少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

プロジェクトR殺人事件File3 転回編❶


5

【事件関係者】
・韓蘭(16):高校2年生。
・高橋桜花(51):市長。JBCから国民を守る党党首。
・清水川勝利(61)不動産会社社長
鯨波令和(50)日本奉還党議員
・鳥森昭三(47)市助役
・草薙正太郎(30)所轄刑事
・一宮春代(27)所轄刑事
・小池A
・小池B
・小池C

 パトカーが雨水を飛ばしながら市役所前広場に乗り付けた。
「下がって、下がって」
警察官が群集やマスコミを後方に押しやる中、張られた規制線を守る警官を結城は「どけ」と押しのけるように入ろうとした。
「コラ」
警官がわめくのを、長川警部が警察手帳を翳して押しとどめる。
 結城はひたすら歩いた。ふらふらになりながら歩いて、そして救急車に運ばれていく何かを見つけた。島都が顔を濡らして、目を閉じて運ばれて行こうとしていた。その制服のブラウスが血に染まっている。
「都…冗談だろ」
結城が声をかけた。
「なんだよ。おい、そんなのってありかよ」
彼は唇を紫にする。そしてそのまま座り込んだ。
「君、彼女の友達かい」
救急隊員が結城に声をかけた。
「もし友達だったら、彼女のご家族に電話してくれないか。赤十字病院で念のために検査するから、おそらく今日は入院になるだろうって…」
結城は救急隊員に言われてふらっと顔を上げて、そして再び都の顔を覗き込んだ。
「ううん」
「検査入院って…彼女かなり重症じゃないのか」
と背後から長川警部。彼女の見ている場所には公園のモニュメントがあり、血だらけになっているのを鑑識が写真を撮っている。
「人間の血だと思いますが、少なくとも彼女は大きな傷は追っていませんよ」
救急隊員は言った。
「別の人間の血をかけられたのでしょう」
「そうか」
長川は「はぁーーーーーー」っと長い安堵の吐息を吐いた。結城はその場に座り込んだ。
「結城君。一緒に」
長川に促され、結城は頷いた。そして西野刑事と一緒に救急車に乗り込んだ。救急車を見送る長川警部。
「警部。ちょうどよかった。話はあらかた聞いていますが、彼女の口に紙がくわえさせられていました。血文字のようなもので書かれていますね」
草薙刑事が現場検証の場所から長川警部に声をかける。長川は手袋をした手でビニールに包まれたそれを見た。
—台風が過ぎ去る前に、高橋桜花市長を必ず殺します。岩本承平—
 長川警部はこれを見てじっと考え込んだ。そして命令した。
「すぐに鑑識に回すんだ。この血液を岩本承平のものかどうか鑑定しろ」

「師匠…師匠…」
目を開けた都の目に病院のベッドの天井と結城秋菜という中学2年生の結城竜の従妹の顔が見えた。
「よかったぁ」秋菜が都に縋り付いた。
「秋菜ちゃん…みんな…」
「本当にびっくりしたよ」千尋がやれやれという表情で顔を覆っている瑠奈の髪の毛をなでている。
「瑠奈ちん、千尋ちゃん」
「ほら、あんたも」
原千尋は少しやつれた表情の結城竜を促した。
「都とまた話せるように祈ってたでしょ。その願いは叶ったんだから」
「お、おう」
「結城君…ごめん…」
都が布団越しに目をぱちくりさせる。
「お前が悪いわけじゃないだろうが。俺がお前を助けてやるべきだった」
「ぶー」
都はもーっと怒ったように言った。「そういうのはなしだよ」
「で、勝馬の野郎はまだ連絡つかないのか」
「うん。多分体育館の避難所開設の手伝いに板倉君たちと出てるから。多分携帯も持ってないと思う」と瑠奈。
「ま、知らせなくていいか。都も無事だったわけだし」
「みんな来てくれてありがとう」
都のお母さんが娘の友達を見回した。
「お母さん、ごめんなさい」結城が謝ると、お母さんは結城にいい子いい子して病室を出た。病室前の長川警部が笑顔のお母さんが突然顔を覆うのを肩をもって支え、西野刑事に託した。
「都…大丈夫か。調子は」部屋に入った長川警部。
「なんか私血まみれだったみたいだね。でも怪我はしてないみたいだよ」
都は布団の中でもそもそ体をまさぐった。
「そりゃそうさ。あれは別人の血だったんだから。DNA鑑定の結果が出た。岩本承平の血で間違いないそうだ。県警が記者会見を開いている」
「そうか」
結城が声をあげた。都がじっと長川警部を見つめる。
 千尋は祈る様に目を閉じた。
「それと、一応報告しておくと実は県警本部が把握した岩本承平から殺人予告が3回。いずれも高橋市長殺害を予告する内容だったそうだ」
「って事は都に対する2回の殺人予告のほかにもう1回殺人予告があったわけだ」
結城が言った。
「どういうこと」
パジャマの都が身を乗り出す。
「1回目は県警本部に直接かかってきた電話。だが機械で声を変えていて、県警はいたずらだと考えていた。2回目が都のアパートの前に現れた奴だ。そして3回目は都の教会での誘拐事件。市役所前に血まみれで放置されていた都の口にくわえられた紙に、岩本の筆跡で市長を殺害するというメッセージがあった。間違いなく今回は岩本が関与している。マスコミが騒いだ以上、県警は全力を挙げて南茨城市に機動隊を派遣して警備に当たるつもりだ」
長川警部は言った。

 機動隊のバスが大雨の国道を車列を作って走っていく。

「幹線道路の検問、市街地を台風の中警備、市長の関係先の調査も行われている」
長川警部は声をあげた。
「それと一応お前が予告された時間と誘拐された時間の関係者のアリバイも調べたが」
長川は言った。
「まず不動産屋の清水川と奉還党の鯨波、いずれも昨日今日と市長主催の『愛国経済会』という会議に出ていて、今日は市長が欠席して会議を実質取り仕切っていたそうだ。つまりアリバイは完璧。市長の高橋は昨日は会議にその出ていて今日は執務室に引きこもり、警察が警護していたのでアリバイは完璧だ。警備の草薙刑事と一宮刑事だが、草薙刑事の方は昨日は非番だったらしい。一方一宮刑事は所轄のデスクにいた。ただ2人とも教会誘拐事件の際は警護についていてアリバイがある。助役の鳥森だけがアリバイがないんだ。助役室にずっといたらしくてな。ただ最初の都のアパートの前に岩本が出た事件の際、職員が都の通報10分前に書類のハンコをもらいに来て、助役にあっている。現場まで10分で行くのは無理だからかろうじてだがアリバイはある。さて」
長川は都を見た。
「今回の岩本の事件は実に奇妙だ。奴は基本的に殺人予告はしない。殺人予告をするとすれば、何か別に目的があるときだ。今回みたいに3回も殺人予告をし、しかも殺人予告を出したのが自分だとアピールまでしている。何が目的なんだ」
長川が言った。
「わからない…でも、犯人は絶対高橋市長を殺しに来る」
都は結城と長川を見た。そしてパジャマのままベッドを飛び出す。
「絶対高橋市長を殺させない」
「バカやろう。今日は寝てろ」
長川警部は言った。
「無理をさせたらお前のお母さんに申し訳がない」
「都、いってらっしゃい」
突然病室に入ってきたお母さんが言った。
「都は、そう決めたんだよね」
お母さんにまっすぐ見られて、都は頷いた。そして都は薮原千尋を見た。
千尋ちゃん」
「私は都が正しかったことを信じる。探検部で待っているから」
千尋に言われ、都は力強く頷いた。「うん!」
「師匠を頼んだよ。お兄ちゃん」
秋菜が結城に言った。
「私は勝馬君と一緒に小学校の体育館の避難所でボラってくるから」
「私も行くわ」
千尋は言った。「体動かさないとこの台風は乗り切れそうにないし」
「でもご家族が」
と心配そうな瑠奈。
「大丈夫。私は都を信じることにしたから」
千尋ににかっと笑われたが、瑠奈は何故か心配そうな顔を崩さなかった。
 私服に着替えた島都と結城竜は、再び南茨城市役所へと病院のロビーを歩き出した。夜は更けていた。

6

 台風はどんどん関東地方に近づいていた。風が強くなる中で愛宕小学校体育館に避難所が開設され、毛布や水などが次々運び込まれていく。
「みんなボランティアに来てくれたんだ」
高校生在日朝鮮人韓蘭がジャージ姿で物資を運ぶ勝馬や板倉大樹に声をかける。
 その時だった。避難所運用職員で市公務員の久保田久春(36)に対して、若い女性と小太り眼鏡の男性が近づいてきた。
「市長から緊急の指示です」
女は言った。
「このリストの人間を直ちに避難所から追い出し、そしてこの避難所に来たらすぐに追い出してください」
「なんですか…これ」
「正しくない特権を享受している反日工作員です。必ず避難所では身分証を確認する事。これを徹底してください」
「何を言っているかわかりません。税金というのは生きるための料金ではありません。こういうものは必要ありません」
「あなた、反日リストに入れられたいんですか?」
その言葉に久保田は真っ青になった。
「これから草の根的な愛国活動は広まっていきます。日本人への裏切り行為をしたらどうなるか、貴方と貴方の家族がどうなるか…よく考えて愛国的な奉仕をしてください」
「…」久保田は真っ青になって後ずさる。
やたらすごみまくる男女を見て、薮原千尋はペットボトルの箱を運んでいる中で目を丸くした。
「‼!!! あいつ、小池Aだよ」
「あ」
北谷勝馬が毛布を両手に目を丸くした。
「あいつ、小池Bだ」
「いや、Dはありますよ」と板倉大樹。
「いいですか。このリストの人間が体育館に一人でもいたら、貴方は反日分子として」
「もういるけど、そのハミチン分子ってのは」
と板倉大樹と北谷勝馬が2人の小池を取り囲む。
「お前ら…俺の母ちゃんに×つけてくれたらしいなぁ」
勝馬がガンを飛ばす。
「俺の母ちゃんに×を付けるような奴は例えボインボインDカップでも許すわけにはいかんなぁ、コルァ」
「お前ら、俺らが誰だか分ってるのか」
「市の職員だろ。俺らの家に来た」
板倉が睨んだために小池Aが一瞬たじろぐ。
「市職員だからって甘く見るなよ。俺はこれだぞ」
と小池Aが腕をめくって刺青を見せる。
「なんだこれ。仮面ライダーの改造人間の出来損ないか?」
勝馬がへらへら馬鹿にしたので小池Aがいきなり勝馬の腹に一発入れて、勝馬は蹲った。
勝馬君‼」
瑠奈が悲鳴に近い声をあげた。
「番町の役目って知っていますか?」
腹を押さえながら勝馬が言った。
「相手に一発殴らせて、後の連中が好き放題出来るようにするのが番長の…たぼっ」
格好いい名言を女の子で言う前に倒れ込んできた小池Aの下敷きに勝馬はなった。
「ふん」
髪の毛を触りながら秋菜が中学校の制服のスカートから伸びる生足を小池Aの後頭部に乗せていた。
「ふざけんじゃないわよ。中坊がぁ」
小池Bが警棒を出して結城秋菜に襲い掛かるが、秋菜は素早い身のこなしでそれをよけると相手の女の顔面に指を突き立て、その指を足元と横にほいっとやってそれに小池Bが気を取られている間に、かすかにヒラッとする膝が隠れるスカートにちらっと白いものを見せながら秋菜のかかと落としが小池Bの後頭部に命中していた。
勝馬君の仇は取ったよ」
秋菜はぐっと指を立てる。目を回した小池Aを押しのけながら勝馬はフラフラ起き上がった。
「お、おう、39」
「さて、どうこいつを処刑しましょうか」
板倉大樹がおろおろする久保田を尻目に指をぱきぱきならした。
「待って…こういう時は」
瑠奈が床に投げられたBのハンドバックから携帯電話を取り出し、
「背後関係を探るのが一番でしょう」
にっこり笑う瑠奈にたじろぐ勝馬と板倉。

 雨の中長川警部のセダンは役所に向かって疾走していた。
「しかし一番の謎は岩本が何故殺人予告をしてきたかという事だ」
長川は運転しながら信号が赤になったので停車した。
 道路は凄く風が出ている。台風が伊豆半島に上陸したことをニュースは伝えていた。
「ああ、そうだな」
結城は言った。
「奴は基本的に劇場型犯罪には興味を示さない。殺したい相手に対して下手にトリックを仕掛けるよりも拉致った後で拷問殺人というのが奴のやり口だ。そんな奴が殺人予告をわざわざしてくるという事は、何か目的があるんだ」
と結城。
 都はふと青信号になると同時に声をあげた。
「もしかしたら、岩本君の標的は高橋市長じゃないのかもしれない。高橋市長に殺人予告が出されて、それで何か特別な動きをするとか、そんな感じで岩本君は別の標的をあぶりだそうとしているのかも」
「つまり…高橋市長はフェイクか」
長川警部は言った。
「わからない…なんで岩本君が私を誘拐して自分の血をつけて殺人予告にしたのかも」
「とにかく…あの予告通りなら奴は今日動く。いや、もう動いているかもしれない」

嵐の中、住宅の屋根の上に黒い影があった。その影は目を赤く光らせ、雷が鳴るたびに真っ暗な人型の輪郭が浮かび上がってくる。
「さて、都さん…」
死神は髑髏のようにむき出しになった歯茎で言った。
「都さんの誘拐事件でこのトリックは完全に完成した。絶対に解くことが出来ない完全無欠のトリックがね…そして都さんはこの事件を一生忘れることは出来ないでしょう。少女探偵島都として二度と元には戻れない代償を背負うトリックですからねぇ」
雷が不気味な岩本の影を映し出していく。

 南茨城市役所。早朝5時。
「くそっ」
市役所のロビーで清水川勝利(61)は爪を噛んでいた。
「これはヤバいことになったぞ。まさか本物の岩本承平が出てくるなんて。高橋があの殺人鬼にこのまま殺されてくれればええけどな…。もしあいつが拷問でもされて岩本に全てを話してもうたら…今度は俺たちが殺されるんやないか」
清水川が声を震わせて怯えていた。
「確かに…あの殺人鬼が殺人予告をやるときには何か裏があるらしいですから」
鯨波令和が赤ら顔を紅潮させて震える。
「高橋を殺すか」
清水川が言った。
「何を言っているんですか」
鯨波令和が声を震わせる。
「この役所には県警始まって以来の警備が敷かれているんですよ」
「だからこそや」
鯨波令和が声を潜めた。
「今の状況は殺人が起これば全て岩本承平がやったことになる。あの殺人鬼は神出鬼没だ。密室だって簡単に突破して標的を殺害できる。そう新聞をにぎわせたやないか。そして殺人を犯した人間は岩本の変装…つまり中の人ってのが岩本じゃない俺たちがいくら怪しくても、警察は岩本が犯人だと当たり前のように考えるから、俺たちは疑われへん」
「つまり…高橋を殺した罪を…岩本に擦り付けられるって事ですか」
鯨波も悪魔の声に耳を傾けてしまいつつあった。

「なんだこれ」
体育館でのびている小池ABの横でスマホに記載されていた計画書を見て、勝馬は唖然とした。スマホのメールには計画書なるものが長文で書かれていた。瑠奈がこれを朗読する。

—これは日本の将来に必要な事である。在日朝鮮人反日分子を国民自らの手で殺処分し、日本を新しく掃除するためのプロジェクトである。まず、台風が来ているさなかに高橋桜花に「朝鮮人が台風のさなかに暴れている」として注意喚起と自警団を組織する事を訴える。そして実際に反日分子としてリストアップされた人間を、清水川氏の会社社員が組織した志士たちに襲撃させる。それを根拠に市民に対して、フィリピンの偉大な大統領が組織し治安回復に大きな貢献をしたデススクワット組織を市民に奨励して、リストに挙げられた在日朝鮮人殺害を許可し、治安維持の為に奨励する。市民は流されやすく、災害時にはこの傾向が特に強くなるから、リストアップされた反日在日の殺害に加担するようになるだろう。そして日本で初めて、日本人による本格的な愛国戦争発祥の地として南茨城市は歴史に残ることになる。こうしたデススクワットはインターネットを通じて全国各地の被災地に拡散される。大規模な殺害行為を文化人は支持するし、政界にも我々の同志はたくさんいる。ここで注目すべきはメディアの役割だ。我々は南茨城市に殺人鬼岩本承平の名前でメディアを呼び寄せる。そしてそこで朝鮮人の乱暴狼藉を演出し、メディアにそれを報道させる。ワイドショーは嫌韓報道で視聴率を稼ぐ傾向にあり、テレビ媒体では人種差別を否定する偽善者が気骨ある保守に言い負かされている。そして全国的にデススクワット運動を展開すれば、それは既成事実として受け入れられ、ここからは日本政府が主体となって反日分子の粛清を行う。反日分子とは護憲派、左翼、日教組フェミニスト、ホモ、障害者を安楽死させない毒親、迷惑をかけ続ける高齢者、崇高な虐殺に参加しない偽善者などだ。この国を立て直すには大虐殺しかありえない。愛国的な正しい日本人だけで作られたこの日本は希望ある超大国に生まれ変わるのだ。万が一本物の岩本承平が関与してきたとしても、高橋桜花が生贄になってくれる。彼は家族を人質に取られてから、無気力になり、我々に従順になっている—。

 市長室。電源を切られた時の為に古風なデザインの暖炉に火が入れられ、ぱちぱちと燃えている。高橋桜花は頭を抱えていた。
(このままじゃ…このままじゃ僕は大勢の人を殺害する計画に加担する事になる…このままじゃ…でも言わなきゃ…僕の家族が…。ああ…どうすればいいんだ)

 市長執務室の前で、草薙と一宮両刑事が清水川と鯨波を止めた。その時、市長室から出てきたのは市役所助役の鳥森だった。
「何の用ですか」いぶかしげに聞く鳥森。
「どうしても災害対策で市長と話し合いたいんです」
鳥森に鯨波は言った。
「どうしても台風時の市民の安全の為に必要なんです」
鯨波は言った。
「市長は何も言っていませんよ…窓の向こうを向いて…誰とも話したくない様子だった。顔さえ見せてくれませんでしたよ」
鳥森助役はじっと清水川と鯨波を見た。清水川はせせら笑った。
「それはあんたら市役所が無能だったからだろ。市長は有能だから、我々のような愛国者を話し相手に選ぶんだ」
「本当に市民の安全について話してくれるんでしょうね」
鳥森は臍を噛んでいた。「ええ、勿論」と清水川は笑う。
「では岩本承平が変装していないか徹底的に検査させていただきます」
宮刑事が清水川に言うと、不動産社長は「ええ、どうぞ」とホールドアップした。

「おいおいおい」
体育館で岩本が声をあげる。瑠奈は慌てて受信メールを探ってみた。
—高橋の家族の娘について—という件名があった。差出人は「清水川社長」という人物だった。
「会社に監禁している奴の娘、手を出させるなよ。綺麗な体で後で俺がもらうからな」
瑠奈が抑揚のない声で朗読した。
「板倉」
勝馬は言った。
「全員集めろ」

 東京の有名なホテルパーティー会場で、警察庁に太いパイプを持つ大物議員は時間を気にしていた。
「先生…いよいよですね」
台風の中パーティーどんちゃん騒ぎしている閣僚を見ながら、先生と言われた存在は笑った。
「もうすぐだ。もうすぐ計画は始まる」

 執務室の扉が開けられ、清水川と鯨波が市長の部屋に入った。高橋桜花市長は窓の外を見ていた。扉が閉められ、後ろ手に鍵がかけられる。清水川と鯨波はゆっくりと高橋桜花に近づいた。高橋桜花がゆっくりと振り返った。

「マスコミの野郎、無茶しやがる」
長川警部はパトカーを降りてマスコミが群がる規制線をくぐって市役所ロビーに入った。
「岩本が現れるのをまってやがるんだ」
大量のマスコミが市役所の前で台風そっちのけで中継して、女性アナウンサーの声も聞こえてくる。
「ちゃんと台風の報道もしてくれてるのかよ」
結城竜がため息をつきながら、都を守る様に長川について市役所の誰もいないロビーにやってきた。中に入ると怖いくらい静かだった。
「ふう」都がそう言ったときだった。
「警部、大変です! 執務室内部で異常が」
鈴木刑事が絶叫した。
「‼」
長川警部ははじかれたように走り出す。スーツから拳銃を取り出し、市長室の前の廊下で後からついてこようとするのを手で制した。特殊部隊が巨大なハンマーで執務室のドアをぶち破ろうとしている。
「どうした」
「中から鍵がかかっていて」
草薙刑事が大声を出した。「中から悲鳴が」
 直後に扉がぶち破られ、SITが突入しようとするが、彼らは清水川を盾にしているその人物に突入の機会を逸した。都と結城がそいつらの背後から見た時、部屋の中では清水川を盾にした髑髏の人物が立っていた。
「岩本君‼」
都が大声を出した。

