少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

能面高原殺人事件(解決編)9-10 最後


9

【容疑者】
・元山孝信(54):議員。小売店社長。
・三竹優子(27):元山の愛人。
・岩沼達樹(39):議員専属医。
・青山はすき:女子大生
・江崎レオ(21):大学生
・槇原玲愛(20):女子大生
・川又彰吾(58):ロッジオーナー
・三枝典子(18):ロッジ従業員。
・昌谷正和(59):不動産業者

「お前…」
15歳の小柄な女子高生に名指しされた黒い犯人「能面」は声を震わせた。直後に大勢の人間がバタバタとやってくる。結城竜、高野瑠奈、薮原千尋、北谷勝馬…そしてロッジ従業員の三枝典子。都はスーパーの奥に建てられた大勢の人を拉致したプレハブ平屋で振り返って、自分が指摘した殺人犯を見た。殺人犯が呆気に取られていた時、プレハブの無造作に置かれていたロッカーの陰から出てきた長川警部が、犯人が手にしていたナイフを掴み上げる。
「お前…このナイフで今度は誰を殺そうとしていたんだ」
長川がナイフを持つ手をひねり上げて床に落としたそれを足で滑らせて遠くに流す。
「警部…この人は誰かを殺そうとしてナイフを持っていたんじゃない。ここで殺された3人に監禁されていた罪のない人を解放する最後の仕事を終えたあなたは、ここで自ら命を絶つことで殺人劇を終わらせようとしたんだよ」
「そ、それじゃぁ」
秋菜が声を震わせる。長川もその人物を見つめた。
「うん、あのロッジで3人の人間を殺害し、死んださやかさんの復讐を果たそうとしていた犯人は」
都は真っ直ぐにその人物を見据えた。
「岩沼達樹さん、あなたです!」
岩沼は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに残虐な人を馬鹿にするような笑いを浮かべて都を見た。
「それなら是非聞かせてくれよ。あの事件の犯人が倉庫で焼死していた死体ではなく僕だと、どうしてそう言うことになるんだ。僕は犯人に襲われたんだぞ…この傷を見てくれたまえ」
岩沼は傷口を都に翳して見せた。
「どう見ても誰かとグルでわざと襲われた傷ではないぞ。だから俺は今護身用に刃物を持っていたんだ。それに僕と誰かが共謀していたとしても、ロッジにいた全ての人間には最低1つのアリバイがある。そして僕には全ての事件で完璧なアリバイがあるんだ。どう噛み合わせても僕が誰かと共謀していたなんてあり得ないだろ」
岩沼の言葉遣いは冷徹であったが目は都を見据えていた。この人物の視線など気にもしないように女子高生探偵はぽわぽわした空気を崩さず、にっこり頷いて話をつづけた。
「簡単な事だよ。3つの殺人を引き起こした犯人とあなたを襲った能面は別の人物なんだよ。多分その人はあなたが第三の事件で時限発火装置でも仕掛けているのを目撃し、あなたが殺人犯だと考えた。そのうえで自分には前の事件でアリバイがある事を利用して、前々から復讐したいと思っていた貴方を最後の犠牲者として殺害しようと思った…もうそう告白してくれているよ。そうだよね…三枝典子さん…」
都は三枝を見つめた。三枝は都を見つめ返さず、声を震わせた。
「岩沼さん? 本当なの? さやかの為に本当に?」
岩沼は一瞬危急的な顔で三枝を見た。だが、彼は都を見ながら小馬鹿にしたような笑いをかなり無理やり上げていた。
「自供? お前らがあいつを誘導尋問で追い詰めただけだろうが。いいかい、第一の事件と第二の事件で僕には完ぺきなアリバイがあるんでちゅよー。第一、第二の事件が僕が犯人で、第三の事件だけあの女が犯人だって言うのなら、僕にアリバイがあるのはオカシイでちゅねー」
甚振るような声を出す岩沼。だがその表情には焦りが見えていた。都だけじゃなく探検部のメンバーにも、この岩沼が必死で三枝典子を庇おうとしているのが見て取れた。都は一向に気にせずに話を続ける。
