少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都3 平成末期の殺戮劇❷


2

-15時から相棒再放送を放送する予定でしたが、引き続き茨城県南茨城市の農業加工プラント人質事件についての中継を、番組放送予定を延長しまして放送いたします。今回犯人グループは外国人とみられており、銃器で武装していると思われます。工場内部には工場従業員や実習生26人、茨城県つくばみなみ市立愛宕中学校2年生の校外学習で訪れていた生徒30人がいましたが、そのうち20人の生徒が解放されたという事です。報道フロアからは以上です。
テレビで放送される様子を見て、高野瑠奈の弟陸翔は大声を出した。
「今、中学生は解放されたって」
「全員が解放されたわけじゃない」
結城の声は重かった。
「犯人はまだ何人か手元に残しているはずなんだ」
ここで結城は陸翔の表情に気が付いてほほ笑んだ。
「ありがとな」
「長川警部は…」
瑠奈が心配そうに結城竜に聞いた。
「いや、全然返信が来ねぇ…あ」
突然電話がつながって結城の表情が動いた。
「結城君か。分かっている。秋菜ちゃんの事だな」
「ああ、中学生は解放されたって聞いたが」
結城が声をかけると女刑事は少し黙った。
「秋菜ちゃんはまだ中だ。犯人はおそらく2人組。だから人質を最小限にして管理しやすくしているんだろう。秋菜ちゃんは本来解放されるはずだったが、喘息の同級生の身代わりに自ら残ることを名乗り出たらしい」
「あいつ…」
結城は呆れたような感心したような複雑なため息を漏らした。まだ秋菜は人質として中にいる事は結城の中では確定していた。
「現地に行きたいのだが…」
「今は無理だ」
長川は言った。
「犯人は武装して警備員を一人殺している凶悪な奴だ。県警の決定で刑事部ではなく警備部が事件を担当する事になった」
「警備部…ってSAT…か」
「ああ、彼らは突入だけではなく交渉のスペシャリストだ。だから刑事部の私よりも警備部の発表の方が確実だが、秋菜ちゃんについて何かが分かったら連絡する。だが、人質について安否を気にしているのは君らだけじゃない。常総警察署で人質の家族の待機場所が設置されている。もうすぐ連絡がいくと思うが、そこで待機していてくれ…大丈夫、県警は必ず秋菜ちゃんを助ける」
長川はそう言って電話を切った。
「くそ」
結城はコメンテーターが適当な事を言っているのにイライラしながらチャンネルを回す。
-…現在説得を続けています。
-…次の元号発表日を選んだことに犯人の強いメッセー…
-…事について、菅官房長官はテロを厳し…
-…見てください大きなカニ…―
「結城君、イライラしてもしょうがないよ」
千尋スマホを見た。
「今はネットの時代。犯人が何かメッセージをTwitterに上げているかもしれないよ」
千尋は「立てこもり」「テロリスト」「バクトルスタン」「人質」「中学生」「IS」といったトレンドを片っ端からチェックする。
「ISってイスラム国かよ」
メディアを騒がせた残虐なテロリストを思い出し、結城の声に焦りが混じり始める。
「勝手に馬鹿なネット民が関連付けているだけだよ」
千尋は言った。
「本当にイスイス団だったらとっくにスクープになっているよ」
千尋が真剣な目で結城を見たので、結城は黙って座り込んだ。その時北海道のタラバガニについて実はヤドカリの仲間なのだと流しているテレビ局に速報が出た。
-ニュース速報。茨城県立てこもり事件。犯人はバクトルスタン人と名乗る。技能実習生の賃金支払いを要求―
結城は慌てて他のチャンネルを見ると、東日本大学の教授が電話で取材に応じていた。
中央アジア諸国は基本的に安定した国家が多く、最近は日本人観光客もシルクロードブームに乗る形で増えているのですが、バクトルスタンだけは2000年代に入ってからイスラム過激派による反政府活動が活発になっていて、2年前には民族同士の衝突も発生して大勢の難民も発生しているのです。ただ近年は日本や韓国、中国の支援や投資で経済成長を進めていて、中央アジアでは最も日本語学習者が多い国としても知られています。技能実習生の受け入れも人口比では旧ソ連に属する中央アジアで最も多いのではないでしょうか。
「宗教とかが原因じゃないのかな」
瑠奈が呟いた。
技能実習生が日本で酷い目にあっているから何とかしてって話しだったら、処刑とかそういう事にはならないよね」
瑠奈はそう言いながら、祈る様に目を閉じて胸の前で手を組んだ。
 都は国際学とか宗教とかそういうのは分からない。彼女はこれでも多くの事件に死神並みの遭遇率で関り、見事解決してきた。でも外国人の銃器を持ったテロ人質事件に友達が巻き込まれた事は初めてだ。自爆テロとか処刑とかそういう残虐な行為をする人間の気持ちを考えたこともなかった。こういう事件に大切な友達が巻き込まれるなんて考えたこともなかった。
 だから目の前で必死で情報を求める結城に「大丈夫だよ」って声をかけてあげられない。都はそれが物凄く悔しかった。

 しかし現場は必死で事件解決の道が模索されていた。
 ムスリム含めて外国人が多い科学都市の方から、警察のワゴン車でモスクの指導者、イマームが呼ばれた。
イマームのアブドゥル・ドストモフ氏です。ウズベキスタン国籍ですがバクトルスタン人が多く住む地域出身でバクトル語も喋れるそうです」
「ほとんど同じ。ウズベク語もバクトル語も」
ドストモフ師は憔悴しきった声で言った。
イスラムは女性や子供を一番大事にする宗教。彼らがムスリムであることを思い出すならば、子供たちを全員解放してくれるはずです」
「お願いします」
長川朋美警部は尊敬される宗教指導者に最大限の敬意をもって一礼し、メガホンを渡した。ドストモフは機動隊のジュラルミンを分けて、テロリストの説得に当たった。
「Birodar. Nima uchun bunday shafqatsiz harakatlar qilasiz? Payg'ambarimiz (s.a.v) barcha mo'minlarga sabr-toqat va sabr-toqatni va'z qildilar. Musulmonlar birinchi navbatda farzandlarini himoya qilishi kerak. Hozir kech emas. Qurollaringizni tashlang va chiqing.(兄弟よ。なぜこのような非道な行為をするのですか。預言者ムハンマドは全ての信徒に寛容と忍耐を説かれた。ムスリムは子供たちを一番に保護しなければいけません。今からでも遅くはありません。武器を捨てて出てきなさい)」
「出てきますかね」
山下警部補に言われて長川はため息をついた。
「師の言う通り彼らが本当のイスラム教徒なら出てくるだろう。だがシリアとかイラクで国もどきを作っていたヒャッハーな連中だったら」
「ISですか」
「警備員を躊躇なく殺すような連中だからな」
長川警部は汗を流しながらじっと交渉の行方を見守った。

 タクシーが常総警察署に向かって県道を走っている。
「結城君…」
必死で何かを祈る様に目を閉じている同級生に、都は言葉をかけられなかった。
「都…どう思う?」
結城は唸った。
「犯人は人質を殺すような奴だと思うか。中学生でも簡単に殺すような連中だと」
「わからない」
都は正直に言った。
「でも喘息の子と秋菜ちゃんの身代わりを認めるくらいには良心はあると思う」
「それは俺も考えた…でも警備員を殺しているしな」
「ねぇ」
その時スマホの人質事件のトレンドTwitterを見ていた千尋がタクシーの結城の隣で声を上げた。
「これって犯行声明じゃない。Twitterにアップされてるよ」
「なんだって」
結城が驚いてそのTwitterの動画を見た。
 タクシー運転手も気になる表情をしたが運転に集中する。
 再生された動画では肩にマシンガンをひっさげた髭の男が、おそらく人質だろう、デブ男の権藤を座らせて、樹脂製のプリンター銃を頭に突きつけている。
―Our purpose is the liberation of the Bactorstan people who are forced to work in slavery in Japan. They are forgiven in their home countries, heavily in debt, and treated like slaves at Japanese labor sites. Those who managed to escape have been imprisoned as criminals without protection by the Japanese government, and continue to be abused at the immigration bureau and even die.(我々の目的は日本で奴隷的な労働をさせられているバクトルスタン国民の解放である。彼らは祖国で騙されて多額の借金を負わされ、日本の労働現場で奴隷のような待遇を受けている。なんとか逃げ出した人々も、日本政府は保護することなく犯罪者として投獄し、入国管理局で虐待を続けて死者まで出ている。)―
「こ、この人」
都が目を丸くする。
「ああ、花見の席で勝馬と揉めていた野郎だ」
このデブ男は怯えた表情で助けを求めるように画面ごしに千尋を見ていた。
―Our request is the liberation of all Bactorstanians. The Japanese government should have 5 million yen for each Baktorstan technical interns and let them return home immediately. Kill hostages if not run within 24 hours.( 我々の要求は全てのバクトルスタン人の解放である。日本政府はバクトルスタン人技能実習生1人当たり500万円を持たせて、直ちに祖国に帰還させろ。24時間以内に実行されなければ人質を殺す。)―
犯人がジェネレーター銃を突きつけた。
―This is a warning-
「お前ら見るな」結城が大声で叫んだ直後、デブ男の頭から何かが飛び出し、彼は崩れ落ちた。その時には「もう一度再生」「次の動画」の選択肢が出ていた。絶対選択しない。
「これでわかったよ」
都は少し震える声で言った。
「この人たちは素人さんだよ。肩に下げているマシンガンは多分偽物。あの白い拳銃だけが本物なんだよ」

 中学生たちは会議室に座っている。10人の子はみんな座り込んだり横になったりしていた。ふいに泣きだした女の子を磯崎先生が優しく頭を撫でる。
「なんでお前残ったんだよ」
野球部の坊主頭の滝沢淳平が秋菜の隣で呆れたように突っかかってきた。
「バカだろ。平気なのかよ」
「平気じゃないに決まってるじゃん」
秋菜は必死の表情で笑った。
「でもしょうがないじゃん」
隣の席からいつも聞こえてくる鋭い突っ込みが鈍りまくっている。
「俺から離れんじゃねえぞ。お前はドジだからな。俺が見てねえと変なところに突っ込んでいくかもしれないからな」
「それ、俺が私を守るって奴」
「は! んなわけねえだろ」
淳平が真っ赤になって反応した。秋菜が涙を浮かべながら笑う。
「あははは、そうだよね。あんたにそんなキモイ台詞似合わないよ…でもありがと」
秋菜のいろいろぐちゃぐちゃになった笑い声に淳平は赤くなった。秋菜は涙をぬぐった。
「私に対しては何かないの」
理子がじーっと淳平を見る。
「お、お前は生き残りそうだから…特に何もない」
「失礼だね。私だってか弱い乙女なのよ。怖くて仕方がなくて、イケメンなヒロインに助けを求めているのですよ」
「ヒーローの間違いだろ」と淳平。
「あ、でも」秋菜は考え込む仕草。「理子の場合、あながち間違っていないかも」
「失礼ね」理子が赤くなって両手を漫画みたいに振る。
 その時だった。突然ドアが開いて犯人の髭面の男が入ってきた。奴は入ってくると理子に目を付け、彼女に手を伸ばした。
「てめぇ、何する気だ」
淳平が飛び出すが、この男は彼をマシンガンで殴りつけた。
「淳平!」
鼻血出して吹っ飛んだ淳平を見て咄嗟に空手の構えを見せる秋菜だったが、男が「きゃっ」と悲鳴を上げる理子の頭に拳銃を突きつける方が早かった。
「秋菜…だめ」
「待て、私が人質になろう…ノット・シー・バッド・ミー」
磯崎先生が両手を挙げてテロリストに呼びかけるが、テロリストは先生に拳銃を突きつけた。
「I just ask her to be a messenger. If you resist, the other students will be harmed.(彼女にはメッセンジャーになってもらうだけだ。もし抵抗すれば、他の生徒に危害が及ぶ。)」
犯人の言葉に、理子が解放されるという意味だと捉えた先生は座った。
「大丈夫だ、結城…富吉は解放されるようだ。富吉…彼らのいう事を聞きなさい」
理子は怯えながらもうなずいて、部屋から連れ出されていった。そんな彼女に秋菜は不安を覚えた。
「本当に解放されるんですか。理子は」
倒れて唸り声をあげる淳平の鼻血をハンカチで拭いてあげながら秋菜は声を震わせた。
「絶対に解放されるんですよね…先生…」
「ああ、信じよう。全員を危険な目に合わせない為にも、今はテロリストを信じるしかない」
磯崎先生は淳平を助け起こしながら涙をボロボロ流す秋菜に頷いた。

 同時刻-。東京千代田区永田町。
「犯人の要求は技能実習生の解放と彼らに金銭を持たせて帰国させるという事だそうです」
次長がそう進言するのを逆光する窓の前で官房長官は厳かに言った。
「日本国内に虐待されているバクトルスタン国民はいません。いるのは高給を狙って日本国内に不法滞在している連中と、勤務態度が怠惰な連中だけです」
そう言い切った官房長官は事務机の電話をとった。
「あ、本部長…実はですね」

 警察署の会議室には人質のお父さんお母さんらしい人たちがパイプ椅子に肩を寄せ合っていた。あるお母さんはさっきの処刑映像に取り乱し、いやーと叫んで女性警官に宥められている。
「秋菜ちゃんのお兄さんね」
突然30後半くらいの美人の女性が笑顔で結城を呼び止めた。
「あ、あなたは…」
「富吉理子の母です。夫は今スイスにいるから、ここには私だけ」
その笑顔は必死で作ったものだった。
「理子が秋菜ちゃんにとてもお世話になっているわ。理子が中学校に入った時、隣の席で声をかけてくれたのが秋菜ちゃんだったの。理子は本当に秋菜ちゃんの事が大好きだったんだから。私も秋菜ちゃんと家で何度もあっているけど、優しくて強い子だなって思った…だからきっと無事だって信じてるの」
「感謝します」
結城は青ざめながらも礼を言った。
「信じて待ちましょう、ね」
富吉理子の母親、富吉ゆかりは笑顔で結城の手を握った。

「はい…え、なんですって…」
前線部隊の特殊車両の中で、森下警部は信じられないという表情で無線機に向かってしゃべった。
「しかし犯人は交渉用の無線機に応じています。まだ交渉の余地があります」
緊迫した声に長川は森下の方を振り返った。
「失礼しました。直ちに命令を遂行します」
「森下警部…。何を」
突入用のヘルメットを手に取った警部に長川が突っかかった。
「本部から命令が下った。直ちに突入する」
「本気ですか。まだ内部の状況も把握していないのでしょう。人質に危険が」
「上層部の決定だ」
森下が苦渋の表情のまま重い声で返事をする。
「賢明な判断とは思えませんね」
長川は森下の前に立ちふさがる。
「長川は、お前人質の中学生に知り合いがいるんだってな…。それがお前の判断を鈍らせている。上層部の判断は絶対という」
森下が目くばせした直後、山下ともう一人の警備部が長川を羽交い絞めにした。
「森下君考え直せ」
暴れる長川に森下は
「我々だって前線で命を張るプロだ。人質は必ず救出する」
森下警部はそう言って踵を返した。

 突然、会議室の扉が開いた。テロリストが入ってきた。
「The Japanese government is foolish(日本政府は愚かだ)」
テロリストが何かを秋菜に向かって放り投げた。それは床に座り込んだ秋菜の前でゴロゴロ転がり、秋菜の前でその断末魔の表情を向けた。
 理子だった。首だけになった少女は秋菜の前で目を閉じ苦し気に口元をゆがめていた。秋菜の目が見開かれた。彼女の頭が真っ白になった。
 人質の少年少女に悲鳴がほとばしる。その直後閃光が走り、煙が流れ込んだ。
「ふせろーーーーーーー」
磯崎先生が大声で喚く中、秋菜はぼーっと座り込んでいた。

 テロリストはすぐに応戦しようと廊下に出るが、SATの一斉射撃に血しぶきをあげてのけ反り倒れた。
 もう一人のテロリストは銃撃を逃れてプラントの奥の倉庫にいる縛られて動けない人質たちの部屋に入った。人質の工場幹部たちは悲鳴を上げている。SATが巨大なハンマーでドアを破ろうとした直後、突然大爆発が発生して隊員2人が吹っ飛んでいった。夕闇の中で煙にせき込み、顔を抑えた子供たちが次々に出てくる。それを撮影しようと記者が群がり、機動隊がそれを抑えようとする中で爆発が発生し、あたりは大混乱となった。

-今突入しました。今突入しました!
ニュースのアナウンサーが緊迫の表情で喋る。
「もう突入なのか」
結城がびっくりしたようにLIVE中継を見る。緊迫の突入劇がテレビで繰り広げられていた。建物の中で何か光が炸裂し、窓ガラスが割れる。屋上から隊員がロープであっという間に降りてガラスをけ破り、入り口からも機動隊が次々と入っていく中、建物の奥の方で爆発が起こる。LIVEという文字だけがそのまま映っている。
 結城竜は固唾をのんで見守り、富吉ゆかりは両手を握って何か祈っている。やがて人質と思しき人たちが警官の誘導で工場の入り口から次々と出てくるのが見えた。
-ああ、今、人質の方でしょうか。おそらく人質の中学生と思われる方々が、建物から走り出してきて、警察に保護されているのが見えます。ええと、警察の発表では中に中学生、愛宕中学校生徒10人が取り残されていると思われますが、そのうち少なくとも6,7人の子供たちが警察に保護されたようです-
人質が出てくる工場入り口から、一人の少女が虚ろな表情で出てくるのがアップされた。その少女は結城秋菜だった。彼女はセーラー服に何かを抱えていた。その直後カメラがスタジオに切り替わり、スタジオの女性アナウンサーが悲鳴を上げて口を押えている。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」
結城の横で理子の母親が絶叫した。
「これは夢よこれは夢よ、これは夢よ」
理子のお母さんは狂ったように床に頭を打ち付け、結城が慌ててそれを止めた。
「今日はエイプリルフールよ。そうよね、そうよね、結城君」
真っ青になって無茶苦茶な顔になったゆかりの指が腕に食い込み、結城は辛くてどうすればいいのかわからなかった。

 長川警部は操り人形のように光を失った瞳のままはだしで歩いてくる知人の少女と、彼女が抱えている親友の生首を見て絶句した。
「秋菜ちゃん、秋菜ちゃん!」
長川は混乱の中で秋菜の肩を揺らすが、その直後、秋菜は悍ましい現実に帰ってきた。彼女は理子の首を抱きしめて、「いやぁあああああああああああああああああああああ」と壊れたように絶叫して意識を失った。

「秋菜!」
病室の前で従妹の名前を呼ぶ結城。そして後ろには都が控えていた。
「今薬を飲んで眠っているわ」
長川の部下の若い女性刑事、西野雅巡査が結城に頷いた。
「大丈夫。大きなけがはしていないわ」
「そうか…」
結城はため息をついた。
「それならいい…」
結城は病室前の椅子に座って、一息ついた。
「結城君…」
都は結城の横に座る。
「酷い兄貴だよな。あいつがどれだけ心をえぐられるような目にあったっていうのに、俺、あいつが生きてさえいてくれれば後はオーライだと思っていやがる」
結城は顔を半分抑えながら自嘲気味に笑う。
「あいつ、これからPTSDとか記憶喪失とか、鬱とか、トラウマとか、週刊誌とか…酷い目に合うんだろ…でも…俺は安心しているんだ。生きててくれてよかったって…。生きててくれさえすればよかったって…花見の時、俺、散々ダメな兄貴だって言われたけど…まさにその通りだよな。本当にあいつの事なんか何も考えちゃいないんだ」
結城がそういう中で、病室のベッドでは秋菜は深い眠りについていた。
「良かったね!」
都はとびっきりの結城君に抱き着いた。結城の目が見開かれる。都は結城の背中に抱き着いてにっこり笑った。
「秋菜ちゃんが生きて戻ってきてくれて…よかった」
「お、おう」
都の優しい声が背中越しに聞こえて、結城の声がかすかに震えた。

「り、理子…」
首だけになった愛娘が警察署の遺体安置所に保管されていた。それを能面のような表情で見つめていた母親の富吉ゆかりは、そのまま崩れ落ちて、次の瞬間呼吸困難のような喘ぎ声をあげて涙を流していた。それをやりきれない表情で見つめる長川警部。しかしお母さんはかろうじて声を上げた。
「む、娘の…理子である事は間違いありません」
足元をふらつかせながら部下の西野に送られるゆかりを背後から見ながら、長川朋美は歯ぎしりをしていた。
「警部…いいですか」
金髪刑事の鈴木巡査部長が敬礼をしながら書類を見せた。
実況見分は大体鑑識が終えました」
「わかった。話しを聞きに行こう」
長川は頷いた。

