少女探偵失踪事件 導入編
少女探偵失踪事件 導入編
【容疑者】
・栗川東(37):自立支援団体社長
・高川誠(35):自立支援団体重役
・庄司京太郎(31):迷惑系ユーチューバー
・田森慎吾(54):マンション管理会社
・由比貴斗(33):スーパー店長
・魚川聖也(35):大手ゼネコン社員
・魚川春名(22):専業主婦。
・新本舞(18):会社員
・相山輝幸(46):医療センター職員
1
「糞ッ…どうしてこんな事に」
魚川聖也(35)は清潔な背広がしわるのもかまわずに牢獄として使われている倉庫の鉄扉に体当たりした。
ベッドの上で足にアンクレットが装着され、茫然としている小柄な女子高生島都は目をぱちくりさせた。
「ちくしょおおおおおおおおお」
魚川聖也は頭を押さえて妻の名前を呼ぶ。
「春名ぁあああ、春名ぁああああ」
この急転直下な展開には島都も何が起こったのかは理解できなかった。だが魚川聖也もそれは同じだった。
「どうしてこんなことになるんだ。僕はただ君を助けたんだ。自立支援団体の連中に追われている君を」
魚川は頭を抱える。
彼はその日は妻と平凡な日常を過ごしていた。
自宅のベッドの上で眠っている「早く警察に保護してもらいましょう」という妻の春名(22)に対しては
「彼女はあの有名な自立支援団体から逃げていたんだ。警察に連絡したら連れ戻されるだけだ。他にそういう子もいたじゃないか」
と説得して、彼女を匿う事にしたのだ。
だがその判断がこういう結果をもたらした。そう監禁という。
魚川は外にいる妻が心配でならなかった。家に乗り込んできた男の柄の悪い声が聞こえる。
平凡な日常に戻りたい…魚川聖也は必死で祈っていた。
魚川春名(22)は必死で朝日が昇るビニールハウスが点在する畑を逃げていた。夫と少女を監禁した人物の手から必死で逃げ出したのだ。口の中をカラカラにしながら必死で走る。
ここがどこなのかはわからない。だがとにかく県道を探した。県道を探してタクシーを呼んで…春名は恐怖に震える体を必死で動かし、走っていた。
始まりは1か月前に遡る。
都はスーパーマーケットにいた。
「お買い物、お買い物。今日は私が食事当番なんだよ」
島都と言う小柄な少女はそういいながら同級生の高校1年生高野瑠奈に笑顔で笑いかけた。
「都料理出来たんだ。ひょっとして秋菜ちゃんに教えてもらったのかな」
と黒髪ロングの高野瑠奈は都に微笑みかけた。
「ふふふふ。おいしいラーメンを作ってあげようと思ってさ」
都はそういってうす高く積まれたカップラーメンの真ん前で「じゃーん」と笑顔で言って。瑠奈はズッコケた。
「あとは秋菜ちゃんにプリンを買ってあげれば大喜びだよぉ」
幸せそうな顔でレジに並ぶ都。
その時だ。
「レジ袋は3円だぁ」
とチンピラが一番奥の小柄な女の子の店員さんに絡んでいる。
「は、はい…先月から有料に」
「俺は知らねえぞ。ぼった食ってんじゃねえぞ」
と怯える女の子に怒鳴りつけるチンピラ。
「こいつ、嵐が過ぎ去るの待ってやがる。俺らをやり過ごそうとしているぜ」
「舐めてんじゃねえぞ。お前の名前と住所書け。後で家に行ってやるから」
「い、いえ…私は」
怯える女の子の手を摑まえるチンピラ。
「助けてくる」瑠奈が都にトイレットペーパー押し付けて当該レジに向かったその時だった。
「どうしたんだ。新本」
突然チンピラの背後から長身の高校生が声をかけた。
「結城君」
瑠奈が目を見開いた。
「なんだお前」
「この子の彼氏」
結城少年はすごんだ。
「って事はこいつの不始末はお前が償うんだよな。5万で許してやる。払わねえと毎日こいつのレジに仲間を連れて遊びに行ってやる」
「仲間何人いるんだ」
「20人、30人は動かせるぜ」
「うわぁあああ」粋がるチンピラに結城は大げさに驚いて見せる。
「ひょっとしてずっと前に駅前で暴れるネトウヨ政党を叩きのめしたって言う」
「そ、そいつらは俺の舎弟だ。俺が一言呼べば、このスーパーなんざ営業できなくしてやるぜ」
「適当ぬかすなヴォケ。勝馬の奴はあの一件で今日も老人ホームの草むしりだよ」
「ええっ」
チンピラは鬼の形相の結城を見上げた。
「で、5万がどうだって」
