全部解けたよ。今桜ちゃんに事件関係者全員にロビーで集まってくれるよう言ってもらった。大丈夫! 犯人を見つけ出して無線機を教えてもらって、それで助けを呼ぶから」
「ああ、頼む。秋菜・・・もう少しの辛抱だ」
結城はそこまで言ってから、
「都・・・そのトリックと犯人。簡単に俺に教えてくれ。俺、秋菜と一緒だから、事件の真相聞けねえ」
「そうだね・・まず犯人はあの時おかしなことを言った川沼梓ちゃんなんだよ・・・・」
都はそこで少し悲しそうな表情で、1分にまとめて犯人が川沼梓である事、彼女が使ったトリックを話した。結城は黙って聞いていたが、都が話し終わると、
「お前がそういうんならそうだろう」
と言った。
「でも過去に人を殺した人間としてのカンなんだが・・・」
結城はここで都に自分のカンを話した。都の目が見開かれる。
「まぁ確かに、カンって言ったらカンなんだが・・・ただお前が言うトリックなら、別に犯人はお前がここに来る機会を利用する必要はなかったわけだ」
都の耳は結城の話を聞いていなかった。
 都は真っ青になって、これまでの出来事を全て思い出していた。都はここで、本当の意味で真犯人に利用されていたことに気がついた。
 こんな恐ろしいトリックがあったなんて・・・・。
 そしてそれに至る動機にも思い至り、都はガクッと崩れ落ちそうになった。だが、秋菜が苦しそうにうわごとで「師匠」と呟いた瞬間、足を踏ん張った。
「結城君・・・全部わかった」
都は深淵にたどり着いた口調で言った。
「行ってくる」
都はそれだけ呟くと、部屋を出ていった。
「都・・・・・」
結城は彼女が消えたドアをジッと見つめた。
 
 黒い影が、穂乃果の写真を見ていた。
「やはり殺すしかない。もうひとり殺すしかないんだ。穂乃果・・・許して・・・・・」
黒い犯人は穂乃果の写真を部屋に置くと、都が指定したロビーへと向かった。
 ロビーには大勢の人が集まっていた。都は全員集まった事を確認すると、深呼吸してしゃべりだした。
「これから、この事件の真実を話そうと思います」
「何これ・・・名探偵の推理トリック?」
ウメコが訝しげに聞く。
「最後に人を集めて喋るっていう推理ショーですか」
向井がやれやれといった表情で言った。
「その通りだよ」
都は言った。
「なんならコナン君や金田一君みたいに言ってもいいよ。山川先生、本郷さん、マネージャーの松原さん、ADの清水さん・・・この4人を殺した『屍蝋鬼』はこの中にいます!」
 
 
つづく
 
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さぁ、全ての手がかりは提示された。
果たして犯人は梓ちゃんなのか。それとも生き残っている7人の容疑者の誰かなのか。
都ちゃんを完全に騙した恐るべきトリックとは!
 
第一の密室の謎、第三のアリバイトリック、第四の犯行の意味を考えつつ、是非犯人を考えてみてください。
 
■容疑者
・早見桜(19):女優。都の憧れの存在。
松原時穂(28):マネージャー
・向井慶太郎(21):俳優、アイドル。
・川沼梓(17):女優。
本郷匠(44):俳優。
・副島卓彌(61):映画監督
・下北岡正嗣(29):カメラマン
ウメコデカメロン(47):タレント
清水想(23):AD
・甲本丈(46):芸能プロダクション社長
山川仁:岩窟城オーナー

魔法少女殺人事件ファイル5

魔法少女殺人事件 解決編
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島都:「私が憧れていた、『魔法少女未来-青春編』撮影現場に、本物の女子高生探偵として呼ばれた私と結城君と秋菜ちゃん。でも、ロケ現場となった岩窟城で次々と殺人事件が発生し、密室で人気俳優の本郷さん、松原マネージャー、ADの本郷さんが殺害された。死体はなぜかドライアイスで冷やされ、首を切られていた。3人は桜ちゃんの妹、穂乃果ちゃんが死んじゃった3年前の事件に関与していたんだけど、3年前の事件で無関係のはずの秋菜ちゃんが胸をナイフで刺されて重傷、そしてやっぱり無関係なはずの清水ADさんも殺害された。そしてこの館のオーナーで行方不明になっていた山川さんも同じように殺害されていた」
 
島都「大丈夫、全ての真実は見つけた、犯人はあなたです!」
 
■容疑者
・早見桜(20):女優。都の憧れの存在。
松原時穂(28):マネージャー
・向井慶太郎(21):俳優、アイドル。
・川沼梓(17):女優。
本郷匠(44):俳優
・副島卓彌(61):映画監督
・下北岡正嗣(29):カメラマン
ウメコデカメロン(47):タレント
清水想(23):AD
・甲本丈(46):芸能プロダクション社長
山川仁:岩窟城オーナー
 
9
 
「この館で4人の人間を殺害した・・・犯人「屍蝋鬼」はこの中にいます」
 ロビーに全員を集めた都は、ここにいる全員を見回して言った。
「なるほど・・・犯人を指摘する前に答えてもらおうか・・・」
向井慶太郎が腕組をして嫌味たっぷりに言った。
「最初に本郷が殺された事件。あの事件で秋菜ちゃんが解いた、凍らせた死体を窓に立てかけ、それを滑り台にして鍵をくわえさせた生首を上窓からゴミ箱に転がしたってトリックだっけ? あれ、結城君が死体を短時間で凍らせることはできないって、否定されたんだよな。あれ以外にトリックがあったというのかい?」
「ううん、あのトリックは秋菜ちゃんのトリックがそのまま利用された、つまり秋菜ちゃんの推理は正しかったんだよ」
都は言った。
「で、でもじゃぁ、犯人はどうやって本郷さんの死体を1時間で凍らせたのよ。液体窒素を使ったとしたら部屋に痕跡が残っているし、死後硬直だって死後12時間経たないと滑り台になるほどガチガチにはならないでしょう」
ウメコが憮然とした表情で聞く。
「確かに本郷さんの死体が1時間であそこまで硬直するわけないです。でもそれが別の人間の死体だったら? 例えばあの死体・・・首から下は行方不明になっていた山川オーナーの死体だったとしたら・・・・」
「なっ」
一同が息を飲んだ。
「そう、あの部屋にあった死体は、首から下は山川さんの死体だったんです」
「ちょっと待って! 山川さんの死体・・・さっき見つかったじゃない!」
梓が大声を上げた。
「あの死体も・・・首から下は別の人間のものだったんだよ・・・そう、この事件でなんで殺された死体は首を切られてドライアイスを詰められていたのか・・・・その答えは、第一の事件の密室トリックを完成させる死体入れ替えトリックを紛らわせるために、首と胴体の冷たさが違うと私たちにバレないようにするためにされたものなんだよ」
都は言った。
「それじゃ、山川の首と一緒に見つかった胴体は誰のものなんだ・・・?」
甲本が震える声で聞く。
「それに答える前に・・・・私はこの事件ですごく気になったのは、トリックの方法というよりは、『なんで第一の殺人事件では密室トリックが仕掛けられたか』なんだよ。トリック自体は現場の状況から考えれば誰かは一度は思いつく状況だし・・・。それにどう見ても自殺じゃない死体が密室にあったって、警察はなにか方法があるだろうと思って徹底的に捜査するだけだし、自殺に見せかけるか、密室の中にいる別人に罪を着せるか・・・そういう理由がないのに密室なんて作ったって意味がない・・・。でもその答えが、私に犯人を教えてくれたんだよ」
都はゆっくりと息を吐いた。
「私は第一の殺人事件がこの事件のメインとなるトリックで、第二の事件、第三、第四の事件で猟奇的にドライアイスを使われていたのは、胴体入れ替えトリックを紛らわせるためとトリックの痕跡を消すための見立て殺人だと思っていたんだよ。だけどそうじゃなかった。むしろこの事件の味噌は第三の事件、清水さんが地下室で殺された事件にあったんだよ」
「まさかあれも、死体が上と下で違っていたのか?」
と副島監督。都は大きく頷いた。
「あの死体は首は清水さんだったんだけど、体は最初に殺された本郷さんだったんだよ。あの事件は清水さんが生きている姿が最後に目撃されたあと、その死体を切り刻んで裁断に添える時間がなかったという理由でここにいるみんなにアリバイが成立したんだよね。でも実は祭壇の飾りつけが清水さんが生きてみんなの前にいるときに既に終わっていたら?・・・あとはバラバラにされて祭壇に添えられた本郷さんの死体の上に清水さんの首を載せるだけで、犯行は1分で完了しちゃう。このトリックに必要なバラバラ死体の祭壇という舞台を、第一の事件のただの見立てに見せかける事が、第一の密室トリックの第一の理由だった」
「となると、犯人は」
下北岡がおもむろに全員を見回す。
「本郷様とマネージャーの殺害時刻にアリバイがなくて、最後の事件にアリバイがある人物」
「もっと絞れるぞ」
副島が言った。
「最後に地下室を見て回ってから隠された本郷の死体を引っ張り出して、地下室でバラバラにする時間があった人間だ」
「私は少なくとも清水さんの死体が見つかる1時間前には、あの地下室で何もないことを確認しているんだよ」
都は言った。
「つまり、犯人はその時間から清水さんがいなくなるまでの間に姿を見せなかった人」
そんな人間は生き残っている人間では2人しかいなかった。そのうちのひとり甲本を都はスルーした。
 都はその人物の前に立った。
「梓ちゃん・・・清水さんの死体が見つかった時、清水さんの顔に殴られた跡があったのを見て、『誰かに殴られたんだろう』って言ったよね。でも梓ちゃんはずっと3階にいたって証言しているし、清水さんが甲本さんに殴られてから死体で見つかるまで一度も会っていないはず。なんであの首の殴られた痕が、犯人によって付けられたものじゃないってわかったのかな?」
梓が俯いたまま震えだした。
「あ、梓・・・・お前だったんだな」
甲本が声を上げた。
「お前だな、トリックで4人を殺したのは!」
「てめぇ・・・・」
向井が怒りの表情で梓に詰め寄る。
「梓ちゃんは犯人じゃないよ」
都ははっきりと言った。
「この第三の事件のトリックを仕掛けられる人間はもうひとりいたよね」
「え、そんな人は一人もいねえだろ」
向井がドスを利かせる。
「ううん」
都の瞳はいきがったタレントの表情を一変させた。
「清水さんがいるじゃん」
全員の表情が凍りついた。
「馬鹿な。清水が自分が殺されるためにあの祭壇を整えたっていうのか?」
副島が呆然として言った。
「そうだよ。あの死体のバラバラ胴体は清水さんのものじゃなかった。って事は清水さんなら予め隠されていた本郷さんの死体をバラバラにして」
都は言った。
「この事件、第一、第二の事件は真犯人と清水が共犯でやった事だったんだよ。ここで第一の事件、犯人がなんであんな無茶な密室トリックを仕込んだのか・・・・その第二の理由がわかってくるよね。そう、この第一の事件は真犯人が共犯である清水に、第三の事件で清水に本郷の死体を飾り立てるよう指示を与える動機付けのためになされたものだったんだよ。この第一の密室は私たちを騙すためじゃない、共犯者を騙すためのものだった。真犯人はこの第一の密室の矛盾点をカバーするための『見立て殺人』という名目で、清水に本郷の死体を飾り立てるという行為を命じたんだよ。犯人は、私が死体の入れ替えトリックに気が付く可能性も考えていた。だから第三のトリックを行う事が不可能なアリバイトリックを確保することで、自分は容疑を逃れようとしたんだよ!」
都は言った。
「正直に言うと、私は犯人の策略に一度はまんまと引っかかっちゃったよ。途中までは本当に梓ちゃんが犯人だと思った。それを修正させたのは、ただ犯人にとっては3つ予想外だったんだよ」
「3つの予想外?」
桜が力のない声で聞いた。
「第一に、本当に罪を着せようとしていた甲本さん、あなたが梓ちゃんを呼び出してその動物以下の欲望のはけ口にした事。さっき内緒で甲本さんの部屋を探したとき出てきたんだけど、脅迫状は多分第三の事件で真犯人が甲本さんを部屋に引きこもらせるための罠だったんだよ。甲本さんの性格からしてあの手紙見せられれば『人殺しと一緒にいられるか』って、推理ドラマ見たいに部屋に戻ると犯人は考えていたんだよ。でも、実際は甲本さんは梓ちゃんにあんな事をしてしまったせいで、梓ちゃんには完璧なアリバイができちゃった事。犯人は梓ちゃんに罪を着せたくはなかったから、梓ちゃんにアリバイがあるというのは却って良くないことだった」
「ど、どういう事なの?」
梓ちゃんが怯えたような声を出した。
「犯人は私が死体の入れ替えトリックに気が付くと知っていたんだよ? だとすればそのトリックでアリバイのある人が却って疑われちゃうじゃん」
都は言った。
「二番目に、梓ちゃんが、第三の事件の時秋菜ちゃんを刺しちゃって共犯者と相談するために3階に上がってきた清水さんの殴られた顔を、たまたま廊下で見ちゃって、よりにもよって私の前で、それを思わず口に出しちゃった事・・。桜ちゃんにとって、この梓ちゃんの何気ない一言が、私が梓ちゃんを疑う一言になると、すぐに気がついた。だから第四の事件で、私と梓ちゃんが甲本の部屋に入った直後に、空き部屋に隠してあった死体を引っ張り出して廊下に起き、梓ちゃんのアリバイを確保しようと無茶なことをしちゃったんだよ。第四の事件は犯人”の”梓ちゃんを庇ったわけじゃない・・・犯人”が”梓ちゃんをかばったんだよ!」
この時点で梓は都が誰を犯人として告発しようとしているかを悟り、都の肩を掴んで首を必死で振った。しかし都は秋菜の為にまっすぐその人物を見て、告発を続けた。
「そして3つ目が清水さんが本郷の死体を飾り付けているところを見た秋菜ちゃんを刺しちゃった事・・・・」
都はふーと息を吐いた。
「だから清水さんの首を置いた犯人は、その直後に秋菜ちゃんを見つけて、彼女を助けるために地下室を出ないで大声を上げる羽目になった」
都の言葉でここにいる全員が顔を震わせた。犯人がわかったからだ。
 都は悲痛な表情で、犯人を指さした。
「この事件、4人を殺した『屍蝋鬼』は、あなたです・・・・桜ちゃん!」
 
