少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

孤島殺人1

少女探偵島都「孤島殺人」

1

「多摩明子君から聞いているよ」
茨城県常総高校の校長先生は、校長室で入学希望者の結城竜に聞いた。
「君は非常に優秀な成績で入学試験を受けた。さらに少年院での受刑態度も非常に立派だった。3年前の事件は社会に大きな衝撃を与えたが、同時に教師による性犯罪も暴かれ、正当防衛に近い君には全国から多くの除名嘆願が送られた。よって君が犯した罪について誰にも口外しないことを条件に入学を認める事としよう」
「ありがとうございます」
結城竜は頭を下げた。
 校長室を出てから結城はため息をついた。
「まさか本当に多摩先生の忖度が通じるとはねぇ。一体どんなからくりだったんだ」
一方校長室では校長先生が多摩明子という児童相談所職員からの「推薦」を見てため息をついた。
―校長先生❤ もし結城君の過去を理由に入学を拒否なんかしたら、過去に校長先生がやらかしたあんなことやこんな事全部ばらしちゃうからねん。
彼が教諭だった時代に女子高生だったあの小娘のにかッと笑ってVサインが思い出される。シロクマ先生の名前で著書まで出していたこいつにとって、暴かれてはならない秘密を。

 県立高校の入学式はいたって簡単である。
 まず指定された教室に行って担任の先生の自己紹介やって自分の自己紹介をする。結城は案の定一番窓際後方の席だったため、緊張して自己紹介している生徒たちの内容を見極めて、どれくらいが平均なのか考える事にした。そして導き出した結果が、
「結城竜です。中学時代は県北の学院に通っていました。趣味はあー、ちょっと考えつかないです。好きな事はこれから見つけていこうと思っています。よろしくお願いします」
と頭を下げるというものだった。そりゃそうだろう…今まで少年院に入っていた浦島状態なんだから。
 その後全員で並んで牛の群れみたいに廊下を歩いて入学式に向かう。大勢の在校生や両親に祝福されて照れ臭い。校長の長い話の次に、新入生代表が式辞を読むはずだった。だが、その大役を担う小柄な女子高生の名前、島都が呼ばれて、結城は血流が逆立ち、びくっとなって、隣のパイプ椅子のポニーテールの少女に怪訝な顔をされた。
「し、し…しんにゅうせい…だ、だ…だいひょう…あ…あいさつ」
島都…忘れもしないあの少女…。あの少女が新入生代表挨拶を任されてかみまくっている。
「こ…こ…」
足元がふらついていて結城竜はやばいと予測して体が動いた。パイプ椅子から立ち上がるとびっくりした新入生をかき分けてスライディングで彼女の足元まで駆け寄った直後、彼の予想通り真っ青になった小柄な美少女が壇上から真っ逆さまに倒れ落ち、その頭が結城のみぞおちに思いっきり入って…結城がぐおおおおおおっと声を出した。そして次に結城が目を覚ましてみたものは、保健室の天井だった。
「俺、死んでんじゃね」
「生きてるよ」
結城の鞄を彼の視界に翳しながら、彼の前の席に座っていたポニーテール少女がため息をついた。
「びっくりしちゃったよ。ま、おかげで劇的なものを見せてもらったけどね。これ、何か物語始まる雰囲気じゃない」
「人生が終わるかと思ったよ」
ニカッと笑うポニーテール少女に結城はため息をついた。そして鞄を持ってきてもらったぎりに気が付いた。
「ありがとうよ」
「どうってことないよ。あ、私は薮原千尋。一応同じクラスだしよろしく」
「結城竜だ」
彼は頷いた。
「で、卒業式は終わったのか」
「あの小さい女の子の友達が代わりに式辞を読んでくれた。その友達何度も君の事を気にしていたみたいだよ」
千尋は保健室の扉を開けると、黒髪のスラリとした体格の美少女が入ってきた。
「本当にありがとうございます!」
自分の事のように彼女は頭を下げた。
「頭から落ちていたから、貴方が助けてくれなければ本当にどうなっていたか。本当に私パニックになってて、何も出来なくて…そんな私に運ばれる前に式辞を読むように言ってくれましたよね。ありがとうございます!」
「あの子は無事なのか」
泣きながら頭を下げる美少女に結城は言った。
「はい、今お母さんが迎えに来ました。なんか、昨日緊張して寝られなくて、栄養ドリンク10本くらい飲んだらしくて…」
「馬鹿だろ」
結城は呆れたように言った。
「まぁ、無事でよかった。俺はもう大丈夫だから」
結城はそう言うとベッドから起き上がろうとして、いたたとお腹を押さえた。
「あ」
少女が慌てて彼を支えようとすると、ふと彼に気が付いた。
「も、もしかして…結城君って、愛宕小学校の結城君?」
「…」
バレたかと結城は思った。彼女が高野瑠奈だとはとっくに気が付いていたが、いろいろあった島都という少女には顔を合わせたくなくて知らない振りで通そうとしていた。
「おおお、知り合いだったのか」
千尋スマホを構える。
「何撮影してるんだよ」
「いや、これはいろいろ始まるなって思ってさぁ…『悲しみの向こうへ』ってドラマ当たりのストーリーが」
けらけら笑う千尋
「最近のドラマは知らん」
結城はため息をついた。
「でもびっくりしちゃったよ。都が転校してきてから2日くらいで転校しちゃったんだもん」
「まぁな」
どうやら愛宕小学校の先生はうまく隠してくれたらしい。恐らく少年法が適応されるにしても学校に来なくなった子供がいればおのずとわかるだろうと思っていた結城には意外だった。
「大丈夫…帰れる?」
心配する瑠奈に「ああ、大丈夫だ。バスで来たし」と結城はため息をついた。
「無理はしないで、勝馬君って知っているよね。小学校時代の。忘れたかな。その子が結城君を送ってくれるって」
と瑠奈が保健室の扉を開けて、ガタイのいいガチムチのハゲの少年が物凄い表情で結城を見つめていた。
(北谷勝馬…こいつは忘れられねぇ。小学校の番長気取っていつも俺に挑んできたからな)
勝馬は牡牛のようにゴゴゴゴゴと闘志を燃やしていたが、案外天然な瑠奈は
勝馬君、結城君を家までおんぶしてあげてね」
「はい、瑠奈さん」
と女の子にでれーっとしている。
(変わってねぇ)
結城はため息をついた。