 鑑識課では新人隊員が奥でげーげーやっていた。それを別の隊員がさすっている。
「相当酷い現場だったからな」
それを見ながら長川は言った。
「鑑定結果は」
「とりあえず、犯人の一人が自爆したプラントの奥の部屋。あそこのぐちゃぐちゃに混じり合った肉片から4人分の組織は断定したけど、状況からどう見てもその倍の人間の死体はあったね。一応骨のかけらとか肉片とかから、動画で処刑された権藤企画部長と首の主である富吉理子さんの体の部分があの中にあったのは間違いない」
鑑識の牛乳瓶眼鏡、加隈真理は眼鏡を光らせる。
「つまり死体をあの部屋に放り込んで人質をビビらせていたって事か」
長川は信じられないというようなため息をついた。
「相当イカレタ犯人だね」
加隈はため息をついた。
「あの突入どう思う?」
加隈に聞かれ長川は「真理ちゃんが思っている通りだよ」とだけ答える。
「所在が確認されているのは受付嬢や技能実習生、新米の警備員…中学生と引率の教師…それ以外の所在不明者は死体が確認された2人以外に5人…全員死んでいると考えるべきだろうな」
長川はため息をついた。
「本部は警備部と公安部に今回の事件を任せる気なんでしょう」
加隈が言った。
「ああ、犯人が2人も死んでいるし、警察庁と合わせてテロリストの背景を洗い出すそうだ。刑事部は手を引けって言われたよ」
長川はやりきれなそうに言った。

 あれから1週間が経った。
 富吉ゆかりの家で、私服姿の島都と結城竜は仏壇で笑顔の富吉理子に手を合わせた。
「ありがとう、結城君。警察署では見苦しい所を見せてしまったわね」
「いえ」
結城は出してもらった紅茶をいただいてから、お母さんを見た。
「在日バクトルスタンの人たちが、お手紙やお金を送ってくれるの。子供たちもね、なけなしのお小遣い送ってくれたり、手紙をくれたり…全部理子に備えているのよ」
お母さんは笑顔で仏壇を指さした。
「あの絵はね、理子が天国で幸せになっている絵ですって」
子供がクレヨンで書いた絵を都は見た。その時、玄関のチャイムが鳴った。あわててお母さんが出ると、「あ、た、大使の方?」と声が震えた。
「あ、僕らはこれで、また来ますので」
結城は辞退を申し出てゆかりは「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに」と申し訳なさそうに言った。
「都ちゃんもまた来てね、理子、都ちゃんの事も話していたんだから」
と優しく言った。
「はい! 失礼します!」
都は笑顔でお辞儀をした。マンションの玄関を出ると大使の人だろうか、長身のハンサムな男性が立っていた。
「お待たせしましたーーー、どーぞー」
都が会釈すると、大使が「理子さんの先輩ですか?」と聞いた。
「はい。島都といいます」
都がビシッと敬礼した。
「この度は本当に残念な事でした。国民を代表して哀悼します」
流暢な日本語で大使は言った。
「お母様に大統領からのメッセージを持ってきました。お母さんは中にいらっしゃいますか」
「はい、今出ます」
結城がドアからお母さんを連れ出した。
「では失礼します」
結城は一礼すると廊下を歩き出した。

 結城のマンションに帰ってきた2人がドアを開けると、お昼ご飯の匂いがした。
「あ、お兄ちゃんお昼ご飯出来てるよ、師匠も食べてってください!」
結城秋菜がフライパン片手にキッチンから顔を出した。
「本当! うわぁああああ、お味噌汁の匂いだぁ」
都がご飯の時間の子猫のようにダッシュする。
「お兄ちゃん、ちゃんと手を洗ってよ」
スクランブルエッグに手を出そうとする結城を窘める秋菜。だが結城はその卵焼きに血が混じっているのを見た。
「秋菜!」
結城が怖い顔でキッチンに入ってくると、お皿を手にしていた秋菜の手が血だらけになっていた。
「お前…」
きょとんとする秋菜を前に都は結城君を手で制して、
「秋菜ちゃん…ちょっと手が汚しているね…手当ししよっか」
と何でもないように笑顔で言った。
「え、あ、おかしいな‥‥全然気が付かなかった」
秋菜はあせあせするのを都は笑顔で「大丈夫だよ!」と秋菜を部屋に連れて行った。
「本当にごめんなさい」
部屋で半分ポロポロ涙を流す秋菜に都はびしっと指を突きつけた。
「秋菜ちゃん、ごめんなさいはなしだよ。秋菜ちゃんにスクランブル作ってもらって嬉しいんだから」
都は笑顔で下手糞に包帯を巻いていく。
「ね」と笑顔で見上げた都。だがそれが短いショートヘアと角度的に理子の生首を思い出させてしまった。
「いやぁああああああっ、理子、理子…誰か理子を助けて」
絶叫する秋菜を都はぎゅっと抱きしめた。
「秋菜ちゃん、なでなで」
「いやぁああああっ、理子ぉおおおおおおお」
秋菜は絶叫し続けた。結城はそれを廊下で聞いて立ち尽くしていた。

「お前がいてくれて本当に助かるわ。でもいいのかよ、もう1週間も泊まり込んでいるぞ」
お薬を飲んで眠った秋菜に布団をかけてあげながら結城は都に言った。
「いいんだよ。結城君の家は広いし、同じ部活の仲間。ねっとりとした深い関係になろうじゃないの。ご飯代もタダだし」
「‥‥」
「あと結城君。悲しそうな顔はしなくていいんだよ」
都は笑顔で言った。
「秋菜ちゃんは頑張っているんだから、偉いんだから」
「そうだな」
結城は言った。

 2日後。東京都国分寺市
 朝の住宅地をランナーが走っている。
「こんにちはー」
女性ランナーが別のランナーに挨拶したが、ランナーは無言で走っていた。
(挨拶を無視するなんてマナー違反ねー)
女性ランナーが思った直後、背後で何かが倒れる音がした。振り返った時倒れていた男性ランナーは毒を注射され痙攣し、目から涙を流して口からアスファルトに吐瀉物をぶちまけていた。女性が悲鳴を上げた直後、この男は死んだ。

 さらに2日後。千葉県柏市
 公園沿いの住宅地。少年たちがある一軒家を覗き込んでいた。ボールを庭に入れてしまった事を派手にホームラン決めた本人が謝りに言っているのだ。この家の主はとにかく子供嫌いで、やたら怒鳴り散らす事で有名なおっさんだった。やがて家の中から悲鳴が上がり、ドアが開いて野球帽をかぶった少年が悲鳴を上げながら出てきた。
「た、大変だ…人が…人が…」
家の中での書斎では眉間を銃弾でぶち抜かれた男の死体が転がっていた。

つづく

劇場版3 少女探偵島都「平成末期の殺戮撃」❶


1

BBC放送
―The dictator, President Rajdakov, who had been in that position for 20 years in Bactorstan, Central Asia, died.
中央アジア、バクトルスタン共和国で20年間その地位にあった独裁者ラジコフ大統領が死去しました)
ⅭNN放送…。
―This led to a resurgence of the civil war between the Islamic fundamentalist organization and the government forces, and the Russian and Uzbek forces announced their support for the government forces.
(これをきっかけに、イスラム原理主義組織と政府軍との内戦が再燃し、ロシア軍とウズベキスタン軍が政府軍の支援を発表しました。)
NHK放送…。
―一方で東部では政府軍と原理主義勢力以外に民族紛争も発生しており、バクトルスタン共和国と国境を接するウズベキスタンキルギスタジキスタンには大勢の避難民が殺到しています。

「Katta opa(お姉ちゃん)」
震える下の兄弟を胸に抱きながら、一人の少女は安心させるように優しく背中をさすっていた。
「Yaxshi, yaxshi.(大丈夫、大丈夫だからね…)」
少女がそう話しかけている土手の向こうの村には火が放たれていた。焼き尽くされていく建物の前で、男たちが凶器に満ちた顔で大喜びしながら、農機具を空中に掲げている。その先端には女性や子供の生首が掲げられていた。彼らは原理主義集団なのか…いや、違うと16歳の少女にはわかっていた。彼らは昨日まで普通に付き合いがあった村人たち…隣人たちなのだ。

 5年後―――。
 東京の入国管理局収容センター。
「てめぇ! よくも本国に暗号を送りやがったな。ふざけやがって!」
蹲る中年女性を職員がひたすら蹴りを入れまくっていた。
「Iltimos, to'xtating, bu og'riqli」
「くそっ、このゴキブリいくら踏んでも喋るぞ! ゴキブリの癖に人間の言葉を喋りやがる」
女性が凄まじい悲鳴を上げるのを収容されている外国人が耳をふさぎ震え、あるものは神に祈り続けていた。
「ちぇ…」
職員の片桐慶四郎(38)は舌打ちをしながら宿直室に戻ってきた。
「アルマとかいうクソ…死にました…どんな暗号を手紙に託して本国に送ったのか…全然吐きませんでしたよ」
「まぁ、仕方がないでしょう」
分厚い唇の男が不敵な笑みを浮かべて片桐を見た。所長の千川千雄(55)は
「どうせこの施設には救急車も入ってこない。私たちのお医者さんが死亡診断書を穏便に書いてくれるでしょ…。これを役所に提出してください。あとは荼毘にふせば、全てはなかったことになります」
と平然としていた。
「あの国は独立維持の為に日本を必要としています。この問題で私たちの国との関係を潰したくはないはずです。ぬふふふ」
この傲慢な笑いと認識が、この後の全ての厄災の始まりだった。

―バクトルスタン共和国
 小さな村に2人の若者がカマズトラックを走らせて戻ってきた。カマズトラックは村のはずれの一軒の家の前に停車する。荒れ果てた大地の何もない村の小さな家の前だった。
「Onam」
「Mustafo, Dustam」
古い埃だらけのレンガの家で老婦人は2人の息子に泣きながら抱き着いた。
「Qizim Alma, Yaponiyada vafot etdi(私の娘のアルマが、日本で死んだわ…)」
ムスタファとダスタムの母親はそう言うと涙を流してテーブルに伏せた。
「Mustafo ... Dastam ... Hodiy(ムスタファ…ダスタム…来てくれ)」
父親のカブールが手紙を2人の息子に見せた。
「Bu qiz jumboqlarga yoqadi. Men jumlalarda g'aroyib grammatika mavjud bo'lgani uchun tekshirdim. Ushbu Baktor tili Morse kodiga aylandi(あの子はパズルが好きだったろう。文章に文法として変なところがあったから、私は調べた。このバクトル語は、モールス信号になっている。)」
「Iltimos, meni tushuntirib bering, Ota.(解読してくれ、父さん)」
息子にせがまれて父親は頷いた。
「Biz Baktorstaning ishchilarni haqorat qilyapmiz. Menga yordam bering.」
息子たちはその手紙に真っ青になって、そして次の瞬間凄まじい憎しみに真っ赤になった。
「Mening qabilalarimda qon bor. Oilani o'ldirganlarning barchasi uchun qasos. Ayollarga va bolalarga yordam bering.(我が部族には血のおきてがある。家族を殺した人間すべてに復讐する事。女性や子供を助ける事)」
カブールは鋭い眼光で2人を見た。
「Sen qasosning jangchisan(お前たちは復讐の戦士だ!)」

―劇場版少女探偵島都3~元号末の殺戮~

―ピンポーン…
マンションの玄関のチャイムが鳴る。高校1年生の結城竜はシャツにパジャマ姿で頭をぼりぼりしながら…。
「ういーっす…誰ですか? 宗教の勧誘ですか」
と玄関を開けようとする。と、直後、彼の従妹の中学2年生結城秋菜が後ろから蹴りを入れて
「お兄ちゃんの馬鹿―――。出なくていい…部屋にすっこんでて」
と蹴りを入れて結城の部屋に彼を叩きこんでからドアを開けた。
「こんにちはー」
と温厚そうな里佳と、ショートヘアで利発そうな理子が「よっ」と部屋に入って来る。
「うう、ありがとう。本当適当でいいじゃんね工場見学の計画提出なんて」
秋菜がうーーーっと声を上げた。
「ま、おかげで私としては秋菜ちゃんの部屋をがさ入れするきっかけができてうれしいけどね」
絶対東山奈央が声優やっていそうな声で理子はそう言うと、結城の部屋を開けようとする。
「ちょおおおっと待って」
秋菜がスラリディングして部屋の前に立ちはだかる。
「この部屋には誰もいないから」
(俺存在消されているのか)結城は自分の部屋で頭をポリポリした。
「そうなの。私秋菜ちゃんのお兄ちゃんに会いに来たのに。面白そうなお兄ちゃんだったし」
「全然面白くない――」
秋菜が部屋から理子の背中を押して遠ざけようとしている。
 だがその前に、
「ちょりーーーす。遊びに来たよ結城君!」
チャイムも押さないでショートヘアの小柄な美少女が玄関にやってきて秋菜は面食らった。
「し、し、し、師匠!」
高校1年生の少女島都は自分を師匠と呼び慕う、でも今は明らかに呼んでいない表情の秋菜に空気も読まずに、
「理子ちゃんとさとかちゃんだよね! こんにちはー」と挨拶してから、
「秋菜ちゃん、結城君借りてくね」と言った。
 結城の方は面食らった。今日一日はのんびりしようと思ったのに…と慌ててクローゼットに隠れる。
「都さん…今日は秋菜ちゃんのお兄様はいないようですよ」
と理子は言った。
「出かけているみたいです」
「あ、靴もないみたいだね」
都は玄関の小さなタイルの靴置き場を見た。
(見っともないぐーたらお兄ちゃんの存在を消すために、あらかじめ靴を隠しておいてよかった…)秋菜はホッとした。だが、それで騙せるほど都は甘くはなかった。
「でも変だなー。今日はこれから雨が降るって天気予報でやっていたのに、結城君は傘を持って行かないで出かけるかなぁ」
(‥‥‥)秋菜は笑顔のママ真っ青になる。
「コンビニとかに買い物とかじゃないんですかね」
理子がのんびりと言うが
「もしそうなら、今日はいないって秋菜ちゃん理子ちゃんに言ったりしないよね」
都は思案してから、秋菜に聞いた。
「秋菜ちゃん、結城君はどこに行くって言ってた?」
秋菜の目が泳いでいる。
「近くのお店じゃないでしょうか…」
「近くのお店か」
都は目をぱちくりさせた。
「雨にぬれても傘を貸してくれそうな近くのお店…で、1日長居をして楽しんでいそうな店…散髪屋さんは結城君髪の毛切ったばかりだし、BOOKOFFは開店時間50分以上前だし…あ」
都は思いついた。
「あそこだ。『2丁目の花園』というゲイバー」
「誰がそんなところ行くかぁあああああ」
結城が寝間着姿で思わず出てきて都を一括した。シャツで筋肉が浮き上がって髪の毛はぼさぼさだった。
「おおお、結城君…こんなところから出てきた」
都は嬉しそうに抱き着くが、直後にそんな部屋着姿の結城の顔面に、秋菜が
「お兄ちゃんのヴァカーーーーーーーー」
と回し蹴りを食らわせ、お兄ちゃんは都ごと吹っ飛んでいった。
「たばぶっ」
その様子を理子は嬉しそうにスマホカメラに収めた。
「また兄妹漫才撮影しました…ごちそうさま」
「理子ちゃん!」
秋菜は顔を真っ赤にして叫んだ。

「全く…妹って奴は」
結城はタワーマンションの下でため息をついた。
「理不尽だ」
「秋菜ちゃんもお年頃なんだよ」
都は「どーどー」と結城の背中をなでなでする。
「都もあの時期はそんな感じだったのか」
「うん」
都は頷いた。
「そうだよ。魔法少女未来ちゃんが尊くてたまらなかったり、ケーキバイキングに毎日行きたくなったり、ファミレスのパフェが食べたくて食べたくて仕方がなかったり。あー、思い出すだけで恥ずかしいよ。幼かった私」
「お前、素で言っていそうだから一応突っ込んでおく…今でもそうだろうが!」
結城が突っ込んだ先には桜並木が続く公園が広がっていた。
「みーやーこーさーーーーーーーーん」
でかい図体の高校の同級生が上半身裸で割りばし鼻に挟んでお盆を片手に手を振っている。
「おおおおおおお、勝馬君。前衛的なファッションだねぇ」
都がぴょんぴょんしながら北谷勝馬の方へ走っていく。周りには彼の舎弟の不細工な男子高校生が小躍りしていた。
「どうした…ここで」
一団からやや離れたところにかわいいブルーシートを敷いておにぎりを食べているのは黒髪ロングのおしとやか美人の高野瑠奈と、快活なポニーテールの薮原千尋だった。
「他人のふりをしているの」
千尋がビニールシートに結城を引きずり込んだ。
「15の身空でSNSに生き恥をさらしたくない」
「確かにな」
結城はため息をついた。
「一応ビールとか日本酒は取り上げたんだけど」
瑠奈が苦笑しながらリュックサックを指さした。
「本当すいません!」
結城が馬鹿な連中に代わって謝った。
「大丈夫よ結城君。私男の子ってなんでこんなに頭が空っぽで脳みそ湧いているんだろう、部が通報されて活動停止になったらどうしてくれるんだワルェだなんて、ちょっと思っただけで、怒ってなんかいなかったから」
瑠奈は笑顔だったが、その声に普段の御淑やかさに隠れた底知れぬ何かが混じっていた。多分勝馬たちも震えあがったに違いない。
「本当にすんません!」結城は再度謝った。
「あのーーー」
突然外から声がかかった。苦情かと思って見上げると黒髪ポニテだが大人しそうな女の子が学校とは違う普段着で結城君に声をかけてきた。
「私たちの書道部、あっちでお花見やっているんです。よろしかったら一緒にお花見しませんか」
モジモジしている女の子。
「なるほど、静かにお花見したいメンバーね。俺もそっち派。お邪魔させてもらうぜ」
結城に言われて、少女益田愛の顔がパーッと明るくなった。

「探検部は春休みどんな予定があるの」
書道部の部長で眼鏡をかけた饗庭尚子が瑠奈に声をかけた。
「今日はお花見で明日は私の家で新しい元号発表を見ながら新入生勧誘の作戦を考えて、明日は神社にお参りに行って、合宿で殺人事件に巻き込まれないように私の友達で巫女をやっている子にお祓いしてもらってついでにお花見して…」
「やる事目白押しね」
瑠奈の説明に部長はため息をついた。
「ああ、丁度いい機会だった」
結城が少し頭をかきかきしながら瑠奈たちに聞いた。向こうでは都が勝馬に肩車されてセンス踊りをしているが、こっちは赤の他人なので関係ない。
「実は最近中2の妹がやたら俺の存在を友達とかになかった事にしたいらしくってな。やたら俺の事を蹴るんだ。俺、日常で悪いことをしているのか」
「結城君、秋菜ちゃんの部屋に勝手に入ったりしてる?」
瑠奈が即答で聞いた。
「ああ、普通に」
「その時点でアウトね」
千尋が頷いた。
「馬鹿野郎。秋菜が着替えたりしている可能性考えてあいつがいるときはノックしているよ」
「ノックしてから許可出る前に普通に開けているでしょ」
瑠奈が聞くと結城はドキッとした。
「しかもシャツパンで」
「…」
「あとお風呂入るときちゃんと体洗ってから入っている?」
「…」
「トイレから出た時にちゃんと手を洗ってる?」
「エロ本とかバレたことない? エロ本じゃなくてもかわいい女の子のグラビア切ってどこかに保存していたりとか」
「PCの検索履歴に危ない項目が残っていたとか」
「サニタリーの中身を勝手に捨てたりとか」
「ベランダの洗濯物の下着とかを勝手に取り込んだりしたりとか」
「雨が降っていたんだから仕方がないだろうが!」
結城が顔を真っ赤にして喚いた。
「完全にアウトね」
千尋はため息をついた。
「駄目なのか、俺は別に全然変な邪心を心には持ってないぞ」
「結城君。秋菜ちゃんくらいの年齢は女の子が自分の秘密の世界を作り出す年齢なの。ほんの小さな事でも凄く気になる年頃なの」
「都もそうだったのか」
結城が瑠奈に聞くと、瑠奈は明後日の方向を見た。
「まぁ、私は兄貴いるけど、中坊の時はそういうの全然気にしない達だったけど、友達は気にしていたよ。男の子含めた友達と宿題やっていた時、お母さんがふつうに下着とか部屋に取り込もうとしてて泣いちゃっていたもん」
「ああ、ブラのサイズとかお父さんにも絶対知られたくないよね。弟がやんちゃで私のブラ眼鏡みたいにして走り回るから、家に都も呼べなかったし」
「都だったら一緒に遊びそうだけどな」
「そういう問題にしている時点でダメなんだよ」
千尋に突っ込みを入れられて結城は「すいません」としおらしく謝った。
 だがその時だった。
「かわいい外国人をレ〇プしてぇええええええええええええええええええ」
突然猿のような奇声が耳に入ってきた。
 見ると背広姿のデブ眼鏡が嬉しそうに大声を上げて、周りで酒で出来上がった連中が嬉しそうにはやし立てているのが見えた。
「なんだ、あいつ」
結城がゲロでも見るような目でそいつらを見た。
「うわっ、キモ。同じ人類なのが恥ずかしいレベルだわ」
千尋が顔をゆがめる。その時その親父に上半身勝馬が絡んで胸倉をつかんできた。
「てめぇ、ちょっと来い」
「何するんだ」
「誰だ君は」
話しぶりからして相当いい会社の連中だろうが、勝馬が目を血走らせてさっきのデブ男に掴みかかって人形みたいにガクガク振るので、結城は走り出した。
勝馬、馬鹿、やめろ! 落ち着け」
勝馬君やめて」瑠奈も大声をあげた。
結城だったら徹底的に振りほどいて暴れようとしただろうが、瑠奈という美少女の呼びかけに勝馬は鼻息を牛みたいに上げながらも大人しくなった。
「なんだ君は、頭がおかしいのか」
「どう見ても頭がおかしいのは貴方たちだと思うよ」
都がキッと一団を睨みつけた。
「なんだと、子供の分際で。私たちがいるからこの地域の福祉が回っているのに。お前たちが子供を作らないやわな人間のせいで回っていかない全部を俺たちが回しているんだぞ」
デブ男は明らかに悪酔いしている。
「すまん、日本語で話してくれ。高校生の授業科目に猿語はないんでな」
「ウキーーーーーー、ウキイイイイイイイイイイイイ」
勝馬がさらにデブ男につかみかかろうとするのを「お前が猿語話してどうするんだよ」と結城は突っ込んでビニールシートに座らせた。
「ほら、これ飲んで落ち着いて」
千尋午後の紅茶を紙コップに注ぐ。勝馬バツが悪そうに両手でそれを受け取ってくぴくぴ上品に飲んだ。
「お見苦しい所を」
「ううん」
借りてきたクマのような勝馬に瑠奈が笑顔で首を振った。
「あの…本当は私、在日コリアンなの」
愛の隣に座っていたショートヘアの女の子で髪が茶髪の利沢南美が少し声を震わせて言った。
「本当はイ・ナムミって言うんだけど、あの人たち私の事言っているんじゃないかって怖かった」
「同じ日本人として切腹したくなります」
勝馬は恐縮しきっていた。
「ううん、北谷君が怒ってくれたこと、嬉しかった」
勝馬君のおかげで、お花見がまた楽しくなったんだよ」
都がにっこり笑う。と、その背後から
勝馬さん、何勝馬さんだけ女の子に囲まれているんですか」
「ずるいですよぉおおおお」
勝馬の舎弟たちがハンカチを咥えて涙を流していた。

