死神トンネル殺人事件❸
【容疑者】
・本多華凛(16):高校1年
・太田純也(16):高校1年
・松岡哲士(16):高校1年
・石田理奈(15):高校1年
・青野ひろ子(36):民宿経営
・森庄司(38):ディレクター
・冴木麗子(28):アナウンサー
・平本宗司(45):カメラマン
5
「民宿の食堂で都は一人考え込んでいた」
「よぉ、都、お前さんの友達、誰も犯人じゃなさそうだな」 長川警部が都にジュースを渡す。都は「うん」 と長川警部を見上げた。
「その顔は、まだ釈然としないみたいだな」
「うん」
都は真っすぐ見た。「 犯人がどうして森さんをあのトンネルで殺したのか… その理由がわからないからね」
「都…さっき聞いちまったんだが」
警部は声を潜めた。
「冴木麗子っていうアナウンサーと平本宗司というカメラマン、 なんか上で話していたんだよ。 2年前の青野望美さんの件で何か隠し事があるみたいでさ。 しかもそれで森が殺されたんじゃないかってビクビクしていたな」
「それ本当?」
都は目を見開いた。
「ああ… しかもその殺される理由ってのが平本や冴木にも適応されるって連 中は自己認識していてな。 どうも連中はチャリティー番組デビューを果たした青野望美さんの 闘病ドキュメンタリー件で何かやらかしているんだ。で、 お前に青野望美さんが入院していた病院を聞いておこうと思ってな 」
「鶴岡南病院だったと思うよ。 2年前に荷物とかをお母さんの代わりに引き取りに行ったから」
都はキッチンで仕込みをしている青野ひろ子の物音を見ながら言っ た。
「了解」
長川は警察手帳にメモをした。
「それと、都から見て青野望美さんって子はどんな子だった。 教えてくれるか」
都は頷いた。
「すごく明るくて、 木登りとか虫取りとかカエル取りとかが好きな子だった。 男の子を含めて負けないくらい。 小学校の頃は太田君や松岡君を含めた男子のレンジャー隊で隊長を やっていた歴戦の猛者だったよ。 この辺の山とか海で数々の冒険を成功させて、 あのトンネルを恥丘の平和を守る秘密基地にしたのも望美ちゃん。 私望美2号って呼ばれていたんだよ」
「都が2号呼ばわり… つまり都をさらにグレードアップさせた子って事か」
長川警部は目を点にした。
「 私が知らないことをいろいろ教えてくれたのも望美ちゃんだった。 だから病気で死んじゃったなんて電話貰った時、 全然信じられなかったよ。でもこの民宿で何時間も過ごしてもさ、 望美ちゃんの姿は全然なくってさ… やっぱり死んじゃったんだなって。 それがお母さんと一緒なんだよ。私のお母さんと」
都の声が震えた。長川警部はそれをじっと見つめた。
「望美ちゃんさ。私を木登りに誘ってくれて。 この民宿のすぐ前の大きな樫の木から田んぼと線路と海を見ながら さ。またお母さんに会える、 大丈夫だよって笑いながら言ってくれた。だけど、 今望美ちゃんも死んじゃってさ、お母さんも死んじゃって…。『 大丈夫だよ』とか『心配ないよ』とかそういうの、 もう何も信じられないんだよ」
肩を震わせていた都はここで長川警部に物凄い鋭い視線を向けた。
「だから私はこの事件の犯人を絶対に止める。 信じられないんなら、自分で何とかするしかないから」
「そうか」
長川警部は警察手帳をぱたんと閉じた。
「お前はやっぱりすげーわ。 私が高校生の時には何も考えてなかったのに。 いつもBLの事ばかりだったのによ」
長川は頭をボリボリした。
「凄くないよ。 でも私の嫌な部分とかそういうのも含めて話聞いてくれた子もいる し。今頑張れているのはそのおかげ」
都はにっこり笑った。長川は「そうか」と言って立ち上がった。
「朝になったら鶴岡南病院に聞き込みに行ってくる。 何かわかるかもしれないからな」
「え」
「何とかするしかないだろ。お前の言う通り」と女警部は笑った。
女子高生探偵は涙目をぱちくりさせたが、