「第一の事件の密室アリバイトリック…あのトリックは犯人が能面を付けて三竹さんを離れの中で殺害。この時間多くの容疑者にはアリバイがあった…。でも実際は逢引の瞬間を目撃されないように犯人が三竹さん自身に離れに行くように命令し、倉庫の中で裸になってベッドで待っていた三竹さんはストーブの鉄格子に結ばれていた釣り糸で天井の梁に支えられていた日本刀で刺殺された。彼女がストーブを付けると自動的に釣り糸が熱で焼き切られて日本刀が落下するっていうトリックだったよね」
岩沼は無言だった。少女探偵は話を続ける。
「犯人は殺人トリックを完成させた後で三竹さんが殺されてから死亡推定時刻のアリバイが出来るのを待って、日本刀から釣り糸を回収してトリックの証拠がバレないようにしようとした…そしたら、私たちが予想より早く三竹さんの死体を見つけちゃってアリバイトリックが見破られた…なーーーーーんて、そのように見せかけるのがこの殺人トリックの真の目的だったんだよ」
都は犯人を見上げた。
「私が変だなって思ったのは離れの部屋のつらら…。つららは建物で暖房が付いていてその熱で氷が解けて発生するものだよね。つららの長さは私たちの部屋の前のつららの成長から考えて大体1時間に3か5㎝成長するんだよ。でも三竹さんの殺されていた離れではつららの長さは一番長いもので40㎝くらいの長さがあったんだよ。40㎝の長さだとすれば少なくとも離れの小屋には10時間くらいの間、暖房が付いていたことになるよね」
岩沼の目が不気味に光る。
「私の考えではこの10時間以上の間犯人は一度もこの殺人現場には足を踏み入れていない…そして元山さん三竹さんがこの島に来たのは今日の午後3時くらいかな。殺人事件発生が分かったのは午後9時だから、一番先に来た容疑者どころか被害者が来る前からこの遠隔殺人トリックは完成した事になるんだよ」
「ちょっと待ってくれ」
結城が都に手をかざした。
「三竹優子は6時までは生きていただろう。俺たちがあのロッジで生きている彼女を目撃している。もし彼女が10時間前に殺されていたって言うのなら、俺たちは生きている彼女を目撃できないはずだ」
「あれが幽霊だったって事っすか」
勝馬は声を震わせた。
「ううん」都は首を振った。
「私たちが見た三竹さんは6時までは生きていた。そして瑠奈ちんと秋菜ちゃんが能面を付けた人が離れに向かっているのを目撃したのが8時頃。この時能面は離れには入らずにそのまま本館に戻ったんだよ。そしてその直後に三竹さんの遺体が見つかった…。この事実から考えられる結論は一つしかないよね。三竹さんは双子の姉妹だったんだよ」
都は真っ直ぐ岩沼を見た。岩沼は核心をつかれたのか表情が顔面蒼白になった。
「岩沼さんは10時間前にこの島にあらかじめ来ておいて三竹さんの本物を殺害。そのあと三竹さんの偽物が元山さんとこの島に来る。三竹さんの双子は三竹さんが6時まで生きているように見せかけて、さらに8時ごろに能面の格好をして瑠奈ちんたちに目撃させた。そうやって真犯人は三竹さんが生きていたと思われる6時から死体が見つかる8時までみんなと一緒にいることで完璧なアリバイを手に入れたんだよ」
じっと都は犯罪者を見つめた。
「そしてあなたは被害者の死亡推定時刻を7時くらいだと嘘をついて、アリバイトリックの辻褄を合わせた。私たちに絶対に死体を触らせなかったのもその為だよね。死体の硬直とか調べられたらガチガチに硬直していることがわかっちゃうから。無線機を壊したのも警察が検視に来るまで時間を作って、死亡推定時刻をごまかすため。死亡推定時刻は時間がたてばたつほど正確な死亡時間がわからなくなるから。特にあんな寒い場所だとね。そうだよね、岩沼達樹さん!」
都が真っ直ぐ真犯人岩沼達樹を見上げる。あの下劣なハンサム医師は驚愕の表情で都を見下ろしている。長川は都に話しかけた。
「確かに三竹優子には三竹優愛という双子の妹がいた。だがだとしたら双子の妹は随分危険なトリックに付き合ったことになるな。だって優愛自身アリバイは確保されないことになるじゃないか。殺人事件が起こっている最中、いやロッジからお前らが帰るまでの丸々2日間所在不明の双子の妹と聞けば、誰だって妹が怪しいと考えるだろ。三竹の妹がそれがわからないほどの馬鹿とはとても思えないが」
