首狩りトンネル殺人事件 解決編
首狩りトンネル殺人事件 解決編
【容疑者】
・巨摩夏美(16):高校1年
・生田今日子(15):高校1年
・羽根川宣(15):高校1年
・太田一郎(16):高校1年
・有藤英恵(41):民宿オーナー
・高野瑠奈(16):高校1年生
・山本健也(27):カメラマン
・須藤伸(46):AD
・紀藤浩二(44):ディレクター
・浜口萌(26):タレント
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「そう、第二の浜口萌さん殺害事件がトンネルで行われなければ、第三、第四の殺人で犯人のアリバイが成立する事はなかった。何故ならあのトンネルが警察のテープで封鎖される事が、犯人にとって一番大事な事だったんだよ。ところが第二の事件で浜口さんが殺され、山本健也さんにアリバイがない事、浜口さんの殺人が森本議員殺害と同一犯だとほのめかす犯行声明が添付されていたことで、君にとって思いもよらない事が起こったんだよ」
都は犯人が隠れている墓石に一歩近づいた。
「私を悩ませていた疑問、犯行声明文のフォントが3つの事件でバラバラだった理由と山本とカメラマンが殺された事件でアリバイ偽装の余地が全然なかったこと。この2つが導き出した結論は、山本を殺したあの日本刀を持った能面マントが紀藤だったって事だよ」
犯人の目が見開かれる。
「そう、あの事件で私たち全員にアリバイが出来、しかもそのアリバイが偶発的だったのは、紀藤が山本を殺すなんてそれ以外の殺人の犯人である君でさえ予想が出来なかったんだよ。山本が殺された理由は、浜口萌殺害事件の時に紀藤の仲間で唯一アリバイがなかったから。つまり紀藤は連続殺人の犯行声明を知って、森本議員殺害に便乗して自分たちを消そうとしている奴がいて、その人が唯一アリバイのない山本健也さんだと考えたわけだよ。だから2と3枚目の犯行予告のフォントも違っていたんだよ」
都は言った。
「山本さん殺害の時は紀藤さんが偽装したものだけど、その殺人のせいで犯人は急遽第3の犯行声明文を第4に書き換える必要が出てきた。多分別のマシンで打ち込んだせいで犯行声明文のフォントはバラバラになってしまったんだよ。山本さんが首飛ばされる前に致命傷を負っていたのも、すでに紀藤は浜口殺害事件のアリバイがあるから、誰のアリバイも証明する必要がなかったため。そしてその次の事件で紀藤が殺されたわけで、山本殺害犯が紀藤だとは誰も思わなかった…さて、犯人は第四の事件で事前に仕込んでおいたトリックで紀藤殺害の完璧なアリバイを手に入れたわけだけど、この時重大なミスをしたんだよ。その時のミスが私に犯人は君だと気づかせることになった」
都は小さくため息をつく。
「その人は瑠奈ちんと今日子ちゃんに私と太田君はどこへ行ったのか聞いたんだよ。でも私が太田君とトンネル北口で合流したのは君が瑠奈ちんと襲われて気絶した後だった。今まで気絶していた君が太田君がトンネルに近くに来ているなんてわかるはずがない。その時に私はこの事件のトリックと犯人が分かっちゃったんだよ」
都は墓石に向かって声を上げた。
「そうだよね、夏美ちゃん」
犯人巨摩夏美は墓石の後ろで目を見開いた。そして手にした拳銃を背中に隠した。
「ちょっと待ってよ」
夏美はけらけら笑いながら墓石から出てきた。