「警部…ありがとおおお」と長川警部に抱き着いてスリスリした。
「だぁあああ、私の服に鼻水が付く」
と長川は喚いた。
同時刻、 民宿のシャワー室で目を閉じてシャワーの中で優しく胸を洗ってい た。 その時すりガラスからボンというエアコンボックスのプラスチック が弾けるような音が聞こえた。瑠奈は振り返る。 スタイルのいい瑠奈の裸が相対した擦りガラスの窓の向こうで白い ゴムマスクが笑っていた。
「きゃぁあああっ」
瑠奈が胸を抱きしめてタイルの上に座り込んだ。
「る、瑠奈ちん!」食堂で都がはっと立ち上がる。
「風呂場か」
長川は立ち上がると、廊下の前で「どうしたの」 と風呂場のドアをノックする青野ひろ子が目に入った。
「瑠奈ちん!」
その直後、 鍵が開いて中からバスタオルを巻いた高野瑠奈が胸を抱きしめなが ら座り込んだ。
「今、お風呂場の窓に…森さんを殺したゴムマスクが」
「入るぞ」
長川警部はお風呂場に入るとすりガラスを開けた。 カブ畑にゴムマスクの人物が立っていた。。
「どうしたの?」
真上の窓から爪切り片手の本多華凛の顔が覗いた。
「今お風呂で凄い声が聞こえたけど」 華凛の横から眼鏡をはずした石田理奈が声を出す。
「ちょっとどいて」
都は長川警部を押しのけると窓から外のエアコンボックスの上に体 を滑らせてその人物に特攻した。
「馬鹿野郎」 と長川も窓の下のエアコンボックスをバンバンして都の後を追いか ける。だがその時には都はゴムマスクにタックルしていた。 ゴムマスクの人物が仰向けに倒れる。 その拍子に首が取れて転がった。
「ちょ」
長川警部が声を上げたとき、都は「あ」とその体をポンポンした。 何か布が詰められている。
「あ、これひろ子ママの畑の案山子だ」
都が目をぱちくりさせる。長川はゴムマスクを引っぺがすと、 中から真っ黒な烏丸廉也とかいいそうなマネキンが出てきた。
「くそ、犯人は逃げたか」
「ほ、本当に犯人だったんでしょうか」
と青野ひろ子が長川警部に聞いた。
「殺人犯に間違いないでしょう。 録画されていた殺人鬼よろしくこんなゴムマスクを残していくなん て、犯人にしか出来ない発想です」
長川は言った。
「マジ… じゃぁ殺人犯がついさっきまでこの民宿の近くに潜んでいたって事 ?」と本多華凛がおっかなびっくり声を出す。
「ああ」
長川警部はひろ子と華凛を現場から下がらせる。
「きゃっ」
ふいにシャツとショーパンの瑠奈が悲鳴を上げた。 エアコンがポンと音を立てた。
「あ、あれは40分に1回くらいの割合でこんな音が出るのよ」
と青野ひろ子は笑顔で言った。
「あれのおかげで私命拾いしたって事かな」
心配そうな都に瑠奈は言った。
「気づかずに後ろから口をふさがれでもしたら、 絶対助からなかったと思う」
「ハハハハ、そうか。 別に森が殺されたのはあれじゃなかったんだ」 とサングラスのカメラマン平山宗司が高笑いをする。
「あれって何なんですか」と長川はいぶかし気に聞くと、 冴木麗子が平山の顔面を張り倒して「黙りなさいよ」と喚いた。
「何でもないわ」
必死に取り繕う冴木を長川はいぶかし気に見つめる。
「あんたら、さっきまでどこにいた」と長川。
「部屋にいたわよ」と冴木。
「つまりアリバイはないんだな」長川はひろ子と華凛、 理奈を見回した。
「本多さんと石田さんは2人で部屋にいたんだよね」
「うん、2人でテレビ見てた。 悲鳴が聞こえてきてびっくりしたよ」
「 君らは高野さんの悲鳴が聞こえて30秒後には部屋にいるのを確認 しているし、まずゴムマスクを被って風呂を覗くのは不可能だ。 青野オーナーも同じことは言えます」
「太田君と松岡君連れて来たよ」
都がねぼけている2人を連れて庭先に走ってきた。
「2人ともさっきまで何していたの」
と華凛が聞くと
「ラスベガスで億万長者になってAKBに求婚されて」と松岡。
「つまり寝ていたと」と長川はため息をつく。
