少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

早贄村殺人事件❺【解答編】

 

9

 

【容疑者】

・寺吉登紀子(54):村議

・江川美雪(24):スキーメダリスト

・村島音子(18):ご当地アイドル

・有馬花(24):専業主夫

・有馬弘平(26):農業

谷戸磯六(31):村長秘書

・灰谷三郎(44):公務員

・猪口周(38):農業、元村議

・ダニウル・クラスキー(53):役場顧問

・大鰐大地(62):村長

 

 

 

 女子高生探偵島都は全員を見ました。

「そう、第一に果樹園倉庫で村長大鰐大地さんを殺人装置で殺害し、第二に役場の倉庫でダニウル・クラスキー顧問を殺害、それらの罪を着せる形で最後に村議の寺吉登紀子さんを自殺に見せかけ殺害した、高本高春さんの作品を利用した連続見立て殺人の真犯人、加藤アキコはこの中にいます」

都は7人の容疑者にじっと真っすぐな目で宣言した。

「でも都ちゃん。さっき陳川警部に教えてもらった貴方の推理、物凄く完璧だと思って感心していたところなのよ」

と江川美雪が都の言う。

「ああ」猪口周も同調した。

「全ての推理に根拠が一つ一つ存在している」

「その根拠こそが私をミスリードさせる罠だったんだよ」

都はおもちゃの刀を取り出した。

「村の子に借りました。クラスキーさんが殺された第二の事件、この柄の部分に飛び散っている血と刀を床に垂直に立てるユニットの血痕が合わないというのが推理の根拠になっていました。だけど村の子が勝馬君にこれをぶつけたとき、柄についた泥を見て私はピンと来たんです。これはあり得ないって」

都は刀の鍔の部分を指さした。

「さて、皆さんに問題です。これはなんで日本刀についているんでしょうか」

「血か!」結城が目を見開いた。

「そう。日本刀で斬りまくっている時、握っている部分に血が入り込んで手が滑ったら一巻の終わりだしね。だから日本刀には鍔があって、柄の部分に血が飛ぶのをガードしているんだよ。つまりこれがある限り、正面から刺そうが、下から刺そうが…」

都は牙突1式と3式の構えを見せながら言った。

「絶対に柄の部分に血は飛び散らない。そこに血が飛び散っているって事は」

都はその場にいた全員を見た。

「これは犯人が意図的に私をミスリードするために、わざと飛び散らせたものだったんだよ。犯人が第一の事件でも第二の事件でも被害者を殺す前に拷問していたのも、この血を注射器かなんかで手に入れ、その針の後を消すためだった」

都は刀を会議室のテーブルに歯を上向きにして叩きつける。

「そう、第二の事件では本当に日本刀は上を向いていたんだよ」

都はトリックの核心を口にする。

「この事件のメイントリックはクラスキーさんが殺された事件だった。1番目ではなく2番目の事件で犯人は完璧なアリバイを作ったんだよ。なぜなら2番目の事件のトリックこそが、時限式殺人トリックだったんだから。芸術作品に固定されたクラスキーさんが床に立たせている日本刀に自動的に突き刺さるというね!」

「そ、そんな…ちょっと待ってくれ」

谷戸磯六が声を上げる。

「あの倉庫、天井に梁もない平成時代のコンクリート倉庫だぞ。果樹園の倉庫みたいにクラスキー顧問をぶら下げて殺すような事は」

「それに、そんな仕掛けがあったとしてもどうやって犯人は回収したんです? 死亡推定時刻は発見から30分以内だったんでしょう」

と有馬弘平が声を上げる。

「回収なんてする必要はなかったんだよ」

都は言った。「だってあの芸術作品だけで、自動殺人トリックは作れちゃうんだから」

「そんな…不可能だ」有馬弘平は言った。

「だってあれは木枠とロープしかないんだ。日本刀に人間を落下させるには日本刀以上の高さに人間を持ち上げる支えになる何かが必要だ。そんなもの…まさか雪とか氷って言うんじゃないだろうね」