警部の質問に都は首を振った。
「ううん…このトリックは三竹さんの妹にとっては必要なトリックだったんだよ。だって、岩沼さんは殺人を実際に実行した犯人。もし岩沼さんが逮捕されれば共犯の自分も殺人で逮捕されちゃうよね。だから優愛さんにとって岩沼さんのアリバイは作ってあげなければいけなかったんだよ。それに優愛さんは岩沼さんが三竹優子さんを殺す動機は遺産相続だと思っていた。岩沼さんが遺産を手に入れるためには自分という存在が必要になって来るから殺さないって…そう思っていたんだよ」
「だが、元山先生と結婚する事になっていたのは姉の方だ。姉が死んだところで妹が元山の遺産を相続できるわけがないだろう」
結城が声を上げる。
「岩沼さん」
都は言った。
「妹さんが一見自分にとってメリットがないアリバイ工作に付き合った一番の理由。それはこのトリックがアリバイトリックじゃないから…そう、このトリックは、三竹さんの妹が姉に成り代わるトリックだったんだよ」
都は言った。岩沼の目が驚愕で見開かれる。
「元山議員は姉ではなくて妹の方を愛していた。でも議員の立場上結婚相手を乗り換えるなんて事したらイメージが悪くなるよね。だから妹を姉のふりをさせて本物の姉を殺す計画を立てていたんだよ。岩沼さん、あなたはその計画を元山議員と三竹妹さんから打ち明けられて協力させられたんだよ。この島であらかじめお姉さんの方を殺しておいて偽の密室トリックを完成させたのも元山議員の指示だよね。本当のアリバイトリックを見破られない為のダミーのアリバイトリックを用意した…このダミーのアリバイトリックには本物のアリバイトリックをただごまかすだけじゃなく、もう一つ大きな意味があったんだよ」
「もう一つ大きな意味?」
瑠奈が声を上げた。都は瑠奈を見て、指を突き出した。
「私が今言ったトリックの一番のリスクって何だと思う?」
「どこかに隠れている三竹妹が見つかる事か」
代わりに答えた結城に都は「ピンポーン」と声を上げた。
「そうもし死んだはずの三竹優子さんと同じ顔を持つ別の人間が見つかれば、トリックも共犯者も一発でわかっちゃう。だから犯人は私たちに『犯人は内部の人間、私たちの中の誰か』だと思わせようとしたんだよ。私たちがロッジ中を探し回ってどこかに犯人が潜んでいないか探させないために!」
都は言った。岩沼は生気のない顔を都に向けた。もはやそこに好色で自己中心的な俗物の姿はなかった。そこにいたのは聡明な殺人者。彼は都が全てを暴いていると覚悟し、彼女に引導を渡されることを覚悟していた。
「でも第二の事件で元山さんは殺された事件。この医者にはアリバイがあったじゃないですか」
三枝典子が悲鳴に近い声を上げた。
「この第二の事件のアリバイトリック…これは犯人が仕掛けたトリックだと考えると解けない…これは被害者の元山が仕掛けたトリック。岩沼さんにとって想定外のラッキーだったんだよ」都は言った。
「ど、どういう事だ」
結城が声を上げる。都は話を続けた。
「元山さんは計画に加担させた岩沼さんを口封じにしようと考えていた。彼は内線電話で私たちに話しかけてきた。でもこの時彼は内線電話の子機を使って電話をかけながら部屋を出て歩いて10分かかる東棟にやってきたんだよ。子機で電話したのはずっと部屋にいたように見せかけるため。私たちに2分経ったら電話すると言って1回電話を切って、岩沼さんの部屋に来て眠っている岩沼さんを殺そうとしたんだろうけど、元山議員は自分を殺しに来る事を予測していた岩沼さんに殺された。この時岩沼さんは元山議員が持っていた電話の子機を見て、彼が仕掛けたアリバイトリックに気が付いたんだよ。そして鍵と子機を奪って大急ぎで本館に戻って、子機を元山議員の部屋に戻しておいた。そして私たちと合流して10分分のアリバイを確保したんだよ。本館と東館の間は坂道になっていて、東館にあったソリを使えば帰り道は5分くらいで帰れるしね。