 夕方。
「ええと、まずちゃんと風呂は体を洗ってから入って、洗濯物はちゃんと分けて…PC検索で女の子の検索があっても無視して、それから部屋にはノックして秋菜が出てから入る…と」
結城は自宅に帰りながら復唱する…。
「別にそんな気にする必要あるか? 従妹だぞ」
結城はため息をつきながら、自室の携帯の充電器を探すが
「秋菜が持って行ったのかな」
と向かいの秋菜の部屋のドアを開けると、ブラジャーを付けている最中の秋菜が真っ赤になって振り返った。
「きゃぁあああああああっ」
「ばくぁあああ、お前、理子ちゃんとサイゼ行くって」
「お兄ちゃんの変態ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
秋菜の強烈な蹴りに回転しながら、結城竜は自室に吹っ飛んで扉が棺桶みたいに閉じた。

 翌朝。結城が目を覚ますと、台所に500円が置いてあった。
「ファミマ池」という殴り書きと一緒に。

「本当にお兄ちゃん最低なんだから」
校外学習のバスの中で中学校の制服姿の結城秋菜はため息をついた。
「あり得ない。勝手に私の部屋を開けるなんて、最低最悪、こんなクソみたいなお兄ちゃん絶対いないでしょ」
「でも私は羨ましいよ」
富吉理子は小首をかしげて言った。
「私お兄ちゃんはいないから。こういう喧嘩、憧れる」
「えええ?」秋菜は隣のリクライニングシートであり得ないというような声を上げる。
 バスは茨城県県南の田んぼのど真ん中にある食品加工会社へとやってきた。

「ここではバイオテクノロジーを投入した大規模農業をモデルとし、安価で効率的な農業によって低下し続ける日本の食料自給率を高め、人手不足でなり手がいない農村を活性化するためのモデル工場として、我々バイオグリーン社と日本の経済産業省、外務省が共同で建設しました。ここまでで何か質問はありませんか」
工場の会議室で企画部長の権藤高登(49)が周囲を見回す。
「結城…」
担任の磯崎雄介(35)先生が質問頼むとサインを送る。秋菜は困った顔をしてバッテンをした。
「本当に何かありませんか」
権藤が少し不機嫌になって周りを見回す。でもこれは仕方がない面もある。この人の質問タイムの切り方は下手すぎる。彼の説明の中には「ま、そういうもんだろ」って情報しかない。逆に良い説明をする人こそ物事には無限の不思議があるので、中学生であってもこちらも質問を考えやすくなるのだ。それとも何か。この前ニュースでやってて結城竜って兄貴が怒っていた工場労働者の救急車を工場が追い出した事件、あれは何でやったんですかって聞いてあげようか? 空気的にまずいよね。
「ほい」
秋菜の横にいた富吉理子が手を挙げた。
「救世主!」
秋菜が小声で拍手した。理子は徐に眠そうな声で
「この工場の協力に外務省ってあるのは何で」
「いいことを聞いてくれました」
権藤はジャム叔父さんみたいなホクホク笑顔で頷いた。
「実はこの工場、働いている人の大半が外国人技能実習生でしてね。世間では技能実習生って聞くと虐待とかそういうイメージがあるんですが、あれは本当にわずかな事例をマスコミが面白おかしく報道しているだけで、多くの勤労意欲のある外国人からは祖国に日本の技術を伝える事ができて、それでアジアの未開の貧しいどうしようもない村が日本の技術で豊かになったと、そうやって感謝しているんです」

 中型エルフトラックが工場の広大な敷地を走って管理棟の建物に入ってきた。バイオテクノロジーを扱っているだけで未来的な建物だ。そのトラック搬入口の中にトラックが停止し、警備員が確認の為に近づく。若口という名前のいかつい警備員がトラックの運転手に確認の為の社員証の提示を求めようとした直後、サイレンサーが付いた合成樹脂の3D銃の銃弾が警備員の胸を貫いた。若口警備員が心臓を貫かれて崩れ落ち、血の海が広がる様子に気が付いたもう一人の警備員を荷台から出てきた男がテーザー銃で痺れさせて大人しくさせた。
「Siz yapon tiliga o'xshashsiz(お前は日本人に似ているな)」
荷台から出てきた男、ダスタムが兄のムスタファに言った。そして抱擁しあった。
「Barcha birodarlarning qadr-qimmati uchun(全ては兄弟の尊厳の為に)」

権藤の喋り方は自分に酔っていた。秋菜も周りのクラスメイトもそのあたり敏感に感じ取るのでうんざりしていた。
(あー、次の元号なんなんだろ、もうすぐ発表かな)
秋菜はため息をついた。
 その時だった。
 ズガーーーーーーーン
 物凄い鼓膜をぶち破るような音ともに外で炎が炸裂するのが見えて、警報装置があっちこっちで鳴りまくった。窓ガラスが吹っ飛んでくることはなかったが、何枚かのガラスがゆっくりと落っこちていく。
 その時我に返ったクラスメイトが悲鳴を上げ、秋菜も思わず理子に飛びつく。
「落ち着いて、落ち着いてその場に座ってて」
磯崎が生徒を落ち着かせる。
「一体…何が…」
磯崎教諭に聞かれた権藤部長は首をかしげながら呆気に取られていた。埒が明かないと生徒に待つようにジェスチャーして廊下に出た磯崎教諭は、その場で突然現れた髭面の男に殴り倒された。そいつはサブマシンガンを下げていて、手にしたプラスチック樹脂の拳銃を天井に向けて発砲し、蛍光灯が粉々になった。
「きゃぁああっ」
秋菜は悲鳴を上げた。生徒たちも同じで頭を抱えたり机の下に避難訓練の時みたいに隠れた。
防災頭巾防災頭巾
理子があわあわ声を出している。
「理子、落ち着いて…」
秋菜は理子を抱きしめた。

「はぁ」
高野瑠奈の部屋で結城はため息をついた…。落ち込んだ彼の周りには何かがクルクル回っている。
「やっちゃったねぇ」
ポッキーをつまみながら薮原千尋はため息をついた。
「これは3日は話しかけてもらえないわ」
「大丈夫だよ」
都はにっこり笑った。
「ホラホラ、新しい時代の名前が発表されるよ」
官房長官がテレビの中で記者に対していよいよ発表する。彼は色紙のようなものを持っていた。きっと布で覆われたそれに新しい時代の文字が書いてあるのだろう。ぴこぴこと聞きなれないチャイムが流れ、探検部は固唾をのんで見守る。
「ただいま終了しました閣議決定により…」
官房長官が緊張した面持ちで記者会見で喋っていく。
「…本日中に公布される事となりました。新しい元号は…安〇…」
ここまで言ったとき、突然秘書が官房長官に耳打ちする。官房長官は「えっ」と声を上げ、慌てて「こ、これで閣議を終わります」と布を色紙から取らないで退出し、動揺した記者がざわめいた。同時にニュース速報のテロップが出たが、これは新しい元号の知らせではなかった。
―ニュース速報…茨城県食品工場を武装外国人が襲撃。中学生数十人が人質―
「ちょっと待て」
結城が真っ青になってテレビにかじりついた。
「結城君?」
ぽかんとする千尋の前で結城が喚いた。
「秋菜の奴、今日は校外学習で食品プラントに見学に行ってるんだよ」
結城の声は悲鳴に近かった。
「う‥‥うそ‥‥」
都の目が恐怖に見開かれる。

 ただっぴろい田んぼの中を猛スピードで警察のパトカーが走り抜けていく。先頭にセダンのパンダサイレンの警邏パトカーだったが、後方には特殊車両が多数連なっていて、消防車や救急車も待機している。警察のヘリコプターが周辺を旋回していた。
「長川警部」
警備部の隊員が刑事部の長川警部に連絡した。
「犠牲者が出たって言うのは本当か」
特殊車両の中に通された長川朋美警部はパンツスーツ姿で警備部の連絡語りで若い眼鏡の青年の山下警部補に聞いた。
「ええ、警備員が1人射殺されたようです」
「殺人事件か」
「長川」
警備部警部の森下純也といういかつい警部が長川を見た。
「とりあえず今回は犯人は武装しているし人質は中学生数十人だ。今回はSATが指揮を任せてもらう」
「もとい、刑事部長から受けている任務はあくまで殺人事件の捜査だ。それに」
長川は歯ぎしりした。
(今秋菜ちゃんも中にいるって事じゃないか)
「人質が解放されたようです」
「な」
長川は隊員の報告に身を乗り出す。
 建物の入り口から数
十人の子供たちが重い表情で人間の体を力を合わせて持ち上げて震えながら歩いてくる。盾を持った機動隊員がすぐに転回して彼らを保護する。
「もう大丈夫だ。頑張ったな」
山下が足を震わせている少年たちから警備員の死体を受け取った。
「子供に死体を運ばせるなんて…なんて奴らだ」
「ごほっごほっごほっ」
一人のショートヘアの女の子が苦し気に咳をしながら地面に座り込む。
「大丈夫かい?」
長川は慌てて駆け寄って彼女を助け起こす。一緒にいた少女が「この子喘息なんです」と叫んだ。喘息の少女は苦し気にCDを手に、長川に渡す。
「犯人が…警察にって‥‥」
少女からCDを受け取った長川。救急車に連れて行こうとする警官に逆らい、長川の腕のスーツを握って少女は声を振り絞った。
「私の身代わりになってくれた子がいるの。秋菜ちゃん、秋菜ちゃんを助けて…お願い」
長川は少女の声を聞いて身を震わせた。
「わかった。必ず…必ず助ける…だから心配しないで」
長川は力強く頷いた。

つづく

 

 

T4-悪魔の空間 FILE1

T4-悪魔の空間⁻

1

 一人の女性が街の中で苦しんでいた。
 彼女は今監視されていた。イタリアレストランの店員がじっとこちらを監視している。最初は彼女も気のせいだと思っていた。しかし隣の理髪店の店主もなぜか自分の方をじっと見てくるのだ。おかしいな…変だな…そんな違和感を女性は感じていた。だが家の近くで突然工事が始まった時、彼女が恐怖を感じる出来事があった。回転鋸が木材を切断する音が聞こえてきたのだ。彼女は子供の時からこの音が嫌いなのだが、彼女が建設現場を通り過ぎるたびに、なぜか回転鋸の音が聞こえるのだ。
 さらに救急車の音も最近やたらと聞こえるようになった。彼女が道を歩いている時、まるで威嚇するようにサイレンを鳴らしながら通り過ぎたり、角を曲がってくる。
すれ違ったサラリーマンが、その女性に誰にも聞こえないようにそっと囁いた時だった。
「お前は真実に気が付いてしまった、だから必ず殺してやる」
恐ろしい冷徹な声だった。
 すれ違うたびに街の人間が、子供たちも女子高生も主婦も老人もみんな彼女に恐ろしい視線を投げかけてくるようになり、さらにすれ違うたびに
「死ね」
と囁いてくるようになった。
 彼女にとって恐ろしいのはそれだけではなかった。彼女が自宅の寝室に寝ているとびりっと何かが体に弾けるような気色悪い感触が体を走るようになった。それはやがて毎晩のように彼女の体を襲うようになり、得体のしれない痺れるような倦怠感に、彼女は眠れなくなっていった。

 茨城県常総高校―。
「こんにちはーーーーーーー」
結城秋菜が元気いっぱいに探検部の教室のドアを開けた。
「お前…中学校の制服だろ。なんで高校の部室に来るんだよ」
秋菜の従兄の結城竜が呆気に取られて秋菜を指さした。
「ふふふ、今日は師匠の為に極秘アイテムを完成させたのです」
秋菜はそう言うと、部室で寝ぼけている小柄なショートヘアの美少女の横に座った。
「都師匠! これ見てください!」
秋菜が声を上げて、ショートヘアの島都の横に座った。そしてスマホ画面を見せる。
「じゃじゃーーーーん」
「なんじゃこれ‼」
結城は背後から覗き込み、HPに書かれた文句を見て唖然とした。
―美少女探偵島都電子探偵事務所 依頼募集ダイレクトメール―
「ほ、ほえ」
都は目をぱちくりした。
「美少女探偵島都をもっとみんなに知ってもらいたくて作ってみました。これさえあれば多くの人が師匠に難事件を依頼するようになって、師匠は有名な高校生探偵となるのです!」
「ふざけんな!」
目を回している都の横で結城が怒鳴った。
「都の高校生活を名探偵コナン並みに殺人事件だらけの日常にする気か」
結城は頭をポリポリ掻いた。
「大体探偵業を営むには免許が必要なんだぞ」
結城が呆れたようにメールをチェックすると、既に2件メールが来ていた。
「あら、もう依頼が来ているのね」
黒髪美少女の高野瑠奈がメールを覗き込んだ。そこには
―私は今、近所住民から集団ストーカー思考盗聴に会っています。主犯は近所に住んでいる丸山敦というS学会員で茨城県西相馬市とちのき台3丁目3-4に住んでいる人物で、彼らはS学会の工作員として真実に近づいた私を自殺に追い込もうと電波攻撃を仕掛けてきています…―
と書かれていた。
「あ、ダメな奴だこれ」
瑠奈は目が点になって言った。
「典型的な統合失調症だな。病院に行って適切な治療を受ければ完解するよ」
結城はそう言いながら「精神科に通院してください。貴方は統合失調症です。最近は治療薬や治療法も進歩していますから、あなたの苦しみは楽になるはずです」と返信した。
「これで病院行ってくれるかしら」
瑠奈が聞くと結城は
「多分ダメだろうな」
とため息をついた。
「現実の患者にとっては電波攻撃も思考盗聴も実際にやられていると脳が認識しているんだ。その妄想を否定したところで患者本人は『わかってくれない』と思ってしまうんだ…それに」
結城はノートPCをポチポチやった。
「集団ストーカーで検索すれば山のように当事者やそれを利用しようとしている連中のサイトが上がっていて、集団ストーカーの目的方法黒幕…それが全部提示されている。つまり1人の人間が精神分裂状態で陥ってしまった妄想がネットの世界で集約されて、一つの集団ストーカー・思考盗聴という一つの妄想に集約されていくんだ」
結城はため息をついた。
「都…お前の出る幕じゃねえよ」
HPには統合失調症の妄想に苦しむ人間から近所に住む集団ストーカー元締めの正体を挙げてくれという依頼がいくつも来ていた。
「な、なんだか怖い」
都が真っ青になって漫画的にアセアセしながらPC画面を見た。
「そういうわけだから、直ちにPCを閉じるんだ。分かったな」
秋菜に結城はそう諭し、秋菜は「はーい」としょんぼりしながらPCをいじりだした。

 栗原理子という中学2年生の少女は実家のクリーニング店の2階の自室で漫画を読んでいた。すると目の前にあの灰色のマイクロバスが停車するのが見えた。マイクロバスからはたくさんの人が降りてくる。50人以上入るだろうか。若い人もいれば初老の人もいる。みんな私服姿でどこか安心した様にバスを降りて、クリーニング店の向かい側にある昔銭湯で今はどこかのよくわかんない団体が所属している建物の中に入っていくのが見えた。
 このバスが大勢の人をここに連れてくるのはもう10回目くらいになる。それなのに…。理子が凄く不思議だったのはこれだけ大勢の人がこの建物の中に入っていくのに、出ていく人の姿が全く見たことがないのだ。

 アパートで震えている女性。その時扉が開いて、女性の村越田江(54)の一人娘、村越晴美(32)がアパートの部屋に入ってきた。
「ママ、ごめんなさい勝手に病気呼ばわりして」
晴美が泣きながら田江に謝った。
「お母さんの言うとおりだった。この家にいると何か電気がバチバチするし、やっぱり街のみんながストーカー私たちにしている理由はわからないけど、絶対私たちそんな目に遭ってるよ」
田江はその姿を見て晴美に縋りついた。
「お母さんごめんなさい」
「いいのよ。貴方が真実に気が付いてくれただけで私は凄く嬉しいの」
その顔はやっぱり優しいお母さんだった。
「お母さんそれでね。遅いと思ったんだけど、私集団ストーカーの事いろいろ調べたんだけどね」
晴美はそう言って母を見上げた。
「お母さんを助けてくれそうな団体を見つけたの」

 翌日。茨城県新関東市立愛宕中学校。
 登校日下駄箱に運動靴をぶち込んでいた結城秋菜に、ショートヘア黒髪の親友栗原理子が「結城‼ おはよ」とぴょんと肩を叩いた。
「理子!」
「どうしたの。アンニュイしちゃって」
「お兄ちゃんに怒られちゃったよ。師匠のHPやっぱりダメだって」
秋菜は理子に抱き着かんばかりにため息をついた。
「あらあら。私せっかく依頼第一号になろうと思ったのに」
「残念…今依頼は30番目くらい」
秋菜はため息をついた。
「30番目! いっぱい依頼者来てるじゃない! 島先輩やる!」
「それが全員頭のおかしな人たちでさぁ。自分が電波攻撃食らっているとか、集団ストーカーの犯人とかを見つけてくれって…そういうのが30人位ずっと依頼DM送り続けているの」
秋菜はため息をついた。
「こういうのは師匠じゃなくてお医者さんに相談して欲しい」
「こういう妄想って本人にとってはマジらしいからね。私のお姉ちゃんが一時期統合失調症だったの。でもちゃんと家族で適切な治療を受けさせて、今は完解している。私の誕生日プレゼント買うためにアルバイトを始めてくれたし」
理子はにかっと笑い、秋菜は
「ごめん、頭がおかしい人たちって」
と謝った。
「大丈夫。誰だってびっくりしちゃうから」
カラッと笑う理子は、残念そうに頭をかいた。
「そっか。探偵事務所は1日で廃業か」
「待って。私師匠に頼んでみる。放課後、理子の家に行けばいいんだね」
秋菜は理子の手を握って言った。

「そっかーーー。それで都を呼んだわけか」
結城は住宅地を歩きながら従妹に声をかけた。
「本当に師匠、ごめんなさい」
秋菜が都にナムナムすると、都は「いいよ。だって秋菜ちゃんの為だもん。どどどーんと頼っちゃってよ」と小さい胸を制服の上から叩いた。
「で、ここがその栗原理子さんのおうちで」
結城はクリーニング屋の窓を見上げた。
「そしてあれが人間が200人とか300人とかが消えた元温泉施設か」
結城はその建物を見つめた。
「別に高い塀があるわけでもなく、300人の人間を監禁出来る建物じゃなさそうだな」
結城は見上げた。
「はい。でもこの建物の中に灰色のマイクロバスに乗った300人の人間が入っていって、出るところを見た人は一人もいないんです。文字通り300人の人間が消えてしまった建物なんですよ」
秋菜は都に説明した。

