少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

プロジェクトR殺人事件2 事件編


3

 茨城県警本部から長川はセダンで飛び出し、さらにイヤホン越しに所轄に命令した。
「ああ、逃走中の第一級大量殺人犯岩本承平が南茨城市愛宕町4丁目涼風ハイツ近辺に出没したとかつての事件関係者から通報があった」
水戸市南部の県庁通りをかっ飛ばす長川。
「了解。現在所轄の捜査車両が当該地区に向かっています」
パトランプを付けた警邏警察が南茨城市の当該住宅をかっ飛ばしていく。

 少女探偵島都の目の前には死神の服装で鈴を鳴らしている焼けただれた骸骨がいた。
「お久しぶりですね。都さん」
「岩本君も」
都は目の前の大量殺人鬼を睨みつけた。
「何の目的で会いに来たのかな。私を脅すためかな。また人を殺すって…」
「ご名答」
岩本は真っ赤な口を歯茎の間から開いて眼窩から赤い光で都を見ていった。
「この台風が過ぎ去る間に、南茨城市長の高橋桜花を殺害します。果たして都さん、貴方は止められるでしょうか」
その時遠くでパトカーのサイレンが聞こえ、死神はマントを翻して夜の闇に消えた。

「…という事があったんだよ」
所轄警察の会議室で島都は長川警部に言った。
「岩本がこの市の市長の高橋桜花を殺害すると予告したんだな」
長川警部は確認すると都は頷いた。
「そして都に止めて見ろと」
「そう…」
「うううん」
長川警部は腕組した。
「本当に奴だって証拠はないって事だな」
「ほえ?」
都が目をぱちくりさせる。
「奴の今までのパターンを考えれば、都に予告をするとすれば奴は人の命を予告上代わりに使うことで、脅迫者が自分である事を証明する事が多かっただろう。現に岩本承平を名乗って何らかの殺人計画を便乗する形で実行する奴だっていただろう」
「それなんだけど」
都は声をあげた。
「岩本君の骸骨みたいな顔が見えたよ。あれはマスクみたいなものじゃなかった。本当に顔が溶け落ちていた。私はっきり見たもん」
都は長川を見た。
「信じられない?」
「お前が見た事実を疑ったことはねえだろ。お前が物凄い記憶力を持っている事は知っている。となると9割がた岩本承平が犯行を予告したんだろうな。都の帰宅をピンポイントで把握して姿を現した点を考えてもな」
「あとの1割は警部はどんなふうに考えているの?」
「別人が岩本みたいに顔の肉を焼いて姿を見せた可能性だ。だがあまりにも痛すぎるしな。まぁ誰かが他人に強要した可能性もあるが、その場合助けを求められれば終わりだ。洗脳というのはよっぽど計画的に巧妙にやらないとリスキーだからな。あのトリックは岩本だからできた面もある」
長川は警察手帳にメモを書いて都を見た。
「期末テスト終わったころに悪いし、台風も来る中悪いが、都…協力してくれるな」
「勿論だよ。人の命がかかっているんだから」
都は長川警部を見た。
「問題は高橋桜花が岩本承平に狙われる可能性だが」
「山のようにありますね」
部下の鈴木刑事が声をあげた。
「まずこいつは『JBCから国民を守る党』の党首ですが、正直選挙ビジネスで金もうけをしているような奴で。極右的な発言と炎上商法で支持者を集めて、反論するジャーナリストやTwitterで批判した一般市民に次々スラップ訴訟を仕掛けたり、テレビ局の前で街宣を仕掛けたりして、反対者の言論を委縮させています。全国の市町村に計算して議員を擁立させ、奴の政党は全国の地方議会で100議席獲得しています。今回の選挙でも投票率の低さと熱心な支持者の投票、対立候補が乱立しちゃって票が分かれたことで投票を果たしていますが、奴に票を入れたのは有権者の1割以下だそうです」
投票率が低いとこうなるんだよな」
長川警部はため息をついた。
「ただこいつ金は潤沢にあるんですよ」
鈴木刑事が言った。
「まぁ、あれだけ供託金集めまくっているから、あるんだろうな。あいつの政策を支持する企業家も結構いるらしいし、インターネットでもかなり金を集めているからな。要注意なのが奴のパトロンになっている人間だ。岩本の今までの犯行パターンは、予告した標的のやらかした罪の共犯者に成りすましている可能性と…」
長川の発言に鈴木刑事が続ける。
「もうすでに標的の高橋が殺害されていて、岩本にすり替わっている可能性ですね」
「後者は都が岩本を見ているから可能性は低いと思うが…今市長は」
「市役所で所轄の警護に入っています」
鈴木は言った。
「都!」
突然ドアが開いて結城竜が駆けつけてきた。
「結城君」
都が目をぱちくりさせた。
「長川警部が教えてくれた。都にはパートナーが必要だとか言って」
結城はにやにや笑う長川を見てため息をついた。
「岩本承平がお前にまた殺人予告をしたらしいな」
「うん。市長さんを殺すって」
都は頷いた。
 結城はため息をついた。
「やらしとけよ」
「ほえ?」
勝馬の家族や薮原の家族を殺そうとしている奴だぞ」
「何のことだ」
長川警部が結城に聞いた。結城は「なんだ、言ってなかったのか」と都を見てから、
「あの市長がこの台風を使ってとんでもねえ計画を立てているのかもしれないんだ」