10
 
「嘘よ!」
梓は絶叫した。
「桜ちゃんが犯人なわけないじゃない! 今言ったことは全部あなたの推測よ!」
「推測じゃないよね」
都は梓をじっと見た。
「梓ちゃんは知っていたはずだよ。桜ちゃんの部屋に入った清水さんが、その後一度も部屋をでないで、なぜか地下室でその死体が見つかった・・・。それは桜ちゃんが首をリュックに入れて地下室に持っていったため。もちろんそのあと時間を置いて死体が出てくれば、こんな不可思議現象を梓ちゃんが体験することはなかったんだろうけど、桜ちゃんは秋菜ちゃんを助けようと、第一発見者になった」
梓ははっとしたが、すぐにうつむきながら最後の抵抗をした。
「そんなの・・・全部想像よ。それに桜ちゃんが犯人なら女手一つで清水さんの死体をどこに隠したのよ。あれからみんなで家を探し回ってそんなことできる余裕はなかったじゃない!」
その目は涙で滲んでいた。
「そのトリックもわかってるよ」
都は言った。
「桜ちゃんは、第三の殺人を演出したあと、清水さんの胴体に山川さんの服を着せ、山川さんの首とドライアイスをおいて、第四の殺人を演出したんだよ。副島さんがさっき言った疑問はこれで解消だよね。本当にうまい隠し場所だよ。死体そのものが見つかるのは仕方がなくても、それを誰の死体か錯覚させられるんだから・・・・死体の首と胴体が離れている意味は、それぞれの殺人においてそれぞれ別の意味があった。その意味を全て、犯人は胴体の交換トリックで消化したんだよ。松原マネージャーだけがバラバラじゃなかったのは、別に女の人はかわいそうだからじゃない。女の人の体は交換トリックに使えなかったからだよ!」
「でもDNA鑑定すれば一発でトリックが暴かれちゃうでしょ!」
「そして警察が踏み込んだ時に、DNAや指紋とかで3つ死体の身元が首と胴体でそれぞれ違っている事が判明し、死体を使ったトリックが暴かれるのも犯人は計算済みだった。そして、桜ちゃんが甲本さんに罪を着せるための究極のアイテムが甲本さんの荷物から見つかって、警察は甲本さんを捕まえるはずだった」
「究極のアイテム?」
梓が声を震わせる。
「服だよ」
都は言った。
「松原さんの服はそのままとして、山川さんの服は清水さんの死体に着せ、本郷さんの服は山川さんに着せればいいけど、清水さんの服はどうすればいいんだろう。あの地下室の状況では清水さんに着せることは出来ない。そう、桜ちゃんはどうしても余ってしまう清水さんの服を甲本さんの荷物から警察に見つけ出させることで、甲本さんに全ての罪を擦り付けるつもりだった・・・だけど、桜ちゃんはそれは出来なかった。万が一梓ちゃんが疑われた時に、自分が名乗り出ることが出来なくなるから・・・。多分今もこのリュックの中にあるはずなんだよ!」
都は桜の愛用のリュックを指さした。
 桜は俯いたままだった。
 下北岡が桜のリュックを受け取り、ひっくり返した。血まみれの清水の服が出てきた。
「な、なにかの間違いだよ」
梓が都の両肩を掴んだ。
「都ちゃん言ってたじゃない。桜ちゃんが復讐なんか絶対できない・・・妹さんが脳死状態で死んでいった姿を見たから、そこの甲本社長みたいな憎い相手でも殺せないって・・・・その言葉を信じるって」
「今でも私はその言葉を信じてるよ」
都は悲しく笑った。
「でも、穂乃果ちゃんと同じことがもう一度起こるとすれば? 梓ちゃん」
梓の顔が真っ青になった。
「まさか・・・桜お姉ちゃん・・・私の日記を・・・・」
梓がガタガタ震えだした。
「ごめんね。梓ちゃん。この前私たちの相部屋で、梓ちゃんの日記見ちゃったんだ・・・。だって・・・・梓ちゃん・・・様子が・・・・・穂乃果の時といっしょだったんだもん・・・・」
桜は目に涙を浮かべながら笑った。
「それで知ってしまったんだね。山川、本郷、松原、清水が梓ちゃんにしていたこと」
都は言った。
「本郷が首絞めプレイに相変わらずハマっている事、梓が・・・こんなにいい子が死の恐怖と陵辱を味わっている様子が、日記には書いてあった。妹と同じだった。穂乃果の時と・・・・。そしてこのままじゃ梓も穂乃果と同じ運命をたどることもわかった・・・」
肩を抱きしめて大粒の涙を流す桜に、都は何も言えなかった。
「そんな、酷いよ。桜ちゃんせっかく女優の世界で世界で活躍できるところなのに・・・誰よりも命の大切さを日本中に訴えていたのに・・・・。なんで私なんかのために・・・・人殺しなんて・・・・どうしてよ!」
桜は真っ青な顔で梓を見た。
「あいつら、プレイを録画して梓ちゃんにメールで添付して送信していたわ。私は梓ちゃんのMACから、それを見つけた。7分の動画を見たとき、私は穂乃果が殺されていると勘違いしちゃった・・・私、人が死ぬのが怖いって言ってたよね。でもそれ以上に怖くて、酷い動画だった。松原と清水はドラマ制作の権利を買うために、梓を本郷と山川に売っていたわ。穂乃果の時と同じようにね・・・・動画が終わったとき、私はやっと現実に戻ることができた。全身冷や汗が出て・・・体が震えて・・・このままじゃ梓が死んじゃう、このままじゃ梓がって・・・・」
桜の顔が徐々に狂気を帯びていく。そのぞっと光る瞳に、都は魔法少女の体に取り付いた言いようのない悲しい深淵を見た気がした。
「それでもやっとファイルをUSBに入れて・・・警察に持っていこうとしたの・・・・でも、その時穂乃果の時の警察の対応を思い出したの・・・あいつら、甲本たちの言葉を全部鵜呑みにして、私たちの話を全然聞いてくれなかった。挙句の果てには『画像が出回れば罪を背負うのはお前たちの方だ』って刑事に怒鳴られたわ・・・・大人は絶対私たちを助けてくれない・・・。その時、私の頭の中で私自身の声がしたのよ・・・・本当はわかっているんだろうって・・・・そう・・・・・命の大切さなんて・・・私は何も分かっていなかったのよ・・・・本当は人の命は強い人間によって簡単に踏み消されるってのが真実だった・・・・結局私は穂乃果の時と同じように、梓を生贄にして魔法少女を続けていたのよ! そんな人間が命の大切さなんてテレビで表現しても嘘に決まっているじゃない」
桜が甲本をぞっとするような冷たい表情で見た。
「殺人計画を立てて、山川の館に奴を殺しに来る時まで、私は心の中で絶対に人殺しはできないってどこかで思ってた。でもこの館で山川に正対したとき・・・体が勝手に動いてあいつをメッタ刺しにした・・・・その時、私が魔法少女じゃない・・・・殺人鬼だってこともわかったの。あれだけ人が死ぬのが怖かったのに、山川を殺したとき、ものすごく落ち着いている自分がいて、体が物凄く冷たかった・・・。鏡に山川の血に染まった私が写ってて、その姿は殺人鬼そのものの姿だったよ・・・」
「お姉ちゃん・・・」
梓が涙を流した。ウメコと副島が戦慄をたたえた目でその様子を見つめる。
「この瞬間私は感じたわ・・・今までのテレビの魔法少女は嘘だった。みんなの前で悪い奴を愛と正義でいい子にする優しい魔法少女はウソの姿だったのよ。本郷を殺した時なんか、私笑っていたわ・・・その血にまみれた私のこの姿こそが本当の私だった・・・・。梓ちゃんの為なんかじゃない・・・私は人殺しだから人を殺したのよ・・・・。私は笑いながら本郷を殺し、松原を、清水を殺し・・・・そしてその血に染まった手で都ちゃんが大好きだった魔法少女未来を絞め殺しちゃったのよ!」
桜は冷徹な表情で都を見つめた。
「そして、今、私は人を殺したいと思っているの・・・・許しがたい悪魔を私は殺さないといけないのよ」
桜は上着の下から軍用ナイフを取り出して、甲本に向けた。
「ひっ」
それを見た甲本が後ずさる。
「山川や松原がいなくなったことをいい事に、また梓に手を出して! あんたの事は生かしてあげるつもりだったけど、もう二度と穂乃果のような存在を出さないためにも、ここで殺しておくしかないわね」
桜の声は憎しみではなく恐怖と絶望に震えていた。
「やめて、桜ちゃん!」
梓が絶叫した。「もう私のために手を血で染めないでええええええええ」
「だめなの・・・梓・・・・もうこうするしかないの・・・・私は怖くて仕方がないの・・・・もうあいつらのせいで女の子が苦しんで死んじゃうのは」
桜は都を見て、悲しく笑った。
「ごめんね・・・・都ちゃん・・・・・」
桜は小さく笑った。そして、目の前の殺意に腰を抜かす甲本に向かってナイフをかざして走り込んだ。
「ひぎゃあああああああ、やめろぉおおおお」
恐怖のあまり甲本が絶叫する。
都は桜に向かって走り出した。
「ダメェええええええ」
その刹那、桜の脳裏に最愛の妹穂乃果の悲しげな泣き顔が映った。桜にとって、自分の殺意を止めるには、この方法しかなかった。
甲本をかばおうとした都は、それを止めることはできなかった。桜はナイフを自分の胸に深々と突き立てた。
「桜ちゃん!」
都の絶叫の中、桜はものすごい形相で自分の胸にナイフを突き立てていたが、やがてその場に崩れ落ちた。だが桜は最後の力を振り絞って体からナイフを引き抜き、床が血に染まった。
「桜ちゃん!」
都は桜を抱き起こし、必死で傷口を抑えた。
「いやぁあああああああ、桜ちゃん、桜ちゃん、やだぁあああああああああああああああ」
梓がパニックになって泣き叫ぶ。
「な、何てことを・・・」
後ろでウメコがオロオロする。甲本は床にへたりこんでいたが、やがて床に落ちていたナイフを手に取ると
「キヒヒヒヒヒ」
という奇声をあげて玄関から外に飛び出した。自分の罪が暴かれることが避けられなくなった自暴自棄だった。
「桜ちゃん! 桜ちゃん!」
体を痙攣させる桜に都を呼びかけた。
「都ちゃん・・・・・ごめんなさい・・・・・私がこんなことをしたばかりに、秋菜ちゃんを・・・・でも大丈夫・・・テレビ局に山川の人体と一緒にここで惨劇が起こるっていう手紙を送った・・・・もう・・・すぐ・・・・警察が・・・・・」
「わかった・・・わかったよ! 桜ちゃん」
 
