少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

クローズ・ド・サークル殺人事件【7-8 解答編】

 

7

 

【容疑者】

・淀川珠代(28):未亡人

・加越成太(22):無職

丸山太一(32):編集者

和渕宏尚(46):作家

・城道一(71):執事

・赤城姫子(19):女子大生作家

・葛西楓子(20):メイド

篠栗筋男(35):弁護士

 

「犯人は貴方です」

島都は別荘の2階の部屋でその人物を指さした。

「淀川珠代さん」

淀川珠代は大して驚きもせず、じっと都を見つめて不敵に笑った。

「私が犯人? 確かに私は第2の事件で滝宗太郎が殺された事件では殺害は可能よね。だけど最初に夫が殺された事件、そしてこの屋敷で和渕と丸山が死んだ事件では完璧なアリバイがあるのよ。しかも現場は密室…私がどうやってその完璧な密室殺人をアリバイのある状態で成し遂げたのかしら」

珠代は今まで見せた恐怖に打ち震え金銭欲をむき出しにしたヒステリー女ではなく、落ち着いた20代後半の女性の雰囲気を見せていた。そこには修羅場をくぐってきた人間特有の凄味があった。だが15歳の都も修羅場は何度もくぐっている。珠代のオーラを穏やかな笑顔で受け流して女子高生探偵は言った。

「密室トリックも何もないんだよ。あの殺人は丸山が和渕を殺そうとして刺し違えたもの。多分丸山は和渕の部屋を訪問し、大仏人形を机の上に置いたうえで、ナイフで和渕を刺した。でも和渕は完全には死にきれず、最後の力を振り絞って丸山を銃で撃ち、その後で自分も死んじゃったんだよ」

都はゆっくりと部屋を歩き回って言っていたが、急に立ち止まって珠代を見つめた。

「ただ丸山が和渕を殺すように仕向けた人間がいた。それが珠代さん、あなただよ」

「私が丸山に命令したって言うの?」

珠代がお道化るように言った。

「命令なんてしてないよ」都は目をぱちくりさせた。

「なぜなら丸山さんは自分の判断で和渕を殺す選択をするように、あなたが操ったのだから」

珠代の目が見開かれた。

「そのためだったんですよね。橋を爆破したのも大仏人形の殺人を玄関の貼り紙で予告したのも、丸山に和渕殺害を決意させる罠だったんですよね」

「何でそれが丸山に和渕を殺させる罠になるわけ?」

珠代がじっと都を見つめる。都は質問に答えた。

「淀川進さん殺害事件」

その言葉で珠代は女子高生探偵の言わんことを全て悟った。その表情を見ながら都はさらに事件の核心を突いた。

「その事件の犯人が、和渕、丸山、滝の3人だとしたら」

都がリュックサックから自由帳を取り出し、魔法少女みらいの滅茶苦茶な絵のぺーいをめくると、にこちゃんマークの棒人間の絵を見せた。それぞれ「たき」「わぶち」「まるやま」と書かれている。

「この3人が淀川進を殺したと仮定すると、その後で滝が殺害されたとして」

都は赤青鉛筆で滝をバッテンする。

「滝の殺害現場に大仏人形が置かれていたとすれば、丸山はこう考えるでしょうね。生き残っている和渕が犯人で口封じの為に滝を殺したに違いないって。そして和渕は自分も殺すかもしれないって」

「それだと和渕も丸山を警戒するんじゃないの? でも和渕は特に怯えている様子はなかったけど」

と珠代。だが都は赤青鉛筆の青で丸山に「アリバイ」と書きながら言った。

「丸山には滝宗太郎殺しでアリバイがあるんだよ。ううん、敢えて丸山太一にアリバイがある時間に滝宗太郎を殺したんじゃないかな」

都は珠代を見て言った。

「これには2つの意味があったんだよ。1つは和渕宏尚が丸山を警戒する事を防ぎ、丸山が和渕を殺しやすくするため。そしてもう一つは丸山が和渕殺害を実行する心理的ハードルを下げる事だよ。丸山はこう思ったはずだよ。自分には第二の事件で完璧なアリバイがある。和渕を殺すときに連続殺人に見せかけられれば自分は捕まらないと」

都は窓の外を見つめた。

「そして貴方は丸山に確実に和渕を殺害させるために、いろんなアイテムを事件現場の別荘に仕込んだ。それが橋の爆破、そして玄関の貼り紙、そして突然この別荘に警部と一緒にやってきた女子高校生探偵…」