 南茨城市役所—市長執務室—。
「これが、台風の時の原稿ですか」
高橋桜花は怯えた表情でパソコンのメールを見ながら、来客の不動産会社社長でいがぐり頭の清水川勝利(61)と、日本奉還党の太った男鯨波令和(50)の前で声を震わせた。
「そうですよ。市長…」
「でも台風の時は普通は市民に避難を呼びかけたり、情報を提供するのが僕の役割じゃ」
高橋は声を震わせる。
「そんなものはええねん」
清水川はどすのきいた声で高橋を睨みつけた。
「やっと関東地方を直撃してくれる大型台風や。それに合わせて、朝鮮人や外国人が暴れている、市民は自警団を、警察機能が麻痺していると市民に伝えるのも市民の安全の為や。あとはここに書いてある、『JBCが絶対に公表しない潜入工作員リスト』を市長自ら動画で呼びかければいい。電気が通らない、水が手に入らない、物資が届かない、避難が遅れた…全部このリストの人間のせいだと公表するんや。そうすればあんたは真の愛国者として英雄になれるで」
「そんな…」
「この人たちは無実じゃない。奉還党が調べた工作員です。特定工作員は子供とかも工作員に参加している。これも日本を守るためですよ」
鯨波令和がひきつった声をあげた。
「警察が僕を警護しています」
高橋は声を震わせた。
「岩本承平っていう殺人鬼が僕を殺すそうです。もうだめだ。あの男に狙われたら、僕はもう助かりっこない。どんなに警察が警護したって…僕は助からないんだ」
高橋桜花は頭を抱えた。
「そうなったら、貴方は英雄になるだけですよ。そして私たちはあなた方を岩本承平に頼んで殺害した日本の工作員をあぶりだして始末するだけだ。どうか心残りなく運命を受け入れてください」
そういうと、2人は執務室から出た。
 その2人と長川と島都、結城竜は廊下ですれ違った。その時白いシャツのネクタイ姿の眼鏡の助役が大声で清水川と鯨波に怒鳴っている。
「お前ら、市長とどんな話をしていたんだ」
「どんなってプライバシーですから言えませんな」
清水川がへらへら笑う。助役の鳥森昭三(47)は
「市長は我々職員と会おうともせず、お前たちとばかり会っている。真面目に市政を担う気があるのか」
「ありますとも。寝ぼけた反日公務員ではなく市民の目線に立った政策を進めていますよ。やだなぁ」
鯨波が鳥森助役を馬鹿にしたようにすごみながら階段を下って行った。
「なんで、こんな奴が市長なんだ。殺されればいいんだ」
鳥森はそう吐き捨ててから長川と目が合って、罰が悪そうに助役の執行室に消えた。
「今の柄悪そうな2人は」
「はっ」
所轄の刑事、草薙正太郎(30)は長川警部に向かって敬礼する。
「市長の後援会の人間だそうです」
「身体検査は」
「勿論、顔の皮膚なども調べました。2人とも警備の趣旨を話せばあっさり了承してくれました。ちなみに中にいる市長も同様です。我々の方で8人が立ち会って本人だと確定しました。あと執務室の中にこの扉以外の通路はなく完璧な密室です…」
「了解。開けていいかな」
「では私が身体検査をします」
女性警察官の一宮春代(28)が長川警部に両手をあげるように促した。眼鏡をかけた聡明そうな女性である。彼女は「結構です」と声をかけ、さらに拳銃などを執務室前に置かれたテーブルの籠に預けさせた。
 結城は草薙刑事に両手を上げるように言われながら、廊下を見ていた。廊下には一宮と草薙の2人の刑事をさらに監視する—SITだろうか—特殊装備の警察官もいる。
「結構です」
と扉を開けて通された都、結城、長川の前で、ネットでは傍若無人だった高橋桜花は頭を抱えて震えていた。
「警部さんか…後ろの奴は…」
「私の協力者です。今一度警備状況を確認しに来ました」
長川は都を促した。
「完璧な密室だよね」
「ああ、窓は固定されているし、窓の銃撃の斜線になりそうな建物は警察官が警邏している。窓の真下にも警察官が10人。天井裏にはセンサーやカメラが監視しているし、室内で警備している警察官には暗視装置も配られていて、万が一停電にされても対処は可能だ」
「でも岩本君ならこの密室を打ち破って市長さんを殺すくらいのトリックは考えていると思うよ」
都は市長の顔をぎゅっと掴んでいった。
「何するんだ!」
「今のところは本当に市長さんみたいだね」
都は言った。
「でも私は岩本君の殺人を止められたことは今まで一回もない。結城君が体を張って止めてくれたことはあったわけど、私が止められたことはない」
都はじっと市長を射抜いた。
「あなたが何を考えているのか、私は知っているよ。この台風であなたがやろうとしている事。今すぐそれをみんなに公表して自分の間違いを認めて…。そうすれば岩本君もあなたを殺すことをやめて、許すかもしれない」
「お前は…」
「島都だよ」少女はまっすぐに市長を射抜いた。
「岩本承平と対決した。あの女子高生探偵!」
市長はしどろもどろになった。
「何のことだか…さっぱりわからないな」
市長は目を泳がせながら吐き捨てた。
「随分と変な陰謀論に凝り固まっているようだが、天下の女子高生探偵がこれじゃぁ聞いてあきれるな」
「高橋さん!」
「もう出て行ってくれ」
市長が都に払いのけるような仕草をした。その時都の目に物凄い光が走って、結城竜はぞっとなった。
「都…もう行くぞ」
長川警部は言った。結城は警部に促される都の後を歩きながら、市長を振り返りもせずに言った。
「市長さん、俺はお前みたいなやつを市長に選んだ大人にもぶちぎれているし、正直お前がやろうとしていることを考えればいっそのことお前が岩本にぶっ殺されればいいと思っている」
「結城君」
都の目が見開かれる。
「だが、そうなるとこの小さいのの心が傷つくからな。だから一応前が殺されないように協力はしてやる。だが結果は保証しねえ。岩本に狙われて助かる可能性はこの化け物JK探偵でも難しいんだ」
結城がそう言って女性2人と出ていくのを見送って高橋市長は頭を抱えた。
「助けてくれ…助けてくれ…」