プロジェクトR殺人事件2 事件編


3

 茨城県警本部から長川はセダンで飛び出し、さらにイヤホン越しに所轄に命令した。
「ああ、逃走中の第一級大量殺人犯岩本承平が南茨城市愛宕町4丁目涼風ハイツ近辺に出没したとかつての事件関係者から通報があった」
水戸市南部の県庁通りをかっ飛ばす長川。
「了解。現在所轄の捜査車両が当該地区に向かっています」
パトランプを付けた警邏警察が南茨城市の当該住宅をかっ飛ばしていく。

 少女探偵島都の目の前には死神の服装で鈴を鳴らしている焼けただれた骸骨がいた。
「お久しぶりですね。都さん」
「岩本君も」
都は目の前の大量殺人鬼を睨みつけた。
「何の目的で会いに来たのかな。私を脅すためかな。また人を殺すって…」
「ご名答」
岩本は真っ赤な口を歯茎の間から開いて眼窩から赤い光で都を見ていった。
「この台風が過ぎ去る間に、南茨城市長の高橋桜花を殺害します。果たして都さん、貴方は止められるでしょうか」
その時遠くでパトカーのサイレンが聞こえ、死神はマントを翻して夜の闇に消えた。

「…という事があったんだよ」
所轄警察の会議室で島都は長川警部に言った。
「岩本がこの市の市長の高橋桜花を殺害すると予告したんだな」
長川警部は確認すると都は頷いた。
「そして都に止めて見ろと」
「そう…」
「うううん」
長川警部は腕組した。
「本当に奴だって証拠はないって事だな」
「ほえ?」
都が目をぱちくりさせる。
「奴の今までのパターンを考えれば、都に予告をするとすれば奴は人の命を予告上代わりに使うことで、脅迫者が自分である事を証明する事が多かっただろう。現に岩本承平を名乗って何らかの殺人計画を便乗する形で実行する奴だっていただろう」
「それなんだけど」
都は声をあげた。
「岩本君の骸骨みたいな顔が見えたよ。あれはマスクみたいなものじゃなかった。本当に顔が溶け落ちていた。私はっきり見たもん」
都は長川を見た。
「信じられない?」
「お前が見た事実を疑ったことはねえだろ。お前が物凄い記憶力を持っている事は知っている。となると9割がた岩本承平が犯行を予告したんだろうな。都の帰宅をピンポイントで把握して姿を現した点を考えてもな」
「あとの1割は警部はどんなふうに考えているの?」
「別人が岩本みたいに顔の肉を焼いて姿を見せた可能性だ。だがあまりにも痛すぎるしな。まぁ誰かが他人に強要した可能性もあるが、その場合助けを求められれば終わりだ。洗脳というのはよっぽど計画的に巧妙にやらないとリスキーだからな。あのトリックは岩本だからできた面もある」
長川は警察手帳にメモを書いて都を見た。
「期末テスト終わったころに悪いし、台風も来る中悪いが、都…協力してくれるな」
「勿論だよ。人の命がかかっているんだから」
都は長川警部を見た。
「問題は高橋桜花が岩本承平に狙われる可能性だが」
「山のようにありますね」
部下の鈴木刑事が声をあげた。
「まずこいつは『JBCから国民を守る党』の党首ですが、正直選挙ビジネスで金もうけをしているような奴で。極右的な発言と炎上商法で支持者を集めて、反論するジャーナリストやTwitterで批判した一般市民に次々スラップ訴訟を仕掛けたり、テレビ局の前で街宣を仕掛けたりして、反対者の言論を委縮させています。全国の市町村に計算して議員を擁立させ、奴の政党は全国の地方議会で100議席獲得しています。今回の選挙でも投票率の低さと熱心な支持者の投票、対立候補が乱立しちゃって票が分かれたことで投票を果たしていますが、奴に票を入れたのは有権者の1割以下だそうです」
投票率が低いとこうなるんだよな」
長川警部はため息をついた。
「ただこいつ金は潤沢にあるんですよ」
鈴木刑事が言った。
「まぁ、あれだけ供託金集めまくっているから、あるんだろうな。あいつの政策を支持する企業家も結構いるらしいし、インターネットでもかなり金を集めているからな。要注意なのが奴のパトロンになっている人間だ。岩本の今までの犯行パターンは、予告した標的のやらかした罪の共犯者に成りすましている可能性と…」
長川の発言に鈴木刑事が続ける。
「もうすでに標的の高橋が殺害されていて、岩本にすり替わっている可能性ですね」
「後者は都が岩本を見ているから可能性は低いと思うが…今市長は」
「市役所で所轄の警護に入っています」
鈴木は言った。
「都!」
突然ドアが開いて結城竜が駆けつけてきた。
「結城君」
都が目をぱちくりさせた。
「長川警部が教えてくれた。都にはパートナーが必要だとか言って」
結城はにやにや笑う長川を見てため息をついた。
「岩本承平がお前にまた殺人予告をしたらしいな」
「うん。市長さんを殺すって」
都は頷いた。
 結城はため息をついた。
「やらしとけよ」
「ほえ?」
勝馬の家族や薮原の家族を殺そうとしている奴だぞ」
「何のことだ」
長川警部が結城に聞いた。結城は「なんだ、言ってなかったのか」と都を見てから、
「あの市長がこの台風を使ってとんでもねえ計画を立てているのかもしれないんだ」

 南茨城市役所—市長執務室—。
「これが、台風の時の原稿ですか」
高橋桜花は怯えた表情でパソコンのメールを見ながら、来客の不動産会社社長でいがぐり頭の清水川勝利(61)と、日本奉還党の太った男鯨波令和(50)の前で声を震わせた。
「そうですよ。市長…」
「でも台風の時は普通は市民に避難を呼びかけたり、情報を提供するのが僕の役割じゃ」
高橋は声を震わせる。
「そんなものはええねん」
清水川はどすのきいた声で高橋を睨みつけた。
「やっと関東地方を直撃してくれる大型台風や。それに合わせて、朝鮮人や外国人が暴れている、市民は自警団を、警察機能が麻痺していると市民に伝えるのも市民の安全の為や。あとはここに書いてある、『JBCが絶対に公表しない潜入工作員リスト』を市長自ら動画で呼びかければいい。電気が通らない、水が手に入らない、物資が届かない、避難が遅れた…全部このリストの人間のせいだと公表するんや。そうすればあんたは真の愛国者として英雄になれるで」
「そんな…」
「この人たちは無実じゃない。奉還党が調べた工作員です。特定工作員は子供とかも工作員に参加している。これも日本を守るためですよ」
鯨波令和がひきつった声をあげた。
「警察が僕を警護しています」
高橋は声を震わせた。
「岩本承平っていう殺人鬼が僕を殺すそうです。もうだめだ。あの男に狙われたら、僕はもう助かりっこない。どんなに警察が警護したって…僕は助からないんだ」
高橋桜花は頭を抱えた。
「そうなったら、貴方は英雄になるだけですよ。そして私たちはあなた方を岩本承平に頼んで殺害した日本の工作員をあぶりだして始末するだけだ。どうか心残りなく運命を受け入れてください」
そういうと、2人は執務室から出た。
 その2人と長川と島都、結城竜は廊下ですれ違った。その時白いシャツのネクタイ姿の眼鏡の助役が大声で清水川と鯨波に怒鳴っている。
「お前ら、市長とどんな話をしていたんだ」
「どんなってプライバシーですから言えませんな」
清水川がへらへら笑う。助役の鳥森昭三(47)は
「市長は我々職員と会おうともせず、お前たちとばかり会っている。真面目に市政を担う気があるのか」
「ありますとも。寝ぼけた反日公務員ではなく市民の目線に立った政策を進めていますよ。やだなぁ」
鯨波が鳥森助役を馬鹿にしたようにすごみながら階段を下って行った。
「なんで、こんな奴が市長なんだ。殺されればいいんだ」
鳥森はそう吐き捨ててから長川と目が合って、罰が悪そうに助役の執行室に消えた。
「今の柄悪そうな2人は」
「はっ」
所轄の刑事、草薙正太郎(30)は長川警部に向かって敬礼する。
「市長の後援会の人間だそうです」
「身体検査は」
「勿論、顔の皮膚なども調べました。2人とも警備の趣旨を話せばあっさり了承してくれました。ちなみに中にいる市長も同様です。我々の方で8人が立ち会って本人だと確定しました。あと執務室の中にこの扉以外の通路はなく完璧な密室です…」
「了解。開けていいかな」
「では私が身体検査をします」
女性警察官の一宮春代(28)が長川警部に両手をあげるように促した。眼鏡をかけた聡明そうな女性である。彼女は「結構です」と声をかけ、さらに拳銃などを執務室前に置かれたテーブルの籠に預けさせた。
 結城は草薙刑事に両手を上げるように言われながら、廊下を見ていた。廊下には一宮と草薙の2人の刑事をさらに監視する—SITだろうか—特殊装備の警察官もいる。
「結構です」
と扉を開けて通された都、結城、長川の前で、ネットでは傍若無人だった高橋桜花は頭を抱えて震えていた。
「警部さんか…後ろの奴は…」
「私の協力者です。今一度警備状況を確認しに来ました」
長川は都を促した。
「完璧な密室だよね」
「ああ、窓は固定されているし、窓の銃撃の斜線になりそうな建物は警察官が警邏している。窓の真下にも警察官が10人。天井裏にはセンサーやカメラが監視しているし、室内で警備している警察官には暗視装置も配られていて、万が一停電にされても対処は可能だ」
「でも岩本君ならこの密室を打ち破って市長さんを殺すくらいのトリックは考えていると思うよ」
都は市長の顔をぎゅっと掴んでいった。
「何するんだ!」
「今のところは本当に市長さんみたいだね」
都は言った。
「でも私は岩本君の殺人を止められたことは今まで一回もない。結城君が体を張って止めてくれたことはあったわけど、私が止められたことはない」
都はじっと市長を射抜いた。
「あなたが何を考えているのか、私は知っているよ。この台風であなたがやろうとしている事。今すぐそれをみんなに公表して自分の間違いを認めて…。そうすれば岩本君もあなたを殺すことをやめて、許すかもしれない」
「お前は…」
「島都だよ」少女はまっすぐに市長を射抜いた。
「岩本承平と対決した。あの女子高生探偵!」
市長はしどろもどろになった。
「何のことだか…さっぱりわからないな」
市長は目を泳がせながら吐き捨てた。
「随分と変な陰謀論に凝り固まっているようだが、天下の女子高生探偵がこれじゃぁ聞いてあきれるな」
「高橋さん!」
「もう出て行ってくれ」
市長が都に払いのけるような仕草をした。その時都の目に物凄い光が走って、結城竜はぞっとなった。
「都…もう行くぞ」
長川警部は言った。結城は警部に促される都の後を歩きながら、市長を振り返りもせずに言った。
「市長さん、俺はお前みたいなやつを市長に選んだ大人にもぶちぎれているし、正直お前がやろうとしていることを考えればいっそのことお前が岩本にぶっ殺されればいいと思っている」
「結城君」
都の目が見開かれる。
「だが、そうなるとこの小さいのの心が傷つくからな。だから一応前が殺されないように協力はしてやる。だが結果は保証しねえ。岩本に狙われて助かる可能性はこの化け物JK探偵でも難しいんだ」
結城がそう言って女性2人と出ていくのを見送って高橋市長は頭を抱えた。
「助けてくれ…助けてくれ…」

4

「長川警部…そういえばなんで部屋の中に監視カメラがなかったの?」
廊下を歩きながら都は言った。
「部屋の中にカメラを仕掛けておけば市長に何かあったときにすぐ助けが来るよね」
都の問いに長川警部は自分の頭をちょりちょりした。
「ああ、これ警察の会議でも相当揉めたんだよ」
女警部はため息をついた。
「ただ岩本の奴が市長の関係者を誘拐して遅効性の毒物を飲ませ、市長を殺すように脅迫する可能性があった。だから監視カメラをわざと部屋から撤去したんだ。奴がカメラハッキングして第三者を殺害する様子を見せないようにするためにな。勿論執務室を訪れる関係者にはそれを通知して助けを求められるようにはしてある。私らが岩本に脅迫されている可能性はほぼゼロだからパスはされたけどな」
「なるほど、かなりギリギリの選択だが、ありだな。でも逆を言えば、あの部屋の中で何が起きても警察はすぐには感知できないって事だよな」と結城。
「リスクは承知だ。だが奴の恐るべき頭脳とトリックに対抗するにはこっちも相応の発想の転換をしなきゃならん。奴が取れる手段を潰し、奴が手中に収めるであろう人間を先回りして確保するしか、奴の殺人を止める方法はない」と長川警部は言った。
「それと警部」
都が言うと、警部は手を振った。
「わかってるよ。一応台風の当日、在日朝鮮人や薮原さんや勝馬君や益田さんだっけ…の警邏は強化している。警備部の人間には奴が数日前にやっていた奇妙な公的調査が岩本が市長を狙いだした原因だと言えば、警備部の奴ら、岩本がそっち界隈に潜んでいると、かなり張り切って監視しているよ」
「ありがと」
都は言った。
「なぁ、警部…」
市役所の玄関で結城は言った。
「もし岩本承平が現れずに、都が例の虐殺の前触れとしか考えられない調査を警部に報告したら、警察はここまで大規模に動いてくれたか?」
結城の質問に生暖かい風にあおられるようにして長川警部は言った。
「正直難しかっただろう」
振り返りもしなかった。
「多分本庁が許可しないはずだ。こんな突飛な通報に関わってられないと。勿論私個人としては駆けつけただろうが、合法的な警察対応で事前に阻止する事は難しいだろう。いや、そもそも台風が過ぎ去った後の混乱や情報の錯そうで虐殺を静観する羽目になったかもしれない」
「そんなに役に立たないのか警察は」
結城は声をあげた。長川警部は答えない。
 その時だった。
「都」
原付バイクにヘルメットをした薮原千尋が都に声をかけた。
「お前、今日風強いのによく来たな」
結城が呆れたように言って、都は「危ないよぉ」と千尋に近づいた。
「都…やっぱり、都が会っていた黒い覆面の人…岩本承平だったんだ」
千尋がぴしゃりと言って、都が「千尋ちゃん…」と目を見開いた。女子高生探偵は驚愕していた。
「お前、都が岩本に会うところを見たのか」
結城が驚愕の声をあげ、長川警部が警察手帳を出そうとする。
「私は何も話さないよ」
千尋は言った。
「だって、私は岩本が市長を殺せばいいと思ってるもん。私すっごく不安で都と結城君が話すことをずっとこっそり聞いていたんだから。そしたら都が結城君と別れてすぐにアパートの前に岩本がやってきて…。でもあいつが市長を殺すと聞いたとき、私は凄く安心した」
都は「千尋ちゃん…」と悲しそうな声を出す。
「仮にも警察官の前でとか下らん説教はせんよ」
長川警部はため息をついた。
「ご家族のことか」
千尋は挑戦的な目で長川警部を見た。そして都に言った。
「都、今すぐこの事件から手を引いて。岩本承平に市長を殺させて」
千尋ちゃんそれは出来ないよ」
都は真っすぐ千尋を見た。
「私はどんな人間でも誰であっても、人が人を殺すのを黙ってみてられない」
「私の家族は人じゃないんだ」
千尋は小さく言った。
「おいおい、お前の気持ちもわからなくないが、都はそんな奴じゃねえよ」
結城が怒気を込めるのも構わず千尋は原付にまたがり、長川の横を滑る様に役所の駐車場を走っていった。
「あんなキャラだっけか」
結城が憮然とするのを都は引っ張った。
「結城君、大丈夫。しょうがないよ千尋ちゃん。怖いだけだよ。だってお兄ちゃんやお母さんやお父さんとあんなに仲がいいんだもん。みんなを守りたくって、こんな天気でバイクで来たんだもん」

 薮原千尋はバイクで近くの公園に乗り入れ、ハンドルに顔をうずめてヘルメットかぶったまま顔をゆがめた。
「私のせいなのに。私が駅前であいつに喧嘩を売ったせいなのに」
風で公園の木々がざわめく。
「う、うぇっ…」
少女は荒らしの前の生暖かい暗闇で公園に停車した原付の上でしばらくの間嗚咽し続けた。

「そっか…そうだったんだね」
高野瑠奈は校舎の屋上で千尋を見た。台風が接近しているので今日は午後の授業は取りやめになっている。
「うん…本当は間違っているのはわかっている。でもさ…」
「わかった…昨日の夜の都とのことは誰にも言わない」
瑠奈はにっこり頷いた。
「瑠奈…」
「都も千尋の気持ちわかっていると思う。大丈夫、心配しないで‼ 千尋はみんなの家族や大勢の人の命を守ろうとしただけ…何も恥じることはないよ。ただ…都は辛いだろうけどね」
瑠奈の最後の言葉に影が差していた。
「うん」
千尋
「瑠奈さーん、千尋さーん、一緒に帰りましょう」
邪魔な結城がいなくなって両手に花とばかりに北谷勝馬が屋上階段開けて心をぴょんぴょんさせている。
「元気だねぇ、当事者なのに」
千尋がため息をついた。
「ねぇ勝馬君」
瑠奈が聞いた。
「今回の事件で岩本君からあの市長を守ろうとする都の事、勝馬君はどう思う?」
瑠奈は聞いた。
「勿論、絶対支持ですよ」
勝馬はぐっと指を出した。
「都さんならきっと市長が殺されるのを阻止して岩本を捕まえてくれますよ。まぁ、結城の野郎が足手まといにならなければの話ですけどね」
「その市長が勝馬君の家族の事を殺そうとしたとしても」
と瑠奈。だが勝馬は心をぴょんぴょんさせるのをやめない。
「それとこれは無関係じゃないですか。大丈夫ですよ。今板倉たちと北斗神拳の訓練をしているんですから。鍛え抜かれた技を試す絶好のチャンスですよ」
酔拳の格好をする勝馬
「そっか」
瑠奈はくすっと笑った。

 教会に島都はいた。
「告解…ですか」
神父は言った。
「はい」教誨室で都は言った。
「どんな罪を告白するのですか」
「大切な友達を…裏切った罪です。その友達も助けを必要としているのに、私はその友達の気持ちを無視して、その友達が悪い人間としてみんなから酷いことをされるかもしれないのに、自分の考えばっかりで、その人を裏切っちゃいました」
都は言った。
「私はどんな理由があっても人が殺されるのを黙ってみていることは出来ません。でも私は昨日と今日と明日の私を…絶対に許せないです…一生許さないと思います」
「なるほど…そこまでして殺人を止めたかった。そのため薮原千尋さんにまで重いものを背負わせてしまった…」
手を合わせてお祈りしていた都は神父から聞いた話してもいない千尋の名前にふと顔を上げて、そして驚愕した。
 暗い教誨室にいた神父は骸骨だった。
「岩本君」
「ふふふ…さっき顔は架空の人間の顔です。本物の神父には少しの間眠ってもらいました」
岩本の不気味な眼窩が都を射抜く。その赤い光は都の目を射抜いた。

 結城は教会の前で昨日の市役所の都と千尋のやり取りを思い出していた。
「どうしたもんかねぇ」
ふと雲の切れ目から一瞬太陽が差し込んだ。教会の駐車場に影が映りこんだ。十字架に何かいた。
 結城竜は振り返り屋根の上の十字架を見た。
 島都をマントに抱きかかえた骸骨がいた。岩本承平だった。
「都ぉおおおおおおおおお」
結城が絶叫する中、死神は屋根から消えた。
「待てぇーーー」
結城は顔面蒼白のまま隣のアパートのエアコン換気を踏み台に教会の屋根に上った。だが、死神の姿はどこにもなかった。雨がぽつぽつ降って、屋根に上った結城は茫然とした。
「冗談じゃねえぞ…おい…都」
結城は咄嗟に携帯を出して叫んだ。
「長川警部…岩本だ! 岩本が都を…場所は愛宕町の教会…すぐ来てくれ…頼む」
強くなる雨の中、結城は屋根の上に座り込んだ。