元山議員が結城君にかけた電話で背後にクラシックが流れていたのは、電話しながら外に出た時吹雪の音を消すため。彼はクラシックを大音量で再生する携帯ラジオを体につけて、吹雪の中を結城君と電話しながら岩沼さんを殺しに行った。千尋ちゃんと勝馬君が聞いた唸るような吹雪の声はクラシックの音だったんだよ。トリック自体はコナン君や金田一君でも見たような単純なものだけど、まさか被害者が仕掛けたとは思わない。だから私たちは元山議員が電話を切った10分前まで本館にいてそのあと東館に移動して殺害されたと思ったから、元山議員が東館に行く時間と犯人が本館に戻る時間、往復15分は必要なのに、8分後に私たちの前に現れたあなたには完璧なアリバイが成立したんだよ」
都は犯人をじっと見つめた。岩沼は目をじっと閉じて都の推理を聞いている。うすら笑いを浮かべた野心家の顔はもはやそこにはない。都はそんな岩沼の横に立って推理を続けた。
「第三の事件で倉庫で焼け死んでいた焼死体は、三竹さんの妹さんの方だよね。納屋に火をつけたのは朝になってからだろうけど、彼女を殺したのは昨日の早い時間だったはずだよ。多分元山議員が殺される前。もし三竹優愛さんがこの島にいることが分かったら全てのトリックは台無しだから…」
「し、証拠はあるんですか?」
三枝が信じられないというように混乱した声で都に聞いた。
「勿論優愛さんもこのスキーロッジに何回か来ているからロッジにあるものに指紋が出てきてもおかしくはない。でも」
都は岩沼を見上げた。
勝馬君が元山議員の頭からニット帽を取り上げた時、三竹さんは勝馬君をゴリラ呼ばわりしてニット帽をごしごし洗うって言ってた。ごしごし洗われたとしたらあの帽子に勝馬君の指紋はついていない。そしていくら双子の姉妹だとしてもこの島に来ていない妹の優愛さんの指紋が付いているなんてはずはないんだよ。もしあの帽子から優愛さんの指紋だけが出るようなことがあれば…立派な物的証拠になるんだよ」
都の止めの宣告に一同は岩沼を見た。
「帽子の鑑定は間もなく終わるだろう」
長川警部は岩沼医師の横に立った。岩沼は抑揚のない声で聞いた。
「都君…何がいけなかった…僕のトリックの何がいけなかったんだい…」
岩沼の敗北宣言は消え入るようなものだった。そして穏やかに都を見ながらため息交じりに苦笑し女子高生探偵を敬意を湛えるような視線で見た。「やはり氷柱かな」
都は首を振った。
「それは朝私の部屋の氷柱を見て初めて気が付きました。あなたが犯人だと気が付いたのは、元山議員の部屋の窓がなぜか開いていた事です。窓から出ていくにしても普通は閉めていきますよね。あれ、開けていたのは窓際の親機から手に持っている子機まで電波障害をなくすためです。東館は元山議員の部屋から真っ直ぐ見えていましたし、千尋ちゃんに聞いたら、障害物がなければ業務用なら500メートルまで通話できるものがあるみたいなんですよ」
都はにっこり笑った。
「なるほど…」
「第二の事件のトリックが読めれば必然とアリバイがある人が怪しくなります。あの時もう一人私たちの前にあなたと現れた三枝さんは私が電話中に一回現れました。犯行は不可能です…となると残りは?」
「完敗だな」
都の得意げな笑顔に岩沼は穏やかに苦笑し女子高生探偵を称えた。
「どうしてなのかな」
都は一転して寂しげな顔で言った。
「お金目的でこんな事をしたわけじゃないよね。あなたは自分がさやかさんって女の子を殺した犯人みたいに言っているけど…さやかさんは…」
「僕の娘だ…」
岩沼は今まで秘めていた想いを吐き出すように言った。それに全て合点がいった三枝典子が息を上げて口を押え、目を震わせた。その視線の先で岩沼は消え入るような声で話を続ける。
「血はつながっていなかったが…それでも僕にとっては実の娘には変わらなかった。だがあいつらはそんなさやかを虫けらのように殺した! だから僕は罰を与えたんだ」
穏やかな空気が一変した。凄まじい憎しみが岩沼から沸き起こり、その目がカッと見開かれた。悲しい動機の告白が始まった。

