少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

地獄時間殺人事件3 解答編

地獄時間殺人事件(解答編)

5

【容疑者】
・島野里美(16):常総高校1年6組
・遠藤楓(15):常総高校1年6組
・篠原愛奈(11):小学6年生
・篠原玲(32):大島医療器具事務員
・大島光義(51):大島医療器具社長
・岡橋優三(44):岡橋産婦人科医院医師
・渡邊尚子(24):看護師
・貝原直人(32):無職
・草薙純也(48):交番勤務警察官。警部補。
・中村桃子(20):交番勤務警察官。巡査。
・佐々木和彦(30):無職

 警察署取調室。貝原直人は訪問者を見て驚いた。小柄でショートカット、かつて自分が卑猥な言葉をかけた15歳の少女が目の前にいたのだ。後ろには大柄な男子高校生…そして中村桃子巡査と長川朋美警部が入ってきた。
「ひひひひ、どうしたんですか皆さんお揃いで」
貝原直人は不敵な笑みを浮かべた。そしてねっとりとした視線で都を見つめる。だが都は臆することなく貝原の前に座って真っ直ぐ貝原を見据えた。
「この事件であなたが仕掛けた恐ろしいトリック…全部わかりました」
「まさかあのパチンコ中毒がこんなに早く全てげろってしまうなんて。本当についてないよぉ。でもどうせ俺は死刑だし、最後にかわいい女の子とエッチな事を出来て…」
「いいえ」
都の声があまりにも済んでいたため、貝原は押し黙る。
「さっき佐々木さんが話してくれたことはそんなんじゃない。おかしいと思ったんです。どこの誰かもしれない人にお金を渡されて身代わりなんて危ない事を引き受けるわけがない。それに佐々木さんはパチンコ中毒で治療を受けるように草薙警部補に言われるような人です。そんな人があなたに言われて何日もあなたのふりをして街をうろついていられるはずがない」
「どういうことですか」
中村桃子巡査が身を乗り出す。
「中村巡査がずっと監視していた人物は間違いなくこの貝原さんだったんです。貝原さん、あなたは佐々木さんにこう依頼したんじゃないですか? 『この格好で私たちの前に現れてわざと捕まって…捕まったら――貝原に言われて事件前後にアリバイ工作を手伝った――と嘘を言え』って」
貝原の顔から笑顔が消えた。
「このトリックは貝原さん、あなたが犯罪を犯したことを隠すアリバイ作りのためのものではなかった。その逆…貝原さんが自分が岡橋医師を殺害した犯人になるために、自分が本当に持っていたアリバイをなかったことにする為のトリックだったんだよ」
「え」中村巡査は困惑したように都を見る。
「そして貝原さん、あなたがそのトリックを利用して殺人の罪から助けようとしていた謎の指紋の持ち主の存在で岡橋医師を殺害した真犯人は…篠原愛奈ちゃんだよ」
都の指摘に貝原は目を見開いた。口元が歯ぎしりし今まで見せたことがないほど狼狽している。
「待ってよ、都ちゃん。愛奈ちゃんはまだ小学生だよ!」
中村が震える声で都に迫る。
「勿論愛奈ちゃんは最初から岡橋医師を殺害しようと思っていたわけじゃない。何故なら彼女を事件現場に誘ったのは岡橋医師だから」
「岡橋医院と大島医療機器に取引関係があったのは調べがついている。岡橋医師のパソコンのデータを復元したら、大島医療機器の社長が自分の権力を使ってシングルマザー従業員の篠原玲に命じて娘をチャイルドマレスターだった岡橋に差し出させた事を白状したよ」
長川は震える貝原に言った。
「さっき大島社長を強制性交等罪で、母親の篠原玲を監護者性交等罪で逮捕した。2人とも愛奈ちゃんにこのままだとお母さんが会社を辞めさせられ路頭に迷うことになると脅したことを認めたよ。この罪は例え本人ではなく第三者、この場合岡橋医師が性暴力の実行犯だとしても、彼に性的虐待を加えさせるために脅迫行為を行った場合も適用されるからな」
「多分、事件の真相はこうだよ」
都は説明した。
「おとといの15時に学校帰りに岡橋医師の家にやってきた愛奈ちゃんは、岡橋に言われてワインをコップに次いだ。多分無理やり飲まさせられたんだね。そして岡橋に襲われたんだよ。私の考えだと多分ハサミを持ち出したのは岡橋だよ。これで愛奈ちゃんの衣服を切ろうとしたんだ。ところが愛奈ちゃんはあまりにも怖くてパニックになって、咄嗟に床に転がったアイスピックを手にして、思わず襲ってくる岡橋医師を」
都はここで唇をかんだ。
「大の男に無理やりエッチな事をさせられた事。そしてその人を殺しちゃったことにショックを受けた愛奈ちゃんは気絶しちゃった。3時間後、この家に私のカルテを盗みにやってきた貝原さん、あなたは、リビングで岡橋さんの死体と気絶している愛奈ちゃんを見つけて何があったのかを察知したのでしょう。あなたは愛奈ちゃんを殺人の罪から助けるために行動を起こした。愛奈ちゃんの体を縛ってボストンバッグに入れ、凶器から愛奈ちゃんの指紋を拭き取った。ただここであなたはミスをしました。現場に落ちていた血まみれのハサミを見て、あなたはそれが凶器だと勘違いした。だからハサミの指紋を拭き取ったんです。本当の凶器は岡橋の死体の下にあったんですから」