 SITが雨の中教会の周辺を探索している中、セダンの後部座席で結城は眠らされた神父が警官に肩を抱かれて救急車に乗せられるのを虚ろな目で見た。
「安心しろ、結城君…。岩本は無関係な人間は殺さないし、都のことを一度助けたことがあるんだろ。何の目的があるにしろ、都を傷つけることはないさ」
「ああ、あれが本当に岩本ならな」
結城は言った。長川警部は目を剥いた。
「どういうことだ…」
「考えても見ろよ。都に最初に予告を出した岩本が本当に岩本だった証拠はないんだぜ。あの高橋って奴が自分の注目度を上げるために、でっち上げたのかもしれん。奴は都があの虐殺計画を知っていることを知っていた。だから今度は口封じのために岩本のふりをして…くそ、俺はなんでそのリスクを考えなかったんだ」
「結城君‼」
女警部は結城竜を見た。
「悪い方向に考えるな…」
長川はため息をついたが、スマホをいじっていた鈴木刑事が運転席から振り返った。
「警部…その件ですが…市役所の前でマスコミが騒いでいます。高橋市長サイドがマスコミに岩本の存在を明らかにして、台風の最中に殺人予告があったと…」
結城の顔色が変わった。
「冗談じゃねえぞ」
結城は声を震わせた。
「まさか、高橋…これでマスコミを台風のさなかに注目させ、市役所でデマ情報を流すつもりなんじゃ」
「つまり、連中は岩本を利用して市民だけじゃなく全国レベルで在日外国人のデマを流すつもりなんじゃ」
長川警部も驚愕の色を隠せない。
「やはり、岩本も連中にとっては炎上の手段だったんだ…って事は都を攫ったのは」
「結城君の証言から考えればあの髑髏は物凄く運動神経があったんだろう」
長川は確認した。
「そんな人間が岩本以外に何人もいるかよ」
その時、テレビの音源が騒ぎ出した。
「新しい情報です。守谷市役所の公園に若い女性、少女と思われる若い女性の遺体が発見されたそうです。繰り返します」
「う、嘘だろ」
結城の声に抑揚がなくなった。
「嘘だ…嘘だ…」
マスコミが雨の中、警官が撮影しないでという中、市役所のモニュメントに血だらけで寄っかかって口に紙を加えた一人の少女、島都が力なく倒れていた。

プロジェクトR殺人事件 導入編

少女探偵島都「プロジェクトR」

1

 巨大な台風が人工衛星に観測されている。
—史上最大規模の台風〇号は現在猛烈な勢力を保ったまま小笠原諸島沖合を北北東に進んでいます。中心気圧は…

茨城県常総高校探検部部室
「観測史上最大級ってのはデマらしいな」
長身の青年結城竜はスマホをいじりながら高野瑠奈という黒髪ロングの少女に声をかけた。
「本当にいろんなデマが流れているみたいね。今日も生物の先生がマンボウはすぐ死ぬって言っていたけど、実際は拳銃を撃ち込んでもダメージを受けないくらい分厚い皮膚みたい」
瑠奈が声をあげる。
「あのセンコーの言う事は前々からうさんくせぇんだよ」
結城がため息をつく。
「この前も胎内記憶について熱く語っていたしよ。あんなのあり得るわけねぇだろ。なんで虐待を受ける子供はそんな親を選んで生まれてきたんだよ」
結城はどっかりとパイプ椅子に腰を下ろす。その時探検部の扉が派手に開いた。薮原千尋だった。
「ういーす、都、あら、期末テスト出し切ったみたいだね」
机の上に潰れて昇天している小柄なショートヘアの少女にポニーテールの薮原千尋は言った。
「乗り越えた?」
千尋が都の横で頭をなでている瑠奈に聞くと、黒髪ロングのおしとやか少女高野瑠奈は「なんとか」と苦笑した。
「そっちは?」
「ああ、勝馬君…教室で燃え尽きてるよ。もう脳みそヒートオーバーで冷却に時間かかりそうだわ」
千尋はカバンを置いて座った。
「あのバカ、普段から勉強しとけとあれほど」
結城竜は頭をポリポリかきながら、ふと薮原千尋の顔を見た。
「どうした。薮原、なんか都に相談事か」
「どうして」
「都の様子気にしているようだからさ。なんかこの天然能天気に説いて欲しい謎でもあるのかと思ってな。一応、こんなアホそうな顔でもこいつ、いろんな事件を解決に導いた女子高生探偵だしな」
「結城君の顔だってデーモン小暮閣下に似ているもん。白く塗れば」
都が結城にびしっと指をさしてふくれっ面になる。
「元気になったぞ」
結城が千尋の方を見る。
「ああ、大したことじゃないんだけどさ。昨日うちに変な奴が来てさ」
「痴漢とか?」瑠奈が心配そうに顔をあげる。
「ううん、市の職員。南茨城市で調査をしている小池って人でさ。眼鏡かけた小太りの人だったんだけど…その人がいきなりうちに訪ねてきたのよ」

 住宅公社団地に住んでいる薮原千尋は昨日の休み、部屋でBLを寝転がって読んでいた。するとチャイムが鳴って、
「どちら様」
と玄関越しに尋ねると
「南茨城市の小池と申します。新しい市長の命令で家庭生活のモニタリングを行っていましてね。今ちょっとオタクの資産状況を参考程度で聞きたいので調査してもいいですか」
「市がそんな調査する? 悪いけどうちは両親外食中だしまた後にしてください」
千尋はそういって玄関を離れようとする。
「薮原さん、これは公式な調査です。何なら今から市に問い合わせをしていただいても構いません」

「そういうもんだからスマホで市に問い合わせたんよ。そしたら普通に電番の女の人が、小池は南茨城市のゆめみ野地区に調査に出ておりますって返しがあったわけ。だから私は一応信用して部屋に入れたのよ。で、その小池って眼鏡の人、私の家のリビングのテレビとかノートパソコンとか高級品とか持っていないか調査してたわけ。そしてそれをメモに取っていたんだけど、それを見てみたのよ」
「ほうほう」
結城は千尋を見た。
「そしたらまぁ、『C』と『HA』と『R』って書かれた段落があって、CにはうちのワゴンRが、HAにはPCとか冷蔵庫とかテレビとかゲーム機とかが書いてあったんだけど」
「ま、CarとHome Applianceだろうな」
結城が分析する。
「R…って何だと思う?」
千尋がみんなを見渡す。
「Residenceじゃね。つまり家の広さとか」
「でも書かれていた数字が40と16だったんだよね。で、16に〇がつけられているの。ちょうど私が見ているときに〇がつけられていた。覚えていることはその調査員の小池って奴がすっげー気持ち悪い顔で笑っていた事かなぁ」
千尋はげんなりした表情で瑠奈を見た。
「それって怪しくない? なんか後で泥棒に入るための財産を確認しているみたい」
「私もそう考えてさ。今日はお父さんに言われて愛の家に泊まろうとしたんだけど、愛の家にも来たみたいなんだよね」
「益田愛ちゃん?」
都は探検部の隣の書道部の方を見た。
「そう。やっぱり愛の家にも来てて、同じようにメモを取っていたみたい」
千尋は都と瑠奈と結城を見回した。
「みんなのところにも来た?」
「俺のところは来てねえぞ」
結城は手をあげた。
「私のところにも来てないかな。お母さんにも聞いてみないとわからないけど」と瑠奈。
「私のところにも来てない」都は声をあげた。
「やっぱり、本当に市の人間だったのかな」
千尋はいつもと比べて不安そうだった。
「本当にお前は市役所のサイトにアクセスしたのか」
結城はスマホで市役所のサイトを出して電話番号を翳した。
「私も偽サイトを信じたのかなって思って、このサイトと発信履歴調べたけどやっぱり一致するからさ、多分あの小池って人は市の職員だと思うけど。あああ、どうなっているんだろう」
千尋が机の上で溶ける。
千尋ちゃんがそういうんなら多分それは市の職員さんだったと思うんだよ」
都は言った。
「でも市自体がおかしいことをしているとも考えられるよね」
都は言った。
「あの市長か」
結城はジト目で呆れ声をあげた。
「高橋桜花。元国会議員で『JBCから国民を守る党』の党首だっけ。お母さんがこの人が市長に当選しちゃったことにすっごく呆れていたけど」
瑠奈がため息をついた。
「スラップ訴訟やヘイトスピーチセカンドレイプの常習犯か。秋菜の中学校に来賓に来た時もかなりヤバいことを言って先生マジでビビっていたらしいけど。レイプとかセックスって単語を何回も使ったらしい。まぁあれくらいの年齢の男子はこういう単語に意味もなく大はしゃぎするものらしいけど」
結城は唖然とした声をあげた。
「秋菜マジで怖がっていたよ」
と彼は頭をボリボリかいた。
「その人が私らの所有財産調べて、何をしていたっていうの」
千尋が結城に身を乗り出す。
「反社に情報を売るくらいの事はしかねない。あのねじが外れた市長なら」
「なんで、私の家? 私の家お金持ちじゃないよ」
千尋が目をぱちくりさせた。
「特定の地域でローラーしているのかもしれん」
結城は深刻そうに言った。
 その時
微分積分因数分解…」
呪いの世界から聞こえてきそうな声が、千尋の背後から聞こえてきて「きゃぁあああっ」と千尋が悲鳴を上げた。完全に亡霊状態になった勝馬がよろよろとパイプ椅子に座りこんだ。瑠奈がオロナミンCを開けて飲ませる。
「お前こんな状態で学校中彷徨っていたんじゃねえだろうな」
結城が呆れたように言った。
「あ、勝馬君。そういえば勝馬君の家にも小池っていう調査員来た?」
「ああ」
瑠奈に言われて勝馬夢遊病みたいな表情で瑠奈を見た。
「来ましたよ」
「マジかよ」
結城が勝馬を見た。「どんな奴だった」
「女の人だったよ。結構スタイルが良かったぜ。へっへっへ」
「へっへっへじゃなくって、そいつお前の家で何をしてた」
結城に怒鳴りつけられ、勝馬は目をシパシパさせる。
「どうって普通にテレビとか見て、それから何かメモしていたよ。なし、なしって書いていたなぁ」
「つまり金になりそうなものはないって事か」
結城が考えると勝馬は「悪かったな、俺んちは貧乏で」と憎まれ口を叩いてから、
「だが、『なし』じゃないところもあったぞ。『R』ってところで、43のところにバツ印があって11ってところが〇になっていた」
「よく覚えていたなぁ。唐変木なお前にしちゃ」
「その女の人を病院から一時帰宅していた彩香が怖がっていたからな。これは邪悪な人間の予感がしたんで、覚えていたんだよ」
勝馬は「どうだ」と言わんばかりに結城を見た。
 都はしばらく考えていたが、探検部部室となっている準備室を出て書道部の部室に出てきた。
「愛ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど。愛ちゃんの家にも小池さんって来たんだよね」
「うん」
益田愛という大人しそうな少女は頷いた。
「その小池さんってどんな人かな」
「小太りの眼鏡の人。それで私の家でテレビとかお母さんのコスメスペースとかパソコンとかいろいろメモをしていた」
「そのメモにRって段落あったよね」
「うん」
「なんて書いてあった?」
「〇の中に16って書いてあった」
「〇の中に16…千尋の家と同じね。千尋の家には40って数字があったけど」
瑠奈が考え込む。
「小池さんって人なら私の家にも来たよ」
ジャージからして2年生の少女が声をあげる。長髪の気の強そうな少女だった。
「私の家にも〇の中に16ってRに書かれていたし。他に39、14って数字もあったけど」
「韓先輩のところにも来たんですか」
千尋が素っ頓狂な声をあげると、2年生の書道部の韓蘭は声をあげた。
「どんな奴ですか」
千尋が聞くと蘭は「眼鏡をかけた若いイケメンのやせ型の人だったよ。おかしいと思って役所に電話したら小池って人が調査員として聞いて回っていることは間違いないけど」と声をあげた。
「おかしいな」
結城は声をあげた。
「薮原と益田の家に来た小太りの小池A、勝馬の家に来たスタイルのいいへっへっへな女の小池B、そして先輩のところに来たやせ型のイケメンの小池C。3人の小池がいるって事になるよな」
「つまり市民が確かめることを想定して調査員の名乗る名前を小池に統一したって事。でもこれって法律違反じゃない」と瑠奈。
「ああ、公務員法で聞かれたら本名を名乗るのは義務だからな」
結城は考え込んだ。
「でも私はてっきり在日だから調査されているのかと思ったよ」
と蘭はため息をついた。
「同じクラスの朴君にも調査員が来ていたらしいからね。あの市長在日差別繰り返してたし、それでかなって思ったりしてさ。でも日本人にも来てたんだ」
蘭は少し安心したようだった。
「しかし気味が悪いな。一体何の目的で家の財産情報とよくわからないRの情報をあの市長は聞き出しているんだ」
結城は携帯をカコカコし始めた。
「おう、秋菜。今家か。お前小池って市の職員が来ても絶対家の中に入れるなよ」
結城が携帯に電話をしているとき
「やほおおお、愛ちゃん。あ、勝馬さん」
と板倉大樹という勝馬の舎弟が躍り上がる様に部屋に入ってきた。
「お前何なんだよ。たるんでいるんじゃないか」
勝馬さん。俺はバイクの時の特攻服の格好いい文字を書くために愛ちゃんから習字を習う事にしたんですよ」
と大樹はかわいい女の子にマンツーマンで習字を習えることに心をぴょんぴょんさせていた。
「ああ、お前に聞いておくよ。お前の家に小池って奴来てたか。市の調査員の」と勝馬
「来てましたよ」
板倉は朗らかに言った。
「何!」その場にいた全員に視線を注がれて、板倉大樹はたじろいた。

2

「ど、どうしたんですか」
板倉が声をあげた。
「どんな奴だった」勝馬が肩を掴んでゆすった。
「スタイルのいい女の人でしたよ。胸の谷間がエッチだったなぁ。へっへっへっへ」
「Bか」結城は反芻すると「Dはあったよ!」という板倉の抗議をスルーして尋問でもするように結城は聞いた。
「Rにはなんて書いてあった」
「Rはさすがにでかすぎだろう」
「じゃなくて! そのエロい小池さんがメモしていたR欄の内容だよ」と勝馬
「ああ、応対したのは姉貴でした。なんか車も家電も価値なしって書かれて、Rってところだけ〇されたって喜んでいました。確か数字の21に〇がついていましたねぇ。何の21なんだろう。まぁ、うちには泥棒に知られて困る財産なんかないんで気にしませんけどね」
 その時後ろで考え事をしていた都は突然頭に何かを走らせた。
「ねぇ、みんな。聞きたいことがあるんだけど」
都は全員を見回した。
「なんでみんなRの数字を覚えているの?」
「ん?」
結城がいぶかし気に都を見た。
「だってクイズ番組じゃないんだし、みんなが調査員のメモのRの数字を覚えているなんておかしくない?」
「ああ」千尋は安心してと言わんばかりに言った。
「私の場合は40と16が私とお母さんの年齢だから覚えていたのよ」
「俺もですよ。お袋と彩香の年と同じでしたからね」
「え」
板倉大樹が声をあげる。「俺は姉貴の年齢と同じだなって覚えていたんですけど」
「韓先輩にはお母さんと妹さんがいるんですよね」
都にじっと見られ、韓は真っ青になって頷いた。
「私はお母さん、小学生の時に亡くなっちゃったから」と益田愛。
「つまりあの数字はこの家の女の家族の年齢を意味していたって事か。でもあの〇とか×って…俺のお袋はなんで×を付けられたんだ」
勝馬が焦りだす。「まさか殺されるんじゃ」
結城は焦る勝馬を見た。勝馬の母親はまぁイメージ通りのジャイアンママタイプのお母さんで、勿論会えば勝馬の父親が惚れるのも無理もない凄いいいひとなのは間違いないが、女をもの扱いするようなクズには悪い評価を一方的にされたのだろう。一方で千尋の母親は兄貴の年齢からすれば40はいっているはずだがかなり若く見える。問題は勝馬の妹の彩香だ。まだ11歳だが5年生ともなれば体は少しずつ女の子らしくなってくるころだろうし、そういう年齢の女の子が好きな変態がこの世にいることは結城も知っている。千尋も愛も蘭も多分かわいい部類に入るだろうし、つまり見た目による評価なのか。随分と自分でも嫌になる思考から頭を背けて都を見ると、都は勝馬を落ち着かせようとぎゅっと腕を掴んでいる。
「問題はなんで千尋ちゃんと愛ちゃんと勝馬君と板倉君の家に調査員が来たかなんだよ。勝馬君と板倉君と千尋ちゃんと愛ちゃんが一緒にいた事って最近あった?」
「そういえば市長選があった1か月くらい前かな」
千尋が思い出した。

 駅前のロータリーで
在日朝鮮人はこの街から追い出し本当の愛国者に全てを還元する社会にします」
とわめく高橋桜花という脂ぎった51歳の親父に、「うるせえよ。公共の汚物‼」と千尋が叫んで横断歩道を渡ろうとすると、突然女子高生を高橋桜花の運動員が国家社会主義的な色と形のジャージで千尋を取り囲み「演説妨害だ」「私人逮捕だ」と掴み倒し、いきなり胸を揉もうとしてきたのだ。益田愛が「やめてください」と千尋を助けようとして突き飛ばされ、その瞬間をマクドナルドから出てきた勝馬と大樹が見てしまったのだ。あとは横断歩道で大げんかである。双方とも通報を受けた警察署でたっぷりと絞られた。結局厳重注意処分だったが、勝馬に対して声を上ずらせビビッている高橋代表の姿が動画サイトYouTubeにアップされ、滑稽に反対派に取り上げられたのだ。

「その時の縁で今板倉の奴は益田に習字教えてもらって喜んでいる訳か」
結城はため息をついた。
勝馬君、あのまま行けば停学食らいそうな暴れ方してたし、大変だったんだから」
千尋が益田愛と顔を見合わせた。
「韓先輩と朴先輩か…2人は多分在日コリアンだから調査の対象になったんだろうな。あの市長の公約が、在日朝鮮人を市から追放…」結城は韓を見た。
「信じらんない」
韓蘭は腕組をして教室の外を見た。
「それにそれとその家族の財産と女を把握する事に何か意味があるの?」
「大ありかもしれません」
瑠奈が突然声をあげた。
「瑠奈ちん?」
都が瑠奈を見上げる。
ルワンダ大虐殺って事件が25年前にあったの、知ってる」
Twitterデマとかヘイト発言とかが問題になるたびに、それが大爆発して何十万人もの人間が殺された事例として、よく上がるな」
結城は瑠奈に言った。瑠奈は頷いてから言葉を続けた。
「あれはラジオで扇動された一般市民が虐殺を始めたってイメージがあるんだけど、実はそうじゃないの。本当は虐殺に市民を参加させるために周到に計画が練られていたって言われているの。そして虐殺を扇動する人が虐殺される人から財産を奪えるように、その人の資産や家族の中で綺麗な女性や女の子をリストアップするようなことが行われたらしいわ。そして虐殺者は無理やり普通の人を虐殺に加担させながら、自分たちは確実に殺される人から財産や女性を奪っていった…」
「ちょっと待って…じゃぁ何か。あのメモに書かれた『R』って」
結城がひきつった声をあげると、瑠奈は結城を見てはっきりと言った。
「Rape(レイプ)」
「今の市長がこの南茨城市で虐殺を再現しようとしてるって事?」
千尋が瑠奈に聞いてから、一人でさらに言葉を続けた。
「でも市長がこの日本でこんなことをしたら、捕まるでしょう。そうしたら死刑になっちゃうよ。警察が止めに入って終わりじゃない?」
「いいや」
結城は声をあげた。
「日本でも外国人やそれっぽい人を大量に虐殺した事件が関東大震災であった。大きな災害の時にみんなが『朝鮮人に井戸に毒』とかデマを信じて自警団を組織。朝鮮人やそれっぽい人を次々に殺していって、何千人も虐殺されたんだ。今だって熊本の地震の時にライオンが逃げたとかいう下手糞などう見ても日本じゃないコラージュにみんな騙されただろう」
「虐殺事件を起こすなら、多分今からくるこの台風を利用するよね」
都は言った。
「あの台風で市長自らが在日外国人が暴れているとデマを流して、災害で混乱している中で自警団を組織するように言う。そして市民が混乱している間にリストアップした人たちを実際に殺して、市長や市役所の情報に踊らされたみんなが殺人に加担するようになる。災害の時ってみんな不安になっているはずだし、トップの人の言うことをみんな聞くことでしか安心できなくなる事ってあるみたいだしね」
「うそでしょ」
千尋と愛が真っ青になった。
「都さん、嘘ですよね。こんな台風の中で…こんな、令和の時代に虐殺なんて…嘘ですよね」
「大丈夫…」
都は言った。
「今の推理を私長川警部に伝えるから…。警察も災害デマには十分注意しているし、長川警部だったら捜査一課を動かして…何とかしてくれる」
都はしっかりとみんなの目を見た。