館の外に出た甲本は、ここで館に到着した茨城県警のパトカーと遭遇した。
「何をしている!」
血みどろの凶器を持った甲本に、都の知り合いの女警部、長川朋美が拳銃を向ける。
「キエエエエエエエエエエエエ」
甲本は刃物を長川に向けて走り出したので、長川は拳銃を発射した。冷静に発砲された縦断は甲本の刃物を掴んだ右手に命中、甲本は絶叫して倒れた。
 甲本を確保しながら、長川は大声で怒鳴りつけた。
「お前、この血みどろのナイフで誰を傷つけた!?」
 
「都ちゃん・・・・・私は・・・・結局・・・・・誰も助けられなかった・・・・・」
桜は虚ろな目で梓を見つめた。
「私は結局・・・・自分だけの考えで・・・・・人を4人も・・・・ゴホッ・・・・魔法少女・・・・失格・・・・ごめん・・・私は・・」
「うううん」
都は涙をボロボロ落としながら、桜に言った。
「桜ちゃんは、魔法少女としてずっと殺人鬼になっていく自分と戦っていたじゃない!? こんなに手に火傷をしてもマネージャーさんを助けようとしたし、秋菜ちゃんだって必死に助けてくれた・・・・今だって・・・。殺人者になる自分と戦うなんて、中々できることじゃない・・・私はわかっているよ。桜ちゃんが本当は誰も殺したくなんてなかった事・・・・ごめん、止めてあげられなくて・・・」
都は限界だった。これ以上は涙のせいで何も言えなくなっていた。
「嬉しいなぁ・・・・・」
桜は笑った。
「嬉しいなぁ・・・・憧れていた・・・・名探偵に・・・・嬉しいなぁ・・・・・」
そこで桜は力尽きた。意識を失い、呼吸が止まり、体が冷たくなっていく。
 都はその亡骸の涙を拭いてあげながら言った。
「桜ちゃん・・・それでも・・・・私、桜ちゃんを許せないよ。桜ちゃんは魔法少女として、憎しみだらけの正義じゃなくて、愛の力で悪い人たちをいい人にした・・・。生きて償っていいって・・・いつも言ってた・・・。そんな桜ちゃん・・・私大好きだった。それなのに・・・・どうして、どうして死んじゃうのよぉおーーーーーーーー。桜ちゃん!」
彼女の慟哭と同時に、長川警部がロビーに入ってきた。
都の絶叫は、秋菜を見守る結城にも聞こえた。
 彼は、何が起こったのか察した。
 
「秋菜ちゃん、よかったよぉおおおおお」
5日後、都が病室で秋菜に抱きついて頬ずりしていた。
「もう、秋菜ちゃんまで死んじゃったらと思うと、わだぢはもう・・・・・スピスピスピーーーーーー」
都の回線はショート寸前だった。
「はい、回収」
千尋が都をつまみ上げて病室から連れ出そうとする。その時秋菜は都のカバンを指さした。
「師匠! 魔法少女未来ちゃんのストラップ外しちゃったんですか?」
「うん・・・」
都は言った。
「私が殺しちゃった人だし・・・・」
「いけません!」
秋菜はビシッと言った。
「そんな事したら、桜ちゃんが悲しみます・・・・」
秋菜は言った。
「桜ちゃん、私の肺の中に血が溜まってきて、怖くて苦しい時にずっと手を握ってくれていたんです。私のことを怖くないようにずっといてくれました! あの時の桜ちゃんは人殺しじゃありませんでした! 魔法少女未来ちゃんは嘘の人じゃありません! 人殺しが事実でも、魔法少女未来ちゃんだって事実です!」
「ああ・・・そうだな」
結城は言った。
「お前の推理の場所に行く時、あいつはなにか覚悟を決めていた。多分、川沼に罪が着せられそうになったら証拠を出して自分から名乗り出るつもりだったんだろう・・・。あいつは恐怖に支配されていただけじゃない。絶望的な状況でも人を殺し続ける自分自身と戦っていたんだ。お前が大好きだった・・・魔法少女としてな」
都はその時、何故甲本を殺そうとしていたように見えた桜が自分を刺したのか・・・その理由がわかった気がした。
「そうだよね、でも生きて戦って欲しかったな」
都は悲しく笑った。
「これ」
瑠奈が魔法少女未来のストラップを都の手に置いた。都はそれをカバンについけた。
「都さんの事です。また事件に巻き込まれます。偉大な高校生探偵の宿命です。その時未来ちゃんと一緒に戦って上げてくださ・・・・どびどびどbにいいいいいい」
彼女の隠れファンだった勝馬がボロボロに泣いている。5日間ずっとこの調子らしい。
「うん、そうだよね! ありがとう、勝馬君」
都は笑った。
「結城君、帰ろ!」
「おう」
少女探偵は結城を引っ張りながら、一歩歩みだした。
 
おわり

暗黒空間殺人事件 解決編 4

暗黒空間殺人事件(解決編)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【容疑者】
・佐野浩史(16)常総高校1年
・田口葉空(15)常総高校1年
・宮崎咲良(15)常総高校1年
・菅城澪梨(15)時和高校1年
・佐藤瞳(16)キャンプ場高校生ガイド
渡辺康幸(52)渡辺アミューズメント社長
・東山明華(24)愛人
松崎勘太郎(28)従業員
岸下保(28)従業員
・小山寛郎(26)犬ちんこ
 
7
 
「な、なんであなたがここに!」
その人物=島都に対して東山明華が喚いた直後、背後から結城竜が腕力に物を言わせて明華の手から斧を奪い取った。長川朋美が部屋の用具入れの影から飛び出し、明華を包囲し、金が入ったバッグを奪い取る。廊下には田口葉空、と佐藤瞳そして犬ちんこと呼んでいた小山寛郎が立っている。
「どうしたのかしら・・・」
東山明華は不敵な表情に戻った。
「私は社長の愛人よ。このお金をどうしようと私の勝手じゃない・・・。それにこの斧は作業の為に持ち込んだのよ。何か文句があるの?」
「この斧でここに閉じ込められていた人たちの鎖を断ち切って、お金を持たせて自由にさせる・・・これがあなたの計画の最終目的だったんだよね」
都は哀れむような表情で言ったが、明華は「どうして私がこんな動物以下の存在のためにここまでしなきゃいけないのよ」と吐き捨てた。
「それはあなたが、田口優さんの恋人で・・・彼の復讐の為に3人を殺害した犯人だからだよ!」
都はまっすぐ東山明華を睨みつけた。
「ふざけんな・・・・なんでこいつが兄さんを虐待していたこいつが・・・・」田口が激怒して都に掴みかかろうとするのを結城が阻止した。
「そうよ・・・なんで私が犯人?」はっと笑い捨てるように東山は醜悪な顔で笑いながら言った。
「私には第一の事件で渡辺社長が殺された事件、第二の事件で岸下が殺された事件ではアリバイがあるわ。結城君、第一の事件では貴方といっしょだったし、第二の事件では私がいる休憩室と殺害現場への唯一の通路には結城君と勝馬君がいた。第二の事件で私が壁抜けでもできない限り・・・・」
「確かに人間の壁抜けは不可能だよ・・・。でも、銃弾の壁抜けは可能だよ!」
都は言った。
「第二の事件で岸下さんが殺された事件。死体の状況から彼は正面から撃たれている。でもあの通路の状況から彼を銃で撃つとすると、狭くて銃が壁にぶつかっちゃう。拳銃で撃つとしても、彼の正面に狭い通路でわざわざ回り込んで正面に立つ必要はない・・・。そう思ったとき、私は思ったんだよ。実はこの殺人現場には私たちの知らない異次元があるんじゃないかって・・・。それに気がついたのはあなたが澪梨ちゃんに掴みかかった時の言葉・・・。確かあなたは澪梨ちゃんが岸下の銃を奪ったって言っていたよね。でもあなたが出てきたとき、銃を手にしていたのは田口君だった。だから私は気がついたんだよ。殺害現場には穴があったんじゃないかって・・・。あなたはその穴から、澪梨ちゃんが岸下からライフルを奪うのを目撃していた・・・。そしてその穴の向こうにある休憩室からあなたは猟銃をぶっぱなした。多分岸下さんを瑠奈ちゃんの名前であの場所に呼び出してね・・・」
「でも殺害現場に穴なんかあったか?」
田口が声を上げる。
「確かに、穴があればお前は気がついていたはずだ」
と結城も疑問を口にする。
「そう、私は穴を見つけることはできなかった。でも結城君と私が死体を見つけた直後、共犯である松崎が私と結城君を銃で追い立てた。その時松崎は壁と同じ色をした粘土で後ろ手に穴を塞いだんだよ!」
都は言った。
「炭鉱ではケーブル通すために小さな穴が壁に開けられることがあるみたいだよね。その穴の直径は7ミリくらい。ライフルの弾と同じくらいだよ。あなたは岸下が予定の場所に来ると壁の穴越しに瑠奈ちんの声色で話しかけたんだよ。そして岸下が壁越しに瑠奈ちんが話していると不思議がって穴に近づいた時に、穴越しにライフルで・・・。だから壁と岸下さんとの間に余裕がなかったんだよ」
「ちょっと待ってくれ・・・第二の事件で使われたライフルの線状痕は、あの時お前らが持っていた2つのライフルの線状痕と一致していない。つまり第三者の銃が存在したことになる。だがあの時洞窟には他に猟銃はなかった。彼女が犯人だとどの銃で・・・・」
と長川。都は「勿論、松崎のライフルだよ」と即答した。
「でも線状痕が」
「確かに普通に撃てば線状痕は同じになる。でもあの時は猟銃の先には壁のトンネルがあったんだよ。落盤しないように1メートルもある分厚い壁が・・・。その穴のデコボコがそのまま銃弾に残れば、同じ銃から撃ったとしても壁の穴の岩のデコボコが線状痕として残っちゃう。つまりあの時のライフルは同じ銃でも同じ銃ではなかった。壁の穴と一体化した殺人ライフルだったんだよ!」
「ちょっと待ちなさいよ・・・」
明華が都を睨みつける。
「第一の殺人はどうなるのよ・・・第一の殺人の時、私は結城君と一緒だったのよ。そうよね」
「ああ」明華に言われて結城は頷いた。
「おかしな女だったが、確かに俺と一緒だった」
「それは当たり前だよ」都は言った。「第一の殺人を犯したのは、松崎と岸下の共犯だったんだから・・・」
「だが松崎も岸下も殺されているんだぞ・・・」長川が声を上げる。
「この事件はとても複雑な事件なんだよ。まず最初にあなたは社長と岸下に殺意を持っていたあなたに話を持ちかけた。多分エッチと金庫の番号を知っていることを利用したんだと思う。明華は松崎に社長と岸下の交換殺人を持ちかけた。松崎が社長を殺害し、明華さんは岸下さんを殺害する・・・。ここでこのトリックの一番の味噌なんだけど、松崎さんは岸下さんに社長殺害を持ちかけたんだよ。つまり2人でグルになってアリバイを確保するっていう・・・。その上で拳銃で社長を殺害し、凶器の拳銃はバラバラに分解して海に捨てる・・・。そして第二の事件では今のトリックで存在しないライフルの架空の線状痕が出来て、それが松崎のアリバイにつながる・・・そう松崎にトリックを話して彼に殺人の片棒を担がせた。そして松崎が捕まったのを見計らって軽く二酸化炭素を炊いてみんなを気絶させ、松崎をナイフで・・・・」
「だから第三の事件だけナイフだったのか。架空のライフルはもう使えないから・・・・」
結城は感心したように言った。
「明華さんは松崎を利用し、松崎は岸下を利用して殺したのね」と瞳。
「その二重構造も、第一の事件や第二の事件の簡単なトリックを私たちに発想させない事に役に立ったよ。あなたは第一の事件で敢えて私たちに松崎と岸下が共犯で社長を殺した可能性を考えさせた。でもそれを打ち消すような事件が次々と起こる・・・岸下が殺され、岸下殺しのあなたたちの物理的アリバイが証明され、事件を見返してみれば、第一の事件の松崎・岸下の共犯の可能性は全くなくなった。私も本当に殺人犯が暗闇の奥に別にいるんじゃないかって思ったんだよ。交換殺人や共犯殺人という簡単な構図だけで見れば、この事件は不可思議な形に見える・・・でも二重交換殺人という方法で事件を見れば、自ずとこの事件の全容を見ることが出来るんだよ」
明華は上を見たままもう何も見ていなかった。彼女は目を閉じて黙って都の推理を聞いていた。
「だがあの穴はいずれ鑑識が見つけるだろう。いつかは我々もあの穴から狙撃された可能性にたどり着くはずだ・・・再度実験すれば証拠の線状痕だって出るだろう」
「別にそれでも構わなかったんだよ。明華さんは今日、ここで閉じ込められている小森さんと同じような境遇の人達を救って、社長のお金を渡して逃がしたあとで、誰もいなくなったこの場所で自殺するつもりだったんだから・・・」
「教えてくれないかな、どうして私の犯行の全容に気がついたのかな」明華は笑った・・・。その笑顔は屈託のない24歳の女性そのものだった。黒髪の清楚で温厚そうな顔を都に向けて、殺人者は敗北を認めた。
「一つは第一の事件で犬ちんこって言われていた小森さんを結城君の所に連れてきたこと。結城君をナンパするつもりなら小森さんを連れてくる必要はない。彼を連れてきたのは、疑われる可能性が高い彼に罪を着せないため」
「な・・・・」小森が驚きの声を上げる。
「小森さんを地上に残るように仕向けたのも、あなただよね。松崎も岸下も小森さんは殺していい存在って言っていたし・・・。彼が私たちを閉じ込めるのも想定内だった」
「信じられない・・・・」
小森は叫んだ。「この人たちは僕らに動物の真似をさせていた人間ですよ。こんな残虐な行為をさせられて・・・僕らがどれだけ辛かったか」
「小森さん・・・あなたですよね・・・ここにいた人を助けたのは・・・・。その為の時間が必要だったんですね」
都に言われて小森は頷いた。
「小森さん・・・それは圧倒的な力を持ったあの3人から・・・皆さんを助けるためわざとそうしたのだと思いますよ」
都は下を向いて苦しそうにしている明華を促した。
「田口君も小森さんもいますし・・・ちょっと海に出ましょうか」
 