と有馬。都は首を振った。

「ロープだよ」都はテーブルの上にあったロープを見せつけた。

「人間を吊り上げる事は可能でも下から支えるのは不可能でしょう」と灰谷三郎が眼鏡をくいっと上げる。

「出来るんだよ」都は笑った。

「見せてあげましょう。その実物を」

都が言うと結城がドアを開けて廊下に「いいぞ」と勝馬たちを呼ぶ。勝馬と瑠奈と千尋はロープで繋がった芸術作品を電車ごっこみたいに持ってきた。

「半分の大きさの物を村の大工さんに急遽作ってもらいました。これは展示場ではこんな風に展示されていたようですが」

都の言葉と同時に瑠奈と千尋勝馬が横向きにばらけるようにテーブルに置いた。

「これは高本高春さんがなぞかけの意味で敢えてそうやって展示していたようです。でもね」

都は真っすぐ全員を見回す。

「こういう事も出来るんですよ」

都の言葉に合わせて、瑠奈、千尋が芸術作品のフォーメーションを変えた。その時、一同は愕然とした。

「ろ、ロープが重力に逆らって、もう一方の木枠を支えている!」

と江川美雪が目を見開いた。【参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=ROnxjj5jPDs&t=64s

 普通の紐が木枠を支えている状況を見て、有馬弘平が「テンセグリティ構造か」と声を上げる。

「で、でもこれって人を支えられるんですか」

と花が聞くと、勝馬千尋を持ち上げて、恐る恐るロープで支えられた木の板に座らせる。千尋は周囲にピスピスする。

「この大きさでもケーキの食べ過ぎて太った千尋ちゃんを支えられるんだから」

と都が言って千尋はΣ(゚д゚lll)となる。都は真剣な表情で

「これの2倍の大きさがあれば、クラスキーさんでも余裕だよね」

と言う。

「クラスキーさんは凄く怖かったよね。目が覚めたら身動きできない自分の目の前に日本刀が突き立てられているんだから。当然必死で体を動かそうとするんだけど」

千尋が降りた後勝馬がその模型を揺らし始める。模型はバランスを崩し始め、崩れ落ちた。

「で、でも待ってくれ」猪口周が声を上げる。

「この状態なら、クラスキーがヤバいと考えてじっとしている可能性も」

「その可能性を潰すために、犯人はヒーターを設置したんだよ」都は言った。

「クラスキーさんは下向きに支えられていたんだよ。部屋の中にはヒーターがあり、下を見てもロープが垂れ下がっている状態。前の大鰐村長が殺された幼体と一緒なんだよ。エクソシストのように首が回るのなら別だけど、そうじゃない限りは自分は倉庫の上からぶら下げられているように見えるはず。と言う事はクラスキーさんは自分が大鰐村長と同じ方法で殺されると思った。だから、必死で刀から自分の体をそらそうと暴れるしかなかったんだよ。まさかロープが自分の体を支えてくれる命綱とは思わずにね」

「待ってください!」陳川警部が声を上げる。

「部屋にあった足跡はどうなるんです。クラスキーが致命傷を負ったとき、誰かが立っていた痕跡はあったんですよ」と陳川。

「それがヒーターが設置されていた2つ目の理由」都は陳川を見た。

「結城君が事件では氷とかが使われているかもしれないって推理したけど」

都は結城を見る。

「それは正しかったんだよ。犯人は靴の形をした氷を倉庫にセットし、血が飛び散ったときに誰かが立っているように見せかけたんだよ。ヒーターはそのためにあった。それだけじゃない」

都はじっと前を見て言った。その顔が怖いくらいに戦慄している。

「ヒーターを設置した一番の理由は犯人の悪魔的な心理トリックを完成させるためだったんだよ。見立て殺人はトリックの証拠を紛らわすためにある。第一の事件の遠隔殺人トリックのガジェットが出そろっているなら、第二の事件で同じものがあったとしても、それは見立て殺人に見せかけて第一の事件のトリックを紛らわすためにあるものにしか見えない。私、いろんな事件を推理してきたけどここまで巧妙なトリックに出会ったことはないよ」

都の言葉に結城も探検部のメンバーも陳川警部も戦慄していた。

 都は模型のロープを手にした。

「このロープの長さも私を心理的に誘導するためのガジェットだった。第一の事件でロープは元ネタの高本作品と比べて極端に長かった。第二の事件では元ネタと長さが同じ。つまり私は第一の事件で何でロープが長いんだろうって考える訳だよ」

「な、なんて犯人だ…ここまで都を手玉に取るなんて」結城が呆然とする。

「ッという事は、第一の事件のトリックはフェイクって事ですか」と陳川が問うと都は首を振った。

「第一のトリックは本当に仕掛けたものだったんだよ。犯人はトリックを仕掛けて、それを私に、私自身の推理で解き明かさせようとしたんだよ。そして私に暴かれる前提である以上、そのトリックを仕掛けた犯人は、敢えて装置が作動する時間にアリバイを作らなかった」