「都」
結城竜は島都と一緒に暗い住宅地を帰った。電灯が等間隔で並んでいるがそれが広すぎるため道はほとんど真っ暗だった。
「長川警部に通報って…どうするつもりだ」
結城は声をかけた。
 台風の前か、生暖かい空気と風が夜道をさらに不気味にしている。
「今の段階だと市役所の職員となる奇妙な連中が在日コリアンや市長の反対者の家で財産や女性の状況を確認していたってだけの話だ。しかも現段階では公式な市の調査になっている。Rの意味にしたって現段階では証拠はないんだ」
「うん」
都は前を見て頷いた。
「まぁ警部ならお前のよしみで動いてくれるかもしれない。でもこの問題が本当ならば捜査一課の一班でどうにかなる問題じゃないぞ。この台風が来るまであと48時間もねぇ。虐殺をどうやって止めるんだよ。長川警部が」
結城竜は都に声をあげた。
「そんなことより、勝馬や薮原や益田とか板倉だけでもこの市から逃げるように言うしかねえだろ」
「それは勝馬君や千尋ちゃんたちが決めることだよ」
都はまっすぐ見て、そしてにっこり結城を見て笑った。
「大丈夫! 明日までには絶対いい方法を考えるから」
「都…」
都の家の前で結城は脱力したように言った。
「じゃぁ、結城君。明日また起こしに来てね」
「自分で起きろ」
結城はそれだけ言うと自分のマンションに歩き出した。都はそんな結城を見送った。
 その時だった。何やら風鈴のような鈴の音が聞こえてきた。都はその音に振り返った。
 結城の歩いて行った方向とは逆の方向に歩いて行った。鈴の音は暗い夜道でどんどん大きくなっていく。

 茨城県警捜査一課。水戸市—。
「はい、もしもし」
黒いスーツの長川朋美警部は捜査一課の班長のテーブルで携帯をとった。
「都か…どうした」
—岩本君が…。
友人でいくつもの事件を一緒に解決してきた女子高校生の震える声が聞こえてきた。
—岩本君が…目の前に…。
「なんだって!」
女警部は前のめりになり、女子高校生探偵に叫んだ。

名探偵コナン「不確定要素殺人事件」

名探偵コナン「不確定要素殺人事件」

1

「ぎゃぁあああああああっ」
夜の岸壁の水面で若い女性が凄まじい悲鳴を上げて暴れまわる。月明かりに照らされた水面には赤い花のような液体が広がり、やがて女性は水面下に沈んでいった。その後恐ろしい背びれが水面を走っていく。
「お前が…お前が悪いんだ。俺を束縛しようとするから」
眼鏡の背広の男大河原伸が岸壁の上から声を震わせていた。

炎天下の茨城県鹿島灘海水浴場。
「すっげー、綺麗だな」
「わーい、泳ごう」
少年探偵団の子供たちは大はしゃぎで博士のビートルからビーチに走っていく。
「博士、ロボット理論の学会はどうだったんだ」
コナンが博士を振り返ると阿笠博士
「なかなか上々じゃったわい。特に熱探知ドローンは災害救助の面からかなり聴衆の食いつきは良かった。何よりロボット工学では日本最先端のつくばで発表出来たんだからな。これも哀君のプログラムのおかげじゃわい」
「で、その時のレセプションパーティーでメタボらないためにお前までついて来たってわけか」
コナンはジト目で後部座席から出てきた灰原哀を見た。
「放っておくとすぐに肉ばかり食べるでしょう。こうやって人があまりいない海岸で海鮮料理を食べるのが一番だわ」
「何言ってるんだよ。こんな格好で」
サポーター姿の灰原の姿をコナンはジト目で見る。
鹿島サッカースタジアムで比護の雄姿を見るのが、メインイベントなんだろ」
「うるさいわね!」哀が声を張り上げた。
「いい。ちゃんと横断幕を広げて、心を込めて応援するのよ。分かっているわよね」
その時、「えええ、なんだよーーーー」と元太の不満そうな声。日焼けしたTシャツの兄ちゃんと対峙している。
「駄目だって言ってるだろ。今日は遊泳禁止だ。サメが出ているんだからな」
「サメかね。鹿嶋灘では珍しいのう」
博士が若者の北谷勝馬、16歳に声をかける。
「3年前には何十匹もドローンで確認された。メジロザメの仲間で体長は4メートルはある奴も確認されたからな。今日も沖合数百メートルででかいのが泳いでいたからな」
その話を聞いてコナンは考えた。
メジロザメで4メートルクラスになるとオオメジロザメの可能性が高いな。確か蘭や園子を襲った海賊船事件のサメも…。お前ら、諦めて帰るぞ。凶暴なサメの餌になりたくないだろ」
「ええええ」
歩美が残念そうな声をあげる。
「サメに人が襲われる可能性なんて交通事故の何百分の一ですよ。そうそうある事じゃ」
「きゃぁあああああっ」
10代の女の子の悲鳴が聞こえる。波打ち際に何か肉の塊が転がっている。
「どうしたんだ」
近づこうとする元太にコナンは怒鳴った。
「近づくな!」
そしてゆっくり波打ち際で転がっている胴体が引き裂かれた死体を見た。
「こいつは…人間の死体だぜ」

茨城県警鉾田警察署。
 コナンは博士の事情聴取を待っている間、警察署のロビーにスーツの女警部が入ってくるのを見た。
「あれは県警本部の刑事課か?」
「気になるのかしら」哀がコナンを見る。
「ああ、サメに襲われた事故で県警の刑事課が来るのは腑に落ちないからな」
コナンは女警部が入っていった事務室の扉の隙間から眼鏡から取り外した盗聴器を中に弾く。
「やはり佐々木エミリで間違いないか」
女警部が所轄刑事に聞く。
「ええ、しかし事件性はなさそうですね。死因はサメに襲われたことによる失血死ですから」
所轄刑事は報告書を手に女警部に聞いた。
「つまり生きたままサメに襲われたと」長川はため息をついた。
「はい、死亡推定時刻は長時間海水にあって正確な死亡推定時刻は出ませんが、24時間は確実に経っていません」
「少なくとも昨日の夜12時までは生きていたよ」
女警部はため息をついた。
「この女は石岡市で発生した女子大生殺人未遂事件の被疑者として私らが追っていた人間で、警察のNシステムで先日別れた夫の大河原伸と土浦市で会っていた事が判明している。だが、私らが現場に急行した際には姿を消していて、15時間後にはこのざまって事さ」
そこまで盗聴した時だった。突然コナンは後ろからガバッと抱きしめられた。
「うわぁああっ、かわいいねぇーーーー。近くで見ると。げへへへ」
中学生くらいだろうかTシャツにハーフパンツのショートヘアの美少女がぎゅっとコナンを捕まえて後ろから持ち上げた。
「うわぁああっ、おお、お姉ちゃん放してよ」
バタバタしながら咄嗟に子供の演技をするコナン。だが少女はコナンを捕まえながら会議室の扉を平然と開けた。
「長川警部、ちょりーーーーす!」
少女の元気な掛け声に、長川警部は「ああ、都か」と平然とした声をあげた。
「で、ぬいぐるみみたいに抱えている男の子は」
「あんまりかわいいから抱っこしているんだよ。凄いんだよ。眼鏡のこの部分を取り外して」
都という少女は床から眼鏡の盗聴器を拾い上げて「あー、あー」と声をあげると、やべーと歯を見せるコナンの前で「声が眼鏡本体から聞こえる仕組みなんだね」とにっこりっ笑った。
「捜査のやり取り盗み聞きしていたのかよ」
長川警部がビックらこくが、コナンは「あ、あ、あ」と子供っぽくジタバタするしかなかった。
「子供っぽい演技なんて俺らの前ではする必要はねえぜ」
背後から精悍なイケメンの青年が現れた。
「結城君」と都がにっこり笑いかける。結城君は冷静に都の笑顔を受け流し、コナンを見た。
「お前が毛利小五郎って名探偵を操っていることはとっくにこの前のテレビ中継でこいつが見抜いていたよ」
とドングリ眼の小柄な少女を結城は指さした。都がでへへへへと笑う。
「別に俺らは驚かねえ。こんなアホ面の女の子でも茨城県じゃ有名な女子高生探偵なんだから」
結城は都に下ろされたコナンに言った。唖然とする所轄刑事に女警部の長川朋美はウインクしてから都に「勝馬君は、廊下のソファーで死体見てグロッキーになってるよ」と廊下を指し示し、結城君は「ち、しょうがねえなぁ」と歩いて行った。扉が締められる。
「長川警部が来るって事は、この事件が殺人事件かもしれないって事だよね」
と都。
「ああ、だがらこれから土浦市に住んでいる被害者と最後に会っていた人物に会いに行くんだが…都も来るか?」
「あああああああああっ」少女は素っ頓狂な声をあげた。
「今日は霞ケ浦で秋菜ちゃんも参加するカヤック大会だった。コナン君のお友達いるよね。コナン君のお友達の黄色い車に乗せてもらってちょっと行ってくる」
都はそう言うと唖然とする長川警部を置いて部屋を出ていこうとする刹那
「私の代わりにコナン君を連れていってね!」
と声をかけて走り去った。
(おいおい、いいのか)コナンがジト目で笑う。

 大河原伸はアパートで頭を押さえていた。テレビでは女性がサメに襲われて遺体が鉾田市の海岸で発見されたとニュースでやっていた。
―被害者の遺体には海洋生物の噛みあとがあり、鉾田市海域に出没しているサメなどがかみついた可能性も―
「くそ、俺が悪いんじゃない。殺すつもりなんてなかった。あの女を突き飛ばしたら、まさかサメに襲われるなんて思っていなかったんだよ」
言い訳のようにぶつぶつ言いながら頭を抱える大河原。その時部屋のチャイムが鳴った。
「すいません、大河原さん。警察です。ちょっとお話を聞きたい事がありまして」

 暗いアパートで大河原はちゃぶ台の向こうに座る女警部と眼鏡の子供に茫然としていた。大河原は筋肉質の精悍な20代の男だった。
「あの、この子は」
「すいません、夏休みの自由研究だそうで」
「はぁ」
(おいおい、捜査情報を自由研究にされたらどうするつもりだ)コナンが心の中で突っ込みを入れる。
「実はニュースで報道されているように殺人未遂の被疑者が鹿嶋灘でサメに襲われて死亡する事件がありまして。一応あなたは昨日の夜亡くなった佐々木エミリさんと会っていますよね」
「ええ、昨日の夜12時まで」
「会った理由は何ですか。あなたは土浦駅の改札口で佐々木さんと会っています。その後どこでどんな話をしていましたか」
土浦駅東口周辺をブラブラしながら、あの女…元々働いていた介護施設の上司だったんですが、僕と同じように仕事を辞めたアルバイトの女子大生の女の子に毒入りクッキーを送ってやったと当てつけのように言いに来たんです。そして仕事に戻ってくれないと今度はお前を殺してやるとナイフをチラつかせてきました」
「それで、どうしたんですか」
「僕は仕事に戻ると言って納得してもらいました。その後は知りません」
大河原は言った。
「ねぇ、その時なんで警察に通報しなかったの」
コナンが聞くと大河原は「面倒事には巻き込まれたくなかったんだよ。刑事さん。あの女はサメに食われて死んだんでしょ。土浦市は内陸都市で海まで50㎞はありますよ。あの女が生きたままサメに食われて死んだのなら、僕は彼女を鉾田市の海まで生きて運ばなくちゃいけませんよね。でも僕はあれからすぐコンビニの仕事に入って、彼女の遺体が見つかるまでずっとバイトをしていたんです。15時間ぶっ通しでね。監視カメラを確認すればいい…つまり僕に彼女を生きて海まで運ぶことは出来なかったわけですよ」

「確かに」
コンビニで防犯カメラを確認しながら長川警部は店長を見た。
「あんた、労働者を許可なく15時間ぶっ通しで働かせるの法律違反だぞ」
「彼がバイト不足の私を助けたいと名乗り出てくれたんですよ」
と兵頭店長が声をあげる。
「だが、あんたにはそれを拒否する義務があるわけだ」女警部はカメラを見ながら言った。
「こりゃ、完全なアリバイだな」
コンビニの前で長川警部はコナンを見た。
「さてコナン君。これで大河原さんのアリバイは完璧だったわけだが…」コナンを車の助手席に乗せながら、自分は運転室に座って、「君は彼の無実を信じるかい」
「えーーー、それは無理だよ」コナンは言った。麗敏な彼の知性は長川警部に試されていることを感じていた。
「だって、もし佐々木さんが殺されていなければ、大河原さんは無理やり前の職場で働かされていたんだよ。しかもやめた従業員を襲って回る様な危ない上司さんのところで」
子供っぽい口調で矛盾点を指摘する。
「それに亡くなった理由が溺れたのではなくてサメに襲われ殺されたことを知っていたのも変だよ。だって海で溺れて亡くなった可能性もあるわけだし。サメに襲われて人がなくなるのって日本では5年に1回くらいだもん」
とコナン。
「私もあいつは黒だと思う。佐々木は車なんか持ってはいないし、土浦から鉾田に出るバスもない。電車で利用したとすると絶対警察のサイバーに引っかかるはずなんだ。駅には鉄道警察のカメラがあるしな。だが佐々木は土浦駅で降りたのは確認されているが、そこから列車には載っていない」
長川警部はハンドルを手に考え込んだ。
「この土浦で大河原に何かされたんだ」

2

「長川警部って…何かアリバイトリックを疑っているの」
コナンは敢えてキョトンとした口調で聞いてみる。
「いや、それもわからないんだ」
長川は車の中で考え込む。
「今回のアリバイはサメが人間を生きたまま襲って成立しているアリバイだ。だがサメが人間を襲う可能性は偶発的で、たとえ何かトリックがあって彼女を大河原が海に連れていって突き落としても、彼女がサメに襲われるとは限らん。溺死とかなら風呂にいれた海水で溺死させるとかがあるんだが…」
「まぁトリックとしては不確定だが土浦駅のすぐ東は霞ケ浦だから…そこから生きたまま浮き輪で流して、利根川通って銚子まで流されてサメに襲われて…って方法もあるかもだが」
霞ケ浦は日本第二の湖、流れは緩やかで15時間で銚子市の河口まではいかないし、間には水門だってあるよね」
コナンはそう指摘する。長川もその矛盾点は分かって言っていたらしく、ため息をついた。
(確かに警部の言う通りだ。今回の事件の大河原さんのアリバイは被害者が生きたままサメに襲われるという日本ではめったに起こらない事態によって成立させている。仮に大河原さんが何かトリックを使って被害者を海に運んだとして、生きたままサメに襲わせることが出来るのか。なおかつ遺体が発見されるとは限らないし…。勿論大河原さんが無理やり長時間バイトのシフトを入れたのはアリバイ作りの為だろう。しかし鹿嶋灘にサメが出るという不確定事項を計算に入れて、土浦から鉾田まで瞬間移動するトリックを仕掛けるだろうか…何かあるぞ。この事件。俺の想像を超える様な別の要素が…)
考え込むコナンを見て長川警部は目をパチクリさせた。そして
「君、本当に都みたいな探偵だな」
と感心した声を出した。
「あ…その…」
「かーーーっ」長川警部は頭をボリボリ掻いた。
「らしくねえのは都だな。君に推理を任せて自分はよりにもよって君の保護者と一緒にカヤック大会見物。ま、友達が出る大会なのはわかるけどよ」
その時、コナンは目を見開いた。
「長川警部! その都お姉ちゃんに連絡を取って」

 ビートルは大会が行われる湖畔に停車した。周辺は親水公園になっている。
「博士。博士ってつくばロボット学会のドローンを持っているって言ったよね。あれをちょっと出してくれないかな」
と都。
「おおおお、ドローンで撮影するのか」
「いいですねーーーーーー」
とはしゃぐ子供たち。しかし灰原は乗り気ではなかった。
「駄目よ。この大会はドローン撮影は禁止されているわ。早く降りて博士は私をスタジアムに連れてってくれないかしら」
「禁止事項は守らなくちゃいけないけど」
都は言った。
「人の命がかかっているんだよね」
彼女の笑顔に哀も思わず呆気にとられた。
「都…携帯が鳴っているぞ」
結城君が都の横で声を出すと、都は「長川警部だ」と電話に出た。
「そろそろ、電話が来ると思ってたよ」

 もうすぐ出場という事で、中学2年生の結城秋菜はワクワクしていた。そんな時だった。突然アナウンスがなされた。
「ご来場の皆様に申し上げます。先ほど、茨城県警の要請により、誠に勝手ながら、霞ケ浦ジュニアカヤック大会は、中止とさせていただきます」
「ええええ、嘘だろ」
「何があったんだよ」
抗議の声が上がる中、突然低空飛行で県警のヘリが市民の上をかすめていった。ヘリから身を乗り出す特殊装備の隊員と手にしたライフルが一瞬秋菜にも見えた。
「あれ特殊部隊じゃね」
「え、テロ? 無差別殺人」
不安そうな声が秋菜の周囲から聞こえてきた。ヘリコプターは湖の上で旋回し、突然銃声が響き渡った。