8
 
 徒歩5分ほどの茨城北部の砂浜で、東山明華は語り始めた。
「小森さん・・・今までひどいことをして本当に申し訳ありません。でも本心からではなかったんです。私は母子家庭で母親が病気で、中学卒業後すぐこの町の会社に就職しました。でもここは本当に地獄でした。私は15歳で社長に強姦され、幹部にも取引先にも犯されました。だれも助けてくれず、社会人として女として私は責められました。犯されるたびに私は怖くて泣き叫びました。自分が自分じゃなくなっていくのが怖くて、体を切り刻みたい衝動にかられました・・・。私は自分の精神を守るために、『私はエッチな淫乱娘で、社長の愛人』だと思い込むことにしました。職場の人間、取引先の人間に求められるままに応じました。私はセックスが大好きな人間・・・お金が欲しくてベッドで社長に取り入るような人間・・・。そう思い込むしか自分を守るしかありませんでした」
明華は小さく悲しげに海の方を見て喋っていた。
「そんな私に優しくしてくれたのが、社会人になる直前の田口優君でした。バス停で泣いていた私を家まで連れてきてくれたんです。私は当たり前に体目当てだろうと思い、彼の部屋でセックスしていいよと言ったのです。そしたら彼は泣いたんです。『僕は何もできない本当に底辺のダメなやつだけど・・・そんな人間じゃないんだよ』って・・・私は彼を傷つけちゃった・・・・」
明華は目に涙を浮かべながら都を見て笑った。
「彼はそれ以来私の話を聞いてくれました。私に会社を辞めるように言って・・・『明華さんは何も悪くない。もうこんな目に遭わなくてもいい』って・・・あの人は私をひとりの人間として扱ってくれたんです」
明華は耐え切れなくて涙を流した。
「私はその後NGOに助けてもらって教会の施設で働くようになりました。忙しくて彼には会えなくなったけど・・・。それでもいつか2人で幸せになりたいって思っていました。でも彼は渡辺の会社で・・・・」
「まさか、あの時警察署で泣いていた女性って・・・・あなた・・・・」田口が思い出したかのように戦慄した。
 
 警察署霊安室で暴行で腫れ上がった優の顔を見た明華は「な、なんで・・・・」と声を震わせた・・・。
「なんで・・・・なんで・・・・・なんでよぉおおおおおおおおおおおおお」
彼の遺体にすがりつき、明華は絶叫した。
 
「君のお母さんに日記を見せてもらったのよ」
砂浜の風に吹かれながら明華は田口に微笑みかけた。
「そこには私のPTSDを再発させないために、私に自分が受けている虐待のことを話せないってことが書かれていた。不器用な奴だったもん・・・。でも本当は助けを求めて欲しかったな・・・・。彼が暴力で殺されたのに警察は自分たちの保身のために無罪放免にした。それで気をよくしたあいつらは、君たち家族からも金を取ろうとしていた。彼が会社の金を横領したとか言って、大切な人が死んで動揺している家族に金をたかっていた・・・。そして彼女ってことになっていた私にも・・・。私は渡辺社長に無理やり会社に連れてこられて賠償を迫られたわ。私は敢えて乗ることにした・・・。あいつらが優君に何をしたのか探るためにね。私は最初は嫌がって泣き叫ぶ純情な女の子を・・・そのあとは社長のテクニックに目覚めた、エッチが大好きな獣のような悪女になりきったわ。性を売って男に取り入って金を手に入れ、弱いものいじめに精を出す外道になりきったわ。社長は田舎娘の私にレイプにレイプを重ねて淫乱女に仕込んだ・・・そういう作品として大事にしてくれたわ。自分の支配の象徴として・・・・。私はその立場の中であの会社の中の地獄のような状況を目のあたりをした。あいつらに正体を明かさないように、小森さんたちを動物呼ばわりし、人間としての尊厳を剥奪しました。でもあいつらに確実に法の裁きを受けさせるため、警察も黙認したあいつらが強大な力を持つこの地獄を終わらせるためだったの・・・。その為に私は、最も気持ち悪い存在になったわ。あの時のように、渡辺社長のレイプで仕込まれた淫乱女という作品になりきって・・・・・。楽しいなんて感情も嬉しいという感情も・・・ここ2年間全く感じなかった・・・優君と一緒にデートした時に綺麗だって思えたどんなに青い空や桜を見ても綺麗とも感じられず、美味しい料理を食べても味も感じられず・・・・感じているのは自分が汚れて狂っていくというダミのような感触だけ・・・」
だが次の瞬間、明華の顔が醜悪に歪んだ。般若のような怒りと絶望が入り混じった表情だった。
「そしてとうとうあの日、私はあいつらが夜に優の虐待を撮影したビデオの鑑賞会に参加した・・・。ビデオの中で私の大切な人が暴行を受けているのに・・・私はそのビデオを見ながら渡辺社長とセックスをして・・・笑ってた・・・私はその時、嬉しいどころか・・・悲しいという感情さえなくしていたのよ・・・・」
明華の目から涙が流れ出す。
 
「ふはははは、全く馬鹿な奴・・・本当にこれ死んで当然だわ」酒を飲んで満足感に浸る松崎。
「こんな奴ここで殺してあげたほうが幸せだよな・・・」と岸下。
「こんな奴を愛する奴の気がしれねぇぜ。なぁ、明華ちゃーん。そう思うだろ」
渡辺社長がそう言うなか、裸になって渡辺社長の上で喘ぎながら、明華は気持ちよさそうに言った。
「こんな奴の事なんて思い出したくない。私はセックスの方がいい。渡辺社長の性の奴隷になって・・・もっと・・・もっと・・・気持ちよくなりたい・・・・。私・・・H大好きィイイイイイイ」
 
「あの時の私は涙も出なかった。必死で渡辺社長に腰を振って気持ちよくならないとおかしくなっちゃいそうだった。でもその時私はアヘ顔になりながら決心した・・・・。こいつら殺してやるって・・・・。こいつらを殺さないと、優君の尊厳を取り戻すことはできない・・・。私を人間として救ってくれた優君がゴミみたいに扱われて、殺される様子を娯楽として使われ続けている・・・。そんなゴミどもに優君と同じ苦しみを味あわせてやるって! それしか優君の尊厳を取り戻す方法はないって!」
明華は血を吐くように砂浜に向かって叫んだ。
「それからしばらく経って、松崎が会社の金を横領したことがバレそうになって、社長を殺す事を考えている事を知ったわ。私は松崎と密かに関係を持って、松崎の若い体がいい・・・社長よりいいって言ってやったら、あいつはホイホイ社長の殺害計画を私に話したわ。あいつは田口君のキャンプ計画を島のオーナーから聞いていて、それを利用して最終的には田口君に罪をなすりつけようとしていた。でもあいつが計画を持ちかけてくれたせいで私の復讐計画に最後の一筆が加わったわ。あの腐った連中をまとめて暗い地下で、優君の苦しみを味あわせ、ゴミのように殺す計画をね」
体から湧き上がった憎しみのオーラがすーっと消えると、明華はため息をついた。
「でも・・・これで終わったわ・・・・。本当は優君の所に行きたかったけど・・・。でも、これで小森さんがあいつらに苦しめられることもない・・・。私も・・・・もうセックスはしなくていいのよね」
明華は長川警部にほほ笑みかけて、両手を差し出した。長川はため息をつきながら明華に手錠をかけた。
「明華・・・・さん・・・・」小森が声を震わせた。田口も呆然と彼女を見ている。
「なぁ、明華さん・・・」結城が聞いた。
「俺とセックスがしたいって絡んだのって」
「あなたが少し優君に似ていたのよ。だからきっと断るって思ってた」明華は笑った。
「イケメンなところとか?」
「いいえ・・・思いやりがあるところとかよ」
明華の優しげな笑顔に結城はため息をついた。
「なんだよ・・・。結局人殺しになって行く自分を助けて欲しかったんじゃないか・・・。言われなきゃわかんねぇよ」
「ごめんね」明華は静かに言った。「ありがとう・・・・」
それだけ言うと明華は絶句する田口と小森に見送られ、連行されていった。
「俺はなれなかったな」
夕日になりつつある海を見ながら、結城はため息をついた。「田口優って奴に・・・・」
「そんな事ないよ・・・」
結城の横に立って、都は優しく言った。
 
「ふわぁああああああああ」
結城は学校へ向かう利根川河川敷を歩いていた。横には都と瑠奈も大あくびする。
「ああーあ、殺人事件に巻き込まれた翌日は振替休日にしようぜ」結城がため息をつく。
「元気がないじゃん」
突然原付バイクに乗った藪原千尋が結城に横付けする。
「なんだぁ。お前は元気じゃないか」結城が唸ると、
「ふふふふふ、澪梨ちゃんと共同で殺人事件に巻き込まれた体験をコミックにしてそれが動画サイトで大好評・・・。是非書籍化も狙っているんだよね。ああ、結城君にも一冊進呈するよ・・・」
「どれ」
リュックから出された同人誌を一冊受け取った結城はページをペラペラめくった。
「まぁ、実際に起きた事件だから、不謹慎な描写はなくして・・・。結城君と勝馬君の穴の中での活躍を中心に」
「なぁ、藪原」結城が肩を震わせる。
「なんか洞窟とかは別の意味の穴が出てくるんだが」
横で瑠奈が「あれまーーー」と口に手をやって内容を見ている。
「まぁ、多少は腐女子の需要も狙って・・・アレンジはしてありますが・・・」
「ふざけるなぁああああ」結城がうがーーーと吠える。だが千尋は「感想は是非私と澪梨ちゃんの共同ピクシブ垢にぃいいい」と言って原付を発進させた。
「ねぇ、結城君ーーーーーーーー」都が追いかけた。
千尋ちゃんの本、どんな内容なのーーーー見せてよおおおおお」
「誰が見せるかぁあああああああ」
結城が走り出す中で、土手下を歩いていた勝馬が、「このやろう、おまえばっかり女の子とイチャイチャするなぁーーー」と喚いた。
 
おわり
 
 

暗黒空間殺人事件3 転回編

暗黒空間殺人事件(転回編)
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【容疑者】
・佐野浩史(16)常総高校1年
・田口葉空(15)常総高校1年
・宮崎咲良(15)常総高校1年
・菅城澪梨(15)時和高校1年
・佐藤瞳(16)キャンプ場高校生ガイド
渡辺康幸(52)渡辺アミューズメント社長
・東山明華(24)愛人
・松崎勘太郎(28)従業員
岸下保(28)従業員
・犬ちんこ(?)
 