10

「医師になりたてのころ、うちの病院で絶対的な権力を持っていた大学教授が僕に命令してきた。今度結婚する愛人の前の父親の子供の里親になれというものだった。イエスと言えば相応の地位につけてやるノーと言えば医者でいられなくしてやる…そう言われた」
岩沼は話し出した。

 その日JR駅前のペデストリアンデッキでその事待ち合わせをしていた岩沼はどんな子供がやって来るのかと思って待っていた。冬の空気が寒くクリスマスソングが流れている。世間はクリスマスなのにその子は親に今日捨てられるという悲しい日を迎えているわけだ。
 だがその時彼の目の前にやってきた10歳の少女はロングパンツにセーターを着こんでかわいいリュックを背負って
「こんにちは! あなたが岩沼さんですか」
「あ、ああ…」
「さやかです。よろしくお願いします」黒髪ショートの少女は笑顔でぴょこんとお辞儀をした。
「あ、ああ…こちらこそふつつかな父親だけどよろしく…」
すると近くを歩いていたおばさんが「パパ活かしらヒソヒソ」と話しているのを見て岩沼は
「ちげーよ、俺は本当のパパになるの!」
目の前ではくすくす笑っているさやか。

「全く、いきなり25歳の独身の俺が一人の女の子の里親になるんだもんな。面喰っちまったよ。あの子は本当に明るい子でな、散らかり放題の俺の部屋を勝手に掃除するわ勝手にご飯を作るわ…そんな事をしなくてもいいって言っても『娘だから』って言って、休日は一緒に博物館に一緒に行って…俺はほとんど天涯孤独だから家族が出来て嬉しかった。でもある日…」

「パパ…おかえり」
笑顔で出迎えたさやかに岩沼は小さく俯き…。
「さやか…実は偶然お前のGoogleの検索履歴見てしまったんだ…」
さやかの顔が青ざめる。
「闇サイトで小学生のパパ活で愛される方法ってのにアクセスしていたよな。食事を作ってあげたり美術館に一緒に行こうって言ったり…それもこのサイトのマニュアル通りだった…このサイトにはロリコンの父親が求めてきたときの対処法まで書いてあった」
さやかは恐怖にガタガタ震え、びくびくとさせながら謝った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…裏切ってしまって…」
「謝らなくてもいいんだ! むしろ謝るのは俺の方だ」
さやかを岩沼は抱きしめた。
「考えてみればそうだよな。子供が親に捨てられて新しい親を信じられるわけない。当たり前なんだよ…でも俺に対してはそんなことはしなくていい。お前は俺の子。何も心配しなくていいんだ!」
さやかは最初抱きしめられて呆気にとられたようだが、やがて岩沼の肩に顔をうずめて号泣した。
「怖かっただろう…もう大丈夫だ…もう」