 茨城県警土浦署。再び任意同行された大河原伸は、目の前に現れた女警部と髭に眼鏡の博士を見た。
「貴方が大河原伸さんかね」
「ええ。今度は一体何の用ですか」
大河原は声をあげた。
「貴方がどうやってサメのいる水中に被害者を突き落として死に至らしめたのか。そのアリバイは崩れましたぞ」
「アリバイが崩れた? 僕は彼女と会ってから遺体が見つかるまでずっと土浦市のコンビニでバイトしていたんですよ。この内陸市に住む僕がどうやって佐々木さんを海に連れ出してサメのいる海に突き落としたんです。どんなトリックが使われたんです」
「トリックなんて使われていないんじゃよ」
阿笠=コナン変声機の声が鋭く光る。
「この事件のあんたのアリバイは偶発的な事例で成立している。あんたが仕掛けたアリバイトリックを崩そうと考えた時、この不確定要素が大きな障壁となった。完成度の高いアリバイトリックは偶然なんか利用しないというのが定石じゃからな。じゃが、発想を変えればいいんじゃ。この事件はアリバイトリックなんて仕掛けられていない。全ては偶然の産物なんじゃ。あんたはその偶然を利用して後付けで自分のアリバイを作り上げたんじゃ」
「意味が分かりませんが」という大河原に阿笠の声は続ける。
「あんたは土浦駅すぐの湖畔の公園で被害者トラブルとなり、思わず湖に突き落としたんじゃ。恐らく正当防衛に近い状態だったし、咄嗟の事でアンタに殺意はなかった。まさか突き落とした内陸都市の湖に大きな人食いザメがいて、それが佐々木さんを湖面に引きずり込むなんて、あんたも想像できなかったんじゃろ」
阿笠の声に大河原は茫然と立っていた。
「じゃが、いたんじゃな。霞ケ浦に全長4メートルの人食いザメが。そのサメは餌にありつけると学習したんじゃろう。再び霞ケ浦に入り込んでおった。カヤック大会が行われる淡水湖のすぐ近くにな」
「サメは海にいるものでしょう。霞ケ浦は淡水湖だ。サメなんて」
大河原の反論に阿笠の後ろでコナンは言った。
「それがいるんじゃよ。凶暴でかつ淡水にも耐性があり、アメリカでは川を何千キロと遡上し、人的被害を出しているオオメジロザメという種類じゃ。日本では沖縄の川でオオメジロザメが遡上して、那覇の繁華街の川で吊り上げられる事件も起こっているが、本州ではオオメジロザメ自体いないと考えられておった。ところが猛暑の影響か2015年に鹿嶋灘で4メートル級のメジロザメが多数確認された。メジロザメ科は外見から見分けるのが難しいと考えられておるが、4メートル級となるとオオメジロザメの可能性が極めて高いと言われておる。そして淡水に耐性を持つオオメジロザメ利根川などの大河を通って霞ケ浦のような大きな湖に侵入する事も理論的には考えられる。とはいえ今回の事例は本州の河川にオオメジロザメが侵入した初めての事例で、淡水におけるサメの死亡事故としても初めての事例じゃ。もっとも海外ではオーストラリアや南米で川でサメに襲われて死傷する事故はおこっているようじゃが」
長川が説明を引き継ぐ。
「ここんところ記録的な猛暑で水温があり得ないくらい上がっているからな。霞ケ浦で明らかに人間を狙って泳ぐオオメジロザメをこのなんでも博士が開発したドローンが見つけ出してくれたはいいが、霞ケ浦の漁師さんに人食いサメを仕留める装備も経験もなかった。ほとんどの漁師はシジミを養殖しているからな。そこで駆除したイノシシの血を川に流してサメをおびき寄せ、上空から特殊部隊がライフルで仕留めた。人的被害に関与した事が考えられるからな。今オオメジロザメの遺体を解剖した結果。未消化の人体組織が見つかり、佐々木エミリさんのものと断定されたよ」
女警部に理詰めされ、大河原は観念した。
「殺すつもりはなかったんです。あの女が襲ってきたから思わず湖に突き飛ばして…まさか湖にサメがいるなんて…。正当防衛だったんですよ」
慟哭する大河原に長川は「それなら何でそう言わなかった。我々だってあの女の所業は知っていたし、事情をちゃんと話せば起訴される事はおそらくはなかった。あのサメでもう少しで子供たちに犠牲が出ていたかもしれないんだぞ」とため息をついた。
「あのサメは遺体を食らったまま、海と霞ケ浦を往復しておった。サメは最近学習能力があると判明しておるからのう。間違いなく霞ケ浦で人間を食べようとしていたのじゃ。カヤック大会が中止にならなければ、子供たちに被害が出ていたかもしれん」
と阿笠。大河原は座り込んで慟哭した。
「あの女が怖かった。働いている最中も物凄いハラスメントを受けて…意味もなく首を絞められたりスタンガンあてられたり、母を職場に呼び出され、その前で裸にされてひたすら蹴られていた事もありました。母と泣いて上司に謝りました。給料も100万円以上恐喝されました。包丁で体を切られた事もありました…。仕事をやめようものなら追いかけてきて殺そうとまでしてきて…昨日もあの女呼び出しに応じないと僕の妹に危害を加えると言ってたんです。あの女なら本当にやりかねないと思いました。…事情聴取されて…あの女が会話に出てくるのさえ怖かった。だから知らないと言ったんです。本当にすいませんでした!」
苦渋の表情で大河原は頭を抱えた。

 警察署の廊下でコナンに向かって拍手している少女がいた。島都だった。
「凄い、コナン君。今回もコナン君の凄い推理が光ったね」
都が言うとコナンは不敵な笑顔で都を見た。
「嘘つき」
「ほえ」目をパチクリさせる都にコナンは言った。
「都姉ちゃんは鉾田警察署で可能性にたどり着いた。だから犯人捜しは僕に任せて、霞ケ浦ジュニアカヤック大会に向かったんだ。犯人捜しよりも人の命が都姉ちゃんには大切だったんだよね」
「ふふふふ、じゃあね。今度はいっぱいむぎゅーってさせてね」
「それは遠慮しとく」
コナンは苦笑して結城君が待つ廊下に歩いて行った。

「哀ちゃーん。元気出して」
心配そうに後部座席に倒れ込み目が点になって昇天している哀に歩美が言う。
「比護さんの試合に行けなかったのが辛かったんですね」と光彦。博士も元太も困り果てている。
「こりゃダメだ」
コナンは苦笑した。

おわり

孤島殺人1

少女探偵島都「孤島殺人」

1

「多摩明子君から聞いているよ」
茨城県常総高校の校長先生は、校長室で入学希望者の結城竜に聞いた。
「君は非常に優秀な成績で入学試験を受けた。さらに少年院での受刑態度も非常に立派だった。3年前の事件は社会に大きな衝撃を与えたが、同時に教師による性犯罪も暴かれ、正当防衛に近い君には全国から多くの除名嘆願が送られた。よって君が犯した罪について誰にも口外しないことを条件に入学を認める事としよう」
「ありがとうございます」
結城竜は頭を下げた。
 校長室を出てから結城はため息をついた。
「まさか本当に多摩先生の忖度が通じるとはねぇ。一体どんなからくりだったんだ」
一方校長室では校長先生が多摩明子という児童相談所職員からの「推薦」を見てため息をついた。
―校長先生❤ もし結城君の過去を理由に入学を拒否なんかしたら、過去に校長先生がやらかしたあんなことやこんな事全部ばらしちゃうからねん。
彼が教諭だった時代に女子高生だったあの小娘のにかッと笑ってVサインが思い出される。シロクマ先生の名前で著書まで出していたこいつにとって、暴かれてはならない秘密を。

 県立高校の入学式はいたって簡単である。
 まず指定された教室に行って担任の先生の自己紹介やって自分の自己紹介をする。結城は案の定一番窓際後方の席だったため、緊張して自己紹介している生徒たちの内容を見極めて、どれくらいが平均なのか考える事にした。そして導き出した結果が、
「結城竜です。中学時代は県北の学院に通っていました。趣味はあー、ちょっと考えつかないです。好きな事はこれから見つけていこうと思っています。よろしくお願いします」
と頭を下げるというものだった。そりゃそうだろう…今まで少年院に入っていた浦島状態なんだから。
 その後全員で並んで牛の群れみたいに廊下を歩いて入学式に向かう。大勢の在校生や両親に祝福されて照れ臭い。校長の長い話の次に、新入生代表が式辞を読むはずだった。だが、その大役を担う小柄な女子高生の名前、島都が呼ばれて、結城は血流が逆立ち、びくっとなって、隣のパイプ椅子のポニーテールの少女に怪訝な顔をされた。
「し、し…しんにゅうせい…だ、だ…だいひょう…あ…あいさつ」
島都…忘れもしないあの少女…。あの少女が新入生代表挨拶を任されてかみまくっている。
「こ…こ…」
足元がふらついていて結城竜はやばいと予測して体が動いた。パイプ椅子から立ち上がるとびっくりした新入生をかき分けてスライディングで彼女の足元まで駆け寄った直後、彼の予想通り真っ青になった小柄な美少女が壇上から真っ逆さまに倒れ落ち、その頭が結城のみぞおちに思いっきり入って…結城がぐおおおおおおっと声を出した。そして次に結城が目を覚ましてみたものは、保健室の天井だった。
「俺、死んでんじゃね」
「生きてるよ」
結城の鞄を彼の視界に翳しながら、彼の前の席に座っていたポニーテール少女がため息をついた。
「びっくりしちゃったよ。ま、おかげで劇的なものを見せてもらったけどね。これ、何か物語始まる雰囲気じゃない」
「人生が終わるかと思ったよ」
ニカッと笑うポニーテール少女に結城はため息をついた。そして鞄を持ってきてもらったぎりに気が付いた。
「ありがとうよ」
「どうってことないよ。あ、私は薮原千尋。一応同じクラスだしよろしく」
「結城竜だ」
彼は頷いた。
「で、卒業式は終わったのか」
「あの小さい女の子の友達が代わりに式辞を読んでくれた。その友達何度も君の事を気にしていたみたいだよ」
千尋は保健室の扉を開けると、黒髪のスラリとした体格の美少女が入ってきた。
「本当にありがとうございます!」
自分の事のように彼女は頭を下げた。
「頭から落ちていたから、貴方が助けてくれなければ本当にどうなっていたか。本当に私パニックになってて、何も出来なくて…そんな私に運ばれる前に式辞を読むように言ってくれましたよね。ありがとうございます!」
「あの子は無事なのか」
泣きながら頭を下げる美少女に結城は言った。
「はい、今お母さんが迎えに来ました。なんか、昨日緊張して寝られなくて、栄養ドリンク10本くらい飲んだらしくて…」
「馬鹿だろ」
結城は呆れたように言った。
「まぁ、無事でよかった。俺はもう大丈夫だから」
結城はそう言うとベッドから起き上がろうとして、いたたとお腹を押さえた。
「あ」
少女が慌てて彼を支えようとすると、ふと彼に気が付いた。
「も、もしかして…結城君って、愛宕小学校の結城君?」
「…」
バレたかと結城は思った。彼女が高野瑠奈だとはとっくに気が付いていたが、いろいろあった島都という少女には顔を合わせたくなくて知らない振りで通そうとしていた。
「おおお、知り合いだったのか」
千尋スマホを構える。
「何撮影してるんだよ」
「いや、これはいろいろ始まるなって思ってさぁ…『悲しみの向こうへ』ってドラマ当たりのストーリーが」
けらけら笑う千尋
「最近のドラマは知らん」
結城はため息をついた。
「でもびっくりしちゃったよ。都が転校してきてから2日くらいで転校しちゃったんだもん」
「まぁな」
どうやら愛宕小学校の先生はうまく隠してくれたらしい。恐らく少年法が適応されるにしても学校に来なくなった子供がいればおのずとわかるだろうと思っていた結城には意外だった。
「大丈夫…帰れる?」
心配する瑠奈に「ああ、大丈夫だ。バスで来たし」と結城はため息をついた。
「無理はしないで、勝馬君って知っているよね。小学校時代の。忘れたかな。その子が結城君を送ってくれるって」
と瑠奈が保健室の扉を開けて、ガタイのいいガチムチのハゲの少年が物凄い表情で結城を見つめていた。
(北谷勝馬…こいつは忘れられねぇ。小学校の番長気取っていつも俺に挑んできたからな)
勝馬は牡牛のようにゴゴゴゴゴと闘志を燃やしていたが、案外天然な瑠奈は
勝馬君、結城君を家までおんぶしてあげてね」
「はい、瑠奈さん」
と女の子にでれーっとしている。
(変わってねぇ)
結城はため息をついた。

「馬鹿野郎、降ろせよクソ野郎」
通りで結城は勝馬の背中に背負われながら喚いた。
「うるせぇ…俺だってお前なんか背負いたくねえよ。でも瑠奈さんと都さんのたっての希望だったんだ。都さんは病院に連れていかれる時、ずっとお前を見ているって言っていたんだぞ。それを納得させる条件がお前をおんぶさせるって事だったんだ」
勝馬は真っ赤になって喚いた。
 結城はその時の都を想像して目を丸くした。
「だからお前は何が何でも運ばれてもらうぞ」
勝馬は赤くなりながら喚いた。
「変わってねえよ。タコ」結城は背中で悪態をつく。
「それからそこ、嬉しそうに撮影するな! お前は俺らと同じ学区じゃねえだろ」
瑠奈の横で●Recしているポニーテールの少女に結城は赤くなって喚いた。

「はぁ」
結城はため息をついた両親のいない自宅マンションで倒れ込んだ。
(疲れたぜ、初日から)
ふと暗い天井を見上げた。
(島都は当然俺が2年前の教師殺人事件の犯人だと知っているよな。生徒をレイプしたり殺そうとするような酷いセンコーだったが、実際に2人殺しちまった俺も許されないことをしたわけで。それをなかったことにして学園生活を送ろうだなんて…俺も酷い奴だよな。神様も許さないわけか)
ピーンポーン
「くそ、誰だよ。NHKか、宗教か」
結城はため息をつきながら玄関を開ける。
「ここはセキュリティ―付きの部屋だぞ」
結城は思いっきりガンつけモードの顔で扉を開けて、目を見開いた。
「ゆ、結城君!」
小柄なショートヘアの美少女がにっこり笑ってそしてしがみ付いてきた。
「ひいいいいいいいいいいいいいい」
結城が悲鳴を上げる。
「結城君、良かった。私石頭だから心配していたんだよね。無事でよかったよ」
思いっきりムギューされてわき腹の痛みに響いた。
「都! 脇腹の痛みに響く…」
結城が葬式Modeの声で言うと、都はパッと手放して玄関で倒れ込む結城に「ごめんごめん」と言った。
「結城君にまた会えるなんて…凄く神様に感謝だよ」
「俺はお前の頭突きで入学式途中退席なんて思いもしなかったぜ」
結城は笑った。
「結城君がお買い物行けてないと思って、カップラーメン買ってきたんだよ。私が作ってあげるね」
「待てよ‼」
当たり前に部屋に入ろうとする都を結城は鋭い剣幕で止めた。
「ほえ」
都は目をパチクリした。都の怪訝な顔を見る結城。結城には言いたい事がいっぱいあった。こいつは俺を殺人者として推理でその罪を暴いた。6年生の時に。そんな女の子が殺人者の家に当たり前に入って来ている。あの時彼女は物凄い傷ついたはずなのに…当たり前に入って来ている。しかし、少女の天然で怪訝な目にはそれらすべてに動じない迫力すら、結城には感じられた。やがて彼はため息をついた。
「お前、体調は大丈夫なのかよ」
「あ」
思い出したかのように都の顔が真っ青になる。結城は絶叫した。
「馬鹿野郎! お前…何やっているんだよ。お前のお母さんの電番教えろ。このクソがぁ」
結城は都をお姫様抱っこしてベッドに連れていく。

「必ず殺してやる! 必ず殺してやる!」
殺人者は激しい憎しみを暗い部屋に吐露していた。
「全ての準備は整った、必ず殺してやる!」

「結城君! 見てみて‼ タイタニックタイタニック…」
都が船の先頭で十字に手を広げてみせる。
「馬鹿野郎、船沈める気か」
結城は突っ込みを入れた。「あぶねえから座ってろ。ここ、暗礁多いんだぞ」
「ははは、この船もタイタニックみたいにデカけりゃなぁ」
北谷勝馬の叔父、北口亥治郎(38)が隙間だらけの歯で笑った。
「見えて来ましたぜ」
額にタオルを巻いた北谷勝馬が海の男を気取って瑠奈と千尋に島を指し示す。
「霧骨島…民宿ボーンがある島です」
春の濃霧の中に浮かび上がる不気味な島。この島で都と結城は恐ろしい事件に再び遭遇する事になる。

2

休み時間に教室で転寝している結城君。彼は目立たないポジションを確保しつつ静かに学園生活を送る算段だった。しかし彼の耳にかすかに女子の噂話が聞えてくる。
「ねぇ、あの結城君、新入生代表の子を受け止めたの凄くカッコよかったよね」
「すごい、顔も鮎川太陽君に似ているし。凄くイケメンだし、私もああやって助けられたい」
「でも彼には好きな人がいるんだって」
「え、だれだれ」
「ほら、6組に体が大きな怖そうな北谷勝馬君ていう」
「ちょいまてぇ」
結城は前で随分と腐って良そうな薄い本を堂々と読んでいるポニーテール少女に喚いた。
「変な噂流してるんじゃねえ」
「違うの」
ポッキー頬張りながら千尋が怪訝な顔で振り返った。
「やっほーーー、結城君!」
瑠奈を従えて小柄な美少女島都が隣のクラスから元気いっぱい入ってきた。
「結城君、ついに私たちの秘密基地が決定したのだよ。千尋ちゃんの根回しのおかげでね」
千尋がえっへんと胸を張った。
「さぁ、行くよ」
都は結城の疲れ目もお構いなしに手を引いていく。
 世間では部活勧誘真っ盛り。結城は背が高く体も強そうなので、バスケ部や柔道部からお声が掛かっていた。しかし彼自身スポーツに青春をかける柄ではない事と、あと実はすでに部活は決まっているという理由で断っていた。その部活とは。
「じゃーん!」
都は書道部の準備室にて両手を広げた。
「ここが私と瑠奈ちんと勝馬君と千尋ちゃんと結城君が加入する探検部の部室なのだ」
「探検部」
結城が呆然とした声で言った。
「何をする部活。廃墟探検」
「あ、それも面白そう」
千尋がメモを取る。
「一応面白そうなことがあればそれに参加して、なければここでお喋りする部活かな」
瑠奈が笑顔で結城に説明する。
「S〇S団みたいな奴か」結城はため息をついた。
「なんでお前がいるんだよ」
自分以外女の子オンリーになるはずを邪魔された勝馬が物凄い怒りのオーラで結城を見る。
「てかなんで俺が入っているんだよ!」
「いやー、部活5人集まらないと申請できないからさ。結城君の名前借りちゃったよ」
「お前、昨日俺に運動部とか入らないのって聞いていたのはそれだったのか」
結城は千尋をジトッと見た。
「結城君もきっと気に入る楽しい部活だよ。入ってくれるよね」
太陽のような都の笑顔、結城はそれを見て「部員になって良いです」と小さく返事をした。
「さて、探検部第一回会議を始めます。議題はズバリですね」
瑠奈が一同を見回した。
「予算です!」
瑠奈の声が急に埴輪みたいになったので、結城は見回した。
「やばいのか。予算そんなにやばいのか…」
しかし面々を見る限り、まぁそうだろうなぁとため息をついた。
「瑠奈さん、心配しないで下さい」
勝馬が息巻いて挙手した。
「はい、勝馬君!」都が発言を嬉しそうに促した。
「実は俺のオジキの地元が北茨城の海沿いにあるのですが、その小さな島霧骨島の民宿に5人アルバイトの募集がありました。是非学校の友達を連れてきて欲しいそうです」
「おおおおおおおおおお」
都が目を輝かせた。
「民宿のバイトって大変だぞ。このメンバーで務まるのか」
結城が懐疑的な声を出した。
「ああ、大丈夫です。去年俺の仲間を連れて言ったら、ほとんど客来ないで食って寝て食って寝てして金貰っていましたから」
「てか、それで民宿の経営成り立つのかよ!」
「うおおおおおおおおい、やったぁあああああああ、食べて寝てお金がもらえて海で遊べるんだぁ」
都は両手をパタパタさせて勝馬と踊りだした。
「もうなる様になってくれていいや」
結城はため息をついた。

 しかし漁船の上で霧骨島を見上げて、結城はその不気味な島影を見てため息をついた。東西南北2㎞もない小さな島。無人島ではなく数世帯が住んでいるらしく、小さな漁港もある。本土からの距離は2㎞くらいなので、そんな孤島というわけでもない。買いだした荷物を軽トラに積み込んでその荷台に5人が乗って、漁港から坂道を上がって見晴らしの良い場所にある民宿ボーンにたどり着いた。
「見事にさびれているなぁ。荷役を手伝いながら要領よく民宿に運び込みながら、結城はため息をついた」
「今日はお客さんが1組3人来るから、ちょっと忙しくなっちゃうけれど。花火やスイカも用意してあるから頑張ってください」
北口亥治郎は海の男って感じで非常に低姿勢な人物だった。
「ここの宿代っていくらくらいなんです」
結城がリネン室でリネンを受け取りながら北口オーナーに聞いた。
「4800ですね」
「俺らの時給800を考えると大赤字になりません?」
「いや、今日くるお客さんはちょっと特別な方でね。丁寧なおもてなしをするように秘書さんからお金をもらっているんですよ。県議会議員と県の教育委員会の上の方の人だそうです。本来だったらこんな民宿には宿泊しない人なのですが、この島には他に宿泊施設がなくて」
「なるほど」
食堂厨房では都と瑠奈と千尋が玉ねぎと格闘していた。
「うおおおおお、目が目がぁああああああ、って千尋ちゃん、ずるいよ。水中眼鏡なんかつけて」
「ふふふ、こういうのは準備が必要なのよ」
と笑顔の薮原千尋
「都、カムカム」
結城が外から呼んだ。
「オーナーが2人、近くの農園に行ってアスパラガスとトマトを貰ってきて欲しいんだと…こりゃ、酷い顔だなぁ」
結城は玉ねぎガスで涙声の都を見てため息をついた。