4

「長川警部…そういえばなんで部屋の中に監視カメラがなかったの?」
廊下を歩きながら都は言った。
「部屋の中にカメラを仕掛けておけば市長に何かあったときにすぐ助けが来るよね」
都の問いに長川警部は自分の頭をちょりちょりした。
「ああ、これ警察の会議でも相当揉めたんだよ」
女警部はため息をついた。
「ただ岩本の奴が市長の関係者を誘拐して遅効性の毒物を飲ませ、市長を殺すように脅迫する可能性があった。だから監視カメラをわざと部屋から撤去したんだ。奴がカメラハッキングして第三者を殺害する様子を見せないようにするためにな。勿論執務室を訪れる関係者にはそれを通知して助けを求められるようにはしてある。私らが岩本に脅迫されている可能性はほぼゼロだからパスはされたけどな」
「なるほど、かなりギリギリの選択だが、ありだな。でも逆を言えば、あの部屋の中で何が起きても警察はすぐには感知できないって事だよな」と結城。
「リスクは承知だ。だが奴の恐るべき頭脳とトリックに対抗するにはこっちも相応の発想の転換をしなきゃならん。奴が取れる手段を潰し、奴が手中に収めるであろう人間を先回りして確保するしか、奴の殺人を止める方法はない」と長川警部は言った。
「それと警部」
都が言うと、警部は手を振った。
「わかってるよ。一応台風の当日、在日朝鮮人や薮原さんや勝馬君や益田さんだっけ…の警邏は強化している。警備部の人間には奴が数日前にやっていた奇妙な公的調査が岩本が市長を狙いだした原因だと言えば、警備部の奴ら、岩本がそっち界隈に潜んでいると、かなり張り切って監視しているよ」
「ありがと」
都は言った。
「なぁ、警部…」
市役所の玄関で結城は言った。
「もし岩本承平が現れずに、都が例の虐殺の前触れとしか考えられない調査を警部に報告したら、警察はここまで大規模に動いてくれたか?」
結城の質問に生暖かい風にあおられるようにして長川警部は言った。
「正直難しかっただろう」
振り返りもしなかった。
「多分本庁が許可しないはずだ。こんな突飛な通報に関わってられないと。勿論私個人としては駆けつけただろうが、合法的な警察対応で事前に阻止する事は難しいだろう。いや、そもそも台風が過ぎ去った後の混乱や情報の錯そうで虐殺を静観する羽目になったかもしれない」
「そんなに役に立たないのか警察は」
結城は声をあげた。長川警部は答えない。
 その時だった。
「都」
原付バイクにヘルメットをした薮原千尋が都に声をかけた。
「お前、今日風強いのによく来たな」
結城が呆れたように言って、都は「危ないよぉ」と千尋に近づいた。
「都…やっぱり、都が会っていた黒い覆面の人…岩本承平だったんだ」
千尋がぴしゃりと言って、都が「千尋ちゃん…」と目を見開いた。女子高生探偵は驚愕していた。
「お前、都が岩本に会うところを見たのか」
結城が驚愕の声をあげ、長川警部が警察手帳を出そうとする。
「私は何も話さないよ」
千尋は言った。