「あの日から、あの子は本当の笑顔を見せてくれるようになった」
都の前で岩沼は言った。
「小学校の運動会では男の子を追いかけまわして騎馬戦で片っ端から帽子を奪っていたな。中学校では吹奏楽部だった…。あの子は高校では軽音部に入りたい…あの子はそう言っていた…。だが彼女がギターを買うために始めたアルバイトで…あいつらに…あの悪魔みたいな3人に出会ってしまったんだよ…」
岩沼のふっと思い出すような口調が一転、憎しみにドロドロになったものに変わった。結城は彼の告白の行き着く先がわかって体を震わせる。
「元山が社長を務めるスーパーの店舗でバイトしていたあの子は、元山社長と幹部社員に犯されたんだ…。あの子が突然学校に来なくなり家にも帰らず、携帯電話のメールには悪い仲間と出会って楽しくやっている…そう書いてあった…。愚かな親だろう。僕は娘を信じてやれずグレたと思って必死に夜の街を探し回った。元山は里子や孤児院出身の若者ばかり雇う優良企業という事で厚労省から表彰もされていたが、実際は親が助けてくれないことを良いことに彼らを奴隷にしていたんだ。実際はあの子はスーパーで18時間働かされ、さらに社長や幹部連中に性奴隷にされていた…。そしてあの時僕の病院に通報があって、全裸で用水路に溺死しているあの子の検視を僕はする羽目になったんだ」

あの時の河川敷。
「さやか、もう大丈夫だぞ…冷たくないからな…風邪ひかないように服を着せて家のストーブで温まろう…」
用水路の路地でよどんな目をぽっかり開けたままのさやかを必死でふいてあげながら、岩沼は譫言の様に言ったが、さやかは冷たいままだった。
「さやか…さやかぁあああああああああああああ」

「怖かったに違いないんだ。10歳のあの時僕の前で涙を見せてくれたあの子が、虐待を受けるのがどんなに怖かったか。あの子は僕に何度も助けを求めたに違いないんだ。でも僕は助けてあげられなかった」
岩沼の告白に千尋の目から涙が流れた。結城はため息をつき、長川も悲し気に岩沼を見る。都は岩沼の悲しみを受け止める様に彼の真ん前に立った。
「警察は全裸で性的暴行の跡があったにもかかわらず、彼女が里子という理由で不良と戯れるなど荒れた挙句精神崩壊を起こして自ら川に全裸で飛び込んだと判断した。僕が抗議すると刑事は『お前は所詮里親だろ』と怒鳴ってきた。唯一の手掛かりはさやかが握っていた元山が経営していたスーパーのレシート…。僕は元山が今後県議になるというので奴が募集していた専属医に応募したよ。僕はさやかの検視カルテを持ち出し、あの男に高額で雇ってくれれば全て黙っていてやるとカマをかけた…。勿論苗字は違うから里親だとバレることはなかった。するとあいつはこう言ってきやがった―――」

選挙事務所応接室でへらへら笑いながら元山は言った。
「あれは私がやったんじゃないんです。双子の愛人が私にこびへつらいエッチを求めるあの高校生に嫉妬して…あの子を風呂に沈めて苦しめている時殺してしまったんです。でも先生も悪い人だなぁ。カルテを持ち出すなんて…。しかも検視ミス…。これがバレたら先生も終わりじゃないですか」
能面のような表情でそれを聞いていた岩沼は笑顔で返した。
「だから同じ穴の狢になろうって言っているんです。僕が欲しいのは健康で文化的な最低限度の生活と余暇…病院勤務は体力的につらすぎるんですよ」