「馬鹿野郎、降ろせよクソ野郎」
通りで結城は勝馬の背中に背負われながら喚いた。
「うるせぇ…俺だってお前なんか背負いたくねえよ。でも瑠奈さんと都さんのたっての希望だったんだ。都さんは病院に連れていかれる時、ずっとお前を見ているって言っていたんだぞ。それを納得させる条件がお前をおんぶさせるって事だったんだ」
勝馬は真っ赤になって喚いた。
 結城はその時の都を想像して目を丸くした。
「だからお前は何が何でも運ばれてもらうぞ」
勝馬は赤くなりながら喚いた。
「変わってねえよ。タコ」結城は背中で悪態をつく。
「それからそこ、嬉しそうに撮影するな! お前は俺らと同じ学区じゃねえだろ」
瑠奈の横で●Recしているポニーテールの少女に結城は赤くなって喚いた。

「はぁ」
結城はため息をついた両親のいない自宅マンションで倒れ込んだ。
(疲れたぜ、初日から)
ふと暗い天井を見上げた。
(島都は当然俺が2年前の教師殺人事件の犯人だと知っているよな。生徒をレイプしたり殺そうとするような酷いセンコーだったが、実際に2人殺しちまった俺も許されないことをしたわけで。それをなかったことにして学園生活を送ろうだなんて…俺も酷い奴だよな。神様も許さないわけか)
ピーンポーン
「くそ、誰だよ。NHKか、宗教か」
結城はため息をつきながら玄関を開ける。
「ここはセキュリティ―付きの部屋だぞ」
結城は思いっきりガンつけモードの顔で扉を開けて、目を見開いた。
「ゆ、結城君!」
小柄なショートヘアの美少女がにっこり笑ってそしてしがみ付いてきた。
「ひいいいいいいいいいいいいいい」
結城が悲鳴を上げる。
「結城君、良かった。私石頭だから心配していたんだよね。無事でよかったよ」
思いっきりムギューされてわき腹の痛みに響いた。
「都! 脇腹の痛みに響く…」
結城が葬式Modeの声で言うと、都はパッと手放して玄関で倒れ込む結城に「ごめんごめん」と言った。
「結城君にまた会えるなんて…凄く神様に感謝だよ」
「俺はお前の頭突きで入学式途中退席なんて思いもしなかったぜ」
結城は笑った。
「結城君がお買い物行けてないと思って、カップラーメン買ってきたんだよ。私が作ってあげるね」
「待てよ‼」
当たり前に部屋に入ろうとする都を結城は鋭い剣幕で止めた。
「ほえ」
都は目をパチクリした。都の怪訝な顔を見る結城。結城には言いたい事がいっぱいあった。こいつは俺を殺人者として推理でその罪を暴いた。6年生の時に。そんな女の子が殺人者の家に当たり前に入って来ている。あの時彼女は物凄い傷ついたはずなのに…当たり前に入って来ている。しかし、少女の天然で怪訝な目にはそれらすべてに動じない迫力すら、結城には感じられた。やがて彼はため息をついた。
「お前、体調は大丈夫なのかよ」
「あ」
思い出したかのように都の顔が真っ青になる。結城は絶叫した。
「馬鹿野郎! お前…何やっているんだよ。お前のお母さんの電番教えろ。このクソがぁ」
結城は都をお姫様抱っこしてベッドに連れていく。