「私はただ都がここで一人でいるから脅かそうと思って隠れていただけ。それに私は紀藤が殺された事件では完璧なアリバイがあるでしょ。紀藤さんが連れ去られたトンネルには入れないってアリバイが。紀藤さんが都に電話した時、紀藤さんは第一トンネルの北出口にいたんだよね。そしてトンネル南出口の公園で首が見つかった。都と瑠奈と今日子がずっと見張っていたこのトンネルで、私はどうやって誰にも知られずにこのトンネルを出入りできたのさ」
「ううん」
都は首を振った。
「紀藤さんが犯人に襲われて電話したのは第一トンネルの北出口じゃない。もしそうなら紀藤さんは私たちの声を電話ではなく生で聴いているはずなんだよ。私がトンネルの階段から落ちた時、瑠奈ちんが声をかけてくれているのを聞いた。勿論地面に寝転がらされていれば死角になって私たちの姿を見ることはないかもしれない。でも声は確実に聞こえるんだよ。となると紀藤さんは『第一トンネル北出口』なんて言うはずがない。『君らのいるトンネルの中』というに決まっているんだよ。それを言わなかったのはただ一つ、犯人と紀藤さんはあそこにはいなかったんだよ」
「じゃぁなんで紀藤さんは都に自分の居場所をそう教えたのよ」
と夏美。
「その答えは簡単」
都はスマホ写真を翳した。
「トンネル出口から見た風景。目の前に道路と田んぼと川、反対側のトンネル…これ…どこで撮影したと思う?」
「ま、まさか都」
夏美の目が見開かれる。真っ青になって声を震わせていた。
「そう、これは第二トンネルの南出口で撮影したものなんだよ。第一トンネルと第二トンネルは対になっていて、道路、川、反対側のトンネルと似たような景色が見えているから、中から見たんじゃどっちの景色かはぱっと見わからない。勿論トンネルから顔を出せばどっちに海があるかでわかるんだけど。紀藤さんはトンネルの中で身動きが取れなかった。勿論私たちがトンネルの前に立っていれば紀藤も気が付くだろうけど、私たちがいた場所は背中が藪になっていて、第二トンネルからは道路が見えなくなっている。ただ夏美ちゃんは第二トンネルから盗聴器とかで私たちの位置を把握していたんだろうけど。勿論それだけでは紀藤が自分が今いる場所が第一トンネルか第二トンネルかわからないに過ぎない。だけど犯人は紀藤に自分が拉致されているのは第一トンネル北側だと錯覚させるガジェットを手に入れていた。それがこの黄色いテープだよ」
都はテープをうつむく夏美に突き付けた。
「そう…浜口萌さんが第一トンネルで殺害された理由は簡単。警察に黄色いテープで封鎖させるためなんだよ。そうすれば犯人が警察テープを張ったトンネルを、紀藤さんは殺人があった第一トンネルと勝手に認識してくれる。第一トンネル北出口に黄色いテープがなかったのは犯人が破ったんだろうと思ったけど、実は黄色いテープは盗まれて、第二トンネルの南出口に貼られていたんだよ。それを見た紀藤は自分が第一トンネルにいると私たちに知らせて、そして殺されたんだよ」
都にトリックを暴かれて、夏美は何も答えられず下を向いていた。
「ここで注目されるのは瑠奈ちんを誘拐した理由と、瑠奈ちんが白装束だった理由。夏美ちゃんは恐らく瑠奈ちんを誘拐する前に必死で地面を探している瑠奈ちんに注意しながら、隠してあった黒いマントと能面、等身大の自分の服を着せた人形を素早く用意して悲鳴を上げ、瑠奈ちんがこっちを向いたとき、自分と同じ服を着た人形が倒れているのを見せて瑠奈ちゃんを襲った。そのうえで瑠奈ちんを第一トンネルに運んで白装束に着替えさせた。そのうえで南側出口にはあらかじめ同じ白装束の人形を用意しておいたんだよ。でも瑠奈ちんが当日どんな服を着るのかは予想できなかったから、犯人は瑠奈ちんを白装束に着替えさせ、第二トンネルのダミーと同じようにするしかなかったんだよ」