「だって、私は岩本が市長を殺せばいいと思ってるもん。私すっごく不安で都と結城君が話すことをずっとこっそり聞いていたんだから。そしたら都が結城君と別れてすぐにアパートの前に岩本がやってきて…。でもあいつが市長を殺すと聞いたとき、私は凄く安心した」
都は「千尋ちゃん…」と悲しそうな声を出す。
「仮にも警察官の前でとか下らん説教はせんよ」
長川警部はため息をついた。
「ご家族のことか」
千尋は挑戦的な目で長川警部を見た。そして都に言った。
「都、今すぐこの事件から手を引いて。岩本承平に市長を殺させて」
千尋ちゃんそれは出来ないよ」
都は真っすぐ千尋を見た。
「私はどんな人間でも誰であっても、人が人を殺すのを黙ってみてられない」
「私の家族は人じゃないんだ」
千尋は小さく言った。
「おいおい、お前の気持ちもわからなくないが、都はそんな奴じゃねえよ」
結城が怒気を込めるのも構わず千尋は原付にまたがり、長川の横を滑る様に役所の駐車場を走っていった。
「あんなキャラだっけか」
結城が憮然とするのを都は引っ張った。
「結城君、大丈夫。しょうがないよ千尋ちゃん。怖いだけだよ。だってお兄ちゃんやお母さんやお父さんとあんなに仲がいいんだもん。みんなを守りたくって、こんな天気でバイクで来たんだもん」

 薮原千尋はバイクで近くの公園に乗り入れ、ハンドルに顔をうずめてヘルメットかぶったまま顔をゆがめた。
「私のせいなのに。私が駅前であいつに喧嘩を売ったせいなのに」
風で公園の木々がざわめく。
「う、うぇっ…」
少女は荒らしの前の生暖かい暗闇で公園に停車した原付の上でしばらくの間嗚咽し続けた。

「そっか…そうだったんだね」
高野瑠奈は校舎の屋上で千尋を見た。台風が接近しているので今日は午後の授業は取りやめになっている。
「うん…本当は間違っているのはわかっている。でもさ…」
「わかった…昨日の夜の都とのことは誰にも言わない」
瑠奈はにっこり頷いた。
「瑠奈…」
「都も千尋の気持ちわかっていると思う。大丈夫、心配しないで‼ 千尋はみんなの家族や大勢の人の命を守ろうとしただけ…何も恥じることはないよ。ただ…都は辛いだろうけどね」
瑠奈の最後の言葉に影が差していた。
「うん」
千尋
「瑠奈さーん、千尋さーん、一緒に帰りましょう」
邪魔な結城がいなくなって両手に花とばかりに北谷勝馬が屋上階段開けて心をぴょんぴょんさせている。
「元気だねぇ、当事者なのに」
千尋がため息をついた。
「ねぇ勝馬君」
瑠奈が聞いた。
「今回の事件で岩本君からあの市長を守ろうとする都の事、勝馬君はどう思う?」
瑠奈は聞いた。
「勿論、絶対支持ですよ」
勝馬はぐっと指を出した。
「都さんならきっと市長が殺されるのを阻止して岩本を捕まえてくれますよ。まぁ、結城の野郎が足手まといにならなければの話ですけどね」
「その市長が勝馬君の家族の事を殺そうとしたとしても」
と瑠奈。だが勝馬は心をぴょんぴょんさせるのをやめない。
「それとこれは無関係じゃないですか。大丈夫ですよ。今板倉たちと北斗神拳の訓練をしているんですから。鍛え抜かれた技を試す絶好のチャンスですよ」
酔拳の格好をする勝馬
「そっか」
瑠奈はくすっと笑った。