「僕はあの子が死んでから今まで寝るときも仕事している時も休んでいる時も24時間永遠にあの子の地獄の苦しみばかり頭の中でフラッシュバックして、まるで地獄の業火に行きながら焼かれているようだった。あれだけ大人に苦しめられ怖がりで寂しがり屋の彼女がどんな思いで悪魔に囲い込まれて生き残ろうと頑張っていたのか…死ぬときにどんなに怖くて苦しかったのか頭の中で勝手に想像される地獄の業火…だが島君」
この時岩沼は血走った目で都を見上げて笑った。
「あいつらのあの言葉を聞いたとき…その地獄の業火がすっと消えたんだよ。あいつらの復讐を誓い、考えている時だけ…地獄の業火がふっと消えるんだ…。僕はそれに麻薬のようにおぼれた。性暴力で殺された何の罪もない女の子の死を権力の為に偽造した医者…。そんな最低な医者を演じながら僕は元山議員の専属医になったよ。最初の仕事はさやかをレイプした幹部社員の一人でありながら、借金まみれになって元山議員をゆすろうとした奴への折檻だった。あいつをぼこぼこになるまで議員の自宅でリンチして…その時心の中でなんであの子を、あんな優しいさやかを殺したんだって聞きながら、積極的にリンチしてみせて、そいつが死んだ時、僕はあの悪魔どもと一緒に笑っていた。そうあの時から僕は人間じゃなく悪魔になったんだ。そしてリンチで殺した人間の死亡診断書に嘘を書く…。この事件で元山は僕のことを信じてくれるようになった。いや、利用できると考えたんだろう…そして僕は奴から三竹優子の殺害計画を考える様に言われた。僕は千載一遇のチャンスだと思ったよ。あいつらを皆殺しにして…警察も救う対象から外したさやかと同じ若者を救うための…。後は君の言う通りだ…」
岩沼はふうと息を吐いた。
「これで、業火の苦しみからは永久に解放されるはずだった…。でもその苦しみは今もっと強くなって僕を苦しめている。例え完全犯罪を成し遂げたとしても…もう僕はダメだっただろう…本当はこんなことわからないはずはないのだが…でもそれでもあいつらが笑ってさやかがされた虐待を繰り返しているなんて…僕は…僕は、あああああ」
彼の目から熱い涙が流れ出し、頭を押さえて震えていた。その様子に三枝は口を両手で押さえて涙を流していた。やがてフラフラと前に歩き出し、長川の前に両手首を差し出した。長川が自分に手錠をかけるのを確認してから、岩沼は都を振り返った。
「島君…僕からも君に一つ推理をしていいか…君は本当はさやかなんだろう?」
都は一瞬呆気にとられた顔をした。岩沼は笑顔で
「おかしなことを言っているのは分かっているんだ。でも出来過ぎだろう。さやかそっくりな女の子がよりにもよって僕の犯行を暴くなんて…人を殺しておきながら罪から逃れる僕を諫める為に来てくれた…違うか…」
「違うよ」
都は笑顔で言った。
「もし私がさやかさんだったら、あなたに絶対人殺しなんてさせない…。ごめんね、止めてあげられなくて」
その笑顔は悲し気だった。岩沼は「そうか」とだけ言った。
 それから間もなく外で待機していた長川警部に、岩沼は自首した。