 島の木々に覆われた未舗装道路を歩いて5分の場所に「チャイルド・サイエンス農園」の看板があった。奥にはビニールハウスが見える。
「うわぁ、いかにも山岸さんって感じの」
結城は呆れたようにブザーを探して
「これ、勝手に入っていいのかな」
と聞くと、
「ダメって書いてないから良いんだよ」
と都は笑顔で手をブンブン振って農園の中に入っていく。
 その時、「誰だ!」と怒鳴る男の子がして都は脱兎のごとく戻ってきて結城の背中に隠れた。その後ろからステテコに何やら木刀を持った危なそうなおっさんが出てきた。
「言わんこっちゃない。あ、民宿ボーンのバイトです。アスパラガスとトマトを頂きに上がりました」
結城が出てきた
「あ、そうでしたか」
急にステテコ男はにっこりと笑って木刀を隠すように背中を回した。
「私はこの農園主の島崎豊と申します。野田君…すぐにアスパラガスとトマトを」
「はい」
優しそうな若い男性野田征爾(22)が頭を下げて農園の奥に走っていく。
「さっきは申し訳ない。最近泥棒が多くて」
「こんな島にも泥棒が出るんですね」
「中国人の仕業です。日本の農産物は高く売れるので。こんな場所にも泥棒しに来るんですよ」
島崎豊(51)はそう穏やかに言いつつも、農園の内部を見られないように油断なく結城や都の前に立ちふさがっていた。
「お持ちしました」
野田が帰ってくると島崎は「代金はもう北口オーナーから受け取っておりますので」と会釈して暗に2人に変えるように促した。

「ヤバそうな農園だったなぁ」
帰り道段ボールをいっぱい抱えた結城は都に言った。
「お前消されるような変なものは見てないよね、変なお花畑とか」
「お花畑はなかったよ。ビニールハウスとあと貨物列車に積まれている大きな箱があったかな」
都は段ボールをぎゅっと抱えた。
「コンテナか。まぁ、消されそうなものなんかなくて良かったぜ」

だがその時、コンテナの中では「暑い暑い」と少年少女の悲鳴が聞こえていた。
「うるせえぞ」
大柄で筋肉室で迷彩服の大男、岩本承平(20)が鉄パイプでコンテナを打ち叩く。
「お前ら逃げようとしたからな。罰を与えてやる」
その様子を島崎豊が残虐な目で見ながら監視していた。

結城と都が民宿に帰ると、
「もうお客様が来ているよ」
とオーナーが2人を振り返った。玄関には既にスーツでびっしり決めた中年女性と口ひげが立派な男性、それに付き従う女性秘書が来ていた。
「今年もよろしくお願いいたします」
女性秘書の内原友恵(23)がオーナーに頭を下げた。
「私疲れちゃった。早くお風呂に入りたいのだけどいいかしら」
と教育委員長の梅川優貴子(46)が手で顔を仰ぐ。
「その後は晩酌だな。今日はかわいい女の子がバイトしているようだし楽しみだ」
県議会議員の城崎総十郎(65)がもう飲んでいるのかニタニタと出迎えた瑠奈と千尋を見回した。
「お前ら」
結城が玄関先で都に言った。
「絶対晩酌には出るな。これは俺と勝馬がやる」

 民宿で晩酌に参加していたのは、梅川教育委員長と城崎県議、そして島崎豊チャイルド・サイエンス所長だった。
「島崎所長の理論を茨城県の教育方針に据えれば、美しい日本国民の育成に貢献した教育先進県として今の内閣からその功績を高く評価されるでしょう」
梅川が勝手な事を言って島崎に酒を注ぐ。
「全くです。島崎さんの著書は総理も読んでいらっしゃるようで、是非島崎さんには新しい子供科学を実践していただき、その効果を日本中に示して欲しいものです」
と城崎総十郎。
自閉症児を治療したって事でノーベル賞貰えるんじゃありませんかね」
そんな声を聞きながら布団を敷く作業をしつつ廊下の方を見て仲居姿の瑠奈はため息をついた。
「これ、佳奈ちゃんのお母さんが聞いたらどう思うだろう」
「酷いよね」
都も沈んだ声を出した。
「佳奈ちゃんって」
結城が部屋に布団を敷きながら聞くと、「中学の同じクラスの自閉症の子」と都が言った。
「よくある自閉症は教育やゲームやテレビのせいって奴か。あんな妄想に偉い政治家や教育委員会のトップが乗っかっているというのは割と絶望的な話だな」
結城はそう言ったとき、
「おい、大丈夫か!」
と下で声がした。勝馬の声だ。
 慌てて結城が勝馬の方へと階段を駆け下りる。
「俺、長岡歩夢っていうんだ。今、教育委員長と政治家がいるんだろう。助けてくれ。俺、あそこの農園から逃げ出してきたんだ。もうこの島から出たいんだ。助けてくれ」
泣きながら縋ってくるのは頭を丸めた結城とおなじくらいの少年だった。酷く殴られている。
「どうしたんだね」
北口オーナーが顔を出した。
「助けて…助けて…」
そう取りすがる長岡歩夢(16)の首をを背後から掴み上げた存在がいた。筋肉粒々でゾッとする冷たい目をした大男。
「うわぁああああ、岩本さん」
岩本承平は長岡を物凄い力で締め上げながら
「迷惑をかけたな」
と一言言って長岡の体ごと踵を返した。
「待てよ」
勝馬が岩本の肩を掴んだ。
「お前、誰の許可取って当たり前に彼を連れて帰ろうとしているんだ、お?」
「よせ」と北口が喚いたその直後だった。一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし「ぐおおおお」と声をあげて勝馬が倒れ込んだ。
勝馬君!」
都が大声で喚く。
 物凄い冷たい目が、少女探偵を貫いた。

つづく

劇場版少女探偵島都3-平成末期の殺戮劇❹end


4

 理子の家。
「どうしたのかしら。こんな時間に」
富吉ゆかりはてっぺん超えちゃいそうな時間に突然家にやってきた理子の親友の真剣な思いつめた表情に優しい笑顔で彼女を中に通した。理子の遺影が飾られた祭壇の前で、ふっと秋菜はそれを見てから、パジャマ姿のゆかりを真っ直ぐ見た。
「理子は本当はバクトルスタンの子なんですよね」
その言葉にゆかりは一瞬驚いた声を出した。しかし秋菜をじっと見つめ、そして目を閉じた。
「私の先輩が気が付いたんです。理子ちゃんの体は爆弾でバラバラにされ、霊安室には首だけしかなかったのに、お母さんは娘の冷たい手を握ったって言っていました。お母さんは前にもう一人娘さんを亡くしていますよね。ここに引っ越してくる直前に」
秋菜に言われて理子の母親はぽつりと言った。
「理子は5年生の時、お風呂で心臓発作を起こしてね…。直前まで健康だったのに、私は目の前が真っ白になったわ」

霊安室の前で娘の遺体を見て茫然とし、フラフラと廊下を歩いている時、その時知り合いのバクトルスタン出身のお母さんが、入管職員に腰縄で動物みたいに連れまわされているのを見た。
「助けて…リコを助けて…」

「難民申請をしているバクトルスタン人の母子家庭だった。私がマンションに行くと、あのお母さんの娘のリコ…同じ名前で理子と仲良しでいつも一緒に学校へ行っていた女の子が、一人誰もいない部屋で泣きじゃくっていた。私はこの時決意したの。きっと理子は、あの子は友達を私が助ける事を天国から望んでいるって…だから私はリコちゃんを、自分の娘理子として育てる事にしたの…あの子は優しい子で、必死で娘の代わりになろうとしてくれた。でも、私はそんな事どうでもよかった…。あの子の笑顔が…あの子の笑顔が私にとって一番大事だったのに…どうして…よりにもよってバクトルスタンのテロリストに…理子をもう一度抱きしめたい…抱きしめて怖かったねって抱きしめたい! あああああっ」
秋菜の前でお母さんは絶叫した。

 秋菜はマンションから顔を真っ赤にして勝馬のバイクに戻ってきた。勝馬は下を向いて震えている秋菜にヘルメットをかぶせた。
「結城の馬鹿は秋菜ちゃんを家まで送って行けって言ったけど…。なんで俺があんな野郎の言う事を聞かなきゃいけないんだ。お客さん…どっちに行きます? 家か、水戸か…」
「水戸に決まってるじゃん」
秋菜は涙を目にためながらも決意に満ちた目を勝馬に向けた。勝馬はニヤッと笑った。
「そう来なくっちゃな」

 同時刻-真夜中の茨城県警察本部。
 途中茨城県警によって捜査の指揮を長川が執っている間、結城と都は県警のロビーで爆睡していた。未明…長川がソファーで泥のように眠っている都の鼻をつまんで「ふがー」と目を覚ました都に報告した。
「バクトルスタン共和国のザイエフ大使が今日成田から出国したらしい」
都は目を見開いてガバッと目を覚ました。
「それから秋菜ちゃんが私に携帯で教えてくれたよ」
長川は頷いた。
「お前の推理で間違いはなかった」
「わかった」
都は頷いた。そして長川警部と結城君をじゅんじゅんに見回した。
「これで全部がつながったよ…この事件の犯人は」

 黒い影は水戸市街地が見えるビルの屋上で、屋上階段の建物に寄りかかりながら、でじっと拳銃を見つめていた。
「もうすぐだよ…お姉ちゃん…。もうすぐ敵を取ってお姉ちゃんみたいな人をみんな助けてあげるからね」
拳銃を持った殺人鬼は、自分そっくりの容姿の姉の写真を見て、優しく悲しい声で言った。月明かりが、犯人の少女の顔を照らし出す。

「犯人は、富吉理子ちゃんなんだよ」
都は結城と長川に言った。2人は今までのやり取りからそれを覚悟していたのだろう。じっと都を見つめる。
「最初に変だなと思ったのは、あの大使が言っていた事なんだよ。私は背が小さいし子供っぽいから、理子ママの家にいる時、何も知らない人から見れば理子ちゃんの友達だと思う。でもあの大使は私を理子ちゃんの友達のお兄さんの友達だとわかっていたんだよ。そんな細かい情報をお母さんが大使に言う理由はない。って事は、誰か別のルートでそれを教えたことになる。多分理子ちゃんが大使に、島都には気を付けろって言っていたんじゃないのかな」
「しかし、あの首だけになった少女の遺体は…確かに理子さんのお母さんが本人だと確認している。あの遺体は誰のものだったんだ」
「あの遺体は多分、あの工場で働いていたバクトルスタン人のお姉さんなんだよ」
都の言葉に長川の目が一瞬見開かれた。
「普通に考えればお母さんがバクトルスタン人の理子ちゃんを養子に向かえたなんて事実を嘘で隠せるわけがないって思うよね。彼女が正真正銘の日本生まれの日本民族の日本人だとみんな思っていた。だからまさかバクトルスタン人で理子ちゃんそっくりのお姉さんがいるなんて思うわけがないんだよ」
都は静まり返った警察本部ロビーで長川に言う。
「だから犯人は人質もろとも爆弾で吹っ飛ばし、理子の体がその中にあったように見せかけたわけか」
結城は戦慄した。
「凶器に使用した拳銃はザイエフ大使が用意したものだ」
長川は結城に言った。
「調べて分かったよ。ザイエフ大使は理子さんの生まれた同じ部族の出身で、向こうは部族を中心とする社会システムが現役だってね。だからザイエフは理子に協力したんだ。多分公安が調べを付けるだろうな、ザイエフが実はあのテロリストにも武器を提供していたと」
「長野さんがホテルで殺された事件も、理子ちゃんとザイエフ大使がグルだと考えればトリックは簡単なんだよ」
都は言う。
「あの時大使と奥さんと一緒にいた10歳くらいの男の子。コナン君みたいな恰好をしていたからわからなかったけど、あれは13歳の理子ちゃんだったんだよ。そしてザイエフ夫妻は自らセキュリティを受けたけど、警察も子供まではセキュリティを受けろって外交特権のある人の家族に言わなかった。だから理子ちゃんはホテルに拳銃を持ち込み、長野薫を殺害した」
都は一瞬目を鋭くした。
「確かに、あの時私は子供には硝煙反応を調べさせなかった」
長川は歯ぎしりしながら言った。
「その盲点を突いたってわけか」
「長川警部は、私の今の推理を警備の人に教えて。犯人は理子ちゃんなんだって」
「それはわかったが、このトリックだとザイエフ大使が帰国した以上、このトリックは江藤議員の桜を見る会には使えないぞ。それどころかあの桜を見る会ネトウヨ集会みたいなもので、招待客に子供はいないはずだ。実際にあのホテルにいた関係者は誰も参加しないしな。つまり彼女が誰かの子供に成りすまして侵入する事は出来ないはずだ」
長川が都に言った。
「でも理子ちゃんは必ず来る。最後の犠牲者江藤議員を殺しに…そしてその為の方法も考えているはずなんだよ」
都は冷や汗を流した。
「そしてきっとこの時、理子ちゃん自身も命を絶つつもりなのかもしれない」

 午前10時。
偕楽園の駐車場前のセキュリティで長川は警備の森下に止められた。
「なんだって…江藤議員が?」長川が珍しく激しい口調で森下に詰め寄る。
「ああ、お前らは入れたくないんだと」
森下は長川と後ろの少年少女、都と結城を一瞥した。
「中で捜査するよう根回しはしたんだ。捜査一課が掴んでいる情報も全て渡した。その対応はしているんだろうな」
「警備部部長は一笑に付していたよ。そのうえで君の根回しドタキャンするって嫌がらせだろ」森下は呆れたように会場の中で笑顔で挨拶している江藤議員を見つめる。
「くそっ」
忌々しそうに地団太を踏む女警部を他所に、都はふと懐かしい顔を見つけていた。
「龍彦君…こんな人たちのパーティーに参加するなんて嫌だよ」
「僕も不服だけど、秘書が行けって言うから」
「礼奈ちゃん! 龍彦君!」
青年実業家とその従妹が、元気いっぱいの小柄な少女の顔を見てパッと笑顔を明るくする。
「都ちゃん!」
「都…都…またどこかへ行って」とため息交じりの警部だったが、「おーーーい、警部‼」と都がにっこり笑って戻ってきた。
「ふふふふ、招待状ゲットしてきたのだ」
得意げに招待状を見せる都に長川はあんぐりと口を開ける。
「長川警部は誰か怪しい人がセキュリティに近づいたら私に教えて…私は中で頑張って推理して、理子ちゃんが江藤議員を殺す前に方法を見つけ出す」
都は決意に満ちた目で長川を見た。
「絶対、もう理子ちゃんに人殺しはさせない。招待客に小さい女の子がいない状態で中に侵入して江藤議員を殺す方法を絶対に見つけるから」
「小さい女の子なら目の前にいるぞ」
長川警部がジト目で都に拳を突き出した。
「酷い!」
都が頬を膨らませて長川の拳を突き返す。
「結城君…絶対都を守ってくれ」
「わかった」
警部に言われて結城君は頷く。
 その様子を離れたところからバイクに乗った勝馬と秋菜がじっと見つめる。ここに来れば、理子がどこかにいる。目の中に首だけにされた理子が目に浮かぶ。秋菜はそれを振り払うように会場を見た。

 セキュリティと突破して学校の制服姿でパーティー会場に入った都と結城。参加者が議員と握手をしている。市長や知事、大企業の社長や芸能人も来ている。華やかな桜吹雪と陽気の中で談笑する人々、大物ユーチューバーが政治家と握手しながら写真を撮っている。
「それでは江藤議員と桜を見る会に参加の皆様。これより国旗を掲揚いたします。皆さん不動の姿勢で君が代の斉唱をいたします」
演奏者たちは自衛隊儀礼服で演奏を始める。
「ほら、君たちも国旗に正対しないか」
ジジイが都と結城に怒鳴りつける。
「ウンコが漏れそうなんです。国旗掲揚の最中にウンコ漏らす方が不敬でしょう」
結城はそう言いつつきょろきょろトイレを探すふりをして辺りをうかがう。
「本当に昨日のパーティに参加した人たちは誰も来ないみたいだね」都は言った。
「ああ、根回し目的のパーティーだから同じ人間をそう何度も呼ばないさ」と結城。
「つまり都の推理だとここでは犯人は手も足も出せないはずだが」
そう言いながらも何か犯人が策を練っているのではないかという不安の中で国旗が掲揚され国歌が斉唱されていく。春の陽気の中でただびく日の丸。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

 君が代の演奏が終わった直後、設置されたステージで江藤議員が誇らしげに
「日の丸がたなびき、君が代を聞くたびに、日本人として、日本国民として、国家を守らなければいけない。国家に身を捧げる子供たちを茨城県から作っていく…そういう思いに身が引き締まります」
と恍惚とした顔で述べる。
「では次に、小学生たちに、教育勅語を斉唱してもらいましょう」
その時、壇上にエクソシストのようなブリッジ歩きをしながら、黒いシャツとズボンの子供たち10数人が出てきて、国旗の前に整列する。
 その時、全てに気が付いた都が大声を出した。
「江藤さん、だめぇっ」
大声で都が喚き、走り出した。だがすぐに小柄な体はネトウヨらしい下品な中年のおっさんに蹴り飛ばされ、背中を蹴り飛ばされ倒される。
「なんだてめぇは」
「左翼か…左翼がどうやって紛れ込んだんだ」
参加者が都に蹴りを入れるのを見て、結城が
「何しやがるんだ!」とそいつを投げ飛ばすが別の人間にドロップキックされ、大勢に殴られ蹴り飛ばされた。
「おやおや、左翼の人間を呼んだつもりはないんですがねぇ」
壇上から江藤議員がせせら笑う。

「何かあったのか」
勝馬がバイクにまたがりながらどよめくセキュリティの向こうを見ていた時、秋菜は携帯電話で都を呼び出した。
「師匠…師匠!」
返事がない。
勝馬君!」
秋菜がじっと勝馬を見た。
「へへへ、そう来なくっちゃな!」
勝馬がバイクのアクセルを思いっきり鳴らす。
「しっかり捕まっていろよ」

「さぁ、気にせずに未来の日本に奉仕する君たちは教育勅語を斉唱した前」
子供たちが言われるままに国旗に向かって暗唱する。
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ…」
少年少女たちがそう叫んでいる間、議員はそれが自分の成果であるように恍惚と天を仰いでいる。だがその時周りにいた人間が声を震わせ悲鳴を上げた。子供たちの斉唱が消え、怒号が飛び交う。それに気が付いて思わず正面を向いた江藤議員が、一人の教育勅語斉唱の少女が自分に拳銃を向けているのを見た。
「死ね」
逆光した黒い影の殺意。江藤議員は恐怖にあわっと口を開いた。

「どけぇええええええええ」
勝馬のバイクが芝生を爆走し、警察車両のセダンのボンネットを踏切に思いっきり高く舞い上がり、-この時傍にいた長川警部が「勝馬君」と絶句した-ウイリー状態で木柵を飛び越え、パーティーのテーブルを踏み台に着地すると驚いて芝生にダイブする参加者を尻目に舞台に特攻する。犯人の少女が思わずそっちを見た時には勝馬の背中から飛び上がった秋菜のシューズが江藤議員の顔面に命中し、江藤議員と秋菜はもみくちゃになってステージの幕に突っ込んだ。
 悲鳴が上がり、逃げ惑う中で、結城が傷だらけになりながら立ち上がって芝生に座り込んでいる都に駆け寄る。
「大丈夫か」
「うん」
都が人形のように頷く。そして徐に立ち上がった。ステージの前でバイクがひっくり返り、勝馬が目を渦巻きにして伸びている。そこから視界を上げると、少女が江藤議員の首に手を回し頭に拳銃を向けていた。周囲を見回すと、森下警部や数人の私服警官が拳銃を舞台に向けていた。
「銃を捨てないとこの議員の頭をぶち抜くよ」
少女は声を震わせた。
「な、なんで…」
舞台に座り込んだ秋菜が必死で立ち上がった。
「なんで、なんで」
わき腹を押さえながら秋菜は声を震わせる。
「なんで、理子が」
富吉理子は秋菜に微笑んだ。
「こっちの台詞だよ。びっくりしちゃったよ。秋菜ちゃんがいきなり突っ込んでくるんだもん」
「どけ」
警察手帳を片手にセキュリティを突破した長川警部は舞台を見上げた。
「都さん、あなたの推理?」
無表情の理子に都は答えた。「都は首を振った」
「秋菜ちゃんのおかげだよ」
「お母さん、話してくれたよ」
理子の背後から、秋菜は言った。
「理子がどんなにバクトルスタンの内戦で怖い目にあってきたか。そんな理子を守ってくれたのがお姉ちゃんだったんだよね。お姉ちゃんは理子を命がけで、難民キャンプへ連れて行ってくれたんだよね」
「私を隣国まで連れていく軍隊のトラックに乗せるためにお姉ちゃんはロシア軍の兵士に体を売ったの」
震える江藤に拳銃を突きつけながら理子は言った。