都はその人物を見た。加藤アキコは物凄い目で都が見てくるのに気が付いた。

「この7人の中で第一の事件でアリバイがなくて、第二の事件のみにアリバイがある人物。それはただ一人しかいない」

都はその人物を睨みつけた。

「秘書、谷戸磯六! 貴方が高本高春の恋人加藤アキコの正体! そして大鰐村長、クラスキー顧問、寺吉村議の3人を殺害した犯人だよ!」

谷戸磯六は目を血走るほど見開き、驚愕していた。だが不気味にニコッと笑って

「何を言っているのかな。加藤アキコって誰だね。俺はこの通り男だよ」

とおどけて見せる。

「そ、そうですよ。こいつは男です。銭湯でちっちぇぇの見ました」

勝馬がおどおどする。

「まさか有馬さん夫妻の家にあった写真たての女性が男…。いや、あり得ない。有馬花さんも温泉旅行で一緒に入浴しているわけだしな」と結城は言った。

「その温泉旅行。家族風呂だったんだよね。カップル同士で4人で入浴するのに、わざわざ家族風呂のある部屋に行くかな」

と都が谷戸を見上げた。谷戸の顔が戦慄する。その表情は真っ青になっていた。

「有馬さん夫妻が銭湯に私たちと入らなかったのも変だと思った。あの銭湯にはある属性の人お断りの張り紙があった。友達を拒否する銭湯なんか利用したくはなかったんでしょう」

都は有馬夫妻をじっと見た。有馬花は信じられないという表情で谷戸磯六を見た。谷戸は呆然としていた。

「有馬夫妻にとっても江川さんにとっても、加藤アキコさんは加藤アキコさんだった…」

都は小さくため息をついた。

「私が推理をしていいのはここまでです」

都は下を向いた。

「陳川警部が教えてくれました。寺吉登紀子村議が有力者に電話をしたとき、有力者に『谷戸が警察から聞いた情報だから間違いない』と言っていたのを、有力者が録音していたそうです。後でマスコミに売るつもりだったみたい」

都は「さすがの貴方も寺吉村議がここまで早く行動するとは思っていなかったんでしょう」と悲しげに言った。谷戸は下を向いて戦慄していた。

 その時だった。有馬花がその場に崩れ落ち、口を両手で抑えて涙で真っ赤になって震えた。

「アキコさん…ごめんなさい。私が…私が、私が貴方の居場所を奪ってしまったせいで…。アキコさんが3人も殺してしまったのは、私のせいなんです!」

 

10

 

「どういうことだ」

と有馬弘平が花の肩を抱く。

「高春さんが亡くなったとき、私は郡山に出かけていたアキコさんを呼び戻さなきゃって思いました。でもそれが出来なかった。村の人たちが言っていたんです。加藤アキコのせいだって。村長がそう言っていたって…。高春さんが閉鎖的な村のセクシャルマイノリティの居場所を密かに作っていて、それが原因で自殺したんだって」

花は声を震えた。

「もしアキコさんが村に戻ってきて、村人に捕まってトランスジェンダーだとバレたら、もしかしたら殺されちゃうかもしれない。でもそう言っても高春さんを愛していたアキコさんは危険を冒して戻ってくる。だから」

花は号泣した。

 

2年前、救急車が到着したとき―。

「貴方のせいで、同性愛者でもないのに男の体を持ったあなたを愛する事のギャップに耐えられなくて、高春さんは自殺したのよ!」

と花はスマホに向かって泣きながら毒づいていた。声を震わせて。

「だからもう二度と村に帰ってこないで!」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい」

花が役場の会議室で号泣するのを、谷戸磯六は頭をぽんした。

「馬鹿ね。そんな事わかっていたわよ」

優しい声でそう言った谷戸磯六、いや加藤アキコは都に向き直った。

「都さん。あなたの言うとおりよ。私の精神的な存在は加藤アキコ…谷戸磯六は戸籍名。そして大鰐、クラスキー、寺吉。私のこの世で一番大切なものを奪ったクズどもを殺したのは私よ!」

「そ、そんな」江川美雪が呆然とする。

「私ね」加藤アキコは下を向いて悲し気に話しだした。

「優しかった親にカムアウトしたら受容されなくてネグレクトされたり、職場の人に仲のいい人がいてカムアウトしたらアウティングされて性的な嫌がらせされたりして、もう死にたくなって、ありったけのおしゃれをして阿武隈地方の山の上に行ったの。そうしたらそこに美術館があって、そこに入っていったら、圧倒的な世界観がそこにあった。そしてそんな私に声をかけてくれたのが高本高春さんだった。彼本当は人見知りなんだけど、私が死のうとしているのが分かったのね。レストランに連れていかれて芸術談義とかされちゃった」