貝原は下を向いたままガタガタ震えている。
「貝原さん、あなたはそのことを新聞で知ってびっくりしたでしょう。それに報道された死亡推定時刻…自分には完璧なアリバイがある事も知ってしまったんです。犯行時刻、あなたは中村巡査に見張られていたことをずっと知っていたんですから。だから、あなたは犯行を免れるトリックではなく完璧なアリバイを持つ自分が犯行が可能なように見せかけるトリックを仕掛けたんです。本当によく考えましたよ。このトリックの巧妙なところは、普通トリックてのはその存在がバレてはいけない。でもあなたのトリックは存在がバレる事が前提で、バレた後で勝手にそのトリックの意味を誤解させる二段階のトリックなんですから。さらにあのレシートで私たちを廃屋におびき寄せて、彼女を監禁させている現場を押さえさせればいい」
「じゃぁ、まさか小屋を燃やしたのは」
「指紋を取らせないためだよ」
都は言った。
「謎の指紋の人物が出入りしていたか、警察は当然鑑識を回す。この時謎の指紋と貝原さんと愛奈ちゃんの指紋を分別する作業で愛奈ちゃんと謎の人物の指紋が一致すれば愛奈ちゃんが岡橋さんを殺してしまったって事がバレちゃうから」
「嘘よ!」中村が絶叫した。
「こいつは愛奈ちゃんの前で自分は岡橋医師を殺した。見られたからエッチな事をして殺すって何度も言っていたんだから。こいつは性犯罪者なのよ!」
「それが貝原さんが愛奈ちゃんを監禁したもう一つの理由だよ。恐怖で極限状態の女の子に何度もそういう事を言って怖がらせて暗示をかけるように記憶を操作したんだよ。性犯罪被害者は記憶が飛んだり解離したり恐ろしい現実から逃避したり心が耐えられなくてそういう事が起こるみたいだね」
都は中村を見た。
「不完全ではあるんだけど、貝原さんには過去に“成功例”があった。中村巡査…」
中村巡査の目が硬直した。その時貝原が突然絶叫する。
「やめろぉおおおおおお。彼女は関係ない!」
立ち上がって都と中村の間に割って入ろうとするのを長川と結城が押さえつける。
「わ、私…」
中村の目から涙が流れてきた。彼女の記憶が戻ったのだ。あの時自分に酷い事をしたのは、お母さんが務める会社の社長…お母さんは泣きながらそれを見ているだけだった。中村は自分にされた事よりもお母さんに見捨てられたことの方が辛かった。だから記憶を封じ、周りの大人の言う通り犯人が貝原であると記憶を改修した。
「いやぁあああああああああああああああああああああっ」
中村桃子は絶叫し耳をふさいで崩れ落ちた。
「岡橋医師のパソコンからデータを復元してゲスいメールを入手してとっくに判明しているんだ。お前は9年前何もしていない…冤罪だと…」
「ど、どうして」
貝原は顔面蒼白になった。
「あなたのトリックはご都合主義の推理小説みたいなんです」
都は言った。
「あの時中村巡査が尾行をやめたのは自殺騒ぎがあって応援要請があったから、あの事件がなければ尾行を続けていたはずなんです。推理小説だとすればご都合主義だけど、あなたが今まで自分に降りかかった偶然を吟味して必死で考えた末の“犯人になるためのトリック”だと考えればすべてつじつまが合います。それに瑠奈ちゃんの言葉もヒントになりました」
「アリバイがある奴が犯人って奴か」
結城が言った。
「アリバイがある容疑者がアリバイトリックを仕掛けていれば、私たちは無条件にその人を犯人だと思う。このトリックにはそうやって私たちに貝原直人が犯人だと絶対的に思わせることが必要だったんだよ。だって、指紋と言い証拠はいくらでも残っているから。でも私たちは貝原さんを疑っていたために、拉致された小学生の愛奈ちゃんはその指紋を照合されることもない…あなたはそうやって自分が貝原を殺害して愛奈ちゃんを誘拐、性的暴行を加えた犯人だと見せかけ、愛奈ちゃんの魂を救おうとした」
都は震えている中村巡査を助け起こして壁に寄せたパイプ椅子に座らせた。
「既に謎の人物の指紋と篠原愛奈の指紋は照合され一致したよ」
長川警部は貝原直人に言った。
「でもなんでだよ」
結城が貝原に聞く。
「愛奈ちゃんはまだ12歳だぞ。それに状況を考えれば正当防衛だ。彼女が罪に問われる可能性はない。だがお前の場合そうはいかない。場合によっては死刑の可能性だってある。なんで…なんでここまでして」
「俺のせいだからだよ」
貝原は顔を覆って吐き出すように答えた。
「俺があの時、犯人になろうなんて思ったせいで、あの子がこんな目にあってしまったんだ!」