「Menga yoqmaydi. Men doim opam bilan bo'ldim(嫌だ。私ずっとお姉ちゃんと一緒にいる)」
トラックの荷台で泣きじゃくるリコにお姉ちゃんは優しく語りかけた。
「Men yaxshi. Keyingi trekka boraman. Chunki men bu rus qo'shinining odamlari bilan gaplashmoqchiman(私はこのロシア軍の男性と話したい事があるから)」

「またすぐに会える…そう言ったお姉ちゃんは、難民キャンプに来ることはなかった。キャンプで再会したお母さんはもう生きていないと思って、私を日本に連れて行って難民申請をしたの…」
冷徹だった理子の声が震えた。
「お母さんが連れていかれたり、大切な日本の友達が亡くなったり…凄く辛かったけど…私は理子のお母さんに大切にされて幸せだった。でもこの日本でお母さんとお姉ちゃん…そして理子のお母さんと一緒に暮らせればいいなって思っていたの」
理子は油断なく拳銃を江藤に突きつけ、顔を激情させた。江藤が「ひいいっ」と情けない声を上げる。
「でもその夢が破られたのを、テロリストになった私の親戚が教えてくれたの」
「あの工場でテロリストが理子ちゃんを見つけたのは、偶然だったんだよね」
都は言った。
「びっくりしたよ。髭でわからなかったけど、親戚のお兄ちゃんだった。2人とも人質の中に私がいてびっくりしていたよ」
理子は冷静に笑った。だが次の瞬間影が差す。そして少女の透き通る声でダミのような憎しみを吐いた。そのギャップに都は戦慄した。
「そして私はもう一人家族と再会したの。そう首だけになったお姉ちゃんとね」
理子はぎろりと会場を睨みつけた。
「お姉ちゃんと一緒に働かされたベトナム人の人が話してくれた。あそこの工場長が技能実習生をリンチして、死んだ従業員の首を切って冷蔵庫に保管して、それを他の人に見せびらかして恐怖で反抗でき無くしていたって。この工場長の権藤って奴は笑っていたらしいわ。従業員がいなくなっても警察は行方不明者としてではなく犯罪者として扱う。例えどんなに虐待を受けていても、犯罪者になるのはお前たちだって…わかる?」
理子は憎しみを江藤にぶつけた。
「お姉ちゃんはね、私に会うために日本で技能実習生になろうとしたのよ。その気持ちに付け込んだあんたらは、バクトルスタンの人たちが奴隷になることを知って人材を斡旋した。そして、入管の連中は保護されないといけない虐待被害者を犯罪者として扱って、お母さんを4年も収容した挙句に虐待して殺したのよ! 私はお母さんはバクトルスタンにいると思っていて、それをテロリストになった兄弟から聞かされた時はショックだった。分かる? お母さんとお姉ちゃん、2人を失った私の気持ちが。ずっと会いたいと思っていたお姉ちゃんはすぐ近くにいたのに…あの村の虐殺がよりによって私の家のすぐ近くでお姉ちゃんに対して行われたのに、私知らなかった、知らなかったのよ!」

「いやぁあああああああ、opa(お姉ちゃん)‼」
工場で冷蔵庫で首だけで保管されていた姉に泣きすがる理子。その背後でテロリストになった親戚の若い男が激しい憎しみを理子に向かって発露した。
「Biz uchun umid yo'q. Riko ... Biz vafot etganimizdan keyin opam va onamning dushmanlarini mag'lub etding.(もう私たちに希望はない。理子…俺たちが死んだあと、お前が姉と母の敵を討つんだ)」

理子は江藤の頭に突きつけた拳銃を激しく震わせた。
「2人の兄弟は復讐を私に託したわ。そしてこれから何の補償も受けないで送還される工場の外国人も私に口裏を合わせてくれると言った。兄弟はお姉ちゃんの首を私に見せかけ、自分たちが警官と銃撃戦をしている間に逃げろって私に言った。私は髪の毛を切ってシャツを変えて、男の子のふりをして突入の時に逃げたわ。学年は100人位いるし、警察は秋菜ちゃんが持っていた首に気を取られていたからうまくその場から逃げ出せた」
「じゃぁ、千川所長殺害事件は」
拳銃を理子に突きつけながらも森下警部が声を震わせる中、都はじっと理子を見ながら答えた。
「遺体を発見した野球少年こそが殺人者だっただったんだよ」
都は言った。
「あの町はTXが出来てから開発されたニュータウンで、みんな3月に引っ越したばかりだったみたい。公園で野球していた子供たちもみんな顔見知りじゃない人が一緒に野球をしていて、理子ちゃんは野球少年としてわざとあの家にボールを叩き込んで、謝りに行くふりをして」

「野球を公園でしちゃいけないはずだ。親を呼んで来い、親を…土下座させてやる」
そう喚く千川は自分に拳銃が突きつけられているのに気が付いた。
「なんだ、エアガンか」
「生憎私の親はあなたに入管で殺されているのよ」
少女のゾッとする殺意に千川はこれが本物だと気が付いて腰を抜かした。
「死ね!」
千川の頭が飛び散るのを理子は冷徹に見下ろした。

「なんで13歳の女の子が…こんな大量殺人を」
森下が戦慄する。
「お母さんとお姉ちゃんの復讐か」結城は言った。
「それだけだったら、工場から逃げた後、大使館じゃなくて警察に言って踏みとどまっていたかもしれない」
理子は首を振って言った。
「だって、日本には私を育ててくれた大切なお母さんも秋菜もいるもん」
一瞬理子の顔が優しくなった。
「じゃあ、なんで」
秋菜が声を震わせた。秋菜を振り返らず理子は冷酷な目で長川、結城、都を眺めまわした。
「バクトルスタンでお姉ちゃんに抱っこされながら見た村の人たちの生首…。あの時私たちは理不尽に友達や先生や親戚がいかれたヘイト連中に殺されても、お父さんが殺されても無力だった…でもあの工場でお姉ちゃんの首を前に兄弟から復讐のチャンスを与えられたの。ううん、復讐だけじゃない」
理子の顔に狂気が浮かんだ。
「私がこいつらをぶっ殺す事で社会は変わるのよ。大勢の技能実習生が救われ、日本社会が私が流した血によって大きく変わるのよ。兄弟はそのために私に使命を与えてくれたの! 大勢の人々を救うための救世主となるための使命をね!」
「嘘‼」
悲鳴を上げて震える江藤の銃口をさらに強くこめかみに押し付けながらの理子の絶叫を秋菜の叫びが圧倒した。
「そんな事あるわけないじゃん」
理子は両手をぎゅっと握って下を向いて声を震わせた。
「私は大切な人を殺されても家族に復讐して欲しいなんて絶対に思わない。家族が殺人犯になっちゃうなんて…絶対嫌だよ」
秋菜の声が震え、結城が「秋菜…」と驚愕する。都は秋菜をじっと見つめた。
「理子に復讐しろなんて言ったテロリストは最低だよ。自分の憎しみを晴らすために理子に復讐するように…人殺しするように命令して…。あの大使だって理子に手を汚させて…。最低だよ…。殺された理子のお姉ちゃんが大切に思っていた妹に…酷すぎるよ!」
「秋菜ちゃん…」
理子の冷たかった声が動揺に震えた。
「ずっと思っていたお姉ちゃんが殺されて、お母さんも殺されて…怖かったよね、悲しかったよね…酷すぎるよね」
秋菜は歯ぎしりした。
「そんな女の子に復讐しろだなんて、人を殺せなんて…もっと酷すぎるよ」
秋菜は理子を真っ直ぐ見た。目からは涙がボロボロ出ているが激し怒りの表情だった。
「そうだな…」
長川警部は舞台の端で震えている子供たちや、彼らを誰も助けようとしない会参加者の偉い人たちを見つめる。
「子供が暴力とか怖い目に合わないようにするのが大人の役目なのにな」
会場が静まり返った。
「お母さん…理子を抱きしめたいって言ってたよ。怖かったねって抱きしめたいって」
ガタガタと理子は震えだした。秋菜の優しい声に麻痺していた恐怖が体を震わせた。
秋菜は理子の拳銃を包んだ。
「おかえり…理子」
拳銃が理子の手から離れた。江藤議員の体から力が抜け、失禁してあわあわ言っているのを警官が抱き起す。理子を取り押さえようとする警官を長川が手で制し、秋菜から拳銃を受け取った。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
秋菜の胸に縋りついたまま理子が絶叫し、そのまま崩れ落ちた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、うわぁああああああああああああああああ」
子供のように号泣する理子を秋菜は撫でてあげる。
「ふはは、この北谷勝馬様が来たからにはもう大丈夫だ…ってあれ、あれ…」
バイクの下から鼻血を出してむっくり起き上がった勝馬を結城はジト目で見る。
「俺、秋菜を家に送ってやれって言ったよな」
「なんでてめえのいう事を勝馬様が聞かなくちゃいけねえんだ」
勝馬。都は勝馬に笑顔で言った。
勝馬君…ありがとね」

 水戸児童センター。警察官が警備する中、秋菜はセンターの綺麗な廊下で、幾分信じられない表情で目を見開いている母、富吉ゆかりを振り返る。
「ここに理子がいます。おばさん、私はここで」
「秋菜ちゃん…」
ゆかりは少し声を震わせ、それでも優しい笑顔だった。
「本当に…ありがとう…」
「いえ」
秋菜は思わずはにかんでこの場を謝辞した。
穏やかな春空の下、待っていた都と結城、瑠奈と千尋は振り返った。
「おかえり…。秋菜ちゃん」
秋菜に気が付いた都が優しい笑顔で振り返った。
 心優しき探偵助手が目をグーで押さえて大声で号泣したのは、その直後だった。

おわり

劇場版少女探偵島都3 平成末期の殺戮劇❸


3

「秋菜ちゃんの最近の様子はどうだ」
ファミレスで女警部長川朋美はパフェ越しに聞く。都は笑顔で「頑張ってるよ! 秋菜ちゃん今日は私たちの為に肉じゃが作ってくれたの!」
と笑顔でホクホクしている小柄な女子高校生探偵島都。その横で結城が深刻そうに長川を見る。
「で、用件は何だよ。あの事件はテロリストが犯した事件で全員警官に射殺されたはずだ」
「私もこれでこの事件は解決かと思ったが、警視庁と千葉県警で合同捜査本部が立ち上がる事になったんだ」
長川は捜査資料を簡単にメモした手帳を見る。
「東京武蔵野市で入国管理局収容所職員の片桐慶四郎がジョギング中に殺害されたんだ。犯人はサイレンサー付きの拳銃で片桐の後頭部を撃ち抜いていた。そしてその翌日には片桐慶四郎というやはり入国管理官で収容施設所長を務めた千川千雄55歳が自宅で殺害されているのが発見されたんだ」
長川は2人の写真がクリップされたメモを都と長川に見せる。
「都、クリームを垂らすなよ」
「犯人はまだ見つかっていないんだね」
都は長川を見て長川は頷いた。
「ああ、だが千川の方は一定程度目星はついているようだ」
長川は言った。
「まず、千川の家の正面玄関には監視カメラがあってな、出入りする人間は全て監視されているんだ。死体を発見して通報した野球少年は除外するとして、死体発見日当日に3人の訪問者がいるんだ。一人は石崎司、発電機などを製造するエイシアパワー社のバクトルスタン現地法人顧問でな」
都がダンディな中年の背広姿の日本人の写真を出す。
技能実習生が技術習得だろうが虐待されて使い物にならなくなって事業に影響を及ぼしているとして千川や政府の官僚にかなり怒っていたらしい。今回自宅で話し合いをしようという事で言ったらしいが、彼の証言ではこの時は被害者は生きていたようだ」
長川は警察の取調室での聴取を思い出す。現地の文化風習に馴染んだような石崎は煙草を曇らせながらまくしたてた。
「あいつにガツンと言ってやるはずだったんだよ。こっちは技能実習生を現地で雇って、その技術で中国の一帯一路とやり合おうって時に、虐待でPTSDで技術どころか体を壊された技能実習生しかいないと来たものだ。こういうことをされるとせっかくの親日国で日本の評判が悪くなる。金のバラマキが無駄になるって政府や入管に抗議したんだよ。そしたらあいつ自宅で腹を割って話そうだなんて言いだして…。家に行ったら、バクトルスタンでの技能実習制度の社会貢献の酷い現状についてレコーダーかけようとしやがった。多分一部だけ切り取って勝手に公表するつもりだったんだろう、頭にきて帰ったよ」
石崎は警察署でそう表現した。
「でもその人は犯人じゃないだろう。次に訪問した人間もいたはずだから」
結城の言葉に長川は頷いた。
「次の訪問者は入管にOB訪問に来た21歳の女子大生渡部唯だ。石崎の後にやってきたらしくてな…。でも」
長川はため息交じりに取調室を回想した。
「実はその…千崎所長ちょっとおかしな人で、私に対して外国人収容者をいじめる話ばかりしてきたり、私の彼氏とか恋愛とかそういうのを聞いてきたり…それで飲み物をしきりに勧めてくるのが気持ち悪くて、それで逃げるように帰りました。用事があると嘘をついて」
セミロングの清楚な女子大生は長川警部に話した。
「鑑識の調査じゃ、案の定散らばっていた飲み物から睡眠薬が出たらしい。それから被害者のネット検索記録からは、最近の性犯罪の無罪判決についての記事が…」
長川はファミレスで珈琲を飲みながら、「ひいいい」とドン引きする都の前でため息をついた。
「3人目は」
結城に言われて、長川はため息をついた。
「3人目は…テロ事件で殺された富吉理子の母親、富吉ゆかりだ」
「うそ」
都が驚愕の声をあげた。「なんで理子ママが」
「聞いたよ」
取調室の回想を長川は思い出した。
「理子が殺されたのは、バクトルスタンの技能実習生への虐待が原因なのかって思うと、どうしてもいてもたってもいられなくて…所長の住所へ行ったんです。でも所長は会ってくれませんでしたけど」
「所長の住所をは何で知ったんですか」
長川が聞くと、ゆかりは言った。
「私、あの人と寝たことがあるんです。私は難民支援のボランティアをしていて、日本にいる難民の子供たちの教育を支援する仕事をしていました。その時、難民の子供を収容して欲しくなければって近づいてきたのが、入国管理局の不法滞在者捜索を担当していた千崎だったんです」
「うわぁあああああ」
都はドン引きして結城に縋りつく。
「つまり、以上をまとめると石崎はアリバイは成立しているな。だって彼が殺害していれば渡部は千崎に会う事は出来ない。となると所長に会ったと証言した渡部と会えなかったと証言した富吉さん。この2人のどっちかが犯人ってわけだ」
「それがそうとも言えないんだ」
長川はため息をついた。
「前に殺された所員の片桐慶四郎…武蔵野市の殺害現場に行くことは2人には絶対に出来ない。あの事件被害者が死ぬ瞬間を通行人が目撃しているからな。正確な死亡時刻がわかるんだ。その時富吉さんはパート、渡部さんは大学のゼミに出ていた。2人はいずれも茨城県内にいた。いずれも完璧なアリバイがあるんだ」
「こういうのはどうだ」
結城は長川に聞いた。
「実は石崎が犯人で、千崎を殺した後、変装して渡部唯を出迎えた。だが次の富吉さんの場合は被害者と深い付き合いでバレるだろうと考えシカト決め込んだ」
「その時石崎さんはどうやって被害者の家から脱出するんだ」
長川はため息をついた。「防犯カメラには石崎の出入りも映り込んでいた」
「まぁ、石崎さんに第一の事件ではアリバイはない事は間違いないがな」
都は考え込んだ。
「これって入国管理局の人たちが次々殺されているって事だよね」
「それも同一人物の可能性が高い」
長川は言った。
「2つの事件の弾丸の線状痕を確認したら見事に一致していた。さらに消音のオートマチックを使っていることからプロの可能性が考えられる。それとあの人質事件があった直後というタイミングからすると、犯人はバクトルスタンの技能実習生に虐待を加えていた入国管理官を次々に殺害している可能性が高い」
「って事は次の誰かが狙われるとしたら、入国管理局の人とは限らないよね」
都が考え込むように言った。
「ああ、県警はあと2人が次に狙われる可能性があると考えて警護している。一人は技能実習生の募集や斡旋を現地でしていた極東財団の現地事務所長長野薫…もう一人は国民自由党国会議員の江藤博人だ。こいつはバクトルスタンの情報部とも繋がりがあって、あれだけ自国民が日本で酷い目に遭って技能実習も出来ていないというのに向こうが抗議をしてこないのは、この議員が向こうの高官に賄賂握らせたんじゃないかって説があるらしい」
「おいおい、じゃぁ、つまり理子を殺したテロリストに生き残りがいて、そいつが復讐を実行しているって事か」
結城の顔が険しくなる。
「ああ、そしてそいつはスーパーセルみたいに日本社会に潜んでいて、またあの工場でのテロ事件を再現するかもしれないって事だ。その為にも、千崎千郎所長殺害事件のトリックを早急に暴かなければいけないという事だ」
長川は額に冷や汗を流していた。
 その時、長川警部の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし…長野さんどうしました」

 茨城県タワーマンションに住む長野薫という36歳の女性は声を震わせていた。
「ねぇ、私は本当に大丈夫かしら…まさか爆弾とかで攻撃されたりはしないわよね」
長野は声を震わせていた。
「荷物は全て警察の方でチェックしています。タワーマンションはセキュリティが万全ですし、外には警官も配備しています。それにタワーマンションなら周囲に高いビルがない以上狙撃される心配はありませんよ」
「で、でも…夜のホテルでのレセプションは…大丈夫かしら…」
「あそこもホテル会場には万全な手荷物検査が行われますし、警備部がちゃんと警備します。我々は目下テロリストの検挙に務めています」
長川は落ち着かせるように言った。
「心配だわ…そうだ…女子高校生探偵島都って知ってる? 私の友達が県警のキャリアで、ひそかに警察に知恵を出して難事件を解決している凄腕の女の子がいるって…」
「知ってるも何も。今目の前でパフェ食ってますよ」
「ほえ」
クリームだらけの美少女が目をぱちくりさせた。
「連れてきて、是非連れてきて。彼女がいれば安心だわ!」
キャッキャと声を出す長野。
「いいよ!」
都はにっこり笑った。そして決意に満ちた声で言った。
「秋菜ちゃんの為にも、絶対に犯人を捕まえないといけないんだから」

「えー、お兄ちゃんまたぁ」
秋菜が自室で寝っ転がりながら携帯に向かって不満そうな声をあげた。
「ああ、都が実力テストでヤバそうなんだ。そう言うわけでお前今日は1人で寝てくれ…大丈夫か」と結城の声。
「うん…」
秋菜はため息をついた。
「もし厳しそうだったら、高野でも薮原でも好きなのを呼べば一緒に寝てくれるから。ただし北谷勝馬、あいつはダメだ」
「はーい」
秋菜はそう言って電話を切るとスマホをタップして「勝馬君」に発信した。

「おう、どうしたぁ、秋菜ちゃん…まだ怖いのか」
バイクを唸らせながらマンション玄関先でたたずんでいた秋菜に北谷勝馬は声をかける。しかし秋菜は災害用ヘルメットをかぶって秋菜のバイクの後ろにまたがると。
「つくばに行って」
「つくば? うまいラーメン屋でもあるのか?」
きょとんとするごつい体の高校1年生に秋菜は喚いた。
「いいから!」