「必ず殺してやる! 必ず殺してやる!」
殺人者は激しい憎しみを暗い部屋に吐露していた。
「全ての準備は整った、必ず殺してやる!」

「結城君! 見てみて‼ タイタニックタイタニック…」
都が船の先頭で十字に手を広げてみせる。
「馬鹿野郎、船沈める気か」
結城は突っ込みを入れた。「あぶねえから座ってろ。ここ、暗礁多いんだぞ」
「ははは、この船もタイタニックみたいにデカけりゃなぁ」
北谷勝馬の叔父、北口亥治郎(38)が隙間だらけの歯で笑った。
「見えて来ましたぜ」
額にタオルを巻いた北谷勝馬が海の男を気取って瑠奈と千尋に島を指し示す。
「霧骨島…民宿ボーンがある島です」
春の濃霧の中に浮かび上がる不気味な島。この島で都と結城は恐ろしい事件に再び遭遇する事になる。

2

休み時間に教室で転寝している結城君。彼は目立たないポジションを確保しつつ静かに学園生活を送る算段だった。しかし彼の耳にかすかに女子の噂話が聞えてくる。
「ねぇ、あの結城君、新入生代表の子を受け止めたの凄くカッコよかったよね」
「すごい、顔も鮎川太陽君に似ているし。凄くイケメンだし、私もああやって助けられたい」
「でも彼には好きな人がいるんだって」
「え、だれだれ」
「ほら、6組に体が大きな怖そうな北谷勝馬君ていう」
「ちょいまてぇ」
結城は前で随分と腐って良そうな薄い本を堂々と読んでいるポニーテール少女に喚いた。
「変な噂流してるんじゃねえ」
「違うの」
ポッキー頬張りながら千尋が怪訝な顔で振り返った。
「やっほーーー、結城君!」
瑠奈を従えて小柄な美少女島都が隣のクラスから元気いっぱい入ってきた。
「結城君、ついに私たちの秘密基地が決定したのだよ。千尋ちゃんの根回しのおかげでね」
千尋がえっへんと胸を張った。
「さぁ、行くよ」
都は結城の疲れ目もお構いなしに手を引いていく。
 世間では部活勧誘真っ盛り。結城は背が高く体も強そうなので、バスケ部や柔道部からお声が掛かっていた。しかし彼自身スポーツに青春をかける柄ではない事と、あと実はすでに部活は決まっているという理由で断っていた。その部活とは。
「じゃーん!」
都は書道部の準備室にて両手を広げた。
「ここが私と瑠奈ちんと勝馬君と千尋ちゃんと結城君が加入する探検部の部室なのだ」
「探検部」
結城が呆然とした声で言った。
「何をする部活。廃墟探検」
「あ、それも面白そう」
千尋がメモを取る。
「一応面白そうなことがあればそれに参加して、なければここでお喋りする部活かな」
瑠奈が笑顔で結城に説明する。
「S〇S団みたいな奴か」結城はため息をついた。
「なんでお前がいるんだよ」
自分以外女の子オンリーになるはずを邪魔された勝馬が物凄い怒りのオーラで結城を見る。
「てかなんで俺が入っているんだよ!」
「いやー、部活5人集まらないと申請できないからさ。結城君の名前借りちゃったよ」
「お前、昨日俺に運動部とか入らないのって聞いていたのはそれだったのか」
結城は千尋をジトッと見た。
「結城君もきっと気に入る楽しい部活だよ。入ってくれるよね」
太陽のような都の笑顔、結城はそれを見て「部員になって良いです」と小さく返事をした。
「さて、探検部第一回会議を始めます。議題はズバリですね」
瑠奈が一同を見回した。
「予算です!」
瑠奈の声が急に埴輪みたいになったので、結城は見回した。
「やばいのか。予算そんなにやばいのか…」
しかし面々を見る限り、まぁそうだろうなぁとため息をついた。
「瑠奈さん、心配しないで下さい」
勝馬が息巻いて挙手した。
「はい、勝馬君!」都が発言を嬉しそうに促した。
「実は俺のオジキの地元が北茨城の海沿いにあるのですが、その小さな島霧骨島の民宿に5人アルバイトの募集がありました。是非学校の友達を連れてきて欲しいそうです」
「おおおおおおおおおお」
都が目を輝かせた。
「民宿のバイトって大変だぞ。このメンバーで務まるのか」
結城が懐疑的な声を出した。
「ああ、大丈夫です。去年俺の仲間を連れて言ったら、ほとんど客来ないで食って寝て食って寝てして金貰っていましたから」
「てか、それで民宿の経営成り立つのかよ!」
「うおおおおおおおおい、やったぁあああああああ、食べて寝てお金がもらえて海で遊べるんだぁ」
都は両手をパタパタさせて勝馬と踊りだした。
「もうなる様になってくれていいや」
結城はため息をついた。