 数週間後、島都は水戸拘置所にいた。面会室の扉が開けられる音がしてアクリル板の向こうにワイシャツ姿の岩沼達樹がやつれた表情で看守に付き添われてやってきた。
「島君」
「こんにちは!」
都が笑顔で返事をした。
「長川警部からあまりご飯を食べていないって聞いていて、心配になって来ちゃったよ。弁護士さんにも死刑になってもいいって言っているみたいだし。まだ岩沼さん、地獄の業火に焼かれているの?」
岩沼は頷いた。都は「そっか」と朗らかに言ってから、
「今日はさやかちゃんと一緒に働かされている人が岩沼さんの裁判で証言してくれることになって、弁護士さんからそれを伝えるように頼まれたんだよ。その人はさやかさんが凄く勇気のある女の子だったって教えてくれたんだよ」
都がにっこり笑うと岩沼の顔に生気が宿った。
「さやかは…」
「さやかちゃんはね、自分を助けてくれるようにこっそりお客さんにメモを渡していたみたい。それを見た主婦の人が警察に通報してくれたみたいなんだよ。でも警察は労働基準監督署に通報しただけで労基の人は元山社長に話を聞くって言う中途半端な事をしたせいで、閉じ込められていた人たちはみんなでリンチされそうになってた。さやかちゃんは他のみんなを守るために自分から名乗り出て、三竹姉妹や社長や幹部の人に連れていかれたみたい…さやかちゃん…すごい勇気がある子だよね。それに優しい子…」
「さ、さやか…」
岩沼の目が驚愕に震えている。
「さやかちゃん、証言してくれる子に言っていたみたいだよ。『私のお父さんは凄く優しくて私のことを絶対に見捨てはしない。そんなお父さんみたいな大人もいるから大丈夫だ』って…さやかちゃんは岩沼先生に会ったときみたいに大人に怯えて必死で相手の気持ちをうかがっていただけじゃない。岩沼さんを信じて希望を持っていたんだよ…。岩沼さん…さやかちゃんは惨い死に方をしてしまったけれど、岩沼さんはさやかちゃんにとって大切なヒーローだった」
都が笑顔で語り掛ける間、アクリル板の向こうで岩沼の目から熱い涙が零れ落ちた。
「だからきっと復讐だけで全てを終わらせるんじゃなくて、ちゃんと生きて罪を償ってその優しさを自分以外の誰かを助けるのに使ってほしいと願っているんじゃないかな」
「ずるいな。島君は」
岩沼は涙をボロボロ流しながら言った。
「君みたいなさやかにそっくりな女の子に言われると説得力があるじゃないか」
岩沼は両手で顔を覆って泣き出した。この時彼の体から復讐という悪魔が抜けていくのを都は感じていた。

「これで岩沼さんも大丈夫ですよね。」
秋菜は帰り道に都の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ秋菜ちゃん、岩沼さんはちゃんと生きて罪を償ってくれる。あの人はさやかちゃんの最後の願いを裏切ったりはしない」
都がそう言ったまさにその時も、岩沼は拘置室で子供のように泣き続けた。
「でもなんで、お前、あの岩沼の本当の姿に気が付いたんだ?」
結城が聞くと、都はにっこり笑って
「岩沼さんが千尋ちゃんに言った、あの言葉だよ」

―「へっ、仮に焼死体が真犯人じゃなかったとして、僕を襲った男が何故この中にいるって話になる。僕を襲った事件以外じゃね、ここにいる全員、従業員や大学生諸君含め、全員に何かしらのアリバイがあるんだよ」

「あの言葉、変だと思ったんだよ。あの時能面は結城君の傍で岩沼さんを襲っていたんだよね。もし岩沼さんがこの人を男だと断定出来たのなら、当然結城君や瑠奈ちんだって気が付いていたはずだよ。その時思ったんだよ。岩沼さんはこの時『真犯人である自分を襲う動機があるのは三枝さんしかいない』って。だから大切なさやかさんの親友を犯罪者にしないために、さりげなく三枝さんのアリバイを主張した。だってもし岩沼さんが自己中だったら、自分には犯人に襲われたって鉄壁のアリバイがあるわけだし、誰かを庇う必要なんてないんだよ」
にっこり笑う都に結城はため息をついた。
「なるほど、お前らしい着眼点だ」
バス停までの道は久々にポカポカ温かかった。

おわり