少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

薮原千尋の殺人 事件編

原千尋の殺人 事件編

【容疑者】
・椚零門(62):作家
・村部奏太朗(32):国民出版編集者

3

「絶対に許せない。許せないよ…。もし岩本承平みたいな殺人者がいるなら、真由奈をあんな目に合わせたあいつらが死ぬべきなんだ」
千尋の目が憎悪に血走る。
 その様子を、ベンチの隣に座っていた男のフードの間から窪んだ眼窩の奥の赤い光がじっと見つめていた。
 ふと千尋は我に返った。
 子供たちが砂場で遊んでいた。ジャングルジムでは男の子たちが「俺はパラダイスキングだ。フォォーッ」と奇声を上げている。
千尋ちゃーん」
都が息を切らしてだらけた声を上げながらよろよろとベンチに座っている千尋まで歩いてきて千尋に抱き着いた。
「心配したよー。いなくなっちゃうんだもーん」
「ごめんごめん」
抱き着く都の頭を千尋は優しくなでた。
「大丈夫。長川警部は一生懸命考えて真実をちゃんと明らかにしてくれる人だから。相手がゴリラだってゴジラだって関係ない。力におびえて逃げる人じゃないから」
「うーん、その力の意味にもいろいろ突っ込みたいんだけど」
千尋は笑顔で笑った。
「ありがと」
「でへへへ」都は笑った。そしてふと目をぱちくりさせて
「ねぇ、千尋ちゃん、さっきまで誰かと一緒だったの?」
とキョトンとした声を出した。
「え」
千尋は一瞬焦った声を上げた。
「ベンチのお尻が温かいからさ…ん、千尋ちゃん今隠したね。さては千尋ちゃんのBL相手」
「なんで私がBLの当事者なのよ。私は野郎じゃないし」
「いやぁ、千尋ちゃんの心の中にはスケベ親父が住んでいるからねぇ」
「どういう意味よ」
千尋が都を追いかけまわし始めた。

赤い月が出ている。
「醜い、醜いですねぇ」
地下室のような空間で、黒い影が悲鳴を上げながら首に縄をかけられてもがいているのを、皮膚が焼けただれた骸骨のような男が見上げていた。彼は煙草を片手に後ろ手に両手を縛られた黒い影が恐怖の中で首に縄をかけられ、足先に積まれた雑誌の上につま先を乗せて、必死にバランスを取りながら首にかけられた縄に全体重がかからないように頑張っていた。
「人間というものは概してみんなそうですが、他者…それも立場の弱い人間に残虐行為を働きながらいざ自分が同じ目に合うと理由をつけて助かろうとするんですから」
「ごめんなさい…許してください」
涙を流しながら黒い影は声を震わせていた。必死に骸骨のような風貌の男に助けを求めている。
「少し遅すぎたんじゃぁありませんかねぇ。もし心から自分の罪を悔やんでいるならば、全ての罪を明らかにして許されなくとも彼を愛した人たちに謝るべきだったのではありませんか? しかもあなたは自分のした罪の責任を被害者に転嫁し、まるで自分が良いことをしたかのように得意げだったじゃないですかぁ。そんなあなたが自分の命に危険が迫っているからと言って、自分の生きる権利を主張するのは滑稽なんじゃありませんか」
「お願いしますっ、助けてください。僕は本当に悪いと思っているんです。もう一度チャンスをください」
「チャンスは今まで何度もあったのですよ。彼と彼を愛した人たちに心から謝罪し自ら罪を償うチャンスは…。でも君はそれをしなかった。そればかりか君が遺族や被害者を侮辱したりさらには被害者家族に何の根拠もない損害賠償を請求しようとした。いくら君が命乞いをしたって、人間命が危ない時に命乞いをするなんて簡単なんですよ。命乞いはもっと前にやるべきでした。でも君は被害者と遺族を侮辱した…」
男は床に向かって手にしていた煙草を床にはじいた。床に導火線のような油の火が燃え広がる。雑誌に突然火がついて、黒い人物の足が燃え上がった。
「ぎゃぁああああああああああ」
耐えきれなくなった黒い人物が足を折り曲げると首にロープが掛かって首吊り状態になり、苦しみに燃え上がった雑誌に足を乗せると、火傷の激痛に人形のように面白おかしく黒い犯人が躍りだす。
「踊ってください…くくく、もっと踊ってください。あなたはたっぷりと苦しんで死んでいただきますよぉ」
凍傷のせいで骸骨のような容貌の男、岩本承平は目の前で人間が苦しんで死んでいく様子を、まるで芸能人のコントでも見ているかのように不気味な笑顔で楽しみながら、ハンバーガー片手に黒い人物が不可逆的な死を迎え、苦し気な表情で硬直したまま体を痙攣させるのを見つけてへらへらと笑い始めた。
「そしてあなたの首を切り落として3Dプリンターにかけて完璧にあなたになりきって見せますよ。僕は漫画の犯罪者のように誰これに完璧になりきる変装技術はないですからねぇ。喜んでください。あなたのような屑でも生首だけは僕の復讐計画に役に立つのですから」
殺人鬼岩本承平は目が飛び出した死に顔に向かってホクホクと笑いながら語り掛ける。