都は小さくため息をつく。
「そのうえで夏美ちゃんは多分ADの名前でも使って紀藤を第一トンネル前に呼び出して」
拳銃を懐に周囲を見回す紀藤の背後に能面の黒マントの怪人が立っていて、紀藤が振り向いた瞬間その首にスタンガンが当てられた。
「気絶した彼を第二トンネルまで運んで縛り上げて、瑠奈ちんの人形と一緒に転がしておいた。そして私たちがトンネル前に探しに来た時を見計らって紀藤さんを起こして電話をかけさせ、彼の口から第一トンネルと言う言葉が出たのを確認してトンネル奥に引きずって電話を切り‥」
「や、やめてくれ…助けてくれ」
恐怖で命乞いをする紀藤の首に斧の刃が載せられる。
「ひいいい」
「青菜の苦しみを思いっきり味わえ」
怪人の能面の向こうから憎しみに満ちた声がした直後、思いっきり斧が踏み抜かれ、紀藤のぐちゃぐちゃな断末魔の声が聞こえた。
「第二トンネルの警察テープをはがすと首だけになった紀藤の死体をビニールに包んでバッグに入れて道路や川を渡って、今まで気絶していたふりをして第一トンネルの私たちと合流した。ただここで瑠奈ちんが誘拐されたもう一つの理由が大きな役割を果たすんだよ」
都は言った。夏美は目を閉じて青空を見た。もう彼女は観念していた。都は言葉をつづける。
「瑠奈ちんは、ただ紀藤に白装束の別の拉致被害者の姿を証言させ、その通り瑠奈ちんが第一トンネルにいることで犯行現場を錯覚させる…その為だけに誘拐されたんじゃない。確実に犯人がトンネル北側を出入りしていないアリバイ証言が必要だった。瑠奈ちんが気絶していれば絶対に誰かが介抱するために一緒にいる。そこに合流することで一本道のトンネルの奥に消えた犯人が自分であり得ないアリバイを作ることが出来るんだよ。人間の首を切断してバッグに詰めて100メートルをダッシュするタイムラグが出来ちゃうからね。そして私とトンネルで合流して公園の中を探した。公園にあらかじめ仕掛けてあった仮面と犯行声明は、太田君や私と一緒に川を渡る口実を作る重要なガジェットだった。トンネル北側、第一トンネルと第二トンネルの間には川が流れているんだよ。いくら夏美ちゃんが力持ちでも紀藤を持ち上げて川を飛び越えるなんて出来ない。絶対川に濡れて引きずったはずなんだよ。勿論第二トンネルの前に紀藤を呼び出せば川にぬれずに済むんだろうけど、トリックの性質上彼に自分がいる場所は第二トンネルかもと少しでも思わせる呼び出しを夏美ちゃんが使うわけがない」
「第二トンネルを調べたって事は」
夏美が力ない声で言った。
「見つけたよ。陳川警部と。瑠奈ちんに見せかけた人形と瑠奈ちんの衣服。そして首のない紀藤の死体をね…。徹底して鑑識が調べれば夏美ちゃんの指紋とかも絶対出るはずだよ」
都は声をかすれさせた。
「だから夏美ちゃん…その前に一緒に警察に行こ。自首すれば罪はちょっとでも軽くなるよ」
「もう。遅いよ…都」
夏美は濁った淀んだ目で都を見ながら、手にした拳銃を自分の喉に向けた。
「な、夏美ちゃん!」
「ここで須藤を殺したら…私が6人目の犠牲者になるつもりだった…だって耐えられないよ…青菜を殺した憎しみを背負うのも…私自身が人を殺した罪を背負うのも…」
壊れた巨摩夏美の笑顔の目から涙が零れ落ちた。
8
「夏美ちゃん…これ」
都が真剣な表情で銃を両手で持って震えている夏美を見る。