竹内力顔をする結城に2人ともエネルみたいにぶっ飛んだ顔をして「ひええええええ」と逃げて行った。
「口ほどにもない奴だ。お、高野。ひょっとして都も来ているか? どうせ今日はカップ麺だろうから卵とニンニクを」
「結城君。都と言う人がいながら」
「ほえ」
結城が目をぱちくりすると、瑠奈の背後でトイレットペーパー抱っこしながら島都がひっくり返った。
その様子を不安そうに見つめるレジ係の新本舞(18)。だがその背後でスーパーの店長の由比貴斗(33)が駆けつけてくる。穏やかそうなどこにでもいるおじさんだった。
「お客様…大丈夫ですか」
「あ、平気です。なんか、別件で何かショックなことがあったみたいですけど」
「左様でしょうか。ではこのご購入の商品は全て無料で差し上げます。あのようなモンスターを追い払ってくれたお礼ですから」
店長はにこにこ笑う。
「え、でもこのお店のお金が」
と慌てる瑠奈に。
「大丈夫ですよ。このお店は日本一安くて豊富なお店。経営はすこぶる順調ですよ」
と店長は笑った。お買い物商品と都をカートに載せてレジを通過する高校生3人を見ながら、由比店長は新本舞にそっと耳打ちをした。
「残念だったなぁ。新本…お前の王子様ともこれでお別れだ。お前はこの店の奴隷。この店の為に働くためだけに存在している奴隷なんだよ」
ドスのきいた低い声だった。
「じゃあねぇー、瑠奈ちん」
都は買い物袋片手に別の道へ向かう瑠奈を見送った。
「はぁ、結城君がまさか恋人と密会していたなんて」
都がしょぼんとした声を出す。
「違うわ! あれは彼女を守るために適当にでっち上げたんだよ」
都の顔がぱっと輝く。
(こいつ、そんなに俺のリア充が嫌なのか)結城は思った。
マンションの前に来た時だった。
「あああっ、熊さんだ」
ゴミ捨て場に捨てられていたクマのぬいぐるみに都は走り寄った。
「うわぁああ、かわいい。ふふふふ。今日から私の家の子だよ。名前は熊君だよ。よろしくねーーー」
都はぎゅうううっとぬいぐるみを抱きしめた。
「おいおい、これちゃんと洗わないと」
結城が近づおうとしたまさにその時だった。
「てってってーーーーー。コラボレーションお願いします。キスしてください。僕とキスしてください」
突然デブの金髪の男が都に向かって突進し、いきなり都に抱き着いた。
「俺コロナなんですよ。コロナだからかわいい女の子のキスが必要なんです。お願いです」
そういうといきなり都のマスクを外して都にキスをした。
次の瞬間、そのカメラ構えた馬鹿の顔面に結城のこぶしがめり込み、見事その男はぶっ飛んで自転車ドミノの起点になった。
「こるぁあああああ、やるのか。ごほほっ」
金髪デブが派手にせき込む。そして
「お前やるのかぁ」と粗暴な声で結城の前でファイティングポーズを取り出した。
「ゴルァ」
その直後だった。そいつの背後で
「結城君に手を出すなぁああ」と小柄な少女がジャンプして植木鉢を金髪デブの後頭部に叩き込んだ。
金髪デブがひっくり返る。直後に結城と都の脳内で火曜サスペンスのBGMが流れた。
「結城君…私」都がサボテンを手にしながら目をウルウルさせる。
「大丈夫。埋めちまえばわからない…じゃねえ、こんぐらいじゃ死なねえよ」
と結城が近寄ろうとした時だった。
「ダメ、近づいちゃ」
と都は手で制して目を回している金髪デブが一応生きていることを確かめた。
「この人コロナに感染しているみたい…って事は私キスしちゃったから感染しちゃったかもしれない」
「とにかく警察だな」
結城はため息をついた。
「もしもし、あのね。南茨城市愛宕のでかいマンション玄関で金髪デブがカメラ持って襲ってきて、いたいけな女の子にキスしやがった。強制わいせつに暴行罪が認められるだろ。現行犯で逮捕してくれ」
「それは出来ません」という110指令室。
「へ?」
「この男は新型コロナウイルスに感染しています。この男を逮捕したら身柄を引き取った警察署が機能を停止するんです」
「なんだって?」結城が信じられないような声を出すが、次の指令室の声はもっと信じられなかった。
「だから放っておいてください」
「なん…だと」
結城は顔をしゅーっとさせた。
―PCR検査が可能な医療センター
「ふ、ふぐおおおおおおおお。ぐおおおおおおおおおおお」