「 でもこの中に犯人がいたら当然このエアコンボックスが音を立てる 事は知っていたわけで、 瑠奈ちんを襲うタイミングは合わせるんじゃないかな」
都は案山子が倒れているのを見る。
「じゃぁ、外部の人間の仕業か」
長川警部は言った。
「それはわからないよ。この事件はわからない事だらけだし。 第一なんで瑠奈ちんを襲おうとしたのかもわからないよ」
「襲おうとしたって覗こうとしただけなんじゃねえの」
と松岡。「お前じゃねえんだが」と太田が突っ込む。
「ううん」
都はお風呂場の前のエアコンボックスを見つめた。
「このエアコンボックスは建物との間が大体30㎝ くらい離れている。 そこからすりガラスでもわかるくらい顔を密着させるとなると」
都はエアコンボックスの上で実演して見せた。
「かなり不自然な覗きになるよね。これは伺うというよりも」
「中に入るつもりだった」と瑠奈が深刻な口調で言った。
「うん」都は頷いた。
「って事はやっぱりシャイガイを見ちゃったからかな」
「まさか」と華凛。
「瑠奈がたまたまお風呂に入っていたから狙われただけだよ。 相当いかれた犯人みたいだし、 きっと無差別にやっているんだって」
「すれっとおっかね事言わねでよ、華凛」と石田理奈が言った。
「ほんじゃぁ、この暗え中さ、 誰でもいいがら殺すべどすてるシャイガイみでな無差別殺人鬼がい るって事だべ。嫌だよ、望美ど私だの思い出の場所なのにさ」
「望美生ぎでだら、 レンジャー隊長どすて殺人鬼捕まえんべどすてるんだべげど」
太田が何か考え込んでいる都をじっと見つめる。
「んだげんと、まぁ、こごさ望美認めだ名探偵がいで、 犯人ば見づげんべどすてぐれでっから大丈夫だべ」
「望美ちゃんが?」
と都が太田に目をぱちくりさせると、 太田は色黒のでかい図体で照れながら、
「病院で望美は言ってだよ。『あの子は私と同ず』って。 きっと地球防衛レンジャーの隊長の素質があるって事なんだべな」
と笑った。
「確かに…あのバイタリティは都は絶対受け継いでいるよね」 と瑠奈はくすっと笑った。
「高校に『探検部』って部活を作って、 思い立ったら一直線をずっと続けているんだから」
「ひょっとして結城君も探検部とか」と華凛。
「ヒーヒー言いながら都の保護者やってる」と瑠奈が笑うと「 脳内再生が凄く簡単すぎて困る」と理奈がため息をついた。
「えー、 これじゃぁ私がいつもみんなを心配させているドジみたいじゃん」 と都が「ぶーぶー」抗議する。
どす黒い殺意の中で白い仮面は言った。
-何も信じられない。信じられないのだよ。高野瑠奈、 次の復讐の舞台に上がるのは君だ。
6
「え、都お墓参りにはいかないの?」
瑠奈が翌朝の民宿の前で都に言った。
「うん、長川警部についていく。 ちょっといろいろ調べてくれるみたいなんだよ」
都は軽自動車の助手席に座った都は答えた。
「わかった。でも帰る前にはいってあげてね。 きっと望美喜ぶと思うから」
「うん」
都は笑った。
海沿いの国道を走る軽自動車。
「いいのかよ。あいつら水着とか準備していた。 お墓参りのついでに泳いでくるつもりだぜ」
運転席で長川は言った。左手の海では海水浴客の姿が見える。
「いいよ。 だって華凛ちゃんも理奈ちゃんもどうせバインバインに成長してい るし」と都。
「そっちかよ」と長川は運転席でため息をついた。
-鶴岡南病院。
「すいません。 2年前の青野望美さんって中学生の女の子の主治医だった針本医師 はいらっしゃいますか」
長川が警察手帳をナースセンターの看護師に見せた。
「え、ここにいるわけないでしょう」 眼鏡の看護師はいぶかし気に言った。
「針山先生は自殺したんですから」
「自殺?」と長川が驚愕の表情を浮かべた。
「ええ。 温海川の橋から首に縄をひっかけて飛び降りたって警察の方が…」
「ああ、私は茨城県警の者でして、今知りましたよ。 針山医師が自殺したって。お悔やみ申し上げます」
「嫌な先生でしたし。こちらはせいせいしていますけどね」