「紀藤を殺した時に奴が持っていた本物。何でこんなものを持っていたのかは知らないけど‥。それだけじゃない。浜口萌も都の言う通り殺してやった。首を刃物でスパンしてやったら汚い悲鳴を上げてトンネルの中でもがき苦しんで、見物だった。本当は森本も山本もこの手で殺してやりたかった。そう、全部都の推理通りだよ。紀藤と浜口を殺したのは私…青菜の命を、大切な夢を奪ったあいつらに‥‥青菜の苦しみを味合わせてやったのよ」
激しい激情に夏美は震えた。
「夏美ちゃん…」
「来ないで!」
夏美は銃口を自分の喉に強く押し当てる。
「最後に会った時、私にドナーが見つかったことを教えてくれた時、青菜はね。私に泣いてくれたんよ。私に本当の気持ちを言って泣きついて喚いてくれたんよ!」
夏美の声が震える。
「やっほー、青菜。元気しているかい」
と中学2年生の夏美は中学の制服姿で病室に来た。
「病気しているからここにいるのよ」
「へへへへ。殺しても死ななそうな感じだけどねーーー」
そういいながらお土産をベッドに置く夏美。
「ねぇ、夏美…私…泣いていいかな」
「どうした。急に」
「私のドナー」
青菜の目が輝いた。
「私のドナーが見つかったんだって。今日先生に教えてもらった」
「え、嘘…」
夏美の目が見開かれる。そして次の瞬間青菜に抱き着いた。
「うわぁあああうおおっしゃーーー」
「私大人になれる。高校で恋愛したりバイトしたり結婚したりテニスもできる」
「うおおおおおおおあああああ」
夏美はありったけの力で青菜を抱きしめていたが、ふと青菜が体を震わせていた。
「私怖かった。死ぬのが凄い怖かった。夜になると怖くて怖くて。学校行けるみんなが羨ましくて…悔しかった…そう思っちゃう自分が凄く嫌だった…。ごめん…夏美」
「何言ってるんだよ」
夏美は優しい表情で震える青菜を抱きしめる。
「夏美様の前では無理しなくてもいいんだよ」
「私あの時凄く嬉しかった。青菜が学校に帰ってくることも、青菜が私に自分の気持ちを吐き出してくれたのも、凄く嬉しかった」
夏美は拳銃を自分に突き付けながら朝焼けを見つめる。
「だから青菜が突然死んでしまうなんて、全然信じられなかった。何かの間違いだってずっと思ってた」
山本が「いい絵が取れているぞ」と撮影する中で青菜の棺桶に抱き着いて「行っちゃヤダぁああ」と泣き続ける都の背後で、夏美は心が壊れたように上の空で座っていた。その時、都に縋りついて腰が落ちている有藤英恵を見つめた。
「私は思った。青菜が死んだあとたった一人残されたお母さんを支えようって…だから高校生になったらお母さんの民宿で働くことにしたの。青菜の大好きだった民宿を守って、お母さんの話し相手になれば、青菜も安心するんじゃないかって」
「私はあの時泣いてばかりだった」
都は言った。「でもその間に夏美ちゃんはお母さんの事も考えてくれていたんだね」
「あいつらが『太陽によろしくね』のPVや地元PRをするために民宿に泊まるようになって私らに再会したのは一か月前だった。あいつらは青菜の葬式の悲しむ都とかを嬉しそうに撮影して凄く嫌だったけど、地元や民宿のPRになるなら仕方がないかなと泊めてあげてインタビューにも応じてやった。でも、あいつらは今日子を騙してエロ親父向けの広告に無理やり出演させていた。今日子に相談された私と青菜のお母さんはあいつらが今日子に酷い事をしている証拠を掴むために盗聴器を部屋に仕掛けて、お母さんが仕事している時間に私があいつらの会話の内容を聞いていた。でもそこで聞いた内容は今日子にしたこと以上に最低な事だった」