都は防護服を着た人間に鼻の中に長くてデカい器具を突っ込まれた。
「ひぎいい、痛い、痛い、結城君痛い。動かさないでぇええ」
都の悲鳴が壁の向こうから聞こえてくるのを、結城は病院着を着用した状態で目を見開いて顔を真っ赤にした。
「くそ、声がデカいぞ。大声出すなよ。飛沫が飛ぶだろうが。医師を感染させる気かよ」
結城はため息をついた。
「しかし、よく俺らはこんなに早く検査受けられましたね。マンションの前に医療センターの車まで来てくれて。しかも2台も」
「いえ、あのユーチューバーは県単位で要注意人物として監視しているんです。今県知事はあの人物に接触した人間を重点的に検査するように指示は出ています」
「なるほどね」
「今茨城県警の本庁が動き出したから、時期に逮捕されるでしょう」
とマスクを着用した温厚そうな県職員の相山輝幸(46)は言った。
「くそ…都に感染していたらただじゃおかねえ」
結城竜は歯ぎしりする。
「6時間後に検査結果は出来ることになるでしょう。本当は抗体検査の方が負担もなく時間も15分なんですが、抗体検査だとウイルス感染が明らかになるのは感染から2週間程度の時間が必要なんです」
「6時間か」
結城は貧乏ゆすりを始めた。
下着姿になってボロボロになって事務所の床で身を丸める新本舞。
「もう、無理です…やめたいです…」
声を震わせる新本舞の髪の毛を由比店長が掴み上げる。
「やめられないことはお前がよくわかってるよなぁ」
耳元で外道店長の声が響いた。
「お前は前も逃げたが、その時は警察署に助けを求めに行って…でも警察署じゃぁ栗川先生と高川先生に警官はお前はあっさり引き渡したじゃないか。労基署に行ってくださいとか、よく話し合って頑張って今の倍働けば価値のある人間になって、暴力を振るわれないようにしましょうとか。ひひ、あの警察官もいい事を言うなぁ。ひひひ。社会はな、お前らみたいな誰にも愛されないクズの人権が尊重されるなんて望んじゃいないんだよ。ひひひひ。だからお前は一生この店の奴隷として生きるか、死ぬか…それしかねえんだよ。お前の価値は俺に利益をもたらすか。それで全てが決まるんだ。ふひひひひ」
由比店長の気色悪い顔がにーーっと笑った。
由比は絶望にことりと顔を落としながら、ふと自分の為に体を張ってくれた高校生たちの事を思い出した。
舞の瞳に光が戻った。
「貴方は少なくとも検査結果では陰性です」
ビニールの中のベッドで結城は防護服の医師に告げられた。意味深に。
「ただし検査方法が抗原検査だから精度には問題があります。一応、自宅にいて自分がウイルスに感染しているという前提のもとに行動してください」
「しょうがねえか」
結城はため息をついた。
その時だった。スマホが鳴った。都からだった。
「どうだったお前」
結城が聞くと、都の元気のない声が聞こえてきた。
「私…感染しているっぽい」
「マジか」結城竜は目を見開いた。
2
「おやおやどうかされましたか」
『自立支援団体ディベロップ』の事務所。サングラスをかけた代表の栗川東は電話を取った。顧客の一人であるスーパー店長の由比貴斗が焦っている。
「あのアマが逃げやがった」
「アマって…」と栗川が小馬鹿にしたように聞く。
「新本舞だ。たっぷりマニュアルに従って脅したというのに…逃げやがったんだ」
「そうですか」
その後栗川は電話越しに由比店長と話してから、小奇麗な事務所のソファーで寝転がって漫画を読んでいるサングラスの高川誠(35)を足で起こした。
「高川…仕事だ。依頼された様に、あの娘を捕まえるぞ」
その時逃げ出した新本舞は必死で県道の路肩を足を引きずりながら下着を背広で包み隠すようにして歩いて逃げていた。
「ああ、そうだ」
病院前のバイク駐車スペースで結城は妹の結城秋菜に電話を入れた。
「とにかく和室を都専用VIPルームにして隔離するんだ。フェイスガード、ゴム手袋、言ったように準備してくれ。それから」
結城は声を上げた。
「勝馬のおばちゃんがお前を泊めてくれる事になった。え、いやだ? 泣くなよ。お前。今お前が泣いてどうするんだ。わかった。よろしく頼むわ」
結城はため息交じりにスマホの電源を切った。
だがマンションに来た時思いもよらない事態が発生していた。