 つくばセンター地区の高層ビル群にホテルオーラはあった。ペデストリアンデッキに直通している未来都市みたいなホテルだ。そこに黒塗の高級車がパトカーに先導されてやってくる。周辺で警備部の背広警官が周囲を警戒する。
「あら、来てくれたのねー」
オホホホホと長野薫、極東財団人材派遣部門、36歳が笑顔で島都という女子高生探偵をぬいぐるみのように抱きしめる。真っ赤なドレスにケバイ化粧をしている。
「私は頭のいい子が大好きなの。今日は私を守ってね」
長野は笑顔でポカーンとしている都の手を握ると、意気揚々とセキュリティチェックを通過していく。
「なんだ、あのおばさん」
結城はジト目でその後ろ姿を見つめる。
「あれで相当やり手らしいぞ。全世界から技能実習生を集めて政府や企業にインターンって形で献上しているらしいから、それも奴隷みたいな契約内容をだまくらかして」と長川。
「つまり、奴隷商人ってわけだ」結城の言葉にはトゲが入っている。
「いや、日本の企業風土は経営者がだらしなさすぎるんだ。労働時間、給料、契約内容どころか法律も守らない。つまりいくら魅力的な条件を現地で取り付けても、日本の文化や伝統にかかればなかったことにされてしまう。結局構造的な問題なんだよ」
長川はため息をつく。
中央アジアのそれ以外の国では日本財団とかが学術や現地での技術向上や社会改革を地道にやっているが、バクトルスタンじゃ技能実習生の名目で利権が蠢く状態になっちまった」
「おーにーちゃーーーん」
突然不機嫌な声が聞えてきてジト目の視線を感じて振り返ると、結城秋菜が従兄をじーっと見つめている。
「なんでお前がいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ!」
背後で北谷勝馬が激昂する。
「なんでうまいラーメン屋じゃなくて、お前がいるんだよ。あ、都さーん」
勝馬くーーーーん」
都と勝馬がハイタッチする。
「なんでここに来たんだ」
結城は秋菜に喚いた。
「お兄ちゃん。理子の事件の関係でここにいるんでしょ」
秋菜がじっと結城を睨みつける。
「うん」
都はじっと秋菜を見つめた。
「理子を殺した連中がまだいるんですよね」
秋菜が師匠をじっと見つめる。
「うん」
「私も一緒に捜査します。絶対に理子の敵を討つんだから」
秋菜は都を押しのけて長川警部に近づいた。
「私も捜査に参加させてください! 絶対テロリストを捕まえて見せますから」
猛然と長川に縋りつく秋菜。
「駄目だ」
長川は言った。「気持ちは分かるが、君を捜査には参加させられない」
「なんで! 私だって師匠の一番弟子なんですよ。テロリストを‼」
次の瞬間、秋菜の頬が物凄い勢いでぶたれ、秋菜が左頬を赤く染めて、驚いたように目を見開く。
「お前、こんなところででかい声を出している時点で犯人が聞いていることを考えられもしねえ時点でダメだって言ってるんだよ」
結城は秋菜を冷徹に見下した。都が慌てて秋菜に駆け寄る。
「それに長川警部の事を考えてみろ。俺らに捜査状況をぺらぺら喋っていることがバレれば、警部の立場もヤバくなるんだ。そんな事も考えられねえで、探偵助手なんか名乗ってるんじゃねえ」
結城は長川に頭を下げた。
「別に私の立場なんて女の子殴って守るような事じゃねえぞ」
と長川はため息をつきながら警官に手帳を見せ、拳銃を渡してセキュリティをくぐる。
「この2人は捜査協力者だ。都‥‥」
「うん」
秋菜は下を向いて震えている秋菜の肩を心配そうに持っている。勝馬
「お、俺に任せてください」
バツが悪そうに頭をかいた。都は笑顔で「ありがと‼」と笑った。
「秋菜ちゃん…ラーメン食いに行くぜ…ラーメン」
秋菜は黙って下を向いたままトボトボ歩いて行く。
「秋菜ちゃん…何も殴る事はねえよなぁ…ああ…全くあいつは本当にクソ野郎だなぁ」

「俺は本当にクソ野郎だな」
ホテルのロビーで結城は立ち止まった。
「ううん、結城君が本当にそう思っていたわけじゃないくらい、勝馬君が話してくれるよ」
「いや…あいつは馬鹿だから無理」
都はその言葉にΣ(゚д゚lll)ガーンとなった。
「もう、あんな生きた心地しねぇ耐久タイムは御免だぜ」
「ま」
長川は笑顔で結城の肩を叩いた。
「ここまで派手にブッ叩いた以上、犯人捕まえて殺人の阻止をしないと、秋菜ちゃんに顔向けできないよ」
長川は二カッと笑った。
 その時、セキュリティシステムの前で黒メガネの男が身分証を警官に見せた。
「私はバクトルスタン大使館武官クシャーノフ…そしてこちらがバクトルスタン共和国大使アレクサンドル・ザイエフ閣下夫妻だ」
「はっ、失礼しました」
警官があわてて機械のスイッチをパソコンで切ろうとするが、ザイエフ大使はそれを手で制して
「いや、構わない。日本もバクトルスタンもテロへの憎しみを共有している。外交特権などと言わずここは日本のセキュリティに私も妻も協力しようじゃないか」
と流暢な日本語で言った。
「あの人」
都が素っ頓狂な声をあげた。
「おや」
向こうも気が付いた。
「君はテロ犠牲者の少女の親友のお兄さんとそのガールフレンド」
「が、がが、ガールフレンドじゃねえです。友達」
結城が思わずてんぱる横で
「薮原千尋ちゃんによれば私と結城君とはねっとりした関係なのです」と背後から結城に飛びつく都。
大使は妻と10歳くらいの恥ずかしがりな少年に先に行くように促すと、
「甘えん坊な息子でね。だからご遺族との対面は本当につらかったよ」
と言った。「しかし君たちは何故」
「実はこの2人は捜査協力者です。失礼しました」
長川は大使に不動で敬礼した。
茨城県警本部刑事部警部の長川です」
「バクトルスタン大使のザイエフです。日本の警察は非常に優秀だと聞いている。よろしく頼むよ」
ザイエフはそう言いながら都と結城と握手して会場へと消えた。
 長川は都と結城にこっそり顎でしゃくりながら言った。
「彼がエアストパワーの石崎だ…」
ダンディな背広姿のおじさんが長川に会釈して会場に入る。
「それから渡部唯さんもここにきているらしい。彼女はゼミでシルクロード研究しているからな。大使に花束を渡す仕事だそうだ」
暗がりの中で会場の中で緊張している渡部唯。赤いドレスの胸に緊張した様に両手を押し付けている。
「緊張してはいけませんよ。リラックスです」
日本大学のドドボノフ教授が助言する。安西先生みたいなバクトルスタン人の教授だった。スピーチ会場ではザイエフ大使の横で国会議員の江藤が清聴している。
「はい、こちらは異常なし…大使のスピーチは続いています」
ロビーを見下ろすガラス階段の上で、警備部の森下達也警部はイヤホンに喋っていた。だが彼はふと「長川警部」と声をあげた中東系の宗教指導者の姿を見て、ロビーにいる長川たちに気が付き、
「なんでいるんだ」
と驚愕した。
イマーム・ドストモフ‼」
長川が声をあげた。
「本当にあの時はご協力感謝します。しかし大変残念な結果になってしまって。都…この人は人質救出に力を貸してくれたモスクの導師ドストモフ先生だ」
「は、はじめまして」
都が緊張した様子でにこやかな宗教指導者に会釈をした。
「君は」
「実は亡くなった女子生徒の友人の兄の友人なんです」
長川がそう紹介すると、ドストモフは残念そうに「理子さんのお知り合いでしたか」と悲しげに言った。
「小さな女の子を殺すなんて…彼らはムスリムじゃない。本当に多くのムスリムがあの女の子の命を悼み、お母さんの為に祈っています」
そのドストモフの言葉に、都はふと目を見開いた。彼女はこの時、何か違和感を感じていた。あれ、なんだろう…この違和感…。

「はー」
ペデストリアンデッキ広場で出店のケバブはぐはぐする秋菜。
「あれ、秋菜ちゃんじゃない」
スーツ姿の女性が声をかけてきた。元気なさそうな顔で見上げると、そこにいたのは富吉ゆかりだった。
「おばさん…」
秋菜の目から涙が流れる。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「あらあら」
ゆかりは何も言わないで秋菜を抱きしめてあげた。
「ふふふ、理子もそうやって悲しい事があるとそうしていたの…。ふふふ。秋菜ちゃんの体温かいわね。心も凄くポカポカ…良かった…秋菜ちゃんの手が温かくて…自分の子供の手が冷たいなんてもう嫌だから…秋菜ちゃん、生きてくれてありがとう…」
「おばさん…」ぎゅっと抱きしめる秋菜。
ゆかりは優しかった。通行人がなんだと笑っていたので勝馬が「こら、見せもんじゃないぞ」と退散させる。
「秋菜ちゃんのお友達?」
「ええ、まぁ」
笑顔のゆかりに聞かれて勝馬は頭をかく。
「見事にホテルから追い出された」
「私もよ。招待されていたはずなのに。なぜか大使の要請で私の参加は見合わせて欲しいと入口で言われたの」
ゆかりはため息をついた。
「遺族の人に是非日本とバクトルスタンの友好を見て欲しいと参加したのに」
「えー、酷すぎるじゃありませんか」
秋菜が目を赤くしながらも明るさを取り戻したかのように、素っ頓狂な声をあげた。
(ちょっと待って…まさか…これって何かの始まりなんじゃ)秋菜の直感がそう囁いていた。秋菜はあわてて携帯電話を取り出す。そしてスマホ越しに「師匠」に発信した。

「あ、秋菜ちゃんだ」
都がピンクのガラゲーを耳に当てる。
「あ、秋菜ちゃん、元気出た?」
「師匠、大変なんです」秋菜は言った。
「実はテロ事件の遺族代表として理子のお母さんが会場に呼ばれていたんですが、直前に大使の要請で招待をなしにされたようです」
秋菜の声は焦っていた。都の顔が険しくなる。
「わかった…ありがと」
都は長川警部に言った。
「長川警部。長野さんはどこにいる?」
「長野薫部長は…会場の中にいるはずだが…森下警部…そうだよな」
長川が上から聞き耳を立てている森下警備主任に聞いた。
「いや、会場は100人以上いるし暗いから、誰がトイレに出たのかはわからん」
「嘘‼」
都が目を丸くした。

 黒い影は自動拳銃にサイレンサーを装着すると、写真を見た。読者諸君ならこの写真を見た時、富吉理子の写真であると理解するであろう。
「リコ…頑張るからね…必ず敵を取ってあげるから」
死者に復讐を誓った黒い影はゆっくりと廊下を歩き出した。

 長野薫は喫煙室にいた。
「ああ、なんでこう大使の話は長いのかしら」
煙草を曇らせてイライラする真っ赤なドレスの女史。その時喫煙ルームの扉が開いた。
「なんで…」
長野の顔が引きつる。目の前にいたのは拳銃を向けて殺意を帯びた目で長野を見つめる殺人者の顔。この冷たい形相は長野に嫌が応にも運命を突きつけた。
「なんで…あなたが…」
長野の顔が死の恐怖に震え、哀願の言葉を発そうとしたが、その時には乾いたサイレンサーの銃声とともに長野薫の後頭部で脳みそがポップコーンのようにはじけ飛んだ。殺人者は拳銃を床に投げ捨てると喫煙室から消えた。

 都は弾かれたように走り出した。
「どうした都!」
結城が声をあげた。
「あの人、凄いヘビースモーカーだよね。あの人から煙草の匂いがいっぱいしていたもん。もしかしたら喫煙ルームにいるのかも」
都はホテルの看板を頼りに喫煙ルームに走り出す。
「つまりサボりって奴か」
結城が都の後ろから走りながら声を上げる。
「そして長野さんがヘビースモーカーだって事を犯人が知っていたとしたら」
「バカ言え…ここの警備は万全だ。犯人がここで犯行を行うとは思えないぜ」
長川は喚く。
「それじゃぁ、犯人はどうやって千崎さんの家の密室から消える事が出来たの?」
都は喫煙室の扉を開けた。そして凄惨な殺人現場を目撃した。うつ伏せになった長野薫の死体の頭を中心に血の海が広がり、床にも血が飛び散っていた。
「うっ」
長川が仰天する。
「な、何故だ」
森下が声を震わせた。
「なんで拳銃を持ち込めないこのトイレで人が撃ち殺されるんだ」
「とにかく」
長川は森下に命令した。
「今すぐ出入り口を封鎖して、子供以外全ての人間の硝煙反応を調べるんだ!」
「…」茫然とする森下に
「殺人の捜査は刑事部の仕事だ。今から私が指揮を執る…これは命令だ…わかったな」
長川警部の気迫に押されて、森下は慌てて廊下を走っていく。
サイレンサー付きか」
長川は床に落ちていた拳銃を見る。
「でも一体どうやって…どうやって犯人は拳銃をこのホテルのセキュリティくぐって持ち込んだんだ。こいつは金属探知機をくぐれる3Dプリンターの樹脂製の奴じゃねえ、本物の拳銃だぞ」
結城の声もさすがに震えていた。完璧な最新鋭の警備の中で犯人はどうやって拳銃を持ち込んだのか。
「どうしたんだ」
石崎が喫煙ルームの前のトイレから出てきた。煙草の匂いがする。
「お前、この喫煙ルームでタバコ吸ったか…」
「喫煙って…うわっ」
死体を見て石崎が悲鳴を上げる。そして意味を察したらしく声を震わせて、
「俺は犯人じゃねえ。確かに煙草は吸っていたが、トイレの個室で吸っていたんだよ!」
と結城に喚いた。
「まぁいい。警察が全員の硝煙反応を調べるそうだ。そうすれば誰が犯人か一発でわかるだろう」

「一体何があったんだ」
「ここから出してくれ」
参加者がセキュリティの入り口に押し寄せるのを警備部の警官が不動の姿勢で阻止する。
「先ほど、トイレで殺人事件が発生しました。犯人は拳銃を捨てて参加者の肩の中に紛れ込んでいる可能性が高い。子供以外の全員の硝煙反応を取らせてもらいます。例外はありません」
「なんだと」
「私を誰だと思っているんだ」
怒号が響く中長川警部は「待ってろと私は言っている!」と大声で威圧した。県警の車両がホテルの前に多数到着する。
「硝煙反応…出ると思うか」
その様子を遠くで見ながら、柱に寄りかかる様にして結城は腕組をしながら大人の醜態を見つめる。
「出ないと思うよ」
都は言った。
「どんな方法を使ったかはわからないけど、犯人はホテルの金属探知機をくぐって拳銃を持ち込んだんだよ。そんな人間が硝煙反応つけたままうろついているはずない。絶対に出てこないよ」
都は言った。そして歯ぎしりする。
(止められなかった。理子ちゃんを殺した犯人、止められなかった…)
そしてじっと慌てた表情で警察に食って掛かる江崎議員を見つめる。
「でも犯人は魔法なんか使っていない…何かトリックがあるんだよ。そのトリックを絶対に暴いて…次の殺人は絶対に止める」
都の目が闘志に燃え上がる。
「理子ちゃんと秋菜ちゃんの為に‼」

「全く…何も誰からも出なかったじゃないか。明日の江藤議員と桜を見る会に影響が出たらどうするんだ。お前は国政に影響を及ぼすところだったんだぞ」
江藤議員は頭を下げる長川に悪態をついてセキュリティからホテルの外に出ていった。
「やはりか」
結城は長川警部に言った。ホテルのロビーで2時間待って、全てのパーティ参加者を検査した結果、硝煙反応は誰からも出なかったようだ。
「まるで神出鬼没の犯人だ。千崎所長殺害の時は監視カメラで監視された家を出入りし、この事件では金属探知機含めたセキュリティを突破して硝煙反応も残さずにこのホテルから消えやがった」
「警部…長野さんを殺した拳銃の弾丸…あれは」
「線状痕から見て、千川所長と片桐を殺した銃で間違いないそうだ。つまりこれでこの3つの事件の犯人が同一人物って事は判明したって事だ」
長川はため息をついた。
「あの大使夫妻も硝煙反応は検査したのか。外交特権はあったんだろう」
結城が聞く。
「むしろあの夫妻は進んで硝煙反応の検査に応じてくれたよ。結果はシロ。それ以外会場にいた人間は全員検査したが、硝煙反応は出なかった。そして長野の死亡時刻にセキュリティを出入りした奴はいない」
「あれだ」
結城は言った。
「ビニール傘か何かに穴をあけてそこから手術用手袋をした手で握った銃をむき出しにして射殺」
「そういうのも考えたが、ホテル内でそんなビニールがさも手袋も雨合羽も見つかっていない。つまり犯人はむき出しの状態で拳銃を発射したって事だ。硝煙反応は必ずついているはずなんだ」
長川は警察官が一礼する中帰っていく参加者を見つめた。
「でも誰からも硝煙反応は出なかった」
都は必死で考え込んだ。
「煙草は…石崎が吸っていた煙草はどうなんだ。あれに硝煙反応が紛れたって事はないか」
と結城。だが長川は首を振った。
「ニコチンの煙と火薬は全然違うよ」
「重要容疑者のアリバイはどうなっている」
結城は長川に聞いた。
「一応ホテル従業員が赤いドレスで喫煙ルームに向かった被害者を目撃しているから、この時間まで生きていたと考えて間違いないだろう。それからのアリバイだが、まず石崎にはアリバイはない。ずっとトイレでタバコを吸っていたと言っているが時間的には可能だ。ザイエフ大使夫妻はずっと舞台で講演していたから犯行は不可能。渡部唯は教授のドドボノフ氏と一緒にいたと教授が証言している。つまりアリバイが成立している」
長川は警察手帳を見つめて言った。
「森下警部は?」
結城は長川に聞いた。
「警察なら当然拳銃を持ち込むだろう。硝煙反応が残らない疑問は分からんが、どうやって拳銃を持ち込んだか…その疑問は解決できる」
「なるほど」
長川は結城に不敵な笑みを浮かべた。
「森下警部はこのロビーで指示を出していたそうだ。だがそれを証明する人間はいないな。ただ無線で部下とずっとつながっていて、銃撃や悲鳴と言った類は聞こえていないようだ」
「ねぇ、警部」
都は目をぱちくりさせて警部を見上げた。
「なんで理子ママは直前で招待状をなかったことにされちゃったの?」
「やはりテロ事件の関係者を呼ぶのはイメージ的に良くないと、ザイエフ大使が言ったそうだ」
と長川。
「でもそしたらドストモフ先生も呼ばれないはずだよね」
都が目をぱちくりさせる。
「宗教指導者だからな。呼ばないわけにはいかなかったのかもしれない」
長川は頭をかいた。都はその警部をじっと見上げた。
「明日、江藤議員はお花見をするんだってね」
「ああ、水戸の偕楽園で…実際はネトウヨの集会みたいなものらしいが、技能実習生で潤っている起業家も参加するらしい。一応厳重なセキュリティは敷かれる予定だが…」
長川に続いて結城が喋る。
「今回の事件でセキュリティと硝煙反応の2つの壁を突破した犯人なら…」
「お花見の会で犯人は江藤議員を殺すかもしれないって事だよね」
都はじっと考え込んだ。この完全無欠とも言える不可能トリック…これを解かなければ犯人は確実に次の標的を殺すだろう。都は考え込んだ。ホテルの外はすっかり真っ暗になっている。
「明日のお花見会は明日の朝か…」
結城はスマホを見た。

 ホテルの前で警察車両に乗り込もうとする都と結城。そこへ秋菜が下を向いて顔を赤くして近づいてきた。
「お兄ちゃん、さっきはごめん」
「いや、俺の方こそ…」
「また犯人を捜しに行くの?」
「ああ、もうこれ以上人を殺させるわけにはいかねぇ」
「わかった」
秋菜は下を向いた。
「家で待ってる」
「頼む」結城は優しく言ってから車に乗り込んだ。
「またね、秋菜ちゃん」
都の笑顔…。
「師匠…絶対犯人を捕まえてくださいよ。理子のお母さんが言っていました。もう自分の子供の冷たい手は握りたくない。誰の子供も死んでほしくないって言っていましたから! 次に殺される人がどんなにひどい人でもその人だって誰かの子供なんですから!」
そんな秋菜の必死の思いに、都の目が見開かれた。秋菜の言葉が全てを氷解させたのだ。完全犯罪の謎を解く全てを…。
「秋菜ちゃん…今から秋菜ちゃんに重大な頼みごとをするんだけど、いいかな」
都の目は真剣だった。
「師匠…」
都の目がじっと真っ直ぐに秋菜を見るので、秋菜もぎゅっと拳を握って都を見返した。
「はい、何でも言ってください」
「実はね…」
都の推理に長川も結城も後ろにいる勝馬もそして何より秋菜が驚愕した。
「本当ですか! それ本当なんですか」
秋菜がガタガタと震える体を両手で抱きしめながら都に言った。
「それが本当か確かめる事が出来るのは秋菜ちゃんしかいないんだよ…あの時理子ちゃんの首を必死で守ろうとした秋菜ちゃんにしか…それは出来ない」
都は真っ直ぐ秋菜を見た。秋菜は大きく頷いた。
勝馬君、秋菜ちゃんを連れて行って」
「わかりました」
勝馬は頷いた。