6

「俺は子供のころ母さんと2人暮らしだった。僕は小さい時からずっと学校でもいじめられて、中学を卒業した勤め先でもそうだった。俺、本当に人が当たり前にできることが出来ないから、いじめられるのは仕方ないんだけどな」
彼は口には出さなかったが思い出していた。小学校のオバサン教師から目を付けられ、ほんのどうでもいい事で病弱で仕事で忙しいお母さんが呼び出された。彼はそのたびにお母さんが住み込み先で怒られているのを見て必死で教師やいじめっ子のいう事を聞いて、なすがままになった。同じようにいじめられている男の子とクラスで担任も見ている前で殴り合いをさせられ、相手の男の子がかわいそうで一方的に殴られて居たらその男の子はいじめの標的から外された。中学校の修学旅行ではテレビ局の行楽中継の前で名前の書かれた紙を持たされて全裸で踊らされ、それがYouTubeに現在も残っている。
「大島医療器具の事務員で、俺は凄まじいいじめを受けていた。倉庫でロープで吊り上げられて鉄パイプで尻を叩かれたり、電流を流されたり、労働時間は20時間以上、給料も払ってもらえなくて社長の残飯を1食1万円で買わされていた」
「なんでやめなかった」
長川が言うと、貝原は小さく笑った。
「職場では全裸だったからね。一度逃げた時は警官に公然わいせつで逮捕され、引き取りに来た社長に会社に連れ戻された後背中をバーナーであぶられ、無理やりエッチな入れ墨を入れられたよ。逮捕した警官に僕は必死で訴えた。助けてって…。でもお母さんのことを聞かれてこれ以上は何も言えなかった」
彼は喋りだした。多分生まれて初めて自分の苦しみを聞いてくれる人に出会えたからかもしれない。彼の告白に長川は俯きため息をついた。時期的に彼女の入庁前とはいえ、警官の怠慢のせいで正義から零れ落ちた市民の告白に辛いものがあるのだろう。
「そんなあるとき、社長も他の社員も急に優しくなったんだ。社長の取引先の医師が社員の娘に性的暴行を加えたそうだ」
「私の事ね」中村が顔を覆いながら声を震わせる。
「あの時だけは君の友人の渡邊さんが児相に相談したせいで隠し通すことは出来なかったそうだ。あの人たちはこういった。―君だけがこの会社を助けられる。社長も医師も十分に反省しているし、君が罪をかぶればみんなが貧困から助かる。母さんは会社が守るからお願いだ助けて-って。僕は母さんの苦労をしていたから…いや、違う。拒否してまたリンチされるのが怖かっただけだ。俺はあの時最悪な選択をしちまった。警察は社長や社員の話を信じて、俺も自分がやったと刑事に認めた。刑務所生活でも無理やり掘られた入れ墨のせいでいじめられたけど、でもリンチもされなかったし食事も出たし、作業はやりがいを感じたし、苦しくはなかった。これでみんなが助かるならって俺は思っていたんだ。でもそのせいで母さんが自殺して…それを知ったのは母さんの住んでいた家に帰ってきたときだった。近所の人が教えてくれたんだ」

「会社から損害賠償を起こされてわずかな財産も全て賠償に回して残りを払うために必死で働いて体を崩して…」
近所のオバサンにその事を初めて知らされ、団地の前で残虐な現実を知った彼は自分の過ちに気が付いて泣き崩れた。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああ」