 しかし漁船の上で霧骨島を見上げて、結城はその不気味な島影を見てため息をついた。東西南北2㎞もない小さな島。無人島ではなく数世帯が住んでいるらしく、小さな漁港もある。本土からの距離は2㎞くらいなので、そんな孤島というわけでもない。買いだした荷物を軽トラに積み込んでその荷台に5人が乗って、漁港から坂道を上がって見晴らしの良い場所にある民宿ボーンにたどり着いた。
「見事にさびれているなぁ。荷役を手伝いながら要領よく民宿に運び込みながら、結城はため息をついた」
「今日はお客さんが1組3人来るから、ちょっと忙しくなっちゃうけれど。花火やスイカも用意してあるから頑張ってください」
北口亥治郎は海の男って感じで非常に低姿勢な人物だった。
「ここの宿代っていくらくらいなんです」
結城がリネン室でリネンを受け取りながら北口オーナーに聞いた。
「4800ですね」
「俺らの時給800を考えると大赤字になりません?」
「いや、今日くるお客さんはちょっと特別な方でね。丁寧なおもてなしをするように秘書さんからお金をもらっているんですよ。県議会議員と県の教育委員会の上の方の人だそうです。本来だったらこんな民宿には宿泊しない人なのですが、この島には他に宿泊施設がなくて」
「なるほど」
食堂厨房では都と瑠奈と千尋が玉ねぎと格闘していた。
「うおおおおお、目が目がぁああああああ、って千尋ちゃん、ずるいよ。水中眼鏡なんかつけて」
「ふふふ、こういうのは準備が必要なのよ」
と笑顔の薮原千尋
「都、カムカム」
結城が外から呼んだ。
「オーナーが2人、近くの農園に行ってアスパラガスとトマトを貰ってきて欲しいんだと…こりゃ、酷い顔だなぁ」
結城は玉ねぎガスで涙声の都を見てため息をついた。

 島の木々に覆われた未舗装道路を歩いて5分の場所に「チャイルド・サイエンス農園」の看板があった。奥にはビニールハウスが見える。
「うわぁ、いかにも山岸さんって感じの」
結城は呆れたようにブザーを探して
「これ、勝手に入っていいのかな」
と聞くと、
「ダメって書いてないから良いんだよ」
と都は笑顔で手をブンブン振って農園の中に入っていく。
 その時、「誰だ!」と怒鳴る男の子がして都は脱兎のごとく戻ってきて結城の背中に隠れた。その後ろからステテコに何やら木刀を持った危なそうなおっさんが出てきた。
「言わんこっちゃない。あ、民宿ボーンのバイトです。アスパラガスとトマトを頂きに上がりました」
結城が出てきた
「あ、そうでしたか」
急にステテコ男はにっこりと笑って木刀を隠すように背中を回した。
「私はこの農園主の島崎豊と申します。野田君…すぐにアスパラガスとトマトを」
「はい」
優しそうな若い男性野田征爾(22)が頭を下げて農園の奥に走っていく。
「さっきは申し訳ない。最近泥棒が多くて」
「こんな島にも泥棒が出るんですね」
「中国人の仕業です。日本の農産物は高く売れるので。こんな場所にも泥棒しに来るんですよ」
島崎豊(51)はそう穏やかに言いつつも、農園の内部を見られないように油断なく結城や都の前に立ちふさがっていた。
「お持ちしました」
野田が帰ってくると島崎は「代金はもう北口オーナーから受け取っておりますので」と会釈して暗に2人に変えるように促した。