 教会に島都はいた。
「告解…ですか」
神父は言った。
「はい」教誨室で都は言った。
「どんな罪を告白するのですか」
「大切な友達を…裏切った罪です。その友達も助けを必要としているのに、私はその友達の気持ちを無視して、その友達が悪い人間としてみんなから酷いことをされるかもしれないのに、自分の考えばっかりで、その人を裏切っちゃいました」
都は言った。
「私はどんな理由があっても人が殺されるのを黙ってみていることは出来ません。でも私は昨日と今日と明日の私を…絶対に許せないです…一生許さないと思います」
「なるほど…そこまでして殺人を止めたかった。そのため薮原千尋さんにまで重いものを背負わせてしまった…」
手を合わせてお祈りしていた都は神父から聞いた話してもいない千尋の名前にふと顔を上げて、そして驚愕した。
 暗い教誨室にいた神父は骸骨だった。
「岩本君」
「ふふふ…さっき顔は架空の人間の顔です。本物の神父には少しの間眠ってもらいました」
岩本の不気味な眼窩が都を射抜く。その赤い光は都の目を射抜いた。

 結城は教会の前で昨日の市役所の都と千尋のやり取りを思い出していた。
「どうしたもんかねぇ」
ふと雲の切れ目から一瞬太陽が差し込んだ。教会の駐車場に影が映りこんだ。十字架に何かいた。
 結城竜は振り返り屋根の上の十字架を見た。
 島都をマントに抱きかかえた骸骨がいた。岩本承平だった。
「都ぉおおおおおおおおお」
結城が絶叫する中、死神は屋根から消えた。
「待てぇーーー」
結城は顔面蒼白のまま隣のアパートのエアコン換気を踏み台に教会の屋根に上った。だが、死神の姿はどこにもなかった。雨がぽつぽつ降って、屋根に上った結城は茫然とした。
「冗談じゃねえぞ…おい…都」
結城は咄嗟に携帯を出して叫んだ。
「長川警部…岩本だ! 岩本が都を…場所は愛宕町の教会…すぐ来てくれ…頼む」
強くなる雨の中、結城は屋根の上に座り込んだ。

 SITが雨の中教会の周辺を探索している中、セダンの後部座席で結城は眠らされた神父が警官に肩を抱かれて救急車に乗せられるのを虚ろな目で見た。
「安心しろ、結城君…。岩本は無関係な人間は殺さないし、都のことを一度助けたことがあるんだろ。何の目的があるにしろ、都を傷つけることはないさ」
「ああ、あれが本当に岩本ならな」
結城は言った。長川警部は目を剥いた。
「どういうことだ…」
「考えても見ろよ。都に最初に予告を出した岩本が本当に岩本だった証拠はないんだぜ。あの高橋って奴が自分の注目度を上げるために、でっち上げたのかもしれん。奴は都があの虐殺計画を知っていることを知っていた。だから今度は口封じのために岩本のふりをして…くそ、俺はなんでそのリスクを考えなかったんだ」
「結城君‼」
女警部は結城竜を見た。
「悪い方向に考えるな…」
長川はため息をついたが、スマホをいじっていた鈴木刑事が運転席から振り返った。
「警部…その件ですが…市役所の前でマスコミが騒いでいます。高橋市長サイドがマスコミに岩本の存在を明らかにして、台風の最中に殺人予告があったと…」
結城の顔色が変わった。
「冗談じゃねえぞ」
結城は声を震わせた。
「まさか、高橋…これでマスコミを台風のさなかに注目させ、市役所でデマ情報を流すつもりなんじゃ」
「つまり、連中は岩本を利用して市民だけじゃなく全国レベルで在日外国人のデマを流すつもりなんじゃ」
長川警部も驚愕の色を隠せない。
「やはり、岩本も連中にとっては炎上の手段だったんだ…って事は都を攫ったのは」
「結城君の証言から考えればあの髑髏は物凄く運動神経があったんだろう」
長川は確認した。
「そんな人間が岩本以外に何人もいるかよ」
その時、テレビの音源が騒ぎ出した。
「新しい情報です。守谷市役所の公園に若い女性、少女と思われる若い女性の遺体が発見されたそうです。繰り返します」
「う、嘘だろ」
結城の声に抑揚がなくなった。
「嘘だ…嘘だ…」
マスコミが雨の中、警官が撮影しないでという中、市役所のモニュメントに血だらけで寄っかかって口に紙を加えた一人の少女、島都が力なく倒れていた。