「椚零門動きますかね」
鈴木刑事が金髪の髪の毛を掻きながら上司の長川警部に聞く。車で茨城県常総市にある児童館の前に長川朋美は待機していた。
「江戸川成美、34歳。国民出版社員で母子家庭。その娘が優芽、11歳」
「顔も割かし真由奈ちゃんに似ている。椚って作家がロリコンならば、まず放ってはおかない。それに今は真由奈ちゃんが入院中だしな。あいつは間違いなく動く」
長川は児童館を望遠レンズで撮影する。
「警部。あの車は国民出版の村部の車です」
鈴木は双眼鏡片手に車種とナンバーを確認する。
 村部が赤いセダンから降りたって児童館へと歩いていく。長川はその様子をカメラで撮影、さらに江戸川優芽という少女が村部と一緒に出てきて車に乗せられる様子も撮影した。
「よし、鈴木…絶対に逃がすなよ」
鈴木刑事は赤いセダンが走り出すのを雨の中、黒いブルーバードで追跡する。

 車は人気のない利根川河川敷に停車した。
 長川は鈴木を車に残して望遠レンズを片手に土手を登って、土手の上から匍匐前進でカメラを構えた。
 最大限に拡大されたカメラの画面に、椚が少女のボタンを開けてインナーシャツを丸見えにして胸を撫でている様子が映り込んだ。村部は外で煙草を吸いながら周囲を見回している。
「よし、鈴木…西野…被害者を助けろ。わいせつ目的略取現行犯」
「了解‼」
鈴木刑事は車の運転席で返事をすると、屋根にサイレンを出して鳴らしながら水たまりをはねのけて河川敷に乱入。びっくりした村部が運転席に乗り込もうとしたときには、鈴木のドライブテクは赤いセダンの進行方向をふさいでいた。
「動くな」
長川は拳銃を引っこ抜いて自動車の方向に向けながら、ドアを開けた。
「椚零門だな。そして江戸川優芽ちゃんだね」
小柄な少女が半裸で涙を流しながら頷く。椚が真っ青になって長川を見た。
「さぁ、出てこい」
長川は椚を引っ張り出すと後ろ手に手錠をかけた。運転席からは村部が出てきて両手を車の屋根に乗せ、鈴木が後ろ手に手錠をかけた。
「お前私を誰だと思っているんだ!」
「未成年者略取の現行犯。おっと強制わいせつの現行犯でもあるな」
長川警部はすっとぼけた。
「現行犯だからお前らのお友達が警察に圧力をかけても逮捕命令を撤回する事は出来ないぜ。さぁ、歩けや」
「大丈夫」
涙を流す少女に部下の西野ゆかり刑事が毛布を掛けてあげた。
「もう大丈夫だからね」

「な、なんだって」
県警本部で刑事部長が口をあんぐりと開けた。
「はい、捜査一課の長川が事件の捜査中に偶然少女を拉致監禁した暴漢を逮捕してみれば、椚氏と村部氏だったそうで」
参事官が冷や汗をかきながら阿るように言う。
「現行犯で逮捕されたとなれば、いくらなんでも私の力で捜査を停止させることは出来ない」
「この状況では、前の少女自殺未遂事件の捜査も継続して行う必要があるな。もう捜査を停止することでメリットなどない」
刑事部長は苦みをつぶしたかのような表情で「長川めぇ」と呻いた。