都も結城も彼の苦しみに満ちた告白に感情がざわつき、目を見開いた。
「あいつらも医師も反省なんかしていなかったんだ。俺はこの時母さんを殺してしまった事に気が付いた。俺は死のうと思ったんだよ。そして街の近くの高校に侵入して屋上で飛び降りようと思った。そしたらこの高校の女の子が飛び降りようとしていた。俺は必死で止めたよ。彼女は泣きじゃくりながら言ってたよ。岡橋医師に体を撮影され性的虐待を受けているって、そして友達をあそこに連れて行かなければ写真をばらまくって言われたって…。彼女の震える顔を見ていた時、俺が彼女を強姦したんだとわかったんだ。俺があの時やってもいない罪を認めたせいで、母さんは自殺し、その女の子みたいな被害者が生まれてしまうって…」

震える少女に貝原は言った。
「俺がどうにかする…大丈夫だ。君は何も悪くない」

「だから、あの時岡橋医師の部屋に侵入したんだね」
都は言った。「女の子の体をコレクションするためじゃなく、女の子を縛り付ける鎖を消滅させるために」
「これを持って警察に行くつもりだった。そうなれば岡橋医師も大島社長も終わりにさせられるはずだった。でも俺は見ちゃったんだよ。あの時岡橋医院に向かっていたあの子が、愛奈さんが奴の死体とともに倒れているところを…。何が起こったのかすぐにわかったよ。あの子は俺のせいで、性暴力どころか人を殺す経験までしてしまった。さっき刑務所は楽だったって言ったね。訂正するよ。本当はつらかったんだ」
貝原は泣き叫んだ。
「背中の幼女の裸の入れ墨が罪の証となって押しつぶした。女の子を苦しめる罪を背負う事の苦しみ、まるで自分がしてしまったみたいに自分自身を押しつぶすみたいで、夜が来るたびに発狂しそうになるんだ。まるで自分が悍ましい怪物になってしまったみたいに。正当防衛とかそんな問題じゃない。その苦しみを自分のせいであの子に背負わせられるか? 俺はあの時決めたんだ。この子の罪を引き受けることが償いだと」
貝原は立ち上がって都に縋りついた。
「あの子の前でひたすらあの子をレイプした殺人犯の演技をしている時、俺が刑務所で感じた苦しみに整合性が取れていく感じがしたんだ。頼むよ、都さん。このまま僕が岡橋医師を殺したことにしてくれ。俺は天涯孤独だしどのみちこの社会で生きていてはいけない人間だ。でも愛奈さんはそうじゃない。大島も岡橋もいなくなった今、今度こそ俺が全てを背負えば全て解決するんだよ!」
「そんなことないよ」
都はまっすぐ貝原を見据えた。
「貝原さんが優しい人だって事はよくわかったよ。初めて会ったときもわざとそんなことを言って岡橋医院に通わなくさせようとしたんだよね。でも貝原さん、中村巡査を見てください」
中村巡査は口を押えて震えながら涙を流していた。貝原は呆然と立ち尽くす。
「あなたがそんなことをしたら中村巡査みたいな女の子をもう一人増やすことになっちゃうよ。中村巡査は今全てを思い出したって言ったけれど、本当は記憶を喪失したわけじゃない。必死でそう思い込もうとしただけ。それがどれだけ中村巡査を、優しい女の子を苦しめ罪悪感で傷つけたかわかりますか」
都は貝原を見つめた。
「彼女は何も悪くはないっ」
貝原は絶叫した。
「自分でやってもいない罪を引き受けたあなたがそう言って、中村さんは自分を許せるのかな」
貝原は言葉に詰まった。中村は泣きながら震えている。
「今愛奈ちゃんは自分の本当の記憶と作られた記憶の中で混乱して怯えているんだ。今愛奈ちゃんを助けるには本当に記憶をみんなが受け入れて愛奈ちゃんを一緒に支えてあげる事。それがあの子を助けることになるんだよ。貝原さん、愛奈ちゃんを助けてあげてくれないかな」
「あ、あ・・・ああああ」
都がにっこりと笑うと、貝原は椅子に崩れ落ちそのまま机に顔をうずめて号泣した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ああああああああああああああ」
貝原の憑き物が落ちたような号泣を結城も長川も黙ってみていた。中村巡査は口を覆って目から涙をぽろぽろさせながら貝原という男の真実の姿を見ている。
 女子高生は貝原の手をそっと取った。
「私も岡橋医師に脅されて居たら、きっと何もできなかったと思う。怖くて。貝原さん、ありがとね」