加藤は笑った。

「でもまだまだこの世界には面白いことがあるんだって。彼と一緒に話すのが楽しくて週末にはよく会うようになったわ。そして彼からプロポーズ…でもそれは私にとってとても残酷な事だったの」

 

プロポーズをされた峠の休憩場で、加藤アキコは高本高春の前でゆっくり服を脱ぎ始めた。そして胸板を見せる。

「ごめんなさい。高本さん。私ね…男の体を持っているの」

加藤アキコは泣いていた。「ごめんなさい…」

 

「でも高春さんは『そんなの関係ない』って言ってくれて」

加藤アキコは会議室の天井を見た。

「嬉しかったな。本当に嬉しかったな。高春さんと一緒になって、女の子として自分を扱ってくれる友達も出来て」

アキコは有馬花と江川美雪を見回した。

「でも私はどこかで高春さんが無理をしているんじゃないかって思っていた。同性愛者でもない彼が私の為に無理をしているんじゃないかって。だから私は郡山に行ったとき、高春さんに置手紙をして消えるつもりだったの」

加藤アキコは有馬花を見た。そして笑った。

「でも彼には見抜かれていた。鞄に色紙が入れられていて『こんな芸術馬鹿を愛してくれる最高のパートナーに会わせてくれた神に感謝』って書いてあった。その色紙を郡山駅で見て、帰ろうと思ったときに」

アキコの表情が無表情になった。

「彼が死んだって電話が花ちゃんから」氷のような表情だった。

「私全く涙が出なかった。もう何もかも真っ白で、でも帰らなきゃって思った。でもその時色紙を見たの…。あの人が、これを書いてくれるあの人が自殺するなんてありえない。それで思い出したのよ。あいつらが作ろうとしている条例をね」

「それは、女性の安全を守るという理由で、トランスフリーの村を作ろうという条例だな」

と結城。

「と、トランクスブリー…フ?」と勝馬が目を点にする。

「トランスフリー!!! トランスジェンダーがいない女性や子供にとって安全な街づくりを進めるって奴だ」

と結城が喚いた。

「は? 馬鹿じゃないの。そんなの差別じゃん。今こんな条例が出来るわけが」

千尋が怒るが、猪口周が「そうとも言えないのがこの条例のヤバいところなんだ」と説明した。

EU加盟の民主主義国のポーランドでも国土の半分の自治体がトランスフリーを宣言しているんだ。クラスキーもLGBTフリーの地区の市長をして、トランスジェンダー当事者に強制的な治療を受けさせるシステムを作ったことがあるんだ。治療と言ってもトランス当事者を隔離してひたすら自己否定させる拷問みたいな治療だがな」

「私は何かあると思い、整形手術を受けるとミソジニストの男のふりをしてTwitterで暴れまくり、大鰐村長と相互になって彼の主催した勉強会で会って、秘書に推薦された。と言ってもネトウヨを秘書にして何かあれば切り捨てるってのは、最近の頭のおかしな政治家がよくやっているんだけどね。別に苦しくはなかったわ。私が最も憎み嫌うタイプの男を演じ続けるのも、もうあの人が死んだとき、私の心は壊れていたのだから」

そして加藤アキコは目をカッと見開いた。

「そしてあいつらは案外あっさりとボロを出した。酒の席で笑っていたのよ。大鰐が高春さんに対して村のLGBT当事者の連絡先を教えるように迫り、クラスキーが暴力を振って彼を気絶させ、寺吉が『村のトランスの連中を絶望させてやりましょう』と高春さんを猪口さんの果樹園に吊るすことを提案した事も、あいつら私の前で自慢話をしていたわ」

 

酒の席で「素晴らしい。トランスカルトの馬鹿を殺処分するなんて。こんな偉業どの政治家もやっていませんよ。わははははは」と笑う谷戸磯六。だがその背後にいた加藤アキコは般若の表情だった。

(殺してやる! こいつらを一人残らず! 恐怖と絶望の中で)

 

「散々呪ったこの身体だけど」

加藤アキコは自分の胸をぐっと掴んで、冷徹に笑った。

「でもあの人の復讐の為にこの体を使えてよかった。島都さん、貴方の事も知っていたのよ。貴方を利用して罪を逃れることが出来たら、私は第二の岩本承平になれると思った。そう、トランスジェンダーを死に追い込む世の中のダニどもを処分する死神にね」