 警察署の前には大勢のマスコミが駆け付けて、有名作家と出版社幹部が逮捕されたニュースを伝えていた。
 改めて事件の聴取を取るために呼ばれた都と結城と千尋は会議室前でVサインする長川警部に迎えられた。
「長川警部ぅうううううううう」
都は長川の手を叩いてぴょんぴょんジャンプした。
「ざっとこんなもんよ。捜査一課は真由奈ちゃんの事件も捜査対象とすることを決定した。これであの2人は法の裁きを受けることだろう」
「ありがとおお、長川警部」
都は長川警部に飛びついてしがみつく。
「しかし、別の女の子をおとり捜査に利用したんだろう。いいのか? そんな事して」
結城が訝し気に聞くと長川は「いや、私たちは偶然現場に遭遇したんだ」と答えた。
「まぁ、連中を逮捕しなければ今回の被害者の女の子はもっと酷い目にあわされていただろうし。やむを得ない決断だったのかもしれないなぁ」
結城は頭をかいた。
「ちゃんとカウンセリングは紹介してやれよ」
「もちろん、警察の義務だ」長川は頷いた。
「ち、千尋ちゃん」
真由奈の母親の石田英恵という30代そこそこの素朴な感じの女性が会議室の廊下で千尋を呼び止めた。
「お、おばさん」
「まさか、真由奈がこんなことになった原因が、椚先生と編集長だったなんて」
英恵は真っ青になって震えていた。
「真由奈が…こんな酷いことをされて…わ、私のせいだ…私が仕事ばかりして家にも帰らなかったから」
「おばさんのせいじゃないよ」千尋は英恵の肩を抱いて会議室のパイプ椅子に座らせた。
「悪いのはおばさんの上司という立場を利用した作家と編集者…。おばさん・・・もう大丈夫だから」
千尋はおばさんと抱き合った。緊張の糸がほつれたかのように涙を流しながら号泣するお母さんを抱きしめる千尋
 その時だった。会議室の扉が開いて真っ青になった鈴木刑事が部屋に入ってきた。彼は糸の切れた操り人形のように歩いている。
「どうしたんだ、鈴木刑事」
「残念ですが」
茫然とした表情で鈴木は声を上げた。
「椚と村部は…逮捕されません」
鈴木はゆっくりと会議室にあるテレビを指さす。結城が慌ててテレビのリモコンを入れるとまさにこの警察署前で、江戸川優芽という少女が体を震わせながら話をしていた。それを母親の江戸川成美が監視するように見下ろしている。
-私は江戸川優芽。11歳です。5年生です。私は本当は椚先生にエッチな事なんてされていません。私は車の中で先生に胸やけがすると訴えて、先生は逆流性食道炎かもしれないとおっしゃられて服を脱がせて診てくれようとしただけなんです。エッチな事なんて全然ないのに、警察は…先生を逮捕するために盗撮した動画をねつ造して先生を逮捕しようとしました。皆さん、どうか反日メディアや反日警察の発表なんて信じずに、正しい情報を入手して日本を悪者にしないでください…。-