「あんたたち最低よ!」
秋菜と瑠奈がマンション管理人とステテコやスーツ姿のおっさんたちが大声でいがみ合っている。なぜか玄関先に段ボールとテントセットが置かれている。
「どうしたんだ君たちは」
運転席の相山が声をかける。
「この先は通さないぞ」
マンション管理人の面長の初老の男田森慎吾(53)が大声を出した。
「なんだなんだ」
医療センターの車の背後からバイクに乗った結城が声をかける。
「この娘は今後三週間、このマンションに入ることは許さない」
田森は後部座席の都を指さした。
「このマンションでコロナ患者が出れば、このマンションの資産価値が下がって、何千万円の損害が出るんだよ。お前たち責任が取れるのか」
都は窓越しに喚く男に目をぱちくりさせた。
「キャンプ道具一式と食料を用意してやった。キャンプ場のある公園で生活しろこるぁ」
「何馬鹿な事を言ってるの? コロナに感染しちゃった女の子にたった一人でマンションから追い出すなんて! 恥を知りなさいこのカスじじい!」
高野瑠奈が激怒していた。「あいつ、あんな切れ方するんだ」と結城は温厚おしとやか美人の激昂に圧倒された。
「やめたまえ。この子らはちゃんと自宅に引きこもって、感染を拡大させないよう生活指導も医療センターでしておいた。君らがリスクを負うことはない」
「だが資産価値は下がるんだ。この前ユーチューバーがお前に感染させる映像がYouTubeに配信されて、マンションに問い合わせが殺到しているんだ。お前たちがこのマンションに入った瞬間に、ここを資産運用の為に購入している方々に損害が何千万単位で出るんだ」
「出ていけぇええええええ」
住民たちの怒声に、結城竜は口をあんぐりと開けるしかなかった。
「勝馬…どうした…お前泣いているのか。馬鹿野郎。お前の妹さんは感染したらヤバいだろうが。俺がちゃんと秋菜と見張っているから大丈夫だ。じゃぁ老人ホームの草むしり頑張れよ」
結城はスマホを切った。
「くそ。20分おきに電話かけてきやがって。電池がもったいねえよ」
結城は水海道あすなろキャンプ場で薪を炎の中に投げ入れた。
「なんだよ。サプリメントしかないじゃん」
秋菜は段ボールをごそごそやると、フェイスガードそのままに都のいるテントの前に段ボールを置いた。
「師匠、体の具合は大丈夫ですか」
「大丈夫だよー」都の元気な声が聞こえた。
「秋菜ちゃん、テントがいい?」
「結構です。師匠は一番守られなきゃいけないんですから、テントを使ってください! 尿瓶とかは大丈夫ですか」
「大丈夫でーす」
と都の元気な声が聞こえてくる。
「やれやれ」
結城竜はため息をついた。
「秋菜。お前あんまりテントに近づくなよ。今からでも勝馬の家に行けよ」
「ダメだよ。師匠の尿瓶をお兄ちゃんが処理するなんて」
秋菜が結城を睨みつけた。都を師匠と呼び慕う中学2年生である。
「本当に糞みたいな住人だな。マジで引っ越した方がいいかもしれないな。普通コロナだからってちゃんと合法的に住んでいる人間を追い出すか?」
結城はキャンプ場のベンチで頭をかきかきしながら遠くの鉄塔を見る。
「ほんと最悪。マジ糞。女の子がコロナなんて滅茶苦茶不安じゃん。それを大丈夫だよって言ってあげるのが大人じゃないの? それをマンションの地価がとかブランドが落ちるから出て行けって…あいつらの主張は全部スマホで録画したから。こんな糞みたいな住民が住んでいるマンションだってTwitterにアップして、マンションの価値を暴落させてやるんだから」
「一応俺らあそこのマンションの住人なんですけど。まぁ、嫌がらせをされたら絞めればいいけどさ。こういう差別って二週間たって都が陰性になったところで残りそうだし…引っ越すしかねえのか」
秋菜も結城の隣のベンチでスプレーしゅぱしゅぱやる。
「本当に私たちには空気読めって言うくせに、全然自分たちは使えねぇ。せめて私たちの分のテントも用意すればいいのに」
「大丈夫だろ。夏だし」
結城はそういいながら考え込む。
「兄貴何か考えてる?」
秋菜に問われて結城竜は「一つ気になることがあってな」と咳払いした。
「連中はそもそも俺ら3人に出て行けって言っていないんだよ。用意されたテントが一つなのも、都だけがマンションを出ていくという前提になってやがる」