「ヤバそうな農園だったなぁ」
帰り道段ボールをいっぱい抱えた結城は都に言った。
「お前消されるような変なものは見てないよね、変なお花畑とか」
「お花畑はなかったよ。ビニールハウスとあと貨物列車に積まれている大きな箱があったかな」
都は段ボールをぎゅっと抱えた。
「コンテナか。まぁ、消されそうなものなんかなくて良かったぜ」

だがその時、コンテナの中では「暑い暑い」と少年少女の悲鳴が聞こえていた。
「うるせえぞ」
大柄で筋肉室で迷彩服の大男、岩本承平(20)が鉄パイプでコンテナを打ち叩く。
「お前ら逃げようとしたからな。罰を与えてやる」
その様子を島崎豊が残虐な目で見ながら監視していた。

結城と都が民宿に帰ると、
「もうお客様が来ているよ」
とオーナーが2人を振り返った。玄関には既にスーツでびっしり決めた中年女性と口ひげが立派な男性、それに付き従う女性秘書が来ていた。
「今年もよろしくお願いいたします」
女性秘書の内原友恵(23)がオーナーに頭を下げた。
「私疲れちゃった。早くお風呂に入りたいのだけどいいかしら」
と教育委員長の梅川優貴子(46)が手で顔を仰ぐ。
「その後は晩酌だな。今日はかわいい女の子がバイトしているようだし楽しみだ」
県議会議員の城崎総十郎(65)がもう飲んでいるのかニタニタと出迎えた瑠奈と千尋を見回した。
「お前ら」
結城が玄関先で都に言った。
「絶対晩酌には出るな。これは俺と勝馬がやる」

 民宿で晩酌に参加していたのは、梅川教育委員長と城崎県議、そして島崎豊チャイルド・サイエンス所長だった。
「島崎所長の理論を茨城県の教育方針に据えれば、美しい日本国民の育成に貢献した教育先進県として今の内閣からその功績を高く評価されるでしょう」
梅川が勝手な事を言って島崎に酒を注ぐ。
「全くです。島崎さんの著書は総理も読んでいらっしゃるようで、是非島崎さんには新しい子供科学を実践していただき、その効果を日本中に示して欲しいものです」
と城崎総十郎。
自閉症児を治療したって事でノーベル賞貰えるんじゃありませんかね」
そんな声を聞きながら布団を敷く作業をしつつ廊下の方を見て仲居姿の瑠奈はため息をついた。
「これ、佳奈ちゃんのお母さんが聞いたらどう思うだろう」
「酷いよね」
都も沈んだ声を出した。
「佳奈ちゃんって」
結城が部屋に布団を敷きながら聞くと、「中学の同じクラスの自閉症の子」と都が言った。
「よくある自閉症は教育やゲームやテレビのせいって奴か。あんな妄想に偉い政治家や教育委員会のトップが乗っかっているというのは割と絶望的な話だな」
結城はそう言ったとき、
「おい、大丈夫か!」
と下で声がした。勝馬の声だ。
 慌てて結城が勝馬の方へと階段を駆け下りる。
「俺、長岡歩夢っていうんだ。今、教育委員長と政治家がいるんだろう。助けてくれ。俺、あそこの農園から逃げ出してきたんだ。もうこの島から出たいんだ。助けてくれ」
泣きながら縋ってくるのは頭を丸めた結城とおなじくらいの少年だった。酷く殴られている。
「どうしたんだね」
北口オーナーが顔を出した。
「助けて…助けて…」
そう取りすがる長岡歩夢(16)の首をを背後から掴み上げた存在がいた。筋肉粒々でゾッとする冷たい目をした大男。
「うわぁああああ、岩本さん」
岩本承平は長岡を物凄い力で締め上げながら
「迷惑をかけたな」
と一言言って長岡の体ごと踵を返した。
「待てよ」
勝馬が岩本の肩を掴んだ。
「お前、誰の許可取って当たり前に彼を連れて帰ろうとしているんだ、お?」
「よせ」と北口が喚いたその直後だった。一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし「ぐおおおお」と声をあげて勝馬が倒れ込んだ。
勝馬君!」
都が大声で喚く。
 物凄い冷たい目が、少女探偵を貫いた。

つづく