都は珠代を振り返る。珠代は無表情で都を見つめていた。都は話を続ける。

「これらを見せられた丸山はこう思ったんじゃないかな。これはクローズ・ド・サークルだ。そして自分はそこで被害者の役なんだと」

都はにっこり笑った。

「私たちだってあんな密室殺人を見せられた後、トイレで赤ちゃんを出産した女の人を公園で見つけて、密室殺人だと勘違いしちゃうくらいだもん。丸山さんもクローズ・ド・サークルそのままのシチュエーションを見せられて、これから山奥の別荘で連続殺人事件が発生すると思い込んだ。でも丸山さん警察や私に相談する事は出来ないよね。だって丸山さんは既に淀川進さんを殺していたわけだから。だから悪魔の囁きに耳を貸したんだよ。その悪魔の囁きが、あの殺人予告の貼り紙、私の水筒への睡眠薬混入が丸山さんには不可能な状態で行われた事。丸山はそれも自分のアリバイに都合がいいと思った。まさかその囁いてくる悪魔が珠代さんだったなんて、丸山さんは殺人を実行するまで思わなかったはずだよ」

都はじっと珠代を見つめた。

睡眠薬の水筒は丸山へのダメだしだったんだよね」

無表情な淀川珠代に都は静かに話しかけた。

「丸山は私にずっとべったりだった。それはそれがクローズ・ド・サークルで一番殺されにくいポジションだったから。一方和渕は自分には関係ないと思って部屋に戻ってしまった。だけど、私は睡眠薬で眠らされてしまった。丸山は最早殺す以外に選択肢はないとそう思って、ナイフと大仏人形を持って、和渕を殺しに彼の部屋に行ってしまったんだよ。そして大仏人形を部屋のテーブルにおいて部屋の鍵をかけて、和渕を刺した。そして死に際の和渕に銃撃され、丸山も死んでしまったんだよ」

少女探偵はまた部屋を歩き回った。

「密室で2人とも死んでしまった事は、珠代さんにとっても予想外だったんじゃないかな。でもおかげで完全無敵の密室トリックが完成して、珠代さんにとっては思わぬ形で殺人劇が完成してしまった」

「でもそれっておかしくないかしら」

と珠代はお道化るように首をかしげて見せた。都が振り返る。

「まず第一に丸山も殺すとすると大仏人形が1つ足りなくなるんじゃないかしら。それから第二に、丸山が和渕を殺さなければどうするつもりだったのかしら。いくら心理的に追い詰めているとしても丸山とは親族でも恋人でもないし、その時どういう選択をするかはわからないわ。もし私が丸山の性格を殺人を犯すとまで確信するほど親しければ、長川警部がとっくに把握しているんじゃないかしら」

「やっぱり、警察に共犯を疑われている事に気づいていたんだね」

と都は目をぱちくりさせた。珠代は言葉を止める。都はじっと珠代を見つめた。

「このトリックの本当に恐ろしい所は、第3、第4の惨劇があった別荘で、珠代さんは殺人行為に何一つ参加していない事なんだよ。珠代さんがやった事は橋の爆破と玄関に脅迫文を貼り付けただけ。殺人に関しては何一つ関与していない。と言う事は丸山が万が一和渕を殺さない選択をしたとしても、それで警察に逮捕されるリスクが直接的に高くなるわけじゃないって事」

少女探偵は驚愕のトリックを仕掛けた殺人者を見上げた。

「つまり物凄く不確定な可能性に賭けられるトリックなんだよ。もしこれほどまでに仕込みをしても丸山が和渕を殺せなかったとしても、和渕を殺すトリックはまた考えればいい。あの大仏人形にしたって数合わせも何も丸山がわざわざ鎌倉から大仏人形を買ってくることも貴方は想定していなかった。ううん、想定する必要がなかったんだよ。だって玄関に貼られた脅迫文にはこう書かれていたんだから。大仏人形よりって」

都の鋭い視線が無表情の珠代を射抜く。都はここへきてさらに声を重くした。

「それから、貴方が和渕を殺し終わった丸山をどうするつもりだったのかは、私は2つの可能性を考えている。可能性のうち1つはあのクローズ・ド・サークルの中で丸山を殺してしまう可能性。そしてもう一つは私に丸山の犯行を暴かせ、生かして警察に逮捕させる可能性だよ。私は貴方がこの館で自分の手は汚さないと決めている事から、こっちの可能性の方が高いと思っているよ」

都の言葉に珠代は驚愕した。都もその表情に答えを察して声を戦慄させる。

「逮捕された丸山は動機を語ると思う。そうすれば丸山の自供通り淀川進さん殺害の証拠が見つかり、そうすると和渕と滝がそれに関与していた事も警察は把握すると思う。そして丸山の供述からこのようにミスリードされると貴方は思っていた。和渕が滝を殺し、橋を爆破し脅迫文を玄関に貼り付けたって…。貴方は丸山をまるで思考そのものを操るみたいにして、警察をミスリードさせるスピーカーにするつもりだった」