婦長はぶっきらぼうに言った。(おいおい) と長川は心の中で突っ込みを入れる。
「あの先生に泣かされたナースはいっぱいいますし、 入院した女性を検診の時に厭らしい目で見るって評判が悪かったん です。自殺の原因も、 出会い系サイトで中学生の子に手を出したのが原因って話で、 こっちの警察も捜査寸前だって言ってました。 高い橋から首を追ったみたいで、首が切断されたとか。 お葬式で奥さんが発狂して首を投げて、 それを後輩の人がお棺に入れていました」
「すいません。 青野望美さんと針本医師の関係について何かわかりますか。 あるいは彼女の入院前後で何か変わったことがあったとか」
「 変わるも何も針本先生が変わったのが丁度彼女が亡くなる頃でした よ。彼女が亡くなるまでは理想に燃える先生だったんですけどね。 彼女が亡くなってからは人が変わったように」
「なぜだかわかりますか」 と長川が質問するが婦長は首をかしげるばかりだった。
婦長は言った。「全くあり得ない話ではないのですが、 経過観察的にちょっと変だなと思っていたんです。 ただ死亡診断書は針山先生が書いていたので」
「そういえば」
別の看護師が間に入ってきた。
「針本先生。望美ちゃんの取材をしていたテレビ局の人と、 随分仲が良かったみたいよ。 特にディレクターと美人のアナウンサーとカメラマンとは何度も食 事に行っていたみたい」
「おいおい」
長川は呆然とした。「これ完全に怪しすぎだろ」
長川は都を見た。都は顔面蒼白になっていた。
長川は都を助手席に乗せた。
「あのディレクターが殺された原因は青野望美さんにあった可能性があるな」
「うん」都は助手席で頷いた。クーラーの音が唸る。
「そして青野望美さんの死に何かかかわりのあったのが針本医師と殺された森、そして民宿にいる冴木麗子と平本宗司。もし針本が殺されたのだとするとこれで2人目って事になる」
「うん」都は前を向いた。
高野瑠奈と石田理奈が水着姿で渥美海水浴場の海で戯れている。それを砂浜の上で鑑賞している太田純也と松岡哲士。後ろからワンピース水着の華凛が声をかける。
「瑠奈、すっかり胸大ぎぐなったねぇ。果物みだいだわ」
「いや、もうたまんねぇー。って何言わしぇるんだよ、華凛」
松岡がびっくりして砂浜で尻もちを搗く。
「私は2人の心の声代弁すただげだよ。焦ってるどごろ見るど当だってだみだいだね」
「ちぇ」
太田が言ったところに、島都が立っていた。
「都、泳ぎに来だのがよ。しぇっかぐ山形さ来だんだがらやっぱり海で泳がねどな」
太田が嬉しそうに言ったが、都は首を振った。
「ねぇ、みんなは先週の土曜日の朝2時から5時の間、どこにいたの」
都は3人の友達を見回して聞いた。
「事件の捜査がよ。でも1週間前のアリバイ聞いでどうするつもりなんだ」太田は頭をボリボリした。
「針本先生の事じゃないの。これも同じ犯人だと都は思っているんだよね」
と本多華凛が不敵に笑った。「参っだな」太田はため息をついた。
「おらは親父の手伝いで漁船さ乗ってだよ。親父ど親父の会社の社員さんが一緒だった」
「おらと理奈は鶴岡の美術館さ行って、オールナイトで映画見でだよ。刑事さんにもそのごどは話すたす。防犯カメラの映像も確認すてもらったがらな」
「おらはずっとひろ子おばさんと一緒さサッカー見でだ。お客さんが見だぇって言ってだがら一緒にね」
「あのお医者さんとおらだは望美の件で知り合いだったす。万一って事で調べだんでねの」
「都、高校生探偵どすて誰でも疑うのはわがるげどさ。俺だ人は殺さねよ。昨日の森ディレクターも針本先生も。ほだなおっかね顔すねでさ、俺らどまだ楽すい思い出作ろうぜ」松岡哲士が諭すように言った。
「しぇっかぐ一緒さ居られでるんだがらさ」と太田。都は首を振った。
「駄目だよ。人の命がかかってるもん」
都は言った。3人の友人は顔を見合わせた。
「都、顔がすこだまおっかねえよ。何が都の方心配だぜ」太田が言った。