「馬鹿な奴だぜ。森本の奴。俺らから金揺すろうだなんて。俺は既に一人殺しているって言うのに」
と民宿の部屋で酔っ払って笑う山本。
「本当にあの子も空気読めない子だね。なんであのタイミングでドナーが見つかるの。誰も奇跡の生還なんて望んじゃいないっつうの」
と浜口萌。
「俺たちが強制修正してやったからこそ有名になれたわけで。聖女になってあいつ感謝しているんじゃないの。俺たちが『強制修正』しようとするのを嫌がって、薬飲むのを嫌がって大声出そうとして…どうせ生きていてもろくでもないバカ女になっていただろうしな」
と紀藤監督が下劣な笑いを缶ビール片手に喚いていた。
「冗談じゃありませんよ。あの時も池沼の看護助手の過失に見せかけるのうまくいくかヒヤヒヤだったんですから。おかげで責任問わない代わりに病院にいろいろ嘘ついてもらったんですけど」
と怯える須藤伸に、紀藤浩二はゾッとするような声を上げた。
「俺は生産性のない病気の娘に生産性を与えてやったんだ。命の一つや二つ等価交換しても感謝しきれないくらいの生産性をな」
それを別室で今日子は目を見開いた。
(い、今の…な、何…)
夏美の顔が真っ青になる。頭の中で青菜の最後に会った時の言葉がリフレインする。
―私大人になれる。高校で恋愛したりバイトしたり結婚したりテニスもできる…
―私怖かった。死ぬのが凄い怖かった。夜になると怖くて怖くて。学校行けるみんなが羨ましくて…悔しかった…
青菜が最後に味わったであろう恐怖と苦しみが、夏美の体の中でグルグル回る。
「夏美ちゃん」
心配そうな顔で青菜のお母さんが部屋に入ってきた。
「何か、聞こえたの?」
夏美はにこっと有藤英恵に笑いかけた。
「何も聞こえませんでした」
「そう…」お母さんがちょっと心配そうに扉を閉めた瞬間、夏美は天井を見上げて凄まじい形相で決意した。
(殺してやる! 青菜の味わった苦しみを味合わせてやる!)
「な…夏美ちゃん」
都の声が震える。
「ごめん。都…お母さんのことで大変なのに……」
夏美が声を震わせた。
「あいつらを殺せば何かが変わると思ったけど…憎しみは消えても悔しさは消えなくて…人がいっぱい死んで関係のない人がいっぱい傷ついて…私はとんでもないことをしちゃってた…私はあいつらと同じなんだ。自分の復讐心の為に大勢傷つけてもかまわない。青菜を殺した奴と同じなんだよ」
夏美の指が引き金にかかる。
「ごめん、都」
夏美が目を閉じて、銃声が墓場で響いた。
「み、都・・・・夏美」
坂道下の道路で待っていた瑠奈が顔を上げた。
「行きましょう」
陳川が走り出した。
銃声が何発も響き渡り、それは青菜の墓石に命中した。都は地面に押し倒した夏美の手から倒れた自分の体の力で拳銃を引きはがした。
「こ、これで…拳銃のタマは全部。夏美ちゃんに自殺なんかもうさせないよ…ぐっ」
都は体を丸めた。額には汗がびっしょりである。
「都…都…」
夏美は自分の両手を血が染めているのに気が付いた。
「都! まさかお腹に弾が…」
「大丈夫だよ…ふふふ」都は痛みに顔をしかめながらもにっこり笑った。
「大丈夫じゃない! こんなに血が」
夏美は必死で都のお腹の傷口を押さえた。
「…ごめん…私の身勝手のせいで」
そういう夏美に都は笑いかけた。
「へへへ。いいじゃないの。あいつらを許せない。殺したい。殺してしまった自分が恐ろしい…夏美ちゃん…友達に泣きわめいて欲しいって言っていたけど…本当だね。夏美ちゃんのお腹の気持ちを聞けて嬉しかったよ…私も」