5
 
「さぁ、奥へいけ」
松崎に促されて結城は両手を挙げたまま歩き出した。ちらりと横で都を見る。
「クソッ」
結城は臍をかんだ。
 今回岸下保が殺されたとなると第一の事件で岸下と松崎勘太郎狂言という可能性はなくなった・・・となると俺たちの知らない第三者が犯人なのか? そしてその犯人はこの暗闇の奥に・・・・。
 結城の額に冷たいものが走る・・・。守れるか・・・都を守れるのか・・・。
「動くな!」
突然横道の坑道から黒い影が飛び出し、猟銃が松崎の即頭部につきつけられる。
「澪梨ちゃん!」
都が大声を開けた。菅城澪梨が震える手で松崎に猟銃をつきつけた。
「お前!」
結城は呆気にとられた声を出したが、すぐに松崎のてから猟銃を奪って松崎につきつけた。
「動くんじゃねえぞ。都・・・俺の靴ひもをとっていいから・・・こいつで松崎の親指と親指を縛りあげろ・・・・妙なことをするなよ・・・・確かどんな事があっても緊急避難で片付くんだったよな」
結城が冷たい声で言った。
「了解」
都が結城の靴ひもで松崎を後ろでに縛り上げる。
「都を人質なんて妙な気起こすな・・・ちょっとでも身動きすれば容赦はしない・・・・お前はみんなに危害を加えるとか銃を持って口にしたからな・・・場合によっちゃ本気で撃ち殺すことも考えている」
結城の目はマジだった。松崎は観念したように座り込んだ。
「で、なんでお前はここにいるんだ。それも猟銃を持って」
「銃声が聞こえて怖くてトンネルの奥に走ったら、いつの間にかここにいたの」
「つまりみんなのいる場所と俺と勝馬が立ちションしていた通路は奥でもループしているってことか」
「う、うん・・・私、岸下さんの死体見つけて・・・無我夢中で猟銃を持って・・・・」
「なるほど・・・」
結城はため息をついた。
「他のみんなは」と都。
「わかんない・・・みんなは走って行っちゃったから」
「クソッ、迷路に迷い込んだりしたら厄介だぞ・・・」結城は舌打ちをした。
「おーーーい」
突然田口の声が聞こえた。
「結城か?」と田口葉空が小柄なショタの顔を安心させる。
「ああ、佐藤も一緒らしいな」
「うん・・・でも何人かはぐれちゃったみたいで」と佐藤瞳。「い、今の銃声だよね・・・。まさかまたあの会社員の人たちの誰かが・・・」
「お、お兄ちゃん!」
結城秋菜がその奥から走り寄ってきて結城に抱きついた。
「秋菜か・・・・よかったぜ・・・無事で」結城は秋菜の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「うん・・・でも佐野君とか・・・どっか行っちゃったっぽい・・・私探そうと思ったんだけど」
「いや、俺が行く・・・」
結城は猟銃を手にした。その時、勝馬と瑠奈と千尋が後ろからやってきた。
勝馬君・・・目を開けていい? 死体はないよね」
「大丈夫です」勝馬に言われ、瑠奈は安心したように目を開けると、都を見つけて抱きついた。
「お前らも大丈夫だったか」と結城。
「うん、勝馬君が覆いかぶさってくれたからね・・・多分におしっこ臭かったけど」千尋に言われて勝馬は赤くなる。
「すっごい・・・松崎から猟銃取り上げたんだ」
「こいつの手柄だ」
結城はあさっての方向を見ながら含羞む澪梨を指さした。
「あといないのは・・・あの愛人と、宮崎と佐野か・・・・」
結城はため息をついた。
「愛人さんの方は出入り口付近にいると思うよ」と澪梨。
「じゃぁ、宮崎と佐野だ・・・。もし銃撃犯罪者が他にいたら、あとの2人が危ない」
結城は猟銃を片手に持って歩き出した。「ちょっと行ってくる」
「俺も行くぞ」
澪梨から勝馬が後についていく・・・。唯一の男の子になった田口は「ラッキー」と言いながら、澪梨から猟銃を受け取って松崎に向ける。その時だった。田口のいつもの快活な少年の顔が一瞬能面のような表情になったのを秋菜は感じた。
 都は岸下の死体を見た。
「な、何かわかった」
死体を見ないようにしながら、瑠奈が震える声で聞いた。
「この死体・・・妙なんだよ。もし犯人が猟銃を使ったとしたら、こんな狭い空間で長い猟銃を扱えるかな。死体はあの壁を正面に立っていた事は血の飛び散り方や死体の向きからして間違いないと思うけれど、それだったら壁にぶつかっちゃうと思うけれど」
「猟銃じゃなくて拳銃とかじゃない?」
と瑠奈。
「だとしても・・・・」
「いやぁあああああああああああ」
突然悲鳴が上がった。ビクッとして振り返ると、東山明華が岸下保の死体の前で絶叫していた。
「結城君、結城君はどこ!」明華は狂ったように喚きながら結城を探す。
「結城君とセックスしたい・・・」
「結城君は今いないよ!」
澪梨が声を上げると、「じゃあ、これでもいい」と明華は死体のズボンを脱がそうとする。
「何を考えているんだ! あんた」
田口が声を上げ、止めようとした瞬間、松崎が逃げようとして秋菜の足技に一回転して転んだ。
「妙な事したら容赦しないって言ったよね!」
「あなたは悪魔よ!」明華は絶叫しながら澪梨に掴みかかった。
「女のくせに死者から猟銃を奪って・・・。あなたはそうやって英雄を気取って結城君をたぶらかしているんだわ!」
「やめなって」
千尋が大声を上げた時、彼女の頬に明華のビンタが飛んだ。その時だった・・・ひょうきんな性格の田口が無表情なままゆっくりと千尋に掴みかかろうとして澪梨と瑠奈に止められる明華に銃口を向けたのだ。
「ダメ・・・・」
佐藤瞳が田口の肩に手をやって小さく頷く。
千尋はビンタされたまましばらく下を向いていたが、次の瞬間凄まじいグーパンチを明華の左に見舞って、明華は一回転して坑道の床にひっくり返った。
「聖書に書いてあるでしょう。右の頬を殴られたら左の頬を殴り返せって・・・」
「ちょっと違うと思う・・・」
瑠奈は呆れたように苦笑した。
「ねえ、田口君・・・」
都は田口に話しかけた。
「田口君はさ、松崎さんと明華さん・・・この2人の事知っていたんじゃないかな」
「!」田口の表情が戦慄する。
「だって結城君に『この人たちは本当に人を殺せる人たちだ』って言っていたよね。それにキャンプ場であの人たちのいじめの話、一番辛そうに聞いていたのは田口君だった・・・・」
「知らないよ」田口は言った。
「言ったところでどうにもならないだろ」彼は下を向いて震えた。
「田口君・・・・もしかしたらこの事件は、田口君がこの人たちを知っている何かに関係があるのかも知れない・・・。だとしたら次に殺されるのはこの松崎さんか明華さんなんだよ・・・。次の殺人を止められるかもしれない・・・だから・・・」
 
 奥に向かった結城と勝馬は、案外簡単に宮崎咲良を見つけた。彼女は坑道で震えていた。
「良かった・・・見つかって・・・」結城が咲良に向かって手を伸ばした。
「ゆ、結城君・・・来てくれたんだ・・・北谷君も」
「まあ」勝馬は照れくさそうに咲良を立ち上がらせた。
「大丈夫・・・あそこにみんながいるから」
「で、でも・・・今結城君と・・・その・・・セックスって女の人の声が聞こえてきて・・・だから私・・・・銃声がしてからずっとここに・・・」
「気にしなくていい」
結城は苦味を潰したかのような顔で唸った。てかそっちかよ・・・。
 
「さて、問題は佐野だな」
結城はため息混じりに奥へ通じる坑道を指さした。暗黒の世界が広がっている。
「おそらく・・・銃撃者もこの奥に居るって事だな」と勝馬
「だな。今回岸下が殺されたことで第一の事件であの2人が共犯だった可能性はなくなった・・・俺たちが立ち小便をしていた位置を考えても、休憩室にいたあの2人には犯行は不可能だからな・・・ついでに言うと俺たち高校生メンバーにも犯行が可能だった奴はいない。俺たち以外は全員固まっていたんだからな・・・・」
(とは言うものの、あの暗闇とライトじゃぁ一人か二人いなくなっても誰も気がつかないだろうがな・・・。さっきの宮崎や菅城みたいに坑道が奥でループになっている以上、理論上は高校生チームの誰かは犯行現場に行くことは出来るはずだ。だが仮にそうだとしても俺たちには第一の事件で全員天体観測をしていたというアリバイがある・・・。いや、待てよ・・・みんな星に夢中になっていたし抜け出すことは・・・。いや、だとしても往復30分かかるキャンプ場まで行って帰ってくるとして、誰かがいないことに気がつくリスクは高い・・・。あの場所に都だっていたんだ。気がつかないわけがないだろう。となるとやはり、あの暗闇の向こうに俺たちの知らない第三者が・・・)
緊張状態の中で結城は額の汗をぬぐった。
「ぶるってんのかよ」と勝馬
「うるせえよ、小便タレが」
結城と勝馬はゆっくりと穴に進んでいく。
「間違っても佐野を銃撃するんじゃないぞ」
勝馬が声を上げる。それ以外静寂に支配された死の空間・・・・緊張が走る。
「わあってる」結城は銃を構えながら暗闇へと進んでいく。
 暗い暗い穴の中・・・その穴の中で何かが動いている・・・それもその輪郭はひとり二人ではない・・・3人、4人、もっと・・・大勢の黒い影が猟銃を持ってこっちへ向かってきている。
「ゆ、結城・・・・」
勝馬が恐怖に震えた声を上げた。黒い集団の戦闘が何かを持っている・・・それが佐野浩史の生首だとわかったとき、結城は「クソッ」と大声を上げて猟銃を構えた。だが次の瞬間、黒い骸骨の集団も猟銃を構えていて・・・。
 
「み、みんな・・・・」
宮崎咲良が消え入るような声でみんなに合流した。
「よかった・・・みんな無事で」
「咲良ちゃん!」
澪梨が咲良の手を取ってぴょんぴょんしながら喜んだ。
「よかった・・・咲良ちゃんも無事で」
「う・・・うん・・・無事・・・みんなも無事でよかった」
咲良が前のめりに倒れた。背中に深々とナイフが刺さっている。
「いやぁあああああああ」
瑠奈が絶叫を上げた。都が見上げると、澪梨の真ん前に骸骨の兵隊が立っていた。それは震えている澪梨に銃口を突きつけると、次の瞬間轟音とともに彼女の頭がスイカのように吹っ飛んだ。
「きゃぁあああああああっ」
絶叫が洞穴にこだまする。骸骨の兵士は、今度は猟銃を都に向けた。
「都!」
叫び声が聞こえる。真っ暗な岩盤の天井が見える。誰かが都の体を揺り動かしている。
 都の意識は覚醒した。彼女が「わあああああっ」と声を上げて起き上がろうとしてオデコをごっちんしたのは、「イタタタタ、石頭だなぁ都」と額をさする茨城県警の長川朋美だった。彼女の周囲を「しかし救急隊や警察官の姿が大勢坑道を歩き回っている。
「け、警部・・・・。みんな殺されちゃったの?」
「大丈夫。探検部はみんな無事だ。結城君も勝馬君も佐野っていう彼のクラスメイトも、奥で保護された。命には別状ない」
「え・・・・・」
都は坑道を見渡した。
「多分酸欠で幻覚を見たんだろう。まあ、生命維持には申し分ない酸素濃度だが、極度の緊張で思考を保つだけの酸素は消費されちゃったんだな。今は表の扉は開けてあるから、外の空気が入ってきている」
「そっか」
都は安心したように座り込んだ。
「警察に垂れ込んだのは、髭の男だ。渡辺アミューズメント従業員小谷寛郎・・・。会社では『犬ちんこ』って呼ばれていたようだが、彼が迎えの船で本土に帰ったあと、警察に匿名で垂れ込んだようだ。それでお前らが帰ってこないんで何かあったと思って、警察一同乗り込んだってわけさ」
「よかったぁ」
都は胸をなでおろした。
「しかし、キャンプ場では渡辺社長が殺されているし、ここでも死体が収容された」
「岸下さんだよね」
「だけじゃない・・・」長川はため息をついた。
「他にも死者は出ているんだ」
 