「大丈夫…それじゃぁ私帰るから」
都はそう言って歩き出した。国道の歩道でタバコを吸う長川。だがその時戻ってきた都の殺意に満ちた凄まじい形相に目を見開いた。
「都、お前…物凄く怒っているな」
「私の友達が殺されたのかもしれないから…でも」
都はにっこり笑った。その笑顔の迫力に長川は息をのむ。「大丈夫だよ」
「都、事件の捜査しているんだ」
帰り道、夕方の国道を横断する際、瑠奈が華凛に聞いた。「今針本ってお医者さんが死んだ現場に行っているんだって」
「でも滅茶苦茶おっかねえ顔すてだじぇ。瑠奈、茨城でも都はあだな表情するのが?」
と太田がおっかなびっくり声を上げる。
「するよ」ふと華凛が声を上げた。
「都だってごしゃぐ時はごしゃぐ、憎むどぎは憎む、殺意だって」
「私も、2回都が本気で怒って凄い顔をしているのを見たことあるよ」
瑠奈は言った。
「でも心配なのは本気で怒って物凄い顔をしているときじゃない。本当に心配なのは、怒ることも出来なくなった時」
瑠奈の言葉にみんなが彼女を見つめる。彼女は都がお母さんの集団火葬の前に立ち尽くしている都を思い出した。
「その時、都に怒る力をくれたのは華凛だった。私は一緒にいたのに出来なかったことを、華凛はやってくれたんだ」
瑠奈は華凛を笑顔で見つめた。「感謝してる」
「俺らは黙って見守るすかねって事が。ま、安心だらいいさ」と松岡が腕を組む。
「じゃぁ、俺はバイトあっから。まだ明日来るわ」ふと太田が声を上げた。
「おう、気つけろよ」と松岡。
「まだね」と石田理奈。
「あ、私だちょっとサッカー見さ行ぐがらさ。さぎ民宿さ走って行っていいがな」
と理奈が手を合わせる。
「行ってぎなよ」と華凛が促した。そしてふと瑠奈を見つめる。
「どうしたの、瑠奈」
「あれ、私のスマホがなくなってる」と瑠奈。
「え、すられた」
「でも太田君が見張っててくれたし、どこかに落としたのかな」
「じゃぁ、戻ろか。一緒に探そう」
と華凛は言った。「ごめん」と手を合わせる瑠奈。
「一応地面とかを照らして探した方がいいよ」華凛がそういう。スマホはすぐに道路に落ちているのが見つかった。
「あった!」
瑠奈はスマホを手に取る。
「華凛、良かった。ポーチを開けたときに落ちたんだと思う」
瑠奈が振り返ったときだった。
華凛が白いゴムマスクに黒づくめのマントの男に首を絞められていた。首を絞められた状態で「ぐぐぐ」と苦しそうに呻いている。その体は草むらに力なく倒れた。
「華凛!」
ゴムマスクの怪人は瑠奈を見つめた。瑠奈の目が見開かれた。
夕闇が迫る中、都と長川警部は温海川の上流にかかる山形県道44号線の橋に来ていた。
「古市警部補によると、針本はここの赤い鉄骨の橋の手すりにロープを結び付け、なおかつ自分の首にロープを巻き付けて固定し、飛び降りたとされている。ロープの長さは5メートル以上、橋の高さは20メートルはあるから、確実に首は切断されただろう」
長川はおっかなびっくり下を覗き込んだ。
「ロープってそんなに簡単に首切れるものなの」都は恐る恐る下を見つめた。真っ暗で何も見えない。
「半分の長さで首は飛ぶよ」と長川は言った。
「中東の独裁者の側近が絞首刑になったとき、それぐらいの長さで首飛んだし。だから日本の絞首刑では縄に革をつけているんだ。この事件でも首が飛んだせいで死体が落ちてしまい、ロープだけがぶら下がっている状態で通報が遅れたんだ。真下で胴体と首を見つけたがぐしゃぐしゃで腐敗も始まっていたんだ。だがロープが結ばれていた時間や奴の車が近くに止められた目撃情報から死亡時刻は大体判明できているって事だ」
「うむむむ」
都が唸ったときだった。ふと都のスマホが鳴った。
「理奈ちゃんだ。もしもし」
都が声を上げた。
-助けて…都…。
「どうしたの! 大丈夫?」
都が電話で震える吐息の理奈に語り掛ける。
-華凛と、瑠奈が…帰ってこないの…
「嘘」