「ちょっと待って」
秋菜は兄貴に弾かれた様に声をかける。
「師匠が感染していたって知っているのは確か私たち以外ではあの相山さんっていう保健所の人だよね。まさかあの人がマンションの人たちに教えたとか…」
「いい人そうだったし、直感的にそうは思えないがな」
結城は言った。
「だがマンションの住民はYouTubeの動画をあのユーチューバーがネットにアップして、どう見ても都が感染しているリスクが高いって言うのが分かったからって言っていたが、じゃぁ同居人である俺らを追い出そうとしなかったのかはおかしい点なんだよ。都はそのあたりどう思っているんだろう」
結城兄妹が何気もなく都のテントの方を見た時だった。
「あっあっあっ、いぐいぐいぐいぐううううううううう」
テントの中で突然激しい男の喘ぎ声が聞こえてきて、結城はぎょっとなった。
「千尋ちゃん! 動画はなしだよーーー。ギガいっぱい使うと結城君に怒られちゃうから」
「まぁ、楽しくやっているようで何より…」
結城はそういいながらベンチに横になった。
「まぁ明日そのあたりも含めて都と話せればいいや」
結城はそういいながら公園ベンチでそのまま寝てしまった。
「私トイレ」
秋菜はキャンプ場の公衆トイレに向かった。
同時刻、キャンプ場の敷地に一台の黒いハイエースがゆっくりと入ってきた。運転していたのは栗川東、助手席には高井誠が載っていた。
キャンプ場の個室トイレから出た秋菜は洗面台で手を洗っていた。その時がたっという何がモップみたいなのが倒れる音が聞こえた。トイレの掃除用具入れだ。秋菜はじっとその方を見た。そして恐る恐るがばっと開けた時、「きゃぁあああっ」と悲鳴を中に隠れていた小柄な少女が明けた。
トイレの中に黒メガネの男が立っていた。テレスドン操っていそうな不気味な眼鏡が秋菜と相対した。
「ちょっと、あ、ええと、白と黒のシマシマの大きなクモがぁあああああ」
秋菜はそう芝居がかった声を上げながら、表情を鋭くした。
「てかあんた! なんで女の子のトイレにいるのよ」
顔面寸止め蹴りを入れようとするが、黒メガネは難なくかわして秋菜の鳩尾にこぶしをめり込ませる。
「ぐっ」
秋菜はお腹を押さえてうつぶせに倒れた。
「え、秋菜ちゃん」
キャンプ場から都が顔を出す。その瞬間黒メガネの手刀が都の首後ろに炸裂した。
「ん、どうした。どうしたんだ」
結城竜が寝ぼけ眼に声のした方を見ると、島都を小脇に抱えた黒メガネが走り出し、黒のハイエースに気絶した都を連れ込もうとしていた。
「糞ッ」
結城は走り出したがハイエースは難なく管理事務所前のロータリーを急旋回してキャンプ場の敷地を出る。結城はバイクに飛び乗ると同じように一般道に飛び出した。大きめの農家が両側を走る道路をひた走るハイエースのケツを結城は追いかける。県道をハイエースは飛び出して右折し、急ブレーキをかけた対向車の軽がスピンするのを結城のバイクは巧みによける。軽は商会の看板にケツをぶつけた。
県道で小さな川を渡りながらもハイエースは猛スピードで南下する。この先の信号が赤にも関わらず強行突破し、別のワゴン車とセダンがスピンした。黄色いセンターラインが白い破線になり、坂道を上下する。だが突然ハイエースは道路を逆走し始めた。
「な、何考えているんだ。危な‥」
逆走に驚いたトラックが結城のバイクに突っ込んできた。
「いたたたたた」
秋菜はお腹を押さえてトイレで立ち上がった。そして慌ててトイレの清掃入れを開けた。小柄な少女が震えていた。
「あ、貴方は…」
「ひぃっ」と小柄な少女は悲鳴を上げた。秋菜はトイレの外を見回し、戻ってきて言った。
「あの黒い眼鏡の人はいなくなっちゃったよ」
秋菜の笑顔に少女は安心したようだった。だがそんな秋菜の耳にかすかに救急車の音が聞こえた。
「兄貴…いる?」
秋菜はベンチとバイクが止まっている方を見た。
「追いかけていったのかな。そうだ、師匠」
秋菜はテントの方を見た。
「師匠…いますか?」
秋菜は声をかける。返事はない。秋菜はフェイスガードを確認してテントを開けた。
「師匠? いますか? 師匠!」
テントの中には誰もいなかった。秋菜の顔が戦慄した。
事件編へ