「本当に来てくれたんだ!」
栗原理子がクリーニング店の中で都を見て目を輝かせた。
「島先輩、あなたの活躍ぶり、秋菜からたくさん聞かせてもらっています。ぜひぜひ今日は名推理を聞かせてください」
理子は都の手を握る。
「ふふふ、是非ゆっくりしていってくださいね。秋菜ちゃんも」
とカウンターから理子の母親栗原雅が優しく声をかける。
「おばさん、お邪魔します」
都は手を前に汲んで丁寧にお辞儀をした。
「ふふふ、後でお菓子を持っていくね」

「なるほど」
結城は理子の部屋の窓から謎の施設が一望できる状況に気が付いた。
「バスは敷地に入って、建物の敷地に入ると中から一度に50人位が降りてきて、建物の中へと入っていくのが見えました」
理子が説明する。
「理子。バスが来たのはいつくらいかな」
秋菜が聞いた。
「ええと、大体1週間ごとに木曜日か金曜日くらいから来てる。私は少なくとも5,6回は見ているし、多分もっとバスは来ているんじゃないかな。時間は毎回15時くらい。一番最近は昨日だったよ」
「なるほど」
秋菜がメモを取る。
「って事はやっぱり200人、300人がこの謎の施設にやってきているって事は間違いない訳か」
「それで問題はバスは施設で人を下ろすと、すぐにどこかにいなくなっちゃうの。で、次の木曜日か金曜日になると、またバスが来るんだけど、今まで施設にいた人が乗って来る事はなくて、また次のバスが50人位人を下ろしたままどこかに行っちゃう」
理子はこの時深刻そうな顔で結城に言った。

2

「なるほど…」
結城は言った。
「確かに奇妙だな。どう考えてもあの建物に200人位の人間を収容するスペースはない。50人の人間が宿泊するのだって相応の設備が必要なはずだぞ」
結城は声を上げた。
「じゃぁ、やっぱり消えちゃったのかな」
秋菜は声を上げた。
「待て待て、結論を出すには早いだろ。別に理子さんだって、24時間人の出入りを監視していたわけじゃない。多分夜とか学校行っている時間に帰りのバスが来ていたんだろ」
「それはないと思います」
理子が結城を見上げた。
「私のお母さんは下のクリーニング屋のカウンターでずっと仕事をしていました。でも私が見た木曜日や金曜日の人を下ろすマイクロバス以外は一回も見ていません」
「それは変だね」
都が考え込むように言った。
「だってお客さんが来ていたりして1回2回見逃しても、5,6回迎えのバスを見逃すって言うのは確率的にちょっとあり得ないよ」
「それで私」
理子はカメラを取り出した。
「お父さんの定点カメラで窓から毎日撮影してみたんです。24時間。それを1週間続けてチェックしました」
「24時間の画像を‼」
秋菜が素っ頓狂な声を上げた。
「48倍速にすれば30分で見れるよ」
「なるほど」結城は声を上げた。
「バスがあのクソ狭い敷地に入って、転回して50人の人間をバスから乗降させ、敷地から出るには5分はかかるからな。48倍で再生しても6秒。30分集中してみれば見逃すことはない」
「凄い」都が手を叩いて感嘆する。
「よくやるねぇ」
秋菜が呆れたように言った。
「理子昔っから実験とか自由研究とか好きだったし」
「目がしぱしぱしたけど」
理子は苦笑した。
「でもお迎えのバスはやっぱり来ていなかったです。1週間前に50人降ろしてから昨日50人降ろすまでお迎えのバスは来ていません」
「そうなると、もしかしたらくしゃみとかして見逃したとしてもその時に丁度バスが来る可能性は少ない訳だから、やっぱりお迎えのバスは来ていないんだ」
都は唸った。
「でもワゴン車とかで迎えが来ているのかもしれないぜ。少人数で小分けされるように連れ出されているのか…あるいは50人が徒歩で建物を出ているとか。人の出入り自体はあるんだろ」
「はい」
結城の問いに理子は言った。
「ワゴン車が出入りしています。ハイエースとかかな。でも私が見た時にワゴン車とかに人が乗っているなんて事はなかったです。ドラム缶みたいなものが積まれているだけで」
「ドラム缶の数は?」
都が聞いた。
「4くらいだと思います」
と理子は即答した。
「ドラム缶は4つトラックで運び込まれて下ろされて、4つ下ろされている感じでした。でも持ち込むときは結構重そうでしたよ。機械で上げ下ろししてターレっていうんでしょうか。あれで運んでましたし」
「最後にあの建物にここ以外出入り口はあるのかな」
都が聞いた。
「多分ないと思います」理子は言った。
「周りはアパートとか住宅地ですし、高い塀はないですけど、50人の人間が人の家の庭を出入りしたら住んでいる人が気が付きますし、そんな意味もないと思います」
「なるほど」
結城は唸った。
「これは銀行の金庫泥棒ですよ」
秋菜が都に推理を披露した。
「きっと200人の人間は地下に通じる穴を掘っているんです。そしてその穴を掘り進めて近くにある銀行の地下金庫を」
「一番近い銀行って駅前だろ」
結城は突っ込みを入れた。
「800メートルは離れている。それに田舎の銀行だぜ。200人で徒党を組んで800メートル掘り進んで金庫破りをやるなんて割に合わねえよ」
結城は頭をかきかきした。
「私も違う思う」理子は言った。
「だって、バスで連れて来られた人、若い人もいたけど、おじいさんとか女の人とかもいたよ。でも中学生より若い子供とかはいなかったかな。強盗団だったらもっと怖そうな男の人たちがトンネル掘るんじゃない」
理子に言われ秋菜は「うーーーー」と悔し気に唸ってから結城を見た。
「じゃぁ、お兄ちゃんはどんな推理を信じるの?」
秋菜の問いに結城はため息をついた。
「そもそも、200人の人間は消えちゃいなかったんだよ。バスや車じゃなくて徒歩で帰ったのさ。それも少人数ずつ」
「そう思うのなら」
都はにっこり結城に笑った。
「確かめてみればいいよ。理子ちゃん。一週間分のファイルまだ残っているよね」

 翌日。常総高校探検部。
「というわけで」
教室に集まった探検部チーム、書道部チーム、美術部チーム、オカルト研チーム、北谷勝馬君とゆかいな仲間たちチームの前で都が宣言した。
「消えてしまった200人はどこに消えちゃったのか調べてみよう大会を始めます! いえええええい」
「いえええええええええええい」
とノリノリなのは勝馬君チームの舎弟の皆さん。不良チームだったが、全員勝馬の舎弟であり、北谷勝馬が尊敬する島都とあればたとえ火の中水の中な不細工少年探偵団(結城談)である。
「ま、いっか」書道部チームはノリノリではないが「探検部には文化祭で手伝ってもらったし」と協力はしてくれる事になった。
「ねぇ、千尋
探検部部員の薮原千尋に、美術部の女子たちは眼鏡を反射させてげへげへ笑っている。
「協力すれば結城君のデッサン取らせてくれるのよね」
「勿論」
千尋はぐっと指を突き出した。
「言っておくが下は脱がないからな。屈辱的なポーズも取らないからな」
結城が真っ赤になって突っ込みを入れた。
「ひひひひ、これはミステリーですね」
オカルト研の眼鏡女子は「ケケケケ」とちびまる子ちゃんキャラみたいな笑い声をあげる。
「そういうわけで、各チームは4時間かけて6倍速の24時間動画を見てもらいます。書道部は部員が多いから2チームに分かれてもらいます。書道部が土曜日、日曜日、勝馬君チームは月曜日、オカルト研チームは火曜日、美術部チームは水曜日、探検部は木曜日、金曜日は学外で秋菜ちゃん、理子ちゃんと秋菜ちゃんの友達の覚君。勝馬君の妹の彩楓ちゃん、私の弟の陸翔、あと都のお母さんチームで見てもらっています」
瑠奈が説明する。
「各チーム、その日建物から出た人数と入った人数を集計してください。4時間画面を見続けるので交代制をとってくれても構いません。ポテトチップとかは用意させてもらいました。おしゃべりしながら適当に数えてください」
 短縮授業で授業がない事もあって、13時から各教室でカーテンが閉められ、プロジェクターにセットされた動画が流れ出し、各チームはお菓子をポリポリしながらお喋りしながら動画を見て出入りする人間を集計していく。

 美術部の部屋では
「結城君の肉体美…ふふふふふふ」と部長の島村さやかが危ない笑顔を浮かべて、
「是非美術部特性のアイスティを飲ませてアドニスのような体をさらけ出してもらいましょう」
と後輩が危ない計画を共謀しながら、集計を取っていく。

「ほら起きないか…」
勝馬の舎弟チームでは中村れあがだらしのないつんつん頭の板倉大樹の頭を叩きながら、涎を誑した顔を叩き起こす。
「は、そうだ。薮原さんが合コンの場所をセッティングしてくれるんだ」
板倉は慌てて涎をふきふき画面を凝視する。
「チョリーッス」
千尋の親友の遠藤楓と友人の島野里美が顔を出した。
「なんか面白そうなイベントやっているっていうんで来ちゃいました」
「うおおおおおお、女の子さんだ」
勝馬の舎弟どもが一番いい椅子を少女たちに向けてお菓子も用意する。
「どうぞどうぞ。こちらへ」

「ケケケケケケケ」
「ケケケケケ」
「ケケケケケケケ」
オカルト研の連中は謎のコミュニケーションを成立させながら、集計を取っていく。

 書道部の益田愛は真剣な表情で画面を見て集計していく。そこへガラガラと千尋が現れた。
「えええ、おホン。せっかくなので他の部活との交流もかねて、ローテーションしてみましょう…」
「ええええっ、ホント。じゃぁ私結城君のいる部屋がいい」
「俺は高野さんがいる部屋」
黄色い声を上げる思春期の方々を千尋は宥めた。
「あ、ごめん。結城君は今美術部の部屋にいるの」

「ほら、勝馬君も都も起きて」
高野瑠奈が都と勝馬をゆさゆさしながら画面を見つめる。が、2人とも涎を誑して気持ちよさそうな夢を見ている。
「もう」
瑠奈はため息をついた直後、「あああああああああ」と結城の悲鳴が美術室の方から聞こえてきた。
「ふにゃ」
「なんだ不細工な声だなぁ」
勝馬は目をグシグシやりながら来た。
 瑠奈はその後やってきたクラスの男子たちと会話をしてポテチをつまみながらひたすら画面を見続けた。意外と楽しいものだ。こうやって会話するとクラスの人たちとの知らない面も見えてくる。
 空が夕方になり、やがて真っ暗になった。
「終わった」
千尋は疲れたようにキンキンになった目をぬれタオルでグシグシやる。
「どうだった。最終結果は」
随分げっそりとした声で結城は千尋に聞いた。
「うん。今陸翔君が電話くれた」
千尋はじっと結城を見た。
「木曜日が敷地入場50人くらい、出場7人、金曜日が敷地入場5人、出場4人、土曜日が敷地入場8人、出場6人、日曜日が敷地入場6人、出場7人、月曜日が敷地入場5人、出場3人、火曜日が敷地入場5人、出場3人、水曜日が敷地入場50人くらい、出場7人」
「ちょっと待ってくれ」
結城は声を上げた。
「つまり、1週間で出入りした人間は30人前後って事か。しかも入退場しているスタッフを換算すると、50人の人間は次の50人が来るまでの間、やっぱり出入りしていないって事か」
「うん」
千尋は頷いた。結城は戦慄した。
「うん」
都はじっと結城を見上げた。
「200人以上の人間が、この小さな施設の中に入って消えちゃった事は間違いないんだよ!」

(つづく)

駅前書店の難事件FILE3(解答編)


駅前伊賀の国書店で発生した万引き事件。店を出ようとした千尋ちゃんのバッグから有名作家が作った「日本印刷記」がでてきて、千尋ちゃんは万引き犯として警察を呼ばれてしまった。千尋ちゃんは万引きなんてしていない。この店の中にいた誰かが千尋ちゃんのリュックに本を入れたんだよ。防犯カメラの映像のトリック…今、全部分かった。

・青木大和(25):店長
・小坂兵太郎(27):アルバイト店員
・山坂桜(21):アルバイト店員
・市倉一(17):高校生
黒野藤吾(25):ニート
・高山回(45):作家
・沖鮎子(30):主婦

5

「この事件…全ての謎が解けたよ」
都は目の前に事件関係者7人を見据えて言った。
「まず高山さん。貴方は千尋ちゃんに自分が書いた本を馬鹿にされて、千尋ちゃんを万引き犯に仕立て上げようと千尋ちゃんの背後に立ったよね」
都は高山を見つめた。
「冗談じゃない。あの子は僕が背後に立っただけですぐに振り返った。防犯カメラにも映っていただろう。僕に彼女のバッグに本を入れる暇はなかった」
「確かに」
都は千尋を見た。
千尋ちゃんは痴漢に遭った経験から知らない男の人が背後に立つと警戒しちゃう。それにその時リュックの中身を直後に結城君が確認している。もし高山さんが本を入れたとしたらすぐに気が付くはず。そして千尋ちゃんに高山さんが近づく気配はなかった。高山さんは犯人じゃないよ。千尋ちゃんのバッグに入っていた本にはあなたの指紋は出なかった。つまりあなたが持っていた本と千尋ちゃんのリュックに入っていた本は別物だったって事だよ」
都は言った。高山はそうだろうというように鼻を鳴らす。
「って事はあの本の指紋鑑定は出たの?」
沖鮎子が都に聞くと、都は頷いた。
「とっくの昔に出ているよ。長川警部お願い」
「おほん」
女警部は咳払いをする。
「当該本の指紋を検出したところ、青山さん、小坂さん、山坂さんの3人の指紋が出た」
「当然でしょう」
青山店長が唸る。
「僕らは店員なんだから本を並べる仕事をしているわけだし」
「知ってるよ」
都は言った。
「長川警部…それ以外の指紋は出たの?」
都が答えを知っている質問を敢えてみんなにする。
「ああ、薮原さんの指紋と黒野さんの指紋が出た。あと言いにくいんだが」
長川はじろっと黒野を見た。
黒野さん、あなた汚い所いじった手で本を触ったでしょう。多分あんたのものと思われる体液が検出された」
「ひひひひ、愛だよ」
黒野は笑った。
「桜ちゃんへの僕の愛。本が汚れていたら回収されて桜ちゃんの手が僕の体液に触れるでしょう」
彼のひきつった笑いを都はじっと見た。
「本当にそれが理由なのかな」
都は黒野を見た。
「桜さん。貴方は本当は黒野さんの事をストーカーじゃなくて仲間だと思っていたんじゃないかな」
都はじっと桜を見た。
「な、なに言ってるの」
桜の声が少し震える。
「だって桜さん、黒野さんをストーカーって言っていたけど、黒野さんが飲んでいる薬を精神病の薬だって知っていたよね」
桜がかすかに臍をかんだ。
「どうして一目ぼれされたストーカーが飲んでいる薬を精神安定剤だと知っていたのかな」
「ちょっと待てよ」
結城が桜を睨みつけた。
「山坂さん。あんた薮原の背後で本の出し入れをしてたよな。あんたは薮原に接触する前には『日本印刷記』のコーナーには拠っていないが、黒野とグルだったとしたらどうだ。黒野から本を渡されてそれを薮原のリュックに入れたとしたら」
「薮原さんは背後に女の子がたっても反応はしないからリュックに本を入れられるってわけか」
と桜を見る長川警部に対して
「違う…私はそんなことしてない」
と、桜は声を上げた。
「そう」
都は人差し指をぴんとさせ桜の訴えを肯定した。
「山坂さんと黒野さんがグルだったと仮定すると変な事があるんだよ。黒野さんが日本印刷記に触ったのは千尋ちゃんと山坂さんが接触するまさにその最中。そして山坂さんが黒野さんが触った本を店頭から回収したのはその直後。千尋ちゃんのバッグに入れる事は2人がグルだったとしても無理だよ」
「でしょでしょ」
黒野はへらへら笑った。
「となると、女性で薮原さんに接触した客は沖鮎子さんだけだが」
長川はびくっとする沖を見たが、
「でも彼女は『日本印刷記』のコーナーに一切近づいていない。それとも彼女も別の誰かと」
「ううん。この事件の裏側で山坂さんと黒野さんともう一人がグルで動いていたんだよ」
都は市倉一の前に来た。
「市倉さん。貴方は屑籠の中にタグを捨てていたよね」
都はくしゃくしゃになったタグを市倉の前で翳した。市倉はヒッと声を鳴らして後ずさる。
「このタグは未精算の商品に取り付けられていて、店の前のセンサーを通ればブザーが鳴る仕組みなんだけど」
都は目をぱちくりさせる。
「どうしてこれをあなたが捨てたのかな」
「まさか、商品からタグを取り外して万引きしようとしたか」
長川が市倉を見るが、都は首を振った。
「違うよ。市倉さんは商品を万引きするためにそんな事をしたんじゃない」
都は核心をついた。
「市倉さんは自分を万引きで捕まえさせるために、敢えてこのタグを手に店を出ようとしたんだよ」
都はちらりと驚愕する青山店長を見た。
「どういうことだ」
長川警部が都を見る。
「簡単な事だよ。市倉さんは敢えて防犯カメラに映る場所で立ち読みして、その間に黒野さんが本を汚し、桜さんがそれを書店の事務室に持っていく。その後で市倉さんがわざとセンサーで引っかかって店員に呼び止められ、万引きの疑いで身体検査を受ける事で、ある事が明らかになるはずだったんだよ。ある恐ろしい犯罪をね」
都は黒野と桜と市倉を順々に見回した。
「前にこの店で万引きで捕まったことがある市倉さん、あなたはセンサーが鳴ったときに絶対に店員さんに捕まる自信があった。だからリュックサックの中にある仕掛けをしておいたんだよ」
「あの右翼っぽいバッグの中身か」
結城が声を上げると都は「うん」と頷いた。
「これは、青木大和店長、あなたに事務所にあった本を市倉さんのリュックにねじ込むようにする心理的誘導だったんだよ。でも3人にとって予想外だったのは千尋ちゃんが店のセンサーを拾っちゃったこと…」
都の話に青木大和はガタガタ震えだした。
「原因は多分小坂さんのタグの外し忘れだと思う。でも青木店長は千尋ちゃんが万引きをしたと強く疑って事務所に連れて行った。そして千尋ちゃんを部屋に待たせてバッグの中身を見て万引きしたはずの商品がなく、タグの取り外しを店側が忘れていたことに気が付いちゃったんだよ」
都は青木を睨みつけた。小坂がおろおろ青木と都を交互に見る。
「万引き冤罪で事務所まで連れて行って荷物検査をしたうえで間違いでしたなんて大きな不祥事だよね。万引きGメンとかが土下座しても訴えられる様子がテレビでやっているのを見たことがあるし…。青木店長あなたは凄く焦ったと思う。そして」
都は言葉を切った。ほわほわした口調に怒りが混じった。
「そんな青木さんに悪魔が囁いた。もう引き返せない。こうなったらこの女の子を本当に万引き犯に仕立て上げちゃえって」
「な‼」
都の言葉に勝馬が憤りの声を上げる。
千尋ちゃんのバッグには駅前の宗教団体が配っていた本、右翼グッズがあった。この子もそっち系の女の子なのだと思った青木店長の目に棚から回収された『日本印刷記』という本が目に飛び込んだ」
「お前」
結城が青木を睨みつけた。
「この事件で万引きなんて誰もやっていなかった。ありもしない万引き事件をでっち上げて千尋ちゃんを犯罪者に仕立て上げようとした犯人は」
都は大きく息を吐いた。
「青木店長あなたです!」
「全部推測だ!」
青木店長は絶叫した。
「この子は私を陥れようとしている。万引き犯の友達を庇うために」
「そういうのなら聞くけどさ」
都は言った。
「防犯カメラを見る限り、『日本印刷記』に黒野さんが触ったのは1回だけ。そして黒野さんの体液が引っ付いた本を桜さんが事務室に持って行っている。千尋ちゃんが『日本印刷記』に触ったときにはまだ黒野さんは店にも来ていなかった。そして千尋ちゃんはこの時から一度も『日本印刷記』のコーナーには立ち寄っていないんだよ」
都は桜を振り返った。
「桜さん…あなたはあの時確かに黒野さんの体液で汚れた『日本印刷記』って本を、事務室に持っていきましたよね」
「はい」
桜が目に怒りを湛えて青木店長を見ながら言った。
「そうなんだよ。これが証拠なんだよ。私も千尋ちゃんがセンサーに引っかかった時点であの本が千尋ちゃんのリュックに入っていたと思っていた。だから最初は誰かが千尋ちゃんを陥れるために千尋ちゃんが立ち読みしている最中にリュックに本を入れたのだと思ってその方法を考えた。でも違ったんだよ」
都は言った。
「本は千尋ちゃんのリュックとは別ルートで事務室へと入っていった。そしてその本がなぜか千尋ちゃんのリュックに入っていた。それは千尋ちゃんのリュックを別室にもっていってチェックした青木店長…あなたしか出来ない」
青木店長が真っ青になって下を向く。
「じ、じゃぁ、店長が私にあの本を無理やり触らさせたのも」
千尋が都に聞く。
「うん。千尋ちゃんの指紋を付ける事によって万引きされたはずの本に千尋ちゃんの指紋がない矛盾点を誤魔化すためだよ」
都は青木店長を睨みつけた。
「ちょっと待ってくれ」
結城が都に向かって挙手する。
「なんで山坂さん、黒野さん、それから市倉さんは、こんな店長の犯罪を暴くようなことをしたんだ」
「それは」
都は市倉たちの方を見た。
「市倉さんも千尋ちゃんのように万引きをでっち上げられたからじゃないかな」
都に指摘されて市倉少年は押し黙ってしまった。
「そうよ」
桜は彼の代わりに進み出て都に言った。
「市倉君も私もこの店長に陥れられて、人生を滅茶苦茶にされた被害者だった。だから私たちは店長の悪事を白日のものに晒すために、このトリックを仕掛けたのよ」
桜の痛恨そうな顔が全てを物語っていた。