 長川は銃で頭を吹き飛ばされた死体を都に見せた。都は厳しい表情でそれを見つめた。松崎勘太郎の刺殺死体が血だまりの中にあった。後ろ手に縛られたままだった。喉をゆっくりと刺して出血の苦しみを与えたらしく、顔は苦悶し、のたうちまわっている。
「これ、私が縛ったやつだよ・・・この人、私たちに危害加えようとしたから・・・・でも私が結んだせいで逃げられなかったんだね」
都は声を上げた。
「人を3人も・・・・許せない・・・絶対に犯人を見つけ出すから!」
 
6
 
「都・・・他の人は病院に運んだ。お前も無理するなよ」
鑑識が蠢く坑道の中で長川警部は都に言った。
「今回の事件はお前らとは別の第三者の犯行なんだろう・・・今回渡辺や岸下の事件で使われた銃弾の線状痕は松崎と岸下の猟銃とは別のものだった。つまり他に銃を持っていた奴がいたんだよ・・・。だが坑道からはお前らの荷物からも拳銃や猟銃は他に見つかっていない・・・つまり犯人は銃を持って逃げ出したんだよ」
「どうやって?」都が目をぱちくりさせる。
「来てくれ」
長川警部は都を連れて坑道の奥に向かった。結城、勝馬、佐野が保護された場所のさらに奥には人影がいくつも揺らめいている。だが空気が入ってきている今ではそれが水面に反射した影が長川と都の影を二倍にして写しているのが分かる。
「綺麗…」都が目を輝かせる。
「この先の坑道は水没している。これからダイバーが探索するが」
懐中電灯の光を水面に照らすと小魚の群れが泳いでいるのが見えた。水底は見えるが銃などは落ちていない。
「多分落盤とかで海につながっているんだろう。スキューバセットを持っていれば海から出入りできるかもしれない・・・。まぁ穿った見方をしてお前らの誰かが猟銃を海に捨ててここから坑道に戻ったとしてもスキューバセットは処理できないだろう・・・。つまり、今回の事件は第三者の犯行で間違いないってことだ」
長川は都の肩を揉んだ。都は考え込んでいた。
「納得できないか」
「うん・・・第二の事件で岸下さんが殺された位置が、かなり不自然なんだよ。死体の状況から考えてあの状態で岸下さんの顔面を銃撃するとなると、かなり無理な感じで岸下さんと壁との間に割り込んで撃たないといけない。それに佐野君はこの水没地点あたりに逃げて震えていたんだよ。って事は犯人は暗い坑道の中を私たちのすぐ近くに潜んでいたことになる。みんなが好き勝手逃げていたのに誰も第三者に遭遇していないなんて変だよ。いくら真っ暗って言ってもさ」
「その点は私も同感だ」長川は水面の方を見た。
「あの殺人現場は不審すぎる。多分何かトリックがあるぞ。都、第二の事件の時の全員のアリバイは・・・?」
都は長川の問いに頷いた。
「私と結城君と勝馬君は岸下さんの死体へ通じるルートにいた。だからそれより手前の東山明華さんと殺された松崎さんは犯行は不可能。あとのみんなはずっと同じ場所に留まっていた瑠奈ちゃん、千尋ちゃん以外は犯行現場まで行けるループの上にいたから犯行自体は可能かもしれないけど、でも長川警部の言ったように全く別の猟銃が犯行に使われて、それがこの洞窟の中からは見つかっていないんでしょう」
「ああ、だから結局この洞窟空間にいる全員に犯行は不可能ってことになるんだけど」
長川警部は都の傍に座り込んだ。
「私の考えだと、犯人は私たちの中にいる…。そして坑道の中に猟銃を隠したトリックが存在するんだよ」
都の目が水面の光の反射に煌めいた。
 
 島から警察の警備艇が出発・・・。藪原千尋と愉快な仲間たち一行は無事島から生きて出ることが出来た。
「都ちゃーーーん」
波に揺れる警備艇のデッキで警察に毛布を着せられた澪梨が都に抱きついた。
「良かったよ。都ちゃん殺されていなくて・・・。私の幻覚の中で都ちゃんはロリコン骸骨にあんな事やこんな事されていたんだから」
「ほ、ほえええええええ」都が飛び上がる。
「これから警察に事情聴取か」
勝馬はくあああああと猫みたいにあくびをした。
「カツ丼でないかなぁ」
ぐーーーーーー、都のお腹が鳴った。
「結城君・・・お腹すいちゃったよ」
「本土に着くまで待っとれ」
「あ、ポッキーならありますよ」
勝馬がポッキーを取り出した。「都さんがくれたものです・・・持っていたの忘れちゃって」
勝馬くーーーーーーん」
千尋が凄まじい怒りのオーラを出しながら勝馬に言った。
「そういうものは非常時に思い出そうね。今思い出しても意味ないでしょう!」
「探検部ってすごいね」咲良がドタバタコメディを見てクスクス笑った。
「外部から見ている分には・・・・中だと疲れるぞ」結城は唸った。
「ごめん・・・・」佐野がうずくまりながら結城に言った。「心配かけて・・・・俺何もできなかった・・・・ダメだなぁ」
「次に活かせばいいさ」
結城は言った。
「私の番よ・・・今度は私の番よ・・・・」
爪を噛みながらブツブツ言い続ける大人チームでは数少ない生き残りの東山明華を、田口葉空が物凄い形相で見つめている。
「ほら、都・・・・」
千尋がポッキーを1本、都に渡した。
「全く、もっと早く思い出してくれればいいのに。今非常食食べても何の意味もないのに・・・非常食が非常食じゃなくてただのポッキーになっちゃうよ」
千尋の言葉を聞いていた都の表情が変化した。
千尋ちゃん・・・・・そうだよ。非常食は非常時に食べるものなんだよ・・・・非常食に食べなければ非常食じゃないんだよ!」
「だよねーーーー」のんびり答えた千尋は都の表情を見て目が覚めた。彼女の顔は事件の謎を再構築して完璧に組み立てた顔をしていた。第一の殺人のアリバイの謎、第二の殺人の銃殺事件の不可思議・・・・そしてその直後にある人物が口走った不可思議な発言。
「都?」瑠奈が都の表情を見て、緊張した声を上げた。
「まさか都・・・お前・・・・」結城が目を丸くする。
「犯人も真実も一本の線につながった・・・・」都の目は力強かった。
 
-あとひとり・・・・あと一人だ・・・・
警備艇の上で黒い影は思案していた。-あと一人、死ななくてはいけない・・・・。
 
「待たせたね」とドアから入ってきたのは長川。
磯原警察署の会議室で、事情聴取のために呼ばれたのは都、結城、瑠奈、勝馬千尋、秋菜、澪梨、咲良、佐野、田口、瞳、犬ちんこ事小谷寛郎、東山明華が集まっていた。
「今回の事件、本当に思い出したくないだろうけど、今一番知らなければいけないのは田口君・・・君のお兄さんについてだ」
田口はみんなの視線の前で下を向いてしまった。
「君のお兄さん、田口優さんは渡辺アミューズメントの従業員だった・・・。彼は勤務先で住み込みを命じられてそこで虐待死されられている。一切給料を与えない経済虐待、寮に監禁され身体的暴力を受け続ける身体的虐待・・・。彼にはアスペルガー症候群などが見られ、その枠で入ったようだが、実際はその特性ゆえに労働虐待の標的にされていた。彼が脱走したとき、職親である渡辺社長は警察に被害届を出し、警察は運転免許更新にやってきた彼を渡辺社長に報告、彼は連れ戻された・・・。彼が虐待死した時・・・警察は彼を保護しなかった責任を追及されるのを恐れて傷害致死では不起訴処分とした・・・」
アスペルガーだからですよ」
田口はそっぽを向きながら言った。
「兄はもともと小学生の頃から自分を傷つけてしまう性格でしたからね・・・。職場でもも犬ちんこさんみたいに豚の真似をさせられていた。豚の真似をして喜ぶような人間が虐待で死ぬとは思えない・・・自分で自分を傷つけた結果勝手に死んだと警察は判断したんですよ・・・で、今度はもっともらしい動機がある人間を疑っているんですか。俺を・・・」
「捜査の根幹に関わる事だからね」聞かなければいけないと思っている。
「田口君」都は言った。
「長川警部は田口君のお兄さんのことをちゃんと捜査しなかった人たちとは違う・・・。ちゃんと田口君のお兄さんの事も正面からしっかり扱う警部さんだよ」
「冗談じゃないわ!」
明華が絶叫した。
「私たちがあの豚ちんこを虐待ですって? 冗談じゃないわ! あいつは頭がおかしくて自分から氷水の風呂に潜ったり他の従業員と殴り合いのボクシングをしていたのよ」
「自分で工場のロープに手を縛り付けて踏み台もなくぶら下がった状態でゴルフクラブで自分を叩いたのですか。随分とエクストリームですね」
小谷が鼻で笑った。「僕は見ていたんですよ・・・社長が田口さんのお兄さんを虐待するところを・・・」
「刑事さん」田口が言った。
「刑事裁判には一度不起訴になった事件を再度有罪になんて出来ないって法律があるでしょう・・・。正面から向き合ったって・・・うちのお兄さんを殺した罪でこいつらは罰せられない。されたとしても、上司が部下を暴行死させても執行猶予や罰金で済んでしまっていますよね・・・。この国は目下の人への暴力には甘いんだ」
田口はそっぽを向いた。
「田口君・・・明日、お兄さんが勤めていた会社に搜索が入るはずだ。渡辺社長のした事は世間に白日になる。社会は反省することになるはずだ」
「反省したって・・・田口君のお兄ちゃんは帰ってこないよ!」
佐藤瞳が立ち上がって長川警部に叫んだ。
 この会議室の中にいる御木々島坑道連続殺人事件の犯人はこう考えていた。
 
-警察は動機も調べていたか・・・。早く東山明華に死の鉄槌を下さなければならない・・・。全ては優君の為に・・・・。優君の尊厳のために・・・。
 
「これでよかったのか」
長川警部はやりきれないというようにため息をついて誰もいない取調室で都に言った。
「これで大丈夫・・・。あの島の連続殺人の犯人は絶対に動く・・・。最後の殺人を実行するために・・・」都は頷いた。
(ごめん、田口君・・・)
 
 東山明華は警察署での事情聴取から解放されると、真っ直ぐに自宅となっている渡辺社長の家へと向かった。明華は警察が家宅捜索する前になんとしてもやらなければいけない事があったのだ。彼女は社長室に入ると、金庫から大量の現金を取り出し、それをボストンバックに入れた。そして、隣接する従業員の寮に向かった。明華は手に斧を持っていた。冷徹な殺人者の顔・・・殺人を犯したおぞましい顔でゆっくり階段を登って従業員の寮に向かった。だがそれは寮とは名ばかりの監禁部屋だった。そこには鎖で拘束された従業員がいるはずだった。だが扉を開けると鎖は既に断ち切られ、部屋には誰もいなかった。餌として利用されていたドッグフードが袋から散らばっている。
 その様子を見て東山明華は恐怖した・・・。どういう事だ・・・。なぜ誰もいないのか・・・。社会からも見放され人間としての尊厳も放棄させられた存在を助ける人間などいるものか・・・。第一、彼らはこの会社の従業員の虐待や殺害の事実を知っている・・・・。まさか・・・・。東山明華の額から冷や汗が流れた。
 黒い影がゆっくりとプレハブの階段を登ってきた。その人物は考えていた。-この殺人事件は終わってなどいない・・・。あと一人死ななければいけない人間がいる・・・。東山明華という最後の犠牲者が・・・・。
 部屋の前に呆然となっている東山明華の前に、その人物が立ちふさがった。
「お、お前は・・・・」
明華の表情が恐怖に歪んだ。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
さぁ、全ての手がかりは提示されました。
犯人は第三者ではなく、都と無人島で行動を共にした人間の内、探検部や秋菜ちゃん以外の7人の中にいます。
全員に何かしらアリバイがありますが、是非そのアリバイを崩して見せてください。
 
・佐野浩史(16)常総高校1年
・田口葉空(15)常総高校1年
・宮崎咲良(15)常総高校1年
・菅城澪梨(15)時和高校1年
・佐藤瞳(16)キャンプ場高校生ガイド
渡辺康幸(52)渡辺アミューズメント社長
・東山明華(24)愛人
松崎勘太郎(28)従業員
岸下保(28)従業員
・小森寛郎(26)犬ちんこ
 
 

暗黒空間殺人事件2 事件編

暗黒空間殺人事件(事件編)
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【容疑者】
・佐野浩史(16)常総高校1年
・田口葉空(15)常総高校1年
・宮崎咲良(15)常総高校1年
・菅城澪梨(15)時和高校1年
・佐藤瞳(16)キャンプ場高校生ガイド
渡辺康幸(52)渡辺アミューズメント社長
・東山明華(24)愛人
・松崎勘太郎(28)従業員
・岸下保(28)従業員
・犬ちんこ(?)
 