凄まじい笑顔で笑った後、加藤アキコはため息をついた。

「でもそんな資格は私にはなかった。こうして彼女に推理をやり直されちゃったんだから」

じっと島都を見てから、加藤アキコは陳川に「さぁ、逮捕して頂戴。もう何もかも終わったから」と両手を出した。陳川警部はため息をついて、加藤に手錠をはめた。

「アハハハハ」そう笑って連行されていく加藤アキコを見て、花は弘平に抱き着いて号泣し、江川美雪は「アキちゃん」と声を震わせ、猪口も灰谷も村島音子も呆然と見送るしかなかった。

 都はそれを見守っていたが、やがて結城の服をぎゅっと掴んで下を向いた。

 

 数か月後。拘置所の面会室のガラスの向こうのドアを女性看守が開けて、加藤アキコが入って来た。

「都ちゃん」

アキコは小さく笑って椅子に座った。髪は伸び、表情も女性らしい。全身黒いシャツを着用している。そして小さな声で言った。

「女性用の拘置に入れてくれて感謝しているわ」

「私にそんなことはできないよ。陳川警部と弁護士さんが頑張ってくれた。おかげで陳川警部。ネットでいろいろ言われているけど」

都は笑った。

「何でそんなことを。私は終わった人間なのに」と加藤は小さく呟いた。

「弁護士さんにも死刑でいいって言っているみたいだよね」と都。加藤は何も言わなかった。

「今日、私は貴方は岩本承平とは違うって言いに来たんだよ」

都は真っすぐ加藤アキコを見た。

「確かにトリックは岩本君と同じくらいすごかったよ。普通の犯人は証拠を隠そうとするけど、でも犯罪を犯す以上証拠は絶対に残っている。だからあなたは逆転の発想で、証拠を残さないのではなく、証拠を証拠として認知させないトリックを使った。完璧だったよ」

都は話を続ける。

「私は貴方に勝てたとは思っていない。私が頭が良かったから逮捕できたわけでもない。私が本当に違和感を感じる事が出来たのは、有馬さんの家の写真たて。あそこに映っているあなたの耳の形と直後に現れた谷戸磯六の耳の形が同じだったことが、私の心の中に違和感を感じさせた。あれがあったからこそ、私は刀の柄とかの違和感にも気づけた。あれがなければ、自分が考えたトリックを証明する証拠ぐらいにしか感じなかったよ」

都は加藤アキコを見つめる。

「岩本君は写真を飾ってくれる人が誰もいなかった。彼には帰る場所もなかった。貴方は岩本君とは違うよ」

都は言う。加藤アキコは「そうね」とため息をついた。

「花さんも美雪さんも弘平さんも待っているって」

都はアキコに笑顔で言った。アキコの目が見開かれる。

「今度こそ貴方が帰ってこられる場所を作って…そして待っているって…」

都は真っすぐアキコを見た。

「今回の事件で、あなたの計画を砕いたのは、私ではなくて花さんだよ。だからアキコさんは何年たっても何十年たっても…絶対帰らなきゃだめだよ。岩本君のような存在ではなく加藤アキコさんとして、絶対に帰るんだよ!」

都はそこまで言って笑った。「私が言いたかったのはそれだけ。時間、ありがとね」

 小柄な少女は立ち上がった。その時背後から「都ちゃん」と声がした。

 ガラスの向こうで加藤アキコは号泣していた。自分の体を抱きしめて顔を真っ赤にして。

「ありがとう…」

「うん」

都は笑顔で頷いた。

 

「あ、お嬢」

拘置所の前で陳川警部がヤクザみたいな服装で舎弟みたいな刑事を連れて会釈した。

「お勤め、ご苦労様です」

「ありがと!」都は嬉しそうに手を振る。

「お嬢、事件解決のお礼です。これからどちらに行きたいですか。案内しますよ」

「そうだなー」都は考えた。そして笑顔で「お腹がすいたからファミレス行きたい」と言った。

「ファミレス。ではファミレスで思う存分ランチを召し上がってください」

陳川が黒塗りの高級車のドアを開ける。都が後部座席に座ると結城が

「お前何年間服役してきたんだよ」

とため息をついた。

「ふへへへ、陳川警部にパフェ奢って貰うんだ」

「そりゃよかったねー」と結城はため息をついた。

「じゃ、都の出所祝いに付き合いますか」

と結城は言った。

「あ、そうだ」

都は福島市の街並みを眺めながら言った。

「結城君、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「何でこのタイミング」

笑顔の小柄な女子高生探偵を見ながら、結城はため息をついた。

 黒塗りの高級車は福島市の街並みを走って行った。

 

おわり