6

「僕が話しますよ」
黒野がサングラスを外し穏やかな口調で言った。
「桜さんは僕にとって救い主みたいな存在なんです。僕は極端な人見知りで外に出る事も恐怖でできない引きこもりだった。そんな僕を連れ出してくれたのが桜さんだったんです。桜さんは親が全然聞いてくれなかった僕の苦しみを黙って聞いてくれました。僕の悩みなんて人からすれば大したことはない…そう言って馬鹿にせずに聞いてくれて…そして僕が外に出て働けるように教会での簡単なボランティアに導いてくれました。ミサの準備や食事の準備…本当にお邪魔虫だったと思うけど、みんな僕に感謝してくれた。人から感謝される悦びを感じる僕を、桜さんは一緒に祝福してくれたんです」
涙ぐむ桜を見て黒野はため息をついた。
「でもそんな桜さんが教会に来なくなりました。僕は心配になったのですが牧師は彼女は卒業論文で忙しいのだろうと僕を安心させました。でも違った…僕が続けていた夜のランニング。その途中で公園で泣いている桜さんを見かけたんです」

「どうしたんですか。桜さん」
黒野が声をかけると、公園のベンチで桜は声を震わせた。
黒野君…死ぬって…どういうことなのかな。自殺したらやっぱり天国には行けないよね」
「桜さん…ダメですよ。死ぬなんて…何があったのか教えてください」

「桜さんがあの店長に何をされたのか…僕はこの時知りましたよ」
黒野は憎しみのこもった目で青木店長を睨みつけた。
「まさか…あのバカッター事件も」
結城が桜に聞くと、桜は涙をボロボロ流しながら告白した。
「ええそうよ! あいつは無理やり暴力で私を下着姿にして、あの写真を撮影させたのよ。そしてその写真を手にこう言ったわ。『バイトをやめようなんて思うなよ。やめようとすればこの写真をネットに挙げてお前を社会的に破滅させてやる。だから無休で毎日開店準備から閉店準備まで大学もやめて働くんだ』って」
「なんて人」
瑠奈がショックを受ける。
「嘘だ…俺はそんなことをしていない」
青木が絶叫すると結城も疑問点を明らかにする。
「確かにこんな写真を撮ったら店にとっても自殺行為だ。なんでそれを青木店長は挙げたんだ」
「実はこの店営業成績が悪くてな。チェーン解消を本社から通告される寸前だったらしい。売り上げを確保できないなら従業員をタダ働きさせればいい。そんな発想だったんだろう。だがそれでも売り上げは落ち込む一方…だから彼女のバッカッター画像をアップしたんだ。そうすれば自分の店長としての経営ではなく彼女のバイトテロのせいに出来るからな」
「信じられない…これで山坂さんは大学を辞めさせられているんでしょう。この店長は悪魔よ!」
千尋は憤った。
「桜さんはアパートも追い出され生活基盤も奪われ、何もかもを失っていました」
黒野は言った。
「だから僕は桜さんを教会に連れて行って落ち着かせました。そんな時に、市倉君…君が来たんだ」
黒野は市倉を見た。

「桜さん…僕が応対します」
教会の中で桜にそう言って立ち上がる黒野。桜がココアを両手に引き留めようと手を制して
「大丈夫。桜さんが僕にしてくれたことをするだけです」
と言った。そして市倉の前に立った。
「牧師は今いませんが僕でよければ話を聞かせてください」
「憎しみで…壊れそうなんです」
市倉は涙を流した。
「僕は今学校を辞めさせられてアルバイトをしていますが、職場でいじめられています。本当は僕は高校で吹奏楽部を頑張るはずだったんです」
市倉は手を胸で組んで声を震わせた。
「でも、僕は万引きの冤罪を受けて…学校を退学になりました。駅前の書店の店員が僕の本のタグを外し忘れて万引きの疑いをかけて、それが間違いだとわかった時、僕のカバンに本をねじ込んで警察に通報したんです。誰も僕を信じてくれませんでした。僕は、吹奏楽部の夢を奪われて地獄みたいな16歳を過ごしています。もう死んでしまいたい。職場の上司にもそうしろって言われていますし…もう僕は神様にしか助けを求められないんです」
市倉は涙を流した。
「自殺したら人は地獄へ行くって言いますよね。お願いです。神様…僕を地獄には連れて行かないでください」
「神様はあなたを許します」
黒野は怒りで震えていた。
「でもあなたは死ぬべきではない。戦いましょう。貴方を地獄に落としたあの店長に神の裁きを与え、君やそこの女性の尊厳を取り戻すのです! 僕はその為にならなんだってやります! なんだって!」

「その言葉は本当でした」
書店の中で市倉は都に言った。
黒野さんは僕たちの為に変質的なストーカーになりきってくれました。僕は職場をやめて教会に保護され、そして桜さんと黒野さんと連絡を取りながら、店長を裁く計画を練っていたんです」
「じゃぁ、千尋さんが無実だとあんたらは知っていたのか」
勝馬が大声をあげた。
「申し訳ありません」
桜が千尋に頭を下げた。「巻き込むつもりはなかったんです」
「だから警察に通報すべきだって言ったんだね」
都は桜に言った。「千尋ちゃんを助ける為に…。そして黒野さんや市倉さんも千尋ちゃんの無実を証明するために演技を続けた。黒野さんは変態ストーカー、市倉さんはそっち系の人の演技を」
黒野も市倉も千尋に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうか許してください」
「いいよ」
千尋は目頭を濡らしながらも気丈に頷いた。
「私も貴方たちの仲間になっていたかもしれないし」
「ふふふ、俺はこいつらに嵌められたんだ」
店長は狂ったように笑った。
「嵌められたんだろう。でっち上げ何だろう。じゃあ俺は無罪だ」
「何を言っているの」
都の声はいつものほんわかした雰囲気とは全く違う想像を絶する冷たさだった。
「多くの人の人生を滅茶苦茶にするでっち上げをした犯人はあなたですよ。この人たちがこんな計画を立てていたとしても、実際にでっち上げて私の友達を犯罪者にして人生を滅茶苦茶にしようとしたのはあなた…無罪なわけないじゃん」
都は冷たい声で冷たい表情で店長を見下ろす。
千尋ちゃんがどれだけ怖かったか…あなたの罪は凄く重いよ。そしてこれからあなたには重い罰が下るから。裁判所と社会の両方から」
「お前がやったことは逮捕監禁罪と偽証罪に問われる。さらにお前の家のPC調べれば山坂桜さんへの強制わいせつ罪の証拠も出るだろうな。確実に実刑判決を受けるだろう」
長川の宣告に店長は「うわぁあああああああ」と頭を抱えて座り込んだ。それをその場にいた全員が軽蔑の目で見降ろしていた。

「警部さん。あの人3人は何か罪に問われるの?」
千尋が事情聴取の為警察のワゴン車に乗せられるのを書店店頭で見送りながら聞いた。
「いや。あの3人のやったことは店の商品からタグをブチっとやった事だけだ。器物損壊だとしても起訴猶予確実だろう。厳重注意処分だけして帰る事になるさ」
「良かった」
千尋はため息をついた。
「今回の事は多分大きく取り上げられるだろうし、退学処分下した学校も謝罪して取り消しをしてくれるだろうな。あれ…都は」
長川が都を見つけた時、彼女は車に誘導される黒野藤吾に駆け寄っていた。
黒野さん」
「はい」
黒野が都を振り返った。
「今回の事はやり方は良くなかったのかもしれないけど、桜さんと市倉君を救ったのも黒野さんなんだよ。ううん、千尋ちゃんも」
都はにっこり笑った。
黒野さんが計画を立てなければ私は千尋ちゃんを助けられなかったかもしれない。ありがとう。また私たちのいる社会に戻ってきて! 黒野さんは他の人を助ける力を持っているんだから」
黒野は都の笑顔を前に顔を震わせ涙を流した。そして言葉を返す事も出来ず一礼して車に乗り込んだ。
 走り出す車を見送る都に結城は聞いた。
「お前、いつからあの3人に気が付いていた。山坂さんが精神病の薬を持ち出す前から気が付いていたよな」
「ほえ」
都が目をぱちくりさせた。
「とぼけんなよ。だから長川警部を呼んだんだろ。県警本部の人間が地方の万引き事件に顔を出すなんてあり得ないからな。お前最初から警察を介入させるつもりだっただろう。だからあの店長を必死にレジに止めておいたんだ。証拠隠滅させないように」
「店長が犯人だってわかってたのは」
都は言った。
「この事件で千尋ちゃんのバッグにはウヨクっぽいアイテムと参考書と日本印刷記が中に入っていたことになるよね。じゃぁ、なんでこれが元々の千尋ちゃんの持ち物だと疑わなかったんだろう」
「あ‼」
結城が声を上げた。「電子タグか」
「でも出てきた日本印刷記には電子タグが付いていなかった。多分この本から市倉君は電子タグを抜いて持っていたんだよ。という事は千尋ちゃんは日本印刷記でセンサーに引っかかったんじゃない。参考書のタグの抜き忘れなんじゃないかって思ったんだよ」
「つまり、あの店長は千尋がちゃんと参考書を買っていたことを知って陥れたってわけだな」
「うん、日本印刷記にタグがない以上、参考書の方が万引きされたものかもしれない。でも店長はレジの小坂さんに確かめもせずに参考書を万引きされたものという疑いから外した」
「最初からわかっていたわけか」
結城はため息をついた。
「うん、黒野さんたち3人の計画に気が付いて、そこから千尋ちゃんを助けられるかもって思って、黙っていたんだよ。だから勝馬君が土下座しちゃった時には焦っちゃったよ」
都は苦笑した。
「あいつの土下座無駄だったのか」
結城は少し残念そうな声を出した。店頭で勝馬は風邪ひいたらしくくしゃみを連発させている。
「ううん」
都は首を振った。千尋勝馬ティッシュを渡そうとしている。
勝馬君が千尋ちゃんの為に一生懸命になった事は、千尋ちゃんを安心させたと思う。だって千尋ちゃん凄く怖かったはずだもん。私なんかよりも何倍も千尋ちゃんを安心させたと思う」
都はくしゃみをし続けて千尋から「汚いーー」と言われる勝馬を見た。瑠奈がその横でホットコーヒーを勝馬に奢っている。両手に花状態。
「そうだな」
結城は言った。
「さて、その格好いい英雄には追試を受かってもらわないとな。勿論お前もだ。本も手に入ったし、さぁ追試頑張るぞ」
「ぶえええええええ」
この書店の最後の客の美少女は半泣き状態で結城に連行されてみんなの所へ向かった。

おわり

駅前書店の難事件FILE2


3

・青木大和(25):店長
・小坂兵太郎(27):アルバイト店員
・山坂桜(21):アルバイト店員
・市倉一(17)
黒野藤吾(25):ニート
・高山回(45):作家
・沖鮎子(30):主婦

「君!」
店長の青木がやってきて千尋の腕を掴んだ。
「君、ちゃんと会計しないで店を出たよね!」
店長に手を掴まれて千尋は呆気にとられた。
「ちょっと待て」
勝馬が店長の腕を掴み上げる。
「お前の目は節穴か。さっき会計してたじゃないか」
「でもセンサーが鳴ってるんだよ」
青木大地店長が千尋のバッグを取り上げる。
「万引き犯は巧妙化しているからな。一部だけ会計して高い本を万引きしている可能性もある」
「そんな、千尋ちゃんはそんなことしないよ」
都は大声で言った。
「本当にそうか?」
店長の後ろでアルバイトの小坂兵太郎がヒニヒニ笑った。
「僕聞いちゃったもんね。君たちが万引きスポットと監視カメラの位置を確認しているのを」
小坂は意地悪く厭らしく瑠奈を見た。瑠奈は口を押えてショックを受ける。
「お前ら協力して万引きしたんだろ。うちの商品を」
「なんだと!」
勝馬が殴り掛からんばかりに小坂に詰め寄るのを結城は手で制した。
勝馬! やめろ!」
結城は改めて青木店長を見た。
「つまりあんたらの主張だと、このバッグの中に」
結城は千尋のバッグを指さした。
「店の商品がなければ、俺たちは無罪ってわけだ。いいぜ。白黒はっきりさせようじゃないか。薮原…いいか」
「うん」
千尋は頷いた。
「そういう事だから手を離せや!」
結城にがなり立てられ、青木は薮原から手を離した。
「事務所にもっていって私が調べる」
青木はそう言ってバッグを持って事務所に歩いて行った。小坂兵太郎が腕組をして千尋を監視する。
「このセンサーは完璧だからな」
小坂はへへへと笑った。
「新しいタイプのものに最近変わったんだ。今までは何かの拍子に間違うことはあったが、この機械は例えアルミホイルに包んだとしても電子タグに反応するんだ。つまり間違いはないって事だぜ」
「大丈夫なの」
瑠奈が結城に言う。
「大丈夫だろ」結城は楽観視していた。
「一応薮原のバッグの中をさっきチェックしたんだ。あのシルクハットの男が何か盗んでないか調べるためにな。バッグの中を薮原はかなりごそごそしていた。万引きで時々ある誰かが見知らぬ本を入れたとしたら、その時に気が付いているさ」
「うん」
都は頷いた。
「だから大丈夫だよ、千尋ちゃん! すぐあの店長泣きながら謝るって」
「あの店長謝るタイプかな」
千尋はため息をついた。
「その時は名誉棄損で訴えてやる。不法監禁でも訴えたいが…」
結城はじろっと小坂を見た。
「それを避けるためにバッグだけ事務所に持って行ったな」
その時事務所の扉から店内に青木店長が戻ってきた。手には白い本を持っている。
「薮原さんって言ったっけ…君のバッグから…この本が出て来たぞ!」
千尋の顔が真っ青になった。
「うそ、嘘でしょ!」
「嘘なものか…。君のバッグからこの本が出てきたんだよ!」
青木は大声で『日本印刷記』の本を千尋に見せる。
「さぁ、手にとってよく見ろ。これ君が盗んだものだろう」
千尋は本を手に取って「こんな気持ち悪い本万引きなんかしないよ!」と怒った。都はそれをじっと見た。
「それが言い訳か」
突然シルクハットの男が帽子を脱いだ。
「君は私を痴漢扱いして自分は私の本を万引きしたわけか」
帽子を脱いだその顔はそのハゲで傲慢そうな顔から、結城は真っ先に千尋が万引きした事にされている高山回だとわかった。
「さぁ、こっちを見ろ。私を陥れた顔をTwitterで拡散してやる」
「やめろ」
結城が高山のスマホの前に立ちふさがる。
「この万引き犯が…学校と住所をと名前を教えろ。親御さんと学校に連絡してやる」
「ちょっと待って」
都は言った。
千尋ちゃんがこのバッグにこの白い本を入れた瞬間の監視カメラとかを見たいんだけど」
都は青木店長を見上げる。
「誰かが千尋ちゃんのバッグにこの本を勝手に入れたのかも知れないし」
「君らの誰かが共謀して彼女のバッグに入れたのかもしれないだろう」
「じゃぁ、それを含めてカメラでチェックすればいいよ!」
都は決然と青木店長に言った。
 事務所の監視カメラのモニターで、都と結城と瑠奈はカメラをチェックした。監視カメラは4か所あり、そのすべてがモニターに映し出されている。まず問題の『日本印刷記』のコーナーに千尋たちが近づいたのは入店後数分のみ。それ以降は探検部のメンバーは誰もコーナーには近づいてはいない。だが千尋がいた場所は監視カメラの死角になっていて、彼女が盗っているかどうかわからなかった。
 問題の画面はすぐ後にあった。高山回が書店コーナーから問題の本を一冊持って行って千尋に近づいて行ったのだ。だがすぐに結城に気が付かれ、彼は本を手にして千尋から離れた。どう見てもバッグには入れていない。
 ほかにあのコーナーに近づいたのは黒メガネの男だけ。こいつはかなり汚い事を本にしていた。
「本当に気持ち悪い」
アルバイト店員の山坂桜は肩を震わせた。
「こいつ黒野藤吾って名乗っていたんですけど、いつもラムネみたいに精神安定剤飲んでるんです」
桜は黒メガネの青年黒野がラムネみたいなものをポリポリしている動画を見てため息をついた。しかし黒メガネの青年は本自体を持ち出さず、汚れた本も山坂桜に持っていかれた。
「どうやら、君以外に君のバッグに本を入れられる人間はいなかったようだね」
青木はパイプ椅子に座らされている千尋を見た。
「そ、そんな」
千尋の顔に恐怖が広がっていた。顔は真っ青になって膝がガクガクしていた。
「私万引きなんてやってない。それがどれだけお店の経営圧迫するか同人誌作っているからわかるもん」
「素直に認めるんだったら、許してやってもいいぜ」
青木は千尋に畳みかけた。千尋の涙目が見開かれる。
「店で少し働いてもらおう。そうやって物を盗むのがどういうことなのか勉強して帰るんだ。認めないというのなら君ら全員が共犯だと学校に通報して」
(そうなったら、探検部は…)
千尋は全員を見回した。しかし探検部部長高野瑠奈は決然と言った。
「いいえ。千尋はやっていません!」
青木はイラっとした表情で瑠奈を見たが、瑠奈は動じなかった。
「警察でも何でも呼んでください」
「瑠奈…」
千尋が声を震わせる。
「そうですね。警察に調べてもらった方がいいですよ」
山坂桜が言った。
「徹底的に指紋を調べて、この子が犯人だと証明すべきです」
ゾッとするような冷たい声だった。
「大変です」
事務所に小坂が入ってきた。
「店であの男子生徒が‼」

 店の中で北谷勝馬が必死で土下座していた。
「なんで帰れないんだね」
高山回が腕組をして土下座する勝馬を見下ろした。
「もう少し待ってください。この事件で千尋さんは犯人じゃありません。今女子高校生探偵島都が全ての謎を明らかにしているんです。ですから!」
「くどいぞ!」
高山が勝馬を足蹴りにしようとすると、店のドアが開いて警察官と鑑識が1人ずつ、そして長川朋美警部がその場にいた。
「この足をどうするか次第ではあなたを暴行罪でしょっ引きますよ」
長川は凛とした表情で警告した。
勝馬君やめて」
都は勝馬を抱き起した。
「そんなことしなくても、私は千尋ちゃんを助けるから」
「なんで警部が…」
結城が呆気にとられた表情で長川を見た。
「本庁の人間が出る幕じゃないだろう」
「都のお母さんと飲みに行こうとしてこっちに来ていたんだ。そしたら都から電話があったんで警察署に拠ってからこっちに来た。頼みますよ」
「はい」
婦人警官と鑑識は敬礼して事務所に歩いていく。地方の所轄にとって本庁捜査一課の警部は雲の上の人なのだ。
「私は彼らの捜査に介入しないよ。知人の捜査に私が警部権限で介入したとあれば一大事だ」
「大丈夫だよ」
都はにっこり笑った。
「長川警部はあの盗まれた本を鑑識で調べてくれればいい」
「窃盗事件の初歩的操作だからな」
長川は店にいた、沖鮎子、黒メガネ、市倉一、高山回を順々と見回した。
「申し訳ありませんが事件当時店内にいたあなた達の指紋を取らせてもらいますよ」
「ええ、いいわ」
沖鮎子は笑った。
「なんだかこういう経験なかなかできないし」
「しかしどうするんだ」
結城は頭をポリポリした。
「この事件、薮原が最後にバッグの中身をチェックしてからあいつがセンサーに触れるまでの短い時間、あいつのバッグに本を入れられた奴はいないぞ」
「どれくらいがっつり見ていたんだ」
長川に言われて結城は「かなり奥の方までごそごそ見ていた」と答えた。
「今日体育で替えの下着持って行ったからだと思います」と瑠奈。
「なるほど、下着は持っていかれちゃいやだよね」
都が考え込んだ。
「あの小坂ってレジはどうでしょうかねぇ。」
勝馬が都に言ったが、結城は代わりに答えた。
「俺レジをずっと見ていたが、あいつが商品をバッグにねじ込むなんて仕草は見せなかった」
「じゃぁなんであのセンサーは鳴ったんだ」
勝馬は喚いた。その時彼はふと思い出して市倉一を見た。市倉はプランターにぽとりとくしゃくしゃになった何かを落とした。
市倉がその場を離れたので勝馬は結城をつんつんしてプランターに誘導してさりげなく落ちていたそれを手にして結城に見せた。
「あの市倉って野郎。多分これを本から抜き取ったんだと思う…俺はそれを見ていたんだぜ」
勝馬が鼻をこすると結城は広げた。
電子タグだな」
結城は言った。
「待てよ…本じゃなくて電子タグ千尋のバッグの中に入れて、その後で千尋のバッグに本本体を…って店長がバッグを持っていたし無理だな」
結城は考え込んだ。だが勝馬は市倉に既に壁ドンしていた。
「お前、電子タグ抜き取ったよなぁ。そしてそれをさっき捨てた…何のつもりだ‼」
ジャイアン並みに大柄な勝馬にすごまれ、市倉は怯えて壁を背に震えていた。
「馬鹿! 何やってるんだ!」
結城は喚いた。