4

 まるで教育勅語を言わされている子どものような喋り方だった。長川は呆気にとられた。後ろからは母親が
-娘の事でお騒がせしてすいません。先生には前から残業で家に帰れないとき娘を送り迎えしていただいて本当にお世話になっていたんです。
「そんな馬鹿な」
長川が茫然とした声を上げたが、やがて机に拳を叩きつけた。
「完全に私のミスだ。被害者の親と加害者との関係性を考えれば、こういう展開もあり得たんだ!」
「ど、どういう事? 警部」
千尋が声を震わせる。
「つまり、あの子の母親は娘が受けている性的虐待よりも自分の会社での立場や社会的立場を優先したということだ」
「そ、そんな。上司だからって娘に性的虐待をしている上司をかばうなんて」
そういった石田英恵は次の瞬間耳を疑った。
-娘さんの被害を訴えている石田英恵さんは嘘をついています。あの人は前々から左翼思想にハマっていて、会社内でも椚先生の本を出すことに何かしらケチを付けていました。いつも日本を貶めるような発言をしていて信用できないなと前々から思っていたのです。
 開けっ放しの会議室のドアから靴音がしたので都が外を見ると、後ろに村部と弁護士の細目の男を従えて歩いている椚零門と目が合った。
「くくく、君の事は知っているよ」
椚は下劣に笑った。
茨城県で名探偵をやっているんだってねぇ。ひひひ、君みたいに小さくてかわいくて頑張っている女の子が僕は大好きなんだよ」
椚が都に手を伸ばしてきたので
「その汚い手で都に触るな」
と結城が割って入った。
「誰かね君は…失礼な奴だ。私にかかれば君がどこのだれかなんてすぐに世間の衆目にさらすことが出来るんだけどな。ひひひひひひ」
醜悪な笑いに結城は何も言い返せなかった。もはや異次元の出来事にどうこの狂った男に怒りをぶつければいいのかわからなくさえなっていたのだ。
「石田。お前覚えておけよ。ガイジの娘ともども二度とこの国を歩けないようにしてやる」
村部が後ろからぞっとするような冷徹な声で石田英恵を睨んだ。やがて椚と村部は歩き去っていく。その様子を薮原千尋は蒼白な表情で見送っていた。頭の中でおしゃべりあいうえおの音声がリピートする。
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
-わ・た・し・わ・え・つ・ち・が・だ・い・す・き
「死んじゃえ」
千尋は下を向きながら体を震わせた。
「あいつら岩本承平に殺されてしまえ」
千尋…ちゃん」都が心配そうに千尋を見上げた。
 テレビには警察署前で釈放された椚が記者に質問に応じている。
-この度は左翼勢力の陰謀のせいでこのような事件に巻き込まれ大変遺憾に思っています。でも一人の少女の勇敢な証言が…。
ヒヒ爺の得意げな声。その時だった。背後で携帯電話に向かって話していた村部が突然、背広の内ポケットからナイフを取り出し、そのナイフを得意げに話している椚零門の首に突き刺した。椚が何が起きたかわからないという感じだったが、ナイフがめりめりと首にめり込んでいく中で「ぐふっ、ぐぼっ」と声を上げて、恐怖の表情苦悶の表情のまま血だらけの指で村部に掴みかかってそのまま崩れ落ちた。マスコミのカメラが大きく揺れて、テレビが突然カラーバーになりスタジオに切り替わり、キャスターとコメンテーターが興奮した状態で何かを伝えている。そんな中再びカメラが切り替わったとき、血だらけのシャツの村部が記者やカメラマンを見回している。そしておもむろに自分の手に指を食い込ませてめりめりめりっと皮をめくり上げると、むき出しの歯茎、窪んだ眼窩、皮膚が解けた骸骨のような顔が視聴者の前に突然現れた。
 その様子に恐怖にしたのは薮原千尋だった。
「嘘…嘘でしょ」
血だらけのシャツを着た男は都の宿敵…。
「い、岩本君」
都ははじかれたように走り出した。

 警察署の前で岩本は剥がれ落ちた皮を投げ捨ててむき出しの髑髏のような顔で逃げるマスコミと拳銃を構える警察官を見回した。
「お前はまさか」
「動かないでください」
岩本承平はひきつった声を上げながら、上着を広げるとその体に巻き付いていた防弾チョッキのようなものを警官に見せた。
「不用意に近づくと爆発させますよ」
「お前ら、距離をとれ」
警察署玄関に出ていた長川朋美は制服警官に下がるように命令すると、拳銃を岩本に突きつけた。
「岩本承平だな。お前を殺人の現行犯で逮捕する」
 しかし岩本は長川の声を無視して警察署前のメカニック倉庫に入ると、いきなりシャッターを閉めてしまった。
「岩本‼ もう逃げられないぞ…出てこい‼」
長川は喚きながら隣で拳銃を向ける婦警に
「あの倉庫の中に地下に通じるマンホールは」
「無かったと思います」
婦警が言うと、長川は警官10人で倉庫を包囲しながら、
「今すぐ出てこい‼ もう逃げられないぞ!」
そう喚きながらゆっくり建物の間を詰めようとした直後だった。目の前を光が走って次の瞬間プレハブのメカニック倉庫は大爆発した。凄まじい爆発とともに警官が爆風にあおられてひっくり返る。
-なんという事でしょう。岩本容疑者が、突然現れた岩本容疑者が立てこもっていた倉庫が…爆発しました。
 テレビに映される爆発の様子に会議室の結城は茫然とするばかりだった。その時背後で誰かが倒れる音がした。薮原千尋が会議室のカーペットの上に倒れ転がっていた。
「薮原‼」結城が慌てて駆け寄る。
「い、岩本君」
警察が張った規制線の前で都はマスコミに滅茶苦茶にされながら爆破された倉庫を見つめていた。
「どうします」鈴木が拳銃を構えながら爆破された倉庫を見つめていた。
「消防車が来たら離れたところから消火してもらって、私たちはその間倉庫を包囲して待機! あいつは化け物の殺人鬼だ。生きていると考えて絶対に油断するなよ」
「了解‼」
鈴木は声を上げた。
 消防車が来て消火が一通り終わった。
「これで大体大丈夫です」
「了解」
都は到着した特殊部隊のトラックから降りてきたSATとともに拳銃を構えながらにじり寄るようにゆっくりと包囲網を狭めていく。そして無茶苦茶に散らばったがれきを蹴りながら内部のぐしゃぐしゃになった工具や修理機械を見回す。
「くそ」
長川は転がっている黒焦げの生首、吹き飛んだ手足を見つけた。
「岩本でしょうか…」
鈴木が拳銃を下ろしながら長川に聞いた。
「状況的には間違いないだろうが、何とも言えん。とにかく加隈の出番だな」
長川はため息をついた。
 鑑識が到着して倉庫の鑑識活動が行われている間、都はあっと声を上げて都を捕まえようとする制服警官から規制線をくぐって、長川の背後に隠れながら
「長川警部。岩本君は?」
と聞いた。
「らしき遺体は確認できたんだが、奴の事だ。あれが奴のものと確認できるまでは安心できん」
制服警官に手を制しながら長川は言った。「全く…また衆人環視の殺人事件かよ」
長川が顎でしゃくった先に死体袋に入れられる椚零門が見えた。
「みんなの前で殺人を行った理由、正体を見せた事には何か理由があるんだよ。それも恐ろしい理由がね」
都は長川をじっと見た。