女子高生探偵はここでため息をついた。

「こんなに恐ろしい心理トリックに私は初めて出会ったよ」

「証拠はあるのかしら」

珠代は笑っていた。目を見開いて笑った。

「私はこの屋敷で殺人行為は何もやっていないのよね。殺人現場になった密室に、私は入ってもいないし近づいてもいない。そればかりが殺された丸山にも和渕にも接触すらしていない。物理的に私があの別荘のクローズ・ド・サークルで殺人を演出した証拠はあるの?」

珠代の目が血走る。だが都はにっこり笑った。

「あるよ!」

珠代の目が見開かれる。

「貴方が事件を引き起こした物理的な証拠が、ちゃんと別荘に残っていたんだから」

都は自信たっぷりに笑顔で鼻息を立てる。

 

8

 

「物的証拠…ですって」

珠代が幾分驚愕した形相で都を見る。都は笑顔で「うん」と答えた。

「指紋だよ」

「犯行現場の密室から、私の指紋が出たとでも言うの? それは普通じゃない? 私はあの屋敷に何度でも出入りしていたんだから」

と珠代がため息交じりに言うと、都は「ううん。私が注目した証拠は脅迫文だよ。玄関に貼ってあった」と脅迫文のコピーを珠代に翳した。

「そこから私の指紋が出たというの?」

珠代は不敵な笑みを浮かべたが、都は首を振った。

「ううん、犯人は手袋をして玄関のドアに貼ったんだと思う。多分パン屋さんで見かけるようなビニール手袋で、切り刻んでトイレに流したんだろうって長川警部は言っていた…ただこの指紋がないというのが、貴方がこの貼り紙を貼った犯人だという証拠になるんだよ」

都の得意そうな言葉に珠代は訝し気に「それがどうして証拠になるというの?」とため息をついた。

「犯人はどこで手袋をしたんだろうね。玄関の外で? ううん、違うよ。だってポケットの中にくしゃくしゃになったビニール手袋に手を入れるのって、結構もたついちゃうよね。その間に下手すれば貼り紙を貼るところを誰かに見られてしまうからね。玄関の誰もいない中の大広間で手袋をしたんだと思う。そして手袋をした貴方はそのまま…」

都の言おうとしたことに気が付いた淀川珠代は目を見開いた。

「…玄関のドアを開けた…。そう、玄関には淀川珠代さん、貴方の指紋だけが出てこなかったんだよ」

珠代の顔が真っ青になった。余裕は完全に消えた。

「私はあの別荘に来た時、メイドの葛西さんが玄関の掃除をしているのを見ていたんだよ。でもその後、あの玄関を、橋の爆破を見るために貴方は一度出ている。つまり玄関のドアノブに貴方の指紋がない事が、誰の指紋も出てこなかったあの貼り紙をあなたが玄関に貼り付けた証拠になるんだよ」

都の言葉に珠代は呆然としていた。

「勿論、これだけでは淀川珠代さんが殺人犯という証拠にはならないよ。でも警察に再捜査をしてもらえるだけの手掛かりになると思う。例えば爆弾の入手方法」

都は立ち尽くす珠代の周りを歩き回った。珠代は観念したように目を閉じた。

「多分貴方は、あの淀川進さんが握っていた大仏人形が貴方を示すダイイングメッセージなのだと思った警察に疑われている事に気が付いたんだよね。だから人間関係や交友関係を全て調べさせ、警察がシロだと判断したころ合いを見計らって爆弾の入手に動いた。最初の事件から滝宗太郎さんが殺されるまで2カ月以上たっていたのはその為だったんだよ。そして警察も連続殺人犯は最初の事件で淀川進さんが殺される前に連続殺人犯は爆弾を入手していたと考えるから、一度調べた珠代さんを再度調べるなんて事をしない。そういう判断だったのだと思う。だけど」

都はきりっとした表情で俯く珠代を見つめた。

「もう警察は騙されない。今から徹底的に貴方を再度調べたら、絶対に爆弾を購入した証拠が出てくるはず。そしてあなたが滝宗太郎さんを直接殺害した証拠も」

「その必要はないわ」

珠代はぽつりと言った。

「滝も和渕も丸山も…私が殺したから」

淀川珠代は犯行を認めた。静けさの中で都は言った。

「淀川進さんを本気で愛していたんだよね」

「ええ」

珠代は笑った。

「私は出版社の社員だったの。天涯孤独でアパートもなく会社に泊まり込んで、人生の全てを仕事に捧げる事でどうにか生きていた。自分には趣味とか恋愛とか休日とか家族とかは無縁だと思っていたし。だから、滝や和渕にレイプされた時も、出版社を首にするって脅迫されて性奴隷みたいに扱われても、私は自分を冷めた目で見ていたんだと思う。ううん、そうやって自分の精神を分離しないと自分を守れなかっただけ。でも」