4

「君の見間違いだろう」
市倉は勝馬に冷や汗をかいて見上げた。
「じゃぁバッグの中身を見せてくれ! 何もないんなら見せても文句はないだろう」
「ふざけるな。君にそんな権限はないはずだ」
「おいおい」
長川警部が飛んできて勝馬を引き離した。
「どうした」
「こいつ何か隠しているんですよ」
勝馬は市倉を指さした。長川は勝馬を見てから結城を見た。
「警部。こいつが何かを隠しているのは間違いない」
結城は言った。
「ざっとでいい。見せてくれるかな」
長川に言われて、市倉はリュックサックを開けた。中には日の丸だの偉い教祖の本がいっぱいあった。
「そういえばお前そういう奴だったな」
結城は挑戦的な目で見てくる市倉に言った。その鞄を瑠奈がしげしげと覗き込んだ。
「でもこれ千尋も持ってたよ」
瑠奈が声を上げた。
「え?」
訝し気な結城に、瑠奈は「この前駅前で『愛国大日本統一教会』とかっていう宗教の人が本と日の丸グッズを配ってて、千尋面白がってバッグに入れていた」と話した。
「あいつ変な収集癖があるからな」
結城は頭をポリポリ掻いた。

千尋が警官に事情聴取を受けている事務所を見ながら、店の中で瑠奈はつぶやく。店員もレジに戻っているが、なぜか事件関係者は誰も帰ろうとしない。
「どうしよう」
瑠奈はピンクのペンをカチカチメモ帳を見た。
「怪しい人はいるんだけどね」
「ああ…タグを盗んで何かしようとしていた市倉一…万引きされた本を持って千尋に近づいた高山回…」
結城は言った。
「そして万引きされた本に何かしていた黒野か」
結城はふと都を見た。都は考えていた。
「何かわかったか」
結城が聞く。都はふと目をぱちくりさせて
「大体わかってるよ」
と答えた。瑠奈と勝馬が都に身を乗り出す。
「本当か?」
「うん、誰が千尋ちゃんのバッグにあの本をねじ込んだのか、そしてあの捨てられたタグの意味も高山さんが千尋ちゃんに近づいた理由も大体ね」
「本当か!」
結城は都を見た。
「そのためにちょっといろんな人からお話を聞きたいんだよ」
都は長川警部に事情聴取されている容疑者の客を見つめた。

「山坂桜さん…ですね」
事務所で長川警部は山坂桜という店員に話を聞いた。横に島都も立っている。
「あなたは高校生たちが店に入った時、基本的に本の整理をしていましたね」
「はい、汚れている本とかを回収しに行っていました」
「あなたは客が汚した本を事務所にもっていってその後店に戻ってきましたよね」
「はい。汚れている本を事務所において、それからすぐに仕事場に戻りました。でも一度も高校生のみんなとは接触していません」
「あのー」
都は挙手をした。
「そのばっちい本は今どこにありますか?」
都が聞くと桜は
「さぁ、どこかに消えました。その本を私が千尋さんのバッグに入れたとでも言いたいのですか? でも私にはチャンスなんてなかったはずです」
と声を荒げた。
「わかっています」
長川が宥めた。
「そんなに疑うんなら、あの本を調べてみればどうでしょうか。黒野さんの指紋とかが出るかどうか鑑識で調べているんでしょう!」
「ええ、勿論」
長川は言った。
「指紋が出れば皆さんに提供していただいたものとすぐに照合できると思います」
「はいはいはい、もう一つ質問」
「なんですか」
桜はうんざりした様に言った。
「どうして、あなたはTwitterに裸の画像をあげちゃったんですか」
都が聞いた。
「みんながRTしてくれるかなって思ったんです」
桜はため息をついて思い出したくもないように言った。
「今思えば愚かでした。そのせいでお店に何百万と損害だしちゃいましたし退学処分にもなりましたし。公然わいせつでは不起訴になりましたけど、民事で会社から500万円の支払いを命じられ、今ここで無償労働して働いています。あと2年はかかりますよ」
桜はため息をついた。
「桜さん、見たくもないかもしれないけど」
都は桜にそのTwitterの画像を見せた。ニュースで不適切映像を伝えるものなので、裸と顔がぼかしてある。
「桜さんがこれをTwitterに投稿したのは、去年の12月だよね…でも、この写真、雑誌とかの表紙見てみると常夏ビーチがどうのって書いてある…つまり夏に撮影したんだよね。なんで撮影してから投稿するまで半年たっているのかな」
「知らないわよ。その時のノリでやっちゃったんだから」
山坂は叫んだ。「仕事に戻っていいかしら」
「どうぞ」
都は冷静に言った。

「うふふふ、僕ちゃんは桜ちゃんが大好きなんだよ」
さもや嬉しそうに長川と都の前で愛を語る黒野
「だから自分の体液で本を汚したのか…器物損壊だぞ」
長川はジト目でこのハッピー野郎を睨みつける。
「これは僕の桜ちゃんへの愛情表現」
黒メガネはそう言いながら事務所のテーブルに薬を瓶からばらまいた。
「青い薬と白い薬を飲むんだ」
「シャブじゃねえだろうな」
長川は錠剤を見た。
「ただの精神安定剤だよ!」
黒メガネは薬を取り上げた。
「私はラムネだと思った」
都は目をぱちくりさせた。
「ねぇ、黒野さん。山坂さんとはどこで出会ったの?」
「この前駅前で見かけて以来一目ぼれしちゃったのよ。ふふふふん。でも彼女は僕に話しかけてもくれない。きっと僕の事が好きだからツンデレ放置プレイなんだよ」
黒野の笑顔は完全にイっちゃっていた。

「どんなことでも質問して。お友達を助けるために協力するから」
専業主婦の沖鮎子はニコニコ笑って言った。
「この本屋には時々来るんですか?」
都は聞いた。
「ええ、時々パートの帰りにね。ただいよいよここも危ないって話は聞くから、そうなったらJUSCOに行かないといけないわね」
「危ないの?」と都。
「私は企業診断士の勉強をしてるのよ」
沖はにこっと笑った。
「この店は客の割りに従業員が極端に少ないし、ほとんどあの山坂さんの過重労働で回している感があったから相当ヤバいわ。私はあの子にもし大変な状況だったら相談に乗るって言っていたんだけど、彼女は全然大丈夫ですって笑うだけ」
沖はため息をついた。
「あんなバカッターな写真を撮影しちゃったけど、あの子は良い子よ。この店はあの事件がある前から客足は少なかったし」
と沖は言った。

「高山は聴取を拒否している」
長川警部は都に言った。
「大丈夫…事件の真実も千尋ちゃんを救う方法も大体わかったから」
都の言葉に闘志が宿った。事務所の隅に体育すわりをしていた千尋が顔を上げる。
「わかったの?」
瑠奈が立ち上がってこっちを見る。
「誰が千尋さんに万引きの罪を…」
勝馬が立ち上がると、都は目をぱちくりさせて宣言した。
「それはもうとっくの昔にわかってたよ!」
「!」
結城が立ち上がる。
「お、お前…」
「でもこの事件で千尋ちゃんの無実を確定させる絶対的な証拠が見つからなかった。でも全部見つけた」
その時長川の携帯が鳴った。
「どうした…。うん…うん。なんだって! うん、わかった」
長川は電話を切ると茫然とした表情で都を見た。
「都…これはどういうことだ」
「長川警部を呼んで良かったよ!」
都がにっこり笑った。
「警部…みんなを集めて…この事件の万引きでっち上げ事件のトリックを暴きに行くんだから」
ぽわぽわした声に闘志をにじませて、都は長川に集められた7人の容疑者の前に歩き出した。
「みんな待たせてごめんね…。今やっとこの万引きでっち上げ事件の真実がわかりました。そして千尋ちゃんを陥れた…卑劣な犯人の正体もね!」
都は青木店長、小坂、山坂両店員、黒野、市倉、高山、沖といった客を見回した。


【挑戦状】
さあ全ての謎が提示された。薮原千尋に万引きの罪を着せた犯人は誰か!
・青木大和(25):店長
・小坂兵太郎(27):アルバイト店員
・山坂桜(21):アルバイト店員
・市倉一(17):高校生
黒野藤吾(25):ニート
・高山回(45):作家
・沖鮎子(30):主婦

駅前書店の難事件FILE1


1

 真夜中の教会の十字架に向かって黒い影が祈っていた。
「神よ。これから為される我が罪をお許しください。どうか迷える罪なき子羊を導きたまえ」

 茨城県常総高校探検部部室―。
「ういーっす」
結城竜は部室に顔を出した。今日もまったりしながら1日は過ぎていくって奴だ。だが入った途端異様な雰囲気にのまれた。
「ゆ、結城君」
都が涙を流してえぐえぐしている。結城はしばらく考えてから
「中間テストか」
とジト目で都を見た。
「赤点いくつだ」
「4つ」都が窒息しそうな声で言った。
「てめぇあれほど勉強しておけって言ったよなぁ」
結城は都の頭をグリグリしながら喚いた。
「だってぇ。誰かがYouTube魔法少女未来の2期をアップしていたんだもーん。消される前に見なきゃって思ったんだよぉ」
「それは著作権法違反。ファンとして間違っているうううううう」
さらにグリグリが強くなっている。
「やれやれ…」
結城は頭を抱えた。「本当にお前進級できなくなるぞ」
結城はそう言いながら都に帰された日本史の解答欄を見た。「よいではないか運動」とか書かれている。
「そういうわけで1週間後に追試があるんだよー。追試が…結城君助けてぇええええ」
都がどほほほほと涙を流しながら縋ってくる。
「離れろぉおお。ったく…しかし4つを赤点から脱出させるには効率を考えなきゃだめだな」
結城は思案した。
「お前も手伝ってくれるよな」
「無理だよ」
千尋が目をぱちくりさせた。
「薄情だな」
とジト目の結城に瑠奈は苦笑しながら
「多分…もうすぐラスボスがやって来るから」
「ら、ラスボス?」
結城は嫌な予感がした。その直後、扉がガラガラと開いて、北谷勝馬が顔を出した。
「おろろろろろろろ」
見るからに霊気が漂った巨大な図体が部室に入って来る。
「赤点の数は」
ジト目の千尋に聞かれて、勝馬は「7つ」と答えた。むきいいいとなった千尋が宇宙語で喚きながら勝馬を蹴り始める。床に散らばったテストを覗いてみると、「しのもりあおし」「さとうはじめ」「ししおまこと」といった幕末漫画のキャラクターが書かれていた。結城の眉毛がぴくぴくした。
「お前よくこれでこの学校に入れたなぁ」
「それはそれは大変だったんだから」
瑠奈が思い出すにも重すぎるというような顔で結城に言った。
「そういうわけだから、結城君は都をお願い。私たちはこのラスボスを何とかするから」
瑠奈に言われて結城はため息をついた。

「そういうわけでお邪魔しまーす」
一番入り浸りやすい場所と広さとご家族の理解がある瑠奈の家で、探検部5人は瑠奈の母親に頭を下げた。
「あらあら、またテストかしら。都ちゃんも勝馬君も相変わらずね」
瑠奈のお母さんがホホホホと笑う。
(なんだこのすっかりすべてを悟りきっていらっしゃるようなご反応は)
結城が玄関先で得体のしれない罪悪感に潰されそうになっていると、瑠奈のお母さんは
「ああ、今日はパパが出張先から帰ってきているから」
「え」
瑠奈があんまり嬉しくなさそうな声を上げると、
「瑠奈たーーーーーーーん」
とサラリーマンの服装をした親父が突っ込んできて、瑠奈はすっと無想転生のごとく避けた。
「瑠奈たんなんでだよーーーーー。都ちゃんはこうやってスキンシップをしてくれているのに」
瑠奈の父親は猫みたいになっている都の頭をなでなでしながら泣きそうになって瑠奈を見ている。
「お父さん! 瑠奈は高校生よ」
母親が父親を拳骨で沈めると「不潔野郎って軽蔑されたくなければ自重しなさい」とたしなめた。
「大丈夫大丈夫、おじさん。私が後で一緒にWILLやってあげるから」
「本当?」
涙目で千尋を見上げるパパ。母親は「ごめんねー」と千尋に謝った。
(何…このアットホームさ)
結城は千尋を見つめた。
「おーっす。陸翔! 元気しているか」
自分の部屋からこっそり見ている小学生くらいの少年を見て、千尋が声をかけると、陸翔はびっくりした様に隠れた。
「ははーん。思春期を迎えて女子高生を見ると恥ずかしくなったか」
千尋がうんうんと頷くと結城はジト目で
「まさかとは思うが、お前二次元の世界であの子に何かしてないだろうな」
と睨んだ。
「そんな変な事はしないって。私はショタはソフト表現にとどめる主義だから」
「‥‥」
カラカラ笑う腐女子に結城はこれ以上何も言えなかった。

「ぬふふふふ。ぐふふふふふ。ぬおおおおおおおおおお」
気色悪い声を上げて勝馬が机に向かっている。瑠奈がマンツーマンで勝馬に向かっていろいろ教えてあげている。
「出来ました」
瑠奈が提示した問題文の解答を勝馬は彼女に渡した。
(高野の野郎も大変だなぁ)
結城は思った。勝馬は授業中の居眠り王で1時間目から6時間目まで全て眠り続けていたという伝説を持っていると、隣のクラスから聞いていた。まぁ都も居眠り大魔神らしいが。しかしこの馬鹿に勉強を教えるなんて、よっぽど忍耐がないと…。
勝馬君、やれば出来るじゃない。これで英語は完璧ね」
「!!!!」瑠奈の発言に結城は赤青鉛筆を取り落とした。
「高野…本当か」
「へへへ、結城め。俺が真の実力を出せばこんな問題朝飯前よ」
勝馬が得意げに声を上げる。
「何せ千尋さん瑠奈さんが優しく丁寧に教えてくれるからな。この前なんて瑠奈さんが直々に音声を入れてくれた長文問題で単語は完璧にマスターしたんだ。ひゃひゃひゃひゃ」
結城はさすがに口を開けるしかなかった。
勝馬君は女の子に教えられると成績が格段に上がるのよ。集中力とやる気がね」
千尋が歯ぎしりする結城に言うと、都が目を輝かせて千尋に迫った。
「いいないいなぁ。千尋ちゃん…私も一発で集中できる魔法のCD頂戴よぉ」
「いいよ」
千尋が鞄をごそごそし始める。
「ふふふふ。じゃーん。私が聞いている、早覚え英文記憶CD。これを毎日寝る時に聞いているおかげで学校のテストはバッチリ!! 魔法の英語リスニングCDなんだよ」
千尋の翳したCDがキラキラ輝き、都と結城は「おーーーーー」と声を上げた。

「You got me mad now」
CDからはむさくるしそうな男の声が歪みなく聞こえてくる。
「ああ、確かに一発で英単語が頭に入ってきそうだよ。お前の中ではな!」
結城が千尋に声を上げる。
「ゆ、結城君…」都が苦し気に言った。
「結城君…なんだか…知識が…知識が…」
「おいいいいいいいいいい。どうしてくれるんじゃぁ」
都をガクガクゆすりながら、結城は千尋に喚いた。
「結城君、最後の手段があるわ」
瑠奈がぐっと結城を見つめた。
「さ、最後の手段?」
結城がごくっと生唾を飲む。
「都」
瑠奈は真面目な顔で都を見て言った。
「4つの追試で全教科100点取ったらケーキバイキング結城君が奢ってくれるって!」
「それから結城君の声で収録されたBLアンソロジーボイスドラマも作ってあげるから!」
「本当!」
都は目を輝かせた。
「ちょっとまてぇえええええええ。なんでそう言うことになるんだ」
結城が喚くと瑠奈がじっと結城を見た。
「都がやる気を出すにはこの方法しかないのよ。いいの? 都が進級出来なくなっても」
結城は都を見た。都が硬い覚悟を決めた目で結城を見る。
「あああ、わかったわかった! ケーキでもホモ漫画でも何でも来いや」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
都は絶叫した。
(まぁ、さすがに全教科100点なんて一夜漬けて無理だろうな)
結城は物凄い勢いで教科書をめくりまわす都を見つめた。
(全教科100点なんて)
だが結城の余裕は早くも崩れ去った。
「都―」
千尋が日本史の教科書を開いて言った。
「359頁の上から3行目10文字目の文字は?」
―けーきばいきんぐ―とハチマキをした都は英単語の本をぴたりと投じて言った。
「幕府の幕って言う字だよね」
「正解!」
―結城君のBL―とハチマキを下千尋が言うのも聞いていないようにひたすら単語を覚え続ける都。
「‥‥」
結城は…だんだん不安になっていた。そうだ…。この都という女の子の頭脳はただの頭脳ではないのだ。

 翌日―探検部の部室…。
「ふっふっふっふっふ」
都が得意げに結城の前で笑っていた。
「‥‥」
結城はそんな都を前にしてもはや蛇に睨まれたこうろぎみたいな気分だった。
 都がすっと4枚のテスト解答用紙を見せる。100、100、100、100‥‥。結城は崩れ落ちた。
「実は都ってこの学校始まって以来の好成績で入学したらしいんだよねー」
千尋がそれはそれは嬉しそうに結城を見つめた。
「さて」

「結城君…もっと心から快感を覚えて喘ぐように…背徳感を楽しむように」
千尋の演技指導が探検部部室である書道室の準備室の扉から聞こえてくる。
「どうしたの」
探検部の都、瑠奈、勝馬が外で待っているのを見た書道部の益田愛が3人に声をかける。
「今収録中なんだ」
勝馬がひっひっひと楽し気に愛に答える。書道部のみんなも音を立てないように興味津々と集まってきてしーっと人差し指を立てる。
 その時扉が開いた。
「みんな、普通に日常的な音を立てていてくれるかなぁ」
「あ、いや…せっかく千尋ちゃんが芸術作品を作っているんだから静かにしなきゃだめだよ」
と都。
「ああ、その芸術なんだけどさぁ。これはあくまで隣の部屋で他の生徒が日常を送っている隣の密室で背徳的なBLが展開されているところが味噌だからさ。みんな出来れば気にしないで音を立てて欲しいんだよね」
「さすが、千尋さん。素晴らしい表現精神です。さぁ、みんな日常的に音を立ててくれ」
勝馬が書道部に号令をかけると、みんな頷いて席に戻っていった。
「さぁ、結城君。収録…収録…」
「もう…殺してくれ…」
結城の悲鳴が千尋に閉められた扉の向こうに消えた。

「結城君食べないの?」
ケーキバイキングの座席で美味しいケーキをもぐもぐしながら幸せそうな都に、結城は「ちーん」とテーブルに崩れていた。
「今日、俺の大事なものがなくなった気がする…」
「ケーキを食べれば治るよ」
都は笑顔で言った。

2

「困ったなぁ」
翌日、部長会議から戻ってきた高野瑠奈が浮かない顔で戻ってきた。
「冬合宿の予算申請するのに活動実績が足りないから、何か実績作れっって言われちゃった」
瑠奈は実績報告をテーブルの上に置いた。
「えええ、私のボイスドラマ制作を書けばいいじゃん」
千尋が瑠奈に聞くと、瑠奈は
「これバレたら猥褻物を部活で制作していた事になっちゃって、いろいろ問題が発生しちゃう気がするんだけどね」
「猥褻物とは失礼ね」
千尋は声を上げた。
「これは芸術作品よ」
「15歳の女の子が作っていい芸術じゃないような」
瑠奈は苦笑した。
「はぁ。私の芸術を理解してくれないなんて。あ、私たちの芸術作品か。ねぇ、結城君」
「…」
結城は『罪と罰』を読みながら何も答えなかった。
「何か活動すればいいんだよね」と都。
「BL以外でね」と瑠奈。
「みんなで麻雀やりますか。それとも暴走族1日体験」
「却下」と勝馬の意見を瑠奈が封じた。
勝馬君。そんな活動実績書いて提出したら廃部になっちゃうよ」
「実績報告書再提出は」
結城が瑠奈に聞くと、結城は素っ頓狂な声を上げた。
「明日?」
「うん、明日までに提出できる実績がどうしても必要なの…」
瑠奈が周りを見回す。
「ん」
結城がテーブルに散らばったプリントの中に「生徒諸君へ」という紙を見つけた。
「なんじゃこれ」
「駅前書店で万引きが流行っている事に関して、高校に書店から苦情が来たの」
瑠奈が説明する。
「そういえば俺らの学年で一人万引きで退学になっていたなぁ」
結城がふと声を上げる。
「でもその後も万引きが続いているんだって。それもほとんど毎日」瑠奈が言う。
「本当にうちらの学校のが犯人なのかよ。今万引きするのって若い人間よりも年配者の方が圧倒的に多いらしいからなぁ」
結城が言ったとき、勝馬が声を上げた。
「じゃぁよ。俺らで万引き犯捕まえようぜ。万引き犯を捕まえれば活動実績になるだろう」
「そうね。地域の防犯に協力するボランティアって事にすれば活動実績になるわね」
瑠奈は言った。
「実態と結果があれば活動日は水増ししてもばれないだろうし…ね」
「瑠奈ちん、さらりと悪だね」
にっこり笑う瑠奈に都は感心した様に目を見開いた。