3
 
「何をやってるんだ」
勝馬が大声を上げた。
「大至急救急隊を呼ばないと! お前ら携帯電話は持っているか?」
「ああ・・・だが、この島は圏外だ」と渡辺アミューズメント従業員の松崎勘太郎
「無線とかは持ってねえのか」と結城が聞くと、「そんなものは持っていない」と岸下が首を振った。
「確か佐藤が持っていたはずだ。勝馬・・・佐藤を呼んで来てくれ」
「私ならここに」
佐藤瞳が胸を押さえて息を切らした。全力疾走でここに来たらしい。
「無線機は!」
「テントの中!」
佐藤はテントの中に菅城澪梨、宮崎咲良とともに入って、そして「きゃっ」と声を上げた。
「どうしたんですか?」
テントの中を勝馬が覗くと、想像を絶する光景が広がっていた。いつの間にかテントがナイフで切り裂かれ、荷物がズタズタに切り裂かれていたのだ。
「無線が・・・無線が壊されている」瞳が口を押さえてショックで震えていた。
「どうすれば・・・どうすればいいの?」
「迎えのボートは明後日だろう?」
佐野浩史が声を上げる。
「そんなに待っていたら、あの人死んじゃう・・・・」宮崎咲良は真っ青な顔で震えた。
「一体誰がそんな事・・・」
菅城澪梨は信じられないというように口元を押さえた。
「事態は一刻を争うというのに・・・・」
「残念だが、もう手遅れだ」
結城は澪梨のすぐ背後でため息をついた。
「渡辺社長は死んだよ」
「あ、あなたぁあああああああああああああああああ」
絶叫するのは愛人だった東山明華だった。
「なんてこった・・・」と勝馬
「岸下さん」結城は真っ青になっているロン毛の従業員、岸下保を見た。岸下はひっと声を上げて答えられないが、後ろから松崎が「私が答えよう・・・」と名乗り出た。
「社長が銃で撃たれた20時46分だった。酒が入って眠った社長を20時45分に起こすことになっていたからな・・・。社長を起こしてテントの外に連れ出した直後に、森から銃撃されたんだ」
「銃撃したのは?」
「骸骨の兵隊だった」松崎が言った。
「勿論、骸骨の模様が浮き出る仮面か何かをかぶった男だとは思うがね」
「俺も見たよ、その男は」
岸下が言った。
「間違いなく骸骨の男だった」
「なるほど・・・」
結城は思案した。
「俺たちが銃声を聞いたのも大体8時45分前後・・・この時俺たちのメンバーは全員天体観測をしていたし、あのワンピースの女性と髭の男・・・彼は」
犬チンコって呼んでくれ」
岸下が言った。
「犬ちんこ?」
訝しげな結城。
「あいつは人間をやめて生活しているんだ。だから犬ちんこって呼ぶのが正しいんだよ」と松崎。
「まぁ、じゃぁ、Aさんと呼ぶぞ。Aさんは俺と天体観測地点からすぐ近くの森で出会っている。犯行現場のこのキャンプ場から天体観測地点までは15分はかかるから・・・犯行は不可能だ」
「つまり俺たちに全員アリバイがあるってことか?」
田口葉空が結城に聞く。
「待てよ」勝馬がわざとらしく思案した。
「銃声の音がラジカセだとすれば、犯行時間を錯覚させてアリバイを確保することも」
「無理だよ」
結城はため息をついた。
「だって、松崎さん岸下さんは同時に森から出てきた怪人物に社長が撃たれるのを目撃しているんだ。時間も20時46分。俺らが銃声を聞いた時間と完全に一致する」
「う」と勝馬
「結城君・・・・」瑠奈と秋菜が声を上げる。
 2人は犬ちんこを連れてキャンプ場にようやくたどり着いていた。
「どうしたんだ」
「この人怪我をしているみたいで・・・山を辛そうに歩いていたから」
と瑠奈。
「ちょっと見せてみろ」
勝馬が何かを察したように犬ちんこの汚れたズボンを捲り上げた。そこには古い銃槍の痕跡があった。
「あんたら!」
勝馬が鬼のような形相で岸下と松崎を見つめた。
「まさか昼間あなたたちが追い回していたのって」
澪梨が端正な顔を戦慄させる。
「冗談じゃねえよ。この傷は古いだろう。あいつがずいぶん前に猟銃で自分の足をぶち抜いたからな。犬くらいの知能しかないし、当然だよな」
「わんわん」犬ちんこが声を出す。
「あんまりふざけたこと抜かすなよ」
結城が怒りに震えて松崎に向かっていくが、松崎は突然猟銃を結城に向けた。
「なんだ・・・やるのか?」
その展開に咲良が「ひっ」と声を上げる。
「お前こそなんだ・・・。こいつで俺を殺すのか」
結城は言った。
「やれるもんならやれよ・・・」
「やらないと思っているのかよ」岸下が結城の即頭部に銃口を押し付ける。
「俺たちは人を殺したこともあるんだぞ。お前みたいなクソガキを・・・」
「やめろ」
松崎がわれに帰ったかのように声を上げる。
「それってさっき社長を殺したってことかな」都が目をぱちくりさせる。
「馬鹿な。もう2年も前だよ。それにその件では俺たちは不起訴処分になっている。つまり何の罰も受けない。ですよねぇ、お局様」
「ええ」
明華が地面に這いつくばる犬ちんこを蹴りながら笑う。
「あの男はこの犬チンコみたいな人並み以下のクズよ。人並み以下を殺したくらいで警察はわざわざ捕まえに来たりはしないわ。それにあいつは殺された方が幸せだったのよ。どうせこの先も生きていても仕方がない存在なんだし」
明華の冷徹な声で話す横で、田口葉空は歯ぎしりしながら耐え難いものを耐えるかのように肩を震わせていた。
「やめなさいよ」
秋菜が明華を突き飛ばす。
「何よ・・・またぶっ叩かれたいの?」
明華が凄むと、それを結城と勝馬が取り囲んだ。
「ワレぇ・・・・お前・・・秋菜になにかしたのか」
「野郎ぶっ殺してやろうか」
「2人ともやめて・・・」秋菜が低い声で言った。
「喧嘩になったら今度は私が顔面側頭蹴り入れるから」
「蒸気抜きにすんぞ。変態エロババァ」勝馬が明華に凄む。
「お、結城君もナニカされたんだ」千尋が目を輝かせる。
「コホン」瑠奈が咳払いをした。
「話がややこしくなりそうだし。今日はもう寝ましょう・・・。それに」
瑠奈はずたずたにされたテントを見た。
「私たちはその殺人者に島に閉じ込められたのよ。今後のことを考えないとダメだわ」
「瑠奈ちゃんの言うとおりね」澪梨が小さくため息をついた。
「私たちはこんなところに閉じ込められた。犯人はまだ殺人を繰り返す気よ」
「冗談じゃない」
松崎は言った。
「明日になったら山狩りをしてやる・・・」
「さて」
結城はため息をついてから、
「さっきから空気が薄い都ちゃん・・・何かわかったかな」
と結城は都に言った。
「全然わからない」
都は目をぱちくりさせ、結城はガクッとなった。
「おいおい」
「私はこの島に別の誰かがいて、その人が渡辺社長を殺したとしか思えない・・・だって全員にアリバイがあるもんね」
「そうかぁ」
千尋が頭をポリポリ掻いた。
「なんか、大変なキャンプになっちゃったね」
瑠奈が悲しそうな声で言った。「せっかくみんな楽しみにしてたのに」
「でもどうするんだよ」
佐野が声を上げる。「相手猟銃を持っているんだろう。こんなところにキャンプを張って、それで銃撃でもされたらどうするんだよ。キャンプをズタズタにするような人間だぞ」
「確かにな・・・」
結城は声を上げた。
「ここだと遮るものはないから、寝ている間に銃撃されたら終わりだ」
「安心しろ」
松崎が荷物をまとめながら言った。「この先に炭鉱跡があっただろう。あそこの地下空間にビバークすれば大丈夫だ」
「確かに、あそこなら出入り口はひとつしかない・・・。犯人が外から襲撃できる場所は限られている。つまりそこだけを中から固めれば、銃撃犯を撃退できる・・・」
「なるほど」
田口が感心したように言った。
「そういうわけだから、死にたくない奴は俺たちの後についてくるんだ」
「私はついて行くわ!」明華が声を震わせた。
「怖いわよ。森の中に銃撃犯が潜んでいるなんて・・・お願い・・・私を連れてって」
「私たちもいいですか」
澪梨が手を挙げる。「テントの荷物みたいにずたずたにされるの・・・怖いし・・・」
「師匠はどうします?」
秋菜が都に聞いた。だが都は怖い顔をして考え込んでいる。
「お前・・・この事件、本当は何かわかっているだろう」
結城は小声で聞いた。
「この事件、考えられるパターンは2つ」
都も小声で言った。
「一つは本当に森の中に犯人が居る可能性。この場合、キャンプ場にいるよりは炭鉱の穴に行ったほうがまだ安全だと思う。二つ目はあの松崎と岸下がグルの場合だよ」
「なんだって?」
「2人がグルの場合、森の中から第三者が銃撃したという証言は互のアリバイを作るためのデタラメって事になっちゃう・・・。その場合あの人たちは銃を持っている・・・。一緒に穴に入ったら人質にされちゃうかも知れない」
都は言った。
「確かに・・・あの2人のアリバイは2人がグルだったら意味のないアリバイだよな・・・だからお前さっき何もわからないふりをしていたのか・・・。銃を持っているあいつらが凶暴化しないように」
「どっちにするか・・・究極の選択ですね」
と秋菜。
「まぁ、あの2人が殺人者だった場合、多分無差別殺人じゃないだろうから、無関係な俺たちが狙われる可能性は低いと思う。でも得体の知れない第三者が森に潜んでいたとすれば・・・」
「絶海の孤島は無差別殺人にはうってつけだよね。多分犯人はまだ殺人をやる目的で無線機を壊したんだよ」
都は言った。
「となると、やはり森の中に犯人が居る可能性が高いか」
結城は言った。
 