珠代は目を細めた。

「そんな私を救おうとしてくれた人がいたんだよね。それが進さんだった」

珠代は上を向いて悲し気に笑った。

「あの人ね。不器用で誤解されやすい人だけど、本当はとても優しい人だった。あの人の妻になって…私は人の幸せを感じられるようになった。そのせいで私は自分が受けてきたことがレイプなんだと分かって、苦しんでいた私を、あの人は全て受け止めてくれた」

珠代の目から涙が流れた。

「あの人ね。最近急にネトウヨみたいになったでしょう。あれは、レイプ被害者を中傷している人たちにこそ、被害者の苦しみをわかって欲しい…そういう気持ちからだったの。だからわざとTwitterでもネトウヨみたいな発言をして、枕営業を題材にした小説を書いていた。最後のどんでん返しで被害者の苦しみとレイプ加害者の非道さを、被害者を中傷する人にもわかって欲しい。これが自分の文学者としての使命だと思ったのでしょうね…でも…」

珠代の顔が曇った。

「それを編集者の丸山が裏切って、それを和渕と滝に密告したの。自分よりも圧倒的に文学的才能がある進さんにあの2人は前から嫉妬していたんだけど、丸山の密告で、進さんが自分たちのネトウヨとしての賞賛される立場をぶち壊しかねないと思ったみたい。だから私が高校時代の友人に会っている間に、丸山、滝、そして丸山の3人があの人の家に押し入って暴力をふるって、車で連れ出して崖下に投げ落とした」

珠代の声が震える。

霊安室であの人を確認して、警察で聴取を受けた。私はもう何もかもが終わったと思った。もう壊れた方が幸せだと思った…そんな私を出迎えてくれた人たちがいたの。『よぉ、珠代ちゃん』って。和渕と滝がね…それから私はホテルに連れ込まれて犯された。そして滝の愛人にされたわ。聴取をしに来る警察に、金目当てに男を変えるようなビッチな台詞は、滝が強要していたのよ。その過程であの人が仏陀人形を持っていた事も知ったわ」

珠代は自嘲するように笑った。

「私はそれでも心を壊さないようにしていたわ。心を壊す訳にはいかなかった。だってそうしたらあの人の復讐が出来ないから…」

珠代の目が怒りに震えた。

「私を犯しながら、滝と和渕が言っていた。進さんを殺したのは、滝と和渕と丸山だって。あの人殺されるときに私には手を出さないように泣いていたって。あの人の私を守ろうとした気持ちを、あいつらは笑ったのよ。だから私は絶対に壊れないって誓った。どんなに苦しくても不幸でも、あいつらを殺してやるまでは壊れないってね」

珠代は絶叫に近い声で喚いた。そして小さくため息をつくと、都に向かって笑いかけた。

「都ちゃん、貴方の推理、一つだけ間違っているわ」

「ほえ?」

都が目をぱちくりさせる。珠代は「私にこんなトリック考える頭はないわよ」と苦笑した。

「あの人が私に見せてくれたトリックなの。だから私は絶対に成功するって信じていた。二の矢三の矢なんてなかったわ。丸山がもし和渕を殺さなければ、もう終わりだったわ」

「そう」

都は悲しい顔をした。

「そんな優しい人が書いた作品のトリックが、寄りにもよって一番大好きな人がこんな悲しい復讐をするのに使われちゃったんだね。残念だよ、貴方はこんな形でしか叫ぶことが出来なかったなんて」

その言葉に珠代は悲しく笑ってから、ふと都に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あの人ね。実は都ちゃんのファンだったのよ」

「ふええええ、あのぐるぐるになりそうな現代文のテストに出ていた怖そうな作家さんが?」

素っ頓狂な声を上げる都がおかしいのか珠代はくすくす笑った。

「だから都ちゃんが解けるかどうか、そればかり考えて作品を作っていたんだから。だからあの人が作った渾身のトリックが都ちゃんに通用するか、見てみたかった…」

珠代はふと窓の外を見つめた。

「でもこれで良かったんだと思う。だってあの人の小説では犯人はきちんと自分の罪に向き合っていたから。だからこの事件で都ちゃんがトリックを暴いて事件を解決してくれて良かったって、きっとあの人も思っている」

珠代は悲しく涙を流しながら笑い、少女探偵を抱きしめて柔らかな口調で言った。

「ありがとう…」

心が溶け堕ちたような珠代の頭を都は抱きしめ返しながらなでなでしてあげた。

 別荘の書斎には柔らかな空気が流れていた。

 

おわり