 駅前書店伊賀屋書店は大きなチェーン店だった。
「うわぁああああ」
千尋は声を上げた。感嘆ではない、呆れていた。
 白いカバーに黒い書道体で「日本印刷記」と書かれている本が大量に並べられていた。
「こりゃ凄いな。こんなに沢山売れるのかな」
都は本を一つ取ってぺらぺらめくってみた。
「売れない売れない」
千尋は手を振った。
ウィキペディアを家で見れば大体内容が乗っているから。ほとんどがウィキのパクりだからね」
「ウィキって…ウィキペディアか?」
結城が千尋に聞くと
「アニヲタウィキの方」と呆れたように手を振った。
「まじかよ。結構有名な作家さんじゃないのかこれ」
「『台湾併合の奇跡』とか『関東大震災の奇跡』といった奇跡シリーズが有名だよ。まぁ、『関東大震災の奇跡』の方では朝鮮人から女の子たちを守った主人公として書かれた元軍大佐の遺族から訴訟を起こされたけれど」
「き、君!」
突然ハンサムなワイシャツをエプロンでまとめた精悍な店長が千尋に声をかけた。
「全く君は分かっていないな。朝鮮人虐殺は捏造だったという証拠はいくらでも出てきているんだ。だが左翼に蹂躙されたこの国ではどの出版社や研究者もこの事実に蓋をしてきた。この本を書いた高山回先生は日本の名誉の為に勇気を出してこの本を書かれたんだ」
いきなり書店の店長に説教される事態に薮原千尋は目をぱちくりさせる。そして
「わーーーっ、すっごーーーい!」
とわざとらしくきゃぴッとして、
「この文章のもとになったアニヲタウィキの投稿者の方って、すっごーーーく勇気があったんですね」
とわざとらしく言った。
「かわいそうに…」
後ろの方で眼鏡をかけた少年がピキピキと声を震わせた。千尋が振り返るとふと目を見開いた。
「ひょ、ひょっとして市倉君?」
千尋が声を上げると市倉一はフンと鼻を鳴らした。千尋がぴょんと彼の所に駆け寄る。
「元気だった?ああ、みんな、この子私と同じ中学の…」
「かわいそうに」
市倉が千尋の紹介をぶった切る。
「薮原さんは日教組の思想に染められて、こんなことを言うようになってしまったとは」
「へ」
千尋は目を丸くする。
「あんな元気で明るかった千尋さんまで日教組によって汚染されてしまったなんて。今からでも遅くはないですから、千尋さんもこの本を読んでください」
と市倉は千尋に「日本印刷記」を渡すが千尋は「あああ、ありがとう…」と本をさりげなく戻した。
 結城は(また変なのが出た)と思った。確かに千尋は汚染されている。しかし汚染源は日教組ではなく「び」のつくものだ。
「で、市倉君は高校生活はどう? 楽しんでるの?」と話題を変える千尋
「高校はやめました」
市倉は眼鏡をくいっとあげた。
「えええっ」
日教組に染まった教師が許せなくてね」
「何を言っているの?」
本を並べていた女性店員が冷たい声で言った。
「本を万引きして捕まった張本人のくせに」
山坂桜というネームプレートを下げた女性店員がじっと市倉少年を見た。市倉は恐怖に目を見開いた。
「それで高校を退学になったのよねぇ」
冷たい山坂の声に市倉は真っ青になって向こうの棚に移動した。
「そういう山坂さんも、相当この店に損害を与えていますよね。バカッター映像で…。アダルト雑誌コーナーで裸になって、雑誌の表紙の水着モデルと同じ格好をして…店の損害賠償代わりにここでタダ働きしているんですよねー」
(え、あの6月のTwitter炎上画像ここだったの)千尋は真っ青になった山坂桜を見て茫然とした。あの写真は酷かった。常夏ビーチ特集という雑誌の水着の美女と同じ格好で全裸で本棚に横たわっていたという奴だ。そう言えばその笑顔のバカッター、目の前にいる気がする。山坂は笑いながら去っていく小坂兵太郎を見て般若の顔で歯ぎしりする。
「ごめんね。…ゆっくり本を選んでね?」
山坂桜は打って変わって魅力的な笑顔で探検部のメンバーに言った。

「ううううううう」
都はビニールに包まれた『魔法少女未来』シリーズの少女漫画を見てぐぬぬぬという顔をした。
「あきらめろ。漫画は立ち読みできないんだ」
結城はため息をついた。
「私の家の近くの本屋さんは出来るよ。それに安いし」
「それはBOOKOFFだからだよ」
結城はため息をついた。
「でも本屋には新しい参考書とか新しい雑誌とかBOOKOFFシリーズにはないものがあるぞ」
「あ、そうだ…青い鳥子供文庫版に新しい小説版が出ていたんだ」
都はポンと思い出して児童書コーナーに向かった。
「あとKZシリーズと夢水清志郎シリーズもチェックしないと。おおおお、新しい作品がいっぱい出ているうううう」
「うるせえなぁ」
結城は頭をポリポリ書いた。
「さーて、今日のBL雑誌はっと」
千尋は雑誌を探している。
千尋…私たちこの書店に来た動機忘れていない?」
「万引き犯を捕まえる…だったよね」
「たははは」と千尋は笑った。
勝馬君も」
瑠奈は勝馬に厳命した。
「絶対に間違いで誰かを捕まえちゃだめだよ。声もかけちゃダメ。名誉棄損になるし、お店に迷惑をかけてしまうから。そんなことをするくらいなら、誰も捕まえない方がいいんだからね」
瑠奈はリュックからメモを取り出す。
「店の見取り図と防犯カメラの位置はチェックした。多分万引き犯が現れるとしたら、カメラの視覚になってレジから見えにくいここと・・・ここ」
「なるほど」
千尋は感心した様に言った。
「瑠奈仕事早いねー」
「ここらへんで万引きしている人がいないか見てみましょう。じっと見ている私たちがいれば万引き犯は本には手を出せない。防犯に貢献した事になるから」
「ラジャー」
千尋が指を食いっと挙げた。

 北谷勝馬は瑠奈に指定された場所にやってきた。その時だった。ふと市倉一という眼鏡のいけ好かない野郎と遭遇した。勝馬がびっくりしたのは、彼はあたりを見回し本を手にするとすっと何かを抜き出し、鞄に入れた。勝馬は目を向いた。だが彼は本を戻した。勝馬は市倉に声をかけようとしたが、瑠奈の言葉が蘇り、言葉をかけるのを待った。

 高野瑠奈は店に入ってきた黒メガネの男を見ていた。この男は挙動不審でいかにも怪しかった。黒メガネではあったが動きからすると相当若い。彼はふと本棚からこっそりと店員の山坂桜が働いているのを見て、にやっと笑い、ひたすら彼女を見つめている。そして棚の整理をしている桜の先に回って、例の『日本印刷記』のコーナーの前にちゃってくると、いきなりズボンに手を入れて股間をごそごそし始め、何かを本に塗りたくり始めた。
(え、え・・・)
余りにも気持ち悪いものを目撃して瑠奈はショックを受けた。黒メガネがコーナーから立ち去ると山坂桜は明らかに汚くて変な匂いがする本を手に取った。訝し気にそれを見ていたが、こんなもの店頭に置いておけないと判断したのか、それを手に取って事務所の方に持って行った。黒メガネはきっと桜に自分の汚いエキスが付いた本を触ってもらって嬉しいのだろう。ひょこひょこ踊っている。瑠奈はもう何も見たくなくなって目を離した。

「お嬢ちゃんは何年生?」
主婦の沖鮎子が娘が欲しがっている本を一緒に選んであげている都に笑顔で言った。
「1年生」
「あら、1年生にしては大きいね。6年生くらいかと思った」
「おばさん、この『魔法少女未来―時空の石と悪魔の涙―』がりんなちゃんが欲しがっていたものだと思うよー」
「ありがとう」
都はお礼を言われて子供のように嬉しがっていた。

 薮原千尋はBL本を読んでいた。一般の客のふりをして万引き犯を捕まえる作戦だったが、彼女はBL雑誌の事しか頭になかった。
「ふふふふ、BL┌(┌^o^)┐猫ちゃんカフェ…か。ふふふ、ショタが獣フレンズみたいに美形のオスのお客さんにぺろぺろご挨拶。ふふふ、たまりませんなぁ」
千尋は涎を誑していった。
 そんな千尋の背後に誰かが立っていた。背後の気配に千尋は気が付いて悲鳴を上げた。
「きゃぁああっ」
千尋の声を聞いて、結城と勝馬が大急ぎで千尋のいる方向を見た。大柄な男が腰を抜かす千尋の前に立っていた。
「おい、てめぇ」
結城が声を上げた。シルクハットの男は結城を見て
「俺は何もしていない!」
と『日本印刷記』の本を手にして言った。
「先生! どうかなさいましたか!」
店長の青木大和が大慌てで駆け付ける。
「どうもこうもない。この女子高生が私を痴漢呼ばわりしただけだ」
「してませんよ!」と千尋
「わざとらしく悲鳴を上げていたじゃないか」
「あれは‼」
「こら、先生に失礼じゃないか」
青木店長が千尋をしかりつける。
「いや、薮原が悲鳴を上げた気持ちは分かるぜ」
結城は大柄な男を睨みつけた。
「お前、不自然に千尋に密着していたよな。痴漢か? 盗撮か?」
「でっち上げだ」
帽子の男は絶叫した。
「もういいよ」
千尋は瑠奈と都に支えられた。
「前にバスで痴漢に遭ったのがフラバしただけだし」
千尋は髪の毛で目を隠して言った。
「あんた。どうもこの先生って人>客って感じで営業しているよな」
結城が青木店長を睨みつける。
「そんなに偉い先生なのか」
「ああ、偉…」
ここまで言って店長は帽子の男に物凄い勢いで睨みつけられた。
「もう帰ろっか」
瑠奈は疲れたように言った。
「そうですよねー。なんか雰囲気悪い店だし」
勝馬もそう言って千尋を助け起こした。結城は千尋
「一応鞄をチェックしてくれ」と促した。千尋は鞄をごそごそしたが、「取られたものはない。大丈夫」と結城に言った。
店を出ようとした時だった。千尋は「会計をすませるから待ってて!」と声を上げた。
「BLは買うのか」
結城は呆れたように千尋が会計に向かうのを待つ。会計している店員はがりがりに痩せた小坂平太郎という男だった。時々、黙っていれば美少女な千尋を見てにやついている。
「お待たせ!」
会計を終えた千尋が探検部のメンバーの所へ戻ろうと店の前のセンサーに触れた時だった。
 突然「ビー――」という音が耳に響いた。
「君!」
店長の青木がやってきて千尋の腕を掴んだ。
「君、ちゃんと会計しないで店を出たよね!」

 

(つづく)

能面高原殺人事件(解決編)9-10 最後


9

【容疑者】
・元山孝信(54):議員。小売店社長。
・三竹優子(27):元山の愛人。
・岩沼達樹(39):議員専属医。
・青山はすき:女子大生
・江崎レオ(21):大学生
・槇原玲愛(20):女子大生
・川又彰吾(58):ロッジオーナー
・三枝典子(18):ロッジ従業員。
・昌谷正和(59):不動産業者

「お前…」
15歳の小柄な女子高生に名指しされた黒い犯人「能面」は声を震わせた。直後に大勢の人間がバタバタとやってくる。結城竜、高野瑠奈、薮原千尋、北谷勝馬…そしてロッジ従業員の三枝典子。都はスーパーの奥に建てられた大勢の人を拉致したプレハブ平屋で振り返って、自分が指摘した殺人犯を見た。殺人犯が呆気に取られていた時、プレハブの無造作に置かれていたロッカーの陰から出てきた長川警部が、犯人が手にしていたナイフを掴み上げる。
「お前…このナイフで今度は誰を殺そうとしていたんだ」
長川がナイフを持つ手をひねり上げて床に落としたそれを足で滑らせて遠くに流す。
「警部…この人は誰かを殺そうとしてナイフを持っていたんじゃない。ここで殺された3人に監禁されていた罪のない人を解放する最後の仕事を終えたあなたは、ここで自ら命を絶つことで殺人劇を終わらせようとしたんだよ」
「そ、それじゃぁ」
秋菜が声を震わせる。長川もその人物を見つめた。
「うん、あのロッジで3人の人間を殺害し、死んださやかさんの復讐を果たそうとしていた犯人は」
都は真っ直ぐにその人物を見据えた。
「岩沼達樹さん、あなたです!」
岩沼は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに残虐な人を馬鹿にするような笑いを浮かべて都を見た。
「それなら是非聞かせてくれよ。あの事件の犯人が倉庫で焼死していた死体ではなく僕だと、どうしてそう言うことになるんだ。僕は犯人に襲われたんだぞ…この傷を見てくれたまえ」
岩沼は傷口を都に翳して見せた。
「どう見ても誰かとグルでわざと襲われた傷ではないぞ。だから俺は今護身用に刃物を持っていたんだ。それに僕と誰かが共謀していたとしても、ロッジにいた全ての人間には最低1つのアリバイがある。そして僕には全ての事件で完璧なアリバイがあるんだ。どう噛み合わせても僕が誰かと共謀していたなんてあり得ないだろ」
岩沼の言葉遣いは冷徹であったが目は都を見据えていた。この人物の視線など気にもしないように女子高生探偵はぽわぽわした空気を崩さず、にっこり頷いて話をつづけた。
「簡単な事だよ。3つの殺人を引き起こした犯人とあなたを襲った能面は別の人物なんだよ。多分その人はあなたが第三の事件で時限発火装置でも仕掛けているのを目撃し、あなたが殺人犯だと考えた。そのうえで自分には前の事件でアリバイがある事を利用して、前々から復讐したいと思っていた貴方を最後の犠牲者として殺害しようと思った…もうそう告白してくれているよ。そうだよね…三枝典子さん…」
都は三枝を見つめた。三枝は都を見つめ返さず、声を震わせた。
「岩沼さん? 本当なの? さやかの為に本当に?」
岩沼は一瞬危急的な顔で三枝を見た。だが、彼は都を見ながら小馬鹿にしたような笑いをかなり無理やり上げていた。
「自供? お前らがあいつを誘導尋問で追い詰めただけだろうが。いいかい、第一の事件と第二の事件で僕には完ぺきなアリバイがあるんでちゅよー。第一、第二の事件が僕が犯人で、第三の事件だけあの女が犯人だって言うのなら、僕にアリバイがあるのはオカシイでちゅねー」
甚振るような声を出す岩沼。だがその表情には焦りが見えていた。都だけじゃなく探検部のメンバーにも、この岩沼が必死で三枝典子を庇おうとしているのが見て取れた。都は一向に気にせずに話を続ける。
「第一の事件の密室アリバイトリック…あのトリックは犯人が能面を付けて三竹さんを離れの中で殺害。この時間多くの容疑者にはアリバイがあった…。でも実際は逢引の瞬間を目撃されないように犯人が三竹さん自身に離れに行くように命令し、倉庫の中で裸になってベッドで待っていた三竹さんはストーブの鉄格子に結ばれていた釣り糸で天井の梁に支えられていた日本刀で刺殺された。彼女がストーブを付けると自動的に釣り糸が熱で焼き切られて日本刀が落下するっていうトリックだったよね」
岩沼は無言だった。少女探偵は話を続ける。
「犯人は殺人トリックを完成させた後で三竹さんが殺されてから死亡推定時刻のアリバイが出来るのを待って、日本刀から釣り糸を回収してトリックの証拠がバレないようにしようとした…そしたら、私たちが予想より早く三竹さんの死体を見つけちゃってアリバイトリックが見破られた…なーーーーーんて、そのように見せかけるのがこの殺人トリックの真の目的だったんだよ」
都は犯人を見上げた。
「私が変だなって思ったのは離れの部屋のつらら…。つららは建物で暖房が付いていてその熱で氷が解けて発生するものだよね。つららの長さは私たちの部屋の前のつららの成長から考えて大体1時間に3か5㎝成長するんだよ。でも三竹さんの殺されていた離れではつららの長さは一番長いもので40㎝くらいの長さがあったんだよ。40㎝の長さだとすれば少なくとも離れの小屋には10時間くらいの間、暖房が付いていたことになるよね」
岩沼の目が不気味に光る。
「私の考えではこの10時間以上の間犯人は一度もこの殺人現場には足を踏み入れていない…そして元山さん三竹さんがこの島に来たのは今日の午後3時くらいかな。殺人事件発生が分かったのは午後9時だから、一番先に来た容疑者どころか被害者が来る前からこの遠隔殺人トリックは完成した事になるんだよ」
「ちょっと待ってくれ」
結城が都に手をかざした。
「三竹優子は6時までは生きていただろう。俺たちがあのロッジで生きている彼女を目撃している。もし彼女が10時間前に殺されていたって言うのなら、俺たちは生きている彼女を目撃できないはずだ」
「あれが幽霊だったって事っすか」
勝馬は声を震わせた。
「ううん」都は首を振った。
「私たちが見た三竹さんは6時までは生きていた。そして瑠奈ちんと秋菜ちゃんが能面を付けた人が離れに向かっているのを目撃したのが8時頃。この時能面は離れには入らずにそのまま本館に戻ったんだよ。そしてその直後に三竹さんの遺体が見つかった…。この事実から考えられる結論は一つしかないよね。三竹さんは双子の姉妹だったんだよ」
都は真っ直ぐ岩沼を見た。岩沼は核心をつかれたのか表情が顔面蒼白になった。
「岩沼さんは10時間前にこの島にあらかじめ来ておいて三竹さんの本物を殺害。そのあと三竹さんの偽物が元山さんとこの島に来る。三竹さんの双子は三竹さんが6時まで生きているように見せかけて、さらに8時ごろに能面の格好をして瑠奈ちんたちに目撃させた。そうやって真犯人は三竹さんが生きていたと思われる6時から死体が見つかる8時までみんなと一緒にいることで完璧なアリバイを手に入れたんだよ」
じっと都は犯罪者を見つめた。
「そしてあなたは被害者の死亡推定時刻を7時くらいだと嘘をついて、アリバイトリックの辻褄を合わせた。私たちに絶対に死体を触らせなかったのもその為だよね。死体の硬直とか調べられたらガチガチに硬直していることがわかっちゃうから。無線機を壊したのも警察が検視に来るまで時間を作って、死亡推定時刻をごまかすため。死亡推定時刻は時間がたてばたつほど正確な死亡時間がわからなくなるから。特にあんな寒い場所だとね。そうだよね、岩沼達樹さん!」
都が真っ直ぐ真犯人岩沼達樹を見上げる。あの下劣なハンサム医師は驚愕の表情で都を見下ろしている。長川は都に話しかけた。
「確かに三竹優子には三竹優愛という双子の妹がいた。だがだとしたら双子の妹は随分危険なトリックに付き合ったことになるな。だって優愛自身アリバイは確保されないことになるじゃないか。殺人事件が起こっている最中、いやロッジからお前らが帰るまでの丸々2日間所在不明の双子の妹と聞けば、誰だって妹が怪しいと考えるだろ。三竹の妹がそれがわからないほどの馬鹿とはとても思えないが」
警部の質問に都は首を振った。
「ううん…このトリックは三竹さんの妹にとっては必要なトリックだったんだよ。だって、岩沼さんは殺人を実際に実行した犯人。もし岩沼さんが逮捕されれば共犯の自分も殺人で逮捕されちゃうよね。だから優愛さんにとって岩沼さんのアリバイは作ってあげなければいけなかったんだよ。それに優愛さんは岩沼さんが三竹優子さんを殺す動機は遺産相続だと思っていた。岩沼さんが遺産を手に入れるためには自分という存在が必要になって来るから殺さないって…そう思っていたんだよ」
「だが、元山先生と結婚する事になっていたのは姉の方だ。姉が死んだところで妹が元山の遺産を相続できるわけがないだろう」
結城が声を上げる。
「岩沼さん」
都は言った。
「妹さんが一見自分にとってメリットがないアリバイ工作に付き合った一番の理由。それはこのトリックがアリバイトリックじゃないから…そう、このトリックは、三竹さんの妹が姉に成り代わるトリックだったんだよ」
都は言った。岩沼の目が驚愕で見開かれる。
「元山議員は姉ではなくて妹の方を愛していた。でも議員の立場上結婚相手を乗り換えるなんて事したらイメージが悪くなるよね。だから妹を姉のふりをさせて本物の姉を殺す計画を立てていたんだよ。岩沼さん、あなたはその計画を元山議員と三竹妹さんから打ち明けられて協力させられたんだよ。この島であらかじめお姉さんの方を殺しておいて偽の密室トリックを完成させたのも元山議員の指示だよね。本当のアリバイトリックを見破られない為のダミーのアリバイトリックを用意した…このダミーのアリバイトリックには本物のアリバイトリックをただごまかすだけじゃなく、もう一つ大きな意味があったんだよ」
「もう一つ大きな意味?」
瑠奈が声を上げた。都は瑠奈を見て、指を突き出した。
「私が今言ったトリックの一番のリスクって何だと思う?」
「どこかに隠れている三竹妹が見つかる事か」
代わりに答えた結城に都は「ピンポーン」と声を上げた。
「そうもし死んだはずの三竹優子さんと同じ顔を持つ別の人間が見つかれば、トリックも共犯者も一発でわかっちゃう。だから犯人は私たちに『犯人は内部の人間、私たちの中の誰か』だと思わせようとしたんだよ。私たちがロッジ中を探し回ってどこかに犯人が潜んでいないか探させないために!」
都は言った。岩沼は生気のない顔を都に向けた。もはやそこに好色で自己中心的な俗物の姿はなかった。そこにいたのは聡明な殺人者。彼は都が全てを暴いていると覚悟し、彼女に引導を渡されることを覚悟していた。
「でも第二の事件で元山さんは殺された事件。この医者にはアリバイがあったじゃないですか」
三枝典子が悲鳴に近い声を上げた。
「この第二の事件のアリバイトリック…これは犯人が仕掛けたトリックだと考えると解けない…これは被害者の元山が仕掛けたトリック。岩沼さんにとって想定外のラッキーだったんだよ」都は言った。
「ど、どういう事だ」
結城が声を上げる。都は話を続けた。
「元山さんは計画に加担させた岩沼さんを口封じにしようと考えていた。彼は内線電話で私たちに話しかけてきた。でもこの時彼は内線電話の子機を使って電話をかけながら部屋を出て歩いて10分かかる東棟にやってきたんだよ。子機で電話したのはずっと部屋にいたように見せかけるため。私たちに2分経ったら電話すると言って1回電話を切って、岩沼さんの部屋に来て眠っている岩沼さんを殺そうとしたんだろうけど、元山議員は自分を殺しに来る事を予測していた岩沼さんに殺された。この時岩沼さんは元山議員が持っていた電話の子機を見て、彼が仕掛けたアリバイトリックに気が付いたんだよ。そして鍵と子機を奪って大急ぎで本館に戻って、子機を元山議員の部屋に戻しておいた。そして私たちと合流して10分分のアリバイを確保したんだよ。本館と東館の間は坂道になっていて、東館にあったソリを使えば帰り道は5分くらいで帰れるしね。元山議員が結城君にかけた電話で背後にクラシックが流れていたのは、電話しながら外に出た時吹雪の音を消すため。彼はクラシックを大音量で再生する携帯ラジオを体につけて、吹雪の中を結城君と電話しながら岩沼さんを殺しに行った。千尋ちゃんと勝馬君が聞いた唸るような吹雪の声はクラシックの音だったんだよ。トリック自体はコナン君や金田一君でも見たような単純なものだけど、まさか被害者が仕掛けたとは思わない。だから私たちは元山議員が電話を切った10分前まで本館にいてそのあと東館に移動して殺害されたと思ったから、元山議員が東館に行く時間と犯人が本館に戻る時間、往復15分は必要なのに、8分後に私たちの前に現れたあなたには完璧なアリバイが成立したんだよ」
都は犯人をじっと見つめた。岩沼は目をじっと閉じて都の推理を聞いている。うすら笑いを浮かべた野心家の顔はもはやそこにはない。都はそんな岩沼の横に立って推理を続けた。
「第三の事件で倉庫で焼け死んでいた焼死体は、三竹さんの妹さんの方だよね。納屋に火をつけたのは朝になってからだろうけど、彼女を殺したのは昨日の早い時間だったはずだよ。多分元山議員が殺される前。もし三竹優愛さんがこの島にいることが分かったら全てのトリックは台無しだから…」
「し、証拠はあるんですか?」
三枝が信じられないというように混乱した声で都に聞いた。
「勿論優愛さんもこのスキーロッジに何回か来ているからロッジにあるものに指紋が出てきてもおかしくはない。でも」
都は岩沼を見上げた。
勝馬君が元山議員の頭からニット帽を取り上げた時、三竹さんは勝馬君をゴリラ呼ばわりしてニット帽をごしごし洗うって言ってた。ごしごし洗われたとしたらあの帽子に勝馬君の指紋はついていない。そしていくら双子の姉妹だとしてもこの島に来ていない妹の優愛さんの指紋が付いているなんてはずはないんだよ。もしあの帽子から優愛さんの指紋だけが出るようなことがあれば…立派な物的証拠になるんだよ」
都の止めの宣告に一同は岩沼を見た。
「帽子の鑑定は間もなく終わるだろう」
長川警部は岩沼医師の横に立った。岩沼は抑揚のない声で聞いた。
「都君…何がいけなかった…僕のトリックの何がいけなかったんだい…」
岩沼の敗北宣言は消え入るようなものだった。そして穏やかに都を見ながらため息交じりに苦笑し女子高生探偵を敬意を湛えるような視線で見た。「やはり氷柱かな」
都は首を振った。
「それは朝私の部屋の氷柱を見て初めて気が付きました。あなたが犯人だと気が付いたのは、元山議員の部屋の窓がなぜか開いていた事です。窓から出ていくにしても普通は閉めていきますよね。あれ、開けていたのは窓際の親機から手に持っている子機まで電波障害をなくすためです。東館は元山議員の部屋から真っ直ぐ見えていましたし、千尋ちゃんに聞いたら、障害物がなければ業務用なら500メートルまで通話できるものがあるみたいなんですよ」
都はにっこり笑った。
「なるほど…」
「第二の事件のトリックが読めれば必然とアリバイがある人が怪しくなります。あの時もう一人私たちの前にあなたと現れた三枝さんは私が電話中に一回現れました。犯行は不可能です…となると残りは?」
「完敗だな」
都の得意げな笑顔に岩沼は穏やかに苦笑し女子高生探偵を称えた。
「どうしてなのかな」
都は一転して寂しげな顔で言った。
「お金目的でこんな事をしたわけじゃないよね。あなたは自分がさやかさんって女の子を殺した犯人みたいに言っているけど…さやかさんは…」
「僕の娘だ…」
岩沼は今まで秘めていた想いを吐き出すように言った。それに全て合点がいった三枝典子が息を上げて口を押え、目を震わせた。その視線の先で岩沼は消え入るような声で話を続ける。
「血はつながっていなかったが…それでも僕にとっては実の娘には変わらなかった。だがあいつらはそんなさやかを虫けらのように殺した! だから僕は罰を与えたんだ」
穏やかな空気が一変した。凄まじい憎しみが岩沼から沸き起こり、その目がカッと見開かれた。悲しい動機の告白が始まった。