「貝原さん、どれくらいの罪に問われるのかな」
 鈴木と西野刑事に促され廊下を歩いていく貝原直人を見送りながら、都は長川警部に聞いた。
「非現住建造物放火、未成年者略取、窃盗、住居侵入。罪自体はかなり重いだろうが、上層部がごちゃごちゃ言う前にさくっと冤罪を明らかにして大島社長を送検すれば、情状酌量がついて執行猶予に出来るかもしれない。彼のやろうとしたことは性犯罪被害者を助けようとしたことだからな」
長川がそういうと中村巡査は
「私も協力します! 都さん。とても辛かったけど、今回の事で少しは楽になったわ。ありがとう」
と都と握手して歩いて行った。
「あいつがいなければ、お前が性犯罪被害者になって、俺は何もできなかったのかもしれないって事か」
結城はため息をついた。
「いや、都なら結城君を信じて相談すると思うよ」
長川は言った。
「君はそういう奴だ」
長川は結城にウインクすると歩き去った。

 病室で目を覚ました愛奈に中村巡査は寄り添っていた。
「お巡りさん…私、私、ごめんなさい…ごめんなさい」
愛奈は涙をぽろぽろ流していた。中村桃子は優しく愛奈を抱きしめた。
「何も心配しないで愛奈ちゃん、あなたは悪くない。何も悪くないから」

「お前のやったことは全てネットにアップされている。従業員への暴行、冤罪を作って無実の人間を陥れた偽証。未成年者複数に対して親の上司と言う権力を使って性交を強要した罪」
長川警部は取調べで真っ青になった大島社長に宣告した。
「必ず全部有罪にする。貝原氏の味わった苦しみを今度はお前がたっぷりと味わってもらう。いいか。あんたの罪は懲役20年くらいにはなるからね!」
「ああああああああ」
大島は悲鳴を上げた。

「どうしてあなたは社長がコレクションしていた画像をネットに流出させたのですか?」
隣の取調室で西野舞刑事が篠原玲に聞いた。
「それが、愛奈に対する償いだからよ」
篠原はやつれた声で答えた。

 高校の屋上-。都は一人少女が来るのを待っていた。
「都! 来たよ、どうしたの?」
遠藤楓が笑顔で屋上に現れた。
「ふふふ、事件解決の報告をしに来たんだよ」
都の笑顔に楓は全てを悟った。
「警察が教えたの?」
「ううん、個人情報だし警察は教えてくれなかったよ。でもあの時楓ちゃんは私に岡橋医院を薦めた。千尋ちゃんを介して。貝原さんが『友達を連れて来ないと写真ばらまくって脅されていた女の子の自殺を止めた』って言ったの、楓ちゃんだったんじゃないかな」
楓は何も言わずに手すりにつかまって校庭を見た。
「ごめんね」
「謝る事なんてないんだよ。だって瑠奈ちゃんと千尋ちゃんが一緒に行くように言ってくれたの楓ちゃんじゃん。私が行けばきっと貝原さんを助けてくれると思ったんだよね」
「あの人がいなかったら、私死んじゃってた」
楓は笑顔だったが目は涙でにじんでいた。
「あの人が岡橋医師を殺してしまうんじゃないかって思っていたんだもん。私あの医者にされたことが怖くて親にも言えなくて、お風呂の鏡に映る自分の体が汚くて目が変わっちゃっていたんだ。あの時の私の目とあの人の目が同じだった」
「優しい所もね」
都は言った。
「私があの人の本当の姿に気が付いたのは、警察に捕まるときに優しく地面において、危険がないように体を離したこと、そしてレシートにホームレスで大変なのにちゃんとしたご飯を食べさせていた事…それが女の子を虐待する変態のイメージと全然合わなかったんだよ」
「私は優しくないよ」
遠藤楓は笑った。でも都は背中を向けて言った。
「私が言いたかったのはね。楓ちゃんが私をあの病院に連れてきてくれたから、貝原さんの冤罪がわかって、2人の女の子が助けられたって事なんだよ」
楓の頬に涙が伝った。
「ねえ都。里美や千尋や瑠奈も誘ってさ、駅前のケーキバイキングに行こうよ。学生女子限定800円」
「どぴゃぁあああああああ、これは行かなくちゃいけない」
都は目を輝かせた。そして楓と肩を組んでルンルン気分で屋上を降りて行った。

おわり