夏美が涙にぬれた目を見開いた。都はにっこり笑って意識を失った。
「都ぉおお。いやだぁあああああ」
夏美が絶叫しているところに、瑠奈と陳川が駆けつけた。
「お嬢おおおおおおおおお」
陳川が熊みたいに絶叫したが、瑠奈は大声で陳川に言った。
「夏美が都を傷つけるわけがない。救急車を呼んで…。夏美」
瑠奈が茫然とする夏美に強い口調で言った。
「救急車が来たら、夏美は都と救急車に乗って。血液型が同じだから、輸血を手伝って!」
瑠奈は夏美に呼び掛けた。
「都を助けられるのは夏美だけなのよ!」
夏美の目に光が戻った。
都の目に入ってきたのは、病院の蛍光灯だった。
「都…良かった…」
今日子と瑠奈の顔が都の視界に入り、後ろでは太田一郎と羽根川亘が抱き合ってガチ泣きしている。
「太田君と羽根川君って…」
都はぼんやり言った。
「そういう関係だったんだ」
「違うわぁ」羽根川が絶叫する。
「はいはい、みんなここ病院…」
瑠奈は手を叩いた。
「ほら、夏美も…都に何か言ってあげて」
都が心配そうに都を見つめながらもどうすればいいのかわからない夏美を見つめる。顔を赤らめて恥ずかしそうにしている夏美には、もう何も取りついていなかった。
「夏美が400も輸血してくれたおかげで、都は助かったのよ」
瑠奈に言われて都は目を見開いた。そして笑顔で「夏美ちゃん、ありがと。私を助けてくれて」と笑った。夏美の目から涙があふれた。
「ごめんなさい。都、瑠奈、みんな…。アリバイの為にみんなを巻き込んでこんなことになって」
夏美は頭を下げた。
「いつもの夏美ちゃんだ。友達の為に体を張って、とても優しい子。良かった、夏美ちゃんが生きていてくれて」
都の笑顔に夏美は目を見開き、そしてもう一度頭を下げた。そして皆を見回した。
「夏美ちゃん。俺の親父の漁船でさぁ、高跳びとかしねえか」
太田が声をかけるのを夏美は首を振った。
「ダメだよ。今の私はやっぱりみんなと心から笑いあっちゃいけない」
「夏美」
今日子が口に両手をやる。夏美は今日子の頭をなでると病室の扉を開けた。陳川警部が外で待っている。
都はその様子を茫然と見ていた。
(私が青菜ちゃんに縋って泣いているときに、夏美ちゃんは青菜ちゃんのお母さんやみんなの事を考えていたんだ)
「刑事さん…私」
「ああ、わかってる」
陳川は申し訳なさそうに、でも彼女の覚悟を読み取るように静かに言った。
「巨摩夏美。浜口萌と紀藤浩二殺害容疑で君を逮捕する。手錠は必要ないから、一緒に署まで来てくれ」
夏美は頷いた。都の目が淀んでいく。
(私があの時、あの時泣いてばかりいなくて、青菜ちゃんの真実を、紀藤達がやったことを暴けていたら。夏美ちゃんがあんな優しい手を血に染めることもなかったのに)
「都! 都!」突然都は夏美の声に我に返った。夏美がにかっとこっちを見て笑っている。
「またな」
都はしばらく目をぱちくりさせた。だが彼女もにっこり笑って「うん、またね」とうなずいた。そして警察に連行される夏美を見送った。
「いいの、会わなくて」
病室の廊下で薮原千尋がベンチで悶々している結城と勝馬を秋菜と一緒に呆れたように見つめる。
「いいんだよ」
結城は唸った。 あの馬鹿娘はお母さんが殺されて大変な時に、青菜や今日子にされた事の苦しみや憎しみ、夏美が背負った十字架まで一緒に背負う決意をしやがった。
「今はあいつらに必要な時間だ。苦しみを共有できる奴らだけの…」
結城は前を見た。
病室では都と瑠奈が抱き合って号泣していた。
おわり