10

「医師になりたてのころ、うちの病院で絶対的な権力を持っていた大学教授が僕に命令してきた。今度結婚する愛人の前の父親の子供の里親になれというものだった。イエスと言えば相応の地位につけてやるノーと言えば医者でいられなくしてやる…そう言われた」
岩沼は話し出した。

 その日JR駅前のペデストリアンデッキでその事待ち合わせをしていた岩沼はどんな子供がやって来るのかと思って待っていた。冬の空気が寒くクリスマスソングが流れている。世間はクリスマスなのにその子は親に今日捨てられるという悲しい日を迎えているわけだ。
 だがその時彼の目の前にやってきた10歳の少女はロングパンツにセーターを着こんでかわいいリュックを背負って
「こんにちは! あなたが岩沼さんですか」
「あ、ああ…」
「さやかです。よろしくお願いします」黒髪ショートの少女は笑顔でぴょこんとお辞儀をした。
「あ、ああ…こちらこそふつつかな父親だけどよろしく…」
すると近くを歩いていたおばさんが「パパ活かしらヒソヒソ」と話しているのを見て岩沼は
「ちげーよ、俺は本当のパパになるの!」
目の前ではくすくす笑っているさやか。

「全く、いきなり25歳の独身の俺が一人の女の子の里親になるんだもんな。面喰っちまったよ。あの子は本当に明るい子でな、散らかり放題の俺の部屋を勝手に掃除するわ勝手にご飯を作るわ…そんな事をしなくてもいいって言っても『娘だから』って言って、休日は一緒に博物館に一緒に行って…俺はほとんど天涯孤独だから家族が出来て嬉しかった。でもある日…」

「パパ…おかえり」
笑顔で出迎えたさやかに岩沼は小さく俯き…。
「さやか…実は偶然お前のGoogleの検索履歴見てしまったんだ…」
さやかの顔が青ざめる。
「闇サイトで小学生のパパ活で愛される方法ってのにアクセスしていたよな。食事を作ってあげたり美術館に一緒に行こうって言ったり…それもこのサイトのマニュアル通りだった…このサイトにはロリコンの父親が求めてきたときの対処法まで書いてあった」
さやかは恐怖にガタガタ震え、びくびくとさせながら謝った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…裏切ってしまって…」
「謝らなくてもいいんだ! むしろ謝るのは俺の方だ」
さやかを岩沼は抱きしめた。
「考えてみればそうだよな。子供が親に捨てられて新しい親を信じられるわけない。当たり前なんだよ…でも俺に対してはそんなことはしなくていい。お前は俺の子。何も心配しなくていいんだ!」
さやかは最初抱きしめられて呆気にとられたようだが、やがて岩沼の肩に顔をうずめて号泣した。
「怖かっただろう…もう大丈夫だ…もう」

「あの日から、あの子は本当の笑顔を見せてくれるようになった」
都の前で岩沼は言った。
「小学校の運動会では男の子を追いかけまわして騎馬戦で片っ端から帽子を奪っていたな。中学校では吹奏楽部だった…。あの子は高校では軽音部に入りたい…あの子はそう言っていた…。だが彼女がギターを買うために始めたアルバイトで…あいつらに…あの悪魔みたいな3人に出会ってしまったんだよ…」
岩沼のふっと思い出すような口調が一転、憎しみにドロドロになったものに変わった。結城は彼の告白の行き着く先がわかって体を震わせる。
「元山が社長を務めるスーパーの店舗でバイトしていたあの子は、元山社長と幹部社員に犯されたんだ…。あの子が突然学校に来なくなり家にも帰らず、携帯電話のメールには悪い仲間と出会って楽しくやっている…そう書いてあった…。愚かな親だろう。僕は娘を信じてやれずグレたと思って必死に夜の街を探し回った。元山は里子や孤児院出身の若者ばかり雇う優良企業という事で厚労省から表彰もされていたが、実際は親が助けてくれないことを良いことに彼らを奴隷にしていたんだ。実際はあの子はスーパーで18時間働かされ、さらに社長や幹部連中に性奴隷にされていた…。そしてあの時僕の病院に通報があって、全裸で用水路に溺死しているあの子の検視を僕はする羽目になったんだ」

あの時の河川敷。
「さやか、もう大丈夫だぞ…冷たくないからな…風邪ひかないように服を着せて家のストーブで温まろう…」
用水路の路地でよどんな目をぽっかり開けたままのさやかを必死でふいてあげながら、岩沼は譫言の様に言ったが、さやかは冷たいままだった。
「さやか…さやかぁあああああああああああああ」

「怖かったに違いないんだ。10歳のあの時僕の前で涙を見せてくれたあの子が、虐待を受けるのがどんなに怖かったか。あの子は僕に何度も助けを求めたに違いないんだ。でも僕は助けてあげられなかった」
岩沼の告白に千尋の目から涙が流れた。結城はため息をつき、長川も悲し気に岩沼を見る。都は岩沼の悲しみを受け止める様に彼の真ん前に立った。
「警察は全裸で性的暴行の跡があったにもかかわらず、彼女が里子という理由で不良と戯れるなど荒れた挙句精神崩壊を起こして自ら川に全裸で飛び込んだと判断した。僕が抗議すると刑事は『お前は所詮里親だろ』と怒鳴ってきた。唯一の手掛かりはさやかが握っていた元山が経営していたスーパーのレシート…。僕は元山が今後県議になるというので奴が募集していた専属医に応募したよ。僕はさやかの検視カルテを持ち出し、あの男に高額で雇ってくれれば全て黙っていてやるとカマをかけた…。勿論苗字は違うから里親だとバレることはなかった。するとあいつはこう言ってきやがった―――」

選挙事務所応接室でへらへら笑いながら元山は言った。
「あれは私がやったんじゃないんです。双子の愛人が私にこびへつらいエッチを求めるあの高校生に嫉妬して…あの子を風呂に沈めて苦しめている時殺してしまったんです。でも先生も悪い人だなぁ。カルテを持ち出すなんて…。しかも検視ミス…。これがバレたら先生も終わりじゃないですか」
能面のような表情でそれを聞いていた岩沼は笑顔で返した。
「だから同じ穴の狢になろうって言っているんです。僕が欲しいのは健康で文化的な最低限度の生活と余暇…病院勤務は体力的につらすぎるんですよ」

「僕はあの子が死んでから今まで寝るときも仕事している時も休んでいる時も24時間永遠にあの子の地獄の苦しみばかり頭の中でフラッシュバックして、まるで地獄の業火に行きながら焼かれているようだった。あれだけ大人に苦しめられ怖がりで寂しがり屋の彼女がどんな思いで悪魔に囲い込まれて生き残ろうと頑張っていたのか…死ぬときにどんなに怖くて苦しかったのか頭の中で勝手に想像される地獄の業火…だが島君」
この時岩沼は血走った目で都を見上げて笑った。
「あいつらのあの言葉を聞いたとき…その地獄の業火がすっと消えたんだよ。あいつらの復讐を誓い、考えている時だけ…地獄の業火がふっと消えるんだ…。僕はそれに麻薬のようにおぼれた。性暴力で殺された何の罪もない女の子の死を権力の為に偽造した医者…。そんな最低な医者を演じながら僕は元山議員の専属医になったよ。最初の仕事はさやかをレイプした幹部社員の一人でありながら、借金まみれになって元山議員をゆすろうとした奴への折檻だった。あいつをぼこぼこになるまで議員の自宅でリンチして…その時心の中でなんであの子を、あんな優しいさやかを殺したんだって聞きながら、積極的にリンチしてみせて、そいつが死んだ時、僕はあの悪魔どもと一緒に笑っていた。そうあの時から僕は人間じゃなく悪魔になったんだ。そしてリンチで殺した人間の死亡診断書に嘘を書く…。この事件で元山は僕のことを信じてくれるようになった。いや、利用できると考えたんだろう…そして僕は奴から三竹優子の殺害計画を考える様に言われた。僕は千載一遇のチャンスだと思ったよ。あいつらを皆殺しにして…警察も救う対象から外したさやかと同じ若者を救うための…。後は君の言う通りだ…」
岩沼はふうと息を吐いた。
「これで、業火の苦しみからは永久に解放されるはずだった…。でもその苦しみは今もっと強くなって僕を苦しめている。例え完全犯罪を成し遂げたとしても…もう僕はダメだっただろう…本当はこんなことわからないはずはないのだが…でもそれでもあいつらが笑ってさやかがされた虐待を繰り返しているなんて…僕は…僕は、あああああ」
彼の目から熱い涙が流れ出し、頭を押さえて震えていた。その様子に三枝は口を両手で押さえて涙を流していた。やがてフラフラと前に歩き出し、長川の前に両手首を差し出した。長川が自分に手錠をかけるのを確認してから、岩沼は都を振り返った。
「島君…僕からも君に一つ推理をしていいか…君は本当はさやかなんだろう?」
都は一瞬呆気にとられた顔をした。岩沼は笑顔で
「おかしなことを言っているのは分かっているんだ。でも出来過ぎだろう。さやかそっくりな女の子がよりにもよって僕の犯行を暴くなんて…人を殺しておきながら罪から逃れる僕を諫める為に来てくれた…違うか…」
「違うよ」
都は笑顔で言った。
「もし私がさやかさんだったら、あなたに絶対人殺しなんてさせない…。ごめんね、止めてあげられなくて」
その笑顔は悲し気だった。岩沼は「そうか」とだけ言った。
 それから間もなく外で待機していた長川警部に、岩沼は自首した。

 数週間後、島都は水戸拘置所にいた。面会室の扉が開けられる音がしてアクリル板の向こうにワイシャツ姿の岩沼達樹がやつれた表情で看守に付き添われてやってきた。
「島君」
「こんにちは!」
都が笑顔で返事をした。
「長川警部からあまりご飯を食べていないって聞いていて、心配になって来ちゃったよ。弁護士さんにも死刑になってもいいって言っているみたいだし。まだ岩沼さん、地獄の業火に焼かれているの?」
岩沼は頷いた。都は「そっか」と朗らかに言ってから、
「今日はさやかちゃんと一緒に働かされている人が岩沼さんの裁判で証言してくれることになって、弁護士さんからそれを伝えるように頼まれたんだよ。その人はさやかさんが凄く勇気のある女の子だったって教えてくれたんだよ」
都がにっこり笑うと岩沼の顔に生気が宿った。
「さやかは…」
「さやかちゃんはね、自分を助けてくれるようにこっそりお客さんにメモを渡していたみたい。それを見た主婦の人が警察に通報してくれたみたいなんだよ。でも警察は労働基準監督署に通報しただけで労基の人は元山社長に話を聞くって言う中途半端な事をしたせいで、閉じ込められていた人たちはみんなでリンチされそうになってた。さやかちゃんは他のみんなを守るために自分から名乗り出て、三竹姉妹や社長や幹部の人に連れていかれたみたい…さやかちゃん…すごい勇気がある子だよね。それに優しい子…」
「さ、さやか…」
岩沼の目が驚愕に震えている。
「さやかちゃん、証言してくれる子に言っていたみたいだよ。『私のお父さんは凄く優しくて私のことを絶対に見捨てはしない。そんなお父さんみたいな大人もいるから大丈夫だ』って…さやかちゃんは岩沼先生に会ったときみたいに大人に怯えて必死で相手の気持ちをうかがっていただけじゃない。岩沼さんを信じて希望を持っていたんだよ…。岩沼さん…さやかちゃんは惨い死に方をしてしまったけれど、岩沼さんはさやかちゃんにとって大切なヒーローだった」
都が笑顔で語り掛ける間、アクリル板の向こうで岩沼の目から熱い涙が零れ落ちた。
「だからきっと復讐だけで全てを終わらせるんじゃなくて、ちゃんと生きて罪を償ってその優しさを自分以外の誰かを助けるのに使ってほしいと願っているんじゃないかな」
「ずるいな。島君は」
岩沼は涙をボロボロ流しながら言った。
「君みたいなさやかにそっくりな女の子に言われると説得力があるじゃないか」
岩沼は両手で顔を覆って泣き出した。この時彼の体から復讐という悪魔が抜けていくのを都は感じていた。

「これで岩沼さんも大丈夫ですよね。」
秋菜は帰り道に都の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ秋菜ちゃん、岩沼さんはちゃんと生きて罪を償ってくれる。あの人はさやかちゃんの最後の願いを裏切ったりはしない」
都がそう言ったまさにその時も、岩沼は拘置室で子供のように泣き続けた。
「でもなんで、お前、あの岩沼の本当の姿に気が付いたんだ?」
結城が聞くと、都はにっこり笑って
「岩沼さんが千尋ちゃんに言った、あの言葉だよ」

―「へっ、仮に焼死体が真犯人じゃなかったとして、僕を襲った男が何故この中にいるって話になる。僕を襲った事件以外じゃね、ここにいる全員、従業員や大学生諸君含め、全員に何かしらのアリバイがあるんだよ」

「あの言葉、変だと思ったんだよ。あの時能面は結城君の傍で岩沼さんを襲っていたんだよね。もし岩沼さんがこの人を男だと断定出来たのなら、当然結城君や瑠奈ちんだって気が付いていたはずだよ。その時思ったんだよ。岩沼さんはこの時『真犯人である自分を襲う動機があるのは三枝さんしかいない』って。だから大切なさやかさんの親友を犯罪者にしないために、さりげなく三枝さんのアリバイを主張した。だってもし岩沼さんが自己中だったら、自分には犯人に襲われたって鉄壁のアリバイがあるわけだし、誰かを庇う必要なんてないんだよ」
にっこり笑う都に結城はため息をついた。
「なるほど、お前らしい着眼点だ」
バス停までの道は久々にポカポカ温かかった。

おわり