 結局全員で炭鉱の穴に入ることが決定した。夜の炭鉱は物凄く不気味だった。
ラピュタも夜は怖いんだろうな」
千尋はため息をついた。
「ここだ」
松崎が巨大な南京錠で封鎖された赤い鉄の扉を銃撃する。南京錠が吹っ飛ぶと鎖がジャラジャラと落ちた。
「この中に入っちゃえば、銃撃者は手出しできないってわけか。なるほど」
佐野が感心したように言う。
「お前ら手伝え」
松崎が指示を出して巨大な鉄の扉をこじ開けていく。耳障りな音がするので女の子たちは耳をふさいでいたが、結城、勝馬、佐野、松崎が力を合わせてなんとか扉を開けた。
「よーし、お前らから入れ」
松崎が指示を出す。結城はため息をついて懐中電灯で内部を照らす・・・。
「俺たち川口探検隊♫」鼻歌を歌う結城。その腕を掴むのは島都だ。
 坑道内部は一部コンクリートで補強されているがこの先はむき出しの岩盤だった。
「気をつけてよ」
都は言った。
「坑道はエレベーターが撤去されて落とし穴状態になった穴とかがあるから・・・落っこちたら、うわああああああだよ」
「足元を照らして進め・・・自信がなければ俺の後ろでムカデみたいに進めばいい」
「(>Д<)ゝ”了解!」
千尋が都にすがりつく。その後ろに秋菜、澪梨、咲良、瑠奈、勝馬、佐野、田口、瞳がひっつく。
「わ、私も・・・」
明華が瞳にすがりついた。
「気をつけろ」
結城が声を上げた。
「この先45度くらいの急斜面になっている」
結城が奥を照らす。ぐにゃぐにゃになったレールやなんかが散らばっている。斜面は岩と礫が入り混じっており、気をつけて降れば降れないこともない。
「ここからムカデコースは危険だ」
結城は言った。「各自気をつけて降りよう」
「大丈夫ですか・・・瑠奈さん」
勝馬が声をかけた。
勝馬君・・・大丈夫だけど・・・・私の胸、後ろから掴まないで欲しいかな・・・」瑠奈はちょっと笑った。「痛い」
「うわぁああああああ、ごめんなさい」
勝馬はあわててジャケットで両手を拭いた。「ほらほらほらほら、これで大丈夫」
「きゃっ」
すっ転んだ澪梨を、結城があわてて受け止める。
「ほら、大丈夫だ」田口が瞳の手を取ってゆっくり降りていく。
 やがて一同は平らなところに出た。懐中電灯を照らすと休憩所になっているようだ。炭鉱には地下に郵便局や会社の出張所があったりする。あるいはケーブルトロッコがあった時の電気設備か・・・。
 埃にまみれた壁に炭鉱図が書かれている。
「こりゃ、迷路だな」
結城は唸った。結城は迷路のような坑道図を見渡しながらため息をついた。その時、最後尾の松崎と岸下が猟銃片手に降りてきた。
「全員無事か?」
「Aさんは?」
千尋が訝しげに声をかける。
「犬ちんこ? あいつは外に出したよ」
岸下がへへへへと笑う。
「だってあいつ臭いし臭うだろ」
「何やってるんだ!」
結城ははじかれたように斜坑を再び登り始めた。勝馬や佐野も後に続く。埃まみれになって鉄の扉のところまで来ると、
「Aさん、Aさん」
と結城と勝馬は鉄の扉を開けようとするが、全く動かない・・・。その時だった。
「くくくくくく。これでお前たちは全員あの世行きだ」
と犬ちんこの声が聞こえてきた。
「僕を犬扱いしやがって・・・でもこんなに簡単に復讐の機会がやってくるとは思わなかったよ・・・・」憎悪に満ちた声。
「つっかえ棒か」
結城は唸った。
「犬ちんこてめぇえええええええええ」
後からやってきた松崎が大声で鉄の扉をたたくが、
「もうこの扉は開かないよ。ふふふふふふふ。僕は外の世界で自由に生きるんだ。やってきた漁船には別のボートで帰ったって言っておくよ。ひひひひひひ」
「冗談だろう・・・・」
勝馬は声を上げた。「俺たちは完全に坑道に閉じ込められた」
 
4
 
「クソッ、あの犬!」
明華が憎悪の声を上げる。
「俺たちまで巻き添えにするなんて」田口が絶望したように座り込む。
「ねぇ・・・懐中電灯の電池が切れたら私たち・・・一生真っ暗じゃない?」
澪梨がパニックになって叫ぶ。
「澪梨ちゃん・・・それは大丈夫・・・」
都は目をぱちくりさせた。「だって私の懐中電灯はこうやってレバーを回せば発電されて電気はつくから」
「探検部のガジェットよ」千尋は言った。
「食料と水はとりあえずたくさんはあるけど・・・」
瑠奈は結城を見た。
「ああ、俺たちが帰ってこないと騒ぎになればこの島にも捜索は来るだろう。鍵がぶち破られているのを見ればこの坑道にも調査は入るだろうから・・・。とすれば帰るのが明後日+2日と見れば、大体今から100時間はここに閉じ込められることを覚悟したほうがいいな」
「約4日・・・」
佐野が絶望的な声を上げる。
「冗談じゃないぜ。なんで俺たち無人島の海と空で楽しくアバンチュールを過ごすはずだったのに・・・こんな目に」佐野がべそをかきはじめる。
「全部あんたらのせいだからな」
佐野が立ち上がった時だった。突然松崎が佐野に銃で殴り倒された。
「ちょっと何をするのよ!」
秋菜が声を上げたが結城は止めた。
「寄せ、秋菜・・・」
結城は言った。
「こいつらは銃を持っている。閉鎖された地下空間ではこいつらが事実上支配者だ」
「よくわかっているなぁ。結城君」
岸下はヘラヘラ笑った。その表情はまさに世界をジャックしたようなテロリストの形相そのものだった。
「お前ら、今すぐリュックを全部よこせ。食料と水は全部俺たちが一括で管理する」
「なんでお前らに」
勝馬がぼやいたとき、岸下はズドンと天井に猟銃を発射した。耳を引き裂くような音がしたかと思うと跳弾で勝馬の頬が引き裂かれた。「きゃぁああっ」と女の子が悲鳴を上げてうずくまる。
「緊急避難だよ。これも・・・・俺たちは危機的状況に置かれた・・・。だからお前らを殺したとしても罪に問われるわけがない」
「あんだと」
勝馬が立ち上がると、田口は「よせ! こいつらは本当に人を殺せるやつだ!」と叫んだ。
勝馬君・・・・」
瑠奈が勝馬の手を握って厳しい表情で首を横に振った。
「ち」
勝馬は座り込んだ。都は田口の方を見た。
 リュックサックの食料は全て松崎、岸下、そして明華の手に渡った。
「私は勿論、君臨する側よね」
明華はニタニタ笑う。
「勿論ですよ。あなたは渡辺社長の金庫の暗証番号を知っているんだ。あなたはVIP扱いですよ」
「当然よ」
明華は笑った。
「けっ、今まで酷いいじめをしていたやつに逆襲されて暗いところに閉じ込められた分際で支配者気取りかよ。いい気なもんだ」
「そんな事を言う君の頭を吹っ飛ばしてもいいんだぞ」
松崎が冷血動物のような残忍な表情で勝馬に銃を向ける。
「お前たちは奥の坑道だ」
岸下が銃口指図する。だが彼は次の瞬間、こいつは瑠奈の手を取った。
「くくくく、瑠奈ちゃんだっけ? 君可愛いねぇ」
「どうも」瑠奈はそっけなく言った。
「瑠奈ちゃーん。俺は瑠奈ちゃんが俺らと遊んでくれるんなら食料をいくらでもあげようと思うんだけど。こっち側に来ない? 俺らいろいろ気持ちいいテクニックをしってるから。どんな何も知らない女の子もすっごく淫乱にしちゃう楽しいテクニックだよ」
「結構です。それに強姦で緊急避難が成立するなんてありえませんから」
瑠奈はそう言って手を振り払って歩いて行った。だがすぐに都に抱き抱えられた。
「都・・・すごく気持ち悪い」
「大丈夫だよ」都は瑠奈の背中を撫でてあげた。
「クソッ」
その様子を見て結城は歯ぎしりした。
 
 図面によるとこの先に少し広くなった休めるところがあった。壊れたトロッコが停車している。
「散々なアバンチュールだな」
田口が自嘲気味に言った。
「暗い・・・狭い・・・・俺はこういうところ嫌なんだ」佐野が膝を抱えて泣き声を上げる。「犬ちんこの野郎!」
「あの人にしてみれば、今が唯一自分がいじめから解放される瞬間だったのかもね」
咲良が沈んだ声で言った。
「だからって、俺たちまで巻き込むことないじゃないか・・・・。くそおおおおおおおおお」佐野が泣き叫ぶ。
「私はとりあえず生きて帰るよ。そしてこの体験談をアンビリーバボーと仰天ニュースに売り込む。そして最強のユーチューバーになるから!」
澪梨が屈託のない笑顔で笑って千尋は「それでこそ歌い手よ」とこぶしを突き合わせた。
「都・・・瑠奈は・・・・」
千尋がため息をついた。都は
「大丈夫・・・。誰だって怖いから」と座り込んで両手を覆っている瑠奈の背中をさすった。いつもニコニコ探検部を引っ張ってきた良心のこの状態に、事態のやばさが浮き彫りになってくる。
勝馬・・・ちっと小便に付き合ってくれ」
結城は立ち上がった。
「なんだよ。一人でいけないのかよ」
「小便中に会いたくない奴がいてな」結城はため息混じりいった。「しょうがねえなぁ」と勝馬も立ち上がる。
「あまり遠くへ行かないでくださいね・・・迷子になったら大変ですから」と瞳。
「へい」結城は立ち上がった。
 
 2人で坑道のトイレに連れションする結城。
「犯人はあの犬ちんこなのかねぇ」
勝馬
「いや、あいつは銃撃事件の間に俺と一緒にいたからアリバイがある。あのワンピースの女も同じ。俺たちは全員天体観測・・・仮に松崎と岸下がグルだったとしたらあいつらにはアリバイはないってことになるが、それ以外の全員にはアリバイがあるんだ。つまり、可能性としてはあいつらが犯人の可能性と、別に第三者がいるって事になる」
「別の第三者がいるってことは、逆に犬ちんこが危ないってことにもならないか」
「ああ、だがこればっかしはどうしようねえよ」
結城は唸った。
「逆によう・・・殺人者がこの坑道に潜んでいるって事は考えられないか?」
勝馬
「それはないだろう。扉には厳重に錠前がかかっていたんだ。誰かが中にいて外側から鍵をかけるなんて出来るわけがねぇ」
「それは犯人が一人だった場合だよね」
都は横で目をぱちくりさせて、結城と勝馬は「おああああああああああ」と声を上げてあわててしまうべきものをしまった。
「あああああ、出している最中にしまっちゃった」
ズボンを濡らしながら勝馬が飛び跳ねる。
「あっ、キタねえなぁ・・・着替えがあるから・・・持ってきてやるよ」
結城が声を上げ、都を促してみんなのいる方へ走り出した。
「全く・・・なんで来るんだよ」
「結城君に立ちションのやり方教えてもらおうと思って」
と都。
「出来るか!」と結城は突っ込んだ。
 
「うううう、都さんの前でなんたる失態・・・・」
坑道の中で勝馬がため息をついた時だった。
「バン!」
突然銃声が聞こえた。
「何だ、今の銃声・・・・」
結城が叫んだとき、きゃぁあああっという女の子の悲鳴が聞こえた。
「クソッ・・・お前ら全員懐中電灯を消せ・・・狙い撃ちにされるぞ」
結城は都を抱えたまま、都の懐中電灯の光を切った。
 静寂が訪れる・・・。誰かの足音が聞こえる。ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ・・・・
(銃撃犯か)
冷や汗が流れる。
 さっきの都の言葉を反芻する・・・。もし銃撃者が2人だったら・・・。ひとりが坑道に入って獲物を待ち伏せ、もうひとりが外から鍵をかける・・・・。それが正しければ・・・。まさか銃撃者は・・・すぐそばに・・・。
「お・・・・・お・・・・・」
狂ったような息遣い・・・・。
「結城ぃいいい。出たっァああああ」
小便を華麗に濡らした勝馬がそこにいた。
「来てくれ・・・。結城・・・・」
電灯に照らされた勝馬の顔は真っ青だ。結城は嫌な予感がした。
 都と結城は勝馬が指し示した方の坑道を進んでいった。そして2分くらいで彼が見たものを理解した。
 死体だった。脳みそを正面からぶち抜かれた岸下保の死体がここにあった。そして岸下の猟銃が消えていたのだ。
「お前ら! お前らが岸下を殺したのかっ」
物凄い鬼のような形相の松崎が猟銃を結城につきつけた。
「冗談じゃねぇ」
結城は喚いた。
「俺らは銃を持っているわけねえだろう」
結城は死体を照らしながら喚いた。
「ついでに言えば俺たちは銃撃があってからずっとこの通路の出入り口側に居た・・・つまり犯人はこの坑道のあっち側にいるって事だ」
結城は喚いた。
「よーし・・・・」
松崎は銃を片手に都と結城を促した。
「お前ら2人で先に行ってもらおうか」
松崎は声を上げた。
 
 都と結城が歩かされている坑道の奥で、猟銃を構えた黒い影が息を殺していた。
 
(つづく)