 捜査室のパソコンで長川警部はYouTubeに違法アップロードされた動画を見ていた。
「長川警部‼」
小柄な女子高生探偵がぴょこんと机に現れた。
「都か」
長川はため息をついた。
「何か難しい問題があるみたいだねぇ」
都が目をぱちくりさせる。
「今回、椚零門と村部は警察署で指紋を取られている。指紋押捺が16:54、マスコミの前で爆発したのが17:35。その間奴は大半の時間を警察署員に監視されていた。指紋押捺は生きている人間から素手で採取していることは確認されているんだ」
「つまり少なくともその時までは村部は本物の村部だったんだね」
「ああ。岩本はアニメの犯罪者と違って変装はそんなに得意じゃない。変装する対象を殺して皮をはぐなり生首を3Dスキャンするなどして変装を行っている。声に関しても奴は声真似が得意な方ではあるが、まぁ、アニメで声優がいろんな作品のいろんなキャラを出しているようなもので、マネできる声質にはどうしても限界がある。アニメみたいにばっと変装してばっと誰かに成り代われる器用さは持っていない。岩本はどうやって警察署で署員や監視カメラで最低1分に1度監視された中で村部を殺し、成り代わったんだ?」
長川はここで都を振り返った。
「都、お前はあの村部に会っているんだよな」
「うん。でも私の記憶では利き足とか仕草とかには変なところは見られなかったよ」
「だろうな。防犯カメラを解析しても、奴がいつすり替わったのか利き足、利き手、仕草なんかからは特定できなかった」
「でもそれで村部さんがいつ岩本君に成り代わったのか特定する事はかなり難しいと思う。岩本君は一度成り代わった人間の仕草や利き手、利き足、仕草までほとんど完璧に模写して行動してしまう犯罪者だよ」
都はじっと映像を見ていた。
「ああ、そうだろうな」
長川警部はじっと映像を見た。
「よ、仲良くやってるねぇ」
加隈鑑識が牛乳瓶眼鏡をぎらっとさせて部屋に入ってきた。
「何か新しいことが分かったのか?」
長川の問いに女性鑑識はため息をついて「謎は増えそうだよ」と呻いた。
「吹っ飛んだ建物の死体。あれ鑑定した結果村部の死体だったんだよ」
都は目を見開いたもののリアクションはなかった。どこか岩本が死ぬはずないという直感が彼女には既にあったのだ。
「多分村部に変装するとき彼を殺して、死体を倉庫に隠していたみたいだねぇ」
加隈の笑顔からは冷や汗が垣間見える。
「つまり岩本は警官が囲んでいた倉庫から煙のように消えてしまったと」
長川が立ち上がった。
「爆発の瞬間は防犯カメラにも映っているけど、建物の中から誰かが出てきた形跡もない。あの倉庫にマンホールという類もないから地下からの脱走は不可能。って事はそう言うことになるねぇ」
「くそっ、岩本はどうやって…どうやって消えたんだ!」
長川は驚いた表情で歯ぎしりした。